※この作品はR-18です。

てぃーちんぐゆんゆん   作:ルイ提督

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書店に寄ったら10巻売っててビビりました。

時系列は最終話から約半年後です。
今回に限り、本編の後日談的な話になっています。


IFルート(エリス):ありうべからざる選択
鬼の居ぬ間に


 

 

 

 

 

 

「ゆんゆん、お前はあとちょっとで臨月なんだ。だからじっとしてろ」

 

「でも……お夕飯を……」

 

「でもじゃない! そんなの全部俺がやるからお前はゆっくりするんだ! これは命令だからな!」

 

「むぅ……!」

 

 頬を膨らませるゆんゆんを俺は強引にソファーに座らせる。そして、彼女の頭をポンポンと撫でてから台所へと向かった。

 普段は俺の食事を毎日作ってくれるゆんゆんだが、彼女はもう臨月に差し掛かっており、日常動作も危うい時期であるため、一か月程前から俺が食事を作っていた。それなのに、ゆんゆんは何かと俺を手伝おうと身重の体を動かすことが多い。嬉しくはあるのだが、俺としては彼女にはじっとしてもらいたいのだ。

 当然、今日も俺が家事全般をしていた。まぁ、俺も商会の仕事がほとんど片付いているため、ぶっちゃけ暇なのである。

 

「うーし、何を作ろうっかな~」

 

 夕ご飯は何を作ろうかと鼻歌を歌いながら食材を漁っていると、昨日お義父さんに貰った鶏肉があるのが目についた。ふんふむ……長ネギもあるし……

 

「カズマさん、鳥の甘煮とかどうですか?」

 

「おう、それでいっかー」

 

「了解です! じゃあ、私が鶏肉を切りますね!」

 

「うい、俺は長ネギ切るわ……って!? ゆんゆんのアホ!」

 

「あいたっ!? 私の事過保護にするくせに頭叩くんですか!?」

 

「うるせー! 座ってろって言っただろうが! まったく……」

 

 俺はゆんゆんの手を引いて再びソファーに座らせる。不満そうなゆんゆんはとりあえず無視する。こいつはゆっくりしていろという言葉の意味が分からないのだろうか。

 

 そして、俺が料理を始めてから数十分後。ふと、ソファーの方へ目を向けてみるとソファーで毛玉をつっついていたゆんゆんの姿がない。

 慌てて隣の和室に向かってみると、彼女は洗濯物を取り込んで畳んでいた。嬉しい……嬉しいけど……ゆんゆんって奴は……!

 

「おい」

 

「なんですか? いいじゃないですかこれくらい」

 

「本当にお前はよう……ちょっとじっとしてる事くらいできないのか……」

 

「だってカズマさん大変でしょう? 見栄を張ってかなり大き目の家を建てたせいで掃除だって間に合ってないじゃないですか。あ……お庭の手入れも……」

 

「だってじゃない! 頼むから飯作るまで大人しくしてろっての!」

 

 若干のイラつきを抑えながら俺はゆんゆんをまたソファーへ強制連行する。そして、毛玉にゆんゆんの監視を頼んで俺は台所へと戻った。

 それから僅か数分後、毛玉が俺の足元に寄って来てガルッと泣いた。ソファーにはもちろんゆんゆんの姿はない。毛玉は俺を導くように歩き、俺もその後に続く。辿り着いたのはこの家の二階へと続く階段だ。

 

「ゆんゆん……何してるんだ……?」

 

「ふぅ……ふぅ……ふぇ……? ああ、カズマさん! ちょっと運動不足の解消に上り下り運動をしているんです!」

 

「ほう、俺はゆっくりしてろっ言ったはずなんだがな? しかも階段は危ないから俺が見てるところで使えって言ったはずじゃ……」

 

「カズマさんは本当に……うん……うざいです……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああっ!」

 

「ひゃあああああああっ!? きゅっ、急に何ですか!?」

 

 俺は聞き分けのないゆんゆんをお姫様抱っこで持ち上げるとそのまま凄い勢いで走り出し……歩き出した。毛玉には随伴を命じ、ゆんゆんを抱っこしたまま家を飛び出す。 そして4軒隣にある彼女の実家である村長宅の玄関扉を強くノックする。待つ事数十秒後、出迎えてくれたお義母様に俺はゆんゆんを差し出した。

 

「娘さんをお届けに参りましたよお義母様!」

 

「あらあら、少し予定より早くありませんか?」

 

「そこを頼みます! コイツ家だと無駄に張り切っちゃうんですよ!」

 

「ふふっ、そういう事だと思った。なら娘をそのまま運んでちょうだい。部屋はもう準備できてるわ」

 

「流石ですお義母さま!」

 

 腕の中で疑問や不満の声を出すゆんゆんを無視して部屋に彼女を運び込んで布団をかける。そこでやっと一息ついたと俺は額に流れる汗を拭った。本当に世話が焼ける。

 

「カズマさん、いきなり何をするんですか!? それにどうして実家に……!」

 

「前々からお前らの親御さんと相談して決めてたんだよ。臨月入ったら念のためにお前をここに移すってな。その予定を少し早めただけだ」

 

「でも、私がいないとあなたが……」

 

「大丈夫だ。普通に生活できる。だからお前は安心して残りの期間を過ごしてくれ。なぁ、分かってくれるだろうゆんゆん?」

 

「むぅ……」

 

「だから膨れたってダメだ」

 

ゆんゆんが膨らませた頬を俺は指でつついて直す。そうすると、彼女も一つため息をついてから大人しくなった。どうやら、ついに観念してくれたようだ。

 

「カズマさん、本当に大丈夫なんですか……?」

 

「大丈夫だっつの! ともかく、お前は子供が生まれるまで安静にしてくれ。ちょこまか動かれると心配なんだよ」

 

「もう、過保護ですね。でも、その方がいいのでしょうね。お母さんやめぐみん、里の皆まで私に何かと気を遣ってくるんです。私のためというより、皆のために受け入れることにしましょう……」

 

渋々といった感じのゆんゆんを撫でてやる。そうすると、彼女は更に大人しくなった。これでやっと俺も一息つける。過保護なのは否定できないが、仕方のない事だろう。

 

「ゆんゆん、俺も毎日顔を出すし毛玉もお前につけてやる。だから今までと大して変わらないさ」

 

「はいはい。私としては夫婦二人の最後の期間をあなたと楽しみたかったのですが、しょうがないですね」

 

「うっ……そんな事言うなよ……! たまには親子水入らずで過ごしてみろ。お義父さんも近くに住んでるのになかなか顔を合わせてくれないって悲しんでたぞ?」

 

「それとこれとは話は別です! というか、あなたって私の両親と変に仲がいいですよね……」

 

 それからは、ゆんゆんと今後の予定について話し合った。庭の水やりをきちんとやる事、お昼の散歩には必ず付き合う事、撫でる回数を増やせなど様々な取り決めをした。

 ついでに、毛玉にはゆんゆんの守護を厳命しておいた。そして、半刻ほど経った頃にお義母様が割烹着を着て俺達の前に現れる。うん、ゆんゆんのお義母様なだけあってかなり可愛い……可愛い……

 

「カズマさん、今から夕食にするつもりですが食べて行かれますか? この部屋で二人で食べてもらっても構いませんよ」

 

「うーむ……それなら遠慮なく頂かせて貰います。お義母様の料理は本当に美味しいですから!」

 

「ふふっ、嬉しい事を言ってくれるわね。たくさん用意してますからたっぷり食べてください」

 

「そうですか! いやー楽しみで……あだだだっ!? なんで抓るんだよゆんゆんっ!」

 

何故か涙目で頬を抓ってくるゆんゆんを落ち着かせながら、俺はそっとため息をつく。

 

 

なんだかんだあるけど、今の生活はやっぱり幸せだ。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「ただいまーって、誰もいるわけないわな……」

 

 時刻は深夜に近い時間帯、俺は一人で家に帰宅した。あの後、ご両親からお酒を進められて結構飲んでしまい、結局寝る間際まで居座ってしまった。泊りを勧められたが、それだとゆんゆんが翌朝から俺の世話を焼きだすので場所を移した意味がない。後ろ髪を引かれながらも俺はゆんゆん達に別れを告げたのだ。

 

「ふむ、そういえば一人は久しぶりだな……」

 

 そんな事を呟きながら俺はソファーに横になる。そう、今はこの家には俺一人しかいない。寂しくもあるが、何だか久しぶりにワクワクとした気分になってきた。俺は作って放置していた夕食と酒を用意して晩酌の準備をする。そして、仕事用の作業机からゆんゆんに隠して保管していたシガーケースと秘蔵のえっちぃ本を持ち出した。

 

「おおう。そうだよな。この家で堂々と煙草が吸えるわけか。うん、よいぞ……よいぞ……!」

 

 自分でも妙な事を呟きながらも、俺はシガーケースから葉巻を取り出した。ゆんゆんが妊娠して以降は自粛していたため、実に半年ぶりくらいの煙草である。しかも、これは王都で購入したお高い奴である。煙草じゃなくて葉巻な所に俺は何故か妙に興奮していた。

加えて、傍らには秘蔵のえっちぃ本! ゆんゆんは浮気オッケーみたいなアホな発言をしたくせに、以前、俺が隠し持っていたえっちぃ本を見つけた時は物凄く怒って3日間も口を聞いてくれなくなったのだ。その後、ゆんゆん帝によって俺の本は焚書されたのだが、コイツはその凶行の生き残りである。

 

「さて、せっかくだし久しぶりの一人を楽しみますか!」

 

葉巻に火をつけながらも、俺は勢いよくパンツを脱いだ。

 

 

 

 

 

 

 翌朝、俺は味噌汁のいい匂いで目覚める事になった。顔に乗っかっていたエロ本をどかし、ふと台所の方を見てみるとエプロンを着て朝食を作っている黒髪の女性がいた。俺は慌てて飛び起きると台所に走り寄った。本当に懲りない奴だ!

 

「おい、ゆんゆん! お前、昨日俺が言った事全然分かってねぇのな!」

 

「何のことですかカズマ?」

 

「はあ!? おま……ってめぐみん!?」

 

「はいはい、私ですよ。というか、カズマはその下半身をどうにかしてください。はしたないですよ?」

 

「おっ……? おおう!?」

 

 俺は慌ててソファーの隅に落ちていたトランクスを身に着ける。慌てていたのでフルチンで寝ていたのを忘れていたのだ。ゆんゆんじゃなかった事にとりあえず安堵しながらも、早くも簡素な朝食が並び始めた食卓へと向かう。うむ、なかなかうまそう……ってそうじゃない!

 

「なんで、めぐみんがいるんだ!? というか、なぜ家に入れた!?」

 

「あなたが戸締りをきちんとしてないからです。私がいるのは、ゆんゆんが実家に帰ったと風の噂で聞いたので来たのですよ」

 

「風の噂にしては早すぎじゃないか!? あと、寝起きはいつもビンビンな息子がシナシナだし、なんだかスッキリした気分なんですけど! 寝てる間に何か変なことしてないよなめぐみん!」

 

「うるさいですね。そんな事はどうでもいいじゃないですか。ほら、席についてください」

 

 めぐみんに強引に席に押し込まれ、俺は色々と諦める。それに食事に罪はない。ありがたく彼女の朝食を頂き、ついでに食後のコーヒーまで貰った。めぐみんはそんな俺を見てニコニコとした微笑みを浮かべている。なんだか変な気を起こしてしまいそうなので本当に勘弁して欲しい。

 

「カズマ、本当に仕事は大丈夫なんですか? 2か月も休みなんて普通の商会なら倒産ものですよ?」

 

「子供がいつ生まれるか分からないのに仕事なんてしてられるか! それに取引先も少ないし話の分かる奴らだからな。2か月分を先に納品したら納得してくれたよ。というか、お前は何もしなくても給料貰えるんだから最高じゃないか。あるえやぶっころりーも嬉々として休暇に入ったぞ?」

 

「お金はどうでもいいんです。カズマの殿様商売がちょっぴり心配なのと、あなたと過ごす時間が減るのが嫌なだけです」

 

「おいおい……」

 

 妙な事を真顔で言ってくるめぐみんに俺は顔を俯かせる。里に引っ越した時についてきた事からめぐみんがまだ俺を諦めてないのは知っている。しかも、俺の元カノだとかゆんゆんが俺を寝取ったなどの情報を流したせいで割と苦労することになった。

 ゆんゆんが“紅魔族随一の腹黒”の称号や“紅魔族随一の「あの子って大人しそうに見えて意外と……」”というわけの分からない称号を授与されたし、俺も鬼畜とスケコマシ、おまけに“紅魔族キラー”という称号を認定書付きでお義父さんから貰ってしまった。

 この事態は裏でゆんゆんとめぐみんの両親が話し合う事で決着となったが、そこで何があったのかは俺もゆんゆんも分からない。ただ、その数日後に俺はお義父さんとめぐみんの親父と、何故かダクネスの親父も加わっての集団リンチを受けたことは思い出したくもない。特に王国の懐刀と呼ばれていたダクネスの親父が武勇の面でもやばかった。ジェネラルとウィザード二人はもう相手にしたくない……

 

「何を呆けた顔をしているんですか? ともかく、ゆんゆんがいないので私がカズマの面倒を見ます。よろしいですね?」

 

「うん……とでも言うと思ったか! 却下だ! ただでさえ里公認の不倫相手だとか噂されているんだ。誤解されるような真似は勘弁なんだよ!」

 

「誤解も何もそれが里の公式見解です。それにカズマ、逆に考えるのです。事実にしてしまえばいいじゃないですか」

 

「めぐみんのアホ!」

 

「うひゅっ!? 頭突きはやめてください……ってこら! 放しなさい……やめっ……やめろー!」

 

俺はバタバタと暴れるめぐみんを家からつまみ出し、きちんと鍵を閉める。しばらく玄関をバンバン叩く音が響いたが、無視をし続ける。そのうち、扉の外から泣き声が響きだして俺の心も折れた。急いで玄関先に出て、泣いているめぐみんの涙を拭ってやる。女ってのはやっぱり卑怯だと思う

 

「めぐみん、泣くな。余計に誤解されるだろ! でも、俺も悪かった。朝食は嬉しかったし、美味かった。ありがとうな」

 

「ぐすっ……それなら家に入れてください……」

 

「お前な……」

 

 呆れている俺の姿を見ても、彼女の態度は変わらない。これだけ俺に冷たくされてるのに彼女は決して諦めない。その姿に俺の心もグラグラだ。しかし、今……特にゆんゆんの妊娠中に変な事を起こしたくない。アイツも一見穏やかに見えて妊娠中だけあって割とイライラしてる時もあるし、ヒスると非常に面倒臭いのだ。

 

「あれだ、めぐみんってこの1年で変わったよな」

 

「急になんですか?」

 

「まぁ、聞けよ。お前ってさ、俺の中じゃ妹枠に近いロリ枠だったわけだ。それが気が付けば色っぽいスレンダー美人にいつの間にか変化してるんだぜ? お前とその……そういう関係になるのは深みにハマリそうなんだ……」

 

「いいじゃありませんか。我が深淵にカズマを……ひゃっ……!?」

 

 アホな事を言いそうになっためぐみんをギュッと抱きしめる。そうすると、めぐみんは一気に大人しくなり、彼女も俺の事を抱きしめ返してくる。相変わらず胸は小さいが、腕に触れる彼女の長い黒髪と鼻孔をくすぐる女性特有の甘い匂いが俺を狂わせそうになる。だが、必死に耐えた。どっちにしても今の期間は非常にマズイのだ。

 

「めぐみん、今は勘弁してくれ。でも、いつかお前の元に行くかもしれん。だから……な……?」

 

「んっ……」

 

 めぐみんは何も言わずに俺に抱きしめられ続け、しばらくして俺が抱きしめ拘束から解放すると、彼女は何故か顔を真っ赤にして逃げるように家を去った。案外アイツもちょろい。希望を持たせるようなクズ発言をしたのは良心を傷つけたが、これしか方法はない。まぁ、めぐみんにキツイ事を言えない俺の覚悟がダメダメなのだろう。

 ともかく、めぐみんの撃退には成功した。内心で勝鬨をあげながら俺は勝利の煙草を味わう。うむ、今日もこれで一日頑張れそうだ。

 

「社長、朝から煙草なんていけないよ」

 

「ん? おう、あるえか。そっちこそ朝から俺に何か用か?」

 

「用って程はないんだけどね。社長……カズマ君が一人で過ごしているって風の噂で聞いてね。私が君のお世話でも……」

 

「帰れ」

 

「即答は悲しいよカズマ君!」

 

「うるさい帰れ」

 

「はぅ……ふぇ……!」

 

 

 

女って奴はやっぱり卑怯だと思う。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「へぇ、そんな事があったんですか。ふふっ、カズマさんも大変ですね。別に私はちょっとくらいの浮気なら構わないと思っているんですよ?」

 

「そうは言ってもお前は俺がそんな事したら絶対怒るだろ」

 

「ええ、怒ります。それは妻として当然でしょう? でも、怒るだけなんで安心してください」

 

「全然安心できねぇよ……」

 

「本当に怒るだけなんですけどね」

 

 そういってクスクス笑うゆんゆんから俺は目を逸らす。口ではこう言っているが、いざ浮気を目にしたら俺がどんな目に会うか分かったもんじゃない。さっきまで日課であるゆんゆんとの散歩中にも、俺が道行く紅魔族の女性の胸元やら太ももに視線を移しただけで軽く抓ってくるような奴なのだ。

 

「あ、せっかくですし家の整理をしてあげましょうか? 多分、散らかっているでしょう?」

 

「だめだっつの! 今は絶対安静! 大人しく花でも愛でてろ!」

 

「庭の土いじりをさせてくれないくせに……」

 

「ああ、もう分かったよ! 水やりくらいはやっていいさ!」

 

「その言葉を待ってました!」

 

 ゆんゆんは小休止を取っていた自宅の庭のベンチから立ち上がると、物置からじょうろを引っ張り出して草木に水をやり始めた。嬉しそうに水やりをする彼女の姿に、俺もなんだかほっこりしてしまう。思わずポケットのシガーケースに手が伸びそうになったが、我慢する。バレたらゆんゆんの笑顔が般若になる事間違いなしだからだ。

 

 その後は家の中の植物にも水をあげると言い出したゆんゆんに、押し負けて家への侵入を許してしまい、結果的にはまた彼女の気遣いを受ける事になってしまった。こうなると、自分が情けなく思えてくる。

 若干気落ちしながらも、家でゆんゆんとの時間をしっかり楽しみ、夕方には彼女と彼女が無源増殖させている多肉植物の鉢を何個か抱えて族長の家に向かった。ちなみに、夕食もまた頂いてしまった。申し訳なく思う一方、まぁいっかという思いも湧いてくる。何というか、俺ってやっぱりダメ男かもしれない。

 

 そして、気持ちのいいほろ酔い気分で帰宅してから簡単なつまみを作り、もう一杯酒をひっかけた。良い感じに酔いが回ってソファーに横になってウトウトしていた時、玄関の扉が数回ノックされた。めぐみんの可能性が高いために無視して眠る事にしたのだが、鍵を回す音と扉が開けられる音がした。ゆんゆんだったら叱ってやろう、クリスだったらセクハラしようと心に決めて寝たふりをしていると、居間に件の人物が現れた。俺は薄目でチラリと確認して……

 

「なんだよアクアか……」

 

「ん? 起きたのカズマ? しかし、本当に散らかってるわね。お昼に掃除したんじゃないの?」

 

「少しくらいはいいだろ……っていうか何でお前が家に入れたんだ? ピッキングでも覚えたのか?」

 

「失礼ね! アンタの事が心配だからってゆんゆんに鍵を渡されたのよ! はい、あの子の手紙!」

 

 そういって突き出された紙切れには、長々とゆんゆんの思いが書かれていた。要約すると、昼に部屋の惨状を見てダメだと思ったし、めぐみん達の怪しい動きを牽制するためにもアクアを送り込む事にしたらしい。何かが決定的に間違っているような気もするが、これがゆんゆん様の判断だそうだ。

 

「おいアクア、お前はいいのか? ゆんゆんに俺の世話しろなんて言われて素直に従っちゃうのかよ! 女神の威厳はどうした!」

 

「別に問題ないわよ。私はアンタとずっと一緒に過ごすために色々と考えてるの。これもその作戦の一環と言った所ね」

 

「おふ……そうですかい……」

 

 真顔でそんな事を言われて俺もたじろぐ。アクアもめぐみんと同じように俺を諦めていないらしいが、めぐみんのように毎日接触してくる事はない。その代わり、里に建てたアクシズ教会を拠点として何やら熱心に活動しているらしい。

 アクシズ教会の隣に建てられたエリス教会との信徒同士の抗争は里の風物詩にもなっており、両方の信徒は里の住人からおもちゃ扱いを受けているが、コイツとエリス様はいつの間にか里の住人全員と仲良くなり、頼られる存在や一種のアイドル的存在として受け入れられている。流石の女神と言った所であろうか。

 

「しかし、ゆんゆんも余計なお世話をしてくれるぜ。せっかく久しぶりの一人を満喫してたのに……」

 

「まぁ、単に女を連れ込まないかちょっと心配なだけらしいわ。ゆんゆんのためにも諦めなさい!」

 

「ええ……あいつはお前なら連れ込んでオッケーって事かよ……」

 

「バカねカズマ。私はゆんゆんに信頼されてるし、私もそれを裏切るのは今後に影響すると理解してる。だから私からアクションを起こすつもりはないわ。アンタから求めてくるなら私も見て見ぬふりするけどね!」

 

「そんな事しねーよ」

 

「そう、なら大人しく私にお世話されなさい!」

 

 そう答えるアクアは少し寂しそうに笑っていた。なんだか可哀相な気もするが、俺も割り切る事にする。そんな時、アクアはそっぽを向いている俺の胸元に飛び込んでギュっと抱きしめてきた。突然の行動に驚くが、抱き着きながらスンスンと鼻を鳴らすアクアを見ると怒る気も失せる。

 

「んっ……めぐみんとあるえの匂いが強いわ……変な事してないでしょうね……?」

 

「なっ……! し、してねーですぜアクアさん! 本当に!」

 

「ふーん……確かにえっちぃ匂いはないわね。メモメモっと……」

 

「マジでゆんゆんの差金だな。浮気調査とか勘弁してくれ!」

 

「大丈夫、これは私の趣味よ。ほら、私が浄化してあげるわ」

 

 俺の体にグリグリと体を押し付けてくるアクアを見て、俺はやっぱりゆんゆんはおかしな選択をしたもんだと溜息を吐く。それに、アクアにも悪い気がする。今じゃゆんゆんの夫となった俺の世話をするなんて、彼女としてはどういう心境なのであろうか。めぐみん含めて謎である。

 そして半刻ほどたってやっとアクアが離れ、彼女は俺が散らかしていた酒瓶や食器を片付け始めた。俺はソファーで寝るなと蹴り出されたため、大人しく寝室へ向かう。しかし、ゆんゆんのいないダブルベッドはなんだか物寂しくて中々寝付けない。俺はこっそり部屋を抜け出して庭に行き、そこにあるベンチに腰を下ろした。真っ暗な庭をしばらく眺める。そうしていると、口寂しくなって自然と手がポケットに伸びていた。さっと取り出したのは今日買った安物の煙草である。ライターで火を灯して俺はしばらくぼけーっとした時間を過ごした。

 

「ふっ……夜風が染みるぜ……」

 

「そんなギザなポーズを取ってもアンタには似合わないわよ」

 

「あん……? ああ、アクアか。別に良いじぇねぇか。こういうのは雰囲気重視で……」

 

「“クリエイト・ウォーター!”」

 

「のああああっ!? い、いきなり何すんだお前!」

 

「ちょっとアンタにはお仕置きが必要ね。夜中だし外で騒ぐのは近所迷惑になるわ。だから家に入って」

 

 体をびしょ濡れにされたのに、その態度はなんだと若干怒りが湧いてきたが、アクアの方を見てそんな気もなくなった。彼女は暗闇の中でも分かるくらいの怒りのオーラを発している。大人しく玄関に入り雰囲気的にその場で思わず正座をしてしまった。そんな俺をアクアが冷たい目で見下ろしてくる。こんなにも怒っているアクアは俺自身初めて見るかもしれない。

 

「ねぇカズマ、アンタは煙草やめたって言ったわよね。どうして吸ってるの?」

 

「いや、本当に昨日まで禁煙してたんだ。でも、ゆんゆんがいないからつい吸っちゃっていいかなーみたいな……」

 

「へぇ、アンタの意志はその程度なの。カズマが欲望に忠実なクソニートだってのは私もよく知ってるけど、ちょっと幻滅よ」

 

「すいません……」

 

 アクアの気迫に飲まれて俺は渾身の土下座をする。彼女は大きなため息をついた後に俺の頭撫でる。なんだか俺が下に見られているようで少しイラっとしたが、今回は俺が全面的に悪いので大人しくする事にした。決してちょっと気持ちいいなんて思っちゃいない。

 

「禁煙したのは誰のためかを思い出して。ゆんゆんと赤ちゃんのためでしょう? その決意を出産間際になって反故にするなんてだめよ」

 

「はい……」

 

「もうカズマも父親になるのよ。今までと同じではいけないの。ちゃんと父親としての自覚を持ちなさい」

 

「はい……」

 

 再びため息をつくアクアに連れられ、俺は寝室へと押し戻された。どうやら、さっさと寝ろという事らしい。そして、先ほどからそわそわしている俺の様子を見て、アクアはまたため息をついた。

 

「大丈夫、ゆんゆんには内緒にしてあげるわ」

 

「おおう! マジか! アイツ怒ると滅茶苦茶怖いんだよ! いや、本当に内緒にしてくださいアクア様!」

 

「こんな時だけ調子がいいんだから」

 

 苦笑するアクアを見て俺は安堵した。とりあえず、これで般若ゆんゆんを見ずに済みそうだ。その後、色んな意味で安心してすぐに眠りにつく事ができた。ちなみにアクアは自ら俺とは別の部屋にいって睡眠をとった。当り前の事と思うかもしれないが、押し入れの中からめぐみんが出てきたリ、ベッドの下にたまにクリスが潜伏してる我が家にとっては珍しい対応と言えるかもしれない。

 

 そして、怠惰と緊張がごちゃまぜになった日々が始まった。時期的にいつ子供が生まれてもおかしくない時期である。日中はゆんゆんと共に散歩をしたり二人で適度なスキンシップを楽しみ、夜中は陣痛の知らせが来ないだろうかというドキドキとした気持ちで眠りについた。その間、アクアは健気に朝食を作ってくれたり、いまいちよく分からないゆんゆんの植物や庭の管理をしてくれていた。

 アクアが家に来て二週間が経過した頃、俺も流石に彼女にこんな事をしてもらうのは悪いのではという思いが湧き始めた。ゆんゆんの家で夕食を頂いた帰り、ちょっと高めのお酒とつまみを買い込んで帰宅する。出迎えてくれたアクアに俺は酒が入った袋を渡して彼女を晩酌に誘ってみた。アクアはきょとんとした顔でそれを受け取った後、中身を覗いて満面の笑みに切り替わった。早く早くとグイグイ手を引っ張るアクアに俺は小さく苦笑した。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「おおっ、この酒はちょっと辛目だが枝豆とめっちゃ合うな」

 

「……………」

 

「ふむ、外部に売る時に紅魔の里の酒っていうブランドをつけるのも……」

 

「…………」

 

「アクア……?」

 

 俺は隣に腰かけているアクアに軽く呼びかけてみる。しかし、彼女は全く反応を示さない。先ほどからアクアはソファーの上で膝を抱えて酒の入ったグラスをじっと見つめる作業に没頭していた。軽く頭を小突いてやると、アクアは驚いたように体をビクりとさせた後、こちらをチラリと見てからグラスを見つめる作業に戻ってしまった。こういうアクアの姿を見るのも何だか久しぶりだ。

 

「何か悩み事でもあるのか?」

 

「別にアンタが気にするほどの事じゃないわよ」

 

「いいから話してみろ。思えばお前と二人でゆっくり話すのは久しぶりだしな。愚痴でも何でも聞いてやるぞ」

 

「愚痴……ね……」

 

 アクアが大きなため息をついた後、グラスを置いてこちらをじっと見つめてくる。俺はそんな彼女を、酒を舐めながら見つめ返した。そうするとアクアは諦めたようにまたため息をついてから語り始めた。

 

「カズマって私の望みって何か知ってる?」

 

「そりゃな。“あの時”に嫌と言うほど思いしらされたからな。あれだ、皆とずっと一緒にいたいって奴だろ?」

 

「正解よ。だとすれば、私が少し落ち込んでる理由も分かるでしょう」

 

「ほーん…まぁ分からなくもない。でも、どうにもできねぇな」

 

 俺はそう言ってから、グラスの酒を一気に飲み干した。アクアが何を言いたいかは何となく分かった。皆と一緒……ダクネスの存在がこの里にない事で寂しい思いをしているのかもしれない。そう考えると、少し可哀相に思えてくる。コイツは結構、いや、かなり仲間思いな奴なのだ。

 

「そんなにダクネスと会いたいなら今度俺の仕事についてこいよ。あいつの家は重要な取引先でな。今後も御贔屓にって思いも込めて、仕事終わりに毎回アイツと飲んだり、街に出て遊んだりしてるんだ。お前が来たらアイツも喜ぶぞ?」

 

「アンタってバカね」

 

「あーん? なんでバカにされなきゃいけないんだよ! やっぱ今の話はなしな!」

 

「別にいいわよ。というかそうしなさい」

 

 表情を一つ変えないで罵倒してきたアクアに俺は怒りを覚える。腹いせにアクアが少しかじって放置しているげそ焼きを食ってやった。彼女はそんな俺の行動に苦笑をすることで応えた。

 

「カズマはダクネスが里に移住しなかった理由を知ってる?」

 

「いや知らん。でもアイツは領地持ちの貴族だ。そうそう離れるわけにはいかないんだろう」

 

「残念。それだけではないわね。それにダクネスはアンタが引っ越しした当初はここに家を建てるかどうか悩んでだしょう? あの子も本当はここに住みたかったのよ」

 

「そんな事は知るか。俺にもここの生活が……事情ってのがあるんだ。それにアイツは仲間ってだけだ。ゆんゆんよりアイツを優先するわけにはいかない」

 

 俺は少し語気を強めて言い放った。結婚した身である俺にとって、この手の話は正直迷惑なのである。もちろん、めぐみんやダクネスが嫌いなわけではないし、本心では一緒に生活したいとも思っている。しかし、それは決して許されない事なのだ。

 

「そう言わないであげて。アンタの仕事の一番の取引先はダクネスでしょう? あれはカズマと会うための口実作りよ。きっと毎月アンタが来る日を楽しみに待っている。彼女にとっての幸せを私達は邪魔するわけにはいかないのよ」

 

「そりゃあ……まぁ……その事については薄々分かってたけどよ……」

 

「それなら結構。私は皆の……カズマとめぐみん、ダクネスの幸せを願ってるの。皆と一緒に過ごせない日々だからこそ心配になってくるのよ。まぁ、私の勘ではそのうちダクネスもこっちに来そうだけどね!」

 

 そう言って笑うアクアを俺は少し複雑な表情で見つめる。こいつにとっての“皆”にはゆんゆんは入っていないのだろうか。俺の思いを察したのか、アクアは慌てて「ゆんゆんもよ!」と言ったが、その行動からコイツが言外に何を思っている分かってしまった。それとも、本当にコイツがアホで忘れていたのかは現状では俺に判断できかねない。まぁ、深く考えないようにしておこう。

 

「おっと、そんな話は置いておいてだな。お前が落ち込んでる原因を教えろ。それだけが理由じゃないんだろ?」

 

「なんで分かるのよ……」

 

「何年一緒に過ごしたと思っているんだよ。ほら、聞いてやるから言ってみな」

 

「でも……あまりカズマには話したくない事で……」

 

 俺は放置されたグラスに酒を注ぎ、アクアに突き出す。少し困った顔をしたアクアは酒を受け取り、一気に飲み干した。そして、彼女はグラスを突き出し、俺はそこに酒を注ぐ。そんな作業を4,5回繰り返した後に、アクアはポツポツと語り出した。

 

「ダクネスが移住を諦めた理由はね、私とダクネスが“よそ者”だからなの。その事で苦労した事を最近思い返す事が多くてね……ちょっと気分が落ち込んじゃってるの……」

 

「はぁ? そんなの初耳だぞ? それに里の人を悪く言うのはあまり感心しないな」

 

「だから話したくなかったのよ。でも安心して? 別にいじめとか村八分とかそんな事は起こっていないわ。それに紅魔族の住人は皆とってもいい人だしね」

 

「なら、何が“よそ者”なんだよ」

 

「ごめんなさい。ちょっと言い方が悪かったわ。でも、簡単に説明するとね……」

 

 それからアクアが語った内容に俺は閉口する事になる。曰く、里の住人は俺とゆんゆん、めぐみんの関係に対してとても寛容らしい。めぐみんを第二夫人に迎えてしまえという意見や、さっさと子供作れだとか裏で言われている。同じようにあるえも一緒に孕ませてしまえという意見もあるのだとか。要するに、里の連中は俺達の関係を面白おかしく見守っているそうだ。

しかし、アクアやダクネスに対してはそうはいかない。まず初めに、“こいつは誰だ”、“何故ここにいるんだ”という視線を浴びてしまう。そして、俺との仲を疑う視線、俺がゆんゆん達を捨てて里からいなくなるのではという不安。そんな思いを里の人達から感じる事があったそうだ。

 

「いや、めぐみん関連は何となくは知ってたけど、お前とダクネスがそんな事に……里の奴らはそういう事はしないと思うがな」

 

「当り前よ。紅魔族の人達はそんな事を態度や口に出すような事はしないもの。むしろ好意的に接してくれるわ。でも、私みたいな女神やダクネスみたいに人の思いをくみ取ることが上手な子は分かっちゃう。だからダクネスは身を引いたのよ。まぁ、余所者云々より先に私達が結婚したアンタを“諦めてない”事の方が常識的に考えて異常よ」

 

 愚痴るような口調になったアクアは、枝豆を凄い勢いで食べ始めた。酒を飲みながらバカ食いする彼女に俺は少し安心感を覚える。やっぱり、こいつに暗い顔似合わない。

 

「あ、勘違いしないでねカズマ。里の人達は人間として当たり前の反応を示しているだけよ。よく知っている人なら安心できる事でも、まったく知らない人だと少し不安になる事ってあるじゃない。例えば私が魔剣の人と遊びに行くのは100歩譲って許せても、カズマが知らない男と私が飲みに行くって言ったら不安でしょう?」

 

「別に」

 

「なんでよーっ! そ、即答はひどいと思うの!」

 

「知るか」

 

 一言で切って捨てた俺の胸に、アクアが弱めのパンチを浴びせてくる。そんな彼女を見ながら、俺も少しだけコイツの言いたい事が分かる気がした。そんな事、ゆんゆんを嫁にしてから何度も思っている。アイツってちょろいから簡単に……いやなんでもない。

 

「ダクネスはそんなプレッシャーに負けて移住を諦めたけど私は違うわ。“よそ者”っていうレッテルを外すために里で困っている人がいたら積極的に助けたし、子供のお守りや遊び相手を引き受けたりしたわ。他にもちょっとした仕事のお手伝いから宴会における盛り上げ役や酌の相手……まぁ色々やったのよ」

 

「お前……」

 

「もちろん、その時にちょっとずつ私の思いを伝えたわ。なんだか私って子供や年配な方に人気あるみたいでね。色々とお世話になったり、カズマなんか寝盗っちゃえっていう応援の言葉もたくさん貰ってる。つまり、私は晴れて“よそ者”を脱出したってわけよ。まぁ、私の人徳ならぬ神徳は相当なものと自負してるわ。当然の結果ね!」

 

 悪い笑みを浮かべながらクスクス笑うアクアを俺は半眼で見つめる。アクアはアホでバカな駄女神だが、人と仲良くなる事と人に慕われる事についてはかなりの熟練者……いや天性の才か、それとも天然というべきか……いわばコミュ力チートだ。ゆんゆんが泣いて羨むほどのものをコイツは持っている。ゆんゆんが以前、アクアにお爺ちゃん盗られたと意味不明な事を言っていたが、つまりはそういう事なのだろう。

 

「それでね、族長が子供も生まれるし、家政婦でも雇ってみてはどうかって奥さんに相談してたってとある筋から聞いたの。それに私は真っ先に立候補したわ。族長の家で短期間だけどお手伝いさんの経験もあるし、もう里の人にすっかり信頼されちゃってる私はすんなりオッケーを貰ったわ。ゆんゆんは寝耳に水だったみたいで勝手に決めるなって親と大喧嘩してたけどね。とにかく、私はアンタとずっと一緒にいるための可能性にありつけたわけよ」

 

「親父さんも勝手にそんな事を……でも、それならお前が落ち込む要素はないんじゃないか?」

 

「そうでもないわ。こうやって願いが叶いそうになると今までの自分をつい思い返しちゃうの。私って里の人を騙してるんじゃないかって。それに私は尊き水の女神様よ。アンタと私のためとはいえ、私は何やってるんだろうって変な気持ちになる事が多いわ」

 

鼻をふんっと鳴らすアクアを俺はじっと見つめる。こいつは結構プライドの高い女だ。そのプライドを捨てて俺と一緒にいようとする理由は分かりはするが、正直理解できないものである。

 

「そして何より、私がゆんゆんを裏切っているんじゃないかって罪悪感が凄いの。あの子はね、私ならって家政婦の話にオッケー出しちゃったのよ? あの子は私の事を信頼してるし、友達だと思っているわ。実際アンタの愚痴だって私によく相談してるしね。そんな子に私は自分の欲を満たすために近づいたって考えると……」

 

「おう、女神失格だな」

 

「改めて言うのはやめてちょうだい! でも、事実だから……あう……」

 

 再び膝を抱えて丸くなったアクアを見ながら、俺はげそ焼きを齧り続けた。今までの話を聞いた上で、俺がコイツに助言してやれる事はない。本来ならコイツを遠ざけるのが夫としての責任であるが、俺は自他ともに認めるクズでヘタレなので何も言う事が出来ない。やっぱり、俺はどうしようもないダメ男だ。そんな俺をアクアはチラリと見てくる。そして囁くように話しかけてきた。

 

「カズマ、私は皆と一緒にいたいの。でもね、たまにめぐみんにもダクネスにも会わないでアンタと二人きりで生活を続けていたらどうなるかってつい考えちゃう。色々と大変だけど、割と充実した日々を過ごせる気がしない?」

 

「さあな」

 

「まぁ、こんなアホな妄想の最後には結局めぐみん達が出てきて私達の邪魔をしてくるの。あの子達って私の頭の中でも出しゃばってくるなんて相当よね」

 

「そうかもな」

 

「…………」

 

 気のない返事を返していると、アクアはいじけたようにまた膝を抱えた。俺はそんなアクアを放って酒を舐める作業に戻る。俺にはどうしようもできないし、するべきじゃない。だからこそ、無視する事にした。

 

 

 

「また皆と一緒に暮らしたいな……」

 

 

 

 気付けば、俺はテーブルにグラスを叩きつけていた。割れはしなかったが、つまみのミックスビーンが地面に散らばった。何というか、非常に酒がまずくなる雰囲気になってしまった。そのまま、しばらくピリピリとした時間を過ごしていると、アクアがソファーに座る俺の膝の上に腰かけてじっと顔を覗き込んできた。俺は胡乱気な目つきを彼女に返す。コイツは何がしたいのだろうか。

 

「どけ駄女神」

 

「そうはいかないわ。アンタ自分が何をしてるか気づいてないの?」

 

「なんだよ……」

 

 別に俺はイラっとする話を忘れるためにもう一本酒を開けただけだ。別にこれくらいは問題ない。この程度で俺は二日酔いにはならないのだ。だから、腹いせにちょっとムカツくアクアの顔に煙を吹き付けてやった。

 ケホケホと咳込む彼女を見て、俺は下卑た笑いを浮かべる。コイツを家から蹴り出す勇気がない俺にとってこのくらいの嫌がらせが精一杯の……お……おおっ……?

 

「俺っていつから煙草吸ってた?」

 

「まさか無意識で吸ってたの!? アンタが大人げない事した直後からよ。まったく、イライラして煙草に走るなんて呆れるわ」

 

「くっ……! こ、これは煙が出るお菓子でだな……!」

 

「流石にその言い訳は苦しすぎよ」

 

 冷たい視線で睨み付けるアクアは、俺から煙草を奪ってまだ酒が入っているグラスに放り込む。楽しみを二つともダメにされて落ち込んでいると、彼女はため息をついてから俺の頬をぺちぺち叩いてきた。

 

「アンタって本当にダメね」

 

「そっすね……」

 

「あら、自覚あるの。でも、もう完璧にニコチン中毒ね。治せない事はないけど。アンタのためにならないし……」

 

 膝の上でぶつぶつ呟きだしたアクアを放置し、俺はポケットから安物の煙草を取り出す。ちょっと前にこれと同じ銘柄の煙草と秘蔵の葉巻をアクアに没収されたばかりだ。そこで改心して辞めるつもりであったのに、どうやら酒とつまみを買った時に無意識に購入していたらしい。俺って奴は本当に……

 

「まったく、もういいわよ。処置なしね。もうアンタの好きにしなさい。間接的には私たちが原因で煙草の味を覚えちゃったわけだし……」

 

「おおっ、マジか! って違う! 俺は煙草なんて辞めるぞ! うん……辞めます……!」

 

「そんなに必死になってももう遅いわよ。まぁ、ちょっと口をあーんしてみなさい。カズマの汚れ具合を見てあげる」

 

 急に妙な事を言い出したアクアに従い、俺は口を開ける。喫煙を再開してまだ二週間ほどだ。流石にまだヤニが染みつくような事は……そういえば最近鏡を見てねぇな……

 

「うわっ、歯が若干黄ばんでるわよ。それに息がちょっと臭い! アンタ最低よ!」

 

「ぐっ……!」

 

「まったく……私が浄化してあげるから大人しくしてなさい」

 

 そう言ったアクアに俺はコクコクと頷く。そうすると、彼女は突然俺の事をぎゅうっと抱きしめてきた。そして、半開きになっている俺の口に柔らかな唇を押し付けてくる。俺はたいした抵抗も出来ないまま口内に侵入され、そのまま蹂躙される。

 振り払おうと思いはしたが、抱き着くアクアを無下に出来ない俺のヘタレ具合と、まさに浄化とも言うべき柔らかくとろけるようなキスに対する満足感が合わさってしばらく彼女のされるがままになっていた。

 

「んっ……ちゅ……はむっ……・じゅるっ……!」

 

 優しく口内を舐るアクアの舌は俺の歯茎をなぞるように蠢き、時節ジュルジュルと唾液を吸引する。浄化であるらしいので決して舌を絡ませる事はなかったが、焦れた俺が絡めとると彼女もそれを受け入れた。

 そして、俺の理性が色々と限界になってきた頃にアクアは勢いよく吸い付いてからゆっくりと唇を離す。荒い息をついて呼吸を整えるアクアと、やっちまった感でいっぱいになる俺との間に少しの沈黙が降りた。

 

「んっ……カズマ、別に煙草をいくら吸っても構わないわよ。でもね、吸ったら私の“浄化”を絶対に受けてもらう。それが嫌なら頑張って禁煙しなさい」

 

「お前なぁ……」

 

「文句なら受け付けないわよ。それにちょっと脂っぽいものを食べたくなったわ。今から追加で作るからカズマはもっとお酒を持って来なさい。アンタがお高い酒を隠してるのは知っているんだからね」

 

 そう言ってキッチンに引っ込むアクアを俺は無言で見送った。なんだか妙にスースーする口を確認するために、ゆんゆんがよく使う手鏡を棚から引っ張り出す。鏡には案の定、以前に増して真っ白な歯がそこにあった。おまけに歯石も全部取れている。なるほど……なるほど……

 

「なぁ、アクア。なんでお前はそこまでして俺と一緒にいようとするんだ?」

 

「アンタは私が傍にいてあげないとダメだからよ。カズマには私が必要なの」

 

 アクアはチラリと振り返りながらそう答えた。俺はというと、なんだかもうどうでもよくなってきたのでソファーに深く体を預けて心身を休める。そして、キッチンで揺れる青髪を眺めながら、俺は煙草もう一本口に咥えた。

 

 

 

「浄化なら仕方ねぇな」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう! アイツ本当に大丈夫なのか……!? エ、エリス様に救援要請を……」

 

「落ち着くんだカズマ君。私達に出来る事は母子共の無事を祈るだけだ。私は家族だけでなく里の住人のお産にもよく立ち会うからね。私の落ち着きっぷりを見習いなさい」

 

「うっ……分かりましたお義父さん……」

 

「ふっ、私程度の熟練者になると全く動揺しなくなるものさ。ほら、煙草を吸う余裕すらある。君もいるかね?」

 

「あっ……一本貰います……」

 

「素直でよろしい! その代わりと言ってはなんだが、君が前にくれた葉巻を仕入れて欲しいんだが……」

 

それからは、親父さんと落ち着いて雑談する。確かに俺が慌ててもしょうがないしな。そんな風に気ままに過ごしていると、隣にいた親父さんが突然何者かに蹴り飛ばされた。下手人の正体を見ると、笑顔を張りつかせたお義母さんである。慌ててブツを後ろ手に隠すが、何者かに肩を叩かれて観念したように振り返る。もしかしなくてもアクアであった。

 

「カズマ、これから赤ちゃんと会うって時にいい度胸ね。流石に死んだ方がいいんじゃないかしら?」

 

「ぐっ……これは……お……お義父さんが無理やりにだな……」

 

「ああっ!? 裏切るのかいカズマ君! くそっ! 君なんか……あだっ!? やめっ……やめるんだ母さん……ほぐっ!? ばわっ!」

 

 背後から男の悲鳴と暴力の音が聞こえてくる。しかし、そんな事はどうでもいい。今は目の前の危険物を排除しなければならない。

 

「アクア、ここでの浄化は勘弁願いたいというか……」

 

「アンタは何を言ってるの? 大人しくしてなさい。適切な処置をしてあげるから」

 

「おいアクア、その右手に宿る凶悪な光はなんだ……?」

 

「…………」

 

 異常な輝きを放つ光に恐れをなし、俺はすぐさま土下座をする。しかし許される事はなかったらしい。彼女はその謎の光球を俺に向かって射出した。その瞬間、微かな産声が耳に届く。俺の中に深い安堵が広がる。ああ、よかった。これで安心して逝ける……

 

 

「浄化してあげるわ! 神技“エーテルストライク!”」

 

 

 

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 俺はバキバキに緊張しながら件の部屋の扉を軽くノックする。数秒後、入室を許す声を聞いてゆっくりと扉を開けた。部屋の中にある質素なベッドで上には半身を起こしているゆんゆんの姿がある。そして、彼女の腕の中には生まれたばかりの小さな命が抱かれていた。

 

「カズマさん、何であなたはボコボコのビショ濡れになっているんですか? まぁ。いいでしょう。ほら、早くこっちに来てください」

 

「お、おう……! 姿の方は気にすんな! ちょっと身を清めてただけだよ」

 

 苦しすぎる言い訳にゆんゆんは苦笑を漏らす。しかし、深く追求する気はないようだ。それならばと、俺は彼女にそっと近づいた。

 

「とっても元気な女の子です。撫でてあげてください」

 

「ああ、分かったよ」

 

 お互いにクスクス笑いながらも、俺はゆんゆんの腕の中で眠る赤ちゃんに手を伸ばす。改めてこの子の親になったのかと実感しつつ、不思議な興奮と緊張を持ちながら優しく頬を撫でてやる。これといった反応は見せないが、何だかとてつもない喜びが沸き上がってきた。

 

「名前は……女の子なのであっちですね……」

 

「ああ、この子は“さより”だ。なんだよ、まだ不満があるのか?」

 

「いいえ、私も色々と思い直したんです。その時にいい名前だなって気づきましたから……」

 

「本当か? それなら俺も嬉しいぞ!」

 

「もう、本当ですよ!」

 

 そう言って笑うゆんゆんを見て少し安心した。実は妊娠が分かってから子供の名前を事前に決める事にした時、俺とゆんゆんのご両親は紅魔族的名前をつける事に賛成だったのに対し、ゆんゆんは普通の名前をつける事を主張。

これが原因で半端ない大喧嘩をした。身重の身で家出された時は里中がパニックになったものだ。

 ちなみに、ゆんゆんの両親が提案した“まるぼろ”と“ぴあにっしも”は俺が却下した。最終的に、プチ家出から帰ったゆんゆんと話し合って俺の故郷……和名っぽい名前にする事にしたのだ。そもそも俺が両親派に回ったのも和名が紅魔族的センスによれば合格点を得るものと知っていたからである。

 

「あ、そのあたりしてください。赤ちゃんの肌ってとても弱いんです」

 

「すまんな! こう、何というか可愛くてたまらないんだよ!」

 

「あなたの気持ちはすっごく分かります!」

 

 テンション高めなゆんゆんは、さよりを優しく抱きしめる。そして、俺は我が子をゆっくり確認する事にした。まだ生まれたばかりなので、これといった特徴は分からないが、紅目である事は確認できた。彼女も紅魔族として生を受ける事ができたようだ。

 

「おっ、ナンバーもきっちりあるな……」

 

「ええ、紅魔族は血が強いと言われているのですよ。でも……」

 

「ああ、まさかゆんゆんと同じ場所にあるとはな。さよりも将来は魔性の女になるぞ!」

 

「も、もう変な事言わないでください! ここにあると色々大変なんですからね!」

 

 血が強いというのは、恐らく遺伝的な優劣の事だろう。自分が劣勢というのは少しムッとしないでもないが、女の子ならゆんゆんに似てくれるなら安心だ。

 俺はぷんぷん怒るゆんゆんをいなしながら自然と微笑む。色々とあったけど、ゆんゆんと眠る我が子を見ていると全てが報われた気がする。俺はこの光景を見るために今ままで生きてきたのかとすら思い始めた。

 

「あの……その……カズマさん……私も……」

 

「ん? 撫でろって事か? お前も分かりやすい奴だな」

 

 何やらそわそわしているゆんゆんの頭を少し強めに撫でる。ゆんゆんは俺の愛撫をにへらっとした、だらしのない笑顔で受け止め、俺はそんな彼女を見て撫でる力を更に強めた。

 

「ふふっ、これからも私とさよりをよろしくお願いしますね“お父さん”!」

 

「もちろん、こちらこそよろしく頼む。とにかく、お前はよく頑張った。今日は安静にな“お母さん”」

 

 若干恥ずかしいやり取りをしながらも、俺達は笑い合った。そして数十分後、我慢を爆発させたご両親とめぐみん及び里の住人が部屋になだれ込んできた。まぁ、適度な接触なら問題とその場を離れて俺も客室の方へ移動する。今日は一応ここで泊まらせてもらう事にしたのだ。

 その後、ちょくちょくとゆんゆんとさよりの様子を見に行って今後の予定を相談し、明日からゆんゆんは早くも家に戻る事になった。まぁ、俺的にも少し寂しかったので大歓迎だ。そんな嬉しさと期待感、緊張と不安をを持ちつつも俺はゆっくりと眠りについた。

 

 

 翌日、我が家にゆんゆんがさよりを伴って帰還する。前もってベビーベッドなどの必需品は運び込んでいるため、彼女達を迎える準備もばっちりだ。

 

「ゆんゆん、お前体調は本当に大丈夫か?」

 

「もちろんです! アクアさんとエリス様に無理やり回復魔法を嫌と言う程浴びせられたので元気いっぱいですよ!」

 

「そうかい。なら……お帰りゆんゆん」

 

「はい! ただいまカズマさん!」

 

 意気揚々と家に入る俺達には、“さより”という新たな家族がいる。色々と大変な事はあるだろうけど、もっと幸せになれる。そんな予感がした。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 色々と大変な事はあるだろうけど、もっと幸せになれる。確かにそうだ。今も幸せだし、もっと幸せになれる予感はもうビンビンだ!

 

 

でも……!

 

 

 

 

『うびゃああああああっ!』

 

「お、落ち着けさより! おっぱいか!?  おむつか!? 怖い夢でも見たか!?」

 

『うえええええええっ!』

 

「お父さんが悪かった! そりゃ、聞いてもわかんねぇよな! 毛玉、ゆんゆん呼んで来い!」

 

「ガウッ!」

 

 隣で俺と同じようにオロオロしていた毛玉がすっとんでいく。そして、家中にゆんゆんの悲鳴が響き渡った後、バスタオルを毛玉に引っ張られながらほぼ裸で水浸しなゆんゆんが居間に現れた。そういえば入浴中だったな……

 

「な、なんですかカズマさん! 一体何が……」

 

「いや、さよりが突然泣き出してな。原因分かるか!?」

 

「えと……おっぱいでしょうか……?」

 

俺からさよりを預かったゆんゆんが授乳を始める。そうすると、泣き叫んでいたさよりが静かになった。その事に安堵して、俺も腰を下ろす。これでやっと一息つけそうだ。

 

「ゆんゆん、子育てって大変だな……」

 

「ええ、覚悟はしてましたけど思った以上ですね」

 

「もう今月も仕事なしでいいかな……」

 

「ダメです。ニート更生って裏の使命もあるんです。これ以上休ませたらまたぶっころりーみたいな廃棄物が生まれてしまいますよ」

 

「かーっ! 体裁と道楽で始めたのになんでこんな事に……」

 

 俺は背中から倒れ込む。そういえば最近納期が近いとあるえから仕事再開の催促を受けていた。こんな事なら商人以外の自営業にしとけばよかったかもしれない。気が付いたら族長に変な役割押し付けられてるし……

 

『うえええええええっ!』

 

「あわわっ! どうしたのさより!? おっぱい足りない!? おむつ!? お風呂!?」

 

「おおお、落ち着けゆんゆん! こういう時は……!」

 

 

 

 

 それから一週間後の深夜、俺達は憔悴しきっていた。この期間で分かった事は子育てというのは、そりゃあもう大変なのであるという事だ。赤ちゃんは泣くか、寝るかのほぼ二択だ。当然、赤ちゃんには昼も夜もない。だから、俺達は慢性的な睡眠不足に悩まされていた。

 

「おい……また泣き出したぞ……? さっきお前が寝かしつけたんじゃなかったのか……?」

 

「私のせいにしないでくださいよ。もう一度私が……あうっ!?」

 

「おおう!? 大丈夫かよ!? 何もない所でこけんなよ!」

 

「し、仕方ないじゃないですか! 私も睡眠不足で……ふみゅっ!?」

 

「このバカ!」

 

 俺は頭からすっ転んだゆんゆんを慌てて抱き起す。それから、フラフラなゆんゆんを連れてさよりの元に向かった。愛すべき我が子は深夜だというのに、滅茶苦茶元気に泣いていた。喜ばしい事かもしれないが、こっちはもうクタクタである。

 

「さより~泣き止んでくれ~」

 

「そうよさより。お母さん達もう眠くて……んっ……」

 

「寝るなバカ!」

 

「あいひゃっ!?」

 

 それから、さよりと俺達の攻防戦が始まった。結局、彼女が眠りについたのは朝方になっての事だ。その間、ほぼ寝ずに奮闘していた俺達はベビーベッドの近くでぶっ倒れていた。今日もなんとか勝利出来たが、こう毎日となると正直キツイものがある。

 

「なぁ、睡眠魔法はダメなのか……?」

 

「ダメです! 紅魔族の赤ちゃんは魔力制御が上手くできないんです! 私たちが見守っていられる日中はちょっとくらいはいいですけど、下手したら目を離したスキにボンッってなっちゃうかもしれないんです。魔力安定の産着だけでは完全とは言えないので見守りと泣く事で魔力の発散を……」

 

 要するに無理だという事だろう。こうなってくると、少しだけ不満に思っていた事がふつふつと湧き出てくた。ああ、ダメだ。自分で分かるほどイライラしている。

 

「なぁ、ゆんゆん。なんでお義母さんの援助を断ったんだよ。おかげで滅茶苦茶大変じゃねーか……」

 

「それは……その……! そうしないとあの人が派遣されて……!」

 

何やらもにょもにょしているゆんゆんにイラっとした時、再びさよりが泣き出した。ああっ、赤ちゃんの眠りは浅いんだったな……

 

「多分朝飯だろう。おっぱいを……」

 

「さっき栄養補給とか言ってカズマさんが……」

 

「すんませんでした! 粉ミルク準備してきます!」

 

 慌ててキッチンに引っ込んだ俺は粉ミルクを探す。しかし、買っておいた奴がない。その時、今日の昼の事を思い出す。そういえば毛玉がイタズラして粉ミルクをダメにしたのだった。それなのに、新しく買ってくるのを忘れていた。ゆんゆんがアホみたいに母乳が出るから俺自身、慢心していたのだろう。

 

「ゆ、ゆんゆん! 揉んでやるから母乳出せ!」

 

「そんな事言われても在庫は全部カズマさんが……んっ……ひゃっ!?」

 

「おらおらおらおらっ!」

 

「あう……!」

 

 俺はゆんゆんに搾乳マッサージをするが、全く持って出てこない。普段は垂れ流しに近い状況なのにこんな時に限ってこのおっぱいは!

 何だか理不尽な怒りが湧いてきて、ゆんゆんの胸を揉みながら俺は思った。頼むから誰か助けてくださいと。

 

 

 

 そんな時、玄関の扉がズパーンと勢いよく開け放たれた。そこから現れたのは、ドヤっとした表情を浮かべたアクアだ。しかも、黒のワンピースのエプロンドレスという日本人にとってはある意味馴染み深いメイド服を着用していた。そういえば、家政婦がどうたらとか言っていたな……

 

「ふふんっ! そろそろ子育てに疲れてくる頃だと思ったわ! 安心しなさい! 族長の要請を受けて派遣されたこのアクア様は全てにおいて完璧な頼れる女神様よ! 大人しくお世話されなさい!」

 

「アクア……いや……今はどうでもいい。手を貸してくれるならありがたい!」

 

「くっ、お父さんもお母さんも……!」

 

 俺はぶつぶつ言っているゆんゆんに毛布をかけ、ズカズカと家に入ってきたアクアと共にさよりの様子を見る。すると、彼女はふむふむと頷いててゆんゆんに向き直った。

 

「さよりちゃんお腹が空いてるみたいよ? おっぱいあげれば解決ね」

 

「やっぱりですか。でも、今は母乳が出なくて……」

 

「そうなの? 噂ではすっごい出るって話だったけど」

 

「噂になってるんですか!? と、とにかく今は出ないんです!」

 

そう言ったゆんゆんから俺は目を逸らした。そして、心の中でさよりに懺悔する。すいません許してくださいと……

 

「まったく、しょうがないわねぇ。それなら私がおっぱいあげましょうか」

 

「おい、子供産んでないのに出るわけないだろ」

 

「バカねカズマ! 女神っていう存在自体がいわば母性の象徴なの! 出そうと思えば母乳くらい出るわよ!」

 

「マジか!? 女神って最早なんでもありだな!」

 

 驚く俺の前で、アクアは大胆にも胸をはだけさせる。そして、形のいいピンク色の乳首にさよりの口をあてがうと、さよりがゴキュゴキュと物凄い勢いで吸い始めた。ほほう……

 

「んひっ……!? さ、流石はカズマの子ね……」

 

「おい変な事を言うなよ! しかしすげぇな! ゆんゆん、アイツの乳首はピンク色なのに母乳が……あたたたたたっ!?」

 

「カズマさんいい加減にしてください」

 

 何やらドスの効いた声でゆんゆんが俺の脇腹を抓ってきた。そして、ついでとばかりに毛玉も俺の足を齧ってきている。確かにデリカシーない事を言ったと即座に土下座をした。

 

「アクアさん、私もやっと復活しました。さよりを返してください」

 

「そう? なら、たっぷりとあげて。この子まだ欲しいみたいよ!」

 

仏頂面のゆんゆんが、笑顔のアクアからさよりを受け取る。そして、授乳を再開したのだが……

 

『ぺっ……』

 

「あっ……」

 

 さよりがゆんゆんのを吸い始めた途端、嫌そうな顔で口を離した。その光景を見てゆんゆんは真っ白になり、アクアは気まずそうに顔をを逸らした。一体どうしたというのだろうか?

 

「おう、さよりが吐いたぞ! もういらねえのか……?」

 

「これは……ごめん……さよりちゃんが女神の味覚えちゃったみたい……」

 

「そ、そんなに美味いのか!?」

 

「なんでカズマさんが興味津々なんですか! バカ! カズマさんとアクアさんのバカ!」

 

 それから泣き始めたゆんゆんを二人でなんとか慰める。アクアはというと、「こうなったらゆんゆんのお乳を女神級にするわよ!」とか言ってゆんゆんと共にキッチンへと引っ込んだ。今もキッチンではそんな二人が何か言い合っている喧騒が聞こえてくる。

 

「あんたねぇ、カズマに甘すぎなのよ! カズマの好みに合わせてたら油っこい食事ばかりになるわよ!?」

 

「でも……」

 

「でもじゃない! 母乳の味は普段の食生活で決まるのよ! だからこのバターはポイよ!」

 

「ああっ!? バ、バターって結構高いんですよ!?」

 

そんなギャーギャーとした声を聞きながら、俺は苦笑する。そして腕の中で眠っているさよりにそっと語り掛けた。

 

「はっはっは! お母さんが二人いるなんてさよりは贅沢だな!」

 

俺の言葉に、さよりは体をくねらせる事で応えた。その姿に思わず頬が緩む。確かに大変だけど、幸せな事には変わりない。それに、アクアが来たことで何とかなるような気がしてきたのだ。

 

 

 

「どしたのゆんゆん? 手が止まってるわよ?」

 

「なんでも……ええ……なんでもないです……」

 

 

 

ゆんゆんが向ける視線に俺は全く気が付かなかった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 それから二週間ほどの間にアクアが八面六臂の働きを見せた。おかげで俺達も大助かり、睡眠不足になる事もなくなった。今もさよりの事は少しアクアに任せてゆんゆんと二人でお茶を飲んでいた。しかし、肝心のゆんゆんの方はというと、なんだか元気がないように感じられた。

 

「どうしたゆんゆん? まだ寝不足が続いているのか?」

 

「別になんでもありません……」

 

「嘘つけバカ。いいから言ってみろ」

 

俺の言葉を受けて、ゆんゆんはプイっと顔を逸らす。少し拗ねている彼女の頭を撫でてやる。そうすると、チラチラと俺の方を見ながら彼女が囁いてきた。

 

「カズマさん。実は少しお話ししたい事があるんです」

 

「ああ、聞いてやる」

 

「じ、実はですね……アクアさんを……その……」

 

 

 

 

 

「カズマー! 曲者よ! 曲者が出たわ! 早く撃退するの手伝いなさいよ!」

 

「な、なんだよ急に……?」

 

「ゆんゆんも、はやくきてーはやくきてー!」

 

「ええっ!? 本当に何ですか!?」

 

 俺とゆんゆんの疑問に答える事無く、アクアはさよりの元へ引き返していく。慌てて俺達も後を追うと、何とも言葉にしがたい光景が飛び込んできた。

 ベビーベットの近くには、毛玉に首筋を噛まれて泣き叫びながら床にのたうち回るクリスと、そんなクリスを無視してさよりに手を伸ばすめぐみんの姿があった。

 

「観念しなさい曲者! そこまでよ!」

 

「くっ! 高級あんみつで誘き出したのにもうバレてしまいましたか……!」

 

「バカねめぐみん! 私が食べ物なんかに釣られるわけないでしょう!?」

 

「アクアさん、口元にあんこがくっついてますよ……」

 

「!?」

 

 ゆんゆんの指摘にアクアが慌てて口元をゴシゴシ拭く。その仕草で釣られた事は確定だが、今はめぐみん達の事だ。別に普段通りなら問題ないのだが、めぐみんは何故か露出の多い盗賊っぽい衣装を着こんでいた。何というか非常に怪しい。

 

「めぐみん、何やってるの……?

 

「うっ……!? ゆ、ゆんゆん落ち着くのです! 誘拐しようなんて、ちっとも思っていませんよ!」

 

「めぐみん、素直に話したら許す事を考えてあげます」

 

「ひっ!? 実は今から王都に行こうと思ってましてね! その……下っ端に“私”の子供を見せて心をへし折ってやろうかと……!」

 

「“ライトニング!”」

 

「あびゃびゃびゃびゃあああああああっ!?」

 

 何やら女の子が上げてはいけないような声でのたうち回るめぐみんに、ゆんゆんが杖による更なる追加攻撃を開始した。俺とアクアはそんな姿を見て溜息を吐く。流石に今回は少し冗談ではすまないぞ……

 

「わあああああっ! た、たすけて助手君! ちぎれちゃう! ちぎれちゃダメな所がちぎれちゃうぅっ!」

 

「はぁ、しょうがないッスねお頭……ほらっ……」

 

「ひゃうんっ!? なんでお尻撫でるのさ!? ちょっと本当に……ん……ひゃ……!」

 

「ガルルルッ!」

 

「ちょっとじゃりめちゃん!? そろそろ洒落にならない事に……待って……それ以上強くしたら……いびゅっ!?」

 

 

「アクアー!? クリスが大変なことになった! 早く回復魔法をかけろ! いやこの場合は蘇生か!?」

 

「アンタ達、目を離したスキに何やってるの!? うわっ……ヒール! ヒール!」

 

 

 

 こうして騒がしい毎日であるが、何とか過ごせている。はっきり言って楽しい毎日かもしれない。当初はドジっ娘メイド枠になりそうなアクアであったが、どういうわけか家事は完璧にこなしていた。これが彼女なりの努力の結果ということだろうか。

 その後も、アクアが考案した「水をグルグルーっとやってシュバッ!」で洗濯がアホみたいに楽になったり、食事改善でゆんゆんの母乳が女神級になり、“色々”と助かった。

 

そして、何より楽になったのが……

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「んっ……また夜泣きか……さっきゆんゆんが寝かしつけたはずなのにな……」

 

「ごめんなさい……」

 

「いや、謝るなよ。まぁ、アクアがいるから大丈夫だろう」

 

「っ……!」

 

 一瞬、ゆんゆんの顔が歪んだ気がするが、俺は寝ぼけているのだろうと目を擦る。そうこうしているうちに、寝室にアクアが現れた。その事に安堵して、俺はベッドに寝転ぶ。今日は面倒な仕事を片付けたので疲れているのだ。

 

「まったく、さよりちゃんってよく泣くわね! 何々……怖い夢を見た? なら、しょうがないわね! 私がいるからもう安心よ!」

 

 そんなアクアの明るい声が聞こえた後、彼女は子守歌を美しい声で歌い始めた。途端にさよりは泣き止み、俺まで半端ない安心感と眠気に襲われた。ふと、横を見てみると、ゆんゆんがそんなアクアの様子を無表情でじっと見つめていた。

 

「ゆんゆん、お前も寝ろ。もうこれはアクアに任せてしまおうぜ……」

 

「…………」

 

「ゆんゆん?」

 

 

 

 その後の事はよく覚えていない。でも、俺が眠りにつくまでの間、ゆんゆんはアクアとさよりの事をずっと見つめ続けていた。

 

 

 

 それから、一週間後。俺とゆんゆんは忙しい一日を送っていた。アクアは今日は非番……というか住み込みでメイド仕事をやっているのだが、最近ダクネスの様子が気になると言っていた彼女を、休みも兼ねてアクセルに送り届けてきたのだ。

 

 特に何も考えないで暇を出したのだが、久しぶりのアクアなしの子育ては色々と大変だった。加えて、最近少し機嫌の悪いゆんゆんに余計な事を言ってしまって何度か喧嘩になってしまう。とは言っても、初期に比べたら俺達も少し子育てに慣れてきていたため、特に大きな問題が起こる事もなくその日は終わった。

 

 

 

『ふ……あぅ……ううううううううううっ!』

 

 

 しかし、こればっかりは慣れるものではない。さよりの声で深夜に起きた俺とゆんゆんはのっそりとベビーベッドに移動する。本当に良く泣く子だと俺達はため息をついた。

 

「どしたさより~怖い夢みたか~」

 

「おむつ……は違いますし……うーん……おっぱいじゃないみたいですし……」

 

 それから、静かになったり、急にぐずったりするさよりに翻弄されながら夜は更けていく。若干イラッとするし、大変なのだが。さよりの顔を見ているとそんな思いもなくなっていく。しかし、大変である事には変わりない。そして、眠気も混じっていたからだろうか、俺はつい余計な一言を言ってしまった。

 

 

「アクアなら簡単に寝かしつけられるんだけどな……」

 

「っ……!」

 

 言ってから、俺は思わず手で口を塞ぐ。しかし、もう遅い。チラリと隣を見ると、ゆんゆんが無表情で俺を睨んでいた。ああ、やっちまった……

 

「カズマさんはそんなにアクアさんがいいんですか?」

 

「ち、違うっての! これは子育て的な意味で……!」

 

「違わないでしょう?」

 

 ゆんゆんの静かな一言に、俺の身も心も凍り付いた。そして何とか許してもらおうと頭を下げた時、寝室の扉が開け放たれる。そこにはメイド姿ではなく、いつもの羽衣と青を基調とした服を着たアクアがいた。

 

「まったく、やっぱり帰って来て正解だったわね。さよりちゃんって夜泣きっ子だからねぇ……」

 

「アクアさん……」

 

「ま、貸してみなさいな」

 

「あっ……」

 

 アクアは泣いているさよりをゆんゆんから少し強引に受け取ると、そっと頬を撫でた。そうすると、途端に泣き止んですーすーと寝息を立て始める。彼女はそんなさよりをベッドに優しく置いてから、俺達の方へ振り返ってジロリと睨んできた。

 

「アンタ達ね、子供って特に感受性が高いのよ? 親がイライラしているようじゃ、さよりちゃんも安心して眠れないでしょう?」

 

「それは……すまん……」

 

「…………」

 

「まぁ、いいわ。アンタ達も寝なさいな」

 

 呆れたように言うアクアに俺は素直に引き下がる。イライラしていたのは確かだ。そこは素直に反省する所だと項垂れていた時、突然小さな悲鳴が上がる。

 何事かと慌てて顔を上げると、アクアが壁に叩き付けられて崩れ落ちる姿が見えた。そして、いつの間にか立ち上がっていたゆんゆんは、はぁはぁという大きな息遣いと共に背を揺らしていた。

 

「いっ……痛いじゃない……突然何よ……?」

 

「お、おいゆんゆん急にどうしたんだ? 何が……」

 

「そうよ……一体……ひゃっ……!?」

 

 俺が慌てて抱き起したアクアを、ゆんゆんが再度突き飛ばす。流石にやりずぎだと怒ろうと彼女の方へ振り返ったのだが、そこに浮かぶ表情を見て俺は何も言えなくなった。

 そして、動けない俺を放置してゆんゆんは床に転がるアクアに詰め寄って大声で……いや涙声で言い放った。

 

「今すぐ出て行ってください!」

 

「えっ……?」

 

「出ていけって言ってるんです!」

 

「あぅ……!」

 

 またも突き飛ばされるアクアを俺は見守る事しかできなかった。助けを求めるような視線を俺に送ってくるアクアだが、何もする事はできない。これは全面的に俺が悪い。そして、アクアにも少しだけその咎があるのだ。

 

「な、なんで……? ゆんゆん……私何か悪い事した……?」

 

「いいえ、感謝すらしています。でも出て行ってください」

 

「だから……なんで……あぅ……!?」

 

 とうとう部屋から蹴り出されたアクアの胸倉をゆんゆんは引っ掴む。そして、壁に押し付けるようにしながら叫んだ。

 

「さよりは私の子供なんです……! カズマさんは私の夫なんです……! 私の大切で大事な家族なんです……! 決してアクアさんのものじゃありません!」

 

「そんなの分かって……」

 

「いいえ、分かっていません! なんで当り前のように家族面しているんですか!? なんでさよりを私より上手くあやす事ができるんですか!? なんで、あなたがカズマさんに頼られているんですか!? なんで私達家族の家にずっといるんですか!? なんで……ねぇなんで!?」

 

「ひぅっ……!」

 

 萎縮しきったアクアが両目から涙を流し始める。そして、そんなアクアを見てゆんゆんも涙を溢れさせる。彼女はアクアから手を離すと、今度は縋り付きながら、懇願するように話しかけた。

 

「アクアさん出て行ってください……お願いです……お願いだから出て行ってください……! お願い……お願いお願いお願い……!」

 

「ひぐっ……うぅ……」

 

 

 

「私の居場所を……家族を奪わないでください……」

 

 

 

 その一言を言ってから、ゆんゆんはぐしぐしと膝を抱えて泣き始めた。俺はそんな彼女を抱き起し、ベッドに横たえる。その間に、アクアはフラフラとした足取りでこの場を去った。俺はどうしようもない怒りを自分に感じながらゆんゆんの頭を撫でる。そして謝った。

 

「今回の事は後で話そう。でも、今はアクアと話をつけてくる。少しだけ待っていてくれ」

 

「っ……!」

 

「ダメな夫ですまんな……」

 

 俺は部屋からそっと抜け出す。そして、数分後には玄関先で膝を抱えて泣いているアクアの姿を発見した。どうやら遠くには行っていなかったらしい。その事に少し安心した。

 

「なぁアクア、話があるんだ」

 

「何よ……」

 

「ゆんゆんの言葉を聞いたなら分かるだろう? お前には本当に感謝している。でもな、ゆんゆんが色々と限界なようだ。考えてみれば当たり前の話なんだよな……」

 

「分からないわよ……」

 

 顔を伏せるアクアに俺はため息をつく。嫌な役回りではあるが、仕方のない事だ。俺はアクアの前にしゃがみ込み、涙を拭ってやりながら静かに語りかけた。

 

 

「アクア、出て行ってくれないか?」

 

「っ……!?」

 

「ヒドイ事を言っているのは分かるさ。でもな、出て行けって言っても“今は”って事だ。だから……」

 

「カズマのばかああああああああああっ!」

 

「おおうっ!?」

 

 物凄い威力のビンタを喰らって俺は吹っ飛ぶ。しかし、怒りは湧いてこない。まぁ、当然いえば当然だろう。そして、アクアはというと涙で顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっていた。ああっ、鼻水まで出てる……

 

「かずまが……かずまが使用人扱いになるけど一緒にいさせてくれるって言ったんじゃない……! だから私は頑張って……いつかめぐみんもダクネスも一緒にって……!」

 

「話を聞け! ゆんゆんは産後で精神的に一番不安定な時期なんだよ。とりあえず、今は距離を置こうって話だ。あいつも本当にお前を嫌っているわけじゃないんだ。ただ、少し俺達の配慮が足りなかったというか……」

 

「変わってないじゃない! 出ていけって事じゃない!」

 

「はぁ……まぁそうなんだけどさ……」

 

 なんだか、説明する気力がなくなってくる。こいつはこいつで精神的に不安定……錯乱状態とも言えるかもしれない。もう少し落ち着いてくれれば俺達の過ちにも気付いてくれるはずだ。そのためにも、やっぱり一旦距離を置くべきだろう。

 

「アクア、頼むから一旦出て行ってくれ。それでゆんゆんが落ち着いた頃……半年後くらいに……」

 

「ばか……ばかばかばーか!」

 

「あーん……?」

 

「バカって言ってんのよ! このクソもやしヒキニート! 私がいないとポンポン死ぬカズマさんが私に出ていけですって!? ならいいわよ! 出て行ってやるわよ! アンタが土下座して、“アクア様帰って来てください!”って泣いて謝るまで絶対に……ぜぇったいに許してあげないんだからあああああああああああ――!」

 

 そんな捨て台詞を残してアクアは突然空から出現した光柱に飲まれて消えた。恐らく、天界に帰ったか、ダクネスの所へ行ったのだろう。そうであるならば、はっきり言って都合がいい。それに、アイツも落ち着けば分かってくれるはずだ。

 アクアを泣かせた事には半端ない罪悪感を覚えたが、最後に悪口を言っていたあたり、アイツは精神的にも余裕があるのだろう。だからもう……

 

 

「はっはっは……しーらねー!」

 

 

とりあえずアクアは後回しにする事にした。

 

 

 

 そして、俺はゆんゆんの元へ戻る。彼女はベッドの上でさよりを抱いて静かに涙を流していた。こいつも色々と面倒臭い嫁さんであるが、今回は俺が悪かった。それは間違いないだろう。

 

「ゆんゆん、アクアは出ていくってさ」

 

「そう……ですか……」

 

「まぁ、今回は俺が全面的に悪い。だからアクアの事は許してやってくれないか? アイツが85%程は善意で行動していたのは知っているだろう?」

 

「残りの15が気になりますが……そうでしょうね……本当に助かりましたから……」

 

 さよりを抱くゆんゆんの隣に座りそっと彼女を抱き寄せる。たいした抵抗もせず、素直になっている所から、彼女の熱もいくらか引いたのだろう。

 

「出て行ったといっても、アクアはいずれまた来るだろう。いつになるか分からないが、その時は受け入れてくれないか? 見栄張って無駄にデカイ家を建ててしまったのは本当だからな。人手が足りないってのは実感しているだろう?」

 

「はい……」

 

「まぁ、それは一先ず後回しだ。今はお前の事だ。もう一回じっくり話し合おう」

 

「…………」

 

 ポツポツと喋り始めたゆんゆんの話を、ひたすら聞き続ける。家での仕事をアクアに取られてイラ立った事、さよりの扱いをアクアの方が上手くやっていて悔しかった事、俺がアクアを頼りにしている姿を見て悲しかった事、日常的な会話でアクアと楽しそうに話していたり、アクアと俺にしか分からない事に関して話しているのを聞いて嫉妬した事……

 はっきり言って愚痴みたいなものを聞き続けた。ゆんゆんの思いを一言にしてしまえば単純に“嫉妬”であろう。ただ、ゆんゆんの立場からしたら、その思いと怒りは当然のものである。だから、思いっきり抱きしめた。そして謝りまくった。

 

「ゆんゆん、お前の気持ちはよく分かった。そうだとしたら、答えは一つだ。お前が俺やさよりを奪われたなんて思えないほど家族でイチャイチャするんだよ!」

 

「イチャイチャって……もう……」

 

「ああ、言い方が悪かった。家族の“絆”って奴を深めよう。それであの諦めの悪い奴らに見せつけてやろうぜ!」

 

「……!」

 

 俺の言葉に、ゆんゆんは徐々に笑顔を取り戻す。そして、気が付いたらくつくつした嫌な笑いを浮かべていた。そんなゆんゆんに俺は苦笑する。でも、この笑顔を見ていると何故か安心できる。何というか、この方がゆんゆんらしい。

 

「そうですね。つい弱気になってしまいましたが、さよりが私の子供でカズマさんが私の夫である事は変わりないんです! こうなったら、アクアさんやめぐみんが今度来ても、もう嫌って自分から逃げ出すほど私達の仲が良い所を見せつけてやりましょう!」

 

「やっと調子が戻って来たか……そうだな! やってやろうじゃねぇか!」

 

「はい! やってやりましょうカズマさん!」

 

 それから、俺達は夜通しで「女神も泣いて逃げる幸せ家族計画」について話し合った。その間、何度かさよりが夜泣きを開始したが、二人で何とか鎮める事に成功した。アクアの言っていた、“親の感情に影響される”というのは恐らく本当の事なのであろう。いつもより簡単に寝付いてくれた。そんな気がする・

 

「カズマさん、私とさよりにじゃりめ……“家族”皆で幸せになりましょうね!」

 

「ああ、この俺に任せな!」

 

 

 

 明るく笑い合いながら朝を迎える。そして仲良くぶっ倒れた。多分じゃない、絶対に大変だ。でも、幸せになる……いや、幸せにしてやる!

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「ふっ、下界の風は染みるわね」

 

 そんな事を言いながら、私は紅魔の里の近くの森に降臨する。そして背負っていたリュックサックの中身を確認し、忘れ物が無いことを確かめる。私こと“麗しき水の女神アクア”は半年前に惨めな逃走をしてしまった。

 当初は悔しくて悲しくて仕方なくて、天界の自室に引きこもっていた。そうしていれば、カズマが私を迎えに来てくれる。そんな気がしたのだ。しかし、二週間経っても彼は私の所へやってこない。気になった私は、ちょろっと彼の様子を覗いてみた。

 そこには、忙しそうに、大変そうにしながらも、家族三人と一匹で生活しているカズマ達の姿があった。しかも、胃もたれがして吐きそうになるほどイチャイチャというか……まぁ幸せそうに暮らしていた。それから私は再び引き籠ったのだが、その間にいくらか冷静になる事ができた。

 

 カズマは出ていけとは言ったが、正しくは“距離を置こう”と言ったのだ。そして、半年後くらいにまた来いと……

 あの時は意味が分からなかったが、冷静になったら少しだけ意味が分かった気がする。そして今までの自分を客観的に見る事が出来るようになって、ゆんゆんの思いが当然である事を理解した。

 

 私はカズマと一緒にいられる事、彼に頼られてる事、騒がしくも楽しい毎日に酔って若干ハイになっていたのだ。だから、少し出過ぎたマネをした気がする。

 良かれと思って行動した事であるが、ゆんゆんへの配慮が足りなかったと言わざるおえない。彼女にとって、私は友達である事は変わりないが、それ以上にカズマの元カノのような存在と認識しているのだろう。

 そんな奴が、我が物顔で家に居座り、子供と夫を手懐けているとなれば、母親にとってはたまったものではない。不安になって私を追い出そうとするのも当然だ。

 それに、産後のイライラや精神不安定、独占欲、母性の強化はあの時期に当然起こるものだ。メイドや子育ての勉強を必死でした時に覚えたはずなのに……やっぱり私は抜けているらしい。

 

 

しかし、私も諦めるわけにはいかない。

 

 

 あの男は私がいないとダメなのだ。そして、いつか実現させたい事……また“皆”で一緒に暮らすために、私は何としてもあの場所を確保する必要がある。そして、ちょろいゆんゆんを少しずつ思考誘導してもっと“寛容”になって貰わないと困るのだ。

 そのためにも、私は引き際を見極め、彼女を立ててあげよう。それはメイドとしても当然のことだ。ちょっと手遅れ感は否めないけど、頑張ってみようと思う。何より、私だって離れたくない。だから、私は再び行かなくてはならないのだ!

 

 もちろん手ぶらというわけではない。ゆんゆんにはカズマの日本での生活と成長が詰まったアルバムを、さよりちゃんには少し早いけど、私が選んだ数冊の絵本を、じゃりめちゃんには高級猫缶とマタタビをお土産に持ってきたのだ。

 カズマには、続きを読みたがっていた漫画本……に加えてとっておきのお土産がある。それはこの半年の間に身に着けた“お袋の味”だ。神の力を使って半ば強引にカズマの実家にホームステイした私は、彼のお母さんからたくさんの家庭料理を習ったのだ。付け焼刃かもしれないけど、きっと喜んでくれる気がする。

 

そして紅魔の里に到着して私は気合を入れる。今度こそ絶対に負けるわけにいかないのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに見たカズマの家は、跡形もなく焼け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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