「失礼します、先輩」
「こんにちは、翔」
病室に雪菜と耀が入ってきた。楯無さんとクローディアがいなくなってひと眠りしたら丁度、学校の授業が終了する時間になっていて、この2人が一番乗りだ。
お見舞いの品の定番、フルーツの盛り合わせを棚に置き、花を花瓶に挿した。
「具合はどうですか、先輩」
「どこも痛いところはないし、体調はばっちり。寝てるだけだからすごい退屈だよ」
この右手を覆う機械、腕の位置がずれないように固定する役割と、痛み止めを定期的に投与する機能、そして、例の人工細胞での修復も併せて行ってくれている。
体中の細胞は日々細胞分裂で新しいものになっていくらしい。それを人間が感覚で感知する事が出来ないのと同じで、くすぐったかったりする事はない。痛み止めのおかげで怪我の痛みもないから本当にただ寝ているだけだ。
「この機械、電源がバッテリー式じゃないから歩き回れないんだよね」
「……その腕は、敵スタンドとの戦いで?」
「まあな」
「アインハルトから聞いただけで私にも見えないからよくわかんないんだけど、そもそもどうして自分の腕を切ったりしたの?」
耀が至極もっともな質問をしてきたため、ホワイトスネイクの能力について詳しく教える。
「―――って感じだ。だから、一番被害を軽くするにはこの方法しかなかったんだよ。いつ襲ってくるかわかんないから、2人とも注意してくれよ。目に見えなくても、居る事は分かるらしいから」
「はい」
「分かった……それはそうと、翔は何か困った事はない?」
「困った事?」
何も脈絡もない話題の転換をしてくる耀。
「うん。私、体が弱くて病院暮らしが長かったけど大変だったから。翔も何か困った事がないかなぁ、って」
ああ、そういえば耀は、
「困ってること、困ってる事かぁ……そうだなぁ……」
「もしあったら言ってね。なんでもしてあげるから……雪菜が」
「私ですか!?」
あ、そういう感じですか。
「ね、雪菜も翔がこんな事になって大変だと思うでしょ?」
「そ、それはそうですけど……」
なんかこれ、前にも見たことあるぞ。まじめな娘がやたら正論ぽい事を言う耀に丸め込まれていくの。
「何かしてあげたいと思うでしょ?」
「で、出来る範囲でなら……って、それを言うなら耀さんだって―――」
「私は冷えた翔の体を裸で温めたから」
「……先輩?」
「捏造は良くない」
裸で抱き合った記憶はありません。
「はぁ……耀さんも、もうからかうのはやめてください。先輩の傷に響きますから……まあ、何かしてほしい事があるなら言っていただければ。常識的なもので、ですよ!」
「お世話するなら、場所的にナース服が欲しいかな?」
「要りません」
「おおっと、こんなところに都合よくナース服がッ!!」
「あるわけ無―――何であるんですか!?」
「なんでだろうね」
多分、御門先生です。あの人、楽しみ過ぎでは? ベッドの下にコスプレ衣装が仕込まれているのはやり過ぎでは?
「そこは恰好から入らないといけないと思わない?」
「思いません! そもそも、そういう仕事は看護師がやってくれるものでしょう!?」
「やってくれると翔もうれしいよね?」
「最近、血生臭いことが多かったせいで、潤いが欲しいです(無理しなくてもいいよ)」
「先輩!!」
おっと、本音と建前が反対に。
「翔もこう言ってるわけだしさ、ね?」
完全に楽しんでいるのがわかる。まじめな娘を食い物にするなんて許せない。そんな奴は最低だよ!!
「だいだい、どこで着替えればいいんですか?」
「ここでいいんじゃない?」
「あはは、うまい冗談ですね」
アカン、雪菜が壊れてきてる。
「ほら! ぐずぐずしないで! ハリー! ハリー!」
「あっ、ま、待ってください!」
「いまさら恥ずかしがらなくてもいいでしょ! もう翔には裸見られてるんだから!」
「それとこれとは……っ!」
ガン見しちゃってるけどいいかな。丈夫な防弾繊維じゃなかったら生地が傷んでしまうくらい引っ張っている。暴れる雪菜から何とか服を取り上げようとする耀だったが、雪菜がしゃがんでしまった事によって手が出せなくなってしまう。
「ここで着替えるのは無しです! これ以上は本当に怒りますよ耀さん!」
「ちぇー」
引き際もわきまえている耀。本当にやるな。
「それで、結局先輩は、何かしてほしい事はあるんですか?」
そう言われても、ここは聖天子様が用意しただけあって快適そのものだし。あ、でも、強いて言うなら、
「トイレとか?」
「刺しますよ」
冗談が過ぎましたね、ごめんなさい。
「あんまり長居するのもあれですから、してほしい事がないなら、私たち帰りますよ?」
「……もしかすると添い寝すればケガの直りが速くなるかも」
「それじゃあ、今日はもう帰りますね」
完全にスルーされた。
鞄を持った雪菜は近寄ってきて、
「雪菜?」
「早く良くなってくださいね、先輩……ん」
二人の唇がそっと重なった。
「んっ……」
あの雪菜が自分からしてきた事に驚いたが、目の前にある雪菜の顔にドキドキしてしまう。睫毛長っ、肌白くてシミ一つ無い。
向こうからしてきたんだし、という気持ちで雪菜の唇を舌先でつついた瞬間、目を見開いて唇を離した。
「ここここここんなところで何しようとしてるんですか!! そ、そこまでしようとは思ってませんからね!! 病院で、人前で、なんて……っ」
「そっちからしてきたんじゃん」
「なんだかんだで、雪菜も大胆だよね」
「言わないでください……っ!」
雪菜は顔を隠して先に出て行ってしまった。
「翔」
耀が俺に耳打ちしてくる。
「あの公園で見たスタンドの、えっと、スケアリーモンスターズだっけ? そいつの本体が分かったら私にも教えてね。許せないから」
動物の言葉がわかる耀はスケアリーモンスターズの影響を受けた動物たちに一体何を感じたのか。あえて聞き出すようなことはしないが、その言葉と表情がすべてを物語っていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「お、お邪魔いたします。夜月先輩」
今度は綺凛がやってきた。緊張した面持ちで視線が定まってない。肩にはもはやトレードマークになっている竹刀袋がある。あの中にはいつもの真剣が入っているのだろう。
「傷はどうですか?」
「痛みはないよ。そっちこそ、ケガはなかったのか?」
「はい。私の方も全く平気でした」
「風邪とかも?」
「はい! 大丈夫です!」
綺凛は元気よく答えた。この調子なら確かに大丈夫だろう。
「あの、夜月先輩。早朝特訓のことなのですが」
「ああ、一回目で大変なことになっちゃったな」
みんな忘れていたかもしれないが、今回の事件は早朝特訓の記念すべき1回目に起こった。なんとも幸先の悪いスタートだ。俺はこのまま無かった事になるんじゃないかと思ってたんだけど。
「今後もお願いしてよろしいでしょうか?」
「大丈夫か? 今回のこと、だいぶ家の人にきつく言われたんじゃ……」
「は、はい! あ、ち、違います! あ、違わなくもないんですけど、その……確かに伯父様にはいろいろ言われました。でも、全然大丈夫です!」
「そう? だったらこっちも続けて大丈夫だけど」
連鶴のコピーができるし。ちょっと早起きがつらいくらいで、いいことずくめだ。綺凛の方も伯父さんの言いつけを無視したらしかったし、心配してたんだけど。
と、綺凛が顔を赤くしてそっぽを向いていることに気が付いた。目だけで俺をチラチラ見て、顔を正面にしても今度は目が泳ぐ。
これは何か恥ずかしいこと、言いにくいことを言おうとしてるんだな。
「あ、あの……失礼を承知でお尋ねするのですが……っ」
「ん」
「先輩は、その……慣れて、いらっしゃるのですか?」
「慣れてる? 何に?」
「じ、実は、病院に入ってくるときに耀さんと一緒にいる女の人を見て……あの人確か私と決闘した時にいた人ですよね?」
あー、そうか。耀と雪菜と入れ違いになったのか。ま、普通に俺のお見舞いに来たってわかるだろうな。
「お家にも違う女性がいましたし……わ、私なんかが気にすることではないのはわかってるんですが……っ!」
相当恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしている。
「あ、朝の練習は続けたいと思ってはいるんですが、冷静になって考えてみると、私なんて恥ずかしいことを……っ!!」
俺に思い切り抱き着いていた時の事か。あの時は耀にそそのかされていたからなぁ。
「でも夜月先輩はそんなに気にしてないみたいで、女性と、一緒に寝たり……キス、したりするのに慣れているのかと、思ったんですが……それに、アレも……」
アレ?
綺凛の指さした方にあるのは……脱ぎ捨てられたナース服。
「……」
「……」
なんで片付けて帰らなかった。
「看護師さんが忘れていったんだよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ。気にしないで」
「あ、あはは、ご、ごめんなさい。先輩のプライベートに許可なく踏み込んでしまって」
致命的な誤解をしたままのような気がする。
そんなに悲しそうな声を出さないで欲しい。全部耀が悪いのに。これはもう正直に話すしかないだろうか。
そう思って口を開こうとすると、綺凛は俺の事をしっかり見ていた。何か決意したような目だ。
「でも、私、決めました。先輩、私―――」
突然、ドアを壊そうとしているのではないかと思うほどのノックが始まった。物理的にドアが揺れている。叩かれている位置から言って、大の大人、それも、相当体格がいい人が叩いているみたいだけど。
「綺凛! ここにいるのはわかっているぞ! さっさと出て来い! 綺凛!」
ええええええええええええ!!!! 綺凛の伯父さんの声が聞こえるんだけど!? な、何が起こってるんですかァァァァーーー!?
「伯父様……!? どうして……」
「ほ、保護者同伴で来たのか? どうりで家の人も許してくれる訳だなぁ……」
「違いますよ!? ここには一人で来たはずなんです!」
え、じゃあ、綺凛の後をつけてきたのか?
「どうする?」
このまま騒いでいてくれれば、ほどなくして警備の人が来て連れていかれるだろうけど。
「……中に入れてください。お願いします」
「(えぇ……あの人とまた顔合わせんのか)分かったよ」
俺は心の言葉をしまい込み、しぶしぶドアのロックを解除する。そうそう、このドアってロックが付いてたんだよ。病院関係者のカードキーか、中のボタンがないと開けられない厳重な奴。楯無さんとクローディアがあまりにも簡単に入ってきたから、雪菜たちが来るまで存在ごと忘れてたんだけど。
中に入ってきた鋼一郎は汗だくで息を切らしていた。オートに設定されている部屋のクーラーが、少し強くなったみたいだ。理由は言わなくてもわかってくれると思う。
「綺凛! この疫病神のところには金輪際行くなと言っておいたはずだ!!」
「失礼極まりないなぁ」
まさかの疫病神扱い。気持ちはわからんでもない。誰だってコナン君にゲスト出演して殺されたいとは思わないし。
俺と一緒にいれば高確率で事件に巻き込まれるからな。
「この男が関わる事件にろくなものはない! リスクに対してメリットが少なすぎるのだ!! だからお前はグズなんだ! 関わっていい人間とそうではない人間の区別もつかん!! 2度は言わん、帰るぞ綺凛!!」
言ってる事が分かり過ぎて辛い。黒い服を着たおじさんが口止めに来るくらいの事件(武偵殺し)とか、本当に暗殺者が来ちゃった聖天子様護衛とか。
俺がいるところに面倒な事件あり、だ。サザエさん時空の名探偵もびっくりだな。
鋼一郎は綺凛の腕を掴もうと手を伸ばすが、綺凛はスルリと身を躱した。
「ごめんなさいです、伯父様」
その短い言葉にどれだけの覚悟が込められているのか。これまで気弱だったものとは全く違うモノだったが、汗だくの鋼一郎には感じ取ることが出来なかったようだ。
「口答えするな!! お前は何も考えず、ただ私の言う事だけを聞いていれば良い!!」
いくら室内だからと言っても、大きな声を出し過ぎだ。
「とりあえず、ここ病院なんで。もう少し落ち着いてしゃべってもらえませんかね」
「こ、この疫病神が……っ!! 貴様に会ってから不幸続きだ!! これ以上でしゃばるな!!」
ああ、そうですか。
怒鳴ってからは、俺のことはもう眼中にないようだ。綺凛を見下ろし、口を歪ませる。あれは絶対の自信の顔だ。この言葉を口から出せば、綺凛を意のままに操ることが出来ると思っている。
「い、いいのか、綺凛!? お前の父親を牢屋から助けることが出来なくなっても!!
誠二郎を助け出すには私の力が不可欠だ!! 私に従えないというなら……」
「それはしょうがない事ですね」
……へ?
「き、貴様……今、何と言った?」
「き、綺凛?」
あまりにもきっぱりとした物言いに、俺も鋼一郎も目が点になる。
「お父さんが人を殺してしまったのは紛れもない事実なんです。伯父さまに言われて会いに行っていませんけど、その事を反省して、悔やんでいるんだと思います」
会いに行けば、当然綺凛の様子がおかしい事に気が付くだろうし、そこで何かしら言われて心変わりでもされたら困るもんな。伯父さんの判断は素晴らしいよ。反吐が出る。
「私が卑怯な事をしてお父さんを助けても、お父さんは喜ばない、今まではそれでもいいと思っていました。でも――――」
「ふざけるな! いまさら何を言う!」
綺凛の決意は固い。どんな大声にも、もうひるむことはない。
「伯父様、先輩のこのケガを見てください。人を一人助けるために腕を一本犠牲にしたんです」
「そ、それがどうした」
「今の私じゃダメなんだってことを! 先輩が行動で示してくれたんです! 私に向けての行動じゃなかったとしても、それを心で理解出来たんです!」
聞いた事がなかったんだろう。綺凛の叫びに鋼一郎は唖然としている。
「だから、これからは自分で考えて、進んで行きます。突然ごめんなさい、伯父様」
まだ何か言いたそうにしている鋼一郎だが、口をパクパクさせるだけで、言葉が出てこない。
やがて肩を落とすと、ゆっくりと背を向けた。雛が巣立ってしまい、もう戻ってこないという事を理解したんだ。
部屋から出ていこうとする鋼一郎に綺凛が後ろから声をかけた。
「お、伯父様!」
鋼一郎は振り返らず、足だけを止める。
「私、伯父様には凄く感謝しています! それは本当です! だから、その……今までありがとうございました!!」
綺凛は深く頭を下げた。しばらくその場に立ち尽くしていた鋼一郎だったが、小さく『そうか』と呟いて今度こそ部屋を出て行った。そして綺凛は、ドアが閉まるとやっと頭を上げる。
その顔はどこか晴れ晴れとしているように見える。
「良かったのか、綺凛」
「はい。これでスッキリしました」
「自分で言うのもアレだけど、俺のコレ買いかぶり過ぎじゃない?」
「そんなことないですよ。私の中では人生で一番の出来事でした」
人生で一番とはなかなかに重い。お父さんが捕まった事を抜いちゃったのか。
と、また綺凛がもじもじしている。
いくら自分で考えて進むと決めても、根本的な性格の恥ずかしがり屋ってのは簡単になくなるわけじゃないか。
ここは年上らしく声をかけることにしよう。
「どうした、綺凛?」
「あの、その……夜月先輩にお願いがあるのですが……いいですか?」
「そりゃあ、言うだけならタダだから」
「夜月先輩のことを、お名前でお呼びしてもいいでしょうか?」
なんだ、そんなことか。
「これからよろしくな、綺凛」
これから綺凛の物語が―――
「……え?」
不意打ちで唇と唇が一瞬触れ合う。1秒にも満たないキスだ。いくらなんでも、なんでもでもでも過ぎて頭での理解が追いつかない。
「ふふふ、私頑張りますからね! 翔先輩!」
エグゼイドでパラドが死んでしまいとても悲しいですが、新しい仮面ライダーの情報もどんどん解禁されてきていますね。
新ライダーのモチーフは、動物+機械みたいですね。