※この作品はR-18です。

てぃーちんぐゆんゆん   作:ルイ提督

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私のカズマさん

 

 

 

 まどろむ意識の中、二つの手が俺の両頬を愛おしむようにゆくっりと撫でるのを感じる。

 

『カズマ、今日で決着ですよ』

 

『大丈夫、全て上手くいくさ。お前は私の、私達のものだ』

 

 そして、甘く柔らかな感触が軽く両ほほに触れた後、二つの足音が部屋を出て行くのを聞きとる。俺はその事に安堵しながら、意識をゆっくりと落とした。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・

 

 

「起きなさいカズマ!」

 

「んぉ……!」

 

 体をゆさゆさと揺すられて、俺は浅い眠りから目を覚ます。少し寝不足でダルい体を起こすと、アクアが困惑と焦りのような表情を浮かべながら見つめてきた。何か緊急事態でも起こったのだろうか?

 

「どうしたアクア?」

 

「なんでまだここにいるのよ!」

 

「はぁ? お前らに監禁されたからだろうが」

 

「え……? うん…それはそうだけど……!」

 

「お前も寝ぼけてんのか?」

 

 アクアは俺の方をチラチラ見ながら困惑顔でうろたえている。そんな姿を見て、俺は小さく溜息を吐いた。やっぱり、こういう姿は何というか、アクアらしくない。

 

「さて、俺を監禁してるアクアさんよぉ、欲しいものがあるんだ。準備してくれるか?」

 

「その言い方やめなさいよ……分かったわ、何が欲しいの?」

 

 俺は希望の品を告げると、アクアは困惑しながらも了承した。そして数十分後、俺の前に使い慣れた装備品が並べられていた。ボロボロのマントに、ゆんゆんから貰った鎧、エリス聖水やアクア聖水などの秘蔵ポーションが入ったサイドポーチ。それらが何だかとても懐かしいものに見える。まぁ、少なくとも一ヶ月以上はコイツらを装備する事も手入れする事もなかったので、当然ともいえる。

 

「まったく、俺を監禁なんてお前らは発想がおかしいというか、結構アホだよな」

 

「そう言わないであげて。私だって、あの時はこれが一番良い方法だって思ったもの……」

 

 そんな事を言うアクアを横目に、俺は当日着ていたズボンを手に取った。ベルトはつけっぱなしであり、ポケットには財布と、ゆんゆんから貰ったお守りが入ったままだ。昏睡時に無理矢理脱がされた事を生々しく物語るズボンを見て俺は苦笑した。

 この監禁期間は俺にとっては楽しいものであり、苦しいものであったが、アクア、ダクネス、めぐみん、それぞれの秘めたる思いを知る事が出来た。そして、この状況が俺の軽率な行動、女性関係に対するクズ行為によるものだと、しっかり認識できた……認識させられた。

 

「アクア、そいつをこっちに渡せ」

 

「でも……」

 

「別に暴れたりしねぇよ。そいつは俺の愛用の品なんだ」

 

「…………」

 

 手を差し出す俺に対し、アクアは手の中の長物“ちゅんちゅん丸”をぎゅっと抱きしめる事で答えた。この監禁生活の中で俺は欲しいものはすぐに支給された。しかし、ナイフのような武器になりえるものは実質禁止だった。アクアはめぐみん達の暗黙のルールを破りたくないようだ。軽く溜息をついてから、装備確認でもしようと改めてサイドポーチを開いた時、アクアが俺の隣に腰かけてきた。そしてポツリと呟いた。

 

「ねぇカズマ、外に出たい?」

 

「当たり前だろ」

 

 即答した俺を見て、アクアは寂しそうに笑ったあと、ポケットをさぐり、俺の前にとある物を差し出した。それは簡素な金属製の鍵であった。俺はそれを見て息を呑む。状況的にこの鍵が何であるか分かってしまった。

 

 

 

「私がアンタを外に出してあげるわ!」

 

 

 

 ドヤッとした顔のアクアはとてもムカツクが、解放してくれるという発言は長い間解放の説得をしていた俺にとっては嬉しい言葉だった。

 

「やっとその気になったか……それなら早く解放してくれ……色々と限界なんだよ……」

 

「分かってるわよ。でも、その前に聞いて欲しい事があるの」

 

「へいへい、聞いてやるから手短にな」

 

「もう……!」

 

 アクアは若干プンスカしながら刀をベッドの上に放置した後、腰かける俺の上に乗っかっり、対面座位ともいえる状態で俺とアクアは向き合う事になった。そして、アクアは嬉しさと寂しさが入り混じったような表情で語り掛けてきた。

 

「カズマ、私はアンタとずっと一緒にいたいの……」

 

「おう」

 

「でもね、出来ればめぐみんやダクネスとも一緒にいたいって思ってるの……」

 

 そう言ってから、アクアは俺の胸板に顔を押し付けてきた。これで表情は見えなくなったが、ぶるぶると震える体でどんな状態かは分かってしまう。

 

「私は皆と一緒に過ごす時間が好き。アンタはクズ行為やニートこじらせてバカな事やって……めぐみんは爆裂魔法とチンピラみたいな行動でトラブルを引き起こす……ダクネスは変態行為と先走った行動でアホみたいな事態を誘発する。そして、そんなアンタ達を優美で慈悲深くて聡明な私が華麗に助けてあげる……そんな波乱万丈だけど楽しい日常が好き……」

 

「おい」

 

「私はね、この“私達”の関係が壊れる事が嫌だった。だから、精神的に少し弱ってた私にとってアンタを監禁するっていうのは本当に魅力的な方法だったの。これで皆とずっと一緒にいられるって思ったもの」

 

 アクアが俺の腰に腕を回してきた。そして、俺の胸板に顔を擦りつけるように頭を動かす。なんだかマーキングをされているみたいだ。

 

「監禁した最初の頃は、はっきり言って楽しかった。皆と一日中一緒に怠惰に過ごすのって中々できないでしょ? それに気持ちが良かったし、アンタだって楽しそうだったの。だけど、何か嫌な予感が日に日に増していくのを女神の勘で感じたし、アンタはイライラ溜め込んだ上に、私達とのえっちぃ事も何だか無理してやっているように見えたの……」

 

「俺だって最初は良かったさ……最初はな……」

 

 酒池肉林の毎日は本当に最高だったが、それだけしかない生活は思った以上にキツいものだし、ゆんゆんの存在が頭にあったため素直に日々を謳歌するなんてできない。それに、排泄などの生理的活動でも地味にメンタルを削られているのも忘れてはならない事だ。

 

「それで気付いたの。これは私が望んでた“ずっと一緒にいる”じゃないって。だから、私はこんな事は終わりにしたい。アンタが苦しんでるのはもちろんだけど、めぐみんだって何かに怯えているように見えるし、ダクネスも心の中はぐちゃぐちゃ……このままだと皆が壊れちゃうの……!」

 

「アクア……」

 

 俺の胸から顔を離してアクアがこちらを上目遣いで見て来た。顔は真っ赤であり、涙と鼻水に濡れて綺麗な顔はぐちゃぐちゃだ。

 

「だから……だから……んじゅっ……!」

 

「俺の胸で鼻水拭くなバカ!」

 

 涙やら鼻水やらを、俺で拭きとろうとするアクアの頭を引っ掴んで離す。俺に擦りつけていくらか綺麗になったアクアは、今までとは違って真剣な表情になった。

 

 

 

「だから監禁なんて今日で終わらせるの!」

 

 

 

そう宣言した後、アクアは俺の手をギュッと握り、手枷の鍵穴部分に鍵を差し込む。そして、ゆっくりと回して――鍵は回らなかった。

 

 

「あれ? 開かないんですけど!」

 

「あれじゃねぇよバカ!」

 

「ああっ、またバカって言った! だってダクネスが大事そうに持ってた鍵なのよ! きっとこの手枷の鍵だわ!」

 

「確証ないのかよ……ほら借してみろ……」

 

 俺は涙目のアクアから鍵を受け取り、改めて鍵穴に差し込んでみた。しかし鍵は回らない。どうやら手枷の鍵ではないようだ。あれだけ大きな事言ったくせに結果がこれとは、何だかアクアらしい。冗談じゃすまないけど。

 

「おいアクア、監禁を今日で終わらせるんじゃなかったのか?」

 

「えへへ……その……ごめーんね!」

 

「…………」

 

 小首を傾げてテヘペロしてくる駄女神様を張り倒してやりたいが、はっきり言って落胆の方が大きい。

 

「はぁ……つっかえ……」

 

「使えないって言わないでよ……ごめん……ごめんねカズマ……私のミスで……」

 

「謝るなって」

 

「あっ……」

 

 膝上で再び涙目になっていたアクアを抱きしめる。柔らかな感触と鼻孔くすぐる甘い匂いを堪能しながら、言い聞かせるように囁いた。

 

「アクア、解放するって意思を見せただけで俺は大満足だ。だから、そんな顔するな」

 

「でも、私のせいで……!」

 

「だからそのお前らしくない態度はやめろ。今のお前とはずっと一緒にいるのなんてゴメンだ」

 

 ガバっと顔を上げたアクアの顔には絶望の表情が浮かんでいたが、俺はそんなアクアの頬を摘まむ事でその表情を崩した。アクアだけじゃない、めぐみんもダクネスも、この生活で本当にらしくない様子だった。

 

「お前にはそんな表情は似合わないし、俺の世話を焼くのもなんか違う。お前はお調子者で能天気で俺並の面倒くさがり屋だ。俺なんかこき使おうとするのがいつものお前だろ?」

 

「え……うん……」

 

「そして、馬鹿なくせに一丁前に人を馬鹿にするのがお前だ。確かに従順なお前は可愛いが、お前はもっとこう……暇さえあれば俺をおちょくってくる奴だろ! ほら、以前みたいに俺を馬鹿にしてみろよ!」

 

「え、カズマってそういう趣味の人だったの? ドン引きなんですけど……」

 

「おほっ! いいぞ! その目だ! その蔑んだ目で俺をもっと見てくれ!」

 

「うわぁ……」

 

 こちらを蔑む目で見てくるアクアの視線を受けてゾクゾクとした謎の快感に包まれながら、俺はうんうんと頷く。やっぱりアクアはこういう態度の方がコイツらしい。まぁ、世話焼きモードも色んな意味で捗るのでアリだがな!

 

「ともかく、お前は俺の解放に協力してくれるんだな?」

 

「うん、振り出しに戻っちゃったけど必ず鍵を見つけてみせるわ……」

 

「そいつはどうも。でも、もう必要ないな! 先生、お願いします!」

 

 俺は大声で叫びながら、頼みの土下座を敢行した。その瞬間、ベッドの下から数体の西洋人形がゆっくりと這い出てきた。しかも、西洋人形たちは手にボルトクリッパー、鏨とハンマーなど、様々工具を持っていた。

 

「カズマ、これは……?」

 

「お前なら分かるだろ? 幽霊少女のアンナちゃんだ。脱出に協力してくれるって昨日俺の前に現れてな。鍛冶用や日曜大工で使ってた工具をこうして持って来てもらったんだ」

 

『『『……!』』』

 

 昨日の深夜、監禁部屋に侵入してきたのは幽霊少女のアンナちゃんだった。以前屋敷での“遊び”で遭遇した幽霊が彼女だった事には驚いた。ともかく、彼女のおかげで脱出の算段はついていたのだ。他力本願だとかは言ってはいけない。

 そして、人形達が任せろとばかりに己の工具をぶんぶんと振った後、俺をベッドにつないでいる鎖に取りついて切断作業を始めた。部屋の中に工具を使う金属音が鳴り響くなか、アクアはその様子を何故か嬉しそうに見つめていた。

 

「にしてもこの部屋は本当に屋敷の中にあったんだなぁ」

 

「うん、めぐみんがたまたまこの隠し部屋見つけちゃったみたい。ただ、隠し部屋っていっても、この子を人目に見せないように幽閉するためにも使ってた部屋なんだけどね……」

 

 一体の西洋人形を撫でながら、アクアがそう呟いた。俺はその言葉に納得する。この幽霊少女が俺に協力してくれるのも、そのような背景があるからだろう。そう考えると、アンナちゃんには随分とヒドイ事を見せてしまったような気がする。まぁ、今度墓掃除でもしながら謝ろう……

 そんな風に思考にふけっていると、ガキンという大きな音とともに鎖が切断された。工具を持った人形達は、どこか満足気だ。そして、俺は久方ぶりに自由になった体を大きく回す。両手両足に鎖がないというだけで、こんなにも体が軽いのかと嬉しさまじりに実感した。

 

「ありがとうなアンナちゃん! 落ち着いたらご所望のエロティックな冒険話“爛れた二ヶ月間”について話してやるよ」

 

『『『!?』』』

 

 一斉に首をぶんぶんと縦に振る西洋人形達に恐怖しつつも、俺は傍らに置いてあった服や装備品を身に着けていく。解放だけで、終わりじゃない。俺には会わなきゃいけない奴がいる。ゆんゆんに早く顔を見せたいのだ。そうして、俺が鎧とマントを身に着け、完璧な冒険者衣装に着替えた時、俺の背中に抱き着いてくるものがいた。無論、アクアだ。

 

「カズマ……」

 

「なんだ?」

 

「あの子の所へ行く前に私と契約してよ……」

 

「はぁ? 契約?」

 

 聞き返した俺に対して、アクアがより強く抱きしめる事で答えた。それにしても契約か、エリス様といいコイツといい契約大好きだな。それほど重要なものなのだろうか。

 

「ちなみに契約内容は?」

 

「別に魂盗ったりなんてしないわ。“ずっと一緒にいる”それを約束してくれるだけでいいの……」

 

「“ずっと一緒に”ねぇ……」

 

 アクアの契約内容は、奇しくもエリス様と同じ物であった。こんなにも俺に執心してくれるのは嬉しい事だが、同時に得体のしれない薄ら寒さも感じた。まぁ、アクアなら大丈夫だろう。多分……

 

「アクア、すまないが契約は誰であろうとお断り中だ。バニルにそう忠告されてるからな」

 

「……カズマは私よりあの汚らわしいヘンテコ仮面の言う事を信じるの?」

 

「そう言うな。アイツには色々と助けてもらったろ? それに契約に関してはエリス様に先約があるからな」

 

「エリス……!?」

 

 俺の言葉に驚きの声をあげたアクアは、俺を無理矢理動かして向き合う状態にした。俺を見つめるアクアの目には今までに見た事ないような暗い炎が宿っていた。

 

「アンタ、エリスと契約したの!?」

 

「お断り中だから契約はしてない。でも、俺の死後なら契約しても何しても構わないって約束したんだよ」

 

 アクアはそれを聞いた途端、安堵の表情に戻った。やはり、女神にとっては契約というものは大切なものなのかもしれない。

 

「カズマ、それなら私とも約束しなさいよ。私もいずれはアンタと契約したいの……」

 

「とはいってもなぁ、今度エリス様と話してみろよ。俺は多分、より条件のいい契約に乗るだろうしな」

 

「カズマのくせに生意気よ! 私とエリスを天秤にかける気!? ほら、私と契約すると今ならこの河原で拾った変な形の石をアンタにあげるから……!」

 

 

「いらねぇよ駄女神! ともかく、そのへんはエリス様とお前で相談しろ。そんな後々の話はどうでもいい、今はアイツに会うのが最優先なんだよ!」

 

 俺の言葉を聞いてぶーたれる駄女神を放置して装備を整えていく。最後に、愛刀を腰にさして準備完了だ。そして、俺は再びアクアに向き合った。

 

「アクア、外に警備はいるか? それに脱出阻止の罠があったりはするか?」

 

「別に何もないわよ。だけど今朝から庭が騒がしいの。多分ダクネスが何かやろうとしてるわ」

 

「なるほどな……」

 

 俺が昨日の夜に脱出しなかったのは、金属音で皆が起きる危険性とこの部屋の外がどうなっているか不鮮明だったからだ。捕まって振り出しに戻ってしまったら意味がない。だから、割と御しやすく、幽霊少女を無下に扱えないアクアだけの時を狙ったのだ。

 そして、彼女によると脱出阻止の罠のたぐいはないらしい。めぐみん達は俺を監禁してからは文字通り俺の事しか見ていない。ダクネスも俺が壊そうとした鎖を強力なものに交換しようともしなかった。結構、その辺がガバガバかもしれない。それとも俺を管理下に置いた事に満足して彼女達に慢心が生まれてしまったのだろうか……?

 

「とりあえず、ついてきなさいな。あの子の所へ行くんでしょう?」

 

「おうよ」

 

 それから、俺は長い間閉じ込められていた部屋を脱出した。鉄の扉の外は薄暗い石造りの廊下が続いており、突き当りには鉄錆びた梯子がかけられていた。俺はアクアを先に上らせ、梯子の下からアクアの鉄壁スカートの中身をガン見しながら梯子を登り切った。

 そして、梯子の先の蓋を開けて外に出る。そこは俺にとっても馴染み深い屋敷のリビングであった。

 

「はぁ、いつも過ごしてる場所の床下にこんな所があったとはな……」

 

「私も最初見た時はびっくりしたわ! どうやらここの貴族は代々あの部屋に女を連れ込んで半ばレイプに近い事をやっていたみたいね。アンナちゃんのお母さんより以前に犯された女の恨みや怒りもあの部屋にうごめいていて……!」

 

「そういう話しなくていいから!」

 

 俺は肩をブルりと震わせる。アンナちゃんの過去が割とハードなものである事は知っていたが、あまり聞きたくない話だ。しかも女癖の悪さの話は実に耳が痛い!

 

「と、とにかく俺は行くからな! お前もくるか? ゆんゆんを見つけたら飯でも食いながら今後について話そうと思うんだが……」

 

「私がいたら流石に無粋の極みよ。それに私はやる事があるからここに残るわ」

 

「そうかい、ならここで一旦さよならだな」

 

 そう言ってから俺はアクアに背を向ける。そして、歩き出そうとした所で足が止まる。どうやら、アクアにマントを掴まれたようだ。まだ何かあるのかと振り返ると、俺の頬にアクアの指がぷにっと刺さった。こんな時に古典的なイタズラをされて何だか無性に腹が立った。

 

「なんだよお前は!」

 

「怒らないの! 今あんたの姿を私以外の神魔にしばらく見えないようにする秘術をかけたわ!」

 

「はぁ? それに何の意味があるんだ?」

 

「さぁ、でも私のくもりなきまなこは、こうした方が良いっていう未来が見えたの」」

 

「はいはい、また女神の勘ね……」

 

 なかなか馬鹿に出来ないコイツの第六感に納得しつつ、俺は再びアクアに背を向けて歩きだした。そして、背後からはアクアの綺麗な歌声のようなものが響き渡る。どうやら俺に様々な支援魔法をかけてくれているらしい。別に戦うってわけでもないのに結構な事だ。俺は振り返らずにそのまま外へと歩き出す。

 

 

さて、久しぶりに会いに行こうじゃないか! 俺の愛しの嫁さんに!

 

 

「カズマ、いってらっしゃい!」

 

「おうよ!」

 

「“ブレッシング!”……いいえ、“祝福を!”」

 

 

俺は駄女神様の声援に苦笑しながらもに力強く答えた!

 

 

 

 

 カズマがリビングを去った後、残されたアクアの元に一体の西洋人形が現れた。彼女はそれを優しく腕の中に抱いて呟いた。

 

「これでよかったのよね……」

 

『……』

 

「協力ありがとうね! アンナちゃん!」

 

『……!』

 

「ふふっ、あとちょっとだけ付き合ってちょうだいな!」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「やべぇ、どうしよう! アクアの所もどろうかな……」

 

 俺はあのまま勢いよく屋敷を飛び出て……いなかった。俺は今だに玄関近くの廊下に潜んでいた。それもそのはず、屋敷の外には何故か大勢の人間がせわしなく動いていた。馬車などが多数揃えられているため、まるで遠征軍の出発前といった様子だ。

 しかも、屋敷の外は絶えず気配察知などのスキルによる監視網が築かれている事を感じ取る。どうやら、盗賊やアサシン系統のスキルを持っている奴が複数いるようだ。テレポートを使えればアクセル中央広場まで行けるのだが、どうやらテレポート阻害の結界の範囲内を抜けれていないのか不発に終わる。出る前にアクアに解除させるべきだった!

 

「くそ、あんなに格好つけて飛び出したのに今更戻るなんて……!」

 

「おい、貴様が何故ここにいる……?」

 

「っ……!?」

 

 話しかけられる声に慌てて振り返る。そこには顔面蒼白で困惑の表情を浮かべるダクネスがいた。自らの索敵が不十分だった事を悔やみつつ、俺は彼女に向き合った。

 

「ダクネス、外の連中は一体何者で……」

 

「曲者おおおおおおー!」

 

「この馬鹿!」

 

「むぐっ!?」

 

 急に大声を上げたダクネスの口を塞ぎ、近くの部屋に転がり込む。ダクネスはというと、腕の中で大暴れしていた。支援魔法がなかったら、力負けしていた可能性が高い。アクア様様だ。

 

「ダクネス、大人しくしろ!」

 

「むがっ!? なんでお前がここにいる? もしかしてアクアが……!」

 

「自力で脱出したからに決まってるだろ! もちろんアクアの手は借りてない。ちょっと親切な幽霊さんに力を借りただけだ!」

 

 俺の言葉を聞いて、ダクネスは困惑しながらも黙り込む。そして、俺の方を蒼色の瞳でじっと見つめてきた。

 

「終わり……そうか……これで終わりか……」

 

「おうよ。今回の事は後でこってり絞るからな。それより今は外の連中の事だ。あいつらはなんだ?」

 

「…………」

 

 ダクネスは俺の問いに対してバツの悪そうな表情で返した。どうやら話す気はないらしい。そんな態度に若干イラつき始めたとき、彼女が俺の頬をそっと撫でてきた

 

「カズマ、私はお前が脱出する事を止めはしないって言ったよな」

 

「そういえばそうだな」

 

「だから、私はお前を見なかった事にする。どこにでも好きな場所にいけ……」

 

「ほう、それはありがとう。ならば外の奴らの事も教えろよ」

 

「…………」

 

 俺の質問にダクネスが再びそっぽを向いた。こうなったら弱点の尻を責めて洗いざらい吐かせようと思った時、俺達の潜む部屋にノックが鳴り響いた。

 

『お嬢様、先ほど大声が聞こえたのですが、このような部屋に潜んで何をやっておられるのですか?』

 

 扉越しに聞こえた声に俺達は固まった。そしてダクネスはというと、こちらをニヤニヤとした表情を浮かべて見つめてきた。

 

「カズマ、私はお前を見逃す」

 

「ああ……」

 

「でも、めぐみんには義理があるんだ! すまない!」

 

「おいまさか!」

 

 

 

「曲者がここにいる! ひっ捕らえ……むぐっ!?」

 

「この大馬鹿!」

 

 俺は慌ててダクネスを取り押さえた。しかし、今の声を聞いたのだろう。扉の前が慌ただしくなった。本当に面倒臭い事をしてくれた!

 

『お嬢様!? へ、部屋に入りますよ!』

 

「“ダメだ! ちょっと盗賊にレイプされるシチュエーションですんごいオナニーしていて、思わず声が出てしまっただけだ! 今私は人に見せられないようなとんでもない姿になっている! 部屋に入ったら貴様は処刑だ!”」

 

『は、はい! ってどういう事ですか!?』

 

「むぐっ……むぐーっ!」

 

俺は羞恥で真っ赤になって暴れるダクネスを抑えながらひとまず安堵する。またアクアの支援魔法、芸達者になる魔法に助けられた。しかし、状況的に詰んでいる。こうなったらダクネスを人質にして脱出しようかなどと考えていた時、扉の向こうから下卑た声が聞こえてきた。

 

『お嬢様、もしかしてそういうのがお好きなんですかい? ダスティネス家が俺達みたいな裏の人間を雇うなんて不思議だと思ったんですが、そういう事でしたか』

 

「“な、何の事だ!? 今の私は本当に人には見せられない姿で……!”」

 

『きっひっひ! 本職のテクニックでいい夢見せてやりますよ……』

 

 

 

 

「俺の女に手を出すなカス野郎がああああああっ!」

 

「ばわっ!?」

 

 気が付いたら、扉を蹴り破って、向こう側にいた男を思いっきり殴りつけていた。そして倒れた所に馬乗りになり、更なる拳による追撃をガラの悪そうな顔に叩き込んだ。

 

「ふざけんなこのカスが! 死ね! おら死ねゴミ野郎!」

 

「あぶっ!? やっ、やめ……がふっ!?」

 

「お前みたいな頭悪そうな人間にはダクネスはやらん! せいっ!」

 

「おぼぉっ!?」

 

 強烈な一撃によって、ガラの悪そうな男は沈黙した。どうやら気絶したようだ。俺は顔についた飛び散った血を拭きながら、満足して立ち上がる。そして、振り返った先にいた憤怒の表情を浮かべたダクネスに気圧された。

 

「おいカスマ、誰がお前の女だって?」

 

「いや、実際お前は俺を監禁までしてだな……!」

 

「その言葉は確かに嬉しいぞ。でも、貴様にはゆんゆんがいるのだろう? そう考えると何故か無性に腹が立って仕方がない! その言葉は私だけを愛している時に言って欲しかった!」

 

「落ち着け! ほら、愛してる! 愛してるぞーララティーナ!」

 

 俺の言葉を聞いてダクネスは怒りの表情をしながらも、大きく息を吸い込んだ。そして、屋敷中に響き渡るような大声で叫んだ。

 

「出合え出合え! この無礼者をぶっ殺せええええええええ!」

 

「だあああああああああ!? この糞女がああああああああ!」

 

 俺は一目散にダクネスの元から逃げだした。もうこうなったら正面突破しか道は残されていない。ダクネスの叫びに気付いて襲撃をしかけてくるチンピラ染みた奴らを蹴飛ばしながら俺は屋敷正面玄関へ向かった。

 

 

 

 

 

 カズマが走り去った後、ダクネスは深いため息をついた。しかし、その表情はどこか嬉しそうなものだった。

 

「これで終わりか……もう少しだったのにな……」

 

 ダクネスは足元に転がる男を蹴飛ばしつつ、今までの事を思い返していた。彼女は一連の出来事で、自分の中に渦巻いていた矛盾に気が付いた。でも、その矛盾を考えずに自分だけが勝利する方法も考えていた。ゆんゆんを“処理”した後、めぐみん達の目を盗んでカズマを解放する。そして、王都の監獄よりも強力な魔封じと神魔の目すら欺くという強力な結界を張った施設へとあいつを連れて逃げるつもりだった。本当に、あと少しでアイツは私だけのモノになったというのに……

 

「ん……? 鍵がないな……まぁもうどうでもいいか……」

 

 懐に入れていた“カズマと私の愛の監獄の鍵”が何故かなくなっていた。あれを握りしめながらカズマと二人だけで過ごす日々を想像するのはとても素晴らしいものだった。

 しかし、それもカズマの逃亡で計画は全て失敗に終わった。今頭の中にあるのは、自分達の行いの反省のみだ。だからこそ心配だった。半刻前に決着をつけると屋敷を出た親友の事が……

 

「めぐみん……」

 

彼女も自分のやるべき事のために歩きだした。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「止まれ! 曲者が!」

 

「喰らえ! ゴリ押しライダーキック!」

 

「ぐがっ!?」

 

 俺のレベル差にものを言わせた渾身の跳び蹴りで、襲撃者をぶっ飛ばす。ダクネスの号令によって先程から散発的に襲撃をしかけてくる奴らがいる。そいつらを蹴散らしつつ俺は屋敷を駆け抜ける。

 そして、ようやく正面玄関にたどりき、大きな玄関扉を開ける。すると、玄関正面に重装備の兵士とクロスボウを構えた兵士が大勢で俺を取り囲むように陣形を組んでいる姿が見えた。どうやらダスティネス家の私兵の皆様は万全の状態で俺を出迎えたようだ。そして、拡声器を持った指揮官らしき男がこちらに呼びかけてきた。

 

 

『お前、サトウカズマだな!? まさか、そちらから出向いてくるとはな! 貴様には逃げ場はない大人しく投降しろ!』

 

「そんな事言われても誰が止まるか!」

 

 俺の勝利条件は単純明快。テレポートが使える屋敷の敷地外へ出る事だ。それならば別に戦わなくていい。捕まらないように逃げるだけでいいのだ。

 

『お嬢様を傷つけただけでなく、ダスティネス家に泥を塗った無礼者め! 死ぬがいい! 総員、奴を打ち殺せえええええっ!』

 

「ちょっ!? マジで殺す気かよ!?」

 

 怒りの表情の指揮官が指揮棒を振った。その瞬間、クロスボウと、後方の弓兵部隊が放った矢が俺に降り注ぐ。普通ならハチの巣になってお陀仏だ。しかし、今日の俺はいつもと違う。ゆんゆんに会いたいという強い思いと、アクアの支援魔法によるブーストで超人的な動きが可能なのだ!

 

「こなくそっ!」

 

『なっ!? 奴は一体どうなっている!?』

 

 俺は降り注ぐ矢を華麗に回避しながら、刀で命中しそうな矢をはじいていた。運気上昇の魔法で俺の自動回避スキルは最高潮だ。アクション映画のようにスタイリッシュに矢をよけながら、俺は驚愕の表情を浮かべる指揮官らしき男にドヤ顔を向けた。

 

「はっ! 今宵の俺はお前ら程度の雑魚兵士には負けねぇんだよ! なんせ、俺の愛の力と、駄女神様の加護がついているからにきまっ!? って、いてえええええええええ!?」

 

『よし、矢を命中させたものには後で追加ボーナスだ! 前衛部隊、奴を取り押さえろ!』

 

「く、くそがあああああっ!」

 

 激痛に顔をしかめつつ、俺は肩に刺さった矢を引き抜く。そういえば、運気アップの魔法をくれたのはあの不運な駄女神様だ。変に過信をするべきではなかった!

 そうこうしているうちに、重装備の兵士が捕縛のために動き出した。しかし、その動きによって僅かに隊列に穴が開いたのを俺は見逃さなかった。素早くポーチから以前のダンジョン探索で使わずに保管していたアイテムを取り出し魔力を込めた。

 

「“インフェルノ!”」

 

『くっ、対魔法陣形に変更!』

 

 指揮官の声より早く俺は動いていた。魔法が封じられたスクロールから無詠唱で放たれた火炎魔法は兵士達を包み込むように発動した。肉の焼ける不快な臭いと悲鳴が聞こえるが、知った事ではない。どうせ俺が魔力をこめた程度じゃ死なないだろうし、屋敷にはアクアもいる。

 俺は上級魔法に驚いて、前衛部隊が僅かに崩れる事で出来た穴に強行突入し、立ちふさがる奴には斬撃と蹴りを入れて突破した。そして、俺が突然登場した事に驚き右往左往する後衛部隊を無視して走り抜け、屋敷の柵を超えるために渾身の大ジャンプをかます。眼下で柵を超えた事を確認して俺は空中でガッツポーズを作った。

 

『逃がすな! 撃てええええっ!』

 

「ヒャーハッハッハ! 俺の勝ちー! “テレポート!”」

 

 そして、無事テレポートの魔法が発動し、俺の周りの景色が歪むようにして切り替わった。そこは懐かしのアクセル中央広場だ。久しぶりに感じる太陽の光と、まばらに聞こえる雑踏の音が実に心地良い。その時、肩に激痛が走った。そういえば肩に受けた矢傷の治療をしていない。

 

「“ヒール!” まったく頭にあたってたら死んでたぞ……」

 

 結構な死線をくぐった事に今更ながら恐怖しながら、俺の魔法じゃ治療しきれない傷口に包帯を巻いていく。そして、治療をしながら俺は中央広場に設置された時計を見た。時刻は正午からいくらか経過した時間だ。もしかしたら、今の時間帯ならゆんゆんは……

 そんな時、俺のズボンをくいくいと引っ張る奴がいた。視線を下に向けると、小さな男の子が俺の事を不思議そうな顔で見つめていた。それに、心なしか周囲を歩く人達も俺の事を驚愕した表情で見ている。

 

「どうした坊主? 悪いが今は飴ちゃん持ってないぞ」

 

「いらないよ。それより教えて? なんでお兄さんはお尻にそんなものつけてるの?」

 

「はぁ?」

 

俺は腰をひねって自分の尻を確認する。そこには何かが突き立っていた。

 

「ああ、これはクロスボウガンのボルトだな」

 

「クロウボウガン……? お兄さん大丈夫なの?」

 

「はっはっは! 大丈夫……なわけねえええええええっ! 取って! 誰か取ってえええええええっ!」

 

「うわキモッ! こっち来ないでよお兄さん」

 

 俺はボルトが刺さったケツを周囲の人たちに泣きながら押し付けた。無論、周囲の人はキチガイを見るような目をして俺から遠ざかった。どうやら、テレポートの瞬間に撃った敵の最後っ屁が命中したようだ。何故か痛みが全くない所がすごく怖い!

 

「いやあああああっ! 取って、こわれるうう! お尻こわれちゃうううううう!」

 

「きゃーっ! なによアンタ!」

 

「来るな、こっち来るな変態野郎!」

 

 そして、散々醜態を晒した後で、一人のおじさんがボルトを優しく引き抜いてくれた。ボルトの返しがケツ穴を破壊する激痛に俺は死にそうになったが、俺が託したエリス聖水を塗り込みながら丁寧にやってくれたため、何とか耐えられた。尻を撫でられまくった気がしたが、治療した後は良い笑顔でこの場を去ったおじさんに俺は何故か尊敬の念が湧いてきた。

 俺はおじさんに感謝の祈りを捧げつつ、尻を抑えて立ち上がる。しかし、先程の治療風景を何故か興味津々に見ていた奴らの一部が、俺を取り囲んできた。

 

「おいなんだ? さっきのはれっきとした治療行為だからな。俺の汚いケツを見せた事は謝るからどいてくれ」

 

「「「…………」」」

 

しかし、取り囲んだ奴らは動かずに俺の事を血走った目で見つめてきた。なんだろう。ホモの人達であろうか?

 

「おまえ、カズマ……だよな……?」

 

「そうだがって……お前は冒険者か? そういえばギルドで話した事あるような……」

 

俺の言葉を聞いた瞬間、目の前の冒険者が大声を上げた。

 

「レイプ魔のカズマがいたぞおおおおおおおおおおっ!」

 

「はぁ!? お前何言って…!」

 

 俺の反論の声もむなしく、大声を聞いた他の冒険者が周りにどんどん集まってきた。しかも、全員が血走った目や、ゴミを見るような目つきで俺の事をガン見している。

 

「マジだ! 鬼畜のカズマさんだ!」

 

「あのレイプ魔生きてたのか!?」

 

「俺は隣国に逃げたって聞いたぞ!」

 

「女の敵……! サトウカズマ、絶対にゆるさねぇ!」

 

「一億! 一億!」

 

 取り囲む冒険者の数が50人を超えるのではという数になった時、俺にとっても馴染み深い奴が俺の隣に並んできた。アクセル随一のチンピラことダストと、その仲間のキースだ。

 

「ダスト、キース、久しぶりだな! 早速で悪いがこれは一体どういう事だ!? 俺がレイプ魔ってなんだよ!? それにコイツらは一体……」

 

「カズマ伏せろ!」

 

ダストの突然の大声に俺は素直に従って地に伏せた。その瞬間、ダストは俺の腰があったであろう位置に蹴りを叩き込んだ。そして、俺の腰の位置に飛び込んで来た男が蹴り上げられて苦悶の声ともに倒れ込む。男は両手には頑丈なロープを持っており、どうやら俺を捕縛しようとしていたようだ。

 

「ダスト、これは……?」

 

「知らないのかカズマ? ララティーナがお前を捕縛した奴に一億エリス出すっていうクエストを出してるんだ」

 

「よっと……! それにカズマはアクセルでまた有名になってるぞ! 貴族の女をレイプして、その時のハメ撮り写真で脅して財産搾り取った挙句、孕んだ子供を腹パンで堕胎させて最後には女を売春宿に売ったってな!」

 

「まるで意味が分からんぞ!?」

 

 別の襲撃者を蹴り飛ばしたキースの言葉に俺は絶句する。どうやら監禁されている間に根の葉もない噂を広められてしまったらしい。どうしてそんな噂を広げたか、意図が全く分からないが状況的に見て犯人はダクネスだろう。あのお嬢様は本当にあくどい事をやってくれたようだ。

 

「お前らは俺の味方なのか……?」

 

「当たり前だ!」

 

「俺達友達だろ?」

 

 そう言って彼らは己の武器を構えて俺の隣に並び立った。なんだか凄く嬉しいし、頼もしい気分だ。いくらか落ち着いた俺は、周囲を見渡す。やはりアクセルの街だからか、俺の知り合いが数多くいる。これなら交渉も可能だろう。

 

「おいお前ら! 俺が貴族をレイプしたなんて信憑性のない噂を信じるのか!? 知ってるだろ!? 俺は魔王を討ち果たした大英雄のカズマさんだぞ!」

 

俺の言葉で、警戒しながら周囲を取り囲んでいた冒険者に動揺が広がる。そして、一人の顔見知りの冒険者が剣を構えながら怪訝そうに話しかけてきた。

 

「おいカズマ、それ本気で言ってるのか?」

 

「当たり前だろ! 俺がレイプをするような人間に見えるか!?」

 

 その言葉に、冒険者達は更に動揺する。女冒険者に至っては、俺を見て泣き始める奴までいた。まるで意味が分からない。そして、先ほどの冒険者が引きつった表情でポツリと呟いた。

 

 

 

「だってカズマじゃん……」

 

 

 

 俺はその言葉にヤレヤレといったポーズを取った。まさか俺のイメージがここまで堕ちていたとは驚きだ。

 

 

 

「はっはっは! どうしよう! 何も言い返せねぇ!」

 

 

 

「よし、鬼畜のカズマを捕まえろ!」

 

「死ねレイプ魔!」

 

「一億! 一億!」

 

 途端に俺に冒険者が群がってきた。しかし、俺を守るようにダストとキースが陣取った。

 

「お前ら……!」

 

「ここは任せて先に行け!」

 

「会いたい奴がいるんだろ!?」

 

 二人の声に俺は涙が出そうになった。やっぱり持つべきものは友達だと思った。これが終わったら、後で盛大に奢ってやろう……!

 

 

 

「「と見せかけて確保―!」」

 

「裏切ったな貴様らあああっ!?」

 

 二人に背を向けた途端、奴らは俺を引き倒してきた。二人の目には友情なんてものはなく、周囲の冒険者と同じ血走った目をしていた。

 

「ヒャッヒャッヒャ! これで一億は俺達のもんだああああっ!」

 

「すまんなカズマ! でも引き渡す先はララティーナだろ? 悪い事にならねーし、大人しく俺達の糧になってくれよ!」

 

「お、お前ら……ぶっ殺してやる!」

 

 俺が怒りに任せて二人に本気の一撃を叩き込もうとした時、奴らは何者かに吹っ飛ばされた。まさか俺の味方かと思って視線を向けると、そこには血走った目でこん棒を握る見知らぬ冒険者がいた。

 

「一億は俺のだ……!」

 

「うるせぇ俺んだ!」

 

「何言ってんだ死ね!」

 

「お前が死ねカス!」

 

 随分と低レベルな争いが俺の周りで起き始めた。俺に近づこうとする冒険者を別の冒険者が引き倒し、その冒険者を別の奴がぶっ飛ばす。欲望で血走った目をしてお互いに殴り合いを始めた冒険者を見て、俺は頭を抱える。アクセルってこんなにも民度低かったかな……

 そんな時、俺の肩をポンポンと叩く奴がいた。振り返ると、これまた見覚えのある顔、テイラーとリーンがいた。

 

「カズマ、こっちに来い! 俺達のいる所はひとまず安全だ!」

 

「大丈夫、あたし達がいる所は安全だから!」

 

「滅茶苦茶怪しいけどお願いします!」

 

 そして、盾で襲撃者を吹っ飛ばすテイラーの先導で暴徒と化した冒険者たちが争う一画を脱出した。行きついた先は中央広場の噴水の近くだ。そこには争う冒険者達を見守るように見物する奴らがいた。

 

「テイラー、こいつらは……って見覚えがある奴らがいるな!」

 

「やっほーカズマさーん! 元気そうだね! あたしちょーうれしいよー!」

 

「本当にカズマじゃないか。久しぶりだねぇ……!」

 

 そう言って駆け寄ってくるのは、バードのロリッ子とダークハンターのお姉さんだ。以前から何かと俺に飯を奢らせようとする女冒険者二人だ。それ以外にも俺がこの街に初めて来た頃から世話になった奴、酒を飲み交わした冒険者、ゆんゆんと行った初心者救済クエストで助けた駆け出し冒険者が俺を歓迎してくれた。

 

「え、なんなの? 皆、俺を信じてくれてる奴らなのか?」

 

「さあねぇ。でもあたしはカズマの側につけば儲かるし勝ち馬に乗れるって経験則を知っているからね!」

 

 そんな事を言ったリーンに、古参の冒険者達がうんうんと頷く。俺を捕まえる事よりも、俺の側についた方が儲かると思ってくれているようだ。

 

「この街で久しぶりにおもしろそうな騒動だしな。それにカズマが今まで何をしていたか気になる。終わったら酒場で話を聞かせてもらえないか? もちろん酒はカズマの奢りだけどな!」

 

 いい笑顔のテイラーにのん兵衛共が同意する。酒を飲みながら一緒にバカ騒ぎした連中も俺の味方についてくれるようだ。というか、こいつら全員現金な奴だな!

 

「なんだよ! 俺がレイプ魔なんかじゃないって純粋に信じてくれる奴はいないのかよ!」

 

「「「…………」」」

 

「おいこら! 目を逸らすなお前ら!」

 

 やっぱりレイプ魔という謎のレッテルは俺と深く結び付いているようだ。割と洒落にならない事をしてくれたダクネスにイラっときた時、バードのロリっ子が顔を上気させながらマントを軽く引っ張ってきた。

 

「私は信じてるよ! だってカズマさんだもん!」

 

「実際、なんだかんだで街を救ってきた実績はあるしねぇ……」

 

 女冒険者二人の声に、一部の古参冒険者や助けた駆け出し冒険者が目をキラキラと輝かせながら頷いた。これはこれで気恥ずかしい。まるで俺がこの街の英雄みたいではないか。

 

 

まぁ、事実なんですけどね!

 

 

「だいたいカズマさんが貴族なんてリスクの高い相手をレイプするわけないじゃん! レイプするなら女犯罪者や女性型モンスターみたいな立場が弱い相手や、田舎から出てきたぼっちで碌な男性経験がないようなチョロい女の子を騙して……むぐっ!?」

 

「よーし黙ろうかロリっ子!」

 

 妙な事を口走ったロリッ子の口を抑え込んで黙らせる。しかし、遅かったようだ。さっき俺から目を逸らした連中が『確かに……』とか呟きながら頷いている。誤解が解けたのはいいが、何か違う気がする……

 

「それにしてもカズマ、これどうすんのよ? あんたが引き起こした騒動なんだから、あんたが収拾をつけなさいな」

 

「んな事言われてもなぁ……」

 

 広場では多数の冒険者が無意味な殴り合いをしていた。もうここはコイツらに任せて、さっさとゆんゆんに会いに行こうとした時、広場に男の大声が響き渡る。その声に広場の冒険者の視線が集まった。大声の正体は、先ほど屋敷で相手をしたダスティネス家の私兵の指揮官だ。それに、どうやら広場を私兵で包囲してるようだ。統一した鎧を装備した兵士達がここからも良く見える。くそっ! こんな事になるならさっさと逃げるべきであった!

 

『冒険者共、何を馬鹿な事をしているんだ! お嬢様は捕縛したものに1億を出すとおっしゃっているが、緊急クエストの時のように協力し、後から山分けという選択もあるんだぞ!』

 

指揮官の声に、冒険者達が不服そうながらも争いをやめる。そして、一斉に俺が潜む一団へと向き直った。一人が1億を得るより、分配してでも確実に金を得ようとするあたりが何ともせこい奴らだ!

 

『よし、冒険者諸君! あの鬼畜のカズマをひっ捕らえろ! 手加減はするな!』

 

 

「くっくっく……ここにいる冒険者の数からして……一人頭200万は確実か!」

 

「鬼畜のカズマをやってしまいましょう! 私もあの鬼畜にセクハラされた事あるのよ!」

 

「まぁ、レイプ魔は許せねえな! 正義はこっちにありだ!」

 

「200万! 200万!」

 

 冒険者たちが一斉に俺の元へ駆けてきた。助けを求める視線をテイラーやリーンに向けるが、彼らはニヤニヤとした微笑みを向けるだけだ。

 

「テイラー、リーン! お前味方じゃないのか!?」

 

「勘違いするなカズマ。俺はとりあえず安全な所へ案内すると言っただけだ」

 

「流石にアンタのために戦いたくはないなぁ……」

 

 テイラーとリーンの声に俺は落胆する。しかし、助けた駆け出しや一部の古参が襲撃してくる冒険者を迎え撃つために駆けだした。どうやら無条件で俺の味方をしてくれる奴もいるようだ。冗談抜きで涙が出て来た。

 

「ねーねーカズマさん! 流石にこれじゃ多勢に無勢だよ!?」

 

「まぁ、大半が駆け出しだからねぇ」

 

 バードのロリっ子は焦った表情でリュートをかき鳴らして支援スキルを発動し、ダークハンターのお姉さんはこちらにニヤニヤとした表情を向けてきた。そして、テイラー達もニヤニヤとした表情を浮かべているのを見て俺は悟った。また、“エリス様”のお世話になってしまうようだ。

 

「おいロリっ子! あの指揮官が持ってる拡声器と同じようなものはないか!?」

 

「それならあたしが商売道具で……あったよカズマさん!」

 

「でかした!」

 

 ロリッ子が持ってきた拡声器っぽい筒を受け取り、争いを続ける冒険者たちの前に進み出る。そして、力の限りの声で叫んだ。

 

『静まれ冒険者共! アクセルの成り上がり冒険者、カズマ様のお言葉だぞ!』

 

「うるさいレイプ魔!」

 

「女の敵!」

 

「大人しく俺達の生活の足しになれ!」

 

「200万! 200万!」

 

 しかし、争いは止まらない。どうやら俺はこの事態を収めるカリスマを持ち合わせてはいないらしい。少し残念であるが、それならば仕方あるまい。また、“エリス様”の力を借りるとしよう。

 

『おい冒険者共! 俺の味方をするなら一人あたり500万エリスの報酬を出すぞ!』

 

『ああっ!? 貴様汚いぞ!』

 

 敵の指揮官が何やらうるさいが、争いはピタリと止まった。そして、先ほどと同じ血走った目であるが、俺に対して友好的な視線を冒険者たちが向けてきた。

 

『俺はレイプ魔なんて噂が流れているらしいが、そんなの根の葉もない嘘だ! それに俺は今すぐにでも会いたい奴がいるんだ。まぁ、ちょっと急ぎの用事があるって事だ! だからダクネスなんかに捕まるわけにはいかない! お前ら、俺に協力してくれないか!? 報酬はさっき言った通り、500万エリスだ!』

 

 俺の声を聞いた冒険者達は俺の方に我先に駆け寄ってきた。そして、広場を包囲するダスティネス家の私兵に相対するように向き合った。どうやら俺の味方をしてくれるらしい。そして、先ほどは俺に敵意を向けてきた冒険者たちが、一斉に媚びるような表情と言葉をおくってきた。

 

「俺は前から信じてたぞ! カズマはレイプなんて外道な事する男じゃないって!」

 

「キャー! カズマさん素敵! 英雄色を好むっていうものね! 男らしいわ!」

 

「俺もあの噂には懐疑的だったんだ! これも全部、ダスティネス家って奴の仕業なんだ!」

 

「なんだって! それは本当かい!? ダスティネス家、絶対に許さねぇ!」

 

「500万! 500万!」

 

 俺はげんなりした気分になりながら周囲の冒険者を見渡す。全くもって本当に調子の良い奴らだ。まぁ、街の危機でも何でもなく、俺とダスティネス家との個人的な争いだ。だから金で立場を変えるのは仕方のない事と言えよう。しかし、“エリス様”はやっぱり頼りになる。だが、これで資産が結構ふっとんでしまうが仕方ない。最悪ダクネスに請求すればいいしな!

 

『よーし野郎ども! あの傲慢チキな兵士どもをやっちまえ!』

 

『なっ!? 私達はダスティネス家の専属だぞ! 私達に敵対するという事は、ダスティネス家に敵対するという事に……!』

 

『所詮はララティーナの私兵だ! 体を領主に売って家を存続させようとする貧乏貴族でドMな変態お嬢様だ! しかも俺が20億でアイツを買った上にアイツ自身も俺にベタ惚れなお嬢様が抱える私兵団だ! 例え奴らが傷ついても、俺が一言謝れば、「そうか、なら仕方ないな」と蕩けた表情で許してくれるに決まってる! 構わずやっちまえ!』

 

「そうだ、やっちまえ! やっちまえ!」

 

「最近、街でも偉そうにしてんじゃねーよ! ララティーナの雇われのくせによぉ!」

 

『貴様らーっ!』

 

 それからは、私兵団と無秩序に突撃する冒険者たちの間で本格的な争いが始まった。数的優位はこちらにあるため、応戦するのに精一杯で広場の包囲も解けている。もうさっさとトンズラしよう。

 

「カズマ、ここは俺達に任せろ!」

 

「そうだそうだ! 俺達親友だもんな!」

 

「お前ら……」

 

 いつの間にか、顔をボコボコにされたダストとキースが俺の近くを守るように陣取っていた。やっぱり、コイツらは知り合いだ。断じて親友なんかじゃない。

 

「じゃ、500万エリスの支払いよろしくー! ちゃんと一括払いだよ!」

 

「酒も奢れよ!」

 

 満面の笑みを浮かべたテイラーとリーンを見て、再び溜息をつく。コイツらも知り合いに格下げしたい所だ。そんな時、ダストが俺の横っ腹を肘でド突く。ボコボコな顔ながらも、そこにはニヤニヤとした笑みが漏れていた。

 

「カズマ会いたい奴ってあいつの事だろ? あのクソガキがお前のことを滅茶苦茶心配してたぞ! 早く会ってやれよ!」

 

「あー、あの子も違う意味で噂になってたしねぇ……」

 

「カズマさん! あんな妄想キ○チガイ女より、あたしとかオススメだよ!」

 

 変な事を言う奴の頭を叩いて黙らせながらも俺は確信した。どうやら愛しの嫁さんは、まだこの街にいるようだ。再会した時にどんな扱いを受けるか怖いが、俺自身早く会いたかった。そして、彼女の横に見知らぬ男がいない事を願うばかりだ。

 

「それじゃあ、お前ら頼んだぞ!」

 

「おう、任せろ!」

 

 俺は味方になってくれた冒険者達にサムズアップすると、ダストが良い笑顔でサムズアップを返してくれた。それを見た他の冒険者達も、次々に声援を送ってくれた。金で得た味方という所に若干の引っ掛かりを覚えるが、素直に受け取っておこう。そして、冒険者に応戦する事で崩れた包囲網を抜けてひたすら走る。一部の私兵が追撃してきたが、それも冒険者達が抑えてくれた。これでこの騒動も終着に向かってくれると信じよう。

 包囲突破後、見慣れたものであるが随分と懐かしさを感じる街中を走り続ける。今まで散々贅沢な食事をしてきたのに、露店のちゃちな串焼きが何故か物凄く美味そうに感じた。そのような数々の誘惑を振り切り、目的地を目指す。

 そして、後少しで目的地、という時にまたしても見慣れた人物が現れた。白い肌を大胆に露出した軽装に美しい銀髪ショートを兼ね備えた女盗賊のクリスだ。彼女は驚愕と焦りをごちゃまぜにしたような苦い顔をしていた。

 

「なんで……本当に助手君だ……! なんで……なんでよう……!」

 

「何泣いてんすかお頭! 俺は会いたくてたまりませんでしたよ!」

 

「え……わああああああっ!? 急に抱き着かないでよ!? こ、こらっ!? どこ触って……! カズマさん、街中でのセクハラは許しませんよ!」

 

 何だか抗議の声をあげるクリスを構わず抱きしめる。そして、健康的で柔らかなお腹を撫であげた。甘やかな匂いと僅かにする汗の匂いを嗅ぎながら俺は改めて実感した。あの閉塞感溢れる状況から脱出できた事を。久しぶりにあの三人以外と触れ合う事が出来て、なんだかテンションが上がって来た。

 

「へっへっへ! お頭の肌の柔らかさはい本当に素晴らしいもので……!」

 

「だから、街中でのセクハラはやめてください! 周りに人だっているんですよ!?」

 

「ふぁぶっ!?」

 

 クリスの強烈な肘を喰らって俺は地面に倒れ込む。少し調子に乗りすぎたようだ。痛む腹を押さえて立ち上がると、クリスが戸惑いながら話しかけてきた。

 

「ねぇ、助手君はなんでここに……?」

 

「まぁ、色々あって人前に出られない事態に巻き込まれましてね。お頭、俺の事心配してくれました?」

 

「そりゃあ心配したよ……アタシは助手君を助けるためにいっぱい情報を集めた! そして、あの三人が君を監禁してるって突き止めて、救出作戦を今日実行したんだよ!」

 

「ええっ!? お頭、あいつらがやった事、ご存じなんですか……!?」

 

 戸惑いの表情を浮かべて涙目になりながらそう語るクリスを見て俺はたじろぐ。あいつら三人に灸をすえる事は確定事項だが、俺を監禁したという事については秘密にして墓場まで持っていく予定だったのだ。あの夢の中のエリス様のいった通り、彼女は俺を助けるためにとても頑張ったようだ。いくらか落ち着いたクリスは、俺を涙目ながらもギロリと睨んだ。俺はクリスの怒りとも悲しみとも見れる表情に胸を締め付けられるような罪悪感を覚えた。

 

「そうだよ……調べに調べて、色んな人達を私の思惑通りに動くように奔走した! 監禁されて傷ついた君を癒すための環境だってこっそり整えてた! あたしだって見ていて辛い事があったし、介入して無茶苦茶にしてやりたい事だってたくさんあった!」

 

「お、お頭……!? いや、エリス様……?」

 

「でも、必死になって我慢した! 耐えて耐えて耐え抜いたらきっと報われる! そう思って頑張ってきたのに……なんで……なんでこうなるの……? なんでこうなっちゃうんですか……?」

 

クリス……エリス様が両目から大粒の涙を流しながらしゃがみこんだ。急に泣き出したエリス様に俺はどうしていいか全く分からなかった。とりあえず彼女と同じ目線の高さまでしゃがみこむ。それでも彼女の涙は止まってくれなかった。

 

「私、あの三人からカズマさんを助けるために本当に様々な事を頑張ったんです。それも全部、あなたのためだと思ったら頑張れました。それに期待していたんです……私があなたを助ければ、きっとあなたは私に感謝する。ありがとう……よくやったって褒められたかった。そして、私の事をもっと好きになって欲しかった! あなたに……カズマさんに必要とされたかったんです……!」

 

「エリス様……」

 

「なんで今日脱出しちゃうんですか……! 明日でいいじゃないですか……なんで私がカズマさんを助け出そうとした当日に逃げちゃうんですか……? 私の……私の計画丸つぶれじゃないですか……ばか……カズマさんのばか……ばかばかばか!」

 

 俺の胸をポカポカ叩いて来るエリス様のされるがままにしばらくなる。エリス様の言った事は理解できなくはない。つまりは、入念に準備していた作戦を、俺という不確定要素の行動でおじゃんにされてしまったわけだ。しかし、そんな事を言われても困る。俺だって脱出に精一杯だったのだ。ただ……

 

「可愛い……可愛すぎますよエリス様! あなた何言っちゃってくれてるんですか!? 本当に……この……この!」

 

「か、かわいいじゃないです! 私、今とっても怒ってるんですからね! あなたはいつも私の予想を裏切って……あうっ……!」

 

 俺は抗議の声をあげるエリス様を思いっきり抱きしめた。感情が高ぶっていたからか、彼女から感じる体温は暖かいというか熱いくらいだ。それでも、構わず抱きしめ続ける。すると、もぞもぞと抵抗を続けていた体がピタリと動きを止めた。

 

「エリス様、俺はそんな事を言われても巡り合わせが悪かった、運が悪かったですねとしか言えません。俺だって必死だったんですよ?」

 

「でも私は幸運の女神様で……!」

 

「幸運でも、運の悪い事だって起こります。幸運な事を自負している俺だって、今まで様々不運な事が……いや、あれはアクアのせいか? と、とにかく幸運なんて絶対なものじゃないんです!」

 

 エリス様は俺の言葉に不服そうな顔をする。そして、俺の事をぎゅっと抱きしめ返してきた。

 

「カズマさんは幸運の女神にそんな事を言うんですか? 最低です……私の存在を全否定するつもりですか……?」

 

「エリス様も結構面倒臭い人ですね!」

 

「もう! そんな事言わないでください!」

 

 胸の中でプンスカ怒る女神様に俺は苦笑する。そんな怒り方をしても、可愛いとしか言えない。それに、怒りながらも抱き着く事をやめない所も無茶苦茶可愛い。本当に、この女神様は反則だと思う。

 

「エリス様、確かに作戦とやらは失敗したようですが、俺はエリス様の事はもっと好きになりましたし、滅茶苦茶感謝していますよ」

 

「え……?」

 

「俺が監禁されて精神的にちょっと辛くなった時、エリス様が俺に植え付けた謎システムのおかげで立ち直れたし、頑張れました。脱出しようと思ったのも、エリス様のおかげです。本当にありがとうございます」

 

「えと……その……あれは別の目的があって仕込んだもので……!」

 

 口をもにょもにょしだしたエリス様の耳に、再び感謝の言葉を囁く。すると、彼女はビクリと肩を震わせた後、俺の顔をチラチラと見始めた。

 

「それに、俺を助け出そうと滅茶苦茶頑張ってくれたのでしょう? そんなの嬉しいに決まってるじゃないですか! エリス様の事もっと好きになりましたよ!」

 

「そ、そうですか……?」

 

「だから、褒めてほしいって言うなら喜んでしますよ! えらい! よくやった! 流石エリス様! 俺はあなたに助けられぱなしです! それに可愛い! 腋の匂いとか、もう最高!」

 

「こ、こら! なんですかその適当な褒め方は! それに最後のはどういう意味ですか!?」

 

「あーもう可愛い! 可愛すぎますよエリス様! 何度だって言ってあげます! 超可愛いですよ! 流石エリス様って感じです!」

 

「あぅ……!」

 

 俺の胸の中で真っ赤になってもぞもぞするエリス様の頭をガシガシ撫でながら褒め殺しにした。彼女は隠しきれない笑みを必死に隠そうとしながらそれを受け止める。俺はそんな可愛すぎる女神様を堪能した。

 そして、しばらくたった時、彼女は急に俺を突き飛ばしてきた。地に転がされながら、何事かと彼女の方を見る。エリス様は、先ほどの可愛い表情から今までに見た事ないような無表情に変化していた。

 

「カズマさんは本当にいけない人です……」

 

「エ、エリス様……?」

 

「きっと、そんな甘い言葉を別の女のひとにも囁いてきたのでしょう? アクア先輩とか、コロッといっちゃいそうです……」

 

「うぐっ!?」

 

 痛い所を突かれたと内心思っていると、エリス様は無表情で腰にあったマジックダガーをするりと抜いて構えた。彼女の無表情と相まって、なんだか冷や汗が止まらなくなった。

 

「カズマさんみたいな最低な人は……こうです!」

 

「エリス様、何をする気ですか……? もしかしてヤっちゃうんですか……? それだけはご堪忍をって……のわああああっ!?」

 

 俺の制止の声も聞かず、エリス様は俺に向かってダガーを投擲した。こんな時に限って、自動回避のスキルは発動しない。何故こんな事に!? と考えているうちに、ダガーが俺に到達する。しかし、ダガーは俺の頬をスレスレを通り抜けていった。

 

「ぐがぁっ!?」

 

「え?」

 

そして、俺の後ろから苦悶の声が響く。慌てて振り返ると、そこには肩にダガーを受けて蹲る黒ローブを着込む男がいた。

 

「敵対者の接近に気付かないなんて、助手君も盗賊としてはまだまだだね! えいっ!」

 

「がっ!?」

 

 無表情からいつもの笑顔に戻ったエリス様が男を蹴飛ばして気絶させる。そして、こちらを見てニコリと笑った。

 

「エリス様、コイツは……」

 

「ダスティネス家が雇った刺客だろうねぇ……ダクネスも本当に報われないなぁ……」

 

 そんな事を言うエリス様から俺は顔を逸らす。その辺に関しては本当に耳が痛い話だ。しかし、そんな事はお構いなしと言った様子でエリス様は話しかけてきた。

 

「ねぇ、助手君! 今からどこかに飲みにいかない? あたし、話したい事いっぱいあるんだ!」

 

「行きます! って言いたい所ですが、俺には会わなきゃいけない奴がいるんです。だから、今は無理です。また今度、飲みに誘います」

 

「……ゆんゆんの所?」

 

「そうですよ! もう何ヶ月も放置しちゃいましたからね! もう心配で心配でたまらないんですよ!」

 

 俺の言葉を聞いて機嫌悪そうにそっぽを向くエリス様を見て軽く苦笑する。そういう表情は本当にずるいと思う。落ち着いたら、酒を飲みながら彼女の話をゆっくり聞こう。

 

「それなら仕方ないね! “今は”あたしより、あの子の事を優先するのを許してあげる!」

 

「エリス様……お頭の許可がいちいち必要なんですか?」

 

「当たり前だよ! 君はあたしの助手君なんだから!」

 

 そう言ったクリスの言葉に俺は心の底から笑った。そして、笑顔で腕を組むクリスに一時の別れを告げて歩き出す。目的地は目と鼻の先だ。きっとゆんゆんはそこにいる。そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 カズマを見送ったクリスは地面にしゃがみこんだ。そして、再び流れ始めた涙を両手でゴシゴシと擦った。

 

「あーあ……失敗しちゃった……本体とも同期が取れないし……本当に失敗……大失敗だよ……」

 

 通信が途絶した本体からの反応は今だにない。万全の準備をもって挑んだのに、結果的に出し抜かれてしまった。まぁ、作戦のキーパーソンが不在な時点で失敗だったとも言える。それでも、私は全力を尽くしたのだ。

 

「いっぱい……いっぱい頑張ったのになぁ……」

 

 悔しい思いで頭がぐちゃぐちゃだ。しかし、まだできる事はある。必死に涙を拭って力強く立ち上がった。

 

「ふふ、でも助手君ならきっと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

「カズマさん、私はあなたを待っていますよ……」

 

 私は左手で輝く指輪を撫でながらそう呟いた。自分がいる場所はいつもの喫茶店だ。お昼時だというのに、店内には誰もいない。珍しい事もあるものだ。そして、店員さんに紅茶を頼んでから、また指輪を撫でる作業に戻った。

 結局、私はダクネスさんとクリスさん、両方の提案を断る事にした。運命の分かれ道となった十字路で、右の道でも左の道でもない、喫茶店のある正面の道を選んだ。それが、私が悩んだ末に決断した道だ。

 何故、このような決断に至ったかは実に単純なものだ。私はカズマさんを信じているという失踪直後から変わらぬ思いを貫く事にしたのだ。この決断は単純ではあるが、この道を選ぶ事は非常に苦しいものだった。カズマさんを探す、救い出す、そうした方が気が楽であるし、彼に会える可能性も高いかもしれない。でも、私はこの道を選んだ。

 昨日、アクアさんにカズマさんを信じてと言った時、彼との約束について改めて思い返した。カズマさんは、私に『何があろうと必ずお前の所に生きて帰ってくる。俺が最後に戻るのは絶対お前の所だ。だから、俺の事は心配すんな』と約束してくれた。だから約束通り、彼の事を心配せずに待つ事にしよう。

 

 例え、ダクネスさんの言う“クズなカズマさん”や、クリスさんの言う“捕らわれの身のカズマさん”であっても、いずれは私の所に必ず来る。私が行動を起こさなくても、彼は必ず最後には私の元へ帰ってくる。何故かって? それも実に単純だ。

 

「だって私はカズマさんに一番愛されているんだから……!」

 

 喫茶店の店内に、自分でも気色が悪いと思う含み笑いが響く。でも、笑いが止まらない。だって私が一番愛されているという事に改めて気付けたからだ。それならば、私を愛してくれるカズマさんを疑う事なんて本当はあってはならない事だ。少し前の思い悩んでいた私の何と愚かな事か!

 

「待ってます……私はいつまでもあなたを待ち続けますよ……ふふっ……!」

 

 目を瞑りながら、そう呟く。そして思わず漏れてしまう笑いを押しとどめようとした。今日は決断の日なんてものじゃない。

 今日は“愚かな女達が無駄な悪あがきをする日”だ。クリスさんやダクネスさんが何をやろうと、全て無駄に終わる。彼女達は、そのような行動をする事で彼の一番になれるとでも思っているのだろうか。それならば、実に愚かで救いようがない淫売共だ。何故なら、勝負はもうついているからだ。

 

 

カズマさんは私を選んだ! めぐみんでもダクネスさんでもアクアさんでもクリスでもエリス様でもアイリスでもない! 

 

 

私こそが一番愛され、彼に選ばれた女性だ!

 

 

「カズマさん……私も愛していますよ……!」

 

 嬉しさで……優越感で胸がいっぱいになる。彼女達はまだ理解していないのだろうか。私に負けたみじめな負け犬だという事に。そして、ついに私が大きな笑い声を上げ始めた時、喫茶店の扉がゆっくりと開いて入って来る人物がいた。残念ながらカズマさんではないが、私にとって縁の深い人物だった。大きな魔法帽と紅魔族ローブで身を包んだ女性、私のライバルで親友でもあるめぐみんだった。彼女は、まっすぐ私の方へ進み、私の対面の席へ腰かけた。

 

「久しぶりめぐみん、どうしたの?」

 

「ええ、久しぶりですゆんゆん。何の用事で来たかは……分かっているでしょう?」

 

 めぐみんはそう言った後、私を無言で睨んできた。でも、心当たりがない。私はめぐみんにひたすらニコニコとした笑顔を送る事にした。そうすると、彼女はイライラとした様子で話しかけてきた。

 

「ゆんゆん、あなたはダクネスとの約束の時間に来ませんでしたね。意思の弱いあなたなら、安易にダクネスの誘いに乗ると思ったのですが……ちょっと意外です……」

 

「別に当たり前の判断だと思うけど……それで私に用事って?」

 

「簡単な事です。あなたに現実を見せに来ました」

 

「はぁ?」

 

 めぐみんの意味の分からない言葉に、私は少しトゲのある言い方で返した。めぐみんはというと、私の事を何故かニヤニヤとした表情で見つめてきた。

 

「ゆんゆん、あなたはダクネスのようにまだカズマというクズ男に執着しているのですよね? 私はそんなあなたを不憫に思うんです。だから、“現実”を見せにきたんですよ」

 

「ごめん、それでもめぐみんが何を言っているのか分からないの……」

 

 そう言った私に対して、めぐみんは相変わらずニヤニヤとした表情を送ってくる。そして、何かの紙束を机に置いた後、彼女は悲しそうな表情になった。

 

「私はあなたの親友です。そして、あなたを騙したカズマの冒険仲間なんです。だから、私がカズマのした事の尻拭いをする必要があるんです……」

 

「騙した? 私はカズマさんに騙されてなんかいませんよ?」

 

「騙された事にすら気付かないなんて……あなたは実に愚かですね……!」

 

 めぐみんがそんな事を言いながら、紙束を机にぶちまけた。紙はどうやら写真のようだ。そして、そこに写っていたのは……

 

「見なさいゆんゆん……これがカズマなんです……」

 

「…………」

 

「分かったでしょう? あなたはカズマに騙されて喰われた哀れな女にすぎないんです……」

 

 私は広げられた写真を手に取った。そこにはカズマさんに犯される、めぐみん、ダクネスさん、アクアさん、エリス様の姿が写っていた。

 

「ほら、もっとよく見なさい! 写真が何を示しているか理解はできますか? あなたはクズのカズマに騙されただけです。あの男は最低な事に、様々な女に手を出しています。ゆんゆん、もうカズマの事なんか忘れて紅魔の里にでも帰って方が……」

 

 

 

「この写真がどうかしたの?」

 

「え……?」

 

 

 

 めぐみんが私の方を見て表情を固まらせた。全く意味が分からない。何が現実を見せるだ。単にカズマさんがセックスしてるだけの写真でしかないのに。

 

「ゆ、ゆんゆん!? あなたは分からないのですか!? カズマが他の女に……私に手を出しているんですよ……!?」

 

「だから、それがどうしたの?」

 

「なっ……!?」

 

 めぐみんは魚のように口をパクパクさせながら、こちらを唖然とした表情で見て来た。彼女は写真を見てカズマさんの事に気づけないのだろうか? しかし、しばらくめぐみんの様子を見てやっと分かった。どうやら、私とめぐみんとの間で齟齬が起こっているようだ。そして、その齟齬の原因にも気づいた。単に、私とめぐみんの“前提”が違っていただけだ。

 

「めぐみん、騙されたも何も、それがカズマさんじゃない。彼は隙があれば女をコマしてエッチな事をしようとする最低な人です。私もカズマさんの性欲と女性を食い物にする性格には本当に腹が立っていますよ」

 

「それならどうして……!」

 

「言ったでしょうめぐみん、カズマさんは“最低な人”です。でも、それだけじゃない。困っている人は、口では嫌がりながらも、体を張って助けますし、私に、様々な楽しさや、感動を経験させてくれました。そして何より私の“夫”ですからね。あなたがカズマさんについて口出しする権利なんてないでしょう?」

 

 私の言葉を受けて、めぐみんは堪えきれない怒りの表情を浮かべた。私はそんなめぐみんを見て暗い喜びを得るのを感じた。

 

「めぐみん、私嬉しいの。最低なカズマさんに、あなたが騙されてるんじゃないかって心配だったの。でも安心して? 彼は私が一生をかけて更生させてあげるの。だから、あなたは甲斐性があり、借金なぞせず、気も多くなく浮気もせず、常に上を目指して日々努力を怠らない誠実で真面目な人でも見つけて幸せになってよ」

 

「あなたという人は……!」

 

 めぐみんは、私の前に再び写真を見せつけるようにバンっと大きな音を立てながら置いた。私もそれにつられて写真を見てしまう。だが、さっきと同じただの写真だった。

 

「ゆんゆん、これを見て気づかないのですか!? カズマは他の女に手を出しているんです! あなたに囁いた愛の言葉も全部嘘! 偽りの関係なんです!」

 

「はあ……」

 

「ゆんゆん見るのです! これが現実……これがカズマなんです……!」

 

 怒りの表情で怒鳴るめぐみんを私を冷めた目で見つめる。ただ、私もとある事に気付いてしまった。どうやら彼女は本当に気付いてないらしい。そう思うと、彼女が逆に哀れに思えてきた。

 

「めぐみんこそ現実を見たら? ほら、カズマさんの表情を見て気づかないの?」

 

「あなたこそ現実を見なさい! カズマはあなただけを愛してなんかいない! 好き勝手に女を食うクズで……!」

 

私はうるさいめぐみんの前に写真を並べていく。そして、一つの写真を指差した。

 

「めぐみん、この写真のカズマさんの表情を見て何も分からないの?」

 

「はぁ? どれも女を味わう快感に酔ってる表情じゃないですか!」

 

「それは、別の写真、この“めぐみんとセックスするカズマさん”の写真に写るカズマさんの表情は、ちょっとイライラしてる時の顔よ」

 

「なっ……!?」

 

「こっちは、“快楽にふけっている時”、こっちは“ゲスな思考になってる時”、それにこっちは……“敬愛する対象を汚す事の後ろめたさと、女をものにして優越感に浸っている時”の表情よ」

 

 私は指で写真を指しながら、その時のカズマさんについて表情を説明していく。めぐみんはというと、ポカンとした腑抜けた表情でこちらを見ていた。そして、全ての写真を説明した後、私はとっても重要な事を問いかけた。

 

「でも不思議だよねめぐみん……この写真にはあの表情のカズマさんがいないの……」

 

「……私はゆんゆんが何が言っているかが分かりません」

 

「え? そうですか?」

 

 こんなにも親切丁寧に教えたのに、分かってくれなかったのだろうか。私は第二回カズマさんの表情講座を始めようとした所で、ふと気づいた。それに気づいた時に、私はめぐみんに対する申し訳なさでいっぱいになった。しかし、私の思いとは裏腹に何故かくつくつとした笑い声がこみ上げてきた。

 

「ごめんね、ごめんねめぐみん……」

 

「は……?」

 

「ごめんね……ごめんね……!」

 

「だから一体何が……!?」

 

 

 

 

 

「めぐみんはカズマさんに愛された事がなかったもんね……! それなら分かるわけないよね……! ごめん……ごめんなさい……!」

 

 

 

 

 

 めぐみんはくつくつと笑う私を見て相変わらず腑抜けた表情をしている。しかし、彼女の体はブルブルと震えていた。

 

「ねぇめぐみん、カズマさんが私を抱いてくれる時、どんな表情をしているか知ってる?」

 

「え……は……?」

 

 唇まで震わせ始めためぐみんを見て、私はなんだか辛くなってきた。でも、彼女に“現実”を教えてあげる必要がある。だから仕方がない。仕方がない事なのだ。

 

「カズマさんはね、私を抱いてくれる時、“あなたを愛しています”っていう愛と優しさと快楽をごちゃまぜにしたような表情をしてるの。私はそれを見て自分が愛されている事を実感できたし、幸せな気持ちでいっぱいになった。でも、この写真達を見て不思議に思ったの。彼が私にいつもしてくれる表情がないの。何故だと思う?」

 

「そ、それは……その……!」

 

おろおろと体を揺り動かすめぐみんを見て確信した。やっぱり私がカズマさんに一番愛されていると。そして……

 

 

 

「カズマさんの人を愛する表情だけでなく、表情から何を思っているかも分からないなんて……可哀想な人……!」

 

「っ……!」

 

 めぐみんが勢いよく立ち上がり、座っていた椅子を思いっきり蹴飛ばした。そして憤怒の表情でこちらを睨みつけて来た。そんなめぐみんを見て私は更におかしくなって、笑ってしまった。

 

「めぐみん、前々から思っていたけど、あなたって本当にバカだよね……!」

 

「ふざけ……何が言いたいんです!」

 

「それよ! 逆ギレしてるって事は図星を突かれてるって事よね? ふふっ、彼と私を引き離したいなら、もう少し冷静になったら?」

 

「っ……!」

 

 めぐみんが、杖をこちらに突きつけてきた。そして、詠唱を始めたのを見て、私も短杖を抜き放つ。そして――

 

 

「あの……店内で魔法は勘弁してください……! それと、ご注文の紅茶です!」

 

「あ、どうもありがとうございます」

 

「…………」

 

 店員さんの介入で、殺伐とした空気が吹き飛んだ。そして、私は席についてめぐみんの方をチラリと見た。彼女は怒りで肩を震わせたままだ。

 

「めぐみん、きっとカルシウムが足りないのよ。ミルクティーでも頼んだら?」

 

「…………」

 

「無視しないでくださいよ……ん……ん……?」

 

 私は紅茶を一口飲んでからそうめぐみんに言い放った。しかし、何かがおかしい。紅茶の香りはいつもと同じ私の好きな匂いだ。でもなんだかいつもより味が苦い気がして……

 

「あれ? あれ……? なんで……?」

 

「痺れ薬ですよ。ふふっ……まんまと引っ掛かりましたね……!」

 

「え……?」

 

 めぐみんはまだ肩を怒らせてはいるものの、表情は最初のようなニヤニヤとした顔を浮かべていた。私は必死に体を動かそうとするが、非常にのろのろとした緩慢な動きしかできない。

 

「ゆんゆん、あなたがダクネスの所へ来ない場合はここに来ると私は思っていました。だから、事前に喫茶店と話をつけてたんですよ」

 

「あっ……」

 

 そう言った後、めぐみんが私の左腕を手に取ってテーブルの上に置く。彼女の視線は私の指輪に注がれていた。そして、そっと指輪を撫でて来た。その瞬間、とてつもない怒りが湧いてきた。

 

「私の指輪に触れないでください! それはめぐみんが触れていいものじゃないんです! やめてください……触るな!」

 

「おー怖い怖い! しかし、これで納得ですね。ダクネスの言った通りです!」

 

「何が……!」

 

「あなたが妙に強気だった理由ですよ。この指輪があなたを狂わせている。カズマに騙された事を認めず、頑なに妄信するのもこれのせいなんですね……」

 

 めぐみんは私の指輪を汚し続ける。必死に体を動かそうとするが、私の体は動かせない……

 

「私はあなたが心配です。だから、あなたを狂わせるこの指輪を預からせてもらいます」

 

「…………」

 

「ゆんゆん、カズマは犯罪を犯して逃げた。それが現実なんです。指輪にすがり、理想のカズマを妄信するのはやめましょう? そうしないと、遠からず、あなたが壊れてしまう!」

 

 慈悲深い笑顔を浮かべるめぐみんが、そっと私の指輪に手をかけた。そして、私の指輪を……私のカズマさんを盗ろうとしている。

 

「ぐぐっ……取れませんね!」

 

「当たり前よ……私はカズマさんといつも一緒だもの……!」

 

「なるほど、外れない術式か小細工をしてるんですね?」

 

 私は押し黙る。実は一回指輪を無くした反省から、自分の意思以外での着脱をできないようにしているのだ。盗難対策はバッチリと言えよう。

 

「それならば、仕方ありません。指ごと貰いましょう」

 

「え……?」

 

 めぐみんが、腰に着けていたショートソードをスラリと抜いた。そして、私の薬指に押し当てた。体が痺れていても、鋼の冷たさは嫌なほど伝わってきた。

 

「ごめんなさいゆんゆん! でも、こうしないとあなたは狂ったまま! だから、仕方ない事なんです! それに指くらいアクアにかかればすぐ治ります! 大丈夫痛いのは一瞬ですよ……!」

 

 ニヤニヤとした表情のめぐみんを見て、私は悟った。どうやら、めぐみんは大きな勘違いをしてるようだ。

 

「めぐみん、そんな事しても無駄だよ?」

 

「何がです!」

 

「そんな事をしても、カズマさんはあなたを愛してはくれない」

 

 私の言葉でめぐみんは再び憤怒の表情に戻った。しかし、先ほどからあんなに執着していた指輪の危機だというのに、何故か冷静でいられた。どうしてかというと、カズマさんの気配がするのをさっきから感じるからだ。これは現実なのだろうか? 今までと同じ“カズマさん”の幻? いや、違う。これは私の愛した男のものだ……! 絶対に妄想なんかじゃない! 現実だ!

 

「めぐみん、あなたにも教えてあげるね」

 

「ふふっ、もうあなたの妄言は聞きませんよ!」

 

「私の愛してるカズマさんはね、いつも私の傍にいるの」

 

「ああ、これは本当に壊れてますね……ですから……!」

 

 めぐみんが、逆手に持った剣を両手でギュッと握りしめた。そして、勢いよく私の指へ突き立てようとして――

 

 

 

「めぐみん、そこまでにしておけ……」

 

「え……あっ……えっ……?」

 

 めぐみんの手を何者かが掴んだ。彼女は手を掴んで来た相手を見て困惑と絶望の表情を浮かべる。長いようで短い沈黙のが降りた。私はその間、ずっと彼を……“私のカズマさん”を見つめていた。彼は私がプレゼントした鎧にボロボロのマント、私が愛したいつもの恰好をしている。私は嬉しくて嬉しくて仕方がなかった! 待ち望んだ彼の姿だ! ああっ体が熱い! 心が震える! はやく彼と話がしたい! ギュっと抱きしめてもらいたい! 頭を優しく撫でてもらいたい!

 

 

 

カズマさんカズマさんカズマさんカズマさんカズマさん!

 

 

 

でも、私の第一声は――

 

 

 

 

「バカ……! めぐみんって、ほんっとうにバカ……!」

 

 

 

 

 

めぐみんに対する心からの嘲笑だった。

 

 

 




BADEND回避


そして、7月29日にBD5巻発売ですよ!
これまで表紙のキャラが特典小説のメインをはってました。表紙はウィズ! という事はアクア様の出番があるのは確定的に明らか! 買わなきゃ!


次回は一週間半~二週間後
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