※この作品はR-18です。

てぃーちんぐゆんゆん   作:ルイ提督

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結構長いです
後、誤字報告ありがとうございます!


内緒

 

 

 

 

「うっし、じゃあ行ってくるなゆんゆん」

 

「ええ、行ってらっしゃいカズマさん」

 

「おう」

 

 右手で軽く手を振る私を、カズマさんは軽く抱きしめてくれた。そして、私の背中をポンポンと叩いてから離れの玄関の外へ消えた。あの騒動の結末と情報を求めて、カズマさんは紅魔の里へと向かうのだ。

 もちろん私も行きたかった。お父さん達の無事を確かめたかったし、事情だって直接話したかった。でも、私が行った所で余計に話が拗れる事は目に見えている。それに私のせいでお父さん達をまた危険な目に遭わせるのはごめんだ。

 また、今のカズマさんに私のような邪魔者を意識して欲しくない。何より、私は彼にとてつもない負い目がある。何故なら……

 

「ひぅ……あっ……さより……じゃりめ……」

 

 涙が止まらない。自分の中に渦巻く悲しみはちっともなくなっていないし、受け入れ難い現実を前にして私は精神も着実に腐っていくのを感じる。ダメだ。思い出すな。それをカズマさんに伝えたら私は終わる。

 でも、いつかは話さなければならない。ああ、私はバカだ。何であの時、あんな判断をしてしまったんだ。それが余計にカズマさんを苦しませる事になるというのに……

 

「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……!」

 

 懺悔の言葉を呟きながら、私はソファーの上で横になる。そして、毛布に包まって丸くなる。この体は寒くて寒くてたまらない。カズマさんがいなければ、私に“暖かさ”などない。だから、彼に抱きしめて貰った時に貰った体温を保つ必要がある。そうしないと、頭がおかしくなりそうだ。

 

「大丈夫……カズマさんは私とずっと一緒にいるんですから……」

 

 言い聞かせるように私は呟く。そう、私にはカズマさんがずっと一緒にいてくれる。彼なら私の事も全部……さよりの事も……

 

 

 

「…………」

 

 

 

 

 ふと、意識を取り戻す。私は今まで何を放心していたのだろうか? 時計を見ると、カズマさんが出て行ってから3時間近く経過している。氷のように冷たい体をさすりながら、私はソファーから身を起こした。無為な時間を過ごすのは本意ではない

 

「とはいっても、私って何もやる事ないんだよね……」

 

 思わず、そんな独り言が漏れてしまう。カズマさんはいない。それに、このダクネスさんの離れには私物もなければ、顔見知りも全くいない。彼が帰ってくるまで時間を潰す手段が何一つ思いつかなかった。

 とりあえず、私は今いる離れを探索してみる事にした。貴族の離れにしては規模が小さい。でも、内装は華美であり二人か三人くらいで過ごすならとても快適と言える場所であった。リビングに寝室……なんだか、王都のスイートルームのような間取りだ。カズマさんがこの離れの合鍵を持っている事に今更ながら違和感を覚える。彼はここで誰とどのような時間を過ごしたか、気になって気になって仕方がなかった。

 そんなモヤモヤとした気分を持ちつつも、離れの探索は早くも終わりになった。手持無沙汰となった私は窓から入る暖かい光に誘われるように離れの外へと出た。そして、太陽の光によって体が温まるのを感じる。その心地よさを堪能しながら、私は目の前に広がる庭園の美しさに見惚れた。

 美しく手入れされた花々に、綺麗なアーチ。なんと、噴水まである。私がいじっていた庭は良くも悪くも雑多であった。近所の人から貰った花の苗を植えたり、安売りで手に入れた種や球根、散歩中に入手した綺麗な野草など統一感があるとはとても言えない庭になっていた。

 だから、雑誌などでしか見た事ない綺麗なお庭に私のテンションも自然と上がる。そんな少しウキウキとした気分で、私は今も庭の手入れを楽しそうにしているメイドさんに頑張って話しかける事にした。このアーチを彩るお花の事が非常に気になるのだ。

 

「あ、あの! 少し質問してもよろしいでしょうか!」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「えっとですね! このアーチの……!」

 

「あっ……うわっ……ひぃ……!」

 

 突然、メイドさんが怯えた表情をしながら逃げ出した。そこで、私は自分の迂闊さに気付いた。今の私は随分とラフな格好をしている。おかげで醜い左手が丸見えだ。こんなものを見てしまったら、逃げ出すのも当然と言える。私は急いで離れに戻ると、応急箱にあった包帯を取り出して左手に巻き付け、念のために体を覆い隠せるローブを身にまとった。

 そして、姿見で異常がない事を確認してから私は再び庭園に出た。作業をしているメイドさんは他にもいる。知識欲を満たすためにも、私は水やりをしているメイドさんに近づいた。

 

「あの、質問よろしいですか?」

 

「…………」

 

「あの……!」

 

「…………」

 

 メイドさんは私がまるで存在しないかのように扱った。そして、こちらをチラリと見てから足早に歩き去る。その反応を見て、嫌でも理解させられる。どうやら私はダスティネス家の使用人に避けられているらしい。恐らく、私が不死者である事を知っているのだろう。それならば仕方がない事だ。

 私は暗く重い気持ちと、自分に対するどうしようもない嫌悪感を抑えながら離れに戻ろうとする。そんな時、一人のメイドさんが無表情で離れから顔を出し、私の前に現れた。少しだけ身構える私を、彼女は首を傾げながらじっと見てきた。

 

「何かお困りな事でもあるのでしょうか? ゆんゆん様」

 

「えっ……? あ……その……アーチを彩るお花がどんな品種なのかなって、気になっちゃって……」

 

「あれはツルバラの一種ですよ。ダスティネス家が開発した品種なので詳しい事は機密となっています。ご了承ください」

 

「いえいえ、それだけでお教え頂ければ十分です。ありがとうございます!」

 

 私の感謝の言葉をメイドさんは一礼して受け取る。その姿を見て、少しだけ安堵した。あまり悲観的になりすぎるのもよくない。私は人間ではなくなってしまったが、会話はできる。それならば、私の事も理解してくれる人がいる。そんな気がした。

 

「ゆんゆん様、これは余談でありますが、あなたはあのアーチに近づかない方が賢明だと思われます」

 

「毒でもあるんですか?」

 

「いいえ。ただ、あの花は美しさだけでなく侵入者撃退にも効果がある特殊な品種です。邪悪なる存在に対してトゲを射出して攻撃する習性があるのです。ゆんゆん様は特に注意した方がよろしいかと……」

 

 そんな事を言ってから、無表情なメイドさんは離れを去って行った。人との会話に疎い私であっても、彼女の言った事の意味くらい分かる。つまり、彼女は私を暗に邪悪な存在であると言ったのだ。

 そこで、やっと私は気付けた。私はリッチーだ。普通の人間にとっては私なんて邪悪で忌避すべき存在としか思えないのだろう。どんなに言い繕っても私は“歩く死体”である事に変わりない。私は邪悪な存在……それを否定する事などできなかった。 

 だから、私はこれ以上庭園にいるべきではない。内心では納得していても、いざそれを現実として突き付けられるのは嫌だった。アーチを彩るツルバラは遠くから眺めるだけにしよう。そう言い聞かせながら、私は離れへ逃げるように駆け込んだ。

 そして、どうしようもない怒りと悲しさを抑えながらソファーに身を投げ出した。そのまま、無為で苦しい時間を過ごしている時、私はリビングのテーブルに食事が準備されている事に気が付いた。どうやら、さっきの嫌味なメイドさんが食事の準備をしてくれたのだろう。

 

「サンドイッチですか……」

 

 テーブルの上にはサンドイッチと紅茶が準備されていた。あまり食欲がない私にとって、これはありがたいラインナップだ。少しだけ嬉しい気持ちになりながらも、私は何の警戒もせずにサンドイッチを口に運んだ。

 そして、数回咀嚼した時に何とも言えない違和感を覚える。何故なら、サンドイッチから全く味がしないからだ。おまけに、ぬめぬめとした嫌な食感とぐねぐねと口の中で何かが動く不快感で気分も悪くなる。そこで食べるのを辞めて、私は具に何が入っているのかを確かめた。

 

「えっ……? う……うぶっ……うええええええっ!」

 

 気付けば私は激しく嘔吐していた。なるほど、味がしないのは当然だ。塩なんかかけてしまったら、あのウネウネと動く具が死んでしまう。そして、そんなものを口に入れてしまった事を現実として受け入れたくなかった。

 

 半刻程経過して気を落ち着けた後、私は自分がぶちまけた吐瀉物の掃除を始めた。こんな嫌がらせをしてきたメイドを焼き殺してやりたいと思ったが、そんな物騒な思いは杖と一緒に投げ捨てる。

 それに、私はリッチーになったが、心は人間のつもりだ。こんな事で人殺しをするほど私は人間をやめていないのだ。

 

 でも、辛い事には変わりない。行き場のない怒りと悲しみが私の心の中で荒れ狂う。早くカズマさんに抱きしめて貰いたい。私に暖かさと安心を伝えて欲しい。でも、我慢だ。今、彼は私やさよりのために頑張っている。だからそれまでは……

 

「あっ……」

 

伸ばした右手が宙を切った。

 

 

 

 そして、私はまたソファーで毛布にくるまった。それしかする事がないからだ。ただひたすらに寒い。カズマさんに会いたい。じゃりめに……さよりに……

 

「具合が悪いのかゆんゆん?」

 

「え……ああ……ダクネスさん……具合は大丈夫です。すみませんね……はしたない姿を見せてしまって……」

 

「気にするな。それより、私も暇になってな。お茶にしないか?」

 

「はい……」

 

 苦笑しながらそんな提案をしてくるダクネスさんを見て、私は少しだけ安心する。そして、ダクネスさんが準備した紅茶とお茶菓子を片手に、他愛もない会話をしたのだが、それだけで何だか泣きそうになってしまった。やっぱり、私は弱っているらしい……

 

「ダクネスさん、改めて感謝します。そしてごめんなさい……私の騒動に巻き込んでしまって……」

 

「気にするな。困った時はお互い様と言うだろう? それに、今の状況を覆す方法があるかもしれない。それが判明するまで、ここで過ごすといいさ」

 

 私を安心させるように微笑んで見せたダクネスさんに思わず見惚れる。彼女が私を匿う理由はカズマさんのためというのもあるだろう。しかし、おかげで私は非常に助かっている。ダクネスさんには感謝してもし足りないのだ。

 

「おっと、それはさておきだ。ゆんゆん、ここでの暮らしに不満はないか?」

 

「不満……? な、ないですよ! こんな立派な所に住まわせてもらうだけで十分です!」

 

「本当に不満はないのか……?」

 

「う……ないです……そんなものありませんよダクネスさん……」

 

 少しだけ言いよどんだ私を、ダクネスさんはじっと見つめる。そして、大きな溜息を吐いてからぽつぽつと喋り出した。

 

「ゆんゆん、私の家系は全員が熱心なエリス教徒なんだ。そのせいか、家臣達にも熱心な信者が多い。そして、お前がリッチーである事もすでに屋敷に広まっている。だから、お前に対して辛く当たる家臣が今後出てくるかもしれない。そんな時は私に遠慮なく相談して欲しい」

 

「そんな……大丈夫ですよ! ダクネスさんがそこまで気を回す必要はありません! 私はここで匿ってもらえるだけで十分ですから!」

 

 落ち込み気味なダクネスさんを元気づけるように、私は明るく振舞った。本当はすでに嫌がらせを受けている。でも、それはダクネスさんのせいではない。これ以上、彼女のお世話になるのは心苦しかったし、はっきり言って“嫌”だった。だから、私は強がって見せたのだ。

 

「本当に大丈夫なのか?」

 

「大丈夫です! 私にはカズマさんがいますから!」

 

 

 ダクネスさんは私の言葉を聞いてクスクスと笑った。その笑顔を見て、私は安心……できなかった。何だか、体の体温がもっと下がった気がする。私は暖かい紅茶を飲み干し、冷たい両手を擦り合わせた。

 

 

 

「そうか、大丈夫か」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 あの波乱の一日の翌日、俺は精神不安定のゆんゆんをたっぷり一日かけて落ち着かせ、断片的に彼女の身に起こった事を聞き取った。そして、真実を知るためにも俺は次の行動を開始する。

 ゆんゆんの事をダクネスに任せ、一番最初に向かったのは紅魔の里だ。あの戦いの結末や住人の安否が気になるだけでなく、彼らならゆんゆんのリッチー化や、さよりについてすでに情報を掴んでいるのではと思ったからだ。

 そして、彼らにとっても俺の来訪は承知していた事なのであろう。転移先であるグリフォン像前に俺が姿を現した途端、数名の紅魔族と共にめぐみんが出迎えをしてくれた。彼女の様子は非常に暗く、俺にかける言葉に覇気もなかった

 

「カズマ……その……」

 

「元気出せめぐみん。お前こそ大変だったろう? 里に帰ってきたらこの急展開なんだからな」

 

「はい……でも泣き言は言ってはいられません。カズマの話を聞かせてください。こちらも、現状分かっている事をお話しますから」

 

 そう答えた彼女に頷き、共に話し合いの場となる族長の家へと向かう。道中、里の様子を確認してみるが、住人もエリス教徒もいつもと変わらない様子であった。所々に魔法の痕跡は残るものの、一昨日の激しい争いなど無かったように過ごす住人に俺は少し違和感を覚えた。

 族長の家につくと、俺はすぐさま客間に案内される。そこにはすでに項垂れた様子のお義父さんがいた。俺とめぐみんはそんなお義父さんに軽く会釈しつつ席につく。そして、俺は彼らにゆんゆんから聞いた今回の事件の事について話した。

 

 彼女が巡礼服を着た人間達に殺されかけ、さよりを奪われた事。このままでは死ねないと思い、知り合いの悪魔から教わった秘術によってリッチーになった事。作ったゾンビにさよりがいるであろう場所に案内してもらい、そこで衝撃的な光景を目にしてたまらず逃げ出した事……

 

 俺の話にお義父さんは塞ぎ込んだのに対して、めぐみんは真剣な表情でこちらを見てきた。

 

「カズマ、ゆんゆんの見た衝撃的な光景とはどのようなものですか?」

 

「俺も断片的にしか聞いてないんだけどな。ともかく、ゆんゆんはゾンビの案内でさよりを誘拐した連中の野営地に辿り着いたらしい。だけど、その野営地はすでにモンスターか何かによって壊滅、数人の人間の死体を犬型モンスターが貪り食ってる光景を目にしたみたいだ。それだけなら良かったんだが、そこで毛玉の死体を見つけちまったらしい。肝心のさよりも行方不明。だから何もかも嫌になって逃げだしたらしい」

 

「なるほど……」

 

 めぐみんは俺の言葉に納得いった様子で頷くと、こちらに向かって数枚の写真を差し出してきた。それは凄惨な光景を写したものや、なんだか気に入らない顔をした人間の写真であった。

 

「この写真は……?」

 

「現場写真という奴です。紅魔族とエリス教、王都から派遣された調査員でゆんゆんが見た野営地とやらと同じ場所を特定、現場検証を行いました。こちらが、その結果から得られた情報を記した資料です。しっかり目を通してください」

 

 めぐみんは写真を見て顔をしかめる俺に、追加の資料を渡してきた。そして、そこに書かれている情報を見て俺は更に顔をしかめる事になった。

 ゆんゆんが発見した野営地で合わせて5人の人間の死体を発見。遺体の損傷は激しかったものの何とか身元を判明させる事に成功。結果、5人全員が王都の地下監獄から脱獄した犯罪者であると分かったようだ。

 

「カズマ、この死体の中に女性は一人だけでした。そして、彼女の犯罪経歴は誘拐と窃盗です。恐らくこの女がさよりちゃんを誘拐した実行犯の可能性が高いです」

 

「なぁ、めぐみん。コイツらは誘拐なんかしてどうする気だったんだ? 身代金でも請求する気だったのか?」

 

「その可能性もあります。でも、この女は過去に起こした誘拐事件で手に入れた子供や赤ん坊を、後ろ暗い連中に売る事で利益を得ていたようです。とにかく、どうしようもない理由で犯行に及んだのでしょう……」

 

 めぐみんは暗い表情のまま、赤子をどんな事に利用するかという聞きたくない話をしてくれた。誘拐された赤子は、よくて子のない家庭に売られる他、性奴隷、戦闘奴隷、邪教や悪魔崇拝者の儀式における生贄として使用されるらしい。特に、紅魔族の赤子は普通の人間より魔力量が高く見目麗しいものが多い事から、実に様々な利用方法があるとの事。

 もちろん、そんな不埒な事を過去に実行した下手人には里の住人全員でこの世の地獄を味合わせ、赤子も取り返したらしい。こんな事は、紅魔族に喧嘩を売るという事が何を意味するか理解できないバカが時たま引き起こすらしい。さよりはどうやらそのバカに当たってしまったようだ。

 はっきり言って、さよりの生死は絶望的だ。しかし、現場検証の結果によるとさよりの死体は発見されていなかった。加えて、野営地には人間同士が争ったような形跡があり、結界石も人為的に破壊されていたようだ。

 また、王都から脱獄した犯罪者は7人であり、ゾンビ化した男を入れても一人足りない。野営地には金品は一切なく、ゆんゆんの“左手”が見つからなかった事から、犯罪者達の間で内輪もめ発生し、金品やさよりを持ち逃げした奴がいる可能性を王都の調査官が指摘している。この死体が見つかってない7人目の脱獄犯は現在指名手配中だそうだ。

 そうであるならば、さよりが生きている可能性を信じる。7人目の脱獄犯に連れ去られ、今も怖い思いをしているかもしれない。俺は絶対に助けてやるという思いをより強くする。そんな俺に、お義父さんは力のない笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

「カズマ君、私達はエリス教からリッチーを匿うなら敵対するという連絡を受けている。そして、紅魔族はエリス教に完全にマークされてしまった。いくら里を移しても奴らはついてくるだろう。だから、私達ではゆんゆんに安全な暮らしを保証できない」

 

「分かっています」

 

「7人目の脱獄犯の居場所、娘のリッチー化を治療する方法を紅魔族の住人全員で捜索する。だから、君は今後もあの娘を支えてやって欲しい。お願いできるかな?」

 

「もちろんです。あいつを幸せにするってあなたに誓ったじゃないですか……」

 

「ありがとうカズマ君……娘の事を頼むぞ!」

 

 泣きながら土下座して懇願するお義父さんに別れを告げ、小さな話し合いは終わりになった。そして、家に必要なものを取りに行く俺の後ろにめぐみんは機嫌が悪そうな顔でちょこちょこついてきた。そんな顔をされると、俺まで気が滅入る。

 

「めぐみん、なんで不機嫌そうな顔をしているんだ?」

 

「不機嫌になって当然です! 族長の判断は自分の娘を里のために切り捨てる事を意味しているんです。カズマは納得できるんですか?」

 

「そりゃな、俺とゆんゆんを匿うにはリスクがありすぎる。あの人は紅魔族の族長としての責任を果たしただけだ。それに、もしどうにもならなくなったら、もう一度ゆんゆんと来てくれとも言っていた。いざとなったら里も何もかも捨てる覚悟を感じたぞ」

 

「それでも、今は娘を捨てた選択をした事実は変わりません!」

 

「捨てたんじゃない、俺に任せたんだ。そこは間違うなよ」

 

 凄んでいためぐみんが、俺の方を見てビクリと体を震わせた。そして、顔を俯かせて押し黙る。俺はそんなめぐみんを放置して必要な物や衣服をカバンへ放り込んでいく。そして、パンパンに荷物を詰めたカバンを持って家を出た。

 この前のように、エリス教徒に包囲されているような事はなかったが、何だか嫌な視線を多数感じる。そして、その視線に顔をしかめる俺に近づいてくる人影がいた。

 

「しばらくぶりですねカズマさん。ゆんゆんさんの様子はどうですか?」

 

「まったく、嫌味で言ってるのか?」

 

「いいえ、純粋に気になるのですよ」

 

 無表情でそう答えるのは、エリス教会の司祭様だ。彼女は敵意を隠しもしない俺を見て、そっと溜息をついた。

 

「大丈夫ですよカズマさん。私はあなたに危害は加えません。エリス様の大事な人ですからね」

 

「それなら、俺の嫁の事も見逃してくれよ……」

 

「それは無理です。教義に反しますから」

 

 なんだそれはと、今度は俺が溜息を吐く。どうやらこの司祭様は頭がお固いようだ。でも、俺に対して無害だと言うなら、これ以上コイツに関わる必要はない。

 

「それじゃあ、司祭様。また今度という事で……」

 

「お待ちなさい。私はあなたに忠告をしにきたのです。きちんと聞いていかれた方が賢明です」

 

 彼女の言葉と共に、嫌な視線が俺に多く注がれる。これ以上、面倒事を起こされるのはごめんだ。だから、俺は彼女の忠告とやらを聞いてやる事にした。そんな俺の態度を察したのだろう。彼女は俺の方へ、ズイっと近づいて来た。

 

「それではカズマさん。あなたに対しての忠告です。あのリッチーは早めに浄化すべきでしょう。自ら不死者になるような人間は、その時点で相応に精神を“病んで”いるのです。そして、不死者にとってこの世は生き辛い環境です。早めに浄化してあげる事が彼女の真の幸せにつながる事だってあるのですよ……」

 

「本心はアンデッドが憎いだけだろう?」

 

「ふふっ、私自身はそうですね。でも、エリス教、アクシズ教共に不死者を浄化せよという教義があるのは何も神の敵だからという理由だけではないのです。迷える不死者の魂をこれ以上の苦しみから守るには浄化してあげるのが最善の道なのです。その事を神々はご存じなのでしょう」

 

 キラキラとした目でそんな事を言う司祭様に俺はイラっときた。正論過ぎて言い返せないが、ムカツク事には変わりない。それに、コイツのせいでゆんゆんの正体がバレたのだ。ちょっとくらい仕返ししたって、エリス様は許してくれる。うん、そうに違いない!

 

「“スティール!”」

 

「へ……? ん……あっ……ひゃあああああああっ!? パ、パンツ……私のパンツを返してください!」

 

「うっせえバーカ! なんだよ、真っ黒でスケスケじゃないか。こんなエロイ下着履いて司祭なんかやってたのかよ。エリス様に申し訳ないと思わないの?」

 

「仕方ないでしょう! 紅魔の里で売ってる下着はこんなのばっかで……って何言わせるんですか!」

 

 顔を真っ赤にしながらプンスコ怒る司祭を見て、少しだけ鬱憤が晴れる。めぐみんがジト目で俺の事を見てくるが、そんな事は知らない。

 

「おっと、しかも染みつきかよ。しょうがねぇ、ここは俺が淫乱司祭パンツの味見でもしてやるか」

 

「わあああああああああっ!? やめ、やめてぇ! なんでこんな男に……エリス様はなぜ……あううううっ!」

 

「いい加減にしてくださいカズマ! あなたが面倒事を起こしてどうするのですか!」

 

「おふっ……!?」

 

 めぐみんにひっ叩かれて俺は正気に戻る。どうやら、パンツを剥いたせいでエリス教徒に再び敵認定されたらしい。奴らに以前のように取り囲まれながらも、俺は冷静に逃げる判断をした。今回は司祭の泣き顔を拝めただけで十分だ。

 そして、テレポートの魔法を唱え始めた俺に、めぐみんが抱き着いてくる。これはついてくるという意思表示だろう。それは俺にとってもゆんゆんにとってもありがたい。司祭の下着を奴の小さな口に突っ込みつつ、俺はテレポートで紅魔の里を逃れた。

 

 

 

 ダクネスの屋敷に帰ると、俺は真っ先にゆんゆんの元へ向かった。離れに入ると彼女がソファーの上で毛布に身を包み小さな手帳をじっと見ている姿が目に付いた。驚かしてやろうと、彼女の背後にそっと忍び寄る。そして、手帳の中身をチラリと見て、俺の悪戯心は霧散した。

 

「何見てるんだゆんゆん?」

 

「え……? ああ、お帰りなさいカズマさん。その……見ているのは写真です。手帳に入れっぱなしだった事を思い出したんです……」

 

 そう言って、ゆんゆんは手帳に挟まれた家族写真を愛おしげに撫でた。写真に写る俺とゆんゆんは満面の笑顔であり、さよりも無邪気な寝顔を晒している。ほんの一昨日まで当り前だった光景が、なんだかとても懐かしいものに思えた。

 

「ゆんゆん、大丈夫だ。俺が家族の幸せを取り戻してやるさ」

 

「っ……!」

 

 抱き着いてくるゆんゆんを俺はしっかり受け止める。全ての可能性が潰えたわけではない。それならば、精一杯あがいて見せる。彼女の冷たい体を抱きしめながら、その思いは深く……強くなっていった。そんな俺の前に、めぐみんが姿を現す。どうやら、ダクネスへの挨拶を済ましてきたらしい。

 

「まったく、幸せ者ですねゆんゆんは……」

 

「めぐみん……なの……?」

 

「ええ、めぐみんです。まったく、あのぼっちが私の見てないうちにリッチーになるなんて本当におったまげたのですよ?」

 

「めぐみん……めぐみん……!」

 

 抱き着きの対象を俺からめぐみんに移した事に少しだけ寂しく感じながらも、俺は深く安堵する。めぐみんやダクネスが俺達の味方をしてくれるというのは非常にありがたいし、俺も救われた気分になるのだ。

 

「ふみゅ……ねぇめぐみん少しだけ血生臭いけど、何かあったの……?」

 

「血……? ああ、さっき気まぐれで庭のアーチをくぐったのですが、何故か植物から攻撃を受けましてね。割と痛かったですよあれは……」

 

「そうそう、俺もめぐみんもトゲでハチの巣にされてな。ムカツいたから燃やしてやったぜ!」

 

「燃やした!? ふふっ、そうですか! カズマさんもめぐみんも、相変わらずですね……」

 

 そう言ってクスクス笑い出したゆんゆんを見て、俺は何だか嬉しくなる。彼女の心からの笑顔はしばらくぶりな気がしたからだ。

 その後は、荷物をゆんゆんに渡したり、めぐみんの寝床を作ったり、花を燃やした事をダクネスに怒られながら、少しだけ気の抜けた日常を過ごした。ゆんゆんも、夕食の時に少し挙動不審だったくらいで、昨日よりかは随分と表情が豊かになっていた。やはり、めぐみんの存在はありがたい。俺はめぐみんにゆんゆんの事を任せて、ダクネスが待つ屋敷へと向かった。

 

 そして、俺は屋敷のテラスでワイングラスを傾けているダクネスの姿を見つけた。屋敷の窓から漏れる光と月明りしか光源がない薄闇は彼女をより魅力的にさせている。俺は湧き起る欲望を抑えつつ、ダクネスの対面の席へと腰を下ろした。

 

「カズマ、状況どうだった?」

 

「かなり厳しいな。でも、希望が全部潰えたわけじゃない。最善は尽くして見せるさ」

 

「そうか……」

 

 ダクネスは小さく頷いてから、俺にワインが入ったグラスを差し出す。せっかくなので、ありがたく頂く事にした。酒の火照りと夜風の気持ちよさの誘惑には勝てるわけがない。

 

「屋敷の使用人は皆ゆんゆんの正体に気付いている。何とか外部に漏らさないように“お願い”しているが、正直言って時間の問題だ。それは覚悟しておいて欲しい」

 

「分かっているさ。まぁ、一か月後にはエリス様が帰還する。そうしたら、何かしらの変化があるはずだ。それまではどうか頼む……!」

 

「まったく、頭を上げろ。私はそこまで薄情じゃないさ。ただ、相応の対価を貴様には払ってもらうからな」

 

 頭を下げる俺の顎を、彼女は無理矢理持ち上げる。そして、俺の口ににチーズを突っ込んできた。おまけにワインまで流し込まれる。まぁ、美味い事には変わりないので素直にお高い味を楽しむ事にした。

 

「貴様に要求する対価は晩酌に毎日付き合う事だ」

 

「んぐっ……そんな事でいいのか?」

 

「他愛もない会話をお前と毎日する。“そんな事”に私は一年以上も恋い焦がれていたんだ」

 

「お、おう……そっすか……」

 

 切なげな視線で見つめられて、俺は非常に危ない気分になるが何とか気を落ち着かせる。彼女がそれを対価として望んでいるなら、喜んで受け入れよう。ただ、それだけだ。

 

「カズマ、お前は明日からどう過ごすつもりだ?」

 

「日中はできる限り外に出てさよりとリッチーについての情報を集めるつもりだ」

 

「ん……、何か当てがあるのか?」

 

「いいや、全くない。でも、探さないわけにはいかないからな……」

 

「そうか。まぁ、私ができる限りの事は協力しよう。ともかく、今はお前も飲んで疲れを癒してくれ」

 

そう言って、ダクネスは俺のグラスにワインを付け足す。

 

結局、俺は深夜になるまでダクネスと共にチビチビと酒を舐め続けた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

何かがおかしい。

 

 

 そんな違和感に気付いたのは、傷心のゆんゆんを慰めるためにダクネスの家に来て3週間ほどが経過してからの事だ。

 生活サイクルはほぼ固定化しており、日中、カズマは外で情報収集、私とゆんゆんはダスティネス家の蔵書をあさったり、ダクネスが仕入れるリッチー関係の本を調べたり、もしくは寝転んで無為に時間を過ごしていた。そして、夜中にはそれぞれの調査報告と団欒を楽しむ。そんな毎日であった。

 

しかし、時間が経てば経つほど、皆が“おかしく”なってきた。

 

 カズマは日に日にやつれ、どんどん覇気がなくなっている。それでも、彼は私達に対しては気丈に振舞い、落ち込むゆんゆんや私達を励ます。だが、彼の調査は上手くいっていないらしく、さよりちゃんの居場所の糸口すら掴めていない状況だ。このままではいけないと、私は彼を何とか労えないか苦心したが、ゆんゆんや頑なな姿勢のカズマを前にしてその思いも霧散してしまった。

 そして、ダクネスは一見普段通りであるのだが、ふとした瞬間に私達は彼女から敵意を向けられている。そんな気がするのだ。思えば、ダクネスは最初の頃と比べたら私やゆんゆんと会話をする機会が随分と減った。政務が忙しい事もあるのだろうが、それだけが理由ではない事くらい何となく分かった。

 

 だが、一番おかしいと言えるのはゆんゆんであろう。彼女は、基本的にカズマがいない日中は塞ぎ込んでいる事が多い。彼女に悪意を向ける人間はこの屋敷には少なからずいる。それらの人間には私が相応の仕返しをしたり、ダクネスに密告してお仕置きしてもらっている。しかし、彼女に一番効いているのは使用人達の内緒話のようだ。嫌がらせでそんな事をする連中のほとんどは私が駆除したが、それでも全てが無くなったわけではない。リッチーとなって、優れた五感を手に入れたゆんゆんは悪意ある内緒話をたまに耳に拾ってしまうそうだ。それが嫌なのか、彼女は引きこもりがちだ。

 

 ここまでなら仕方ないとも言える事だ。でも、仕方がないと言えない行動もしている。その一つとして、私の目が離れたスキになめくじや小さな昆虫といったものと楽しそうに会話をし始める事だ。最初はついに精神的におかしくなったのかと心配したが、どうも違うようだ。これでも、リッチーの事については最近多くの文献で調べているのだ。その知識から類推すると、ゆんゆんは虫達を眷属にしている可能性が高い。しかし、私が眷属化したのかと聞いてもゆんゆんはひたすら白を切るのみだ。どうやら、眷属を後ろ暗い事に使っているらしい。

 

 そして、一番おかしいと言えるのはゆんゆんがカズマに対してどこかよそよそしいという事。そんな気がするのだ。カズマの帰りを待ち望み、彼の優しさと暖かさを享受する姿に偽りはないし、彼がダクネスとの夜会を終えて帰ってくるのを彼女は歯ぎしりしながら耐えている。しかし、肝心な場面でゆんゆんはカズマに対して一歩引いている。思えば、ここ三週間ほどゆんゆん達と一緒に過ごしているが、カズマとゆんゆんは一度もセックスをしていない。

 

 辛い状況だからこそ、お互いを慰め合うのはむしろ健全と言える。しかし、こればっかりは私の邪推とも言えるかもしれない。カズマとゆんゆんの精神状態と状況を考えると、性交をしていない事も別におかしい事ではないのだ。ともかく、ゆんゆんはカズマに対して一歩引いている。そんな“気”がするのだ。

 

 

 というような事を、私は離れの玄関前で考えていた。部屋の中からは、ゆんゆんのボソボソとした声が聞こえる。どうやら、また虫達と会話をしているようだ。

 

『ふふっ……そう……カズマさんがそんな事を……』

 

『…………』

 

『私もあなたを通して見てたから知ってるわ……あの人は相変わらずなんだから……』

 

『…………』

 

『あのメイドに仕返し? そうね……今度は……』

 

 何だか嫌な予感がしたので、私はさっさと扉を開ける事にする。ゆんゆんは部屋に入った私の方を見てハッとした表情を見せる。そして、目の前に置かれていたお皿をサッと後ろ手に隠した。そんなバレバレな動作を私は見逃さない。素早くゆんゆんの背後に回り込んで、お皿を奪い取ってやった。

 

「ああっ!? め、めぐみん返して! 私のあいちゃんとなめちゃんを返して!」

 

「名前までつけてるのですか……うわっ!? 今日はなめくじですか。塩かけときましょう」

 

「やめてぇ! こう見えて結構可愛い所あるんだから! 返して……返しなさい!」

 

 私が塩を手に取ろうとした時、ゆんゆんになめくじが乗ったお皿を奪い返される。そして、彼女は素早く窓を開けてなめくじ達を外に逃がした。くっ、少し油断しましたね……

 

「ゆんゆん、流石になめくじを眷属化なんてやめた方がいいですよ? ここは闇の存在らしく蝙蝠とかにしましょうよ……」

 

「け、眷属じゃないから! あいちゃんとなめちゃんはただのお友達だから!」

 

「その方が余計にまずいと思うんですがね……」

 

 呆れる私の前で、ゆんゆんは下手糞な口笛を吹き始めた。誤魔化すにしても、これはひどい。しかし、これでゆんゆんの眷属だという事はほぼ確定した。最近、屋敷の使用人達を震え上がらせている害虫達を操っているのもゆんゆんであろう。彼女の気持ちは分からなくもないが、眷属化の事が私以外にばれるのは非常にマズイ。下手したら、これを討伐の大義名分に利用される事もありうるのだ。

 

「ゆんゆん、あのゴキブリの名前はなんでしたっけ?」

 

「めじろちゃんの事? 彼女は産休中で……って、今のは冗談だからね! ゴキブリって何の事かしら! まったくめぐみんは……!」

 

「はぁ……」

 

 思わず溜息が出る。こんな風に、彼女が秘密をうっかり喋らないか心配だ。ちょろあまな性格はリッチー化してからもあまり変わっていない。少し楽観的な彼女に、私は少しだけイラっとした。

 

「ねぇ、めぐみん。虫の事はひとまず忘れましょう? それより、あなたにお願いがあるの」

 

「なんですか?」

 

「少しだけ、買い物がしたいの。あと、ついでに外の様子を見られないかなって……」

 

「つまりは外出がしたいって事ですね?」

 

「それもあるわ。本音としては、カズマさんに私の手料理を久しぶりに食べて貰いたいの。昨日の夜、ダクネスさんが彼に手料理をご馳走したみたい。私もカズマさんに手料理で喜んでもらいたいなって……」

 

 もじもじとそんな事を言うゆんゆんの姿を見て納得する。ようはダクネスに対抗意識を燃やしているらしい。しかし、外出に関してはカズマとダクネスが禁止している。それを破る事になるのは心苦しい事だ。

 

「ゆんゆん、外はあなたにとって危険な場所です。何か策はあるのですか?」

 

「認識阻害と隠蔽魔法に関しては新たに習得してるわ。それと、バニルさんから教えて貰った神魔の目を欺く秘術も使うつもりよ」

 

「うむむ……」

 

 それならば多少の外出は問題ないかもしれない。正直、部屋に引きこもってなめくじと会話しているのは健全とは言えない。ちょろあまである事に変わりはないが、ゆんゆんは一応魔法を極めたリッチーという人を超えた存在だ。滅多な事ではゆんゆんの魔法を看破され、正体がバレるなんて事はないだろう。

 

「はいはい、分かりましたよ。久しぶりに外出しましょうか。でも、魔法はきっちりしてもらいますし、私から離れたらダメですからね?」

 

「めぐみん……ありがとね……!」

 

 涙目になりながら、ゆんゆんは私に抱き着いて来る。ひんやり柔らかな胸に顔を押しつぶされながらも、私自身も少し楽しみだった。街に出るのは私にとっても久しぶりなのだ。

 そして、各種魔法と体を隠しやすい厚手のローブに身につけて、ゆんゆんの転移魔法でアクセルの街へと向かった。

 私とゆんゆんは、アクセルの街に来るのは約一年ぶりだ。少しだけ変化した街の様相に驚いたり、屋台で売っている食べ物を食べまくったりと楽しい時間を過ごした。

 そして、ゆんゆんは目的のものである食料品を買い始める。気分良さそうに買い物をする彼女の姿は、ちょっと前まで私にとっても当り前の姿だった。懐かしい気分になりながらも、無事買い物を終えて喫茶店で小休止をとる事になった。

 

「めぐみん、アクセルの街も見てない間に随分と変わっちゃったね……」

 

「そんなものですよ。何せ一年ぶりですからね。屋敷の近くにあった喫茶店が潰れていたのはちょっと悲しいですけどね」

 

「ふふっ、確かにそれは悲しいわね」

 

 クスクスと笑うゆんゆんの表情は、少しだけ暗い。まぁ、街を見てきたなら当然と言えるかもしれない。気まぐれで潰れた魔法具店にも寄ってみたのも、彼女が暗い原因の一つだろう。

 

「それにしても、私って500万エリスなの? 少し安くない?」

 

「見てしまいましたか……」

 

「当然よ。掲示板に似顔絵つきであったんだから」

 

 そう答えるゆんゆんの瞳は潤んでいた。実は、ゆんゆんの手配書はこの国のほとんどの街に出回っている。カズマ達がゆんゆんの外出をさせたくなかったのは、これを見られるのが嫌だったのであろう。しかし、いずれ知る事になる事実だ。今知っておいた方がいいと、私自身は思っている。

 

「あの手配書はアンデッドに個人的な恨みを持っている連中が、あなたの事を聞いて作ったものです。つまりは、逆恨みですから気にしなくてもいいと思いますよ?」

 

「私は何も悪い事やってないつもりなんだけどな……」

 

「言ったでしょう? 逆恨みです。手配書を作った連中にとっては、あなたがどれだけ無害かなんて関係ないんです。“アンデッド”だから滅ぼしたいのでしょう。魔王軍のアンデッド兵やデュラハン、その他吸血鬼のようなアンデッドに殺された人間は結構いますからね。積み重なった恨みはかなりのものですよ」

 

「…………」

 

ゆんゆんは居心地悪そうに紅茶を飲み始めた。私も、そんな彼女を見ながらミルクティーをすする。口に広がミルクの甘味が今は非常にありがたかった。

 

「エリス教やアクシズ教はあなたに対して消極的対立の姿勢を取っています。この二つに手配されていたら外出なんて絶対出来ません。そう考えたら、あなたは恵まれている方なのですよ?」

 

「私が恵まれている……?」

 

「そうですよ。カズマがアクアとエリスのお気に入りである事、あなた自身がアクア達の友人だから手配はされていないのです。ですが、悪さをするなら滅ぼす、女神の裁きは大人しく受け入れろという通達をしてきています。ですから、ゆんゆん。あまり、“悪さ”をしない方がいいと私は言っておきましょう」

 

「わ、私は悪さなんてしてないから……!」

 

「白々しいですね……」

 

 ゆんゆんの小さな仕返しは屋敷をそこそこ騒がしている。眷属の事がバレたら屋敷を追われる可能性があるのを彼女は理解しているのだろうか。そこだけが、少し心配であった。

 

「さ、それじゃあ帰りましょうか」

 

「うん、私もカズマさんのお夕飯作りたいしね……」

 

 私達のささやかな外出はこれで終わった。そのまま、何事もなければよかったのだが、そうはいかなかったらしい。問題が起こったのは屋敷の離れにから帰ってからだ。怒りの表情を浮かべて私達を出迎えたダクネスを見て、嫌でもそれが分かってしまった。

 

「めぐみん、ゆんゆんどこに行っていた?」

 

「ちょっと街に出かけただけですよ……」

 

「ちょっと……ちょっとだと……!? ふざけているのかめぐみん! お前らがいなくなった事で、屋敷がどれだけ騒ぎになったか分かっていないのか!?」

 

「お、落ち着いてくださいダクネス! バレてはいませんから……!」

 

「そういう問題じゃないだろうが!」

 

 ダクネスが、手をテーブルにバンッと叩き付ける。その衝撃音に私とゆんゆんは萎縮する。私達が悪いという認識はやっぱりあるのだ。

 

「頼むから勝手な行動はやめてくれ! お前達に不信感を持っている使用人は多いんだ! ここにいる事や、変な事をエリス教やギルドに密告されたら、お前たちは本当にお尋ね者になるんだ!」

 

「あの、ごめんなさいダクネスさん! 私がわがまま言ったせいなんです……だから……!」

 

「何……?」

 

 ペコペコ謝るゆんゆんの胸倉をダクネスが引っ掴んで持ち上げる。軽々と宙に持ち上げられたゆんゆんは足をバタつかせて抵抗していた。私はというと、どうしていいか分からずおろおろするばかりだ。何というか、思わず漏れそうになるほどダクネスの気迫は恐ろしいものなのだ。

 

「実行犯はめぐみんだと思っていたのだがな。まさかお前だったとはな」

 

「うっ……ごめんなさい……!」

 

「謝って済む問題じゃないんだ。これで、不信を募らせた使用人が密告する可能性が上がったのだぞ? それに、私はカズマにお前の事を任されている。外で何かあった時の責任は私が被る事になるんだぞ? それが分かって……ぐっ!?」

 

 突然、ゆんゆんがダクネスの喉元を蹴り飛ばした。ダクネスは思わず倒れ込むが、すぐさま起き上がってゆんゆんに剣を向ける。対するゆんゆんも、杖をダクネスに向けていた。いきなりの修羅場に私も驚く。何より、こんなバカげた事での対立なんてゴメンだ。私は二人を刺激しないようにゆっくりと二人の間に入った。

 

「二人とも落ち着いてください! 私達が対立するなんてバカバカしいじゃないですか!」

 

「うるさいめぐみん。私はコイツに言いたい事がいっぱいあるんだ。正直に言ってやるのがコイツのためにもなる」

 

「私だって、ダクネスさんに言いたい事があるんです。めぐみんはお願いだから黙ってて」

 

 二人に睨まれて私は動けなくなる。こうなったら、どちらかが引くまで言い争いをさせるしかない。しかし、何だかとても嫌な予感がして私はゆんゆんに目線を送る。しかし、彼女の両目は真紅に輝いていた。こうなった紅魔族は話を聞かないのだ。それは、自分自身がそうであるからよく分かっている。どうやら、もう後戻りはできないらしい。

 

「ゆんゆん、私がお前に言いたいのはリッチーとしての自覚を持てという事だ。お前はもう人間じゃなくて人類の敵だ。正体も割れているからウィズのような隠遁暮らしもできない。下手したら、全世界の人間がお前の敵になる事だってあるんだ! その事をきちんと理解しているのか!?」

 

「それは……もちろん理解してます!」

 

「いいや、していない。お前はどこか楽観的だ。もしかして、カズマが何でも解決してくれるなんて思っていないだろうな? アイツだって相応に……!」

 

 ダクネスの言葉が止まる。ゆんゆんから放たれる威圧感が、カズマという言葉を聞いて増したのだ。だが、ダクネスもその程度では怯まない。むしろ、ゆんゆんに一歩距離を詰めてきた。

 

「なるほど、お前が言いたい事というのはカズマの事か。まさか、私がカズマを奪おうとしてるなんて思っていないだろうな? そうだとしたら、お前は相当なバカだぞ?」

 

「っ……!」

 

「肉体的接触も一切ない。ただ、アイツを労ってやってるだけだ。毎日草陰で私を監視しているお前らもその事はよーく知っているはずだ。むしろ、私こそお前に問いたい。カズマは強気に振舞っているが、お前と同じく壊れかけだ! そして、アイツを慰めるのはお前の役目だ! それを放棄していたらそのうち取返しのつかない事になるぞ!」

 

 ダクネスの怒気にあてられて、ゆんゆんの威圧は霧散する。彼女は唇を噛んで俯くのみだ。それを見たダクネスが再びゆんゆんに詰め寄って胸倉を掴む。いつの間にか最初の構図に戻っていた。

 

「なぁ、ゆんゆん。あの男を本当に愛しているなら身を引く事も考えたらどうだ? お前は災厄の塊なんだ。エリス教やアクシズ教だけでなく、お前の知識を狙ったバカな人間だってお前を狙っている。はっきり言って、世界中の人間がお前の敵だ。それに付き合わされるカズマやめぐみん、いずれ見つかるかもしれない子供すら不幸に巻き込むんだぞ?」

 

「…………」

 

「聞こえなかったのか? それならもう一度はっきり言ってやる! 死人は大人しく土に還れ!」

 

「ダクネス!」

 

 私はダクネスを突き飛ばしてゆんゆんを解放する。ゆんゆんは、いつも以上に青白い顔で震えていた。そんな彼女を胸に抱きながら、私はダクネスを睨み付ける。ダクネスは私の事など意に介さず、憮然とした表情で佇んでいた。

 

「いくらなんでもいいすぎです!」

 

「ほう、やっぱりお前はそうなんだな……」

 

「何がですか!」

 

「そのまんまの意味だ」

 

 しばらく睨み合いが続く中、ダクネスは再びこちらに距離を詰める。彼女に威圧されて私もゆんゆんの事をギュっと抱きしめた。それが気に食わなかったのだろうか。ダクネスが、こちらに敵意を込めた視線を向けてきた

 

「ゆんゆん、カズマを奪うとしたら私よりもめぐみんに気をつけた方がいい。油断していると足元をすくわれるぞ。めぐみんは狡猾な女だからな」

 

「ダクネス、それ以上は私も本当に怒りますよ……」

 

 私はダクネスを再び睨み付ける。もはや、ダクネスの瞳には狂気が宿っていた。何が彼女をここまで狂わせているのかは今いち分からない。ただ、ゆんゆんにとっては明確に敵になる存在である気がする。そして、ゆんゆんは私に抱き着くのをやめて少しだけ距離をとってきた。その行動にどうしようもない怒りが湧きおこった。

 

「そうだゆんゆん、以前カズマが行方不明になった事があるよな。お前はその原因を知っているか?」

 

「知りません……」

 

「ほう、めぐみん、知らないそうだぞ?」

 

 そう問いかけてくるダクネスに私はすぐさま杖を振りぬく。しかし、逆に押さえ込まれてしまった。そんな私を、ゆんゆんが不信の目で見てくる。それが嫌で嫌で仕方がなかったし、このタイミングであの事を言おうとするダクネスに対してはらわたが煮えくり返った。だが、ダクネスに体と口を押えられ、私はみじめにバタつく事しかできなかった。

 

「めぐみんと私はな、あの時カズマを屋敷に監禁したんだ。そして、恋敵であるお前を排除するために色々やったのさ。どうだ? そう考えると色々納得できる事があるんじゃないか?」

 

「…………」

 

 ゆんゆんが私の事をじっと見つめてくる。その視線に耐え切れず、私はつい顔を逸らしてしまった。そんな私を見て、彼女は諦めたように溜息をつく。そして、無言で寝室へと立ち去った。ダクネスから解放された私は崩れ落ちそうになる足を何とか奮い立たせて彼女に向き直る。ダクネスは相変わらずの表情であった。

 

「あなたは何がしたいのですか? 私とゆんゆんの関係を壊して楽しいとでも言うのですか?」

 

「別に私は言いたかった事を言っただけだ。それに、これはゆんゆんのためにも言うべき事だ。今の状況はいずれ破綻する。彼女を取り巻く現実を知ってもらいたいのさ」

 

「単なる腹いせでしょう?」

 

「それは否定しないが、そういう面もあるんだ」

 

 そう言ったダクネスの瞳には理性が宿っていた。どうやら、まったくの嘘ではないらしい。でも、私達に悪意を向けた事には変わりない。少しだけ、ダクネスの事が信じられなくなった。そんな私の思いを察したのだろうか。彼女が初めて弱気な表情を見せた。

 

「めぐみん、私はゆんゆんとはお前ほど親しくない。彼女を元気づけるのは私には無理だ。代わりにカズマを精一杯元気づけてるつもりだが、アイツが真に求めているのはゆんゆんだ。それを無視してカズマを女として慰める事はできるかもしれない。でも、そんな事をしたら全て破綻してしまう。私は“何にも”できない女なんだよ……」

 

「ダクネス……」

 

「私はお前達が羨ましい。カズマが私に求めているものと、お前達に求めているものは全然違うんだ。それでも、私は役目を全うしているつもりだ。それなのにあの女は……! このままだと、あいつ自身だけじゃなくカズマまで壊れるかもしれないんだぞ!」

 

 ダクネスの言葉に、私は何と返していいか分からなかった。納得できる部分もあるが、彼女の邪推や憎しみが多く混じっている。肯定もできなければ、否定もできない。そんな感じだ。

 

「正直言ってゆんゆんの状況は詰んでいる。現状から一歩踏み出すには、子供の事をきっぱり諦めて二人で新たな人生を歩むか、彼女に潔く死を受け入れてもらって私達がカズマを支えて生きるかのどちらかだ。めぐみん、お前はどちらがいいと思う?」

 

「…………」

 

「答えられないか? それなら、この一年ずっと知りたかった事をお前に聞こう」

 

 言い淀んでいる私にダクネスが詰め寄る。そして、私を真正面から睨み付けて言い放った。

 

 

「お前は私の味方じゃないのか?」

 

 

 私は、再び無言で返した。その反応を見て、彼女は諦めたように溜息を吐く。そして、彼女も無言で部屋を出て行った。残された私は、ソファーに倒れ込んでぐるぐるとした思考を整理する。それでも、分からない事だらけだ。

 

「私に何をしろというのですか……!」

 

 行き場のない怒りが荒れ狂う。それでも、思考や行動を放棄するのは悪手でしかない。私はソファーから起き上がると、寝室の扉を開け放つ。そこには、府抜けた表情で手帳を見つめるゆんゆんの姿があった。彼女は、私に気が付くと少しだけ距離をとる。でも、そんな事では私は怯まない。逃げるゆんゆんを私は思いっきり抱きしめてやった。

 

「ゆんゆん、カズマを監禁したのも、あなたを排除しようとしたのも全て事実です。でも、私は謝りませんよ? あなたからカズマを奪い返すにはそれしか方法がなかったんです! 愛する人を手に入れるためなら、何だってしてしまう。あなたにだって分かる事でしょう!」

 

「…………」

 

「でも、これには決着がついたじゃないですか。あなたが私達に勝ったんです! それ以降も私はカズマの事を諦めていません。もちろん今も。あなたがずっと弱気でいるというのなら、私は本当にカズマの事を奪います。それでもいいのですか?」

 

 私に抱かれるゆんゆんはふるふると首を振った。そして、ポタポタと涙を流し始める。カズマが彼女にやっているように、私はゆんゆんの頭を撫でてやった。

 

「ダクネスの言った事はほとんど滅茶苦茶です。でも、カズマとその……セックスしていないのは私も疑問です。こういう時だからこそ、お互いを慰め合う事も必要だと思うんです。いつもカズマにべったりなくせに、どうして……」

 

「…………」

 

「答えてくださいゆんゆん。このままだとカズマとあなた、双方に溝が出来てしまいます。理由くらい教えてください」

 

 ゆんゆんは不安そうな顔で私を見上げてくる。そんな彼女を安心させるように、私は再び彼女を撫でた。そして、半刻程経過した時、彼女は諦めたようにポツポツと語り出した。

 

「私はそういう事をするのが怖いのよ。だって、今の私はリッチーでしょう? 体を重ねると、カズマさんに冷たい体だって事を改めて実感させちゃうの。どんなに誤魔化しても、根本的な所は変えられない。私が死体である事は変わりないの……」

 

「それは悲観的に考えすぎです。カズマはそんな事を気にしないと思います。それに、あなた達は愛し合っている関係なのですから、お互いにその事を受け入れるのは容易でしょう?」

 

「そうかもね。カズマさんは気にしないかもしれない。でも、私が気にするのよ。それに原因は他にもあるの……」

 

 そう言ったゆんゆんは、私の腕を取って自分のお腹に当てる。意図が分からず困惑する私を、彼女は悲しみの表情を浮かべながら見つめてきた。

 

「ねぇ、めぐみん。私はもう赤ちゃんを産めないの。体は冷たいし、心臓だって動いてない。ずっと夢見てた幸せな生活も、さよりが奪われて叶えられそうにない。私はもう女として、母親として終わっているの……」

 

「それは……」

 

「体は冷たい、心臓だって動いてない。それなのに、体の機能は生きている時とほとんど変わらない。涙だって出るし、吐き気に襲われる事もある。女としての機能だってまだあるの! これが、どういう事か分かる!?」

 

 私に縋り付きながら話すゆんゆんは大粒の涙をこぼしていた。そして、助けを求めるような目線で私を睨み付ける。だが、私はどうする事もできないし、何も言う事が出来なかった。一つだけ分かるのは、彼女はリッチーとしての自覚をきちんと持っているという事だ。

 

「今の私から生まれてくるものは何……? 死産? それとも生まれながらのゾンビやリッチー? いや、そもそも機能は生きてるだけで妊娠なんかしないかもしれない! そんな事が頭に浮かんでしまうの! だから、今はそういう事をするのがたまらなく怖い……! 今の私には無理……ダメなのよ……!」

 

「ゆんゆん……」

 

「何より、カズマさんはさよりをまだ諦めてない。それなのに、私はこんな事で落ち込んでる。そんな自分が嫌で嫌で仕方ないのよ……」

 

 泣き続けるゆんゆんを、私は抱きしめる事しかできなかった。本当に、私ではどうしようもできない。こればかりは、カズマと話し合って貰うしかないだろう。いや、それも彼女にとって難しいだろうか。重い……私には荷が重すぎる。

 

「めぐみん、私はこんな状態だから、カズマさんに甘える事しかできない。だから、必要ならあなたやダクネスさんが“慰めて”あげて? 私はそれでいいと思っているの。あなた達ならカズマさんを任せられるの……」

 

「それは本気で言っているのですか?」

 

「もちろん、本気よ。このままじゃいけないって事は私も分かっているから……」

 

 諦めたように笑うゆんゆんを見て、私は溜息を吐いた。そんなお願いをされても、私達は受けられるはずがない。それを受けてしまったら最後、別の形で破綻してしまうのは目に見えているからだ。

 しかし、これでゆんゆんの心境がよく分かった。体を重ねる事が辛いのも嫌なほど理解させられた。それでも、まだ納得行かない点がある。それは彼女がカズマに一歩引いているという事。体を重ねるのが辛いという理由だけではない気がする。邪推であるかもしれないが、彼女の話はどこか言い訳臭く感じたのだ。

 

「ゆんゆん、参考までに聞いておきます。何か、カズマや私達に隠しているような事はありますか? もしあるのだとしたら、早く話しておいた方があなたにとっても良いと思いますよ?」

 

「隠し事なんてないわ……本当よ……!」

 

「そうですか。変な事を聞いてすみませんね。ただ、悩みがあるなら私にどんどん言ってください。聞く事くらいはできますから」

 

「めぐみん……うん、ありがとう」

 

 そう言ったゆんゆんの瞳は少しだけ揺れていた。恐らく、彼女が何か隠しているという事は何となく分かる。だが、無理に問いただす事もできない。その事が非常に歯痒かった。

 

「ねぇ、めぐみんってカズマさんの事本当に監禁したんだよね? その事、ちょっと詳しく教えてくれない? 私だって、あなたに聞きたい事あるんだからね」

 

「長くなりますよ? それに、余りあなたにとってはいい話ではないです……」

 

「いいから聞かせて?」

 

 私の顔を見上げるゆんゆんの顔から涙は引いていた。その代わり、子供のような好奇な目を浮かべている。そして、その瞳は紅黒く濁っていた。

 

 

 

 

 

「ちょっと興味あるの」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 さよりを探し始めてどれくらい経ったであろうか? そんな事も分からなくなるくらいに、俺はひたすら彼女の痕跡を追っていた。しかし、得られた情報は全くなかった。逃走した犯罪者の足取りも不明。俺の今までの調査は全て無駄という事だ。

 そうすると、屋敷に帰るのが嫌になってくる。期待の目で出迎える彼女達に、何の成果も報告できない事が悔しかったし、嫌であった。何より、時間が経てば経つほどさよりの生存が心配になってくる。

 

もうダメかもしれない。

 

 そんな思いも湧いてくるようになった。鬱々とした気分を何とか振り切っているが、もちろん今日も成果なし。調査を行っていたギルドの椅子から立ち上がる気力すら湧いてこなかった。

 

「元気出してくださいカズマさん、私がいますよ」

 

「そんな事言われても無理ですよ……」

 

「大丈夫、私はあなたの味方ですから」

 

 ギュっと誰かに抱きしめられる。その暖かな感触と安心できるいい匂いで、俺はとても心が安らいだ。そして、思わず眠くなってきた時、ふと異常に気付く。景色が辺境の街から薄暗い空間に変わっていたのだ。何より、俺の事を抱きしめる女性は……!

 

「エリス……様……?」

 

「はい、私ですよカズマさん。やっと帰ってこれました……」

 

「エリス様……!」

 

 俺は彼女の事をキツく抱きしめる。そして、希望や安心感も湧いてくる。なんだか、彼女という存在自体に救われた気がした。ずっと、彼女の事を待っていたのだ。

 

「カズマさん達の状況はすでに把握させて頂きました。私がいない間に、本当に大変な目にあいましたね。ごめんなさい……私がいないばかりに……! 本当にごめんなさい……!」

 

「エリス様……あなたのせいではありませんよ。だから、泣かないでください」

 

「でも……」

 

 泣きじゃくるエリス様を俺は抱きしめ続ける。俺の事を思って泣いてくれている彼女の事をとても愛おしく感じた。そして、彼女はそんな俺に涙を擦り付けてきた。何というか、エリス様も相変わらずだ。

 

「そうですね。私が泣いていたら意味がありません! カズマさん、今後の事を話し合いましょう!」

 

「ええ、よろしくお願いしますよエリス様」

 

 それから、俺は彼女に今までの事を改めて話し、そしてこれからの事を話し合った。その結果は落胆すべき事が多かった。特にこの二カ月で結局アクアの居場所が掴めなかったという報告には落胆したし、ゆんゆんの事に関しても厳しい答えが返ってきた。それでも、少しだけ希望の見えてきた。

 

「やっぱり、ゆんゆんは治せませんか……」

 

「ごめんなさいカズマさん。浄化をする事はできても、もう人間に戻すことは私ではできません。あの秘術は魂の在り方を歪めるものです。煉獄で途方もない時間をかけて浄化する事で、いつかは人間に転生させる事ができるかもしれない。女神である私でもその程度が限界なんです」

 

 そう言って謝るエリス様をぶん殴って、使えない女神だと罵ってやりたい気持ちに少しだけなる。しかし、これはある程度は覚悟していた。めぐみん達の調査でも、不死者を治療する手段は見つからなかったし、アクアですらウィズを放置する事しかできないのを見てきたからだ。

 

「ですが、ゆんゆんさんはまだ悪い事はしていませんし、同情の余地があります。エリス教には神の裁き与えるまで、少しばかりの猶予を与えると伝えましょう。これで、しばらく彼女は無事のはずです。反発はあるかもしれませんが、それくらいは言い包めて見せますよ」

 

「エリス様……! 本当にありがとうございます!」

 

「女神としてダメダメな判断ですけどね、本当に、この事は内緒ですよ?」

 

 クスリと笑うエリス様の姿を見て、俺はとても安心させられた。少なくとも、いきなり滅ぼされる可能性は減ったのだ。これでゆんゆんは不自由すぎる生活から脱却できるかもしれないし、ダクネスにこれ以上迷惑をかけなくて済むからだ。思わず、手を合わせて彼女の事を拝んでしまった。

 

「それと、さよりちゃんの事は私にも協力させてください。エリス教に協力要請をしますし、私自身も探そうと思います。これからは、あなたの事を全力で手伝わして頂きます」

 

「マジですか……!?」

 

「ええ、マジです。カズマさん、一緒に頑張りましょう!」

 

 そう言って微笑むエリス様に、俺は本当に感謝の思いでいっぱいになった。これで、希望は見えてきた。それに、エリス様と一緒ならどこまでも頑張れる。そんな気がした。

 

「それじゃあ、エリス様! 俺はこの事をゆんゆんやめぐみん達に伝えてきますね!」

 

「待ってくださいカズマさん。彼女達への説明はすでにクリスが行っています。ですから、報告の必要はありません。それより、私はあなたの事も心配なんです。あまり、焦らなくてもいいのですよ?」

 

 エリス様が再び俺の事を抱きしめてくる。彼女にこうされると、本当に気持ちが良いのだ。そして、俺自身もいくらか冷静になる。まだ、彼女と話したい事はたくさんある。俺はしばらく、彼女の暖かさに身を任せる事にした。

 

「カズマさん、ゆんゆんさんがリッチーになってからどう過ごしてましたか?」

 

「そりゃあ色々と頑張りましたよ。アイツをこれ以上悲しませたくありませんからね」

 

「なるほど、それじゃあカズマさんもきちんと悲しみましたか? ゆんゆんさんは理不尽な目に遭ってリッチーに、さよりちゃんは今も行方不明。あなたも悲しかったでしょう?」

 

 優し気な目つきで、エリス様が俺の頬を撫でてくる。何だか、俺の中で行き場のない感情が荒れ狂いはじめる。だが、それを表に出すわけにはいかない。いかないはずで……

 

「カズマさん、私には強がる必要はありませんよ。ゆんゆんさん達を心配させないために必死だったんですね。でも、あなただって相応に苦しんでいるんです。ここは私とあなただけの空間ですから、大丈夫です。あなたの弱さも私は理解していますから」

 

「俺は……強がってなんか……」

 

 言葉が続かなかった。だが、慈しむように俺を撫でるエリス様を見て何だか我慢が出来なくなった。俺だって苦しくて……悲しくて……! このまま幸せに終わると思った人生がこんな理不尽に……突然に……!

 

「大変でしたね。そして、よく頑張りました。あなたは素晴らしい男性です。でも、今くらいは泣いていいんですよ?」

 

「俺は……俺は……!」

 

「大丈夫、私が全部受け止めてあげますから……」

 

 それから、俺は何をしたかよく覚えていない。でも、エリス様にとても無様な姿を見せた事は理解している。そして、心がとてもスッキリしたし、これから頑張ろうという気力も湧いてきた。エリス様と一緒ならどこまでも頑張れる。改めて、そう思った。

 

 

「大丈夫ですよカズマさん。あなたには私がついていますから……」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 結局、俺はあのまま寝てしまったらしい。エリス様の暖かくて気持ちのいい膝枕に名残惜しくも別れを告げて立ち上がった。

 

「はぁ……何というかすみませんねエリス様……」

 

「いいんですよ。あなたのケアをする事も非常に重要ですから。それより、まだ時間はあるでしょう? お茶でも飲んでいってください!」

 

「そこまでお世話になるのは……」

 

「いいんです! ほら、席についてください!」

 

 何やらテンション上がり気味なエリス様に押されて、俺は半ば強引に椅子に座らせられる。そして、いつの間に準備されていたテーブルには湯気の立ったコーヒーが置かれていた。

 

「カズマさんの気分転換は今後のためにも必要なんです。屋敷では、あなたは常に気を張っていますからね。でも、私には愚痴でも何でも言って構いませんよ。泣き叫んだっていいんです!」

 

「まったく、エリス様は俺をなんだと思っているんですか……あんな姿はもう見せませんよ……」

 

「とにかく、あなたも十分にリフレッシュしてください。アクアさんは見つけられませんでしたが、お土産はいっぱい持ってきましたから」

 

 エリス様がパチンと指を鳴らすと、テーブルの上に様々なものが出現する。お菓子にお酒に、煙草、ちょっとしたテーブルゲーム。そのどれもが、なんだか懐かしいものばかりであった。

 

「私はアクアさんを探しに日本に行ってきたんです。カズマさんが喜ぶと思って適当に買ってきたのですが……迷惑でしたか?」

 

「いや、迷惑するわけありませんよ。でも、お酒や煙草を進めるのは女神的にどうかと思いますよ」

 

「それは……カズマさんに喜んで貰いたくて……」

 

 シュンとした表情を見せるエリス様は、何というか反則だ。それに、最近はワインばっかりであったため、缶ビールはとても魅力的だ。なんだか、久しぶりにワクワクとした気分になってきた。

 

 そして、気が付けば俺は飲んだくれていた。エリス様がお酌をしてくれるのだから、止められるはずがない。おまけに、スナック菓子も食い散らかす。安っぽくてジャンキーな味は本当に懐かしかった。

 

「うっく……それでダクネスの奴が毎回思わせぶりな態度でしてね……まったく……ぶち犯すぞあの野郎……!」

 

「あの娘も結構したたかなんですね。でも、後一歩が踏み出せない。ふふっ……可哀相……」

 

「アイツは可哀相なんかじゃないですよ! それより、ゆんゆんなんかいつも落ち込んでて……あいつに元気出して貰いたいけど……さよりは……ううっ……エリス様……もう一杯……」

 

「ダメです。今日はここまで。悪酔いはあまりよくありませんから」

 

 頬を指でつんと突かれる。それだけで、不思議と酔いは醒めた。長々と管を巻いていた事を恥ずかしく思いながらも、心は随分とスッキリしていた。やはり酒の力……ではなく女神の力は偉大という事だろうか。

 そして、コーヒーを口に流し込んでいる時、俺の手は自然と煙草に伸びていた。どうも欲望に素直になっている自分自身に呆れながらも、エリス様がいいと言うなら頂こうという大義名分を立てて煙草を口に咥えた。そんな俺を見てエリス様はクスクス笑う。そして、懐からジッポライターを取り出して火を灯した。

 

「火はいりますか?」

 

「もちろん……って女神のくせにこんな事して……日本で変な知識を仕入れてませんよね?」

 

「別にこれくらいは許容範囲ですよ。それに、このジッポは昔から持っているものです。あなたが最初期に魔法具店に納品したものの一つなんですよ。私の大事な宝物です!」

 

 そう言って微笑むエリス様は、本当に女神そのものであった。一瞬でも、ホステスみたいだなんて思った事をこちらが恥ずかしく思う程だ。

 

「でも、ジッポの初期生産品は結構人気ですぐ売り切れたんですよ? よく入手できましたね。もしかして、あの時から俺を尾行してたんですか?」

 

「ふふっ、違いますよ。後からどうしても欲しくなりまして、だから……って何言わせるんですか!?」

 

「はぁ……? いや、もしかしてエリス様……」

 

「ぬ、盗んでないですよ! ええ、まったく! そんな事私がするわけありませんよ!」

 

 聞いてもないのにそんな事を言い出すエリス様がおかしくて、俺は思わず爆笑してしまう。本当に悪い女神様だ。

 最初は顔を赤くしながら否定していたが、諦めたようにエリス様も笑った。そして、今も爆笑している俺に、再び抱き着いてきた。

 

「やっと笑ってくれましたね……」

 

「いや……くふっ……仕方ないでしょう! こんなの笑わずにいられませんよ!」

 

「もう、本当にカズマさんは……まぁ、いいでしょう。カズマさん、もうすぐ時間です。こっちを向いて?」

 

「何ですかエリス様? もしかして別れのキスでも……んむっ!?」

 

 そのまさかだったらしい。押し付けられた柔らかな唇は俺の全てを溶かしつくすほど甘美なものであった。そして、府抜けている間にたやすく彼女の侵入を許してしまう。薄闇の空間に唾の絡み合う音が響いた。

 

「んじゅ……んはっ……んっ……これで大丈夫ですよカズマさん」

 

「にゃ、にゃにがでひゅか……?」

 

「ふふっ、呂律が回っていませんよ。もっとしゃっきりしてください。“浄化”はこれで終わりましたから……」

 

 妖艶に微笑むエリス様をこれ以上は直視できなかった。それに、とてつもない興奮に襲われて自分自身が制御できない。だから、俺は慌てて中腰で逃げ出した。そして、溢れてくる罪悪感を振り払い、言い聞かせるように呟いた。

 

 

「浄化なら仕方ねぇよな……!」

 

 

 

 

 結局、転移魔法でダスティネス家に帰り着いたのは夜に差し掛かった頃であった。そこには、いつもよりかは元気そうな顔を浮かべたゆんゆん達が出迎えてくれた。その事に、また罪悪感を覚える。まぁ、あれだ。切り替えて行くしかない。

 そして、夕食はゆんゆんが作った料理を久しぶりに食べる。それが、また俺の気力を向上させるのに役立った。ただ、少しだけ気になる事があった。ダクネスと、めぐみん達の仲が少しだけよそよそしく見えたのだ。だが、そこは新たに仲間に加わったクリスが上手く取りなしていた。本当に女神様様である

 

 

 だが、その間も俺の中に燻っていた欲はどんどんと膨らむ。ダクネスや、ゆんゆんがいつもより積極的なのも原因の一つだろう。思えば、処理は一人でしていた。希望の見えた今夜くらいは、しても許されるかもしれない。そう自分を正当化しつつ、俺はベッドに入ってからべったりくっついているゆんゆんに話しかけた。

 

「な、なぁゆんゆん……」

 

「何ですか……?」

 

「その……久しぶりにしてもいいか……?」

 

 俺の言葉を聞いて、彼女は驚いたように目を見開く。そして、申し訳なさそうに顔を伏せる。その両目には、大粒の涙が浮かんでいた。それを見て、俺は自分の失態を悟る。浮かれすぎていた。そうとしか言えなかった。

 

「ごめん……なさい……! 私はまだ……ひぅ……!」

 

「ああー泣くなっての! 俺が悪かったから……! でも、一緒に寝るくらいは構わないんだよな? それなら、もっとこっちに寄ってくれ。暖めてやるからさ……」

 

「ふぐっ……あうっ……カズマさんカズマさん……!」

 

 結局、その夜はゆんゆんをあやし続けた。どうも、俺のデリカシーがなかったらしい。まぁ、当然と言えば当然か。ともかく、頑張ろう。そう、心に決めた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 エリス様降臨からはや一か月、俺は順調にさよりの情報を掴んでいた。非常に断片的、かつ信憑性は微妙なものだが、何も情報が得られなかった今までに比べたら大進歩だ。それも、エリス教の協力とエリス様の協力のおかげである。

 また、移住場所をダクネスの離れから移す事に成功した。とはいっても、拠点をアクセルの街の屋敷に移しただけである。それでも、エリス教の監視下であるならば、ゆんゆんも自由を少しだけ手に入れる事ができた。もちろん、彼女の立場が微妙である事は変わりない。エリス様の裁きの猶予も、アクア降臨の時までとされている。両方の宗派も、神に浄化されるのが最善として今の所は表立った動きはない。だが、絶対安全とは言い切れない。

 手配書は両宗派の要請と、協力をお願いしたアイリスのおかげで取り下げてもらう事はできた。しかし、半ば強引な手段を使ったため、反発も予想される。この点に関しては今も警戒中だ。

 

 

 それでも、希望は見えてきた。いずれは、さよりも見つかるかもしれないし、アクアとエリス様が揃えばゆんゆんの事もさよりの事も何とかなるかもしれない。そんな思いから、俺の心にも余裕が少しできる。おかげで、今まで悩みもしなかった事に悩むことになった。

 

 ぶっちゃけて言うと、性欲だ。エリス様が降臨して以降、彼女との気分転換は日課になっていた。そして、毎回のように“浄化”を受けるため、俺の心身は色んな意味でボロボロ。ゆんゆんは相変わらずであるため、そういう事はできないし、サキュバスはいないため発散はできない。実際の風俗に行くには、リッチー化したゆんゆんが怖すぎる。だから、俺の相棒は久しぶりに右手になっていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「んっ……んじゅっ……今日もお疲れ様でした。残念ながら成果はありませんでしたが、明日は情報にあった裏ギルドに潜入します。今日はゆっくり休んでくださいね?」

 

「了解ですよエリス様。それじゃあ、今日はここで……!」

 

「待ってくださいカズマさん。最近、帰るのが早い気がします。何か急ぎの用事でもあるのですか?」

 

「な、ないですよ! ただ、そんな気分なんです。それじゃあ、また明日……!」

 

 俺は逃げるようにエリス様から背を向ける。別に急ぎの用事はない。ただ、早く帰ってヌきたいだけである。中腰でヒョコヒョコ逃げ出し、転移魔法を唱え始めた時、俺の背中にエリス様が抱き着いて来た。そして、両手を……

 

「ちょっ!? エリス様、何やってるんですか!? それはマズ……マ……おほっ!?」

 

「なるほど、そういう事でしたか。あなたの性事情は恥ずかしながら把握しています。私に任せてください。大丈夫、手でするだけですから……」

 

「でも……俺にはゆんゆんが……その……!」

 

 混乱した思考の中で俺は否定の言葉を紡ぎ出す。これはどう言い繕っても不貞という他ない。何より、罪悪感が凄いし、もしバレてしまったら大変だ。そんな思考も、首筋をエリス様に舐められる事で脆くも崩れ去っていく。そして、彼女の囁きがトドメとなった。

 

「大丈夫ですよ、絶対にバレません。それに手でするだけですから……」

 

「本当ですか……?」

 

「もちろんです。この空間は私とあなただけのもの。最後には浄化してあげますから、アフターケアもバッチリです」

 

「いやしかし……それでも俺は……」

 

「えいっ!」

 

「ふぁっ!?」

 

 気付けば、ズボンをずり下ろされていた。そして、バッキバキに勃起したペニスが解放されてしまった。右手以外の刺激が久しぶりに得られそうな事を感じ取っているからであろうか、ペニスはもう、今までにないくらいビンビンでいらっしゃった。

 

「ふふっ、こんなに大きくして……溜まっていたんですね……」

 

「エリス様、本当にそれ以上は!」

 

「大丈夫ですよ? これもカズマさんのためですから……」

 

 口からは否定の言葉が出る。でも、逃げようという気にはならなかった。そして、エリス様が俺の腰を左腕でがっちりホールドする。背中に、彼女のふにふにとした胸の感触が押し当たり、腰が砕けそうになる。もちろん、右手は俺のペニスに添えられていた。

 ひんやりとしながらも、確かな暖かさがあるエリス様の右手は、自分のものと比べたら非常に小さく柔らかかった。

 

「それじゃあ擦りますね……んしょ……!」

 

「おふぁっ!? おおっ……!?」

 

「ふふっ、情けない声ですね……せっかくですから、私も少し……んっ……んちゅっ……!」

 

「うっ……本当にエリス様は……くっ……!」

 

 エリス様のきめ細やかな手が、俺のものをしごき上げる。同時に首筋を舐め上げられて、情けない声をあげてしまう。だが、これは仕方ない事だ。本当に久しぶりなのだ。

そして、背中にふにふにとした感触に混じって、コリコリとした感触が擦れるのを感じる。どうやら、ノーブラであるらしい。しかも、乳首は明らかにたっている。その事が、何だか非常にムカついた。

 

「んひゅっ……あぅ……んっ……凄いビクビクしてる……もう出しちゃうんですか……?」

 

「そりゃ……久しぶりで……おふっ!? も、もうちょっとゆっくり……!」

 

「なるほど、速くですね?」

 

「おおおおおっ!?」

 

 ペニスに絡みつく手のスピードが一気に上がる。すでに、彼女の手は亀頭から溢れたガマン汁に濡れている。おかげで、ぬちゅぬちゅという淫靡な水音鳴り響き、それが更なる興奮の材料となった。もうダメだった……我慢の限界であった……

 

「エリス様……俺もう……!」

 

「どうぞ……いっぱい出して……んぐっ……!」

 

「おっ……おおっ……! おおおおおっ!? おうっ……う゛っ!」

 

「ひゃあっ!? 白いのいっぱい出ましたね……うふふっ……!」

 

「おおおおおおっ……」

 

 俺のペニスはあっけなく爆発した。とてつもない気持ちよさに半ば放心しながら、床に飛び散った精液を見る。何というか、本当に大量であった。だが、精液はすぐに霧散する。この部屋の浄化機能が働いたのであろうか……

 

「カズマさん、私の手を見てくださいよ。おかげで精液濡れです。本当に凄い匂い……」

 

「いや、実は言うと本当に溜まってましてね? しかもエリス様が……」

 

「んっ……じゅる……んぁっ……んふっ……!」

 

「エリス様……!?」

 

 右手についた俺の精液を、エリス様が丁寧に舐めとっていく。そして、しばらくちゅぱちゅぱとした音を響かせた後、妖艶な微笑みを浮かべた。その顔を見て、俺の足はフラフラと彼女の方に向く。止めようと思っても、足が止まってくれないのだ。

 そんな俺を見たエリス様は、微笑みを深くする。そして、いつの間にか出現していたベッドの上に腰かけた。

 

「どうします? 最後までしちゃいますか……?」

 

「……………」

 

「ゆんゆんさんに悪いと思うのですか? それなら安心してください。彼女なら許してくれます。あなたも聞いたのでしょう?」

 

 ぼやけた意識の中で、俺はゆんゆんの言葉を思い出す。あの後、俺は何回か彼女を誘ったのだ。その時、否定の言葉と共に言われたのだ。“めぐみん達を抱いても構わない”と。あの言葉を聞いた時、俺は非常に悔しかったし、悲しかった。だから、彼女以外は……

 

そう決めたはずなのに、俺の足はエリス様の下へ一歩近づいた。

 

「絶対にバレませんよ。今後もあなたと私だけの秘密です。あなたが非常に頑張っているのは私も見ています。少しぐらいは私が許しましょう。ふふっ、女神のお許しが出たのですよ? さぁ、カズマさんこっちにきて……?」

 

 フラフラとした足取りで、俺は彼女の目の前に辿り着く。今だ葛藤を続ける俺の心はぐっちゃぐちゃだ。そんな俺の状態を知ってかしらずか、彼女は無邪気に微笑んでスカートをたくし上げる。

 エリス様の純白の下着は、すでに濡れそぼっていた。そして、彼女の綺麗なふとももには、とろりとした愛液が垂れていた。

 

「カズマさん、私と浮気しませんか……?」

 

「…………」

 

「ああっ、失言でした。今のはなしです……だって……」

 

彼女が、妖艶な微笑みを浮かべながら、俺の耳元でそっと囁いた。

 

 

「バレなきゃ浮気じゃないですから」

 

 

 

 

 

 

「っ……!」

 

「きゃっ!?」

 

 俺はエリス様を突き飛ばしていた。こんな時に、そんな事を言う彼女の事が許せなかった。だから、俺は彼女を拒絶したのだ。もうここにはいたくなかった!

 

 

そう思ったはずだ。

 

 

 そう思ったはずなのに、俺は真逆の行動を取っていた。エリス様をベッドに突き飛ばし、その上に覆いかぶさる。そして、ギンギンに勃起したぺニスを彼女の熱く濡れた秘所へ下着越しに擦り付けていた。

 

「いいんですよカズマさん。私が“許し”ます。だから、あなたの好きにしてください。私の事を滅茶苦茶に犯してください……」

 

「ぐっ……うっ……!」

 

「落ち着いて……ここに挿入したいのでしょう……?」

 

 エリス様の手が、俺のペニスに添えられる。そして、ずらした下着のスキマから覗く濡れた秘所に俺のものを誘導する。亀頭が熱くて柔らかくて気持ちの良いものに包まれる。その瞬間、俺は反射的に腰を深く突き込んでいた。

 

「あああああっ!? 深い……きてる……カズマさんのが……いっぱい!」

 

「っ……!?」

 

「ひぁっ!? 突いて……もっと私を突いてくださいカズマさん!」

 

「ぐっ……このっ……くそっ……ぐっ……!」

 

 もう、抵抗らしきものはできなかった。気持ちがいい……目の前の存在を犯しつくしたい。その事だけに支配される。そして、彼女の足が俺の腰に絡みついて来た時、頭の中で何かが切れた。

 

「この……この淫乱女神がああああああああっ!」

 

「ひゃあああああああっ!? 深い……深すぎで……うぁ……!?」

 

「何が、“ひゃああああっ!?”だゴラアアアッ!」

 

「ひゃぐっ!? ひぎっ……いやっ……これ以上は本当に……!」

 

 俺は、全体重をかけてエリス様の事を押し潰していた。もちろん、ペニスは彼女のコリコリとした最奥に到達している。苦し気な悲鳴をあげるエリス様だが、それすらもムカツいた。もう、彼女の事を無茶苦茶にぶち壊してやりたい。そんな思いに支配されていた。

 苦し気にしているエリス様は、背中をペチペチと叩いて反抗してくる。それもまた、非常にムカついた。だから、俺は彼女の首に両手を回して締め上げてやった。同時に、ペニスを締め付ける力が強くなる。そんな彼女にまたムカツいて……尚且つ愛おしかった。空気を求めるように口をパクパクさせている彼女の唇に、思いっきりむしゃぶりつく。そして、腰を強く突き上げた。

 

「かっ……ひっ……んぁ……んじゅっ!? みゅっ……んんんんんんっ!?」

 

「んぐっ……! ごめんなさいエリス様……! 苦しいですよね……ほら、今手を離しますから……」

 

「はひゅっ……!? んぅっ……か……かじゅましゃん……! ちょっとひどすぎる気が……ぐうううううっ!?」

 

「案外余裕そうですね。それならもっとしてもいいですよね?」

 

「ぐっ……んんんんんんんっ!」

 

 顔を赤くして、ぶんぶんと首を振るエリス様が、憎くて可愛くて仕方がなかった。だから、もっと締め上げる。そして、ペニスを擦り上げる膣内の感触に脳が痺れる。あまり使い込まれていない膣穴は、俺にとっては少し久しぶりだ。それに、締め付ける力が尋常ではない。俺はまた、早くも限界を迎えそうになっていた。

 

「ああ……イきますよエリス様……! 中でいいですよね……?」

 

「ひぎっ……うぁ……! いいですよ……いっぱい……乱暴に犯しながら……んっ……全部出して……!」

 

「エリス様……!」

 

「んっ……あぐっ……ひぃいいいいいっ!? やっ……んんんんんっ!」

 

 エリス様の腰がガクガクと震える。そして、暴力的なまでの締め付けで俺のペニスを蹂躙する。どうやら、軽くイッてしまったらしい。こんなにもヒドい目に遭っているというのに絶頂するなんて、本当に女神は謎だ。でも、それは俺にとって非常に都合がいい。

 ガンガンと腰を動かしながら、エリス様の首を締め上げる。そして、コリコリとした小さな乳首を服越しに齧りついた。その瞬間に、エリス様の腰が再びはねる。どうやら、彼女はマゾヒストの気があるらしい。

 

「イキますよエリス様……!」

 

「ひぐっ……あうっ! むぐっ……ううううっ!」

 

「ああ出る……おおっ……う゛っ!」

 

「ひぎっ!? んぐぐっ……ふぁっ……んんんんんんっ!?」

 

 彼女の膣内に、俺は遠慮なく射精する。ビクビクと動くペニスを彼女は確かな締め付けで受け入れてくれた。そして、射精の瞬間には彼女の首から手を離す。代わりに、蕩けた口内に舌を突き入れて深く口づけを交わした。そのまま、射精の余韻をエリス様の口を蹂躙しながら楽しみ続けた。

 

「んぐっ……エリス様大丈夫でした? その、首とか……」

 

「んっ……ちっとも大丈夫じゃないです! 死ぬかと思いました!」

 

「でも、イッてましたよね?」

 

「それは……!」

 

「まぁ、でもおかげで滅茶苦茶気持ちよかった…エリス様も頑張りましたね……」

 

「あうっ……!」

 

 俺は、色んな意味で赤くなっているエリス様の顔を唇で啄んだ後、頭をゆっくり撫でたやった。そうすると、彼女は嬉しそうな顔を向けてきた。

 

「えへへ……それなら……そのよかったです……! でも、次は優しくお願いしますね?」

 

「もう、二回戦の催促ですか? 相変わらずの淫乱女神なんですね」

 

「ふふっ、あなたにもっと抱かれたいんです。それに、カズマさんだってまだまだ満足していないでしょう?」

 

無邪気に微笑む女神様を見て、俺の理性は再び切れた。

 

 でも、今度は彼女の要望通りだ。甘く切ない声を上げるエリス様をたっぷりと蹂躙した。そして、彼女の喜ぶ顔がもっと見たくなった。結果として、俺は久しぶりの十連戦をする事になる。気持ちが良かった……エリス様の事が愛おしくて仕方がなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕食時も過ぎた頃、俺は屋敷に帰りつく。玄関では笑顔を浮かべたゆんゆんが待っていた。その姿を見て、俺は今更ながら罪悪感に苛まれた。そんな俺の事を知ってか知らずか、ゆんゆんはぎゅーっと抱き着いて来た。

 

「もう、遅いですよカズマさん、何かあったんですか?」

 

「いや、ちょっとな。でも、明日にはまた新たな情報が手に入るかもしれない。期待していいぞ」

 

「そうですか。それなら、今日はもう寝ましょうか。カズマさんも疲れたでしょう?」

 

「あ、ああ……」

 

 いつもより、優し気な目をしたゆんゆんに連れられて、ベットに向かう。そのまま、俺は彼女と一緒に横になった。そして、彼女は俺の服をはぎとり、暖を取るようにピッタリくっつく。少し火照った体に、彼女のひんやりした感触はとても心地よかった。

 

「おいゆんゆん、風呂入ってないから結構汚いぞ俺?」

 

「ふふっ、大丈夫ですよ。むしろ匂いを付けちゃいたいくらいです!」

 

 そう言って彼女は、俺の体に自分の体を擦り付けてきた。しばらく、布団の中でモゾモゾと体を動かす音が部屋に響く。そして、満足した表情で布団から出ると、彼女は俺の事を強く抱きしめてきた。

 

「ごめんなさいカズマさん。私のわがままのせいで……」

 

「気にするな。さよりが見つかったら、嫌って言っても抱いてやるからな」

 

「ふふっ、そんな時が来たならば、是非お願いしますね」

 

 クスクスと笑いながら、彼女は俺にキスをする。ひんやりとしているが、心は熱くなった。そして、罪悪感も強くなる。こんなゆんゆんを俺は……

 

 

「カズマさん、あなたって、とっても綺麗ですね」

 

 

「何だよそれは……そんな事初めて言われたぜ……」

 

 

「そのままの意味ですよ。だから、私が穢しちゃいます!」

 

 

そう言って、彼女は俺の事を一晩中離さなかった。

 

 

 

 







うーんなんだこれは……
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