展開上オリキャラ(カズマの娘)多めなのでオリキャラ注意!
そして、胸糞注意! 観覧注意! 今更過ぎるけどNTR注意!
胸糞注意! 観覧注意! NTR注意!
人は愛する者を失った時、どのような反応をするのだろうか?
むせび泣く者、茫然自失となる者、自分を責め続ける者、後を追う者、穏やかに微笑む者、先に行って待っていてくれと思う者、これも運命だと受け入れる者。実際にどのように死を受け取るかは個々の性格と状況によって様々だ。
私は女神としてそんな人間達の“死”を見守って来た。正確に言えば、死んだ本人を案内する事を職務としているため、実は現世に残された人間の事は管轄外と言える。
しかし、お節介と少しの興味本位から愛する者を失った人間に接した事は過去にあった。
とは言っても、彼らの悲しみを観察したり、エリス教徒を使っての宗教勧誘程度しかしていない。まぁ、宗教は一種の救いになる事は私自身理解しているので、この事に関して決して疚しい気持ちなどはない。ないったらない。
とにもかくにも私は女神という役割上、人の死についてよく知っていた……専門家を自称してもいいぐらいには経験を積んでいたのだ。
では、カズマさんが愛する者を彼にとって後腐れなく消すにはどうすればよいだろうか?
すぐさま殺して悲しむカズマさんを慰める。それが一番楽な方法であることは間違いない。しかし、これにはデメリットも多くある。突然の死、理不尽な死で愛するものを失った人間はその悲しみを引きずりやすい。人間の中には自分の天寿を全うするまで悲しみを持ち続けるものは多くいたし、中には操をたてるという者もいた。
もう一つは、復讐という狂気に囚われる者。理不尽を押し付けた人間や組織、社会に自分の命や人生を削ってまで仕返しをする。成功しても失敗しても、この考えに至った人間は救われない。その多くは悲惨な末路をたどる事になった。
これらのものと同じような事にカズマさんがなってしまうのは私自身嫌であった。彼がどのような反応を示すかは未知数であったが、基本的にやられたらやり返すを信条とするカズマさんは復讐にはしる可能性がないとは決して言えなかった。
私は彼との幸せな生活を……出来れば結婚を望んでいる。私より亡くなった人間の事を考え続けるなんて許せるはずない。カズマさんには死んだ人間より、今を生きる私の事を考えて欲しいのだ。
このような突然の死は人間達にとって受け入れにくく、後に引きずりやすい。だが、理不尽な死であったとしても受け入れやすく、悲しみを乗り越えやすい“死”がある事を私は経験上知っていた。
そんな死は病死や老衰と言ったもので起きやすい。それらの死には時間的猶予があり、残される配偶者などは死にゆく者に幸せや思い出を残して上げようと頑張り続ける。その間にお互いが死にゆく運命を悟り、死を受け入れる。そして、穏やかな死を与える事が彼らの幸せとなり、悲しみに対する立ち直りも比較的早い。
もちろん、これらの死であっても悲しみを引きずるものは多いが、孤独を求めるような事はしない。愛する者に幸せを与えようとする過程で人に頼ったり、援助者の力を借りるからだ。むしろ、“慰め”や“新たな幸せ”を与える余地が生まれる。
そんな考えを頭において私はゆんゆんさんを消す作戦について考え続けた。疫病をゆんゆんさんに植え付ける事も考えたが、怒りの矛先が私やアクア先輩に向く可能性があったので却下。ゆんゆんさんを他の男に惚れさせるという案もカズマさんの動向がまったくもって予測できず、下手したら彼も狂気に染まる可能性もあったため却下。色々悩んだが答えは出なかった。だが、私が求めているものは最初から分かっている。
ゆんゆんさんの存在をこの世から消し去りたい。
長々と考えても私がやるべき事は変わらないのだ。しかし、最善は尽くすべきだろう。カズマさんにとって後腐れなく、悲しみを引きずらず、私との新たな幸せを受け入れやすい状態にした上でゆんゆんさんを殺す。考えるだけでは簡単だが、実行に移して成功させるなんて、とてもじゃないが無理だ。でも最終目標は定まった。
カズマさんの中でゆんゆんさんを“終わらせる”
愛する人を失った時、残された者には愛する人の思いや記憶が残る。その記憶は美化されたり、時間を経過すればするほど思いは熟成される。場合によっては、死んだ者の記憶や思い出が誰にも塗り替えようがない愛へと変わる事がある。そんな事を私は絶対に許さない。今をカズマさんと生きる私より、死んだ者の方が愛されるなんてごめんだ。私は彼の一番になりたい。だからこそ、ゆんゆんさんをただ殺すのではなく、“終わらせる”必要があった。
そのような事を踏まえて私の作戦は実行された。まずは、ゆんゆんさんの殺害とさよりちゃんの誘拐。下手人はどうしようもないクズを使い、実行後は存在を抹消した。これでカズマさんの復讐心の行き場を無くして復讐鬼となる事を抑制。私自身も彼を援助して心の安定を与え、“慰め”と“安らぎ”を提供して私への愛を更に深めさせる。
ちなみに彼女がリッチーになる事は想定外とも言えるし、想定内とも言える事だった。彼女が禁呪を熟知している事は把握していたが、それを使うかどうかは運頼みであった。もちろん、私の“飼い犬”を使って使うように誘導したのだが、結果的にそれは成功したと言える。
そして、さよりちゃん捜索の安定期に私は一気に仕掛けた。特に、ゆんゆんさんが娘の死をカズマさんに隠した事は私にとって僥倖と言えた。ゆんゆんさんは思いを溜め込むようになり、私とカズマさんの愛し合う姿をあえて見せつける事で精神を狂気へと駆り立てる。ここで発狂してカズマさん殺害や、私への傷害行為に発展した場合は最短で彼を手に入れる事も可能だった。
だが、ゆんゆんさんは耐えた。どうやら、自分を責める事で心の安寧を何とか維持できたようだ。もちろん、ここで私は止まるわけがない。作戦初期から行っていた“夢”でめぐみんさんとダクネスの狂化に成功。ある程度のマインドコントロールが効くようになり彼女達は私の駒となった。同時期に私はカズマさんとの“愛の結晶”を授かった。
これは私の夢であり希望であった。私の子供には様々な思惑が含まれているが、一番の理由は私も子供が欲しかったという単純な理由だ。例え彼を永遠に失う事になっても、彼との子供がいるならば私は幸せになれると確信していた。
だが、私はその愛する子供を最大限に利用した。本当に最低な女神でもある。しかし、そんな事をしてまでも、私はカズマさんを……全てを手に入れたかったのだ。最低な私は身重となった体と彼との浮気をゆんゆんさんに見せつける。案の定、彼女は現状に気付いて精神的に病み、そこに狂化しためぐみんさんとダクネスをけしかけた。
めぐみんさん達の狂った姿と、女神として救いの姿勢を貫いた私とではカズマさんの受けた印象も大分違うだろう。ともかく、カズマさんはゆんゆんさんとの逃亡を選択して作戦の第一段階は完了となった。思い返して見ても、どれもこれもが運に左右されやすく、想定外が起こりやすい無茶苦茶な作戦だ。
しかし、それを私は乗り切ってほぼ予定通りに成功させる事ができた。勝因の一つは正に私が幸運だったことであるが、もう一つは彼らの事を熟知していたという事だろう。私は彼らをずっと見守って来た。カズマさん、ゆんゆんさん、めぐみんさん、ダクネス……全員の行動予測がある程度できたからこそ、この結果が得られたのだ。
そして、作戦の第二段階。これは無限とも言える分岐があり、私の望み通りには決していかない事は私自身が理解していた。まず、ゆんゆんさんの逃亡場所を特定出来ていなかった事が不安要素の一つであった。彼女が何処かに監禁用具や食料など、様々なものを運び込んでいたのは把握していたし、以前のめぐみんさんと同じように監禁施設の建造をしているのは分かっていた。
しかし、強固な精神プロテクトで彼女の脳内も覗けず、肝心の施設も秘匿されて場所を特定できない。それでも、彼女がそこに逃げ込む事は予想がついていた。下手をすると何百、何千年もカズマさんを待つ事を覚悟していたのはこれらの事が原因の一つと言える。
そのような事にならないために、私はカズマさんとの子供の存在をゆんゆんさんに暗にアピールした。彼女の気質は基本的には善人だ。娘の死を隠して自らを追い込んだように、私の子供の存在を彼に隠して破滅へと向かう可能性は考慮していた。私の子供から父親と家族としての幸せを奪う事の負い目と後悔は彼女の精神を着実に蝕んだようだ。上手く行けば彼女を自殺に追い込む事やカズマさんを自発的に解放させる事ができる。
もちろん、カズマさんにも保険はかけていた。閉鎖空間での暮らしにおいての精神的安定と、私への愛を更に深めてもらうために女神の恩寵を彼に与えた。何か最悪の事態が起こったとしても、“代行契約”によって自分で窮地を脱出できるようにもした。このように出来るだけの事はやったつもりだ。
それでも、これらの策はゆんゆんさんが“開き直れば”全て無に帰す。私の子供の事やカズマさんの気持ちをかなぐり捨てて“自分の幸せ”を求めていたら、私が彼女の居場所を見つけるまでは勝利者となるのはゆんゆんさんであった。
ゆんゆんさんの善性と自分の分身に望みを託す。こんなにも、運頼みで分の悪い賭けは本来なら絶対にすべきではない。しかし、この賭けに勝ったら私は“全て”を手に入れる。その誘惑に私は負けてしまった。
作戦が上手く行ったらどうなるか……それは私が何度も夢見た光景だ。まず、カズマさんにはゆんゆんさんと穏やかな日々をしばらく過ごしてもらう。そして、ゆんゆんさんが私の子供の存在を隠している事やカズマさんを監禁している事に負い目を感じ始める“潮時”になった時、カズマさんに彼女を幸せにするように働きかける。
カズマさんの頑張りと愛で幸せを手に入れたゆんゆんさんは、カズマさんをこちらへ引き渡し、私達“家族”にとってもはや邪魔者となった自分自身の死を受け入れる。そして、カズマさんはゆんゆんさんに穏やかな死を与える事が出来た事に満足し、悲しみをあまり引きずる事無く私達と幸せになる道を選ぶ。こんな夢物語を私は夢想していた。
もちろん、これが実現できるように私の分身を最大限に活用する事にした。実は私の分身の真の使命は代行契約などではなく、カズマさんがゆんゆんさんに幸せを与えるように働きかける事、彼がゆんゆんさんの元を離れないように精神的なサポートと一種の誘導を行い、彼が彼女を幸せにするまでの時間を稼ぐ事にあった。
だが、こんな夢物語が上手くいくわけがない。
精神を病んでしまったゆんゆんさんがカズマさんを永遠に監禁する可能性、想定よりも早く外界へと出る可能性、カズマさんを巻き込んでのヤケクソの自殺をする可能性、カズマさんをリッチーなどのアンデッドにして私と敵対する可能性……考えれば考えるほどキリがない。
でも、終着点は変わらない。
私は全てを手にれる。
だから、私は祈った。どうか、カズマさんが私の元に戻るように、ゆんゆんさんが彼に痕跡を残さずに綺麗に死んでもらうように。愛する“子供達”と共に私は祈り続けた。
「まさか、夢見ていたものより良い結果になるとは思いもしませんでした」
私は祈りを止めて一人ほくそ笑む。無人のエリス教会には私の行為を咎めるものはいない。そのまま、くつくつと笑いながら懐から一通の手紙を取り出す。それは、ゆんゆんさんが家族に向けて書いたもの。
その手紙に魔法的な仕掛けや小細工がないか神眼を駆使しながら確認し、手紙の内容も改めて読み込む。そこには、カズマさんと過ごした楽しくて、ちょっぴり憂鬱な、それでも幸せだったという逃亡生活の内容が綴られていた。そして、自分を育ててくれた両親への感謝の気持ちと、先に天に召される事への謝罪の言葉があった。
何より重要なのは、カズマさんが地上に出た後の行動について怒らないで欲しい、彼の好きにさせて干渉をしない、私の事で彼を責めないで欲しいという注意や、彼が別の女性と結ばれる事になっても祝福して欲しいという嘆願が記されていた。ゆんゆんさんはカズマさんの更なる幸せを願ってこのような手紙を書いたのだろう。
まさか、こんなにも私が有利となる置き土産を残してくれるとは驚きだ。想定外すぎるアフターケアに満足を通り越して滑稽にすら思えてくる。あの女は本当に善人で尚且つ甘すぎると私自身思う。まぁ、そんな彼女の善性を利用した私にとやかく言う資格はない。
それでも、この手紙は私にとって本当に僥倖といえた。実は、紅魔の里のゆんゆんさんの両親との関係は良好とは言えない。ゆんゆんさんの逃亡後、エリス教、アクシズ教の両宗派が彼女を“神敵”として指名手配したのも原因の一つだが、さよりちゃんが見つかった際に親権争いで揉めに揉めたのだ。
さよりちゃんの“母親”に私がなる事はカズマさんを手に入れる事と同程度に重要な事であった。本来なら、恋敵の子供という憎むべき対象を私は深く愛してしまっていた。ゆんゆんさんの留守の合間に私は彼女に接触し、我が子のように愛撫したし彼女の母親が自分でない事が苦しくてたまらなかった。
ゆんゆんさんを殺す覚悟はあっても、彼女を害するなんて考えられない。だから、私は彼女をゆんゆんさんから奪った。この選択をした事に後悔はない。
だが、私も自身の子供を授かった事で、女神的にも人間的にもどうしようもない事をしている事を嫌でも理解させられた。それでも、後悔はやはりない。あの子は“私の子供”だ。
それでも、私にだって罪悪感はある。さよりちゃんは我が子として育てたが、自分が本当の母親ではない事は話していたし、産みの母の形見としてあの指輪を持たせた。もちろん、ここには語るに尽きない苦労があったが、アクア先輩とめぐみんさん、ダクネスの協力で彼女は今も不自由なく幸せに暮らしている。
そんな、さよりちゃんの親権争いは実に苛烈なものになった。当然、法律上も心情的にもゆんゆんさんの両親が引き取るのが当然であった。しかし、私は“保護”を名目に彼女をエリス教の預かり……もとい私が引き取れるように画策した
里の住人やゆんゆんさんの家族を“善良な一般人”や私が準備した“どうしようもないクズ”に犯罪ギリギリの陰湿な嫌がらせをさせて、さよりちゃんを養う環境や資格がない事を強制的に理解させた。
また、エリス教やダスティネス家の力を使って公的機関にも圧力をかけたりと、かなり後ろ暗い手段を使っている。おかげで紅魔の里とは敵対中であるし、ゆんゆんさんの家族との関係は最悪だ。
そんな親権争いの切り札にこの手紙は成り得る。実の娘からのメッセージは彼らにも大きなダメージとなるだろう。おまけに、カズマさんとの仲まで応援してくれるとは、本当に至れり尽くせりだ。
私はその手紙をしっかりと元の状態に戻し、先ほどから目の前をそわそわと行ったり来たりしていた天使に手渡した。
「ダクネス、この手紙を今すぐ届けてください。その後は私と同じ場で待機です」
「分かりました。しかし、待機命令ですか!? 貴方様の話が本当ならそれはできません! 私もカズマに……!」
「焦る事はありません。時間はたっぷりとありますし、私と待てばいいのです。カズマさんは必ず私の元に来るのですから」
「エリス様……それでも私は……!」
ダクネスは手紙を受け取ると、私の元から逃げるように飛び去った。まぁ、彼女も場をわきまえない妙な行動には出ないはずだ。放置しても問題ないだろう。そんな事を浮かれた心で考えながら私は再び祈りを捧げた。彼に私の子供達の事を話したら、彼はどのような反応を示すだろうか……私が彼を求めたらきちんと応えてくれるだろうか……!
作戦は最終段階へと移行した。正直言ってもはや消化試合。後は彼の心の中にあるゆんゆんさんを“終わらせる”だけ。
「待っていますよ……カズマさん……」
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窓から淡い光が差し込む夕暮れ時、俺はアクセルの街の屋敷のソファーに深く腰掛けていた。懐かしい屋敷の室内はなんだか生活感溢れるものになっていた。昔と大まかな部分は変わっていないが、小物や本棚の数が増えている気がする。アクア達は相変わらずこの屋敷で暮らしていたようだ。
そして、リビングから見える台所に目を向けると、艶やかな青髪が機嫌良さそうに揺れていた。物凄く情けない話なのだが、俺はアクアの姿を見て安堵してしまうらしい。ほっと息をつきながら、俺はソファーで小さくなって彼女を待つことにした。
「はい、紅茶淹れたわよ。熱いし私がふーふーしてあげよっか?」
「いらねーよアホ……」
「素直じゃないんだから」
ヤレヤレといったように苦笑するアクアを半目で見つつ、俺は彼女の差し出したティーカップを受け取ってゆっくりと口に含んだ。暖かな液体が体に染み渡るように浸透する。その懐かしい味に俺は嘆息した。
「お湯なんだが……」
「あれ!? そんなはず……あっ……ああっ! あれよ! アンタの気分を和ませるためにわざとやったのよ! なんだか懐かしい気分になってきたでしょ?」
「そうかい……まぁ確かに懐かしい気分だ……」
「ふふん、そうなの。私は気遣いが出来る女神よ! それに弱ったアンタを慰めるのは私の役目だからね!」
俺はアホな事を言い出したアクアをしばらく見つめる。彼女はそんな俺の視線に気づいたのか朗らかな笑顔を浮かべて見せた。俺はアクアに聞きたい事や話したい事がたくさんある。悩んだ末に、俺は最初に聞くべき事を口にした。
「なぁアクア……ゆんゆんの魂はどこにやった……?」
「アンタには教えられない。とにかく、“ゆんゆん”として蘇る事や転生する事はもう不可能よ。静かに眠らせてあげるのが彼女にとっての安らぎ。それはアンタ自身も分かっているでしょう?」
「でも俺は……」
「自分を責めるのはやめなさい。私も事情はめぐみんから少し聞いてる。エリスはゆんゆんの処遇をカズマに任せたそうね。でも、それはアンタの自己決定を尊重しているようで、実態は全然違う。どちらの道を選ぶかなんてあの女神にはお見通しよ。むしろ自分を選ぶように心理的誘導もしているわ。アンタ自身に選ばせれば誰も文句が言えない……本当にあの子は腹黒な女神ね……」
アクアの話を聞いて俺は押し黙る。事実として、ゆんゆんの魂はアクアの管理下にあるらしい。そして、蘇生なども決してできない事も理解する。俺は人の生き死にに関してはアクアとエリス様に絶対の信頼を置いている。彼女達が不可能だと言うのなら本当に不可能なのだろう。
胸がギリギリと痛むような悲しみが俺を襲う。ゆんゆんは俺の嫁で……妻で……家族で……愛した女性だ。今でも、脳裏には彼女と過ごした幸せな日々や思い出、去り際に残した儚い微笑みが鮮明に焼き付いている。昨日まで言葉を交わし、愛し合った女性と二度と会えないという事実が本当に辛くて悲しくて仕方がなかった。
でも、心の片隅で少しだけほっとしている自分がいるのも分かる。この悪辣な感情の事など考えたくなかったし、正体を知りたいとも思わない。だから、俺はひたすらに悲しむ事だけに専念した。
「アンタがゆんゆんの魂を私に託した事は英断よ。以前も言ったと思うけど、迷っている時に出した決断はどっちを選んだとしても後悔するものなの。だからこそ、楽な方に……この慈悲深くて優しいアクア様に頼っていいのよ」
「っ……!」
「また泣いてるの? まったく、アンタにはやっぱり私がついてないとダメね」
「泣いてねぇよ……バカアクア……」
「虚勢はらないの」
袖で顔をふこうとする俺の手を制し、アクアがハンカチで顔を拭いてくる。俺はしばらくされるがままになった後、もう一つ聞かなければならない事を口に出そうとして言い淀む。自分自身、あの事を聞くのが怖くてたまらなかった。それでも、意を決して言葉を口にした。
「アクア、もしかしてさよりは……そしてエリス様の子供は……!」
「それは私からは言えない。いや、私が言うべきじゃないわ」
「…………」
「カズマも落ち着いたようだし、私の役目もとりあえずは終わり。だから、エリスの所に行きなさい。そこでアンタの知りたい事も全部わかるわ」
穏やかな表情を浮かべながら、アクアはティーカップを片付けてから、俺の顔を軽く濡れたタオルで拭き、俺の髪と服装をテキパキと整えていく。そして、満足げに頷いてから俺を押し出すようにして屋敷の外へと追いやって来た。
「エリスの場所は言わなくても分かるでしょう?」
「ああ……」
「そう、ならいいわ。落ち着いたら、また話しましょう? 私だって、聞きたい事がいっぱいあるんだからね」
「俺だってお前には色々と話したい事があるんだ。覚悟しておけよ?」
「ふふっ、そうしておくわ。それじゃあ……いってらっしゃいカズマ」
元気そうなアクアの声に対し、俺は後ろ手に手を振って答える。向かうはエリス様が待っている場所。彼女の居場所はなぜだか自然と分かってしまう。これも恩寵の効果なのかとぼんやりと考えながら歩き続けた。
そして、アクセルの街のまばらな雑踏を抜け、割と豪奢なエリス教会へとたどり着く。教会の扉を押し開くと、いつかの逢引の時と同じように祭壇の前で人間離れした美貌と美しい銀髪を誇る女神……エリス様が待っていた。
エリス様は俺の姿を見て、満面の笑みを浮かべる。そんな彼女に吸い寄せられるように俺は足を進めた。
「カズマさん、私を選んでくれたのですね」
「…………」
「私とした事がお恥ずかしい……ゆんゆんさんの魂の処遇の方が先ですね。では、魂をこちらに……」
「アイツの魂ならアクアに渡しました。エリス様のお手は煩わせませんよ」
「アクア先輩に!?」
驚いた表情を浮かべるエリス様は何やら俺の事をじっと見つめてきた。そして、安心したようにほっと息をついてから俺の手を両手で包み込む。俺はというと彼女の真剣な眼差しを真っ向から受け止めていた。そして、彼女は何かを察したようにコクリと頷くと、俺と共に近くの長椅子へと腰かけた。
「アクア先輩に魂を渡した事は想定外でしたが、ゆんゆんさんとの別れは済ませたのですね。きっと、貴方の心の中では今回の事は一つの節目となるでしょう。だからこそ、これからの事を考えてください。過去の思いやお話は私が後でしっかりと聞きますから」
「エリス様……」
「カズマさんが極度の混乱状態にあるのは見ていて分かります。私に聞きたい事があるなら何でもおっしゃってください。全てお答えしますよ」
優し気な微笑みでこちらを見つめるエリス様に俺はたじろぐ。あの子供たちに関して、俺ははやく真実が知りたかった。緊張と不安で破裂しそうな心を宥めつつ、彼女にゆっくりと問いかけた。
「昼頃、見習い女神のレイカって女の子に会ったんだ。自称エリス様の子供らしいけど、本当なんですか……?」
「っ……!? そんな偶然が……! いや、今はそんな事は置いておきましょう。とにかく、レイカとはもう会ったのですね。あの子は私の子供……愛する我が子です」
エリス様は笑みを更に深める。彼女の表情はいつか見たゆんゆんと同じもの、母親としての表情を浮かべていた。俺はそんなエリス様に思わず見惚れる。夢の中で出会う彼女がこのような顔を浮かべた事はなかったからだ。
思わず伸ばしそうになった両手を引っ込め、俺は頭をぶんぶんと振る。まだ重要な事を聞いてないからだ。
「あの子の……レイカの父親は誰なんですか……?」
「そんな事はもう心の中でお分かりでしょう? カズマさん、貴方が父親です。レイカは私とカズマさんの愛の結晶です」
俺が父親。その言葉を聞いて俺は心から安堵する。そんな自分に対しての嫌悪感や罪悪感はとてつもないものであるが、あの子の父親であった事の喜びの方が勝っていた。
もちろん、エリス様がいつ妊娠したかは察しがついている。彼女との不倫をしていた時、俺は随分と好き放題な事をしていた。そんな自分の屑さに我ながら怖気が走る。あの時はエリス様が女神だからという意味不明な理由で避妊なんて全く考えていなかった。
「俺とゆんゆんが逃げる時、すでに妊娠していたって事ですよね。何で言ってくれなかったんですか?」
「私だって言いたかったです! 本音を言えばゆんゆんさんから貴方を奪い取りたかった! でも、それは貴方とゆんゆんさんの幸せを破壊する事を意味しています。言えるわけないでしょう……」
辛そうに目を伏せる彼女の姿を見て俺の心が悲鳴を上げる。あの時の俺はゆんゆんだけでなく彼女をも悲しませた。そして、自分の子供……レイカに申し訳がなかった。
でも、俺はまだ聞くべきことがある。レイカと一緒にいた“さより”という少女。あの子の正体は分かっている。分かっているけど、聞かないわけにはいかなかった。
「エリス様、もう一つ質問です。俺はレイカと一緒にいたさよりっていう紅魔族の女の子にも会った。あの子はもしかして……!」
「ええ、そうです。貴方とゆんゆんさんの子供であるさよりです。カズマさん達が失踪した後、私達が保護しました」
「そうですか……」
「カズマさん……落ち着いてください……私がいますから……」
震える体を、エリス様が優しく抱きしめてくれる。安堵と安心を覚える自分を再び情けなく思いつつも、彼女からさよりを保護した経緯を聞いた。俺達が失踪した後、エリス様とアクアはめぐみんとダクネスの治療に専念していたそうだ。
一方でゆんゆんによる死亡報告で絶望的となったさよりの生死だが、エリス様はせめて魂だけでも回収しようと、クリスに捜索及び悪魔狩りを続行させていた。そして、失踪から約半年後、旧魔王領を旅していた女神官と遭遇したそうだ。彼女は一人の赤ん坊を抱いていた。それがさよりであったらしい。
「旅の神官によると、さよりは犬型モンスターを討伐した後、彼らの住処で発見して保護したそうです。つまり、あの子は犬型モンスターに連れ去られ、僅かな期間ですが彼らによって育てられた。そして、保護した神官とともに旧魔王領を旅していたそうです」
「そんなアホな……」
「事実なんですから仕方がありません。ゆんゆんさんが死を誤認した事も仕方のない事でしょうね。誘拐犯を襲ったモンスターがさよりを保護しているなんて思ってもいないはずです。ちなみに、ゆんゆんさんの左手もモンスター達が持ち帰ったようです。さよりちゃんと一緒に銀製の指輪も発見したそうですから……」
想定外すぎるさよりの生き残り方に思わず嘆息する。やはり、事実は小説より奇なりという事であろうか。それでも、さよりが生存していた事は確かだという事だ。その事実は俺に多大な喜びと安堵をもたらした。そう、あの子は生きていた。それだけで今は十分だ。
「さよりは旅の神官から引き取った後、私がレイカと一緒に育てました。だから、さよりも私の子供……愛する我が子なんです……!」
「そうですか……こんな時に何を言っていいか分かりませんけど……ありがとうございますエリス様」
「あの子を育てるのは私が進んでやった事です。でも、その言葉は素直に受け取っておきますね」
自分に対する不甲斐なさでいっぱいになっている俺をエリス様は優しく抱きしめてくれる。爆発しそうな感情や、ボロボロの精神を彼女がもたらす安心と安堵と愛情が癒してくれる。そのまま、しばらく抱き合った後、俺のお腹が鳴る音がした。
それを聞いたエリス様はクスリと笑い、俺の手を引っ張って隣の部屋へと向かう。その部屋は休憩室のような場所になっており、そこのテーブルの上にはすでに温かい湯気をあげる食事が準備されていた。
「カズマさん、明日は肉じゃがを食べたいって言っていたでしょう? どうぞ、熱いうちに召しあがってください」
「あっ……ああ……美味そうだ……」
「実はお料理はそれほど得意というわけではなかったのですが、私も母親ですからね。いっぱい勉強したんです!」
得意気な表情のエリス様を見て何だかほっこりしつつ、俺は彼女と共に席について“いつものように”食事を楽しんだ。そして、『ちょっと臭いです』と言われてシャワー室に叩き込まれ、気が付けばエリス様と共に質素なベッドの上で横になっていた。ここまでの行動を、何の疑問も持たずに実行した事に大きな溜息をついた。
「今日はゆんゆんさんの命日と言っていい日です。それに、カズマさんも色々あってとても疲れたでしょう? だから、今日はゆっくりと休んでください。でも、貴方だって話したい事や溜め込んでいるものがあるはずです。それを私にお話ください。全て、私が受け止めますから……」
そんな事を耳元に囁かれて俺は全身の力が抜けていくのを感じた。そして、エリス様に今までの事をゆっくりと話す。ゆんゆんと過ごした日々、地下に逃走してからの怠惰な日常、ゆんゆんの幸せのために奮起して作り上げたダンジョンと幸せだと自信を持って言えた彼女との生活、話題が尽きる事なんて決してなかった。
相変わらず聞き上手なエリス様に促され、ついにはゆんゆんの魂をアクアに託した時の事まで話は進む。つい先ほどの事なのに、なんだか昔の出来事のように思えた。
「俺はゆんゆんの蘇生を諦めた。成り行きってのもあるが、やっぱりアイツにさよりの姿を見せるのが酷だと思ったからだ。ゆんゆんはさよりが死んだと思っていた。でも、実際はさよりは生き延びていた。その事に関して、俺を責めるならいい。でも、ゆんゆんはきっと自分を責める。そして、さよりがエリス様に育てられた事を知ったら、アイツがどんな行動に出るか分からない。蘇生させても、また自ら死を選ぶ可能性だってある。それなら、もうこのまま安らかに眠らせてやるのが良いと俺は思ったんだ……」
「彼女の死が安らかであった事は女神エリス、女神アクアの両名が保証します。カズマさんの判断ですが、私はとやかく言うつもりはありません。ですが、貴方がゆんゆんさんを幸せにした事は事実です。それは貴方も誇りに思うべき事……“幸せな死”を迎えられる人間は少ないのですから」
暗闇の中で、俺は天井を見つめ続ける。そしてエリス様はそんな俺に体を寄せていた。優しく慰めるような彼女の声と、時節触れてくる彼女の手と鼻孔をくすぐる女神特有の甘やかで安心できる匂いに全てが溶かされていく。
だが、脳裏でかすめるゆんゆんの笑顔が俺を苦しめる。今日は彼女が死んだ日だ。それなのに俺は何をやっているのだろうか。そんな自分自身に嫌になる一方で、何故こんな思いをしなければならないのかという理不尽な怒りさえ覚える。だからこそ、俺は彼女に話してみる事にした。
「エリス様、俺はアクアにゆんゆんの魂を渡した時、心のどこかで安心してしまった。こんな最低な事を思う人間に幸せになる権利が……生きる資格があるのか?」
「まったく……それは人間としての当然の感情ですから深くは考えないでください。貴方はゆんゆんさんを幸せにするために頑張り続け、それを実現させた。彼女が幸せに逝く事が出来たのは貴方にとっては努力の結果であり、安心と喜びをもたらしたはずです」
「そうだとすると嫌な努力の結果と言えるな。でも、俺が安心したのはそれだけなのか? 本当は……」
「それだけです。無理に考え込んで思い悩む必要はありません。例えば、死にゆく人を最後まで支えた家族は今わの際には深い悲しみに包まれます。でも、葬儀の時には笑って故人の思い出を語る事が出来る。彼らは故人に“幸せな死”を迎えさせた事に対しての喜びと達成感があるからこそ、笑えるんです。貴方も彼らと同じような境地に至ったのでしょう」
「本当にそうなのか……そんな高尚な事を俺は考えていたのか……?」
自分自身に自問する。ゆんゆんを失った悲しみはアクアとの会話で痛感したが、それで随分とスッキリしてしまった。エリス様を前にしてからは彼女の事とレイカ、さよりという子供達の事で頭が支配され、気が付けばゆんゆんの事を頭の隅へと追いやっている。そう考えると、俺は随分と薄情な奴のようだ。そんな自分に……!
「カズマさん、自分を責めないでください。後悔だってしてはダメです。貴方はゆんゆんさんを幸せに逝かせた。その事実だけで十分じゃないですか。あの絶望的な状況を切り抜けて、愛する人を幸せにできるなんて、やっぱり貴方は凄い人です!」
「俺が凄いわけない。でも、俺だって頑張ったんだ……アイツが幸せだったって言うなら俺はもう……」
「いいえ、カズマさんはとっても凄いです! ひとまず、今日はゆっくりと眠りましょう? そして、明日は娘達に会うんです。 今から貴方に娘達の成長記録を夢という形でお見せします。貴方と一緒に過ごす事ができなかった幸せな日常を、せめて夢の中でも一緒に過ごしましょう?」
「アイツらの成長記録か……夢でしか見れないのが残念だ……」
心の中でこみ上げてくる悔しさを癒すように、エリス様が俺の事を抱きしめてくる。気が付けば、俺は彼女の事を抱きしめ返していた。ゆんゆんに対する罪悪感もこみあげてくるが、これはもう耐えられない……
「むぎゅっ……少し力が強い気がします……でも嬉しいです……! カズマさん、“無理”に悲しまなくてもいいんですよ? 悲しみを私と一緒に乗り越えましょう!」
暗闇の中では彼女の表情は分からない。でも、笑っている事くらいは分かる。俺はそんな可愛いエリス様を抱きしめ続ける。そして、確かめるように何度も力を込めて抱きしめた。10年近く、寝食を共にしたゆんゆんとエリス様は何かが違う。その違和感の正体に気付く前に俺は無意識のうちに言葉を口にしていた。
「暖かい」
もう深く考えるのはやめた。だからこそ、俺はその暖かさを得るために彼女を抱きしめ続ける。そして、安堵と柔らかい暖かさに包まれながらゆっくりと意識を落としていく。微睡んだ意識の中で彼女がクスクスと笑う声がした。
「ふふっ、可愛い寝顔……でも今までのお話と“私”の記憶から嬉しい事実を発見しちゃいました。貴方が私の元へ帰って来たのは決して運が良かったからじゃないんですね。嬉しい……嬉しいですカズマさん……! 貴方は“私”と毎日会っていた。そして、夢の中でありふれた幸せの日々を私と過ごしてくれた。そして、ゆんゆんさんと永遠に一緒になるためにリッチー化を選んだ。でも、それ以降の貴方の行動ってよく考えたら矛盾していますよね?」
「…………」
「ずっと一緒にいるならダンジョンはわざわざ解放しなくていい……永遠にダンジョン作成を続けたっていい。それなのに、貴方はダンジョンを解放した。そして、貴方に根付いていた破滅願望……それは貴方の無意識が生み出した真の望み……」
ボソボソとした声が俺の微睡みを妨害する。だから、目の前の柔らかな体躯をギュっと抱きしめる。もう、深くは考えたくない。明日の事に対する不安と期待でいっぱいいっぱいだ。
「カズマさん……本当は私に……むぎゅっ!?」
ああ、暖かい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
教会内に響く大きな鐘の音でおれはのっそりと目を覚ます。そして、何十年ぶりかの朝日を浴びながら、軽く口をゆすいだ。昨晩までの陰鬱な気持ちはほとんど忘れてスッキリとした気分になっていた。それくらい、夢の中で過ごしたエリス様と娘達の日々は良いものだった。
冗談抜きで何十年にも感じた夢の余韻を伸びをして楽しみつつ、昨晩まで隣にいたエリス様の姿がない事に気付く。しかし、謎の第六感で彼女は教会内の祭壇前にいる事は分かっていた。俺がそこに足を進めると、彼女は何かの祈りを捧げるように跪いていた。そして、俺が来たことを察すると、笑顔でこちらへと振り返った。
「カズマさん、夢はどうでしたか?」
「最高だった。出来れば目覚めたくなかった」
「そんな事言わないでください。あれはあくまでも“夢”。娘達と小さな時から一緒にいたら、あのような幸せを得られたというもしもの世界。でも、カズマさんがこれから会うレイカとさよりは父親という存在に12歳という難しい年ごろで初めて触れるのです。受け入れてもらえるのでしょうか……うーん……さよりはまだしもレイカは……」
「ちょっと!? 不安になるような事言わないでくださいよ!」
この世界では彼女達の年齢は成人間際、一部の地域では成人と見なされる年齢だ。まだ、子供である事は変わりないが、子供から大人になる過程の時期であり、人間関係について色々と察し始める難しいお年頃だ。今まで幸せだった家族に、知らないおっさんが父親とかいって急に入ってくるなんてたまったものではない。俺だったら絶対そう思う……思春期じゃなくてもそう思うはずだ。
「カズマさん、親の役目は子供のご機嫌取りではなく、立派に育てる事です。でも、今の貴方の役目はご機嫌取りかもしれません。一応、私の夫はいずれ帰ってくるとあの子達に説明していますが、その……色々と口裏合わせを……」
「へいへい、夢でだいたいの事は分かってますけど、こっちも頼みますよ」
俺の言葉に、エリス様は笑顔で頷いた。そして、娘たちに会うための身支度を始めようとした時、ふと自分自身に対して嫌悪感を覚えた。俺はゆんゆんの事を忘れたかのように行動していた。でも、娘達に会いたいという事、エリス様と共に歩んでいきたいという気持ちは本心からのものだ。しばらく、ちぐはぐな内心について頭を悩ませていると、エリス様が俺の手をぎゅっと握って来た。
「私とした事が、浮かれていたせいですっかり忘れていました。カズマさん、貴方にお願いがあるんです」
「なんですか……?」
「私が何を望んでいるか、貴方もご存知でしょう? 私と共に歩むなら絶対にしなきゃいけない大切な儀式です」
エリス様の表情が朗らかな笑顔から真剣な表情へと変わった。俺はそんなエリス様の前に立ち、以前と同じようにじっくりと彼女の言葉を待つ。そして、エリス様が俺の目を見据えてあの言葉を口にした。
「私と契約しませんか?」
予想通りの言葉に俺はしばしたたずむ。バニルの忠告なんてはるか昔に忘れた。むしろ、恨みに近い感情すら抱いていた。俺がアクアかエリス様と契約していたら、あの悲惨な事件も防げたかもしれない。だからこそ、エリス様との契約はむしろ俺からお願いしたい事でもあった。でも、俺にそんな資格があるのだろうか。
「俺は……俺はこのままエリス様と一緒に……幸せになってもいいんですかね……」
「何を言っているのですかカズマさん。そんなネガティブにならないでください。貴方が幸せになって恨む人も怒る人もいません。私もアクア先輩もダクネスもめぐみんさんも……愛する子供達だってきっとカズマさんの幸せを望んでいます」
「…………」
「カズマさんはゆんゆんさんを幸せにする事を成し遂げました。次は、そんな頑張り続けた貴方が幸せになる番です。私と共に永遠を歩む“家族”になってください……私と一緒に幸せな日々を過ごしましょう?」
泣きそうな表情で俺を見つめるエリス様に手を伸ばす。柔らかくて暖かい彼女の体を抱きしめながら、自分自身を納得させる。俺はエリス様と一緒に過ごしたい。夢のような幸せな日々をおくりたい。ゆんゆんは、俺に幸せになれと言い残してこの世を去った。俺の幸せは彼女にとっての幸せでもあるはずだ。
そうだ、これでいい……これでいいんだ……!
めそめそしてるなんて、誰も……ゆんゆんだって望んじゃいない!
だから俺は――
「“汝、如何なる時も幸福の女神エリスと共に過ごし、死してなおも私に永遠の愛を誓いますか?”」
「ああ、誓うさ」
「その言葉、忘れないでください。これで貴方は私とずっと一緒……ふふっ……ふふふっ……!」
堪えきれずにクスクスと笑うエリス様を俺は苦笑しながら見守る。彼女が俺を愛している事、俺と契約がしたかったという事は随分前から承知している。喜んでくれるなら、俺にとっても嬉しい事だ。
そして、天から俺に光が降り注ぐ。俺の体に特に変化はないが、俺の中の魂に何かが刻み込まれたような感覚がした。加えて、エリス様との繋がりが以前より比べものにならないくらい強くなっているのを感じた。今なら、彼女がどこにいようと、会いたいと思うだけで彼女の元へ転移できる……そんな気がした。
エリス様はというと、しばらく変な笑い声をあげた後、俺にぎゅっと抱き着いて来た。彼女の突撃を受け止め、俺は彼女と共に近くの長椅子に倒れ込む。そして、エリス様はキラキラとして目つきで俺の顔を覗き込んできた。
「カズマさん! 貴方は永遠を私に誓った男……女神エリスと対等な存在になったんです! だから、今までのような固い口調はやめてください! そして、私の事も“エリス”とお呼びください!」
「了解しましたエリス様」
「違います! エリス様じゃなくてエリスです! はいもう一度!」
「へいへい、わかったよエリス」
「あっ……! ふふっ……エリス……」
エリスは満面の笑みを浮かべながら俺の胸に顔を擦り付けてくる。そんな可愛らしい女神様の頭をそっと撫でる。今後、彼女と共に生きる事は俺自身も望んでいる事だ。彼女の支えがなければ、俺の精神は容易く崩壊していた。今の俺は彼女の存在があったからこそ生き続ける事が出来たと言っていい。
だからこそ、彼女に報いなければならない。辛い時も苦しい時も一緒にいてくれたエリスが望むと言うなら、喜んで彼女の望みに応えよう。それに、彼女と過ごす日々は悪くない……いや最高だ。
「んっ……カズマさん……愛しています……」
「…………」
彼女の愛の囁きに、俺はまだうまく言葉を返す事は出来なかった。
それからは、まだ落ち込みを気味な俺を彼女は笑顔と会話によって癒してくれた。流石は女神という事だろうか、気が付いたら自分の中の思いをスルスルとほとんど引き出されてしまった。適度な相槌とタッチングは不安を和らげ、自分自身の思いの自覚にも繋がる。
結局の所、俺はゆんゆんを言い訳に使っているだけだ。それは今までやってきたクズ行為の中でも一番やってはいけない事だ。だからこそ、俺は自分の気持ちを自覚する事にした。そこにもはや後悔はない。
そして、ついに子供達と再会の時となった。正直言って受け入れて貰えるわけがないという諦観の思いでいっぱいだが、エリスは機嫌良さそうに、『事前説明してきます!』とすでに子供達が待つ屋敷へと突入してしまった。
屋敷のリビングでは何やら言い争うような声が聞こえてくるが、もう知ったこっちゃない。
「へぇ……なかなかスーツの似合うお年頃になったみたいね。ほら、ネクタイが少し曲がってるわよ……後でエリスにもネクタイの絞め方教えなくちゃね……」
「おお、すまんなアクア。というか何でお前がいるんだ?」
「バカねカズマ。私もエリスと一緒に暮らしてるからに決まっているじゃない。言っておくけど、私もあの子達の母親であり、姉であるの。あの子達を悲しませるような事をしたら実の親といえどもタダじゃおかないわよ」
「善処はする。でも、ただでさえ気まずい再会なのに、昼頃に偶然にも顔を合わせたせいで余計に気まずいんだよ……」
「まぁ、安心しなさいな。ダメな時は私もフォローするわよ」
なんだか頼もしい言葉を言ってくれたアクアは、ネクタイを整えた後、俺の背中をバシンと叩いた。そして、彼女に促されてリビングへと足を運んだ。そこには、ニコニコと微笑むエリス様と、母親譲りの美しい銀髪をツインテールにし、仏頂面で佇むレイカ、ゆんゆんの面影を多く残し艶やかな黒髪を腰まで伸ばした紅目の少女……何やら二人に挟まれておろおろしているさよりがいた。
真っ先に俺の事に気付いたレイカは表情を驚愕へと変化させ、俺の元へとツカツカと寄ってくる。そして、ジロジロと睨んできた。
「アンタ、お昼に会ったおっさんじゃない! なんなの、この人がお母さんの“会わせたい人”って奴なの!?」
「そうです俺がエリスの……」
「お母さんを呼び捨てするな! もう怒った! 喰らいなさい!“ゴッド……むぎゅっ!?」
「とりあえず落ち着こうレイカちゃん、ほらお兄さん涙目になってるよ?」
背後からレイカの口を塞いで羽交い絞めにしたさよりが、彼女をソファーへと押し戻した。俺は緊張から止めてしまった息を吐いた後、横でクスクスと笑っていたアクアに小声で話しかけた。
「おい、事前説明はどうなってるんだよ!?」
「エリスの大好きな男とは説明したけど、真実は話してないわ。それはアンタが自分の口で言うべき事よ。でも余計に面倒臭い事なっちゃったかもね」
「面倒な事を……!」
それを言うくらいなら初めから父と伝えて欲しいものだ。というか、さりげなく外堀を埋められている。だからであろうか、肝心のエリスはなんだか心ここに在らずといった様子でニヨニヨとした微笑みを浮かべてトリップしていらっしゃった。いまいち頼りにならない女神達はとりあえず置いておき、俺はレイカ達の対面の席に腰を下ろす。そんな俺に、レイカがテーブルに体を乗り上げるようにして顔を近づけてきた。
「ちょっと、おっさん! お母さんをどうやってこましたの!? お母さんってば今は亡き私のお父さんにゾッコンなのに……!」
「勝手に殺すな! レイカ、エリスは昔も今も俺にゾッコンだ。それにエリスはこましてなんかねぇ!」
「ひぃっ!? あたしの名前を呼び捨てしないでよ! 冗談抜きで鳥肌たったわ! それに……ひゃぐっ!?」
隣に座っていたさよりがレイカの首筋を手で軽く打ち据えてダウンさせる。代わりに、ペコペコと小さく頭を下げながらレイカをどけて俺の正面に座り込んだ。でも、目だけは俺の事を強く睨んでいた。うんうん、随分としたたかに育ったんだなぁ……
「すいませんお兄さん。貴方がとても親切な人だとは承知しています。でも、事が事ですので私も遠慮はしません」
「どんとこい。さより達もいきなりで受け入れがたいだろうしな。聞きたい事があったら何でも言ってくれ」
「分かりました。でも、まだ名前呼びはやめてください。後、私達の事をじろじろ見ないでくれますか? 気持ち悪いです」
「おふっ……」
なんだろう、心にひびが入った。顔立ちがゆんゆんと似ているせいか、あの世のゆんゆんからも責められた気がする。すんません……エリスと一緒になる事になってすいません……でも許してください……俺は……
「それで、ご職業は何を? レイカちゃんは司祭か何かだって言っていたのですけど……」
「いきなり厳しい質問だな。昔は冒険者と商人をやっていたが、今はあれだ……フリーランスというか……」
「はい?」
「うっ……わけあって無職です……」
「そうなんですか」
さよりはニコリと微笑んだ後、昏倒していたレイカをゆり起こす。そして、懐から取り出した華美な装飾が施されたダガーをレイカの手に握らせた。
「レイカちゃん、この人は殺して埋めましょう。大丈夫、私も見守っててあげますからヤっちゃっていいですよ」
「お、お姉ちゃん!?」
「おいこら、ちょっと物騒すぎるだろ! 俺はそんな子に育てた覚えはもちろんないぞ! もしかして、遺伝か遺伝なのか……!?」
何やらヤバゲな目つきで見てくる彼女に心底ビビる。この堪え性のなさは紅魔の血族が関係しているのだろうか。少し、俺の血も関係していそうで変な気分になる……
とにかく、もうこれ以上話を拗らせる気はない。それなら、さっさと真実を話してしまおう。俺は彼女達の前へ立ち、静かに言葉を口にした。
「俺の名前は佐藤和真だ」
「っ……!?」
「へぇ、おっさんの名前はサトウカズマって言うんだ。ふんふん、カズマって言ったらお母さんの……お母さんの……えッ……嘘……」
表情を固まらせるさよりと、驚愕の表情でダガーを取り落としたレイカを、俺は思わず満足げな表情で見てしまう。なんだか、してやったりな気分だ。少し、精神的なダメージは受けたが、彼女達の反発的な態度も当然なものだと理解している。それに、俺が彼女達の親だという認識が改めて芽生える。そう考えるとこれも悪くない。
ちょっと物騒な所はあるけど、エリスは子供たちにこんなにも愛されている。彼女は本当に立派な母親なのだろう。だからこそ、エリスに対してまた一つ思いが強くなる。もう、どんなに取り繕っても、言い訳しても無駄だ。
まぁ、そんな自分の思いはひとまず置いておく。重要なのは子供たちに受け入れてもらえるかだ。俺は固まっている彼女達に真実を告げた。
「I am your father……」
二柱の女神からドロップキックを受ける。
ふっ飛ばされながらも、俺は満足感で胸がいっぱいだった。
それから半刻後、気まずい夕食が始まった。顔を俯かせておかずをつついているさよりと、こちらをチラチラ見てくるレイカを俺は無言で見つめる。そんな俺の隣ではエリスが甲斐甲斐しくお世話してくれていた。「これ私が作ったんです!」と嬉しそうに俺の小皿におかずを移す彼女は、何というか若干空気が読めていない。危惧していた家庭崩壊スレスレの食卓に俺はため息をついた。
そんな俺のため息を見て、レイカが体をビクリと震わせる。そして、横目でさよりを見た後におずおずと口を開いた。
「ねぇ、おっさん……アンタって本当にあたし達の父親なの?」
「ああ、本当だ。俺がお前らを見たのはほんのちっちゃい時だけだ。それでも、お前らと血の繋がりがあるってのは何故だかわかるもんさ」
「そういうものなの? というか、おっさんってあたしの小っちゃいころ見た事あるの? お母さんはあたしが生まれる前に父親は……その……旅に出たって……」
「ちょっとだけだが俺はさよりを育てたし、レイカは……昔も可愛かったぞ。なんせ、こんなにちっちゃかった」
親指と人差し指をちょろっと開けて小ささを表現する俺を、レイカはポカンとした表情でみつめる。それから会話が止まって数分経過した頃、彼女は顔を真っ赤にしながらテーブルをバンと叩いた。
「さっきの発言ってもしかしてセクハラですか!? 実の娘にそんな事するなんていけないと思います!」
「セクハラ……? ああ、何となく分かった。やっぱりお前はマセガキだな。実はお前の存在はつい最近知ったんだ。適当な事を言ったのは謝る。すまんな……」
「そ、そうなのですか? 私はてっきり……!」
「おい、さよりが頭の上に疑問符をいっぱい浮かべてるぞ。そんな発想に至ったお前は相当なアレだけど、理解できた自分もアレだな。やはり俺の子か」
「変な所で納得しないでください!」
何故か女神モードの口調で、顔を真っ赤にして怒るレイカを俺はニヤニヤとした表情で見守る。なんだかんだで、コイツとは家族的な意味でいい関係を取り戻せる気がする。そして、そんな状態の俺の肩をエリスはちょんちょんとつついてきた。隣へ視線を向けると、顔を赤くし、少し怒った様子の彼女がいた。
「カズマさん、セクハラはいけませんよ」
「おう、その言葉も久しぶりだな。」
「お母さん……! それは私の早とちりで……!」
「ふむ、やっぱりレイカは俺とエリスの子だな。なんていうか、お母さんそっくりだ」
「っ……!」
今にも爆発寸前といったほど顔を赤くしたレイカは、おかずのお刺身をつつきながら縮こまる。代わりに、今度はさよりがこちらをチラチラと見始めた。何だか、上手くいきそうな流れに俺も嬉しくなる。うん、変に遠慮するよりかはグイグイいった方がいいかもしれない。
「えっと……おと……かしゅっ……い゛っ……かひゅまひゃん」
「おう、どうしたさより?」
「んっ……んっ……こほんっ! レイカちゃんは何をそんなに恥ずかしがっているの?」
「ああ、お前の妹は俺のジェスチャーを思春期のマセガキ思考が妙な解釈をしちまったわけだ。指で表現した『こんなにちっちゃい』をおたまじゃくし……つまりはせびゅっ!?」
「せびゅっ?」
両脇にいる女神達から脇腹をつねられる。ちょっと調子に乗っていたかもしれない。いまだに疑問符を浮かべるさよりが、隣にいるレイカにこそこそ話しかけて彼女の顔をより赤くさせる。そんな状況にアクアが溜息をつき、初めて口を開いた。
「アンタ達もこの男に遠慮する必要はないのよ? 聞きたい事があるならすっぱり言っちゃいなさい」
「そうですねアクアさん。私もそれがいいと思います。という事でお母さんからの提案です。さより、レイカ、明日はカズマさんと三人で外に出かけてください。そして、聞きたい事はお父さんから全部聞きなさい」
アクアとエリスの言葉に、娘たちはコクリと頷く。俺はというと、三人でお出かけというフレーズに期待と不安でいっぱいになっていた。そんな俺を癒すようにアクアが背中を撫で、エリス様が膝をぽんぽんとタッチングしてくる。なんだか情けない気分に少しなりながらも、俺は娘達に両手を差し出した。
「まだ受け入れがたいと思うが……今後ともよろしくな」
「ふんっ……!」
「よろ……よろしくです……」
なんだかんだで俺の手を取ってくれた娘達に泣きそうになった。というか泣いた。
その日の夜、娘達が寝静まってから俺とエリスとアクアは少しだけお酒を楽しんでいた。両隣にいる女神達と俺の距離は密着状態であり、色々と悪い気がするのだが、極度の安心と癒しを与えてくれる女神達に抗う事は出来なかった。
「カズマさん、明日は娘達に何を語るかは貴方におまかせします。娘達には貴方とゆんゆんさんの事を大半はぼかして伝えています。ですから、これだけは言っておきます。真実だけがあの子達のためにはなるとは限りません。情報の取捨選択は慎重に行ってください」
「まぁ、そこまで気負う必要はないわ。それに、これはアンタのためでもあるの」
「アクアさんの言う通りです。カズマさん、自分の過去を人に伝えるという事は自分を見つめなおす事を意味しています。今一度、自分と向き合ってみてください。疲れたなら、私が癒してあげますから……」
二人の女神の甘い囁きに、脳が揺らされる。そして、視界の隅で光柱が出現し、中からめぐみんとダクネスが現れる。彼女達も天使のような穏やかな笑みを浮かべながら俺の膝上に身を乗り出してきた。
「カズマ、私達だっています」
「嫌だと言っても離さないからな」
「おふっ……」
このまま死んでしまいそうなほどの安心感に包まれながら、俺は目を閉じる。ゆんゆん、現世にも天国はあるらしいぞ……
そんなバカな事を思ったせいであろうか、首筋がズキリと痛んだ。プンスカ怒った様子のゆんゆんに俺は噛まれてしまったらしい。そんな幻視を見て、小さく苦笑した。
「大丈夫ですよカズマさん。あなたには私が、“私達”がついていますから」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
翌日、屋敷の正門前で俺とレイカ、さよりが向き合っていた。レイカはホットパンツにパーカーとなんだかきわどい恰好で相変わらずの仏頂面を浮かべ、さよりは馴染み深い紅魔族ローブを羽織って小さく萎縮していた。対する俺は、エリスから受け取ったガマ口財布の中身を確認中である。いつかのめぐみんと同じように、ポイントカードや買い物メモが入った財布を見て非常に申し訳ない気分になるが、一方では彼女も母親なんだなぁというほっこりした気持ちになった。
「うっし、それじゃあ出かける前にお前たちに一つ頼みがある。今日一日は俺の事を“お父さん”と呼んでくれ。もちろん、俺もお前らの事は呼び捨てだ。いいな、レイカ、さより」
「はぁ?」
「あぅ……」
反抗的な目を向けるレイカと真っ赤になるさよりを見て俺はうんうんとうなずく。もう心の中では覚悟は決まっていた。今日以降も絶対お父さん呼びさせてやる。そんで持って、家族って奴をもう一度手に入れる。お父さん……うん……悪くない響きだ……
「さより、お父さんだぞー」
「ひぅっ……」
「うへへへ! さぁ言うんだ! お父さんって!」
「えと…その……」
もじもじとするさよりを見て、俺は少しだけ安心する。どうやら、本気で嫌がってはいないようだ。これならゴリ押せばいける気がする。それに、彼女の様子は俺にとっては馴染み深いものだ。良いか悪いかは判断できないが、さよりもゆんゆんの形質を遺伝しているようだ。
「さより、ちょっと突っ込んだ話をするが、友達はいるか?」
「っ……!? いっ……いっぱいいます! サボテンのいしふぐちゃんとか、近所の三毛猫のするめちゃんとか……!」
「人間の友達は?」
「人間……? えと……その……あっ……クリスっていう私のお姉ちゃんみたいな人が私の事を友達だって……!」
どうやら、我が娘にはきちんと友達がいたらしい。なんだか、安心する一方で少しだけ寂しく感じた。だが、クリスという名前に引っ掛かりを覚える。何だか、馴染み深い名前だ。
「そのクリスって人はもしかして盗賊か?」
「まさか知り合いなんですか!? 私が小さい時からお世話になってる人で、たまに家に来ては冒険話とかしてくれるんです!」
「おう……」
「私が変な人に絡まれた時も助けてくれたり、お母さんに内緒で冒険に連れてったりもしてくれたり……!」
いかん。それはやっちゃダメでしょうエリス様。ダクネスとは状況が違うんだ。何というか、色んな意味で教育に悪すぎる。帰ったらエリスにはお仕置きだ。そんな俺の内心も知らず、さよりはキラキラとした表情でクリスについて語っている。レイカの方に目を向けると、彼女は必死な表情で人差し指を口の前に立てていた。なるほど、お前もグルか……
「さより、友達を簡単に作る方法を教えてやろう」
「そ、そんな方法があるんですか!? 私には別に必要ないですけど、聞いてあげなくもないです!」
「安心しろ。お前は少し人と接する勇気が足りないだけだ。自分の発言を恥ずかしがって、自ら他者に話しかける事をやめたら友達なんていつまでたってもできない。それに、どもったり、舌を噛んだりするのは自分に自信が持てないからだ」
「なるほど……!」
「それが分かったら後は簡単だ。自分に自信を持て、自分の発言を恥ずかしがるな。脳内で相手の反応を勝手に決めつけて発言を止めるな。だからこそ、特訓だ。恥ずかしい事言うのに慣れるんだ! そうすれば、もし自分が友人や初対面の人におかしな事を口走っても、動揺せず“冗談だ”と軽く流せる余裕を持てるようになるんだ!」
俺の言葉に、さよりはキラキラとした目線をを送ってくる。我が娘ながら、少しだけ悲しくなる。でも、こっちだってチャンスを逃す気はない。
「分かりました! 私、頑張ります!」
「よし、その意気だ! それじゃあ俺が今から言う言葉を後に続けてもう一度言うんだ! はい、“私のお母さんはPAD”」
「わ、わたしのお母さんはPAD!」
「“お母さんより胸大きくてごめんなさい!”」
「お、お母さんより胸大きくてごめんなさい!」
「“お父さん!”」
「お父さん」
「“お父さん大好き!”」
「お父さん大好き!」
おお、心に染みるいい言葉だ。思わず笑顔になってしまう俺に対して、さよりは顔を赤くして縮こまる。そんな彼女に俺は歩み寄る。そして、優しく問いかけた。
「さより、頭撫でてもいいか?」
「ええっ……その……」
「そうか、ごめんな。でも、一度でいいから自分の子供の頭を撫でてみたかったな……残念だ……」
「……! いいです……それくらいはいいですよ……」
ゴリ押ししたら、オッケーを貰ってしまった。本来はいけない事だが、今日くらいは許して欲しい。そんな事を心の中で謝りつつ、手を艶やかな黒髪へと伸ばした。
「よく言えたなさより。偉いぞ!」
「っ……!」
「もう一度お父さんって言ってくれないか?」
「……お父さん」
「よし、これからは俺の事を出来ればそう呼んで欲しい。無理にとは言わないけどな」
さよりは顔を赤くしながらもコクリと頷いた。そして、俺の愛撫を目を細めながら享受する。何というか、こいつは本当にゆんゆん似だ。ちょろい……ちょろすぎる……! 物凄く将来が不安になってきた。ろくでもないダメ男に騙されないためにも、俺も頑張るとしよう。そのためにも、ジト目でこちらを見ているレイカの協力は必要不可欠だ。
「おっさん……」
「レイカ、今後もさよりを頼むぞ」
「それはあたしも分かってる」
神妙な顔で頷き合う俺とレイカの間に、確かな絆ができた気がする。とにかく、これで最低限の関係性は構築出来た。後はこれをより深めるだけだ。何だか蕩けた表情になり始めたさよりに、俺は優しく話しかけた。
「さより、今のお前なら言えるはずだ。俺に……お父さんに聞きたい事を言ってみろ」
「…………」
「大丈夫だ。遠慮せずに言ってみろ」
俺の事をさよりは無言で見つめてくる。そして、ネックレスとして身に着けていた銀製の指輪をぎゅっと握った。
「お父さんの事を教えて欲しい……ゆんゆんっていう私を生んだお母さんの事も……何で私達を放っておいたお父さんが今になって現れたのかも含めて全部教えて欲しいの……」
「分かったよ。それじゃあ、今日は俺の思い出語りツアーだ。年とると長話になるんだ。そこは覚悟しておけよ? まぁ、とりあえずは昼飯だな。行きつけの店があるんだ」
無言で頷く娘達を連れて、俺はアクセルの街へ繰り出す。向かったのは馴染みの喫茶店だ。とりあえず席につき、彼女達にメニューを渡す。二人とも無難なランチセットを頼んだので、そこにパフェなどの甘味を無理矢理追加してやった
こうして、昼食を取りながらの会話となる。俺は現状把握として彼女達が俺とゆんゆんについてどの程度の情報を持っているかを聞いた。
曰く、カズマという男が父親であり、自分達姉妹の母親は別であること。ゆんゆんというさよりの母親は事故によりリッチーになり、悪意ある人々から逃れるために俺と旅に出た事。その時、俺とゆんゆんは自らの娘に被害が出ないように女神エリスにさよりを託した事。以後、アクアとエリスが、さよりに危害を与えるかもしれない存在を出来るだけ排除し、自らも宗教改革をした事。エリスが二人にとっての母親であり、アクア、めぐみん、ダクネスはお姉ちゃんみたいな存在だとい言う事……
エリスとの口裏合わせで聞いた事と、ほとんど変わりない。だが、彼女によるとレイカやさより達は過去に起こった事件について気になり始めたお年頃。大半の情報を封鎖しているが、今まではぐらかしたツケがまわってきたらしい。自分で調べる力がついてきた彼女達が真実を知る日はそう遠くはないそうだ。過去の詳細をさよりとレイカに話すかどうか、アクアとエリスの間でも意見が別れている。
俺自身は話してもいいと思っている。後からボロが出て関係が拗れるよりかは、ここで真実を話した方が良いと思うからだ。それに、本当の事を全て話さなくてもいい。必要な事だけを話せばいいのだ。
俺はコーヒーを飲んで、一息つく。そして、ホットサンドをぱくぱく食べている二人にゆっくりと話しかけた。
「まぁ、結論から先に言う。ゆんゆんはもうこの世にいない」
「そんな……」
「へぇ……」
「知っての通り、アンデッドとなって居場所を追われていたのはゆんゆんだ。俺が今になって帰って来たのは彼女が本当の意味での死を迎えたからだ。悪い言い方をすれば、俺は色々と自由になっちまったんだよ」
さよりはしょんぼりとした表情で顔を伏せ、レイカは無表情でストローに口をつけてじゅるじゅると飲み物を飲む。俺はというと、今の状況を再認識して胸が痛くなった。
「つまり、おっさんはゆんゆんさんが死んだから、過去の女であるお母さんの元へ転がり込んだんだね?」
「う゛っ……! 状況的にはそうだが、これに関しては複雑な事情ってのがあるんだ。それに、エリスは過去の女じゃない。彼女は何というか……その……心の支えというか……」
「お父さん最低……」
「さ、さより!?」
レイカだけではなく、さよりまでもが俺に絶対零度の視線を送ってくる。胃がキリキリと痛むし、そう思われるのは当然だが、ここで躊躇っては修復不可能な溝が出来てしまう。頭をぐるぐると悩ませた結果、彼女達の興味を引きやすい話をする事にした。
「いいかお前ら……俺とゆんゆん、エリス、ついでにアクア、めぐみん、ダクネスとの間はそれはもうドロドロとした関係だったんだ。俺とお母さん達との“恋愛事情”って奴を聞きたくないか?」
半ばヤケクソに言った事なのだが、レイカとさよりは体をピクリと反応させた。そして、どことなくソワソワしながら、少しだけ席をこちらへ寄せてきた。
「お母さんの恋愛事情は正直言って気になる……それにアクアお姉ちゃん達までもおっさんにゾッコンなのは見ていて嫌になるくらい見せつけられたからね。し、しかも朝から……!」
「お母さんとアクアお姉ちゃん達はあまり語らないけど……私の産みのお母さん……ゆんゆんって人が恋愛的な意味で凄い人だったというのは伺っています。うん……凄く気になる……」
興味津々と言った様子の彼女達を見て、やはり思春期の女の子なんだなと実感する。恋愛に興味を持ち始めるお年頃という事だろう。俺自身は親の馴れ初めなんて生々しくて聞きたくないが、それは男と女の違いという奴かもしれない。とりあえず、興味をこっちに移せたのなら万々歳だ。
「よし、それじゃあ俺とお母さん達との話をする前に確認だ。お前ら学校とかで性教育は受けたか?」
「ま、またセクハラですか!?」
「っ……!」
「なるほど、言わなくても分かった。ともかく、ちょっぴりそういう話もあるから覚悟しておけ」
二人はグビリと固唾をのみ込み、コクコクと頷く。とてつもなく恥ずかしいが、もう彼女達からは逃げられない。昔を思い返しながら、俺はぽつぽつと語り始めた。
「お父さんは昔冒険者でな、アクア、めぐみん、ダクネスとパーティを組んで一緒に暮らしてた。彼女達と世界の危機とやらを救い、お金もたんまり。イケメンで気遣いが出来る俺はアクア、めぐみん、ダクネスから好意を寄せられていた。俺自身も結婚するならあの3人……うん……3人の誰かとだと思ってたなぁ……」
「イケメン……まぁ、そこは突っ込まないであげる。でも、お母さんも一緒に暮らしてたんじゃないの?」
「エリスはその時はまだ天界にいたぞ? まぁ、エリスとの付き合いもアクア達と同じくらいはあったよ。彼女は何というか正に女神って感じで俺の憧れの女性だった。昔から交流はあったけど、彼女との関係が深くなるのはもっと後だ」
「でも、お母さんが私達におっさんとの惚気話を話してくれた時、最終的には頭が痛くなるような話ばかりしてたよ? ずっと一緒に暮らしてないと気付きそうにないようなおっさんの趣味とか嗜好とか……」
「アイツは俺への好意を自覚してからはストーカーになってたらしいからな。正直言って、エリスは俺より俺の事について詳しいぞ」
ストーカーという言葉を聞いてピキリと体を固まらせる二人だが、彼女達は何やらヒソヒソと話し始めた。何やら思い当たる点でもあるらしい。というか、エリスは二人に一体どんな惚気話をしていたんだろうか……
「ともかく、俺とアクア達の関係は恋人以上、嫁さん未満だったな。それでも、肉体関係はなかった。まぁ、長い間一緒にいたから逆にそういう関係になるのを躊躇していたんだよ。そんなじれったい関係の時にさよりの母さん……ゆんゆんが登場したわけだ」
「ほほぅ……!」
「あぅ……」
顔を赤くしながら、彼女達はよりいっそう俺に席を近づける。とんだマセガキどもだが、何だか俺も気分が良くなってきた。まぁ、女関係は男の武勇伝のようなものだ。見ず知らずの女なら俺を蹴とばすほどウザイ話でも、彼女達には身近で気になる話らしい。
「ゆんゆんはレイカなら分かると思うが、今のさよりをそのまま成長させたような性格……うーん……性質だったんだ。詳細は割愛するが、俺がナンパみたいな事をしたらすぐ落ちた。彼女にとって、俺みたいな一緒に遊んでくれる奴は貴重だったらしい。そんでもって、スタイル抜群で超かわいいゆんゆんに俺は手をだした。男を知らない彼女はそのまま俺にズブズブに依存してなぁ……」
「ええ……」
「レイカちゃん、私ってお母さんと似てる性格だったそうですよ!」
「お姉ちゃん、そこは喜ぶ所じゃないよ! 心配、あたしもっと心配になってきたよ!」
レイカは喜ぶさよりの胸倉を掴んでグラグラ揺らす。やはり、さよりはゆんゆんの血を引いているなと、とある部分を見つめて謎の実感を得る。まぁ、今思い返しても昔の自分はヒドイ。当時は若かったという奴だ。
「それで、俺とゆんゆんは二人で毎日のようにデートしてた。ちなみに、この喫茶店は彼女との待ち合わせスポットだった。それから冒険したり、お互いの家で遊んだり、宿屋でイケナイ事したり……遊び気分だった俺も、彼女を本気で意識するようになったんだ。そんな時に俺は指輪をプレゼントした。今、さよりが持ってる奴だな」
「お父さんの贈り物……お母さんは喜んでました?」
「そりゃな。ずっと大切にしてくれていたからこそ、今もさよりが持っているんだ。今思えば、一昨日指輪が見つけられたのも、俺に見つけて欲しかったから……もしくはお前達と俺を会わせるためにゆんゆんが働きかけてくれたのかもな」
「おっさんがポエミーな事言ってる……」
さよりは嬉しそうに指輪を撫で、レイカは俺にジト目を向けてくる。あの指輪はキーアイテムだったと自分自身思う。ゆんゆんがあの指輪を撫でたり、見つめたりしながら笑顔を浮かべていたのは何度も見た光景だ。結婚というものを意識し始めた時、彼女のそのような様子は俺の意志を固める遠因となった事は間違いない。
「そうしてゆんゆんとの絆を深めて、俺は彼女と結婚する事を決めた。アイツも泣きながら喜んでくれてなぁ……でも、俺がゆんゆんとの関係をアクア達に秘密にしていたせいでこの後ヒドイ目に会った。そもそも、ゆんゆんはめぐみんの親友なんだ。めぐみん達にとっては、俺を親友に奪われたわけで……めぐみん含めてあの3人は精神的に病んでしまってな。ここから女同士のドロドロな戦いが始まったんだ。いやぁ、モテる男はツライね」
「滅茶苦茶ムカつくけど、おっさんから嘘の気配がしない……やっぱり聞くべきじゃなかった……! アクアお姉ちゃんが恋心で病むなんて……!」
「めぐみんさんも、ダクネスさんも……何だか気分が高揚します……!」
なんだかんだ言いながらも、二人は興味津々で俺の話を聞いていた。レイカですらも、目を輝かせている。親の馴れ初め話でこんなに興奮するなんて、少し意外だ。良くも悪くも、俺との関係性が薄いから楽しめているのだろうか。
「そして、俺が好きすぎて病んだアクア、めぐみん、ダクネスがついにとんでもない事をしでかしたんだ」
俺の言葉を二人は身を乗り出しながら待つ。心なしか、喫茶店全体がシーンとした気がした。改めて周囲を見渡すと、他の客もこちらをジッと見つめている。しかも、今まで気付かなかったが、俺の背後に顔を赤くして息を荒げるウェイトレスさんの姿があった。
「という事で続きは店を出てからだな」
「ちょっとお客さん! 物凄く良い所で止めないでくださいよ! なんですか!? とんでもない事ってなんですか!?」
「部外者が首つっこんでくんな! お前ら逃げるぞ! “フラッシュ!”」
店中から、悲鳴が上がるが盗み聞きしていた仕返しだ。俺は娘達の手を引いて、喫茶店を抜け出す。冒険者や、警官っぽい奴らが追ってきたが潜伏を駆使して逃走に成功した。そのまま、一応次の目的地としていたアクセル近郊の川へと向かう。そして、整備された堤防へと腰を下ろした。娘達は、そんな俺の両脇に躊躇なく腰を下ろす。あの話の続きが余程気になるらしい。
「おっさん、その後どうなったの? まさか三人でゆんゆんさんに怒りの宣戦布告!? それとも、三人でお……おそっちゃうとか……!」
「レイカちゃん、それじゃあ甘いと思う。アクアお姉ちゃん達は必死なんですよ? ゆんゆんお母さんの暗殺とか、お父さんを社会的に抹殺して自分達以外に頼れる存在を無くすとか……」
「お、お姉ちゃん……?」
目を紅く光らせて、ぶつぶつ呟きながら手帳に何かを書き込むさよりを、レイカはドン引きしながら見守る。どうやら、さよりは俺とゆんゆんのダメな部分を遺伝してしまったらしい。というか、子供の性格は環境や教育で変わるものだ。ぼっちとかは遺伝するようなものではないと思うのだが……
「さより、お前の予想は少しだけ合ってる。俺はあの三人に社会的に抹殺された後、屋敷の地下に監禁された。もちろん、ゆんゆんとは離れ離れになったし、監禁中に俺はすんごい事をされた。天国のような地獄だったな」
「すんごいこと……」
「監禁……そういうのもあるんですね」
顔を赤くする二人に内心、楽しんでいる自分がいる。ダメだ。実の娘にセクハラして楽しいと思うなんて父親失格だ。エリスにチクられたら、いくら俺でも絶縁されると思う。まぁ、娘達は本気で嫌がっているわけではないので、今はまだ大丈夫だろう。
「その後の話は大幅に割愛する。俺はアクアの協力とエリスの精神的な支え、外部からの支援で監禁から脱出。その後、ゆんゆんはめぐみん達と修羅場ってなんやかんやあって仲直り、俺とゆんゆんは結婚してさよりを授かる。だいたいそんな感じだ」
「おっさん、そのなんやかんやが知りたいんだけど……それにやっぱり信じられない話かな。アクアお姉ちゃん達は優しいし、小さいころからお世話になってるし……」
「俺は事実を言ったまでだ。詳細が聞きたいなら、本人に聞け。というわけでカモーン!」
俺が軽く指を鳴らすと、目の前に光柱が出現。そこから、大荷物を持っためぐみんが現れた。元々、荷物を届けるように手配しておいたのである。
「まったく、天使である私を宅配に使うなんて、カズマもいい御身分ですね」
「今日くらいは勘弁してくれ。それと、アイツらの相手を頼むぞ」
「別にそれは構いませんけど……今日はカズマの……」
「めぐみんお姉ちゃん、おっさん監禁したって本当!?」
「ほわぁっ!? ま、まさかアレをレイカ達に話したのですか!? こ、こら! 放しなさいレイカ! 私は今から天使のお茶会があるんです!」
娘達にはりつかれて質問攻めに合っているめぐみんを放置して、荷物から釣り具を取り出して準備をする。借金まみれの時は食糧確保の手段としてやっていた釣りだが、生活が安定してからは娯楽の一つとなっていた。
釣り糸を垂らし、風と日の光を浴びながらほのぼのとした時間を過ごす。そして、隣にはいつの間にかさよりが腰かけていた。俺は釣り竿を彼女に渡し、もう一つ竿の準備をした。
「どうした、めぐみんに詳細を聞かなくていいのか?」
「レイカちゃんが質問責めしてるので私が入るスキがありません。それより、話の続きをお願いできますか?」
「続きも何も、そこからはお前が生まれて幸せな生活を過ごしたさ。でも、ある日それは突然終わる。あの事件については暗い話だから少し間をおく。今は休憩タイムだ……俺より多く魚を釣ったら頭撫でながら褒めてやる」
「が、頑張ります!」
意気揚々と仕掛けを川に投げ、勢い余って釣り竿ごとぶんなげて慌てふためくさよりを見てほっこりする。結構、俺に懐いてくれているのだろうか。流石ゆんゆんとの娘……ちょろいちょろい……
それからは、さよりに釣りのコツを教えていく。物覚えのはやい彼女は早速魚を釣り上げて無邪気な笑顔を俺に見せてくれた。横目でレイカを見てみると、なんだか真っ白になっているめぐみんの体を揺すっていた。あの様子だと、めぐみんは洗いざらい吐かされたのだろう。
「そういえば、さよりは自分の名前が魚と関係あるって知っていたか?」
「ええ……やっぱりあのサヨリって魚と関係あるんですか?」
「まあな、紅魔族に文句を言われない上に女の子っぽくて語感が良いってのが大半の理由だが、名前の意味も考えてある。さっきも言ったが、お前の母親であるゆんゆんは友達を上手くつくれない奴でな。そんで、サヨリって魚は美しい体躯の上に岸辺に仲間同士で寄り集まる習性を持っている。将来はいっぱい友達を作れるような子に育って欲しいって思って名付けたんだ」
「そうなんですか。そんな意味が……」
さよりは感心したように小さく頷く。これを聞いたゆんゆんは一度納得してくれた。でも、余計な事を言ったせいで昔は喧嘩になったのである。そんな事も、今となっては懐かしかった
「ただ、サヨリって魚は美しい外見だけど腹膜は真っ黒なんだ。だから別名、ハラグロって呼ばれる魚なんだよ……って冗談で言ったらゆんゆんと大喧嘩になってな。アイツの両親が賛成しちゃったぶん、それはもう凄い怒りようで……」
「…………」
だまりこくる彼女を見て、俺はまずったと心の中で叫ぶ。同じ過ちを二度繰り返してしまったのだ。ビクビクとしていた俺なのだが、さよりは嬉しそうにクスクスと笑い出した。
「なるほど、名は体を表すっていいますもんね……くふっ……!」
「さ、さより……?」
なんだか、背筋にうすら寒いものを感じながら、クスクスと笑う彼女の事を見守り続けた。その後は、めぐみんから尋問を終えたレイカも合流し、一緒にほのぼの釣りタイムを楽しむ。そして、夕日が顔を覗かせた頃、釣りを切り上げる事にした。数釣りが期待できる小物釣りとだけあって、さより、レイカ共に釣果は大量だ。嬉しそうに姉妹で、釣果を自慢しあう娘達を見て、俺は再び癒される。もちろん、さよりの頭は撫でさせて貰った。
それから、俺達は最後の目的地へとテレポートで向かう。周囲の光景が薄暗い石壁に変わった事で、彼女達は不安そうな表情をしていた。俺はそんな娘達を先導しつつ、馴染み深いダンジョンの道を進んだ。
「さて、ここからは話の続きだ。俺はゆんゆんと結婚してさよりを授かる。無事産まれて幸せな生活を送っていたよ。でも、ある日ゆんゆんが散歩中に脱獄した犯罪者に殺された上に、さよりをそいつらに誘拐されたんだ。ゆんゆんはさよりを犯罪者から取り返すためにその場でリッチーになって復活。だから、彼女がアンデッド化したのは事故じゃない。さよりを救いたい故の行動だったんだ」
静かに耳を傾けていた娘達も暗い雰囲気になる。今思い返しても、あの一連の事件について考えると憂鬱になる。だが、過去を変える事はできない。これも一つの事実として受け入れるしかないのだ。
「そして、ゆんゆんは犯罪者のアジトに突入したが、そこでモンスターの餌食になった犯罪者と当時飼っていた“じゃりめ”っていうペットの死体を発見する。しかも、さよりの姿がそこにいなかったせいか、アイツは娘が死んだっていう悲しい勘違いをした。彼女の報告を受けた俺やエリスもそれを事実として受け取った。状況的に、生きているとは考えられなかったからな……」
「お父さん、それじゃあ私はどうやって助かったの……?」
「犯罪者を襲った犬型モンスターがお前を巣まで持ち帰って育ててたそうだ」
「ええっ!? そんな……私が犬好きなのはそのせいなのかな……」
「驚く所そこかよ!」
何やら自分自身で妙な納得をしている娘に逆に驚かされる。本当に、この子は色んな意味で心配だ。ここは口をあんぐりと開けて驚くレイカを見習って欲しい。
そんなこんなで、俺の思い出語りも佳境に差し掛かる。ここからはある程度の嘘も入れていく。知らなくていい真実も、確かに存在するのだ。
「そんな中でも、エリスはさよりを諦めていなかった。何せ、天界にはお前の魂が来なかったらしいからな。そして、意気消沈して壊れる寸前だった俺の心の支えになってくれてな。一緒にさよりの捜索だってしてくれた。だから俺はそんなエリスが……その……な……?」
「うわ……最低……」
「お父さん……」
再び浴びる絶対零度の視線にダメージを受けながら、ダンジョンを進む。少しだけ俺との距離をとった娘達の姿に心がめげそうになるが、仕方がない事だ。全部、俺が悪いのだから。
「ゆんゆんはさよりを失って精神を病んでな。おまけに、アンデッドを快く思わない人達に居場所を追われた。だから、俺は彼女と一緒に逃げた。せめてゆんゆんだけでも幸せにしたかったんだ。その時の俺はさよりの事を死んだと諦めていたし、レイカの存在は知らなかったからな……」
「ええ……もしかしてあたしって不義の子……」
「ま、まぁ状況はそうだが、お前はエリスに望まれて生まれてきた子だ。でも、エリスは妊娠した事を俺に話さなかった。お前の存在を知っていたら、俺はゆんゆんと逃げるなんて選択をしなかったと思う。それを知っているからこそ、彼女はお前の事を内緒にしたんだ」
押し黙るレイカは複雑そうな顔をしていた。自分の出自を知って、内心ショックなのかもしれない。後でエリスと一緒にケアしていく事を心に決めた。
「そして、ゆんゆんと一緒に俗世を逃れた俺は、女神ですら発見不可能な地下にもぐって彼女と少し退廃的だけど、幸せな生活を過ごしていた。精神を病んだゆんゆんも、心を持ち直し最終的に笑って幸せだと言ってくれるようになった。そんなゆんゆんと気慰みに作ったのが今歩いてるダンジョンだ」
顔を俯けていた娘達が、途端に周囲をキョロキョロと見始める。そんな彼女達の期待に応えるように7階層を守るストーンゴーレム達を俺の目線だけで動かしてみせる。ゆんゆんが居なくなっても稼働し続けるコイツらの姿はなんだか感慨深かった。
「ゆんゆんは俺との生活で心を取り戻した。でも、それで満足しちまったんだ。さよりもレイカの存在も知らないアイツは、自分が居なくなる事で俺が自由になれると考えた。だから、自らの体を浄化してこの世を去ったんだ。言っておくが、あれは自殺なんかじゃない。自ら望んだ尊厳死という奴だ。アイツは最後まで笑っていたし、さよりの事を思っていたよ……」
自然と俺の力が抜けていく。そんな俺をレイカとさよりが横から支えてくれた。その事がとても嬉しかった。そして、こんなに良い子に育ってくれた娘達をゆんゆんに会わせられなかった事が残念で仕方がなかった。
「俺はゆんゆんを看取ってしばらく経った後、久しぶりに地上に出た。そこで、エリスと再会したんだ。さよりの生存と、レイカの存在を知った時、混乱しながらも内心は喜びでいっぱいだったし、彼女から一緒に暮らさないかと言われた時は嬉しくてたまらなかった。ゆんゆんの遺言は“家族の幸せを貴方に感じて欲しい”っていう妙なものでな。だから、彼女の励ましもあってこうしてお前たちに臆せず会う事に決めたんだ」
娘達は俺の顔をじっとのぞき込んでくる。そんな彼女達に俺は頭をさげた。もう、恥も外聞もない。遅すぎたとしても、彼女達の父親になりたかった。
「こんな俺だけど家族として受け入れてくれないか?」
さよりは、微笑みながらコクリと頷いてくれた。レイカは相変わらずそっぽを向いているが、俺の手を励ますように握ってくれた。その姿に俺は目頭を熱くする。どうやら、年をとったせいで涙もろくなったらしい。それに、何だか肩の荷が下りた気がした。
「これで話は終わりだ。また何かあったら聞いてくれ。喜んで長話してやる。後、今から最近まで俺とゆんゆんと一緒に暮らしていた奴に会いに行く。そいつに夕食たかるついでにゆんゆんの話でも聞いてやってくれ。多分、面白い話をいっぱい聞けるぞ。という事で少し、ここで待っててくれ。奴と話をつけてくる」
そう娘達に言い残して、俺はラニアの部屋へと入る。そこには、お鍋を頭にかぶり、おたまを装備してガクブル震える吸血鬼がいた。彼女は俺の姿を見て泣きながら駆け寄って来た。
「カ、カズマ君どうしよう! なんだか、物凄く神聖な気配を漂わせた何かと膨大な魔力を持った何かがすぐそこにいるの! それに、ゆんゆんはどうなったの!? もしかして、外の奴に……!」
「落ち着けアホ、外にいるのは俺とゆんゆんの娘と、俺と女神エリスの子供だ。お前に危害は加えないから安心しろ」
「ほぁっ!? 女神エリスと君の子供……!? それにゆんゆんの子供は……」
極度の混乱状態の彼女を落ち着かせ、事情を大まかに話す。彼女はゆんゆんの死に泣きながらも、俺との口裏合わせに付き合ってくれた。どうやら、彼女もゆんゆんの死は覚悟していた事らしい。せめて、アイツの話を娘に聞かせて欲しいという俺のお願いを、彼女は快く受け入れてくれた。
「あたしみたいな化け物の最後は皆悲惨なものなんだよ。ゆんゆんが笑って死ねたなら、あたしはそれを祝福する。本当に彼女が羨ましいよ……」
そんな事をポツリと言う彼女の表情はとても印象深かった。
そして、俺はラニアを伴って娘の元へ行く。そこには、ふしゃーっと威嚇するレイカと、杖を持って身構えるさよりがいた。
「落ち着けお前ら、コイツはヴァンパイアだが決して悪い奴じゃない。それに、ゆんゆんの友達だ。よくしてやってくれ」
「ど、どもーラニアです! あたし、悪いヴァンパイアじゃないよ! だからそこの銀髪のお嬢さん! どうか、その呪文はやめ…ひゃああああああああっ!?」
「こ、こらレイカ! さより、一緒に取り押さえるぞ!」
ヴァンパイアを前に暴走するレイカを、さよりと共に取り押さえる。こうして、割と最悪な出会いと言えるものであったのだが、半刻が経過した今ではラニアと娘達は何やら楽しそうに会話していた。流石、ゆんゆんと自然に友達になった女である。案外、コミュ力が高いのかもしれない。そんな彼女と娘達が会話する様子が、ゆんゆんとかぶって見えた。
「いやーさよりちゃんは本当にゆんゆんそっくりだねぇ~」
「ほ、本当ですか? あまり実感が湧かないのですが……」
「顔が可愛い系じゃなくて、綺麗系なところはちょっと違うけど、雰囲気はゆんゆんそっくりだよ! なんだか虐めたくなっちゃう!」
「は? お姉ちゃんを虐めたら冥府に送って差し上げますよ」
「す、すいませんレイカお嬢様! 今のは冗談です! いたっ!? なんで髪引っ張るの!? いたたたっ! すいませんすいません!」
俺が入るスキがない彼女達の様子を見て、少しだけ嫉妬する。また、俺とゆんゆんの爛れた地下生活をラニアからの視点で聞くのはとても恥ずかしい事だった。それでも、悪い気はしない。ゆんゆんと過ごすここでの生活は俺にとっても幸せといえる暮らしだったからだ。こうして、ゆっくりとした夕食の時間も過ぎていく。そんなこんなでそろそろ帰る時間だ。
帰宅をラニアに告げると、彼女は少し待って欲しいと言ってから、部屋に引っ込み、ゴチャゴチャとしたものを持ってきた。
「それじゃあ、帰る前にあたしからはプレゼントをあげよう! はい、まずはさよりちゃん!」
「これは……サボテンと多肉植物ですか……?」
「そうだよ。このサボテンはゆんゆんが一番大切に育てていた植物なんだ。貴方に育てて貰えば、ゆんゆんもこの子も喜ぶはずだよ。多肉はあたしからのプレゼントだよ!」
「そうなんですか……ありがとうございます……大切に育てます……!」
少し涙ぐみながら、さよりが鉢を受け取る。あの植物群は俺にとっても見覚えあるものだ。さよりが育ててくれるなら、ゆんゆんも本当に喜んでくれるはずだ。
「そして、レイカ様はこのクリスという花の鉢をお受け取りください!」
「あっ……それは……」
「貴方様の瞳の色によく似た美しい花でしょう? さよりちゃんと一緒に育てて見てね? 植物はいい……いいぞぉ……!」
「ま、まぁ頂いておくわ……ありがと……」
「へへぇ……! 喜んで頂けたなら幸いです!」
へこへことへりくだるラニアから鉢を受け取った鉢をレイカは嬉しそうに受け取る。そういえば、あの花はエリスのお気に入りでもあったはずだ。そうか……エリスのお気に入りか……
「そして、これはカズマ君にあげよう!」
「これは……愛のポエム集……お前のなんかいらねえぞ……」
「違うよ。これはゆんゆんが書いた奴だよ。あたしの趣味に付き合って書いてくれた奴をまとめておいたんだ。ほんと、愛されてるねぇ~」
彼女から受け取った本を、俺は少し開く。そして、すぐさま閉じてカバンへ放り込んだ。なんというか、恥ずかしい内容だった。思わず、顔が赤くなる俺を、三人はニヤニヤしながら見ていた。まぁ、悪い気分ではない。
「それじゃあ俺達は帰る。またな、ラニア」
「うん、バイバイ! いつ帰ってきてもいいからね。ここはキミとゆんゆんのダンジョンなんだから……」
小さく手を振るラニアに三人で別れを告げ、脱出ポイントからテレポートで屋敷まで帰る。月明りが夜を照らす中、屋敷のカーテンから漏れる光を見てひどく安心する。帰ってきた。そういう思いで胸がいっぱいになった。
そんな時、レイカがさよりに小さく耳打ちした。さよりは、コクリと頷いて一足早く屋敷へと帰る。そして、レイカは俺に一歩足を近づけた。
「サトウカズマさん、私と二人でお話しませんか?」
「喜んで」
もちろん、断るわけがなかった。そして、彼女と共に、庭に設置されたベンチへと腰を下ろす。少し肌寒い夜風が心地良かった。
「まず一つ、謝罪いたします。今日、貴方に生意気な態度をとり続けてごめんなさい。嫌でしたよね……」
「そんな事はない。あれは当たり前の反応だろ」
「いいえ、私自身は貴方を好ましく思っております。まだ、女神修行中で審美眼も未熟な私ですが、貴方が良い人だという事は分かっております。それに、自分を偽らず、真摯に私達と向き合ってくれた。貴方が私達とお母さんを思う気持ち……言わずとも感じ取れました」
クスリと笑いながら、そんな事を言うレイカに素直に驚く。まさかの、好感触だったらしい。彼女については、エリスと一緒にゆっくり打ち解けようと思っていた。あの生意気な態度の裏でそのように思っていてくれたのなら、なんだか余計に可愛く見えてきた。
「私が真っ先に貴方を受け入れたら、きっとお姉ちゃんは何も言えなくなってしまいます。だから、私は反抗的な態度をとってお姉ちゃんの味方をする事にしました。まさか、あんなにも早く陥落するとは思いませんでしたけどね……」
「そりゃあ、アイツはゆんゆん似だからな。ちょろいちょろい。可愛いし、俺にとっては嬉しい事だけど、やっぱり心配だな」
「ええ、本当に心配です。お母さんに、あの子に寄ってくる人間を見て審美眼を鍛え、人間というものについて学べと指示されるほど、お姉ちゃんには悪意ある人間がホイホイ寄ってくるんです。本当にもう……」
額を手で押さえてうつむくレイカと共に、俺も溜息をつく。どうか、俺みたいな男に引っかからないで欲しい。娘という立場だと、ゆんゆんより防ぐのが大変なのだ。本当に、レイカがいてくれて良かった。きっと、ゆんゆんにおけるめぐみん枠なのだろう。
「お姉ちゃんは学校では学年1位の成績と、魔法の腕でみんなの憧れなんです。でも、いまだに友達が出来なくて……」
「おおう……まさかイジメとかは受けてないよな……」
「一時期、やっかみで陰湿な事をした子がいるんですけど、お姉ちゃんは穏やかそうに見えてやられたらやり返すタイプの人なんです。口で言うのも憚られるような物凄く陰湿な手段で仕返しして、その子を大泣きさせた事もあるんです。それ以降、お姉ちゃんにそういう事をしようとする人はいませんよ。憧れでもありますけど、怖がられてもいますから。一部では鬼畜のさよりと噂されて……」
「そ、それは聞きたくなかった情報だな……」
やっぱり、おかしい。性質は遺伝しないはずなんだが、俺とゆんゆんの子だと考えるとなんだか妙に納得出来てしまう。レイカにも変な遺伝が為されていないか少しだけ心配になって来た。
「おっと、話が逸れてしまいましたね。とにかく、私は貴方を受け入れます。でも、その前に条件があります。貴方がつけている指輪を母のいる所では外してもらえませんか?」
「それは……理由を聞いてもいいか?」
「ええ、私がとても失礼な事を言っているのは承知しています。ですが、私は母の味方です。母はお姉ちゃんが首から下げている指輪を、時節羨ましそうに見ていました。そして、今、貴方がつけている指輪も……貴方と再会してからの母はずっと嬉しそうな様子でした。だからこそ、母と一緒になるなら、ゆんゆんさんと同じくらい……いえ、それ以上に愛してください!」
必死な様子のレイカに俺はたじろぐ。俺すら存在を忘れかけていた指輪をそこまで意識する事はなかった。だが、指輪というものに女性が持つ思いの強さは知っている。ゆんゆんだけしか経験はないのだけれど……
「レイカ、悪いがこれはまだ外せない。でも、いつか向き合わなくちゃいけない事だろうな」
「…………」
「納得はしなくていいが、受け入れてくれ。でも、俺もお前のおかげで重要な事に気付けた」
俺は指輪を外す代わりのアイデアとして、一つの方法を示す。それを、彼女は苦笑しながら受け入れてくれた。
「お母さんを泣かせたら、許しませんからね……」
「分かってるよ」
「ふんっ……」
少しだけ、生意気な雰囲気が出てきた。女神としてのレイカと、昼間のようなレイカ、どっちが本物なのか少し困惑していたが、これで理解できた。どっちも、本当のレイカなのだろう。
「それじゃあ、最後のお願いです。私の頭を撫でてはくれませんか?」
「はぁ? お前はいいのか……?」
「ええ、実は少しお姉ちゃんが羨ましかったんです」
顔を真っ赤にしながら、素直に頭をこちらへ近づける彼女にそっと手を伸ばす。くしゃりと触れる柔らかな銀髪はなんだかとても手に馴染む。レイカは静かに目を瞑りながら手を受け入れてくれる。そして、手を放すと彼女は心からの微笑みを俺に向けてくれた。
「今後もよろしくお願いしますね。お父さん」
俺は夜空を見上げながら彼女の言葉に答えた。
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そろそろお風呂に入ろうか。そんな事を考え始めた時、さよりが家に帰って来た。彼女は機嫌良さそうに植物の鉢をテーブルの上に置くと、ソファーで惰眠を貪っていた私の元へ笑顔でやってくる。どうやら、カズマさんは上手くやってくれたようだ。
「さより、どうだった?」
「楽しかったです。それに、いっぱい色んな話が聞けました……」
「ふふっ、良かったわね」
さよりは私の隣へと腰を下ろす。それから、彼女は今日聞いた事をさらっと話してくれた。その内容に思わず赤面する。カズマさんは少し赤裸々に話しすぎだ。それでも、娘が喜んでくれるなら嬉しいものだ。
「お母さん、私、ゆんゆんっていうお母さんの事を聞いてとても悲しかった……」
「ええ……」
「でも、同時に嬉しくもあったの」
「え?」
自分が言うのもなんだが、それはどうかと思う。彼女には悲しんで欲しかった。それが、人間としての普通の反応だからだ。
「別に変な意味じゃないの。私は、お父さんとゆんゆんって言う産みのお母さんに捨てられたと思ってた。お母さんやアクアお姉ちゃんが違うっていっても心の中でそう思ってた。でも、お父さん本人から事情を聞いてやっと理解できた。私は本当に捨てられてなんかいなかった。それが嬉しかったの……」
「あっ、だから嬉しいのですね」
「うん、そういう事なの。でも、もう一つ嬉しかったのはこれで私も本当に家族になれたって気がしたの」
さよりは、首から下げていた指輪を外してポケットに入れる。私はそんな彼女の事をじっと見守った。何やらスッキリした様子の彼女を見て、何か心の変化があったのだろうと私は自然と察した。
「私はお母さんやレイカちゃんみたいに銀髪でもないし、目が紫色じゃない。それに、胸だってお母さんみたいに小さくないし……」
「さ、さより!? 今のは嫌味ですか!? 胸が小さいお母さんへの当てつけなんですか!?」
「ち、違うから落ち着いて。私はお母さんの実の子じゃないって言われた時、とてもショックだったって事が言いたいの」
「それは……でも、やはり事実は言うべきだと私は思ったんです。それに、ゆんゆんさんは貴方をとても愛していましたからね。彼女の存在は貴方に伝えたかった。でも、今のさよりのお母さんは私なんですからね?」
私の言葉を聞いて、彼女はクスクスと笑う。思わず、ぷるぷると震える胸部に目がいってしまうが、さよりは私の子だ。決して羨ましいとか思っていない。うん……お母さんにも分けて欲しいな……
「ゆんゆんお母さんには感謝してる。私を産んでくれたし、とっても私の事を愛してくれていたみたい。お父さんも、ラニアって人もそう言ってた」
「ええ……私もゆんゆんさんを見ていましたから……」
さよりとゆんゆんさんを引き離した事。それは私の永遠の罪過だ。当時はそんな思いはなかったが、今は私の中にその認識がある。私とゆんゆんさん、さより、レイカ、カズマさんが一緒に笑い合える世界もあるのではないかと……
「お母さん、顔をあげて? 言いたい事があるの」
「なんですか……?」
顔をあげた私に、さよりは抱き着いてくる。昔は私の胸の下にあった頭の位置が、今では私の顔の前。実は、身長をつい最近越されてしまったのだ。その事が悲しくもあり、嬉しい事でもあった。本当にもう……こんなに胸を大きくさせて……
「私のお母さんは、お母さんだからね」
何だか、涙が止まらない。
でも、一つだけ分かる事がある。
さよりは私の子供だ。
さよりとお風呂に入った私は牛乳を一気に飲む。そして、娘のおっぱいの前で祈りながらカズマさんとレイカの居場所を聞いた。なんでも、まだ外で喋っているらしい。明日は学校だからもう寝るというさよりにお休みを言って、私は窓から庭を眺める。そこには、楽しそうに会話をしている親子の姿があった。どうやら、私に入るスキはないらしい。
良い気分でリビングに戻ると、そこにはアクア先輩の姿があった。それを見て、私は顔を引き締める。彼女には話すべき事があるからだ。
「アクア先輩、短刀直入に申し上げます、ゆんゆんさんの魂を渡してください」
「それは無理ね」
「何故ですか? まさか、何か企んでいるのですか?」
「違うわよ。私だって知らないの。彼女の魂は私が“消した”。消したものがどこにいくかなんて、私は知らないわ」
「アクア先輩……?」
まさかと思って私はアクア先輩の瞳をじっくりと見る。しかし、彼女の目は濁っておらず、強い意志がこもっていた。私は少しだけ安堵する。どうやら、私に隠れて何かしようというわけではないようだ。
「では、何故そんな事を?」
「簡単な事よ。ゆんゆんがいると、めぐみんもダクネスも壊れちゃう。あの子達のあんな姿はもう見たくない。もちろん、私だってカズマと離れたくない。多くの憂いと問題を産む彼女はもういらないの」
「そうですか。でも、それだけではないのでしょう?」
私がアクア先輩にそう問いかけると、彼女はバツが悪そうにそっぽを向いた。私はやっぱりそうなんだと内心安堵する。彼女がそのような思いだけで動くはずはない。アクア先輩は私の大嫌いだけど、大好きな先輩女神だからだ。
「ゆんゆんはこのまま魂の浄化の時をしばらく過ごすわ。それが終わって転生したとしても、それはカズマの愛したゆんゆんじゃない。姿形も違うだろうし、性別だって違うかも……それでも、いつになるか分からないけど、カズマと再会できる可能性はある」
「ええ……そうですね……」
「でも、そこで目にするのは魂レベルで絆を深めたアンタとカズマよ。今のカズマの気持ちがどう傾いてるかなんて、契約者であるアンタなら分かるでしょう?」
「…………」
それについては黙秘させて頂く。それでも、契約はカズマさんの心に迷いがあるのなら結ぶことはできない。だからこそ、嬉しかったのだ。彼が私と契約した事が……
「でも、それは100歩譲って許せる。問題は、さよりちゃんよ。あの子はアンタを母親だと心から思っている。それはどう抗おうと変える事ができない。そんな娘の姿をゆんゆんに見せるなんてしたくない。そんなのあんまりよ……」
「…………」
「ゆんゆんの魂の浄化を終えた時には、おそらくさよりちゃんが人間でいた場合はもう天寿を全うしてる。そして、天国に行けば、自分より人生経験を積み、エリスを母と慕う娘が待ってる。安らかに死んだあの子を私はもう苦しませたくないの……」
アクア先輩の目には大粒の涙が溜まっている。やっぱり、アクア先輩は慈悲深い人だ。追い打ちをしようとしていた私が随分と浅ましく思える。本当に、私は女神失格だ。
「この世界から消えてもらうのが、あの子にとっての安寧よ。それでも、彼女の思いに、私の思いも込めて送り届けた。もしかしたら、彼女の願いがどこかで叶うかもしれない……そう信じてるわ……」
グスグスと泣き始めた彼女の背中を私は撫でる。彼女に重荷を背負わせた事は心苦しいが、やっぱり私は良い判断をしたと思う。彼女が味方でいてくれて本当に良かった。それが、今回の私の作戦の妥協点。
絶対に勝てない敵がいるのなら、味方にしてしまえばいい。
アクア先輩、めぐみん、ダクネスはカズマさんがいなくても十分に脅威となり得る存在だ。その恐怖に怯えるよりかは、私も彼女達の輪に入ってしまえばいい。アクア先輩の考える“私達”に私を受け入れてもらうのだ。もちろん、カズマさんは渡さない。いや、契約したのでもう渡す事もできない。それを、アクア先輩、めぐみんさん、ダクネスは許容した。
まぁ、それでも完全な独占状態というわけではない。特定の日には、カズマさんを彼女達と“共有”する事を約束している。私自身も、それは納得している。だって、彼女達がいなかったら、私もカズマさんの良さに気付けなかったのだから……
そして、いつの間にかアクア先輩を慰める手の数が増えていた。めぐみんさん、ダクネス、その両方が苦笑しながら彼女の傍に立っていた。それを受けて、アクア先輩は袖で涙をゴシゴシと拭いて、満面の笑みを浮かべて見せた。
「これで、私達もずっと一緒だね!」
ゾクリという怖気が私の背中に走った。
それから数か月の時が過ぎた――
さよりとレイカは学校の最終学年となり、自分の将来に頭を悩ませている。進学するか、冒険者となるか、教会に勤めるのか、どこかのギルドや国の職につくのか……
そんな子供達を私はカズマさんと一緒に見守っている。ちなみに、今住んでいる場所は屋敷ではない。この世界のとある片田舎、そこに家を買って穏やかな暮らしをしていた。まぁ、毎日のように現れるアクア先輩とめぐみんさん、ダクネスのおかげで少し穏やかではない気もするが、楽しい毎日である事は変わりなかった。
そして、私は小高い丘の上に作られたお墓の前に来ていた。そこには、多肉植物が並べられ、私の好きなクリスの花まで添えられている。それはカズマさんが自らのけじめのために作ったゆんゆんさんのお墓だ。
「ゆんゆんさん、お久しぶりですね」
反応はもちろんない。それから私は懐から一枚の写真を取り出す。その擦り切れてボロボロになった写真には、笑顔を浮かべるカズマさんとゆんゆんさん、さよりの姿があった。そして、右手には私の愛用の品を握る。傷つき、メッキが剥がれたそれを私はしばらく眺めた後、フリントを指で勢い良く回す。
そして、ざらついた音と共に暖かい炎が灯る。その炎を私は写真にかざした。勢いよく燃える炎が、全てを焼き尽くす。その姿を最後まで見届けた。後には何も残らない。全ては風と共に消え去って行った。
それから、私は懐からもう一枚の写真を取り出す。その写真を眺めながら、私は自然と笑顔になってしまう。だから、私はお墓の前にその写真を置いた。
写真には、私達“家族”の笑顔があった。
「ありがとうございます。ゆんゆんさん。私は幸せです」
心からの感謝の言葉を述べてから、私は丘を下る。そこに、愛すべき“家族”がいるからだ。そして、庭先にカズマさんの姿を見つけて、私は小走りで駆け寄った。
「カズマさん、何をしているんですか?」
「うっ……買い物に行ったんじゃなかったのか?」
「今帰って来た所です。それより……また三日も持ちませんでしたね?」
「しょ、しょうがねえだろ? また悪魔の囁きがあってだなぁ~」
「まったく、適当な事言って……」
私はカズマさんから、タバコを取り上げる。中毒はいけないと思う。でも、たまにならいい。だって、それを理由にキスが出来るから……
「んっ……んむっ……んぅ……」
彼に、躊躇なく唇を押し付ける。ちょっとたばこ臭い……だから全部浄化する。私の匂いと香りで彼を満たしてあげる。そんなものより、私の方が良いものなんです。
そのままカズマさんの口を堪能し、ゆっくりと顔を離す。名残惜しそうな彼の顔が可愛くて仕方がなかった。
「カズマさん、それじゃあお昼にしましょうか。家に入りましょう?」
「ああ、分かった。でも、その前にお前に渡すものがあるんだ」
「なんですか?」
振り返った私の左腕を彼がゆっくり持ち上げる。そして、白金のリングを私の薬指へと通す。最初は意味が分からず、きょとんとしていたが、理解してからは体が震え始めた。
「遅くなったな」
「っ……!」
「エリス、俺と結婚してくれないか?」
彼の言葉に体が、心が震える。そして、嬉しさと喜びで全てが満たされる。私がずっと欲しかったその言葉。出来れば一番最初に言って欲しかったけど、そんな些細な事はもうどうでもいい。今は、私が彼の“一番”だ。
「はい……その申し出……喜んでお受けいたします……」
「そうか、ありがとうなエリス」
朗らかに笑う彼へ私はぎゅっと抱き着く。嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しい! 彼が私を求めてくれる。彼のお嫁さんになれる。その実感がじわりじわりと湧いて来た。だから、私はずっと聞きたかった事を訪ねた。
「私は今とっても幸せです。あなたはどうですか?」
「ああ、もちろん幸せだ。お前と……家族と一緒に過ごせて俺は幸せだ。もう絶対に離さないからな」
「はい……はい……!」
カズマさんが私の事をぎゅっと抱きしめ返してくれる。彼が幸せを感じてくれた。それは、私の幸せ。他の誰のものでもない。“私”の幸せだ。でも、私はもっと幸せになれる。だから、言って欲しい。心からの言葉を私に囁きかけて欲しい。
「カズマさん、私……」
「エリス、愛してる」
私が一番欲しかった言葉を、一番欲しい時に言ってくれた。
本当に私は幸せだ。
彼を抱きしめながら、自分の左手に存在する指輪の感触を確かめる。私は、ゆんゆんさんから“全て”を奪った。でも、この指輪は奪ったのではない。
カズマさんが私にくれたもの。
私に囁いてくれた愛の言葉も、幸せも、“家族”も、全て私にくれたもの……“私だけ”のもの。
ぎゅーっと抱き着きながら、彼との繋がりを確かめる。もう絶対に離さない……誰にも渡さない!
「カズマさん、貴方は私だけのものです」
彼の事をぎゅーっと、ぎゅーっと強く抱きしめる。
そして、私の思いを込めた一言を最愛の男性に……カズマさんの耳元で囁いた。
「死んでも離しませんから」