なんか最近、病院が騒がしいように思える。や、そこまで入院したことがあるわけではないし、そもそもこの病院のことをそこまで知っている訳ではないと言えばそうなのだが、それでも、違和感を感じることはある。
「―――で、そこの所どうなんですかね、御門先生?」
「余計なことは気にしないでいいの。繁盛期みたいなものだと思えばいいんじゃないかしら? 花粉の季節にみんながマスクをするみたいなものよ」
ケガ、病気、病院に繁盛期があるというのは新説だな。そして例えが意味不明。
「そんなこと言っても、実際俺の部屋の両隣は埋まりましたよね。ほとんど同時に」
俺も伊達に寝っ転がっているわけではない。廊下から聞こえてくる声だって重要な情報になるし、出歩くこともできるようになって活動範囲が広がったことも、俺の勘を補強してくれている。
「ただの偶然よ。いいからおとなしくしてなさい。ね?」
「……ちなみに、両隣に入ってきた人たちはどんな症状なんですか?」
「それは人のプライバシーにかかわることよ。私の口からは言えないわ」
「それじゃあ、仲良くなって直接聞くことにします」
「いいからおとなしくしてなさい。退院まであと少しなんだから。っと」
都合よくかかってきた電話に出ることで、それ以上の追及が出来なくなってしまう。
そんな言い方すると、何かあるって認めてるようなもんなんだけど。でも御門先生のことだから、ブラフの可能性も捨てきれないか。
ま、予想はついてるけどな。
いくらなんでも、病室に入ったっきりで、物音ひとつしないのは尋常ではない。それこそ、昏睡状態にでもならない限りは。
早い話、
セキュリティ面でかなり頑丈に作られているこの病院、患者の個人情報なんてそう楽々と知ることは出来ない。顔見知りの御門先生に聞くっていう最終手段に打って出たけど、当てが外れたな。
「―――はい、はい、わかりました、すぐに行きます。それじゃあ、急患が入ったから、もう行くわね。おとなしくしてなさいよ」
電話を切った御門先生は、少し険しい様子で部屋を出ていくのだった。たしか、今日のお見舞いは耀とクロだっけか。鋭い2人だし、余計な行動は慎んで寝転んでようかな。
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アケミは両手をぐっと前に突きだして力を込めた。すると、一般人から見れば驚くことに、手のひらの先にいた少女の体が徐々に宙に浮き始めた。
「す、凄い! 凄いよ、涙子! 私、紙コップを持ち上げるのがやっとだったのに!」
佐天はアケミの興奮した笑顔に、苦笑いしながら手を振り返した。手に入れて数十分の能力を使っているときに意識を逸らしてしまえば、能力が途切れてしまうのは必然だ。
アケミのサイコキネシスで浮かんでいた少女は、お尻から落下してしまう。
怒った少女に復讐の延髄切りをされているアケミから目を逸らした佐天は、手のひらに小さな葉っぱを乗せ、風を起こした。
風の強さはつむじ風程度。両掌を合わせて起こした小さな風は、緑の葉をゆったりと回転させる。
佐天はその光景に、心のそこから何かが湧き上がってくる感情を抑えきれず、顔が緩んでしまう。
(白井さんや御坂さんに比べたらささやかな力……ここではありふれた力……だけどっ!)
佐天はぐっと両手を握り、空を仰いだ。
(でも、それでも、あたしの力……あたしの、あたしだけのっ!)
本当に些細な、戦闘どころか、日常生活でもまともに役に立たないような、そんな小さい異能。
それでも佐天は、涙が出るくらい、嬉しかった。
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「凄い凄いっ!! 見て見て! こんな重いものまでここまで上げられるよ!」
「おー! 私だって負けないんだから!!」
この数時間、おもちゃを貰った子供のように能力を使っていた少女たちは、自身の能力をかなり使いこなし始めてきた。
そんなみんなを、佐天は木陰のベンチに座りぼんやりと眺めていた。
(やっぱり初春には教えた方が……怒られるよね、やっぱり)
自分が能力を手に入れた興奮が冷めたことで、これからのことを考え始める余裕ができ始めたのだ。
佐天達は、今回の事件に関わっていると思われている
この音楽が
(でも、仕組みが分かったら……)
きっと、今手に入れることが出来た能力は、その手から消えてなくなってしまうだろう。正規の方法で使えなかった能力を、音楽を聴くだけで使えるようにするなんて普通じゃない。きっと深刻な副作用がある。
頭に浮かんだ副作用という言葉で、冷たいものが背中に走ったような気がした。流れで巻き込んでしまった友達にもしものことがあったら―――
「涙子ちゃん、どうしたの?」
「……マコチン。そっちこそどうしたの? 休憩?」
「そんな感じ。能力使うのって、意外に疲れるんだね」
しばらくお互い無言で隣り合って座る。
マコチンが口を開いた。
「私ね、アケミとむーちゃんが大好きなんだ」
「え?」
「もちろん涙子ちゃんもだよ?」
突然の独白に、佐天は鈍い頭を動かし、何も言わずに耳を傾けた。
「私はね、正直、夏が明けたら普通科に移動しようかなぁって思ってたんだ。勢いでここに来ちゃったけど、殴る蹴るもそれ以外も、私に向いてなかったんだ。魔法も超能力もからっきしだったし」
「……」
「でも、心配もあったんだよ。普通科に行ったら、みんなと気まずくなっちゃうのかなぁって。みんな、大切な友達だし、普通科に移ったら同じような友達なんて作れないと思うから。でももし、
「……そう、だね」
その笑顔から、佐天は目を逸らすことしかできない。
重いものが地面に叩きつけられたような音が響く。落ちたのは、先程まで能力で空に浮いていたベンチ。
アケミが意識を失い倒れていた。
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「ダウンロード、完了しました」
「でもまさか、
「にわかには信じがたい話だけどね」
金髪をしかるべき大人に預けた後、黒子とアスナは大急ぎで拠点に帰った。拠点には初春とティナ、理子が待機しており、この報告を聞いた初春と理子は即座にネットの海から、必要な情報を引っ張り出し始めた。そして一息つく頃――ものの30分で――原曲のダウンロードを終わらせていた。
黒子はティナに応急手当てをしてもらっていた。応急手当でどうにかなるケガではないのだが、黒子がどうしても
「あ、そうだ、木山先生に連絡しないと」
アスナは思いついたように電話をかけ始める。ものとしてはかなり信憑性が高いものを手に入れることが出来た。ここで専門家の意見を聞いておくことも悪くないと思ったのだ。
《……もしもし、結城君かい?》
「はい。実は―――」
《――よし、こちらも曲の入手に成功したよ》
「それで先生……音楽ソフトで能力を上げるなんてことが本当に可能なんでしょうか?」
《ん、現時点では難しいねと思うけれどね。そもそも―――》
「――はい、はい。そうですね、分かりました。ありがとうございます。それでは、何かわかれば連絡をお願いします」
「どうでしたか?」
「えっとね、木山先生は五感全てに働きかけるならともかく、聴覚だけの音楽ソフトで能力を引き上げるのは難しいだろうって、もちろん調べてくれるみたいなんだけどね」
「んー、状況は芳しくないってことかなぁ」
理子はストローを刺したイチゴ牛級を飲みながら、みんなの心の声を代弁する。
「お疲れ様です……あれ?」
「あらあら、どうしたんですの? 皆さんそんなに暗い顔をして?」
ここで、一緒に外回りをしていた雪菜と狂三が帰って来た。開けられた扉から外の暑い空気が流れ込み、すぐに遮断される。
「お帰り、狂三ちゃん、雪菜ちゃん。何かあった?」
今日は初春と理子が一緒になって割り出した『
何かしらの手掛かりが掴めたかという期待したアスナの問いだったが、それは残念ながら裏切られることになる。
「はい! 皆さんに報告したいことがあるんです!」
「ええ。実は、かなり有力な情報を入手したんですの」
「ッ!! ほ、本当に!?」
「はい。なんでも
自分たちに集まっていた視線が一気に落胆の色に染まっていくのに気が付いて、雪菜の口から出る声が小さくなっていく。
狂三も訝しんだが、すぐに理解する。
「もしかすると、もしかしなくても、もう皆さん知って……?」
「うん、もう、ね……」
アスナはこれまでのことを説明した。
「そうですの……ですが、これでこの音楽ソフトが
「まあ、それでも専門家の先生が難しいと言っている以上は五分五分でしょうけれど……それはそうと」
黒子は狂三に目を向ける。
「その服装はどうにかなりませんの? クーラーが付いているのに、見ているこっちまで暑くなってきますわ」
黒子は狂三を指さして非難の声を上げた。時間帯は日中。一番お日様が高い時間から少し過ぎたころ、つまり、気温は一日の中で一番高くなっている。
「あら、この服はわたくしの勝負服ですのに……」
そんな日に真っ黒なゴスロリ服は、ちょっとした視覚兵器だろう。着ている本人はなぜか汗一つ掻いていない。自分の力を使って体温を調節しているのだ。しかし、一緒にいる人にとってはたまったものではない。
「周りのことも考えてくださいまし。時と場合によって服装や行動を―――なぜそこでわたくしを見るんですの、皆さん?」
言うまでもなく、お前が言うな、である。
「曲自体に五感に働きかける効果があったとしたら、どうかしら?」
入口から聞こえてきた声に、メンバーの視線が集まる。
「神崎さんにお姉さま!?」
「それは一体どういう……?」
部屋にいるもののほとんどが?マークを浮かべる中、理子だけが鋭い顔で口の端を釣り上げていた。
「へぇ、共感覚性か。よくもまあ思いついたねぇ、アリア?」
「ま、共感覚性って言葉を出したのは美琴だけどね。私は音楽で複数の感覚を刺激できればいいって言っただけだから」
「あ、あの……説明してもらってもいい?共感覚性って?」
「ん、共感覚性っていうのは、簡単に言えば『一つの刺激で複数の感覚を得ること』よ」
「風鈴の音を聞いて音を感じるだけでなく気温も涼しく感じたり、赤系の色も見たら色を感じるだけでなく温かみも感じたり、それこそ狂三の黒い服を見て暑く感じたりね。それを応用して『音楽という一つの刺激で五感全ての感覚を得る』ことが出来れば、条件を満たすことになるんじゃあないかしら」
アリアの探偵としての直感と、美琴の知識の総合でたどり着いた結論だ。
「ちょ、ちょっと待って! 電話してみるから」
アスナは携帯を手に取り履歴の一番上の番号にかけ始めた。簡単な挨拶を済ませ、本題を告げる。
「なるほど、共感覚性か。その可能性はあるな。見落としていたよ」
「じゃあ、可能性はあるんですね!」
「ああ、十分検証してみる価値がある。それなら『
「ッ!!
『
初春が興味を持たない訳がなかった。
「あ、あの! 私も連れて行ってはもらえないでしょうか! 一度でいいから、
「ふむ、君はその年でトップクラスの情報処理能力を持っている逸材だと聞いている。分かった。さすがに触らせるわけにはいかないが、見てる分には構わないだろう。うちの研究所の住所を教える。今から来たまえ。待っているよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
初春は
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少し先が揺らいで見えるくらいの熱気に汗を流しながら、初春は最寄りのバス停に走っていた。ここからバスを乗り継いでいけば30分ほどで木山の研究所にたどり着くことが出来る。
その時、初春の端末が着メロを鳴らした。
「っ! 佐天さん!」
ファミレスで別れてから電話にもメールにも無反応だった佐天からの連絡だ。初春はその場で立ち止まり、電話を耳に当てる。
「佐天さん!? 心配したんですよ、全然連絡してこないで!! 今、どこで何をしているんですか!?」
《……》
「佐天さん? 聞こえてますか、佐天さん? ……もしかして、泣いてますか?」
周りを歩く人の喧騒のせいでそれなりに大きな声でしゃべらないとはっきり聞こえないが、携帯を耳に押し付けると鼻をすするような音が聞こえてくる。
「佐天さん? 何があ―――」
《アケミが倒れちゃったよ……っ》
「……え?」
《
「佐天さん、落ち着いて、ゆっくり話してください! アケミさんがどうしたんですか!?」
《私達、
佐天は心にため込んでいたものを吐き出していく。初春は初春で、いつもと違いすぎる佐天の様子に、軽いパニックを起こしていた。
《私が、悪いんだよ……一人で使う勇気が、出なくて……アケミを、みんなを道連れにした……っ!》
「佐天さん! 今、どこにいるんですか!?」
何とか出した初春の声を無視して、佐天は続ける。
《ねぇ初春、あたしも倒れちゃうのかな? ハハ、当たり前だよね。他人を巻き込んだ張本人が、自分だけ助かろうなんて、許されないよね》
「佐天さん!」
《……倒れちゃったら、もう二度と起きれないのかな?……あたし、何の力もない自分が嫌で……でも、どうしても、憧れは捨てられなくて……っ!》
佐天は逃げるように帰って来た自分の家で涙を流していた。友達を巻き込んだ自分を責め、初春達に何も相談しなかった自分を責め、何の力もない自分を責めていた。
《……ねぇ、初春》
「なんですか、佐天さん!?」
いつの間にか、初春の目的地が変わっていた。明確な場所は決まっていないが、とにかく佐天がいるところへ。それだけを頭に浮かべていた。
初春も心半ばに聞いていて返事がぞんざいになりかけているが、
《……私って、欠陥品なのかな?》
「そんなわけありません!!」
この一言には叫ばずにはいられなかった。お腹の底から、精一杯、佐天の言葉を否定する。
周囲の人の目も気にならないくらいに、初春も顔を真っ赤にしていた。真っ赤にして、いつの間にか初春の方が大粒の涙を流していた。
「もし眠っちゃったとしても、佐天さんもアケミさんもみんな、みんな私が起こしてあげます! ドンと任せてください! 佐天さんはきっと、『あと五分だけ~』とか言っちゃいますから!」
《……アハハ、こりゃあ、うかうか寝てられないね》
「当たり前ですよ。佐天さんは欠陥品なんかじゃありません。能力なんか使えなくたって、力なんかなくったって、佐天さんは佐天さんです……そんな悲しいこと、言わないで下さい……っ!」
《……ありがとう、初春。あとは、よろしくね》
ドン、と、佐天が耳に当てていた携帯電話が床に落ちる音が、初春の耳に響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「はぁ……はぁ……」
木山に断りを入れて少し待っていてもらい、初春は佐天の家に向かった。佐天は特に場所を言っていたわけではないが、ここにいると初春は確信していた。
鍵のかかっていない扉を開ける。
「佐天さん!!」
佐天はベッドの淵に腰かけて初春と電話をしていたのだろう。今はぐったりと、横たわっている。携帯はカーペットの上に転がっていた。
佐天涙子は昏睡状態に陥った。