闇夜を、ゆっくりと大柄な男が歩いている。着慣れた法衣をはためかせ、人々が寝静まった住宅街を目的の場所に向かっている。
やがて、立派な門構えの家にたどり着いた。
手を組むことになった臓硯の情報を反芻する。
(聖杯の器はアインツベルンの女……彼女さえ確保してしまえばあとはどうでもいい。いや、むしろマスターを殺してしまえばアーチャーの機嫌を損ねる結果になってしまうかもしれない)
「シビル・ウォー」
男―――言峰綺礼は自らのスタンドを呼び出す。その者が持つ罪の意識を具現化し、相手を押しつぶす。効果範囲は屋敷全体。中にいる人間に最上の悪夢を見せる。
(セイバーとライダーがアーチャーと戦闘になったのは確認している。イレギュラーは間桐が釣ったらしいが……相手はイレギュラー。ランスロットをもってしても結果はわからないだろう)
綺礼は権限を使って重火器を用意し、臓硯に渡していた。その時には臓硯の体はすでに限界だということに気が付いていた。サーヴァントを後どれだけ維持できるのか、そもそもあとどのくらい命が持つのか。
(私には関係のないことだがな)
臓硯が倒されようと倒されまいと、イレギュラーが目の前に立ちふさがろうと。最強のサーヴァントと最高のスタンド能力を手に入れた綺礼の前に、敵はない。そう確信している。
後は約束された勝利へと歩を進めるだけだ。
敷地に1歩踏み入れた。
「む……」
同時に結界が張られた。入ってきたものを逃がさず、なおかつ中で起きた異常を外に伝えないようにするための結界だ。あまりにもわかりやすい結界に思わず笑みがこぼれた。
「そうか、ここで決着をつけたいというわけだな。愚かにも私のシビル・ウォーの効果範囲内でッ!!」
シビル・ウォーの中で綺礼が負けることは絶対にない。動かすことが出来ない事実だ。対面に現れた男に少し早い勝利宣言をする。
「ああ。そうだとも。私はアーチボルト家9代目当主、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。命と誇りをとして、いざ尋常に立ち会うがよいッ!!」
傍らには自身の最強の礼装『
表情も凛々しく、自信と決意に満ち溢れている。完璧な美男子だ。
「……」
その後ろに立つ切嗣が、ペットボトルの水をかけていなければ。
せっかくセットした髪はどんどん崩れ、服は水浸しになっていく。
「……」
流石の綺礼も絶句した。いったい何をしているのだと。
しかし、すぐに異変に気が付いた。
「何故だ……シビル・ウォーが発動していないのか……?」
2人に対して罪が襲い掛かっていないのだ。心の奥底にある罪の意識がそう簡単に消える訳がない。魔術を使って記憶を一時的に封じ込めても、スタンド能力なら問題なく発動する。
「違うな。アーチャーのマスター。自身の力だというのに、その辺りは勉強不足だったという事か?」
ケイネスはくつくつと笑う。水が滴っていなければ完璧だ。や、むしろ水も滴るいい男なのかもしれない。
「貴様の言う罪とやらは、『清らかな水』で洗い流すことが出来るッ! そんな弱点も把握せずに挑もうなど笑止千万というものだ」
「(イレギュラーからの情報が無ければ、僕達2人ともやられていたがな)」
心の声を口にも顔にも出さず、切嗣は頭から水をかぶる。
いくら戦える状態になったとはいえ、過去のトラウマを乗り越えたかと言われればそれは話が違う。定期的に罪を洗い流さなければ、またあの状態に逆戻りだ。
「……そうか、イレギュラーのサーヴァントか。まったく、予想以上に厄介な存在だったようだな。まるで私のことを邪魔するためだけに生まれてきたような奴だ」
あながち間違いではないことを言いつつも、綺礼の余裕はなくならない。
「だがそれでも、君たちの勝利は絶対にない」
シビル・ウォーの効果範囲の中で絶対にしてはいけないことがある。それは殺人だ。相手にケガをさせるまでならまだ大丈夫だが、殺人は禁忌だ。
相手を殺してしまうと、相手の罪が自分に降りかかってくる。その上、相手は死ぬことなく、たった今自分が犯した『相手を殺した』という罪に守られ、不死身になってしまうのだ。
このルールには本体である綺礼も囚われるが、武術の達人で人の壊し方を理解している綺礼にとって、相手を殺さずに無力化する手段はいくらでもあった。
最悪、アイリを確保して逃げてしまえばいいのだ。
「君たちは圧倒的に不利な状況にある」
「その程度のハンデ、貴様相手にはちょうどいい」
それが始まりの合図だった。
綺礼がケイネスに向かって突貫する。だがクレイモア地雷に軽々と反応できる
綺礼の視界は一瞬で鈍色に染まる。防御形態になった
「ふッ!!」
拳がめり込んでいく。液体金属は包み込むように綺礼を迎え入れ――――捕らえた。
驚愕に目を剝く綺礼だったが、ケイネスの追撃は止まらない。
「アチョーー!!」
ケイネスの雄叫びと拳が同時に放たれた。水銀の枷から無理やり手を引き抜いた綺礼によって躱されるが、すぐさま別の構えをとっている。これは見様見真似の動きではない。
「現代魔術師というのはただ真理への研究をしていればよいというわけではないのだよ。私は嗜み程度だがね。こういったこともできなくては」
肘から先の服がなくなってしまったが、手の動き自体には何も問題はない。まだまだぬるい拘束だったようだ。
そう考えつつも、反対の手で黒鍵を取り出した。
切嗣が構えるキャリコM950が火を噴いた。無数の弾丸が綺礼に襲い掛かる。天才的な黒鍵捌きで弾丸を跳ね返す。無事を確認した手でも黒鍵を構えれば、それだけで突破不可能な鉄壁の防御だ。
(いくら銃弾を撃たれようが問題はない。気を付けるべきは……ッ!)
「Scalp!」
重金属の水銀が高圧で撃ち出され、人体を殺傷するには十分すぎるほどのレベルに達する。チタン鋼からダイヤモンドまで切断できないものがないこの斬撃。いくら何でも黒鍵で防ぐことは出来ない。
少々単調な攻撃だが、切嗣のいやらしい弾丸による援護。それに加えて、
「ちぃ!!」
踏みしめる脚が、地面とは違った感触を捕らえる。足元から何かが飛び出してきた。
体をひねって間一髪で避ける。
(針か? 薬物を使って行動不能にしようというのか)
待ち構える切嗣が何も用意していないわけがない。今この家にはトラップが張り巡らされているのだ。
(罠の方向に誘導されているのか)
ならば、と。
「「ッ!!」」
踏み込んだ足が、地面を割った。今の踏み込みで、綺礼の足の骨にはヒビが入っていた。強化魔術すら追いつかないほどの渾身の攻撃。
(殺しはしない。脊椎を破壊し半身を不随にするッ!!)
狙いはケイネス。
次の瞬間、
―――――――――――――――起源弾が綺礼の頭蓋に突き刺さっていた。
「……は、ぁ……?」
脳漿を飛び散らせながら倒れこんだ綺礼が口にできたのは、そんな間抜けな、意味のない言葉だけだった。
まったくの意識の外、完全な不意打ちだろうと武術の達人である綺礼なら手で払うくらいならできる。この威力の弾丸を受けてしまえば片手が使い物にならなくなってしまうが。
今回はそれすらできなかった。
何も知ることなく、綺礼の意識は永遠の闇の中に引きずり込まれていった。
―――――――――――――――――――――――――――
「や、やった……ッ!?」
「アア! 命中ダ! ヨクヤッタゾ、チンチクリン!!」
「撃ッタ瞬間、目ツブッテタゾ!」
自分の手の近くに浮かんでいる小さい相棒が声を張り上げる。
『やった』と言われても全く実感がわかない。意識がふわふわして夢の中にいるみたいだ。緊張で体がうまく動かない。喉はカラカラだ。最低限指先だけでも動けばいいと思っていても、わずかなパーツすら自分の思い通りに動いてくれない。
気が付いた時には肩が外れそうなくらいの反動と、鼓膜が破れてしまったのではないかと思うほどの破裂音が聞こえてきていた。
狙撃手ウェイバーは耳鳴りのする耳を抑えながら、手に持った無骨な銃―――切嗣に渡されたトンプソン・コンテンダー―――、そして切嗣に託されたスタンドであるセックス・ピストルズに目を落とした。
セックス・ピストルズ
ジョジョの奇妙な冒険第5部に登場する『クイード・ミスタ』のスタンド。
弾丸にとり憑くことによって、その軌道をある程度自由に操作することが出来る。彼らが操った弾丸はスタンドにもダメージを与えることが出来る。
ミスタのピストルズにはNo.4がいないが、切嗣が特に『4』という数字に対して思っていることがないため、No.4は存在している。
『ええっ! 僕がこれ撃つの!?』
『ああ。イレギュラーの話と僕のスタンドを見た時、この作戦が一番効果的だ。舞弥にはもしもの時、僕達の妻を安全な場所まで送り届ける役目がある。』
『陽動で気を引き、必殺必中の弾丸を食らわせる……姑息な手だが、魔術の競い合いではないのならやむなしと言ったところか』
『辞退してくれてもかまわない。君はこういう荒事には慣れていないだろう』
『その場合は陽動が減ることになるのか……そもそも、そんなに簡単に当てることが出来るものなのか?』
『心配スルナ! ドンナニ下手クソデモ、俺タチガシッカリ当テテヤルサ!』
『ああ~っ、もうっ!! やるよ! 僕だけ逃げるわけにはいかないだろ!!』
思い出してため息をついた。せっかく手に入れたスタンド能力を自分で使わないというのが切嗣らしい戦略だ。
切嗣の作戦はすべてうまくいった。
シビル・ウォーの効果範囲外からの殺害ならば、スタンドの効果は発生しないのだ。
「引き受けなければよかったかもしれない……」
「ブッパナシテオイテ何言ッテンダヨ!」
何となく意地で受けてしまった大役。大変だとか、緊張するとか、そんなせこい理由ではなく。自分の放った弾丸が、人1人の命を奪ったという事実が、徐々に感じられてきたからだ。
勝ったはずなのに気分が悪くなってしまっている。
こんなつらい思い、出来るならしないほうが良かった―――
「いや、違う」
否定する。
「違うだろ。僕はこういうことをしていたんだ。自分で好き勝手に飛び込んで、つらかったからそれから逃げるなんて、カッコ悪いことだ」
とりあえずは、
「うっぷ……早く下りないと」
銃声で目を覚ましたらしい住人達に気が付かれないように屋敷に戻り、エチケット袋を貰う事から始めよう。ウェイバーはそう思うのだった。