「ん、ダメっぽいね。データ、完全に飛んじゃってるよ。復元も無理っぽいかなぁ……」
理子はマウスを動かし、ファイルをクリックするが、その中にデータは一つも残っていなかった。
木山が犯人である可能性が高いと判断したアスナたちは、アスナ、理子、狂三というメンバーで、木山の研究所に来ていた。
しかしすでに木山は初春とドライブに出かけた後。受付の人に無理を言って木山の研究室に入ったが、これと言って収穫はなかった。もしかすると、連絡が取れなくなってしまった初春が部屋のどこかに監禁されているのではないか、とも思っていたが、その心配はなかったようだ。
「やっぱり、木山先生に連れていかれたんだろうね」
「そうですわね。管理局には先生の車のナンバーを知らせたことですし、じき捕まることでしょう。残った皆さんも連絡が入り次第向かうそうですし。わたくしたちは、もう少し捜索を……あら?」
狂三は何かを見つけたようだ。視線の先にあるのは、何枚かの紙が上の方で束ねられたもの、初春が見つけた共感覚性の論文だ。
これを見られたからと言って
「この論文……やっぱり木山先生が犯人だってことだよね」
「証拠は揃ったって感じだよね。ま、誘拐してる時点で確定なんだけどねぇ」
「……それでは、もう少し探るとしましょうか」
狂三は背後に大きな時計を出現させた。その時計の短針を取り外す。
「
使うのは
こめかみに銃口を当て、迷いなく引き金を引く狂三。
「っ!! これは……そういうことだったんですの……」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
超重力で足場が崩れる。
陸橋になっていたため、美琴と雪菜は空中に放り出された。
御坂は電気で磁力を操り、橋の足の部分に引っ付き、ゆっくりと下に降りた。雪菜は霊視による未来視でどの順番に瓦礫が落ちるかを予知。それを順番に踏むことで、着地する。
雪菜の着地を見計らったように、木山が電撃を放射する。
「このッ!!」
美琴が発射した電撃で事なきを得る。
「す、すみません! 足を引っ張って……ッ!!」
「気にしなくていいわよ。あっちがメチャクチャなんだからッ!!」
悠々と近づいてくる木山を恨めしそうに睨む御坂。
「ふむ、中々しぶといな」
木山は右手を振るった。念動力でも発動させていたのか、近くにあったポリバケツが宙を舞った。空中で口が下を向けば、中に入っているごみが重力で下に落ちるのは避けられない。
中から出てくるのは、ところどころ形が歪んだ色とりどりの空き缶だ。
「ッ!! 爆発します!!」
「えッ!!」
霊視の結果を叫ぶ雪菜。
空中にぶちまけられる大量の空き缶。そして雪菜の言った爆発というワード。それは繋がり、ある結論が導き出される。
(グラビトン―――!!)
「こ、の――――ッ!!」
とっさに崩れた高速道路の残骸を磁力でかき集め、即席のシェルターを作る。直後に大きな衝撃がシェルターを揺らした。
(御坂 美琴……流石、レベル5といったところか。とっさの出力が桁違いだ。いくら複数の能力を使えるといっても、あれほどの能力を正面から相手取るのは不可能。彼女が殺す気で能力を使えないのは、私にとって幸運だな。そして姫柊 雪菜の霊視。アレも細かいところをよくカバーする。槍だけが彼女の武器ではないという事か)
しかし、自らの勝利は揺らがない。確固たる意志を持ち行動している自分が負けるわけがない。木山はそう確信していた。
「君たち」
そうは言っても、木山とて、この2人を進んで傷つけたいわけではない。
「上で寝ている娘には言ってあるが、私は自分の目的を遂げ次第、昏睡状態に陥っている人々を解放するつもりだ。どうかそれまで待っていてはくれないだろうか」
「ふざけんじゃないわよ!!」
「ふざけないでください!!」
木山の言葉に、シェルターを解除して2人が吠える。
「無関係の人を巻き込んで、そんなことが通る訳がありません!!」
「あんたの目的が何であれ、あんたはここで止めるわ!!」
「……ならしょうがない。君達にはここで退場してもらう事にしよう」
木山は次に使う能力を選択し始める。
『お待たせしました。砲撃支援、武偵弾、
インカムからティナの声が響いてくる。
武偵弾。それは高い技術によって作られた特殊な弾丸のことだ。見た目は普通の弾丸でも、ただの鉛の塊という訳ではない。一発一発に特殊機能がある。
「うわああぁぁぁぁっぁぁぁあ!!!」
まるで目の前に突然太陽が出来たようだった。目をつぶされた木山は目を抑えて蹲った。もしも木山が戦闘のプロならば、1万通りの能力を効果的に使い、銃弾に対する防御は完璧にしていただろう。目の前で戦っている2人の身に注力していた木山は、網膜を焼き尽くす光を全く想定していなかった。
しかし、事前にタイミングを知っている上に、霊視を持っている雪菜は光が収まるのとまったく同時に目を開け、木山に駆け出した。
目を抑えつつも全方位に向かって適当に能力を乱射する木山に近寄るのは自殺行為だといってもいい。
飛来する火炎弾、コンクリート、氷塊を撃墜するのは美琴の電撃だ。少しでもコントロールを間違えば雪菜に当たり、一気に形勢が逆転する。そんな危ない橋を平然と渡る。渡ることが出来る。
蹲る木山のアゴに、雪霞狼の柄が炸裂した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「私が教師に? 何かの冗談ですか?」
子供は嫌いだ。ずっとそう思っていた。
「面倒なことになってしまった。だが、実験を成功させるまでの辛抱だ」
騒がしいし、言うことを聞かないし、無駄に元気だし、
「「「「「よろしくおねがいしまーす!」」」」」
「やーい、ひっかかった、ひっかかったー」
「せんせー、モテないだろ。おれが付き合ってやろうかー、ひひひ」
イタズラするし、無遠慮だし、礼儀を知らないし、
「私、ここの人に育ててもらってるから。ここの人たちの役に立てるようになりたいな」
「大丈夫だよ。怖くない。先生のこと、信じてるから」
だから、子供は……
「なぜあんなことになったのですか!?」
「さあて、どうしてだろうねぇ。未知の研究には、予測できないことも多くあるという事だろうねぇ」
「そんな嘘をッ!! あの実験内容で、あのような事故が起こるはずがないでしょう!! それこそ意図的にでも……ッ!!」
「ふむ、君はもっと優秀な人間だと思っていたんだがね」
「ど、どういう意味ですか?」
「ここのお荷物である『
「な、何を言って……ま、待ってください!! 話はまだ―――」
「さあて、みんな。この実験はつつがなく終了した。ここでの事は、他言無用だよ」
―――――――――――――――――――――――――――――
(……そうだ。私は、こんなッ、こんなところで、終わるわけには……ッ!!)
時間がゆっくりになってしまった世界。地面に倒れるまでのわずかな時間。感情ばかりが先走って、体が動いてくれない。
木山が気が付いた時には、目には青空が映っていた。雪菜の正確な一撃は、顎から脳を揺さぶり、立ち上がることを困難にさせていた。
「終わりましたね」
「そうね。ティナ、ナイスサポートよ」
『ありがとうございます』
後は拘束してしまうだけ。そう思って木山の方を見る2人。
「そんな……っ」
「まだ立つの……!?」
木山が何とかして立ち上がろうともがいていた。
「く、ぅぅっ、こん、な……っ、こんなところで……っ」
「無理しないでください。今のあなたは立ち上がれるような状態ではないはずです」
「そうよ! もうアンタに勝ち目はないわよ!」
「だから……なんだッ! なんだと言うんだッ!! 言ったはずだ!……私は、目的を遂げるまでッ! 立ち止まるわけにはいかないんだ!!!」
焦点が合っていない目で、それでも睨みつける。地べたに転がり、考えることもまともにできないはずの木山。そんな彼女が執念だけで立ち上がろうとする姿に、雪菜も御坂も恐怖を感じていた。
そんな木山に答えたのは新たに現れた人影だった。
「それは昏睡状態になってしまった子供たちのためですか?」
アスナと狂三だ。この2人と理子も合わせた3人は、木山の研究所から駆けつけてきたのである。
「き、君たち……なぜ、それを……?」
「わたくしの能力ですわ。わたくし、物を通して他人の記憶を読み取ることが出来るんですの」
狂三は
「どういうことなの、時崎さん」
「そんなに難しいことではありませんわ、美琴さん。昔に起きた研究中の事故で目が覚めなくなってしまった子供たち、その子供たちを助けることが木山先生の目的、という事ですのよ」
「……まったく、本人ではなく物に能力を使うだけでそこまで鮮明に読み取ることが出来るとは……君の能力を見くびっていたようだ」
「正確には事故ではなく、子供たちのあなたへの信頼を利用した、人為的な物のようですけれども」
「……」
狂三の否定の余地がない指摘に何も言えなくなる木山。そんな2人に割って入るのは、今まで戦っていた雪菜と美琴だ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 人為的なものってつまり、その子供たちで人体実験したってことじゃ……ッ!! だったら、あなたがこんな事しなくても、もっと然るべきところに報告して―――」
「もちろん報告したさ!! しかし、相手にしてもらえなかった。上からの圧力でね」
「上からの圧力って……じゃあ何? その実験は、子供たちを実験動物みたいに扱ったその実験は、上に公認されてるって言いたいわけ!? そんなことある訳……ッ!」
「残念ながら事実だ。ここではそんな実験が、日常的に行われている。公的な機関も黙認し、まっとうな人間がそれに気が付くことはないし、もし気が付いてもすぐにこの世から消される。それが現実だ」
木山の冷酷な言葉に、何も言えなくなる。
「私の目的は、子供たちの目を覚まさせることだけだ。誰かを告発しようとか、個々の闇を暴こうなんて思っているわけじゃない。そんなことをすれば、たちまち殺し屋を差し向けられてしまう。上の連中は私が
「な、何言ってるのよ。私がそんなことに協力している訳……っ」
「いや、それは違う。君は、場合によっては私よりも深いところに――――――ッ!! うああぁああぁぁあぁぁああぁ!!!」
話している途中で、木山は頭を押さえて苦しみだした。
「ど、どうしたんですか!?」
「どうしたんですの!?」
アスナと狂三が駆け寄ろうとする。
「こ、これは……ッ、ネットワークの暴走……いや、まさか、これは……うぁあぁぁああぁあああぁあぁ!!!」
木山春生の頭部から、巨大な塊が出現した。それはどこか、教科書で見るようなあるものに似ている。小さいながらも手足があり、それでいて頭が大きい。まるで未発達の胎児の様だ。
「なんなのよ、これ?」
アスナと狂三でさえ全くの予想外の出来事に動けないでいると、ゆったりと浮かんでいた胎児が、勢いよく目を開けた。
「aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
叫び声とともに膨張を開始した胎児は、生やした触手を滅茶苦茶に振り回し始める。それは暴れていると言うよりも、苦しんでいると言った方がしっくりくる光景だ。
目の前の怪物についてわからないことだらけだが、やらなければいけないことは分かっていた。
「調子に乗るなッ!!」
相手が人間でないのなら、手加減する必要はない。全力の電撃をぶつける美琴。2本の触手がチリになり、胎児の表面が焼け、破裂した。が、しかし、すぐに元通りになってしまう。
(案外脆い? でも血が出ないしあの回復速度……生物じゃないの……?)
回復ついでに触手の数を増やす胎児。回復できても痛いのか、そもそも痛いという感覚があるのかは定かではないが、その大きな目が、美琴を真っ先にとらえた。明らかに、狙いを定めた。
美琴も好戦的な目で前髪から火花を散らす。
「いいわ、やるってんならとことん相手になってやるわよ!」
「狂三ちゃんと雪菜ちゃんは木山先生を安全な場所に! 私と美琴ちゃんは前に出るから!!」
「はい!」
アスナの指示に従い、二手に分かれて行動を始めるのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「とりあえず、ここまでくれば」
「そうですわね」
狂三と雪菜は、柱の側に気を失った木山を寝かせた。
離れた所では胎児とアスナ、美琴が戦っている。時折銃声も聞こえることから、意識を取り戻した管理局員も応戦していた。それにはティナも含まれている。
「どうしましょうか……?」
「向かった方がよろしいかと。あの怪物相手に一般の銃器が通用するとは思えませんわ」
「う……ぁ……?」
「あ! 目が覚めたんですね!」
「大丈夫ですの? あ、まだ起きない方が……」
木山は自分に向けてかけられる声を無視し、地面を揺らす衝撃と、耳障りな叫び声の原因を探し始め―――見つけた。
「……は……はは……アハハハハハハハ!!! 凄い、凄いな。学会で発表すれば表彰ものだぞ……」
壊れたように笑いながら、柱に寄り掛かる木山。ほんの数分の間に、酷くやつれてしまった。その体や声には力が無くなってしまっている。壁を背にしてずるずると腰を下ろした。
「もはやネットワークは私の手を離れた……おしまいのようだな……」
木山は懐に手を入れ、あるものを掴む。その手には、簡単な凶器―――拳銃が握られていた。
「何をする気ですの?」
自分のこめかみに向けようとして、腕が動かないことに気が付く木山。狂三がいち早く察して、分身体で押さえつけたのだ。
「君たちこそ何をしている。こんなところで油を売っていてもいいのか? 先程も言った通り、あれはもう私の制御下を離れているんだぞ。私を拘束しても意味は無い」
「だからと言って、自殺しようとしている人を見過ごせるわけがありません。木山先生、あの怪物について、何か知っていることがあるんじゃありませんか?」
「……」
死人のような木山の表情は、髪に隠れて2人には見えない。それでもまっすぐに向けられる視線に、ため息をついて口を開き始めた。
「虚数学区を知ってるか?」
その言葉に、2人は首を横に振る。
「虚数学区とは、AIM拡散力場の集合体だ。アレもおそらく原理は同じ。AIM拡散力場でできた怪物、そうだな、『
「……」
専門的な単語も並べられても理解できないし、今重要なのはそこではない。
「それで、どうやったら止まるんですか!?」
「……あれはネットワークが作り出した怪物だ。だから、ネットワークそのものを破壊すれば、もしかしたら……」
その言葉を言った後に、木山は自嘲するように笑った。
「もっとも、今の私がそんなことを言った所で、信じてもらえるとは思わないが」
「いいえ、信じます」
狂三は間髪入れずに言った。
「な、なんだと……!?」
「一部とはいえ、あなたの記憶を読み取りましたから。あなたがどれだけの執念を燃やして子供たちを助けようとしていたのかは、少しは理解したつもりですわ」
子供たちのことについて話に出されてしまうと何も言えなくなってしまう。
「それで、そのネットワークを破壊するにはどうしたら?」
「私の車で気絶している花飾りの少女に、ネットワークをアンインストールするワクチンプログラムを持たせている。だが、あれ一つしかないから、無くなっていると手の打ちようがない」
「―――だ、そうですわ、理子さん」
『オッケー。すぐに準備するねー』
無線で事態を把握していた理子も、動き始める。
「ありがとうございます、木山先生。狂三さん、行きましょう!」
「はい、雪菜さん……木山先生」
雪菜が少し離れたのを確認した狂三は、木山に語りかける。
「子供たちの回復を願うのはとても立派で、素晴らしいことだと思いますわ。でも、今自分がとっている行動が、その子供たちに胸を張れるかも、考えてくださいまし」
そう言って、狂三も木山の元を離れていった。
その場に残された木山は、座り込んだままだったが、ゆっくりと立ち上がった。
「まったく、長い間汚いものを見てきたせいで、あのお人よしの娘達がまぶしくてしょうがない」
友人のために当たり前のように怒ることができ、泣くことが出来、悪いこと、理不尽なことに怒りを向けることが出来る。そんな純粋な心が酷くまぶしく見える。
「そうだな。このままじゃ、あの子達に胸を張っておはようとは言えないな」
木山は、もう一度、立ち上がった。