「うーん、まだ昨日のモノが残っているように感じます……」
「おい、こんな人が多いところでその話をするんじゃない」
俺たちは特務六課の受付にいた。そんな公務員盛りだくさんの場所でそんな卑猥なお話をしたくない。
「あんなにすごいんですね、夜の翔君は……腰が抜けるなんて本当にあるんですね。オルタさんのことバカにできません」
「これからは仲良くしてくれよ。つか、昨日はやりすぎだよ」
「それはそうと……翔君、お尻も興味ありますか?」
「そんなこと言ってない!」
露骨に話を逸らされてしまう。そんなこと言わないで仲良くしてほしいと思う。いちいち火花を散らされるとこっちの心臓が持たない。まあ、向こうもその気がないわけじゃないんだろうけど。あるよな?
そんなこと言ってると、1人の女性が俺たちに近づいてきた。
その顔は俺もよく知る、しかし一度もあったことのない人だ。
「今日はよろしくお願いします、テスタロッサ執務官」
「はい。よろしくお願いします」
「お願いします」
フェイト・T・ハラオウン。『魔法少女リリカルなのは』に登場するキャラクターだ。原作とはあまり大きな差異はなく、この世界でも管理局の執務官として活躍している。
とうとうこの日がやってきた。俺と桜は集合場所である特務六課の建物にいた。そこから今回の捜査を任されている六課の職員と、アイツの家に向かうのだ。
最近新設されたらしい特務六課だったが、建物自体は新品というわけではないらしい。どこか使い込まれた形跡がある。費用削減のための涙ぐましい努力がうかがえる。
今日俺たちが同伴する職員とは目の前にいる美女、ハラオウンさんだ。彼女をリーダーとする捜査官5名ほどが一緒に現場に向かうことになっている。あいつの女性関係はすでに調べられているのか、捜査官には女性しかいない。だからか、フェイトさん以外の捜査官に向けられる視線には異物を見るようなものが混じっている。
「更識さんからお話は聞いています。あの吸血鬼ブラドを倒してしまったとか」
まあ、うちのパーティがね。俺はゾンビしか相手してないよ。
「そして対処が出来ていなかった新谷航平も捕まえて……スタンド能力も持っているとか。とても心強いです」
「全力を尽くします」
事務的な挨拶を終え、俺たちは車両に乗り込んだ。
「俺、あんまり歓迎されてないみたいだな」
「そ、そんなことないと思いますよ? ただ任務の前で少しピリピリしているだけだと」
俺たちは一番後ろにまとめて座った。視線から俺が歓迎されていないことはすぐにわかった。ま、外部権力で無理やり入ってきた人が歓迎されないなんて世の常だしな。多少の居心地の悪さなんて気にするだけ無駄だろう。
「それにしても、特務六課って思ったよりもしっかりとした部隊なんだな」
「そうですね。機動六課の功績が評価されての新部隊設立ですから」
「ま、表向きだろうけどね」
機動六課もテスタロッサさんと同じく『魔法少女リリカルなのは』に登場する組織だ。原作では、1つの部隊が保有できる戦力に決まりがある中、主人公格を無理やり全員入れるためにわざわざ能力制限をしてまで作った部隊だ。
表向きは『ロストロギア』と呼ばれる危険な代物の回収。裏向きは不穏な予言に対抗するために。
そんな背景があるのだ。この世界だって疑わずにはいられない。
「私の他にも、何人か学生がスカウトされているんですよ?」
わー、なんか俺の知ってるキャラクターがいるフラグが立った気がするぞー。
「桜は会ったことあるのか」
「はい! それはもちろん! あ、ダメですよ翔君」
「少なくとも、桜が考えているようなことは考えてないから」
「もう! 翔君は私を何だと思ってるんですか!?」
この娘、間桐から解放されてもこんな風に育っちゃうんだなぁ。
そんな他愛のない会話を車の中でしていた。
目的地までは30分。凶悪犯の根城とは思えない、街中の一角の建物だ。
―――――――――――――――――――――――――――――
「ここか……」
「そうですね、本当にこんな普通のところに住んでいたんですね」
桜もしみじみと言った様子で言う。
ゾンビが吐いた情報の住所に行くと、そこには俺の住んでいる家によく似た建物が立っていた。1階部分が格納庫になり、上に続く階段がある。
「犯罪者はどこに潜んでいるのかわからないということです。皆さん、準備はいいですか?」
テスタロッサさんは表情を変えず、突入の準備をしている。しかし、目には抑えきれない怒りが燃え盛っている。冷静の中にも罪を許さないという強い意志をひしひしと感じる。
それは他の捜査官も同じのようだ。取り出す武器を握る手には力が入っている。
「それでは、行きましょう」
合図と共にカギを破壊し、突入した。
「「お待ちしておりました。お客様」」
中も特別変わったところはなかった。俺たちが住んでいる家と、この世界に数え切れなくあるであろう玄関と何も違うところはない。ゴミ袋が散乱しているとか、妙な臭いがあるということはない。それどころか、フローリングや棚、そこに置かれている小物にすら埃がない。人を招くために入念に掃除をした後のようになっている。
しかしその中に全く合わない、異質な人物が目の前に立っている。以前理子に招かれたお店にいた娘とは、着こなし具合が違う。年季の入ったメイド服を着たプロの2人だ。
その2人は深々と下げていた頭を上げた。その顔を見て、おそらく俺だけがさらなる衝撃に襲われた。
レ、レムとラム……だと!?
双子であるため非常に似た顔立ちをしている少女2人は、感情の読めない無表情で俺たちを見ている。この家にいるということはアイツの関係者のはずだが、俺たちに対して何かしようとは思っていないようだ。
この2人は『Re:ゼロから始める異世界生活』に登場するキャラクターだ。その世界でも2人揃ってお屋敷のメイドとして働いている。この2人は双子であり、姉がラム、妹がレムだ。
この2人も召喚されていたのか。そうじゃない可能性は低いだろう。
突入の緊張感を予想の外から崩されたことによって、俺も含めて固まってしまっている。最初に調子を取り戻したのはテスタロッサさんだった。
「管理局特務六課所属、フェイト・T・ハラオウンです。抵抗しないでください。この捜査は正式な指令を受けて行われています。抵抗された場合には実力行使をさせていただきます」
強い口調でそう告げる。常人なら腰を抜かして首を縦に振るしかできないだろうが、目の前のメイド2人は顔色一つ変えない。
それどころか、
「どうぞ、こちらに」
「私たちの主がお待ちよ」
家の奥へと案内してくれるようだ。
「翔君、どういう事でしょうか……?」
「さあ……」
被害者、というにはあまりにも飄々としている。あの男から解放されたという安堵がない。ただ事務的に自分の仕事をこなしているような。しかも、私たちの主? いったい誰のことを言っているんだ? アイツはもう捕まっていることを知らないのか?
「ここで立っていても仕方がありません。十分に注意して進みましょう」
俺たちを待つレムとラム、その背中を追いかけ、俺たちは中へと歩を進めるのだった。
そうは言っても、それほど大きな家ではない。しかも、俺たちが住んでいる家と同じ作りだ。どこに向かっているのかはすぐにわかった。いつもみんなでくつろいでいる場所、リビングルームだ。
「「こちらでお待ちです」」
思ったとおり、リビングへと案内された。俺たちは捜査に来たはずだったのだが、いつの間にかその目的から大きくそれてしまったかのような錯覚を覚え始めていた。
「広いな……」
そこは俺達の家の何倍もの広さがあった。女の子が召喚されていくたびに広がっていくこの家だ。リビングにもその機能があったとしてもおかしくはない。それはつまり、それだけの数の女の子をあの男が召喚したという事なのだが。
この部屋もきれいに掃除してあった。そして何より使われている跡がある。この家に住んでいる娘は、日常的にこの場所を利用しているのだろうか。それにしては、家に入ってから気配がない。
そんなリビングで1人、本を読む女性がいた。ハードカバーの表紙には、英単語が並んでいる。細い金属フレームの眼鏡の奥の瞳が、俺たちの来訪など意に介さずに活字を追っている。体の線は細いが、華奢な印象は受けない。質素なスーツに身を包んでいるが、特になんてない動作をしているだけなのに、一般人にない凄みを感じる。
「管理局特務六課所属、フェイト・T・ハラオウンです。抵抗しないでください。この捜査は正式な指令を受けて行われています。抵抗された場合には実力行使をさせていただきます」
先ほどと全く同じセリフを、フェイトさんは目の前にいる人物に投げかける。俺達や局員は、すでに身構えている。目の前にいる人物は絶対に敵である。全員の勘が一致したんだ。
「捜査にご協力いただけますか? でしたら―――」
「もう潮時みたいだね。この場所も」
女性は本を閉じて顔を上げた。その顔には見覚えがない。だが、他の人はそうではないようだ。フェイトさんが息をのんでいる。
「あなたは……っ、第1級犯罪者『ライ』……っ!」
この世界の犯罪者なのか。コイツはあの男の仲間なのか? 何でこんなにリラックスしているんだ。そのくらい自分の実力に自信があるのか。それとも、何か罠が仕掛けられているのか。
「あら、私のことを知っているのね。あまりうれしくはないわ。もっと静かに楽しんでいたいの。私の人生を」
「動かないでください。あなたに対してはすでに逮捕状が出ています」
フェイトさんの顔が一気に臨戦態勢になる。それほどまでに手ごわい相手という事なのだろうか。
横で同じように顔を険しくしている桜に問いかける。
「はい。元は武偵の、今は殺し屋です」
「だれもかれも、私のことを知るようになったんだね。これだから嫌なんだよ」
「ここ2年は全く活動の記録がなく、死んだのではないかと言われていたんですけれど……」
武偵は武偵法により殺人は禁止されている―――というのはどこの国にも当てはまるものではない。中にはいるのだ。殺しを専門にする武偵が。
そういう武偵は、得てして殺し屋に転落しやすい。この女性もそういう人なんだろう。
「彼女の場合はやりすぎたんです。2つの組織がお互い彼女に依頼して、両方とも壊滅するなんてこともありました。反社会勢力だろうとお構いなしに依頼を受けるその姿勢が、今の彼女の状況を作っているんです」
「夜月さん。それは後回しに」
今はお勉強の時間ではない。そうフェイトさんに叱られる。
「スタンド能力。私はそれを目的にこの島に来た。もっとも、この名前を知ったのはここに来てからだったけれど」
そんな俺たちを意に返さず、ライは独白する。
「あなたが言ったように、私は2年間ずっと静かに過ごしてきた。私も反省しているわ。もう少し考えて行動するべきだったって。無意味に目立ってしまうなんて、私も抑えが――――」
「さっきのテスタロッサ執務官の言葉、聞いてなかったのか。そういうおしゃべりをする時間は今じゃないってな」
このおしゃべりが時間稼ぎという可能性は大いにあり得る。しかも、ライがスタンド能力を持っていた場合、その未知の能力で痛手を負うこともあり得るのだ。
狙ったのは両手。今の俺が外すわけがない。
目の前にはうずくまるライの姿が―――
「血気盛んだね、坊や」
耳元から聞こえた声に、反射的に背後を攻撃した。アリアからコピーしたノールックエルボーはリビングの壁をぶち破る。
しかしそこには敵の姿がない。また外れたのか……っ!
「あなたの思っている通り、私はスタンド使いだよ」
少し離れた椅子に座るライ。その身体や服には傷一つついていない。
「人生に行き詰まりを感じていた私にとって、スタンド能力はすべてを変えてくれた。私はここにいてここにいない。どこにも存在しない存在。そうなった。」
おそらくはもうスタンドの影響下。このメンバーは超一流だ。他の能力にむざむざやられるほど弱くはない。不味いぞ。先手を打たれた。
「ここは私の城だった。静かな私だけの世界だった。でも……こうなったらしょうがないよね」
「名前も顔を見られて、逃げられるとでも思ってるんですか?」
「私を捕まえるなんて、出来る訳がない」
その時、ライの後ろにスタンドが現れた。
――――――――――――――――――――――――
「っ! 俺は一体……ここはどこだ? いや、確か……」
今日はあのゾンビの家に捜査をしに行って……中に突入した。それから、どうしたんだっけ?
「思い出せないな……」
おかしい。記憶障害とか上条さんかよ。何か重要なことまで忘れていないだろうな。
って、ここはよく見れば俺の家の女の子の部屋じゃないか。なんでそのベッドで寝てるんだ? おかしいだろ。
しかも何でかペンも持ってるし。っと、キャップが取れちまってる。ペン先を握ったせいでインクが手にべったりだ。
ん、や、何か書いてあるのか。いったい誰がどうやって……そんな隙を作ってたのか俺は。おかしいぞ。
『おかしい』がゲシュタルト崩壊しそうになってるぞ。これで3回目だ。
「……」
……俺はどうして女の子の部屋のベッドで寝ているんだ?