私達がその部屋で見たものは機械に繋がれた竜の屍だった
皮膚は爛れて穴が空き、身体中の傷から悪臭を放つ血を流していた
眼球を無くした目窪は床を見つめている
「こいつは...バォル・ドレイク...」
美しい長髪の女が呟いた
「どうやら行き止まりみてぇだぜ?引き返そう」
部屋を歩き回っていた黒いフードの男がそう言うと、竜の焼けた指先が微かに動く
それに気が付いた私は眼球のない目窪が此方を見つめている気がした
「お二人は先に引き返して下さい」
「あ?」
剣を取り出す
「速く...ッ!」
「なんだよ急に...」
「関わっちゃあいけない感じだな」
フードの男がもう一人を連れて部屋を出る
竜の屍の前に赤いクリスタルが浮かぶ
"よくぞ気が付いた...黒い星よ..."
"一人逃がしたが...よい..."
"貴様...名は何という"
「...先に名乗るのが筋でしょう」
”ククク...そうだったな、我はドラル、ドレイク”
"さぁ名乗って貰おうか"
「ブロハネス・モノ...」
”ククク...そうか!...そうかッ!”
水晶が私の顔を映す
"我が術に嘘は通じぬぞ...ククク..."
"まぁ...よい、何か事情があるのだろう..."
"ブロハネスよ"
"我の配下にならぬか"
「なぜ...?」
"貴様の力は知っておる"
"あのドゥーとその眷属を一人で倒したのだろう"
「...」
"それほどに強靭で酔狂な人間がいるなど奴も想像が出来なかっただろう...クク..."
水晶が私によく似た顔を映し出す
”その態度...なお気に入ったぞ...ククク...”
"もう一度聞こうか...我の配下にならぬか?"
"それほどの力があれば直ぐに我の右腕にも成れよう"
「...」
"あのドゥーよりも強大な軍勢...領地..."
"軽口などではない...支配地の物が全て貴様の物になるのだぞ"
「...」
"貴様は冥府にて生まれ変わり"
”富も栄光も、愛すらもッ、貴様は手に出来るのだぞ...”
「そのような物は不要ですね」
"ほう?何が望みなのだ?"
「貴方には用意出来ない物ですよ」
剣を水晶に向ける
水晶には禍々しい都市が映されている
”ククク...その剣先...いささか軽率ではないか?”
再び水晶に私の顔が映される
"貴様の愛するものは貴様に何を施した?"
"貴様の仲間とやらは貴様に何を与える?"
"奴等が持っている物も持っていない物も手にはいるのだぞ..."
"今の貴様に何がある?"
水晶に映った顔が揺れる
"三度目だ、問おう"
"我の配下にならぬか?"
水晶に巨大な目玉が映り、私を睨み付ける
「...」
"迷っているのか?"
"貴様は利口だろう、最善の選択肢は判っているはずだ..."
「私の答えは決まっています」
「NO、」
"!"
「私、最善手という物が苦手なんです」
「面白くない、不愉快です」
”...愚かだな、いや酔狂か?”
”交渉決裂だ、もう少し利口だと思ったが...とんだ奇人だったようだ”
水晶に映った映像が消える
"さて..."
"その剣先、何を意味するか判っておろうな"
「ええ、勿論です」
「’’殺す覚悟が出来た’’ですよね?」
”ククク...そうだ”
"我らの同胞を殺した罪、償ってもらおう"
"貴様の罪は重い、ゆえに不本意極まりなくも全霊を尽くすが必然となろう"
"恐れろ、絶望せよ、そして悔いるがよい..."
"その剣を我に向けた事を..."
水晶が竜の屍の中に沈んで行き
完全に水晶が竜の屍沈むと目窪に赤い光が灯り、目映い光が部屋を包みこんだ
光が晴れると部屋の景色は一変していた
血のように赤い絨毯が部屋の奥に伸び、奥には邪悪な王座
辺りは禍々しい彫刻のされた柱が乱立し、その向こうには紫の空と禍々しい都市が見えた
玉座の前に吸い込まれるような黒と鈍く輝く黄金色の鱗に覆われた竜が降り立った
捻れた角、赤い目、蟲の物の様に硬く細い足に支えられた太った腹
鋭い刃が先端に着いた尾と刺々しい翼、竜というよりも悪魔に近かった
だがその巨大な躯がそれを竜と判断させた
《愚か者め!思い知るがいい!》
竜の尖った手からドス黒い焔の塊が放たれ、絨毯と床を磨り減らせる
直撃はしなかったが焦げたタイルの破片を手で防ぐ
《ククク...この体、よく馴染むぞ...》
《人間の造り出した物も悪くないということか...》
《力が沸き上がるようだ...もはや恐れる物はない》
私はナイフを竜に向かって幾らか飛ばす
だが黒い外殻に弾かれ絨毯に散らばる
《フッ...なんだそれは》
竜が再び暗い火炎を飛ばす
それをギリギリで躱わす
《黒い星よ...何かを秘めてると思ったが...》
《どうやら只の人形のようだな》
《その程度で我に剣を向けるとは呆れを通り越して哀れな奴よ》
「まだ始まったばかりでしょう」
ナイフと斧刃を竜に撒き散らす
翼をばたつかせ身体を浮かせると刃が冷気で曇り、床かに落ちて音を立てる
着地した竜に短剣を飛ばすと鱗に弾かれる
《無駄と知ってなお、戦うか...狂気の沙汰だな...ククク...》
《狂気にも興があると言うもの...楽しませてくれよ》
《さぁ来い!》
放たれる暗い火炎を避けながら駆け寄り、脚に剣を叩き付ける
竜が笑う
《クク...やはりその程度...ククク....》
脚には微かだが確実に傷がついた
竜は自分の体重を支える脚の小さな異変を気にしていないようだった
竜の攻撃が再開する
手を振るう度に暗い火球が飛び出し、羽ばたく度に霜が降った
私は刃物をばら蒔きながら策を悟られないように
ひたすら左脚に傷を付け、それをより深い物に変えていく
目の前にやって来た炎を避け、ナイフを撒くと竜が羽ばたく
《ほう、術に手や詠唱を使っていないようだな》
《貴様のここまで手を動かしていたのは隙を突く偽装か?》
霜を積らせながら停空する竜が私を指差す
《それとも未熟さゆえか?ククク...》
竜が細く鋭い指を広げ、滑空してくる
斧刃を撒き散らし、大剣を突き立てると大剣を避わし、斧刃を鱗で弾く
《ククク...奥の手は外したようだなッ!黒い星!》
滑り込む様に着地した竜に駆け寄る
《貴様の攻撃は出尽くしたとみえる》
《無闇に術を使い、駆け回るのは体力を消耗するだけだ》
左脚に新しく傷を付ける
《フンッ》
竜の蹴りを剣で受け止める
《黒星の神の加護は薄れ、自慢の術も形無し》
《このままでは貴様の冒険もここで終演を迎えることになるだろう!》
《さぁ、剣を捨てろ!許しを請え!》
「止めませんよ、私は」
《そうか》
《興も醒めてきた、直ぐに許しを請うようにしてやろう》
竜が私を掴もうと手を振り、私を裂こうと爪を振る
それを避けると手から飛び出した暗い火炎に当たり、弾き飛ばされる
空中で左脚に向かってナイフを飛ばす
《ククク...どうした?もう避わせなくなったか?我はまだ無傷だぞ》
「無傷...面白い事をいいますね」
《なに?》
《戯言をッ!》
竜の左脚に駆け寄ると爪が頭を霞める
竜が翼を広げる、竜が飛び立つ寸前に左脚に大剣の先端を衝突させる
《うぐッ!なんだ!》
竜の左脚の鱗が割れ、欠片が肉に食い込む
よろけた竜の脚に剣を突き刺して、引き抜く
《グオオオ!》
絶叫が部屋に谺する
竜がよろめいて数歩下がり、膝をついて口から白い涎を垂らす
「...さぁ形勢逆転ですね」
《思い上がるなよ...ッ!》
竜の飛ばした暗い火球の爆風で体が少し後ろに下がる
《貴様など......貴様など恐るるに足らん!》
竜が翼を広げると雨が降り始め、雷鳴が鳴り響く
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何度も雷鳴を聴いた
どれ程の時間が経ったかは解らなかった
ひたすら剣を振り、術を使っていた
竜の体には小さな傷が付いて血滲ませ
広げられた傷からは血が滴り落ちている
《何故動ける...ウグッ!アガガガガァァァ!》
床に刺さった大剣を足蹴に動きの鈍った竜の左目を抉りだす
こぼれたのは眼球ではなく水晶だった
《貴様は何故戦うッ、何が貴様を駆り立てるのだッ》
《貴様が欲するものは...ッなんなのだ...》
水晶が私の前を漂い、私の顔を映す
「?」
《答えてくれ...》
水晶が私の眼前に迫る
《貴様は名誉も金も...愛すらも欲していない...そうなのだろう?》
「...」
小さく頷き、水晶を見詰める
《そうか...虚言などではなかったのだな...》
《一体何を欲しているのだ...》
「死...」
《ああ...貴様は...》
《本当に死を求めているのだな...虚言でもなんでもない...》
《愛することすらも死の手段なのだな...》
「ありがとうございます」
《!?》
「貴方は私の数少ない理解者のようですね...」
「貴方には私の欲する物は用意出来ませんよ、言ったでしょう?」
《虚言ではない...か...余程の自信家か、余程の狂人か...それとも...クク...》
《良かろう!殺せぬのなら貴様を食らってやる!我の胃で溶け続けるがいい!》
竜が手を振り回し、暗い火を撒き散らす
私は自分の顔の映った水晶を大剣を落として叩き割り
竜の傷に剣を刺した
幾つもの雷鳴が鳴り響き、雨足が弱まるころに竜がふらつく
血を吐き、息が荒い、立っているのも辛いようだった
私は剣先を竜に向け、呪文を唱える
見よう見まねだったが上手くいったようだ
私の背後には青い光を纏う無数の剣が浮かび、私の剣先と同じ方角を向いていた
剣を降り下ろすと剣達が竜目掛けて飛んで行く
《や、やめろ!》
《黒い星め...ッ!やめろ...ッ!》
竜にその剣を払う力は残っていないようだった
青い光に鱗を焼かれ、肉を裂かれ、竜が後ろに倒れ込む