建物の被害が少なかったのは幸いだった。しかし、ゆっくりと休むというわけにもいかない。先ほどの襲撃で、こちらの潜伏場所がここだと相手にばれていることが分かってしまったのだ。呑気にグースカ寝ているわけにはいかない。
選択肢は2つ。
「―――どこか違うところに隠れるか、打って出るか」
ずいぶんと変わってしまった会議の場で俺は言った。全員に覇気がない。特に、いつも驚き役になり場を盛り上げてくれていたウェイバー。敵に襲撃されたという事実が、かなりの衝撃を与えたようだ。おまけに彼のサーヴァントは俺と言い争ったからか、俺に見切りをつけたのかこの場にはいなかった。ウェイバーに聞いたところでは、シビル・ウォーのダメージはそれほどなかったらしい。
「当然隠れるべきだろう」
ケイネスさんが、当然だというように意見する。
「セイバー陣営が事実上の壊滅状態。イレギュラーはライダーとの不和。このような状況で反撃など出来る訳がない」
「でも、じゃあ、隠れるってどうやって、どこに……?」
「教会があるだろう? 令呪を破棄すると宣言して庇護を願い出れば、トオサカと癒着があっても問題はないはずだ」
ケイネスさんは冷静に状況を判断し、そう判断したらしい。だが、そうはさせない。
「忘れたんですかケイネスさん。聖杯が完成したら、大変なことになるんですよ。聖杯に溜まった呪いがこの町を焼き払うことになる」
「むっ」
「それで時計塔に帰ってどう言うつもりですか? 魔術による大災害をあらかじめ予知していたにもかかわらず、おめおめ逃げ帰ってきた、とでも言うつもりですか?」
「くっ」
「競争相手から見れば、格好の餌ですよねっ! 逃げ帰るのはあり得ないなぁ!!」
畳みかける。とても苦しそうな顔をするケイネスさん。だが、これで彼に『逃げる』という選択肢はなくなっただろう。
「……ふぅ、ならばどうするつもりだ。何か策はあるのかイレギュラー」
「そうだよ! 先生が言ってたことも事実なわけだし」
やることは単純だ。
「チームワークだ。団結して戦う。それしか勝つ手段はない」
2人とも何も言っているんだと言いたそうな顔をしている。当たり前だ。それが出来なくなって今困っているのだから。だがしかし、これしかない。
「勝つには団結するしかないんだッ!!」
「っ!」
「お、おい、どうしたんだよ……」
驚く2人だが、
「何かを諦めた勝利はいらない! ここにいる誰かが欠けた勝利はいらない! 無関係の人がたくさん死ぬ勝利もいらない! 諦めた勝利は敗者の勝利だッ! 俺たちは勝者の勝利を掴むッ!」
だから、と続ける。
「俺に力を貸してほしい」
「お前……」
俺は精一杯頭を下げた。2人の反応はない。勢いですべて吐き出したような感覚だ。返答を待っていると、別の足音がした。襖の開く音がして、誰かが入ってくる気配がした。
「ラ、ライダー―――」
「それが貴様の
この人には見抜かれていたんだ。聖杯問答で俺が願いとして言ったこと。桜ちゃんがこの先幸せになれますようにって言うのは、俺の願いの一部でしかなかった。まぎれもない本心でも、もっと大本の部分は隠してしまっていた。
「ああ。俺の願いは『望んだ結末で物語を終わらせること』だ。なにもかも、俺の望んだとおりに終わってもらわないと困る」
二兎は誰でも追いたくなってしまうだろう。しかし大半の人は現実と折り合いをつけ、片方を諦める。俺にはそれが許せなかった。ただ誰かを助けたいというだけではなく、その人の運命を変えたい。世界の運命を俺の考え通りに変えたい。
「何とも欲張りな男だ。何もかも自らの手に収めなければ気が済まないという事か?」
「ああ。この物語の運命は、俺が変える」
何も偽らない。お行儀良くない、他人から見ればお子様だと思われてしまうような考えだ。その考えを宿した目で、ライダーを正面から見る。
ライダーは普段は軽いその口を、重々しく開いた。
「誰より鮮烈なその生き方。それはまさしく王の器だ。そういうものに、人は魅せられ惹かれていく。今後は隠すなよ」
ライダーは俺にその大きな手を差し出してきた。
「このイスカンダル、貴様と対等な同盟を結びたい」
「もちろん。喜んで」
しっかりと握り返した。
俺たちはより強固な繋がりを得たのだった。と、他にも仲直りしてもらわないといけない人たちがいたな。
「ウェイバー、お前も仲直りしておけよ」
「は!? だ、誰とだよ!」
そんなこと言って、分かってるくせに。俺に言われた時、チラッて横にいる人見ただろ? その人とに決まってるじゃないか。
「ランサーのマスター。貴様も教えを説く側なのだろう? しっかりと向き合わんか」
「おいッ! やめ、やめろ、ライダー!」
抵抗するケイネスさんだったが、ライダーの力に勝てる訳がなかった。あっという間に向き合う形になる。
「……」
「……」
「……あの」
「なんだ」
ようやくウェイバーが口を開いた。手が汗で湿っているのか、しきりにズボンで拭いている。そのあとも、手を握っては開いてを繰り返している。
「……聖遺物のこと、ごめんなさい。申し訳ありませんでした」
対するケイネスの答えは、
「許すわけがないだろう」
「ッ!!」
そりゃそうだ。どう考えても、ウェイバーのそれは軽率すぎる行動だ。終わった時のことなんてまるで考えていない。もしかしてばれないと思っていたのだろうか。ケイネスが生き残った場合のウェイバーがどうなるか分からない。だから、なるべく早めに謝ってしまったほうがいい。
「……だが」
ん?
「んんっ。だがな、その……先ほどは助かった。私からも、私からも……だな……礼を言っておこう」
「いや、それは……目の前だったから、偶々だったというか……」
俺とライダーは顔を見合わせてニンマリとした。なんだかんだうまくいきそうだな、この2人。
「残りは任せてもいいのか?」
「ライダー、そういうことできるのか?」
「無理だな!! ガッハハハハ!!」
豪快に笑う。俺もつられて笑いが漏れるが、これからのことを考えると身が引き締まる思いだ。
「適材適所だ。俺がどうにかする。ライダーは魔力をためておいてくれ。アーチャーは―――」
ライダーの一番の運命を変える。
「―――あなたに倒してもらわないといけないんだからな」
――――――――――――――――――――――――
「切嗣……しっかり」
アイリは布団に横たわる切嗣を悲痛な面持ちで見ていた。もちろんスタンドによる攻撃はもう終わっている。今は普通に寝ているだけだ。しかし、苦しむ姿は間違いなく悪夢を見ているとわかる。
子供のように震える切嗣。涙さえ流している。アインツベルンの城に住んでいた数年間では一度も見せなかった顔だ。聖杯戦争が始まって今まで、見たことのない顔をいくつも見ることになった。それが良かったか、それとも悪かったかはわからないが。
近くでは舞弥が切嗣がかいた汗をぬぐっている。
「マダム、少しお休みになっては?」
「いえ、大丈夫よ、舞弥さん。みんな頑張っているのに私だけ休むことは出来ないわ」
「そうですか。分かりました」
それきり、話すことがなくなってしまう―――なんてことはなかった。
「あなたは、何を見たの?」
「は?」
「翔君の話じゃ、さっきの攻撃ではその人が昔に捨てたものが出てくるって……あなたは、何を見たの?」
「特に、これと言ったものはありませんでした。私も、ずいぶんとつまらない人生を送ってきたようです。特に思い出深いものがありませんでした」
舞弥は幼年兵として戦っていたところを切嗣に拾われこれまでずっと戦ってきた。人の死に慣れすぎてしまったのか、本当に機械のように人を殺していたのか。数えきれない人数を殺しているはずなのにその類が出てこなかった。
物についても同様だ。
「そう、なの」
アイリは頷くだけで何か言うことはなかった。今回の場合は自分の話を聞いてほしいのだろう。そう判断した舞弥はそっと耳を傾ける。
「私はイリヤだったわ」
「……」
「捨てたなんて考えたことなかったのにね。あの子の声で言ったのよ。お父さんとお母さんは私なんてどうでもいいのって。そんなことないのに、私たちはあの子を愛してるのに……っ」
アイリは平気そうな顔をしていてもダメージを受けているのだ。自分以上に深く傷ついている切嗣に、必死に見せまいと踏ん張っている。目からこぼれる涙も許さないと、溢れる前に拭った。
「マダム……申し訳ありません。力になれず」
聞き役に徹するつもりだった舞弥は思わず、自分でも無意識に口に出していた。
「っ……ここは?」
「「切嗣!?」」
切嗣が目を覚ました。顔は青白く、唇はカサカサだ。汗のかきすぎで、脱水になってしまいそうだ。そのくらい悪夢に悩まされていたのだ。
「……夢を見ていたんだ」
その凄惨な夢の内容を語り始める。
「世界中を飛び回ってアイリとイリヤと舞弥で―――戦場を巡っていた」
「戦場を?」
「僕のやり方でどうにか頑張った。頑張ったんだよ。結果はいつも通り。少数を殺して大勢の人を救った。でも、アイリとイリヤが……っ」
「……死んでしまったの?」
「初めは応援してくれていたんだ。『つらいでしょうけど頑張って』って。でも、だんだんと、死体を積み上げていく僕を避けるようになって、いつの間にかいなくなっていた。探しに行きたくても、すぐに新しい戦場が目の前に現れる。気が付いたら何もなくなっていた」
殺戮の果てにたどり着くのは無情の孤独だった。初恋の少女を殺し、父親を殺し、師を殺し、死体の山を築き、そんな男に幸福は訪れない。
「僕みたいな人殺しは、幸せになったらいけない人種なんだ。人並みの幸せを求めるなんて……っ」
「いいに決まってるだろ」
「翔君!?」
「イレギュラー……?」
突然現れた翔に一同驚く。
「え、と、い、いつから?」
「すべて話は聞きました」
「あ、最初からいたのね」
「一回吐き出してもらったほうがいいと思いましたから。とりあえずアイリさん、娘さんに電話してもらえますか?」
「ぇ、で、電話?」
いつにもまして行動のすべてが唐突な翔に目を白黒させるが、拒否することが出来ない。
アイリには電話は使えないので遠距離通信の魔術による会話だ。
《もしもしお母さん? どうしたの?》
「あ、イリヤ? その、特別用事があったわけじゃないのよ。ただ……声が聞きたくなって」
《えー? 何言ってるのお母さん。変なのー》
「ふふ、そうね。私、何言ってるのかしら……っ」
涙がこぼれていた。あれほど押さえつけていたはずなのに。しかも、娘の前で。母として、嗚咽の声を聴かれるわけにはいかない。
《あ、そうだ! ねぇママ、そばにキリツグいない? 私、お話ししたいな~》
「えっ! あ、いるには、いるけど……」
自分以上に弱っている切嗣をみてためらってしまう。
「あ」
見かねた翔が、通信礼装をひったくって切嗣の目の前に差し出した。震える手でそれを受け取る切嗣。
「イリヤ、僕だ」
《あ! キリツグ! もうっ、出るの遅いんだから~》
「ごめんよ、イリヤ……そっちは1人で寂しくないかい?」
《いーっだ! 寂しいに決まってるでしょ! キリツグのバカ》
「もうすぐ仕事が終わるから。そうしたら、迎えに行くよ」
《本当!? 私新しい遊び思いついたの! ねえキリツグ早く帰ってきて? あと何日くらいかかるの? ねえねえ》
「もうすぐだよ。終わったら、迎えに行くから」
《……本当に? 約束してくれる?》
「もちろん。約束だ」
通信が終わった。
「約束しましたね」
「……」
「全部終わったら迎えに行くって、約束しましたね」
「……守れるかはわからない」
なんとも弱気なことを言う切嗣に、堪え切れなくなった翔は家中に響く声で叫んでいた。
「ふざけるなッ!!」
「ッ!!」
馬乗りになり、襟をつかむ。
「守れるか分からないじゃあない! それはもう諦めているんだッ! 自分で無理だって決めつけて、たった一人の娘を見捨てようとしているんだッ!!」
「……君のプランはもう崩れた。どっちにしろ、もう勝てないだろう。今諦めるか後かの違いだ」
「ッ!!」
翔は拳を振り上げた。サーヴァントの膂力を叩きつけられれば人間である切嗣などひとたまりもない。しかし、それを理解しているはずの切嗣は空虚な瞳で眺めているだけだ。
拳を優しく胸に着地させる。
「昔のことが辛いのはわかる。や、俺がわかる程度のことじゃないんだろう。でも、やる努力が違うんだよ。昔を考えて怯えるんじゃなくて、今いる奥さんと娘さんを守ることが、今のあなたの『努力』なんだよ! ダメだった時の愚痴は、墓穴の中で言えばいいじゃないか。今やることじゃないだろう……っ!」
「……」
「遠いところで、あなたを信じている人がいる。信頼に答えようとするのは辛いかもしれない、怖いかもしれない。誰かを守ろうとするのは難しいし、やったことがないかもしれない。でも、それだけなんですか? 立ち向かう勇気は沸いてこないんですか?」
「それは……」
翔は立ち上がった。
「お願いします。一緒に戦ってください。切嗣さんが言った通り、俺のプランは崩れました。全員の力が必要なんです」
襖をあけた。
「ライダーがアーチャーに使者を送りました。決戦は今夜です」
翔が部屋から去っても、まだ切嗣は動けないでいた。
「アイリ、僕は……」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「お前、あんなにデカい声出す奴だったんだな」
切嗣さんの部屋から帰ってくると、ウェイバーに出くわした。
「いろいろと抑えてたやつが出てきたんだ。こっちが素だよ」
「昔なんかあったのか?」
「大したことじゃない。部活で同じように周りに言ったら熱くなりすぎてあっという間にいじめのターゲットだ。悪しきジャパニーズ文化だよ。出る杭は打たれるってやつ。だからずっと抑えてたんだけどな」
「ライダーにはお見通しだったわけか」
まったくその通り。正確には裏の真意を見抜かれていたって感じだ。
「そういう事。それから俺はなるべく余計なことは言わないようにして、効率だけでどうにかしようとしたわけだけど……やっぱ人を動かすのは効率じゃなくて気持ちだったかな」
「お前……」
まあその仮面も、ここにきて大分剥がれてたところがあったけど。
「お前さ、10年後の未来から来たんだよな?」
「ん? そうだけど。それがどうかしたのか?」
「や、出来たら10年後にも会えたらなんて、さ」
ここはからかっておくか。
「何だしょうがないなぁ~。まあ、そんなに言うなら? 友達の少ないウェイバー君のために会いに行ってあげることを考え無くないよ~?」
「うるさい! お前だって、いじめられてたんだから友達いないだろうが!」
おっと、カウンターを撃ってくるなんて、意外に成長したじゃないか。
軽く笑ってその場を後にする。
最後の相手がまだ残っているからだ。
俺は向かった。強情な騎士王が眠っている部屋へ。