「はぁ……」
「もー! アイズまたため息?」
若い女性が多いカフェスペース。その中でも特に目を引く4人の中の1人、アイズ・ヴァレンシュタインが憂鬱気にため息を吐いた。
本日何度目かも分からないそれに、ティオナが頬を膨らませる。
「あ、ごめん……」
「まったく、団長からも言われたでしょ。今日は体を休めなさいって」
「うん。そうだね」
ミックスジュースを口に含みながら、ティオネも注意した。
連日訓練に参加し続けていたアイズ。それを見かねたフィンは今日、強制的に休みを作った。
その監視兼、町に連れ出す役としてティオネ、ティオナ、レフィーヤが選ばれた。
フィン一途のティオネはノータイムで首肯し、ティオナも外出できるとあってすぐに準備を始め、アイズを憧憬してやまないレフィーヤは恐縮しつつも大急ぎで支度を整えた。
そう言った経緯で、この4人パーティが結成されることになった。
休日のお出かけのため、4人とも私服。武器も置いてきていた。いざとなれば素手でも十分に強いためそれでも問題なかった。
「そうですよ! 今日は訓練のことは忘れてしっかりと休まないとです! 訓練に関係することなんて! 全部! 忘れて!」
「レ、レフィーヤ? 何でそんなに強調するの?」
それは当然、たった1日であってもアイズの頭の中から翔のことを忘れさせるためだった。
セシリアとの決闘の日に初めて翔に出会ったレフィーヤ。
印象は正直『パッとしない普通の人』と言ったところだったが、アイズが興味を持っていると言われれば自分も興味を持たないわけにはいかない。
そこから出来るだけ時間を作って六課に行くようにして翔のことを観察したのだが、
「(でも、よくわかんないんだよな、あの人……)」
確かにビットの操作技術はとんでもなかったが、その後の訓練ではいたって普通。むしろ基礎の練度は六課の中でも一番低いようにも思える。その辺りはアイズに稽古を受けているような状態だ。
だがアイズが進んでやっている以上、レフィーヤには何も言えない。変な事言ってアイズに嫌われたくないのだ。
「(ベートさんに勝ったって、そうは見えないんだけどな)」
頭に浮かぶのはファミリアの幹部でもある
そんなシーン、彼と何度も戦場を共にしているレフィーヤには想像できなかった。特に翔の訓練の様子を見ていると。
俊足をもって敵を屠るベートの姿。詠唱をもたつくレフィーヤを蔑みの目で一瞥し、『ひっこめ雑魚が』と言い放たれた時は、不甲斐なさと恐怖が同時に襲ってきたものだ。
「(でもそんな嘘つく必要ないし、そうじゃなかったらアイズさんが興味を持つ訳ないか……)」
と、考えてレフィーヤは頭を振った。
「(いけない! アイズさんには訓練のこと忘れてって言ったのに、私の方がずっと考えちゃってる!)」
頭に浮かぶ翔の顔を押し流すように、レフィーヤはストローを口に含んだ。ズゾーと、中身が空になるまで一気に飲み干した。
「あれ……」
「うん?」
ティオネがアイズの視線の先を追うと、そこには巨大な輸送用のトラックが信号待ちしていた。コンテナ部分は見ただけでわかるほど頑丈であり、その中身が単なる食料品や衣料品ではないと察することが出来る。
「ああ、もうそろそろハロウィンだもんね」
コンテナの中身は魔物だった。
学園島では魔物の研究も盛んにおこなわれている。世界各地に現れる魔物は共通の自然災害であり、その対策も考えられているのだ。
その為、捕獲された魔物がこうして運び込まれることもある。
それだけでなく、毎年のハロウィンには魔物を調教テイムした調教師テイマーによるショーなども行われているのだ。
「人って、ほんと何でも興行にするわよね」
「ね~」
と、またアイズが黙り込んでいることに気が付いたレフィーヤ。
「アイズさん? どうかしましたか?」
「なんか、揺れてる気がする……」
「え、そうですか……?」
言われて神経を集中させてみるが、違和感を感じ取ることはできない。首をかしげながらもうアイズを見た瞬間、強い揺れが彼女たちを襲った。
「え!? じ、地震!?」
「馬鹿言うんじゃないわよ! この島で地震なんて……!!」
「ア、アイズさん……!!」
「……」
人工島であるこの島ではまず起こりえない自然災害に、周りも軽いパニックになっている。道行く人はその場に蹲り、道を走る車は青信号にもかかわらず停車している。
揺れは10秒ほどで収まった。
それでも少しの間、揺れが再び襲ってこないか心配する視線が行き交う。だがそれも1分も続かない。すぐにそれぞれの日常に戻っていった。
「何だったんでしょうね……」
「さあね。あんなの初めてだったけど―――」
レフィーヤが不安げに辺りを見回し、ティオネは肩をすくめ―――そして再びの揺れ。そして鉄骨をへし折るような不快な音が、はっきりと聞こえてきた。
「ティオネ、ティオナ」
「うん。これ、変だよ!」
「ええ。やっぱただ事じゃないみたいね……!!」
交差点の真ん中が大きく陥没し、ボロボロと崩れ始める。陥没まででとどまらなかったのは、島の地面である表層だけでなく、海水を入れて島のバランスをとるバラストエリアまで貫通しているからだ。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!??」
運悪くそこに巻き込まれてしまう車が3台―――
「ッ!!」
「ティオナ! 私達も!」
「わかってる!」
真っ先に風のように飛び出したアイズ。それに続くアマゾネス姉妹。
1人1台。Lv.5のステイタスをもってすれば、力自慢のアマゾネス姉妹でなくとも車を移動させる程度訳はない。道が崩れるよりも早く駆け付け、車を抱えて移動する。
「あぶなー」
車を地面に下したティオナは大穴が空いた交差点へと足を向けた。その淵に立って目を凝らすが、穴の奥には何も見えない。太陽光も穴の奥底を照らすことは出来ていなかった。
「ったく、突然なんだってんのよ」
「多分、あの揺れが関係してると思う」
でしょうね、とアイズに返しながらティオネ達も穴の淵に近寄る。
「詳しいことは専門家に任せるしかないわね。あたしたちは穴に落っこちる奴が出ないように見張っておくとして……レフィーヤ、管理局に連絡してくれる!?」
「は、はいっ。わかりました!」
一緒にいたメンバーの中でただ1人、今の状況でアクションを起こせなかったレフィーヤは、ティオネに目を向けられて大慌てで端末を取り出した。
「(やっぱりアイズさんは凄い。誰よりも早く動き出して。ティオネさん達も。それに比べて私は……もっと頑張らなくちゃ!!)」
その場は急速に落ち着きを取り戻しつつあった。世界的に有名なロキ・ファミリアのメンバーがそこにいることが大きな精神的支柱になったのだ。
十字の交差点のど真ん中に大穴が空いたことで車の交通が遮断され、車が溜まっていく。
と、そんな中、
「ティオナ、ティオネ!!」
穴の奥をずっとにらみ続けていたアイズが叫んだ。仲間の声にすぐさま集まる2人。
「どうしたの?」
「何かあったー?」
「うん。何かいる」
頷き、目を細めるアイズ。その時、ずるりと何か重いものを引きずるような音が聞こえてきた。
3人は一斉に大穴から距離を取り、ほどなくしてソイツが大穴から這い出してきた。
それは大きな蛇のように細長い魔物だった。細いと言っても少女の胴体よりは一回り以上太い。そして何よりも目を引くのはその色だ。全身が極彩色に染まっており、見ているだけで目が疲れてきそうだ。
構えつつ警戒していると、アイズ達を認識した魔物が―――咲いた。
目と鼻の無い頭部に二重に備えられた数本の鋭い牙と歯。
人も容易に噛み殺せるだろう牙を持つ極彩色の植物―――食人花のモンスターなど、今までの経験でも見たことがない。
それがぞろぞろと穴の中から現れる。
「なに、こいつら……」
「見たことないよね……」
初見の相手に、さすがのアイズ達も慎重になる。
だが魔物は待ってくれない。魔物の行動原理は人類への攻撃だ。
一般人には到底反応出来ない速度で振り回される蔓のような腕。
だがティオナは危なげなくそれを処理する。ロキの恩恵を授かっている眷属、さらにその中でも上位の実力を持つ彼女にとっては造作も無いことだ。そのまま反撃に転じる。
「とりゃあああああああ!!!」
ティオナの拳が食人花に突き刺さるが、
「か、ったぁぁああ~~~!?」
並みの相手なら爆散しているレベルの打撃を受けたにもかかわらず、食人花はどこ吹く風で蔓を振り回す。
ティオナの攻撃が通らないのなら、ティオネでも同じ結果になる。
それを察したティオネは豪快に舌打ちを鳴らす。
そしてアマゾネス姉妹の打撃で倒れないのなら、アイズの体術も役には立たない。
「(せめて剣があれば―――)」
休日だからと言って武器を置いてきたのが仇になっていた。
「(どうやって倒そう?)」
アイズ達が苦戦している。
そんな様子を見ていたレフィーヤは声を張り上げた。
「皆さん! 私が魔法で一掃します!」
レフィーヤはロキにも認められるほどの馬鹿魔力による固定砲台。他のメンツと同じく愛杖を持っていないが、そんなことは関係ないとばかりに魔力を注ぎ込んでいく。
その様子を見たアイズ達は戦い方を変える。食人花を倒すのではなく足止めする方向に。そしてレフィーヤの魔法で市民に被害が出ないよう、市民から遠ざけ少しずつ一か所に集めようとする。
「狙撃せよ、妖精の射手」
言葉を交わすことなく行われる先輩たちの連携に尊敬の念を抱きながら、レフィーヤは詠唱を開始する。
足元に魔法陣が展開され、レフィーヤの魔力が注ぎ込まれることでその輝きが増していく。
すると、食人花の動きが変化した。
今まで直接攻撃してくるアイズやティオナばかりを襲っていたのだが、魔法の詠唱を始めた瞬間に周囲の食人花全てがレフィーヤを向いたのだ。
あまりにもわかりやすいその反応。
「魔法に反応してる……っ!?」
全てのモンスターの敵意を一身に受け、身がすくんでしまうレフィーヤにティオネの喝が飛ぶ。
「詠唱を止めるな!! さっさとこいつら全部焼き払え!!」
「モンスターは全部私たちが止めるからね~!」
「っ、は、はいっ!!」
戦いの中でも笑顔を向けてくるティオナのおかげで恐怖が少しだけ和らぎ、詠唱を再開させる。
いつかの戦いでも言われたことだ。レフィーヤの魔法が前衛で戦うアイズ達の助けになると。
今のレフィーヤがしなければいけないのは、一刻も早く魔法を完成させて
同時に師匠であるリヴェリアの言葉も思い出す。
「(いついかなることも冷静に『大木の心』を忘れずに!)」
可能な限り最速で魔法を構築していく。
だが、
「君っ!! 危ないッ!!」
「え―――」
後ろからの叫び声に、レフィーヤはとっさにそちらを向く。そこには自分に向けて真っすぐ突き進んでくる食人花がいた。
「(なん、で、後ろ、から……?)」
食人花が這い出して来る大穴はレフィーヤの前にある。仮にアイズ達が突破されたとしても、前からくるはず。
そんな疑問に答えてくれる者はいない。
次の瞬間には目の前に迫る食人花が、レフィーヤの腕ほどもある触手を彼女の腹に叩き込んでいた。
「ごっ、ぁ―――!!」
「「レフィーヤ!?」」
華奢なエルフの少女の身体が、まるで自動車にはねられたように吹き飛んだ。身体がくの字に折れ曲がり、アスファルトをゴロゴロと転がる。
「ぅ、ぁ……」
一瞬意識を飛ばしてしまったせいで準備していた魔法が霧散する。喉の奥から何かがこみ上げて来た。吐き出すと赤いものだった。
平衡感覚を失っているのか、体に力が入らないレフィーヤは目線だけを食人花に向ける。するとそこには4体の食人花が涎を垂らしてレフィーヤを眺めていた。
「(まず、い。立たない、と……!!)」
だが体が言う事を聞かない。
魔力障壁も戦闘用の装束も纏っていない無防備な体に打ち込まれた触手は、レフィーヤに深刻なダメージを刻んでいる。
「くそっ、コイツら……!!」
「しつこいー!」
「レフィーヤ……!!」
その様子を見た3人が急いで助けに入ろうとするが、まるで食人花は分かっているかのようにその道を塞ぐ。
何度拳や蹴りを叩き込んでも起き上がり、醜悪な花畑を作り出す食人花。ロキ・ファミリアの幹部が完全に足止めされている。
地面に転がり身動きが取れないレフィーヤ。その背後には民間人や、アイズ達の様に現場に居合わせた武偵が銃を構えてけん制しようとしている。だが拳銃程度では食人花はひるまない。
「(ティオネさん、ティオナさん、アイズさん。ごめんなさい……)」
眼を閉じ、襲って来るであろう衝撃に備えるレフィーヤ。
その直後、食人花がレフィーヤに襲い掛かり―――上空から降り注いだ閃光によって跡形も無く焼き払われた。
「あれは、鳥?」
「ISじゃないのか?」
空を見上げた人々が指さしている。
「なに、が……?」
レフィーヤは痛む体を転がして空を見上げた。
空には確かに人が浮かんでいた。羽を広げ、長いライフル状の武器を向けている。同胞を殺した相手に、今までレフィーヤに向けられていた敵意が向けられる。
そこにいたのはウイングガンダムの装甲を装着した翔だった。