「(どうしよう、どうしよう……!!)」
翔と戦った翌日。アナザーゴーストに変身したユウキは頭の中でそれだけを反芻しながら、島中の怪しいエリアを駆け回っていた。
何とか自分の部屋にたどり着いたユウキは、そのまま死んだように眠った。本当に二度と目を覚まさないのではないかと思うほどの深い眠りだったが、明け方の4時からきっかり8時間、正午には目が覚めてしまった。
そしてその時に気が付いたのだ。昨日の夜は疲れ果てていたせいで気が付かなかった、重大な事実に。
「(どうして、集めた魂がなくなってるの……!?)」
昨日一晩かけてウォッチに溜め込んでいたはずの魂が、ごっそりとなくなってしまっていたのだ。
翔に力の大部分を持っていかれたことで、そのまま消えるはずだったアナザーゴーストウォッチ。実際昨晩は、ユウキを巻き込んで消滅する一歩手前だった。
しかし、今はこうして安定して力を発揮していた。それはユウキが昨晩蓄えた魂のエネルギーが原因だ。
ウォッチ自体に意思はないが、消滅を無条件に受け入れるほど無機質でもない。自らの消滅に対してとれるアクションがあれば善悪関係なく自動で行動を起こす。その結果、自分を存続させるためのエネルギーとしてユウキが集めていた魂エネルギーが使われたのだ。
だがそれは根本的な解決にはならない。エネルギーは消費されるものであり、再び不安定になれば溜め込んだエネルギーを使って安定化を図るだろう。
結果、溜めても溜めてもウォッチにエネルギーを消費させられるというループに陥ってしまうことになった。
これは悪いことばかりではない。この作用によって、ウォッチが消滅するまでの時間が大幅に伸びることになった。ウォズが言ったようにウォッチの消滅に巻き込まれて変身者が消える、そのリスクが大きく減ったのだ。もちろん、エネルギーの収支がプラスになっている間だけだが。
しかしそんな理屈を知らないユウキにとって今は、容器の底に穴が開いてしまったかのように、突然魂が溜まらなくなってしまったという状態だ。心の中では先日の戦闘が原因だろうとは考えている。さりとて解決の手段がないのだから考えても仕方がない。重要なのは姉の命を繋ぎ留めるためのエネルギーなのだから。
結果、ユウキが藍子の元へ行かなくなった。翔にとっては作戦に致命的なダメージを与える行動だが、ユウキにとってはそもそも渡せる魂が溜まらないのだから当然だ。
そしてこのことは、ユウキに大きなプレッシャーを与えていた。
魂を集められなければ藍子がいつまで元気でいられるのか分からない。自分しかいないのだ。自分しか藍子のことを守ることが出来ないのに。そのための力も無くなりかけている。
「はぁ……」
体を休めるために適当に入ったお店のトイレで、小さくため息を吐いた。最近は家にも帰っていないし、学校にも行っていない。シグナムが家に張り込んでいるからだ。結果的に姿をくらませていることになっていた。
「(もう、正直に話すしかないのかな? 姉ちゃんだって魂を上げないで何日元気か分からないし。でも相談したって……それに全部知ったら、姉ちゃんは治療自体を拒否しちゃうかもしれない……だったらなにも知らせないでボクがこのまま……)」
もはや何度目か分からない思考。
見つけたのはその時だった。
「メール……?」
登録されているアドレスからではない。件名には―――【裏路地の幽鬼に告げる】
「僕の連絡先、どこから……」
これだけなら無差別にばら撒く迷惑メールの可能性もあったが、メールの中身がそれを否定する。
ユウキの顔が真っ青になり、端末を握る手に力が入る。
「姉ちゃんのこと……!?」
大切な姉を危険にさらしたくなければ、指定の場所にこい。要約するとこのような内容だった。
「(なんで!? 何でボクが幽鬼だって、どこで、いつ? 姉ちゃんのことも知られてるなんて……!! どうすれば……)」
すぐに病院に連絡して姉の安否を確認したい気持ちに駆られるが、ギリギリで踏みとどまる。家にシグナムがいるという事は、病院にだって誰かがいてもおかしくない。今のユウキには誰かを頼る気持ちにはなれなかった。
実際には連絡だけでもしておけば警備を増やすなり何なり出来ていたのだが、焦っていたためそこに思い当たらなかった。
結局ユウキには、誰にも相談せず、その要求を拒否することは出来なかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「おはようございます」
「おはようございます……」
こちらは翔が病院への張り込みを始めた翌日の朝練。アインハルトと綺凛があいさつを交わすが、どことなく2人とも元気がなかった。その理由は単純で、
「翔さん、今日からお休みですね」
「はい……」
翔はユウキを待ち構えるために病院に泊まり込んでいる。いつ来るかもわからないため、学校も休む徹底ぶりだ。当然、いくら恋人との約束であってもお休みせざるを得ない。
もちろんそこまで詳しい事情は説明されてはいないが、翔が今事件に立ち向かっていることは容易に想像できた。
「(やっぱり翔さん、ユウキさんのことで……)」
特に心当たりがある綺凛はもどかしく思ってしまう。自分の好きな人が命を懸けて戦っているのに、自分は何もできないという事実に。
「沈んでいても始まりませんし、始めてしまいましょうか」
「そう、ですね」
2人はいつもより言葉少なめに、練習を開始する。
練習中も会話はない。と言っても、いつも練習中は会話が無い。だがそれはまじめに練習しているが故の沈黙であり、今日のように居心地の悪いものではなかった。
そのことに綺凛は申し訳なさを覚える。自覚しているのだ。原因は自分であることを。
「あ、あの……翔さん、心配ですね」
だからこそ、こうしてアインハルトに気を使わせてしまっている。
「そうですね」
「今回はどんな事件なんでしょうか」
「……あはは、どうでしょうね」
心当たりがあるため変なことは言わず、あいまいに笑って頷く。
「翔さんもあまり詳しく話してくれませんし。綺凛さんは何か聞いていませんか? 綺凛さんは戦妹ですし」
「いえ、私も……私に教えられても別に何か出来る訳でもありませんから」
今の心境を吐露するように、自嘲とユーモアを交えて答えたはずだったのだが、アインハルトは眉を寄せた。
「綺凛さん……それはどうかと思います。確かに翔さんは危険な相手と戦っているのかもしれません。でも私たちに教えてくれないのは『何か出来る出来ない』じゃなくて、危険な目に合わせたくないからだと思います。翔さんはそういう人ですよ」
「それは……わかってます。わかってますよ……ごめんなさい。私の言い方が……」
「すみません、私も。別に怒ったわけではないのですが……何かありましたか?」
2人は練習を早めに切り上げ、ベンチに座って話し始めた。
「やっぱり、先輩と一緒に戦えないのは辛いです。ずっと守られてばっかりっていうのは」
「それはそうですね。ですが、だったらやはり地道に鍛錬を積むしかありませんよ」
「でも、普通に鍛錬して翔さんと一緒に戦えるようになると思いますか?」
「分かりません。でも、一足跳びに強くなる方法なんて……」
「翔さんにアイテムをいただくとか、ですか?」
「そうですね……」
アインハルトも綺凛も翔のアイテムで強くなることに忌避感があるわけではない。そうでなければインターミドルの大会でガンダムを使おうとはしないだろう。
アイテムはただのアイテム。使いこなすには自分の技量が必要だと考えているからだ。しかも翔と一緒に戦うという、事は人の命がかかった戦いに参加するという事だ。どういう力で強くなるかなど、こだわっていては仕方がない。
だが、
「でも翔さん、一緒に戦いたいという理由では、アイテムは貸してくれないのでは?」
「ですね。結局巻き込みたくないって言われちゃいそうです」
2人で笑い合う。
やはり相談できる友人の存在は大きいようで、朝練開始のころとは全く違う晴れ晴れとした表情を浮かべていた。
そして軽くなった心に1つ思いつくことがあった。
「(あ、そっか……そうすればいいんだ)」
「綺凛さん? どうされましたか?」
「ありがとうございます、アインハルトさん。おかげで心が軽くなりました」
「お役に立てたのなら何よりです。これからも頑張りましょう」
その言葉で朝練は締めくくられるのだった。
「(でも、ちょっと抜け駆けしちゃうかもしれません)」
心の中でアインハルトに謝罪しながら。
――――――――――――――――――――――――
その夜。
この1週間で恒例になった、夢の中での『ムサシ』を名乗る相手との鍛錬の場。
「今日もよろしくお願いします」
「あれ? どうしたの? 昨日とはなんだか顔つきが違うけど?」
相変わらず全身黒に赤いパーカーという不思議な格好のムサシ。
肩を刀でとんとんと叩きながら首を傾げている。
「今日、友達と話して色々と吹っ切れたんです」
「そっか、それは重畳」
鍛錬というのは、惰性で続けるのかしっかりとした目的意識を持って行うか、どちらが効果的かは言うまでもない。
綺凛はより効果がある方に切り替わったのだった。
「はい。一つ質問してもいいですか?」
「ん、何?」
「あなたは本物のムサシさん、何ですよね?」
「ん~、まあ、何を以て本物って言うか難しいところではあるけれど、私は紛れもなくムサシのつもりよ」
こんな姿の不審者が言っても信用がないと思うけど、と言ってムサシは笑った。
「そうですよね。いえ、本当はあなたが本物かなんてあんまり関係ないんです」
「へぇ? その心は?」
綺凛はにこりと笑って、
「あなたが誰であれ、私よりはるか格上の剣士であることは変わりないですから。少しでも身に着けたいと思います」
「―――ははっ。そうね。切り合いの前に相手の名前なんて関係ないか。でも、うーん、どうだろう。私の剣はこう、『勝つためなら何でもする』って感じで、あなたの綺麗な剣の参考になるかどうか」
「刀堂流もその意識は持っていますよ。むしろ実戦での対応力こそ、私がいま求めているものです」
2人は刀を構え―――斬り合った。
―――――――――――――――――――――――――
ユウキがメールで呼び出されたのは、海岸付近の倉庫だった。仕入れの問題か体育館ほどの広さのそこにはほとんど荷物がなく、空調も止まっているのか空気が淀んでいるように感じた。まるで巨大な生物の体内だ。
周りからの視線を感じる。横目で見てみれば暗闇の向こうにギラギラとこちらを見る何人、何十人もの人。
その視線を浴びながら、倉庫の中へと歩き続ける。中央に到達すると、倉庫の扉が閉められた。
そして、そこに居る人物と10メートルほど間を開けて相対する。
「……ボクに何の用?」
5人ほどの集団の中央にいる人物。武器を持たずに目の前にきたのなら会話の意思があるのだろうと判断したユウキはそう問いかける。
「用? 分かってるんだろう、『裏路地の幽鬼』、いや、紺野 ユウキ」
「軽々しく人の名前を呼ばないでくれない? それと君達の『用』なんて知らないよ」
「俺達の顔に見覚えはないか? ああ、目の前の俺達だけじゃない。周りの奴らもだ」
「ないよ。名前だって知らないし、何が言いたいのさ」
ユウキは周りを見ることなく即答する。その瞬間、斜め左後ろで雑な殺気が膨れ上がるが、すぐに抑えられた。
「?」
早く終わらせて魂の回収に行きたいユウキだったが、流石に眉を顰める。
「ククク、そうか。まあそうだろうな。お前は別に誰か特定の相手を狙って攻撃していたわけじゃない。そうだろう? ここ一月半、手当たり次第に攻撃していた。どんな恨みを買うかも知らずにな」
そう言われれば、ユウキもだんだんと理解してくる。ここに集まった人たちがこれから何をしようとしているのかを。
「(つまりこの人たち、前に僕が魂を奪った人ってことか。それでボクをここに呼んで……)」
復讐。その言葉がユウキの頭に浮かび上がり、体が震えそうになる。
ユウキは強いが、人の悪意を向けられて平気なわけではない。むしろ年頃の少女と何ら変わらなかった。
今からどんなことを要求されるのか、何をされるのか。口をきゅっと結んで、その恐怖に耐える。
耐えるしかないのだ。藍子のことを知られている以上、逆らえば藍子に何をされるのか分からない。出来ることなら今すぐここを逃げ出して藍子の眠る病室へ行きたかった。
「まずはデバイスと、お前の透明化のネタを出してもらおうか? わかってるんだ。アレがお前自身の能力じゃないことは」
「……っ」
チンピラ達はユウキのことを調べ上げていた。
その過程であの幽霊の力はインターミドル時点では身についていなかったことが分かっている。あそこまで強力な能力を大会で使わない訳がない。しかし、その後の短期間で身に着けられるとも思えない。
結論は1つだった。自分達がとある特殊なアイテムを手に入れたことも、判断の材料になっていた。
言われた通り、ユウキはポケットからデバイスとウォッチを取り出して床に転がした。
「拾え」
「へい!」
床に転がったウォッチをこの場での一番の権力者―――アニキの声で子分が拾い上げる。兄貴が差し出した手にウォッチが差し出された。その禍々しい力に目を細める。
「ほぉ……お前も、アブねぇブツに手を出してたんだな」
「(お前『も』?)」
言葉端に引っかかりを覚えるが、質問できる雰囲気ではない。
続いてデバイスを床に滑らせる。兄貴はそれも回収させ、通話や録音がされていないことを確認する。
「よし、次だ。ボディチェックしろ。他に妙なもんを隠してないかな」
「わかりました!!」
「ちょ!! 何するのさ!!」
後ろから抱きつかれるように体をまさぐられたユウキは、嫌悪感からその人物を投げ飛ばしてしまう。
その様子を見た兄貴は無言で近づく。
とっさの行動とは言え、やってしまったと感じていたユウキは目を反らす。
「態度が悪いな―――オラッ!!」
「ほごぉぉっ!!」
ユウキの鳩尾に拳がめり込み、胃液が喉奥からこみ上げてくる。
「へぇ? ガキのくせして耐えるじゃねぇか。流石、インターミドル出場選手だけはあるなッ!!」
「ぅっ―――ぐ……っ!!」
もう一発。
今度は来るのが分かっていたため、腹に力を入れて耐えた。
「ふーっ、ふーっ……」
「ふん、まあいい。ほら、やれ」
「はい! テメェ、次は抵抗するんじゃあねぇぞ……!!」
「……わかったよ」
投げやりに言うと体から力を抜いた。
先ほどと同じようにまさぐられる身体。ユウキは他の武器は持って来ていないので何も出ることはない。そのことはすぐにわかるはずだが、ボディチェックは中々終わらない。
「……ねえ長くない? そもそもそんなところ調べても意味無いでしょ」
「黙ってろ」
「オメェ、そんなガキが好みだっけか?」
「や、ガチで嫌がってるヤツする機会なんてそうそう無いじゃん? しかも嫌がってるくせに抵抗できないんだぜ?」
「うーわ、引くわ~」
「いーや、気持ちは分からんでもないぞ」
下品な笑い声が倉庫に響く。
「(この、屑共が……!!)」
ユウキが歯をくいしばって耐えていると、アニキが一喝した。
「おい、いい加減にしろ。そういうのは自分の番になってからにしやがれ」
「す、すんません!」
子分はすぐにユウキから離れた。
「心配するな。この人数だからな。しっかり『順番』は決めてある」
「……あっそ」
相変わらず面白くない態度を取るユウキ。その心をあらゆる手段でへし折ろうとチンピラ達は舌なめずりしていた。
その時だった。
バリン!! とガラスの割れる音が響く。天井に設置されていた窓をぶち破って誰かが入ってくる。
チンピラとユウキの間に着地したのは。
「ユウキさんから離れて下さい!!」
レッドフレームを装着した綺凛だった。