「はっ! ここは……」
気が付くと見慣れた場所に立っていた。ここは久々の、本当に久々の我が家だ。タイムベルトで過去に飛ばされる前の姿のまま、携帯の画面に表示される時刻は、メールを見たときから5分ほどたっている。
あの濃い数日がこっちではたった数分なのか。こうしてみると、本当にあったことなのか、夢じゃなかったのか不安になってくるな。
俺はとりあえず落ち着こうと、靴を脱いで静かな家の中に入る。
ブラドとの戦いで、雪菜、クロ、アスナ、アリア、耀は入院してしまっている。だから家にいるのは理子、ティナ、狂三……ヤミはいるのかいないのかわからないけど。
今日の料理当番は理子と狂三だったはず。
あの2人、何もしてないだろうな。今日はお目付け役がいないから、何をやってもいいなんて思ってるんじゃないだろうな。
不安だ。でも楽しみかもしれない。
とりあえずは癒しが欲しい。殺伐とした世界にいすぎたせいで、体が癒しを求めている。
キッチンから話し声が聞こえてくる。仲良くやっているな。
「ただいま」
「おかえりなさいませ、翔さん」
「おかえり~」
「おかえりなさい、お兄さん」
俺の予想通り、みんな仲良く夕飯の準備にいそしんでいた。
理子はイメージに合ったフリフリ付きの胸の部分がハートになったエプロンをつけている。刃物を扱うのに慣れているためか、意外にも包丁捌きは上手い。狂三は黒のシンプルなものを。鍋の中をお玉でゆっくりとかき混ぜている。ティナはまだ料理を覚えていないため、食器の準備をしていた。
「……え?」
そんな優しい光景よりも、目が引きつけられる存在があった。狂三と理子の間で炒め物をしているもう1人の少女。軽快にフライパンを振るその姿は、とても料理慣れしていることがわかる。
「桜、ちゃん……?」
見間違えるはずがない。でも、ここにいるはずがない。そう認識した瞬間、俺は駆けよっていた。そうせずにはいられなかったのだ。
「ぇ? 翔く―――」
「桜ちゃん! 桜ちゃんなんだよな! どうしてここにいるんだ!? や、その前に……あの後どうなったんだ!?」
俺の剣幕に驚いていた桜ちゃんだったが、次第にその目に涙が溜まっていく。
「あ、っと……」
俺としたことが、驚きのあまり我を失ってしまっていた。冷静に考えれば、俺が残した言葉を頼りに俺を探して、この家にたどり着いたのだとわかりそうなのに。
そんな愚かな俺が出来るのは、すすり泣く桜ちゃんを抱きしめて頭を撫でるくらいだ。
「やっと、やっと再会できた……っ」
「ちょっと待たせちゃったな」
俺を力の限り抱きしめる桜ちゃん。それに応えるように、俺も腕に込める力を強め―――
「で、どういうことか説明はありますの?」
あ、そうですよね。
――――――――――――――――――――――――
「「「「「いただきます」」」」」
あのまま料理を放置して説明というわけにはいかず、俺も手伝って急いで料理の準備をした。こうしてテーブルに並んだ料理はどれもこれもおいしそうだ。
しかし、みんなの興味はすでに料理にはなかった。
「それで、どういうことですの?」
「いきなり抱き合うなんて、どう考えても普通じゃないですよね?」
「今までそんなそぶり無かったのにねぇ~。桜ちゃんからは好き好きオーラは出てたけど」
「そ、そんなオーラ出していましたか?」
分かっていたことだが、桜ちゃんはもうずいぶんこの場所に慣れてるな。相当昔に俺のことを探し出したんだろう。
「それはもう。洗濯当番の時に翔さんの下着をもって立ち尽くしていたではありませんの」
「絶対あの時クンカクンカしてたでしょ? 理子はちゃんとわかってるんだからね」
「いつもチラチラお兄さんのほうを見ていましたし……クンカクンカ?」
ティナ、君にはまだ早いよ。
「そんなことしていません! 変な誤解を与える言い方はやめてください! その、ちらちら見ていたのは、本当ですけれど……」
「というか、クンカクンカって、そんなことする奴が現実にいるわけないだろ?」
俺は2人の冗談を笑い飛ばす。え、何で2人とも顔を反らすのかな?
「あ~、そう思ってた方が幸せかもね……」
「女性の世界は、殿方が考えているよりも闇が深いのですわ……」
「いやいや、そんな、冗談だよな?」
そうだよ、きっとそうに決まってる。
「「「……」」」
今度は何も言ってくれなかった。しかも、桜ちゃんまで顔を反らしている。君らは俺と同じくらい、報告しなくちゃいけないことがあるんじゃないのか?
「話を戻しましょう、皆さん」
「そ、そうだよな! 俺も色々聞きたいことがあるし!」
「このことについては、あとで勉強しておきます」
「勉強はやめろ!」
純情なティナが穢れてしまう! や、前クロに誘われて俺のイチモツに色々してたんだっけか。やだ、もう俺ティナを穢してる!
「とにかく、話を戻すからな! 実は―――」
俺は聖杯戦争のことについて説明した。その戦いのこと、桜ちゃんのこと、その行動の結果歴史を変えた可能性があることも。
「実際歴史は変わっている。俺が過去に行く前には桜ちゃんは俺の家にいなかったからな」
「翔さんがそんな嘘をつく意味はありませんし、本当のことなんでしょう」
「昨日までは普通に『桜』って言ってたのが、急に『桜ちゃん』だからねぇ。てっきりそういうプレイでもしたのかと」
お前はすぐに下ネタに繋げるな。お目付け役がいないからって自由すぎるぞ。
「俺も桜ちゃんは違和感あるし、これからは桜にする。いいか?」
「はい。もちろんですよ」
「ふーん。それで翔君は何人の女の子を落としてきたの?」
「お前話聞いてないだろ。そんな生易しい戦いじゃなかったんだぞ?」
「でも翔君はきっちり桜ちゃんのことは落としてるしぃ~。そんなこと言われても信用できないんだよねぇ~。しかも、当時桜ちゃんは5歳でしょ? 幼女キラーだ! 幼女キラーだよ!」
「お前、ここ以外で言ったらただじゃおかないぞ……っ!」
マジで社会的に死ぬ。
「何人もの女性と付き合っているというのは大丈夫なんですか?」
ティナの言う通りだ。感覚がおかしくなっているのかもしれない。
「そんなエロゲ主人公な翔君のことを、もっと知りたいんだよ~。ねえ、教えてよ~」
「即座に否定しなかったということは、最低1人いることはもう確定していますわ。怒りませんから教えてくださいまし」
「そもそもそんなことに怒ってたら、あなたと一緒にいれませんわ」
ま、まあそうですよね。もう了承はもらっていますもんね!
「その、1人……や、2人?」
「はっきりしませんね」
だってセイバーはともかく、オルタの方は初対面から俺のこと伴侶とか言ってくるんだもん。
「セイバーさんですよね。王様なのにコロッと落とされた」
「え、ま、間違いは言ってないけど、それは……」
「そうですよね? 何も間違ってないですよね? 落ち込んでいるところを慰めたらコロッと落ちたのは」
く、黒い……っ! ずいぶんと強かに育ったみたいですね。言い方に棘がありすぎる。特にセイバーに対してアレな感情があるのかもしれない。
「そ、それで? 2人かもしれないというのは、どういうことなのですの?」
「あ、ああ。最後の決戦で俺のアイテムを使って2人に分裂したんだよ」
あの狂三ですらちょっと引いてるぞ。俺はなるべく平静を装って返す。
「アイテム? へぇ……そうなんだぁ」
「2人に分裂する? 私のクラスカードのようなモノなんでしょうか」
理子はもう全部分かったという顔をしている。そういえば、俺の能力のアレコレについて、桜は知っているのだろうか。長く俺と一緒にいたのなら、察していてもおかしくないけど。
「とりあえず、これで俺の話は終わりだよ。今度は俺が聞きたい。桜はあの後どうしたんだ?」
「はい。あの後はウェイバーさんたちと時計塔に行ったんです。体の治療をしながら魔術のお勉強をして」
本当にウェイバーに魔術を習ってたのか。あれ冗談のつもりで言ったんだけど……
「私の魔術回路すごく珍しかったらしくて、すごく苦労したんですよ。でも今では、管理局のスゴイ部署にスカウトされるくらいには上手くなったんですよ」
「スゴイ部署?」
「はい! 特務六課って言う部署なんですけれどもご存知ですか? 課のメンバーはみんな一流で、有名な人ばかりなんですけれども」
特務六課ぁ!? そこに繋がりが出来ちゃったのか!?
「そ、それで、そのスカウト受けたのか?」
「もちろんです! 高等部に上がる時にスカウトを受けて。設立の場所がちょうど学園都市だったので」
「何か、俺と会うためにそのスカウト受けたって聞こえるんだけど……」
「そうですよ? 翔君が言った10年後にちょうど設立される部隊でしたから、運命かなって思えて。ウェイバーさんも狙って、この時期にここの時計塔支部に移動してきましたから」
「あいつもここにいるの!?」
「今ではエルメロイⅡ世と名乗っていますけれどね」
つまりはケイネスさんとはうまくいってるわけだ。エルメロイの名前を貰えているなら、ちょっとやそこらの繋がりじゃないな。
そのうち、会いに行こう。待てよ、あいつ偉くなったってことはアポとか必要なのか? なんか複雑だ。同級生が自分よりも立派に働いている姿を見るような、そんな気持ちになる。
「聖杯もしっかりと解体しましたよ。サーヴァントの皆さんは座に帰ってしまいましたけれど」
それも良かった。結局聖杯についてはノータッチだったからな。専門家に任せることが出来たのが大きかった。
「ごめんなさい。お話したいことがたくさんあって……話がうまくまとまらないですね。でもこれも言っておかないと……」
そう言って、桜はデバイスを操作する。そして俺に画面を見せてきた。そこには1枚の写真が写っていた。数人の人物が映っている。家族の集合写真のようだ。
和装に身を包んだアインツベルン一家だ。多分アイリさんの希望でこっちになったんだろう。
「これ切嗣さんたちだよな?」
「正式な式は上げていなかったらしくて。アイリさん、きれいですよね」
色々片付いたからな。新しい生活の始まりにこういう祝い事をするのはいいことだと思う。思うけどさ……どうにも納得できないことがある。
「なんか、子供が増えているんですけれど……」
イリヤのほかに1人いる。見たことのない子供が。
「はい。見ればわかると思いますれけど、男の子で舞弥さんとのお子さんですよ。私も、時計塔にいたころは1年に何度か会っていました」
あの人たち子供も作ったのかよ……違う女性と1人ずつ。俺のこと言えませんよ、切嗣さん。
「切嗣さんと舞弥さんは武偵に転向して頑張ってます。翔君のことはもう言ってあるので、準備が終わったらこっちに来ると思いますよ?」
「わざわざそんなこと言わなくても……」
「みんな会いたがっているんですよ」
俺はいつの間にそんなに大人気になったんだ。
でも、みんなうまくやっててよかったよ。
「でも私、ここに来てびっくりしたんですよ? だって翔君、いっつも女の人に囲まれているんですよ? もう慣れましたけどっ」
過去の俺は、いったいどんな顔で桜を迎え入れたんだろうか。現地住民の女の子がいきなり好感度100%で迫ってきたと考えると、腰を抜かしてもおかしくないな。
「でも、今日からは私も頑張りますから。覚悟してくださいね、翔君?」
「お手柔らかにお願いします」
俺は苦笑いする。色々な不安が消え去り、一気に力が抜けてしまった。
そんな俺を叱りつけるように、腕につけているデバイスが震えた。
「ん?」
「あっ、食事中ごめんなさいっ!」
メールだ。嫌な予感がするぞ。タイミングよく桜にも電話がかかってくるし。
しかし開かないわけにはいかない。意を決して差出人を確認する。差出人は……
「楯無さんか」
「女の人ですか?」
「気にしない気にしない。えー、何々……」
「お疲れ様です! あ、はい……はい……はい、大丈夫です! はい、わかりました。明後日の13時、〇〇〇ですね? はい、失礼します」
明後日の13時か、じゃあ桜と一緒に行くことになるのかな。
「アイツの家に」