「どうも」
「ヤ、ヤミ? 来てくれたのか」
なんと驚くことに、ヤミがお見舞いに来てくれた。ほとんど音を立てることなく部屋に入ってくる。服装はやっと見慣れてきた制服。
ベッドの近くに来ても、椅子に座すことなく、窓の外を見ている。
「貴方のことは嫌いですが、ケガ人を見て笑う趣味は私にはありませんから」
「そうなのか」
それでも、お見舞いに来てくれるとは思わなかった。心の隔たりは時間が解決してくれたんだろうか。や、嫌いですがって言われてるしそれはないか。
「これを」
何とも言えない空気の中、ヤミは紙袋を差し出してくる。袋のロゴを見る限りこれは、
「本、か?」
「入院中はやることがありませんからね。私からの差し入れです。気が向いたときにでもどうぞ。片腕でも読めるでしょう」
「ありがとう」
「気にしないでください。これがあれば私がここに来た証明になりますから」
ん? 証明?
「結城 アスナや姫柊 雪菜達は今依頼を受けていますから。時間の空いた時に代わる代わる来るそうです。昨日は2人ほど来ていたと思いますが、聞いていないんですか?」
「ああ。俺は何も聞いてない」
本当は狂三から聞いてるけど。っていうか、狂三は本当は昨日来る予定じゃなかったのかよ。もうヤる気満々だったんだな。
でも、俺にしゃべらないのは俺を休ませるためだと言ってたはずなんだけど、ヤミにはそれが伝わってないのか?
今、家ではどんな様子何だろう。ヤミとティナが家に来てすぐにまた入院しちゃったからなぁ。入院する前に見た限りでは、ティナの方は問題なかったように見えてたんだけど、ヤミはもうご飯を食べるときしか姿を見せなかったからな。その状態が今も続いているんだろうか。
だとしてもこれは好都合。
「どんな依頼なんだ?」
みんなには申し訳ないが、内容だけでも把握しておきたい。
「公式の依頼です。これ以上は言えません」
「公式の依頼、か」
武偵は基本お金で動く。金さえ払えばどんなことでも、たとえ少し荒っぽいことでも依頼することが出来る。
しかし、逆に言えばリスクが大きすぎて割に合わない仕事は断ることが出来てしまうし、そもそも報酬が出ない仕事は引き受けることはない。
そういう事態に対応するために国連は、武偵制度と併用して市民の血税で運営される、世界規模の警察の上位組織を作り上げた。それが管理局だ。
管理局は武偵が敬遠するような仕事を引き受けたり、武偵のサポートを行ったりする。さらに時には、管理局自体が武偵の協力を依頼してくることがあり、それが武偵の中では『公式の依頼』と呼ばれているのだ。
この島にも当然管理局の支部は設置されているから、そこの依頼か。
守秘義務もあるだろうし、それが分かっただけでも良しとしようかな。変な奴の依頼じゃないって分かっただけでも大収穫だ。
「そうか、そうか。ヤミも受けてるんだな」
「はい。意外でしたか?」
「みんなとはうまくやれてるのかな、と思ってな?」
「嫌味ですか?」
顔には出さないが不機嫌になってしまった。反省しよう。
そりゃあ一人で来たし(狂三は目的があったわけで)、わざわざ来た証明なんておいていこうとする辺りでもうお察しだよな。
「あなたたちも不運ですね。こんな爆弾を抱え込む羽目になってしまって」
そういって、ヤミは立ち上がった。
人を殺すことを生業とする暗殺者は当然恨みを買う。そんな奴とつながりを持てば、いつ何時狙われる立場になるかわかったもんじゃない。
聖天子様が頑張ってくれたおかげで今はここにいることが出来るが、本来は刑務所行きだ。
「話は終わりました。それではお大事――――」
「お兄ちゃーーーーーーーん!! 元気にしてる!?」
扉が大きな音を立てて開かれた。
そして飛び込んできた小さい影と、ヤミが激突―――することはなく、ヤミはするりと身をかわした。が、そのまま全開になった扉をくぐることは出来ない。扉の向こうの廊下に立っている子供のせいで、先に進めないのだ。
もうわかったと思うが、飛び込んできたのはクロ。そして一緒に来たのはその友達のヴィヴィオ達だ。
なぜかは知らないが、ヴィヴィオを見てヤミが固まっている。
「あっ! あなたはあの時の!? 先日はありがとうございました!」
「え、あ、そ、その……」
顔を合わせるなりいきなり深いお辞儀をするヴィヴィオちゃんにヤミはあたふたし始める。
……まったく状況がつかめないんだけど、どういうこと?
―――――――――――――――――――――――――――
「ほーん、つまり、ヤミがヴィヴィオを助けたと」
俺は聞いた話を端的にまとめてしまう。中々奇妙なところでつながりがあるものだ。
「流石に簡単に言い表し過ぎです、夜月 翔……っ!」
俺に悪態をつくヤミの口調も、どこか勢いがない。と、言うのも、
「そうなんですよ! もうダメだーって時にさっと現れて助けてくれたんです!」
「それでそれで! それが終わったらすぐにいなくなっちゃったし!」
「まさにヒーローって感じでした!」
「どこの人なんだろうって話していたんですけれど、まさか―――」
助けられた時のことを興奮気味に口にするヴィヴィオ達。子供特有のパワーにあのヤミが押されている。
さっさと帰ろうとしていたのを押しとどめたり、ヤミの鉄仮面をいともたやすく剥がしてしまったり、その力は侮れない。
「―――まさか、クロちゃんのお兄さんの恋人だったなんてっ!!」
本当に侮れない。
や、確かにわざわざ病院までお見舞いに来る関係だ。それなりに親しい関係であることを想像するのは難しくないし、間違ってもいない。世間的に見れば、俺たちは同棲しているわけだし。
「……冗談はやめてください。私とこの男とは何の関係もありません」
そんな下手すぎる返答をするヤミ。何の関係もない人のお見舞いなんて来る奴いないだろーが。案の定、言葉の隙を突かれてさらに追い込まれていく。
ヤミも、子供の相手には慣れていないのか、うまく言葉を紡げないでいる。さっさと会話を打ち切って帰ってしまえばいいのに。俺と恋人扱いされるのがそんなに嫌だという事だろうか。
でもまあ、ノーヴェさんもいるし。あの人ならうまい具合にストッパーになってくれるだろう。
俺はその間に、聞いておくべきことが2つあるし。
「クロ、ティナ、2人は依頼、どうしてるんだ?」
「……誰が依頼のことを―――ヤミね? まったく……」
「クロさん……」
雰囲気が変わり、目つきが鋭くなる。俺の言葉をすぐに理解してくれたな。俺に甘えてくるときとはまるで人が変わってしまったかに見える。二つの人格を持っているかのようだ。
ティナの方は不安げな目でクロを見る。ヤミの名前を出したとたんに不機嫌になったからだろう。
「私達も受けてるわ。捜査の時はいつも2人以上で行動するようにしてるから―――」
「―――魔力は大丈夫なのか」
「ん、お兄ちゃんとHなことしてから貯めておける魔力量がすごく増えたの。普通に生活するだけなら、補給なしで一週間は持つよ。戦闘になってもあのバンダナがあるからよほどのことがない限り大丈夫だと思う」
「無限バンダナか。あれはもうクロにあげるよ」
アレは明らかに俺よりも使いこなせる上に、大きなデメリットを打ち消すことが出来るクロが持っていた方がいいだろう。
それだけで、クロの戦闘の安定性が格段に向上する。
それじゃあ、もう一つの方。
「ヤミの様子はどうだ?」
「ヤミ? ……そう、だね……」
あからさまに目を逸らすクロ。これではもう答えを言っているようなものだ。
「……正直言って、私、ヤミの事嫌いよ」
「へぇ……」
クロの口から『嫌い』なんて言葉が出てくるとは。そっぽを向いてしまったクロの代わりにティナが話し始める
「ヤミさんは家に来てからずっと同じです。いつの間にか学校に行ってて、いつの間にか帰ってくる。ご飯に呼んでも一緒に食べることは少ないですし、家の中でもほとんどしゃべりません。アスナさんと狂三さんは頑張ってるみたいですけど……」
「……ま、ヤミは来たくて俺の家に来たわけじゃないから……ティナもそうか」
「わ、私はっ、翔さんの家に来れて、うれしかったですけれど……っ!」
ティナはそんなうれしいことを言ってくれる。
ヤミの場合、他人を嫌っているんじゃなくて、無関心なんだよな。ヤミの無関心はひたすら一人の世界を作って、他人を寄せ付けないわけじゃない。他人の人格には興味がないけど、行動には細心の注意を払っているって感じのドライなヤツだ。
殺し屋をやっていたせいで形作られた考え方なんだろう。
頭のいいクロは理解しているだろうけど、あえてヤミをフォローしておく。
それにしても、俺をケガさせたティナじゃなくてヤミのほうが好感度低いんだよな。態度次第でここまで違うもんか。
「クロさんとティナさんは依頼を受けているんですね。翔さん、お怪我の具合はどうですか?」
そこに、ヤミへの質問攻めに参加していないアインハルトが入ってきた。俺のケガにも必要以上に責任を感じてるわけじゃないみたいだ。俺としてもその方がありがたい。
「全然平気だ。アインハルトも、風邪ひかなかったみたいで良かったよ。ヴィヴィオちゃんとの試合はどうなったんだ?」
今回の事件、俺以外には特にケガはなかった。事情聴取が終わり次第、学校に行ったレベルだ。せいぜいずぶ濡れになったくらい。唯一気にしていたのは、事件のせいで試合で力が出せないことくらい。
思えば、ホワイトスネイクの狙いがアインハルトと綺凛、2人のDNAだった。つまり、俺に会っていなければ、なすすべがなかったわけだ。スタンドに対抗出来る俺が近くにいたのはかなりの幸運だった。それでも、襲われたという事実には変わりないけど。
「ヴィヴィオさんとの試合は……そうですね、一応私が勝ちました。でも、ほとんど相打ちのような状態で……それ以上に教えられることが多くありました。すべて翔さんのおかげです。ありがとうございました」
「そりゃあ良かった。どういたしまして」
ここで、俺は何もしてない、なんてつまらないことは言わない。本人が教えられたことがあったと言っているんだから、それでいいだろう。
「ヴィヴィオちゃん達とはうまくいきそうか?」
「はい。近代格闘技と私の流派とではあまり共通するところはありませんが、普通の友達としてうまくお付き合いさせていただきたいと思っています」
こっちも良い結果になってくれて、良かった良かった。
「それで、ですね、早朝練習の事なんですが……」
「ん? ああ、綺凛が昨日来たんだけど、練習は続けることになったぞ。来たかったら綺凛に連絡しておく」
「は、はいっ! ぜひお願いします!」
何が言いたいのかを一瞬で察することが出来た。少し食い気味にアインハルトが返事をしてくる。
「でも、俺たちも覇王流のことは何にも知らないから、試合くらいしか集団で練習する利点はないぞ? それでもいいのか?」
「それは……確かにそうなんですけれど……」
「翔さん、分かってて言ってますよね? そういうのは、やめた方がいいと思いますよ?」
少しからかったら、何とティナに注意されてしまった。
「ほらお前ら! ここ病院だぞ。騒ぎたいなら帰るぞ!」
ここでノーヴェさんのストップが入った。ヤミへの質問を見過ごせなくなったみたいだ。
なんかヴィヴィオちゃん達には、ほとんどお見舞いされた感じがしないな。考えてみればヴィヴィオとは、それこそしゃべったことないレベルの繋がりでしかないし。それはもう、繋がりがないと同義では? 友達(クロ)のお兄ちゃんってくらいかな。
それはそれとして、
「あ、ノーヴェさん。ちょっと残ってくれませんか? 少しお話が。あ、みんなには先に外に行ってて欲しい」
次にノーヴェさんに会ったら言おうと思っていたことがあったんだった。忘れるところだったぜ。
「ええ!? ノーヴェさんに秘密のお話!?」
「そそそそそれって……っ!」
「もしかして、もしかすると……っ!」
そう言って、ちびっ子がキャッキャと騒ぎ出した。
なんか、みんな小さいのにませてるなぁ。別にそんなことをするつもりは全くないんだけど。それ以上に大切なお話だ。
「ん? ああ、いいぜ。ほら、バカなこと言ってないで外に行ってろって」
ノーヴェさんも流石大人の女性で、特に焦ることなくちびっ子を外に追い出してくれた。
出ていくクロにさりげなく目配せをしておく。察しがいいクロでもこれだけで気が付くのは少し難しいとは思うけど。
部屋が静かになる。扉の前で聞き耳を立てているわけでもないようだ。
「んで? 話って何なんだ? まさか本当に告白ってんじゃないだろ?」
「はい。その手の話じゃありません。クロの事です」
「クロがどうかしたのか?」
俺はクロの体質について説明する。ノーヴェさんは終始静かに聞いてくれた。
「―――って感じです。もっと詳しい事情は自分の口からは言えませんけど」
「なるほどな……分かった。あたしが見てる時はフォローするようにする。普通に生活する分にはそんなに問題ないんだよな?」
「それについては大丈夫です。なのでストライクアーツは続けても問題ありませんから」
「そうか。ま、言いたくなったら、あたしに言う前にちびっこどもに説明すんだろ。あいつ、年の割にしっかりしてるしな」
「そうですね。そこについてはしっかりと信用してます」
俺の言葉にニッと笑ったノーヴェさんは、背を向けた。
「あんまり待たせるのも悪いし、帰るわ。それじゃあな」
そう言って、ノーヴェさんは病室を後にするのだった。