「カハッ!!」
自分の胸を矢で貫いた理子は血を吐きながら蹲った。傷内からの出血はそれほど多くは無い。貫いた矢が傷口をふさいでいるのだ。
しかし理子は、今まで感じたことのない熱を感じていた。まるで自分の魂が形をもって体の外に出て行くような感覚。新しいパワーを得る感覚だ。
気が付くと痛みは消え、傷口は塞がっていた。形を持った熱が自らの血肉になって行くのが分かる。感じていた眩暈もだんだんと収まって来た。
周りにいる者にも、スタンドを見ることが出来ない者にも理解できた。今からスタンドが生まれると。
それを黙って見逃すブラドではない。
草むらから飛び出した小さい恐竜が理子に向かって飛び掛かる。
「はっ!!」
アリアが素早くカバーに入る。2本のサーベルが尾を引き、恐竜を切り捨てる。恐竜の動体視力を用いても避けることのできない天才的な剣捌きだ。
「理子!! のんびりしてないでさっさと立ちなさい!!」
「うる、さいぞ……っ!」
頭を振って歪む視界を戻そうと奮闘する理子。
それを見たブラドは直接手を下そうとするが、
「あなたの相手は私!!」
「またあなたですか。スピードに反応できても、身体がそれに追いつかなければッ!!」
耀がブラドの足止めをする。同じ恐竜の動体視力を使っている2人の戦いは千日手状態だ。相手の攻撃を避けつつ攻撃をする、というまともな動きではいつまでたっても終わらない。時間の無いブラドはその均衡を無理やりに壊しにかかる。
自慢の回復力を盾に攻撃を受け止める。
(なに!?)
受け止めた蹴りの意外な重さに少しだけ驚くブラド。まともに受けてもほとんど何も感じないくらいだった蹴りは、受け止めた腕に確かな衝撃を与えるまでの威力を有していた。
耀はインパクトの瞬間に自身の体重を、
(この娘、この短期間に成長しているのか)
まだまだブラドの脅威にはなりえないが、即座に対応してくるその柔軟性は評価した。
しかし、
「もう少し成長してから私の前に来るべきでしたね」
評価はできるが脅威にはならない。
音を置き去りにした手刀が耀に迫る。迫りくる鋭利な爪を眺めているだけで何もすることが出来ない。
鮮血が舞った。耀の華奢な体からではない。しかし、耀の服にはべっとりと赤いものが付着している。
「……?」
「……あ」
ブラドも奇妙な感覚に襲われていた。確実に命中する距離、速度だったのにもかかわらず、当たっていない。
それもそのはずだ。ブラドの指が無くなっていたのだから。
コンマ数瞬思考が真っ白になってしまったブラドだが、即座に距離を取って理子を睨みつけた。理子の背後に、人型の何かが見える。言うまでもない。理子のスタンドだ。
空中にはこの場にそぐわないものが浮かんでいた。幼稚園や小学校に通っている子供が遊ぶようなものだ。透明の球体が浮かんでいる。
(アレは……シャボン玉?)
まさかこんな夜中にシャボン玉で遊んでいる子供がいて、偶々風に流されてきた……とは考えにくい。どう考えてもスタンド能力だ。
試しに機雷のように浮かんでいるシャボン玉に小さい恐竜をぶつけてみる。シャボン玉は弾け、恐竜は大きく抉れる。生命活動が停止しているのははっきりしている。空中に浮いた透明な球体が引き起こした出来事であることもはっきりしていた。
完全に元に戻った手を開閉させながらブラドは目を細めた。
「なるほど、爆発するんですね。そのシャボン玉。爆発させるシャボン玉を飛ばすことがあなたのスタンドの能力という訳ですか、4世」
「……」
理子は黙っている。
「しかも爆発は、肉体の強度をある程度無視することが出来る……私の前では全く意味をなさないスタンドですが……少し見直しましたよ4世。無事にスタンドを発現させることが出来たようですね。有用な血が無駄にならなくて、私もほっとしていますよ。スタンドはあとで彼に回収してもらえばいいですからね」
「なんですって?」
「あたりまえでしょう。確かにスタンド能力はとても強力です。しっかり回収して有効に使わなければなりません。しかし、私の眷獣には及びませんよ。あなた達ごときに使ってよい代物ではありませんが。いえ、その前に私のスタンドにも及びません」
ブラドは余裕たっぷりに言う。自分にはまだまだ奥の手があるという自信があふれている。万に一つも負けは無いという顔をしている。
「いや、十分だ。さっきの傷で十分。十分、私たちの勝ちに近づいた」
「なんですって?」
ブラドは意味が分からなかった。傷は完璧に治っている。理子のスタンド能力についても、間違った考えをしているとは思えない。そして、その上で問題ないと判断した。恐竜の超感覚を使えばシャボン玉を見失うことはない。何が十分だというのか。どうして勝ちに近づいたと言えるのか。
「シアーハートアタック」
「……そのスタンドの名前ですか?」
「いや、違う。横に立ってるこいつの名前は『キラークイーン』だ」
キラークイーン(8部)
ジョジョの奇妙な冒険第8部(ジョジョリオン)に登場するスタンド。猫耳のある人型の形をしている。能力は爆発するシャボン玉を飛ばすこと。4部で考えると、終盤のストレイキャットと合体した時のような状態。
「ならシアーハートアタックとは……」
「はぁ……まったく、話が違うぞ、翔。スタンドは一つにつき能力は一つだけじゃなかったのか? まさか私が例外を引き当てるなんて思わなかったよ」
「さっきから何の話をしているのですか、4世」
一向に話を先に進めようとしない理子に、ブラドも苛立ってきた。しかし、不用心に踏み込むようなまねはしない。ブラド自身、スタンドの力はよくわかっているからだ。そしてスケアリー・モンスターズの直感が、理子の言葉がハッタリではないと告げている。
「いくら用心しても無駄だよブラド。お前はもう終わってるんだ」
「いい加減に―――――ッ!!!!」
ブラドは急に声が出せなくなった。しかしそれは口を手でふさがれたり、不意打ちをとっさに避けようとしたからではない。
「―――――ッ!! ガハッ!! ゴホッ!!」
すさまじい勢いで腹の中から血液が逆流してきたからだ。それどころか服の下も生暖かい液体に濡れていく。
ブラドは無様に倒れこんだ。緑の芝生があっという間に真っ赤に染められていく。いったい誰に、どんな攻撃を食らったのか。考える前に新しい疑問が出来る。
「な、なぜ身体が回復しない!!」
いつの間にか、吸血鬼の回復の源である魔臓がすべて機能を停止している。その事実に顔が真っ青になる。
「魔臓。吸血鬼の回復の源。確かにとんでもないけれど、言ってしまえばただの臓器だ。心臓から血液を送られて動いていることには変わりない」
理子はゆっくりと近づいていく。
「さっきお前がケガしたときに、シアーハートアタック―――小さい爆弾―――を大量に血管の中に送り込んでおいた。あとは無防備な血管の中を通ったシアーハートアタックが、体中で……ボン! だ。どこに魔臓があっても関係ない。恐竜の反射神経も、体の中までは働かなかったみたいだな」
シアーハートアタック(8部)
キラークイーンに備わっているもう一つのスタンドと言える存在。4部のものと比べると格段に精密なコントロールが可能。血管内の血栓を、血管を傷つけることなく爆破したり、船を木端微塵にしたりと威力の上限下限も大きくなっている。
「ば、かな……ッ!!」
「それにしても、魔臓の一つが舌にあったなんてな。そんなに回る口で、よく今までバレなかったもんだよ」
スタンドを維持できなくなったのか、暴れまわっていた恐竜がどんどん元の姿に戻っていく。ブラドの部下の吸血鬼も負けを悟り、投降する者、逃げ去る者など様々だ。
「人間を舐め過ぎなのよ、あんたは。最初からスタンド能力だけじゃなくて眷獣を使っていれば、こんなにあっさりとは負けなかったのにね」
自分たちの勝利を疑っていなかったアリアも武器を収めて近寄ってくる。
吸血鬼の生命力で何とか生きているとはいえ、血を流し過ぎたブラドにはもう眷獣を召喚するだけの体力は残されていなかった。
勝敗は喫した。
「それと、最後に言いたいことがある」
理子は倒れ伏すブラドに告げた。
「二度と、4世と呼ぶんじゃない」