「……なるほど、理解はできた……少し考えさせてほしい」
「もちろんです」
そう言って、切嗣さんは部屋を後にした。アイリさんはそわそわしている。追いかけるべきか、一人で考えさせるべきか悩んでいるのだろう。その決断はすぐだった。
「ごめんなさい。私も少し……」
「はい、どうぞ」
止める理由はない。俺は今回誠意をもって真実を話した。相手もそれに納得している。これで無理なら俺にはどうしようもかなったということだ。ベストを尽くして力を出し切った定期試験のような穏やかな気持ちだ。
今この部屋にいるのは3人。
一人は20人くらいの人が一堂に晩餐を楽しめるくらいに大きなテーブルに一人で座っている俺。
先ほどまで俺の対面に座っていた切嗣さんとアイリさんの後ろに控えていたセイバー。今も変わらずそこに立っている。
最後の1人は、この部屋の扉の前で、ともすればセイバーよりも微動だにせず直立を保っている女性、久宇舞弥。
2人とも自分からしゃべるようなタイプではないと思っていたため、セイバーから話しかけられた時は驚いた。
「すみません。少しよろしいでしょうか?」
「……ん、あ、何?」
やることがなくて少し閉じかけていた瞼を、無理矢理開ける。
「あなたが持っていた聖剣について、結局何も聞いていないのですが……」
そういえばそうだったな。
「はい、どうぞ」
「あっ」
俺は
「触ってみて、確かめてくれ」
「それでは失礼して……これは」
「全然似ても似つかないだろ?」
「そうですね……もし私と縁があれば何か感じるものがあるかとも思いましたが……姿形が似ているだけで全くの別物……」
興味深そうに手に取っているセイバー。
「騎士王の聖剣のレプリカ。未来の人が作ったつまらないものだよ。あんまり気持ちのいい物じゃないと思う」
「そうですね、私としても、この剣がむやみやたらに他人の手に渡るのは好ましくありません」
「……」
どこかの世界線では剣どころか、自分が大量増殖していると知ったらどんな反応をするのだろうか。
「何か言いたいことが?」
「いえ何も?」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「切嗣?」
「アイリ……」
アイリは月明かりに照らされたテラスでタバコを吹かしている切嗣を見つけると、静かにその隣に並んだ。アイリはタバコの臭いが嫌いだということを知っている切嗣は、すぐに火を消して放り捨てた。
夜の冷たい空気を、切嗣の静かな声が断ち切った。
「イレギュラーの言っていることは筋が通っている。聖杯が僕たちの望みをかなえられないのなら、そんなものに用はない。むしろアレは、放っておいてはいけない類の呪いだよ。あんなものの完成に手を貸そうとしていたと思うとゾッとする」
アイリは慎重に言葉を選ぶ。
「つまり
「少なくとも、千年前の人が思い描いたものは手に入らないだろうね」
アイリにとって、自分の家の悲願よりも切嗣の願いのほうが重要だった。これで、セイバー陣営のマスターが聖杯戦争に望んだモノが手に入らないことが確定した。
「イレギュラーのプラン、やり方が回りくどいように思えるが、今の僕たちにとってはメリットしかない。君の意識が聖杯に溶けるギリギリの数までサーヴァントを減らし、残ったサーヴァントは戦わない。そうして時間を稼いでいるうちに聖杯を解体してしまう。君が死ぬこともなければ、あの呪いが解き放たれることもない。敵対するマスターの排除……最小の犠牲で事を収められる」
「どうしたの、切嗣」
アイリは、その口調の中に隠しきれない疑念があるように思えた。そのプランが最良であることは切嗣自身も理解している。いったい何が切嗣の心に引っかかっているのかと考え、単純な答えに行き着く。
「彼のことが、信用できない?」
「いや、そうじゃない。言っていることは本当だろう。『わかりやすい』からな。表情と口調に表れやすいみたいだ」
しかし外れていた。だとしたら、何が引っ掛かっているというのか。
「イレギュラーは、世界的に見ても珍しい人種だ。血統とか国籍じゃなくて、『見知らぬ誰かのために無償で身を粉にできる』というところが珍しい。だがそれだけなら、僕も特に考えることはない。珍しくても、確かにいるからね」
そしてそんな命は、真っ先に切嗣の剪定の対象になった。
「問題は、そんなお人好しが、自分のプランに何の躊躇もなく切り捨てる命を作っているところだ」
「それは……事件のデータを見て、その陣営とは絶対に協力出来ないと思っただけなんじゃ……?」
アイリの疑問にあっさりと首を横に振る切嗣。
「その手のお人好しは、人の命を切り捨てるなんて発想は無い物なのさ。あったとしても、相応の罪悪感を抱くはずだ」
「彼には、無かったの?」
「ああ。僕の見た限りではね。彼は、見捨てる命に対して何の感情も抱いていない」
アイリも、切嗣が何を言いたいのか少しずつわかってきた。
「……でも、善人ではあるんでしょう?」
「間違いなくね。僕たちの事情を理解して力になりたいと言ってくれたことも、自分のマスターが無事に聖杯戦争を乗り切れるようにしたいと言ったことも、すべて本音だ。ちぐはぐなんだよ。部分部分で噛み合ってない。こんな奴は初めてだ」
自分の目的のためなら、どんなことでもできる外道のような面がある善人。それが切嗣が翔に下した評価だ。
言いたいことを言い切り、遠い目になる。
「どうするの?」
「受けるさ。これからの困難に比べたら、この程度の爆弾は使いこなせないとだ。それに、善人であることには変わりないんだ。それが僕たちのことは助けたいと言っている。だったら、心配することは少ないよ」
厳しい言葉を並べていた切嗣だったが、結局の結論は変わらない。これから胃痛がひどくなりそうだと、今からアイリはげんなりとする。
と、その時、お城の結界に反応があった
「ッ!!」
「どうした、アイリ」
「侵入者ね。遠見の水晶球を用意するわ」
長い夜は、まだまだ終わりそうにない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「―――いたわね」
「ああ、キャスターか」
漆黒のローブを引きずってうっそうと茂る林をゆっくりと歩を進める。
大きな水晶玉を持って戻ってきた切嗣さんとアイリさんは、敷地に侵入者がいると言って準備を始めた。
アイリさんが水晶球に映した映像には、キャスターのサーヴァントであるジル・ド・レェ伯が映し出されている。その様相は下手なホラーよりも刺激が強い。暗いところが好きじゃない俺は、何も知らずに出会ったら腰を抜かしてしまいそうだ。
そんなジル・ド・レェは一人で来たわけではない。それはしかし、マスターと一緒に来たという訳でもない。
「この子供たちは一体何なの?」
およそ10人、一番大きくても小学生くらいの子供を連れていた。ふらふらとした足取りには意思が感じられない。ジル・ド・レェの術の影響下であることは確かだ。
「人質かしら」
「だとしても行かなくては。敵は誘いをかけています。あの子供たちを助けるためにも、私が」
アイリもできることならそうして欲しい。しかし、今のセイバーはランサーとの戦闘での呪いの傷がある。全力で戦うことができない。
『わが麗しの聖処女にお目通り願いたい』
悩んでいるうちに、水晶に映っていたジル・ド・レェがこちらの千里眼をあっさりと看破して語り掛けてきた。そしてご丁寧に、時間が過ぎても反応がない場合のデモンストレーションもしてくれる。
術が解け正気に戻った子供たち。幼い目には、握りつぶされた人間の頭部はどう映るだろうか。とっさに「やめて!!」と叫んだアイリさんは口を覆っているが。
「セイバー、キャスターを倒して」
「はい」
「ジル・ド・レェの専門は悪魔召喚です。セイバーの魔力抵抗も大して役には立たない。俺も行きます」
「お願いします」
セイバーはすでにそこにはいなかった。主の許しを得たその瞬間、風となって戦場へ向かったのだ。俺はそんなに早く動けない。
「っと」
行く前に言っておかなければいけないことがある。
「この後ランサーも襲撃してきます」
「ランサーも!?」
「はい。この城にはそのマスターが。気を付けてください。それと……言峰綺礼も来ます」
「何だと!?」
切嗣さんがことさら大きく反応する。それもそうだろう、一番会いたくなかった男だろうから。最悪、戦わずにここを放棄することも視野に入れる必要がある。
「そうか……できるなら、ここでランサーのマスターも仕留めておきたかったが……よし、僕達は撤退の方向で準備を進めることにする。後で合流しよう」
「分かりました」
こうしている間にも襲撃者はその距離を縮めている。時間はそんなに残されてはいない。俺は窓から飛び降りた。向かう先はセイバーの魔力があるところだ。
もう戦闘を始めているのか莫大な魔力が、見えない波動になり空間を揺らしている。それに乗せられ伝わってくる憤怒。セイバーのものだろう。非道な行いをしたジル・ド・レェに向けたものだ。
「早いな。来るのが早いよ」
そこにいるのは2本の槍を持ったサーヴァント、ランサーだった。来るのは知っていたし警戒もしていた。でも、間で戦っているセイバーを素通りして来るとは。この迷い無い進軍、初めから俺を目標にしていたとしか思えない。ランサー陣営にはそんなにちょっかいをかけていなかったと思ったのだが、いつの間にこんなに目をつけられてしまったのだろうか。
「見つけたぞ、イレギュラー」
ディルムッドがこちらに目を向ける。
「あぁ、悪いがさっさと倒させてもらう。セイバーが心配なんでね」
「心配するな。セイバーへの助力はこのディルムッド・オディナが受け持とう。貴様は、我が主への手柄となってもらう」
「御免被るよ」
相手は槍兵。俺よりも明らかに速い相手だ。近距離戦を仕掛けるのは無謀だろう。
「ふっ!」
機龍を呼び出す。まばゆい光線がランサーを襲うが、
「こんなものでッ!」
槍の一振りによって一掃される。
「まだまだ」
避けられても関係ない。とにかく撃ち続けることが重要だ。そして
「この程度で!」
次々と発射される光線とスタンド攻撃を、槍2本で器用に捌きながらこちらに接近してくる。
しかし俺がしたいのは時間稼ぎではない。すでに戦闘が始まってしまったこの状況。パラドクスに変身しようとすれば攻撃が薄くなり、変身の前に腕が切り落とされるだろう。
使える物が少ない。せっかく手に入れた能力もあるが、今の俺では十全に使いこなすことは難しい。俺の技量の問題ではなく、他の問題で。
「ッ!?」
「そこだっ!!」
弾幕が薄くなったのを見て勝機と思ったのか、大きく踏み込んで必滅の槍の一閃を繰り出してくる。
必滅の黄薔薇が脇腹を掠める。
「ちぃ……」
「受けたな……我が必滅の黄薔薇を」
「はっ、そんなわけないだろう」
「アア、ソウダゼ」
「む」
服の下ぎりぎりに展開していた
「魔力の流れを断ち切る槍も、不治の呪いを与える槍も、効果は恐ろしいがそれ以上はない。ランサーの槍さばきは恐ろしいが、ただ防ぐくらいなら俺にも出来る」
そう効かないのだ。
「しかし、俺が有利だということに変わりはないだろう?」
ランサーの構えには宝具を破られた緊張がない。その通りだ。ディルムッドの加速についていけない以上、俺には万に一つも勝ちの目がない。
「しょうがない……」
このままではじりじり削られるのは目に見えている。時間も食ってしまった。セイバーを助けに行かなければならない以上、これ以上手を焼くわけにはいかない。
「……どういうつもりだ?」
「なに、こっちも本気でいくってことだ」
爪を回転させる。その回転を体の中へ拡張。俺の中に新しく根付いた金と黒の魔力へと、回転のパワーを伝えていく。
「
俺に使える数少ない魔術である
それを見てディルムッドの口元に笑みが浮かべられる。大方、本気で行くという俺の言葉と、見たことのない魔力の使い方を見て戦士としての心が滾っているのだろう。
「来い、受けてたとう!」
「固定、掌握。
―――――――――――――――――――――――――――――
「……」
「……」
「……遅いな、あいつ」
日が変わる前には戻ると言っていた翔。それが1時を過ぎても帰ってこない。だんだんと心配になってくる。もちろん、マスターとの交渉だ。そう簡単にホイホイと仲間になるわけないとウェイバーは思っていたが、いざ戻ってこないとどうしようもない不安に襲われる。
(いやいや! 何考えてんだ僕は! あいつがいなくなったって、元々の戦力に戻るだけじゃないか! サーヴァントなんて、聖杯戦争が終わればいなくなる影みたいなもんだ。そんなのに余計な感情なんて!)
「坊主、なーに、ひたすらに首を振っておる。そんなに気になるのか、ん?」
「バッ、違う! そんなんじゃない! お前だって、暇そうに起きてるじゃないか!」
何をするでもなく起きているウェイバーをからかう。
「サーヴァントである余には睡眠は必要ないのでな」
イスカンダルは読んでいた本を閉じ、だらしなく横になっていた態勢から立ち上がる。それだけで空間が圧迫され、部屋が狭くなったように思える。英霊としての闘気か、それともはちきれんばかりの筋肉か。どちらにせよ、ウェイバーにとって気持ちの良いものではない。
「なんだよ、急に立ち上がったりして」
「そんなに気になるというなら、いっそのこと応援に向かってやろうと思ってな」
「どうやって? そもそも、来るなって言われてるだろ」
「しかしマスターの意向とあっては、奴も断ることはできまいて」
「つまり……」
視線は眠そうにしながらも翔の帰りを待つ桜へ。サーヴァントである翔が全権を握っているように見えても、しょせんはサーヴァント。マスターを無視できるわけがない。
「でもあいつ、現界に魔力を使わないせいで、マスターでもどこにいるかわからないんだろ? どうするんだよ」
「ならば、戦っているときに見つければよい」
イスカンダルは、今夜の交渉が平穏無事に終わるとは思っていなかった。初戦闘であれだけ周囲に唾をつけ、しかも本人が特異な存在。ちょっかいを出されないわけがない。
「……どうなんだよ」
「ん、何か体から抜けてる感じは、してる」
「方向はわかるか? 抜けた魔力が向かってる方向は」
「なんとなくは」
イスカンダルがすらりと剣を抜いた。このひと振りでイスカンダルの持つ奇跡の1つ『
「ここでは出すなよ」
ウェイバーの一言でこっそりと家を抜け出すことになるのだった。
学校が始まったので投稿が遅くなると思います。