ご注意を!
大幅に加筆修正しました
(カットした第一次メイドバトル追加)
あっけない失敗(大幅に加筆修正しました)
とある片田舎の廃村内を女神エリスはゆっくりと歩き回る。周囲の安全と、自らが施した隠蔽の魔法陣や仕掛けを確認した彼女は村内にある崩れかけの教会へと足を運んだ。
そんな崩れかけの教会の床には強固な悪魔封じの結界が張られている。そして、結界の中央に置かれた椅子には両手と体を後ろ手に縛られた上に猿轡をつけてもがいている女性がいた。私はこちらを睨み付けてくる女性の頬を一度はった後、猿轡を外す。彼女は酸素を求めるように大きな呼吸を繰り返し、相変わらずの視線をこちらに向けていた。
「あたしみたいな下っ端を捕まえて何がしたいのさ! そんなにも女神ってのは暇なのかい!」
「うるさいですね」
「ひっ……! 聖水はやめっ……ぐああああああああああああっ!?」
「下品な声ですね。まぁ、悪魔なんて存在そのものが下品ですけど」
「ふざけんな……! 復讐してやる……ここから出たら必ずお前を殺す……!」
「えいっ」
「ああああああああああああっ! くそっ……くそくそっ……!」
瓶に入れた聖水を頭から振りかけられ、椅子の上の女性はもがき苦しむ。聖水は彼女の顔の上で泡立つように沸騰し、軽度の火傷となった。女性は顔を苦痛に顔を歪めながら、目の色を綺麗な青色から赤黒い色へと変化させる。これはこの女性が悪魔に憑依されている事を意味していた。
「私は貴方に少しお願いがあるだけです。それが済んだら貴方を解放しますよ」
「ハッ! 女神様が悪魔にお願い!? 冗談にしても面白いな! もしかして邪神の類か?」
「私の正体に気付いていないとは言わせません。むしろ、自分の状況をしっかり把握してください。本来の私であれば貴方のような薄汚い木っ端悪魔はすぐに滅ぼします。でも、“お願い”があるからこそ貴方を生かしている。理解できましたか?」
「糞っ……! お願いってより脅迫だろうが! なんであたしがこんな目に……!」
赤黒い目を濁らせ、ぶつぶつと呟き始める悪魔を私は冷めた目で見つめる。こんな悪魔風情とは少しも関わりたくもないのだが、カズマさんを手に入れるためには必要な事だ。浄化魔法でぶっ飛ばしたくて震える手を理性で押さえつけ、私は懐から数枚の紙を取り出し床に並べる。その紙には男女の写真が貼られ、それぞれの経歴が記されていた。紙を見た悪魔は怪訝そうに少しだけ眉を動かした。
「何かと思えばあたしの契約者達じゃないか。くくっ、コイツらからは良い悪感情をたっぷり頂かせて貰ってるよ……!」
「ええ、そうです。だからこそ、貴方に彼らとの契約を破棄して頂きたいのです。もう十分堪能したでしょう?」
「ふざけるな! これからが一番楽しい時期なんだよ! しかも監獄なんかに逃げやがって……絶対に代償は払ってもらう……コイツらの魂はあたしのもんだ! 代償を貰ってないのに契約破棄なんて絶対するか!」
歯茎をむき出しにして怒る悪魔に私は呆れる。やっぱり、すぐにでも浄化してやろう。悪魔払いの詠唱を唱えながら、顔面に聖水を浴びせていく。奴は恨みの言葉と苦悶の声をあげながらもだえ苦しむ。簡単には殺さない。私の手を煩わせた報いを受けて貰うのだ。そして、詠唱が完成しそうになった時、悪魔は急に態度を変えて懇願の声をあげる。悪魔の目は赤黒いものから、綺麗な青色へと戻っていた。
「お願い! やめてくださいエリス様! 私はある日この悪魔に突然憑依されたんです! そこからはずっと地獄……体を奪われ……家族とも離れ離れになりました! 悪いのは全部この悪魔です! 私は悪くない……! でも、この悪魔が私の体が離れたら限界まで酷使された私の体は崩れちゃうんです! 私はまだ死にたくない……! 夫や子供の顔だってもう一度見たい……!」
「残念ながら、貴方の救いの道は最早“死”しかありません。それと、貴方の旦那さんは再婚して子供共々幸せな日々を送っています。再会しても、彼らに不幸しか与えません。大人しく天国で彼らを待ちなさい。そうすれば、彼らの中の貴方は死ぬまで“素敵な思い出”でいられるのですから」
「あっ……そんな……それじゃあ私は……」
悪魔は意識を失ったようにかくりと顔を俯かせる。数秒後、再び顔を上げた時には、彼女の目は再び赤黒い色へと変化していた。
「おい、この女を精神的に殺しやがったな? アンタそれでも女神か?」
「貴方が肉体を酷使し、心も壊れかけとあってはどのみち長い命ではありません。それに、体を乗っ取られ、精神的に限界であった彼女を救うには最早安らかな死しかありません。憑依され続けて生き地獄を味わうよりかはいくらかマシです。何より、助かってから“現実”を見ないで済むのですから」
悪魔はイラつきながら体を揺すり、顔をしかめる。この木っ端悪魔が持っていた人質……憑依先の人間は交渉の道具としての価値はなくなった。そして、再び呪文を唱えようとする私を悪魔が大声で制す。その表情は、屈辱にまみれたものであった。
「分かった……コイツらの契約を破棄してやる。でも、私を必ず解放すると契約しろ!」
「いいでしょう。本当に契約を破棄してくださるならば、貴方をここから解放し、私のような女神、天使、及びエリス教徒に討伐を指示しませんし、アクシズ教徒などに情報を流したりもしません。それを“約束”しましょう」
「約束じゃない、契約しろ! ちゃんと悪魔契約の書類にその旨を記載させて貰うからな! そして、拘束を解け! どうせ、悪魔封じの結界のせいでここから出られないんだしよ! 分かったら……いぎいいいいいいいいいっ!?」
気が付いたら、彼女の肩に悪魔払いのナイフを突き立てていた。危ない危ない……当たり所が悪ければ殺してしまっていた。私はナイフを抜くと、怯えた表情を浮かべる悪魔の顔を数度切り付ける。鼻と頬を削ぎ取られ、無残な姿になった悪魔を椅子ごと蹴り倒し、首元を踏みつける。奴は涙を流しながら、懇願するように私に救いを視線で求めた。悪魔の癖に情けない……まぁ所詮は人間に巣食う寄生虫以下の存在という事でしょうね。
「いいですか、貴方がどう駄々をこねようと選択肢は二つしかありません。契約を破棄して彼らの魂を解放し、自分も自由の身になるか、ここで拷問されながら死ぬかのどちらかです。貴方はどっちにします? 私もいい加減飽きてきました。元より、救う価値のない人間の魂にここまで……」
「待て! 全部破棄する! だから命だけ勘弁してくれ! あたしはまだ死にたくない!」
「では、今すぐ契約破棄を」
「分かった……分かったからナイフをこちらに向けるな!」
悪魔は名残惜しそうに指を鳴らす。どうやら、今のが契約破棄の合図らしい。私は契約者達の元に派遣していたクリスと同期をとる。どうやら、無事契約は破棄できているようだ。私はため息を一つ吐くと、悪魔の拘束をゆっくりと解き始める。その間、悪魔は契約した者達がいかに救いようのない人間かを偉そうに喋っていた。それを聞き流して拘束を解き、ついでに床の結界の一部を足で擦ってかき消す。そうして、私は結界の外に奴を蹴り飛ばした。
「いたた……それじゃあ逃げさせてもらうよ! 今後二度と会う事がないのを祈るさ」
「ええ、大丈夫ですよ。それは絶対ありませんから」
「はははっ……あたしだってそう思いたいけど……はぐっ……ぐぼっ!?」
背後からダガーの刺突を受けて悪魔が口から血ごぽりと吐き出す。そして、バインドで簀巻きにされ床に転がされた。恨みがましい目で私を見つめながら、悪魔は吐血を続ける。そんな悪魔に、姿を現したクリスが液体を振りかけた。
「裏切ったな……約束と違う……! この嘘つき女神!」
「約束は破っていませんよ? 彼女はクリス。純粋で善意ある人間です。ちなみに、今はエリス教徒でもありません。私もこんな所に知り合いの悪魔祓いが突然現れるなんて驚きです。貴方、運がなかったですね……」
「くそっ……くそっ……こんな……悪魔のあたしが騙されるなんて……恐怖に呑まれるなんて! おい……それにこれは聖油か……? やめろ……それだけはやめろ……! ああっ……ああああああああああああああっ!?」
クリスが、火のついたマッチを悪魔に投げつける。奴は恨み節と断末魔の悲鳴を上げながら全身を炎に包まれてもがき苦しむ。悪魔から教会の廃材へと延焼し、奴が息絶えて“この世界”から消えたのを見届けた私は、燃え盛る教会をゆっくりと後にした。
私は、作戦の事前段階が終わった事をクリスから報告を受けて少し気を楽にする。これで、使い捨ての人材は何とか確保できた。しかし、そのためとは言え下賤な悪魔と関りを持った事には怖気が走る。でも、神である私ですら使い捨ての人材を手に入れるのにこれだけ苦労した事が少し滑稽だった。
あの悪魔……いわゆる十字路の悪魔と呼ばれる奴らは悪魔の中でも最低な奴らだ。彼らは、契約した人間の願いを出来るだけ叶える代わりに、代償として10年後に命と魂を差し出すという方式を契約の基本としている。今の事だけしか考えていない愚か者は10年の間に己の欲望を満たし、それよって豊かになった人間は、10年後の代償のを支払う時期になって初めて契約した事を激しく後悔し、絶望する。つまりは最初に人間を満足させ、それで得た幸せを奪う事で悪感情をより稼ぐという方法だ。悪魔達は代償の期日が迫ると、契約者に恐怖の幻覚を見せる他、地獄の猟犬で追い回してより悪感情を得る。本当にどうしようもない奴らだ。
救いようがないのは、契約した人間もまた悪である事だ。中には、他人の幸せを願ったり、経済的、社会的困窮からやむを得ず悪魔召喚に手を出すものもいる。彼らは私の救いの対象であるが、今回悪魔との契約を破棄させた人間達は違う。
彼らは、殺人、強姦、詐欺、窃盗、様々な犯罪を隠蔽し、自分の快楽を得るために他者を傷つけた者達だ。悪魔との契約で代償を払う期間が迫った犯罪者達は、どうやら悪魔と猟犬から逃れるために自分から王都地下監獄へ入ったようだ。しかし、悪魔との契約は生きている。死んだら、私の元へは向かわず、魂は直接悪魔の手の中。後は悪魔の玩具か、食べ物……地獄より悲惨な目に会う事は確実だ。
こんなどうしようもない人間達だからこそ、私は使い捨てと割り切る事ができる。むしろ、感謝して欲しい。悪魔の手から救い、浄化と死後の反省次第では、天国や転生への道が開かれる可能性がなくはないのだから。まぁ、更生の余地なしと判断した場合はすぐに“消滅”してもらうが……
『ワンワンッ!』
「あら、この子は新入りですか?」
「そうそう、あの悪魔が使役してた奴だよ。せっかくだから貰ちゃった!」
「なるほど、貴方も悪魔より女神である私に使役される方がいいですよね?」
『ク~ンッ……』
少し、物悲しそうに鳴く地獄の猟犬の頭を撫でる。この子の他に、3匹の猟犬が尻尾を振りながら私の傍に待機していた。この子達には重要な役目を任せている。これから、この子達には犯罪者達の周囲をうろついて不安を煽り、適度に危害を加えてもらう予定だ。
悪魔信奉者の面白い所は、代償を支払う間近になると、命惜しさに今までけなしていた神に救いを求める事だ。そんな彼らをクリスが悪魔から救う代わりに、作戦のための兵士として働く事を誓わせるのだ。熱心な信者というのは、実は過去に後ろ暗い事やっていた……なんて事はよくある事だ。過去の行いを悔い改めたものほど、宗教に傾倒しやすい。
まぁ、彼らが信心をするかなんてどうでもいい。悪魔はまだ貴方達を狙っていると、飼い犬を使って一芝居をうち、クリスとの取引に彼らが応じるように追い込むだけだ。
「クリス、貴方はこのまま猟犬の調教を行いなさい。私はカズマさんと会ってきます」
「またあたしをのけ者にして……」
「何を言っているのですか。貴方も私じゃないですか」
「違うよ……全然違うよ……!」
何やら不満そうなクリスを見て私は苦笑する。意識を分離するというのはやはり不思議な感覚だ。でも、彼女は“私”である事は変わりない。いつでも、同期できるのだから考えるだけ無駄というものだ。
私は廃村から天界へと帰宅し、手早く身支度を整える。お風呂に入って悪魔臭と返り血などを洗い流し、新しく綺麗な洋服へと着替える。そして、私は愛しのカズマさんの元へ降臨した。
降臨場所はカズマさんの家の玄関前。軽くノックをすると、何やら真剣な表情を浮かべたカズマさんが私を出迎えた。彼は私に気付くと、表情を綻ばせる。私も釣られて笑顔になってしまう。さっきから続く嫌な気持ちも、カズマさんを思えば綺麗に霧散するのだ。
「なんですかエリス様、またさよりに構いに来たんですか?」
「そんな所ですよ。上がってもいいですか?」
「エリス様なら顔パスですよ。さよりだって喜びますし、俺も喜びます!」
「ふふっ、またそんな事言って……」
お互いに笑顔を浮かべながら私はさよりちゃんが待つ部屋へと向かう。ベビーベッドでスヤスヤと眠っていた彼女を、彼の許可を貰って抱き上げる。この世界に生を受けてまだ数か月の彼女はとても小さくて儚い。それでも、確かな暖かさと小さな息遣いが彼女の存在と命を感じさせている。そんなさよりちゃんを抱きながら、私は近くのソファーへ腰かけてカズマさんと談笑する。
こんな何気ない瞬間が、私にとてつもない“幸せ”を感じさせてくれる。ああ、やっぱり私はカズマさんが欲しい……さよりちゃんが欲しい……私の子供が欲しい!
この子と私の子供はきっと仲良くなれる。早く欲しい、今すぐにでも手にいれたい。でも、まだその時じゃない。だから、私は彼女をゆっくり撫でる。私が貴方の母親になるんですよ……そう心の中で語りかけた。
「カズマさん……私も赤ちゃん欲しいです……」
「おひょっ!? い、いきなり何言うんですかエリス様!?」
「ダメですか? カズマさんとの赤ちゃん欲しいです」
「ちょっ……まっ……さ、さよりの教育に悪いですよエリス様!」
顔を真っ赤にしてはぐらかすカズマさんを私はクスクス笑いながら見守る。どうやら、満更でもないらしい。本当に気が多い人だ。でも、悪い気はしない。私にも気がある事は確かだからだ。それならば、後は私が彼の一番になればいいだけだ。ただ、今はこの穏やかな時間を楽しもう。
そうして、もう少しカズマさんの事をからかおうかと思案し始めた時、隣の部屋から何やらドタバタとした音が響いた。気配は3つ、ゆんゆんさん、めぐみんさん、あるえさんが隣の部屋で何かやっているようだ。
「おっと、ゆんゆん達も読み終えた時間帯かな」
「……? 何か面白い本でも手に入れたのですか?」
「いや、あるえが新しく本を書いたんですよ。今までファンタジー物を書いていたのに、突然ドロドロとした恋愛物を書き上げましてね。それの評価をゆんゆんとめぐみんに頼んでるいるんです。エリス様も読みます? 今、自費出版して商会で売るかどうか検討中なんで、少しでも多くの意見や感想が欲しいんですよ」
玄関で会った時のような真剣な表情のカズマさんにしばし見惚れる。冒険者のカズマさんも好きだけど、商人として働く彼の姿も好きだった。いずれにせよ、真剣に物事に取り組む男性というのは女性の心を引き寄せる。女神である私だって例外ではないのだ。
「なるほど。それなら私も喜んで協力します! 実は私、人間の作った娯楽作品って結構好きなんですよ!」
「確かにエリス様って案外そういうの好きですもんね……」
「ふふっ、否定はしませんよ」
苦笑する彼を軽く小突いてから、私はさよりちゃんを抱きなおす。そして、彼と共に隣の部屋へと向かった。部屋に入ると、予想通り紅魔族三人娘の姿が目に入った。椅子に座り、上気した顔で本を熟読しているゆんゆんさん、机に突っ伏して虚ろな目でぶつぶつ言っているめぐみんさん、同じく机に突っ伏して頭をかき乱しているあるえさんがいた。
「あっ、カズマさん! って、エリス様!? いついらっしゃったんですか!?」
「つい先ほどです。さよりちゃんを抱っこする許しはカズマさんから貰いました。ごめんなさい……まずは貴方に許可を取るべきでしたね……」
「そ、そんな事ないですよ! エリス様ならいつでも歓迎ですし、さよりを抱っこするのに許可なんていりませんよ!」
「そうですか、なら毎日来ますね」
「えっ……それは……もう……!」
ゆんゆんさんに睨まれたカズマさんは軽く肩をすくめた。どっちにしろ、私はほぼ毎日来ている。もちろん、彼女のスキをついてだが、今度からは見つかっても堂々とする事にしよう。ふふっ、今のゆんゆんさんを見ていると、少し寂しい気がしました。だってもうすぐ彼女の全てを私が奪うのですから……
「まぁ、落ち着けゆんゆん。今は本の方が優先事項だ。どうだ、売れると思うか?」
「売れるかどうか言われると正直微妙ですけど、女性のイケナイ気持ちを刺激する魅力はあると思います! 私みたいな主婦の方達に受ける予感もしますよ!」
「主婦受けねぇ……まぁジャンルが似てる昼ドラも主婦層向けだし、あながち、間違った指摘ではないかもな」
「それに略奪愛って何だか燃えるものを感じますよね! それに不倫って凄くいいものだと思います……うん……いい……!」
「お、おい! お前が言うと洒落にならないんだから勘弁してくれ!」
うっとりした表情を浮かべるゆんゆんさんの体を、カズマさんが顔面蒼白になって揺らしている。そんな彼らを横目に私はめぐみんさんへ近づいた。そうすると、彼女は怯えた表情で椅子から転げ落ち、私の元からから這いずるように逃げ出した
「ひっ……あっ……私はもう恐怖を乗り越えたんです……だいじょうび……私は強い……!」
「どうしたんですかめぐみんさん?」
「うぷっ……ゆんゆんこわい……エリスもいやだよぅ……!」
「め、めぐみんさん!?」
何やら、膝を抱えて泣き始めためぐみんさんをどうしたものかと私は狼狽える。幼児退行したとも言える姿から、過去のトラウマを激しく刺激されたようだ。だが、めぐみんさんのトラウマをこれほど刺激する物語とは、正直気になる。
私はワクワクとした気持ちになりながら、めぐみんさんが放置した本を手にしてソファーに腰を下ろす。そして、左手でさよりちゃんを抱っこしながら片手で本を読むことにした。だが、そんな楽しみな気持ちも本を読めば読むほどなくなっていく。それから半刻程経過してすべてを読み終えた時、私は全身を嫌な汗でぐっしょりと濡らしていた。こんな事はあってはならない……体の震えが止まらない……!
「うふふっ、主人は浮気ばっかりで……でもあの人は私だけを愛してくれる……」
「おい、やめろ! マジでやめろ!」
「なら、私が寂しい思いをしないように私をもっと愛してください! そんな気が起きないように貴方だけの女にしてください!」
「こ、こら! 急に盛るなバカ! エリス様もいるし、さよりも……おいおいおい!」
「えへっ……えへへへっ……カズマさんカズマさん!」
カズマさんがゆんゆんさんに押し倒されてもがいているのを傍目に、私はめぐみんさんを抱き起す。そして、彼女の腕の中にさよりちゃんを預けた。めぐみんさんは怯えた表情を浮かべていたが、さよりちゃんを受け入れてからは理性的な瞳を取り戻した。
「何をするか知りませんが、教育に悪いので私はこの子を寝かせてきます……」
「そうしてください。私は少しあるえさんを借りますね?」
「好きにしてください……うぷっ……!」
口元を抑えながら部屋を後にするめぐみんさんを見送り、私は机に突っ伏しているあるえさんを掴み、二階の一室に引きずり込む。そして、彼女をソファーへとぶん投げた。それでも、相変わらずな様子のあるえさんの頬を私は仕方なく張った。すると、彼女は意識を取り戻し、私の方を見て不安気な表情を浮かべた。
「ええっ、エリス様……!? わ、私なんかに用事でもあるのかい……?」
「あの本を書いたのは貴方だと聞きました。貴方は何を参考にあのお話を作ったのですか?」
「えと……盗作とかオマージュじゃなくて私のオリジナルで……」
「嘘をつかないでください! 貴方はあれをどこで……! どうしてこんな……!」
「ひっ!? すいませんすいませんすいません! 気がついたら無意識のうちに書いてたんだよ……だから私の作品って感じが全然しなくて……ううっ……ひっぐ……カズマ君に認められた最初の話が私が考え抜いた作品じゃなくて……あんな……あんな……!」
ボロボロと泣き始めたあるえさんの言葉に嘘はない。だからこそ余計にイラだった。そして、全てがガラガラと崩壊していく音が頭の中に響く。そのおかげだろうか、却って冷静になる事が出来た。
驚くべき事にあるえさんが書いた本の内容は、私が実行しようとした作戦を忠実に再現している内容だった。主人公はとある天使。彼女がひょんな事から愛してしまった冒険者の男を手に入れたいと願った結果、その身を堕天使と変えてまでも彼の全てを奪う物語。その天使が男を奪うための手段があまりにも私の作戦と似すぎている! 男と妻の子供を奪うための凶行、魔法使いの妻のリッチー化、男との不倫……とても偶然とは言えない!
このあるえという女、もしくは彼女に乗り移った“何か”が私の作戦を知っている。そんな事は許されるはずがない……許してたまるものか!
「あるえさん、すぐさま精神プロテクトを解除して私に全てを委ねなさい! 貴方の全てを覗かせて貰います」
「ええっ……!? いくらエリス様でもそれは……」
「従わなければ宗教裁判にかけたのち、必ず処刑しますよ! さぁ解きなさい! 今すぐ解くんです!」
「ひぇっ……分かりましたから処刑はやめてぇ……がひゅっ!?」
私は怯えた表情のあるえさんのお腹に渾身の一撃を叩き込んで気絶させる。許可が出たなら遠慮なく見させてもらおう。それに、頭の中を“弄る”のは苦痛を伴う。意識をなくしてもらった方がこちらも楽なのだ。
そして、彼女の頭の中を隅々まで覗かせて貰った。その結果、彼女の言葉が真である事の確証を得る。どうやら、あれは本当に“何も考えず”無意識のうちに書いてしまったらしい。だからこそ、原因となるものを隈なく探す。
その結果、一つだけ不審な点を発見した。アクアさんが家出してから約2週間後に、何者かに精神を乗っ取られた痕跡があるのだ。その正体を探り当てた所で私は力なく崩れ落ちる。
悪魔などではない……これは私の“同類”だ……!
絶望を前に私は放心する事を選ぶ。私の作戦はもはや本当に単なる夢物語となってしまったのだから……
そんな時、気絶していたあるえさんが、ゆらりと立ち上がる。髪の隙間から覗く両目には黄金の輝きを放っていた。どうやら、彼女に憑依した“何か”のお出ましらしい。
『私は古の時代において結婚と貞節を司った女神。そして今では信仰心を失い、天界にて隠居暮らしをしている旧神の一人です。今回の事は素直に謝ります。ごめんなさい……私は傍観に徹するつもりでしたのに……』
「私の先輩ですか……貴方は何が目的なんですか?」
『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!』
へこへこと謝る古の女神とやらを私は睨む。彼女はそんな私にビクビクしながら事のあらましを語ってくれた。発端はアクア先輩が逃亡した日にまで戻る。なんでも、アクア先輩は日本に逃げる前に、一人の天使を捕まえて泣きながら愚痴をこぼしていったらしい。
それを聞いた天使は、アクア先輩を相手するのは苦労したという話と共に、あの女神アクアが失恋し、人間の女を相手に惨めに逃亡したという話を伝え、その話が一部の界隈で噂になったという。
そんな噂を聞きつけた旧神の一人である彼女は、久しぶり旦那と暮らす家を出て噂が本当かどうか一人でこの世界にお出かけして噂を確かめにきたそうだ。
『最近の神々ってあの四文字の影響を受けたせいかお堅いのばっかりですよね? でも、アクアちゃんは昔の“私達”みたいに自由奔放で自分勝手、正に神らしい神でしょ!』
「はぁ……」
『それに同じ地球担当だから少し気にかけていたのよ。そんなアクアちゃんが下等な人間の女になんか泣かされたそうじゃない! それに、貴方の事も前々から少し気になってたのよ。天界で“正に女神”と噂され、そのせいか面倒事を押し付けられてる新米女神が人間の男にイカれちゃったっていうのが、貴方の直接の先輩女神……運命を司る女神達の間で噂になってたの! これはもう自分の目で見に行かなくちゃって……!』
黄金に光る瞳を更に光らせ、上気した顔でハァハァと荒い息をつく旧神に私は溜息をつく。彼女の様子は自分にとっても懐かしいものだ。つまりは出歯亀根性、井戸端会議で聞いた噂が気になって自ら足を運んでしまった近所のおばちゃんのようなものだ。
『それで、私は素質がある上に件の男に好意を抱いているこの女に憑依した。それでお堅い女神である貴方が女になってる姿を目にしたり、歪ながらも幸せな関係を見させて貰ったわ』
「…………」
『それに、件の男も人間にしては中々良い男じゃない。私の旦那が真正クズだから分かっちゃう。あの男の根はとても優しい良い子よ。きっと彼と一緒になれたらアクアちゃんも貴方も幸せになれるわよ』
偉そうにカズマさんの事を語る彼女の事が許せなかった。そんな事、私だって知っている。彼は私が愛した運命の男性。そこらの男とは比べるのもおこがましい!
『そこで満足した私は天界に帰ったわ。でも、どうしても貴方達の未来が気になった私は知り合いの運命の女神から一つの“可能性としての未来”を聞いた。それ以降、私は貴方達には干渉していないわ』
「では何故こんな事に……?」
『だから謝っているじゃないですか! どうやらこの子は私との相性が抜群だった上に預言者や占い師としての素質があったみたい。だから私の記憶を電波……“神託”として受け取り、無意識のうちに預言書を書いちゃったみたい……』
申し訳なさそうに目を伏せる旧神を見て、私は大きく溜息をつく。なんだか、どうでもよくなってきた。私の計画は、こんな奴のせいで始める前から失敗してしまった。怒りや悲しみよりも、脱力感の方が大きい。
『ですが、私は貴方を応援していますよ。この本の記憶の事なんて“弄って”なくせばいいのです。結婚を司る女神が略奪愛を勧めるのは少し気が引けますが、相手は下等な人間の女ですし問題ありません。“神”らしく全てを奪ってやりなさい。この世界の管理者である貴方にはその権利があるのですよ!』
「はぁ……」
『ああ、人間と結ばれる事を私は別に反対しませんよ。私の時代の神々も、お気に入りの英雄を天界にあげたものですから』
昔を懐かしむように目を瞑る旧神を私は無言で睨み続ける。そんな言葉はもはや意味がない。作戦は失敗したと言っていい。それは変えようのない事実だ。でも、あの本に関して私は一つだけ納得がいかない事があった。せめて、その事についてぐらいは聞いておこう。
「先輩、あの本の結末に関して私は納得行きません。あれが本当に運命の女神が示した未来だと言うのですか……?」
『いえ、運命の女神から聞いた未来は“永遠の幸せを家族全員で得る”でした。ですが、私自身が納得行かなかったので、結末を変えて妄想で補完して無理矢理納得させたのです。それまでこの人間にトレースされたのは驚きでしたけどね』
「なるほど、それなら納得です。私はあんな事は絶対しませんからね……」
あんな結末が自分の未来と言われて鳥肌が立っていたのだが、旧神の妄想であるというのなら納得だ。肝心な本の結末はというと、奪った子供が成長するにつれて謀殺した男の前妻に容姿が似てきた事に、天使は嫉妬と恐怖を感じるようになった。そして、前妻の娘の殺害を計画する所で物語は終わる。なんだか、続編を匂わせる内容だった。
まぁ、私の場合はそんな事は絶対しない。さよりちゃんも、カズマさんの血を分けた大事な“子供”だ。前妻の子供に嫉妬するなんて惨めな事はしない。私はカズマさんの全てを愛し、全てを受け入れるのだから……
こうして、私が夢物語となった未来に思いを馳せていると、旧神が物騒なオーラを発し始めた。表情も見てすぐに分かるほど怒りに歪んでいた。
『そうです……私はこの事について貴方に忠告したかったんです! その思いが強くてこの少女に神託が下ったのかもしれませんね……』
「先輩にこのような事を言うのは気が引けますが……“余計なお世話”です」
『まぁまぁそう遠慮しないでいいのです! それでは先輩女神である私から忠告……助言を与えましょう!』
私の嫌味を謙遜と受け取った旧神には苦笑するしかない。流石はアクア先輩の先輩だ。そんな呆れる私に、旧神はどうしようもない助言を言い渡した。
『あの子供は殺しなさい! 愛する男と自分以外の女の血が混じった奴なんて存在すらいらないでしょう?』
私は旧神に対して無言を返す。そんな助言、受け入れられるわけがない。しかし、旧神は無言を肯定と受け取ったのか、得意気な表情で聞きたくもない自分語りを始めた。
『私の旦那はどうしようもない浮気男でしてね。各地に女を作っては孕ませる……はっきり言ってクズ……自称全知全能を名乗る神としてもあまりにもヒドイ旦那だったの……』
「はぁ……」
『でも、旦那は悪くないのよ? 旦那を誘惑した女が悪いの! だから、私は浮気相手の女には罰を与えたの。本当にバカな女達だったわ……苦しんで死ぬもの……汚らわしい化け物になるもの……当然の報いよね。もちろん、彼女達の子供も殺してやったわ!』
表情を嫉妬と愉悦に歪ませながら語る旧神に私は閉口するしかない。私にとっても昔話となる神々の所業は随分苛烈なものだったと私自身も記憶している。だが、それは反面教師として語られる場合が多かった。
昔の神々は人間を支配下に置いているという驕りと、生贄を求めていた事が信仰心を失うきっかけになったそうだ。その結果、彼女のように隠居の身となったり、邪神や悪魔に身を堕とす者もいたという。それを反省したという事であろうか。それ以降に創造神様が作った神々は秩序と救済を重んじるものが多くなった……という噂がある。
『ある時、私は旦那を誘惑したとある女の子供全員を、彼女の目の前で惨たらしく殺してやった。そして、奴の下半身を蛇に変えて、おまけに子供を失った悲しみを永遠に味わうように不眠の呪いをかけたの! その後、女はどうなったと思う?』
「…………」
『信じられない事に、発狂した彼女は他人の子供を攫っては喰う本物の化け物になったの! プークスクス! 超ウケルんですけど!』
何がおかしいのか、口元を手で押さえて体を震わせながら笑う旧神を私は目に入れないようにする。コイツとは関わるだけ無駄だ。手っ取り早くお帰り願おう。
『とまぁ、私の助言はこれで終わり。だから、それを肝に銘じて行動しなさい。ああ、それとお詫びとして貴方にプレゼントがあるの! 受け取って頂戴!』
旧神が軽く指を鳴らすと、私の目の前に大きな箱が現れる。その箱の中には無骨な鎖が箱いっぱいに入っていた。
『これは私の不細工な息子が作った特別製の鎖。自称全知全能の旦那も拘束できる優れものよ? どうしようもなくなった時はこれを使いなさい。私も夫に手を出すのは嫌だったけど……私だって我慢の限界があるの……』
「参考程度に聞いておきますが、耐用年数はどれくらいでしょうか?」
『流石にそれは私も分からないけど、旦那が私の名前以外の言葉を喋らなくなるくらいには拘束できるわ。それにこれって天界の裏の人気商品なの。昔と違って天界が落ち着いているのもこれのおかげかもね! もし不安なら、私の所に後で訪ねなさい。ストックもいっぱいあるし、不細工な息子にすぐ作らせるわ! という事で私はそろそろ帰らせて貰うわね? 旦那も寂しがっているだろうし、私も限界だから……縁が合ったらまた会いましょう!』
その言葉を最後に、あるえさんの瞳から黄金色の輝きが消える。嵐のように苛烈だった旧神の来訪も、こうしてあっけなく終わった。そして、うめき声を上げながらあるえさんが身を起こした。
「ありゃ……? エリス様、私は何やってのかな……」
「急に貴方が倒れたのです。記憶にないのですか?」
「そうだったの!? と、とにかく私はこうしちゃいられない! 私が考えぬいた作品でカズマ君を認めさせる……あのわけわかんない本より良い作品を書くんだ! よーし書くぞー!」
決意新たに奮起するあるえさんは、ドタバタと部屋を出て行った。そして、入れ替わるように無表情のクリスが部屋に入ってくる。私は彼女にため息で応える事にした。
「残念ながら作戦は失敗です……」
「どうしてさ!? もう準備は全部整っているんだよ!」
「言わなくともご存知でしょう? 作戦実行は不可能です」
私の声にクリスは仏頂面で押し黙る。そう、もうこの作戦実行するにはリスクがありすぎる状況となった。代替案もないし、アクア先輩が帰還するまでに今の作戦以上のモノを立案、準備、実行する事も到底できない。
それを無視して作戦を決行しようとしても、カズマさん達は本の内容を知っているために真実に辿り着きやすい。記憶を消すのも一つの手であるが、精神誘導と違って頭を弄った“痕跡”も残りやすい。帰還するアクア先輩や、その他悪意あるもの達の事を考えるとリスクが高い行動となる。
何より、あの旧神が事情を知っているのに作戦を実行するなんて論外だ。口が軽そうであるし、これ以降も余計なちょっかいをかけてくる可能性もある。依り代なしに降臨できず、神気も私より少なかったため、謀殺も一つの手であるが、流石に女神殺害はリスクが高すぎる。ゆんゆんさんを謀殺するのにこれだけ苦労しているのに、信仰心を失ったとはいえ神を殺害するのはそれ以上の苦労をすることは確実だ。
こんな状況では未来永劫に続くカズマさんとの関係を築くにはこの作戦は不適格となる。つまり、私はまたも振り出しに戻ってしまった。しかも、ゆんゆんさん優勢という最悪の状況で。
正直、始める前から失敗してしまったので、悔しさや悲しみはそんなにない。でも、単なる徒労に終わってしまったという脱力感と虚しさが私を苦しめる。私は確かに幸運だ……でも悪運は少しもないらしい……
「ううっ……なんでこうなるかな……あたしいっぱい頑張ったのに……!」
「そうですね……」
「助手君をあたしだけのものにって……ぐすっ……もうどうでも良くなっちゃった……」
トボトボと部屋を出ていったクリスを私は無言で見送る。それから意味もなく放心する。気が付けば、私の両目からはとめどない涙が溢れていた。この涙は自分じゃ止められない。カズマさんに傍にいて慰めて欲しい……!
そんな思いが通じたのだろうか、服を乱したカズマさんが私の部屋に現れた。そして、こちらの顔を心配そうにのぞき込んでくる。私は思わず彼の胸の中に飛び込んでいた。
「カズマさんカズマさん……!」
「急にどうしたんですかエリス様!? まさか、めぐみんに虐められでもしたんですか!?」
「違います……でも今は思いっきり抱きしめてください……それだけでいいですから……!」
「エ、エリス様? それくらいは構いませんけど……」
「ふわぁ……あうっ……カズマさん……」
カズマさんが私をギュッと抱きしめてくれる。情けない声が出てしまうが、これも仕方のない事。ゆんゆんさんの匂いは不快と言えるが、それ以上に彼の体臭と体温をより強く感じられる。だから、もっと抱きしめて欲しい!
そんな時、彼の首筋にキスマークがついているのを見つける。ああ、こんな事は許されない……許さない……!
「んっ……ちゅっ……はむっ……んんっ……!」
「のあああっ!? それ以上はマズ……ああ……ああ゛~!?」
「んぁ……諦めません……私は諦めません……!」
彼の首筋を吸いながら、思考は恐ろしいほどクリアになっていく。私はこのチャンスを生かして彼を手に入れる事は叶わなかった。でも、諦めるわけにはいかない。それならば、方針を作戦前へと戻すだけだ。
私もカズマさんの“家族”の一員となる。そして、しばらくは彼を支える妻の一人となればいい。何しろ、時間が経てば経つほど私は有利になる。ゆんゆんさん達の天下はもって数十年、老いを知らない私とアクアさんがいずれは彼の一番となる。後は死後の契約を勝ち取ればいいだけ……それだけはアクアさんにも絶対譲らない……!
「うっ……!? エリス様、ゆんゆんが俺を呼んでます! また後で話しましょう! み、見られたらマズイ!」
「ふふっ、いいじゃないですかーいいじゃないですかー!」
「おふっ!? 変な所に手を入れないでください! もしかして酔っぱらってます!?」
「ちょっとした冗談ですよ。ほら、彼女の所に行ってあげてください」
私の声にカズマさんは訝し気ながらも素直に従った。残された私は緩んだ頬を引き締めながら立ち上がる。想定外すぎる事態で私の夢は砕け散ったが、まだ全てが終わったわけではない。
「ふふっ、最後に勝つのは私です!」
こうして、決意を新たに私は歩き出す。そう、一番最後に勝利の微笑みを浮かべるのはこの私なのだ。そして、気分よく部屋を出ようとした時、あの旧神から貰った箱がある事を思い出した。
「こんなものに私は頼りません! だって、真にカズマさんを愛し、愛されているのは私なのですから……!」
だから、こんな道具なんて必要ない!
「ま、まぁ貰っておいて損はありませんね! 絶対に使いませんけど!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの騒動から3日後、私はアクア先輩が下宿していた部屋を漁っていた。ガラクタや様々な本が積まれた収納の奥に、隠すように置かれたクッキー缶のふたを開ける。そこには、数冊の小説が入っていた。
私はそれを手にベッドに転がり、ゆっくりと読んでいく。そして、窓の外の景色が青空から夕焼けに変わる頃、小説をクッキー缶に放り込んで元に戻し、思いっきり伸びをしながら立ち上がった。
「先輩も可愛い所があるんですね。メイドとご主人様との恋愛小説なんて……ふふっ……!」
クローゼットから、漆黒のワンピースと純白のエプロンドレス、ホワイトブリムを取り出して身に着ける。ドレッサーで確認してみると、そこにはどこからどう見てもメイドさんな私の姿があった。少しぶかぶかな気がするし、胸の部分がすかすかしているが、そんなの些細な問題だ。
そして、女神である私がこんな姿をしているという屈辱と、これからカズマさんに仕えるのだという期待感で思考が鈍くなる。私も、あの小説のような秘め事をカズマさん……ご主人様としてしまうのだろうか……!
とにかく、私の基本方針は決まった! 私“も”カズマさんの家族になる!
作戦期間はカズマさんの人生の終わりまで……それまでゆっくりじっくり事を進めよう。
最後に微笑むのは私だ!
だからこそ、私は手始めにアクア先輩のポジションを奪ってやることにした。
私は軽快な足取りで一階へと赴き、リビングの扉を開ける。さよりちゃんを抱きながらソファーに座るカズマさんは私に好奇の目を向け、台所で料理をしていたゆんゆんさんは驚きの表情で私を見てきた!
「ふふっ、私は今日からカズマ家のメイドとなったエリスです! 以後お見知りおきを……ってひゃあああああああああっ!?」
「い、いりません! 私のお家にメイドなんていりません!」
「ひゃん……ひゃぐっ……あうっ……!」
「こら! 落ち着けゆんゆん! 味噌汁かけるな……! ちょっ……蹴るのはよせって!?」
こうして、私の前途多難なメイド生活が始まった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
メイド生活も気が付けば数か月経過していた。当初は良いプランだと思ったのだが、予想以上にキツかった。やはり、メイドに対してはゆんゆんさんも嫌な思いがあったのだろう。少し嫌な方向で覚醒してしまったゆんゆんさんに少し虐められてしまった。
掃除では典型的な、『あら、こんな所に拭き残しが……そんな事もできないのですかエリス様?』に始まり、屋敷中をじゃりめちゃんに追いかけられたリ、洗濯物をダメにされたりと散々であった。
まぁ、カズマさんにチクってゆんゆんさんにお仕置きしてもらったり、ちょっとしたイタズラでの仕返しも私個人でやっていた。それでも、ゆんゆんさんの様子も段々と落ち着き、今では割と仲良くやっている。アクアさんの反省点でもあるさよりちゃんとカズマさんへの過干渉も、彼女の見ている所ではやっていないのでこのような関係を築けたのだろう。
もちろん、ゆんゆんさんが甘くてちょろいというのもある。料理がそれほど得意と言えなかった私を懇切丁寧に指導して、カズマさんが笑顔で美味しいと言ってくれるレベルにまで私の料理の腕を上げてくれた。
だけど、ゆんゆんさんはやっぱり意地悪だ。
そんな事を、私はカズマさんの寝室前で再確認した。その日、さよりちゃんのお守りをクリスに任せ、私はアクア先輩が書き残したお手製レシピブックを片手に料理の練習をしていた。
そして、いい感じに出来た料理を私はいそいそと箱に包む。今日作ったのは苺のショートケーキ。まだ夜も更けていない今の時間帯なら、カズマさんもデザートとして食べてくれるだろう。きっと、美味しいって言ってくれる。お茶を持って行って、彼らとゆっくり談笑するのも楽しみだ。
そんな淡い期待感を胸に、私は彼の寝室へと赴く。しかし、扉の前で私は足を止める。中から、ゆんゆんさんの艶やかな声が聞こえてきたからだ。
『おい……今日はデザートの試食をして欲しいってエリス様が言っていただろう……うくっ……!』
『んっ……あっ……はう……! そんな事言ってるくせに……腰が止まってないじゃないですか……んあっ! そこ……そこいいです……!』
『し、仕方ねえだろ!? お前が誘うから……おらっ……本当にお前はえっちぃ奴だな!』
『ひゃんっ!? んっ……もっと……もっと私を愛して……あんっ……んっ……ちゅるっ!』
気が付けば、私は床にへたりこんでいた。取り落としたケーキはもうぐちゃぐちゃだろう。そんな事、箱を開けなくても分かる。そして、暗闇の廊下を僅かに照らす寝室の光の元……隙間から中を覗く。もちろん、中では予想通りの光景があった。私は唇を噛みながらその光景を耐える。だが、私の手は自然と下着へと向かっていた。
「んっ……はぅ……カズマさんは私の方が好きなんです……あうっ……」
情事の嬌声を聞きながら、私は目を閉じる。時節聞こえる彼の愛の言葉も、興奮の息遣いも全て私に向けられたもの……そう考えると頭が蕩けそうになる。そんな思考に引きずり込まれていた時、急に背後から何者かに抱きしめられる。そして、私以外の手がショーツの中へと侵入してきた。
「こんな事をしてるなんて、やっぱり負け犬だね」
「違います! 私は負け犬じゃ……ぁ……んふぅ……!」
「助手君の情交を見てオナニー? 天界でやる時より間近に見れて実は嬉しいんでしょう?」
「そんな……私はそこまではしたない事は……」
「これを見てそんな事言えるの?」
否定の言葉を出す私の前に、クリスは私の秘所から引き抜いた指を眼前に持ってくる。彼女の中指と薬指には、熱くてとろとろとした愛液がぐっしょりついている。言い逃れはできない。どうやら、私はいつも以上に興奮しているらしい。
クリスはそれをゆっくりと舐めとってから、再び私の秘所へ指を突っ込んでくる。そして、くちゅくちゅとしたいやらしい音を立てながら私を責めてきた。流石、“私”だ。敏感な所を的確に擦ってくる。だから、私は必死に声を抑える事しかできなかった。
「情けない……本当に情けない……」
「ふぁ……! んあ……うぅ……ふみゅ……あうっ……!」
「助手君を奪うなら、今からでも行動するんだよ。結婚するのは何年後でもいい! とにかく、彼と関係を持ってあたしから逃れられないようにしないと……」
「ひぅっ……やぁ……んっ……ふぅーうぅ! んっ……ひっ……はぅ……!」
「子供を作るのも、次にゆんゆん以外が孕まされたタイミングでいい。重要なのはその時まで彼と良好且つイケナイ関係を維持する事。ゆんゆんと同じくらい愛してもらう。これはあたしが勝つための最低条件……」
私のダメな所を撫でるように指で押す。思わず、腰が少し浮く。そして、指を出し入れする際の音もくちゅくちゅとしたものから、ぐちゅぐちゅとした下品な音に変わっていた。
同じくして、部屋の中からゆんゆんさんがはてる嬌声と、カズマさんの押し殺すような声が聞こえてくる。もうダメだった……
「んぁっ―――――! っ―――!」
口を手で押さえ、絶頂による嬌声を打ち消し、もう片方の手で体を抱きしめてビクビクと震える体を必死に押しとどめる。そんな私に突然の衝撃が襲った。咳込みながら床に這いつくばる私を、クリスは容赦なく踏みつけてきた。
「もう理解しているでしょ? このポジションはあたしが求めるものじゃない」
「うぐっ……!」
「分かったなら即行動。こんなポジション、アクア先輩に押し付ければいい……そして適度に座を狙ってここに彼女を押しとどめるの。うん、それがいいよね!」
くつくつと笑うクリスを見上げながら、私はゆっくりと意識を手放した。
それから数日後、私の因縁の相手が降臨した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
エリス様が俺の家にメイドとして住むようになってどれくらい経ったであろうか? 当初は彼女にそんな事をしてもらうのは恐れ多いと思っていたし、ゆんゆんがしょうもないメイドいびりをするという事もあって、エリス様にはとても不快な思いをさせていると自己嫌悪に陥っていた。
しかし、意外と頑固な彼女は仕事をこなしながら家事を覚え、ゆんゆんのいびりにも耐えて気が付けば家族として溶け込んでいた。最初は拒否反応を示していたゆんゆんも、今ではエリス様と楽しそうに会話をしたり、料理を教えたりと割と良好な関係を築いているらしい。つまりは、エリス様に篭絡されてしまったようだ。
俺は一般的な労働者の半分程しか働いていないし、一週間のうち半分は休業なお気楽商売だが、日中は留守にしている事は変わりない。めぐみんは従業員として、ストーカーとして俺に付き添うため、実は日中を暇にしているゆんゆんを訪ねる人はほとんどいない。
そんな彼女の家事手伝いと話し相手としてメイドというポジションは思いのほか重要なのかもしれない。少し早めに帰る事があった時、ゆんゆんとエリス様がエセ貴族ごっこをしている様子を目にしたり、テーブルの上に広げた大量のお菓子をバタバタと片付ける様子を見たことがある。
ゆんゆんの家事の負担軽減という意味もあるが、役割としては彼女の話し相手といえる。何より俺自身もゆんゆんとさよりを家に一人にしないという安心感を得られる。本当に、彼女達を家に残すは不安な事なのだ。
そんな事をぼんやりと考えつつ、俺は朝食後のコーヒーを楽しむ。台所ではゆんゆんとエリス様がてきぱきと洗い物を片付けていた。俺が家事を手伝う事はほとんどないし、やっても大抵の場合蹴り出される。だから、家事は子育て以外ゆんゆんとエリス様に丸投げ。
なんだか、着実にダメ亭主の道を歩んでいる気がするが、自分の気持ちには逆らえない。本当に楽なのだ……ゆんゆん達には感謝の思いで頭が上がらない……
そして、俺が空になったティーカップをゆんゆんに渡そうと立ち上がった時、玄関から呼び鈴が鳴る。パタパタと駆け寄ってくる彼女達を目で制し、来客に応える。まためぐみんかじゃないかと内心思いながら、俺は躊躇なく玄関の扉を開いた。
「ぁ………」
「おおっ!?」
しかし、扉の前に立っていたのはめぐみんではなかった。淡く透き通った水色の長い髪、髪と同色の瞳と羽衣……その懐かしい姿に俺は何故だか自然とニヤニヤとして笑みを浮かべてしまった。
「久しぶりだなアクア!」
「う、うん……」
「なんだよ? 久しぶりに見た俺のイケメンフェイスに見惚れたか?」
「ちっがうわよヒキニート! ただ……ちょっと……その……あぅっ……!」
アクアが目尻に涙をため、潤んだ瞳で体をもじもじさせて俺の事を見つめてくる。その姿に不覚にもドキリとした俺は、何だかアクアの事を無性に抱きしめて撫でてやりたくなった。
「カズマ……言われた通り半年も距離を置いたわ……だから、また私を傍に置いてくれる……?」
「そうだな。俺は――」
「あら、アクア先輩じゃないですか。メイドなら間に合ってるので天界に帰っても構いませんよ? というか帰れ」
「へっ……?」
いつの間にか、俺の横にはエリス様がいた。そして、メイド服姿の彼女を見てアクアの目が点になる。それから、再び目尻に涙をためはじめる。ああ、これはさっきとベクトルが違うダメな奴だ……
「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ!」
「うるせえ! その泣き方はやめろ!」
「だって、久しぶりに家に来てみたらエリスが……私の居場所が……!」
「アクア先輩の居場所なんて元々ありませんよ?」
エリス様はそう言い放ってから、アクアの胸をドンと押し、彼女はよろめきながら数歩下がる。少しの間、唖然としていたアクアだが涙目を怒りの表情に変えてエリス様に掴みかかってきた。
「あ、ああ、ああああ……! わああああああ、このPAD女神、とうとう私の聖域にまで手を出し始めたわね! 先輩である私を貶すだけでは飽き足らず、苦労して手に入れた私の居場所まで奪うつもり!? いいわ、掛かってらっしゃい貧乳女神! 今こそ決着を付けてあげるわ!」
「ふふっ、もう今更遅いのです」
エリス様が玄関の扉をパタリと閉め、ガチャリと鍵を閉める。しばらくは罵詈雑言と扉をバンバンと叩く音が響いていたが、そのうちぐしゅぐしゅと鼻をすする音と、泣き声が聞こえ始めた。
『ねえ開けて……開けてよかじゅましゃん~! 私が悪いのなら謝るから……ぐすっ……ひっぐっ……開けて開けて!』
流石に可哀相だと顔を歪める俺に対し、エリス様は何故かさらに笑みを深めてクスクスと笑っていた。その姿にゾワリと鳥肌が立つ一方で、少しだけドキリと胸が高鳴った。
「ふふっ、泣いてるアクア先輩って可愛いですよね」
「その気持ちは少し分かりますけど、流石に可哀相ですよ……」
今だにクスクスと笑っているエリス様をとりあえず放置して扉を開ける。そこには、案の定、膝を抱えてめそめそ泣いているアクアがいた。警戒するようにこちらを見るアクアを抱き起し、軽く涙を拭ってやる。そうすると、アクアは表情をくしゃりと崩した。
「わああああああーっ! カズマさんカズマさんカズマさーん!」
「へいへい、よく帰って来たな」
「当り前よ! まさか、この私が無様に逃げ帰ったとでも思ってるの? あれは戦略的……いたいっ!? いたっ! やめっ……はぅ!」
頭を押さえてうずくまるアクアにビシバシと箒で追加攻撃を加える奴がいた。隣を見ると、無表情で箒を振るうゆんゆんがいた。そして、ちりとりをぶんぶんと振りながらアクアに近づくエリス様を見て、流石に俺もピキリときてしまった。
「いい加減にしろお前ら!」
「はうっ!?」
「がひゅっ!?」
渾身のダブルラリアットが二人に炸裂した。
それから数十分後、リビングは何とも言えない沈黙に包まれていた。アクアは俺の座るソファーの後ろに身を隠し、時節俺の肩口から顔をちょこんと覗かせる。対するゆんゆんは仏頂面でソファーに座り、ボロボロのエリス様も無言を貫いていた。
さっき、流石に首はまずいと腕の位置を下げ、セクハラの意味も込めて俺は胸にラリアットをかました。ゆんゆんは軽く尻餅をつくだけであったが、エリス様は残念ながら面白いように吹っ飛んでしまった。まぁ、彼女も悪いと言う事で謝りはしないが……
そうして、そのまま沈黙の時間を続いた後、アクアが意を決したようにソファーの後ろから出てきた。そして、まっすぐとゆんゆんの事も見つめた。
「まず最初に謝るわ。ごめんねゆんゆん。あの時、私は浮かれてて貴方への配慮を忘れてた……本当にごめんなさい!」
「アクアさん……」
「これからは、身の程をわきまえて行動するわ。だから、もう一度私をこの家に置いて欲しい……メイドとして雇ってもらいたいの……!」
アクアの言葉を受けて、ゆんゆんが再び黙り込む。俺は健気なアクアを援護するためにゆんゆんに優しく話しかけた。
「ゆんゆん、半年前言ったよな? アクアはいずれ帰ってくるから受け入れて欲しいってな」
「はい……」
「実はこのアクアのメイド待遇は以前からコイツと約束してた事なんだ。だから、出来るだけ受け入れて欲しい。それに、今更コイツがメイドとして加わったぐらいで、俺とお前の仲は崩れないだろ?」
ゆんゆんは、警戒するようにアクアとエリス様をちらりと見る。それから、大きな溜息を吐いてから朗らかな微笑みを浮かべた。
「そうですよね……私とカズマさんはいちゃいいちゃで心の底から愛し合ってますもんね! だから、メイドくらいは構いません! 逆に、見せつけセックスを遠慮なく毎日出来ると思うとテンション上がってきちゃいました!」
「ゆんゆん!?」
「ふふっ、私とカズマさんが愛し合う横でメイドさんに待機を命じるんです! 居ても立っても居られないメイドさんは、自分の秘所につい手を伸ばしちゃうんです……そこで私がはしたない事をしたメイドに罰として焼きゴテを……くふふっ……もうこれで女として生きては……!」
何やらトリップしてしまったゆんゆんを俺は放置する。季節は春、ゆんゆんも盛ってしまう季節なのだろう。うむ、それならば満足いくまで犯してやるまでだ。まぁ、今はアクアの事だ。少し怪しいが、ゆんゆんの許可はこれで得る事ができたのだ。
「つーわけでアクア、これからもよろしくな」
「当然よ! アンタには私がついてないとダメなんだから!」
ツンと顔をそらすアクアの表情は、態度と言葉と真反対の満面の笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、ゆんゆんとエリスにお土産よ! ほら、カズマがちんまい頃からのアルバムよ! 興味あるでしょう?」
「あります! 見せてくださいアクアさん!」
「アクア先輩、私も是非!」
さっきまでの対立が嘘のようにわーきゃー騒ぐ彼女達を見て俺は苦笑する。出来る限り、彼女達には仲良くやってもらいたい。俺だって、結婚前のようなドロドロとした関係を繰り返したくないのだ。
それに、メイドとしてアクアやエリス様がゆんゆんとさよりの傍についてくれるのは嬉しい事であるし、合法的にセクハラできる楽しみも増えるというものだ。
「見て見てー! このカズマの写真、とっても無様でしょう?」
「これは失禁してるんですか……? んっ……はぁはぁ……!」
「アクア先輩……この写真のカズマさんはもしかして死んでるんじゃ……」
「おい、アクア! お前は何を見せてんだバカ!」
「あいたっ!? これ手に入れるのに苦労して……いたいっ!?」
写真を取り上げ、アクアにお仕置きチョップを喰らわせながらも、俺はしみじみと感じた。やっと俺の日常が戻ってきたと……
「あ、カズマさん。言い忘れてましたけどメイドは1人までです。なので、どちらか解雇します」
「おい、ゆんゆん! いきなりそんな話は……!」
「だって二人も必要ないでしょう?」
「でも……」
「必要ないでしょう?」
「うっ……はい……」
そういう事になった。
その後、仲良くやっていたアクアとエリス様の間で強烈なキャットファイトが始まり、流血沙汰に発展した時には流石に止めた。こうして、いがみ合う二人のうち、どちらかがメイドに相応しいのかを決めるため、正々堂々とした決闘が開始される事になった。
そして、何やら楽しそうに計画を立案したゆんゆんの合図で『メイドバトル』とやらが開始される事になった
「という事で、ついにメイドバトルが始まってしまいましたね! 解説のめぐみんさん、二人の対決についてどう思われますか?」
「いきなり呼び出されて、アクアの帰還に驚く間もなくこれですか。というか、私もメイドに立候補したいのですが……」
「はい、解説ありがとうございました! という事で、全五回戦のうち、第一回戦は私が問題を考えてきました! 題して、メイドさんなら必須スキル!? 『あらやだ! メイドさんは見ちゃった!』です!」
何やら一人で大盛り上がりしているゆんゆんに俺とめぐみんは気圧される。アクアとエリス様はそんなものはどうでもいいと言った様子で押し黙っていた。
「という事で今から私がカズマ家の秘密について質問するので、二人は正解をできるだけ早く答えてください! 三問正解した方が一回戦の勝利者です!」
どうやら、早押しクイズのようなものらしい。そして、コクリと頷く二人の女神を見て、ゆんゆんは満面の笑みを浮かべる。その瞬間、何だか嫌な予感がじわじわとしてきた。ゆんゆんは何かを企んでいる……そんな気がしたのだ。
「それでは第一問……カズマさんが煙草を隠している場所はどこですか?」
「ふん、そんなの簡単よ! カズマの書斎の事務机の3番目の引き出しにある筆箱の中!」
「残念ながら違いますアクアさん。その場所はすでに見つけました」
「ええっ!? 半年前はそこに……」
無表情のゆんゆんを見て、血の気が引く。俺は今更になって気付いてしまった。どうやらゆんゆんは、二人の女神を使って俺の秘密を暴くつもりらしい。だからこそ、俺は勘弁してくださいという視線をエリス様におくる。そうすると、彼女はニコリとした笑みをかえしてくれた。
「冷蔵庫の上にありますよ、ゆんゆんさん」
「なるほど……めぐみん、行ってきてください!」
「私はパシリですか……まったく……」
ブツブツと文句を言いながら家に入っためぐみんを、俺はガクガク震えながら見送った。だって、ゆんゆんが笑顔をこちらに固定したまま微動だにしないのだ。それに……!
「ゆんゆん、エリスの言っている事は本当みたいです。煙草4箱とジッポを見つけました」
「ほう……身長が届かないうえに掃除も大してしない冷蔵庫の上は盲点でした。という事で第一問はエリス様に1ポイントです。では、次の問題ですが……」
俺に対して一言も文句を言わないゆんゆんに逆に恐怖が増す。次は何を問題として出すのか俺は聞きたくもなかった。
「カズマさんが隠しているえっちぃ本の場所を答えなさい」
「ええっ!? 流石にそれは私も知らないわよ……」
「はい! 救急箱の中です! 実は上げ底になっているんです!」
「なるほど……めぐみん……」
「はいはい……」
数分後、めぐみんが数冊のカラフルな本を持ってきた。それをゆんゆんが受け取り、エロ本のタイトルをジロジロと確認する。それを見て、俺を覚悟した。
「『義母寝取り』……『女神の母性に包まれたい~アクア&エリス編~』……何ですかこれ……?」
「うっ……それは……その……!」
「めぐみん、燃やしなさい!」
「ま、待て! それだけはさせるか! 後生だからそれだけは……!」
「“エクスプロージョン!”」
「やめっ――」
里の上空に、爆裂魔法が炸裂する。もちろん本はその中に投げ込まれた。思わず、膝から崩れ落ちる。こんなの、あんまりだ……
「塵も残らないだけ、ゴミよりマシな本でしたね。という事で第2問もエリス様の勝利です。続いて3問目、このラブレターを送った人物の名を答えなさい」
ゆんゆんが無表情で取り出したのは、くしゃくしゃになった紙だ。そこには、『今夜家で待ってます♡』と一言書かれたメモ書きだった。それには、俺自身見覚えがある。でも、あれはゴミ箱にきちんと捨てたはずで……!
「ああ、それならこの子ですね」
エリス様が指をパチリと鳴らす。次の瞬間、紅魔族の少女が突然俺達の前に現れた。それを確認したゆんゆんとめぐみんは、青筋を浮かべながら彼女に近づき、アクアとエリス様もゆらりとにじり寄る。
件の少女は突然の事態に困惑しながらも、俺の姿を見つけて途端に笑顔を浮かべた。ああ、今はその反応はマズイ! 本当にマズイ!
「あっ、カズマ君! えへへ、また私のウチの宴会に……ひゅぐっ!?」
その後、事情をくまなく聴かれ、誤解を解いた所で1回戦はエリス様の勝利という事で決着した。なんだか、どっと疲れた……
ちなみに、あの少女に関しては、店先で値下げ交渉も含めて適当にナンパしたら、一人で舞い上がってしまっただけの子である。流石にちょろすぎたため、俺は紅魔族の未来を心配したほどだ。
「誤解だなんて絶対嘘です! 普通、好きでもない男を夕食に誘いますか!? しかも、両親がいない日に!」
「私もそう思いますよゆんゆん……ねりまきには後でお仕置きです。それにしても、カズマ。きちんと誘いを断ったのは英断でしたね」
「あ、当り前だろ! 家ではゆんゆんが食事を作って待ってるんだからよ……」
「カズマさん……!」
険悪な雰囲気が、少しだけ和らいだ。その事に安堵する一方で、もし俺が誘いに乗っていたらどうなったかを想像して体をぶるりと震わせた。そして、ゆんゆんは機嫌よさそうにアクア達に近づいた。
「これで私がやりたい事はやっちゃったんですけど、第二、第三回戦の内容は決まってます。第二回戦はアクアさんが考えた決闘方法を、第三回戦はエリス様が考えた決闘方法で戦ってくださいね?」
「むぅっ……一回戦は負けたけど私はこれから完勝して見せるわよ!」
「はいはい、私自身疲れてきたので、手早くやって欲しいですね」
「そう、なら早く決闘しましょうか。私が考えたのはこれ……漏斗とコインを使ったものよ!」
嬉々として懐から漏斗を取り出したアクアを、エリス様は首を傾げながら見つめる。何故そんなものが懐に入っているのかという疑問もあるが、それらを見てゆんゆんは顔を赤くし、めぐみんは嫌そうな顔をしていた。そういえば、俺もどこかでこの二つの組み合わせをみたような……
「やり方は簡単よ! ほらゆんゆん、手本を見せなさいな! 妨害がなかったら、めぐみんに絶対勝てる方法だって昔自慢していたじゃない!」
「ひえっ……それは……」
「早くしなさい!」
「わ、わかりました!」
ゆんゆんはアクアから漏斗とコインを受け取ると、自分の胸の谷間に漏斗を突っ込んだ。そうして、見事に胸の谷間に固定された漏斗を確認した彼女は鼻の上にそっとコインを乗せた。
「えと……胸で漏斗を固定して、このお椀の部分に鼻の上に乗せたコインを落とすだけっていう勝負なんです。ね、簡単でしょう?」
エリス様とめぐみんの二人から、ビキリとした謎の音が響いた。ゆんゆんはというと、自分の失言に気が付いたのか、両手をぶんぶんと振って言い訳しだした。
「ち、違うんです! これは誰でも出来るって意味で……あっ……そうじゃなくて……えと……女の子なら簡単に……うん……?」
「ゆんゆん、それ以上墓穴を掘るのはやめろ! しかし、アクアも大人げないなぁ……」
「カズマ、アンタも墓穴掘ってるわよ……」
口元を手で押さえた時にはすでに遅かった。エリス様が目に見えるレベルで暗黒オーラを体から吹き上げている。そんな俺達を尻目に、アクアは早速漏斗とコインを受け取り、ゆんゆんが示したお手本通りにコインを胸元の漏斗に入れて見せた。
ドヤっとした表情を浮かべながら、アクアはエリス様に器具を渡す。はっきりいって、結果はやる前から見えていた。
「エリス様、その……気が進まないなら辞退しても……」
「くっ……カズマさんは私がこの程度も出来ないと思っているんですか!? 私だって女の子……女神なんですよ! これくらい出来ます! 出来なきゃいけないんです!」
「お、おおう……」
自ら死地に飛び込んでいくエリス様を、俺は見守る事しか出来なかった。紅魔族でもないのに、目を真っ赤にしている彼女を宥める手段はもはやないのだ。
「それじゃあ行きます! これくらい、私だって……!」
エリス様が不自然に前かがみになり、両手を前に突き出す。もう死語になってしまったが、俗にいう『だっちゅーの』の姿勢を取って、必死に谷間を作ろうとする彼女の健気な姿に、俺は色んな意味で泣きそうになった。
「それ……あっ……固定できました……固定できましよカズマさん!」
エリス様が、満面の笑みを浮かべながら顔をこちらに向ける。その瞬間、胸元にあった漏斗が、服の中に消えた。そして、服の下から現れた漏斗が、カランという無機質な音と共に地面に落ちる。
「ぁ…………」
絶望の表情を浮かべるエリス様を、俺はなんだか見ていられなくなった。だから、視線を宙へと逸らす。しかし、アクアが爆発したように笑いだした。
「ぷっくっ……! あはははははっ! カラン……カランですって! いひひひひひっ……ちょっ……笑いすぎてお腹痛いんですけど!」
「アクアさん、そんな事は……うひゅっ……うくっ……! カラン……ぷふっ……!」
ゲラゲラと笑い転げるアクアと、顔を真っ赤にし、口を押えながら体を震わせるゆんゆんも俺は見ていられなかった。彼女達は命が惜しくないのだろうか……
めぐみんは無表情で佇み。エリス様は涙を浮かべながら体をぶるぶると震わせていた。俺はこんな時、何を言えばいいか見当がつかなかった。
「いいでしょう……いいでしょういいでしょう! それならば、第三回戦はじゃんけんで勝負ですアクア先輩!」
震えながら言葉を発したエリス様を、アクアとゆんゆんは少し冷たい目で見てきた。
「じゃんけん……大人げないわねエリス……」
「それはちょっと……」
「なんですかっ! さっきの勝負は大人げある勝負だと言うのですか!?」
「だって……ねぇ……?」
「むぐっ……むぐぐぐぐっ……むきーっ!」
奇声を発しながらアクアに跳びかかったエリス様を俺は慌てて抱きしめて止める。そしてさっき必死で考えた甘い言葉を囁き、なんとか宥める事が出来た。ちなみに、PADでも構いませんよって言ったら頬を引っ掻かれた。今後、これは禁句らしい。
「分かりました! それなら、運の関係ない勝負をしましょう! ほら、あそこに二軒の家がありますよね! その家の間……壁と壁の間をどちらが早くすり抜けられるかで勝負です!」
目を真っ赤にさせながらそう語ったエリス様に、俺はため息をつく。無意識のうちに自分が勝てる勝負を挑んだようだが、自ら死地に飛び込んでいる事には変わりなかった。
「じゃあ私から行きます……突撃!」
エリス様が鋭い身のこなしで、家と家のスキマをすいすいと通り抜けていく。そして、僅か9秒というタイムで俺達の下へ帰還した。アクアは、そんなエリスを鼻で笑いながら出迎えた。
「ふん、私は脱出マジックが得意なの! 狭い所での身のこなしで私に勝てると思ったら大間違いよ! 見てなさい!」
アクアが、勢いよく家と家のスキマに体を滑り込ませる。しかし、半分ほど言った所で彼女の動きが止まってしまった。
「な、なにこれ!? お尻がつっかえて……うっ……胸もこれ以上へこまないし……ありゃ、戻る事も出来なくなちゃった!? うぐぐっ……カズマー! ゆんゆんー!助けてー! 私の負けでいいからー!」
予想通りの結果に、俺は黙る事しかできない。そして、助けてやろうと顔を上げた時には、すでにスキマにゆんゆんが突撃している最中であった。
「アクアさん、今助けに……あうっ!? お尻が……はぅ……あれ……? 挟まっちゃった……!?」
何故自分の起伏ある完璧な躰を顧みずに突撃するのか……ズキズキと痛む頭を、俺は額を押さえながら労わった。
「カズマー? カズマさーん? はやく助けて欲しいんですけどー」
「ひゃああああああああっ!? む、むかでいやあああああっ!? そこ入っちゃ……ひっ……あふっ……!?」
俺は助けを求める視線を隣に向ける。そこには、無表情で佇むエリス様とめぐみんがいた。助けるためには、あのスキマに軽々入れる人物が望ましい。だから……
「エリス様……めぐみん……その……」
「…………」
「やっぱなんでもないです……」
こんな事、任せられるはずがない!
それから、俺が寝室からローションを持ってきて何とか二人を脱出させた後、すぐさま第四回戦が始まった。そして、勝負内容を俺が決めてもいいとのお達しがあった。それならばと、俺は考えに考え抜いたバトルを発表した。
「よし、それじゃあ四回戦は母乳比べだ! 審判はもちろん俺な! 直接吸って味を……あだっ!? あだだだだだだっ!?」
「んっ……んぐっ……んはっ……! やっぱりカズマさんに任せたのは失敗でした。でも、着眼点は悪くありませんね。という事で、第四回戦はさよりに決めて頂きましょう!」
ゆんゆんに噛まれてヒリヒリと痛む首筋をさすりながら、会場を家の中に移す。そこでゆんゆんが抱いていたさよりをカーペットの上にそっと下ろした。
「実は、さよりも最近はハイハイをするようになりましたし、認知機能も上がりました。という事で、二人はさよりの名前を呼んであげてください。さよりが向かった方が今回の勝者です」
「なるほど、まぁ生まれたての頃は私が面倒を見たし、私の勝利は確実ね!」
「冗談はよしてくださいアクア先輩。私は半年も一緒にいたんです! 私がさよりちゃんの母親なんです!」
エリス様の発言が何か一足飛び出ている気がするが、俺もエリス様に軍配が上がると思っていた。半年という期間で築いた絆は伊達じゃないのだ。でも、これでエリス様が勝ったら、メイドバトルの勝者はエリス様だ。そう考えると、アクアが可哀相になってきた。第一回戦もそうだが、アクアの方が不利な状況なのだ。
「じゃあお願いさより」
ゆんゆんに背中をポンポンと叩かれて、さよりがハイハイを開始する。彼女の視線の先にはアクアとエリス様。何処か値踏みをするように二人をじっくりと眺めていた。
「さよりちゃん、私よ私! アクアお姉ちゃんよ! 覚えてるでしょー!」
「さあ、こちらに来るのですよさより。母親は私なんですから……!」
二人の掛け声と、手を叩く音に意を介さず、さよりは二人を見比べる。そして、ハイハイをして一直線に向かったのは、エリス様じゃなくてアクアの方であった。アクアは、それを受けて嬉しそうにさよりを抱き上げる。対して、エリス様は顔面蒼白となってガタガタ震えていた。
「ふふっー! やっぱり私の方がいいわよね! 久しぶりねーアクアお姉ちゃんですよー?」
「えぅっ……くっ……あう……そんなはずは……そんなはずは……!」
頭を抱えてうずくまるエリス様に俺は合掌した。そして、さよりの真意に気付かなくてよかったと心から安堵した。何故なら、さよりがアクアのおっぱいをペシペシ叩いているのだから……
こうして、波乱のメイドバトルも最終決戦に移行した。最後の決闘方法は料理バトル。なんだか、ここに来て初めてメイドらしいバトルになった気がした。
「という事で、アクアさんとエリス様には昼ご飯を作ってもらいます! そこに、私が作った料理を入れて3品をカズマさんに食べて貰い、一番おいしいって評価を貰った方が勝者です! ちなみに、私が勝ったら二人とも解雇です!」
「ええっ!? そんな事聞いてないんですけど!」
「ふふっ、望む所です!」
それぞれの意気込みを胸に、三人は台所に駆け込んでいく。その姿を見送ってから、俺は隣にいるめぐみんにそっと話しかけた。
「なあ、めぐみん、もしかしてゆんゆんって結構ストレス溜めてるのか……?」
「私にそんな事聞かれても困りますよ。でも、昔より生き生きしているのは確かです。あのぼっちは寂しがりのかまってちゃんですからね。アクアやエリスみたいな根っからのお節介焼きとは案外相性がいいのですよ」
「そういうもんかねぇ……」
キャーキャーと騒ぎながら、台所でドタバタしている3人を、頬杖をつきながら眺める。確かに、意外と彼女達の相性はいい。出来る事なら、彼女達には今後も仲良くやってもらいたいものだ。
「しょうがねぇ……さよりはお義父さんに預けて、久しぶりにデートでもしてやるか……」
「むっ、私も行ってもいいですか?」
「そこは、遠慮しとけよ……」
それから、めぐみんと他愛のない話を続ける事数十分。俺とめぐみんの前に料理が運ばれてきた。コロッケと白パン、スパゲッティとコンソメスープ、卵焼きっぽいものと味噌汁という3セットが並べられた。
そして、ゆんゆんがニコニコとしながら俺の対面の席へと座り、威圧するようにこちらを見つめてきた。
「カズマさん、この料理はそれぞれ誰が作ったかは後で発表します。ですから、純粋に美味しいと思ったものを選んでくださいね?」
「へいへい……」
「あ、私の料理を選んでくれたら、今日の夜は“凄い”事をしてあげますよ」
「す、凄い事……」
「まぁ、そんな豪褒美がなくても、私を選んでくれますよね? ねぇカズマさん?」
背筋がゾクりと寒くなる。これは脅されているのだろうか、そして、アクアとエリス様も、固唾を飲んでこちらを見守っていた。まぁ、自分の気持ちに正直にいくとしよう。
そして、俺は3品の料理に手をつける。ゆっくり、味わうように食べながら、俺は料理の甲乙をつけていった。
そして、30分ほどたったころに、全ての料理を食べ終える。緊張した面持ちで俺の前に並ぶ3人は、判定を今か今かと待っていた。
「それじゃあ発表するからな! 俺が一番美味しいと思ったのは……これだ……!」
ビシリと俺が指さした料理を彼女達が見て、ゆんゆんとめぐみんは驚きの表情を、エリス様は屈辱の表情を……そして、アクアは満面の笑みを浮かべた。
「やった……やった……やったわ! も、もうしょうがないわねえカズマ! やっぱり私が一番好きって事よね! 本当に素直じゃないんだから! ツンデレ! カズマのツンデレ!」
「これお前のかよ!? まぁ、大体は分かっていたけど……おう……頑張ったな」
「ふぁっ……かずま……!」
感極まったのか、俺の背中にギュっと抱き着いて来た駄女神をそのままに、俺は納得いかない様子の彼女達に説明をする事にした。
「カズマ、これは少しおかしいのではないですか? だって、卵の中に入ってたのはコンビーフですよ! とてつもなく貧乏くさくて私が親近感を覚えたほどのものですよ!?」
「そうです! アクアさんにだけは負けないと思ってたのに……カズマさんのバカ……! 私がいつも食事を作ってるのに……!」
「しゃーねーだろ! 美味かったから仕方ねーんだよ!」
ゆんゆんが不満顔で頬を膨らます。これは、当分機嫌が直りそうにない。まぁ、明日からでもデートに誘ってやろう。久しぶりに、長期の旅行に出るのもいいかもしれない。
そんな思いを馳せている俺に、エリス様が真正面から俺を見つめてくる。彼女の表情は、泣きそうな顔になっていた。
「カズマさん、私のスパゲッティとスープは美味しくなかったんですか……?」
「いや、無茶苦茶美味かったです。本当に三人とも甲乙つけがたいほど美味しかった」
「それじゃあなんで……!」
「んーそう言われるとなぁ……」
俺がアクアの料理を選んだのは、俺の好みと直感に従った結果だ。それでも、この料理は他の二人にはない風味が混ざっていた気がしたのだ。
「なんだか、懐かしい味がしたんですよ」
エリス様は、そんな事を言った俺をじっと見つめてくる。そして、顔を伏せて俺に背を向けた。そして、家の外に出現した光柱にパタパタと駆け寄っていく。途中、ズテンと大きく転びながらも、彼女は振り返りもせずに光柱に消えて行った。
「ふふん、ざまあないわね! 私の居場所を取ろうなんて考えるのがいけないのよ! ま、まぁ後で顔を見に行くくらいは……あいたっ!? 何すんのよカズマ!?」
「俺が行くさ。お前はダクネスにも顔を見せてやれ。会いたがってたからな」
「そ、そうだったわ! ダクネスの所にもお土産を持って行かなきゃ!」
バタバタとカバンを漁り始めたアクアを尻目に俺はゆんゆんに少し頭を下げた。
「ちょっと慰めてくるわ……」
「もう……早く行ってあげてください……!」
そっぽを向くゆんゆんの頭を撫で、俺はテレポートの魔法を発動させた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は屈辱感と悔しさ、悲しみを抑えきれず地団太を踏む。私に勝って誇らしそうに笑顔を浮かべるアクア先輩を見て、悔しくてたまらなかったし、この半年の努力をしてもなお、アクア先輩との間に理解不能ながらも確かな差があるのを感じてしまった。でも、アクア先輩が勝負に勝って、正直ほっとしている。もし私が勝ちそうになったら、わざと負ける事だって考えていたのだ
ああ、、アクア先輩は可哀相な人……何も、私がおかしいからこんな感情を抱くのではない。本当に、心の底から可哀相だと思っているのだ。
恐らく、このメイドという座は彼女を長い間苦しめる事になる。それを、彼女は理解しているのだろうか?
私の勘だと彼女はそれを理解している。めぐみんさん、ダクネスのためにその道を選ぶ彼女を私は少しだけ……ほんのちょっとだけ凄いと思った。
そんな私は、天界で大粒の涙を流していた。
そして、今か今かと待ち受ける……私のカズマさんを……!
「エリス様……その大丈夫ですか……?」
「カズマさん……!」
ほら、やっぱり来てくれた! メイドバトルに負けて天界に逃げ帰った私を、カズマさんが慰めに来てくれた。その事実が私を熱くさせる。だからもう、逃がさない! 彼は私のもの……最後に笑うのはこの私……!
自己暗示をするように、私は気分を高めていく。そして、心配そうな顔でこちらを見つめる彼の前で、私はゆっくりとスカートを持ち上げる。もちろん、私の下着はいやらしく濡れていた。
とろりとした愛液は内ももを滴り落ち、純白のハイソックスにシミをつくっていく。そして、彼の視線はそんな私の下半身。見られている……その思いが私をより興奮させ、自然と荒い呼吸へとなってしまった。
「カズマさん、私を慰めてください……」
「いきなりどうしたんですかエリス様!? その……そういうのは困るというか……」
「貴方が胸に秘めた思いも、私なら分かります……――のでしょう? だから、私の誘いに乗れない……乗りたくても乗ることが出来ない……」
「なっ……なんでそれを!?」
驚愕の表情を浮かべるカズマさんが可愛くて、私は思わず舌なめずりしてしまう。これだけたくさんの女性に手を出しておいて、そんなしょうもない事を気にしているのか……私達の“愛”がそんなにも信用できないのだろうか?
それならば、私が彼に理解させてあげましょう。
私がカズマさんの心を溶かせばいい。アクア先輩だって、彼のため、めぐみんのため、ダクネスのために頑張っている。それならば、私もそれを手伝うとしよう。これは、アクア先輩達の助けにもなるのだから……
「大丈夫、ここは私と貴方だけの空間です。貴方の憂いも心配も、考える必要なんてない。私が全て上手くやってあげます……」
「ちょっ……まっ……エリス様……!?」
「ふふっ、私を好きにしていいんです。興味津々だった母乳でも飲んでみます? それとも、最近気苦労が多い貴方を、私という“母”が癒してあげましょうか? “懐かしい気持ち”にだってしてあげますよ……?」
カズマさんに正面から抱き着き、私の熱く濡れた秘所を彼の太ももへと擦り付ける。しばらく葛藤していたカズマさんも、気が付けば私を抱きしめていた。そう、それでいい。今も……そしてこれからも……最後に微笑むのも私だ!
だから、そっと彼の耳元で囁いた。
「カズマさん、私と浮気しませんか……?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
紅魔の里をあたしはトボトボと歩く。準備を重ねた作戦は、あっけなく終わってしまった。それでも、“私”は諦めない。勝利を求めて、自分が進むべき道を進んでいた。
「でも、あたしはもう全部終わりなんだよ……?」
独り言に応えてくれる人なんて、もちろんいない。もし、あの作戦が完遂していたら、“私”は家族の幸せを享受し、“あたし”は助手君と二人の幸せを楽しむつもりでいた。
あたし達だからこそできる両方の幸せの追求、一人不倫プレイ……色々な夢が詰まった作戦だった。でも、それは失敗に終わり、当初の予定通りアクア先輩達、ゆんゆん含めての幸せを求める道を目指す事になった。実は、この道に“あたし”の幸せはない。
アクア先輩と同じように、今後は苦しむ事になるかもしれない。そんな恐怖と不安があたしを苛む。“あたし”だって“私”だ。あたしの事も愛して欲しい……一緒に幸せになりたかった……!
「…………!」
そんな時、鼻孔に嗅ぎなれた……大好きな男の匂いを感じる。急いで周囲を見渡すと、200メートルほど先に顔を真っ赤にした助手君がいた。そこで、私は本体と同期を取った。
「んふっ!? んっ……あっ……流石は助手君だねぇ……!」
どうやら、私の本体は自分から迫った挙句、助手君の指でイカされまくって気絶してしまったらしい。それでも、同期した本体越しに、濃厚な精臭を感じた。どうやら、気絶間際にお口に突っ込まれたらしい。本当に助手君は鬼畜だ。
「ふふっ……情けない……本当に情けないよ……」
“あたし”は、不甲斐ない“私”にため息をついた。本当にダメダメだ。そんな事では、助手君の全てを手に入れる事なんて出来やしない!
「頑張ってね“私”! もっと頑張らないと――」
そうだ、あたしが遠慮する必要なんてない!
日頃溜まった鬱憤を晴らすために欲望を解放するのが本来のあたしの役割なのだから……
「“あたし”が盗っちゃうんだから……!」
新たな決意を胸に、あたしは大好きな助手君の元へ駆け出した。
元ネタ解説
旧神:元ネタはギリシャ神話の『女神ヘラ』
結婚を司る女神ヘラは夫の浮気相手に文字通り地獄を見せて来た
ラミアの話こわい……
自称全知全能の旦那:元ネタはギリシャ神話の『ゼウス』
息子が作った鎖に縛られ、昔みたいな女遊びも出来なくなったとか……
今はヘラの隠居部屋で楽しい余生を送っている
浮気はしまくるクズだが、なんだかんだでヘラを溺愛してる
愛人や、愛人の子供を殺されても、ヘラを天界から吊るしてお尻ペンペン程度の罰しか与えない
不細工な息子:元ネタはギリシャ神話の鍛冶の神『ヘパイストス』
両親から散々な扱いを受けたヘラの息子(無性生殖)
鍛冶の腕は確かで、神器を作ったりしてるかも?
嫁さんを兄貴に寝取られ、天界中の笑いものにされた元祖寝取られ男