寝不足だった。空はすっかり明るくなっているというのに、あくびが止まらない。
セイバーを説得しに行ったのが結構な夜中だったというのに、そのあと行為までしてしまったのだからしょうがない。決戦の予定日は今夜だから、お昼寝でもすることにしよう。
すべての行為を終えた俺とセイバーは、大慌てでその場の後処理をすることになった。様々な液体で汚れてしまった布団を物理的に処分し(それしか方法がなかった)、足腰に力が入らなくなってしまったセイバーをお風呂場まで連れて行きシャワーを浴びさせた。
同じく汚れたパジャマは洗濯機に突っ込んだ。そこまで済ませた結果、空がすでに明るくなってしまっていた。
ともあれこれで元通り、処分してしまった布団さえ買い直せば。
「おはよう」
「おはようございます」
俺とセイバーは2人で一緒に居間に入り、あいさつする。
違和感を感じた。
なんでみんなこんなによそよそしいんだ? 唯一違うのはケイネスさんだ。あの人もこの異様な雰囲気に困惑している。そして、何でそんなにウェイバーは眠たそうなんだ?
「おいおい、ウェイバー。どうしたんだ、そんなに眠そうに」
セイバーはセイバーで、アイリさん達のほうに向かった。俺はウェイバーのほうに行ってみる。
やっと開いているというくらいに細められた瞼の奥の目は、俺を非難しているように見える。はて、何かしてしまったか。
「お前、さぁ……」
「なんだよ」
ものすごく何か言いたそうだが、それ以上言葉にしてくれない。苦虫を10匹ほど嚙み潰したような顔をしている。少し老けたかな、ウェイバー君。首をかしげていると、ライダーがすり寄って肩を組んできた。
「翔、貴様……なかなかのやり手ではないか。ん? まさか、あのお堅い騎士王すら落としてしまうとはなぁ」
「……え!?」
ライダーとは思えない小声でそんなことを言ってきた。そこまで言われれば分かる。分かってしまう。
「昨日の、聞こえてたのか?」
「もうバッチリと。ったく、いったい何しに行ったんだよ……」
「なーんもわかっとらんのう、坊主は。男が夜、女の部屋に行くというのはそういう事だろう? 成功するかは男の度量次第だがな」
「で、2人は眠れなかったと」
「まさか。余はその程度何とも思わんわい。だがな……」
「眠れるわけないだろ! あんなのずっと聞いてて平然としてられるほうがおかしいだろうが!」
「それでせがませれてな。夜の街に繰り出していたというわけだ」
そのせいでウェイバーが眠そうなのか。そいつは申し訳ないことをした。しかし、まったく対策してなかったのを忘れてたな。俺の家は基本的に防音完備だから。
「で、どんな言葉を囁いた? 包み隠さず白状せい」
「それは本当に勘弁してください」
流石の俺も、自分の情事をべらべらと他人に話すほど大物ではない。
「しかも、お前らだけじゃなかったんだよ……」
「は?」
俺達だけじゃない? って、まさか!
「アイリさん達か?」
「……ああ」
……わあ。爛れた空間になっていましたね昨夜は。そして無意識に選択肢から外していたケイネスさん、申し訳ない。
いや、まあ、うん。昨日の流れから言えば、そうなってもおかしくないよね。決戦前にする人は珍しくないよね! ね!
そう言えば、あの場には舞弥さんもいたよな? 席を外してたんだろうか。それとも3P……おっとこれ以上はいけないな。
「別に、他人が、その、そういうことしててもどうでもいいっ。本当だぞ! どうでもいいけど、周りの人のことも考えろよな」
「ホントにすまん」
こればっかりはウェイバーの言う通りだ。
「なあに、気にするな翔。坊主がまだまだガキだというだけだ。夜なんて―――」
「バ、バカ!! その話はするなよ!」
何やら夜に楽しいことがあったらしい。これは攻守交替して―――
「お兄ちゃん」
その一言に背筋が凍った。
「さ、桜ちゃん」
振り返ると、そこには俺のマスターである桜ちゃんが立っていた。しかもすさまじく不機嫌なオーラを出している。何も言わなくてもわかる。これはアカン奴だ。触れ方を間違えば、即座に爆発する危険がある。
「お兄ちゃん、昨日何処にいたの?」
「ど、何処って……?」
「何で昨日一緒に寝てくれなかったの? いなかったよね? 布団に帰ってこなかったよね?」
確かにその日はもう遅く、襲撃もないだろうと考えたため、桜ちゃんには先に眠ってもらっていた。会議が終わったら一緒に寝るとも言っていた。
ウェイバーに視線で助けを求めるが当然のようにスルーされる。
もはや場を支配しているのはこの小さい女の子だ。圧倒的な存在感によって他人の口答えを許さない。
「か、会議が長引いちゃって―――」
「嘘」
とっさに口から出てしまった嘘は、ぴしゃりと切り捨てられる。
「私見に来たもん。遅いなぁ、って思って見に来たもん。でもいなかった。なんでそんな嘘ついたの?」
こ、怖い……っ!
「セイバーさんの所にいたんだよね?」
「さ、桜、私が引き留めてしまったんです。申し訳ありません。そのような約束があったとは全く知らず」
名前を出されたセイバーはこれ以上広がらないようにしようと思ったのか、助け船を出してくれた。しかし、今の桜にはそれは逆効果だった。
「お兄ちゃんに弄られて、あんなに大きな声出して、そんな人だったの? セイバーさん」
桜ちゃんのストレートな言い方に、セイバーは顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。あの時の声が屋敷中に聞こえていたことを知っているのかはわからないが、これは違った意味でセイバーの精神に深刻なダメージが入りそうだ。
なまじ蟲のせいで年の割にその手の知識を持っている桜ちゃんは強い。
「アソコにお兄ちゃんのおち〇ちん入れて―――」
「翔、助けてください……っ」
結局、俺が土下座して、一緒にお昼寝する約束をして許してもらった。
――――――――――――――――――――――――――――
朝のひと悶着が終わった後、俺は切嗣さんに呼び出されていた。対面に座る切嗣さんは腕を組み、何かを考えこんでいる。
座った後もしばらく黙ったままで、一向に話が始まらない。
「それで、お話というのは?」
「アーチャーの今のマスター、言峰綺礼についてだ」
「……」
切嗣さんにとって、とてもデリケートな話題を出してきた。というのも、
「本当に、切嗣さんに任せてもいいんですか?」
朝食を食べながらの会議で、切嗣さんは自ら綺礼の相手を申し出たのだ。俺はいくら戦うことが出来る状態になれたといっても、シビルウォーの相手はきついのではないかと思ったのだが。
「スタンドか。確かに、あんなものを持ち出されては、僕に勝ち目はないだろう」
「なら……」
「……君は他人にスタンド能力を発現させることが出来るらしいな」
「まさか―――」
「僕に、スタンド能力を発現させてほしい」
とんでもないことを言ってきた。
「言っておきますけど、誰にでも発現するわけじゃないですよ? 発現しなかった場合は死ぬこともある。それでも―――」
「それでもだ。僕にも意地がある。いつまでも逃げ続けて、イリヤを迎えに行くことは出来ない」
俺をまっすぐ見てきた。そこまで言われてしまうと、これ以上何か口をはさむのは無粋だ。
俺は『矢』を取り出しそれを畳に置く。久しぶりに見たが、相変わらず見えないパワーを纏っているように見える。
「この矢に貫かれれば、スタンドが発現します。気持ちの整理がついたら、使って下さい」
「……ああ。分かった」
それだけ言って俺は部屋を後にした。使う使わないは切嗣さんの自由。その覚悟を見たからには手助けしないわけにはいかない。
よし、次は……桜ちゃんとのお昼寝か。俺もそろそろ限界だったし、決戦までゆっくりするとしようかな。
「で、何でセイバーさんがいるの?」
「な、何でかなぁ……?」
布団に入るとなぜか狙ったようにセイバーが訪れ、自然な流れで布団に入ってた。桜ちゃんの視線がとても痛い。穴が開くレベル。
「何か問題が?」
「ふんっ! 問題があるのはセイバーさんじゃないの?」
俺を真ん中に言い合う2人。2人それぞれ俺の腕を抱いている状態だ。それぞれが自分のものだと主張するように体を擦り付けてくるのでたまったものではない。
でもこの場で間違いを起こすわけにはいかない。もう眠気も限界だし―――
目が覚めた。2人はまだ眠っている。寝る前にあれだけ騒いでいたのが嘘みたいだ。2人とも、憑き物が落ちたみたいな穏やかな顔で寝息を立てている。
「喉乾いたな……あ」
窓の外に嫌なものを見てしまった。
「『蟲』の知らせってか? ったく」
俺は2人を起こさないようにこっそりと布団を抜け出した。
――――――――――――――――――――――――
蟲に導かれるまま、この場所にやってきた。俺が消し飛ばした間桐邸跡だ。ここまでくれば分かる。あいつがいることが。
アーチャーと同じくらいの障害。桜ちゃんにとっては倒さなければならない存在。
「おい! どこにいるんだっ! 臓硯!」
「そう喚くな、イレギュラー。近所迷惑になってしまうではないか」
蟲が集まり、臓硯が現れる。当然バーサーカーも一緒だ。
「何の用だよ。俺たちはこれからアーチャーと戦う予定なんだ。手短に済ませてくれよ」
俺は心にもないことを言う。
「ほほう。そうかそうか。それはすまないことをしてしまった。貴様はその戦いには参加できそうにないな」
バーサーカーが1歩前に出る。それだけで十分だった。俺はゲーマドライバーを取り出し、腰に巻き付ける。
俺は電話をかけた。出たのはウェイバーだ。
「今からバーサーカーと戦闘に入る。時間までに戻らなかったら先に行っててくれ。作戦に変更はない」
《は? ちょ、何言ってんだ―――》
こっちが出した果たし状をすっぽかすなんてありえない。ここで逃走を選んでも予想できないタイミングで横やりを入れられるかもしれない。戦力的にも因縁的にも俺が戦うことが最善解だ。
「お前は死ぬ。今日、ここでな」
「つまらない冗談だ、臓硯」
―――――――――――――――――――――――――――――
セイバーとライダーは決闘の場所に赴いていた。結局翔は時間になっても帰らず、やむを得ず二人でここに来ることになってしまった。
ライダーは自慢の戦車に、セイバーは鎧を着込み、聖剣を地面に突き立てている。
時間丁度に、ヤツが現れた。
闇夜にあってもなお輝きを失わない金色の甲冑。むしろ日が出ているときよりもその輝きが映えているようにも感じる。しかしそれを着るサーヴァントはそれ以上の存在感を持つ。
「来たか……」
「アーチャー……っ」
何度も見せつけられた実力の断片は、あのライダーをも緊張させるには十分だった。2人は同時に息を吐き緊張をほぐす。
ライダーは戦車から降り、前に歩き出した。セイバーは横目で見つつも、何も言わずに見送る。アーチャーも同様だ。
「やはり、最後に我の前に立つのは貴様だったか」
「はは! 当然だ。いかに古今東西の英霊と言えど、この征服王に勝るものは、そうおるまい?」
「勘違いするなよ、雑種。貴様は我の決定に従っただけのこと。それ以上でもそれ以下でもない」
軽い挨拶を交わす2人。アーチャーは血色の目を細め、ライダーは豪快に笑った。
「で、だ。話は変わるが……アーチャー、あの時の酒はまだ残っているな?」
「なに?」
アーチャーは一瞬眉を寄せるが、瞬時に理解した。聖杯問答の時に飲み交わした神代の宝酒だ。
「流石は簒奪の王を名乗るだけはある。ヒトの持ち物には目ざといな」
アーチャーは苦笑してあの時使っていた酒器一式を取り出し、酒を注いだ。無言で杯を打ち合わせた。まるで決闘の前に騎士が剣を合わせるようだ。
「まさか、セイバーが貴様の軍門に下るとはな」
「あぁ……それなぁ。優秀な交渉人を朋にすることが出来たのでな。ああ! そうそう!戦っている最中に1人増えるやもしれんが……」
「良い。雑種の1匹や2匹、我の前では数にならんからな」
どさくさに紛れて、翔の途中参戦を取り付けるライダー。抜け目のない男である。
「フン。何処まで行っても貴様と我は正反対のようだな。むやみやたらに他人を朋と呼ぶその軽薄さ。我にとっての盟友はただ1人であり、それ以外には必要ない」
「孤高なる王道か……ならば余は、その王道に敬意をもって挑むとしよう」
「存分に己を示せよ征服王。貴様は我が審判を下すにたる賊だ」
そこまでなら良かった。続く言葉に、ライダーは仰天することになる。
「我が貴様を下した後に、あの女を―――セイバーを貰おうか」
意外過ぎる一言にライダーはきょとんとする。
「どうしたアーチャー。まさか、セイバーに惚れたのか?」
「強く、美しい。実に我好みの女だ。このようなくだらん闘争に呼ばれたことは不本意だったが、セイバーに出会えたことは幸運だったぞ」
そのセリフに、ライダーは吹き出しそうになるのを我慢するので精いっぱいだった。セイバーが既に他の男のお手付きだと知ったら、どんなことになるだろうかと想像してしまったのだ。
「どうした、ライダー」
「いや、何でも、ないっ。よかろう、もとより勝者の言うことは絶対。逆らうことなど出来はしない」
何とか体裁と保ちつつ返答する。アーチャーは疑わしそうな眼をしていたが、特に何か言うことなく背を向け、元の場所に帰っていった。
「いったい何を話していたのですか?」
「いや、なに、たわいもないことだ……あの金ピカめ、貴様に惚れているらしいぞ?」
「は? アーチャーが、ですか?」
そんなこと考えもしなかったセイバー。そもそも、決戦を前にして何を話しているのだという気持ちになる。
「まあすでに貴様には翔がいるからなぁ。あんな金ピカにはなびかんだろうとは――」
「ああああああ――――!! それ以上は言わないでください!」
まるで初恋を母親にからかわれたように取り乱すセイバー。
「そんなことはっ! 今はっ! どうでもっ! いいですからっ!」
「わかったわかった。翔が心配なのはわかるが、そう取り乱すな」
「~~~~~~~~~~~っ!!」
口をぷるぷるさせて固まってしまうセイバー。これ以上からかうと聖剣を持ち出されると直感したライダーは、適当に切り上げる。
セイバーも、すぐに落ち着き元の平静を取り戻す。
「行くぞ、セイバー」
「はい」
ライダーは剣を掲げた。
「集えよ我が同胞! 今宵、我らは最強の伝説に勇姿を印す!」
魔力の奔流が迸る。周囲が塗りつぶられていく。視界が晴れた時には、すでにどこまでも広がる大平原へと世界が変貌していた。
途方もない数の軍勢が後ろに控え、地を震わせるほどの喝采が、どこまでも青い空に溶けていく。士気はこれ以上ないほどに高い。
先頭に立つライダーが神牛に鞭を打った。
「AAAALaLaLaLaLaie!!」
最強の軍勢が進軍を開始した。