「ううん……」
目が覚めた。白い天井。病院の天井だ。完全記憶能力を持っているからな。一瞬で判断出来た。
気を失う前の情景を思い出す。
確かレフィーヤさんの魔法で凍り付いた食人花を粉々にしたはず。そしてそのままコンボの疲労でバタリか。病院の前で倒れたもんだから、そのまま病院に担ぎ込まれたんだな。
「目が覚めたんですね」
「レフィーヤさん?」
横にいるのに気づかなかった。食人花に攻撃されて地面を転がったときに汚れてしまった私服を着ている。病院着ではないということは入院してはいないのだろうか。
「ケガはもういいのか?」
「私は回復魔法をかけてもらいましたから。あ、ちょっと!」
起き上がりながら聞くとレフィーヤさんは慌てた様子でベッドに押しとどめようとするが、俺はそれをやんわりと断りながらベッドのふちに腰かけた。
「お、起き上がって大丈夫なんですか?」
「俺は怪我じゃなくて疲れて倒れただけだから」
いたって健康体そのもの。検査入院の必要もない。だから帰りたいのだが、
「勝手に帰ったら怒られるよな」
「それはそうでしょう……」
呆れられてしまった。
「じゃあナースコールしておくか」
ベッドに備え付けてあるボタンを押す。これですぐに病院スタッフが来てくれるはずだ。
さらに六課にも連絡をしておく。
いまさら寝っ転がるのもアレなので、座って待とう。そう思って正面を向くと。
「……」
同じく座っているレフィーヤさんと目が合う。
訓練では遠巻きにもしくはアイズさんの背後から見られる……観察される? ばかりで、こうして近づいて面と向かうことはなかった。
種族的にそういう傾向があるらしいが、エルフは美男美女が多い。や、創作物の登場人物なんて全員美形だろと言われればそうなんだけど。
何が言いたいかというと、やっぱりめっちゃ美人さんだということだ。
や、これは浮気とかじゃないから。綺麗なものは綺麗だって思っただけだから。心の中で考えたことを無意識に口走って相手を赤面させる、なんて愚行は犯してないから!
誰に向けた分けでもない言い訳をしてしまう。
ここは思考を切り替えよう。
エルフと言えば……長命なエルフでは見た目と年齢が嚙み合わないことが多い。
例えばレフィーヤさんの魔法の師匠であり、ロキ・ファミリアの副団長でもあるリヴェリアさんは、あの若々しい外見で100歳近かったはずだ。
そんな中レフィーヤさんは珍しく外見と年齢が一致、というか主人公と同年代だったはず。この世界でもそうなんだろうか。
「レフィーヤさんって」
「はぁ、何ですか?」
「今何歳ですか?」
「は? 女性になに聞いてるんですか?」
「すいません」
極寒の視線に晒され、すぐに謝った。
「……はぁ。15ですけど、それが何か?」
「何か……? や、だから何だってことはないよ?」
「じゃあなんで聞いたんですか!?」
まだ混乱していたみたいだ。
怒り出すレフィーヤさんをなだめていると、部屋がノックされた。入ってきたのは御門先生だ。
「ごめんなさいね。もう少し痴話喧嘩させてあげたかったんだけど私も忙しくて」
「ち、痴話喧嘩!? 違いますよ! 今のはこの人が失礼なことを聞いてきたからで……!! 勘違いしないで下さい!!」
今日も今日とて胸元を強調する破廉恥な白衣に身を包んだ御門先生が、初なレフィーヤさんをからかいながら入室してきた。
その胸元のボリュームに圧倒されながらも、レフィーヤさんは反論する。
御門先生は『そう?』と首をかしげながら俺を見る。
「でもこの娘、気を失ったあなたを真っ青になりながら病院まで運んできたのよ?」
俺は必死に運んでくれたらしいエルフの少女に顔を向ける。
「あ、当たり前でしょう! 目の前で倒れたんですよ!?」
それもそうだと思いながら視線を戻す。
「そうね。ものすごい剣幕で受付にまくし立ててたみたいね。呼ばれた私が駆けつけて貴方を受け渡した途端、今度は自分が倒れたんだもの」
「私もケガしてましたからねぇ!!」
そりゃレフィーヤさんは元からケガしてたからな。そこにあの威力の魔法をぶっ放せば倒れもするか。
くすくすと笑う御門先生。
「レフィーヤさんは純真なエルフなんですから、あんまりからかうもんじゃあないですよ」
「そうね。ごめんなさい。反応が良かったからつい」
「~~~~っ!!!」
その場で地団太を踏むエルフ。原作でもそう言われてたけど、こうしてみると本当に感情豊かだな。
「ごめんレフィーヤさん。御門先生って、すぐに相手をからかうから」
「ごめんね、レフィーヤさん。夜月君ってすぐに女の子引っ掻けるから」
「もう、いいです……」
レフィーヤさんは何かを諦めてしまったしい。わずか数分でゲッソリとやつれてしまったようにも見える。
御門先生に許可をもらい、帰るために俺達は並んで廊下を歩く。
「あ、ちなみに魔物は?」
俺は事の顛末を聞いた。
穴ははやてさんの魔法で塞ぎ、島中の武偵や管理局員の協力で魔物も、とりあえず殲滅は終了。取り逃した魔物も今の所いないらしい。
「じゃあ一件落着か」
「まだ原因の究明が残ってますけどね」
「それもそうだな……」
何処から魔物が現れたのか。
原作ではダンジョンがあってそこに潜んでいたのだが、この島は人工島であり、この地面の下には迷宮は広がっていない。や、設備点検用の通路は迷宮のように張り巡らされているけど。
島の内部に何があるのか。調べなければいけない。
だが人造迷宮だとすると……下手に手を出すと手痛い反撃を受ける可能性が高い。うーむ、原作とは状況が違い過ぎて判断出来んな。
「どうかしましたか?」
「ん、いや……明日からは調査になるのかと思ってさ。レフィーヤさんも参加するつもりだろ?」
「はい、そのつもりです。この島の地下を調べるなら人手がいるでしょうし。私達が調べるのかは分かりませんけど」
「多分俺達になるんじゃない?」
「ですかね?」
六課ってそういう便利屋部隊だし。俺の運命力もあるし。
話していると病院の外に出た。
「ホームまで送ろうか?」
「あんまり舐めないで下さい。1人でも平気です」
俺に一礼してレフィーヤさんは背を向けた。
「じゃ、俺も帰りますかね」
俺はバイクを取り出そうとして呼び止められる。
「あ、あの……」
振り返るとそこにはレフィーヤさんが。
「どうした?」
「ぁ、と……」
俺を見て、何か言いたそうにしている。
「今日アイズさん達に貸してた武器、いつ回収するのかって連絡で……時間が合えば今夜にでも取りに来ないかって。見た感じ高価なものだからって」
「高価。高価か……」
そういわれればそうだな。宝具とMSだ。ナイトアーマーは遠隔でも解除できるが、前者については直接回収しないと。
借り物は早めに返しておきたいもの。それが高価なものであればなおさらだ。
俺としてもロキ・ファミリアは敵ではないとはいえ、アイテムをずっと預けておくのも不安だ。
「分かった。今から行くよ。ファミリアのホーム?」
「いえ……その、お店です」
「え?」
お店とは?
「今、みんなでご飯を食べてるらしくて……だから、そこに来て欲しいと」
―――――――――――――――――――――
フィン・ディムナのそれは、一瞬の閃きだった。
事件終息後、ロキ・ファミリアは事件に関わった者もそうでない者も、ホームにいた暇人全員を引き連れ、行きつけのお店でとりあえずのお疲れ様会として宴会を開いていた。
何人かのグラスが空になり場が温まり始めた頃、その連絡があった。
「あっ、レフィーヤからだ! 夜月君目が覚めたって! レフィーヤはこっちに合流するみたい!」
端末に届いた知らせを嬉しそうに周りと共有するティオナ。
「ちょ、暴れんじゃないわよ! ただでさえ邪魔な鎧着てんだから……!!」
「あはは、ごめんごめん!」
翔にバルバトスを着せられたはいいものの、脱ぎ方がわからなかったため戦闘終了後も装着したままになっていた。
かく言うティオネも、なくしてはまずいと刃の部分を布で覆って2本の槍を壁に立てかけていた。バルバトスのメイスと一緒に。
アイズもナイトの鎧を着たままだ。
「返信するね! えっと、みんな待ってます。いつものお店だから食べたいものがあったら注文しておくよ、っと。あ~、よかった! 一緒にいるなら夜月君も来ればいいのに!」
「(ふむ……)」
ティオナの発言を拾ったフィン。ぴりっと疼いた親指の腹を舐めた。
「(彼―――夜月 翔。例の予言に関係しているかもしれない人物)」
フィンは壁に立てかけられている武器やバルバトスの鎧を見る。
「(なるほど確かに、あんな強力な呪いや見たことも無い武装、それを他人にポンポンと貸せるのは少し気がかりだ。八神部隊長がスカウトしたという話だが、彼女がいない場所で少し話してみたいな)良いじゃないか。彼も呼んであげれば」
「え?」
フィンの言葉を聞いて、ティオナだけでなく周りの面子も目をぱちくりさせた。
「いいのっ!?」
「今回はレフィーヤやティオナ達も彼のお世話になったからね。ファミリアとしても彼にお礼しておきたい。いいかな、ロキ?」
「んん? ん~……ええんちゃう? 1人分の飲み代くらい、ウチがもったる!」
フィンの視線にその意図を一瞬で察したロキは、ドン! と胸を叩いてジョッキをあおった。
「無理して飲ませるなよ、ロキ」
「ああ、そうじゃな。アイズの件もある」
リヴェリアは片眼を閉じながらロキに注意し、ガレスは腕を組んでその時のことを思い出す。当時の様子を知っている団員も一様に顔を青くしている中、
「……? 私の事?」
アイズは1人だけ首を傾げていた。
――――――――――――――――――
どんなに文明が発達してもなくならないものがある。酒場だ。
しかもロキ・ファミリアの主神であるロキは大の酒好き。レフィーヤさんに聞いた話ではことあるごとに理由をつけて宴会を開いているらしい。今回もそれだ。
そして連れてこられた店は。
「『豊穣の女主人』……」
「知ってるんですか?」
「名前はね」
魔物騒ぎがあったにもかかわらず店を開く豪胆さ。休業している店が多いせいか、店の中はたくさんのお客さんで賑わっていた。
こんな日にわざわざ飲み歩くだけあって、客のほとんどが管理局員や武偵だ。ガーゼや包帯をしている人もいるので、昼間戦ってそのまま飲みに来ているのかもしれない。
ちなみにどの国にも属していないこの島では18歳からお酒が飲める。つまり俺は飲めない。
そんな店内をレフィーヤさんは迷いなく進んでいく。定位置が決まってるらしい。すぐに見知った顔が見えて来た。
「やあ、来てくれたんだね」
フィンさんが微笑を浮かべながら迎えてくれた。
「翔君~!!」
ティオナさんも手を振り、アイズさんも頷いていた。
「レフィーヤも。無事だったのね」
「はいっ」
そう言いながら席に着くレフィーヤさん。
「じゃあ早速」
俺は貸していた武器を回収していく。槍2本を
これで用事は済んだ。
「それじゃあこれで」
流れるように帰ろうとして、
「まあ、そこまで急ぐことはないじゃないか」
呼び止められた。
「や、でももう用事は……」
「今日はファミリアのメンバーが助けられたからね。少しごちそうさせて欲しいんだ」
「そやそや! 酒は……ミアのママに殺されるから無理やとしても。料理の味は絶品! ウチが保証するで!」
正直断る口実はいくらでもある。
家ですでにご飯が用意されている、今日の戦闘の疲労がまだ抜けきっていない、ファミリアの団欒に交じるのは気まずい等。
それにこちら見るフィンさんの目。覇気では何も感じ取れないが、俺のことを探ろうとしているようにも見える。
「もちろん、迷惑じゃ無ければだけど」
俺が答えを迷っていることに気が付いたのか、フィンさんが言う。
「え~、一緒にご飯食べようよ~」
ティオナさんは眉を下げて悲しそうな顔をしている。
「ね、レフィーヤもそう思うでしょ?」
「え? や、私は別にどちらでも……」
「病院まで運んでもらったじゃん~。お礼にご馳走しようよ~」
「うぐっ! そ、そう言われると……って、彼、病院に着く前に倒れましたよ!!」
ムードメーカーのティオナさんを中心に笑いが起きる。
「こんな感じで、そこまで緊張してもらわなくていいんだ。今後のためにも親睦を深めておきたいんだよ」
親睦と言われると、適当な理由で断ることは出来ないな。
「……じゃあ、ごちそうになります」
席に着いた。
すると神ロキがニンマリと笑って手を上げた。
「よーし! あ、シルちゃーん! 注文ええかー!?」
「はーい!!」
「ひゅ―――!?」
その名前と声を聴いた瞬間、喉から変な声が出た。
「どうしたん、自分」
「い、いえ。何でも」
後ろに感じる気配はたった今ロキが呼んだ店員だ。
少し振り返ってみると、そこには薄鈍色の髪と瞳をした可愛らしい少女がいた。俺の視線に気が付くとニコリとほほ笑んで小首をかしげる。
それだけ見ると惚れてしまいそうな動作だ。だが俺の中にある1つの情報がそれを妨げていた。
「ずいぶんと挙動不審ね」
「そ、そうですか?」
「声が上ずってるじゃない」
「まさか自分、シルちゃんに惚れたんやないやろな~」
「ええ? 声を聴いただけで……?」
「シルちゃんほどの美少女ならそれもあり得る! まー、シルちゃんはガードが堅いからなぁ」
神ロキが笑う。
「シルちゃん、この子今日が初めてやから。しっかり捕まえとき」
「そうなんですか? それでは―――シル・フローヴァです。今後ともご贔屓に!」
「んんっ、夜月 翔です。お酒は飲めないんで料理がおいしかったら通わせてもらいます」
「ふふっ、じゃあ頑張ってお料理しないとですね。作るのは私じゃありませんけど!」
とりあえず神ロキのおすすめ料理を頼んでもらい、飲み物はコーラを頼んだ。
ああ、やっぱりそうなのか。
注文を受け、去っていく後姿を見ながら思う。
シル・フローヴァ。ダンまちのヒロインの1人であり、色々と伏線がちりばめられたキャラクター。
シルは神の1人であるフレイヤと同一人物、もしくは関係者ではないかと言われていた。
俺が向こうの世界にいた時に刊行されていたダンまち原作では確定されていなかった。が、限りなく黒に近いグレー。
考えていると、料理と飲み物が運ばれて来た。
「とりあえず、1回乾杯しようか?」
フィンさんがグラスを掲げて言うのだった。