「本日はお招きいただき、恐悦至極の思いでございます。征服王よ」
呼んでないよな、ライダー? 呼んだのはギルガメッシュだけだよな? そうだよな? それなのに、ギルガメッシュだけでも手に余るのに、まさか時臣まで出てくるなんて。
このタイミングでサーヴァント3騎の前に姿を現すってのはどういう狙いがあるんだろうか。原作ではまだ共謀した綺礼のアサシンに情報収集させている段階のはずだ。
しかしそうは言っても、原作とは全く違う事態になっていることは確か。一番特殊な俺の存在はもちろんのこと、ランサーの早期退場。複数サーヴァントによる同盟。工房の奥に引っ込んでるだけじゃだめだと思ったのかな。
「なんだ金ピカ。マスターも連れてきたのか。貴様のような男でも、案外マスターとはうまくやっているというわけか?」
「盛るな、雑種。貴様の尺度で我を考えるな」
ギルガメッシュは断りなく腰を下ろした。その場にいるだけですべてを支配するような
「まあ良いさ! マスターともども歓迎するとしよう! ほれ、駆け付け一杯!」
色々間違った知識により、酒が汲まれた柄杓をライダーが渡す。が、ギルガメッシュは鼻をかすかに動かしただけで、それを突っ返した。
「この程度の安酒が、我の喉を通ると思ったのか?」
「ここの市場で見つけた酒の中では、こいつは最高級の一品なのだがなぁ……」
そんなやり取りを始めていた。あれは今は放っておいても大丈夫だな。問題はこっちだ。
「久しぶりだね、桜。元気にしていたかい?」
「……っ!」
一通りのあいさつを済ませた時臣が、優しそうな笑みを浮かべて隣に座ってきた。その振る舞いは優雅の一言。地べたに敷いたシートに座るという動作の中にも、洗礼された作法がある。
しかし、彼には知らないことが多すぎた。いくら教養を身に着けても得られない知識。例えば、養子に出した娘がどのような仕打ちを受けていたか。
「どうしたんだい桜? 久しぶりにお父さんに会って緊張しているのかな?」
俺の後ろに隠れて何も言わない桜ちゃんに、なおも話しかけ続ける時臣。アイリさんもウェイバーも、状況についていけていない。
「えっと、遠坂さん? この娘はその……マトウの娘、なんですよね? お父さんってどういう……?」
「人の家庭事情について、あまり詮索するのは褒められたこととではないよ、ベルベット君」
「桜はもともと遠坂桜―――この人の娘だったんだ」
代わりに俺が答えてやる。時臣はある程度予測していたのか、俺がしゃべり始めても特に驚いた様子はない。
「この人には娘がもう一人いるんだ。その娘も桜も、魔術師としてとても高い才能を持っていた。ウェイバーとは違ってな」
「一言余計だよ! それで?」
軽い冗談を挟み桜ちゃんの様子を見る。これはやばいな。見ただけで不安定になってるのがわかる。あくまで簡潔な事実だけを言わなければ。
「どっちも優秀だけど、家を継げるのは片方だけ。普通に才能があるだけならまだしも、この2人は名家の加護がないと、まともな生活も送れないくらいなんだよ」
「まともな生活を送れないって……どういうことだよ」
「だから……研究のためにほかの魔術師にさらわれるかもしれないってことだよ」
「マジか……」
魔術師のウェイバーでも、人を使って魔術の研究をするというのは衝撃のようだ。これでもマイルドに言ったんだけどね。
「それで―――」
「―――そうならないために、私は桜を間桐の家に養子に出すことにした。今では落ちぶれているが、過去には遠坂と並んで御三家と言われていた名家だったからね。臓硯氏の提案はとてもありがたかった」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! マトウの家も聖杯戦争には参加してるんだろ!? じゃあ次回の戦争では、娘2人が戦うことになるかもしれないってことじゃないか!」
「それはなんと良いことだろう、勝った方が聖杯を手にするのだ。どちらにしろ、遠坂の血を汲むものが聖杯を手にし、根源へと至る。負けた者も、その礎になれるというなら本望だろう」
あっさりと答える。俺はじっとその光景を眺めていた。事の成り行きを見守るだけ。魔術師の本懐に対して言うことは特には無い。予想していたから、コントロールできている。
でも桜ちゃんの目にはそうは映らない。大好きなお父さんが、自分たち姉妹をそんな風に考えていたという事実がある。
自分が地獄に落とされた理由を知る。桜はどう思っているだろう? 怒っているのか、悲しんでいるのか。自分が見た地獄に釣り合うものだったのか。それがわかるのは桜だけだ。
遠坂の家を離れるのは、桜ちゃんにとっては地獄に続く道だった。そんなこと、当時は知る由もなかっただろう。この男は、なんだかんだ彼なりの形で家族を愛している。桜を養子に出したことだって、散々悩んだ末に決断したことだったはずだ。
それに魔術は秘匿するものだ。間桐の家の教育方法を時臣が知らなかったとしても無理はない。理由はともかく、間桐の家という選択を責めることは出来ない。
「君が桜のサーヴァントか。調べたのかな?」
「敵のことだからな。ある程度は」
「よく調べてあるよ。これから味方になる者として、とても心強い」
……ん? 味方だと?
「どういうことですか、ミスタ遠坂。あなたも私たちの行動に理解を示したということかしら?」
アイリさんが問いかける。鋭い目つきは、彼女の戦う意思のサインだ。娘のために聖杯戦争に臨んでいる彼女にとって、時臣はすでに許せない存在になっている。それを正面から受け止め、なおも余裕たっぷりの時臣。
「あなた方と同盟を結ぼう、というわけではない。あくまで桜を、遠坂の家に迎え入れるということです」
ビクッと桜が反応する。時臣は俺を見る。
「君の攻撃で―――何があったのか詳しくはわかっていないが―――間桐の家は事実上潰えてしまった。これではもう桜が間桐の家にいる必要はなくなった。存在していないのだからね」
「それで?」
「次に桜を預ける家を決めるのは聖杯戦争の後になるだろう。私と共に戦い、聖杯を掴むのだ」
それを聞いて桜が初めて父親の顔を見上げた。とても無表情な顔だった、蟲蔵から助け出した時のような顔だ。
「遠坂の元に戻って来い、間桐は潰えた。もうそちらにいる必要はない」
交渉などではなく命令だ。マスターを引き入れ駒とするための。桜は未だ無言で見上げている。俺の服を握り締めるように掴む。
「遠坂家の為だ。そのサーヴァントも役に立つだろう。これで聖杯に手が掛かったようなものだ」
時臣が嗤う。その目は桜を見ていない。道具としか見ていない。なぜなら魔術師なのだから。自身を道具と認識して魔術を行使する存在。根源へと至るためならば、いかなる手段も許容する存在。
「この娘は、桜ちゃんは―――」
アイリさんがたまらず声を上げる。俺はとっさにやめてくれと言いそうになり、手で制される。
「桜ちゃんは間桐家で、大変な思いをしてきました」
「……というと?」
アイリさんには桜ちゃんと接するにあたって、事情を話してしまっている。それを時臣に説明し始めたのだ。そんなことをしても無駄だというのに。
「そうだったのか……」
すべてを聞いた時臣は神妙な面持ちで考え込む。
「すまなかった、桜。次の家はもっと慎重に選ぶことにするよ。それに私は腕の良い術師を知っている。体はすべて元通りになるからね」
「……っ」
何も気にしていないと時臣は言う。それはどんなにひどいことをされていても変わらず愛しているとも、自分なら解決できるともとれる。
息を飲んだのは誰だったのか。そういうことを言ってほしかったのではない。そうして欲しかったのではない。
一人の歪な生き物が何か術をかけているのか。そう錯覚してしまうくらい、嫌な空間になっていた。
「おい、翔!! こっちに来い!」
そこから救ってくれたのは、征服王の声だった。
「わ、分かった! 今行く! 桜ちゃん、行こ」
手を引っ張って英霊3人のところへ行く。始まる前まではこっちに行きたくないと思っていたのに、今ではこっちに呼ばれてよかったと思っている。何があるかわかんないな。
「お待たせ」
「ん、なんだマスターも連れてきたのか?」
「あっちの空気が悪かったからな」
こっちのほうがましだと思えるくらいには。
「そのようだな」
「え?」
「禍々しい魔力が貴様からあふれていたぞ」
「あー……」
それは少し心当たりがある。ちょいと危なかったか。
「今では引っ込んだがな! ほら、飲め!」
「飲まないよ!」
未成年だからな! 出されても飲めないっつーの。
「待て、征服王。私の話がまだ終わっていない!」
セイバーが手にした黄金の杯を握りつぶさん勢いで食って掛かる。しかしセイバーに向けられるライダーの目は、物わかりの悪い子供を見るものになっている。
「終わりだセイバー。そのような痛々しい願望を聞かされていれば、せっかくの酒がマズくなるわい」
「我は構わんぞ、セイバー。存分に続けよ。我をここまで笑わせた奴は久しぶりだからな。苦悩に苦しむ表情といい……退屈な現界だったが、お前という極上の女を見つけることが出来たのは幸運だった」
とうとう杯を地面にたたきつけ、不可視の剣を抜くセイバー。視線はライダーではなくギルガメッシュ。この侮辱には耐えられなかったようだ。
セイバーが本気で怒っている。正直こっちに来てしまったことを後悔していた。どっちも地獄だ。
「アーチャー、今の言葉を撤回してもらおうか。さもなければ―――」
「まあ座れよセイバー。せっかく新しい雑種が加わったのだ。我を前に『王』を名乗らぬ分、貴様らよりも分をわきまえているぞ?」
纏った風が頬を撫でても全く動じないギルガメッシュ。セイバーとは思えないくらい乱暴にその場に座った。それと見届けたライダーが問うてくる。
「貴様はもし聖杯を手に入れることが出来たなら、何に使う?」
「……? いやだから聖杯は―――ああ、そういう例え話ね」
話の流れから察する。
「まず、俺がまだ生きている人間だってことを言っておきたい。20年も生きていない子供だ。俺の話なんてつまらないものになるんじゃあないか?」
「いやいや、万能の願望器にかける願いがわかれば、おのずとそいつがどんな奴かもわかるというものだ。特に貴様はどんな書物にも載っていない。得体のしれない男だ。どのような器かを図るには、ちょうどよい問いだ。つまらなくとも構わんさ。そんなもん、余のマスターで十分慣れたからな」
ライダーも酷いな。
そこまで言うならしっかりと考えなければなるまい。なんでも願いが叶うとしたら、か……案外難しいもんだ。いくつか願いは思いつくけど、別に聖杯使ってまでのものではないように思える。
その時、俺の腕の中にいる小さな温かさが目に入った。今までつらい思いをしてきたこの娘が、せめて。
「なんでも願いが叶うとしたら、桜ちゃんがこの先幸せになれますように、とでも願うよ」
「なるほどな。理由は聞かんでもわかるな」
「悪かったね、面白くない答えで。こればっかりはまだまだ検討中でね」
「いや、貴様のことがよくわかる答えだ」
ライダーは納得したように頷き。セイバーもさっきまでの毒気を抜かれたような、しかし複雑そうな顔をしていた。唯一ギルガメッシュだけが面白くなさそうな顔をしてるけど。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
桜ちゃんの頭を撫でる。
―――周囲に異様な気配がした。
セイバーはすかさず立ち上がり、周囲を見回した。
「これは……ッ」
月明かりが作り出す薄い影を濃くするように、黒いローブに身を包む人影が現れた。その隙間からは、特徴的な髑髏の面が見える。
「来たな、アサシン」
時臣には変わった様子はない。まったく大した役者だ。これはすべてアイツの指示だというのに。もしかすると時臣が来たことでアサシンの襲撃はなくなるのかとも思っていたが、そんなことはなかった。
しかし、襲撃が原作通りなら、対処も原作通りだった。
ライダーが展開した
固有結界を見て一同驚いていたが、一番いやな顔をしていたのは時臣だった。彼はギルガメッシュの
ライダーの圧倒的な宝具は、魔術師だけではなくサーヴァントにも大きな影響を与えた。
「よし、今日はこれでお開きとしようか。邪魔も入ってしまったことだしのぅ」
「ライダー、やはり貴様は目障りだ。この手で殺すといったこと、ゆめ忘れるなよ」
「望むところだ、英雄王」
物騒な約束をしたギルガメッシュは背を向ける。
「時臣、帰るぞ」
「はっ。桜、行くよ」
おいおい、それはないんじゃあないか。時臣の中では、もう桜は自分が引き入れていることになってるのか? せっかくなかったことに出来ると思ってたのにほじくり返して。
魔術師のずれた価値観で、桜ちゃんが苦しんでることに気が付けていないのか?
「……嫌、です」
「何だって?」
絞り出すような小さい声で、しかし確かに実の父親に反抗する。
「翔お兄ちゃん、お父さんをどっかにやって!」
「ッ!!」
桜の小さい右手が光り、俺の体が俺の意思に反して動き出す。
時臣に向かって拳を繰り出し―――血しぶきが弾けた