「行っちゃった……」
「そう、だな」
翔の姿が見えなくなってしまった。弾丸よりも速いスピードで外に向かっていったのだ。最短ルートで向かうために余計な壁に穴をあけて。
「君も行くのか?」
「あ、と、私は……」
理子はレティシアの質問に言葉を詰まらせた。翔が向かった先には間違いなくブラドがいる。それを思うと足が重くなり、視界が狭くなってくる。頭の中は幼いころにブラドに受けた仕打ちの数々だ。
そんな理子の様子を見て、レティシアは色々と悟った。
「そうか、君もブラドの被害者なんだな……」
「……ああ、そういえば、あんたもブラドに薬づけにされたんだっけか。見た感じそうは見えないけど……」
言葉もはっきりとしているし、身体が不自然に反応しているという事もない。少なくとも外から見た限りでは健康体に見える。
「魔力の大部分を、それを抑えるために使っているからな。それでも服がこすれるだけでつらい」
レティシアは恥ずかしそうに言った。
「それなのに折れてないんだな。すごいよ、あんた」
理子が経験したのは世間一般でイメージできる暴力や仕打ちだ。それでも、目の前にブラドがいるだけで震えが止まらなくなる。それをはるかに超える仕打ちを受けているレティシアだが、ブラドに対する闘志は全く衰えていない。
「君と私を比べるのは、いささか重ねた年月に違いがあり過ぎるだろう。それに、同じ吸血鬼として、ブラドの行いが許せないという気持ちは全く衰えていないからな。この程度で曲げるほど柔な覚悟ではないよ」
「覚悟……」
数か月前、飛行機の中で涙ながらに吐き出した言葉を思い出す。
「自由になりたい……」
単純だが、とてつもなく遠い願いだった。
「与えられた自由じゃなくて、本当の自由を……ッ!!」
ブラドに立ち向かうと決めた決意。理子の決意はそんなに柔ではない。翔だけに任せるわけにはいかない。相手が強いとかそんなことはどうでもいい。
「私も戦う」
理子の覚悟は決まった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここの世界の住人じゃ……」
「ない……」
今までの言動、それ以上に翔のパラドクスに酷似しているデンジャラスゾンビ。容易に想像できた言葉だったが、目の前にいる男と翔の違いに顔をしかめる。
「そういうことだ。お前らを呼び出した奴がいるだろ? そいつと同じ世界の出身なんだよ、俺は。こんな最高の世界に来れたんだ、もっともっと好き勝手に生きればいいのになぁ。知ってるか? ここの謳い文句は男の欲望を無限にかなえる
ケラケラとおかしそうに笑う。
「そ、そんなわけない! そんな、なんでもしていい権利なんてッ!」
「そうです! そんなこと許されるわけがありません!」
たまらず雪菜とアスナは食い掛る。
そんな2人の怒りを受けても特に気にする様子はなく続ける。
「いい女といくらでもヤれて、しかもヤればヤるほど俺は強くなれる。その女もいくらでも補充される。そのための依頼も、セックスとはまた違ったいいストレス発散になるしな」
そもそもデンジャラスゾンビは誰かを殺す依頼しか受けない。不死の能力を持つデンジャラスゾンビにとって、戦いは一方的な虐殺になる。蟲をつぶすように一方的に嬲り殺すも良し、あるいはホワイストスネイクで相手の能力や身体能力を奪って嬲るか。
どちらにせよ、一方的に踏み潰すことに変わりはない。恐怖と暴力によるストレス発散。自分の部屋の中にあるものに当たるのではなく、生身の人間に対して行うのだから質が悪い。
「まさに神に選ばれた人間って訳だよ、俺は! 気に入らねぇなら、こんな俺を選んだいい加減な神様を恨むんだな!」
上機嫌で倒れ伏しているアスナたち女の子4人の真ん中に歩いていく。
何を言っても無意味だった。考えが全く理解できない。こんな人間が翔と同じ立場だという事、もしも翔がこんな考えを持っていたら、今頃自分たちはどうなってしまっていたのだろうかという事。
と、ここであることが思い浮かんだ。
「……女の子は、どうしたの?」
「は?」
「私達みたいにここに召喚された女の子は、どこにいるの!?」
デンジャラスゾンビの口ぶりでは、これまでにたくさんの女の子を召喚しているのは明らかだ。そして、その女の子たちがまともな生活を送れているとは思えない。
「どこ、ねぇ……そりゃまあ色々と? 家にいる奴もいればもう死んじまった奴もいる。色々だ」
「死んだ……」
「ああ。この世界に来た女には俺が直々に俺のルールを説明するんだけどよぉ……たまーに口で言ってもわかんねぇ奴がいる訳。そういう女には体に教え込むか、ダメなら『矢』を使ってスタンドが発現するかのチキンレースだな。その過程で、根性ねぇ奴は死ぬんだよ」
こいつを使ってな、とデンジャラスゾンビはスタンドの矢を取り出して軽く振った。
デンジャラスゾンビは語っていないが、召喚された女の子はホワイトスネイクによって厳しく管理されていた。初めて顔を合わせたときに異能の能力をDISCにされ抵抗を封じられ、さらにさまざまな命令をDISCによって強制される。
「その子たちをなんだと思ってるんですか!!」
「ボタン一つで出てくるような女が俺と対等な訳ねぇだろうが。黙って俺に従ってればいいんだよ。俺がこの世界に生み出してやったんだからな」
「そんな……」
アスナと雪菜は絶句し、口を閉ざしてしまう。
「お前らも、俺への口のきき方は今のうちに気を付けておいた方がいいと思うぜ? 多少生意気なのは許すつもりだが、それにも限度ってもんがあるからなぁ。くく、ははっははは!」
「……」
上機嫌で語るデンジャラスゾンビの言葉を聞き流していたブラドは、明後日の方向に目を向けた。
直後、
「ははっはははゴハッ!!!!!」
デンジャラスゾンビの姿が掻き消えた。植木をへし折り、立っていた吸血鬼を巻き込み、遥か彼方まで飛ばされていく。手に持っていたスタンドの矢は折れてそこに転がっている。
「ほう……」
「翔君……!!」
「先輩……」
そこには、燃える拳を振りぬいた体勢でパーフェクトノックアウトが立っていた。ブラドはそのスピードと威力に感心したように、アスナと雪菜は翔が駆けつけてくれたことに安心して声を出す。
「ブラド」
「素晴らしいですね。その力、想像以上ですよ。怒り狂う彼が戻ってくる前に、降参してくれないでしょうか? できれば彼に暴れられるのはとても面倒なのでね。しかもその力があるあなたならそれなりに戦いになるでしょうし……こちらとしても、後片付けに頭を悩ませたくは無いのですが」
「しつこいぞ」
「……本当に本当に本当に残念です。彼よりは話が通じると思っていたのですがね」
確かに、俺の見込みが甘かったのは事実だ。雪菜やアスナが頑張ってくれたおかげで部下の吸血鬼は少なくなっているが全滅ではない。大ボスが、ブラドだけではなくデンジャラスゾンビもいた。
しかし、だ。
「武偵憲章第1条」
「ん、なんですか?」
「仲間を信じ、仲間を助けよ。別に俺は一人で戦ってるわけじゃない」
突如、屋敷からたくさんの人―――吸血鬼が―――あふれだしてきた。ブラドの部下に攻撃している姿を見る限り、援軍という訳ではないらしい。その中に見知った顔がいくつかある。狂三にティナ、理子と……肩を貸してもらっているレティシアさんだ。
「なに……ッ!? これがあなたの自信ですか? 中に入っていた仲間と連絡を取っていたんですか? レティシアさんの部下がこの屋敷にいることを事前に掴んでいたんですか!?」
「もちろん連絡は取っていたさ。でも、レティシアさんのことは完全に想定外だ。お前を倒すという困難に打ち勝つには多少の運は必要なんだよ」
「そしてここからは、実力であんたをぶっ倒してやるわ」
「その通り」
こっそりと反撃の機会をうかがい体力を回復させた耀と、デンドロビウムを近くに着陸させ、ステイメンのスーツだけになったアリアが合流する。
ブラドの後ろからは狂三、ティナ、そして理子だ。
「4世、あなたは―――」
「黙れ。―――……フゥ。私は理子・峰・リュパン4世だ。2度とその呼び方をするんじゃないッ!!」
「ッチ」
ブラドが初めて心の底から不快そうな舌打ちをする。食事の時あんなにびくびくしていた理子が短時間で見違えるくらいに覚悟を決めていた。ブラドだけではなく、俺たちも驚いていた。
アスナ、雪菜、クロはダメージがひどいらしく立ち上がることが出来ないみたいだ。これから激しい戦闘が始まるのは必至。翔が3人を安全な場所に移動させようとすると、遠くから呪詛のこもった声が響いてきた。
「ゴミ野郎がああァァァ!!! 舐めた真似してんじゃねぇぞォォォッォ!!!」
デンジャラスゾンビの怒りの咆哮がここまで聞こえてくる。
「翔」
「ああ。あいつの相手は俺にしか務まらない。俺がやる。こっちは任せるぞ」
「ええ!」
「大船に乗ったつもりでいて」
猛スピードで駆けていく翔をブラドは邪魔しない。
中庭はもはや乱戦状態。しかも吸血鬼が吸血鬼と戦っているため、アリアたちには誰が味方で、誰が敵なのか判別できない。必然的にブラドの相手をすることになる。
「私を任せられるとは……あなた達、外れを引きましたね。下等な人間の小娘が、まさか私と勝負になると思っているんですか?」
それが始まりの合図になった。投げナイフや銃弾がブラドに殺到する。
「ふ」
見ると体全体が少し大きくなり、袖口からは爬虫類を思わせる鱗が見えた。手足の爪は鋭く伸び、背中からは尻尾が映えている。
異形の姿になったブラドが、無数の銃弾をすべてつかみ取り、ナイフを指でつまんで受け止めている。
「スタンド能力……!!」
「ええ。私のスタンドはスケアリー・モンスターズ。彼のホワイトスネイクとは違って人にも見える代物です」
それを聞いて、全員動きを最小限にする。
「ええ、そうでしょうね。夜月翔にこのスタンドのことは聞いているでしょう。なら、そうするのは当然です」
スケアリー・モンスターズの恐竜は動かないものを視認することは出来ない。『動かない』ことは単純だが有効な選択だ。
「ですが、どうしますか? このまま我慢比べをしてみますか? そんな時間は無いと思いますが」
遠くで戦っているレティシアの吸血鬼から悲鳴が上がり始めた。屋敷から出てきた恐竜たちが戦線に加わり始めたからだ。少しでも傷を負わせられれば即座にブラドの手下の恐竜へと変化する。それは吸血鬼であっても例外ではないらしい。しかもその恐竜は吸血鬼の特性を受け継いでいるのか、再生能力がすさまじい。
圧倒的に優勢だった数が、逆に不利に働いていた。
「もう一度言いますが、どうしますか? このまま我慢比べをしてみますか?」
「……」
着々と味方が減っていく中、しびれを切らしたアリアが突貫した。バックパックのサーベルホルダーから2本のビームサーベルを引き抜く。
「遅すぎますよ」
「ッ!! ブラドッ!!」
サーベルはブラドの肌を焼くことはなく、アリアは腕を掴まれ拘束されてしまう。必死で蹴りを入れて逃げ出そうとするがびくともしない。
「丁度良いですね。これが終わったら、あなたのDNAも頂いておきましょうか。いえ、それを言ったらここにいる全員、価値あるDNAを持っている可能性が高いですね。彼に壊されてしまう前に私の作業も終わらせてしまわなければ……」
「ふざけるなッ!!」
「アリアさんを離してください!!」
「わたくし達!!」
ティナと狂三がアリアを助けるために分身体を向かわせる。が、いつの間にか辺りに鮮血がまき散らされ、分身は消え去っていた。
「あまり暴れないでください。私も、勢い余ってあなたたちを殺したくはありません」
2人のアクションを攻撃と思っていない。圧倒的な力の差がそこにはあった。
そんな2人に変わって前に出たのは耀だ。
(今度は生身の本体……力加減が難しいですね)
細心の注意を払った攻撃は―――虚しく空を切った。
その速度にブラドは眉をひそめた。
(このスケアリー・モンスターズに見劣りしない反応速度……? いったいどんな手品を使って……)
答えは耀が首から下げている
「公園の動物たちにしたこと、許さない」
「そうですか」
数か月前の公園で、動物達を都合の良い道具として扱ったことに対する怒りをあらわにする耀だったが、ブラドは全く興味を示さない。
試しに人の体を紙きれのように切断できる手刀を繰り出すも、スルリと避けられる。その気持ちの悪い感覚に不快な気持ちになるブラド。
「はあっ!!」
一瞬気持ちの緩んだところに、耀の鋭い蹴りが入った。
「……多少速くても、攻撃に重さが足りていなければ意味がありませんね」
「ッ!!」
インパクトの瞬間に掴まれた足が嫌な音を出す。
「蠅のように飛び回られるのも鬱陶しいのでね。この足は貰っておきましょうか」
「「させない!!」」
片手が自由になったアリアがサーベルを使ってブラドの腕を切り裂いた。理子の方も、法化銀弾(吸血鬼にダメージのある弾丸)を足に撃ち込む。
「次から次へと、本当に鬱陶しいですね……」
傷はすぐに塞がってしまう。多少イラついていても根本的なダメージにはならない。やはり、吸血鬼の再生を司る魔臓を壊さなければいけない。スケアリー・モンスターズの反応速度をかいくぐって。やるしかない。
「ですが結果は変わりません。このスケアリー・モンスターズはすべてを支配できるスタンド能力です。あなた方に勝ち目はない」
「それは違うぞ、ブラド」
理子は否定した。懐からあるものを取り出す。
「なんだと? ッ!! 4世、まさか貴様ッ!!」
ブラドは理子が手にしているモノを見て目を剥く。
理子は、手に持った『矢』で自分を貫いた。