※この作品はR-18です。

てぃーちんぐゆんゆん   作:ルイ提督

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この話以降は観覧注意ですよー


復活する狂気

 

 

 

 新人冒険者の街アクセル。普段は夢と希望に満ちた新人達で賑わう場所であるが、現在は苛烈な戦場と化していた。

 当初はとある冒険者の密告により始まった小規模な悪魔討伐作戦は、背後にいる大悪魔と不死王リッチーの存在が確認されて以降は大規模な作戦へと変化した。そんな争いも3日目にして終わりが見えてきた。

 サキュバス達の親玉である大悪魔バニルと召喚された眷属、及び堕落して悪魔の味方となった男性冒険者達を討伐隊がアクセル中央広場にて完全包囲する事に成功したのだ。

 

 

 

「という事で滅んでくれませんか悪魔さん?」

 

「何がということでだ。卑怯者め」

 

「卑怯で結構。あなた達のような悪魔の傲慢さを逆手に取ったのです」

 

「むう……」

 

 目の前で薄ら笑いを浮かべる女の言葉を受け、悪魔公爵であるバニルはしばしの間考え込む。今回の事は、はっきり言って完全に手玉に取られた。どのような手段にしろ、騙される方が悪いのだ。これは普段は騙す側の悪魔においても常識のようなものだ。少し平和ボケしていたかもしれない。

 

「うむむ……ここで滅ぼされるのも悪くない気がしてきたな……」

 

「いい心がけです。どんなに強力な怪物や悪魔でも、最後は非力な人間の知略と団結によって滅ぼされる。古くから続くお約束じゃないですか」

 

「うむうむ、そうであるな! よし、こうなったら我輩を一息に……!」

 

「いい加減にしてくださいよバニル様!」

 

「む……」

 

 女を前にして腹を向けて横たわったバニルに、配下である悪魔たちのツッコミが炸裂した。彼らは自分たちの主の姿に涙目になっていた。この人はこんな所で滅ぼされるべきではないと。

 

「バニル様、いい加減に“人間を殺すな”なんて命令は解除してください! それがなければ私達は人間なんかに負けません!」

 

「それはどうでしょうか?」

 

「あぎゃっ!? えっ……あっ……?」

 

 乾いた音が辺りに響いた後、バニルに詰め寄っていた悪魔が府抜けた表情を浮かべながら突然灰になって消えた。下級とはいえ、それなりの力を持っていた悪魔が滅ぼされる光景に配下達に僅かな動揺が広がる。そんな悪魔達を見て、女は笑みを深くした。

 

「私達は対悪魔用の道具を複数所持しています。例えば、私が今使った回転式拳銃は闇に属するあらゆる存在を倒せる武器……の贋作です。まぁ、下級悪魔程度なら問題なく滅ぼせるようですけどね」

 

 女はそんな事を言いながら、回転式拳銃を手の中でくるくると弄んだ。その彼女の横に、今度は神官服の男が現れる。彼の姿に悪魔達は恐怖した。アイツは目の前の聖女よりヤバイ奴だと……

 

「道具を使わなくても、あなた達はどの道終わりですな。この完全包囲……エリス教徒とアクシズ教徒の連合討伐隊に敵うとお思いで?」

 

「ひぃっ!?」

 

 男の言葉に悪魔達の一部から悲鳴が漏れた。世界を平定し力を増したエリス教、悪魔の中でも悪名高いアクシズ教の信者数百名に包囲されているのだ。できるだけ考えないようにしていたが、正直この状況は悪魔にとって詰んでるとしか言いようがない。

 

「此度の協力には感謝していますよゼスタ司教」

 

「いえいえ、悪魔を滅ぼすためなら我らアクシズ教団も喜んで協力致しましょう! お礼ならその薄い胸でパフパフして頂ければ……!」

 

「死ね」

 

「びゃひっ!? ありがとうございます! ありがとうございます!」

 

 女に蹴られながら悶えるゼスタに悪魔達はさらに恐怖した。やっぱりアクシズ教団って頭がおかしいキガイ集団だ。もう魔界に帰りたいという泣き言が悪魔達から漏れ始めた。

 そんな戦意喪失した悪魔達に変わって、今度は男性冒険者達の一団が現れる。彼らは鎖で繋がれた聖職者達……人質を確保していた。

 

「なぁ、エリス教にアクシズ教の皆さんよぉ! 俺達はもう戦う理由が無くなっちまった。ここの悪魔どもは滅ぼしてもいいけど、バニルの旦那とウィズさん、サキュバス達は見逃してやってくれねぇか? こいつら解放するからよ」

 

 冒険者たちのリーダーの発言には力がなかった。当初はサキュバスを逃がすために立ち上がったのだが、多くのサキュバスは滅ぼされるか捕縛された。逃がす事ができたのは数名の新人サキュバスのみだ。彼らは自分たちの力の無さを痛感していたのだ。

 そんな彼らの前に、討伐隊側が確保した人質が同じく鎖に繋がれた状態で引き出された。それは10名程のサキュバスと項垂れる不死王……ウィズだ。

 項垂れる不死王の姿を見て、今まで沈黙を保っていたバニルが僅かに体を動かした。女はその仕草を見逃さない。すぐさま回転式拳銃をウィズの頭部にあてがって薄笑いを浮かべた。

 

「冒険者の皆さん。すぐさま人質を解放し、悪魔達を討伐しなさい。これから5分毎にサキュバスを一人ずつ滅します。それが終わったら、この不死王も……さぁ時間はありませんよ?」

 

「ちょっ!? 鬼畜すぎるだろ! あんた本当に聖職者かよ!」

 

「悪魔は人類の敵です。この行いもエリス様はお許しになるでしょう」

 

「くそっ……! こっちも人質を殺すぞ!」

 

「それをしてしまったら、あなた達は終わりです。全員残らず火刑にします。それに、彼女達はすでに神に殉じる覚悟は出来ています。私達には人質など通用しません」

 

「ああもう! どうしろってんだよ!」

 

 冒険者達の間で内輪もめが始まる。もちろん、悪魔達にもだ。彼らは一斉にバニルに詰め寄り、命令の解除や逃亡の方法を話し合う。肝心のバニルは項垂れるウィズをじっと見つめていた。そんな視線に気づいたウィズは少し無理がある笑顔をバニルに浮かべて見せた。

 

「バニルさん、私はリッチーになってからこうなる事は覚悟していました。ですから、私はもういいんです。でも、バニルさんは違うでしょう? ダンジョンを作って人を馬鹿にしながら滅びる夢はどうしたんですか? あなたはここで滅びるべきではないんです!」

 

「ウィズ……」

 

「あれ!? 今名前を呼んでくれました!? も、もう! 私の事はいいから早く逃げてください!」

 

「急に興奮し始めるな貧乏店主よ」

 

 顔を赤くしながら興奮しているウィズを見て、バニルはため息を吐く。何やら彼らの間で緩い雰囲気が流れ始めた時、一発の銃声が響き渡る。そして、一人のサキュバスが灰となって消えた。

 

「5分経ちましたよ?」

 

それから、悪魔と冒険者達の言い争いの声が大きくなった。

 

 

 そして、6発目の銃声が響いた時、ついに下級悪魔の一部が痺れを切らした。彼らは人質の中から女性を連れ出し、汚らわしい性器を取り出して下卑た笑みを浮かべた。その凶行に、男性冒険者達も静かになる。

 

「おい、エリス教の女! 俺達はこいつを殺せない! でも、純潔を奪って死にたくなるほどのトラウマを植え付ける事はできるんだぞ! やめて欲しければ俺達を見逃せ!」

 

「彼女達は全員非処女なんで純潔なんてないですよ?」

 

「はぁ……って本当だ!? 穢れてやがる! お前ら聖職者として恥ずかしくないの!?」

 

 下級悪魔の声に、人質の女達がブーブーと文句を言い始める。そんな時、人質の中から一人の女性が前に進み出た。彼女は覚悟の決まった表情で悪魔に近づくと、その足元に跪く。彼女のしようとしている事を察した信者達はその高潔さに涙し、人質達はよっしゃと内心でガッツポーズを作っていた、

 

「犯すのは私だけにしてくれ。だから他の人質には手を出さないで欲しい……」

 

「ほう? 殊勝な心がけじゃないか! それならお前を初めに犯してやろう! おら! どうするエリス教の女!」

 

 下級悪魔は人質の女性を片腕で抱きながら、拳銃を握る女を睨み付ける。そして、今まで超然としていた女は、ここで初めて動揺した。その姿に下級悪魔はしてやったりと微笑んだ。

 

「あなたは……ダクネスでしたよね! そんなバカな真似はよしなさい!」

 

「いいんです旅の聖女様。私の事は気にせず己の使命を全うしてください」

 

「でも……!」

 

「いいんです……」

 

 何やら今までと違ってひどく動揺している女に下級悪魔はほっと息を吐いた。これで少しは交渉の余地が生まれた。自分はもうダメかもしれないが、主人のバニル様とお気に入りのリッチー娘を逃がすくらいはできるかもしれない。だから……

 

「ひゃぎっ……!? さよなら……バニル……様……」

 

銃声と共に、一匹のサキュバスがまた灰になった。

 

 

「5分経ちました……」

 

 

 顔を俯かせ、声を震わせながらも女の声は強硬な姿勢を見せた。その光景を前に下級悪魔はついに限界を迎えた。

 

「ふざけんな! もう、後悔しても知らねぇからな! おら脱げ!」

 

「ひぃっ!? やめ……やめてくれ……やだ……!」

 

「おいおい、さっきまでの威勢はどうした女!」

 

 ダクネスが下級悪魔に服を破り捨てられた。その光景を討伐隊は歯噛みしながら見つめ、男性冒険者は黙り込む。そして、他の悪魔達はこのままではマズイと理解してバニルに詰め寄った。

 

「バニル様! どうするんですか! このままじゃ私達滅ぼされますよ……!」

 

「我輩達は敗者だ。それならば、大人しく滅びるのが悪魔としての美学であろう」

 

「ああもう! 滅びるならバニル様だけにしてくださいよ!」

 

「おい、我輩の眷属としてそれは言っちゃダメだろ」

 

 バニルの周りが騒がしくなるなか、男性冒険者達は沈黙を保っていた。彼らの視線の先にはダクネスの姿がある。冒険者の間では変態貴族で通っていた彼女なら、凌辱されても喜ぶのではと割と楽観的であった。しかし、衣服を破られて本気で泣き叫ぶ彼女を見て、自分たちの行動に疑問を持ち始める。俺達は一体何をやっているのだろうと。

 

「ヒッヒッヒ! おい、まずはその口でして貰おうか!」

 

「うっ……くっ……いやっ……! あっ……うぶうううっ!?」

 

「おう……人間の女にしてはなかなかの……おっ……?」

 

それが下級悪魔の最後の言葉であった。首を剣で切り飛ばされ、まるで最後の置き土産を残すように大量に射精する悪魔を見て、男性冒険者達は己の武器を握りしめた。やっぱり、こいつらこそ自分たちの敵だ。

 

「サキュバス以外は死ね!」

 

「滅べ人類の敵!」

 

「なっ……貴様ら裏切り……ぐぅぅっ!?」

 

 反旗を翻した男性冒険者達の姿を見て、討伐隊も一気に殲滅戦を開始する。ついに均衡が崩れ、決着がついたのだ。バニルの命令を無視して本格的な反撃を始める悪魔もいたが、もはや多勢に無勢。多数のプリーストの支援を受けて正に不死隊となったクルセイダーやパラディンがバニルの配下を討ち取っていく。

 女はその光景を見て、深く安堵する。これで予定より長引いた悪魔討伐は終わりだ。後はしぶとく生き残る大悪魔との交渉だけである。ほっと息をつきながら、彼女は残るサキュバス達を拳銃で撃ち殺した。

 

「あの……」

 

「なんですかゼスタ司教?」

 

「交渉した手前、流石に男性冒険者も怒るのでは……」

 

「手が滑りました」

 

「ああ、手が滑ったなら仕方ないですな!」

 

 

 

 

 

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 結局、半刻程立った頃には悪魔は殲滅され、残るはバニルだけとなった。彼はこの状況にため息を吐く。自分だけなら助かる事はできそうだが、ウィズを救出するのは難しい。

 彼らがいなくなるまで憑依を繰り返そうとも思ったが、憑依者ごと容赦なく攻撃してくる。おかげで憑依先の人間が一人死んでしまった。これには悪魔としての美学を重んじる自分の自尊心が少し傷ついた。正直言って万策尽きたと言っていい。

 

「悪魔バニル。すべての“抵抗”をやめて、大人しく滅びなさい。そうしたら、彼女だけは助けて上げましょう」

 

「バニルさん! 私は本当にもういいんです! というかバニルさんって私の事が好きすぎてそんな態度をとっているんですか!? あっ……その……嬉しいですけど……やっぱり……もう……うふふっ……!」

 

 妙な勘違いをして不気味に笑うウィズを見ながら、バニルは思考の海に沈む。今回の事は見通す悪魔である自分にとっても奇襲と言えるものであった。しかし、発端となった事件はいつか起こるであろうと危惧していた事であるし、彼ら討伐隊の一連の動きもその理に適っている。

 しかし、目の前で薄ら笑いを続けている女は実に不気味であった。まったく持って見通せない思考に、謎の魔道具や悪魔を街に閉じ込める大規模魔法陣の作成。おまけにウィズを使って自分の本体すら魔界から引きずり出す交渉と駆け引きの手腕。

 この女のせいで、悪魔討伐は非常にうまく“いきすぎて”いる。恐らく、何処かの神の息がかかっている可能性が高い。だが、彼女は確かに人間であった。それとも、これが神の分霊という奴であろうか。なるほど、それならば“色々”と納得がいく。だが、何故こんな事を? 単に悪魔が目障りだったのか、それとも別の目的があって……

 

しかし、これは単なる推測にすぎない。物的証拠も証言も全くない。

 

うむ、これはしてやられたな……

 

 

そんな時、女の前に男が跪いた。

 

 

「ゼスタ司教、また何か?」

 

「はい、聖女様! このリッチーの裁きはもう少し待って頂けませんか?」

 

「理由を言いなさい」

 

「おおう……その私を見下す目は実にいいですな……! おっと、理由はですね……」

 

 それから、ゼスタの無駄に長い説明が始まったが要約すると、“ウィズはアクア様の友人であるから少し待ってほしい”との事だった。現在、彼らの主神であるアクアは諸事情により不在。彼女から直接意見を聞いてから裁きを行って欲しいという事であった。

話を聞いたエリス教の女は不機嫌そうな顔になったが、仕方がないとばかりに肩を落とした。そして、少しだけ羨ましそうにゼスタ達アクシズ教徒の事を眺めた。

 

「甘いですね……」

 

「アクア様を甘やかす事も我らがアクシズ教の使命です!」

 

 はっきり言い切ったゼスタを見て、女も苦笑した。ここまで、言われてしまったら彼女にある大義名分も少し薄れてしまう。それに、この悪魔公爵は色々と不確定要素が多すぎる。それならば、討伐するよりも確実な手段をとってこの悪魔を制御しようと女は考えた。

 

「悪魔公爵バニル、不死王ウィズ。私達の使命は不貞を働いていたサキュバスを討伐した時点で終わりました。あなた方が今まで秘匿されていた理由は住民やギルドからも伺っています。それに、眉唾な情報ですが魔王討伐の手助けもしたそうですね。これらの事から情状酌量の余地があります。ですが、今更になって見逃す事はできません。ですから……」

 

女は懐から2枚の紙を取り出し、バニルとウィズに渡す。

 

そして、にっこりと微笑んだ。

 

 

 

「エリス教の名のもとに、この“契約”に従いなさい」

 

 

 

 

 

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 天界にて待機していた私は、帰還した女の表情を見て安堵した。どうやら、上手くいってくれたらしい。修道服で身を包んだ女はすぐさまそれを脱ぎ捨て、私の施術を受ける。そして、いつも通りの姿を取り戻して彼女は疲れたとばかりに床に転がった。

 

「ああっ……聖職者なんかやりたくなかったよ……」

 

「ふふっ、実に似合ってましたよクリス」

 

「いや、アンタにそんな事言われてもねぇ……」

 

 頬をポリポリかくクリスを見て私はクスクス笑った。彼女は一時的に“別人”となって聖職者として活動してもらった。それが本意ではない事を私自身把握している。しかし、これはカズマさんを手に入れるために必要な事なのだ。

 だが、クリスはとても落ち込んでいた。私は感覚共有を行って思いを共にする。そして、私自身も落ち込む事になった。

 

「ダクネスがちょっと……」

 

「ええ、分かっています。しかし、これは私にとって想定外です。彼女はいずれこちらに引き入れます。ですから、それまでは私の役にたってもらいましょう」

 

「うん……」

 

 落ち込みながらも、ほとんどの準備を終えた事を理解する。不確定要素の排除はこれで完了だ。そして、必要な使い捨ての人材も確保済み。

 

私の第三の作戦

 

これは色んな意味で後戻りができないものなのだ。だが、やるしかない。

 

 

 

「待っていてくださいカズマさん」

 

 

 

 

 

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 アクアさんが家出をしてから一カ月半。私は紅魔の里で平穏な日々を過ごしていた。少し蟠りのあった両親との関係も修復し、子育てもいくらか楽になった。

 さよりの成長を夫のカズマさんと毎日のように発見する喜びはとてつもないものだ。そして、夫婦の営みも恥ずかしながらも、本格的に復活した。このまま二人目を作る気かというカズマさんの勢いに私はちょっぴり不安だったりする。でも、幸せな毎日である事には変わりない。うんうん……私って本当に幸せだ……!

 

「こんな幸せがずっと続くといいね……ねぇ、さより?」

 

「!?」

 

「あうっ!? 急にどうしたのさより? お腹減ったの!?」

 

 腕の中で暴れ始めたさよりを私は何とか落ち着かせる。そして、彼女の頭を撫でながらほっこりした気持ちになっていた時、お昼の鐘がなった。今日のお昼は実家で頂く予定であった。だから、約束の時間までにお昼の散歩をしよう。そう考えて、私はさよりを抱いてカズマさんのいる書斎へと向かった。

 部屋に入ると、カズマさんと秘書のあるえが忙しそうに動いていた。やっぱり遠慮すべきかと思ってゆっくり扉を閉めようとした時、私に気付いた彼がこちらに足を運んできた。

 

「どうしたゆんゆん? 何か用か?」

 

「いえ、何やら忙しそうなので少し気になったんです」

 

「ああ、ちょっと商会で面倒な事が起こってなぁ……」

 

「まったくだよ! ぶっころりーに任せたのはやっぱり失敗だったね!」

 

 少し面倒臭そうなカズマさんと興奮気味なあるえの愚痴が始まった。曰く、ぶっころりーさんとめぐみんに任せた商隊が国境で足止め。そこまではしょうがない事なのだが、その足止め中に積み荷の一部を盗まれてしまったようだ。盗まれた商品の補充するために現在カズマさん達が奔走中との事。これには私もぶっころりーさんに対して同情する。基本的に盗む方が悪いのだ。

 

「まぁ、仕方がないって事で……ってよく見たら昼じゃないか。もしかして散歩の誘いか?」

 

「ええ、でも忙しそうなので私一人で行ってきますね」

 

「しかしだなぁ……」

 

「社長! 早く終わらせないとお昼の約束に間に合わないよ!」

 

「そうですよカズマさん。仕事が終わってから、ゆっくり食事を頂きましょう?」

 

「うむむ……」

 

 結局、カズマさんは私の説得で折れた。彼もお母さんの食事が楽しみらしい。そして、私は仕事に励む彼の姿に胸が高鳴った。こういうカズマさんも実にいい。今日の夜は凄い事をしてあげようと意気込んでいると、彼が心配そう耳打ちしてきた。

 

「ゆんゆん、国境の警備が急に厳重になったのは、どうやら王都の地下牢獄から犯罪者が脱獄した事が原因らしい。お前も気をつけろよ?」

 

「もう、心配しすぎですよ。こんな田舎に犯罪者なんてきませんよ」

 

「なんでお前はまたフラグになるような発言をするんだよ! まったく……おい毛玉! ゆんゆんとさよりを頼むぞ」

 

「ガゥ!」

 

 書斎の窓際で日向ぼっこをしていたじゃりめが、カズマさんの声で飛び起きる。そして、任せろと鳴いた後、私の隣に陣取った。思わず、その真っ黒な毛並みの頭を撫でてしまう。ゴロゴロとした声をあげるじゃりめに私は笑みをこぼす。この子は本当に頼りになる子なのだ。

 

「それじゃあ行ってきますねカズマさん!」

 

「うい、行ってらっしゃい……」

 

 脱力気味に手を振るカズマさんの頬に軽いキスをした後、私は気分よく家を出た。お決まりの散歩コースは紅魔の里をぐるっと一周する単純なもの。道中話しかけてくる里の奥さん達や住人と適度に会話しつつ少しの運動と日光浴を楽しんだ。

 そして、木陰で小休止を取ってゆったりとした時間を過ごした。気持ちいい風を受けながら、さよりの体温とじゃりめの毛並みをモフるのは本当に幸せだと言える。

 

「これでカズマさんがいれば完璧でしたね……」

 

 そんな馬鹿な独り言を言いつつ、私は立ち上がる。そろそろお昼の約束の時間だからだ。服についた草や少しの砂を払い落とし、実家へ行こうと歩き出した時、私の前に困った顔を浮かべた女性が現れた。彼女はエリス教の修道服に身を包み、ベールからのぞく髪は赤色であった。おまけに首からは巡礼者の証をつけている。それだけで、最近増えた里外の観光客だと私は察した。そして、私の姿を見つけた彼女は助かったとばかりに駆け寄ってきた。

 

「あの……すみませんがちょっと手を貸して頂けないでしょうか……?」

 

「私にできる事なら……」

 

「ガルル!」

 

「ひゃぁ!?」

 

 突然、じゃりめが女性に唸り声を上げた。女性は尻餅をついて目を白黒させている。私はというと、普段は大人しいじゃりめの変化に驚いた。こんな態度を取るのはエリス様やクリス、明確に私に危害を加えようとする人間に対してだけだ。

 だが、じゃりめはエリス様だけでなく盗賊衣装や修道服の女性にも苦手意識を持っている事は私も把握している。どうやら、彼女の巡礼服に過剰反応をしてしまったようだ。

 私は宥めようと頭を撫でるが、じゃりめは私の服の裾をに噛み付いて引っ張ってくる。その光景を見て、女性はガクガクと震えていた。私はしょうがなく奥の手を使う事にした。

 

「じゃりめ! ハウス!」

 

「ガウ!? ガ――」

 

 じゃりめは私の影の中に沈んでいった。これでよしと手を叩いた後、私は女性を助け起こして優しく微笑みかけた。

 

「すいませんね。ウチの子が驚かせちゃいまして……困っている事があるならお聞きしますよ?」

 

「え……!? ああ……ありがとうございます! その、本当に少し困った事が起きちゃいまして……!」

 

 それから、私は巡礼者の女性の話を聞きながら移動を開始した。なんでも、彼氏と二人の旅行で紅魔の里に来たのだが、里の入り口付近で小さなモンスターに荷物を奪われてしまったらしい。夫はそのモンスターを追いかけ荷物を取り返したのはいいものの、手傷を負ってモンスターの毒で軽度のマヒも発症してしまったそうだ。

 彼女は魔道具店の場所を聞いてきたのだが、私は直接助けようと申し出た。幸い、治癒ポーションはいくつか持ち歩いている。

 

 彼女は私に感謝の言葉を述べた後、やっぱり紅魔族がとても親切だという噂は本当だったのですねと微笑んだ。私は笑顔の彼女に苦笑を返す。

 というのも、紅魔の里にあるアクシズ教会とエリス教会はとても豪華であり、尚且つ女神達が自ら建立したものだ。おまけに常に地上にいるアクアさんと、毎日のように降臨するエリス様のおかげで紅魔の里はアクシズ教、エリス教、両方の聖地に認定されていた。

 無論、巡礼者という名の観光客は大幅に増えた。お金を落としていく巡礼者には優しくしろというのはすでに里の掟になっていたりするのだ。

 しばらく歩き続けた後、巡礼者の女性の案内で魔獣の蔓延る森へ侵入する。少し危険かと考えたが、5分程で件の男性が木陰で倒れている姿が見えた。慌てて駆け寄る女性の後に、私も続いた。

 

「あなた大丈夫!?」

 

「ああ、大丈夫だよ。それより解毒ポーションは……?」

 

「それは……お願いしますゆんゆんさん……」

 

「任せてください! あっ、少しさよりの事をお願いできますか?」

 

「もちろんです! ふふっ……可愛い……!」

 

 巡礼者の女性にさよりを預け、私は男性の様態を確認する。どうやら本当に軽度の麻痺らしく、治癒ポーションを口に含ませるとすぐに回復した。自分の体をチェックするように動かしながら男性は私に感謝の言葉を述べる。そんな男性に謙遜しつつも、内心は嬉しかった。やっぱり、人に感謝されるというのはいいものだと思う。

 

「すいません! なんとお礼を申し上げてよいやら……」

 

「いえいえ、その感謝の言葉だけで十分ですから」

 

「ああ、本当にありがとうございます奥さん!」

 

「あっ……ふふっ……そんにゃ……」

 

 思わず口がもにょもにょしてしまう。他人に“奥さん”と呼ばれるのは少し嬉しい事だったりする。なんだか、カズマさんの妻になった事を実感できる言葉なのだ。そんな私を見て、男性は少し興味深そうな目つきになった。視線の先は私の左手……指輪があった。

 

「指輪が気になるんですか?」

 

「え? ああ、そうなんですよ! 私も結婚を考える時期でしてね……」

 

 男性の言葉と、若干顔を赤くする彼女を見て納得する。つまりはそういう事なのだろう。なんだか、見ていて微笑ましい。

 

「高そうですねその指輪」

 

「えっ……」

 

 男性の言った一言に少しムッとする。この人は少しデリカシーがない人のようだ。適当に苦笑いを返しつつ、そろそろ別れを告げようとした時、男性が私の左手を掴んできた。流石に腹が立った私は男性の手を強く振り払った。

 

「もう、急に……あれ……?」

 

 私を突如として違和感が襲う。それを確認するために私自分の左腕を見た。別にいつもと変わらない自慢の白い肌だ。でも――“手首から先が綺麗に無くなっていた”

 

 

「えっ……うぅ? あっ……ああああああああああああっ!?」

 

 

 

 遅れたようにやってくる激痛を受けて、私はのたうち回る。意味が分からない。どうしてこうなった? 急に何故……いたい……痛い痛い痛い! なんでこんな……痛い……なんで……!? 私の手は……どうして……どこに……! 

 

「うし、手とバックも持っていけ立派な戦利品だ」

 

「はいよ。あんたも遊ばずに早く来なさいよ? 私はさっさと逃げたいの……だから……ほいっ!」

 

「ああっ!? 何しやがるクソアマ!」

 

 地面に崩れ落ちていた私に何かの液体が振りかけられる。その瞬間、体の節々が痛くなったどうやら何かの毒液のようだ。手首の痛みと出血による視覚的ショックに毒の痛みが加わり、私は声にならない悲鳴を上げながら地面にのたうち回る。

 そんな時、私のお腹にドスンという鈍い衝撃が加えられる。どうやら蹴り飛ばされたらしい。他人事のように自分の状態を確認しつつ、私はこの事態の原因となった人物を見上げる。修道服に身を包んだ男性は下卑た笑いを浮かべながら、両手にダガーを持っていた。

 

「奥さん、犯されながら死ぬのと切り刻まれながら死ぬの、どっちが好み?」

 

「なんでこんな事を……!」

 

「口答えはするな」

 

「あうっ……!?」

 

 太ももに、ダガーが突き立てられた。その痛みでまた悲鳴を上げてしまうが、蹴り飛ばされる事で無理矢理黙らされる。そして、地面に横たわる私に馬乗りになってきた。気持ち悪いってものじゃない……今まで受けた苦痛……それが霞むほど気持ち悪くて痛くて苦しかった。

 

「答えがないなら犯す事に決定だ奥さん! いやー娑婆に出てこんな上玉とヤレるなんてな!」

 

「この……!」

 

 

その男の言葉で私は理解した。こんな屑野郎は早く死ぬべきだと。

 

 

「さーて、それじゃあそのデカいおっぱいを……」

 

「じゃりめ!」

 

「ん? 何が……がああああああああああっ!?」

 

 私の言葉と共に、陰から漆黒の獣が飛び出した。じゃりめはすぐさま男の首筋に噛み付き、一気に食い千切る。私よりも無様な悲鳴と血しぶきを上げながら、男は地面に崩れ落ちた。仕事を終えたじゃりめは、私に心配そうにすり寄ってくる。少し安心した気持ちになったが、そんなものはすぐさま消えた。

 

 

「さよりは……?」

 

 

 気付いた。さよりがいない。なぜ……? そういえば、あの女性に預けたままだ。女性は……!

 その瞬間、先ほどレイプされそうになった時の恐怖と痛みを超える苦痛と不安に襲われた。さよりが……さよりが攫われた!

 

「じゃりめ! あの女を追って!」

 

「ガウ……」

 

「私はいいから早く! お願い! さよりを助けてじゃりめ!」

 

「……!」

 

 じゃりめは森の奥へと駆け出した。その姿を見て私は少し安心する。でも、さよりへの心配はその程度では無くならない。死にそうになるほどの不安で私は……

 

「あう……?」

 

 地面に血だまりが出来ていた。当然だ。今も手首からは溢れるように出血しているからだ。冗談ではなく、このままだと死んでしまう。しかし、治療する手段がない。治癒ポーションが入ったカバンは盗られてしまった。

 私は出せる限りの大声で助けを求めたが、一向に人が来る気配はない。だから、私は腰に付けていた短杖を取り出してテレポートの魔法を詠唱する。しかし、何故かテレポートの魔法は不発に終わる。試しにクリエイト・ウォーターを唱えてみたが、問題なく発動した。どうやら、この辺りはテレポート阻害が施された場所らしい。

 

「なるほど……全部……全部罠だったんですね……」

 

 自分に呆れる。私はあの男女の狩場に誘い込まれ、あっけなく全てを奪われた。注意力が足りないなんてものじゃない。やっぱり、私はカズマさんがいないとドジで屑で間抜けなぼっちなんだ。ふふっ、ここまま……このままだと私は死ぬ……?

 

「し、死にたくない!」

 

 当り前だ。死にたくない。まだ幸せを掴んだばっかりなのだ。こんな所で……カズマさんとさよりを残して死にたくなんかない!

 何とか這って自力で体を動かそうとするが、ナメクジ程度のゆっくりした動きしかできない。助けが得られないというなら、自力で治療するしかない。私は急いで現状を確認すると、すぐさま対処すべき箇所を見つける。

 それは出血を続ける手首だ。このままだと出血多量で死ぬ可能性がある。私は急いで袖をまくりあげ、手首に向かって魔法を唱えた。

 

「“ファイアボール”……がっ!? ぐうううううっ!」

 

 腕が炎に焼かれる痛みを私は袖を噛んで耐える。自分の肉が焼け、血が焦げる不快な匂いに吐きそうになりながらも私は耐えた。

 そして、処置が終わった自分の腕を見る。そこには無残に焼けただれた左腕があった。肝心の手首は大量の出血はないものの、にじみ出るように出血は続いていた。どうやら火力が足りなかったらしい。付け焼刃の知識でこんな事をするんじゃなかったと少し後悔した。

 そして、今更になって体に走る鈍痛のような痛みの危険性を知る。これはさっき女にぶっかけられた毒だ。幸いにも致死性ではなく、ジワジワと生命を削り取る毒であり、私の高レベルな肉体と耐性が毒をかなり軽度に抑えてくれているようだ。しかし、このままだと着実に体を蝕み、出血と合わさって自分は死んでしまうだろう。

 

「もう、死んでもいいかな……」

 

 思わず、そんな言葉が口から出てしまった。アクアさんとエリス様はいないが、蘇生が使える高位プリーストの居場所をカズマさんが知っているらしい。恐らく、2時間も経過したら、不審に思ったカズマさんと里の住人が捜索をしてくれるだろう。その時に死体を見つけて貰えばいい。私はなんだか寒くてたまらない体を抱きしめながら、そう思った。

 

 

『―――――!』

 

 

 それほど遠くない場所で、獣の遠吠えが聞こえた。そして近くの茂みがガサガサと揺れ、何処かから狼か犬の鳴き声と、ハァハァという獣の息遣いが聞こえてきた。

 

 

「死にたくない……死にたくない死にたくない死にたくない!」

 

 

 死体が“無くなった”ら蘇生出来なくなってしまう。私はまだ死にたくない! 幸せだって足りないし、さよりの無事を確認できなければ死んでも死にきれない! こんな所で……こんな理不尽な死を受け入られるはずがない!

 

「死にたくない……!」

 

だから私は――

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくした後、私は自力で立ち上がった。そして、自分の足に突き刺さったままのダガーを引き抜き、草むらに投げ捨てる。滲むような出血はあったが、それはすぐに止まった。左手に目を向けると、そこは相変わらず焼けただれているが出血は完全に止まっている。そんな自分の状態を確認した後、私は近くに転がる男に近づいた。

 男はじゃりめに首筋を食い千切られ、血だまりに沈んでいた。肉片と血にまみれた男の姿に私はざまあみろという感情しか浮かんでこない。

 

「ねぇ、さよりをどこへやったの?」

 

 私の質問に反応はもちろんない。試しに男を強く蹴とばしてみたが、ピクリとも反応しない。どうやら死んでしまったらしい。でも、まだ使い道はある。死んでいるなら、このクズに道案内してもらえばいい。短杖を取り出し、私は覚えたばっかりの呪文を詠唱した。

 

 

 

 

 

「“カースド・ネクロマンシー”」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「遅すぎる!」

 

「過保護だね~社長~」

 

「いや、もう約束の時間になっているんだぞ!」

 

「どうせ、その辺の奥様方と話してるんじゃないかい?」

 

 呆れたようにこちらを見るあるえに、俺は少しイラつく。ゆんゆんはこういう約束はきっちり守るタイプだ。仕方なく遅刻する場合は、相応の事態に巻き込まれている可能性が高いのだ。

 

「社長、もしかしたらここじゃなくて直接実家に行ってるかもよ」

 

「ああ、その可能性もあるか。どうする、お前も食っていくか?」

 

「いいのかい?」

 

「ああ、めぐみんが毎度のように突撃しくるからお義母さんが毎回余分に作っているんだよ。お前なら歓迎してくれるさ」

 

「むむっ、少し行きたくなくなったけど、今回はお言葉に甘えるよ。ゆんゆんのお家のご飯は豪華で美味しいんだよね」

 

 笑いながらそんな事を言うあるえにチョップをしつつ、俺は彼女を連れて族長の家へと向かった。そこに、ゆんゆんの姿はなく、どうやら本当に遅刻している事を悟った。そして、予定時刻から30分経過した時、流石におかしいと俺はゆんゆんを探す準備をし始めた。

 そんな時、俺とあるえ、ゆんゆんの家族が待つリビングに、一つの人影が音もなく現れた。人影がゆんゆんである事に俺は一先ず安堵したが、その姿を見て驚愕する。

 服は大量の血と泥で汚れ、左手は痛々しい火傷の跡が広がっていた。何より、左手の手首の先がない。慌てて俺とお義父さんがゆんゆんの元へ駆けつけるが、彼女は力なく俺の方を見た後、ギュと抱き着いてきた。

 

「カズマさん……カズマさんカズマさんカズマさん!」

 

「おい、ゆんゆん! 一体何があった!?」

 

「ひっ……うっ……カズマさん……」

 

 ぐずるように抱き着いてくるゆんゆんを俺は引き剝がす。彼女は絶望したような表情を浮かべて涙を流し始めたが、頭を撫でてやると少しだけ落ち着いた様子を見せた。そんなゆんゆんに、俺は聞かねばならない事を質問した。

 

「さよりはどうした?」

 

「さより……?」

 

「そうだ。一緒にいただろう?」

 

「さより……さよりは……うっ……あああああああああああああっ!」

 

「おい!? 落ち着け、落ち着けゆんゆん!」

 

 急に狂ったように暴れ出すゆんゆんを俺達は必死に抑え込む。そして、俺はなんだか非常にマズイ事態が起こっている事を把握した。近くで怯えるようにこちらを見ていたあるえを引き寄せ、家にある武器と道具を取ってくるように命じる。慌てて家を飛び出した彼女を見届け、俺はゆんゆんに向き直った。

 

「ゆんゆん、暴れてる場合じゃねぇ! はっきり言え! さよりはどうした!?」

 

「ひぃ!? いやっ……うっ……あぅ……その……」

 

「すまないゆんゆん。これもさよりのためなんだ。だから教えてくれ。さよりはどうした?」

 

錯乱状態にあるゆんゆんは俺の顔を見て、おろおろした表情を浮かべていたが、しばらく俺の顔をじっと見つめた後、俯きながら小さく呟いた。

 

「カズマさん、さよりが攫われました……」

 

「……!? それは本当か?」

 

「本当です。私も殺されかけて……でも……さよりが……さよりが……!」

 

 再び暴れ出すゆんゆんを抱きしめながら、俺はお義父さん達に目配せする。彼らも無言で頷き、武装や外出の準備を始めた。

 そんな中、あるえが俺の刀と冒険者カバンを持って帰還した。しかし、その顔には焦りと恐怖、不安に満ちていた。それだけで察してしまう。どうやら、もっと面倒臭い事が起こってしまったらしい。

 

「社長! 外に……家の外にエリス教徒とテンプル騎士団の連中が集まってるよ!」

 

「はぁ!? なんでだよ!?」

 

「知らないし、こっちが知りたいよ! でも、この家の住人は全員出ろだってさ! 指示に従わないと家に火を放つって……!」

 

「ああもう、こんな時に……!」

 

 何の思惑があるか知らないが、指示に従わなければ余計面倒な事になるのは確かだ。家を出るあるえ達に続いて俺も出ようとしたのだが、ゆんゆんは動こうとはしなかった。当然と言えば当然だ。

 

「ゆんゆん、辛いだろうがここは一旦出るぞ」

 

「…………」

 

「ゆんゆん?」

 

「なんでもないです……」

 

彼女は俺に抱き着く力を強めた。

 

 

 そして、俺達は家の外に出る。そこにはあるえの言った通り、エリス教のプリーストとテンプル騎士団が包囲陣を築いていた。その異様な光景に俺も少したじろいだ。

 テンプル騎士団は聖地となった紅魔の里を守護するために派遣されたエリス教のエリート達だ。普段は街道警備や巡礼者の保護、アクシズ教徒とエリス教徒の諍いを仲裁する頼れる連中であるし、無骨なフルプレートの中身は割と気さくな連中である事を俺は知っている。そんな奴らが、無言で俺達を取り囲んでいるという事に嫌な気持ちになった。

 訝し気な俺達の視線を受けて、一人の女性が包囲網から現れた。彼女の事は俺も見知っている。慈悲深くて貧乳なこの司祭は、確か教会の責任者だったはずだ。そんな彼女が、俺達の事を敵意に満ちた視線で見つめてきた。

 

「なぁ、司祭さん。これはどういう状況なんだ? 今はとっても忙しいんだ。大した用事じゃないなら蹴り飛ばすぞ!」

 

「そう怒らないください。私達はこのアンデッドについて少しお聞きしたいんです」

 

「アンデッド?」

 

 俺の疑問を無視して司祭は手を軽く叩いた。そうすると、包囲の中から鎖でゾンビを捕縛したテンプルナイトが現れる。ゾンビは喉元を食い千切られ、悲惨な姿になっていた。それを見て、ゆんゆんが俺を抱きしめる力を強くした。

 

「このゾンビは驚くべき事に村の中央で発見されました。侵入を許したのは私達の不手際ですが、不思議な事にこのゾンビは村人や私達に襲ってくるような事はなく、族長の家の前で体を揺らすだけだったのです。これが何を意味するか、あなたは分かりますか?」

 

「知るか!」

 

「なら教えてあげましょう。人を襲わないのはこのゾンビは自然発生ではなく誰かに作られた可能性が高い事。そして、この作ったゾンビを使役する存在が家の中にいる可能性がある。少し、邪推が入っているとはいえ、そう思うのは当然です」

 

「知るかって言ってんだよ!」

 

 俺はゾンビの首を刀で切り飛ばした。面白いように飛んで行った生首は一人のエリス教徒の服を盛大に汚した。その光景を見て、ゆんゆんは震えながら俺の背に身を隠す。そんな彼女の様子を司祭はジっと見守っていた。そして、小さな小瓶をこちらに差し出した。

 

「すみませんが、あなた方の家族全員にこの聖水に触れて頂けないでしょうか? もしかしたら、あなた達に化け物が潜んでいる可能性が高いのです。何も反応がなければ素直に非礼を詫び、相応の誠意は見せましょう。ですので、何卒お願いします」

 

「断る」

 

「何故ですか?」

 

「嫌だからだ」

 

 俺の言葉を聞いて、司祭は呆れたように溜息を吐いた。そして、突然小瓶の中身を俺達にぶっかけた。聖水であるため、俺は単に濡れて不快になるだけであった。しかし、ゆんゆんはそうはいかなかったようだ。

 

「あっ……カズマさん……違うんですこれは……いや……あう……」

 

 ゆんゆんに触れた聖水は、ジュっという音と共に煙になって消えた。その光景を見て司祭は表情を険しくし、テンプル騎士団の連中にも動揺が走った。

 肝心の俺はというと、諦観の境地にあった。ゆんゆんは俺の愛する嫁さんだ。ずっと彼女と過ごしてきた俺だからこそ、この違和感に気付いていた。抱き着かれた時、頭を撫でた時、ギュっと彼女を抱きしめた時、その違和感は俺を苦しめた。ゆんゆんが隣にいる時、一緒に喋っている時、愛を育む時……どんな時でも彼女はとても“暖かかった”。

 

 

でも、今のゆんゆんには暖かさがない。

 

 

 俺は確かめるようにゆんゆんをギュっと抱きしめてみる。彼女も負けじと抱きしめ返してくれたが、やはりダメであった。冷たい……まるで死人のように冷たい! 

 

「あの聖水を無効化するとは……やはり不死王リッチー! 総員、攻撃開始!」

 

 なだれ込むように殺到するエリス教徒とテンプル騎士団達に、様々な魔法の嵐が炸裂する。ゆんゆんの家族……そして姿を消す魔法で続々と集まっていた里の住人が反撃を開始したのだ。

 魔法が炸裂する轟音に騎士達の怒声、敵味方から聞こえる悲鳴によって、穏やかだった紅魔の里は苛烈な戦場となってしまった。

 そして、この戦いはすぐさま乱戦となった事で防御と回復、近接戦闘に秀でたエリス教徒が優勢になっていた。このままここで過ごしていたら滅ぼされるのは確実だ。

 

「ゆんゆん、逃げるぞ」

 

「さよりは……お父さん達は……?」

 

「安心しろ。さよりも見つかるし、お義父さん達も大丈夫だ。だから一旦逃げるぞ。いいな?」

 

「…………」

 

 ゆんゆんはコクリと頷いて俺にしがみつく。そんな俺達の前に、紅魔族の反撃を切り抜けた司祭が現れた。彼女は物騒な十字槍を俺に向けてくる。本当に、勘弁して欲しい。俺も刀を引き抜き、彼女の攻撃に備えた時、突然、司祭が黒い影にふっ飛ばされた。その黒い影を見て俺は小さく溜息を吐いた。

 

「ガルルッ!」

 

「毛玉……」

 

「ひっ……あっ……なんで……なんでなのじゃりめ! だめよ……そんな……怒らないで……あなたに責任はないの…十分頑張ったでしょう……! だから自分を責めないで……自分に怒らないでよう……!」

 

 錯乱しだしたゆんゆんを、毛玉はじっと見つめていた。俺は毛玉とのリンクが切れている事に再び溜息を吐く。そして、奴の様子を観察した。黒い毛並みには何本のもダガーやボルトが突き立ち、裂かれた腹からは臓物がこぼれ出ている。どう見ても致命傷だ。恐らく死んだ事で魔獣契約が切れたのだろう。しかし、魔獣契約が切れても毛玉の意志は何となく分かった。

 再び現れたテンプルナイト達に跳びかかる毛玉を見届けながら、俺は地面に崩れ落ちていたゆんゆんを抱き起した。

 

「逃げるぞ」

 

「いやっ……さよりが……じゃりめが……!」

 

「“テレポート”」

 

 

 

 

 周囲の光景が苛烈な戦場から切り替わり、俺にとっては馴染み深い場所になった。今だ錯乱状態のゆんゆんと、彼女をあやす俺を見て目の前にいた門番たちが駆けつけてきた。

 

「サトウカズマ殿ですね……?」

 

「そうだ。少し急用でな。悪いが勝手に入らせて貰う。ダクネスにはいつもの離れに来てくれと伝えてくれ」

 

「分かりました」

 

 目の前の豪邸……ダスティネス家の門を勝手にくぐった俺は、錯乱状態のゆんゆんを引きずるようにしながら屋敷の離れへと急いだ。そして、扉を合鍵で開けて寝室のベッドに彼女を横たえる。ゆんゆんは焦点の定まらない目をしながら何かをぶつぶつ呟き続けている。俺はそんな彼女を抱きしめながら頭を撫でてやった。

 

「カズマ……さん……?」

 

「ああ、落ち着いたか?」

 

「はい……その……うぅ……ああっ……!」

 

「まだみたいだな。いいか、よく聞けゆんゆん。お前も色々あって疲れただろう? とりあえず今は眠るんだ」

 

「うぅ……カズマさん……」

 

「大丈夫だ。眠るまではずっと一緒にいてやるから」

 

 そのまま、俺はゆんゆんを抱きしめ続けた。すると、数分もしないうちに寝息をたて始めた。やっぱり、心身共に疲れていたのだろう。しっかりと布団をかけてやり、俺は部屋を出た。そして、離れのリビングのテーブルにはすでにダクネスが席についていた。彼女は俺の姿を見つけると、嬉しそうに……本当に嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「カズマ! 二週間ぶりだな! 次に会えるのは一か月後だと思っていたのだが……もしかして私に会いに来てくれたのか?」

 

「そうだ……と言いたい所だが違う。少し厄介な事態になってな。お前の力を貸して欲しい。それと、この離れに俺とゆんゆんをしばらく泊めてくれないか?」

 

「ゆんゆん……? とりあえずその厄介な事態とやらを話せ。私もお前に伝えねばならない事があるからな」

 

 満面の笑みだったダクネスが、無表情に切り替わる。そんな彼女と共に席につき、俺は現状を彼女に伝えた。諸事情によってゆんゆんがリッチーになった事、さよりが何者かに誘拐された事、アクアもエリス様も不在で頼れる存在がいない事……

 俺の話を聞いたダクネスは難しい顔をして押し黙った。俺だって、こんな話を真に受けたくない。でも、ゆんゆんのリッチー化はもう否定できない事だ。

 

「ダクネス、すまんがウィズとバニルに連絡をつけてくれないか? お前以外じゃ、あいつらくらいしか頼りにできないんだ」

 

「ウィズか……悪いがそれはできない……」

 

「はぁ!? なんでだよ!」

 

「私がお前に伝えたい事はそれだ。ウィズとバニルは討伐されたんだ」

 

 ダクネスが言った事が理解できなかった。あの二人が討伐された? 反則級のチート野郎たちが誰かに負ける姿が思い浮かばない。しかし、沈鬱な表情を浮かべるダクネスを見て嫌でも理解させられる。あの二人は本当に討伐されたのだろうと。

 

「始まりはサキュバスの討伐が目的だったんだ……」

 

 ダクネスは沈鬱そうな顔のまま語り出した。事の始まりは一人の冒険者だったらしい。アクセルの街でそこそこ経験を積んだ彼は、いよいよ街を離れる決心をした。その時、彼はエリス教会にて自分の罪を告白したそうだ。悪魔の誘惑に負けて姦淫にふけってしまったと……

 当初はホラ話だろうと信じなかったエリス教だが、その冒険者が何者かにリンチを受けた事で一斉に調査に乗り出した。そうすると、観念したように同じ罪を告白した神官職の冒険者が多数出たらしい。

 

「サキュバスの事をバラしたのか。この街の男性冒険者にとってそいつらは裏切り者だな」

 

「そう言ってやるなカズマ。賢いお前ならこうなる可能性はあると理解していたんじゃないか?」

 

「それは……そうだがなぁ……」

 

 内心納得は行かないが、理解はできる。あの施設を使う事に対して、俺ですら抱いた感情がある。それは罪悪感だ。俺は仲間の笑顔の裏で風俗に通うような事に罪悪感を覚え、悪い事をしているのではと思った事がある。俺の場合はそんな罪悪感を振り切り、完全に開き直る事ができたが、それができない奴がいてもおかしくない。

 

 人類の敵である悪魔の誘惑に負けて悪魔を見逃す。俺のような無宗教な奴や、気持ちがよければいいと思っている奴らにとっては何て事はないが、頭の固い神官職や真面目な冒険者はその罪悪感に悩んだ事だろう

 

 しかし、サキュバスのサービスは男にとって魅力的すぎる。そのままズルズルと性欲に負け続けてしまう自分に対して罪悪感をより抱いてしまう事は間違いない。それに耐えきれず、罪を告白してしまう冒険者がいてもおかしくはないのだ。

 今まで、秘密をバラしそうになる奴にはリンチが行われたり、出所不明の忘却の薬を飲ませた事がある……という噂を聞いた事がある。今回はそれが裏目に出てしまったようだ。

 そして、サキュバスの討伐の過程でバニルやウィズの情報もバレて大規模な討伐へと発展。とあるエリス教の女性の尽力もあり、各地から高位神官が招集され、アクシズ教も協力するという異例の事態になったそうだ。おまけに、漁夫の利を得ようとするならず者や、怪しい魔法使いの一団も集まって街は大騒ぎに。

 ダクネスはというと、討伐対象にウィズが加わった時点で、バニル達に逃げるように警告を行ったそうだ。しかし、サキュバスのために集まっていた男性冒険者達に捕まってエリス教に対する人質に取られてしまったらしい。

 

「事態が終結したのは昨日だ。お前に連絡を出来なかったのはすまないと思っている……」

 

「いや、仕方ないだろ。とりあえず、お前が無事なら俺は安心だ」

 

「私が無事……? ああ、そうだな……」

 

「もしかして何かされたのか?」

 

「別に何もされてはいないさ」

 

 こちらを見ながら無表情で答えたダクネスを俺は見つめ返す。恐らく嘘だ。でも、今は彼女の好意を受け取ろう。そして、ダクネスが何かして欲しいというのなら、できる限りやってやろう。そう、心に決めた。

 それから、ダクネスに滞在の許可を取り今後の予定を話し合う。お互いに沈鬱な表情であったが、とりあえずの目標はたてられた。それは、さよりを探しつつエリス様の帰還を待つ。これ以外に出来る事は、今は何も思い浮かばなかった。

 

 そして、俺はダクネスに別れを告げてゆんゆんの様子を見るために部屋を出る。そんな俺の服の裾を彼女は無言で引っ張ってきた。何か用かとダクネスに向き直ると、彼女は不安気で泣きそうになっている表情で俺を見つめてきた。

 

「なぁ、カズマ。私にキスをしてくれないか? お願いだ……それだけで私は救われるんだ……」

 

「分かったよ。理由は聞かないでおいてやる」

 

「あっ……カズマ……んっ……」

 

 顔を寄せてくるダクネスの唇を俺は優しく受け止める。彼女は嬉しそうに啄むようなキスをした後、苦笑しながら顔を離した。そんな彼女に俺は何を言っていいか分からなかった。

 

「ありがとう、カズマ……」

 

「ああ……」

 

 ダクネスの感謝の言葉に俺はぶっきらぼうに答える。何だか、ゆんゆんに対して物凄い罪悪感を得た。しかし、ダクネスの事も放っておけない。そんな考えの自分に対して、俺は無性にムカついた。そして、彼女から逃げるように寝室へと急いだ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 一人リビングに残されたダクネスは震える体を抱きしめて何とか気分を落ち着かせていた。そして、言い聞かせるように何度も呟いた

 

「大丈夫……大丈夫だ……私は穢れてない……」

 

 震える手で、そっと唇を撫でる。カズマの感触が残るその部分に、彼女は安心と寂しさを感じた。しかし、彼が私にキスをしてくれた事実は変わらない。嬉しい……本当に嬉しかった。

 

「穢れてない……カズマだってそう思ってくれるはずだ……」

 

 一人でリビングのソファーに座り込む。そして、今まで嬉しかった事をいっぱい思い出した。この離れは、一か月に一度訪れるカズマのために作った特別な場所だ。離れ離れであったけど、月に一度は二人っきりで楽しく過ごしたものだ。そこに彼が住んでくれるというのなら、嬉しいに決まってる。嬉しい……嬉しい……?

 

「…………」

 

思わず拳を握りしめてしまった。

 

そうか、あの女がいたか。

 

まぁ、いい。それでもカズマがここにいてくれるという事実は変わらない。私は再び震え始める体を抱きしめた。

 

 

 

「大丈夫だ……私は穢れていない……あの“腐った女”よりかは穢れてない……!」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 俺はダクネスに別れを告げて寝室へと入る。そこには、左腕をガリガリと引っ掻いているゆんゆんの姿があった。俺がベッドに近づくと、ゆんゆんが何をしていたか嫌でも分かってしまった。白いシーツには血潮が広がり、その上には皮と肉片が散らばっている。少しだけ覚えてしまった嘔吐感を首をふって消し飛ばした。

 

「ゆんゆん、何をやっているんだ……?」

 

「あ、カズマさん。ちょっと腕が治らなくて……」

 

 そう言いながら、彼女は腕を引っ掻き続けた。焼けただれてケロイド状になった肌を彼女は爪で肉片と血をまき散らしながらこそぎ落とす。しかし、数秒後にはジワジワと焼けただれた肌が復活していった。それをゆんゆんは再びガリガリと削り始めた。

 

「ふふっ……失敗しちゃったのかな……リッチーなのにこんな傷が治らないなんて……」

 

「ゆんゆん……」

 

「ごめんなさいカズマさん……こんな私……醜いですよね……」

 

「そんなわけないだろう!」

 

俺は思いっきり彼女を抱きしめた。ゆんゆんはきょとんとした表情を浮かべた後、嬉しそうにギュッと抱きしめ返してきてくれた。

 

「ゆんゆん、お前は醜くなんかないさ。今でも俺の可愛い嫁さんだ」

 

「でも……私……リッチーですよ……?」

 

「構わねぇよ。お前はお前だ」

 

「私のせいでさよりが……」

 

「それも大丈夫だ。俺が絶対に見つけてやる。言っただろう? 家族皆で幸せになるってな!」

 

 ゆんゆんは俺の言葉を聞いて、涙を流しながら微笑んだ。そう、まだ何も終わってはいない。さよりを取り返し、家族の幸せだって掴んでやる。そう決心した。

 

 

 その後、俺はゆんゆんを再び寝かせた後、一人で部屋を出た。向かうはこの離れのバルコニーだ。そこで、思いっきり息を吐き、外の空気を体に取り入れる。そして、ここから見える綺麗な庭園を見ながら一息ついた。

 

「頑張らねぇとな……」

 

 そう呟いて、大きく息を吐いた。今何が起こっているのかよく分からない。ゆんゆんが何故リッチーになったのか、何故さよりが誘拐されたのか、分からない事が多すぎる。そして、余りにも突然すぎて、正直言って実感がない。もしかして、これは全部夢だったりしないだろうか。俺は思いっきり頬を引っ張てみたが、やはりというか痛かった。そして、今更ながらアイツの言葉を理解した。

 

「アクア……確かに俺にはお前が必要かもな……」

 

 アクアと一緒なら、こんな事態も笑いながら解決できた気がする。しかし、アイツはいない。もう少し、優しくしてやればよかった。思い返せばアイツの“存在”自体に助けられてきた事は一度ではすまないのだ。

 そして、もう一人の女神様の事も俺の頭に浮かんでいた。彼女の笑顔と時節見せるお茶目な一面に心身共に助けられたものだ。冗談ではなく、ずっと俺を見守り、助けてくれた彼女もいない

 

「助けてくださいエリス様……」

 

 もちろん、反応はなかった。そして、こんな弱音を吐いている自分に苦笑する。彼女達がいないというなら、俺自身でやってやるしかない。

 

 

“大丈夫ですよカズマさん。あなたには私がついていますから”

 

 

 

そんな優しい女神様の言葉が脳内に響いた気がする。なんだか、元気付けられた。彼女達は存在しなくとも、俺の事を助けてくれている。そんな気がした。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 私はカズマさんが部屋を出ていくのをベッドに横になりながら見送った。そして、決意に満ちた彼に対して、私はどうしようもない罪悪感を覚えた。私は現実を受け入れたくなくて……カズマさんをこれ以上悲しませたくなくて……だからつい……

 

「さより……」

 

 愛した子供がいない。これから平穏で楽しく幸せな日々を過ごすつもりだった。でも、さよりは……私の子供は……!

 

「ひぃ……あう……うう……カズマさんカズマさん……」

 

 カズマさんの温もりが欲しい。この体は寒くてたまらない。それに怖くて悲しくて不安で仕方なかった。早く帰って来て欲しい。彼は何処にいったのだろうか? もしかして醜悪な私の姿を見て嫌気がさしたのか……いやそんなはずはない。彼は私に約束してくれた。幸せにしてくれるって……

 

「カズマさん……」

 

それでも、寂しい事には変わりない。もうどこにも行かないで欲しい。私の事をギュっと抱きしめて安心させて欲しい。

 

ずっと一緒にいて欲しい。

 

大丈夫だ。カズマさんは私の夫だ。私を一番愛している。見捨てたりなんか絶対しない。私に残る彼の体温を確かめるように体を丸くする。

 

そして、自然と左手に手を這わせて……今更ながら気付いた。

 

 

 

 

「私の指輪……」

 

 

 

 

 

 

 





旅の聖女様
サキュバス討伐隊結成時にふらりと現れた旅の神官。アクシズ教の協力を取り付けたり、悪魔を街に閉じ込める大規模魔法陣の作成をしてエリス教に貢献。自らも出所不明の魔道具を駆使して悪魔と戦った。一体何者なんだ……?

聖女の拳銃
超凄い拳銃……のレプリカらしい。
とあるエリス教徒が、どこでそんなものを手に入れたのかと聞いたら「通販で買った」というお言葉が返ってきた。
13発の銀の弾丸のおまけ付き



次回はエリス降臨編

もうここまできたら自己責任で
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