監禁されてから何日経ったかあやふやになってきた時、アクアが黄色い毛玉を持って部屋に現れた。
「ピヨッ! ピヨヨッ!」
「はーいゼル帝、ごはんよー」
「ひよこ持ち込むなよアクア……」
「どうせアンタ暇でしょ? ほら、特別にゼル帝に触るの許可してあげるから遊んであげて」
そういってアクアは俺の腹の上にゼル帝を乗せてきた。黄色い毛玉はてこてこと腹の上で歩き回り、時節アクアが俺の上にまく餌を啄む。ああ、腹がチクチクと痛い……
「カズマ、やっぱり元気ないわね」
「当たり前だろ。お外に出してくださいよアクア様!」
「それは……その……なんというかアレよ……」
言葉が尻すぼみになるアクアに俺は溜息をはく。アクアの内心は俺にも良く分からない。ただ、解放してくれそうなのはコイツだけだったりする。毎回適度に揺さぶりをかけているが、彼女は悲痛な顔で押し黙るのみだ。
「お前が元気なくしてどうすんだよ。ほら、ゼル帝でも触ってろ」
「うん……」
俺の腹の上で丸くなっていたゼル帝をアクアの手の中に放り込む。彼女は受け取った黄色い毛玉を大事そうに撫でた。そして、俺のことを何やら不安そうな表情を浮かべて見て来た。
「カズマ、私と一緒にいるのいや?」
「嫌じゃねぇよ。でも外には出たい」
「そうなんだ……そうよね……」
アクアは不安を打ち消すようにゼル帝を撫でる作業に戻る。俺はなんもする気がしないので、とりあえず暇つぶしにアクアの撫でるゼル帝を指でつっついた。そのままボケーっとした時間を過ごす。何だか時間をとても無駄にしているように感じる
「そういえば、めぐみん達はどうした?」
「あの子達、最近忙しいみたいなの。まぁ、私は暇だからこうしてアンタの相手してるのよ」
「そうかい、アイツらは何やってんだろうなー」
「知らない……でも良くない事をしそうなの……」
またも不安そうな顔になるアクアをじっと眺めた。そんな俺をチラリと見て、アクアは体を委縮させる。ダメだ、これでは追い詰めるだけで解決にならない。
「ひぃっ!?」
「ん?」
そんな時、扉から何かを叩きつけるような大きな音が鳴った。しかし、扉は開けられていないし、人影もない。そんな中、アクアは扉の方を見つめてぶつぶつ呟きだした。
「ごめんなさい……私達ひどい事してる……でも違うの……あなたとは……違う……ごめんなさい……ごめん……思い出さないで……そんな目でこっちを見ないで……! お願い許して……!」
「おいどうした?」
ゼル帝を抱えて急に懺悔を始めたアクアを俺は抱きしめる。なんだかこういうのにも慣れてきた。本当に面倒臭い奴らだ。
「安心しろ俺が一緒にいてやるから」
「カズマ……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「まったく、泣くなよアクア……」
「ごめんなさい……ごめん……ごめんねかずま……!」
謝るなら鎖外せよという言葉を飲み込んでアクアをあやす。その後、落ち着いたアクアは、少しやる事が出来たと部屋を出て行った。
そして、残された俺はそのままぼんやりとした時間を過ごした。夜中、俺の元へ来た彼女達の表情は何だかいつもと違った。なにやら暗い微笑みを浮かべるめぐみん、無表情のダクネス、どこか真剣な様子のアクア。何があったかは知らないが、俺はいつも通りに行こう。めぐみんとダクネスをとひたすら犯し、甘い言葉を囁いて精神的、肉体的にも気絶させた。
最後に、セックスする俺達を尻目に、天井にデカデカと何かの魔方陣を書いていたアクアを抱き寄せる。
「アクア、また俺を閉じ込めるための結界か?」
「違うわよ! ちょっとこれを作っといた方がいいって女神の勘が囁いたのよ」
「はっ! まぁいい! お前も犯しまくってやる!」
「うん……カズマ……私で疲れを癒して……あぅっ!?」
そして、俺は三人を仲良く気絶させた。タバコを一服吸ってから、俺はいつもの小道具を取り出した。
「さーて、今日もやるかねー」
俺は皆が寝静まる中、作業を続ける。今まで毎日続けてきたが、強固な鎖の破壊には至っていない。この事実を見せつけられるたびに、俺の中の何かがガリガリと削られる。
「もう、最終手段使っちまうかな……」
最終手段、この手段を使えば脱出は簡単だ。俺はマットレスの下から隠し持っていたブツ、初期にアクアから押収したナイフを取り出した。そしてナイフの切っ先を見つめる。これで外に出られる……
「いやダメだ」
俺は考え直す事にした。最終手段、それは自殺である。自殺をすればエリス様に会う事が可能だ。そうすれば簡単に助けが求められる。アクアも俺を死なせる気はない……はずなので蘇生もしてくれる。
しかし、この行為で彼女達に与える事になる精神的ダメージがどれくらいか全くわからない。下手したら仲良く心中……なんて事も絶対にありえないとは言えない。
俺はマットレスにナイフを戻し、作業を続ける。しかし、本当に先が見えない状況だ。俺は後何ヶ月このままなのだろうかという不安と、ゆんゆんが俺に愛想を尽かしているのではないかという恐怖がどんどん大きくなる。
「ゆんゆん、頼むからアホな事するなよ……」
「そんなにゆんゆんが不安か?」
「当たり前だろ! アイツのちょろさは俺が身を持って証明して……!」
問いかけられた声に自然に答えてしまった。だが、そんな事はあってはならないはずだ。だって俺はアイツらを気絶させたのだから。
「なんだカズマ?」
「勘弁してくれよダクネス……」
振り返ると、ダクネスが女座りをしながらこちらを見つめていた。俺は今までの努力が水泡に帰すような無力感に包まれる。彼女の耐久力を甘く見ていたせいでしくじったようだ。
「カズマ、警戒しなくていい。私はお前の行動、脱出しようとした事を咎めたりはしない」
「はぁ? 監禁しているお前がどういう風の吹き回しで……」
「カズマ」
ダクネスが俺の体をギュっと抱きしめてきた。俺はそんなダクネスを困惑しながら受け止める。てっきり脱出しようとした事を怒られると思ったのだが……
「私はお前が脱出しようとしているのを見たのは、これが初めてじゃない。お前が夜な夜な何をやっているか私は把握していた」
「止めないのか?」
「止めたいさ。でも私にその資格はない」
そう言ってからダクネスは俺を抱きしめる力を強めた。そして、言い聞かせるように語りかけてきた。
「カズマ、この監禁は全部めぐみんが計画して実行したものだ。あの時、精神的に弱っていた私はめぐみんの話に安易に乗ってしまった……」
「なんだ? 全部めぐみんが悪いって事か?」
「そうじゃない。私は安易な行動を取った事を反省しているんだ。だから、もう少し待って欲しい。めぐみん達の隙を突いてお前を解放してやる」
「なに?」
解放する? そういったダクネスに俺は驚いた。知らないうちに俺の説得が上手く行っていたのだろうか。少し考え込む俺をダクネスがのぞき込んでくる。
「カズマ……んっ……」
「むっ」
ダクネスが俺に軽く触れるようなキスをする。途端に思考が飛び、俺は目の前で優し気な笑みを浮かべる彼女を見つめ返した。
「私はお前の味方だ。もう少しで解放できる。だから、その無意味な行為をやめて欲しい。毎晩お前が苦しむ顔なんて私は見たくないんだ」
「そうは言ってもな……どうせなら今すぐ鎖を解いてくれよ」
「すまない。それをしたら私はめぐみんに殺される。だから、もう少し待って欲しい。私を信じてくれ……」
何やら物騒な発言が飛び出たが、今は良しとしよう。どうやら、ダクネスも解放派に加わってくれたようだ。
「分かったよ! お前を信じるさ。だから、もう寝ようぜ? お前はタフだけど疲れているのは確かだ。それにお尻の耐久度はめぐみん以下だしな!」
「こらカズマ! そこはやめ……ひゃぅっ!?」
俺はダクネスのショーツに両手を突っ込み、両方の穴の愛撫をしていく。嬉しそうに、気持ちよさそうによがる彼女に俺は囁いた。
「ダクネス、俺の解放頼んだぞ?」
「んっ……はぅ……! 分かっている……お前の味方は私だけだ……もう少し……もう少しで全部上手くいく……もちろんめぐみんには秘密にしろよ……ひゃんっ!? お尻は……んんっ……!?」
そして、ダクネスが眠るまで俺は彼女の全身を優しく愛撫した。彼女を今度こそ沈めた俺も眠りに……つかなかった。
「すまんなダクネス。もう俺は待てないんだよ」
彼女が言うもう少しがどれくらいかは分からない。でも、俺は待ってられない。今すぐ外に出たい……ゆんゆんに会いたい! だから、俺は脱出のために鎖に立ち向かう。
そんな時、鉄の扉がギィっという音をたててゆっくりと開いた。そして、何者かが部屋に侵入してきた。謎の第三者の乱入に俺は身構える。そして、そいつの姿を確認して、驚愕した。
「お前は……!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ん……寒い……」
窓から差し込む朝日と冷たい風、鳥のチュンチュンとした鳴き声で、私は自然と目が覚める。そして、のっそりと起きあがった。眠い目をこすりながら身支度を整え、じゃりめ用のキャットフードをお弁当につめてから、私はまたベッドに転がった。
ダクネスさんの捜索隊の出発は明後日だ。参加するかどうかはまだ決めていない。でも、内心はかなり焦っていた。
私はカズマさんを信じている。だが、もしダクネスさんの言う事が真実だったらどうすればよいのだろうか。彼がそんな男ならもう諦めるべきだと分かっている。それでもカズマさんを好きでいられるほど、私は壊れていない……いないはずだ。
「カズマさんと会えなくなる……?」
私はそんな考えを、頭を振って捨てる。違う、私はカズマさんを信じてる。だから、そんな事にはならない……!
嫌な考えに思考が支配されそうになる前に私は指輪を撫でる。こうすることで、私はとても落ち着くのだ。ふふっ……やっぱりカズマさんが私の傍に……
「あれ?」
私が撫でていたのは自分の指だった。意味が分からない。じっくりと確認するように左手を眺める。そして、とてつもない違和感に気が付いた。
薬指にあるべき銀色の輝きがなかったのだ。
「え?」
再び確認する。ない。何もない。私の最愛の人……カズマさんから貰った指輪がない。おかしい、昨日眠る時も指輪を撫でながら眠りについた。なぜ……なんで……ありえない……ない……ないない……ないないないないないないないないないないないないないないっ!?
「私の指輪がないっ! どこ……どこ……どこなのよぉ!」
私は必死になって探す。ベッドの上、さっき手を洗った洗面所、お風呂、リビング、小物入れの中、クローゼットの中、探しても探してもどこにもない。おかしい、おかしいおかしい!
「なんで……なんでなのよ……指輪……私の宝物が……!」
彼が私にくれた大切な指輪。少しでも強くなって欲しい、そう言って照れながら私にくれた時の事は今でも忘れない。それに銀製の指輪は汚れがつきやすく変色しやすい。だから毎日欠かさずお手入れをして、美しい輝きを保たせていた。そして、毎日願いを込めた。私の好きなカズマさんと添い遂げられるようにと。
結果として願いは叶い、指輪は婚約指輪としての意味も持つようになった。より重要な意味が込められた指輪を私はお風呂の時以外は外さなかった。
その大切な指輪がない……ない……なくなってしまった……!
「ある……絶対にある……あるはずなんです!」
そして、私は部屋を探し続けた。元々、私の部屋に私物は少ない。それでも、調べたものは部屋の外へ出し、すべての家具の下や裏を探し続けた。気が付いたら、私の部屋は何もないまっさらな状態になっていた。それでも指輪は見つからない。これはどういう事だろうか。私は確かに寝る時、指輪をつけてたはずで……
「あ……そうか……昨日のは全部夢……夢なんだ……」
内心、納得がいった。部屋は完全な密室であり、昨日私の家に訪ねてきた人なんていないし、夜中に外出もしていない。昨日は宿に帰った後はお風呂に入ってすぐに寝てしまったのだ。指輪が突然、跡形もなく消えるなんて事はないし、その原因となる出来事もない。きっと指輪を撫でていた記憶は夢なのだろう。そうに違いない……そうとしか考えられない。
だから……
「私、大事な指輪を外に落としてきちゃったんですね! 私ってこんなにも無能でどうしようもない馬鹿だったんですね!」
早速、私は最低限の必要なものを持って落とし物を探しに外に出ました。そして、昨日と同じ道をゆっくりと辿りながら指輪を探します。しかし、目的の物は全く持って見つかりません。
気が付くと、私はいつもの喫茶店へついてしまいました。もちろんを、いつもの席に腰をつき、その周辺を探しますが綺麗に掃除されていてゴミ一つ落ちていません。そうしているうちに、もはや顔馴染みとなった店員さんがこちらにやってきました。
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、紅茶をお願いします。それと一つお聞きしたい事があるのですが……」
「なんでしょうか?」
「あの、このお店で昨日落とし物があったとか……指輪が落ちてたって話を聞きませんでした?」
私の質問に、店員さんは申し訳なさそうな顔つきになりました。その表情で私は自然と察してしまいました。
「すみません、昨日、当店での落とし物の届け出はありません」
「そうですか、いえ、私も変な事聞いてすみません……」
ペコペコと謝りながら私は内心で頭を抱えました。このお店で落としたのでなければ、残るはじゃりめとよく遊ぶ公園とその道中しかありません。もし、そこになければ私は……!
「いえ、絶対にあります……」
ギュッと拳を握りしめました。あの指輪に私は様々な思いを込めて来たし、カズマさんの思いもつまっている大切な指輪だ。その思いに、あの指輪も応えてくれるかもしれません。
そして、喫茶店で小休止を取った後、公園への道をゆっくりと進みました。以前私が通った道のすみずみまで探しましたが、指輪を見つける事はできませんでした。
最後に、じゃりめとよく遊ぶ公園につきました。ベンチの近くや草むら、砂場などをじっくりと探しましたが、見つかりません。どうしようもなくなった私は、ブランコの上に座りこんでしばらく、ぼーっとします。そして少しずつ現状の把握を頭の中で行いました。
「なくしちゃった……」
そう呟きながら、左手をじっと見つめました。もちろん、そこには銀色の美しい輝きはない。
とても大切な私の指輪……
「なくしちゃった……なくしちゃったよう……!」
溢れ出る涙をそのままにして、私は指輪があった薬指をゆっくり撫でる。本当になんで消えてしまったか分からない。昨日の夜には確かに身に着けていたはずだ。でも指輪は私の指から消え、部屋の中を隈なく探したが見つからなかった。だから私はその記憶が間違いだった“こと”にした。もちろん、外で指輪が見つかる事なんてなかった。
私はとんでもなく大きな喪失感と悲しさに包まれる。だが、それよりもカズマさんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……!」
私があの指輪に様々な思いを込めていたように、カズマさんもきっとあの指輪に色んな思いを込めていたはずだ。彼が数あるアイテムの中からあの指輪を選んだのは偶然じゃない。私に似合うんじゃないか……喜んでくれるんじゃないかって……そんな思いが彼にあったに違いない。
そして、私にプロポーズしてくれた時、あの指輪をつける私に対して、とっても嬉しそうな顔を見せてくれた。そんな彼と私の想いが詰まった指輪を突然なくしてしまった。何が原因かもわからない。
「ごめんなさいごめんなさい……私のせいで指輪をなくしちゃいました……!」
どんどん流れてくる涙を止める手段を私は知らない。悲しくて寂しくて苦しい……そんな感情が体の中に渦巻いている。これを癒してくれるのは彼しかいない。カズマさんに会いたい……!
「うぅ……ごめんなさい……カズマさんごめんなさい……!」
そして、私は彼に謝り続けた。それでも、私の中の思いは収まらない。会いたい……会いたい会いたい会いたい会いたい! カズマさんに会って直接謝りたい……! 『このバカっ!』て頭を叩かれながら怒られたい……『もう二度となくすな』って叩いた所を撫でてもらいたい……!
「会いたい……会いたいですカズマさん……!」
私の願いに彼は応えてくれない。もしかして彼は本当に私を捨てたのかもしれない。そんな疑いが私の中で復活していく。こんな事を思ってはいけない。私はカズマさんを信じている……信じたい……!
「ゆんゆん」
「カズマさん!?」
私を呼ぶ声に、思わず顔を上げる。そこには愛しいカズマさん……の姿はなく、身軽そうな軽装に身を包んだクリスさんがいた。私の中の落胆が大きくなる。
「ゆんゆん、どうしたの? 随分と落ち込んでいるみたいだけど……」
「いえ……その……何でもないです……あっ……! クリスさん、いやエリス様! お聞きしたい事があるんです!」
「なになにー?」
私の中に一筋の希望が見えた。クリスさん……エリス様なら私の指輪のありかを知っているかもしないのだ。はやる気持ちを抑えて、私はクリスさんを見つめる。彼女はいつものニコニコとした表情だ。
「エリス様、私はカズマさんから貰った大切な指輪をなくしてしまいました。あなたならどこにあるか分かりませんか?」
「指輪をなくしたの? ごめん、さすがのあたしもキミの私物がどこにあるかなんて知らないよ……」
「あ……そうなんですか……そうですよね……! 変な事聞いてすみません……!」
思いっきり罵声を浴びせたかった。そんな事で女神が務まるのかと言ってやりたかった。でも、その言葉を飲み込む。それがただの八つ当たりである事を自分自身理解していたからだ。
むしろ、これだけ私を気にかけてくれる事を感謝すべきだろう。ああ、自分自身が嫌になる……
「ゆんゆん落ち着いて。指輪は分からないけど、助手君の事は少し分かったから……」
「え?」
カズマさんの情報を掴んだという事だろうか。唖然とする私の頭を、クリスさんはポンポンと撫でた。
「ゆんゆん、助手君は罠に嵌められて姿を現す事ができないみたいなの」
「何故そんな事が分かるのですか……?」
「あたしが多角的に、様々な視点から調査した結果だよ。下手人達の目星もついてる」
クリスさんの言葉に私は驚愕する。カズマさんの行方不明の原因……犯人を彼女は知っている。私はすぐさ彼女の腰に縋るように抱き着いた。
「教えてください……! カズマさんはどこ……!? カズマさんを罠にはまったって本当なんですか!? もし本当なら、はめたのは誰なんですか……なんでそんな事をするんですか……!?」
「んふふーどうだろうねー誰なんだろうねー」
「意地悪言わないでください……!」
「そんな事言われてもねー」
私の懇願の言葉にクリスさんがクスクスとした薄ら笑いを浮かべる。なんだか、私をあざ笑うような微笑みに嫌な気分になる。
「ゆんゆん、あたしはキミの味方だよ? でもあたしだけでピンチの助手君を助けてあげたら、彼はきっと喜ぶし感謝する。もしかしたら、キミを捨ててあたしにゾッコンになるかもね。本当はこのままあたしが手柄を独り占めしたいんだけど、そうするとキミが可哀想だから……」
「私が可哀想……? クリスさん、あなたは何が言いたいんですか?」
私の警戒の視線をクリスさんは薄笑いで受け止める。今までの頼もしい味方というイメージがめぐみんと同じような警戒すべき相手へと変わった。
「あたしはキミに救いの道を示してあげる。でも、タダとはいわない。それ相応の対価は払ってもらうよ。あっ、無茶な事は絶対言わないから、そんなに警戒しないで? あたしと取引き……“契約”をしようよ」
「契約ですか……」
「そう、あたしの三つの簡単な約束を守ってくれるだけでいいんだ。そうしたら、あなたに助手君の情報を教えてあげるし、望むなら助手君救出大作戦のお手伝いをしてあげる。ピンチを救ってくれたあたしとゆんゆんに、助手君はますますメロメロになっちゃうよー!」
変わらない薄笑いを浮かべるクリスさんを私は睨む。彼女は今“契約”と言った。悪魔との取引きは通常、契約関係によって成り立つ。主に悪魔に願いを叶えてもらうため、もしくはデビルサマナーとなって悪魔を使役する上で契約という行為は必要不可欠なものである。
悪魔との契約の仕方、注意点などに関しては紅魔の里の学校でも習った。それによると、狡猾な悪魔は契約の中に曖昧な表現や、取返しのつかない文言を潜ませるらしい。契約内容をしっかり確認ぜず、安易に契約すると永遠に魂を弄ばれるような事態となる。まぁ、バニルさんは人間の方が狡猾に悪魔を騙すとか言っていたような気がしますが……
ともかく、悪魔との契約とは危険なものだと学校で習った。しかし、それは悪魔との契約においての事だ。エリス様はこの世界の主神であり、慈悲深い女神様だ。そんな事は恐らくしないだろう。
「……その約束、“契約”の内容を話してください」。
「その気になった? それじゃあ一つ目の約束! もし、今後あたしと助手君と契約するって事になった時にキミは口出ししたり、その他様々な妨害と取れる行動はしない事!」
「カズマさんとの契約ですか……」
「そうだよ! でも安心して? キミは知ってると思うけど、契約は両者の合意がなければ成立しない。だから、キミが助手君を信じているなら別に問題ないはずだよね? それに、まだ契約内容は決めてないけど、あたしは助手君の害になるような契約は絶対しないよ。まぁ、言い方を変えれば助手君とあたしの契約の邪魔をするなっていう単純な話だよ」
右手の指を一本立てながら、クリスさんがいつもの明るい笑顔でそう語る。確かに、契約は両者の合意がなければ成立しない。悪魔さえ口先だけで騙し通しそうな狡猾で慎重なカズマさんが、不利な契約をするとは思えない。確かに彼を信じていれば問題ない事だ。私は先を促すように無言で頷いた。
「二つ目は一つ目とほとんど同じ! しかも、もっと簡単だよ! 助手君が下した決定には絶対に口出ししたり邪魔をしない事! あたしは彼の自由な所が好きなんだ。彼を束縛するような行為はやめて欲しいの」
「…………」
指を二本立てるクリスさんを再び睨みます。これは一見簡単そうに見えますが、重大な欠陥があるのです。カズマさんに自由にさせる事。これは当たり前の事ですが、全肯定して自由にさせすぎるというのは、まともな夫婦関係とは言えない。
もしかしたらカズマさんは見知らぬ女に手を出し始めるかもしれない。それくらい彼はスケコマシなのです。そんな時、それに口出しすらできないというのはおかしい。何より……!
「クリスさん、それはあなたとカズマさんの仲を正式に認めろという事ですか?」
「あはーバレちゃった? いやー鋭いねキミ! でも別にいいでしょ、助手君の選択なんだからさ!」
睨み付ける私をクリスさんはキラキラとした目で見つめ返してきました。
「あたしさ、正直言ってキミが羨ましいの。素敵な指輪を貰って、結婚式で愛を誓う。別にあたしは助手君と居られれば、そんなものは必要ないって今まで思ってた。でもね、やっぱり現物を見せつけられるとあたしもそれが欲しくなっちゃった! 多分、助手君はあたしに指輪を頂戴って言ったらくれるだろうし、結婚式をあげてって言ったら何とかして叶えてくれると思うの」
「…………」
「でもね、そうすると絶対キミが口出ししてくるでしょ? それが嫌なの……正直ウザイ。 あたしは助手君が純粋にあたしの事を思って選んでくれた指輪を貰いたいし、あたしのためだけの結婚式を開いて欲しいの。キミの言葉で助手君に変な躊躇いは持って欲しくないし、無駄な葛藤をして欲しくないんだ!」
顔を桃色に染めるクリスさんは正に恋する乙女。彼女の紫紺の瞳にはカズマさん以外が映っていないという感じだ。
「あ、勘違いしないでね。もちろん、キミが最初に結婚式をあげていいよ? 正妻はゆんゆんって事で“今”はいい。重要なのは助手君の好きにさせるって事。例えば助手君がゆんゆんを抱きたいって言ったら、あたしは口出ししないし、あたしを抱きたいって言ったらキミも口出ししない。簡単な話でしょ?」
「くっ……」
私はクリスさんの勢いに気圧されます。当たり前のように重婚を認める彼女に腹が立ちました。でも、私は内心別に悪くないのではと思い始めました。カズマさんはとっても気の多くて性に関して最低な人だ。私だけでは彼の性欲を抑えられない事を把握している。だからこそ、私は以前ダクネスさんやクリスさんと共闘した。
もちろん、カズマさんには私以外の女に手を出して欲しくない。でも、私だけでは抑える事が難しいのは理解している。そういう時、全く知らない女に手を出すよりは、私の知っている人に手を出してくれる方が数千倍安心できるのだ。
何故なら、私はカズマさんに対してとある確信を持っているからだ。それが崩れない限りはある程度の寛容さが私にはある……あるかもしれない。
「クリスさん、三つ目はなんですか?」
「これも単純なものだよ。あたしとゆんゆんで契約を結んだ事、及び契約内容を助手君や私達以外の第三者に伝えない事。まぁ、当然の事だよねぇ」
腕を組んでそう語るクリスさんを見ながら私はしばらく思案します。これらの契約を結べば、彼女は私にカズマさんの情報と、彼を罠にはめた相手を教えてくれるという。とても魅力的な提案だ。
でもいくつか腑に落ちない点もあるし、心の底からの納得は出来ていない。それに、女神であるという事が彼女の信憑性を強力に後押ししてはいるものの、本当に彼女の言う事が全て真実であるとは限らない。
「少し時間を頂けませんか……」
「そういうと思ったよ。まぁ契約はその場の勢いでするのは良くない事だしね。あたしもちょっとだけ待ってあげるよ。ただし、明後日の正午までだよ? その時間までにエリス教会に来なければ、キミに情報は与えないし、助手君はしばらく女神エリスの元で保護させてもらうよ」
顔を俯かせる私にクリスさんが笑顔を張り付かせてのぞき込んでくる。そして、私の耳元で囁いた。
「別にあたしと契約したくなければ、それでいいんだ。そうすれば、あたしは助手君を上手くいけば独り占めにできる。でも、あたしはキミの味方だからね。しょうがなく……本当にしょうがなく救いの道を示してあげたんだよ?」
「随分と上から目線ですね……」
私の言葉にクリスさんの笑顔が凍った。そして、凍った笑顔のままでこちらを睨みつけてきた。
「ゆんゆんさん、あなたがカズマさんに一番愛されてるなんて思い上がりはよしてください。それにこの一連の事件の結果次第で彼は私に傾くかもしれない。そのチャンスを捨ててあなたに接触したというのに」
「そちらこそ思い上がりはよしてください。私がカズマさんを一番愛しているし、愛されているんです……」
負けずと言い返した私に対して、クリスさんは凍った笑顔を溶かして、本当に可笑しくてたまらないといった様子で笑った。
「ふふっ、愛しているのに彼から貰った大事な指輪を自らの不注意でなくしたのですか? 所詮はその程度の愛なんですね」
「っ……! 違う……違います……それは関係ないんです……私は……私は……!」
「本当にあなたはバカですね! 私だったら絶対にそんな事しないし、させません」
頭を抱えてしゃがみこむ私をクリスさんが笑いながら見下ろしてくる。彼女笑い声は、クスクス……いや、ケタケタとした嗤い声となっていた。
「とにかく、私はあなたの味方です。私と契約を結べば、カズマさんは帰ってくるし、彼を嵌めた犯人を叩きのめせる。あなたが望むなら、犯人の殺害だって許可しますし、その罪を私は許しましょう。あなたが賢明な判断をする事を期待していますよ。そして、もう一度言っておきます。別に来なくてもいいんですよ? そうしたら、カズマさんは私だけのものになりますから……!」
そう語ったあと、私の傍からクリスさんは嗤いながら姿を消した。しかし、いつまでたっても彼女のケタケタとした嗤い声が消えてくれなかった。人気のない公園で私は頭の中に響く嗤いを打ち消そうと、彼への愛と懺悔を繰り返した。
「ごめんなさい……カズマさん……指輪をなくしちゃてごめんなさい……私はあなたが好きです……嘘じゃないです……本当なんです……あっ……いや……捨てないで……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
一人の少女の慟哭と懺悔の声が人気のない公園内に響く。
そんな彼女の様子を草陰からじっと見守るものがいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
結局、私は公園で無様な姿を晒した続けた。通りがかった見知らぬおばあちゃんに心配され、『これでも食べて元気出しなさい』とバナナを渡される程だ。私は今までにない羞恥に顔を真っ赤にしながら、おばあちゃんに感謝を伝えて帰宅した。
そして、自室にて途中で買った出来合いのお惣菜をもそもそと食べる。カズマさんがいた時は、明日の事が楽しみで一人でのお夕飯に寂しさを感じた事はなかったし、彼もちょくちょくディナーに誘ってくれたので特に思う事はなかった。でも、今はご飯に誘ってくれるカズマさんがいない。もちろん明日が楽しみなんて事もない。
思い返せば、カズマさんと関係を持つ前はいつもこのような毎日を送っていた。少人数ながらも、ウィズさんやダストさん達のような友達が出来ていたため、毎日が全く楽しくなかったという事はない。しかし、お夕飯を一人で食べる時、私は言いようのない虚無感に苛まれていた。
そんな毎日がカズマさんと深い関係になる事で変化した。彼との食事はどんなものでも美味しかったし、私のしょうもない会話を素直に聞いてくれる事がとても嬉しかった。彼と一緒に過ごすちょっとした冒険の毎日で、仲間というものの大切さと楽しさを知る事ができた。
冒険をしない日も、一緒にお話しして過ごしたり、街の美味しいレストランに行ったり、目的地もなく街の周辺をぶらついたり、様々な遊びや経験をした。彼と一緒に過ごした毎日はとっても楽しく感じられたし、明日は何をするのだろうという期待感もあった。
そして、日々エスカレートしていくえっちな事に内心ドキドキしていた。不安もあったが、私を求めてきてくれるという事は嬉しかったし、可愛くも感じた。私に優しくしてくれる、頭を撫でてくれる、私で気持ちよくなってくれている。どれもこれも嬉しかったし、私も気持ちが良かった。カズマさんが魔法の特訓の際に好意を伝えてくれた後は、私からも積極的に彼を求めたものだ。
私はそんな幸せだった日々を思い返しながら食事を片付け、お風呂に入る。そして、いつもより早くベットに飛び込んだ。今日は色々な事があって心も体も疲れてしまった。だからゆっくりと休みたいのだ。
しかし、私の中の不安感と寂しさは消えてくれない。布団を頭までかぶり、真っ暗闇の中で左手を撫でる。そこに私の寂しさを紛らわしてくれた指輪はもうない。
「カズマさん……寂しいです……」
私の声に応えてくれる人はもちろんいない。心身がこんなにも疲れているのに胸が苦しくて眠る事なんてできない。私はのっそりと起き上がり、ベッドの傍の小さなスタンドライトに火を灯す。
そして、寂しさを誤魔化そうとカズマさんの面影を求めて部屋を漁る。彼が私の部屋に来る時に使っていたティーカップに紅茶を淹れて飲んだり、彼が残した置手紙を何度も読み返したりした。それでも、私の寂しさ……虚無感が消えてくれない。そんな時、衣紋掛けにかけられた緑色の布が目に入った。
「カズマさん……私を置いてかないで……見捨てないでください……」
私は緑色のマントを手に取り、ベッドへ倒れ込む。このマントはカズマさんに譲ってもらった大切なものだ。だから毎日身に着けていた。でも、汚したくないという思いから頻繁に洗濯していたし、防塵、防護魔法を高額なお金を払ってエンチャントしてもらったりもした。こうして、すっかり私のモノとなってしまったため、マントからは以前感じたカズマさんの匂いなんてものはもうしない。でも、他のモノよりかはカズマさんを感じられる気がした。
「私……とっても寂しいんです……会いたいですカズマさん……!」
マントを両手と胸で抱きしめてそう呟く。そうしていると、なんだか不安が和らぎ、寂しさも少し消えてくれた。そして、自らの浅ましさに吐き気を覚える。今まで拠り所にしていた指輪をなくした寂しさを紛らわすために、マントに乗り換えた。とんだ尻軽女である。そのうち、この寂しさを理由に愛する人さえも変えてしまうのではないだろうか。
「いやです……私が好きなのは……愛しているのはカズマさんだけなんです……!」
言い聞かせるように呟くうちに目蓋が重くなっていくのを感じる。やっと眠れるという事に安堵しながら、私は意識を落としました。
そして、私は何かの夢を見た。とっても嬉しくて幸せな気分になれる夢。夢の中で私がどんな事でしているのかはよく分からない。だけど、夢の終わりははっきりと覚えている。暖かくて優しい何か……カズマさんに抱きしめられる夢だ。そして、彼が耳元で囁いた。
『待ってろよ、ゆんゆん』
私はカズマさんの言葉に満面の笑みを浮かべて頷いた。彼も私の反応に満足そうに頷いてから、私の頭を撫でてくれて……!
「ん……」
突然、目が覚めた。なんだか、とても幸せな夢を見ていた気がするが、起きた瞬間には覚えたいたはずなのに、すでに全く内容が思い出せなくなっていた。ただ、寝る前と比べて随分と心がスッキリした気がする。
私は、大きく伸びをした後、周りをキョロキョロと見渡す。真っ暗闇である事から、時刻はまだ深夜。眠りが浅かったのだろうかと、布団をもう一度かぶった時、窓の方から何かを引っ掻く音がした。
「カズマさん……?」
こんな非常識な時間帯に私を訪ねてくるのは彼以外にはいない。私はすぐさまベッドから出て窓のカーテンに手をかける。しかし、そこで思いとどまった。もし彼なら私の名を呼んでくれるはずだ。少し警戒しながら、私はカーテンの隙間から外の様子を伺いました。しかし、外には誰もいる様子はなく、変わらない真っ暗闇で……
「じゃりめ!?」
窓枠に外の闇に同化するように一匹の子猫が張り付いていた。私が窓を開けると、じゃりめは颯爽と私の部屋の中に入ってきた。
「どうしたのこんな深夜に……ってびしょ濡れじゃない……!」
じゃりめのふわふわとした黒い毛並みは水に濡れて貧相になっていた。それに、体中にゴミやら何やらをつけている。私は急いで綺麗なバスタオルを手に取り、包み込むようにして体を拭いてあげた。じゃりめはそれを悠然としながら受け入れた。そして、綺麗になったじゃりめと改めて向き直った。
「ねぇ、こんな夜中にどうしたの? というか、私の家知ってたんだ……」
そう言った私をじゃりめは鋭い目つきでチラリとも見た後、しゃがみ込む私の前に歩を進める。思わず伸びた私の手を掻い潜り、私の足元に口に咥えていた何かを床の上に置いた。
「なに? また小魚くれるの? ふふっ……あなたも心配性で……え……?」
私は言葉が続かなかった。じゃりめが床に置いたモノ、それは私が探し続けていた銀色に光り輝く指輪……大切な宝物……カズマさんの愛の証……!
「嘘でしょ……」
「にゃっ!」
何やら得意げな声をあげるじゃりめを前にしながら、私はその指輪を手のひらにのせて確かめる。見慣れたステータス上昇の効力を持つ刻印に、ずっと身に着けていたために出来てしまった僅かなかすり傷。そのどれもが、これが私の大切な指輪であるという事を証明してくれた。
「そんな……こんな事って……どうして……? でも嬉しい……嬉しいよぉ……!」
「にゃふ」
自然と私の両眼から歓喜の涙が溢れ出た。私は泣きじゃくりながら、喜びで震える手を動かす。左手の薬指、あるべき場所に指輪をはめなおした。嬉しすぎて変な笑いが出そうになる。私の元に指輪が帰ってきた……カズマさんが帰ってきたんだ!
「くふっ……くふふふっ……! お帰りなさい……カズマさん……!」
元に戻った指輪を私は撫でる。私の頭の中ではカズマさんが帰ってきたという思いと、これはただの指輪でありカズマさんじゃないという思いがごちゃごちゃになって、自分自身も良くわからない事になっていた。ただ嬉しいという事は確かだ。
「ありがとう……本当にありがとうじゃりめ……! 私のために探してくれたの?」
「にゃにゃっ!」
そう問いかける私に、じゃりめはなんだかドヤっとした様子でふんぞり返っていた。私はその毛玉を思いっきり抱きしめた。若干湿った毛が私の肌に触れてなんだか気持ちがいい。
「ありがとう……ありがとね……!」
「にゃっ……」
じゃりめを抱きしめながら、私は思考がクリアになっていくのを感じる。指輪はこうしてじゃりめが見つけて持ってきてくれた。という事は、本当に外に落ちていたという事になる。そして、雨が降っていないというのにじゃりめはびしょ濡れだった。これは恐らく指輪が川や側溝などに水と関係ある場所に落ちていた可能性が高い。そういえば昨日の深夜、催して一回お手洗いに行った。
「まさか寝ぼけて一緒に流した……?」
私は頭を振る。流石にそこまで自分がバカだとは思いたくない。また、冷静になったことで新たな可能性にも気づいた。それは盗まれたという事。この宿は高いだけあって安全面はバッチリだ。でも凄腕の泥棒には敵わないかもしれない。ロックの魔法と物理的な鍵が扉についているが、それを突破したのだろうか。
しかし、泥棒だとすると指輪だけ盗ったという点が腑に落ちない。確かにこの指輪は高価だが、これ以外のお金やマジックアイテムには手がつけられていない。そもそも、盗ったのであるならば何故売り払はずに外に捨てたのであろうか。
もしかして、私に対する個人的な……
「にゃ゛っ!?」
「あ、ごめんねじゃりめ!」
思わず強く抱きしめてしまったじゃりめから、腕を外す。じゃりめは私の腕から離れた所で体を寝転ばせながら、不満そうな顔で見て来た。
「そういえば、今日はお外で会わなかったね……」
「にゃ!」
「まさか、その時に私の指輪探してくれてたの?」
「にゃにゃ!」
じゃりめは、そうだと言わんばかりに床をぺしぺし叩く。その姿に私はとても癒されたし、嬉しくてたまらなかった。
とりあえず、私の元に指輪が帰ってきたのだ。だからここは素直に喜びましょう。原因なんて、考えてもしょうがない事だ。まぁ、部屋の防犯強化はやっておきましょうか。
ですが、その前にこの子へのお返しをしないといけません。私は小皿に買い置きしておいたキャットフードを盛り付けて、寝転がるじゃりめの前に置きました。
「いっぱい食べてね……」
「にゃう!」
勢いよくご飯を食べ始めた毛玉を私は撫でまわしました。本当にこの子には助けられてばかりですね……
「じゃりめ、ウチの子にならない? 野良って色々厳しいんでしょ? ご飯だってあげるし、あなたのための家だって作ってあげるよ?」
「にゃう……にゃにゃっ!」
「いたいっ!?」
じゃりめが私の手を軽く引っ掻いてきました。これは嫌だという事でしょうか……
「ふふっ、フラレちゃいましたか……」
「にゃふっ!」
少し落ち込んでいる私の足を、じゃりめは数回優しくネコパンチしてきました。慰めてくれているのでしょうか? そして、キャットフードを平らげた後、じゃりめは窓枠へと飛び乗りました。
「じゃりめ、行っちゃうの?」
「にゃ!」
心配するなという風に一声鳴いた後、黒い毛玉は夜闇へと消えて行きました。
「私は待っていますからね、あなたが再び来るのを……」
1人残された部屋の中、私はそう呟いた。なんだか、あの小さな毛玉と、私の愛しい人が重なって見えた。
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淡い月の光に照らされる仄暗い路地裏で、クリスは苛立ちながら目の前の小さな物体を蹴飛ばした。
「にゃ゛っ!?」
「はぁ……なんでこんなイレギュラーな事態を起こすかな……」
彼女はとても苛立っていたし、少し焦っていた。今まで自分の策は計画通りに進んでいた。しかし、目の前の毛玉が今後に影響しかねない事をやってのけたのだ。
「ねぇ、あの指輪どうやって見つけたの!? 誰にも見られないように盗んだんだよ! それに万が一に備えて匂いを辿れないような細工もしたし、魔法でも探知できないようにした! とっても深くて汚い川に投げ捨てたから、見つける事だってほぼ不可能なはずなのに!」
「にゃう゛ぅ!」
彼女は再び毛玉を蹴りつけたあと、綺麗な銀髪を自分の手で掻き毟った。彼女は理解していたのだ。自分にも非がある事を。
「あーあ、安易に指輪は捨てない方がよかったな。こんな事になるなら粉々に破壊してから捨てるべきだったなぁ……最後に横着しちゃった……」
クリスはバインドロープで拘束した毛玉を左足で踏みつける。苦しそうな声をあげる毛玉を見下ろしながら右手で腰につけたダガーを引き抜く。そして手の中でくるくるとダガーを弄んだ。
「にゃう!?」
「こんな事になるんなら、最初から殺すべきだったなぁ」
この毛玉があの女と接触したのは偶然だった。クリスは特に影響はないだろうとこの毛玉を最初は見逃した。そして、しばらくたって毛玉をあの女が気に入り始めた時に決めたのだ。最後に殺してやろうと。あの女の絶望と憎悪を掻き溜めるためには指輪に次ぐ良い素材だと思ったのだ。
しかし、この毛玉は想定外の事を起こした。あの女を追い詰めるために処分した指輪を見つけて持ち主に届けたのだ。詰めの段階での手痛い失敗だ。本当に意味が分からない。何故こんな毛玉に予定を狂わされるかもしれないという恐怖を感じなきゃいけないのだろうか。
「まさかこれが奇跡って奴? あたしそういうの嫌いなんだよね」
「にゃ……」
「はぁ……まったく……」
嘆息しながらクリスは毛玉の首にダガーを押し当てた。そして、一気に切り裂こうとして……!
「そんな目でみないでよ……」
「にゃ?」
そこから手が動かなかった。最後には殺す予定だった。それに助手君を手に入れるために決意していた。彼を手に入れるためなら、どんな事もやって見せようと。
でも、ここに来て躊躇ってしまう。それは殺すという事を恐怖しているからではない。彼に私がこの毛玉を殺したというのがバレるのが怖かった。もちろん、そんなヘマはしないつもりだ。しかし、そんな不安が私に絡みつくように付きまとう。彼に嫌われるような要因はできるだけ排除したい。
「はぁ……」
クリスはダガーを鞘に戻した。そして、一度深呼吸させて心を落ち着かせる。自分で手を下せないとあらば、どうすればよいのだろうか。毒餌? 事故死に見せかける?
「やっぱ面倒臭いや……」
「にゃっ!?」
考えてみれば当たり前の話だ。周囲に生体反応がないのは盗賊スキルで確認済みだ。バレるわけがない。クリスは再びダガーを引き抜いた。
「うーん、生首送りつけてやろうかな……それともあの女の家の窓にバラバラになったこの子を投げ入れて……ん……?」
そんな事を思案しながら毛玉を眺めていた時、とある事に彼女は気が付いた。そして、毛玉の口をダガーで押し開けて中を確認した。
「へぇ……ふーん……そういう事……」
「にゃ?」
「別にあたしが手を汚さなくてもいっか……えいっ!」
「にゃ゛っ!?」
クリスはダガーを再び鞘に戻した。そして、毛玉を壁に向かって蹴り上げてから、その場から背を向けた。毛玉からは今の衝撃でバインドロープが外れ、よろよろと立ち上がる。
「少し賭けになっちゃう不確定要素だけど、どんな風になるのかな? ちょっと楽しみかも」
クリスが背中越しに毛玉に語り掛けた。毛玉はビクリと体を震わせるだけだ。そして、彼女はゆっくりと歩き出した
「今度は大丈夫だよね! なんせあたしは幸運の女神様なんだから!」
明るい声に混じって、ケタケタとした嗤い声が混じる。
月に照らされた仄暗い路地裏に、その嗤い声が不気味にこだました。
BD4巻の特典小説で判明したのは、エリス様の盗賊家業はアクアの影響を受けているという事と、手癖の悪さは元々の性格によるものらしいですね。
やっぱエリス様はやんちゃで可愛いなぁ……!
次回は運命の選択……?
週末遊びほうける予定なので、更新は一週間半後くらい