「そうですの……佐天さんも
初春が木山の研究所に向かった後、黒子は黒子で御坂と一緒に怪我の治療のために病院に来ていた。
黒子が治療を受けている間に初春から諸々の連絡が入り、現在に至っている。
「……それで、初春は?」
「救急車に佐天さんを乗せたらすぐに木山先生のところに行くって言ってたわ。初春さんも相当参ってたわ」
初春さん
「私さ……少し前に佐天さんからお守りの話を聞かせてもらったんだ」
「お守りというと、佐天さんがいつも持ち歩いている?」
「そう。お母さんからもらったんだって。今、思えば……あの時ちょっと彼女の様子はおかしかったのに……きっと色々話したかったはずだったのにね。あーあ、何で気が付かなかったのかなぁ……」
「お姉さま……」
御坂は最初から超能力最高ランクの力を持っていたわけではない。むしろ発現当初は、最低のレベル1だった。血の滲むような努力があったからこそ、この場所まで上り詰めたのだ。
周りとの力の差にいちいち落ち込む暇があったら、それを自分の力にできるような少女だった。
レベル5になってからはそれなりの立場になってしまったせいか、周りからは少し距離を置かれ、また御坂自身も有名税の類を嫌がったこともあり、半ば一匹狼になっていた。
今回の事件も、黒子がいなければこうして集団で受けることはなかっただろう。
そして、自身の経験から、何かと言い訳して自分を高めないような人種は、心の底から嫌悪している。御坂は佐天のことをそんな風に見たことはないと思っている。しかし心の底では、どうだっただろうか。そんな考えに嵌ってしまっている。
(あの時の佐天さんの話を聞いて、『だったらもっと努力すればいいんじゃない』って思わなかったって断言できる……? もしかして、いつものことだと、いつも私の周りにいる奴らと同じだと思って適当に流してたんじゃないの……?)
「……ホント、無責任なこと言ったんだよ、私」
「お姉さま……」
ひたすら上へ上へと昇って来た御坂。佐天だけではなく、多くの人が望むもの、『努力すれば実を結ぶ才能』を持っていた彼女には、決して佐天の気持ちを完全に理解することは出来ないだろう。
それ故に起きてしまったすれ違い。
御坂の悲痛な声に、黒子も目を伏せる。
「だからさ、黒子」
「は、はい?」
てっきり落ち込んでいるのだと思っていた黒子は、その予想に反した声色の御坂に面食らう。
「しっかり佐天さんには謝るわ。この事件をきっちり終わらせたらね」
「え、ああ、そ、そうですわね」
御坂の目には闘志の炎がメラメラと燃えていた。そして遅まきながらも黒子は理解する。自分が尊敬してやまない『御坂 美琴』という人物は、その程度で折れるような人ではないという事を。
「流石お姉さまですわ。どこまでもついていきます」
「ん、ありがと、黒子……よしっ! それじゃあ初春さんの連絡を待って、また捜査を始めないとね。あんたはしっかり体治しなさいよ」
勢いよく立ち上がる御坂だったが、後ろからの声に引き留められる。
「お取込み中済まないんだけど、いいかな?」
「え?」
そこには白衣を着た人物が立っていた。その顔はどことなくあの生物に似ている。そう、まるで御坂が好きなとあるキャラクターにも―――
「リ、リアルゲコ太、だと……っ!」
そこには、カエル顔の医者が立っていた。
「ちょっと時間をもらえるかい?」
カエル顔の医者に促されるままに部屋に入った。中では複数のグラフを映したディスプレイが青白い光を放っている。
黒子も聞きたいという事で車椅子に乗ってついてきている。
「これがどうかしたんですの?」
「これは
そう言われてみると確かにグラフが重なっているところがあるのが分かる。カエル医師が言っていることは分かるのだが、
「確かに、そうだけど……」
「これが何か事件と関係ありますの?」
「つまりだね、これは『他人の脳波パターンで無理矢理動かされている』ようなものなんだ。そうなると、人体に多大なる影響が出るだろうね」
「なるほど……それが、
「……僕は医者だ。患者に必要なものは何だって手に入れてみせる」
カエル顔の医者はとある女性の顔を画面に映し出した。
「これが、被害者の脳波に共通する脳波パターンを持つ人物だ」
―――――――――――――――――――――――――――――
「そうか、この間の彼女まで……」
初春は木山の勤める研究所に到着していた。泣きはらした顔で飛び込んだため受付の人には驚かれたが。
木山の部屋のソファーに座り、事の経緯を説明している。
「私のせいなんです……」
「あまり自分を責めるものじゃないよ。一度落ち着こう。コーヒーでも淹れようか」
「そんな悠長なことを!」
木山は焦る初春を優しく宥める。
「その友達が目覚めたとき、君まで倒れていたら元も子もないだろう……大丈夫。最後はきっとうまくいくさ」
初春の体から力が抜けたことを確認した木山は、自身の宣言通りコーヒーを入れに奥の方に備え付けられている簡易的なコンロに向かった。
部屋に一人取り残された初春はなんとなく周囲を見渡す。
その時、机の引き出しから一枚のプリントがはみ出していることに気づいた。いけないことだと思いつつも、立ち上がり、そのプリントに手を伸ばした。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「そ、そんな……」
黒子と御坂が表示された人物に言葉を失う。
「ん? どうしたんだい? もしかして知り合いなのかい?」
カエル顔の医者の声も耳に入らない。よりによってこのタイミングでわかってしまうのか。もう少し前だったらよかったものを。
「初春さんが危ない!!」
「そう言えばさぁ」
「え? どうかしたの? 理子ちゃん」
「今気が付いたんだけど、どうして木山先生、電話で共感覚性の事言わなかったんだろうねぇ。脳の専門家なのに。自分の得意分野なのに。思いつかなかったのかなぁ。理子だったら好きなゲームについて軽く2、3時間は喋れるんだけどなぁ」
「り、理子? それってもしかして……」
「これも……あ、こっちも……共感覚性についての論文……? どういうこと? 木山先生は―――」
「いけないな―――」
背後から聞こえたねっとりとした声に、初春はゆっくりと振り返った。
「――他人の研究成果を勝手に盗み見ては」
――――犯人は、木山 春生。
――――――――――――――――――――――――――――――――
走る車の中。しかも両手を縛られた状態で、初春は講義を受けていた。運転手と講義の先生はもちろん木山 春生だ。
「まず、
能力の上昇にはさほど価値はない。木山の言葉をそう受け取った初春は激昂した。
「ふ、ふざけないでください!! じゃあ、なんですか!? あなたはたくさんの人達をぬか喜びさせる為に、こんな大それたことをしたんですか!! 確かに、歪んだ欲望と邪な目的で
親友の心からの本音を聞いた今回の事件。こんな形で聞きたくはなかった。親友がどれだけ悩んで、どれだけの思いを託して
それを考えると、初春には平静を保つことが出来なかった。
「落ち着きたまえ。言ったろう、レベルの向上はただの副産物だと。私の目的はもっと別にある」
「……え?」
「他人の能力に興味はない。私の目的はもっと大きなものなんだ」
「……どういうことですか?」
「とても大事な実験のシミュレーションを行う為に、何度か
「……それで、能力者でネットワークを作ろうと?」
「ああ。一万人ほど集まったから、十分に機能するだろう」
「ッ!!」
全く感情が読めない木山の声に初春の思考が凍り付く。
一万人。その数が意味しているのは、
「そう睨むな。今言ったように、私はあるシミュレーションをしたいだけ。それが終われば全員を解放するよ」
「信用できません。こんな大事件を引き起こした犯罪者を、そう簡単に信じられると思いますか?」
「思わないな。だったら、これを君に預けておこう」
そう言って木山は白衣のポケットから一枚のメモリーカードを渡す。
「……これは?」
「
「えッ!?」
「もちろん後遺症は残らない。全て元通りになる。誰も犠牲にはならない」
「……何の臨床試験も行われていないものを安全だと言われても、何の説得力も感じません。そもそも現時点で、
「耳が痛いな。しかし、情報処理能力に長ける君になら分かるだろう。ウイルスというのは、拡散性と同じくらい、あるいはそれ以上に除去性も良くなければ意味がない。そうだろう?」
「コンピュータ・ウイルスと
その時、カーナビのディスプレイに何か文字列が表示された。
「……思ったより早かったな。君との交信が途切れてから動き出したにしては早すぎる。君の友人が優秀だったのか、別のグループなのか……どちらにせよ、間一髪だったというところか。私の研究室のPCを所定の手続きを踏まずに起動させると、データが全て消去されるようにプログラムしてある。部屋に残していた書類は共感覚性についてのものだけだ。これで
「ッ!!」
木山が冗談を言っているように見えなかった初春。メモリーカードを持った手のひらに嫌な汗をかいていく。何かの拍子に無くしてしまったら、落として踏んづけてしまったら、佐天だけでなく、約一万人の
顔を青くしている初春を見かねたのか木山は声をかけてくる。それは木山の普段の様子、今犯している罪からは想像出来ないくらい優しいトーンだった。
「大切にしたまえ」
「っ!! は、ぃ……っ」
車は高速道路に入った。目的地は決まっているのか、木山のハンドルには迷いがない。しかしそれでもブレーキを踏まなければいけなくなってしまった。
前方が、多数の車と武装した集団によって封鎖されているのだ。
「……管理局員か。上からの命令があったときだけは動きが早い連中だな」
『木山春生だな。
「どうするんです? どうやら年貢の納め時のようですよ」
装備に身を固めた集団。着の身着のままに飛び出してきた木山に歯が立つような相手ではない。
「……先程も言った通り、
木山はドアを開けて車の外に出た。
「だが同時に、使用者に面白い副産物を与えてくれてね」
ドアを閉めて車の前に立った。素直に降りてきた木山を見て、投降すると思っていた局員は銃を構え直す。
木山は向けられる無数の銃口を流し見て言った。
「面白いものをみせてやろう」
真っ赤に染まった目で。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんですか、これ……」
現場に着いた御坂と雪菜が目にした光景は、ボロボロになった管理局員、外装が大きく歪んだ車両群、そして、気怠そうに立つ木山だった。
「管理局が全滅したの?」
まさか、そんなわけがない。曲がりなりにもプロの集団を研究者の木山が全くの無傷で制圧できるわけがない。
しかし、現実に目に映るのはその結果だ。
異様な事態に御坂と雪菜の警戒心が跳ね上がる。
と、少し離れたところに止まっているスポーツカーに、見覚えのある花飾りが見えた。
「あ! 御坂さん、あれ!」
「っ! 初春さん!!」
2人ははその車に駆け寄る。初春は気絶しているようだった。
「初春さん!! しっかりして!!」
「安心したまえ。彼女は戦闘の余波で気を失っているだけだ」
木山がこちらに向き直る。明らかに事情を知っているはずの2人に対して余裕の態度をとる木山。
「私のネットワークにはレベル5は含まれていないが、さすがの君も私のような相手と戦ったことはあるまい」
戦闘態勢に入る2人の耳に、黒子からの通信が入った。
『気をつけてください、お姉さま!! 木山春生は能力者、それも複数の能力を使うことが出来る『
「はぁ!? 何を言ってるのよ、黒子! 個人が複数の能力を使用するなんて理論上不可能なはずでしょう!?」
超能力は一人に一つ。その個人の
「違うな。私のこれは実現不可能とされるそれとは方式が違う」
木山の手から竜巻が発生する。時間を置くごとにどんどん大きくなり、
「言うならば、『
2人に向かって発射される。
「ッ! 雪霞狼!!」
「ふむ。神格振動波駆動術式か。残念ながら魔力無効化術式は意味がないな」
雪菜はとっさに展開した雪霞狼を振りかぶるが、風圧はあっさりと2人の体を持ち上げる。三半規管がめちゃくちゃにかき回されながらもなんとか着地した2人に、間髪入れず今度は無数の火炎弾が襲い掛かった。
雪菜は木山の言葉がブラフの可能性を考えていたが、それはあっさりと否定されてしまった。マジックアイテムを使っているわけではないのだ。
のんびりとした口調とは裏腹に、攻撃の手は緩めない。
「ッ!!」
御坂は電撃を放射し火炎弾を相殺する。
「本当に複数の能力を使ってますね……」
「ええ、本当に勘弁してほしいわ。ティナはまだ狙撃ポイントに入れないの?」
『はい。もう少し待ってください』
インカムからティナの声が聞こえてくる。多少雑音が入ってくるのは移動している証拠だろう。
眩暈が収まった2人は木山と向き合った。明確な敵として。
「倒す!!」
「行きます!!」
最後の決戦の火ぶたが切って落とされた。