※この作品はR-18です。

てぃーちんぐゆんゆん   作:ルイ提督

51 / 68
※少し長め
 ダンジョン要素はありません
 オリキャラ注意



幸せ

 

「んしょ……んしょ……!」

 

 カンカンという音と共に私はつるはしで固い壁を叩き続ける。こんな事をしているのは、カズマさんの突然の一言が原因だ。彼はダンジョンを作りたいらしい。そして、その過程でレベル上げをしてリッチーになりたいそうだ。

 カズマさんがリッチーになるという事は私自身、とても嬉しかった。この地下に来てから何年経過したかは曖昧であるが、付き合った当時のカズマさんと比べると少しだけ老けた気がする。でも、このままいけばナイスミドルなおじ様になるので、ちょっとドキドキもしている。

 しかし、彼は人間だ。そのうち、おじいちゃんになっていずれは死を迎える。彼に先立たれる事なんて考えたくなかった。一人残されるなんて想像したくもない。一方でカズマさんがリッチーになる事に抵抗を覚えている自分もいる。だって……いや、これも考えたくない。今はダンジョンを作る事に専念しよう。

 

「んしょ……んしょ……!」

 

 ライトオブセイバーで切れ込みを入れた岩盤は、思いのほか簡単につるはしで掘れた。私にとってダンジョン作りは希望であり、かけがえのない娯楽であった。彼が語った壮大な計画によると、世界一大きくて、世界一難易度の高いダンジョンにするそうだ。

 私はリッチーであるし、女神エリスやめぐみん達の恨みを買っている身だ。いずれは地下から引きずり出されて生き地獄を味わう事は理解している。そんな彼女達や私を探すもの達に、どんなモンスターを差し向けるか、どんな罠を仕掛けるのか、そんな事をカズマさんとの寝物語で話すのは本当に楽しい事であった。だから、私は地面を掘り続ける。それがカズマさんの望みであり、私の楽しみであるからだ。

 

「ゆんゆん、作業は順調か?」

 

「はい! 結構掘り進めましたよ! それに、もう少し石材を集めればストーンゴーレムをもう一体作れそうです!」

 

「おう、そうかそうか。頑張れよゆんゆん!」

 

「お任せくださいカズマさん!」

 

 汗を拭いながら、私は元気よく答える。カズマさんはというと、私の近くでマットを敷いてネロイドのしゃわしゃわ片手にだらしなく寝転がっている。私は予定している作業を完了させるためにも、再びつるはしを手に取った。

 

「おーい、ゆんゆん。シャワシャワ切れたからおかわり~」

 

「またですか? もう……カズマさんは……」

 

 差し出されたコップを受け取り、近くのカバンから自家製しゃわしゃわの入った瓶を取り出す。一緒にいれていた氷袋のおかげでキンキンに冷えているそれをコップに注ぎ、カズマさんへと手渡した。

 

「はい、どうぞ。次からは自分で注いでくださいね?」

 

「へ~い」

 

 生返事を返す彼に苦笑しつつ、私は再び作業に取り掛かる。後ちょっとで強靭なストーンゴーレムを作る石材が手に入りそうなのだ。だから、私は壁を掘り続ける。カズマさんの思い描く未来のためにも、もう少し頑張ろう。

 

 

 

「んしょ……! んしょ……!」

 

 

 

 そして、私が新たなストーンゴーレムを作り上げた時、カズマさんが欠伸をしながら拠点へと帰ってしまった。私もそれを合図に作業をやめて帰還する。お風呂にも入らずにベットに倒れ込んだ彼をそっと撫でてから、私はお風呂でしっかりと汗を洗い流した。こうして体を綺麗にした私は、躊躇いもなくカズマさんの体に抱き着いた。少しだけ汗臭いカズマさんの体の匂いをスンスンとかぎながら体をリラックスさせる。そんな私の頭を彼は乱暴に撫でてくれた。

 

「ん……カズマさん……その……しちゃいます……?」

 

「お前は色々と元気だな。今日は疲れたからまた今度な」

 

「ええっ!? カズマさんってば今日はずっとぐうたらしてたじゃないですか! どこに疲れる要素があるんですか!?」

 

「あのなぁ、俺はまだ人間なんだよ。疲れが溜まったら一日しっかり休む。別に無理する必要はないしな。なんせ、時間はたっぷりある」

 

 ドヤっとした表情でそんな事を言うカズマさんに私は軽く頭突きをする。それは確かに納得できる答えなのだが、最近のカズマさんを見ていると素直に首を縦に振る事が出来なかった。

 

「ちょっと前は凄く一生懸命でカッコイイって思ってたのに、最近のカズマさんはだらけている気がします……」

 

「はいはい、悪かったよ。なんだかんだで怠惰な生活は嫌いじゃないんでな。明日から本気出すさ」

 

「あなたが言うと信用できませんね……」

 

 私の言葉を彼は鼻で笑ってから目を閉じる。どうやら、本当に寝てしまうらしい。彼の愛撫を頭に受けながら引き続き胸いっぱい彼の匂いを吸い込んでいると、かすかな寝息が聞こえてきた。

 すぐさま頭に乗っかっているカズマさんの手をどかし、仰向けになっている彼の腹の上に跨る。そして、彼の首筋にそっと吸い付いた。ほのかな塩味と汗の匂いに思わず興奮してしまう。だが、それは仕方のない事。カズマさんの匂いは私にとって媚薬に等しいものなのだ。

 

「んっ……んっ……んみゅっ……!」

 

 カズマさんの首筋に私の痕跡をたくさんつけていく。これは結婚前から続く私の習慣。彼が私のモノである事を周囲に示すためにも必要な行為と言えた。もちろん、私なりの愛情表現という意味もある。

 

「ん……はぅ……んぐっ……!」

 

「うぎっ!? うっ……ゆんゆん……お前って奴は……」

 

「あっ! 起こしちゃいましたね。ふふっ、ごめんなさい」

 

「まったく……」

 

 眠そうに欠伸をする彼の首筋をそっと撫でる。ついつい、勢い余って歯が当たってしまった。首筋への噛み付きは彼の気が乗っている時しか許してくれない。カズマさん曰く、首筋は本当に痛いらしい。だから、私は許可が出ている肩の方にカプリと噛み付く。彼の肌の感触と暖かさ、匂いを同時に堪能できるこの瞬間は私にとっては至福の時間だ。

 

「んぅ……んっ……」

 

「あだだだっ!? ゆんゆん、俺を寝かせる気はないのか!?」

 

「んんっ……んはっ……んっ……ふへっ……ふへへへ……!」

 

「ちくしょう! 発情してやがる!」

 

 発情なんて下品な言葉はやめて欲しい。これは……えっちな気分になっているだけだ。どうにも我慢出来そうにない気持ちをぶつけるため、私は服をはだけさせる。カズマさんはそんな私を抱きしめて布団の中に引きずり込む。やっとその気になってくれたのだろうか?

 

「勘弁してくれゆんゆん! 俺の疲労の原因は毎日お前に搾り取られてるからだよ! 明日から嫌と言うくらいえっちな事してやるから今日は寝させてくれ!」

 

「むぅ……それじゃあ今日は撫でるだけで勘弁してあげます……」

 

「へいへい、撫でてやるから大人しく寝ろよ?」

 

 カズマさんが私の頭を適当に撫でてくる。そして、ちょっとだけ反省した。確かに、最近は彼を求めすぎたかもしれない。ダンジョン作成で体力や魔力を使うようになったため、今まで以上に“エネルギー”を求めるようになった……という大義名分を持ってカズマさん成分を必要以上に補給したのは確かだ。やっぱり、私はえっちなのかもしれない……

 そんな事を悶々と考えているうちに、再びカズマさんの寝息が聞こえてきた。今度は起こさないように注意を払いつつ、彼の胸板に顔をうずめる。優しい暖かさと彼の匂いを身に受けながら私は改めて実感した。

 

 

カズマさん、大好きです!

 

 

 

 そして、ダンジョン作成を始めてから幾ばくかの月日が経過した頃、カズマさんが“何かの洞窟”を掘り当てた。伝令役のアースゴーレムからその知らせを聞いた私は急いで彼の元へと向かう。現場に到着するとカズマさんは得意げな顔で私にグっとサムズアップしてきた。そんな彼に笑顔を返しつつ、私は自分の右手の人差し指を嚙み千切った。

 

「うおおいっ!? 急に何やってんだよゆんゆん!? 自傷行為は絶対に許さんぞ!」

 

「違います! それよりカズマさんはその穴の近くから早く離れてください!」

 

「どうした? 何かの危険でも感じ取ったのか?」

 

「そのようなものです。えっと……神魔避けの魔法陣は……こうやって……こうで……」

 

「なんだそれか。血文字なのは知ってたが、随分とエグイ方法だな」

 

「どうせ数分後には指は元通りに再生しますし、痛みもそれほどありませんからね。んっと……完成です」

 

 最早私にとっては描きなれた魔法陣を自分の鮮血でダンジョンの壁に刻み付ける。ここから先の未調査エリアに彼がいる事がアクアさんやエリス様にバレるのは私にとって非常に都合が悪い。彼女達が今も彼の場所を探っているかは不明だが、出来るだけ探知されないようにするのが得策であろう。新しく切り拓いた区画に魔法陣を描くのは私の必須作業ともいえる。

 

「なぁ、ゆんゆん。アクアやエリス様と会うくらいは良いんじゃないか?」

 

「ダメです……それだけは絶対にダメです……そんな事したらカズマさんが私の傍から離れちゃいます……!」

 

「あーあー分かったから涙目になるなっての! ずっと一緒にいてやるって言ったろ? だから大丈夫だ」

 

 ギュッと私の体を抱きしめてくれるカズマさんに、私はどうしようもないほど大きな罪悪感を覚える。結局の所、私は彼をこの閉鎖空間に監禁しているという事実は変わりない。彼だって、私以外の顔を見たいはずだ。でも、それはダメだ。特に、あの女神二人は論外である。

 カズマさんがあの女神達と再会したら、きっと彼の心は私だけを考えてくれなくなる……離れてしまうのだ。それに、カズマさんに“アレ”を見せるわけには行かない。それを目にしてしまったら、私はめぐみんとダクネスから受けたような仕打ちを彼から受ける可能性すら出てくる。それだけは嫌であったし、そうなってしまうのがたまらなく怖かった。

 

「ごめんなさいカズマさん……こんな悲劇のヒロイン気取りの女は嫌ですよね……」

 

「実際に悲劇のヒロインみたいなもんだけどな。まぁ、この状況は俺自身も結構楽しいと感じているんだ。そんな湿っぽい話は後にして、さっさと掘り起こした謎の洞窟の調査をしようぜ? さっきから俺の敵感知もビンビンに反応してるんだ。久しぶりの経験値だぞ!」

 

「そうですね……久しぶりのモンスター退治と行きましょうか」

 

「おうよ! サポート頼むからな? もちろん経験値は全部俺のもんだ!」

 

 意気揚々と未開の洞窟を進むカズマさんの背中を私は苦笑しながら追いかける。なんだかんだで、私もこの状況を楽しんでいる。何より、彼を独占出来ている事がいい。楽しい冒険も、ダンジョン作成も全部私とカズマさん二人だけのもの。やっぱり、私は悲劇のヒロインなんてものじゃない。もっと最低で邪悪な何かだ。自分自身の醜さに吐き気すら覚えてしまう。

 

「おい、ゆんゆん。足が止まってるぞ? どうした、手でも繋ぎたいのか?」

 

「えっ……? ああ、それじゃあお願いしちゃいましょうか!」

 

 私は彼の腕に自分の腕を絡ませる。もういい、開き直ってしまおうか。カズマさんはずっと私と一緒にいる。彼の心も体も温もりも優しさも全部私のもの。誰にも渡さないし、渡したくない。カズマさんは私の男で大事な夫……“家族”なのだから……

 

「ふふっ、私って本当に“悪い魔法使い”ですね……」

 

「いきなりなんだよ? あと、お前はどっちかっていうとエロイ魔法使いだろ」

 

「んぐっ!」

 

「あだだっ!? こら! 腕を噛むなバカ!」

 

 

そう、カズマさんの全ては私の“もの”だ。

 

 

 

 

 

 というようにじゃれ合いながら探索を続けて半刻程経過した時、ついに念願のモンスターとの遭遇に成功した。この天然洞窟を住処としているのだろうか? 1体のモグラ型モンスターが姿を現した。こちらを警戒するようにギチギチと声をあげるモンスターに対し、カズマさんは不敵な笑みを浮かべながら私が貸した銀製のナイフを構えた。

 

「カズマさん、本当に大丈夫なんですか?」

 

「安心しろ。レベルはなくとも“戦闘経験”は豊富だ。モグラ1体なんかに負けるか!」

 

『ギギッ!』

 

「さっさと経験値になりな! “不死王の手”!」

 

『ギュッ!?』

 

「おっ、麻痺なら当たりだ。うーむ、このスキルも久しぶりだな……」

 

カズマさんは何やら感慨深げ呟きながら、麻痺したモグラ型モンスターの首をナイフで掻っ切る。私はというと無事に戦闘を終えた事にほっとする。実は手ひどくやられるのではと内心では危惧していたのだ。

 

「カズマさんって結構強かったんですね……」

 

「今更何を言っているんだか。俺は魔王すら倒しちゃったカズマさんなんだぞ?」

 

「そうですね……惚れ直しましたよカズマさん!」

 

「はっ! 当然だな!」

 

偉そうに胸をはるカズマさんに若干イラっとしたが、そんな彼の姿も含めて私は好きだった。今夜は彼に押し倒してもらってワイルドに激しくヤってもらおうと妄想をしていた時、洞窟内に地鳴りのような音が響く。そして、洞窟の地面や壁から無数のモグラモンスターが這い出て来た。

 

「いっぱい来ましたね! 流石に私も援護を……ってカズマさん?」

 

いつの間にか、彼の姿が消えていた。クンクンと匂いを嗅いでみると、壁際から彼の匂いがする。その部分をよーく見てみると、壁に張り付いて潜伏しているカズマさんがいた。

 

「あなたって人は……」

 

『うるせー! これは戦略的撤退だ!』

 

 やっぱり、今夜は押し倒していっぱい搾り取ろう。そう考えながら、私はモグラの大群に魔法を炸裂させた。

 

 

 

 

 私が大軍を全滅させた後、散発的になったモンスターの襲撃をしのぎつつ洞窟の奥を目指す。この間にカズマさんのレベルは10を超えて安定的に経験値を得られるようになった。そして、道中で出会った数匹のモグラモンスターや、大きなミミズっぽいモンスターを魔獣使いスキルで手懐ける事に成功した。ダンジョン作成などに利用するそうだが、私はじゃりめの事を思い出して憂鬱な気分になった。

 そんな未開の洞窟探索も、私達が洞窟の最奥に辿り着いた事で終わりを迎える。もちろん、宝箱や財宝のような気の利いた物はなかったが、お約束は守ってくれたらしい。 何というか、グロテスクで巨大なイソギンチャクみたいなモンスター……ボスっぽいものがいた。カズマさんはというと、そんなボスモンスターを見て目を輝かせている。もちろん、彼が何を考えているかは嫌と言うほど理解していた。

 

「お~見事な触手生物だな! ゆんゆん、アイツを仲間にするぞ!」

 

「カズマさん……えっちなのはいけないと思います……」

 

「そ、そういう目的じゃないから! 単にダンジョンボスとして使えそうなだけだから!」

 

「へー」

 

「何だよその目は……まぁいい、ちょっくら交渉してくる!」

 

 意気揚々と駆け出したカズマさんを私はジト目で見送る。そして、触手生物と会話を始めた彼を見て溜息をついた。何だか、ろくな事にならない気がする。しかし、数分後には彼は笑顔で戻って来た。まさか交渉に成功してしまったのだろうか。

 

「ゆんゆん、やったぞ! 成功だ! 暇だからオッケーだってよ!」

 

「えー」

 

「だから何だよその目は……ダンジョンに必須のボスモンスターを手に入れたんだからもっと喜べよ」

 

 ボスモンスターはダンジョンのお約束だが、カズマさんの事だからろくでもない事に触手生物を使うに違いない。そういえば、寝物語でダンジョン経営のお約束を彼から聞いた気がする。確か、探索に来た女冒険者は残らず捕まえて……ああ、なるほど……そういう事ですか……

 

 

 

「“インフェルノ”!」

 

「あ゛あ゛あ゛ああああっ!? 男のロマンがあああああ!?」

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 ダンジョンを作り始めてどのくらい時間が経ったのであろうか? 詳しい事は相変わらず分からないが、現在は5階層に渡る巨大なダンジョンとなっていた。私の周囲では今でもストーンゴーレムやミミズっぽいモンスターが周囲の壁を切り拓いている。

 ちなみにカズマさんも、新天地を求めてどこかで採掘中だ。彼は持ち前の幸運のおかげで今まで幾多の天然洞窟やよく分からない埋蔵物を掘り当ててきた。その度に使役するモンスターが増え、彼のレベルも上がっている。このペースでいけば、カズマさんがリッチー化に必要な魔力と強靭な肉体を手に入れるのも時間の問題だ。

 そして、私はというと主にダンジョンの設計や仕掛けを任されていた。私が当初作った設計図は5階層で完成だが、8階層になるように設計し直した。今回はカズマさんも納得してくれているが、これ以上の再設計は厳しいかもしれない

 

「完成したら終わっちゃいますもんね……」

 

 そう、完成してしまったらこの楽しい時間は終わる。彼とダンジョンの設計やモンスター配置について一緒に悩むことも、最下層についた冒険者に口上を言うか言わないかで喧嘩をする事もない。お互いの疲れた体を癒すように激しく体を重ねる事も、私のためにと頑張るカズマさんの姿を見る事も出来なくなるかもしれない。

 いっその事、一生完成しない方が良いと私は思っている。でも、もう終わりが目の前に見えて来てしまった。

 

 そんな時、伝令役のアースゴーレムが私の元へ訪れる。どうやらカズマさんがまた何かを掘り当てたらしい。新しい冒険に期待する一方、ダンジョン作成の終焉へ向けてまた一つカウントダウンが進む事が嫌で嫌で仕方がなかった。

 

 現場につくと、カズマさんは得意気な様子でつるはしを肩に担いでいた。そんな姿に苦笑しつつ、彼が掘り当てたものをのぞき込む。私は鍾乳洞のような綺麗な場所ならいいなと期待していたが、予想外とも言える光景を目にして私は息をのんだ。

 

「これは天然洞窟でもありませんし、モンスターの巣でもありませんね……」

 

「おう、つまりは人工物という事だ。多分だが、何処か別のダンジョンと繋がったみたいだな」

 

「なるほど、今回はダンジョン探索という事ですね……」

 

「そういう事だ。経験値も稼げそうだし、お宝も期待できそうだ。根こそぎ奪ってやろうぜ!」

 

 盗賊みたいな事を言いながらダンジョンへ突撃しようとする彼の背中を私は引っ掴んで止める。少し、気になるものを見つけてしまったのだ。

 

「カズマさん、壁を見てください。薄っすらとですが神魔避けや悪魔封じの魔法陣が張り巡らされています。どうやら、ここはダンジョンというよりは魔術に造詣が深い方の隠れ家と言った方がいいと思います」

 

「なるほど、危険度はどれくらいだ?」

 

「かなり危険です。致命的な魔術トラップが仕掛けられている可能性もあります。私から離れちゃダメですよ? 念のために私と手を繋いでください」

 

 私は彼の腕を半ば強引に抱きしめる。彼を失うのは考えたくもなかったし、これから遭遇する可能性のある隠れ家の家主に会う事に不安を覚えていた。長い間……恐らく10年近くは彼としか顔を合わせていないし会話もしていない。私と彼だけの世界に新たな住人が増えるのはごめんであった。

 

「まぁ、慎重に探索する事に越したことはないのは同じだ。でも、探索しなきゃ何も得られない。というわけで行くぞ!」

 

「はい……」

 

 カズマさんに引きずられるように隠れ家探索が始まってしまった。しかし、予想に反してトラップの類は全くなく、モンスターの姿もなかった。そして、とある扉の先にあった小部屋の光景を目にして私達は閉口した。

 

「うーん……ゆんゆん……これってどう見てもトマト畑だよな……?」

 

「そうですね……ふんふん、土も大分いい感じですね……何だかお家のお庭が懐かしくなってきました。カズマさんも私が家庭菜園で作った野菜は好きだって言ってましたよね……」

 

「ああ、お前って庭いじり好きだから野菜を育てるのも上手かったんだよな。でも、とうもろこしは最悪だったな」

 

「あれは土が悪いのもありますけど、とうもろこしって本当に難しい野菜なんですよ?」

 

 もう今となっては懐かしい話をカズマさんとしながら私達は探索を続ける。その後もたくさんの種類の野菜栽培場や食料貯蔵庫を発見し、もしかして“単なる世捨て人農家の隠れ家説”が浮上し始めた時、私達は生活感溢れる小部屋を見つけた。

 そして、その小部屋でくつろいでいた女性と目が合った。私達は久しぶりの“話せそうな人間”との遭遇に思わず固まってしまい。対して、小部屋にいた女性は若干驚いた表情ながらも気さくに話しかけてきた。

 

「お~……こんな所に人が来るなんて初めてだよ。とりあえずお茶でも飲んでく?」

 

 

 

私達はそんな女性の言葉にコクコクと頷いた。

 

 

 

 それから数分後、カズマさんは件の女性と楽しそうに会話していた。上手く話に介入できない私は、彼女がお茶請けとして出してくれたトマトケーキをつつく。久々に食べる他人の料理の味は、ちょっぴり涙が出そうなくらい美味しかった。

 

「いや~地下深くでダンジョン作っていてラニアさんみたいな良い人と会えるなんて思ってもいませんでしたよ」

 

「まだ良い人判定はしない方が良いと思うよ。なんせ、あたしは吸血鬼だ。突然襲い掛かって君の血を吸いつくしちゃうかもよ?」

 

「はっはっはっ! 血も含めて体液は横にいるゆんゆんに毎日吸われて慣れちゃいましたよ!」

 

「そ、そうなの!? へぇ……君って大人しそうな子だけど意外と……」

 

 何やら私を興味深げに見つめてくる女性から顔を背ける。彼女はラニアという名の吸血鬼だそうだ。肩ほどまで伸ばした美しい金髪と、血のように赤い瞳も合わさって何処か蠱惑的な美貌を持つ女性だ。

 そんな彼女はこの隠れ家的な場所で穏やかな隠遁暮らしをしていたらしい。外部から侵入出来る方法も用意していないため、物理的に掘り進んでここに辿り着くものは想定外らしく、実際に私達が初めての“お客さん”だそうだ。

 

「しかし、ダンジョン制作ねぇ……あたしも手伝ってもいいかな?」

 

「マジですか!? いや、それはありがたい事ですけど本当に良いんですか? ラニアさんには何のメリットもないんですが……」

 

「見ての通り、あたしは物凄く暇なんだよね。それに君たちの事をもっとよく知りたいっていう気持ちもある。こんなところで人間と“不死王”が仲良くダンジョン制作なんて普通じゃないからね。あたしともっと仲良くなったら……友達といえる関係になったら話してくれないかな? 正直、かなーり気になってるのさ」

 

「俺はこっちから土下座してお願いしたいほどですけどね。ゆんゆん、お前はどうだ?」

 

「ふぇっ!? えと……えーと……その……!」

 

「お前も相変わらずだな」

 

 苦笑しながら私の頭を撫でてくるカズマさんを私は少し睨む。こうやって急に話をフラないで欲しい。初対面の人に対して私がこんな反応になるのは彼もよく知ってるはずなのに……

 

 

 

 

 

 

 とにもかくにも、私達のダンジョン制作に新たなメンバーが加わった。最初はカズマさんの血を吸ったりしないか、変なモーションをかけてこないかと心配していた。そんな事をしたら消してやると意気込んでいたのだが、それは杞憂に終わる。彼女は楽しそうにつるはしを振るい、カズマさんには私が作ったものより経験値が豊富な食材を提供してレベルアップに協力してくれた。

 そして、彼女は私を積極的にお茶会に誘ったり、話しかけてくれた。彼女の気さくな性格は私にとっても心地よく、今では普通にお喋りを楽しむ間柄となっている。何より、彼女と私は趣味が合った。園芸関連の話題は尽きなかったし、野菜作りや花の栽培を一緒にやる事は本当に楽しかった。地下生活を始めて、もう得られないと思っていた“友達”を私は手に入れた。

 

 こうして、私達はダンジョンを作り続ける。楽しくて穏やかなこの暮らしも、終わりが見えて来てしまった。カズマさんからダンジョンの拡張はもういいと言われ、今は彼が最後の一室の作成に一人で取り掛かっている。手持無沙汰となった私達はそんな彼の様子をお茶を飲みながら見守る。この穏やかな時間があと少しで終わってしまう事に、私はどうしようもない寂しさを感じた。

 

「ねぇ、話をちゃんと聞いてるのゆんゆん? ほら、あたしの傑作ポエムをもっと見てよ。今回のはかなり良いと思うんだよね!」

 

「ええ……? ああ、すいません。少し呆けてました。えっと……これですね……うーん……ふひゅっ!? ううっ……確かに素晴らしい出来だと思いますよ……ふひっ……!」

 

「えへへ、そうなの? いやーちょっと照れちゃうな!」

 

 顔を赤らめて喜ぶラニアさんから顔を背けながら、私は必死に笑いをこらえていた。彼女は園芸外にもポエム作りが趣味なのだが、作品をこうやって私達に笑顔で見せてくる。内容は正直臭いものばかりで笑いを堪えるのが必死になるレベルだ。例え大爆笑してしまっても、めげずにポエム集を見せてくるため、ある意味では彼女も頭のネジが一本飛んでいるのかもしれない。

 嬉しそうに今回のポエムのコンセプトを話す彼女に私は適当に相槌をつく。彼女の趣味の話を聞いてあげるのも友達としての務めだからだ。そんな会話を続けているうちに、視界の隅で大きな岩相手にハンマーを振るっていたカズマさんが岩を枕に居眠りを始めてしまった。

 私はそんなカズマさんに毛布をそっとかけ、枕も岩からふわふわなものに変える。それから再びお茶の席に着くと、ラニアさんが私の事を興味深そうに見つめてきた。

 

「ねぇねぇ、あたしと友達になってもう3年近く経ってるよね。そろそろ事情を話してくれないかな? もう、気になって気になってしょうがないんだよね!」

 

「友達……ふふっ、そんなに興味がありますか? 言っておきますけど、長いうえに暗い話ですよ?」

 

「いいからお姉さんに話して御覧なさい! あっ、お茶とお菓子のおかわり持ってくるね!」

 

 パタパタと楽しそうにお茶の準備をする彼女を見て苦笑する。そして、私は期待感に目を輝かせる彼女に今まで私達に起こった出来事をたっぷりと話して上げた。

 

 

 

 

 数時間後、話を終えた私はやり切ったとばかりに息をつく。対して、ラニアさんは何とも言えない表情でこちらをじっと見つめていた。

 

「いやいや、正直信じられないよ。あのカズマ君がエリス教とアクシズ教の女神に愛されてる男? 何というか……冗談だと言ってよ……」

 

「残念ながら冗談じゃありません。今もあの女神達は彼の事を探しているはずです。私達がここにいる理由の一因になっているんです」

 

「うわぁ、どうやら本当に冗談じゃないみたいだね……確かにちょい悪系でいい感じにダメ男な所は女心をくすぐられるけどさ……まさか女神に愛されるなんて……」

 

「んっ……彼を狙うなら友達とはいえ容赦はしませんよ?」

 

「わあああっ!? そう思っただけで手を出そうなんて思ってないよ! だから銀のナイフを構えるのはやめてよ! 当たるとすっごく熱いんだから!」

 

 わたわたとするラニアさんをじっと睨み付ける。牽制は女の戦いの基本だ。そして、ついに土下座を始めた彼女を見て私はナイフを懐に戻す。少しやりすぎたと自分自身でも反省した。

 

「でも、事実だとするとゆんゆんはかなり苦労したんだね……それにこれ以上の詮索は君を傷つけたり、嫌な思い出を蘇らせそうだからやめておくよ。まぁ、これからを楽しめばいいんだよ。あたしもカズマ君も一緒にいるしね!」

 

「ラニアさん……」

 

 涙が出そうになった。いや、もう涙を流していた。私自身、これまでの事は誰かに話してみたかったのだ。何だかスッキリとした気持ちになりながら、私自身も気になっていた事を彼女に聞いてみた。

 

「さて、私の話はこれで終わりです。次はラニアさんのお話を聞かせてくださいよ。貴方だって愛している人がいるんでしょう? あんな大規模な“愛のシェルター”を作っていたのですからね」

 

「ありゃ、中々鋭いねゆんゆん……」

 

「だって、貴方の隠れ家は私が作った施設と似すぎていますからね」

 

「おおう、そういう事か。まぁ、かなり昔の話だしあたしも話しちゃおうかな! それに、愛した人がいたというのが正しいね。今じゃ気持ちも醒めて苦い思い出の一つだよ」

 

 そう言ったラニアさんから語られた内容は興味深いものであった。どうやら、彼女は吸血鬼の男に恋慕して何とか気を引こうと色々やったらしい。でも、全く振り向いてもらえず、私と同じように妄想をたぎらせながら隠れ家を作ったらしい。

 

「それでね、彼ったら死んだ奥さんに固く操を守っていてね。何やってもダメだったの。無理矢理襲ったら返り討ちにされたし、あたしの傑作ポエム集を送っても反応なし! 仕方なく彼の事をじっと見守り続けていたら、警察にストーカーとして通報されるはで散々だったよ! 普通、吸血鬼が警察なんか頼らないよね!? あれはちょっと幻滅したなー」

 

「あ、はい……」

 

「ダメ押しとして綺麗な処女数人を誘拐して彼にプレゼントしたんだけど、滅茶苦茶怒られてボコボコにされて、おまけにこっぴどくフラレた挙句、誘拐何てしたせいでエリス教とかから睨まれちゃって……彼は行方を晦ますしあたしは追手に追われて……気が付いたら地下で寂しく植物ちゃん達を育てる隠遁暮らしだよ……」

 

 苦笑しながら語るラニアさんに私も苦笑を返す。本当に人生色々という奴である。私も彼女も状況は違うとはいえ様々な苦労があった事だろう。まぁ、彼女に同情する事は正直言って出来ないけれど。

 

「こんな事言うのは良くないと思うけど、あたしはゆんゆんが羨ましいよ。好きな人が貴方を選んで一緒に過ごしてくれて……おまけに彼もリッチーになるって話じゃないか。愛されてるねぇ……」

 

「ふふっ、なんせカズマさんは私の男ですからね」

 

「いいなぁ……本当に羨ましいよ! あたしみたいな生まれながらの化け物にとっては永遠に一緒にいられる存在や、一緒に滅んでくれそうな人は本当に貴重だからね!」

 

 キラキラとした羨望の目で見られて私も得意な気持ちになる。今の私にとってカズマさんは“全て”であった。彼は全てを投げ捨てて私を選び、本当の意味で永遠を共に過ごしてくれると誓ってくれた。妻として、女としてこれほど嬉しいものはない。本当に私は――

 

「よう、何楽しそうに会話してんだお前ら」

 

「カズマさん、もう起きたんですか?」

 

「いや、結構長く寝てたぞ? ともかく、これで“ダンジョン制作”終わりだ。今から盛大にドンチャン騒ぎするぞ! ラニア、秘蔵の酒と食料をありったけ持ってきてくれ!」

 

「まったく、しょうがないなぁ! いますぐ料理も準備してあげるから待っててね! ゆんゆん行こう? 君にも手伝ってもらうからね!」

 

「はい、お任せください!」

 

 勢いよく部屋を飛び出すラニアさんを私は笑顔で追いかける。長きに渡ったダンジョン制作もついに終わってしまった。

 

 

でも、私に憂いはもうなかった。

 

 

そう、これで終わりだ。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 ダンジョン完成式典と銘打ったどんちゃん騒ぎが終わった後、私はカズマさんと共に彼が作った最後の部屋にいた。彼はお酒でほどよく赤くなった顔に笑みを浮かべながら私の肩を抱き寄せる。ほろ酔いの私はそれを気分よく受け入れた。

 

「ついに完成したな!」

 

「ええ、そうですね。何だか感慨深いです……」

 

「そりゃあ5年にも及ぶ大作業だったしな。まぁ、ここに座ってくれ。これからの事はゆっくり話そうぜ?」

 

 カズマさんに促され、私は彼が最後に作った豪華な椅子に座る。そして、彼も隣の椅子にゆっくりと腰かけた。

 

「ゆんゆん、この玉座はどうだよ? 結構な自信作なんだが……」

 

「ええ、見た目はとっても凄いです。でも、石製だからお尻がちょっと痛いです」

 

「それは言っちゃあいけない。まぁいい、そのまま腰かけて聞いてくれ。大切な話だから聞き逃すなよ?」

 

「ふふっ、分かってますよ……」

 

 私は固い椅子に背中を深く預ける。地面より一段高い場所に作られた玉座からの眺めは、普段とは何かが違った。そう、私はカズマさんという王の王妃だ。そんなバカな事を考えながら私はクスクスと笑った。

 

「明日から、このダンジョンを解放する。地上への通路はお前に任せてたろ? そこを開けるんだ」

 

「本当にいいんですかカズマさん? きっと、冒険者より先に“あの人達”が来ると私は思うのですが……」

 

「その時はその時だ。まぁ、すぐには来ないだろうし、それまでは冒険者相手に遊んでやろう。どちらにしろ、何が来ようと全力で迎え撃つ。そして、精一杯に抗って、最後には仲良く滅びよう。きっと楽しいぞ!」

 

「随分と破滅的なプランですね。でも、楽しそうなのは確かです」

 

「そうだろう? それに、俺もリッチーになって滅んで二人で一緒に泣いて謝れば、あの駄女神達も少しくらいは便宜を図ってくれるかもしれない。もしそれがダメで地獄行きになったとしても、お前と一緒なら問題ないさ」

 

 そんな事をカズマさんは朗らかに笑いながら語った。例え本当の意味で“死んだ”としてもカズマさんとずっと一緒。本当に魅力的だ。そして、そんな道を選んでくれたカズマさんが愛おしくて仕方がなかった。

 

 

「だからゆんゆん、俺をリッチーにしてくれ」

 

 

カズマさんの声を受けて、私は玉座からそっと立ち上がる。

 

 

私も、やっと覚悟を決める事ができた。

 

 

 

 私は玉座に座る彼の膝の上に正面から腰かける。そして、彼の顔をじっとのぞき込んだ。レベルも十分、魔力も必要最低限は備わっている。これなら、問題なくリッチー化する事ができそうだ。でも、今はそんな気分じゃない。だから、私は彼の事をぎゅっと抱きしめた。

 

「カズマさん大好きです」

 

「ああ、俺も好きだ」

 

「カズマさん愛しています」

 

「もちろん、俺も愛してるさ」

 

 私の頭を、カズマさんが優しく撫でてくれる。その事に頬を緩めながら、私は彼にずっと言いたかった言葉を口にした。

 

 

「カズマさん、私は幸せです」

 

 

 そう、私は幸せだ。いっぱい辛い思いはしたけれど、私にはカズマさんがいる……いてくれる。さよりを失った時、もう感じる事はできないと思っていた気持ち。幸せな気持ちに私はなっている。その事が、私自身嬉しかった。

 そんな私の言葉を聞いたカズマさんは、ほっとしたように大きく息を吐く。そして満足そうに微笑んでくれた。

 

「そうか……幸せか……」

 

「はい、カズマさんと一緒にいる事が出来て本当に幸せです!」

 

「その言葉が聞きたかったんだよ……」

 

静かに笑う彼の事を私は更にぎゅっと抱きしめる。そして、そっと耳元で囁いた。

 

 

 

「カズマさん、愛してください」

 

 

 

こうして、私は彼と愛し合う。

 

 

本当に私は幸せ者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、私は静かに服を整える。そして、満足そうな笑みを浮かべて眠るカズマさんの頬をそっと撫でた。

 

「んぉ……もう起きる時間か……? まだ、ねみぃ……」

 

「起こしちゃいましたか。大丈夫ですよ。まだ眠っていても構いません」

 

「そうか……」

 

 寝ぼけた様子で私を見るカズマさんを私は苦笑しながら見守る。でも、私はそろそろ行かなくてはならない。だから、私は彼の唇を静かに奪う。甘くて柔らかくて幸せなキスは私の心を癒してくれた。

 

「カズマさん、私は幸せです」

 

「ああ、俺のおかげだな」

 

「ええ、貴方のおかげです。でも、カズマさんはもっと幸せになれる。私はそう思うんです」

 

「んっ……? どういう意味だ?」

 

「そのままの意味です。カズマさん、私よりもっと“幸せ”になってください。だから――」

 

 カズマさんの体をぎゅーっと抱きしめる。彼の体温を忘れないように、彼の匂いを忘れないように、彼の愛を忘れないように抱きしめ続ける。

 そして、小さく魔法を唱える。それから、私自身が彼を忘れないように、彼が私を忘れないために、もう一度、優しいキスをした。

 

 

 

 

「カズマさん、さようなら」

 

 

 

 

背後から、微かな彼の声が聞こえてくる。でも、もう振り返る事はしなかった。

 

 

 

 そして、私は何十年かぶりに愛のシェルターから出た。地上に出た私を、太陽と心地よい風が暖かかく迎えてくれる。何だか清々しい気持ちになりながら、私は両手を合わせて“神”に祈った。

 その瞬間、私の前に光柱が現れる。こんなにもはやく応えてくれた事に苦笑しつつ、光柱から現れた女性の言葉をじっと待った。

 

「お久しぶりですね、ゆんゆんさん」

 

「はい、お久しぶりですエリス様」

 

 再会の言葉を言い終わると、エリス様も私の事をじっと見つめてくる。そして、私の方へ一歩足を進めた。

 

「あなたの願い、聞き届けました。本当に“浄化”をお望みなんですか?」

 

「そうですよ。もう、一思いにやってください。覚悟は出来てますから」

 

「……分かりました」

 

 エリス様はそっと頷いてから私の足元に魔法陣を書き込んでいく。その光景を見守りながら、私は今までの事を思い返していた。そして、この選択に間違いがない事に自分自身で納得した。もう思い残すことはない。

 

「魔法陣は完成です。最後に何かやり残した事や言い残したい事はありますか?」

 

「そうですね、それじゃあこの手紙を私の両親に届けてください。きっと迷惑かけたし、もう会えないから……」

 

「承知しました。必ず届けます」

 

「お願いしますね? さて、私のやり残した事はこれで終わりです。言い残す事もありませんよ」

 

 私は覚悟を決めて目を瞑る。しかし、エリス様はそんな私の手を取ってぎゅっと握る。そして、優しく言い聞かせるように語り掛けてきた

 

「無理に自分にを抑え込まないでください。未練なく浄化するためにも、貴方の思っている事は全て現世で吐き出してください。私が受け止めますから……」

 

 まさに、女神といった微笑みを受けて私は頭を悩ます。確かに言い残す事はもうないが、ずっと聞きたい事があったのだ。だから、思い切って聞いてみよう。そう決心した。

 

 

 

「エリス様、お子さんはお元気ですか?」

 

 

 

 私の質問にエリス様は驚いた表情を浮かべる。しかし、すぐに申し訳なさそうな表情で小さく頭を下げてきた。

 

「ご存知だったのですね……」

 

「当り前です。私はリッチーですからね。貴方に新しい命の輝きがあった事には嫌でも気づいちゃいました。まぁ、それはともかく、写真とかはお持ちじゃないんですか? ちょっと見てみたいです」

 

「ゆんゆんさんが望むならお見せしますよ」

 

 エリス様は虚空から一枚の写真を取り出すと、微笑みながら手渡してきた。私はその写真を受け取ってじっくり眺めた。

 

「女の子なんですか。髪色はエリス様譲りですね」

 

「ええ、随分と生意気に育っちゃいましたけど、根は優しい子ですよ」

 

「ふふっ、確かに少し勝ち気そうな子ですね。それに、目元がカズマさんそっくりです」

 

「やはり、お気付きですか」

 

 クスクスと笑い合った後、私は写真をエリス様に返す。実は、ずっとこの子の事が気になっていた。地下に逃げてからも、頭の片隅でこの子の事を考えていた。どんな生活をしているのか、どのような容姿なのか。幸せに暮らしているのか……父親がいなくて苦労してないだろうか。

 そんな心配を私は考える事があった。時間が経てば経つほどその思いは強くなる。でも、写真を見た限りでは幸せそうに過ごしているようだ。まぁ、アクアさんもいるでしょうし、めぐみん達は……まぁ多分大丈夫だろう……

 

「エリス様、私は貴方をとっても最低で女神失格な人だと思います。それに私はカズマさんと逃げた事を謝るつもりはありません」

 

「当り前です。むしろ、私が謝ります……ごめんなさい……」

 

「謝らないでくださいよ。確かに貴方は女神失格ですけど、私だって人間失格です。私はめぐみん達に嘘がバレた時、死を受け入れる覚悟がありました。でも、私が死んだら貴方は彼と新たな家庭を築いて幸せになる。私が手に入れる事が出来なかった幸せを、貴方が手に入れようとしている。その事が許せなくて……どうしようもなく嫉妬して! 貴方の幸せをぶち壊したくなった! だから、私はカズマさんの申し出を喜んで受け入れたんです。そして、貴方のお子さんの存在が彼にバレないように監禁しました」

 

 エリス様のお腹に新たな命の輝きが宿った時、全てが許せなくなった。カズマさんを私だけのものにして私だけが彼の愛を享受できるように画策した。それは今となっても後悔していない。この選択がなければ、私は幸せにはなれなかったからだ。

 

「でも、私はこの子の父親であるカズマさんを、貴方達の家族としての幸せを奪った! だから、貴方のお子さんには謝ります。ごめんなさい」

 

「ゆんゆんさん……」

 

「エリス様、私は幸せでした。だから、今度は貴方達が幸せになる番です。随分と時間が経って、お子さんにとっても最早受け入れがたい事かもしれないけど、カズマさんと一緒に幸せになってください……私が得られなかった家族としての幸せをあの人には感じて欲しいんです……! もっと幸せになって欲しいんです……!」

 

 気付けば、私の両目からは涙が溢れていた。これが何を意味する涙なのかは自分自身でも分からない。でも、私の心の中は驚くほどスッキリとしていた。

 

 

 

私は幸せだ。

 

だから、カズマさんにはもっと幸せになって欲しい。

 

 

 

 エリス様は私のお願いを聞いてコクリと頷く。どうやら、了承してくれたらしい。彼女が家族としての幸せを手に入れる事は素直に羨ましいし、妬みもするが、私の人生も幸せであった事には変わりなかった。小さい頃から思い描いていた幸せとは違うかもしれないけれど、これも一つの幸せの形。本当に、人生色々あるものだ。

 

「神の理を捨て、自らリッチーとなったゆんゆんさん。幸福の女神エリスの名においてあなたの罪を許します。貴方はしばらく魂の浄化を受けて貰います。その身に宿した穢れを完全に浄化できた時、貴方は再び彼と会う事ができるかもしれません。もし望むなら深く願いなさい。彼に会いたいと」

 

 自然と、私は両手を合わせて跪いていた。もし、許されるのならばカズマさんと再び一緒になりたい、幸せな家庭が築きたい。

 

 

いつになるか分からないけれど、そんな時が来たらいいな……

 

 

 

ふふっ、カズマさん。お先に行って待ってますよ。

 

そして、今行きますからね。さより……!

 

 

 

 

「“セイクリッド・ターンアンデッド”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一つの魂が天に昇っていく。

 

 そんな魂を女神エリスは掴み取る。手の中にある魂は赤く光る咎人の魂だ。しかし、その魂から未練は全く感じられなかった。どうやら、本当に彼女が語った事は本心からの言葉であったようだ。

 

「ゆんゆんさんは良い人すぎます……甘い……甘すぎます……」

 

 私は賭けに勝った。でも、ここまで上手く、且つ早く終わるとは思っていなかったし、数百年、数千年は覚悟していた。彼女はカズマさんと私と私の愛する子供の幸せを願ったのだ。こんな選択ができるのは人間の中でも極めてわずかしかいない。彼女がプリーストならば、まさに聖女と呼ぶにふさわしい人間であろう。

 

「不思議ですね。こうなったら貴方を盛大に嘲笑してやろうなんて思ってましたけど、そんな気も失せちゃいました……」

 

 彼女には本当にヒドイ事をした。私も子を持ったからこそ分かる。彼女の絶望と苦痛は耐えがたいものだ。だから、私は決して笑えなかった。笑ってはいけなかった。

 

 

 

 

 

 

「くふふっ……!」

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

ゆんゆんが俺の元を去った。

 

 

 その事が受け入れられずに放心する事数十分……俺はパラライズの魔法で麻痺した体をのろのろと動かしていた。そして、休憩室の一室を押し開く。そこには、酒瓶を抱いて気持ちよさそうに寝ている吸血鬼がいた。

 

「あぐっ!」

 

「あだぁ!? な、なにっ!? なにごと!? おおう!? なんであたしの柔肌を噛むのカズマ君! もしかしてグールに……!」

 

「らに……ちりょう……ぽーしょん……!」

 

「うぇ? どったのカズマ君? なになに……ああ、ポーションね!」

 

 俺の言葉を察してくれたラニアが戸棚から治癒ポーションを取り出して俺に振りかける。麻痺の取れた体をグルグルと動かして軽くリハビリした後、呑気な表情の吸血鬼にぐっと詰め寄った。

 

「ラニア、ゆんゆんがここを去った。何か心当たりはないか?」

 

「去った……? 夫婦喧嘩でもしたの?」

 

「喧嘩じゃない。でも、アイツが俺の元からいなくなったのは確かだ。何でも良いから話してくれないか?」

 

「うーん……ああっ……そういえばゆんゆんから預かってるものがあったんだ」

 

 そう言って、ラニアは自室へと駆け込む。そして、小さな封筒を持ってきて俺に手渡してきた。俺は急いで封筒を開封し、中身を確認する。封筒には、便箋一枚と魔法のスクロールが一枚入っていた。

 

「ちょうど今から一か月くらい前に、あの子が“私に何かあったらこれをカズマさんに渡して欲しい”っ言ってあたしにこの封筒を手渡してきたんだよ。彼女も人外の化け物だからいつ滅ぼされるか分からない。そのための遺書か何かだと思うんだけど……」

 

「どうやらその通りのようだ。本当にアイツはバカだな……!」

 

 便箋にはこのダンジョンからの脱出方法が記されていた。そして、ゆんゆんの思いも書かれていた。“この手紙を読んだ時、すでに私はこの世にはいないと思います”……そんなベタな書き出しから始まる彼女の手紙には、今までの事の思い出が語られ、俺への愛と感謝の言葉に溢れていた。そして、締めの言葉は先ほど聞いたものと同じような事が書かれていた。

 

 

“貴方はもっと幸せになって欲しい。それが私にとっての幸せでもあるんです”

 

 

「お前がいなきゃ意味ないだろうが……」

 

「カズマ君……? その……本当にマズイ状況なの……?」

 

「ああ、かなりな。俺は今から外に出る。可能ならアイツも回収するさ。まぁ、外に出るためにも準備は必要だ。手伝ってくれるか?」

 

「うん、任せてよ。出来ればゆんゆんを連れ戻してね? 友達に挨拶なしに滅ぶなんて人外の化け物として自覚が足りないよ!」

 

「分かったよ。出来ればな」

 

 最低限の装備を持ち、ラニアから外出用の荷物を受け取る。そして、ゆんゆんの手紙に記された愛のシェルターの一画に向かい、テレポートの魔法のスクロールを発動させた。

 そして、周囲の光景が薄暗い地下から光あふれる地上へと切り替わる。久しぶりに味わう本物の太陽の光は正に最高であった。周囲は森林地帯であり、ここからどうやってゆんゆんを探すかと思案する。そんな時、俺にとっては聞き慣れた、でもどこか懐かしい声がかけられた。

 

「カズマさん……」

 

「っ……! エリス様!」

 

「はい、私ですよ。夢や幻じゃありません。幸運の女神エリスです」

 

 微笑むエリス様に俺は一歩近づく。思いっきり抱きしめたい衝動に駆られたが、今は我慢だ。無断で俺の元を去ったあのバカを見つける必要がある。

 

「エリス様、実はゆんゆんのバカが家出しちゃいまして……アイツの事、何か知りませんか?」

 

「知っているも何も、先ほど私がゆんゆんさんを浄化させて頂きました」

 

「っ……!?」

 

「これが彼女の魂です。咎人の魂ゆえに少し禍々しい色をしていますが、彼女は未練なく“死”を受け入れたようです。絶望や恨みもなく安らかに眠っています」

 

 エリス様が差し出した両手の上に紅く輝く光球がのせられていた。そこで、俺は何もかもが遅すぎた事に気付く。ゆんゆんの肉体はもうこの世にはない。本当の意味で“死”を迎えたのだろう。

 

「まったく……こんなに小さくなりやがって……」

 

「カズマさん、浄化はゆんゆんさんの“願い”でありました。だから、私はそれを叶えた。でも、私が彼女を浄化した……殺した事実は変わりません。私を恨んだりしないのですか?」

 

「少し思う所はありますけど、決してエリス様を恨むことはありませんよ。それに、彼女に別れの言葉を告げられた時、実は薄々こうなるんじゃないかと悟ってました。でも、何故このタイミングなのか俺は分からない……後少しで俺も……」

 

 俺が思考の渦に取り込まれそうになった時、エリス様が俺の額にそっと手を当てた。そして、コクリと頷いてから落ち込む俺の頬を優しく撫でてくれた。その暖かな手に、俺は自然と手を重ねていた。

 

「今、貴方の中の“エリス”と同期、経験を共有しました。私達の元から離れて、本当に様々な事があったんですね。ふふっ、ダンジョン制作なんてやっていたのですか……」

 

「ええ、色々ありましたよ。それも、エリス様が一緒にいてくれたから出来た事です。ゆんゆんだってそれで幸せになってくれた……幸せだって言ってくれた! それなのにアイツは……! 俺がもっと幸せになれるって何だよ!」

 

「カズマさん、落ち着いて? 私がずっと傍にいますから」

 

 つい感情を荒げてしまう俺をエリス様が優しく抱きしめる。それでいくらか落ち着いた俺は今一度冷静になる。そう、ゆんゆんは自ら浄化を望んだ。彼女が幸せだと言ったのは本心からの言葉だと感じたし、俺への別れの言葉も同様に気持ちのこもったものであった。彼女が“死”という選択をした事。それは、紛れもなく彼女の願いであった。

 

「ゆんゆんさんは様々な思いの果てに自らの浄化を望むようになりました。その原因の一つとして貴方の“リッチー化”があるようです」

 

「なんでだ……? ゆんゆんの望みは俺とずっと一緒にいる事じゃないって事か……?」

 

「いいえ、ゆんゆんさんは貴方の申し出を聞いてとても喜んだことでしょう。愛する人にそこまで言われて嬉しくない女はいません。貴方を愛する私もその気持ちをよく理解できます。ですが、深く愛しているが故に許せなかったのでしょう。カズマさんが“人ならざる者”ものになる事が……」

 

「…………」

 

 エリス様の言葉を聞いて俺は黙り込む。そんな事は考えもしなかった。リッチーになればゆんゆんと一緒にいてやる事ができる。その事しか頭になかった。

 

「ゆんゆんさんは自ら進んでリッチーになったわけではありません。“仕方なく”リッチーになる道を選んだのです。本当は彼女だって人間でいたかった。人間として普通の幸せを享受したかったのです。カズマさんをリッチーにするという事は、貴方を“人間”ではなくし、人間としての幸せを奪う事を意味しています。何より、辛く厳しい自分自身と同じ境遇へ貴方を引きずり込むのが嫌だった……」

 

「…………」

 

「そして、自分自身が幸せになる事よりも、カズマさんが幸せになる事……外に残された私達が幸せになる事を願いました。自分の幸せより他者の幸せを願うのは常人ではできる事ではありません。それだけ深く貴方の事を深く愛していたのでしょうね」

 

 ゆんゆんは俺と別れる時、朗らかな微笑みを浮かべていた。そして、彼女の事を俺に刻み付けるように抱きしめ、キスをした。あの時、俺が何か声をかければ彼女の死を止められたのだろうか。考えれば考えるほど頭が痛くなり、胸が苦しくなる。むしろ、俺がゆんゆんの死を引き留めたら、彼女は幸せになってくれただろうか?

 ゆんゆんはリッチーになってから寒がりになった。そんな彼女のお気に入りの行為は俺の体で暖まる事。もし、俺がリッチーになったら彼女を暖めてあげる事はできない。一緒にいればその程度は些細な問題だと俺は思う。でも、ゆんゆんは……

 

「カズマさん、貴方にはこの“ゆんゆんさんの魂”を預けます」

 

「そう言われても……」

 

「臆さないでください。ゆんゆんさんの運命は貴方に託します。肉体も消滅し、不死の刻印まで入っている魂ですが、未練なく浄化できたので今は安定状態です。ですから、外法の類ならば彼女を復活させる事も可能かもしれません。もちろん、人としては無理ですが……」

 

 エリス様が俺の手の上にゆんゆんの魂を手渡してくる。ひんやりとした冷たさを感じる彼女の魂を優しく手で包み込みながら改めて思った。本当にコイツはバカでちょろあまな奴だ。

 

「カズマさんがいない間……約12年の月日で“私達”の状況も随分と変わりました。今の貴方にその事を話すのは酷な事です。ですから、貴方が決めてください。ゆんゆんさんを生き返らせたいならこの場を去ってください。私達はもう貴方達を追いません。そして、私と共に歩みたいのならば、私に魂を預けてください。その後に貴方がいない間に起きた事をお話します」

 

 エリス様はそうおっしゃってから俺の前から一歩下がる。そして静かに目を閉じた。そんな彼女を抱きしめたい思いもあるが、俺の手の中にはまだゆんゆんの魂がある。どちらを選ぶか、今すぐに決める事などできるわけがなかった。

 

「すみませんエリス様。俺はここを去ります。でも、まだ決心がついたわけじゃない。少しだけ一人になりたい……俺に時間をください」

 

「分かりました。カズマさんにとって悔いの残らない選択をしてください。私は貴方の思いを尊重します」

 

 そう言ってから、エリス様は光柱の中に消えた。その光景を見届けてから、俺はゆっくり歩きだす。行く当てなんかないし、目的地もない。だから、俺は森林を意味もなく歩き回る。地下とは違う綺麗な空気と穏やかな光を堪能しながら心の整理をつけていく。俺はどちらを選べばいいのかと。

 そして、ふと思い立ってテレポートの魔法を発動した。周囲の光景は森林からより太陽を感じられる綺麗な砂浜へと切り替わる。視線の先には広大な海原が広がっている。その光景を眺めながら、腰をゆっくりと下ろした。

 

「ゆんゆん、覚えてるか? ここは新婚旅行で言った海だ。あの時はお前がキスマークを俺につけまくったせいで恥ずかしい思いをしてなぁ……さよりが生まれてからも気分転換を兼ねてよく来たじゃないか……」

 

 そんな独り言に答えるものはもちろんいない。思わず、自分自身に苦笑してしまう。そして、海原をぼーっと見つめながら過ごしている俺の前に二人の女性が現れた。一人は長い金髪をポニーテールにして、純白のワンピースを着た美しい碧眼の女性。もう一人は、腰まで伸ばした艶やかな黒髪と血のように紅い瞳を持ち、何故か薄汚れてぶかぶかのトレンチコートを着た女性。どちらも、記憶の中よりも大人びた容姿と雰囲気をまとっているが、彼女達の事を見間違うわけがなかった。

 

「久しぶりだな。めぐみん、ダクネス」

 

「ええ、随分と待ちましたよカズマ」

 

「んっ……本当に久しぶりだ」

 

 トレンチコートのポケットに両手を突っ込んだ仏頂面のめぐみんと、朗らかに笑うダクネスを俺はじっと見つめる。別れる時は、それなりに怒りの感情を抱いていた。でも、今はもうそんな感情もほとんどない。俺自身、色々あったからであろうか。

 

「カズマは随分と老けた気がします」

 

「そうだな。確かに昔に比べると肌のハリがないし、何よりも昔のような覇気がない。でも、なかなか味のある顔になったじゃないか。ふふっ、もう少し老けたらナイスミドルなおじ様になるぞ」

 

「言われて見れば確かに……ほほぅ……ふむふむ……相変わらず性欲は強そうですけど……これはこれで……」

 

「それがまたいいんじゃないか。きっとテクの方も熟練で……はぅ……!」

 

 何やら興奮しながら俺の顔をじろじろとのぞき込む二人に、俺はため息をつく。何というか、こいつららしい姿に少し安心してしまった。

 

「さっきからうるせえんだよババア共」

 

「バっ……!? 失礼な! 私はまだギリギリ20代ですから! それにジジイのカズマにそんな事を言われたくありません!」

 

「そうだぞ! 私は……私は20代ではないが、体の方は20代の時で固定化されている。つまり私は20代だ。うん、何も問題ないな!」

 

「そうですね。私達はもう老いる事はありませんからね。むしろ、何だか若返った気もします。ですから、私達は17歳……永遠の17歳です……!」

 

 何やら頭のおかしい事を言い始めた二人に再びため息をつきつつも、俺は彼女達が聞き捨てならない事を言ったのを聞いた。曰く、もう“老いる事はない”と。ある程度は予想は出来ているが一応聞いておく事にした。

 

「もしかしてお前らもリッチーになったのか?」

 

「そんな事はアクアが許してくれませんよ。今の私は“天使”です。死を超越したという事に関してはリッチーと同じかもしれませんね」

 

「同じく、私も“天使”になった。エリス教を見守り、守護する側となる事が出来たのは今でも夢のような事だ」

 

 そう言って微笑むめぐみんとダクネスの背中に、白くて美しい羽が出現する。聖なる輝きを放つ彼女達は正に天使であった。だからこそ、再びため息をつく。こいつらは本当にめげない奴らだ。

 

「カズマ、私は貴方の事が好きです。そのために私は死を超越しました」

 

「私だってそうだ。お前がいつ帰って来てもいいように、お前に幻滅されないための容姿を保つために……そう考えると私達は随分と欲深い天使だな」

 

「いいじゃないですか。天使が欲を持ってはいけないなんて事、ありませんし」

 

 クスクスと笑う二人を俺はじっと見つめる。何だかんだで、俺をいまだに好きで居てくれることは嬉しかった。そして、そんな事を思ってしまった自分自身に腹が立つ。それに、ゆんゆんの幻影に脇腹を抓られたような気がした。

 

「それで、お前らは何の用で来たんだ? ただ会いに来たってわけじゃないだろ?」

 

「ええ、もちろんです。私達はゆんゆんの魂を回収しにきました」

 

「私の主であるエリス様からは待機命令が下っている。だが、今回ばかりは命令を素直に聞くわけにはいかない。これはカズマのためでも、ゆんゆんのためでもあるんだ」

 

 苦い表情をするめぐみんとダクネスから、ゆんゆんの魂を守るように懐へと入れる。エリス様ならまだしも、めぐみん達には預けたくなかった。

 

「カズマ、過去に私達がヒドイ事をしたのは確かですし、深く反省しています。でも、この12年で状況は随分と変わりました。だからこそ私はゆんゆんを生き返らせるような選択をカズマにして欲しくありません。それでは誰も幸せにならない」

 

「そうだぞカズマ。これは単に私達がお前を手に入れたいからというわけではない。エリス様からゆんゆんの死は穏やかなものだったと聞いている。出来るならそのままにしてやれ。下手をしたら、彼女をもっと苦しませる事になるかもしれないんだ」

 

 天使の囁きはゆんゆんの本当の死を望んでいる。もちろん、彼女達の瞳に狂気は宿っていない。本当に俺とゆんゆんを案じているからこその言葉なのだろう。でも、まだ決心はつかなかった。

 

「めぐみん、ダクネス。頼むから俺に時間をもう少しくれ」

 

「カズマ……」

 

「んっ……確かにこれ以上は無粋かもな。悔いのない選択をしてくれ。もう私達は何も言わない」

 

「ちょっとダクネス!? 私はまだ言いたい事が――」

 

 ダクネスが不満そうなめぐみんを引きずりながら光柱へと消える。その光景を見届けた後、しばらく海原を見つめる作業に戻る。そして、気まぐれにテレポートの魔法を使用した。

 周囲の光景は、海から街中へと切り替わる。まばらの雑踏の中に見知った顔はいないが、目に見える範囲の光景は記憶にあるものとほとんど変わっていなかった。

 

 そのまま、当てもなくぶらつき、気が付けば馴染み深い喫茶店へとたどり着いていた。どうやら、12年経過した今でも潰れる事無く経営していたらしい。ラニアから金を持たされていた事を思い出した俺は、店内に入ってコーヒーを注文する。そして、運ばれてきたコーヒーをそっと口に含んだ。

 何だか、本当に美味しくて懐かしい味であった。このままここで待っていれば笑顔のゆんゆんが現れるかもしれない。そんなバカな妄想をして思わず苦笑してしまった。

 

 そして、喫茶店の窓ごしに人々の雑踏を意味もなく見つめ続ける。それから3杯目のコ-ヒーを口に含んだ時、通りかかった一人の少女の事が妙に気になった。腰まで伸ばした綺麗な銀髪をツインテールにし、人並み外れた美しさを持つ少女が困り顔でトボトボと歩いていたのだ。それなのに、周囲の人間は彼女の事を見向きもしない。

 

 俺は急いで清算を済ませてそんな少女の後を追う。やっている事は単なるロリコンストーカーであるのだが、第六感とも言える部分が告げているのだ。彼女を助けてやれと……

 

「よう、お嬢ちゃん。何か困っている事でもあるのか?」

 

「はぁ? 急に何よアンタ? ちょっとキモいんですけど!」

 

「キモイはねーだろキモイは! 俺が親切に助けてやろうかって聞いたのに!」

 

「不審者に話しかけられても何も答えないわよ。あたしの前からはやく消えてよおっさん」

 

「おっさん……!? いや、確かにもうおっさんに片足突っ込んでるのか……」

 

 その事実に若干へこんでいるうちに、視界から少女の姿が消える。俺は慌てて彼女の姿を追いかけて引き留めた。少女は険悪な表情で警戒しながらこちらを見ている。当り前と言えば当たり前の姿を前に俺は少したじろいだ。

 

「ちょっと、いい加減にしてよ! 警察呼ぶわよ!」

 

「待て! 警察は待て! 俺はただアンタの助けになりたいだけだ! なんか困ってる事があるんだろ? 迷子になったガキみたいな表情してるからな」

 

「失礼な! あたしはもうガキでもないし、迷子じゃないわよ!」

 

「安心しろって……俺はエリス様に認められた優しさの持ち主だぞ?」

 

 少女は俺の言葉を聞いた後、何故か鼻をスンスンと鳴らす。それから、険悪な表情を驚愕の表情に変えて俺の事をじっと見つめてきた。

 

「嘘……! おか……女神エリスの恩寵持ち……!? こんな人間初めて見た……アンタって見かけによらず聖人か何かなの……?」

 

「似たようなもんさ」

 

 俺はフフンと胸を反らした。聖人では決してないが、勘違いしてくれたのなら都合がいい。というか、俺が貰った恩寵に気付けるとは、この少女もたいしたものだ。そういえば、この子はエリス様に随分と似ている子だ。

 この銀髪といい、人を超越したような美貌といい……ん……んっ……!? いや、そんなわけはない! 偶然だ……偶然に決まってる!

 

「へぇ、認めたくないけどエリス教の聖人なのは確かね。それなら別にいいか。実はあたし、落とし物を探してるのよ。大切なものだから早く見つけたいの。一緒に探してくれない?」

 

「あ……ああ、任せろ」

 

「何よ、府抜けた顔しちゃって? もしかしてあたしの美しさに見惚れちゃった? いくら聖人のおっさんでも、あたしの体に触れたらぶっ殺すわよ?」

 

「何言ってんだマセガキ! そんな事はもう少し育ってから言え。とにかく、困ってるなら助けてやるさ」

 

「だからガキじゃないから! 学校だってもうすぐ卒業するんだからね!」

 

 ぷんすか怒る少女を微笑ましく思いつつも、彼女の落とし物とやらについて詳しく聞く。探しているのは銀製の小さな指輪、ステータスアップの魔法が刻まれたかなり高価なものらしい。それは俺にとっても馴染み深い指輪であった。これもまた偶然。そう言い聞かせながら、俺は地面に落ちていた木の枝を手に取った。

 

「よし、この木の枝の倒れた方向に進むぞ」

 

「ちょっと、もしかしておっさんって頭がかわいそうな人なの?」

 

「バカみたいに見えるがこれも立派な捜索方法だ。なんせ、俺は運が良いからな!」

 

「なるほど、恩寵持ちのエリス教徒だし幸運なのは確かね。それに運に頼るにしてもこんな原始的な方法は盲点だったわ……」

 

 何やら感心している少女に、俺は真面目な表情で頷く。決して、捜索方法何て分からず、運頼りのヤケクソに出たわけではないのだ。

 そして、銀髪の少女とともに木の枝が倒れる方向に進む作業が始まった。周囲から少しだけ変な目で見られはしたが、気にしてなんかいられない。そのまま運任せの方法を続けて半刻ほど経過した時、木の枝がとある方向にしか倒れなくなった。

 

「おっさん、どうやらこのドブ川の中みたいだよ?」

 

「おう、そうだな。というわけだから取ってこい!」

 

「はぁ……!?」

 

「分かった! 俺が行くからその顔はやめろ! 何故か滅茶苦茶心にダメージ受けるんだよ!」

 

「まったく、初めからそう言いなさいな」

 

 微笑みながら生意気な事を言う少女にピキリと来たが、手を出すのだけは勘弁しといてやった。でも、次にそんな態度を取ったらチョップしてやろう。そう心に決めて俺はドブ川へと降りる。

 

 そこからは、泥だけになりながら川の底をさらう。途方もない時間がかかるのではいかとげんなりしていたが、件の指輪は僅か5分程で見つかった。そのまま、しばらく指輪を眺め続ける。俺がゆんゆんに渡したものと全く同じものだ。懐かしさで俺の疲れた心も暖まる。彼女はこれを本当に大切にしてくれていた。

 

 そんな穏やかな気分になりながら、俺は川から這い上がる。そこには、申し訳なさそうな顔をした少女が待っていた。そんな彼女に見つけた指輪をそっと手渡した。

 

「その……本当にありがとうございました……」

 

「なんだ? さっきの生意気な態度とは随分違うじゃないか」

 

「すみません。実は貴方が本当に見つけてくれるか半信半疑でした。それに、貴方は認識阻害を潜り抜けて私に近づいた。さっきまで凄く警戒していたんです。でも、ここまでされたら御礼を言わないわけには行きません。本当にありがとうございます」

 

「うんうん、素直に御礼が言えるのは良い事だぞクソガキ!」

 

「もう、そんな事言わないでください! 学校はもう少しで卒業するから私は大人です!」

 

 顔を赤くしてプンスカ怒りながらも、少女は俺にピュリフィケーションの魔法をかけてくれた。泥だらけになったズボンや靴も新品同然に綺麗になる。どうやら、彼女はプリーストでもあるようだ。

 

「こんな事が御礼になるか分かりませんが、少し面白い事を話して上げます。実は、私はあの女神エリスの娘……見習い女神の“レイカ”と申します。以後お見知りおきくださいね」

 

「はっはっは! そうなんだ凄いねー」

 

「ふふっ、はしたない姿を何度も見せましたし、流石に信じてもらえませんか。でも、この事は内緒ですよ?」

 

 片目を瞑り、こちらに向かって満面の笑みを浮かべる少女から俺は目を離せなかった。女神エリスの娘……その事を疑ったりなどしていない。彼女の無意識に放つ神気と神々しさは正に女神という他なかった。それはアクアやエリス様と深く関わって来た俺だからこそ感じられるものだ。

 何より、彼女の容姿や雰囲気はエリス様の面影が多くある。そして、俺の中の何かが彼女はエリス様の娘だと訴えている。だから、聞きたかった。

 

“父親は誰なのか?”と。

 

 でも、聞く事なんてできない。俺の名が出る事が怖い……俺の名が出ない事が許せない……!

 

 

だから――

 

 

 

「やっと見つけた! 随分探したんだよレイカちゃん!」

 

「あっ……ごめんごめん。そういえば放置しちゃってたね……」

 

「もう! 私のために探してくれたのは嬉しいけど、心配したんだから!」

 

「うん、ごめんね。でも、落とし物はちゃんと見つけたよ! はい、もう落としちゃダメだからね!」

 

「っ……! 本当に私の……! ありがとう……ありがとね……!」

 

 

 レイカと名乗るエリス様の娘が指輪を別の少女へと手渡す。その光景を目にしながら、俺は放心していた。これから先、俺はどう生きれば良いのだろうか?

 

「お礼ならこっちのおっさんに言ってあげて。彼が見つけてくれたのよ」

 

「そうなんですか!? えと……その……あっ……ありひゃとうほひゃいまひゅ!」

 

「ちょっと何言ってるの!? ほら落ち着いて、目線は相手の目より少し下を意識して……目を見たらアンタは上がっちゃうんだから……」

 

「うん……改めて御礼を言いますね。お兄さん、私の落とし物……大切な母の形見を見つけてくださってありがとうございます!」

 

 満面の笑みを浮かべながらペコリと頭を下げる少女に俺はどう答えていいか分からなかった。でも、目が離せない。この二人から視線を逸らす事が全くできない。

 

「お姉ちゃん、いきなりの事でおっさんも放心しちゃってるよ? ほら、ちゃんと自己紹介して……」

 

「そ、それを先に言ってよ!」

 

 顔を真っ赤にしながらレイカに掴みかかる少女を俺はじっと見つめる。ああ、似ている。どうしようもなく似ている。これはもう言い逃れが出来ない。こんな事が許されるのか……そんな事があっていいのか……

 

 

「えと……レイカの姉である“さより”です。今回は姉妹共々お世話になりました。御礼は言葉くらいしか差し上げられません。ですから、もう一度言います。本当にありがとうございました!」

 

「そうか……“さより”か……珍しい名前だな……」

 

「変な名前って思わないでくださいね? 私は見ての通り紅魔族なんです」

 

「そういう事だから、お姉ちゃんの名前に関してツッコミ入れないでね? それと、あたしとお姉ちゃんの事を聞くのも禁止! まぁ、見ての通り複雑な家庭事情って奴よ。という事であたし達はもう行くわね。縁が合ったらまた会うかもねー」

 

 そう言って小さく手を振るレイカと、ペコペコ頭下げるさよりという少女は楽しそうに会話をしながら俺の前から消えた。残された俺はふらふらとした足取りでその場を去った。

 

 

 そして、どれくらいの時間が経ったのであろうか。気が付けば周囲は夕焼けに染まっていた。夕日を浴びながら、俺は大きな木の根元に深く座り込む。目の前には懐かしき屋敷の姿があった。そこで、懐からゆんゆんの魂を取り出して眺める。穏やかに揺らめく姿が少しだけ羨ましかった。

 

「なぁ、ゆんゆん。俺のせいか?」

 

 ぼそりと呟いた俺の言葉にもちろん反応はない。でも、ぐちゃぐちゃとしてパンクしそうな頭は収拾がつかないほど混乱していた。何でも良いから、吐き出して楽になりたかった。

 

「俺がお前と逃げたから……お前を外に連れ出さなかったから……ダンジョン作ろうなんて言ったから……エリス様の恩寵を意地をはって使わなかったから……だからお前は……! ごめん……ごめんな……!」

 

 謝罪の言葉にも反応はない。当り前だ。もう彼女は死んだ。でも、彼女を蘇らせようという気も起きなかった。彼女が事実を目にしたら確実に壊れる。俺のせいにするなら、俺に怒ってくれるならいい。でも最悪の場合……

 

 

 

 

 

「なぁ、ゆんゆん。俺はどうすればいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単よ。私に任せなさいな」

 

 

 

 

 突然かけられた声に俺は顔をゆっくりとあげる。そこには、見慣れた青髪を風になびかせるアクアの姿があった。彼女の顔を見て、俺はついに我慢ができなくなった。今まで溜め込んだ感情や何もかもがボロボロと流れ落ちる。いくら拭っても止める事ができなかった。

 

「何泣いてるのよ」

 

「うるせぇ……!」

 

「もう、アンタは相変わらずなんだから」

 

 アクアは苦笑しながら、俺の目から流れ出る何かをハンカチで拭く。そして、優しく背中を撫でてくれた。それでも、止まらないものは止まらない。彼女は小さく溜息を吐いた後、俺に右手をそっと差し出した。

 

「ねぇ、カズマ。ゆんゆんの魂を私に預けてくれない?」

 

「っ……!」

 

「大丈夫、私が何とかしてあげるから」

 

 優しく囁くアクアに俺は抗えなかった。もう、あまり考え事はしたくない。アクアやエリス様に抱きしめて貰いたい。安心感と癒しに包まれながら一休みがしたい……

 

「ん、確かに預かったわ。安心しなさいな、悪いようにはしないわ」

 

 気が付けば、俺はアクアにゆんゆんの魂を手渡していた。そして、アクアはゆんゆんの魂を両手でそっと包み込む。そのまま祈るように目を瞑った後、彼女は手をゆっくりと開いた。

 アクアの手の中にはもう何もなかった。何が起きたか理解できず、アクアを問いただそうとした時、彼女は俺の目をまっすぐ見つめながらぽつりと呟いた。

 

 

「ほっとしたでしょう?」

 

 

 そう言われて初めて、俺の心の中に広がる感情の正体に気付いて自分自身に怖気が走る。そして、ここに来て必死に抑えつけていたゆんゆんを失った喪失感と悲しみが一気に押し寄せる。もう何もかも限界であった。

 

 

「カズマさんカズマさん、泣かないで? 私もエリスもめぐみんもダクネスも貴方の傍にいる。これからはずっと一緒よ……」

 

 

 俺の事をアクアが優しく抱きしめてくれる。俺自身も彼女に必死に抱き着きながら荒れた感情を慰める。なんだかんだで、アクアの傍は安心できる。

 

 

「大丈夫……大丈夫よカズマ……」

 

 

 彼女が与えてくれる安心感に身を包まれながら俺は疲れた体を癒していく。本当にたくさんの事があった。絶望して、希望を見出して、再び絶望して……それでも這い上がって俺は幸せを手に入れた……彼女に幸せを感じさせる事ができた。それに、嘘偽りはない。俺は出来るだけの事をやった。

 

 

だから俺は――

 

 

「もういい……もういいのよカズマ……」

 

 

アクアが俺の事をぎゅーっと抱きしめる。そして、耳元でそっと囁いた

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう頑張らなくていいの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回はエピローグ

夢の女神、エンジェルハーレムですねぇ……
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