夢を見ていた。見たことのない場所だ。場所を特定できるような建物もない。ただ、無数の死体が転がっている。甲冑を槍に貫かれ息絶えている者。剣で切り裂かれている者。矢で射抜かれている者。
……いくらなんでも趣味が悪い。こんなはっきりとした悪夢。今にも血の匂いがしそうだ。
そんな中、返り血に顔を汚しつつも、剣を支えに生きている騎士がいた。小高い丘の上、そして地面に倒れている兵士の数のせいで、まるで死体の山の頂上にいるようだ。
それを見て納得した。ここはアルトリアの夢なのだと。
騎士道が花と散った時代、聖剣を手にブリテンにつかの間の平和と最後の繁栄をもたらした騎士王。
正しさの具現であるアルトリアに、すべての騎士は憧れ、民衆は希望を持っただろう。その姿―――15歳の少女が自身の人生を捨てて示す姿に。
国は凶作が続き、軍隊を維持することすらままならない。アルトリアがとった行動は、円卓の騎士たちとの間に決定的な溝を作ることになった。軍を維持するために、円卓の騎士たちが生まれ育った村を犠牲にしたのだ。
―――王は人の心がわからない。
そう言い残し去っていく円卓の騎士。孤独の中にありつつもブリテンを侵略する異民族たちを撃退するが、滅びへの運命は変えられなかった。
モードレットの叛逆がとどめになった。アルトリアはカムランの丘でモードレッドを討ち滅ぼすも、自らも傷を負い膝を折った。
まさにその場面だ。なんでわざわざこんな場面の夢を見るのかはわからない。ただ、何かに影響を受けているのは間違いないだろう。ただの偶然で片づけるほど、俺も間抜けではない。
しかし、ふわふわとした幽霊のような俺では、それ以上は何もできなかった。アルトリアの苦しげな表情だけが目に焼き付いて――――
――――――――――――――――――――――――
目が覚めたと思ったら、また夢を見ているのかもしれないんだけどどういう状況なんですかコレ!?
覚醒した体はこれ以上なく万全。それに言うことはない。
問題は、いつの間にかギルガメッシュにやられた傷がなくなってて、横にはセイバーが寝てることだよ! おまけに俺はセイバーのこと抱き寄せてるし!
サーヴァントは眠らないなんて設定はどこに行ったとばかりに、穏やかな寝息を立てているセイバー。俺昨日ベッドに入った記憶ないけど、それってケガで気絶したからだよね? セイバーとムフフなことをしたわけじゃないよね? しっかり服も着てるし。手はしっかり握ってるけど。
ただ近い。ものすごく近い。俺がセイバーを抱き寄せているのだから当たり前だけど。や、決してわざとじゃないんだよ。流石の俺も、寝ている間に抱き枕にしてたら止められないし。状況を把握して息子が元気になり始めるのだって不可抗力だ。
それにしても、騎士にあるまじき無防備な姿だ。こんなに顔が近くにあるなんて。俺がその気になれば、簡単に唇が奪えるぞ。いいのか? ダメだな。
無駄な考えを放棄して、体を動かし始める。セイバーを起こさないように体を放そうとする。しかしそれは、俺が行うには少々レベルが高かったようだ。
柔らかなベッドとセイバーのほのかな温かさに挟まれた腕をゆっくりと引き抜きにかかる。敏感な(意味深ではない)セイバーはすぐにまつ毛を震わせる。布があるとはいえ、ウエストの引き締まったところをくすぐれば、誰でも目を覚ますか。
「ん……」
セイバーがうっすらと目を開けた。丁度俺の証拠隠滅作業も終わる。これでもう、ただ横に寝ているだけだ……それでもヤバくない?
「おはようございます。傷は大丈夫ですか」
「もう治ってるけど……どうしてこうなってるのか、説明してほしい」
まったく気にする様子のないセイバーにこれ幸いと状況説明を求める俺。
「簡単な話です。私の宝具、
「―――ああ、そうか」
全てに納得がいった。アルトリアの夢を見た理由も、ギルガメッシュにやられた傷が癒えている理由も。
これを使えば俺の治療なんて簡単だろう。そして、この時につなげたパスの影響でマスターとサーヴァントのように夢を共有したと。
「私も昨日知りましたが、アイリスフィールの体の中に保管されていたんです。それをあなたに移し替え、私とパスを繋ぎました」
「それで添い寝を?」
「なるべく近くにいたほうが、効果が高くなりますから。このような形に。ご迷惑でしたでしょう?」
「な、なんで?」
むしろこっちがご迷惑でしたか? と聞くほうだろう。男と添い寝することになったんだから。
「私のように剣を振るうような女と床を共にしても、喜ぶ男性はいないでしょう。体も、アイリスフィールのように女性的ではありませんから。不快に思われたのではないかと」
「まさか」
俺は鼻で笑い飛ばす。
「いいかセイバー。俺の故郷の国、日本は『HENTAIの国』と言われている。俺は呼んでる」
「はい?」
目を丸くするのを無視して続ける。
「小さい女の子に興奮する奴もいれば獣耳に興奮する奴もいる。『男の娘』なんて新次元を切り開いた奴もいれば、男のはずの戦国武将をみんな女にしちゃったり、それを海外まで広めちゃったり。戦艦とか馬が擬人化されたり、もうめちゃくちゃだよ」
「そ、それは……その国はまともな国なのですか?」
「や、まともじゃないって」
でもそれがいい。
「だからセイバーなんて、魅力が無いどころか、魅力の無いところが無いくらいだ」
もしもセイバーが俺の学校に転校してきたなら、即日ファンクラブができるまである。男女関係なく人気の的になるだろう。
俺の熱弁に嫌に真剣な顔のセイバー。
「つまりそれは―――」
「うん?」
「あなたも自分のマスターをそういう目で見ることがあるということですか……?」
「なんでだよ!」
思わず大声で突っ込んでしまう。
「なぜって……あなたは召喚されてからずっとマスターと一緒に寝ているのでしょう?」
それは間違いない。そして1回、俺原因では、まして向こうのせいとかでもないけど……1回前科が……
「冗談ですよ」
「えっ! ぁ、そうなの」
心臓に悪い冗談言うな。本気で焦った。
「良い国なのですね。人々がそんなにたくさんの考えを、自由に持てるというのは。統治者が素晴らしいのでしょう」
考えるのは自由でも、言葉にしたり実行に移すと大変なことになるけどね。当たり前だけど。
「俺も政治云々の話は無視して言ってるからな……自由なのは認めるけど。あ、ブリテンと比べるのは良くないぞ。時代も人の考えも違うんだから」
俺はとっさにフォローを入れておく。いつの間にか『国』という、一種のタブーの話になっていた。
「気にしていませんよ。相変わらずですねあなたは」
「相変わらず?」
言っている意味が分からず眉を寄せる。
「私たちサーヴァントとは違い、望まずに聖杯戦争に巻き込まれていながら、常に周りを見て行動することが出来る。一時の現身のサーヴァントに対しても、それは変わらない」
「わざわざケンカする必要はないからな」
「その行動力と判断力は敬意を持たれるべきものですよ」
真面目なセイバーに面と向かって言われてしまうと、こっちも照れてしまう。
「―――それで、いつまで続けるおつもりですか?」
――――――――――――――――――――――――――
「いたなら声をかけてくれても……」
「サーヴァントなら、私の存在は認知できているものと思っていました」
ごもっともです。
前を歩く背筋を伸ばした女性―――舞弥さんは抑揚のない声で言う。まさかずっと聞かれていたとは、一生の恥。
そして、それに気が付いていたなら、あんなこと言うんじゃないよセイバー! 一方的に俺が辱められたじゃないか。
色々と言いたいことはあるが、今はそれよりも大事なことがある。
「アイリさん……」
舞弥さんの背中について行くと、あまり良くない顔色のアイリさんが寝ていた。そばにいる切嗣さんはしっかりと武装している。しかし、銃を持つ手とは逆の手で、アイリさんの手を握っていた。
サーヴァントの代わりに一晩中寝ずの見張りをしていたらしい切嗣さんだが、その顔にはそれほど疲れの色はない。傭兵時代には一徹くらい普通だったのか、それとも出会った時から疲れ切っていたのか。
「あら、翔君。元気になったのね。良かったわ……」
「はい。今回は、本当にありがとうございました」
アイリさんの体内には聖杯がある。サーヴァントが倒されその魂が溜まっていくと、外殻に当たるアイリさんの体や人格が消滅していく。
「イレギュラー。すぐに
「もちろんです」
待ちきれないとばかりに切嗣さんが言う。反発する理由がない俺はもちろん頷いた。
「奥様、あまり無理をなさらず」
「あまり無理はしないでください、アイリスフィール」
「ありがとう、舞弥さん。セイバーも」
女性陣に背を向け、俺と切嗣さんは部屋の外に出た。
「回復は出来たようだな、イレギュラー」
「ええ。もうすっかり。流石聖剣の鞘、って感じですよ」
俺は体を動かして元気なことをアピールする。
「細かいことはライダーのマスターに聴いた。アーチャーにやられたらしいな。マスターに令呪を使われて」
「桜ちゃんも、意図して使ったわけじゃないから。そんなに責めないでほしい」
「悪気が無ければ何でも許されるというわけではないさ。君は何とも思わないのか。我が儘な子供のせいで死にかけても」
大分イライラしてるな。
「
「……」
切嗣さんは数秒沈黙した。
「アーチャーにはどうやって勝てばいい?」
強引すぎる話題の変更だが、何も言わずに続けることにする。
「奴の宝具、
サーヴァントの情報についてはもう共有してある。
「一応策っぽいのはあります。バーサーカーですよ」
「他人の宝具を自分のものにできる宝具か。あの夜の戦闘のように、アーチャーの宝具を奪いつつ戦うという訳か」
「はい。今のところ、それが一番勝率が高いです。ほかの人はバーサーカーの援護に回ります」
「だがそれは、奴が剣や槍だけを使うという前提がなければいけない。話によるとアーチャーは他の武器も持っているんじゃないのか」
「もう一つ、あいつはいつも油断してます。それこそ認めてない相手には、自分の死ぬ間際にまで。そこを突きます」
それしかない。なんだかんだ言われていても、ギルガメッシュの力はとてつもないことが分かった。
「……了解した。バーサーカーのマスターとはもう交渉してるんだったな。連絡は出来ているのか?」
「それが今は音信不通で」
「ならこっちでも調べておく」
そこまで話し終わったとき、舞弥さんが部屋から出てきた。大きな荷物を持っているところを見ると、帰り支度が終わったみたいだ。
2人は言葉を交わすことなく、その場を去っていった。これ以上ここに長居する気はないってことだろう。アイリさんのことが心配のはずなのに。
「……2人の時間は、全部無事に終わればいくらでも作れる」
切嗣さんとアイリさん、それとイリヤちゃんの安心して過ごせる時間。それを作るために俺はここにいる。
「最後はうちのマスターだな」
近くにいることはわかっている。切嗣さんと話している間、ずっと隠れて様子をうかがっていたことも。障子にばっちりと影が映ってたからな。
「桜ちゃん、そこにいるんでしょ?」
そう声をかけると、何拍かためらわれるような息遣いが伝わってくる。開いた障子の奥には緊張した様子の桜ちゃんが立っていた。
「……元気になったの?」
「なったよ。もうバッチリ」
「そう、なんだ……良かった」
俺は桜ちゃんからの言葉を待つ。親に叱られる子供のように、何か言いだそうとして口を開いては、きつく閉ざすを繰り返している。
やがて少しずつ口に出し始めた。
「あの時戦ったのって、私のせい、なんだよね」
「ん、そうだね」
正直に言う。ウェイバーやケイネスがもう話しているだろう。そうじゃなくても、マスターなら感覚でわかるだろうし。
「……ごめん、なさい」
親に叱られる子供のよう、と言ったが、まさしく桜ちゃんは親に怒られている心境なんだ。自分の不用意な発言で死ぬ寸前になった俺が、怒っていると思っている。
もちろん俺は気にしてない。死ぬほど痛かったけど、全然気にしてない。でも仮に、ここで「俺は気にしてないよ!」なんて言っても、状況は全く改善しないよな。だったら、
「怒ってますか……?」
「そうだなぁ……」
何も言わない俺を伏目でチラチラと見ながら聞いてくる。
「じゃあ、罪滅ぼししてもらおうかな」
「罪滅ぼし?」
「そう。ご飯作る手伝いしたり、この家の掃除をしたり。そうしてくれれば許すから」
「ぇ、で、でも、そんなことで……」
「やってくれない?」
「っ! や、やります!」
「じゃ、おなか減ったし、ごはん食べに行こうか」
「はいっ」
俺たちは手を繋いで歩き出す。まじめな娘には簡単な罰を与えてやればいい。そうすればただ許すというよりは格段に良い。と思ってやったけど、うまくいってくれてよかった。
一安心といったところだ。
でも、安心してばかりはいられない。聖杯問答を終え、ランサーがいない今、残る敵サーヴァントはキャスターとアーチャーのみ。そして宝具を破壊されたキャスターは大した障害にはならないため、実質的にはアーチャーとの最終決戦が近いと言える。
俺たちはアイツに勝てるのか?
そんな不安が、俺の中に渦巻いていた。