今期の大学の授業がクソ忙しかったせいです。だいぶ楽になったのでペースを戻していきたいと思います。
畳の良い匂いがする。思えば、最後に畳の部屋に入ったのはこの世界に来る前だったな。ちょっと埃っぽいのが残念だけど、それでも伝統的な日本家屋だ。
俺たちはたった今、新しい拠点となるこの家の点検を終わらせたところだ。大きな敷地の隅には特徴的な土蔵がある。間違いなくアレだ。Fateの聖地的なアレ。
感動しつつも仕事に抜かりはない。窓を全開放してしっかりと換気する。
「あ、こっち終わりましたよ」
「こちらもです」
セイバーと合流する。
切嗣さんは戦場になったアインツベルンの城をあっさり放棄、拠点をここに移すことに決めた。
最近名義を買い取ったばかりでロクに家具も無いため、まずは掃除からとなったのだ。
ケイネスへの説得はもう終わっている。何としても気分を盛り上げなくてはいけなかったから、ガンガンおべっかを使った。最終的には「そのような歪んだ儀式、正しい結果が得られなくて当然だな! この私が負けたなどという間違った結果は! この場は私が立てるべき武功は、単なる勝利ではないということだ!」なんて言い出してた。でも、聖杯の解体には乗り気なのでよかったと思う。
ちなみにいうと、勢いに任せて喋っていた結果、ケイネスが俺たちサーヴァント連合のリーダーということになってしまった。どうしてこうなった。切嗣さんは「扱いやすい奴だ」なんて言ってた。
今は切嗣さんと一緒に、大聖杯の下見に行っている。舞弥さんはケイネスの許嫁のソラウさんを迎えに廃工場に。
ケイネスたちがもともと今回の聖杯戦争の拠点として住んでいたホテルのスイートは、何者かに爆弾で吹っ飛ばされてしまった。やったのは切嗣さんなんだけど、言わないほうがいいよね。知らないほうがいいこともある。主に俺たちの仲のためにも。
唯一の気がかりはバーサーカー陣営の行方だ。あの後、結局合流出来なかった。そのうち会えると思うことにしよう。近々会えそうなイベントもあるわけだからな。
「まずはキャスターですか」
「協会からの指令もきたし、そうなるだろうね」
今朝方、聖杯戦争の運営を行っている教会から、各陣営のマスターへ呼び出しがあった。切嗣さん、ウェイバーはもちろんのこと、ケイネスも使い魔を送った。
要件はキャスターについて。原作通り討伐指令が出たのだ。討伐報酬は令呪一画。直接・間接問わず、キャスター討伐に関わったサーヴァントのマスターに与えられるらしい。
昨晩倒せておければ良かったんだけど、宝具がない今、あいつの戦闘力はたかが知れている。今はウェイバーが居場所を調査している。ライダーの足を生かした広範囲捜査だ。明日には結果が出る。奇襲で一気に倒してしまいたい。
つまりは、今日は暇な日だ。色々なことがあった夜も明け、近頃奇怪な事件が起こる街にも、日が昇り、朝がやってくる。使ってしまった魔力を補充し、明日の決戦に備えなければならない。
「アイリスフィール。家の見回りが終了しました」
「お疲れさま、セイバー。それと翔君」
自販機で買ったお茶を飲んでいたアイリさんと桜ちゃんが、部屋に入った俺たちを見る。が、その姿は、休んでいるという割には荷物を下ろしていない。コートも脱いでないし。
「それじゃあ、行きましょうか」
何処に?
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そんな訳で俺たちは、息抜きも兼ねて街に繰り出した。家に足りない諸々を買い足すためだ。
今でも切嗣さんは『セイバーと別行動作戦』を継続している。そのため、この買い物には切嗣さんどころか、舞弥さんも付いてきていない。もっとも、まともな戦闘なら、サーヴァント以上の護衛はいない。
セイバーが運転する車にはアイリさんの他に、俺と桜ちゃんが乗っている。というか女性率が高い。俺以外全員女性だ。
「とりあえずは食べ物よね……」
「そうですね。家具なんかは後回しでも大丈夫ですから」
意見を交わしながら車は走る。
桜ちゃんは昨晩の夜更かしが祟ったのか、穏やかな寝息を立てていた。
「ま、いっぱい食べる人もいるからなぁ……」
「イレギュラー、なぜそこで私を見る」
いやいや、なんでじゃないでしょ。世間ではすっかり腹ペコ王って呼ばれてるの知らないの? 知らないよね。
今日も今日とて黒いスーツを一部の隙もなく着こなしているセイバーは、不思議そうに俺を見てくる。聖剣を引き抜き成長が止まった小柄な体が着るには、少々背伸びが過ぎるような気もするが、凛とした表情がそんな疑念をねじ伏せている。
セイバーとアイリさんのコンビは、さながら現代の姫と騎士だ。この『らしい』2人の裏で狡猾な暗殺者が動いているとは絶対に気づけないだろう。本当に恐ろしい戦略だ。
今では味方になってくれて本当に良かった。
十数分で目的地に到着した。朝早いこともあり、駐車場には車はほとんど止まっていない。スカスカの駐車場にこのクラシックカーは、明らかに目立ってしまっている。俗なスーパーの駐車場にあるには、明らかに異質なものだ。お姫様と男装騎士はまったく気にする様子はない。
開店時間一番乗りに大型スーパーに入る。
そして、その食生活に愕然とした。
「ちょっと待ってください」
「なにかしら?」
迷うことなく買い物かごをカップ麺で満たしたアイリさん。よく考えれば、こうなることは簡単にわかっていたのに。
「栄養、偏るよ」
桜ちゃんも言葉少なく物申す。
「でもこれ、すごく美味しいらしいのよ? お城にいたころから興味があったの! 切嗣が話してくれてね」
「ええ、お湯さえあれば3分で完成する非常食。兵糧としても非常に優秀なものだと」
「少しならともかく、全部それで済ませるのはダメです」
不満を受け止めつつ、山盛りだったカップ麺を、人数を考え10個だけ残して棚に返した。今日は俺が作ることになるな。
エスカレーターを使い2階に登った。服を買うためだ。
実はウェイバーがチキったんだよね。桜ちゃんの服を買ってきてくれたのはいいんだけど、下着は買ってこなかったんだよ。問い詰めたら、「なんで僕がそこまでしなくちゃいけないんだよッ!!」と逆に怒鳴られてしまった。イミワカンナイデスネ。
つまり、桜ちゃんはずっと……
「それじゃ、よろしくお願いします」
「はい。任されました。行きましょうか、桜ちゃん」
「……ん」
ここは子持ちのお母さん、アイリさんの出番だ。もう全部任せる。お願いします。お城から出たことのなかったアイリさんでも、このくらいはできるらしい。任せてくれと言われて、すごく助かった。
「貴方たちも、少しゆっくりしててね」
そう言って、2人はお店に入っていった。さて、これでこの場にはセイバーしかいなくなったわけだけど。
「……」
この場でも全く警戒を緩めない。きょろきょろとあたりを見回しているわけではないが、目で得ている以上に、五感から情報を得ているだろう。
「なあ、セイバー。ちょっと休んだほうがいいんじゃないか。マスターにも言われただろう?」
「イレギュラー、それは油断が過ぎるぞ。確かに人目は多いが、襲われないという保証があるわけではない。それに、この程度に体力を使っていると思うのか?」
逆に言い負かされてしまった。そんなこと言われてしまうと俺だけ休むことができない。気まずくて。日本人のつらいところだ。
じゃあ、何か食べ物買ってくるか。謎な状態になっている俺は普通にお腹が減る。一晩何も食べてないし、パフォーマンスを上げるためにも何か入れておくとしよう。セイバーとの会話の種になるかもしれないし。
俺はセイバーに断りを入れ、お店を探す。
「たこ焼きでいっか……」
あまり待たせるもの悪いので、目についたお店を手早く選び、購入する。
「お待たせ」
「いえ、問題ありません」
表情を変えることなく立っているセイバーを横目に、たこ焼きを食べる準備をする。ソースをかけて、マヨネーズをかけて、っと。
「……良かったら一つ」
「いえ、結構―――」
「まあそう言わずに」
「ムグッ!!」
出来立て熱々のたこ焼きをセイバーの口の中にシュート。
「おいしい?」
「あふっ! あふっ!」
セイバーは口を押えて、何か言おうと必死になっている。が、小さいお口で大きなたこ焼きを丸々一個食べてしまえば、ましてそれが熱々なら、こうなってしまうのは仕方がない。もちろん狙った。
口に入ったものを出すという選択は、いくら何でも選べない。セイバーは熱さと格闘しつつも何とか咀嚼した。そのタイミングを見計らって、もう一度問いかける。
「おいしかった?」
「味なんてわかりませんでしたよ!」
鋭いツッコミが返ってきた。ならばと俺は、
「じゃあ、もう一個どうぞ」
「……」
竹串に刺したたこ焼きをセイバーの前に突き出した。セイバーは何とも言えない表情になっていたが、
「ふぅ……それでは」
俺が引き下がらないと理解したセイバーは、諦めて口を開けてくる。何気に「あーん」してるんだけど、俺たち2人とも気にすることはない。
「はむ……これは……」
今度はしっかりと身構えていたからか、一つ丸ごと口の中に入れられても、大げさに熱がる様子はない。しっかりと味わっている。
それを横目に俺も食べ始めた。セイバーで少し遊んだおかげで程よく冷めたたこ焼きを、口の中に放り込む。熱々でとろけるようなタコ焼きに、ソース、マヨネーズ、かつお節が絶妙なハーモニーを……
「もう一つ食べる?」
「……よろしいのですか?」
そんなに物欲しそうな顔でチラチラ見られたら、抵抗なんて出来る訳ないです。俺は努めて表情を変えないようしながら、同じようにたこ焼きを差し出した。
「はい、あーん」
チョットした遊び心でそんなことを言ってみるが、セイバーは目立った反応を返さない。
体に悪い食べ物、飲み物は総じておいしい。別にたこ焼きが体に悪い食べ物だなんて言うつもりはない。俺が言いたいのは、いとも簡単に、この騎士王さんは食べ物につられてしまったということだ。
そこからは、もう何も言わずにたこ焼きを差し出していた。もちろん全部上げるつもりはない。倍のペースで食べ進められたたこ焼きは、あっという間になくなってしまった。残りは最後の一個。
「……」
「……」
無言のやり取りがあった。これは埒が明かない。
「別にいいぞ」
「そ、そうですか?」
明らかに弾んだ声。良いと言われているのに一度聞き返すのは日本人のようだ。まじめな性格がここに表れているのだろう。
「はい、最後」
「あー……あっ」
何の抵抗もなく俺のを受け入れようとしていたセイバーの表情が固まった。けど、原因はわかっていた。サーヴァントである俺にはマスターがどこにいるのか分かるのだから。
俺の後ろに買い物を済ませたアイリさんと桜ちゃんが立っているだろうということは、振り向かずともわかった。
「あらあら、2人で何を食べているのかしら?」
「たこ焼き食べてる……というか、食べさせ合ってる?」
「食べさせてもらってはいないから」
俺の目には何の嫌味もなくニコニコしているように見えるアイリさん。しかし、しばらく一緒に生活しているセイバーには、また違った視線に映るのかもしれない。
反対に我がマスターはとてもご機嫌斜めになっているのがありありと伝わってくる。理由は言わなくてもわかる。
そんな2人の手には、買い物で買ったと思われる袋が握られている。
「買い物終わったんですか?」
「ええ。もうすっかり。自分でお店に来て買い物したことなかったから、緊張しちゃった。でも、ばっちりよ。何の問題もありませんでした」
そうですか。それは良かったです。
「それでね、せっかくだし、下着だけじゃなくて服も買っちゃおうかなって思ったのだけれど……。このままだと目立つでしょう?」
確かに、今までは居住空間が人里離れた城の中ということで、多少浮世離れした服装でも許されていた感はある。活動拠点が住宅街に移された今、そういった周囲へ溶け込む努力というものが必要になる……?
「そんなこと言って、本当はただ買い物したいだけでしょう?」
「あら、ばれちゃったかしら。でも、いいと思わない?」
「もちろんですよ」
今日はとことん時間のある日だ。そのくらいの息抜きをしても罰は当たらないだろう。
とりあえずは、
「桜ちゃん、行こうか。好きな服買ってあげるから」
とりあえず、この娘の機嫌を直すところから始めないとだな。