※この作品はR-18です。

てぃーちんぐゆんゆん   作:ルイ提督

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割と短め


六章 私のカズマさん
私の傍にいる


 

 

 

 

 カズマさん行方不明になってから二週間が経過した。私のタイムスケジュールはこの二週間ずっと変わっていない。朝8時頃に起きて、朝食を食べる。11時頃になると外出準備をしながら弁当箱にキャットフードを詰める。そして、正午にはいつもの喫茶店に出かけ、そこで彼を待ち続けた。彼が現れないため、私は一人で寂しく昼食を取りながら紅茶を飲む。この時間はひたすら苦痛だった。だからこそ不安を和らげるために、彼から貰った指輪を眺めたり、撫でたりしていた。こうしていれば、時間の経過も早く感じるのだ。

 午後三時頃になると、私は喫茶店を後にして、じゃりめが潜む路地裏へ向かう。そこで、どこからともなく現れるじゃりめにご飯を与え、その毛並みをもふもふする。こうすると、彼を待ち続ける事で生まれる不安やストレスが和らぎ心を落ち着かせる事ができるのだ。こうして、指輪とじゃりめの力によって何とか気力を維持させた私は、カズマさんの調査へと乗り出した。

 

 しかし、2週間調べ続けてもあまり成果がなかった。警察署の方にカズマさんの失踪についてお話を聞いても、ダスティネス家と協力して捜索中ですという答えしか返ってこなかった。

 また、レイプ事件の詳細についても聞いてみたのだが、警察は全く関与しておらず、被害届けも何も出されていないので、そもそも事件として扱っていないという言葉を頂いた。ただ、私の対応をしてくれた職員の方がこっそりと教えてくれた所によると、もし噂のような事件が本当にあったとした場合、正義を重んじ貴族として模範的なダスティネス家が、法で裁くのではなく示談交渉を行ったという点が引っかかるらしい。言われて見て私は初めてその疑問点に気付いた。だが、ダクネスさんは恐らくカズマさんの事を……

 

そう考えると、彼のために正義を捨てる事があっても別におかしくない

 

 私は更なる情報を得ようとがギルドへ向かったが、今度は逆に質問攻めにあってしまった。聞くところによると、ダスティネス家が相手方の貴族を何らかの手段を使って黙らせたらしい。晴れてカズマさんの話のタブーは解かれたようだ。

 そして、ダスティネス家が近々、カズマさん捕縛のクエストを発令するという話題でギルドは持ち切りだ。なんでも、捕縛したものには一億エリスという報奨金が出るとの噂だ。おかげで目の色を変えた冒険者が私の元へ集まってくる。もちろん、私は逃げた。情報を知りたいのは私の方だ。

 

 

 夜遅くに帰宅した私は、ベッドの中で布団に包まり、何とか平常心を保とうとしていた。調査をしたり、新たな噂を耳にするたびに、カズマさんに対する疑念が私の中で生まれつつある。それを追い払おうと、柔らかな枕に自分の頭をボスボスと打ち付ける。そして言い聞かせるように呟いた。

 

「大丈夫! 私はカズマさんを信じてる! 彼は絶対に私の所へ来てくれる……!」

 

 私は頭の中で彼がどのようにして再び自分の前に現れるかを想像した。きっと彼の事だから、寂しさで無様にわんわん泣く私の前にカッコよく登場してくれるに違いない。その後、バツの悪そうな顔で一言私に謝ってから、泣き縋る私の頭を優しく撫でてくれるのだ。

 

「えへ、えへへ……! きっと……きっとこんな感じですね……!」

 

 幸せな未来を思い浮かべながら、私は目を閉じる。睡魔に身を任せながら、指輪を撫で続ける。意識が落ちる瞬間、なんだか私を優しく呼ぶ声がした気がした。

 

 

 

 

 そして、3週間が経過したころ私に不思議な事が起こった。その日の夜中、私はベッドの中でいつものように指輪を撫でていた。すると突然、私の部屋に懐かしい声音が響いたのだ。

 

 

『ゆんゆん』

 

「カズマさん!?」

 

 

 私は驚いて飛び起きた後、周りをキョロキョロと見渡した。さっき聞こえた声の主……カズマさんの姿を探す。しかし、彼の姿はどこにもない。

 

「どこにいるんですか……?」

 

 答えは返ってこなかった。私はもう一度、確かめるように指輪を撫でる。すると、また彼の声が聞こえた気がした。しかもさっきよりもっと近い位置から聞こえた!

 

 

 

「ふふっ……カズマさん……いるんですか……?」

 

 

 

 

 それからまた日が経った。カズマさんが行方不明になってから一ヶ月、私は不安な時や寂しい時に、指輪を撫でるという行動が完全に癖になっていた。そして最近、私はより指輪に執着するようになっていた。

 

何故なら、私はとある真実に気付いてしまったからだ。

 

『ゆんゆん、もう少し待っててくれ』

 

「はい、私はあなたを待っています……」

 

指輪を撫でるたびに彼の声がする……気配がする……!

 

それが意味している事は一つしかない。

 

 

「カズマさんは私の傍にいる……いつも一緒にいてくれるんです……」

 

 

 私は笑顔を浮かべながら指輪を撫で続ける。なんだか視界がぼやけてきた。ああ、今度は声だけじゃい……カズマさんの姿が……感触が……!

 

 

 

 

 

 

その真実に気付いてから、半月ほど経過した。

 

「今日も来ませんか……」

 

 喫茶店のいつもの場所で私はポツリと呟いた。カズマさんが行方不明になってからこれで約一ヶ月半だ。私は会計を済ませてさっさと店を出る。最初はカズマさんを待って夕方まで居座っていたが、最近はそれもなく、1時間程で切り上げるようになった。

 

だってとっても耳ざわりだっから。

 

喫茶店にいる私を見ながらヒソヒソとした声が向けられる

 

『アイツが捨てられたゆんゆんかー』

 

『あんな男の毒牙にかかるなんて可哀想に……』

 

『やっぱりカズマは鬼畜のクズだな!』

 

『聞いたか? アイツを捕まえれば1億エリスだってよ』

 

『あのゲスの事だから、他の女に庇ってもらってそうだな。というかあの女がかくまってるんじゃないか? 揺さぶりでもかけてみるか……?』

 

 カズマさんの噂は忘れられる所か、日に増して尾ひれがついて拡散している。この噂によって私に憐れみの視線、同情の視線が向けられて、とても嫌な気分になる。そして情欲の込められた視線を向けられる事も多くなり、その汚らわしさに体が震える。

 

何より、カズマさんの事をけなす奴らが許せなかった。

 

 あの人達は彼のほんの一部しか知らないのだ。そんな人たちが偉そうに彼の事を語らないで欲しい。これは街中でも変わらない事だ。誰かが私を見てカズマさんの噂を口にする。その度に彼の尊厳を傷つけられる。本当に許せない事だ。

 

 自然と短杖へと伸びる手を私は慌てて押さえる。そして私はカズマさんに貰った指輪をゆっくり撫でて心を落ち着かせた。

 

「大丈夫、大丈夫ですよカズマさん。私はあなたを信じて待っていますから……」

 

 私の中にポカポカとした暖かさが生まれる。この指輪に触れていると分かってしまうのだ。カズマさんは今も私の傍にいてくれると。

 

「カズマさんは本当にダメなヒト……私をこんなに心配させるなんて許せないです! 本当に……本当に……! あっ……撫でてくれるんですか? ふふっ、私それ大好きなんです……! カズマさんカズマさん……私をもっと撫でて……!」

 

 

 

街を歩く住人達は、私の事を気味悪そうに見ていた。

 

 

 

「ダメです……! こんな街中で変な所触らないでください! もしかして溜まってるんですか……? もう、本当にしょうがないヒトで……」

 

 

 

 

 

 

「にゃあ!」

 

「え……?」

 

 ふと私が意識を取り戻すと、足元に黒い毛玉……じゃりめがいた。私は足に体を擦りつけてゴロゴロ鳴くじゃりめを抱き上げる。暖かくてふわふわした感触に私の中の何かが癒されていくのを感じた。

 

「私の事探してたの? 私もじゃりめの所に行こうと思ってたんだよ?」

 

「にゃ!」

 

「ふふっ、それじゃあ公園に行きましょうか」

 

 そして、私はじゃりめを腕の中で撫でながらとある公園へと足を運ぶ。そこはじゃりめの潜む路地裏に近い場所、住宅街の小さな公園だ。子供たちは別の大きな公園や川などに遊びに行くせいか、とても閑散としている場所である。

 カズマさんが行方不明になってから、私はじゃりめと遊ぶ事が日課になった。私はカズマさんを信じてる。でも、待つというのは思った以上に疲れるのだ。だから、こうしてじゃりめに癒しと娯楽を求めてこの子と遊んでいる。まぁ、じゃりめが毎日私の所へ来るので仕方なくという面もある……あるはずだ。

 

「はい、着きましたよ」

 

「にゃにゃ!」

 

「嬉しいんですか? 今日もたくさん遊びましょうね」

 

「にゃうっ!」

 

 じゃりめをベンチに置き、私もその横に腰かける。そして、カバンから猫の定番玩具、ねこじゃらしを取り出す。じゃりめはそれを見て耳をピクピクと動かした。そして、私はじゃりめの周囲に高速でねこじゃらしを動かした。

 

「えい……えいえい!」

 

「にゃっ! にゃにゃ!」

 

じゃりめは猫じゃらしにとても良く反応し、ねこぱんちを繰り返す。その姿に私はほっこりとさせられる。でも、じゃりめは真剣な様子でねこぱんちと高速機動で獲物を翻弄しようとしていた。

 

「ほらほらほらほら……!」

 

「にゃ……にゃうっ!? にゃっ!」

 

「疲れました? ふん、まだまだですね……!」

 

「にゃっ……にゃーっ!」

 

「ああっ!?」

 

 じゃりめが目を光らせて、高速の一撃を繰り出しました。私の手の動きを正確に捉えた一撃は、ねこじゃらしを真っ二つに破壊しました。

 

「わああああっ!? またやられた! じゃりめ、これで何本目よ~!」

 

「にゃふ!」

 

 私は壊れたねこじゃらしを意気消沈しながらカバンへと回収します。壊れたのはこれが初めてではありません。すでに10本以上の猫じゃらしが犠牲になっています。対して、じゃりめはどこか誇らしげなようすです。まったく、しょうがないんだから……

 

「はぁ……ご飯にしましょうか……」

 

「にゃ!」

 

 目を輝かせるじゃりめの前に私はカズマさん用の弁当箱の蓋を開けて地面に置きました。勿論、中身はキャットフードと新鮮な野菜しか入っていません。そして、私も自分用のお弁当を取り出し、ゆっくりと食べ始めました。

 そのまま、春の心地いい日差しと風を感じながら、じゃりめと一緒に食事を楽しみました。ガツガツとお弁当を食べるじゃりめは、なんだか彼の様子と重なり微笑ましく思ってしまいます。

 

「にゃふっ……!」

 

「完食ですね。ほら、膝をかしてあげます……」

 

「にゃー」

 

 げふりと満足気な表情をしたじゃりめが、私の膝の上に上り、丸くなりました。私はそんなじゃりめを優しく撫でます。食べてすぐ寝るなんて、本当にいいご身分ですね……

 

「にゃ……? にゃにゃ!」

 

「あっ……それに触っちゃダメですよ! こ、こら! 引っ掻かないでください!」

 

じゃりめ私の指にはめられた指輪を突然引っ掻いてきました。なんでしょう、光り物に反応したのでしょうか……?

 

「だから、ダメ!」

 

「にゃうっ!?」

 

 私はじゃりめをギュっと抱きしめて動きを止めさせます。そして、顎の下をちょろちょろ撫でました。

 

「じゃりめ、これは私の大切な人……カズマさんからの贈り物なんです。おイタをしちゃだめよ?」

 

「にゃ……」

 

「反省してくださいね……?」

 

 どこか落ち込んだ様子のじゃりめを私は撫で続けます。それくらい素直なら、許すしかありませんね。そして、そのまま私はじゃりめと無為の時間を過ごしました。

 

 

 

 

 

「にゃ!」

 

「じゃりめ……?」

 

私がうとうとし始めた頃、じゃりめが突然、私の膝を離れて草むらへと消えました。当然、私はじゃりめを追いかけようと立ち上がりましたが、その時、私に向けて凛とした声がかけられました。

 

 

「やっと見つけた。少し私と話さないか、ゆんゆん?」

 

「あなたは……もしかしてダクネスさん?」

 

 

「ああ、そうだ。緊急の用事があってお前の家を訪ねたのだが、留守にしていたようでな。捜すのに少し手間取ったぞ」

 

 そう言って笑うダクネスさんは、赤と黒が綺麗に調和したドレスと煌びやか宝飾品で着飾り、髪型も綺麗な金髪が映えるストレートロングにしていた。片手に白い日傘を持つ彼女からは、自然な優美さと気品が感じられる。いつもの鎧姿ではなく、正に貴族のお嬢様というような恰好をしていた。

 

「えと……私に何の御用でしょうか?」

 

「そうかしこまるな。所用でこんな格好をしているだけだ。それで、お前への用事なのだが……まぁカズマに関する情報を入手したので伝えに来たんだ」

 

「カズマさんの情報!?」

 

 私は驚いてダクネスさんに詰め寄りました。めぐみんはダスティネス家が彼の事を調査していると言っていた。何か有力な情報を掴んだのだろうか。ダクネスさんは、そんな私を無表情で見下ろしながらゆっくりと語りだした。

 

「我がダスティネス家の総力を持って調査した結果、カズマは隣国に逃亡した可能性が高いと判明した。国境周辺の宿場町での目撃情報に、出入国管理を行う役所の情報でカズマの冒険者カードで出国手続きがされている事も確認されている」

 

「隣国!?」

 

「ゆんゆん、情報源は確かなものだ。我がダスティネス家が保障しよう」

 

「そんな……」

 

 カズマさんが国外逃亡? いや、おかしい。彼が私を置いて国外なんかに逃げるはずがない。私は信じている……カズマさんはそんな人ではないと。だからこの話は根本からして間違っている……!

 

「ゆんゆん聞いてくれ。私はカズマの事が好きだ……愛している。だからこそあのバカをなんとしてでも見つけたい。めぐみんは刑務所に入れるとほざいているが、私がそんな事をさせない。まぁカズマには個人的なお仕置きをするがな」

 

「ダクネスさん……カズマさんは私の……」

 

「言わなくていい。お前とのカズマとの関係は知っている。しかし、私はそれでもカズマが好きだ。この思いを変えるつもりはない」

 

 無表情でこちらを見るダクネスさんを私は睨み返す。カズマさんは私の婚約者……結婚相手だ。彼のお嫁さんは私。これだけは譲るつもりはない!

 

「落ち着けゆんゆん。別に宣戦布告をしに来たわけではない。むしろ、私と同じようにカズマを愛する人間だと見込んで頼みがあるんだ」

 

「なんですか……?」

 

「私は隣国へ向けて少数精鋭の捜索隊を派遣する事にした。そこにお前も加わって欲しい。あのバカは私達だけでは捕まえられないかもしれない。しかし、特別な関係であるお前が行けば、ひょっこり姿を現すかもしれないんだ」

 

「…………」

 

 捜索隊に私が加わる? そうしたら、この“待ち続ける”という苦痛から解放される。それにダクネスさんの言う通り、私の前には姿を現してくれるかもしれない……

 

 

 いやまて、カズマさんはレイプなんかしてない。だから逃亡なんてするはずがない……! 嘘だ……ダクネスさんは嘘をついている……!

 

 

 

それに、私の“カズマさん”はいつも傍にいてくれるんです。

 

 

 

「どうだゆんゆん? お前ならカズマを見つけられるかもしれないぞ」

 

「見つける……何を言っているんですか? カズマさんは逃げてなんかいません……!」

 

「は?」

 

 私はゆっくりと指輪を撫でる。そうすると感じられる……彼の声が聞こえてくる……カズマさんは逃げてなんかいない。私の傍にいてくれるんだ……!

 

「ふふっ……カズマさんダクネスさんが嘘をついてますよ……」

 

「おい」

 

「うん! そうですね、カズマさんの言う通りです。きっとダクネスさんは脳みそまで筋肉なんですね」

 

「っ……!」

 

 突然、ダクネスさんが私の腕をギリギリと掴んできた。私は必死になって腕を振り放す。彼女のいきなりの攻撃に驚いていると、私は自分の指に違和感を覚えた。ふと自分の左手を見てみると、あるべきものがなかった。

 

 

ない……私の指輪がない……おかしい……ありえない……私の大切なもの……愛の証……カズマさんの指輪がない……ないないない!

 

 

「まったく失礼な奴だ。あと、現実逃避をするんじゃないゆんゆん」

 

「ない……! 私の……私の指輪……! どこどこどこ!? カズマさんどこ!? いや……いやよ……捨てないで……私を置いていかないで……!」

 

「ん、結構キてるな。まぁ都合はいいか。ゆんゆん、こっちを見るんだ」

 

 ダクネスさんの声に従って彼女の方を見る。ああ、良かった……そんな所にいたんだ。それにしても許せない。私の指輪に……カズマさんに勝手に触れないで欲しい。私は短杖を抜き、ダクネスさんへと向けた。

 

「ダクネスさん、今すぐ手に持っている私の指輪を返してください……返して……返しなさいよ!」

 

「ゆんゆん、現実を見ろ。これはただの指輪だ。カズマはお前の傍に何ていない。アイツは国外逃亡した。ここにはいない」

 

「うるさいうるさい……! 返しなさい……触らないで……それは私のモノ……私の“カズマさん”なの……!」

 

「いい加減にしろ。それに私に対してその言葉と態度はなんだ? 並の貴族なら貴様を無礼討ちにしてる所だぞ?」

 

「いいから早く返して! 喰らいなさい! “カースドライト……”……あれ? ぐっ……!?」

 

 私は目の前の邪魔者を消そうと短杖を向けて魔法を撃ちこもうとした。しかし、その瞬間に近くの草むらから数人の男が立ち上がり、私に向かってクロスボウガンで矢を撃ってきた。ボウガンの矢は短杖に突き立ち、私はその衝撃で杖を手から放してしまう。そして、突然武器を失ってひるんだ私を、ダクネスさんが体当たりして地面へ突き飛ばした。口の中に砂が入り、じゃりじゃりとした気色悪い感覚が口内を蹂躙した。

 

「街中で魔法を発動するな。私の護衛が優秀じゃなければ貴様はここで死ぬはめになっていたぞ? くそっ、今ので死ねばよかったのに……なんて思ってない! いや、それとも貴族を侮辱した罪で本当に処刑してやろうか……?」

 

「処刑でも何でもしていいから……返して……私の指輪……カズマさんを返してよぅ……」

 

「おっと、私も変な思考に捕らわれていたな。まったく……指輪は返してやるさ……」

 

「あっ……指輪……私の指輪……!」

 

 ダクネスさんが不服そうな顔をしながら無造作に指輪を地面に放り投げた。私は慌ててそれを受け止める。

 

「良かった……帰ってきた……! 大丈夫ですか……? よかった……よかったですねカズマさん……もう二度と離さない……!」

 

「ゆんゆん、真にカズマを愛しているなら、指輪などにすがらずに自分自身でアイツを見つけるんだ」

 

 ダクネスさんが指輪を握りながらうずくまる私を軽く足蹴にする。脇腹にヒールが刺さってとても痛い。そして、彼女の言葉を聞きたくなくて、私は両手で耳を塞ごうとした。でも、彼女が耳へ伸びる私の腕を日傘で打ち払った。

 

「お前がカズマを愛しているなら、隣国へ行っても奴を簡単に見つけられるはずだろ?」

 

「カズマさんは逃げてなんかいません……」

 

「だから現実を見ろ。カズマはもうこの国にはいないんだ。とにかく、捜索隊は2週間後に出発予定だ。保険としてカズマ捜索クエストもこの国と隣国全土に発令している。我が家の万全のバックアップを受けながら、奴の捜索に協力してくれないか?」

 

 ダクネスさんは私を真剣に見つめてくる。私は何も言えなくなってしまい、口を閉ざす。彼女はそんな私を見て溜息を吐いた。

 

「いいか? 2週間後だ。カズマに会いたいなら、その日の正午までに私達の屋敷に来い。例え来なくても予定通り捜索隊は出発させる。それで、もしカズマが見つかった場合、お前には会わせないからな。薄情な女はカズマには似合わない」

 

「私は……私は……カズマさんを信じているんです! 逃げてなんかない……私を置いて出ていかない……!」

 

「ふん、妄言を繰り返しいうな。現実を直視できない臆病者めが。貴様はその指輪を抱いて一生腐っていろ」

 

 そう言った後、私の前からダクネスさんは姿を消す。残されたのは、土で汚れた私とボウガンが突き刺さった短杖だけだ。なんだか、とても空虚な気分に包まれる。

 

 だから、私は指輪を撫で続けた。ああ、感じる。私だけのカズマさんがここにいる。私の傍にいてくれる!

 

「もう離さない……ずっと一緒……ずっとずっとずーっと一緒……」

 

 私は指輪を撫で続ける。なんだか、考えるのが億劫になってきた。カズマさんはいない。でも“カズマさん”はいてくれる。あれ? 結局どっちなの……? 頭が痛い……涙が止まらない……! 今は指輪さえあればどうでも……

 

 

「にゃ!」

 

「あっ……」

 

 

 地面に座り込んでいた私の元にじゃりめがやってきた。そして、口に咥えた小魚を私の膝の上に置いた。そして、私を慰めるように前足で私の膝をポンポンと叩く。

 

「私にくれるの……?」

 

「にゃふっ!」

 

「そうなの……ありがとう……ありがとうじゃりめ……」

 

 ドヤっとして偉そうな仕草のじゃりめを抱きしめ、私は感謝の涙を流す。今は自分自身が分からない。何が辛くて悲しいのかは私自身、心の底では分かっている。でも、それを認めたくない。私はカズマさんを信じているのだから。

 けれども、イライラや抑え込むべき感情は私の中でドンドン生まれる。それが嫌で嫌で仕方がない。

 

「にゃ!」

 

「あっ、痛かった? ごめんね。でも本当にありがとね……」

 

 私の腕から抜け出したじゃりめは、こちらを見て溜息を吐くように鼻をスンと鳴らした。そして、用は済んだとばかりに再び草むらへと消えた。

 

「もう……じゃりめも相当なスケコマシですね……」

 

 気が付いたら、私の中の嫌な感情がいくつか消えていた。本当にあの子に救われてばかりですね。

 

「今日は帰りましょう」

 

 じゃりめに貰った小魚を弁当箱に入れる。そして、ゆっくりと帰路につく。相変わらず嫌な視線と噂話が耳につくが、指輪をなでて心を落ち着かせる。大丈夫……大丈夫だ……!

 夕日に包まれながら私は無事に宿へつく。そしてふらふらと部屋に入ろうとした時、少し懐かしい声に話しかけられた。

 

 

 

「やぁゆんゆん! おひさー!」

 

「あ……クリスさん! お久しぶりですね……」

 

 

 私に声をかけてきたのは笑顔のクリスさんであった。私が彼女と会ったのは数か月ぶりだ。久しぶりに会った友達に話しかけようとした所で動きを止める。クリスさんは普通の人間ではない。なんせ彼女の正体は女神様だからだ。もしかしたら彼の事をしっているかもしれない。

 

「クリスさん、カズマさんの事はご存じですか?」

 

「ああ、その事でキミに会いに来たんだよ」

 

「あなたも何か知っているんですか!? クリスさん、カズマさんの居場所はどこですか!? 本当にあんな事件を起こしたんですか!?」

 

「はいはい、落ち着くー!」

 

 詰め寄る私をクリスさんは抱き留める。そして、私の頭を撫でながら、囁くように語り掛けてきた。

 

「ゆんゆん、あたしも詳細な情報は持ってない。でも、あたしは助手君が噂みたいな事をしてないと思ってる。助手君は鬼畜のクズだけど、本当に相手が悲しむ事になるような行為はしないってあたしは信じてるもの」

 

「クリスさん……! そうですよね……カズマさんはそんな事しませんよね……!」

 

「うん、絶対してないよ!」

 

 そう言い切るクリスさんを見て私は嬉しくてたまらなかった。カズマさんの事を信じてくれている人がいる。少しモヤっとするが、それ以上に嬉しくてたまらないし、何だか救われた気がした。

 

「ゆんゆん、聞いて? 女神ってね、思ったより万能じゃないの。神の目を欺く術や結界も存在するし、かなり深いダンジョンの最深部なんかはあたしでも見通せない事がある。でも、諦めずに全力で助手君の事を調べてる。そのうち彼の居場所や事情も絶対に見つける。だからもう少し待っててね?」

 

「そうですか……! ありがとうございます……ありがとうございます……!」

 

「何言ってるの! 私とあなたは友達だし、助手君を見守る同盟相手で味方でしょ! これくらい当たり前の事だよ!」

 

 笑顔のクリスさんを見て、私は彼女との関係を思い出す。そういえば、カズマさんをめぐって少しおかしな約束をしていた仲でした。でも、それも今となっては頼もしい。そして、クリスさんは私の頭を撫でながら真剣な表情になった。

 

「ゆんゆん、今回の件は誰かが助手君をハメたと思うんだ。助手君だったらこんな事が起こったら、逃げるんじゃなくて堂々と反論して抗ったり、逆に揉み消そうとするはずなんだ。だからこの状況は絶対におかしい。あたしはそう思う」

 

「クリスさん……」

 

「許せないよね。助手君の事をこんなにも貶める噂を広げるなんて……! きっと助手君は噂を広めた奴に今もヒドイ目に会わされてる。そんな気がするんだ……」

 

 私の中にもなんだか怒りの感情が湧き出てきました。そうだ、カズマさんは私を置いていくような人じゃない。だから、誰かに騙されて姿を現す事ができない状態にいるのかもしれない。なんだか、ひどく納得できるものでした。

 

「ゆんゆん、待っててね! 私が何としても黒幕を暴く! そして一緒に成敗しに……ぶっ殺してやろう?」

 

「……もし本当にそうなら私も参加するかもしれません」

 

 私は指輪を撫でながら自分の進むべき道が増えた事を悟りました。このままカズマさんを信じて待つのもいい。でも、逆にカズマさんを救い出すという道もあるのだと。クリスさんはそんな私を嬉しそうな顔で見つめてきました。

 

「それじゃあ私は早速、助手君についての調査を引き続き行うね。女神の私に任せてちょうだい!」

 

「頼みましたよ……」

 

「何か分かったらまた会いに来るよー!」

 

 そういってクリスさんは私の頭をポンポンと叩きました。なんだか、クリスさんがカッコよく見えて、ついつい顔を赤くしてしまいました。

 

「それにしても、さっきから指輪を撫で続けてるけど、何のおまじない? それって助手君に貰った奴だよね?」

 

「ふふっ、そうですよ! カズマさんが私にくれた大切な贈り物なんです。羨ましいですか?」

 

 少し自慢げに、左手の薬指で輝く指輪をクリスさんに見せつけました。彼女は一瞬無表情になりましたが、すぐさま屈託のない笑顔を浮かべて私に抱き着いてきました。

 

「羨ましいに決まってるじゃない! このこの!」

 

「わっ!? んっ……クリスさん急に胸を揉まないでください……!」

 

 こうして私はしばらくクリスさんとじゃれ合いました。ちょっと、挫けそうになったけど、私は負けません。カズマさん、私は信じていますよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいなぁ……その指輪……本当に……本当に羨ましいよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、ゲスマさん壊れる


そして最終章となっていますが、暫定です。区切り結構適当ですからね
次回は7月入ったくらいかな
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