「よし、これで準備完了です」
私はそう呟いて、額に浮かぶ汗を拭いました。今いる場所は、アクセルの街のエリス教会。以前、クリスが浮気情報として提供したメモ書きに、カズマはここで浮気をするとありました。
そのため、私は事前に教会に侵入し、教会の至る所に定点式盗撮カメラを仕掛けました。そして、聖堂の横にある司教室に本陣を置きました。ここは鍵穴から聖堂の様子を伺えますし、逃走、盗撮用に使える2階の回廊への階段もあります。まさに、私の為に準備された部屋のようです。
「しかし、おかしいですね……」
そう、この状況は常識的に考えておかしい。普段はエリス教徒で賑わう教会に人の姿はなく、静寂に包まれている。おかげで盗撮カメラを仕掛けられたのだが、妙な状況である。
考えられる可能性としては、カズマの浮気相手がエリス教会の上層部の女性である、という事でしょうか。
まぁ、嫌でも相手の女性を見る事になるでしょう。私は覚悟を決めて部屋に待機しました。そして、指定された時刻の数分前、聖堂の祭壇近くに突如光柱が出現しました。
「エリス様……?」
私は現れた人物を見てしばし茫然としました。綺麗な銀色の長髪と、俗世とは隔絶した美貌を持つ女性。私は彼女とは初対面ではありません。でも、この世界に住む人間なら例え初対面であっても誰もが察するでしょう。あの方は女神エリスであると。自然と、私の体がブルブルと震えてしまいます。以前からカズマは言っていました。
『エリス様は美人なだけじゃなくて、性格的にも非の打ち所がない完璧な女性。まさに俺のメインヒロインだな!』
この世界の主神であるエリスが、カズマ如きに構うはずがない。そう思って鼻で笑っていたのですが、この状況を見たら認めざるをえません。
女神エリスは私達の敵であると。
そして、予定されていた時刻にカズマが教会に現れました。カズマはエリスと何やら会話を始めました。ですが、内容は聞き取れません。いや、聞きとられないようにしているのでしょう。エリスも中々注意深い女神なようです。しかし、エリスがカズマを押し倒したあたりから会話が聞こえるようになりました。
『カズマさん、私自身があなたへの供物です。存分に味わってくださいね?』
そう言って、蕩けた表情でカズマを誘うエリスに私は呆れました。どうやら、この世界の女神様は、とんだ淫売だったようです。こんな姿をエリス教徒が見たら失望する事間違いなしです。一瞬、この写真をバラまく事も考えましたが、やめにしました。間違いなく偽造と認定され、私がエリス教徒に粛清されるだけですからね。
まぁ、良く考えればエリスはアクアの同類。所詮、女神も雌という事でしょうか。
カズマは淫売女神エリスの姿を見て、情欲の炎をたぎらせながら襲い掛かりました。その瞬間、私の余裕もなくなってしまいます。ダクネスとアクアとの情交を見る事は耐えれた。何故なら、彼女たちは私と運命を共にするものたちだから。
しかし、エリスは違う。全くの部外者、あの女以外の新たな敵。カズマが私達以外の女に手を出すなんて許せはしない!
「カズマ、やめてください! あなたは私の愛する男、そんな淫売の誘いになんか……!」
私は知らず知らずのうちに、涙を流していました。カズマの浮気はあの女を引き剥がすためには必要な事です。だから、これは私にとっても望んだ状況だ。でも、本心としてはカズマに浮気をして欲しくない。私達以外の女に触れて、愛の言葉を囁いてなんか欲しくない! 私以外の女とセックスなんてして欲しくない……!
『嬉しい事言ってくれますね! オラァ!』
「っ……!」
カズマは私の願いもむなしく、あの淫売の誘いに乗りました。その瞬間、私は杖で床を殴りつけてしまいました。カズマが殺してやりたいほど憎い。そう思ってしまいました。しかし、気持ちを切り替えます。あれはカズマが悪いのではない、カズマを誘うエリスが悪いのだと思うようにしました。
そして、エリス達は私が不用意にたてた音に反応し、こちらの扉の近くに寄ってきました。私が2階に逃走しようと考え始めた時、エリスが妙な事を言いました。
『カズマさん、私達の愛の営みを“猫ちゃん”に見せてあげましょう』
鍵穴から覗く私とエリスの視線が合いました。
なるほど、エリスは私がここにいる事が分かっているようですね。その上で、カズマに抱かれる姿を私に見せつけに来たと……
「いいでしょう! 受けて立ってやります!」
私は、エリスがカズマに犯される姿を目に焼き付けました。そして、己の中の憎悪をたぎらせてエリスを見つめます。
『はい、カズマさん。私を思いっきり犯して……愛してください……!』
「あ……やっぱ嫌です……無理です……ダメなんです……カズマ……お願いです……やめてください……私達……私以外の女を愛さないで……抱かないでください……」
そうです、これは私達の怠慢と傲慢によって起こった事態です。
「カズマカズマ……大好きです……愛しています……だからお願いです……こっちを見て……?」
私は自分を戒める必要性があります。カズマは悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない……! 全部私が……私達が……!
「カズマカズマ……私の事……愛しているんですよね……? 私は知ってますよ……あなたは私を一番愛してるって……他の女は所詮遊びの女だって……それならこっちを見て……? 私に気付いてください……私の顔を見ながら愛してるって囁いてください……! エリスなんか捨てて私に……」
『るあああああああああああっ!』
『ひゃあああああああああっ! カズマさんカズマさん!』
壊れた。
自分の中で大切な何かが壊れてしまった。
止まらない涙を手で拭いながら、鍵穴からの景色をじっくりと見る。そこには、まるで愛する女性を抱くように優しい表情を浮かべるカズマと、だらしなく舌を出して嬌声をあげる女神エリスの姿があった。
でも、私には分かる。エリスが私に視線を合わせ、この姿を自慢げに見せている事。その視線に嘲笑が混じっている事に。
『やあ……あう……んぅ……カズマさん……私もちょっとやってみたい事があるんです……! ひゃあうっ!』
エリスがそんな事を言ってから、カズマの首筋に吸い付いた。そして、カズマ首に赤いキスマークが出来上がる。まるで自分の物であると主張するようなキスの跡が気に食わない。
その時、エリスが薄笑いを浮かべてこちらをチラリと見た。
「そういう事でしたか……!」
私は思わず近くにあった机を蹴り飛ばし、先程より大きな音を立ててしまいました。だが、そんな事を気にしている場合ではない。あのエリスの薄笑いは非常に見覚えがある顔だ。
「ふふっ、ハメられたって事ですか」
自然と笑いが出てしまいます。私はとんでもない愚か物だったのですね。
そうですかそうですか……!
「あはっ! あははははっ! カズマカズマ、もう嫌です! 嫌……嫌だ嫌だ嫌だ! もう見たくない! もう聞きたくない! もうこんな思いはしたくない!」
大好きな人の呻き声と、大嫌いな奴の嬌声が耳に入る。
私は耳を塞ぎ部屋の隅に座り込む。そして、理解した。
「カズマには私が一緒にいてあげないとダメですね」
今日の夜にもあの作戦を実行してしまいましょう。これがカズマのためなんです。カズマも喜んで受け入れてくれるに違いありません。そして再確認するように呟きました。
「カズマは私を愛してる愛してる愛してる……」
それから地獄のような時間が始まった。
「愛してる愛してる愛してる……」
「ねぇ、子猫ちゃん?」
「愛してる愛してる愛してる……」
「子猫ちゃーん?」
「愛してる愛してる愛してる……」
「子猫……めぐみんさん?」
「愛してる愛してる愛してる……」
「反応してもらえないと私も傷つきますよ? ……えい♪」
「愛してる愛してる愛して……がふっ!?」
いきなりお腹を何者かに蹴り上げられて、私は床に転がる。気がつくと、司教室は窓から差し込む夕日で淡い紅色に包まれていた。ズキズキと痛むお腹を押さえながら立ち上がると、部屋の中に異物……満面の笑みを浮かべたエリスがいた。
「なんのようですか……?」
「あんまり動揺しないんですね」
まるで可笑しくてたまらないといった様子で笑うエリスの声が部屋に響く。非常に不快だ。
「めぐみんさん、あなたには言っておきます。カズマさんは私のものです」
「…………」
「私がカズマさんに愛される姿はどうでした? 彼が私を抱く時の表情が情欲だけではない事をあなたは見ましたか……理解はできましたか? カズマさんはあなたではなく、私の事を愛しているんです……! いいでしょう……? 羨ましいでしょう……!」
エリスの顔は誇らしげなものであり、こちらを嘲笑を込めた視線で見下ろしている。それがたまらなくイライラしたし、何故だか悲しくて悔しくてたまらなかった。
「黙りなさい淫売女神!」
「あら、これが負け犬の遠吠えって奴でしょうか? アクア先輩的に言うと……プークスクス! 超ウケルんですけど!」
私はすぐさま杖で殴りかかった。しかし、不可視の壁に阻まれる。嘲笑を浮かべ続けながらこちらを見るエリスの姿に、私は憎悪と嫌悪以外の感情は浮かんでこなかった。
「女神エリス……カズマは私の……私達のものです……」
「はいはい、せいぜい頑張ってくださいね? 私はあなた達を応援しているんですから」
「どの口でそんな事を……!」
「怒らないでください。怖いですよ?」
ケタケタと嗤うエリスの姿はとても女神のとは思えない、男を誘う淫売そのものだ。私の中に殺意と吐き気が湧き上がる。
「めぐみんさん、見ていて分かったでしょう? カズマさんは私を愛してる」
「…………」
「カズマさんは最後には私を選ぶのです。私と永遠を共にする選ばれし男性なんです……!」
「黙ってください! “黒より暗く……!」
私は杖を構え爆裂魔法の詠唱を始める。この女神を滅せられるなら、今死んでも構わない。
「さすがに愛する信徒たちの教会を壊すわけには行きません。仕込みも終わりましたし、もう私は帰りますね」
そう言ってから、エリスの周りに歪な魔方陣が現れる。すかさず剣を抜いて首を薙ぎましたが、またも不可視の壁に阻まれました。
「あ、めぐみんさんに言い忘れていた事がありました」
「あなたの言葉なんて聞きたくありません。この淫売女神……!」
女神エリスは私の暴言をケタケタと嗤って聞き流す。そして片目を瞑り、こちらに向かって満面の笑みを浮かべて囁いた。
「この事は、内緒ですよ?」
・・・・・・・・・・・・・・・
気が付けば、私は屋敷に向けてふらふらと足を動かしていた。もちろん現像済みの写真とたくさんの盗撮機器をリュックで背負ってだ。結局、私は女神エリスに一矢報いる事もできなかった。
しかし、おかげで決心がつきました。カズマは淫売共の誘惑に簡単に引っかかるダメな人です。だから、私が一緒にいてあげないとダメなんです。私はもしもの時の保険として用意していた作戦を実行する事にしました。
この作戦は屋敷の盗撮を行うための工作をする際に、平行してひっそりと準備していたものです。いち早くこの作戦を成功させなければ、カズマが売女どもの汚らわしい誘惑に乗り、その大事な体と心を汚染される危険性が大幅に上がってしまいます。カズマが知らない女と愛を深めるなんてあってはならない事です。私はそんな光景をもう見たくないですし、聞きたくもありません。カズマには私以外……私達以外の女なんて必要ないんです……
だから……
「カズマ、私があなたを管理してあげます。そして、死ぬ時まで一緒です……!」
私は、これからの日々に思いを馳せました。きっと皆幸せになるはずです。思わず鼻歌が出そうになった時、私に声をかける人物がいました。
「やあめぐみん、元気?」
「死んでください」
「わぁっ!? 急に危ないじゃない!」
私が振り抜いたカズマの剣をクリスがヒラリと避けました。本当に、私の神経を逆なでする人物ですね。
「ちょっと、いきなり何さ……」
「何かごようですか? 女神エリス」
「……あら、気付いてしまいましたか」
クリスの表情が快活そうな笑顔から、あの薄笑いへと変わる。やっぱり、彼女だったのですね。改めて、私の愚かさに泣きたくなります。
「クリス……いや女神エリス。あなたと会話する事はもうありません」
「ヒドイです。私はあなたの事、友達だと思っていたんですよ?」
「いまさら白々しいですね」
私の言葉に、クリスが溜息をつきました。そして、腕を組んでこちらを威圧するように睨み付けてきます。
「めぐみんさん、私の助言がなければ、あなたは何もできずに負けていたんですよ?」
「ぐっ……それは……!」
「むしろ感謝して欲しいくらいです」
クリスの言った事は否定する事はできません。何故なら、クリスに真実を見せて貰えなければ、私はずっと日和っていたかもしれません。それは私の完全敗北を意味しています。
「あなたは何故私に……?」
「助手君はもちろん渡さないよ? でも、敵の敵は味方って言うでしょ?」
彼女らしい笑顔を浮かべながらそんな事を言ってきました。なるほど、今までの彼女の行動に合点がいきました。でも、もう許しません。
「クリス、一つ言っておきます」
「なんだいめぐみん?」
「敵の敵も敵です」
私の言葉にクリスは一瞬無表情になりました。そして、再び淫売女神エリスの薄笑いを浮かべます。
「めぐみんさん、私はあなた達を応援しているんですよ?」
「なら、カズマに一生近づかないでください」
「例え、私が近づかなくてもカズマさんは私に会いに来ます。彼は私のモノであり、私も彼のモノなのですから」
その余裕そうな表情が腹立たしい、気に食わない、さっさと死んで欲しい。カズマの剣を引き抜く私に対して、クリスも短剣をコチラに向けてきました。
「めぐみんさん、私はこれからカズマさんを飲みに誘います。こちらの姿で彼と気楽に食事とお話を楽しみたいんです。これは私にとっての幸せなんです。私はあなた達を応援していますが、これの邪魔は許しません」
「変な応援の仕方ですね。ええ、邪魔はしません。お好きにしてください。私もやるべき事があるんです」
こうして、私達はお互いに獲物を向け合い、後ずさりするように別れました。
・・・・・・・・・・・・・・
「さて、私も準備をする必要がありますね」
「なになにー? またお菓子作るの? 普通な奴なら食べてあげてもいいわよ?」
「こらアクア、さっきお菓子を食べたばかりだろう? 太るぞ」
「はぁ? 私は女神だからこの完璧ボディが変わる事はないの。それこそ、ダクネスみたいに腹筋バッキバキになる事もないわ!」
「私は腹筋バッキバキじゃない!」
屋敷のリビングにて、アクアとダクネスの取っ組み合いが始まりました。私が覚悟を決めているというのに、いつもと変わらない二人に思わず笑みがこぼれました。
でも、これから二人の笑顔を砕く必要があります。
そう、これは仕方がない事なんです。私はカバンから紙束を取り出し、テーブルの上に広げました。アクア達は、取っ組み合いをやめ、テーブルに広げられた紙束……エリスとカズマの盗撮写真を手に取りました。そして、ダクネスが声を震わせながら質問してきました。
「めぐみん、これはなんだ?」
「見たまんまです」
「こんな偽造は不敬で……!」
「現実を見てくださいダクネス」
私の言葉に、ダクネスが膝から崩れ落ちました。そしてアクアは……
「っ……!」
「アクアは逃げましたか」
とりあえず今は後回しです。私は泣き笑いの表情を浮かべてエリスとの浮気写真をビリビリと破いているダクネスの前にしゃがみこみました。
「これは、今日撮ったものです。カズマとエリスの淫行現場です」
「何故だ……何故エリス様はカズマなんかと……!」
「ダクネス、アクアを見ていれば分かるはずです。女神とはいえ女である事には変わりありません。あなたの敬愛する女神も所詮はただの雌なんですよ」
「くっ……何故……カズマを……私はエリス様に毎日……!」
本格的に泣き始めたダクネスを見て、私も覚悟を決めました。彼女の力は私の作戦にとって必要不可欠なのです。
「ダクネス、カズマをエリスやあの女に盗られていいと思っていますか?」
「そんなわけないだろう? あの男は私のものだ」
「おや……?」
もっと、難航すると思われたダクネスの説得ですが、どうやら簡単に行きそうですね。おそらく敬愛し、信じていた神の痴態に心を砕かれたのかもしれません。
「ダクネス、カズマは最低な男です。このままでは数多くの女性がカズマの毒牙にかかってしまいます」
「そうだな。まさか、アクアだけでなくエリス様までカズマの手に堕ちてるとはな……」
「このままでいいんですか? カズマの事を他の女性に任せて諦めますか?」
「だから言っているだろう? カズマは私の男だ」
ダクネスの目には強い意志が宿っています。心は壊れていませんか。私としてもそちらの方が嬉しいです。
「ダクネス、カズマを私達のものにするための作戦があります。聞いてくださいますか?」
「ん、話してみるといい」
それから、私はダクネスに作戦の説明を行いました。彼女は黙って私の言葉を聞き続け、最後に立ち上がって私と向き合いました。
「めぐみん、これは犯罪だ」
「そうですね」
「カズマに嫌われるかもしれないぞ?」
「時間が経てば、私達なしではいられなくなります」
「何故そこまでする?」
ダクネスの言葉に私は再び溜息をつきます。いまさらになって、そのような質問をするのですか。なら、きちんと答えてあげましょう。
「私がカズマを愛しているからです」
私は心を込めて告白しました。ダクネスはそんな私を見て、暗い微笑みを浮かべました。しばらく見ないうちに、彼女にも何か変化があったようですね。
「そうか、なら私も協力する」
「……本当ですか? あなたはこのような事に抵抗がある人だと思っていたのですが」
「もちろん、抵抗はある。しかし、これ以上カズマに女が出来ては困る。カズマがくれる私への愛が減ってしまうではないか。それに、エリス様がこんな目に合っているのも、あのクズ男が何かしたに決まっている。だから私達でカズマを教育してやる必要があるんだ……」
「その謎理論は理解出来ませんが、言いたい事は分かります」
どうやらダクネスも私達以外の女にカズマが手を出す事が嫌なようです。それならば話が早い。私はこの作戦において根回しの重要性と裏工作の内容についても説明しました。ダクネスはそれを黙って聞き続けます。
「では、ダクネス早速で悪いのですが、説明した通り、裏工作の方をお願いできますか?」
「任せて欲しい。私が上手くやっておこう。また、都合が悪い事が出て来たら私に言ってくれ。すぐに“消して”やる」
「ふふっ、頼みましたよ」
「めぐみんこそ、頼んだぞ? 明日を楽しみにしている」
そう言って、ダクネスは屋敷を後にしました。裏工作の方は彼女に全て任せましょう。適材適所という奴です。
そして、私はもう一人の協力者を募るため、アクアの部屋に向かいます。扉を開けるとアクアはベッドで座り込んでいました。
「アクア、大丈夫ですか?」
「…………」
「アクア?」
どうやら、放心状態のようです。私はアクアが膝を抱え込んで座るベッドの上に腰を降ろしました。それでもアクアは無反応です。
「アクア、カズマはエリスと……」
「聞きたくない」
「このままでは……」
「いやなの……お願い……一人にして……」
「はぁ」
もう、こうなったら強硬手段です。私は、アクアが俯くベッドの周りにエリスとの浮気写真をバラまきました。
「めぐみんやめてよ……!」
「カズマがエリスとエッチな事をしてる写真です。目に焼き付けるのですアクア」
「これ本物なの……?」
「もちろんです」
それを聞いたアクアはその写真を破り捨てると、ふて寝するようにベッドへ寝転がりました。
「めぐみん、あなたエリスの事知ってる?」
「はい? もちろん知ってますが……」
「違うわ。彼女自身の事よ。エリスはね、私よりダメダメな女神で、私が手伝ってあげないと仕事一つまともにできない子なの」
「それってアクアの事じゃ……」
「それにね、男の人やえっちぃ話がちょっと話題に出ただけでで顔真っ赤にしてキャーキャー言うウブな子なの」
「アクア、あの淫売女神はとんだ腹黒で……」
「エリスがこんな事するはずないわ。この写真は偽物よ!」
どうやら、アクアには現実が受け入れられないようです。現実逃避もここまで来ると見ていて悲しいものですね。
「まぁ、今はそれでいいでしょう。とにかく、アクアにも私の作戦をお伝えします」
「作戦?」
「はい、あなたの力が必要なんです」
それから、私はアクアに説明を開始しました。しかし、アクアはというと、さっきから散らばった写真を一つ一つ手に取っては何かを確認するように、じっくりと観察しています。
「アクア、聞いているのですか?」
「聞いてるわよ! というか、本当にその作戦とやらを実行する気? さすがに女神として、そんな犯罪には加担できないんですけど!」
新たに写真を破り捨てながら、アクアが怒った様子でそう答えました。でもダメですね。体がそんなにもブルブル震えていては、虚勢を張っているのがまる分かりです。
「アクアお願いします。どうか、私の作戦に協力してください。この作戦の成功には、エリスの介入を防ぐ事が前提としてあるのです」
「でも、あの子がこんな……!」
「カズマの匂いを嗅げばそれも全て分かります」
「ひぅっ……!」
アクアが一気に縮こまりました。彼女も分かっていたのでしょう。カズマとエリスが関係を持っていない。そんな淡い希望にすがるのも、カズマ帰宅するまでのわずかな間にしかできない事を
「ねぇ、めぐみん。もしこの写真が本当だったらどうすればいい?」
「どうとは?」
「私、まだカズマさんと本格的なエッチをしてないの……」
「はい……?」
そういえば、カズマはアクアに手は出していますが、女性器は使っていません。恐らく、カズマは睡眠イタズラという建前の上ではそこまでできないのでしょう。もしくはカズマなりの拘りがあるのでしょうか。まぁ、私の知った事ではありません。
「アクアは何が怖いのですか?」
「こ、怖くなんてないわよ! でも、エリスがカズマの身近にいるようになったら、私は……私はどうすれば……」
ああ、なるほど。
「まぁ、エリスは回復魔法も蘇生魔法も使えますしね」
「やめて……」
「その美貌はまさに女神。ちょっと容姿に自信がある私でも勝てる気がしません」
「もうやめてよめぐみん……」
「性格も女神として……いや、性格は多分悪いです」
「聞きたくない聞きたくない聞きたくない!」
「ひょっとしたら、アクアはカズマに必要とされなくなるかもしれませんね」
「やめて……考えたくないの……私が必要とされなくなるのはいやなの……! カズマさんに捨てられるのはだけはいやなの……!」
ついにアクアの両目の水門が決壊しました。大粒の涙で顔と衣服を濡らしていきます。自分で追い込んでおいてなんですが、見ていられないですね、こんなアクア……
「めぐみん、私、カズマに必要とされたい……頼りにされたい……ずっと一緒にいたいの……!」
「なら、協力してくれますね?」
「でも……こんなの……」
「そうですか、使えない駄女神は私もいりません」
「ひぃっ!? やめて……めぐみんまで見捨てないで……! なんでも……なんでもするから!」
「いい答えですよアクア」
私は作戦の準備を完了させました。
そして同日深夜、私はカズマの捕獲に成功しました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
真っ暗闇の意識の中で、愛しい人が俺の事を呼ぶ声がした。
『カズマさん愛してますよ』
ああ、俺もだ。
『カズマさん、賑やかで楽しい家庭を作りましょうね』
そらもう子作りしまくってやるよ。なんかお前、すぐ孕みそうだし。
『カズマさん、私より先に死なないでください』
できるだけそうするさ。でも、女性の方が長生きするらしいぞ?
『カズマさん、私を一人にしないで……!』
当たり前だ! 俺はお前と約束したろ?
絶対に――!
「お前の……!」
「起きましたか?」
「おっひょ!?」
俺は耳元に聞こえた声で思わず驚く。うっ、頭が痛い……俺は一体今まで……!
「カズマ、おはようございます」
「ああ、めぐみんか。おはよう」
目の前で俺を見下ろすめぐみんに、そう答えるしかなかった。そして周囲の様子を確認する。広さは6畳あるかないかの部屋であり、俺が今寝ているベッドの他には椅子が3つと小さなテーブルが設置されているだけの殺風景な部屋だ。また、窓の類はなく、石壁と鉄製の扉がこの部屋の無機質さを際立たせている。
「めぐみん、ここどこ?」
「屋敷ですよ?」
「いやいや、俺には見覚えない部屋なんだが……」
「細かい事はいいじゃないですか」
「ア、 ハイ」
何やら不穏な空気を漂わせるめぐみんに俺はビビる。今なんか軽くチビリそうになった。とにかく、俺はこの部屋はなんだか嫌だ。特に、床に奇怪な魔方陣がいくつもあったり、壁に血で書かれた何かの術式があったりして非常に怖い!
俺はすぐさま起き上がり、ベッドから降りる。そして、扉へと向かおうとして……
「うぉっ、なんだこれ!?」
「カズマ、ベッドで大人しくしていてください」
「あの、めぐみんさん! これはなんでしょうか?」
「鎖ですよ?」
「いや、それは分かる! なんで俺がベッドに鎖でつながれてるの!? というかマジでなんなのこの状況!?」
そう、俺は今、両手両足に鉄製の輪がはめられている。そして、そこに鎖が取り付けられ、ベッドへと繋がれていた。簡単に言えば、両手両足を鎖で拘束されていたのである。
そんな俺をめぐみんはベッドへ突き飛ばす。無抵抗な俺は、再びベッドの上で横になる事となった。
「カズマ、これはあなたのためでもあるんです」
「俺のため……?」
「はい、カズマが私達以外の女で遊んで穢れるような事はあってはなりません。だから、カズマには私達以外を愛せない環境で過ごしてもらう事にしました」
「ちょっと何言っているのか理解したくないです……!」
軽く引いている俺の横に、めぐみんが寝転がる。俺の腕を枕にしながら、めぐみんが俺の顔を覗き込んできた。めぐみんの顔はほのかな桃色に上気し、俺の顔に熱い視線を送っている。くそっ! こんな状況でも可愛いと思ってしまう自分が腹立たしい!
「ぶっちゃけると、監禁しました」
「本当にぶっちゃけたなぁおい!」
なんだか力が抜けて脱力する俺に対し、めぐみんはクンクンと俺の首筋の匂いを嗅ぐ事で応えた。そして、この状況になるまえの事を思い出す。深夜、帰宅した俺に対し、めぐみんは睡眠薬と物理攻撃をお見舞いしてきた。なるほど、マジで捕らわれの身になったのか……
「めぐみん、実は明日……いや今日か? とにかく、大切な約束があるんだ。だから、この遊びはもうおしまいにしてくれないか?」
「いやです」
「ですよねー!」
めぐみんに首筋をペロペロ舐められながら、俺は今の状況を完全に把握する。どうやら、めぐみんは俺をガチで監禁しているようだ。チラリとめぐみんの方を見ると、彼女は幸せそうな顔で舌をチロチロ動かしている。
俺も覚悟を決めよう。
「めぐみん、話しがある」
「なんですか?」
ジッとこちらを見るめぐみんを俺も見つめ返す。
「俺、ゆんゆんと付き合っているんだ」
「はい」
「結婚の約束もしてる。だから、お前の期待には……」
「知ってましたよ?」
「え?」
「あなたがゆんゆんと婚姻関係にあるのは知ってました。私だけでなく、アクアとダクネスも」
一切の動揺もせず応えるめぐみんに、俺の方が動揺する。そうか、知っていたのか。今までどう伝えるか四苦八苦していた事は無駄だったわけだ……
「めぐみん、だから俺は……」
「カズマ、もう一生会わない女との婚約なんて破棄しましょう。あなたは私と一生ここで過ごす予定ですから。それに安心してください。カズマが私の事を絶対的に愛してくれるようになったら、お外に出してあげる事も考えてあげます」
「おう、マジかよ……」
こちらを熱い視線で見つめるめぐみんに、冗談の気色はない。本当にそう思っているのだろう。今更になって焦燥感のようなものが俺の中に生まれる。
「めぐみん、こんな事はすぐバレるぞ?」
「大丈夫ですよ」
「いや、大丈夫じゃない! こんな暴挙、アクアやダクネス、それに俺がいなくなった事を不審に思ったゆんゆんや街の住人にすぐバレるぞ!」
「カズマは心配性ですね。安心してください。私達の障害となるものは全て排除します」
クスクスを笑うめぐみんを見て俺は悟る。何か致命的な部分でめぐみんと話がかみ合わない事に。
そんな時、鉄の扉が開き、何者かがこの部屋に入って来た。俺は部屋に入って来た人物、ダクネスの顔を見て、安堵した。どうやら、この監禁とやらもこれで終わりのようだ。
「へいダクネス! 今、暴走しためぐみんに監禁されてるんですが! 今すぐ俺を助けてくれ! ついでにめぐみんをお仕置きしてやってくだせぇ!」
「ん、思ったより元気だなカズマ」
「ダクネス! いいからさっさと早く……!」
「それはできない」
「おいっ……!」
彼女はいつものような凛とした表情ではなく、薄い微笑みを張り付かせている。俺はダクネスの顔、その彼女らしくない表情で理解してしまったのだ。
ダクネスもめぐみんの同類であると。
「カズマカズマ、ダクネスは協力者ですよ?」
「やっぱり?」
「カズマ、めぐみんだけじゃお前も満足できないだろう? 安心しろ、私がお前の全てを満たしてやる」
「お前がこんな事をするなんてな……」
「カズマ、失望したか? でもいいんだ。私はお前さえ手に入れば他はどうでもいい」
「おいおい……」
どうやら、ダクネスも堕ちてしまったようだ。ダクネスだけは絶対にこんな事をするはずがないと思っていたために、俺は軽いショックを受ける。そして、ダクネスはベッドのそばに立ち、俺の頬に手を這わせる。
「カズマ、お前はエリス様に手を出したらしいな」
「うひぃ!? なんでダクネスがその事を!?」
「ああ、やっぱり本当だったんだな。やはりお前には私が教育をしてやらないとな」
「ラ、ララティーナお嬢様? なんか物騒な……むぐっ!?」
突然、ダクネスが俺にキスをしてきた。唇が触れ合う程度の、甘くやわらかなキスだ。そして、ダクネスがゆっくりと顔を離す。そこには、薄笑いから優し気な表情に変わった彼女の姿があった。
「カズマ、お前を愛している。だから、お前も私を愛してくれ。エリス様やゆんゆんなんかにお前の愛は必要ない。お前の愛は私……私達だけに注げばいいんだ」
「ダクネス……?」
「お願い……お願いだカズマ……私を愛してくれ……!」
打って変わって悲壮な表情になったダクネスに俺はなんの言葉もかけてやる事ができない。こんな彼女の姿は見た事がなかった。
だが、俺もここでと監禁され続けるわけにはいかない。悪いが逃げさせてもらおう。
「“テレポート!”……ってアレ?」
「テレポート阻害の結界です。できませんよ」
「“ライトニング!”……こっちもダメか!?」
「ん……魔封じの結界がこの部屋を覆っている。お前レベルの魔法は使えない」
「マジかよ……!」
今度はクスクスと笑い始めた彼女たちに俺は焦りと怒りを覚える。どうやら、本気の本気、割と入念に準備された監禁のようだ。頭の中にある不安を打ち消し、俺は切り札を使う事にした。
「エリス様ーっ! 俺、マジで監禁されちゃってます! 今すぐ助けてください!」
しかし、反応はなかった。
俺がしばらく茫然としていると、クスクス笑うめぐみんとダクネスが俺の頬を撫でてきた。
「カズマ、神に助けを求めるんですか? 随分と信心深いんですね」
「そうだな、でもエリス様はお前なんかを助けにこないぞ」
エリス様は俺が呼べばいつでも降臨してくれると言っていた。しかし、エリス様の反応はなかった。俺の祈りを邪魔する術式でもあるのだろうか。だが、俺にはこの世界に来たときからの相棒がいる。そいつになら、俺の声も伝わるはずだ。そう、彼女になら……!
「助けてアクアー! めぐみんとダクネスに犯されるー!」
「なになに? 私の事呼んだ? カズマさん、私の事必要? エリスなんかより私が大事?」
「アクア!」
俺の叫びから数秒後、突如部屋の中に出現した光柱からアクアが飛び出してきた。いつもと変わらないアクアの姿を見て俺は思わず涙が出そうになってしまった。
「アクア、めぐみんとダクネスがおかしくなった! 助けてくれ!」
「……何を?」
「俺をだよ! 見て分かるだろ!? 絶賛拘束中だろうが!」
アクアは首をかしげてから、しばらくうんうんと唸っていた。俺はアクアに状況を伝えるために、鎖を揺らしてジャラジャラと音を立てる。彼女は、そんな俺を見て納得がいったのか、手をポンっと打った。
「あっ! カズマ、それは無理なの! ごめーんね!」
「は?」
いつも通りの笑顔を浮かべたアクアは俺の腹の上に腰を降ろした。そして、俺の胸板に頬擦りを始めた。
「カズマ、私とっても頑張ったの! だから褒めて?」
「何したんだよ……」
「んーとね、屋敷とこの部屋に、私とめぐみんの魔法以外を禁ずる“魔封じの結界”、私以外の神と悪魔の干渉と、侵入を防ぐ“神魔結界”を屋敷に作ったの! ねぇ褒めて?」
「アクア……お前もかよ……」
「褒めて褒めて! 私、エリスより役に立つでしょ? 言って、ほら言って! 淫乱腹黒PAD女神より、アクア様の方が優美で聡明、カズマに相応しい女神様ですって言いなさいよ!」
アクアは確かにいつも通りの笑顔だ。しかし、いつもは光輝いている彼女の目から輝きが少ない。
俺は自分自身に腹が立った。アクアにこんな顔をさせる原因になったのは俺の行動にあった事を今になって理解したからだ。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない!
俺はすぐさまめぐみんに抱き着き、腕に繋がれている鎖を彼女の首に巻き付けた。そして、思いっきり締め上げる。
「ぐっ……がっ……かふっ……!?」
「お前ら、さっさと拘束を外せ! さもないとめぐみんが死ぬぞ!」
怒鳴るようにして叫んだ俺に対し、アクアとダクネスは顔を赤くしながら、首を絞められて苦しむめぐみんをチラチラ見て来た。ちょっと意味が分からない。
「おい、お前ら一体……」
「いいなぁめぐみん……」
「死ぬ……そうか……死かぁ……」
アクア達の声を聞いて、俺はめぐみんを絞める鎖から力を抜いた。そして、めぐみんはしばらく咳込んだ後、色んな意味で赤くなった顔で俺を見つめてきた。
「カズマに殺されるなら、私は本望ですよ?」
「おいおい……!」
「ん……めぐみん、その首についた鎖の跡、羨ましいぞ?」
「ふふっ、いいでしょう? カズマに愛を刻み付けて貰えました」
「人間は皆死んじゃう……でも私は……んへへ……!」
めぐみん達の言葉を聞いて、俺はどんどん力が抜けていく。どうやら、俺の軽率な行動のせいで彼女達の頭のネジが7、8本飛んでしまったようだ。
しばらく放心していると、俺の右半身にめぐみんが、左半身にダクネスが抱き着いてきた。そして、お腹の上に乗っかり、アクアが俺をぎゅーっと抱きしめてくる。
めぐみんが右耳にそっと囁く。
「カズマカズマ、愛していますよ」
ダクネスが左耳にそっと囁く。
「カズマ、私を愛してくれ」
そして、俺の真正面で目の輝きはないものの、満面の笑みといえる表情を浮かべるアクアが言い放った。
「カズマ、ずっと一緒にいようね!」
ゲスマさんを監禁凌辱? アホくさ! 誰得なん?
次回、ゼロから始める監禁生活
次回からドロドロはしばらくないそうですよ
作中でアクアが作った結界は海外ドラマ、スーパーナチュラルで出てくる天使除けの結界みたいのを屋敷中に血文字で書いている。そんなイメージです。(全くもって伝わらない)