皆さん良いお年を。来年もよろしくお願いします。
「正直勝算がありません」
「「「「ええぇ…………」」」」
俺の正直な告白にみんな困ったように顔を引きつらせる。色々なことがあった夜も開け、今後のことについての会議を始めたところで、最初に俺が放った一言だ。いくらなんでもインパクトがありすぎたみたいだな。うっかり。
しかしそう言うしかないほど、俺の最初期の目標と作戦がズタボロになってしまっていたのだ。今回ばかりは、切嗣さんにも同席してもらっている。
「勝算がないって……お前、いったいどういう事なんだよ……?」
「いい質問だ、ウェイバー君。現実を突きつけてあげよう。これが俺の考えていた作戦だ」
俺は買ってきたホワイトボードに図を描き始めた。というか、すでにあらかた書き込まれている。マスターとサーヴァントの基本的な情報と各方面への関係図だ。ライダーに気を使って余計なことは書いていない。
「お前そんなものいつの間に……」
「何を言うか坊主。敵を知ることは戦において最も重要なことだぞ?」
「分かってるよそんなことは! 僕が言いたいのはそういう事じゃないって!」
「ウェイバー? そろそろ話し始めるからおとなしくしてな」
「あ~~~~~もう!!!!」
ものすごく納得のいかない様子のウェイバー。しかし俺は強引に説明を始めることにする。新たに書き込まれたところにペンを向けた。
「昨晩、切嗣さんがキャスターのマスターを仕留めたことで残るサーヴァントは、セイバー、ライダー、アーチャー、バーサーカーになりました」
倒されたサーヴァントは赤いペンでわかりやすくバツが書かれている。
「この中でセイバーとライダーは同盟関係にあります。俺のプランでは、ここにバーサーカーを仲間に加えてアーチャーを倒す予定でした」
「でも、バーサーカーは敵だったじゃないか。お前、話をつけに行ったんじゃなかったのかよ!」
「マスターが変わってたんだよ」
俺はリモコンを操作し、プロジェクターを起動させる。
「またお金をかけて……」
映し出されたのは、昨晩、機龍が撮った映像だ。そこには蟲蔵の主である間桐臓硯の姿が、令呪と共にくっきりと映っていた。
「俺が交渉した時には確かにマスターが間桐雁屋だった。でも昨日は違っていた」
「つまり……?」
「臓硯が雁屋を殺害したんだろう。そして令呪を奪った」
切嗣さんが答えを言う。
「その通りだと思います」
俺はバーサーカーの新たなマスターとして、間桐臓硯の名前を書き入れた。
「理由は? 最初は息子に任せるはずだったのに突然出てくるなんて……」
「いくらでも考えられますよ。なんてったって、俺自体があの爺さんには恨まれてる。間桐の工房を消し飛ばしただけじゃなくて、次の間桐に必要な桜ちゃんを誘拐したんですからね。もしくはもっとシンプルに、聖杯の解体を妨害するためか」
少なくともわかっていることは、平和的な交渉は不可能ということだ。あの爺さんは本気で動いている。人の道を踏み外した怪人には何を言っても無駄だ。
「アーチャーと手を組んでたら最悪だよな……」
そこは心配しなくてもいいと思うけどな。もし組んでいても、アーチャーが誰かと共闘するわけないし、そもそも戦いに乱入しようものなら、初戦でバーサーカーのほうがアーチャーの怒りを買っているから、的が増えるだけだ。最悪なのはマスターが2人で襲ってくること。そっちのほうが勘弁してほしい。
「で、それが何で勝算がない、なんて話になるんだよ。サーヴァントの数は全然こっちが上じゃないか」
「フン、ベルベット君。君程度が我が教室の生徒だと思うと、恥ずかしくて私の経歴に傷がついてしまいそうだよ。大方、イレギュラーはアーチャーの宝具対策にバーサーカーの力が必要だと思っていたのだろう?」
「アーチャーの宝具……あの剣を飛ばしてくる奴のことか? お前が串刺しにされた」
嫌なことを思い出させてくれるな。
「そうそう。で、それに合わせて思い出すことがあるだろう?」
「えー……」
ウェイバーは考え始めた。俺の串刺しがそんなに心に残ったのか。確かに残るな。でも重要なのはそこじゃない。
「初戦の夜……」
アイリさんがポツリと口を開き始めた。
「バーサーカーが飛んできた剣を使ってたわ!」
「その通りです。バーサーカーは手にしたものを自分のものにできる宝具を持っています。俺も似たことが出来ますが、練度が段違いです」
「なるほどな! それで対抗しようとしたってことか!」
「そういう事。アーチャーの火力にまともに付き合ったら勝てないからな。相性のいい宝具を持っているバーサーカーがいればなんとかなる計算だったんだけど……」
「ダメになったわけか……」
「……」
いくら英雄王でもサーヴァント3騎相手にバーサーカーの相手は厳しいはずだ。慢心しているところに綿密な作戦をぶつければ行けると思っていたのに……ッ。
しかもそれに加えて、
「セイバーも、な」
「それは……その通りね。相手のバーサーカーにひどくやられたみたいだから……」
アイリさんが心配しているがその心配は的外れだ。ライダーもわかっているようで目を伏せている。あの時セイバーがどのような状況だったのかはその目で見ていたライダーは、まともに戦った結果だとは思わないだろう。何せ、ほぼ無抵抗で殴られてたわけだからな。
今セイバーは布団で横になっている。霊体化できないセイバーは普通の人のように休息しなければならないからだ。舞弥さんに一緒に寝ないのですか? なんて言われたときは心底驚いた。こんなジョーク言う人だったんだなって。
寝てる間にしといたほうがいいな。
「……そろそろやっとこうか? アーチャーとバーサーカーの真名公開」
「なっ!! わかってたのか、お前!!」
「そりゃあ、未来から来たわけだし」
「言ってたら色々と……作戦とか立てようがあっただろ!?」
君のサーヴァントに口止めされてたんだよ。言いたくても言えなかったんだ。でも、もうその心配はなくなった。セイバーはバーサーカーの顔を見てその真名を口にした。そもそもの話、
「ライダー、アーチャーの真名もうわかってるんだろ?」
「心当たりがあるというだけだ。余よりも態度がデカい王など、そうはおらんからなぁ。それに、あの時飲んだ酒は人の手によるものではない。そんなもんを持っている奴なぞ、あやつしかおるまいて」
「だ、誰なんだよ!」
「古代メソポタミア、ウルクの王、ギルガメッシュだ。そう考えれば、あの無数の宝剣にも説明がつく。奴が生前集めた宝物すべてが――――いや、集めたという事実そのものが宝具として昇華しているのだろうな。いやはや、征服王としては喉から手が出るほど略奪したいものだがなぁ……」
「……正解かどうかは言わないぞ。確定したわけじゃないからな」
「その反応が何よりの答えなわけだが……今回は大目に見るとしよう」
不機嫌になるかとも思ったが、ライダーはただ笑うだけだ。自分の推理が当たって喜ぶ少年のようだ。
問題のバーサーカーは、
「バーサーカーの真名はランスロット。円卓の騎士の一員。湖の騎士・ランスロットだ」
「そんな、それで……」
アイリさんが口元を抑える。セイバーと共に過ごす時間が多かった彼女にはそれだけですべてを察することが出来たのだろう。ほかの面々も、ビックネームの経歴については熟知しているようで、ウェイバーも喉に食べ物が詰まったように苦しそうな顔をしている。あのケイネスさんも、目をつぶって何も言わない。全員がセイバーの心情を慮っている。
「それで、セイバーはまだ戦えるのか?」
「切嗣?」
一人だけを除いて。
「傷自体は命にかかわるものじゃないので。ただ―――」
「今重要なのはアーチャーおよびバーサーカーを倒し、聖杯を解体することだ。セイバーの事情はそこに関係するものじゃない。昔自分がやったことで、悩んでいる時間はないはずだ。戦力も足りていないんだろう?」
「切嗣! ダメよ! そんなこと言ったら……っ」
そもそも、どちらも倒した場合は聖杯がスタンバイする。下手に倒すこともできないのだ。アイリさんが止めようとするが、切嗣さんの口は閉じない。
「大丈夫だよアイリ。英雄って生き物は人のために血を流すのが好きな生き物なんだ。自分のものも、他人のものも。殺戮を誉れだ何だと謳っている人種だ。しっかりとその役目を果たしてもらわないとね」
「切嗣、あなた……翔君、あなたも何か言って!」
「……切嗣さん。セイバーも人間です。殺戮やなんやらはともかく、人間関係でショックを受けることもありますよ。戦力については……正直その通りなんですけど、あのセイバーを戦わせてもポテンシャルを発揮できるかと言われると微妙で……」
いくらなんでもこの流れはまずいと思った俺は、無難に諫めようとする。しかし遅かったようだ。ケイネスさんは立ち上がり吐き捨てた。
「フン、自らのサーヴァントもロクに慮れないようなマスターではな。アインツベルンも落ちたものだ。こんな薄汚い魔術使いをマスターにしていたとはな」
「いい身分だな。すでにサーヴァントを失ったマスターというのは。こんな別の生き物の世話を高みの見物出来るんだからな。うらやましい限りだ」
「生き物? だから貴様はダメなのだ。サーヴァントなぞ、しょせん本物の英霊の影法師に過ぎん。ただの使い魔だ。この瞬間しか存在しない。だが、適切な使い方というものが存在している。それすら理解できず勝利を焦るとは、卑しさがにじみ出ているぞ?」
……いや、あなたも結構やらかしますけどね? 揉める原因になるので言いませんが。
「問題はない」
そこに割り込んでくるのは、
「ライダー?」
「あの金ピカとは余が決着をつける手はずになっているのでな。余計な横やりは無しにしてもらおうか。これは王の決定であるッ!!」
「ダメだ!!」
それに反応したのは俺だ。その戦いの結果を知っている身としては、そんなことを許すわけにはいかない。
「ライダー、あなたはアーチャーには―――」
「―――勝てない、か? なるほどな、貴様の知っている歴史ではそうなっているのだな?」
「ッ!!」
迂闊だった。
「そんな歴史は覆さなければなるまい? この征服王が負けると言われた程度で引っ込むほどおとなしい性格ではないことくらい、とっくの昔に理解できているだろう? むしろ―――」
ニカッと笑った。
「―――燃えるタイプだ」
そりゃ理解できてるし、知ってたさ。だから―――
「だからそうならないために、いろいろと手をまわしてたんじゃないか!!」
なのに、
「翔。貴様にとってはここは過去の世界で、記録にある事件の1つなのかもしれん。だがな、余たちは今この瞬間を生きているのだ。すべてが貴様の思い通りに進むわけではない」
「違うんだよ。思い通りにしようとしたわけじゃないんだ。俺は少しでも良い結末にしようと思って……」
このままだと同じだ。死ぬ人数が少し減っただけで結局はほとんど同じ結末を迎えることになる。そんなこと許容できるわけがない。
「……仕方あるまい。翔、表に出ろ」
「え? ……あッ! 戦わないぞ!」
ライダーの考えそうなことだ。戦って勝者の言う事を聞く。とても単純でわかりやすく、ライダー好みだ。
「互いに意見を曲げられぬというなら、もはやこれで決めるしかあるまい? 何が不満なのだ?」
「そんなことしても意味無いんだよ! いたずらに魔力を消費するだけだ!」
「翔。それが思い通りにしようとしているという事だ」
「何だって……?」
そんなわけがない。どう考えてもライダーが言っていることのほうが理論的におかしい。みんなのことを考えれば口約束なんて守っている場合じゃない。負けるって結果がわかっているのにわざわざ挑むなんて馬鹿のすることだ。
「確かに貴様は正しいことをしているように見える。貴様の行いを見て、悪人だという者は皆無と言っていいだろう。だがな、それはただ、貴様の望む結末へ向けて他人を動かしているにすぎん」
「人は誰だって、その人が望む結末になるように努力してるんじゃないのか。俺だって―――」
「違う。貴様はその行動のすべてを『他人のため』だと言っている。他人のためと言っているにもかかわらず、他人を助けたいという当然の動機がない」
頭の中にノイズが走る。
「あるのは自分の中にある『幸せなイメージ』に近づこうという意思だけだ。厄介なのは、その意思が強靭で、万人が認める幸せだということだ。誰もその歪みを指摘できん」
そんなに遠くない昔、確かに俺は小さな、小さなことを―――
「だが、歪みは歪みだ。いずれ耐えきれなくなり、致命的な結果を生むだろう」
「ライダーさん」
アイリさんの凛とした声が、俺を現実に引き戻した。
「……一度時間を置きましょう。みんな頭を冷やして、それから……それからにしましょう。色々と」
アイリさんの一言で各々は部屋へと解散して行く。俺も桜ちゃんを連れて部屋を出た。
すっかり深夜の時間帯、外から聞こえてくる音は何もない。聞こえるのは俺たちの足音だけだ。部屋に向かう途中、桜ちゃんがぽつりとつぶやいた。
「……私のことは、助けてくれる?」
「もちろんだ」
正面から迷わず答えることが出来た。
「……ありがとう」
桜ちゃんは安心したように笑った。
大きな屋敷と言っても、それほど部屋まで距離があるわけではない。そして、それぞれの部屋が離れているわけでもない。俺たちにあてがわれた部屋は、ちょうどセイバーの寝ている部屋の近くだった。
襖を開きかけた俺は、ふと思いついた。
「セイバーの様子を見ておこうかな」
「そうだね。お兄ちゃんもセイバーさんにお世話になったみたいだし」
一度開けた襖を閉じようとして―――何かに突っかかった。ふわふわとしたものだ。人型だが特徴的な耳がついている。これミ〇キーじゃん。ミッ〇ーのぬいぐるみじゃないか。少し汚れているけど見間違えるはずはない。
「なんだこれ」
「あれ? これって……」
桜ちゃんが手を伸ばすので渡してみる。しばらくモフモフ。そしてタグを見るとやっぱりと声を漏らした。
「これ、私のだよ。家族でディズ〇ーランド行った時にお姉ちゃんと買ってもらったの」
「ああ、なるほど。そう言う事ね。桜ちゃんのだったのか―――」
おかしいだろ。なんでそんなものがここに―――ッ!! これはヤバいぞ!!
「先手を打たれたッ!! ここはもう敵の射程範囲だッ!!!」