次回から胸糞らしいですよ
私はカズマさんの事が好きだ。
そんな自分の秘めた思いを自覚したのは全てが手遅れになってからの事である。しかし、彼を気にかけていたのは私が最初だと自負している。
私の下着を盗った時、ダクネスを誑かした時は油断ならない相手として気にかけ、彼が死んでアクア先輩と関係のある人と知ってからは彼の事が心配で気にかけていた。
私はアクア先輩の事が苦手だし、大嫌いである。でも、同じくらい大好きで無視できない先輩女神だ。
カズマさんに対して私はアクア先輩と一緒で苦労しているだろうという同情と、同じくらい面倒臭いダクネスに振り回されてないかと心配をするようになったのだ。
気が付いたら、私はカズマさんが冒険をする時、仕事を放り出して彼らの冒険をハラハラドキドキ見守ったものだ。そして、カズマさんが不幸にも死んでしまった場合、彼が一番気にする仲間の心配と状況を即座に伝えて安心させてあげる。これが私にできる精一杯の事であり、ちょっとした楽しみでもあった。
そして、クリスの正体が私であるとバレてしまってからは、彼ともっと親密になった。私が神であると知りながらセクハラしてきたり、際どい発言をしてくる事には困ったが、当時はそれすらも楽しんでいた。
この辺りから私の気持ちも変化し始める。とは言っても、最初はただの知的好奇心、言い方を悪くすると出歯亀根性と言った所であろうか。カズマさんはこの時期、めぐみんさんやダクネスと関係を持ちそうになっていた。
堂々と二股宣言をするような外道であるが、色恋沙汰である事には変わりない。彼がダクネスに相応しい相手であるか確かめなきゃ! という思いから私は“監視”を始めた。
彼らが“営み”を始めるのではないかという期待と不安がごちゃまぜになった何とも形容しがたい心理状態に私はあったのだ。
そんな彼の状況を本人から聞くために、私は彼が一人でいる時を狙って食事や飲みに誘ったものだ。私にセクハラしてくる事も多かったが、それすらも楽しむようになった自分自身に少し呆れていた時期でもある。
そんな事をしているうちに、気が付けばこの世界に渦巻く問題のほとんどをカズマさん達が解決してしまった。これには本当に驚いた。自分が解決できなかった事を恥じ入る一方で、ずっと支援してきた彼らが名実共に英雄とも呼べる存在になった事をどこか誇らしく思った。
そして、平穏な世界……言い方を変えれば、暇な世界になって仕事が激減した私はよりいっそう“監視”に熱中した。しかし、マンネリ化とも言える現状に私はヤキモキしていた。
基本的に、カズマさんはヘタレである。そして、めぐみんとダクネスも同じくらいの超絶ヘタレだ。今度こそ最後までヤるのかと期待して見ていたら有耶無耶で終わり、ついにヤッってしまう直前まで行った時は必ず邪魔が入る。いえ、彼女たちは意識して邪魔を入れていた。
しかし、ここで私にとって予想外な事が起きる。なんと、あのアクア先輩がカズマさんを意識し始めたのだ。もちろん、彼女自身はその感情を正確には理解していない。しかし、薄らとんかちで恋愛に関してはさっぱりなあのアクア先輩がよりによってカズマさんに……!
私はこの時、ちょっと期待していた。もしかしてドロドロの三角関係になるのではないかと。見ている分には非常に面白かったのである。
しかし、あの先輩の意識が変わったのは何故かが気になった。だから私は屋敷内だけでなく、カズマさんとアクア先輩の行動全てに“監視”の幅を広げる事にしたのだ。この頃は、カズマさんは基本的に屋敷で好き放題に堕落した生活を送っていた。そんな彼も週に何度か外出の機会がある。
アクア先輩はそんなカズマさんに私も連れて行ってと毎回お願いしていた。しかも、断られた場合はこっそり後をつけるという、今まででは考えられない執着ぶりである。カズマさん自体はアクア先輩の事など我関せずといった感じで行動していた。
そんな時、私は自分の意識の何もかもが変わる光景を目にしたのである。なんと、街に出た彼がたくさんの女性に言い寄られているのだ。端的に言えば“モテモテ”だった。別に、彼が今までモテなかったというわけではない。
彼の良さを知っているめぐみんさんとダクネスには当然思われていたし、刷り込みに近い手法とはいえ、一国の王女すら惚れさせている男だ。
しかし、彼は不特定多数の女性に好かれるような男性ではない。彼の意地が悪い性格や噂として先行しているイメージはあまりいいものではない。もちろん、深く関われば彼の性格の良さや、真意に気付ける。言ってしまえば、彼はツンデレだ。仲間思いな所や、素直じゃない正義感は彼の良い点であり、その事を気付く女性は少ない。何より彼はイケメンじゃない。
それなのに、何故かモテた。理由は単純明快、彼の持つ金の匂いに寄ってきたのである。彼女達が持つ薄汚い欲望が私は許せなかった。あなた達のような人間はカズマさんに相応しくない、触れないで欲しい。そんな思いで頭がいっぱいになった。
しかし、カズマさん自身はそんな事を理解しながらも、女性がすり寄ってくる状況を楽しみ、時には誘惑に負けそうになっている姿を見てしまった。
この時、私の心の中の何かがぷっつりと切れてしまった。
そして自分の気持ちを理解する。そう、私は“嫉妬”しているのだと。薄汚い欲望を持った女が彼に近づく事、そのような女でも彼の心を動かせる事にどうしようもない怒りと嫉妬の感情を持ってしまったのだ。
以前にも、このような感情が湧き起る事はあった。しかし、明確に嫉妬であると自覚するのは、恐らくこの時が初めてであろう。
私はその嫉妬の感情に支配されながらも、アクア先輩に変化が起きた理由を理解する。彼女も私と同じような事を思って苦しんだはずだ。
カズマさんは、私が長い間気にしていた相手であり、“私の”英雄なのだ。めぐみんさんやダクネスが彼と良い関係になる事は許せる。しかし、それ以外の女が彼に近づく事は許せない。今になって彼に近づく女なんて言語道断だ。
何故なら私の方が先にカズマさんの良さに気付いていたのだから。
私の心に宿った嫉妬の感情。それは、私の見ていた世界と価値観を一気に塗り替えた。今まで見ていた世界との違いに、私は動揺する。しかし、もう後戻りはできなくなっていた。
今まで大切な親友であり、密かにヒロインレースでの勝利を応援していたダクネス。それが、私にとっては敵であり、ライバルであり、イラつきの対象になった。もちろん、親友で大切な人であるという思いは変わっていない。しかし、彼の傍にいながら何故今まで勝負を決めなかったのかという思いと、今の関係に甘んじている彼女の事にイラつきと敵意、羨望の感情を抱いた。
パーティーのトラブルメーカーであり、ダクネスの敵、しかし不思議な魅力と大人びた誘惑で私とカズマさんの心を乱しためぐみん。彼女は私にとって決して許せない相手となった。彼女は自分がカズマさんの一番であると自惚れ、気取った態度でカズマさんを翻弄し煙にまく。その態度が許せなかった、憎らしくて仕方がなかった。
そして、私が苦手で大嫌いな、でも大好きでちょっぴり憧れていたアクア先輩。彼女は私にとって一番の憎しみの対象になった。私は彼女の立場が羨ましかった。それは運命というものに対する憎しみにも繋がる。
何故アクアさんのいるポジションに私がいないのか、何故カズマさんを地球から一番最初に見初めた相手が私ではなかったのか! 女神としては私の方が頑張っているのに先輩の方がいい思いをしている。
そんな逆恨みともいえる思いが私の中に渦巻いていた。加えて、カズマさんがこの世界の問題を解決していったのは成り行きという他ない。ダクネスのため、めぐみんのために行動した結果としてそうなったのだ。
特にアクア先輩のために彼が成し遂げた事は……もう考えたくもない。彼には“私のため”にという思いなどなかっただろう。そんなものは“ついで”でしかない。その事を考える時、私はいつも狂いそうになる。いや、すでに何度も発狂した。何より……
カズマさんは“私のため”に自分の命を賭けてくれるのだろうか?
この疑問に私は常に悩まされるようになった。もちろん、私は彼を試すような事は絶対しない。そのような事をした時点で私はアクア先輩に負けた事になる。だから、私なりの推測を立てて何とか心を平常に保っていた。
彼は私に対して好意と信頼を持ってくれている。彼にとっての仲間の範疇に私が入っているはずだ。だから、文句を言いつつも私を助けるためならば命を捨てる事も厭わない。そう思う事にした。
しかし、私は自分の中に宿る恋心を自覚するのが余りにも遅すぎた。状況はすでに詰みの状態である。また、薄汚い欲望を持った女共に対する思いは、めぐみんやダクネス達からしてみれば私にも当てはまる事だ。彼女達より後に思いを自覚した私が、カズマさんに言い寄る資格はない。だから、私は身を引き、この思いを秘める事にした
だが、そう簡単に諦められるものではない。私の心は彼の事をどうしようもなく求めていた。そして、彼の事がもっともっと知りたくなった。
だから、私は彼の監視……いや、“観察”を強化する事にした。
情事を覗きたいというゲスな監視は深夜帯に2時間ばかり行っていた。それを24時間の観察に変更。観察の範囲も寝室だけでなく、屋敷全域、及びカズマさんの外出中に行動した範囲全てとした。まぁ、言ってしまえば彼の全てを観察する事にしたのだ。彼に思いが伝えられないなら、せめて彼の一生をずっと見守り続ける事にしよう。私はこの事に至上の喜びと諦観に似た思いを抱いていた。
それからの日々は正直言ってとても楽しかった。私は彼の全てを観察したのだ。トイレ中だろうがお風呂中だろうが睡眠中だろうが関係ない。徹底的に観察しつくした。彼の挙動や癖、日常生活動作における基本的なスタンスを私は理解した。
そして、それをノートにまとめ上げるのが本当に楽しく、優越感に浸れた。あの三人もここまでの事は知らない。世界で一番カズマさんの事を知り、理解しているのはこの私だ。そんな自負が私に芽生えた。
また、カズマさんの外出を観察中に見逃す事が出来ない事にも気付いた。下級悪魔共が悪魔公爵の庇護を得ていたのだ。私は以前から街に下級悪魔共がいる事は知っており、冒険者との関係を考慮すると負の側面だけではない事も理解している。
だからこそ、私は敢えて見逃したのだ。もちろん、カズマさんが下級悪魔達を重用している姿も見ている。そして、アクア先輩がいながら街に下級悪魔がのさばっている理由も理解していた。私も彼に嫌われるような、怒られるような事はしたくないのだ。
だから、私は人間達に処断を任せる事にした。今は共存関係を維持しているが、いずれ破綻する関係だと私は理解していた。だからこそ、あの悪魔公爵の庇護を受けている状況が許せなかった。いつか、良心に目覚める者たちにとってあの悪魔は邪魔すぎる存在だ。
あの大悪魔がいる限り、悪魔討伐に向けてのやる気を戦う前から削いでしまう可能性がある。しかし、私はそんな状況を打開する事ができなかった。やっぱり、カズマさんに嫌われる事はしたくない……
しかし、お咎めなしというのも私の女神の信条として相応しくない。だから、奴らを有効に利用させて貰う事にした。カズマさんは奴らの夢で発散をする時、事前にそのお相手や状況を紙に書いて伝えている。奴らはその紙を新人教育用の教材やキャリアアップ、サービス向上のための情報源として保管していたのだ。
私は一匹の下級悪魔を捕縛し、命令に従うようにお願いした。当初は牙を向いて反抗的な態度を示したのだが、触れるだけで残機を0にするという文字通りな神技を披露したら大人しくなった。
こうして、私は貴重なデータを手に入れた他、カズマさんの夢に私とクリスを登場させる頻度を高くするように調整してもらった。現実でできないのならば、せめて夢の中くらいは私として欲しいという純粋な思いからである。
また、私は淫夢スキルの有用性にも気づかせて貰った。この技術に独自のアレンジを加えたものを開発したのもこの頃だ。
もちろん、下級悪魔共に対する対策もしておいた。いくら人殺しをしていないとはいえ、出生率の減少など人間にとって害を与える存在である事には変わりない。現在の利用者の中から、良心の呵責に苦しんでいるものを事前にマークしておいた。これで私の好きなタイミングで少なくとも下級悪魔共は殲滅できるだろう。
そんな観察を続けていた私であるが、カズマさんの事をもっともっと知りたいという思いはどんどん強くなっていった。そして、とある日の昼下がりに、私はとんでもないものを見つけてしまった。
それは、彼が脱いで放置したシャツである。
ベッドの上に無造作に置かれたシャツを見て、私は爆発するように湧き上がる知的好奇心を抑える事ができなかった。どんな感触がするのか、どんな匂いがするのか!
気付けば、私はクリスとなって屋敷に潜入していた。そして、私は貴重な“資料”を手に入れる事にあっけなく成功したのだ。その日は、この資料の“調査”で観察が続行不可能になるほど色々と没頭してしまった。
結果として、彼の匂いは素晴らしいものであるという事と、この匂いを嗅いでいるだけで心が落ち着き、心地よく眠りにつける事が判明した。
この日以降、屋敷は貴重な資料……宝の山である事に私は気付いてしまった。彼が使ったコップに歯ブラシ、脱ぎ散らかした下着にゴミ箱の中身。その全てを拝借し、代わりの新品を置く作業に邁進した。
しかし、この調査は突然行き詰まる事になる。なんと、アクア先輩が「不穏な気配がする……」という意味不明な理由で、屋敷に多数のトラップを仕掛け始めたのだ。ほとんどは、対悪魔、邪悪な心を持つ者に対するものであったが、そのうち、“屋敷の住人以外”に反応する警報装置や侵入者撃退トラップが僅かに混じり始めた。
調査のためとはいえ、少し後ろ暗い事をしているのは私自身も理解していた。しかし、調査を辞めるなんて考えられない!
私は様々な試行錯誤の結果、女神本体と分霊(クリス)との意識の分離、同時操作、それぞれの体に置ける独立した思考と行動に成功した。これは潜入において第三者の視点と作戦指示を行うHQが欲しいという思いからであった。結果として、クリスという優秀な潜入工作員と女神本体という理想的な司令塔を手に入れたのだ。
そして、とうとう調査の対象にカズマさん本人が含まれるようになった。もっと彼の事を知りたくて仕方がない! 正直、我慢の限界であった。とは言っても、彼を襲うなんて恐れ多い事は決してしなかった。
せいぜい、彼の眠っているベッドにこっそり入って添い寝したり、眠っている彼の体の匂いを全身隈なく嗅いだり、ちょっと顔や足やお腹や脇をペロペロしたりしただけだ。
これは無防備に眠っているカズマさんが悪いのであり、私は決して悪くない。また、彼の外出に合わせて積極的に遊びに誘い、少し露骨に肌を押し付けたりして見せた。そんな私にドギマギする彼が可愛く、色んな意味を含めて本当に楽しかった。
しかし、そんな幸せで楽しくて苦しい日々は唐突に終わる。あの女……ゆんゆんの出現だ。
彼女はたった一日で、カズマさんとイケナイ関係になったのだ。流石にこれには私も大きなショックを受けた。冗談抜きでしばらく寝込んでしまった。
何とか気を落ち着けてから、私はとてつもない憎悪と羨望の感情に支配されていた。彼女が以前からカズマさんと友達関係にあった事はしっている。しかし、たった一日で何故こんな事に……!
すぐさま彼女を消してしまおうと地上に降臨したが、寸前の所で踏みとどまる。こんな事をしても意味がないからだ。私は冷静になった頭で彼女と最近のカズマさんの動向を考察する事にした。
まず、カズマさんは生殺し状態であった事は理解している。幾度も続けられためぐみん達の寸止めと、私の意地悪、薄汚い女共の精神攻撃で彼は限界であった。これに関しては、いずれダクネスかめぐみんさんに“解消”してもらえるだろうという諦観を含めた思いで私は放置していた。
そして、ゆんゆんであるのだが……正直言ってこの女は存在自体があり得ない女性だ。というのも、彼女は優れた容姿と恵まれた肢体を持っていながら“ウブ”であったのだ。
性的に優れた特徴を持つ彼女がここまで純真でいられたのは奇跡という他ない。普通は、彼女のような女性は社会に出た時点ですぐに男性の餌食になる。または、嫌な思いをして性格に多少の歪みや影響が出るものだ。しかし、彼女は純真でいられた。
そもそも、純潔を保てるのはダクネスのような貴族としての高潔な意志、信仰による固い信条、男女の情を理解して善悪の判断をする能力と理不尽に抗う武力、私のような友人の助けがなければ厳しい。
性格と状況からして、本来ゆんゆんは今の年齢に至るまでに純潔を散らしているはずだ。それが、どういうわけか純潔を保っているだけでなく、心まで純真でいられたのだ。めぐみんのような友人に恵まれたとは言え、やはり奇跡という他ない。
そんな、童貞の妄想の塊のような女性であるゆんゆんは、餓狼であるカズマさんに簡単にこまされた。タイミングの悪いことに、ゆんゆんが性に関心を持ち始めた時期と重なり、二人は“ハマって”しまった。もちろん、カズマさんも都合が良すぎる女が手に入った事で見事に深みへ引きずり込まれる事になる。
私の後から急に現れ、カズマさんを奪っていったゆんゆんは最低最悪の“薄汚い女”であり、彼女に対する私の憎しみと羨望は尋常ではなかった。加えて、そんな女にハマってしまったカズマさんに怒りと失望を覚えたものだ。しかし、これがカズマさんの選択であるなら私は大人しく身を引こう。そう思う事に……
私はここで目が“覚めた”
そして、今までなんと愚かな事をしてきたのだろうと激しく後悔する事になった。何故私はダクネス達に遠慮したのか! 何故、押せば落ちるカズマさんと最後までしなかったのか! あれだけの時間と余裕があって、私は何一つカズマさんを手に入れようという努力しなかったのか!
こんな事に、カズマさんを奪われてから気付かされた。私にとってゆんゆんは憎しみの対象でありながら、多大な感謝を持つ相手であり、希望でもあった。もうダクネス達に遠慮する必要はない。
私もカズマさんを手に入れよう。
そう決意したのだ。
とは言っても、すぐに意識を変えられるものではない。その間に、カズマさんは早くもゆんゆんをこました事に責任を感じ始めていた。この点において、彼はもっと外道であって欲しかったと思ったほどだ。そして、私自身の愚かさを再確認する。私は“初動”が遅いせいでいつも出遅れるのだと。
このカズマさんとゆんゆんの爛れた関係にいち早く気付いたのはアクア先輩だ。しかし、彼女は目立った行動を取る事はなかった。アクア先輩はこの時点ではまだ自分の感情を正確に理解していなかったのだ。だから、“他人事”と思うようにしたのであろう。
しかし、毎日のようにゆんゆんの“匂い”をつけて帰ってくるカズマさんに不安感を抱いたに違いない。お酒に逃げたり、ちょっとだけ露骨にスキンシップを取る程度はしていたようだ。また、この事をダクネス達に話すこともなかった。これはアクア先輩がダクネス達とゆんゆんの諍いが起こるのを本能的に察したのと、肝心の相手がゆんゆんだったからであろう。めぐみんとゆんゆんとの間に不和を起こしたくなったのかもしれない。
これが全く知らない女性の匂いであったならば、すぐさまカズマさんを問い詰め、ダクネスやめぐみんに相談していた可能性が高い。ともかく、アクア先輩は見て見ぬふりをして問題を先送りにするという判断をした。これはアクア先輩にとってはとんでもない悪手であったが、私にとっては都合が良かった。
次に気付いた……とは言い難いが、疑いを持ったのはダクネスだ。屋敷での出来事に疑問を持った彼女は後に諜報員を紅魔の里に送る事になる。基本的にダクネスは愛してくれるなら愛人でもいいというスタンスであった。そんな戦う前から負けている考えを持っている時点で彼女がカズマさんの一番になる事はない。
だから、彼女の事はとりあえず放置という選択を取った。ただし、彼女の諜報員に有力な情報を与えたり、ゆんゆんとカズマさんの生々しい情交の盗撮写真集を送り付けた所、ダクネスは面白い変化をする事になった。やっぱり、彼女も“女”であったのだ。
そして、最後まで気付かなかったのがめぐみんである。彼女は自分が一番カズマさんに好かれているという自惚れで見事に足元をすくわれた。自業自得という他ないが、彼女の存在のおかげで私はカズマさんを手に入れる“作戦”を立案する事ができた。彼女なしでは、ゆんゆんからカズマさんを奪うのはすでに難しい状況だったのである。
さて、肝心の「カズマさんを手に入れる方法」についてだが、私が一番最初に思いついたのはカズマさんに好意を持つ女性を全員殺害するという単純すぎる方法だ。しかし、私がゆんゆんを衝動的に殺害しそうになった時に、これではカズマさんは手に入らないと気付く事ができた。
何故なら、殺害しても冗談抜きで生き返ってしまうからである。これはアクア先輩と私という存在がある限り起こってしまう現象だ。また、彼らが死後の世界の存在を知っている事がネックになる。
私が殺害した場合、すぐさまアクア先輩経由でその事が露見し、私はカズマさんに嫌われてしまうだろう。また、第三者によって彼女達を消したとしてもカズマさんは私を頼り、尚且つ復讐に生きる道を選ぶであろう。
そこに私が求めるカズマさんとの幸せはないし、万が一私が関与した事が露見した場合全てが終わる。
そして、この方法の一番ダメな所は現状ではアクア先輩を確実に消し去る手段がないという事だ。アクア先輩がいる限り、この物騒な手段は絶対に取れない。
次に思いついたのは、カズマさん自体を何らかの方法で消す事だ。しかし、これも先ほどと同じような理由で却下だ。それに私自身、彼を殺害するという手段は取りたくなかった。彼には生きて幸せでいて欲しい。そして、第三者に殺されるのも嫌であった。第三者が殺すくらいなら私が殺したい。でも、カズマさんを殺すなんてしたくない。考えれば考えるほど頭が混乱する。ともかく、この方法もアクア先輩がいる限り不可能だ。
何より、私は彼らを殺害なんてしたくない。
これが私の本心だ。嫉妬や怒りから物騒な考えについつい至ってしまうが、アクア先輩、ダクネス、めぐみんは私にとっても苦楽を共にした相手という認識があるし、少し一方的かもしれないが“大切な仲間”であると思っている。カズマさんの事をずっと気にかけていたように、彼女達の事も見守っていたのだ。
だから私は自分の求めるものを明確にし、目標を立てる事にした。
第一目標は「カズマさんに好意を持ってもらい、男女の契りを結んで現世で共に生きる」
第二目標は「カズマさんの一番愛する女性、できれば現世でも夫婦となる事」
最終目標は「カズマさんと契約し、私と永遠を共に過ごす相手になって貰う事」
第一目標はこれを達成できなければ何も始まらないというもの、第二目標は達成できれば最終目標にも繋がる目指すべきもの。そして、最終目標は何があっても絶対に果たすべき目標だ。
これらの目標を果たすためにも、私はカズマさんに対しての肉体的接触を解禁する事にした。しかし、ゆんゆんが好き放題に体を貪られている姿を見ているため、少しだけ尻込みしてしまった。どうせなら、女としてカズマさんを虜にし、主導権を握りたい。そんな思いから、私は自主練を行う事にした。
そこで役に立ったのが、下級悪魔共から押収したものと日頃の監視で得た情報だ。それらからカズマさんの性的な好みを把握したのだが、やっぱりというか豊満な女性とのえっちぃ夢が非常に多かった。加えて、時々首絞めセックスだとか、泣き叫ぶ女性を手籠めにするレイプ、飲尿プレイなど鬼畜でインモラルなえっちぃ夢があって少し怖い思いもした。
しかし、これもカズマさんをモノにするためと割り切り、どんな要求をされても平然としていられるようにイメトレをした。そして、監視中に得た情報を元にカズマさんの“カズマさん”の張形を作って口淫の練習をしたり、彼が大好きなパイズリというものも色んな意味で泣きながら練習をした。
その結果、何とか自信をつけた私はゆんゆんに取り入って協力体制を築き、ついでに先にカズマさんと性的関係を持って横から奪う事を計画したのだ。軽いジャブとしてゆんゆんにカズマさんの風俗通いの証拠を見せつけましたが、あまり動揺する事はありませんでした。
これは彼女がカズマさんのダメな部分も受け入れている事を意味している。非常に面倒なライバルと実感しながらも、私は彼とオーラルセックスに持ち込む事に成功したのだ。
ある程度は覚悟していたものの、私はそこで彼にいい様に遊ばれてしまった。イメトレでは完璧だったのだが、実戦はやはりとても恥ずかしいものだ。羞恥で固まる私が少々乱暴なカズマさんに勝てるわけがない。それに、練習をした事で多少は自信のあった口淫も彼にとっては物足りなかったようで、強引にペニスを突き入れられる強制フェラというものを体験する事になった。
ただでさえ、彼のものを口に含んでいるという興奮とむせ返るほどの雄の匂いで発狂しそうだったのに、それを強制的に喉奥に突き込まれて味わわされるなど性交渉初心者の私にとってたまったものではない。しかも、精液をそのまま口に出されてしまった私は快楽と苦しみを伴いながらあっけなく気絶した。
しかしながら、この程度では私は諦めない。私は彼に対する好意を伝えた後、ダンジョン探索の報酬という建前で関係を迫った。カズマさんに好意を持たれている事を自覚していたし、女神として現世の女性とは隔絶した美しさを持つ私なら彼を虜にできる自信があった。最後の一線をギリギリ越えていないゆんゆんより先に彼と男女の契りを結び、肉体、精神共に私しか考えられなくする。哀れ、ゆんゆんは無残にフラれる。
完璧な計画だった。
私の誘いにカズマさんはのり、彼の愛を受ける事になる。興奮している彼は乱暴な前戯を終えた後、性器を私の秘所にあてがった。これで勝った! カズマさんは私のものだ! そんな思いはすぐさま粉砕された。
何を思ったか分からないが、彼が私の不浄……じゃなくてお尻の穴に性器を突き込んできたのだ。情報からそのような性行為もあると知っていたが、彼はなんだかんだで初めては優しく、普通のセックスをしてくれると思っていた。
しかし、彼は嗜虐的な微笑みを浮かべながら私のお尻の純潔を奪ったのだ。初めて感じる異物感と強烈な痛みで私は尋常ではない苦痛を経験する。でも、暴力的なまでに私を求めてくれるカズマさんにどうしようもない愛しさと歓喜を覚えたのだ。その瞬間、私の苦痛は一気に反転し、“暴力的な快感”になった。
私が好きで好きでたまらない……愛している男にこんな事をされたら快楽を覚えてしまうのも仕方のない事なのだ。そして、彼の精を体の中で受け止めると、私の理性も限界を迎える。
肉体、精神共に“処女”であったのに、私は卑しくもお尻の穴で絶頂をしてしまったのだ。ビクビクと脈打つ私に彼は更なる追撃を加え、何度も何度も絶頂してしまう。そして、嗜虐的かつ女をモノにした歓喜の表情を浮かべる彼の表情を見て、私は女としての悦びを覚えた。
蕩けた表情を浮かべる私は、とても信徒に見せる事が出来ない恥ずかしいものになっていた。でも、彼にそんな私を見て貰うのはたまらなく嬉しかった。だが、その快楽に私は耐えられず気絶してしまった。
しかし、彼は水魔法や電撃魔法を私に浴びせ、強制的に意識を覚醒させると、再び性器を突き込まれて快楽に叩き落される事になった。あまりの鬼畜さに私は戦慄しながらも、一方で新たな境地に至る事になった。
カズマさんになら、虐められても構わない、むしろもっと甚振って女神としての尊厳を彼に踏みにじって欲しい。そんな事を願ってしまった。
でも、単に乱暴されるのが好きというわけではない。カズマさんは、私を凌辱しながらも痛みを和らげようとキスをしてくれたり、頭を撫でてくれたり、私のえっちぃ姿を小声で褒めてくれた。それが、たまらなく嬉しかったし、精神的快楽で頭の中が蕩けそうになった。少し苦しくても、その先には甘美なご褒美があるなら頑張れる。むしろ、ご褒美を味わうためにも、もっと甚振って欲しい。私は快楽に震えながら、ダクネスの事を思い浮かべていた。ここで、私は初めて彼女と真に分かり合えた気がする。愛する人になら、多少乱暴にされても嬉しいのだと。
それから何度も気絶した私を、カズマさんは容赦なく抱いた。流石に体の限界を迎えた私は、クリスを使って止めようとしたが、その体すら貪られてしまった。感覚共有していたせいで、受ける快楽は増え、理性もぐちゃぐちゃに崩壊した。最後に覚えているのは、彼が動けない私の口に性器を突き込んで乱暴に喉奥を犯した事、その時に口で受けた精液を私は下品な音を立てながら何度も反芻していた事、「よくやった、可愛かった」と耳元で囁かれながら頭をそっと撫でられて絶頂を迎えてしまった事だ。こうして、私は幸せに意識を落とした。
しかし、私が気絶から復帰した時、状況は地獄と化していた。
気絶していた間に、カズマさんがゆんゆんと一線を越えてしまったのだ。激しい憎悪と殺意に吞まれながらも、自分自身に対する不甲斐なさでいっぱいだった。私の作戦は失敗した所か、逆に決着を早めるという材料にもなってしまったのだ。ここで、私の敗北は決定となった。
だが、もう後には引けない。彼を愛する嬉しさを、彼に愛される悦びを知ってしまった。彼の隣に私がいない事、彼の一番が私でない事が許せない。多少、卑劣な手段を使ってもカズマさんが手に入るなら何でもしよう。
私は女神の尊厳を守る事より、愛する男を手に入れる道を選んだ。
こうして、私は第二の作戦を立案し、即座に実行した。この作戦は非常に複雑であり、尚且つ残酷なものであった。この作戦の立案において、私が注目したのは“殺意”である。女神である私をも振り回した忌まわしき感情を、ゆんゆんとあの3人に植え付ける事にしたのだ。
例え、彼女達が殺意に呑まれて感情に身を任せて誰かを殺害してしまってもどうせ生き返る。それならば、意味はないと思われるかもしれないが、作戦の本質はそこではない。
私は人間なら誰もが持っている“殺人に対する禁忌”を利用させてもらう事にしたのだ。例えば、彼女達が不可抗力、もしくは衝動的に犯してしまった殺人に対してカズマさんはどう思うだろうか? 恐らく、彼は怒った上でその罪を許し、できるだけ今までと同じように過ごすだろう。“それくらい”の事を許し合える絆を彼らは持っているのだ。だが、それでも僅かに……ほんの僅かに心にスキマができる。
では、憎しみと嫉妬の感情が混じった故意による殺人はどうであろうか?
そんな事が起こっても、カズマさんなら最終的に許してしまうだろう。しかし、元通りの関係には絶対に戻れない。殺人とは、人間にとって最も忌むべき禁忌だ。そして、悪意ある殺人は必ず“狂気”が宿っている。それを彼に見せつけるのだ。
例えば、ゆんゆんがめぐみんを殺害する現場をカズマさんが目撃してしまったとしよう。カズマさんは、自分のせいでこうなったと自責し、ゆんゆんに寄り添うかもしれない。
そして、覚悟を決めて彼女と贖罪の日々を決意するかもしれない。しかし、そんな幻想はすぐに壊れる。感情次第で殺人を犯した人間が隣にいる。また、何かよからぬ事を起こすかもしれない。そんな疑念が常に付きまとうはずだ。彼女の“狂気”を目撃しているなら、その思いもより強くなる。そして、遅かれ早かれその関係は破綻する。周りを巻き込みながら、全てが壊れて行くのだ。このような、殺人という禁忌を利用した私の作戦は、突き詰めると実に単純なものだ。
簡単に言うと……
ゆんゆんとあの3人が殺し合うように煽り、その結果引き起こされる“狂気”をカズマさんに見せつける。
彼女達の薄汚い欲望と狂気は、今までの関係を容易く壊し、致命的な心の溝を生んでしまうだろう。当然彼は彼女達を遠ざけるだろう。そこで、哀れにも傷心の身になったカズマさんを、彼と同じように狂気を目撃した私が癒してあげるのだ。彼にとって、私は同情と共感を持つ相手であり、唯一今まで通りで昔と変わらない関係を持てる相手だ。そして、彼の愛した穢れなき幸運の女神様でもある。こうして、彼も私との真実の愛に目覚めるのだ。
この作戦を考えた時、私は自分の事が怖くてたまらなかった。でも、この結果によって得られる幸せに私は抗えなかった。だから、実行する事にしたのだ。
そして、私はこの作戦の一人目のキーパーソンであるめぐみんの狂化に着手した。彼女は意志が強く、あの3人のまとめ役でもある。「カズマが私の元に帰ってくるなら、浮気をしても構わない」なんて事をいうほど超然とし、余裕を持っていた女性だ。
しかし、私は彼女が3人の中で一番精神的に脆い事を把握していた。第一に、彼女は想定外の事態に非常に弱い。今までの冒険を見ていた私は、その事をよく知っていた。
第二に、彼女の余裕はカズマさんに対する信頼と一番愛されているという自惚れによって成り立っているという事。これは、仲間としてならカズマさんは信用できる相手なのは私も理解しているが、恋愛事にまでその信頼が及ぶのは幻想にすぎないと彼女は理解していなかった。
もし、彼がめぐみんと夫婦関係にあったり、子供まで作っているならその信頼も当然のものといえよう。しかし、今の彼とめぐみんの関係は、ギリギリ恋人といった所。フリーで持つべき責任のないカズマさんは、餓えに餓えており、ゆんゆんのような女に容易く寝盗られる。そんな可能性を彼女は現状に酔っている事であまり考慮しなかった。
第三に、彼女の“浮気”の想定範囲がひどく限定的だった事。彼女は浮気相手の仮想敵をダクネスやアクア先輩に絞っていた。その上で、第三の敵に対してはダクネス達と協力する事で容易く撃退できるとも思っていた。このように、めぐみんの余裕は良くも悪くもカズマさんとダクネス、アクア先輩に対する信頼の上に成り立っていた。
だからこそ、私は彼女に挽回不可能で想定外、しかも致命的な一撃を叩き込む事にした。信じていた男と信じていた親友が愛し合う姿を見せつける。めぐみんの余裕を根底から打ち崩すこの光景を前に、彼女の精神は容易く崩壊した。
精神的ショックを受け、弱り切った彼女に“狂気”の種を植え付けるのは実に簡単な事であった。しかし、下手すると自殺すら選択しうる精神状態は好ましくない。私は彼女に“決して諦めるな”という呪いの言葉を囁き、洗脳……ゲフンゲフン! エンパワメントを施したのだ。
そして、私はカズマさんに純潔を捧げ、甘い言葉を囁いた。少し強引だったとはいえ、二人の美女と関係を持ったカズマさんは調子にのった。もちろん、私の囁きと、実は割と寛容なゆんゆんの存在も、彼を“女たらしのクズ”へと変化させる手助けとなった。だが、その方が私にとっては都合がいい。私は歯を食い縛りながら、自分自身にそう言い聞かせた
次にターゲットをゆんゆんに移そうとした所で、私はダクネスの面白い変化を目にする。彼女はめぐみんの狂気に引きずりこまれる事を想定していたのだが、彼女自身はすでに狂気を抱えている事に気付いたのだ。
ダクネスはめぐみんに対して、一度敗北している。その悲惨な現実を前に、彼女は二番でも構わない、隙があればめぐみんからカズマさんを奪い取るという思考に至った。 勇ましくも諦めない事を決意したダクネスだが、そこのは一種の諦観の感情があった。どちらにしろ、三人一緒なら幸せになれる。そんな、甘美な希望を前にして彼女は今まで通りでいられたのだ。しかし、彼女の奥底にはすでに狂気が芽生えていた。それは、ゆっくりと、じっくりと時間が経過するほどに育ち熟成されるものだ。
そして、ダクネスが頼りにしていた「三人一緒」という希望に陰りが見えた時、彼女の狂気に変化が現れた。元々、彼女は貴族としてある程度の寛容さを持っていた。しかし、同じくらい“乙女”であったのだ。彼女が思い描く男女関係の理想は、実はゆんゆんより高い。メルヘンの領域にまで入る理想を、彼女は現実という無慈悲な光景と理性によって抑え込んでいた。
しかし、彼女が乙女である事は変わりない。好きな男に自分だけ愛される。愛した男の一番の女性になりたい。彼と過ごす幸せな結婚生活に、子供も含めた理想的な家庭。そんな夢が、もう叶う事はない。その事実は着実に彼女を蝕んだ。
そして、私が送り付けた盗撮写真の数々を見て、彼女の狂気は一気に開花した。それでも、彼女は理性と信仰の力でそれを抑え込む。この姿には、私も流石に哀れに思った。
だから、私は彼女にも呪いの言葉を囁いた。同時に抑え込む以外の狂気の発散の仕方を教え込み、彼女の狂気を肯定した。こうして、ダクネスという乙女が完成した。その身に宿す狂気は必ずやめぐみん達の手助けとなるだろう。
こうした中で、私はアクア先輩には特に何もしなかった。それは彼女に狂気を植え付ける事の困難さを理解していたからだ。実は精神的に一番強いアクア先輩にそんな事をするのは実質不可能だ。しかし、彼女はカズマさんに強い依存心を持っているほか、流されやすい体質でもある。だから、私はめぐみんの狂化に専念し、彼女にアクア先輩を導かせるよう仕向けた。
その後、平穏に見える日常を過ごす事で彼女達の狂気は増す。毎日のようにゆんゆんの元へ出向く彼に対する不満。関係を持つ事で見えてくる耐え難いほどの格差。仲間内の事ですら増幅してしまう羨みと憎しみ。植え付けた狂気が、ついに大輪の花を咲かせようとしていた。
ある日、めぐみんが隠し部屋に彼を監禁するための機材を持ち込み始めた。それが、私にとっても決定的なチャンスに見えた。彼女は一人こそこそと準備を進め、妄想に頬を染めるだけであったが、狂気を宿した彼女ならすぐに実用に移す。私は静かに微笑んだ。
そして、私はめぐみんにとどめを刺す事にした。すでに精神は狂気に蝕まれ、肉体的にも限界を迎えつつある。そんな彼女に、私はカズマさんとの“愛の営み”を見せつけた。もちろん、彼女は壊れた。でも、無理矢理に補修して狂気の渦に再び突き落としてやった。同時に、カズマさんにもささやかな贈り物をする。実験的な意味もあったが、いつか私の役に立ってくれるだろう。そう信じた。
結果、めぐみんはダクネスとアクア先輩を巻き込みながらカズマさんを監禁するという選択をした。ダクネスの狂気とアクア先輩の不安を増幅させ、堕とす手際は流石めぐみんだとちょっと感心したほどだ。それからは、屋敷の内部は私でも見通す事ができなくなった。それでも、カズマさんが彼女達の狂気を身に受けて碌な目に遭っていない事は何となく分かった。
これで準備は整った。私は第二のキーパーソンであり、全ての元凶であるゆんゆんにターゲットを移した。元々、彼女は独占欲が高かったのたが、根の部分は割と寛容で他人に対してかなり甘い女性だ。負けた恋敵達に対して可哀相という感情を抱きそうなほど甘い。それが、純粋な思いから、それとも独占者としての優越と情けから生まれる思い、どちらが作用しているのかはまだ分からない。
どちらにしろ彼女は“甘い”のだ。それは男にとって実に都合の良い女性である事を意味している。しかし、この甘さが逆にカズマさんとの絆を深めていた。彼は甘さを享受する一方で、その罪悪感を減らすために更にゆんゆんと深みに堕ちる。気付けば、お互いに強固な絆と信頼を構築している。彼女もまた、男を虜にする魔性の女であった。
また、彼女にとってカズマさんは全てを捧げ、全てを受け入れてくれた男性だ。生来の寂しがりな性格がその思いを強め、もう彼を手放したくないという思いが彼女をより魅力的な女性へと変化させていた。その分、カズマさんに対する依存心はアクア先輩と並ぶほどのものであった。その依存は一種の狂気であり、状況次第で多様な変化をする。言ってみれば、彼女は実に御しやすい相手であった。
愛した男が傍にいないという彼女にとって未知の“孤独”、ダクネスの工作によって踊らされた人間達への“憎しみ”、愛する男に捨てられたのではないかという“不安”と“怒り”。
ゆんゆんは私が何もしなくても、着実に狂っていった。そして、依存の対象を彼から貰った指輪に移し、幻覚と会話し始めた時、私は決意した。この女の精神を粉々に破壊してやろうと。
だから、私は彼女の依存対象である指輪を盗みドブ川に葬った。当然、彼女は自責の念と依存対象を失った苦しみから正気を失う。そこに、私は不平等な契約を迫る一方で、彼女に救いの道を示した。
カズマさんの居場所についての情報、一連の事件の黒幕の存在の示唆を行ったのだ。殺意と憎悪を募らせながら、彼女は私に縋り付いた。それでも、僅かに残る理性で無茶苦茶な契約を先送りする判断をしたのだ。しかし、これは想定内。私は彼女に二日間の猶予を与えて更なる狂気を植え付ける事にした。
最後の仕上げは、この苦しみの中で彼女の心の癒しとなっていた小動物を無残に殺し、その死体を期日の朝に見せつける事であった。彼女が小動物と出会ったのは私の想定にない偶然だ。
この小動物が彼女の狂気を和らげる存在となったのは少しムっとしたが、それをぐちゃぐちゃに破壊したら、むしろ精神を壊す一助になると私は歓迎した
そして、カズマさんが行方不明となった事、指輪がなくなった事、小動物が無残に殺された事、これらを全てめぐみん達の仕業だと教え込む。疲弊しきった精神状態のゆんゆんはこの“希望”に縋り付くであろう。
ゆんゆんとの契約が実現したら、私の勝利は確実である。カズマさんの救出作戦においては、彼女にめぐみん達の排除を担当してもらう予定であった。憎悪を募らせ、狂気を宿したゆんゆんと、半年以上かけて育てためぐみん達の狂気。この二つが衝突した場合、必ずや“狂気の沙汰”が引き起こされる。
両者は憎しみと嫉妬心を交えて殺し合い、どちらかは凄惨な死に様を晒すかもしれない。そんな光景を、助け出したカズマさんと一緒に目撃するのだ。監禁で疲弊した心身にその光景はとても効くだろう。もしかしたら、泣いてしまうかもしれない。そんな弱ったカズマさんを私は優しく抱擁し、そっと囁くのだ。
“大丈夫です安心してくださいカズマさん、私がずっと一緒にいます”
カズマさんにとって私は紛れもない救いの女神であり、肉体関係すら持つ愛すべき女性だ。狂気を宿した女達より、穢れ無き私を選ぶのは必然であろう。こうして、私とカズマさんは永遠に結ばれるのだ。
もちろん、彼女達の殺し合いが中途半端に終わる可能性はある。しかし、ここまで育てた狂気と憎しみ、お互いの敵対心は彼女達が生きている限り続く。例え蘇生したとしても、人間関係までは決して修復できない。遅かれ早かれその狂気は暴走し、その暴走は彼女達の寿命が尽きるまで続く。私に煽られたと喚くかもしれないが、人殺しの狂った言葉と穢れ無き私、どちらを信じるかなんて考えるまでもない。そんな愚かな女性達には、流石のカズマさんも愛想をつかすだろう。
私は実現まで秒読みとなった幸せな生活に魂を震わせ、抑える事ができない興奮と愛の昂ぶりを、勝利の美酒とはしたない行為で自分を慰めた。
こうして、私は最後の最後に慢心してしまった。そして、作戦は手痛く失敗する。その結果、カズマさんと彼女達の絆がより強くなるという本末転倒な事態となってしまった。全てが計画通りであった……私のやれる事はすべてしたはずだ! それなのに、何故こんな事になってしまったのか!
敗因は3つある。
1つ目は「じゃりめ」というイレギュラーの存在。取るに足らない小動物であった毛玉が、指輪の奪還という奇跡を引き起こし、ゆんゆんの狂気を寸前で押しとどめた。この奇跡に私は崩れ落ちた。最後の詰めの段階、仕上げ間近に想定外すぎる事態の発生である。
しかし、もう後戻りも出来なければ、新たな策を展開する時間もない。おまけに、この奇跡で彼女は今までの苦しみを肯定的に受け入れ、強固な精神を築きあげた。これも、一種の狂気と言えるが、私の求めているものとは違う。
このイレギュラーな事態をリカバリーしようと、私は毛玉の殺害計画を実行する。今までは死体を送り付けるつもりであったが、今度は彼女の目の前で無残に殺せば、再び彼女を絶望に突き落とせるのではと思ったのだ。毛玉の正体が初心者殺しという事も分かっていたので、大義名分はこちらにある。
元冒険者で弓の名手である警官を害獣駆除に派遣するように仕向けるのは愛すべき信者の協力がなければ実現しなかった事だ。しかし、咄嗟にしては十分な策とブレッシングの魔法まで使ったのに、矢は毛玉の脳天に命中せず、即死させる事ができなかった。 この小動物は二度目の奇跡を起こしたのだ。その後も、保険としてかけた呪いや猛毒もアクア先輩に解除され、彼女の助言でゆんゆんはより強くなる。ここまで来ると、私以外の意志が働いて作戦を頓挫させようとしているのではと、ありもしない疑心暗鬼に囚われた。
2つ目はアクア先輩の存在だ。私は彼女が何を起こすか分からない事は熟知しているし、精神的タフさも理解している。しかし、弱点とも言える彼女の弱みは分かっていた。
それは自分の存在が揺らぐ事。アクア先輩は「この子達には私が必要」という強い思いを持ち、女神として人に必要とされる事に喜びを見出している。それが否定された時、彼女の長所である“勢い”が衰える事はダークプリーストの一件から分かっていた。
だから、めぐみんに煽られて彼女達の狂気に流される姿を見た時、これでアクア先輩は終わりだと思った。しかし、私はアクア先輩に対して一つの勘違いをしていたらしい。それは彼女が自称しているパーティの保護者というのが嘘ではなかったという事だ。
女性陣のリーダーは確かにめぐみんかもしれないが、道を外れた時に正しい道に導くのは紛れもなくアクア先輩であった。意図的にそうなるように仕向ける事もあれば、彼女の何気ない一言や仕草が彼らを結果的に正しい道へ引き戻す。アクア先輩は彼らの裏のバランサーであり、3つ目の失敗の要因……カズマさんを動かす存在であった。
そう、3つ目の敗因は私がカズマさんを侮った事。ずっと彼を見守り続けた私が、どうして彼の事をあまり考慮しなかったのか。髪の毛を掻きむしって死にたくなるほど後悔した。
カズマさんは今まで様々な困難に打ち勝ってきた。絶望的な状況、詰んでるとしか思えない状況でも、機転とペテンと幸運、仲間の力で切り抜けてきた私の英雄だ。それは、今回の事とて例外ではない。監禁の憂き目にあっても、彼は抗ったのだ。しかし、私がめぐみん達に植え付けた狂気も生半可なものではない。いくらカズマさんでも、彼自身の力で切り抜ける事は不可能であった。
だが、アクア先輩がいた。
一番の失敗は正にこれだ。カズマさんとアクア先輩、二人が揃ってしまったら、例えどんな困難、どんな理不尽な目に遭っても、それを容易く解決してしまう。正に最悪最強のコンビだ。その姿を、私はずっと見守っていたではないか! それなのに……私は……!
そして、悟ってしまった。
カズマさんとアクア先輩がいる限り、私がどんな作戦を立てようと打ち崩される。今回の作戦も実は始まる前から失敗していたのだ。
カズマさんとアクア先輩が一緒にいる限り、彼らに乗り越えられないものはない。
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作戦失敗から、幾ばくかの月日が経過した。カズマさんとゆんゆんは無事に結婚式を終え、ゆんゆんのお腹には新しい命が宿っていた。
当初は彼らの子供に悪意を向けてしまうのではないかと自分自身に恐怖していたが、彼女の妊娠が判明してからは、それも杞憂に終わる。とてつもない愛おしさを母子共に感じてしまい、ゆんゆんと子供を守らなくてはという使命感に燃えた。この思いはもはや女神としての本能かもしれない。それはアクア先輩にとっても当て嵌まる事であり、彼女と協力してゆんゆんに近づく危険は全て事前に排除した
そして、祝福なんかしてやるかと、若干拗ねた思いを持っていたのだが、気付けば彼女達の事を盛大に祝福していた。特にさよりちゃんを抱かせて貰った時、自分の中の黒い感情は跡形もなく吹き飛んだ。愛おしい、守りたい、羨ましい。とにかく、私も“欲しい”と思うようになった。地上では様々なリスクが付きまとう……でも……
そんなこんなで平和な日常は続き、アクア先輩の思惑が着実に進んでいる姿を見て私も諦めがついた。現世の事はもう諦めようと。
ゆんゆんは生来の甘さをアクア先輩に押し広げられ、そのうちカズマさんの家に暮らす女性が増える事だろう。私も、その中に加わってしまえばいい。カズマさんと彼を愛する女性陣、それに彼女達の可愛い子供たちとの暮らし……
悪くない! むしろ、とても楽しみだ!
現世の事は素直に負けを認めよう。でも、最後に勝つのは私だ。死後の世界はゆんゆん達には干渉できない場所だ。そこで、私はアクア先輩と決着をつける。そして、彼と永遠の契約を結ぶのだ。くふふ……その時が楽しみです……!
「うへ……うへへ……! カズマさんと一緒……ずっと……! んっ……!」
「お楽しみの所で悪いけど、チャンス到来だよ。はい準備準備!」
「ひっ!? え、ええ! 分かっていますとも!」
私はクリスの声を受けて椅子から立ち上がる。そして、彼女との感覚共有でチャンスとやらを把握する。どうやら、ゆんゆんが買い物に出かけたらしい。そして、家にはカズマさんとさよりちゃんだけ。ふふっ、素晴らしい状況です!
「では、行ってまいります!」
「はいはい……」
私はパタパタ手を振る自分の分身に笑いかけてから、下界へと通じる転移陣に飛び込む。周囲の光景が、殺風景な展開から、生活感溢れるカズマさんの家の中へと変化した。私の登場に、カズマさんは驚きもせず、にっこりと微笑みかけてくれた。
「エリス様、相変わらずですね」
「いいじゃないですか! それより……その……」
「分かってますって……ほら、さより~エリス様だぞ~!」
そんな事を言いながら、彼が抱いていたさよりちゃんを私の方へ差し出した。私は彼女をゆっくりと受け取り、そっと抱き上げる。彼女は嬉しそうに体を動かした。そして、私がそっと指を差し出すと彼女は小さな力で握り返してくれた。可愛い……
「うーん……やっぱり女神は反則ですね……俺が抱いても無反応なのに……」
「ふふっ、カズマさんってば拗ねているんですか?」
「そ、そんなわけあるかい!」
顔を真っ赤にしてそんな事を言うカズマさんであるが、全くもって説得力がない。まぁ、今は彼の事は後回しだ。数少ない時間でさよりちゃんを愛でる必要がある。ゆんゆんさんは嫉妬心丸出しで、中々彼女を抱かせてくれないのだ。
「ああっ……可愛い……本当に可愛い……!」
腕の中にある小さな命は私に至福の喜びをもたらしてくれる。私に向かって小さなおて手を伸ばしてくる姿の何と愛らしい事か。ああ、可愛い……食べちゃいたいくらい可愛い……!
「うふっ……うふふ……ふへっ……!」
「エ、エリス様……? 涎垂れてますよ……」
「うひっ!? す、すいませんカズマさん! さよりちゃんもごめんなさい……!」
慌てて謝りながら、だらしなくも垂れてしまった涎をドレスの袖でゴシゴシと拭く。でも、これも仕方のない事だ。可愛すぎるさよりちゃんが悪い!
「そういえば、カズマさん。何か困ってる事はありませんか?」
「ありませんって! エリス様も心配性ですね……」
「アクア先輩がいませんからね。私もあなた達が心配なんですよ」
何気なく言った一言に、カズマさんは僅かに顔を歪ませる。そして、申し訳なさそうな顔をしながら私に頭を下げた。
「エリス様、実はアクアの事でお願いがあるんです」
「何ですか……?」
「アイツが出て行って1か月以上経過したんですけど、ちょっと心配で……」
「あなたって人は……」
「いや、仕方ないじゃですか。全くもって音信不通なんですよ? 俺も少し罪悪感がありましてね……だから、アイツがどうしてるか知りませんか?」
そんな事をそわそわしながら言うカズマさんに私は呆れる。この人は本当にアクア先輩に甘い。ああっ……妬ましい……!
「知りません。でも、天界にはいないみたいですよ? どうやら本当に家出したみたいです」
「マ、マジっすか!?」
「別にいいじゃないですか。彼女も立派な大人です。それにどうせアクア先輩の事です。そのうち必ず戻ってきますよ」
「そりゃあ、俺も分かっているんですけどね。でも、アクアだし……」
体をもぞもぞさせているカズマさんに私は殺意すら覚えた。何故この人はアクア先輩の事になると心配性で、尚且つ素直になれないんでしょうか! もう、思いっきり殴り飛ばしてやりたい! まったく……まったく……!
「カズマさん、私がアクア先輩の事を探し出して上げましょうか?」
「本当ですか!? いや、別に心配ってわけじゃないですけど! 腹空かして泣いてるなんて事もありえるわけでして!」
「はぁ……」
なんだか、どうでもよくなってきた。私は腕の中のさよりちゃんを抱きしめる。本当に、素直じゃないお父さんですね。
「でも、カズマさん。天界にもこの世界にもいないアクア先輩を探すという事は、私があなた達の見守りが出来ない……この世界をしばらく不在にする事を意味しているんですよ? もしもの事態には駆けつけられませんし、女神権限を使って蘇生をする事もできない。本当にいいんですか?」
「構いませんよ。それに商人になって命の危険と接する事もなくなりました。俺の事なら心配ご無用です!」
「はぁ……」
良い笑顔でサムズアップをするカズマさんを見て、私は大きな溜息を吐く。そこは、私としばらく会えなくなるのが寂しいと言って欲しかった。まったく……
そんな時、カズマさんが私をそっと抱きしめる。もちろん、腕の中のさよりちゃんを考慮した優しい抱擁だ。これはダメだ! この程度でも私は幸せと理性が抑えられなくなった。
「エリス様、俺もあなたに会えなくなるのは寂しいですよ」
「あっ……その……」
「別にアクアを絶対見つけろなんていいません。それにエリス様も心配なんでしょう? それくらい俺も分かっていますよ」
「あうっ……」
私はビクリと体を震わせる。別に、私はアクア先輩なんて心配していない。ただ、ちょっとだけ、ちょっとだけ気になっているだけだ。でも、カズマさんのお願いだというなら仕方がない。うん、仕方がない事なのです。
「しょ、しょうがないですね! もう、本当にカズマさんはアクア先輩に甘いんですから! まったく……!」
「エリス様も大概ですけどね」
そう言って笑うカズマさんの顔を、私はまともに見れなかった。色んな意味で恥ずかしいというのもあるが、やっぱり私は彼が好き好きでたまらない事を再確認する。これが彼も口にしていた惚れた弱みという奴でしょうか……
それからは、私の不在における注意点を教え込み、万が一の事態のために、王都最高のプリーストへの紹介状も書いた。そして、成果が得られなくても2か月後には必ず戻ると約束もした。でも、やっぱり心配は拭えない。アクア先輩も私もこの世界からいなくなるのだ。
ん?
だとすると……
「…………」
「エリス様?」
「っ!? な、なんでもありません!」
今、私は何を考えたのであろうか。だめだ……自分が怖い……! このままだと……
そんな時、玄関の扉の先から獣の唸り声が聞こえてきた。そして、その獣の名前を呼ぶ女の声もする。私はさよりちゃんを急いでベビーベッドに戻してから、府抜けた顔をしているカズマさんの唇を強引に奪う。驚愕の表情を浮かべる彼の頬を撫でてから、唇を離す。それから、彼の耳元でそっと囁いた。
「大丈夫ですよカズマさん。あなたには私がついていますから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天界についた私は自分の愛用の椅子に深く座り込む。これから、アクア先輩を探す旅だ。カズマさんにあんな約束をしてしまった手前、やらないわけにはいかない。しかし、本当に妬ましい。私も彼に心配されたい。私の事に心を砕いて欲しい。
「…………」
私はぶんぶんと首を振る。私は彼の頼れる女神様なのだ。だから、しっかりしないといけない。そして、あの駄女神の情報を絶対手に入れる。まぁ、ある程度の目星はついている。天界にいないならば、恐らく自分の……
「チャンス到来だよ」
そんな囁きが、私の右方からした。顔を向けるとニヤニヤとした微笑みを浮かべた自分の分身がいた。胡乱気な目つきの私を彼女は気持ち悪い笑みで受け流す。そういえば、独立思考を解除していなかった。いくら私自身とはいえ、必要ない時に勝手に動かれては困る。
「クリス……あなたにはしばらくの休眠を……」
「チャンス到来だよ」
「何が……」
「チャンス到来だよ」
「…………」
「チャンス……うぐっ!?」
気が付いたら、私はクリスを蹴とばしていた。自分自身に何をやっているんだと変な気持ちになったが、いくらかスッキリする。改めて椅子に座り直し、私は背もたれに体を深く預ける。なんだか疲れた。アクア先輩の事は明日からでも別にいい。今日はぐっすり休む。そうしよう。幸い、自分を慰めるために最高の素材を手に入れた。ふふっ、まだ彼の暖かさが残っている。
「チャンス到来だよ」
彼女の言葉に、私の我慢は限界を飛び越えた。さっきから一体どうしたというのだ!
「いい加減にしてください! あなたはさっさと休眠状態に入って!」
「だからさ……」
その瞬間、クリスの姿が掻き消える。そして、私の首筋に冷たい刃が当てられた。ああっ、やめて欲しい。カズマさんの熱が逃げてしまう。
「チャンス到来って言っているでしょう?」
もちろん、クリスのダガー程度では私に傷一つつけられない。でも、私は何故か怖くて仕方がなかった。だから、何も言えなくなった。
「何の事ですか?」
「しらばっくれないで。あたしとアクア先輩がこの世界にいない。これが意味する事を分からないはずがないよね」
押し黙る私をニヤニヤとした表情でのぞき込むクリスに私は嫌悪感を覚える。自分の分身……私自身はこんなにも醜い姿をしていたのだろうか。いや違う。私は穢れ無き女神だ。これは私じゃない……私じゃ……
「ねぇ、“私”は決して諦めていない。違う?」
「ええ、違います。私は現世の事は諦めました。私の戦いは彼の死後です。現世はダクネス達と共に平穏に過ごすのです」
「へぇ、じゃあ何で今も彼を手に入れる準備を続けているのはなぜ?」
「…………」
「諦めなよ。“あたし”は“私”なんだよ。全ての考えが筒抜けだし、あたしの思う事は私が思っている事でもあるの」
クリスが溜息を吐きながら、ダガーの腹で私の頬をペチペチ叩いた。その冷たさが、私を冷静にさせる。やっぱり、クリスは私じゃない。クリスは穢れに……狂気に取り憑かれている。こんなの絶対に私ではない!
「助手君、あたし達の“部屋”にこないねぇ……」
「っ……!?」
何故か、力が抜けて膝から崩れ落ちてしまった。そして、冷たい床にうつ伏せに倒れ込む私を、クリスが無表情で見下ろしてくる。なんだか、全てが見透かされたような気がして、体の震えが止まらなくなった。
「クリス、私はその選択は絶対に選びません! 私はカズマさんが幸せならいいんです! 彼の幸せを壊す事は、さよりちゃんの幸せを壊すことになるんです! だから、絶対に……絶対に……!」
震える唇で何とか紡いだ言葉を、クリスは興味なさそうに聞き流したす。そして、ヤレヤレと肩を竦めながら歪んだ微笑みを浮かべて私の耳元でそっと囁いた。
「それはカズマさんの幸せじゃなくて、ゆんゆんの幸せだよね?」
「あうっ……」
「確かに、このまま諦めてもあたし達は幸せになれる。でも、“私”の理想の幸せじゃないよ」
私は思わず耳を塞ぐ、そんな事は聞きたくない。私だって、泣きながら妥協したのだ。でも、これでいい。私は最終的に勝つのだ。だから、現世の事はもう諦めていいんだ。
そんな時、頭部に痛みが走る。どうやら、クリスが私の髪の毛を引っ掴み、無理やり頭部を持ち上げられたらしい。何が何だか分からず混乱している私の頭を、クリスは固い床に思いっきり叩き付けた。
「自惚れんな!」
「いあっ……!?」
「“私”の癖に自惚れんな!」
「あぎっ……!? やめ……痛い……それは痛いです……」
「うるさいこの負け犬!」
「ひゅぎっ!? いや……違う……痛い……負け犬じゃない……やめて……いぎゅっ!?」
それから、何度も何度も床にたたきつけられた。女神として頑丈な私でも痛いものは痛い。何より体以上に、クリスから発せられる言葉が私を縫い殺すように突き刺さる。違う……私は自惚れてなどいない……負け犬なんかじゃ……
「私が負け犬……?」
「そうだよ。やっと分かったの? めぐみんを自惚れなんて言ってバカにしてたけど、“私”の方がもっともーっと自惚れてる。真のバカで負け犬なのは“私”なんだよ」
「いやっ……違う……! 私は負け犬なんかじゃ……! いぎゃっ!? やめて……もうやめてよう……!」
「いい加減に認めなさいよ負け犬」
「ちが……私は勝つんです……最後にカズマさんと……契約して……あがっ……!?」
そこで、ふと気づく。本当にカズマさんは私と契約してくれるのだろうか? もしかしたら、ゆんゆんと転生や天国へ行く道を選ぶかもしれない。そんな事は許されない。彼は私のものだ。絶対に死後は引き離してやる。いや、めぐみん達も……
「違うでしょ……」
「何がです! もしかしたら、彼の魂が他の世界に……!」
「このままだとアクア先輩に負けるよ」
その瞬間、私は全てを理解した。なるほど、こんなにも長々と思考しておいて、そんな事に気付かないとは本当に私は自惚れが過ぎた負け犬だ。思わず、自嘲の笑みを浮かべてしまう。でも、目が覚める思いだ。もしかして、これが“覚醒”というものだろうか。スッキリとした思いの私を見て、クリスが満足気に頷く。そして、手を私の方へ差し出した。
「“私”の敵はゆんゆんじゃない。アクア先輩だよ。それなら、奪っちゃおうよ。アクア先輩の居場所を……助手君の隣を……!」
「ええ、そうですね。そこが私がいるべき場所ですから」
クスクスと笑いながら、クリスが差し出した手を私はギュっと握る。もう、私は諦めない……“容赦はしない”
「それじゃあ、一世一代とも言える大博打に!」
それは私が言うべきセリフだ。
だから、私は――
「いってみよう!」