遅くなってしまい申し訳ありません。
あああああ! やってしまいましたやってしまいました! 私としたことが、翔になんてふがいない姿を見せてしまったのでしょうか……っ。
私―――アルトリア・ペンドラゴンは、試着室の中でうずくまった。熱くなった顔を両手で押さえ、今起きたことを反芻している。
騎士王と呼ばれた私が、ただの少女のように服を着てはしゃいでいる姿なんて、翔の思い描く私ではないはず。もっと背中を預けることが出来るような、そんな頼もしい存在のはずです。
それを、こんな形でっ。
「~~~~っ!!」
小さい個室の中でなければ、転がりまわっていたかもしれません。
顔を覆っている手をどけると、そこには信じられないくらい情けない顔をした私がいた。顔を熟れたリンゴよりも赤くして……気持ちを落ち着けるのに一体どれくらいかかるのでしょうか。
「アルトリアさん? 翔君なら外に行きましたよ? そろそろ落ち着きましたか?」
「桜ですか? 本当ですか? 本当にいませんか?」
「はい。お約束します」
恐る恐るカーテンを開けると――――確かにそこには翔の姿はありませんでした。私は大きく息を吐き力を抜きます。そのおかげで大分落ち着けたような気がします。そんな私に注がれる複数の視線。
「な、何か?」
「服、どうですか?」
「え?」
一瞬言っている意味が分かりませんでしたが、すぐに理解します。そういえば私はこの服を試着するためにここにいたんですね……あまりに衝撃的な出来事のせいで、頭が真っ白になってしまっていました。
「い、いえ! 少し試してみようと思っただけですから! すぐに着替えます!」
「すごく似合ってますよ! ちょっと後ろの方も見せてもらってもいいですか?」
「ぇ、あ、はぃ」
綺凛に押された私は、言われるがままに後ろを見せる。
「わぁ! いいですよアルトリアさん! やっぱりこの後、洋服も見るべきですよ!」
「髪型も変えるともっといいかもしれないですね……」
「確かにそうですね……少し考えてみましょうか」
「あの! 私は特にこの服が欲しいわけでは!」
思わず声を張り上げてしまう。や、まったくほしくないかと言われれば、そんなことはないというか、ちょっとは欲しいと思うというか!
しかし、サーヴァントであるこの身には、日常で困らない程度の服さえあれば十分で―――
「くだらないことを考えるな。青いの」
「オルタ?」
「そう言って逃げ回っていても一向にかまわんがな。翔は私がもらうだけの話だ」
「だから何の話を―――」
「自分に自信がない女ほど見ていて見苦しいものはないな。自分の半身ともなれば、もはや見るに堪えないぞ」
その言葉にカチンときた。
私が逃げ回っている。それは図星だった。よりにもよってオルタに言われてしまうとは。私は翔に背中を預かってほしい。しかし、翔にも背中を預けてほしい。そんな存在になりたい。私だって、オルタや桜と同じく、いや、それ以上に翔を愛している。そうでなければここにはいない。
「買います」
「え」
「桜、会計を!」
「でもそれはスポーツウェアで……翔君に見せるなら、もっとかわいい服のほうが」
私の言葉に、オルタは満足そうに頷いている。
……勢いで言ってしまいましたが、翔に見せるのはいったいいつになるのでしょうか……
―――――――――――――――――――――――――――――
まったく、困った半身だ。ため息を吐きつつ、私―――アルトリア・ペンドラゴンは一足先に店の外に出る。私たちは2人ともアルトリアだが、先に現界したあいつをアルトリア、私のことはオルタと呼ぶことで区別している。
私はあの聖杯戦争中にとてつもなく特殊な形で召喚された。その影響か、あの聖杯戦争でのアルトリア(セイバー)の記憶がすべて焼き付いている。
この男に、奴がどんな気持ちを持っているかも。
その記憶に魅せられた私までもが、こうなってしまっているのだ。そんな強烈な気持ちを持っている。
「早いな。みんなはどんな感じ?」
とぼけた顔で、翔が立っていた。端末を弄り時間を潰していたらしい。コイツは、周りにいる女のことを考えていないようで考えている。分かりにくいようで、その在り方はまっすぐな奴だ。
「ようやく駄々っ子が決心したらしい」
「触れないほうがいいだろうなぁ……」
余計な気をまわす奴め。そこが良いところでもあるが悪いところでもある。もっと女性を引っ張っていこうという気持ちを持てばいいものを。
戦いの中で、相手に自分の誇りをぶつける時のような勇ましさをいつも持てば、さらに良い男になるだろう。
「ああ。そうしろ。あいつにはその方がいい」
だが、今回ばかりはこいつの判断に賛成だ。手を貸してばかりでは、成長することは出来ないからな。特にあの女のような頑固な奴は。
自分の気持ちを理解しているくせに、表への出し方を全く知らない。それも無理はないと同情してしまうが。あいつと私、アルトリア・ペンドラゴンが置かれていた立場を考えれば。誰かに頼るなど、考えることなど出来なかった――――
「―――待てよ?」
「何が?」
「いや、何でもない。気にするな」
ふう。思わず声が出てしまった。だが、そのくらい衝撃的な
あの女に当てはまることは、私にも当てはまる……?
「いやいやいや」
「何が?」
翔が私を見てくるが、思考の海を泳ぐ私には反応する余裕がない。
それにしても、一瞬とはいえバカなことを考えてしまった。この私が、生娘のように……そういえば、私の中にあるその記憶は、あの女の経験なのか。
実際の私にはそんな経験は……
「この私が、後れを取っている……?」
「だから何に?」
そんなバカなことがあるのか? ここまで言っている私が、一番大事なところで後れを取っているだと? そんなこと認められるわけがない。
そもそも、昨晩の時点で済ませておくべきだったんだ。それを何だ、あんな複数の女を侍らせて、何もせずに眠るだと? 百歩譲って女が何人もいるのは良い。どうせ私が一番だ。だが、その私にすら何もないというのはいったいどういう事なんだ?
そう思うと、だんだん言葉に出来ない感情が膨らんでくる。
「今夜、覚えておけよ」
「え」
何が何でも、今夜一歩進む。そう決心し、頭の中でプランを練るのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
もう、お兄ちゃん―――翔君は―――本当にどうしようもない女たらしですね。私―――間桐桜は、横を歩く彼の横顔を見た。本当だったら、2人でゆっくりと買い物のはずだったのに、聖杯戦争の記憶が蘇ったのなら、いろいろと話したいこともあったのに。
セイバーさんたちの日用品の買い物、それ自体はまだいいです。でも、アインハルトさん
と綺凛さんまで来るなんて全然想像してませんでした。
おかげでこんな大所帯。男の人は翔君1人。とんだハーレムですねっ。この島で再会した時から、翔君の周りには女性が多かったですけれど。いまさらこの程度で文句は言いませんけどっ。
セイバーさんは言うまでもなく、翔君のことが好きです。それはオルタさんも同じ。そして、綺凛さんもそうなんでしょうね。翔君の一挙手一動作一声に敏感に反応してます。アインハルトさんは……まだだと思いますけれど、いつどこでそうなってしまうか。油断できませんね。
翔君、私のこと興味ないんでしょうか。聖杯戦争を経験したなら、もっとあのメンバーがどうなったのか知りたいと思ってもいいと思うんですけれど。
なんて気持ちは、もうあまりない。
翔君はそういう人だから。誰かが困っていたら助けてしまう人だから。この島に来てからずっとその姿を見ていたら嫌でもわかってしまう。
助けた人たちを大切に思っているけど、誰か1人を特別に思っているわけじゃない。誰かの気持ちに応えているだけ。
でも、だからこそやる気が出る。
気持ちに応えさせるだけじゃなくて、夢中にさせて見せる。でも、恋心とは別に、恩返しをしたいという気持ちもある。
私の人生は、翔君に与えて貰ったんだから。翔君がいなかったら、あの地獄の中で壊れていくだけだった。その分を、一生を与えて貰ったなら、一生をかけて返さなくちゃいけません。
でも、この気持ちは絶対にそんな義務感だけじゃない。そう断言できます。
1人の女として翔君に尽くしたいという気持ちも確かにあるんです。
強力なライバルはたくさんいます。みんないい人たちで、大切なお友達です。でも、やっぱり、1番は譲れません。
私はずっと待っていました。聖杯戦争の記憶が戻る事を。この島で初めて会ったときは少し傷つきましたけれど、しっかりと理解してここまで待ちました。
「翔君、 あのお店で少し休みませんか?」
ここからは、私も本気を出しますよ? 翔君。
―――――――――――――――――――――――――――――
やっぱり先輩、私の知らないことがたくさんあるんだな。熱くなった顔を冷たい飲み物で覚ます私―――刀藤綺凛―――は、アルトリアさんたちにあーんをしている翔先輩を眺めている。
アインハルトさんにも自然にあーんしてたし、桜さんたちにも。そ、それに、私にも。アインハルトさんにするときは、少し強引だったけどあんまり恥ずかしがってるようには見えなかったし。そもそも、そんなに他人にあーんしたりしないよね、普通は。
そもそも論で言うなら、あの双子? のアルトリアさん達とも一緒に住んでたなんて全然知らなかったもんね。先輩が私に報告する義務なんてないけど、他にも女性との関係があると思うと、ちょっともやもやしちゃう。
それに、先輩強くなってる。
どんな修羅場を潜り抜けたかなんて全然わからない。少なくとも私には、この短期間でここまで強くなる方法なんて全然見当がつかない。
今私が戦っても、絶対勝てないと思う。そのくらいの差が出来ちゃってる。あの時の決闘ではそんなことなかったのに。
「綺凛、いる?」
「ぁ、はい! むぐっ」
ボーっとしていると、先輩にスプーンを突っ込まれた。口を動かすと、クリームの甘さとフルーツの酸味が口の中に広がる。
「おいしい?」
「えへへ。おいしいです」
「翔君。今度は私ですよ」
「はいはい」
桜さんにスプーンを向ける先輩。
私には知らないことが多いけど、それでも先輩は先輩だと思う。どれだけ強くなっても、優しいところは全然変わってない。
でも、このままだとただの先輩と後輩のままだよね。う~、どうすればいいんだろう。一緒に住んでる人と比べたらやっぱり不利だよ!
もういっそのこと、先輩の家に押し掛ける―――なんてできるわけないよ! 家の人が許してくれないし、何より先輩と一緒の家に住むなんて。
でも、もっと先輩と一緒にいたい。どうすれば―――
「ぁ」
あった。
前に少しだけ話が出て、それっきりになっていたことだ。
「せ、先輩! すこし、お話良いですか?」
「お、おい! スプーン吸いすぎだ……っ! もう何も残ってないだろ……っ! あ、なんだ綺凛」
「……後にしたほうがいいですか?」
なんかもうスゴイ体勢になっている。アルトリアさん、甘いもの好きなんだね。
「全然気にしないで。このままで問題ないから」
「そうですか……?」
全然そうは見えないけど、先輩が大丈夫っていうならそうなんだよね。
「実は、今日はこのことをお話ししようと思っていたんです。この前の
「あー……あれね」
「グッ! ゲホッゲホッ!」
チョット見栄をはった前置きをして話始めると、アインハルトさんがせき込んだ。ストローを咥えていたから飲み物が変なところに入っちゃったのかな?
「アインハルト?」
「い、いえ。なんでもありませんよ。綺凛さん先輩の
「や、前にちょっと話してただけだ。話が進んでるわけじゃないから」
「あ、ああ、そうなんですね。すみません、てっきり―――」
「てっきり?」
「っ! なんでもありません! なんでもありませんよ!」
アインハルトさんが珍しく慌ててる。どうしてだろう? でも、理由は言ってくれない。気にしないでほしいって言われたし、話を進めようかな。
「それで、先輩はどうお考えですか?」
「ごめん……忙しくて考えてる暇がなかった。ま、俺としては断る理由がないから」
「でしたら!」
「ん。今度正式な書類を提出しに行くか」
「はい! ありがとうございます!」
えへ、やりました! これからもよろしくお願いします、先輩。
――――――――――――――――――――――――――
翔先輩、ホントはどういう人なんだろう。私―――アインハルト・ストラトス―――は次々とあーんをしていく先輩を横目に見ながらストローを銜えた。
最初の印象は実力者。それだけだった。その頃は私の方でも反省するところがあると思うくらいヤンチャしてたから、それ以外の感情はなかった。今は少し違って、尊敬できる先輩、だと思う。
今朝会ったら、信じられないくらいの強者の存在感を持っていた。数日前とは明らかに違う。いったいどんな訓練をしたのか。
そして、そんなに強くなっているのに、いつの間に知らない女性2人と知り合って買い物に行くような仲になったのか。
ダメですよ、みだらに女性と関係を持つのはっ。学校でも教わりました。男性は特に気を付けないといけないって。先輩はもしかしたらその意識が足りていないのかもしれないです。
ここは私が、無礼であっても指摘しないといけないのかもしれないです。先輩に何かあってからでは遅いですから。
「実は、今日はこのことをお話ししようと思っていたんです。この前の
「あー……あれね」
「グッ! ゲホッゲホッ!」
『あの事』を思い出して飲み物を喉に詰まらせてしまいました。
「アインハルト?」
「い、いえ。なんでもありませんよ。綺凛さん先輩の
少し前の朝練、私は盗み見てしまったことがあります。綺凛さんが先輩に、その、自分の胸を触らないかと迫っているところを。
あの時は何もありませんでした、よね? 私は結局隠れていて、外に出た時には2人はもういませんでしたし。もしかすると、私が知らないところで2人は……
「や、前にちょっと話してただけだ。話が進んでるわけじゃないから」
先輩と綺凛さんはきょとんとした顔をしている。本当に何もない、のでしょうか……?
「あ、ああ、そうなんですね。すみません、てっきり―――」
「てっきり?」
「っ! なんでもありません! なんでもありませんよ!」
冷静に考えれば、あの綺凛さんが人のいるところでそんな話をするわけがありませんよね。私の早とちりです。絶対にそうです!
はぁ。最近、雑念が多いのは私の方なのかもしれないですね……