「桜……?」
「あ、ぇ……?」
目の前にいる時臣の顔が困惑に歪んでいた。自分の娘の言葉を理解できなかったのだろう。後ろからも、困惑した桜ちゃんの声が聞こえてくる。
実際、時臣の愛は本物だ。魔術師としては、だが。その愛は、少なくとも桜ちゃんのような子供には到底理解できるものではない。
今まで想像を絶するような地獄を見てきた桜ちゃんはとても不安定な状態だ。それを聞かされてなお、自分の戦力としてみる父親。最後の瞬間までそれは変わることはなかった。桜ちゃんが感情を乱すのは火を見るよりも明らかだった。
「イレギュラー!」
後ろからセイバーの声が聞こえてくる。こうしている間も俺の体は、目の前にいる貴族の顔面をぶん殴ろうと動き出そうとしている。しかしそのたびに激痛が走る。
俺の腕は1本の剣によって貫かれ、地面に縫い止められていた。
この攻撃をしたのは言うまでもなく目の前にいるサーヴァント。つまらなさそうに腕組みをしているギルガメッシュだ。
「桜……何か暗示をかけられているのか?」
こんなことになっても、時臣はズレたことを言っている。
「落ち着け、イレギュラー!」
「そんなことはわかってる!」
しかし体が言う事を聞いてくれない。ひたすらに頭の中で目の前の男への攻撃信号が点滅している。後ろに下がるという選択ができない。
反撃を。
「―――ッ!」
「ふん」
即死しなかったのは奇跡と言っても良い。雷鳴よりも早く、丹念に手入れされていた花壇が踏み荒らされる。至近距離で放たれた宝槍は俺の脇腹の肉をえぐり、空気を震わせた。
「我の宝物に気安く触れようとするな、雑種」
違った。圧倒的に違った。宝の価値の分からないハエを手で払いのけるように、今の行動は攻撃ですらない。目の前の存在は、俺とは次元の違う怪物だということがはっきりと分かった。
槍がかすめた衝撃で、俺の体は肉袋のようになってしまっていた。剣が刺さっていた腕は、後ろに飛ばされた勢いできれいに真っ二つ。わき腹からは内臓がこぼれているかもしれない。
立っていたはずなのに、土煙が張れると空が見えた。そしてそれすら霞んで見える。
「よくもまあ、こんなのに士郎は勝ったな」
主人公補正万歳。掠れた声は、そんな音を出していた。
―――――――――――――――――――――――――
「危ないところだったわい」
ライダー達は戦車に乗り込み、空中へ脱出していた。ウェイバーとアイリはライダーが盾になり、ケイネスも魔術で余波から身を守っていたためケガをした者はいない。地上にはセイバーだけが残っている。
聖剣を構え、油断なく、黄金の甲冑を着込んだ英雄王を睨むセイバー。先ほどの問答で受けたダメージは微塵も感じさせない精悍な姿だ。
対するギルガメッシュは何も変わることはなかった。セイバーが向けているのが星が鍛えた最強の聖剣であるというのに、まったく警戒することがない。
傍から見れば隙だらけ。しかし背中に負傷している翔がいれば、攻撃に移るのは難しい。
そんな様子を上空の戦車の上から見ているライダー達。バーサーカーのインパクトで忘れてしまっていたギルガメッシュの火力のせいで、まともに動けないでいた。
「痛っ」
桜は令呪から焼けつくような痛みが走り、顔をしかめる。見ると、ついさっき一画使ったばかりの令呪が消えかけていた。それはつまり、翔の命が消えかかっているということになる。
「おいっ! おいお前! このままだと、あいつ死んじゃうぞっ!!」
「ぁ、ぇ……っ」
ウェイバーもそれを見て焦りだす。そんなウェイバーの剣幕に、桜はただ圧倒されている。自分が放ったたった一言でこんなことになるなんて思ってなかったのだ。そもそも令呪を使おうと思って使ったわけではないので、どうすればいいのかもわからない。
「ええい、何をしているのだ、ライダー! 早く撤退の準備を始めろ!」
「いや撤退の準備ってお前さん……流石に見捨ててはおけんだろう?」
血まみれになって転がる翔を見る。すると奇妙なことが起こった。翔の体が持ち上がったのである。戦車の乗組員全員が、ぎょっとする。
「こんなこともあろうかと私の礼装
ぎょっとする乗組員。
(((そんなことしたら―――狙い撃ちにされるぞ!?)))
全員の心の声がそろった。
しかし時すでに遅し。トランポリンのような弾力を持った水銀は、翔を空高く、高い高いする。
あまりにも間抜けな魔術に、時臣も目を丸くする。
「拾えライダー!」
「よっと!」
2頭の神牛を巧みに操ったライダーは太い両手で巧みにキャッチ。スピードを殺さず全速力で離脱を始める。
「セイバー貴様は殿だ! そのサーヴァントをぉぉぉ―――……」
やまびこのように声が聞こえなくなった。
逃げ去るライダー達を見て、ギルガメッシュは背を向けた。ここまでしておいて、まさかこのまま逃げ帰ることを良しとするのか。そう考えた時臣は食って掛かる。
「王よ! 何故!?」
「勘違いするなよ時臣。俺が戦うのは最後に残った一騎、もしくは単騎のライダーのみ。今のはマスターである貴様への火の粉を払ったまでだ」
「しかし、奴らは同盟を結んでいます。このままでは戦局は動かず、聖杯戦争の決着が……」
「それがどうした。そのような些事のために、この我に動けと? 進言にしては口が過ぎるぞ」
「ッ! ……申し訳ありません」
ギルガメッシュの纏う空気から、これ以上は関係をこじらせるだけだと判断する時臣。桜のサーヴァントとはいえ、正体不明のイレギュラー。味方にならず、瀕死まで追い込んだのなら倒してしまいたかったと内心歯噛みする。
時臣はあきらめ、空に表れた黄金の船に向かって飛び立つ。
完全に戦意をなくし、背を向けるアーチャー。去り際に口を開く。
「我は『貴様の王道』高く評価しているぞ、セイバー」
「何だと?」
『貴様の王道』というのは聖杯問答でセイバーが答えたものに違いない。しかしその場では下品に笑い転げていた。
「さっきとは言っていることが違うぞ、アーチャー」
「怒るなよ、セイバー。貴様が語る王道には微塵も間違いはない。それゆえ生じる苦悩と葛藤は、実に俺好みだ」
セイバーの奥底で、忘れていた怒りがふつふつと蘇ってくる。
「せいぜい励むのだな騎士王を名乗る小娘。事によっては、さらなる寵愛を受けることが出来るかもしれぬぞ?」
そう言い残し、霊体化によって霧と消える。
無作法なまでに輝いていた黄金がいなくなった後に残ったのは、大きな破壊の痕だけだった。
―――――――――――――――――――――――――――
アーチャーからの追撃も他の追手もなく家に帰ることが出来た一行だったが、休むことは出来ないでいた。ズタズタにされた翔が土蔵の魔法陣の真ん中に横たえられていた。出血は無理やり止めているが、血が大量に流れ出たことには変わりない。
「今すぐ結界を張ります!」
アイリはすぐに傷の治癒効果のある結界を張る。一般人には気が付かれない程度に、しかし少しでも心得がある者にはすぐにわかるくらいの力で。
翔の話でバーサーカーが味方になっていると聞いているため、アサシンを倒した今となっては、敵はアーチャーのみ。そのアーチャーもセイバーが足止めしている。妨害はない。
泣き疲れて眠ってしまった桜のことをソラウに任せ、アイリは翔の治療に全力を注いでいた。
ケイネスも家の周りを警戒し、探知用の結界を張っていた。
「ライダー! 僕達も何か……っ!」
「ん、あー……そうさな。いや、参ったことに英雄王がふるまった酒、これが以外に効いてきてな」
「はぁ? 酔っぱらったってことか!?」
「そういうことだ。すまんが、一足先に休ませてもらうぞ」
「ちょ! オイ!!」
それだけ言い残すと、霊体化して見えなくなってしまう。身勝手すぎる行動に憤りを覚えるが、すぐに違和感を感じる。
(あいつ自分から霊体化したの初めてじゃないか? 何でこんな時に……)
イスカンダルはとにかく実体化していているのが好きな男だ。霊体化したのは、それこそ現代に溶け込める服を買いに行った時くらい。いつもいつも魔力の節約のために霊体化しろと言っているウェイバーだったが、それを守ったわけではないというのは簡単にわかる。それに、仲間が傷を負っているのに自分だけ休むなんて考えられない。
足を止めて考えそうになるが、すぐに頭を振って考えを追い出す。今はとにかく動くことが大切だと思ったからだ。懸命に手を尽くすアイリに近寄る。
「あの、何か手伝えることは?」
「血を拭きたいからお湯を沸かしてもらえるかしら?」
「わかりました!」
ウェイバーは急いで台所に向かう。
入れ替わりで結界の構築を終わらせたケイネスが帰ってくる。
「アインツベルン、サーヴァントの様子は―――」
何かが庭に着弾した。
「アイリスフィール、彼の容体は!?」
それはセイバーだ。サーヴァントと言えど生身だ。その機動力は空を駆けるライダーの戦車に劣る。よほど勢いをつけてきたのか、着地した部分が小さなクレーターになってしまっていた。
ケイネスは隕石が落ちたような衝撃に尻餅をついてしまっている。すぐに立ち上がって埃を払うと、
「貴様、この短期間でアーチャーを撃破したのか?」
「いえ、アーチャーとは戦闘にはなりませんでした。アーチャー自身、戦うつもりがなかったようです」
2人の時に言われたこと、聖杯問答での事を持ち前の真面目さでねじ伏せ、冷静に何があったかを説明する。
そんなケイネスへと報告するセイバーを見るアイリの頭には、あるアイディアが浮かんでいた。
(このまま治療を続けても、彼を全回復するには時間がかかりすぎる。流れた血の量を見ても体力が続かないかもしれない。それなら……)
自分の身に宿る最上級の奇跡。切嗣から説明を受けたその力を使えば、翔を救うことは容易い。
なら、迷う必要はない。
「アーチボルトさん、少し席を外しても?」
「何をする気だ、アインツベルン」
「夫に連絡を」
アイリは自分の胸に手を当てた。
「切り札を使います」