「おかしいわね。私の記憶によれば、あなたが退院してまだ1週間経ってなかったはずなんだけど?」
「自分も、こんなに早くこのベッドに寝ることになるとは思ってませんでしたよ」
ものすごく微妙な顔をしている御門先生に自虐も混ぜて返す。
命燃え尽きることなく無事病院に搬送された俺は、ついこの間までお世話になっていたベッドに横になっていた。とは言ってもケガは一つだけ。
俺は自分の右手に目を向ける。
「これ、くっつくんですか?」
右手全体をすっぽりと覆うような機械が、起きてからずっと装着されている。電源ランプも付きっぱなしになっているから、稼働し続けているんだろう。
「ええ。人工細胞で体組織を修復してるから。切断面もかなり綺麗だったし、少しあとが残るくらいでほとんど元通りになると思うわ。全治2週間ね」
科学の力ってすげー。
「ただし、目が飛び出るくらいのお金がかかるけど……聖天子様が立て替えてくれたわ」
マジで聖天子様には頭が上がらない。あの護衛任務以降会えてなくて電話だけだけど、後ろに大物がいるっていうのはすごく頼もしいな。
それにしても、
「腕を切り落としても元通りになるなんて、ここの医療はすごいですね」
拍子抜けするくらいに簡単にくっ付きそうでびっくりだ。
そんな俺の呑気な発言に、御門先生は呆れたような顔をする。
「なに言ってるの? 言ったでしょ、切断面がきれいだったって。剣で斬られたみたいだけど、そのあとで瓦礫にでも傷口が潰されてたらそれで終わりだったわよ。次は気をつけなさいね」
「……」
俺は真顔になる。
「そもそも、この人工細胞は開発中のものよ。私の友達の科学者に細胞についての専門家がいてね。無理を言って貰ってきたのよ。当然市場には出回ってないわ。安全性については……まあ、あの娘がそんなに危険なものを作るわけないから大丈夫だとは思うけど……」
ま、まあ? 上条さんもアウレオルスに腕ぶった切られてもくっ付いてたし? そのくらいは大丈夫かな、なんて甘く考えてたんだけど、結構ギリギリだったみたいだ。
上条さんのは、きれいに切断され過ぎていて、応急処置だけやってくっ付けておいたら次の日には繋がってたんだっけか?
いや、ちょっと待て。
「市場に出回ってないのに、すごいお金取るんですか?」
「ま、機材代とその他諸々ね。それとあなたたちが壊した公園の穴の修復代。あの穴、バラストエリアまで届いてたでしょ?」
それやったの俺らじゃないんですけど。
残念ながら証拠がない。施設等の修理費はこの島のあちこちにあるカメラの映像によって請求先が決まるんだけど、あいにくあの時の俺たちの相手はスタンド。カメラには映らない。
いくら不自然でも、暫定的に俺たちに責任が回ってきてしまう。
これは何が何でもブラドをとっ捕まえなければ。そんな借りを作ってしまうなんて、次に聖天子様に会っても、地面しか見れないレベルだよ。
「とにかく、安静にしてなさい。この前みたいに病院を抜け出すなんてことはしないように。いいわね!」
「はい。分かりました」
「よろしい。それに、お見舞いに来る娘だっているんでしょ? 病院を抜け出したことがばれたら大変なことになるわよねぇ……?」
「脅すのやめてくださいよ」
聖天子様護衛の時に病院を抜け出したことはみんなには話してない。御門先生にお願いして言わないでもらっている……というよりは、俺への弱みとしてワザと、という意味が強いかもしれない。
流石御門先生。抜け目がない。俺は俺で黙ってるんだけどな。俺の中ではもう過去のこととはいえ、知られたらどんなことが起こるのか……考えただけでも恐ろしい。
「分かったら、おとなしくしてなさいね」
「分かりましたって」
念を押して御門先生は病室から出ていった。
俺はひと眠りしようかと目をつぶる。装置につながれた腕のせいで満足に寝がえりが打てなかったせいか、体が少し痛くなっている。
コンコン
御門先生がいなくなったのを見計らったように、ドアがノックされる。
「はい?」
誰だ? みんな今日は学校。お見舞いに来るのは授業が終わってからだって言ってたんだけど。まだそんな時間じゃない。
もしかすると、敵の襲撃かもしれない。俺がこの病院に搬送されたことは、少し調べればすぐにわかってしまうだろう。
デンジャラスゾンビとホワイトスネイクがそれを見逃すとは思えない。あくまで、あいつらが俺のことを率先して倒そうと思っているならだけど。
病室の扉が開く。
病室に2人の女性が入ってきた。俺と同じくらいか、少し年上。しかし、明らかに他の女性とは違った空気を纏っている。もう少し踏み込んでいえば、初対面にもかかわらず、俺はその2人の顔を知っている。どちらも、この年齢の少女としては成熟しきった体をしている。
更識 楯無とクローディア・エンフィールドの2人だ。
ラノベあるあるの一つ、生徒会がやたら権力を持っている。それを体現したような2人だ。この世界ではどうか知らないけど。
「……どちら様ですか?」
もちろん初手は知らないふり。少しぶっきらぼうにして2人の反応をうかがってみる。
そんな俺の態度に、全く嫌な顔しないで自己紹介してくれる。
「クローディア・エンフィールドと申します。以後、お見知りおきを」
「更識 楯無よ。よろしくね、夜月 翔君」
更識さんが広げた扇子には『更識 楯無』と達筆な字で書いてある。
これで他人の空似という可能性はなくなった訳なんだけど。
「それで、今日は一体どんな御用でしょうか? エンフィールドさん、更識さん」
分かってくれるとは思うけど、原作でもアレな2人が、わざわざ肩を並べて俺に会いに来るというのがもう笑えない。確実に目をつけられている。何かよからぬ感じで。
「ふふふ、私と夜月くんは同い年ですから、エンフィールドさんなんて他人行儀な呼び方じゃなくても結構ですよ?」
「ああ、そうですか……」
「ちなみに私は一つ上だから、楯無お姉さんって呼んでね?」
「よろしくお願いします、楯無さん」
もー、つれないなー、と一人ではしゃいでいる楯無さん。この人のペースに飲まれたらおしまいになりそうだ。ここは極力クロ―ディアの方を見ることにしよう。
「私のことも、どうぞ名前で呼んでください」
「じゃあそうさせてもらいます、クロ―ディアさん」
「クローディア、です」
「クロ―ディア……さん」
「ク・ロ・オ・ディ・ア」
生物的な本能のせいか、なかなか呼び捨てになることができない。不毛な争いが起こる前に、この呼び方に慣れる努力をしよう。
「やーい、怖がられてやんのー」
「あら、それは楯無さんも同じではありませんか?」
漫画なら火花がバチバチなっていそうな場面だけど、この2人の間にはそういうものは見えない。闘気を受け流す的な何かを感じる。
「ま、まあ? 俺のことは好きに呼んでくれて構わないけど。クローディアも、その敬語も止めてくれると嬉しいんだけど」
「こればかりは習慣ですので、そう簡単には変えられません。すみません」
「習慣なんだ」
「はい。私はとても腹黒いので、せめて外面や人当たりは良くしておかないといけなかったので」
「自己申告するくらい?」
「それはもう……私のお腹と言えば、暗黒物質を焦げ付くまで煮込んでそれをブラックホールに放り込んで黒蜜や黒酢、しょう油を滅茶苦茶にかけたくらいには真っ黒ですから」
凄く真っ黒ですね。
「なんなら、ご覧になりますか?」
「いえ、間に合ってます」
このまま話の主導権を握られ続けるのはまずいので丁重にお断りする。本音を言うと少し見たかった。
「クロ―ディア、そろそろ」
「そうですね。それでは、本題に」
クロ―ディアは抱えていたノートパソコンの電源を入れた。
「半年ほど前から、裏にこんな人物が現れたんです。この映像は、その人物と局員が戦闘になった時、デバイスに保存されていたものを修復したものです」
クロ―ディアはディスプレイを見せてくる。局員というのは『管理局』という公務員版の武偵の組織の人たちのことだ。
「これは……」
画面に映っていたのは、修復のせいで画質が悪いが間違いなくデンジャラスゾンビだとわかる。
画面外にも局員がいるらしく、光弾が雨のように降り注いでいるが、デンジャラスゾンビは全く歩みを止めない。時々、太い光線に当たって倒れるが、逆再生のような動きで何事もなかったかのように立ち上がる。
やがて生々しい音と共に、赤いものがまき散らされ、映像が途切れた。
デンジャラスゾンビめ、だいぶ大々的に行動してるんじゃないか。
「この他にもあらゆる攻撃を試したけど、効果はゼロ……だと思うわ。ほとんど皆殺しになってて情報が少なすぎるからはっきりとしてないけど」
不死身のゾンビを倒そうと思ったらそうなるだろうな。しかもヤツにはホワイトスネイクもあるし。
「で、こいつが現れたと同時期から、今まで見たことのない異能が現れ始めた。時期も考えると、こいつが広めていると思って間違いないでしょうね」
「見たことのない異能?」
この世界には大別して3つの種類の異能の力がある。
1つ目は『魔術』。錬金術をしたり、調合して不思議な効果のある薬を作ったり。まさに魔術のイメージにぴったりなものが該当している。『Fate系』や『とある系』の魔術がこれに分類されている。また、『Fate系』や『とある系』でわかるかもしれないが、あまり一般の人が習う機会はない。
2つ目は『魔法』。『リリカルなのは系』や『アスタリスク系』の能力が属するカテゴリだ。イメージは『科学的な魔法』。プログラムを入力したデバイスを使って、ビームサーベルのような剣を作ったり、ビームを撃ったり。当然、火を出したりもできる。『IS』もここに属する。
3つ目は『超能力』。『とある系』とその他諸々が該当する。魔法と違うのは魔法を使うための魔力は生まれた時から存在するのに対して、超能力は開発を行わないと使う事が出来ないというところ。
歴史の古さで言えば魔術>魔法>超能力、といった感じだ。
その他にも、このいずれにも該当しないレアなスキルを持っている人もいる。
そして今回、さらに新しい分類の能力体系が出来上がりつつあると言っている訳だ
「どんな能力なんですか?」
「スタンド」
その一言で、俺の体は警戒態勢に入る。ACT2を背後に出現させ、自由な左手を布団の中で構える。とっさの防御に、いつでも
「ふーん。やっぱり、あの子たちが言ってた事は嘘じゃなかったんだ」
「……え?」
「君、スタンド持ってるでしょ?」
な、何で知ってるんだ。スタンドはスタンド使いにしか見れない……あ。
「スタンドは見えなくても『いる』ことはわかるのよ。知らなかった?」
迂闊にもほどがある。ホワイトスネイクの件がすっかりと頭から抜け落ちていた。
「実はこいつの部下……かどうかはわからないんだけど、とある男を確保してね。この特殊な異能力を持っている男よ。そいつがスタンドって呼んでたから、便宜上、私たちもスタンドって呼ぶことにしたの」
「翔の今の立場は、残念ながら重要参考人になってしまいました。どのような処置になるかは追って通達されますので」
あの子たちっていうのは耀、綺凛、アインハルトの3人の事だろうな。俺が気を失ってる時の状況説明で耀が話した、ってところだろう。
そして事情聴取でも真面目な2人はそっくりそのまま話してしまい、偶然この2人の耳に入ってしまったと。そういうことだな。
「もちろん、翔は法を犯してはいないので逮捕することは出来ません。あくまでちょっと監視が付く、程度に考えてください」
監視が付くって言葉の前に『ちょっと』が付いたから、なんだって言うんですかね。
「自白したくなったらすぐに連絡してね。今ここで話してもいいよ?」
楯無さんに至ってはもう脅しと変わんないよ。
そんなに言うんだったら、
「あの――――」
俺はデンジャラスゾンビとブラドの事を洗いざらいぶちまけてやった。
「ふーん、吸血鬼のブラド公と、ねぇ……」
出てきた名前が予想以上に大きかったせいか、楯無さんは扇子を口元に当てて考え込んでいる。
「……楯無さん。翔は病人なので。今日はもうこのくらいにしておきましょう」
「へ? あ、ちょ、ちょっと!?」
そんな楯無さんの思考を邪魔するように、クロ―ディアが腕をつかんで引っ張り出す。クロ―ディアが相当力を入れているのか、それとも楯無さんが力を入れていないのか、どんどん扉まで引きずられていき、
「それでは翔、ごきげんよう」
クロ―ディアが楯無さんを引っ張っていく形で病室を出ていった。
なかなか大変な事になってきたとはいえ、大きな組織が後ろについたと思えば少しはデンジャラスゾンビに対抗出来るかもしれないな。
問題はその組織に、そもそも信用されてないって事だけど。
「拙いなぁ」
そう呟かずにはいられない俺だった。
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「どういうつもりなの、クローディア」
「ふふ、何を言っているのかわかりませんね」
2人きりになった楯無とクローディア。さっきの友好的な雰囲気は霧のように消え去り、お互いの腹の内を探るような目つきになっている。
「とぼけないで頂戴。あなたが彼の名前を聞いた時、目つきが変わってたじゃない。仕事まで無理やり終わらせて様子を見に来るなんて、普通じゃないわ。ま、そのおかげで夜月 翔がスタンド使いだってわかったんだけど」
「一目惚れ、ではいけませんか?」
楯無はクロ―ディアがまともに答える気がないと理解して、すっぱりと別の話題に移る。
「もういいわ。私の方から報告だけど、やっと上に今回の件の特別措置を認めさせることが出来たわ。来月には準備が整うそうよ」
「数年前に起きた『あの事件』で活躍したメンバーを集めた特別部署、機動六課ですね」
「そうよ、今回は特務六課だけどね。私たちも配属になりそうよ」
「それでは―――」
「そのことは―――」
堂々と歩きながら、通りすがりの人には理解できない、理解すれば口封じがされるかもしれない、そんな会話の応酬をする楯無とクローディア。
2人の少女の謀略の網は、どんどん広がっていくのだった。
ちなみに、楯無とクローディアは生徒会長ではありません。家柄はそのままですが。
翔は2週間の病院暮らし。次回からお見舞い編です。
3連休、3話更新したい……っ。