「あー、退屈ねー」
中国の代表候補生、凰 鈴音はIS学園で暇を持て余していた。
鈴は元々IS学園へ入学するつもりはなかった。最初に軍から提案があった時にも断ったほどだ。それは国を離れてこんな太平洋の真ん中にある人工島に来たくなったことが1つ.
もう1つが数年前に離婚した母親を1人にしたくなかったのだ。
軍も家庭事情や鈴の成績を鑑み、無理に国外に出す必要はないと判断した。
だが、イギリスからセシリアが入学すると決まった時点で風向きが変わることになる。中国も対抗して代表候補生を入学させる方針になったのだ。
流石の鈴も、提案ではなく命令されてしまえば従うしかない。
「かったるー……」
ボストンバッグを引っ提げて学園島に到着した鈴の口から出た、最初の言葉がそれだった。
そうしてIS学園での生活が始まる。
セシリアも思った通り、代表候補生として選抜されていた鈴にとっては簡単すぎる授業。違ったのは、鈴はIS学園に最初から大した期待をしていなかった点だ。
「(この程度の内容ならどうとでもなるわね。軍のお偉いさんに怒られない程度に点とっときゃいいでしょ。アタシの実力はアタシが一番良く知ってるんだし、こんな所で本気になる必要ないわね)」
そう考えた鈴は授業や実習で程よく手を抜き始めた。
クラス代表も他の生徒に譲り、自分は悠々と学園生活を送る。時折軍から送られてくる課題をこなしながら適当に3年間を過ごす、そう考えていた。
それは大した目標もないのに入学することになってしまった不幸だった。
原作ならば他ヒロインと一夏を巡り、ひたすらに己を磨いていたはずだったのだが、その要素が抜け落ちてしまったことでこのような状態になってしまっていたのだ。
ちなみに入学当初のセシリアは、唯一自分のライバルになるかもしれないと考えていた鈴の怠惰な様子を見て落胆していた。
鈴はどちらかというと自分の国にそこまでのこだわりを持っているわけではなかったため、セシリアとは相性が悪かったのだ。セシリアが貴族、鈴が庶民出身というのも感覚の違いに現れていた。
そんな理由もあり、2人はライバル関係になることも無く半年が経過する。
そして例の事件―――キーストーンゲート襲撃事件が発生することになる。
事件そのものには関わらなかったが、
「え゛? か、管理局との合同訓練……!?」
千冬からの命令には当然、拒否権などなく特務六課の訓練に参加することになる。
だが六課の訓練に参加し始めてからもその姿勢は変わらなかった。無難に訓練をこなすだけ。
翔が復帰してもそこまでの興味はなかった。
そこから数日経ち、
「うっわ~、見てらんないわね……」
翔とセシリアの決闘を見ていた鈴の口から洩れた言葉がそれだった。
空中に映し出されているのは翔にいいように弄ばれるセシリアの姿だ。自分のビットをすべて破壊され、必死に引き撃ちする姿は負けが確定しているのに醜く足掻いているようにしか見えない。
「情けないわねぇ。代表候補生のクセに」
本人は『違う』と否定するかもしれないが、それはどう見てもセシリアと同じ慢心であり驕りだった。
自分は他とは違うという全能感。鈴やセシリアの場合、『代表候補生』という確かな肩書がある分より強固だった。
結果的にセシリアは他者に対して高圧的になり、鈴は適当な理由をつけて授業の手を抜くようになった。
本来なら代表候補生に選ばれISを貸与された時点で軍属になり、本物の軍人と同じ訓練を受けてしごかれるはずだった(思い上がった新人を叩き潰してわからせるのはどの軍でも同じ)のだが、候補生に選ばれてすぐにIS学園に来ることになった2人には、その経験がなかった。
「あ、負けた」
あくびをかみ殺している間に、翔の勝利に終わる決闘。
「そういえばアイツ、負けたら何でも言う事聞くって言ってたわね……ま、アタシには関係ないか。あー、これから訓練かぁ」
ため息をつきながら訓練の準備をする鈴だった。
それからさらに数日。IS学園で過ごす鈴の耳に奇妙なうわさが聞こえて来た。
「セシリアが他の奴に教えてる? しかも丁寧に……? どういう風の吹き回しよ」
ISの実技訓練は複数のクラスが合同で行うことが多い。カリキュラムの組み合わせの都合でセシリアのAクラスと鈴のBクラスはしばらく一緒に訓練はしていなかったのだが、他のクラスの友達から聞いたという生徒が鈴の近くで話しているのだ。
「ねえ、凰さん。何があったのか知らない? ほら、代表候補生の人って、今管理局とも一緒に訓練してるんでしょ?」
「んー……まあ、あったといえば、あったかもしれないけど……」
真っ先に浮かぶのは翔との決闘での敗北。
だがそれにしても、あのプライドの塊のような人間のセシリアが、今さら態度を入れ替えて熱心に指導を行う?
「いやいやいや、ないでしょ」
「ないの?」
「ないない。ただの気まぐれでしょ? 都合がいいならいいんじゃない?」
とは言ったものの、あまりにも都合がいいのは事実。
「ちょっと観察してみるか」
そしてその日の六課訓練。
「翔さん。空戦では考えなければいけないことが多いです。具体的には――――という感じです。分かりましたか?」
「言われたことの復唱は出来るけど、体が動くかは別だな。あと説明が難しい」
「うぐっ、や、やはり説明ですか……!! い、いえ! それでは、出来るまでお付き合いいたしますわ!」
そう言って空中を飛び回る翔とセシリア。今まで勢いと独学で戦ってきた翔だったが、六課の訓練では少しずつ戦い方のノウハウを学んでいた。
セシリアはISを扱う上で、空戦の特別な訓練を積んでいた。それを翔は教わっているのだ。
しばらくするとひと段落して地上に降りてくる2人。お互いISとMSを解除する。
「流石翔さん。呑み込みが早いですわ」
「はは、そいつはどうも。何が流石かは分からんが」
翔の学習能力は飛びぬけている。完全記憶能力のおかげで理論は一瞬で覚えることができ、夜は精神と時の部屋で倍の時間反復練習をしているのだ。
この世界に来て初めて戦闘技能を学んでいる翔にとって、その成長速度がどの程度のモノなのは理解できていなかったが。
「んんっ。ですが、やはり! わたくしと比べてまだまだですわ」
「それはまあ、そんなすぐに追いついたらセシリアの立つ瀬がないだろ」
代表候補生なんだし、という翔の言葉にふふふと笑みをこぼすセシリア。
「自覚があるのなら結構ですわ……でしたら、どうです? 六課での訓練以外にも時間を作っていただけるなら、わたくしが付きっきりで特別訓練など―――」
「先輩、お疲れ様です」
「あら、雪菜さん……」
「どうかしましたか?」
「いえ。ただ少し、無粋だと思っただけですわ」
「何がですか?」
にっこりと笑う雪菜。さりげなく雪菜に手を取られた翔はセシリアから引き離される。
にこにこと笑い合うその様子に翔が冷や汗を流していると、アスナや桜、アイズ達が近づいてくる。
「セシリアさん。私達にも空戦について教えてくれないかな?」
「……? ですが皆さんは空を飛べないのでは?」
「ねえ翔君。私達にも
「あ、ああ。いいけど」
雪菜と同じ空気を纏ったアスナと桜に、翔は縮こまりながらMSを貸し出した。
「だから、ね? これからは私達にも空戦の技術を教えて欲しいな?」
「……そうですわね。もちろんですわ」
翔のMSを他の人間が使えることに驚きながらも、セシリアはここで嫌ということは出来ない。
人数を増やして空に飛びたっていく女子達。
「じゃあその間、翔は私と訓練しよっか」
「え、アイズさん……!? 」
翔の方はアイズとの近接戦の訓練を始めるのだった。
その様子を鈴は離れた場所から見ていた。
「ずいぶん仲良くなってるわね……」
翔の周りには女性が多い。脇を固めるのは雪菜、アスナ、桜。毎日のように来るアイズ。決闘を見てから来る頻度が上がったレフィーヤ。アマゾネス姉妹が来ることもある。
あそこが六課訓練スペースの中心と言っても差し支えないメンバーだった。それに比べると鈴は若干離れた場所に1人でいるため少しボッチに見える。気にするような性格ではないが。
話が逸れてしまった。問題はそこではなく、
「確かにしっかり教えてるわね……ってか、貴族サマにしては距離近くない?」
いや、そうだったらチョロすぎる。
「いやいや、まさかね……」
鈴は乾いた笑いを浮かべながら飲み物を口に含んだ。
そこからさらに数日、
「あ」
「あら」
ばったりと。
IS学園の更衣室で顔を合わせた2人。
「おいっす」
「ごきげんよう」
一瞬時間が止まるが、何を話すでもなく自分の着替えを続行する2人。
午前中の前半でIS実技訓練を受けていたセシリアは制服を身に着けていき、後半に割り振られている鈴は制服を脱いでISスーツを着ていく。
先にいたセシリアの着替えが終わるのと鈴が着替え終わるのはほとんど同時だった。
「そういえばさ」
「はい?」
「ちょっと聞いたんだけど、なんかアドバイス始めたんだって? しかも結構熱心に」
ちなみに鈴も講師役になっているが、セシリアよりはうまくやっていた。かなり感覚派の鈴だったが、別に聞かれたことには程ほどに答えていた。目を付けられない程度に、の精神だ。
「ええ、ちょっと考えが変わりまして」
「それって、あの男に負けたからでしょ?」
「ええ、そうですわ」
ズバッと切り込む鈴。だがそれをすんなりと認められ、少し面食らってしまう。
「翔さんには大切なことを思い出させて頂きました。今まで、わたくしが忘れていたことも」
「ずいぶんとあの男に入れ込んでんじゃん。六課での距離もずいぶんと近いしさ!」
「鈴さん、どうされたんですの? 今日はずいぶんと……」
その先は口には出さない。
「……そうね」
わずか数日だが、セシリアの意識の変化は学年全体にもある変化を及ぼしていた。
他人を気に掛けるようになったセシリアが、生徒に受け入れられ始めているのだ。そう、まさに大衆を導く貴族の様に、セシリアが新しい空気を作り始めていた。
別に鈴の評価が落ちたわけではない。セシリアの評価が上がっただけの話。だが鈴は面白くなかった。
たかだか1週間態度を改めた程度で、1年の代表候補性は鈴が下、セシリアが上と評されるような状態は。
「鈴さんもそうしてみては?」
「は?」
鈴は柳眉を吊り上げた。
「どういう意味よ。アンタみたいに他の奴に媚びへつらえってこと?」
「別にわたくしは媚びている訳ではありませんが……鈴さんがテストや実技で手を抜いているのは分かっています。まずはそこから改めてみては?」
「う、ぐ……」
ぐうの音も出ない正論に鈴は押し黙る。
そんなことは分かっているのだが、セシリアに言われて改めるのは癪だ。それがありありと顔に出ていたのか、別の選択肢を提示する。
「もしくは自分の思い上がりを誰かに正してもらうか」
「夜月と戦ってみろって事? ハッ、あんなの、アンタが油断してたから負けただけでしょ? 普通にやって負けるわけないじゃん」
鈴にとって『思い上がりを誰かに正してもらう』=『翔と戦う』になっていた。セシリアが口にしていることも大きいがそんな認識になっていた。
そしてその思考に、セシリアも特に違和感を持たない。
「……? 確かに鈴さんの全力は見たことはありませんが、私達のレベルで翔さんに勝つのは不可能ですわ。ですがそのようなお考えなら、翔さんと戦う事も一興かもしれませんわね」
若干皮肉を返したつもりだった鈴だが、意識が変わったセシリアには全く効かなかった。それどころか逆に挑発されてしまう。
「……いいわ。やってやろうじゃない……!」
鈴の瞳に炎が灯った。
―――――――――――――――――――
「って事で、アタシと決闘よ!!」
「何が『って事』なんだ……」
びしっと俺を指さしてくる小柄な少女、中国の代表候補生である凰 鈴音。
IS学園の制服を改造し、あろうことか肩出しにしている鈴は口元で八重歯をチラ見せしながら吠えてくる。
昨日までまともにしゃべったことも無かった鈴からの宣言に、流石に困惑してしまう俺。そんな俺にセシリアが近寄って来た。
「すみません翔さん。実は……」
俺はIS学園で起きたという事のあらましを聞いた。
「という事で、わたくしが焚きつけてしまったみたいで……」
「なるほどなぁ……」
「本当に申し訳ありませんわ……」
「つべこべ言ってないでさっさと準備しなさいよ! 何、セシリアとは出来てアタシとは出来ないって訳!?」
そうは言ってない。
まあ、それで向こうが満足してくれるというのなら、戦うのもやぶさかではないな。事あるごとに絡まれるのは勘弁だし、それで不和が起きても面倒だ。鈴の性格的にスパッと決めた方がいいだろう。
MS関係は普通に披露しているしそれで戦うとしよう。
そんなことを考えていると、
「どうしたの? 何かあった?」
「まったく、また決闘騒ぎか?」
やって来たのはなのはさんと織斑先生だった。
「織斑先生! そうです!」
「だが、その決闘は認められんな」
「はぁ!? なん―――どうしてですか!? セシリアの時は何も言わなかったじゃないですか!」
「ああ。あの時はな。だが高町教導官とも相談して、隊員同士の無秩序な決闘は認めないことになった。気に入らないことがあれば決闘決闘と騒いでいては、業務に差し支えるからな」
「むぐぐ……っ!!」
「ふむ」
ん、何で今、織斑先生となのはさんがアイコンタクトしたんだ?
「だがお前は運が良い。今日は丁度模擬戦をしようと話していたところだ」
「模擬戦、ですか?」
「うん。基礎的な訓練は結構したし、お互いの実力を把握する意味でも模擬戦しようと思ってたんだ」
なのはさんが指を立てて説明してくる。
「それなら……!!」
「ああ。お前達の組み合わせの時に存分に戦えばいい。それならば我々からは何も言わない」
織斑先生がニヤリと笑った。
「ふっふっふ。聞いての通りよ! 覚悟しなさい!!」
「はいはい。わかったよ」
これ、なのはさんと織斑先生も狙ってたな。
そんなことを考えながら、俺は模擬戦の準備を始めるのだった。
恐らく今年最後の更新になると思います。
来年もよろしくお願いします。