今年もよろしくお願いします。
衛宮切嗣は、車の中で煙草をふかしていた。アイリのために一度はやめた煙草だったが、この聖杯戦争中は別だ。昔の冷たい機械のような自分に戻すための1つの儀式のようなもの。肺に煙を入れると体全体が冷たく冷えていく。
もちろんアイリのことを考え、家の中で吸うようなまねはしない。屋敷のそばに止めた移動用の車で吸う配慮があった。アイリの護衛には、今は役に立たないセイバーの代わりに舞弥がついている。
「……」
虚空の見つめる切嗣は、先ほどの会議での内容を省みていた。
(僕としたことが、いつになくつまらない言い争いをしてしまったな。とにかく、アーチャーを倒す手段を考えなければ……)
車の中の灰皿で短くなった煙草の火を消し、新しい煙草をくわえる。
「ん?」
足で何か蹴飛ばした感触がした切嗣。そこまで大きなものではないが、何となく気になる。一度車を降り、ライトをつけて何があったのかを確認しようとする。
「これは……薬莢か?」
特段おかしいものではない。自分が使う銃の薬莢が転がっていた。ただそれだけのことだ。しかし、だというのに、妙な胸騒ぎがした。
ガシッ!!!
「ッ!!」
突然足首を誰かにつかまれた。ものすごい力だ。絶対に逃がさないという意思を感じるほどの。しかしおかしなことがある。
(地面に立っている僕の足首をつかむだと!?)
そんな真似、能力を使わなければ、地面にはいつくばっていなければできるわけがない。そして足首をつかんでいる手は、車の下から伸びている。車と地面のわずかな隙間に人がいるのだ。
しかし、大きな疑問が浮かび上がる。
(わざわざ能力を使って何がしたいんだこいつは。敵なら、この不意打ちで僕に致命傷を与えることもできた筈……そこまで衰えたとは思いたくないが、近所の悪ガキのいたずらに気が付けなかったのか?)
一瞬驚いた切嗣だったが、すぐに冷静さを取り戻して事態に対処しようとする。
「今すぐその手を離せ。さもなければ―――」
「ケリィ」
「―――……は、な、に……?」
今度こそ、衛宮切嗣の動きが止まった。鼓膜を震わせる声は確かに聞いたことのあるものだ。幼い日に聴いた、淡い記憶の中にある少女のものと全く同じだった。もう絶対に聴くことのできない声だった。
「なん、で……」
「どうして私たちの島に来たの? どうして私の目の前に現れたの? あなた達が来なければ、ずっと平和に暮らせてたはずだったのに―――!!」
車体の下から這い出るように少女の体が姿を現す。地面で皮膚がめくれたのか、顔が半分血濡れになっている。その顔が、過去にこの少女を殺めた時のものと重なる。
「シャーレイ……っ!! 幻覚か! 誰の差し金なんだ!」
いつにない大声を出し、まとわりついていた不安を吹き飛ばす。愛銃までは距離があると判断し、ナイフを構えた。
「ダメだろ。そんなふうに腰が引けてたら。そんな構え、教えたことはないよ」
「あ、あ―――」
2人目の女性の声だ。するりと切嗣の首に手が回される。いつの間にか後ろを取られていたのだ。この女性の声にも聞き覚えがある。足が震え、耳元で囁かれるたびに脂汗が滴る。
「私を殺したくせに、自分だけ幸せになろうとしたの? 奥さんに娘まで作って」
「ナタリア……っ!!」
切嗣の師であり、とある事件で切嗣が切り捨てる少数になった女性だ。
もはや切嗣に戦う気力は残されていなかった。自分が今まで捨ててきたものが一気にのしかかってくる。そんなものに勝てるわけがない。
「切嗣」
とどめだ。
「と、父さん……っ」
「私を殺したのか。お前のことは愛していたのに」
衛宮切嗣の心は完全に折れてしまった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「桜ちゃん! その人形を棄てろ―――!!」
「え?」
警告は遅かった。手にしていたぬいぐるみは形を失い、桜ちゃんに覆いかぶさる。桜ちゃんは薄い繭に包まれてしまった。繭越しに見える表情は、そこまで苦しそうではない。
「桜ちゃん、大丈夫?」
「わかんない……体が重いの。痛いわけじゃないんだけど……」
「体が重い? いったいなんだ……どういう攻撃なんだ?」
魔術警報が鳴ってないってことは、たぶんスタンドの攻撃だ。
とここで、近くにもう1人いることを思い出した。傷を癒すやめに部屋で寝ていたセイバーだ。騎士王の直感なら、相手に襲われればすぐに目を覚ますはず。それがないってことは―――
「セイバー、大丈夫か!?」
俺は迷わず部屋の中に入った。そこは何の変哲もない部屋―――
部屋の中には押し込まれるように人がいた。今まであふれていなかったのが不思議なくらいだ。部屋の中央に布団を敷いていたはずだが布団どころか、寝ているセイバーの姿すらなかった。
部屋に詰まっていた人たちはケガをしている人もいれば、ガリガリにやせ細った人もいる。中には甲冑を着ている者もいた。全く統一性がない。
「セイバー、何処だ! 何処にいるんだッ!!」
姿が見えなくとも、このおびただしい人はセイバーを狙っているということは直感的に理解できた。このままではマズイ。この部屋にこんなに異常なことになっているということは、セイバーはこの近くにいるはずだ。
今の状態のセイバーではこの事態に対応できるかわからない。一刻も早く合流しなければならない。普段ならもっと冷静に対応できるはずが、俺も前回の戦闘で受けた衝撃が残っているのだろう。どうすればよいのか考えがまとまらない。
しかしここで桜ちゃんが呟いた。
「お兄ちゃん……この人達、みんな同じ方向に向いてるような気がしない? まるで向日葵が太陽のほうを向くみたい……」
「それだ! それは最高の『気づき』だッ!!」
こいつらがセイバーを狙っているのなら、今もセイバーに向かって、セイバーを狙って移動しようとしているのは間違いない。だったら、その先にセイバーがいる!
そして部屋にいる亡者、そのすべてが部屋の隅の同じ方向に目を向けているッ!
「そこかッ! そこにいるんだな、セイバーッ!
俺は迷わずに亡者に向けて爪弾を発射した。この人たちの着ている服を見る限り、周辺にいる一般人が操られているという可能性は限りなく低いと考えたからだ。甲冑を着ている人がそこら辺を歩いているわけがないからな。
両手の爪弾を撃ち尽くし、道を作る。予想した通り、その先には小さく蹲ったセイバーがいた。とても勇猛果敢な騎士王には見えない。特撮で言えば、襲われていたところをヒーローに助けられる役だ。
俺は桜ちゃんを背負い、ロードローラーが通った後のように通りやすくなった道を、セイバーまで駆け寄る。ただの少女のようにおびえ、涙を流すセイバー。その口からはいったい誰に向けてなのか、ひたすらに謝罪の言葉が述べられていた。
「セイバー、しっかりしろ!」
「ひっ! ぁ、イレギュ―――」
「移動する! 捕まれ!」
言いつつ強引に抱きかかえる。驚くほど無抵抗だ。するりと背中に手が回される。胸にうずめられ、嗚咽の声だけが聞こえてくる。
「王よ……」
「我が王よ……なぜ……」
「何だと……ッ!?」
我が王だと? こいつら、円卓の騎士も交じってるのかよ!
すでに来た道は閉ざされている。俺は
だが、
「こっちにもいるのか……」
そう簡単に逃がすつもりはないらしい。しかも結果的に挟まれる形になってしまった。こうなったらノックアウトファイターで亡者ごと吹き飛ばすしかないか?
「やめておいたほうがいい、イレギュラー」
一人の男が現れた。よく見る風貌と比べると、10年前ということもありだいぶ若いという印象を受ける。だがその目はすでに自分の決意と欲望に従順になるという確固たる意志を持っていた。
「言峰綺礼か」
「その通りだ。招かれざるサーヴァントよ」
ここにきてこいつのご登場かよ。
「お前、まさかスタンド使いなのか?」
「……なるほど。その言葉を知っているということは、貴様もそうだということか。ふっ、どこまで行っても想定外のサーヴァントだということか」
「ああ、いろいろ知ってるぜ。何せ未来から来たサーヴァントだからな。お前は、そうだな……自分の師匠を殺してアーチャーと契約したりしてるだろ?」
今、戦況的に有利なのは間違いなく綺礼。この様子を見れば、屋敷全体にあいつのスタンドの効果があると見たほうがいい。色々あったせいでスタンドのことを説明できていなかったため、他のみんなは自分のことで精いっぱいのはず。応援は期待できないだろう。
ここは会話で少しでもイニシアチブをとらなければ。
「っ! 本当に厄介なサーヴァントのようだな。それとも、未來予知の宝具でも持っているのか?」
綺礼の警戒レベルが明らかに上がった。しかしこの男、サーヴァントを目の前にしているというのに、警戒のレベルが低すぎるんじゃないのか? 今のでやっと普通になったのか?
近くにギルガメッシュがいるようには見えない。あいつほどの英霊なら、霊体化していてもわかるだろうに。
確かに綺礼は強いかもしれないが、サーヴァントが多数いる敵地に乗り込めるかといわれると疑問だ。何か保険をかけているのか?
「スタンド……私がこの力を得たのはほんの少し前だ。だが、この力は通常の戦闘では考えられない、特異な法則によって成り立っていることは理解できた。それに則るとしよう」
―――人ハ何カヲ捨テテ前ヘ進ム
―――ソレトモ拾ッテ帰ルカ?
「公平に。私の信じる神に誓って告げる。私のスタンドの名前は『シビル・ウォー』。イレギュラーのサーヴァントよ、このスタンドから逃れたければ清潔な水を用意することだ」
「シビル・ウォーだと!? そういうことか!」
ようやくすべての現象に合点がいった。
シビル・ウォーの能力は標的が過去に捨てたモノ(人、物問わず)を実態のある幻影として召喚することだ。召喚するものはいわばその人にとっての罪の象徴。あくまで本人の認識によって召喚されるものなので、不可抗力だったとしても罪の意識があればどんなものでも召喚されることになる。
つまりトラウマをえぐることに特化したスタンドなのだ。一般人には効きにくいが、聖杯戦争のように心に傷を持った人が多くいる場所では凶悪なスタンドになる。
しかも、それだけではない。このスタンドの真の怖さは、その先にある。そのせいで、本体を倒すという選択ができない。これがあったから余裕だったのか。
しかし、今はこの怨霊の攻撃を何とかして躱さなければならない。射程外に出るまで永遠に襲い掛かってくる。逃げようにも綺礼はそれを許さないだろう。
「どういう能力かはわかっているようだな、イレギュラー。ならばどうする」
「お前こそ、どうしたいんだよ。これじゃあお互いに何もできないぞ。なにせ、シビル・ウォーの効果はお前にも適応されるんだからな」
「心配する必要はない。そもそもこれは試運転だ。戦果が出なかったとしても、問題はない。だが君たち全員の心を折り、再起不能にしてしまえば、あとは我々の好きなようにできるだろう。アーチャーにライダーとセイバーは殺さないよう言われているがな」
ライダーとは決着のため、セイバーは花嫁にするためか。
と、ここで綺礼の表情が違う意味で歪んだ。それは嫌悪や喜びではない。困惑だ。
「なぜ貴様にはシビル・ウォーの効果が出ていない……? そういうスタンド能力なのか?」
「違う。俺も公平に告白すると、スタンド能力は爪を弾丸のように飛ばすだけだ。そんな効果はない」
簡単なことだ。
「俺はそこまで大層な『罪の意識』ってやつを持ったことがないってだけだろ」
一瞬の沈黙。
「……何だと? そんなはずはない。サーヴァントになるような人間が、その程度の人生を歩んでいるわけがないッ!」
そんな風に決めつけられても困る。
「実際そうなんだからしょうがないだろ。確かにちょっとやらかしたことはあったかもしれないけど……それに対して罪の意識があるかっていうと、全くない」
それに俺は普通の英霊とは違い生きている人間だ。たまたまこんな世界に迷い込んだ元一般人。そこらへんも計算が狂った要因だろう。
じゃ、そろそろいいだろう。やっちゃってくれ。そこにいるのはわかってるぜ、ウェイバー。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
「え、うわぁぁぁぁぁ!!」
何を思ったのか、わざわざ姿を現してウェイバーが何らかの魔術を使ったらしい。とてつもない光はまるでスタングレネードのようだ。大声を出し、威力もパッとしない。あまりにもお粗末な奇襲だ。俺の目は死んだけど。
次の瞬間、目の前を何かが通り過ぎ、綺礼の体を吹き飛ばした……音が聞こえた。たぶんケイネスさんの決戦礼装、
「ッチ!! 」
綺礼の舌打ちが聞こえてきた。ここまで動けるとは予想していなかったのだろう。スタンドを使い始めて時間が経っていないことが災いしたな。どのくらいの威力か理解できていなかったんだ。
「まったく。いざというときに頼れるのは、おのれの魔道ということか」
決め台詞とともに現れるケイネスさん。顔にシビル・ウォーの影響でビニールみたいなのが張り付いていなければ完ぺきだった。
「大丈夫か、翔!? お前のガキとセイバーも!」
お前のガキっていうのやめろよウェイバー。なんか誤解を生む表現だろうが。そしてお前もビニールくっつけてるな。
「そっちこそ、大丈夫だったのか?」
「大変だったよ。小さいころ母さんに怒られたときのこと思い出してさ……ブルッ」
「そのくらいで済んでよかったな。ケイネスさんともばっちり連携してたし」
「……あれは、あんな場面だったらしょうがないだろ。緊急事態だったんだ!」
その成長に免じて、俺の目を潰したことは許してやろう。
「下手人は逃げ帰ったようだな。ふん、決闘の礼儀を知らない奴め」
綺礼の方は引き際を理解できていたらしい。
心身ともに疲れ切った。とりあえず、今はゆっくりと休みたいもんだよ……とは言ってられない。アーチャーが綺礼のサーヴァントになったということは終盤だ。おそらく次の戦いが決戦になる。
戦う為には俺たちは本当の意味で団結する必要があるな。