「……それは?」
巨大な樽を抱えているライダーに問いかけた。ライダーは、ニカッと笑い酒に決まっていると言い、縁側に置いた。そんなの見ればわかるっての。酒の匂いしてるんだから。
「キャスターはどうだったんだ?」
「うむ。小僧の錬金術がことのほか優秀でな。いともあっさりと連中の隠れ家を見つけることができたわい……口に出すのも忌々しい場所ではあったがな」
「……絶対、あそこが奴の工房だった。ウップ……ッ!」
何を思い出したのか、青い顔をして口を押えるウェイバー。俺はどんな所かを知っているが、行けと言われれば絶対に拒否するだろう。
「お疲れ様」
素直にそう言っておく。見つければ先走ってしまうと予想していたものの、出来ればみんなで万全を期していきたかった気持ちもあるけど。
「で?」
「で?」
ウェイバーが青い顔に皺を寄せて腕組みをする。どうやら俺に言いたいことがあるようだ。俺もウェイバーに合わせて首をかしげてみる。
「その大量の服はなんだよ」
「桜ちゃんのだ」
山積みになった子供用の服に囲まれている俺。服は、とりあえず俺と桜ちゃんに割り当てられた部屋に置いてある。ライダーが外につながる障子を全開にしてるから、寒い風がどんどん入ってくる。そろそろ閉めてほしい。
「尊い犠牲だった」
「何がだよ!」
俺の財布が、だよ。俺がこの時間軸にいる間は同じ服を見ないだろう、ってくらいは買ったからなぁ。俺が。
「しかし、五体満足なら問題あるまい?」
「まあね」
これで機嫌が直ってくれるなら大歓迎だ。
そんなことよりも、だ。俺の買い物よりもライダーの買い物だ。
「セイバーと飲む気なのか?」
「ほう! よくわかっているではないか! 見ろ坊主! 余の考え、何も余だけのものというわけではないということが、これで証明されたということだ」
「だからって、あの真面目そうなセイバーがお前の提案を飲むとは思えないね!」
ここに帰って来る前までにどんな会話をしたのかはわからないが、相当言い合ったみたいだな。
聖杯問答ね。セイバーが鬱になるし、仲間内がギクシャクしちゃいそうだから、出来れば遠慮してほしい。
「イレギュラー、そろそろ夕飯の支度をするべきではありませんか……っと、ライダー、帰っていたのか。戦果は?」
「キャスターの根城は潰した、というところだ。外道にふさわしい醜悪な場所だったわい」
「……そうですか」
セイバーもキャスターとは戦っている。子供を次々に海魔の生け贄にするあの攻撃は、記憶に新しいだろう。セイバーも一刻も早く、倒してしまいたいと思っているはずだ。予定と違いライダー単独での行動になってしまったが、セイバーであっても同じように行動しただろう。
「それでだな。こいつなんだが」
ライダーは大きな樽をたたく。
「それは、お酒ですか?」
「そうだ。もともとわれらは敵同士、戦うためにこの世界に現界していた。そうだな?」
「はい。しかし、今は違う」
短く、効率的な返答だが、最低限しか語らないソレは、とても胃がキリキリと締め付けられるようなものだ。
セイバーはライダーの勧誘を断った。だけではない。初回の戦闘ではそれ以上の印象をセイバーに植え付けたライダー。ここまで『仕事』という形でごまかされていたものの、この2人の間はお世辞にも良いとは言えない。協力関係という細い糸があるかどうかも疑わしい。
ウェイバーも遅まきに気付いたのか、もともと気分がすぐれなかった顔が今にもリバースしそうなものになる。
「貴様も世に対しては色々と言いたいことがあるとは思う。そこでどうだ。ここは一つ、武ではなく言の葉をもって、互いの王としての『格』を競うというのは?」
「なるほど……」
「セイバー、嫌なら断ってもいいんだぞ。いや、むしろ断れ!」
俺もそうして欲しい。セイバーが高確率で凹む。今後のチームワークに影響が出てもらっては困るんだよ。
そんな願いも空しく、セイバーは凛とした表情でライダーを見つめ返す。
「ライダーのマスター。私を見くびらないでもらいたい。王を名乗るものとして、この剣以上に負けられない戦いだ」
どうあがいても開催は決定だな。ま、セイバーのフォローはこっちですることにしようか……あっ!!
「ダメだよ! そんなことしちゃダメだって!」
思わず口に出していた。しかし、ここは断固として言わなければ。
「突然どうしたのですか?」
「ライダー、もしかしなくてももう一人誘ったよね!? 金色の鎧を着た英霊……」
「おお、あの金ピカか。それはもちろん。奴もあの場にいた『王』であることには間違いあるまい? この酒を買うとき、町の市場で偶然目にしてのぅ。ついでに誘っておいた。何か問題が?」
問題だらけだろ!? わざわざここに拠点を移したのに敵に、しかもよりにもよってアサシンの来る可能性の高い聖杯問答をするなんて。こっちには桜ちゃんもいるんだぞ!?
「余がそれほど間抜けに見えるか?」
「……え?」
「場所はセイバーの前の根城に、と言っておいたわい。自らの陣の場所をそうやすやすと教える将がいるものか」
「あ、そうなの……」
安心して力が抜けてしまった。でもこれで、会場も原作と同じになったわけだ。世界の修正力の影響かな? このカオスな世界でそんなものがどれだけ働くのかは知らないけど。
「もちろん貴様も参加するのだぞ」
「マジですか」
――――――――――――――――――――――――――――――――
「そういう訳で、行くことになりました」
「……勝手にしてくれ。僕はアイリさえ守ってくれれば何か言うつもりはない」
意外なことに、切嗣さんからは簡単にOKが出た。地下大空洞から戻ってきた切嗣さんたち。ケイネスさんだけを置いてまたどこかへ行くらしい。
「なんだい、その顔は」
「簡単にOKするんだなと思いまして。敵のサーヴァントに会うのに」
「英霊サマの考えは一ミリも僕には理解できないからね。人の倫理の通じない相手に何か言っても無駄だと思っているだけさ」
「確かに、今戦ってる相手とお酒飲むなんて、正気の沙汰じゃあないですもんね……行きたくない」
俺は深々とため息をつく。
「とにかく報告をしてくれればいい。僕はキャスターについてもう少し調べてみることにする」
「分かりました」
「……まったく。せっかく見つけた工房を、よりにもよって本人不在の時に破壊してしまうとはね。これでは見つけた意味がない」
意味は分かる。自分たちの隠れ家が荒らされていれば、敵にその場所がばれたとわかってしまう。そうなったらすぐにでも別の場所に身を隠すだろう。そうなってしまえば見つけた意味はない。それはわかる。しかし、
「キャスターの工房を見てそんな感想が出てきたら、それもまともな『人の考え』じゃないよ」
俺は去っていく切嗣さんの後ろ姿にそう呟いた。
「それでケイネスさんは行くんです?」
「もちろんだとも! 一人だけ奥に籠り、待つというのはアーチボルト家当主のすることではないからねぇ!」
最初の戦闘でランサーに戦わせて様子見してましたよね? 余計なことは言わないけど。多分、ソラウさんに何か言われたんだろう。
「そうそう、見てきたんですよね? どうだったんですか?」
「ふむ。やはり非常に危険なものであることは間違いないだろうな。しかも極めて厄介なものだ。流石、数百年の魔術師の悲願が積もっただけはある」
まじめに考えてる顔はフツーにイケメンだよなぁ。
「準備を整えたのち、すぐさま作業に取り掛かったとして……」
「ケイネス、何をしているの? もう出発するわよ」
声の主にケイネスさんはあからさまに動揺する。この人こそケイネスさんの婚約者『ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリ』さんだ。ケイネスさんとはまた違った、周囲の者の侵入を拒むような張り詰めた空気を纏っている。さしずめ女王のようだ。
「お、おう……ソラウよ。分かっている。今向かう」
「そ。あまり待たせないでね」
ソラウさんは時計塔の降霊科学部長の地位を歴任するソフィアリ家の息女。ケイネスさんは九代続いた由緒正しい魔術師の家系・アーチボルト家の正式後継者。絵にかいたような殿上人同士のカップルだ。
残念なのはこれが恋愛結婚ではなく、政略結婚であること。ソラウさんには一切の恋愛感情がないことだな。ケイネスさんは一目ぼれらしいけど。
一つ余計なお世話として考えるなら、ランサーの魔貌の魅了が今残ってるかってことだ。残ってたとしてもあんまり問題ないし、ランサーがいない今、そのうち解けるものだ。
「コホン、ところでだ」
「はい?」
「貴様は未来から来たサーヴァントだと言っていたな?」
「はい、そうですけど」
「将来我々は、その、どうなっているのかな?」
死んじゃってるんですとは言えない。
「……未来の出来事については、タイムパラドックスとかパンドラボックスとかのせいで、あまり口に出せないことになってて」
「はっはっは。何を言うか。いまさらそんなことを気にしていても仕方あるまい? すでに散々口を出した後ではないか」
確かに。この言い訳は苦しかった。
「何もどのような分野で研究を行ったのか、などという専門的なことを聞きたいわけではない。貴様のような魔術師ではない小僧に、理解できているとは思えないからね。しかし、私とソラウの間がどうなったのかくらいは、君にもわかるだろう? むしろ、君くらいの年代の男女には最高の話題ではないかね? なにしろ時計塔きっての―――」
「ケイネス、早く」
「わ、分かっている!」
この2人、これからどうなるんでしょう。俺もそこまで面倒見る気はない。未来に戻ったらどうなったのか調べてみよう。そう心に誓ったのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
場所は移りアインツベルンの城の中庭。持ってきた弁当が広げられ、成人とサーヴァントにはお酒が、未成年にはジュースが配られた。弁当のおかずは作られてからそれほど時間が立っていないため、まだほんのりと温かい。
聖杯問答だと気を張っていたけど、蓋を開けてみれば夜のピクニックのようなものになっていた。原作よりも参加者が多い。とりあえずの形とは言え味方になってくれたことが大きい。アイリさんもノリノリだ。
「私の住んでいたところ、雪ばっかりでこんなことできなかったから……うん、あのライダーとあなたには感謝しないといけないわね」
「それはどういたしまして。ハイ、桜ちゃん。オレンジジュースでいいよね?」
「うん。ありがとう」
俺たちはみんなで円になって座っているが、それでも話す相手のブロックというものが存在していた。セイバーとライダーの2人がメインで(俺もそのうちここに呼ばれることになる)ケイネスさんとソラウさんがゆっくり語らい、残りはワイワイ雑談だ。
「どうした、ウェイバー。そんなにゲッソリして」
「食欲無いんだ……」
お前ずっと元気ないな。
「何だ、昼間のキャスターの工房のせいか?」
「そっちじゃない、無いけど……ウップ、思い出しちゃったじゃないか」
じゃあ何だっていうんだ?
「ここに移動するとき、ずっと先生の隣だったんだよ。胃に穴が空きそうだった」
「それはご愁傷様だ」
ウェイバー、ケイネスさんから聖遺物盗んでたからな。そりゃ居心地悪いよ。ちょっと優しくしてあげるとしよう。
「それでは、始めるとするか」
グラスを持ったイスカンダルが音頭を取る。暖房器具の類はないが、アイリさんが張った結界によってちょうどよい温度になっている。
「アーチャーはまたなくとも良いのですか?」
「来るときは来るだろうさ。あの金ピカはそういうやつだ」
それは間違いない。
「む」
「あ」
「噂をすれば来たな」
「始まるベストタイミングでしたね」
雲を裂き、徐々に降下してくる黄金の船。アーチャーの宝具だ。そこから降りてくる人影が―――2つ。
「なに……?」
嫌な予感がしてきた。コップを両手で持ち、ちびちびとジュースを飲んでいた桜ちゃんを後ろに庇う。
宝具か魔術を使っているのか、重力に引かれるよりは明らかに遅いスピードで降下してくる。やがて、その顔がはっきりとしてきた。
「最悪だ……」
「お父、さん……っ」
ギルガメッシュとともに現れたのはそのマスター、遠坂時臣だった。