「Laaaaaaッ!!」
「クッ!」
狭い城内を動き回るには、ライダーの戦車は大きすぎた。行儀よく道なりに進むライダーではない。壁をぶち抜き、粉々になった壁に追い打ちをかけるように神牛の蹄が大理石の床を踏みつけた。纏う雷光は、触れただけで外敵を消し炭にするだろう。
小型の台風が暴れているかのような猛攻に、ランサーは全く間合いに踏み込めない。ケイネスの治癒があったとはいえ、完全には傷が塞がっていないランサーには、勝つためのヴィジョンが見えないでいた。
そんなランサーを見かねてケイネスも援護しようとするが、サーヴァント同士の戦いに割って入れる訳もない。戦車に乗っているウェイバーに攻撃出来ず、マスターの差は全くと言っていいほど意味を成さないでいた。強いて言えば魔力量の差があるが、それだけでは覆せない。
いくら
しかし、
「まだだッ!!」
この身は騎士としてマスターであるケイネスに捧げている。諦めや勝てないという絶望で、膝を折るわけにはいかない。この世界に仮初の姿を手に入れた時から胸に秘めた誓いを燃やし、雄叫びと共に強く踏み出した。
いかに2本の魔槍を持つランサーであっても、
しかし、あえて。あえて正面からの攻撃をランサーは選択した。狙いは戦車を引いている2頭の神牛。その間を抜けて、ライダーの胸板へと突き刺さる一撃。
ライダーもランサーの狙いを理解したうえで受けて立つ。わざわざ一度足を止め、ニヤリと笑った。それにつられ、ランサーの口も自然とほころんだ。
それ以上交わす言葉はいらない。ケイネスの顔がゆがむほどの魔力が、イスカンダルと
ランサーも腰を落とし、慎重に間合いを測る。一歩も間違えなかったとしても致命傷は避けられない。頭に『撤退』の2文字がないケイネスがマスターでは、これがこの聖杯戦争最後の攻防になるだろう。
「
「抉れ―――
車輪で爆発でも起きたのか、一気に初速からトップスピードまで加速したイスカンダルは、ヒトが認知できる速度を超え、ランサーに迫る。
攻撃が人の限界を超えたのはランサーも同じだ。紅い残像を残し、
英霊の目にはすべての動作が走馬灯のように、スローモーションになっていたが、事の成り行きを見守っていたマスターにとっては次の瞬間、ランサーは
「主よ……申し訳ありません」
その言葉を残し、ランサーは現世から消失した。
「な、ぁ……?」
目の前で魔力の残滓となり光と消えたランサーに、今起こった事態を飲み込めないケイネスが呆然とした声を出す。
決着がついた。ライダーの勝利だ。
ライダーは戦車を降り、すっかり戦意を喪失しているケイネスのもとへ歩く。右手には鈍く光る野太い剣が握られている。
「ランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。あなたが誇りある魔術師ならば、どうか私の話を聞いてもらいたい」
そこに現れたのはイレギュラーのサーヴァント。夜月翔だった。
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間に合わなかったみたいだな。
お城の下層はこれでもかと破壊されていた。人間とサーヴァントの戦いならここまではならない。確実にサーヴァント同士の戦いがあった。そして今立っているのはイスカンダルただ一人。ケイネスがいるのにランサーの姿がない。
もう少し早く来ていれば、ランサーを含めて交渉ができたかもしれなかった。
しかし、ケイネスがいるだけでもいいとしよう。
「話、だと?」
「ああ、そうだ。この聖杯戦争の裏の話、ぜひ聞いてもらいたい」
「お、おい! お前無事だったのか!? 今までどこにいたんだよ!」
ウェイバーが戦車から身を乗り出し、落ちた。
「今までセイバーと一緒にキャスターと戦ってたんだよ。怪我は特にない」
「キャスター!? どんな奴だったんだ!? 倒せたのか!?」
質問攻めにしてくるウェイバー。色々聞きたいことがあるのは分かる。分かるのだが、それよりも言っておきたいことが口から出てしまう。
「そんなことよりも、何で来たんだよ。待っててくれって言ったよな?」
「何でって……気になったから……」
「気になったから、で来たのかよ。俺のマスターも連れて。危険なところに。マスター相手の交渉だぞ。戦闘になる確率が高いことくらいお前だってわかるだろ?」
「悪かったよ! そんなに言わなくてもいいだろ! 大体、最初に行こうって言ったのはライダーなんだよ!」
「もしものことがあるって言ってるんだよ。結果論で行動して、取り返しのつかないことになってからじゃ―――」
俺の足に弱々しい衝撃。
「やめて」
「坊主もやめんか。みっともない」
ウェイバーをげんこつで黙らせる。首根っこを掴み、戦車に放り投げた。頭から落ちていったけど、変に捻ったりしてないよな?
「ライダー、困るぞ。そんなわがまま言われると」
「勘違いをするなよ坊主。余たちはあくまでも同盟相手であって、上下があるというわけではない。何もかもが思い通りになるわけでは無いぞ?」
「ライダー! ッ!」
体の奥からゾッと何かが溢れてきそうになり、慌てて感情を静める。
「……わかった。このことは後で話そう。今はケイネスの……無理そうだな」
敗退のショックからまだ抜け出せていないようだ。この分では、まともな話し合いになるとは思えない。
「セイバーのマスターに連絡する」
俺はそう言い残し、外に向かった。番号を交換しておいてよかった。受け取った番号に電話をかけようとして―――小さい人影がついてきていることに気が付いた。
「桜ちゃん?」
「今日の翔お兄ちゃん、変だよ」
「そうだなぁ……」
マスターに心配をかけてしまうとは。落ち着いてみると、ちょっと高ぶってたかもしれない。
「気にしなくても大丈夫だよ。ちょっとイライラしただけだから」
「本当に?」
「本当に」
問題ないさ。
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「帰ったか、綺礼。その顔を見る限り、思うような成果は得られなかったようだがな」
言峰綺礼がアインツベルン城で何の収穫も得られずに自分にあてがわれた部屋に帰ると、いるはずのない先客がいた。黄金比の美しい肉体を持つ好青年。遠坂時臣に召喚されたアーチャークラスのサーヴァント、英雄王『ギルガメッシュ』だ。
綺礼が密かに集めていた高級ワインを、実に不味そうに喉に流し込んでいる。ワインを飲まれるのは別にいい。どうしても飲みたかったものという訳ではなく、酒ならば自分の心にポッカりと空いた穴を満たしてくれるのではないか、と思っていただけだからだ。目的を満たせなかったものにそこまで執着する男ではない。
綺礼は(なぜかはわからないが)自分につきまとってくるこのサーヴァントに、うんざりしていた。
綺礼はこの聖杯戦争に参加するマスターの一人だった。そう『だった』。すでに過去形なのだ。すでに召喚したサーヴァント『アサシン』はアーチャーにより撃破され敗退。命を守るため、監督役に保護してもらっている身――――そういうことになっている。
実際は監督役と手を結んだ時臣の手足となり、各陣営の情報を調べる任を仰せつかっている。
そんな綺礼にとって、敵陣に単騎で乗り込むなど、どんな叱責を受けても文句を言えない愚行だ。例えば、目の前のサーヴァントが口を滑らせたらどうなることか。
(どういうことだ?)
だというのに、綺礼の心は驚くほど静かだった。自分でも意外に思う。ギルガメッシュは変わらない表情からそれを読み取っていた。しかし口には出さない。
「まあ座れ。我が注ぐ酒だ。飲めぬとは言わせんぞ」
「もう一つグラスを用意しているとは、用意がいいなアーチャー」
見透かされているような瞳と、ぺらぺらと紡ぎだされる悪魔のささやきに似た声は邪魔だが、珍しく無理矢理にでも酔いたい気分になっていた綺礼は、おとなしくグラスを手に取った。
「それで?」
「何がだ」
「酒の肴になる話をしろと言っているのだ、綺礼よ。さしあたっては今日の顛末をな」
「これといって何もない。セイバーの根城にキャスターと同じタイミングで忍び込んだが、城はすでにもぬけの殻。遠目からサーヴァントの戦闘を眺めたくらいだ」
「なるほど。確かにつまらんな」
一気に飲み干す。
「イレギュラーサーヴァントの戦いならよく観察することができたが」
「興味はないな」
にべもなく切り捨てる。
「ならば貴様は私の口からどのような言葉が聞きたい」
「見聞きしたもの、それに対して貴様がどう感じたのかだ」
「期待には沿えなかったようだな」
「貴様も、ずいぶんと期待外れだったようだがな。くれてやった『矢』も使ってないだろう」
「己が魂の形を具現化させる矢、か」
「ああ。貴様の魂が求める愉悦、それを使えばわかるやもしれんぞ」
アーチャーの宝具『
(いったい私は何を恐れて―――恐れて? 私がこれを使わないのは、このサーヴァントの言葉を信じていないからだ)
「その無礼は許してやろう。もうしばらくはこの退屈な遊戯に付き合ってやるさ」
綺礼の心情を完全に見透かしたアーチャーは愉しそうに嗤うのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
薄暗く、多少夜目が効いた程度では何も見えない暗闇。月の光や星の光が全く射さない下水道の奥の奥。大きく開けた地下貯水槽。そこを根城にしているのはキャスター陣営だ。
そんな暗闇に紛れて、雨生龍之介は一心不乱に芸術創作をしていた。さらってきた幼子を慎重に、丁寧に、己の理想に近づけていく。ありったけの情熱を込め、感性の赴くままに。
不要な部分をすべて削ぎ落とし、完成した。
「うん。こんなもんかな。っと、旦那、お帰り~」
「……」
頼りになる大先生であり、尊敬できる先駆者。キャスター・ジル・ド・レェの帰還に無邪気に笑って近寄る。
自分の作った工作を親に自慢するように、できたばかりの新しい楽器を指さす。
「見てくれよ旦那! 人間オルガンは失敗しちゃったんだけどさ、今度はちょっと作り方を変えてみたんだ! オルガンの時は……って、どうしたの、旦那?」
「申し訳ありません、龍之介」
「え、何が? そういえば迎えに行った、えっと、ジャンヌ・ダルク? はどうしたの? もしかしてそのまま殺しちゃったの?」
長いローブが、床に作られた大きな血だまりを大きな魚のようにかき分け進む。龍之介が喜々として自慢した楽器に触れる。
「まさか、気付けのために多少の痛みを我慢してはもらいましたが、我が光をそうやすやすと殺す訳がないではありませんか」
試しに鳴らした楽器から、空間を引き裂くような悲鳴が奏でられる。龍之介は、その出来栄えにこっそりとガッツポーズをとる。
「あと少しというところで、あの匹夫めがァ……ッ!」
キャスターの怒りに呼応するように、悲鳴の音量もどんどん上がっていく。怒りのせいで込める力がどんどん強くなっているのだ。柔らかい人肉、その内臓にサーヴァントの本気の力が加えられれば、
「あ、ちょ! ストップストップ! 壊れちゃうよ旦那!」
慌てて止めに入る龍之介。素直に従い手を放す。
「つまり……恋敵が現れた、感じ?」
「なんと恐れ多い! そして失礼に当たりますよ龍之介! この私が聖処女に下賤な感情を抱くことはありません! そして、あのような盗人に心奪われるなどッ!!」
両肩を掴み前後に揺する。眼球が今にも頭蓋骨から飛び出しそうになっている。
「じゃ、なんなのさ」
「物事はもっと簡単なのですよ。ただ単に、聖処女を連れてくる邪魔をされただけです」
「あ、そうなの」
やっと納得がいったと龍之介は手を打つ。
「で、どうするのこれから。諦める訳じゃないんでしょ?」
「もちろんです! しかし……
「
「残念ながら」
そんなぁ、と本当に落胆したといった具合に龍之介は肩を落とす。しかし、そんな龍之介の声はキャスターに届いてはいなかった。
「このままでは終わらせんぞ。聖処女は必ずや我が手に―――」
そして、
「あの匹夫はこの手で抹殺してくれるッ!!」