先に動いたのは黒子だった。アスナと並んで立っていたはずが、まばたきの後にはそこから消失している。
蹲って頭を抱えていた佐天と、地面に倒れていた男子学生のもとに移動。2人を順番にアスナの後ろに転移させた。
第一の仕事を終え、ひとまず安心する黒子。
「佐天さん、大丈夫だった?」
「は、はい。ありがとうございます結城さん。白井さんも、ありがとうございます」
「お気になさらず、佐天さん。それで、結城さん」
「うん。多分、あの金髪の人がリーダーだね。ほかの人たちとは全然違うよ」
自分の剣士としての勘があの男に対して警報を鳴らしている、そうアスナは言っているのだ。
黒子とアスナ。この2人は
黒子の方は、実力で言えば圧倒的に御坂の方が上だが、本人が気ままに動くというどうしようもない理由があり超電磁砲組の実質的なリーダーに収まっているし、アスナの方も狂三が神出鬼没で、その他のメンバーが前に出て話し合いをする性格ではない事もあって、黒子と接する機会も多かった。
「分かりました。では、わたくしがあの男の相手を」
「気をつけてね。確実に
「結城さんも」
そう言い残した黒子は金髪の男の前に
「くそッ! あのガキ、
事態についていけていなかった男たちだが、ここでようやく状況を飲み込めたようだ。
そんな男たちに、アスナは一歩踏み出す。
「あなたたちの相手は私よ」
アスナからの闘気に男たちは後退る。
「佐天さん」
「は、はい!?」
「動けるかな? 動けたら、そこの男の人をもう少し後ろに下げてほしいんだけれど」
男の人、というのは、リンチされていた男のことだ。無抵抗のまま蹴られていた男は一人で動くのも厳しそうだ。
「は、はい! わかりました!」
「佐天さん、ありがとう」
「……いいえ、気にしないでください」
アスナが優しい顔を見せたのはそれが最後だった。男たちと見合ったときには剣士の顔になっている。
その年齢とは思えない、まるで長年本当の命の取り合いをしてきたようなアスナの本物の殺気。それでいて、歩くスピードはゆったりとしている。
「ぐはぁ!」
そして、ゆったりとした動作とは対照的な、神速の刺突。殺害を禁止してあるために、アスナの希望でレイピアの先は潰してあるが、十分すぎるほどの威力が出た。
指一本動かせなかった不良たちは、白目をむいて倒れる仲間に現実に引き戻された。
慌てて自慢の能力を発動させようとするが遅すぎた。アスナは流れるように2人目を仕留める。
一人になってしまった不良だったが、開花した能力が磁力操作だったのかアスナのレイピアを無理やり奪った。
「ハッ! どうだ! これでおまゴフッ!!」
しかし、武器が無くなったとしても、アスナに勝てるわけがなかったのだが。
そんなことは、鼻先に拳を叩き込まれた男には、遅い忠告だった。
佐天があっけにとられるほど、あっさり終わってしまうのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
場所は変わり、時間も巻き戻る。黒子と金髪が無人のビルの中で向かい合っていた。
2人の手には武器の類は見られない。黒子はアスナと違って鞄を持ったまま、余裕の表情でツインテールをいじっている。金髪の方も特に構えることはない。それどころか脱力してゆったりと構えていた。
「ハハッ! 面白い能力だなぁ、オイ!
「別に、わたくしはあなたを楽しませるつもりでこんな所に連れ込んだわけではありませんの。暴行傷害の現行犯であなたを拘束しま―――」
「―――俺たちゃよぉ、
黒子の事務的セリフを遮り、金髪の男はクツクツと笑う。今のこの状況を楽しんでいると言わんばかりの顔で、楽しそうに。
「だからよぉ、でっけぇ力が手に入ったら、お前らをグチャグチャにしてやりてぇって思ってたんだぜ!!」
金髪は両手を広げて黒子に襲い掛かる。小柄な黒子の体は、男の巨体が体重をかけるだけでつぶれてしまいそうなくらい、2人には体格の差がある。
それでも、黒子の顔に焦りの色はなかった。
いつも通り、なんの代わり映えもなく、相手の後ろに
しかし、目の前に金髪の男はいなかった。
「……え?」
この距離で
そんな思考でいっぱいになっていたが、日ごろの訓練のおかげか、背後からの敵意にとっさの盾が間に合った。
「おっと、防がれちまったか……」
鞄越しで威力が大きく減らされていたとはいえ、この男の蹴りは壁をへこませることが出来る。思った以上の蹴りと、下手をすれば自分がアレを食らっていたという事実に黒子は冷や汗を流す。
(なら飛び道具で! この金属矢を右肩に直接転移する!)
黒子の
黒子は自身のスカートの中、普通の武偵なら拳銃のホルスターが巻かれているそこには、特注の金属矢が、これまた特注の革ベルトに収められていた。矢の先端はそれほど尖っているわけではないが、
しかし、その金属矢は金髪の体付近の空間に現れ、虚しく床に落ちてしまう。
(私が外したッ!? この距離で演算を間違えるはずが……ッ!?)
巡らせていた思考は、金髪の蹴りによって中断された。腰のひねりを加えた重い蹴り。
しかし、金髪の攻撃も何の変哲もない蹴り。同じようにカバンを盾にすれば十分防げる。そんな黒子の考えは、脇腹に突き刺さった蹴りが肺の空気をすべて吐き出させ、ミシッとアバラ骨が嫌な音を立てたことで崩れてしまった。
「けほっ、けほっ!! ぁ、ぅっ……っ!」
埃がうっすら積もっている床を転がる黒子。体中から嫌な汗が一気に噴き出してくる。
黒子の鞄に当たる瞬間、足がありえない方向に曲がったのだ。
「な、にが……っ!」
「今のはいい感触だったなぁ。相当効いたんじゃねぇか? ハハッ!!」
苦しむ黒子などお構いなしに金髪は近づいていく。黒子は痛みを堪え、残しておいた矢を投げた。
回転しながら金髪に飛んで行った矢は、途中で軌道を大きく変える。何の力も加えていないというのに、進行方向が変わったのだ。
「なんだぁ~? もう能力も使えねぇくらいにへばっちまったのかよぉ? まだこっちは遊びたりねぇぞ、おらぁ!」
ヘラヘラしながら近づいていく金髪に対して―――黒子は背を向けて逃走を開始した。階段を見つけ、上へと昇っていく。
「次は鬼ごっこか? いいぜ、付き合ってやる。ただし……この廃ビルの外に出たら、外にいる奴らをブチ殺す!」
金髪は何本か歯が抜けた口で凄惨な笑みを浮かべるのだった。
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そして最上階。とうとう黒子は窓際まで追い詰められてしまった。途中で何度か見つかるも
「そろそろ鬼ごっこにも飽きてきたなぁ。いい加減、終わらせようか」
金髪がポケットからナイフを取り出し、黒子との距離を詰める。
「んでよぉ、結局、俺の能力は分かったのか?」
「……自分の周囲の光を捻じ曲げ、対象の認識を誤らせる能力」
「へぇ~気づいてたのか」
「あなたによく似た能力の人を知っていますの」
黒子が昔扱った事件の犯人の中には、認識を阻害するという能力があった。それをヒントにして推理したのだ。
金髪の能力は、光を捻じ曲げることで、実際とは異なる景色を見せるというもの。だから、
「誤った位置で光の像を結ばせる――だから、投げたものがあり得ない軌道を描いたように錯覚させられた……」
「
「確かに……あなたに当てることはできませんが」
白井は手を伸ばし、適当な大きさの窓ガラスをビルの柱に転移させた。転移した窓ガラスは建物の重みで割れ、柱に斜めの切れ込みが入る。
「はぁ? 何がしてぇんだよ、お前は?」
「わたくしの能力は、移動する物体が移動先の物体を押しのけるように転移しますの。紙切れ一枚あればダイヤモンドも切断することが出来ますのよ。これが最後通告です。武器を捨てて投降しなさい。抵抗すると、安全は保障しかねますわよ」
そう、『紙切れ一枚あればダイヤモンドも切断することが出来る』、この特性を生かしたとっておきの作戦。黒子としても使いたくない最後の手段。それを金髪は笑って無視した。
「投降? 笑わせんじゃねぇ! どんなに凄ぇ能力だろうと、当たんなけりゃ意味ねぇだろうがッ!」
「そうですの。できればやりたくなかったのですが……いいでしょう。あなたのその小賢しい目くらましごと―――叩き潰してさしあげますわ!」
白井が駆け出す。金髪の男は警戒したが、やり始めたのは窓ガラスをどこかに転移させるというもの。行動の意図が読めない金髪に、作戦を完遂した黒子は爽やかな、そしてどこか皮肉めいた笑みを向けた。
「ビルを支える柱が『全て』切断されたらどうなるか、お分かりですわよね?」
金髪の表情が固まった。
「おまッ、ま、まさか……ビルごと……ッ!?」
もう遅かった。
取り壊し予定のビルは、その予定よりも早く崩れ去るのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「うわぁ……」
アスナは崩壊していくビルを呆然と見ていた。
黒子よりも早く制圧を完了していたアスナだったが、ビルの中には入らなかった。拘束した不良から目を離して逃げられてはマヌケだし、ビルの中に入った金髪が黒子を無視して外に出てくるかもしれないからだ。
それでも少し遅すぎると思って突入しようかとも思ってはいたのだが、
「ビルが崩れるなんて……」
アスナが中に入っていたら大変な事になっていたかもしれない。黒子はドヤ顔でビルを潰したがこう考えるとちっとも笑えない。
ついでに言えば解体方法が方法なので、アスナには誰が原因でビルがつぶれたのかがわからない。
傍らにいた佐天も顔を青くしている。
そんな二人の前に、金髪の首根っこを掴んだ黒子が
「少々やり過ぎた感も否めませんが……まぁ、取り壊す予定のようでしたから良しとしましょうか」
「いや、やり過ぎだからね?」
「え」
一仕事終えて一息つこうとしていた黒子は、アスナが笑っていないのを見て後ずさる。そんなに長い付き合いではなくても、この笑顔の意味するものが何なのかは分かる。
「はぁ……ま、そのことについては後にしようか。まずは
「そ、そうですわね! さすが結城先輩! どんな時でも目的を見失わないその姿勢は常日頃から学んでおきたいと思って―――」
「仕事、しようか?」
「はい」
2人はへたり込んでいる金髪を威圧するように見下ろした。
「
「素直になった方が身のためだと思いますが? 私はともかく隣のお方が何をするかわかったもんじゃありませんよ?」
「ひ、ひぃ!」
金髪にしてみれば黒子は、自分一人のために建物一つ潰した奴なわけで。横の笑顔のアスナも完全に恐怖の対象なわけで。金髪に選択肢は無いわけだ。
ポケットから取り出されたものに2人は眉を寄せた。
「音楽プレーヤー?」
「ふざけてますの?」
「ひっ、ち、違う! れ、
予想外の供述に2人は眉を寄せる。必死な顔には嘘は見られない。ようやくつかんだ手掛かりから情報を少しでも引き出そうとする2人。
そんな2人は、またしても佐天が居なくなってしまったことに気が付けなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
2人の無事を確認した佐天は、またしても気が付かれないようにその場を離れていた。アスナは武器一つで男3人を倒してしまい、黒子はどんな風に能力を使ったのかは知らないが、ビルを一つ潰してしまった。
自分には到底できないことをやって、涼しい顔をしていた。
一度抑えつけたはずの気持ちが再燃し始める。
「涙子~!」
その時、向こうから佐天を呼ぶ声がする。それは彼女の学校の友達だった。それも、『そういう』授業についていけていない、佐天と同じ側の。
「アケミ。むーちゃんとマコチンも」
4人の少女は歩調を合わせて歩き始める。
「一人で何してたの? 買い物?」
「……まぁ、そんなとこかな。アケミたちは?」
「図書館で勉強だよ。ほら、今度テストあるじゃん? 実技はダメでも勉強くらい頑張らないとね」
「……あは、そうだね……」
すると、アケミが立ち止まり
「あ、でも聞いた?
「……っ!」
佐天の体が固まる。
「え? 何、それ?」
「あ、私知ってる! 能力が上がるってやつでしょう?」
「そうそう。噂じゃあ、今それ高値で取引されてるらしいの」
「え~、お金ないよ~」
視界が歪み、頭がくらくらしてくる。それでも、体と唇はひとりでに動く。
「あ、あのさ!」
佐天は、
「あたし今、それ持ってるんだけどっ!」
震える手で音楽プレーヤーを差し出した。