※この作品はR-18です。

てぃーちんぐゆんゆん   作:ルイ提督

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めぐみんの決心

 

折れた……折れてしまった……

 

 

「剣が……! 私の剣が……! カズマの……私の……剣が……!」

 

 折れてしまった。カズマに貰った大事な剣がポッキリと折れてしまった。彼がちゅんちゅん丸を使い始める前、この剣は彼が握っていた。

 私は知っている。カズマは私になんだかんだ文句を言うが、彼も紅魔族的センスを持っている人だ。

 この剣を握って必殺技の練習をしているのを、アクアとダクネスと一緒に物影から笑いながら見守っていた。あの騒がしくて楽しい日々が、今となってはとても懐かしい。

 

「うっ……ぐすっ……折れた……折れてしまいました……!」

 

 この剣を引き継いだ時、状況はすでに最悪だった。カズマはゆんゆんと婚約状態、彼はどこか私によそよそしい。

 でも私は諦めなかった。彼の心を私たちに戻すために、スキンシップしたり……浮気調査をしたり……手料理だって頑張った。

 その時、私と共にあったこの剣はとても大切なもの、宝物だった。この剣からはカズマを強く感じられる。だから寝る時も一緒、恥ずかしい事だが自慰だってしてしまった。

 そして、私の“愛”を伝えるためにもとても役立った。本当に……本当に大切な宝物だった。

 

 折れてしまった刀身を私はギュッと握る。手のひらから私の両目より熱い液体が流れ出るのを感じ取った。痛くはない。でも気持ちよくもない。感じない……何も感じない……!

 

「なんで……どうして……私の……どうしてこんな……」

 

折れてしまった私の剣を抱きしめる。そしていくらか落ち着いた時、ある考えがうかんだ。ああ、そうだ。こんな所でみじめに泣きじゃくっても意味はない。剣が折れてしまったなら元に戻せばいいんだ。

 

 

「カズマ……私の剣を直してください……折れちゃったんです……」

 

 

 しかし、私の声に彼は答えてくれない。いつも私の傍にいて、しょうがねえなぁの一言で私のお願いをかなえてくれるカズマがいない。

 だから、私はカズマの姿を必死に探した。そして、見つけた。屋敷の正門の近くで、カズマは私から背を向けている。

 そんな彼の傍に、あの女が寄り添った。それからカズマ達はゆっくりと歩き出す。私たちを置いてどこに行くというのだろうか?

 

「待って……かずま……待って……! お願いです……私の剣を直してください……!」

 

 でも、彼の歩みは止まらない。私がこんなにお願いしているのに……泣いているのに……立ち止まってくれない……振り返ってもくれない……!

 

「まって……まってください……謝りますから……私が悪いってわかってます……ごめんなさい……だからまって……まって……戻って……!」

 

 屋敷から離れるカズマの背中を私はみじめに、無様に……芋虫のように這いずって追いかけた。でも届かない……追いつけない……!

 

「嘘でしょうカズマ……? 冗談ですよね……待って……私を置いていかないで……捨てないでください……!」

 

 私の周囲から、アクアとダクネスの声がする。必死な表情で私に何か呼びかけていた。でも、欲しいのはカズマの言葉だ。彼女達ではない。

 

 

 

そんな時、振り向いたのだ。

 

 

あの女が……ゆんゆんが。カズマじゃない。

 

 

 振り返ったゆんゆんは満面の笑みを浮かべながら、私をじっと見つめる。そして、その口元をゆっくりと動かした。もちろん、声は聞こえない。

 

 

でも、理解した。彼女は私に……!

 

 

 

 

 

 

「う……あっ……あぅ……うぅ……んくっ……!」

 

「めぐみん落ち着け! 私が傍にいる! 落ち着いて……冷静に……!」

 

「うぷっ……うっ……うええええええっ!」

 

「めぐみん!」

 

気持ち悪い……吐きそうだ…… 

 

 いや、もう吐いている。私の汚くて臭い吐瀉物がダクネスにふりかかっている。周囲に広がる酸っぱい匂いは私に更なる吐き気を呼び起こした。

 それなのに、ダクネスはそんな事も気にも止めず、私の口元をハンカチで拭っていた。こんな状況なのに私の心配をするなんて凄いと思う。本当に凄い……

 

「ダクネス……お願いです……」

 

「どうした……? 水が欲しいのか……それとも……」

 

 

 

 

「カズマを連れ戻してください」

 

「え……?」

 

「私はもう体が動きません……だからダクネスがカズマを追いかけてください……」

 

「う……あっ……うぅ……それは……!」

 

 

 ダクネスが少しずつ私から後ずさる。そして、尻餅をつくように倒れ込んだ。彼女の顔は絶望と悲しみに染まっている。急にどうしたと言うのだろうか。

 

「無理だ……私には無理だ……! 私だって……私だって……!」

 

「ダクネス……?」

 

「私には……私には……うぅ……うっ……うぁ……!」

 

 そして、ダクネスも自らの汚いものを吐き出した。地面に広がる吐瀉物と匂いで再び気持ち悪くなる。なるほど。ダクネスは凄くなんかない。私と何も変わらない。彼女も……彼女だって……!

 

 

 そんな時、地面に転がる私を優しく抱き起してくれた人物がいた。カズマ……ではない。心配気にこちらを見るのはアクアだった。

 

「大丈夫めぐみん?」

 

「アクア……?」

 

「何も言わなくていい。今はゆっくり休みなさい。エリス、アンタはダクネスを頼んだわよ」

 

「分かっていますよアクア先輩。ほら暴れないで……? ダクネス……あなたも疲れてるでしょう……?」

 

エリスがダクネスを抱きしめる。ダクネスは必死に抵抗していたが、最後にはエリスの胸の中で肩を震わせていた。

 

「めぐみん、私達も屋敷に帰りましょう?」

 

「でもカズマが……カズマが……!」

 

「いいのよめぐみん。あなたは十分頑張った。だから、少し休憩しましょう」

 

 アクアが私の事を抱きしめる。彼女の柔らかな感触と、安らぎを感じさせる匂いが私の中で渦巻く様々な思いを楽にしてくれる。なんだか、何もかもがどうでもよくなってきた。

 

 

私は手の中で二つになってしまった剣を強く握りしめる。

 

 

 

ああ……折れてしまった……ぽっきりと折れてしまった……

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

嫌な……とても嫌な夢を見た……

 

 私はその夢の中でカズマに縋り付き、泣きながら引き留めようとする。でも、カズマは私を振り払ってあの女……ゆんゆんの元へ行くのだ。そして、ゆんゆんは私に見せつけるようにカズマをギュッと抱きしめる。

 カズマの肩越しに見えるゆんゆんの表情は嘲笑と優越感に満たされた満面の笑みだ。私はそれが許せなくて、カズマにこちらに戻ってくるように懇願する。でも、カズマは振り返らない。彼はゆんゆんを更に抱きしめる事で私に応えた。

 

それを受けてゆんゆんの笑みが更に深くなる。そしてゆっくりと口を動かした。

 

 

『めぐみん、私の――』

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……んぁ……くっ……!」

 

「めぐみん、起きなさいな! もうお昼よ! 早くしないと、せっかく作った私の自信作が冷めちゃうんですけど!」

 

「う……うぅ……カズマ……」

 

「起きなさい!」

 

「うぇあっ!? い、痛いじゃないですか! いきなり何をするんですかアクア!」

 

「アンタがとっとと起きないからよ!」

 

 痛む頭を押さえながら、私はベットからむくりと起き上がる。そして、横で椅子に腰かけていたアクアに抗議の声を上げる。しかし、彼女はそんな私の怒りを意に介さず、スプーンを私の口元へと突き出してきた。

 

「ほら、私特製のオムライスよ! ほら、あ~ん!」

 

「私は今物を食べる気分じゃないんです! 後にして……むふぁっ!?」

 

「ほら、その栗みたいな口をもっと大きく開けなさい。あと、もっと良く噛む!」

 

「ふぁふぃふるんふぇふか……んぐっ……まったくアクアは私の母親かなんかですか……」

 

「同じようなものよ。はい、口を開けて?」

 

「……んっ……!」

 

 それから、私はアクアにどんどんと食事を口に放り込まれた。吐き出すわけにも行かないため、私は素直に咀嚼する。む、今日のはカズマの作ったオムライスと変わらないくらい美味しいですね……

 

「はい、お粗末様でした。アンタも毎回文句言うけど、結局完食するわね」

 

「これはもはや私の癖なんです……食べる時に食べておかないと……それにアクアの作るご飯は美味しいですから……」

 

「あら、今日はやけに素直じゃない! そろそろ外に出る気になったの?」

 

「それは……」

 

 ニコニコとした顔のアクアから逃げるように私は布団をひっかぶる。そんな私の姿を見てアクアがため息をつく音が聞こえた。

 

「めぐみん、あれから3か月よ? そろそろ心の整理はついたんじゃない?」

 

「うるさいです……」

 

「ヒキニートが出て行ったと思ったら、新たにヒキニートが出現するって変な話よね」

 

「だからうるさいですアクア!」

 

 少し語気を荒げた私に対して、アクアはふーっと息をつく事で答えた。またため息をついているのだろうか……

 

「まぁ、私も今日は暇だし、めぐみんの気が変わるまで一緒にいてあげるわ」

 

「いりません……」

 

「はいはい」

 

 呆れるようなアクアの声が布団越しに聞こえた。そして、私は布団の中で丸くなってこの数か月間の事を思い返していた。

 

 あのカズマとの別れの後、私は部屋に引きこもるようになった。今となっても、受け入れられない事だが、カズマが自分の意志で私たちの元を離れたのだ。もちろん、私は荒れた。カズマに嫌われた……捨てられた……見捨てられた……!

 その事が嫌で嫌で、私は自分の記憶が途切れ途切れになるほど暴れた。ともかく、意識がはっきりするようになった時には、私の部屋はボロボロに荒れていた。

 それでも、私の腕に傷がなかった事を見て、無意識のうちにカズマのお願いを守っていた事に気づいた。それも嫌で、私はまた暴れた。

 

 そんな状態の私の傍にアクアはずっと一緒にいてくれた。私は彼女に何度も心無い暴言を浴びせたし、時には暴力の矛先が彼女に向かう事もあった。

 それでも、アクアは私の傍を離れない……離れてくれなかった。彼女は暴れる私を落ち着かせたり、食事を作ったり、時には私を無理やり風呂にぶち込んだりと、甲斐甲斐しく世話をしてくれたのだ。

 だから、私はバカな事を出来なかったし、する事を何度も阻止された。カズマに捨てられた私に価値はない……消えてなくなりたい。そう思ったし、そうしたかったけどアクアがそれを許してくれない。

 そして、時が経つ事で私の心もいくらか落ち着いてきた。もちろん、ドロドロとした憎しみと悔しさと悲しみは消えてはいない。

 でも、時が経つ事で徐々にそれを受け入れていく自分の心に気付いた。私はそんな自分の心が怖くて怖くてたまらなかった。私はこれまでの事を受け入れたくないし、納得もしたくない。その時もアクアは私の傍にいた。

 もちろん、四六時中一緒にいるわけではない。アクアは頻繁に屋敷から消えるし、キッチンで一日中ゴソゴソやっている日もあったりした。でも、私が傍にいて欲しいと思った時、アクアはいつも傍にいてくれたのだ。

 

 

そして今も……

 

 

 私は布団から顔を出してアクアの様子をそっと伺った。彼女は椅子に座り、熱心に何かの雑誌を読んでいる。この数か月の間、アクアは私を見守りながらも、こうして雑誌を読んでいる事が多くなった。

 椅子の傍にには小さなテーブルがあり、そこにはアクアの読んだ雑誌がうず高く積んであった。私はそこに積まれた雑誌や本のタイトルを盗み見しました。

 

『料理のきほん練習帳』、『旦那が喜ぶ料理レシピ』、『ゼロから始めるメイド生活』、『私らしい最高の愛を見つけるシンデレラレッスン』、『もうペット枠なんて言わせない』 etc……

 

 なんだか、アクアが何を目指しているか分かりそうで微妙に分からないラインナップの本です。そして、彼女が今も熱心に読んでいる雑誌のタイトルを私はチラリと見ました。

 

「アクア、その“たまご倶楽部”って雑誌はどんな内容なんですか?」

 

「うぇ!? あ、起きたのめぐみん。これはねぇ……な、内緒よ!」

 

 そう言って、彼女は顔を真っ赤にしながら雑誌を後ろ手に隠した。それほど、イケナイ内容の雑誌なのだろうか。ちょっと気になります。私が彼女の雑誌を取り上げようと立ち上がった時、アクアが心配そうに私の事を見つめてきました。

 

「そんな事より、もういい加減お外に出ない? ダクネスだって最近は結構活発になったのよ? ちょっと前までアンタと変わりなかったけど、何かきっかけを掴めたのかもしれないわ」

 

「ダクネスが……そうですね。ちょっとだけ……ちょっとだけ外に出てみますか……」

 

「めぐみん……!」

 

 アクアが涙を流しながら私に抱き着いてきた。そして、背中を慈しむように優しく撫でてくる。なんだか気恥ずかしい。

 

「うう……めぐみんもやっと引きこもりを脱出するのね……!」

 

「だから、私は引きこもりじゃありません! 夜中に庭を散歩するくらいはします! それに、私はまだカズマの事を受け入れられないんです。だから……」

 

「ダクネスー! エリスー! めぐみんが外出るってー!」

 

「き、きいているのですかアクア!? 私は……もう知りません!」

 

 

 

 少しだけざわつき出した屋敷から逃げるように私は外に出た。窓越しではなく、直に浴びる強い日差しに私は目を細める。日中に外に出たのはいつぶりだろうか。

 

「うっぷ! なんだか吐きそうになってきました……うう……日差しは体によくありませんね……」

 

 ちょっとグロッキーな気分になってしまった体を鼓舞しつつ、私は水の入ったバケツを持って庭の一角に歩を進めました。目的の場所は庭の中でも一番大きな木の下にある小さなお墓です。

 私はそのお墓の前にしゃがみこみ、黙々と掃除を開始しました。いつもは真夜中にやっている日課を、日中にしている事に何とも言えない違和感を覚えました。

 しかし、周囲が明るいのは良いことです。真夜中にビクビクしながらこの日課をこなすのは大変でしたからね。

 

「ふぅ……これでいいですね……」

 

 額に浮かぶ汗を手で拭いながら、私は立ち上がります。ピカピカになった墓石が……というか毎日掃除するせいで若干表面がツルツルになった墓石が、最近の私の頑張りを証明しているようです。

 

「カズマ、私はこの罰をいつまで続ければいいのですか……?」

 

 もちろん、応えてくれる人はいません。私は気落ちした気分を振り払うように頭を振ってその場を後にしました。

 そして、私はリビングに足を運ぶ事にしました。最近はアクアが私のためにお菓子を作ってくれるのです。もしかしたら、もう出来ているかもしれない。そんないやしい思いを抱きながら、私は足を進めました。

 

 しかし、リビングにアクアの姿はありませんでした。むしろ何だかごちゃごちゃとしているリビングに私が驚く事になりました。

 ダイニングテーブルにはノートや写真、何かのグラフのようなものが置かれ、その傍でダクネスがうんうんと頭を悩ませています。そして、何故か隣には簀巻きにされたクリスの姿がありました。

 加えて、リビングの床には様々な豪華な衣装と宝飾品が散らばっていました。一体この部屋で何があったというのでしょうか。

 

「ダクネス、あなたは何をやっているのですか……?」

 

「ん、めぐみんか。さっきアクアが騒いでいたが、どうやら本当にヒキニートを脱出したようだな」

 

「だからヒキニートじゃありません! 夜中には外に出ていますし、お仕事は少し休んでいるだけです!」

 

「そうか。でも、それだけ話せるようになったなら十分だ。少し前のお前は何を言っても無反応だったからな……」

 

 ダクネスはそう言って朗らかに笑いかけてきた。少々バツの悪い私はついつい顔を俯かせますが、やはり部屋の惨状やテーブルの上のものが気になります。私はダクネスの対面の席へとつきました。

 

「ダクネス、これは何ですか……って見覚えがあるノートですね……」

 

「ああ、このバカから話は聞いている。これらはこのバカが保管していたカズマの行動記録……ストーカーをして手に入れた情報すべてだ」

 

「あのねぇダクネス。さっきからバカバカって何さ! ダクネスが見たいって言うから特別にあたしの大切な助手君の……痛い痛い痛いっ!? アイアンクローはやめてええええっ!」

 

「頼んでなどいない。押収しただけだ。まったく、お前という奴は……」

 

 ダクネスがクリスの頭を鷲掴みにして締め上げるのをチラ見しながら、私は手元にあったノートを手に取りました。日付は三か月ほど前のモノです。どうやら、あの会議の後もクリスはストーカーを続けていたようです。

 

「えーと、助手君がゆんゆんからドラゴンの子供を取り上げて食べてしまった。相変わらずの鬼畜だけど、そんな鬼畜な彼を見ていると何故か体がうずいてしまう。思いっきりあたしの事を殴って蹴って踏みつけて欲しい。そして、最後にギュっと抱きしめて欲しい……」

 

「めぐみんやめて! なんで朗読するのさ!? そのあたりの記録は私情がいっぱい入っていて……!」

 

「今日は助手君があたしに助けを求めてきてくれた。あたしは嬉しくなってついつい本体をすぐさま降臨させて彼を救った。助手君がピンチの時にあたしを頼ってくれるという事はとてもよい兆候だと思う。それに、泣きながらあたしに縋り付いてくる助手君はとっても可愛い。その顔に流れる涙を犬みたいに舐めとってあげたい。ああ、可愛い……愛してる愛してる愛してる! ついでに地獄の猟犬を数匹捕獲しておいた。将来、何かの役に……」

 

「ああああああああああああああああああっ! やめてやめてやめてええええええええっ!」

 

 私はうるさいクリスにノートを投げつけた。実にくだらない情報ばかりです。でも、カズマが私の知らない所でゆんゆんと生活を楽しんでいる事は分かった。それが何だかとてつもなく悔しく、悲しい事に感じられました。

 

「ダクネス、こんな薄気味悪いものを見て何をしているのですか?」

 

「そう言ってやるな。まぁ、私はこれらの情報からカズマの好みや傾向を調査しているだけだ。そうさな、この記録によると……この黒のスーツなんかがカズマのお気に入りだそうだ。おーえるって奴に似ていて性欲と郷愁を誘う事ができるらしい。それに、私の胸に対する恨み節や羨望の言葉がノート五冊分もあった。どうやら胸を強調する服装も良いらしいぞ?」

 

「別に恨んでも羨ましくも思ってないから! もうダクネスは……でも助手君の好みは……ああ……くそ……ほんとに……!」

 

 ぶつぶつと呟きだしたクリスを放置しながら、ダクネスは地面に散らばった服の中から何着かを手に取ってカズマの好みに対する説明を開始しました。

 ダクネスの目の中には強い光と闘志が宿っています。あんな事があったというのに、彼女はまだ諦めていないようです。

 

「というわけで、お洒落をする女の子を嫌いな男はいないって事だ。せっかくだし、めぐみんも選んだらどうだ? 地面に散らばっている服や宝石は好きに使っていい。それより、このバカが作ったコラムにあった“ゆんゆんから学ぶ! 助手君を落としたあざとい仕草講座!”を一緒に……」

 

 

 

「ダクネスは強いですね……」

 

 

 

 トゲのある言い方をしてしまった事に自分自身後悔する。しかし、ダクネスはそんな私を見て苦笑した。余裕を感じさせる彼女の姿に、何だか私の中にイライラとした気持ちが募ります。

 

「私は強くなんかないさ。ただ、お前よりちょっとだけ……いやなんでもない」

 

「ダクネスは本当に強い人です。私なんかとは違います……」

 

「まったく、お前という奴は……」

 

 そっぽを向く私の頭を、ダクネスは優しく撫でてくれました。これでは何だか私が嫌な女みたいではないですか。いや、実際そうなのでしょう。少しだけ反省します……

 

「いいさ、お前は私をどう思ってくれても構わない。でも、今は協力する時だ。めぐみんにもコイツを見て欲しいんだ」

 

「これは……さっきダクネスが頭を悩ませていた謎グラフですか」

 

 ダクネスが話題を切り替えるように私の前に模造紙を差し出した。そこには棒グラフと思わしき謎グラフが書かれていました。しかし、私にはそれが何のグラフかさっぱり分かりません。正に謎グラフといった所です。

 

 

―――――――――――――――――

エリス:319

クリス:175

アクア:3

めぐみん:132

ダクネス:165

ゆんゆん:62

その他:96

―――――――――――――――――

 

 

 

「ダクネス、これだけでは私も分かりませんよ。でも、クリスの書いたものですから、ろくでもないものに決まってます……」

 

「いや、グラフの正体は分かっている。これはカズマがサキュバスの風俗店を利用した際に、淫夢の中で誰が登場したかの回数をグラフ化したものだ」

 

「……!? 知っている前提で話されても困ります! 詳しく、そこの所詳しく説明お願いします!」

 

「ふむ、知らなかったのか。まずはサキュバスについてだが……」

 

 私はダクネスの説明を熱心に聞きました。彼女によると、この街にはサキュバスが経営する喫茶店。実質的には淫夢を見せてくれる風俗店が存在するらしい。夢の内容は男達がアンケートに書いたものを反映させる正に夢のシステムだそうだ。

 その説明とともに、ダクネスは一冊のノートが差し出してきた。そこにはアクセルの街の出生率、犯罪率、男性冒険者のレベルの平均などがまとめられていた。このクリスのノートによると、サキュバスの店が与える影響は必ずしも悪いものではないと結論づけられており、要観察と朱書きしてあった。

 そして、このグラフが表すものは単純に言うと、カズマが私たちを何回オナネタに使ったかというものでした。

 

「その事を頭に入れた上でグラフを見て欲しい。な、おかしいだろう?」

 

「なるほど、確かにダクネスが私より使われているのはおかしいですね……」

 

「バカかめぐみん。私の方がお前よりカズマ好みの体型をしてるから、全くおかしくは……あたたっ!? 抓るなバカもの!」

 

 ダクネスに頭をチョップされながらも、私は釈然としない思いを募らせます。カズマはやっぱりおっぱいなんですか……ちくしょう……私だっていずれ……いずれ……ううっ……!

 

「まぁ、私とめぐみんは同時出演が多いらしい。めぐみんと私の差は正直な所、誤差といったところだ。それより、問題はこのエリスとクリスだ」

 

「むぅ……おっぱいの事を考えると確かにおかしいです。私より絶壁のクリスがこんなに回数が多いなんて……」

 

「なにおう! あたしだってちゃんとあるから! 決して絶壁じゃないから! それにエリス様本体は君より大きいんだよ!」

 

 生意気な事を言いながら、簀巻きにされたクリスが尺取り虫のようにテーブルの上に這って現れました。そして、私はとある考えに至りました。このグラフの作成者はクリス……つまりは……

 

「ダクネス、これはクリスの見栄ではないでしょうか?」

 

「ふむ、確かにその可能性もあるな」

 

「違うから! 見栄じゃないから! そもそも、あたしに負けてるからグラフがおかしいって考え自体がおかしいよね。二人とも見苦しいよ? 助手君にとって一番魅力的なのはあたしとエリス様なんだからね!」

 

 そんな事をほざくクリスに殺意すらわいてきました。対面のダクネスも額に青筋を浮かべています。もう、ヤっちゃいましょうか。

 

「なんだか陰謀の匂いがします。試しにこのバカを吊るしてみましょうか」

 

「ふん、あたしは脅しや拷問には屈しないよ? まったく、これだから負け犬は……」

 

「いい考えだめぐみん。人間は長時間逆さ吊りにされると、そのうち目玉や臓物が喉を通って口から飛び出るらしい。ちょっとコイツで試してみるか」

 

「ず、ずいぶんと怖い話だねぇ。えと……流石に冗談だよねダクネス……?」

 

 簀巻きにされたクリスが冷や汗をかきながらダクネスを不安そうな目で見つめていた。そしてダクネスが私を見ながらコクリと頷きました。なるほどなるほど……

 

 

 

 

「「吊ーるーせ! 吊ーるーせ!!」」

 

「わああああああやめてええええっ! 話すからやめてえええええええええっ!」

 

 

 

 そして、逆さ吊りになったクリスから私たちは真相を知る事となった。どうやら、サキュバス達に対して、殺すのは見逃してやるから夢にエリスとクリスを登場させる回数を増やせと脅迫していたらしい。

 カズマの要望がハーレム系だった場合は必ずエリスとクリスを登場させ、私達の出番を削らせてまでカズマの夢にエリスを登場させていたそうだ。こんな所でカズマを誘惑していたとは、本当にせこい……というか呆れました。

 

「でも助手君は最近あの店使わないんだよね。うむむ、もう用済みだしサキュバス達を滅ぼそうかな……あの悪魔公爵はやっかいだけど……あっ……そういえば……あれを……」

 

「ダクネス、なんだか疲れました。部屋でひと眠りしますね」

 

「そうか。私はこのバカにもう少し事情を聞く。この『アクア:3回』は闇が深そうで気になってな」

 

 私は、そう言って再びクリスを逆さ吊りにするダクネスを見届けてリビングを後にしました。

 

 

「ダクネス、もう怒ったよ! 知っての通り、あたしの正体は女神エリス! 君の敬愛する女神様にこんな事をして許されると思っているの!?」

 

「ん、なんか言ったか?」

 

「だから、私は女神エリスです! もう、昔のあなたはもっと大人しくて純真で……あだだだだだっ!?」

 

「お前は女神エリスじゃない。私の親友のクリスだ。いいな?」

 

「分かった! 分かったからアイアンクローはやめてえええええええええっ!」

 

 

 

ダクネスも物好きな人ですね……

 

 

 

 そして、私が自室にある屋敷の二階にたどり着いた時、廊下から騒がしい声が聞こえてきました。なんだか頭が痛くなってきました。

 

「アクア先輩! なんでまた落書きしているんですか! そこの壁は昨日直したばっかの所じゃないですか!」

 

「うっさいわね。カズマはいないんだし、ちょっとくらい良いじゃない。それに今回は傑作よ! テーマはなんと“邪神エリス”! この漆黒の羽と邪悪な薄ら笑いを見なさいな! 本物そっくりでしょう?」

 

「なるほど……実は私も先輩に見せたいものがあるんです。ほらこちらの壁を……テーマは“愚かで馬鹿な糞女神アクア”です」

 

「あんたも落書きしてるじゃない!? というかこれが私!? 私はこんなにブサイクじゃないし、アホ面でもないわ!」

 

「……本物そっくりでしょう?」

 

「あ……あんたねぇええええええええええっ!」

 

 

ああ、頭が痛い……

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 私が眠りから覚めた時、窓の外は真っ暗になっていました。くーくーと鳴るお腹を押さえながら、リビングへと向かいます。

 そして、ダイニングテーブルの上に置いてあったキッチンパラソルをどかしました。そこには作り置きされた夕食とアクアの置手紙がありました。

 私はアクアの置手紙に書いてあった言葉、『冷めてたらチンして食べてね!』のチンとはなんだと考えながら、冷めた夕食をもそもそと食べました。

 夕食後、リビングのソファーで意味もなくゴロゴロした後、お風呂に入って再び自室へと戻りました。

 普段なら日課の墓掃除をやる時間帯ですが、それはもう日中に済ませています。暇を持て余した私は、久しぶりにあの場所に行く事にしました。

 

 

「ん……ちょっとだけカズマの匂いがします……」

 

 

 そんなアホな事を言いながら、私はベッドの上を転がりました。私が今いる場所はカズマの部屋です。彼は私物を全部ここに残してここを去りました。だから、ここは昔と変わっては……いや、残念ながら変化はありました。アクアの私物がちょこちょこ置かれていますし、彼が大切にしていたものの何個かは部屋から消えています。

 

「アクアはずるいです……」

 

 カズマがこの屋敷を去った後も、今までとほとんど変わらない付き合いをアクアはしています。おそらく、彼女がカズマの私物を持って行ってあげたのでしょう。それに、ベッドからはアクアの匂いもします。どうやら、私が塞ぎ込んでいる間に先を越されてしまったようです。

 

「カズマは今何をしているんですか……?」

 

 もちろん、答えてくれる人はいない。それが悲しくて苦しくて堪らなかった。もうカズマはここに帰ってくる事はない。そんな事は受け入られない。でも……

 

「カズマカズマ、私はアクアもダクネスも頭がおかしいと思うんです。あんな事があったのに、彼女達は諦めた様子がない。これってとてもおかしい事です。見苦しい……気色悪い……羨ましい……! なんであんなに強くいられるんでしょうか?」

 

私の問いに答えてくれる人はいない。でも、この夜の静けさは嫌いじゃない。

 

「アクアもダクネスも諦めていない。だから私も諦めない……あなたの事がまだ好きだから……! それが正しい私の姿のはずなんです……! でも私は……!」

 

 両目からポタポタと涙が流れ出す。その涙がシーツに零れ落ちるたびに、私の中にイライラと悔しさが溢れだす。ああ、汚い。カズマの匂いが薄れてしまう。

 

「カズマ、私は怖いんです! 私の心は、あなたの事を諦めた事を受け入れようとしている! そんなのおかしいんです! 私はカズマが好きなんです……だから諦めちゃいけない! でも、時間がたつたびに私の心は……!」

 

 涙に混じって赤い鮮血がシーツに流れ落ちる。どうやら唇を噛み締めたせいで出血してしまったようだ。だめだ、カズマの匂いが消えてしまう。

 

「おかしいのは私のはずなんです! でも、日に日にダクネス達の方がおかしく見えてくる! なぜ諦めないんだって……どうしてカズマをまだ好きでいられるのかって……不思議に……不思議……いやああああああっ!」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになる。ああ、みっともない。こんな姿をアクア達に見せていたわけですか。ふふ、滑稽です。私ってとても愚かな人間だったのですね。

 

 

「かずまぁ……戻ってきてください……! 私は嫌なんです……あなたの事諦めたくない……! でも、このまま時間が経ったら……私は……私は……かずまへの気持ちを失いたくないんです……! だから帰ってきて……? 私の事を抱きしめて好きだって言ってください……!」

 

 カズマを諦める。そんな事は受け入れたくない。でも、ゆんゆんの勝ち誇ったような微笑みと、彼女が去り際に残した言葉が私を威圧する。

 もう怖い思いはしたくない……カズマに拒絶されたくない……! だから、心の奥底で思ってしまう。もう無理だ……もういいかな……もうカズマの事を忘れてしまってもいいかなと。

 

でも……そんな……私は……!

 

 

 

 

 

「めぐみん、こんな所にいたのか。まったく、こんな所で泣き散らして……」

 

「泣いてないです……!」

 

「嘘をつけ嘘を。ほら、顔拭いてやる」

 

 部屋に入ってきたダクネスがベッドに腰かけてくる。そして、私の顔を持っていたタオルでゴシゴシとこすった。使い慣れた石鹸の匂いがする。どうやら風呂上りのようだ。

 

「だくねす……だくねすぅ……!」

 

「はいはい」

 

 私の事をダクネスがギュっと抱きしめてくれる。それが心地よいだけでなく、不安でいっぱいだった私の心を少しだけ安心させた。そのまま、しばらくダクネスに抱き着いていると、彼女は苦笑しながらベットで横になった。一緒に寝てくれるみたいだ。

 

「ダクネス、見苦しい所を見せてすみません……」

 

「謝るな」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

「めぐみん」

 

 私の口に、ダクネスの手のひらを押し当てられて黙らされる。でも、私の懺悔の言葉は終わらない。彼女はまだ諦めていない。それなのに、私はその足を引っ張ってしまった。

 

「んっ……ダクネスは私を恨んでいないのですか……? カズマの監禁にあなたを引き込んだのは私の責任です……」

 

「あの事では恨んでいない。あれは私たちの総意だ。アクアもお前を恨むなんてバカな事は思っていないさ」

 

「でもカズマに嫌われちゃいました……私のせいで……ダクネスも……!」

 

「カズマは私たちの事など嫌っていないさ。むしろ、私と同じようにお前に感謝しているかもしれないぞ?」

 

 感謝。そんなバカな事を言うダクネスを私は信じられませんでした。これは彼女の優しい慰めの言葉……リップサービスだ。

 でも、私の事を見つめるダクネスには本当に感謝の念が見て取れた。そんなの、やめて欲しい。

 

「私はな、あれを経験して自分を見つめ直す事ができたんだ。あれがなかったら、私は確実に狂っていた。まぁ、あの時も狂っていた事に変わりないがな」

 

「意味が分かりません……」

 

「分からなくていい。ただ、私はあの時ある思いに心を支配されていた。“カズマの奴隷は嫌だ”ってな。めぐみんも、知っているだろう?」

 

 私はコクリと頷く。カズマの監禁中、ダクネスはしきりにそう呟いていた。そして、その思いをカズマに伝え続けていた。

 

「私はカズマに愛されたかった。そして、アイツに仮初の愛の言葉を囁かれて気づいたんだ。これは違う。私の求めているものではない。私はカズマを“奴隷”になんかしたいわけじゃないってな。愛を強要する事の虚しさに、私は気付けた」

 

 そう言って笑うダクネスの両目からは涙が溢れていた。彼女は強い。でも、やっぱり私みたいに脆くもある。彼女の事が分からない……本当に分からない……

 

「それでもあの環境は魅力的で、私を狂わせた。今となっては、あの陶酔感と心地よさ、そして自分に対する恐怖を経験しておいてよかったと思う。もしアレがなかったら、私は今、本当に取返しのつかない事をしていた。だから、私はお前に感謝しているのさ」

 

「本当に意味が分かりません……」

 

「いいんだ。分からなくていい。でも私は感謝している。ありがとうめぐみん」

 

 

分からない……ダクネスの事が分からない……!

 

 彼女は強いのかもしれない。でも私と同じくらい脆いはずだ。彼女から流れる涙がそれを物語っている。それなのに何故……!

 

 

「ダクネス、聞きたい事があるんです……」

 

「なんだ?」

 

「どうしてカズマを諦めていないのですか? 私はもう諦めてしまいそうなんです。ゆんゆんと会うのが怖い……カズマに拒絶されるのが怖い……! それなのに何故あなたは……!」

 

 私の手はダクネスの首へと伸びていた。私が折れて諦めそうになっているのに、彼女は違う。それが理解できないし、悔しかった。もっと単純に言えば、羨ましかった……憎らしかった!

 

「ん、昼間の続きを話してやる。私はお前より、ちょっとだけ経験値が上だっただけ。だから、私は諦めない。諦められないのさ」

 

「私とダクネスは何が違うというのですか……? レベルだったら私の方が上のはずじゃ……」

 

「冒険者レベルじゃない。精神的な経験の差だ。そうだな、もっと簡単に言うと……」

 

 ダクネスが私の手を振り払う。そして、逆に私の首をギリギリと締め付けてきた。その瞳には、先ほど私が彼女に向けたものと同じ……羨望と憎しみの感情が宿っていた。

 

 

 

 

 

「めぐみん、お前は私の敵だ」

 

「え……?」

 

「分からないとは言わせない! カズマの気持ちが傾いていたのはお前だ! 私は一度お前に負けたんだ……! あの時私は悔しくて悲しくて……お前たちが憎くて……! 頭がどうにかなりそうで……うぇ……うぅ……ぐすっ……!」

 

 ダクネスが先ほどよりもヒドく泣き始めた。今の彼女からは強さは感じられない。下手したら、私よりも弱いかもしれない。

 

「憎かった……でも好きだった……! 私はお前もカズマも大好きだった! だから私は“吹っ切れた”! そこで私は諦めないと決めたんだ!」

 

「ダクネス……」

 

「今回の事はお前の時より複雑だ。煮え切らない思いや、納得できない点もある。でも、本質はそんなに変わらない。私の敵がお前からゆんゆんに変わった。いや、敵が増えたというべきだな」

 

 私の首からダクネスの手が離される。そして、涙を流しながら微笑んだ。ああ、彼女は弱い。でも、やっぱり強い。何だか、自分の中で納得がいった。彼女から見たら今の私は……

 

「めぐみん、敗北と挫折の気分はどうだ? 多分、お前にとっては初めての気持ちだろう?」

 

「ええ、初めてです。そうですか……私は負けたんですね……私はそれを認めたくなくて……こんな……」

 

「ん、ざまあみろ!」

 

「ダクネスは最低ですね……」

 

 何故かおかしくなって、私たちはクスクスと笑った。そんな私をダクネスが抱きしめてくれる。そして、耳元に囁いてきた。

 

「めぐみん、諦めるのも一つの道だ。私はこっちの道をオススメするぞ?」

 

「その方が絶対楽ですよね。でも、カズマが好きなんです。おかしいですよね……あんな最低な男を私はまだ好きなんです。だから、その道は選べない」

 

「そうか、残念だ。敵が減ると思ったのに……」

 

「ゆんゆんも最低です。私の大事な男を寝盗って……それに私たちをあんなに苦しめて……! 本当に許せません……! でもあの子も私の親友なんです……殺したいほど憎いけど……大切な友達なんです……」

 

「そうか……」

 

 私の中で燻っていた気持ちが固まっていく。なるほど、これが“吹っ切れた”という奴でしょうか。なんだか、心身ともにスッキリしました。今ならゆんゆんだって……!

 

「ゆ、ゆんゆん怖い……! あの子はなんで……!」

 

「言うな! 私もあんなのと戦うのは怖くて……怖くて……! うぅ……ぐすっ……!」

 

「泣かないでください! 私たちは絶対に負け……うっ……うぷっ……!?」

 

「バカ! そっちこそ落ち着くんだ! 私とお前が力を合わせれば……うぐっ……おぇ……!」

 

 なんだか、雲行きが怪しくなってきた。このままじゃマズイ! なにがとは言わないが非常にマズイ!

 

「ダクネス……うっ……ひゅ……!」

 

「こらっ! なぜ私の胸元に顔を突っ込むんだ!? やめっ……あぅ……このままじゃ私もお前の頭の上に……!」

 

 

 

 

「はいはーい! 深呼吸してー! まったく、私がいない間に何してんのよ! カズマのベッドがアンタ達の汁で悲惨な事になってるじゃない! それ以上汚すのは許さないわ!」

 

「アクア……」

 

「ほら、水飲んで? そしてもう休みなさいな。二人とも、私のベッドで寝る事を許可してあげるから……」

 

 アクアが、私とダクネスを優しく横たえた。そして、そっと撫でてくれた。それはとても安心できるもので……なんだか眠くなってきた。

 

「アクア、ダクネス……私は諦めません……諦め……ふみゅ……」

 

「そうなの。頑張ってねめぐみん!」

 

「まったく……またお前が敵に……んっ……」

 

「ダクネスも頑張りなさいな」

 

 

微睡む意識の中、私は再確認した。

 

 

我が名はめぐみん! 絶対に諦めない精神を持つ女!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌朝、私は気持ちよく起き出した。そして、早朝から墓掃除の日課をこなす。なんだか、今の私は負ける気がしない。

 

「もう何も怖くない!」

 

私は一人ではない。アクアがダクネスが……私に諦めるなという力と強さを……!

 

 

 

 

 

「随分と機嫌良さそうですね。めぐみんさん?」

 

「女神エリス……!」

 

「怖いですから、そんな目で見ないでくださいよ」

 

 アンナちゃんのお墓がある大きな木の影から、私の因縁の相手、女神エリスがクスクスと笑いながら現れた。思わず体が半歩下がってしまう。色々あって、彼女の事は苦手なのだ。

 

「聞きましたよめぐみんさん。あなた、諦めないとかほざいているそうですね」

 

「また盗聴ですか」

 

「いえ、さっきアクア先輩が嬉しそうに話してくれましたよ」

 

「くっ……余計な事を……」

 

 満面の笑みでエリスに話しかけるアクアの姿が頭の中に思い浮かぶ。あんな事があったというのに、アクアとエリスの仲は良好だ。

 いつも喧嘩をしているが、アクアがエリスの事を嫌っていないのは見ていて分かる。どうしてそんな……!

 

「おっと、逃がしはしないよ?」

 

「クリス……!」

 

 逃げようとしていた私を、クリスが背後から羽交い絞めにする。脱出しようともがくが、彼女の体はビクともしない。そうこうしているうちに、女神エリスの薄ら笑いが私と目と鼻の先に現れた。ああ、気色悪い。

 

「今、失礼な事考えましたね」

 

「うるさいです。あなたは結局何がしたいんですか?」

 

「そうですね。さっさと本題を話しましょう。私はあなたに忠告しにきたんです。カズマさんを諦めないなんて、無意味な事はやめなさい」

 

「くっ……!」

 

「あなたも内心思っているのではないですか? ゆんゆんには勝てない。カズマさんの心はもう動かせない。そんな諦観の気持ちがあなたの奥底にある。そうでしょう?」

 

エリスの言葉を受けて私は黙り込む事になる。私は諦めないと決めた。でも、そのような諦めの気持ちが……ゆんゆんへの恐怖が私の心にはある。

 

「それはあなたにも言える事じゃないですか!」

 

「ええ、そうですね。ゆんゆんには勝てません。それに、これ以上カズマさんに迫ることは迷惑に思われるかもしれない。そう考えると怖くてたまりません!」

 

 そう言ったエリスは変わらない薄ら笑いを浮かべている。あからさまな嘘に私はもう騙されません。むしろ、私やゆんゆんを敵とすら見なしていない……見下すようなエリスの視線に反発すら覚えます……

 

「落ち着いてくださいめぐみんさん。私はあなたに初心を思い出させに来たのです。紅魔の里での事を忘れたとは言わせません」

 

「あれは……私はもうそんな事……!」

 

「嘘ですね。あなたの心に潜む殺意と憎悪は本物です」

 

 私は頭をぶんぶんと振る。あの紅魔の里で出た言葉は、勢いに任せたものだった。だから、そんなことを私はもう思ってない……思ってなど……!

 

 

 

「想像してくださいめぐみんさん」

 

「何をですか!」

 

「これからの事ですよ。ゆんゆんとカズマさんはこれからずっと幸せな日々を過ごすんです。そして、あなたは諦めないという言葉を建前に、彼らに付きまとう邪魔で迷惑でみじめなストーカー。カズマさん達はいずれあなたを警察に突き出すでしょう」

 

「そんな事は……」

 

「新婚夫婦に付きまとうあなたは、里の住人からどう見られるんでしょうか。ゆんゆんの家族、あなたのご両親はどう思うでしょうか?」

 

私の中の気持ちが壊されつつある。両親の話を出すのは……現実を見せるのはやめて欲しい……

 

「めぐみんさん、あなたは選択次第で今後の人生を棒に振る事になる。諦めないという事は、あなたは一生“負け犬”の称号を背負って生きていく事を意味する。それでもいいのですか?」

 

「…………」

 

「嫌ですよね? でも事実です。あなたは幸せな新婚夫婦に付きまとう、みじめな負け犬なんです。ふふっ……かわいそう……!」

 

 エリスがクスクスと笑いながら私の頭を撫でる。明確に私の事を嘲り、見下している。それが分かる。だから、反撃しようとするが私の体は動かない。そもそも力が入らない。

 

「めぐみんさん、素直に諦めたらどうですか?」

 

「私は諦めない……そう決めて……うぅ……!」

 

「諦めない。字面はいいですね。でも実態は……」

 

「うるさいです! もう私は諦めないって決めたんです! 例え負け犬でも私は勝ってみせる! いつかは……いつかは必ず……!」

 

私の言葉を受けてエリスは苦笑する。そして私の耳元にそっと囁いた。

 

 

「無理して虚勢をはらなくていいんです。あなたの本心は分かっていますよ」

 

「虚勢じゃありません……これは私の……!」

 

 

 

 

「ぶっ殺したいんでしょう?」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 私は久しぶりにアクセルの街を歩いていた。街に出るのは約三か月ぶりだ。何故かは分からないが、周りの人が私に視線を送ってきている気がする。それにコソコソと私の悪口を言っているような気がする。これがカズマの言っていた引き籠りの弊害って奴でしょうか。

 

「どうしたのめぐみん?」

 

「いえ、ちょっとだけ気分が悪くてですね……」

 

「大丈夫よ。手を繋いであげるから」

 

 そう言って、アクアが私の右手を取って引いてくれる。そして、そんな私の背中をダクネスが元気付けるようにポンと叩いた。

 そのまま歩き続ける事数十分。私たちは目的地についた。そこはアクセル一の高級宿。ゆんゆんとカズマが住んでいる宿だ。これから、私たちは……

 

 

 

「よぉ、お前ら。三人でどうした? めぐみんとダクネスは……久しぶりだな!」

 

「カズマ……」

 

 

 

 私が深呼吸をして覚悟を決めようとした時、愛おしくて懐かしい声が聞こえた。もちろんカズマである。彼は宿の前の植え込みの近くにしゃがみこんで、たばこを吸っていた。

 そして、彼の足元には一匹の猫……いや……大型犬ほどの大きさの猫っぽいものが寝転がっていた

 

「何か俺に用があるんだろ? 遠慮せず言ってくれ」

 

「それは……えと……あぅ……! カ、カズマこそ、今何をしているんですか!?」

 

「俺か? 俺はゆんゆんに掃除するのに邪魔だって部屋から叩きだされてな。埃のもとである毛玉と一緒に日向ぼっこさ」

 

「にゃうっ!」

 

 猫っぽいものの顎を撫でながら、カズマが朗らかに笑った。彼の姿は以前と全く変わらない。でも、今までとは雰囲気が少し違う。それが何だか悔しく思えた。こうして、私がどうしようかと内心焦り始めた時、アクアがカズマの前に進み出た。

 

「ちょっとカズマ! もうタバコは吸わないって私とゆんゆんに約束したわよね? ほら、かしなさい!」

 

「見逃してくれよ……このあいだ隠しておいた奴を1カートン丸ごとゆんゆんに捨てられてだな……」

 

「ダメなものはダメ! 本当に体に悪いんだから! 代わりに私の食べかけのアイスあげるから!」

 

「そんな殺生な……あとアイスはいらねぇから押し付けてくんな」

 

 アクアにタバコを取り上げられたカズマが悲しそうに項垂れた。そして、足元の猫っぽいものをいじり始める。私は一緒にいたダクネスと顔を見合わせてから、そっとため息をつきました。

 

「カズマも所帯じみてきましたね……」

 

「いきなり何言うんだめぐみん。ちょっとショックなんだが……俺はまだ20代だぞー?」

 

「あ、はい。そうですね……」

 

 なんだかグダグダとした雰囲気になってきた時、宿の中からあの女……ゆんゆんが現れました。

 私はなんだか怖くなって、ダクネスの背に隠れながら彼女の様子をそっと伺いました。

 ゆんゆんは赤黒チェックのバンダナとエプロンを身に着け、手には箒を持っていました。カズマの言う通り、部屋の掃除をしていたのでしょう。

 

「カズマさん、掃除終わりましたよ……ってたばこ臭い!? また私に隠れて吸いましたね! 何回言えば分かるんですか! このっ……このっ……!」

 

「あたっ!? 吸ってない! 吸ってないから箒で叩くのは勘弁……いづっ!? 柄の部分で叩くなバカ!」

 

「ゆんゆん、カズマからたばこ取り上げといたわよー! はい証拠!」

 

「ナイスですアクアさん! カズマさんは……言い訳はありますか?」

 

「ないです……」

 

 それから、私たちの前でカズマの説教が始まった。その光景はとても胸が締め付けらるものであったが、同時に何とも言えない呆れが私の心の中に生まれるものでした。

 

「お互いに健康でいたいならタバコなんて……! そういえばじゃりめ! カズマさんを見張ってって言ったよね! なんで報告に来ないのよ! バツとして今日のおやつは抜きです!」

 

「にゃあ!?」

 

「おい、毛玉にあたるなよ。俺が悪かったって……! まったく……安心しろ毛玉。代わりに俺のおやつのあたりめやるから……あたっ!?」

 

 ゆんゆんがもう一度カズマを箒で叩いた後、私たちの方をジロリと見てきました。私は彼女に言わなければならない事がある。でも、体が動かない。

 

「めぐみんとダクネスさんは久しぶりですね。何か私たちに用事でもあるのですか?」

 

「もちろんだ。ほら、めぐみん……」

 

ダクネスが私を前に押し出そうとしてくる。私はそれに必死に抵抗した。そんな私を見て、ダクネスは嘆息した。

 

「まったく、お前の提案だっていうのにな。今回だけだからなめぐみん! さて、ゆんゆん、こいつを受け取れ!」

 

 ダクネスが一歩、ゆんゆんの方へ足を進める。そして手に付けていたものを引き抜き、勢いよく投げつけた。

 

「わぶっ!? いきなり物を顔に投げつけないでくださいよ……ってこれは手袋……?」

 

「よし、アクアもなんか投げつけてやれ!」

 

「ええっ!? いきなり言われても……えいっ!」

 

「わひゃあっ!? アクアさん! なんでアイスなんか投げつけるんですか!? お気に入りのエプロンがベトベトじゃないですか!」

 

「うぇっ!? ご、ごめんなさい! つい出来心で……」

 

 プンプンと起こるゆんゆんと、おろおろするアクアを見ながら私も覚悟を決めました。大切な仲間たちがこんなにもお膳立てしてくれたのだ。だから、私はやり通さなきゃいけない。

 

 私は勢いよくダクネスの背中から飛び出し、ゆんゆんに杖を突きつけました。彼女は私の事を訝しげな目で見てきます。滅茶苦茶怖いし、杖を投げ出して逃げたい! でも、もう逃げるわけにはいかない! 

 

 

 

 

「ゆんゆん! 私達と決闘してください!」

 

 

 

 

 

 




次回、最後の一騒動

ちなみに最終話じゃないよ!
でも、実質的な決着ですね


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