アイズは心地よかった。それは嘘ではない。
変身した当初は違和感と戸惑いがあったはずだった。
異形と化した自らの身体。自分を書き換える知らない力が、奥へと流れ込んでくる感覚。
普通なら拒絶するはずのモノ。
だが、もっと。もっと欲しいと。そう心のどこかで、願ってしまったのだ。
アナザー響鬼―――鬼の力。炎が全身を包み込み、肉体を書き換えていく。だが恐怖の次に感じたのは―――高揚だった。
(……強い)
圧倒的だった。身体が軽い。風より鋭く。あんなに苦戦していた老剣士すら、変身した自分にはついてこれない。
魔物を斬る時より、ずっと自然に力が流れる。身についた鬼の炎も、元から持っていた風と相性がいいらしい。より強く相手を焼く手助けをする。
今まで必死に積み重ねてきた鍛錬。努力やレベル。その全てを、一瞬で飛び越えていくような感覚だ。
「――――」
鬼の仮面の奥で、アイズは微かに息を呑む。
気持ちいい。強くなることが。ずっと求めていた力を得ることが。
憎悪の対象である黒竜へ届くかもしれない力が、今、自分の中にある。
もっと暴れろ。もっと壊せ。もっと力を。アイツに届くまで、強く強く―――!!
そんな声が、頭の奥で響く。本来なら拒絶すべきだった。
なのに。
(……これなら)
戦える。まだまだ強くなれる。今までアイズは、『剣姫』として強さを求め続けてきた。だが本当はずっと焦っていた。いくら才能があっても、黒竜には届かないのではないか。
何年戦っても。どれだけ鍛えても。現実的に足りない。そんな気持ちをロキ・ファミリア幹部たちの教育が理性の奥底に沈めていた。
だから、この力は甘美だった。
今までの努力を嘲笑うほど、簡単に、自分を高みへ引き上げてくれる。
だから、この力を奪おうとする相手は誰であろうと『敵』なのだ。自分の願いを邪魔する相手は、たとえ相手が正しかったとしても、敵なのだ。
その思考に至った瞬間、炎がさらに燃え上がる。
頭の奥から、別の感情が滲み出した。破壊衝動だ。憎い敵を叩き潰したい欲求。普通なら怪物にのみ向ける感情なのに。
アイズの持つスキル、奥底に沈めている願い、その全てを鬼が侵食していた。だがアイズは、それすら心地よかった。
強いから。誰も逆らえない。誰にも止められない。自分が、正しい。
「――――ァアアアアアァァァッ!!!」
喉から絞り出されるのは、もはや自分の声ですらない。
それでも、完全に意識を失っている訳ではなかった。仲間の声も聞こえていた。ティオナの叫びも、ベートの怒声も。
なのに止まれない。
いや、止まりたくなかった。この強さを手放したくなかった。
(……もっと、もっと、この力を―――!!!)
その瞬間だった。
(ッ!?!?!?)
心臓を直接打ち鳴らすような、体全体を響かせるような。これは、太鼓の音だ。
アイズの体を焼いていた炎が、その力強い音色によってほんの少しだけ揺れる。それだけで、アイズが普段の思考を取り戻しかける。
同時に、鬼の力がその音を拒絶する。その音を発生させた相手を目の敵のように狙い、なんとしても排除しようとする。
だが動けない。歯牙にもかけていなかった2人の必死の組みつきのせいで、動けないのだ。
―――爆裂強打の型ァッ!!!
そして、再びの音撃となって、体全体を震わせる。
二連撃。
体全体を揺らす太鼓の音。今までの思考が嘘のように澄み渡り、アイズの身体が鬼の呪縛から解き放たれ―――
――――――――――――――――――――
「ハァ、ハァ、ハァ……!!」
爆裂強打の型。覇気も合わせた渾身の音撃はアイズさんに憑りついていた鬼が、これによって払われる。
こうしてアナザー響鬼―――アイズさんの事件は終わった……と、綺麗に終わってくれればよかったのだが、
「え゛!?」
そう、人の姿に戻ったのだ。人の―――一糸まとわぬ姿に。
倒れる体を抱き留めた俺の方が緊張してしまう。本当に何も着ていない。全部見えちゃう……!!
や、確かに響鬼系統のライダーは意識を失って変身解除されると、服も無くなっちゃうけど……!! まさかこのタイミングで!? 俺のせいか!?
「テ゛メ゛ェ゛!! じろじろ見てんじゃあねえぞ!!」
「いやいやいや!! 別に俺は……!!」
「ベートも見んなー!!」
「お、おいっ、やめろ、バカゾネス……!!」
俺とベートさんとティオナさんでバタバタと騒ぐ。2人共重症とは思えない動きだ。
後、敵地でやる騒ぎでもない。
「と、とりあえずこれを……!!」
俺は
「ありがとー!!」
ティオナさんはそれを受け取ると、俺から受け取ったアイズさんを包んだ。後ろの方でも、何やら安心したような吐息が聞こえてくる。
「最低です」
だがレフィーヤさんに人を刺し殺せる視線を向けられている。って、ずいぶんと余裕だな。さっきまでエネドラとハイレインに攻撃されてたのに。
と、ぱちぱちと拍手が聞こえて来た。
「いやー、なるほどね。イイもの見させてもらったよ」
何処までも計算通りという表情を浮かべる束さんだ。
「確かに、見てて飽きるもんじゃあなかったな?」
そしてブラッドスターク。この2人が残っていた。
「そんな目で見ないでよ。別にこれ以上攻撃するつもりは無いからさ」
という束さんの言葉。気が付くと魔物の攻撃も止まっていた。この場のすべての戦闘行為がストップしていた。
「見逃してくれるのか?」
「その方が良いんじゃない? まあ、もっとやりたいって言うなら、止はしないけどね? でも、次は最後まで止まらないよ?」
つまり、どちらかが全滅するまで、戦いは終わらないってことか。
「っ、了解……」
外で戦っている影分身の術が解かれたらしい。どうやら外では一足先に戦闘が終わり、島へ帰還したのだとか。
はやてさんからは、欲を出さず、とにかく帰還するようにと、影分身を通じて伝わった。
「フィンさん。脱出します、いいですよね?」
「ああ、これ以上、ここに留まるのは危険だ」
フィンさんの同意を得て、俺は飛雷神の術を発動させる。目標はフェイトさんの持っているクナイ。人数はここにいる全員。
令呪のブースト、さらに仙豆も食べて魔力を回復させる。これならいけるな。
「じゃ、また会おうね。今度は今よりも激しい舞台で」
「楽しみにしてるぜ、夜月 翔。んじゃまあ、チャオ~」
余裕たっぷりの2人をみながら、飛雷神の術を発動させた。
直後、視界がブレて――――
「わわっ!?」
「うわっ!?」
何人かが着地に失敗しているが……
「わっ!? しょ、翔!? 本物!? 無事だったの!?」
フェイトさんのマーキングを足掛かりにして、島まで移動できたようだ。
「先輩!!」
「「翔君!!」」
雪菜とアスナ、桜が駆け寄ってくる。
「そっちは無事だったのか!?」
「うん。みんな、少しケガはしてるけど、無事に帰ってこれたよ」
「ですが、あの白いライダー―――エターナルには、一矢報いることも出来ませんでした。」
「それだけじゃないです。篠ノ之束が召喚したMSも、最後は動きを止めていました。転移する私達を妨害することも無く―――逃がしてくれました」
つまり、だ。
今回の作戦。結果は全員生還。
だが、到底勝利と呼べる内容ではなかったということだ。