夢を見ていた。
それは私が恋に恋していた甘酸っぱくて焦れったい時の記憶。夢の中の私はカズマの事が好きで好きでたまらない女の子。そして、恋敵であるダクネスやアクアもカズマと同じくらい大好きだった。あの頃は、ダクネスとアクアと恋で対立したとしても、楽しくて賑やかな生活がずっと続くと思っていた。もし、カズマが私以外の女を選んだとしても“私達”はずっと一緒。それだけは絶対に変わらないと信じていた。
だが、現実にはそうはいかなかった。カズマはゆんゆんを選び、私たちの生活はあっけなく崩壊した。もし、カズマがゆんゆんではなく、ダクネスやアクアを選んでいたらこのような事にならなかったと今でも思っている。でも、現実はもう変えられない。カズマはゆんゆんを選んだのだ。
夢の中の光景が甘酸っぱい思い出から、ドロドロとした愛憎の光景に切り替わる。当時の記憶を俯瞰的に見ていた私は思わず眉をしかめた。夢の中くらいは、楽しかった記憶だけを見たいものだ。
そんな私の思いは全く考慮されず、私達の狂気と憎しみに満ちた記憶の再生は続けられた。思えばこの時、私は“女の子”から“女”へ変化した気がする。甘酸っぱい夢は否定され、男女の肉体関係や結婚という現実と向き合った。このままいけばカズマと結婚するのだろうと当たり前のように考えていた私にとって、それは信じられないほど辛いものであった。
大好きな男は私を見てくれない。大好きだった親友は私を裏切った。
ゆんゆんはポンコツでちょろあまなぼっちだ。おまけに私がついていてあげないとすぐに騙される。そんな彼女が気づけば私からカズマを奪い、勝者の余裕と微笑みを携えて私に接してくる。だからであろうか、ゆんゆんに対しては今でも複雑な思いを持っている。
ゆんゆんと私の性格的タイプは真逆と言っていい。私は普段……多分しっかりしているが土壇場の事態に弱い。ゆんゆんは普段はポンコツでも土壇場になると強い。私は強敵を前にした際はとりあえず逃走をしようとするが、ゆんゆんは立ち向かうタイプなのだ。
そんな“ピンチに強い”というゆんゆんの特性が恋愛事、しかも略奪愛という嫌な状況で遺憾なく発揮された結果が今の現実だ。彼女はカズマへの愛と私への裏切りで板挟みになっていたが、狡猾且つ大胆に行動してカズマの心を奪い、私達に詰みの状況を突き付けてきた。少し前に自称していたが、ゆんゆんは本当に“嫌な女”なのだ。
そして、夢の中の光景が愛憎渦巻くものから、ほのぼのとした家族の様子に切り替わる。
朗らかな微笑みを浮かべるカズマの家族は皆幸せそうであった。見ているこちらまで幸せになってくる光景を前に、私は頬を緩ませて彼らに歩み寄る。しかし、彼らは私を見て不機嫌そうな顔になって家へとそそくさと入ってしまった。それを追いかけた私は彼らの玄関の戸バンバンと叩く。そうすると、扉はゆっくりと開かれた。
扉の先には、ゆんゆん、ダクネス、エリスがいた。彼女達は私を一蹴りして、玄関から遠ざける。それから、耳障りなクスクスとした嘲笑をしながら尻もちのついた私を見下ろしてくる。
その瞬間、目の前が真紅に染まる。
そして、私は愛用の杖を抜き放って――
「ジョン!」
「ほわぁ!? 何だいめぐみん! 急にどうしたのさ? というかジョンって何……?」
「ううっ……あるえですか。何だか今とてつもなく気分がムカムカするんです! それに頭もガンガンと痛くて……!」
「そりゃあ、あんだけ飲めばそうなるさ。ほら、お水は前もって準備してあるから……」
あるえが水の入ったコップをそっと差し出してくる。私は素直にコップを受け取って水を一気に飲み干した。そして、くらくらとした視界の中で周囲に散らばる酒瓶と心配そうにこちらを見てくるあるえを目にして状況を把握する。昨夜、私は酒をしこたま持って彼女の家に行き、プチ宴会をしたのだ。そして、私はそのまま眠ってしまったという事だろう。我ながら、なんだか悲しい気分になってくる状況だ。
「あるえ、今は何時頃ですか……?」
「んー朝と昼の境目ぐらいの時間帯だね。まぁ、今日は休日だから好きなだけゆっくりしても構わないよ」
「なっ……こうしちゃいられない!」
「ちょっと、どこ行くのさ! 私の本を読んでくれるっていうから昨日の飲みに付き合ったのに……!」
「そんなものはまた今度です!」
「そ、そんなもの……!?」
何やらショックな表情を浮かべるあるえを放置して私は家を飛び出す。そして、自宅へ飛び込んだ私は超スピードでお風呂に入って酒臭さと乾いた汗の匂いを洗い流す。それから、整容をしようと鏡に向き合った時、ふと今までの勢いが落ちてしまった。
私はそっと自分の頬に手を這わす。カズマ達と出会ってから約十年、鏡を見ると自分の成長を嫌でも感じてしまうのだ。身長は彼らと出会った時から10cm程伸び、自慢の黒髪も腰まで伸ばしている。それに、顔立ちが昔とは明らかに違う。それぞれのパーツには変化はないもの、“少女”から“女”の顔立ちになっている。それだけの年数、経験、苦労を積んだのだ。それに胸も……
「…………」
う、うむ。身長が伸びた事で私はもはやロリ担当なんかではなく、立派なスレンダー美人さんなのだ! だから何も問題ない! でも、入浴後の胸部マッサージは忘れずにしよう!
「って、こんな事やってる場合ではありません!」
葛藤しながらもマッサージを中止し、身支度を整える。それから、最低限の荷物を持って自宅を飛び出した。向かうはもちろんカズマ邸。もしかして置いて行かれるのではという不安があったが、庭先のベンチに座っているカズマ、アクアと子供達の姿を見て一安心する。どうやら、まだ出発はしていないようだ。そんな私に気づいたカズマは、子供を抱っこしながらゆっくりと手を振ってきた。
「よぉ~めぐみん~お前も来るのか~」
「当たり前です! カズマと正式には結ばれていなくとも、私はもはや家族の一員! ゆんゆんの週間ピクニックに付き合うのも家族の務めです!」
「ほ~ん」
腑抜けた表情のカズマは腕の中にすっぽり収まっている子供を撫でながら興味なさそうな返事をする。その様子に、私は思わず額を手で押さえて俯く。この頃のカズマは完全に父親兼平和ボケ状態になってしまい、私のアプローチは押しても引いても効果なしという悲しい事態になっているのだ。おまけに、ゆんゆん達もやんわりとしながらも私に対する牽制をやめていない。本当にどうしたらいいのだろうか。こうして私が悩む中、カズマの子供達が騒ぎ出す。うーむ、この子達も大きくなったもんだ……
「ねぇ、お父さん! 一体何時間その子を抱っこするつもりなの!? 甘やかしすぎるのもあたしは良くないと思うな!」
「んー? なんだレイカ。お前も抱っこして欲しいのか?」
「ち、違うし! そんなんじゃないし! あたしはお姉ちゃんとしてこの子の将来を心配してるだけだから!」
顔を真っ赤にしながらカズマの脇腹をぽかぽか叩いているのはエリスの子供である“レイカ”だ。エリス譲り紫色の瞳を持ち、美しい銀髪をツインテールでまとめている。そんな、彼女は3歳でありながらすでに大人顔負けの知識を備えたハイスペック幼女だ。流石は産まれながらの女神である。まぁ、感情の制御に関してはまだ年相応なので色んな意味で可愛い子だ。
「も、もう! お父さんがどうしてもって言うならあたしを抱っこしてもいいよ! ほら、アンタは少し奥につめて……うきゃああ~!?」」
「どうしたレイカ!? って何やってんだありさ! 目潰しはダメだろ! 目潰しは!」
「ぼうえい……せいこう……ここは……わたしのばしょ……」
「ふぁうっ……ぐすっ……別に抱っこされたいわけじゃないし! もう知らない!」
涙目になりながらとてとてと逃げ出したレイカを見て私とカズマは一緒にため息をつく。そして、カズマ争奪戦の勝利者であるゆんゆんの第二子“ありさ”は眠たげな目を少し緩ませてカズマの胸に再び顔を埋める。
彼女はさよりちゃんと同じく黒髪紅目という紅魔族の特色を受け継いだ女の子だ。だが、三歳にして大金が出来た時のカズマを思わせる気だるげな雰囲気を漂わせ、常に眠そうな目をしているダウナーな子だ。睡眠第一だったり、我儘だったりするのだが、逆に言えば子供らしい子供だった。三歳児なんて普通はこんなものなのである。
「まったく、後でレイカに一緒にごめんなさいするからな」
「うん……」
「おう、素直なのは良い事だぞ~」
ありさちゃんを抱っこしてすっかりお父さんモードに入ったカズマにもはや付け入るスキはない。私は大きくため息をつきながら、レイカちゃんが逃げた方向に目を向ける。そこには、ゆんゆんのペットである初心者殺しをせっせとブラッシングするメイドアクアとカイズ君。そして、レイカちゃんに泣きつかれて若干頬を緩ませているさよりちゃんがいた。
「あ、めぐみんお姉ちゃん! やっぱり来たんですね!」
「こんにちはです。というか、やっぱりって何ですか!」
「そのままの意味ですよ。本当に、お父さんなんかの何処がいいんだか……」
「う、うるさいですね! 貴方みたいな子供にはまだ理解できない複雑な事情があるんです!」
「はぁ、そうなんですか……」
泣きつくレイカちゃんの背中をポンポン撫でながら、さよりちゃんは私に呆れた視線を向けてくる。彼女の成長は私にとってもうれしい事なのだが、九歳の子供に呆れられるというのは中々にクるものがある。それに、彼女の発する謎の威圧感に私はたじろいでしまう。何というか、この子に対して私は苦手意識を持ってしまっているらしい。本当に色んな意味で自分が情けない。そんな私に、アクアはいつもの変わらない笑顔で話しかけてきてくれた。
「あら、めぐみんじゃないの。ゆんゆん達はまだお弁当を作っているわよ? アンタも一緒に作る?」
「いえ、遠慮しておきますよ。私はすでに作ってきてますから」
「そうなの。なら、出発までここでゆっくりしなさいな。あの子達はまだまだ時間がかかりそうだしね」
アクアは私が懐から出したお弁当が入った包みを見て顔を綻ばせる。実は、今回のピクニックの参加条件は弁当を作ってこいというものであったのだ。いつもは皆で大きな重箱をつついていたので、私はタダ飯ついでに気軽に参加していた。
ちなみに、先週はおかずのミートボールをレイカから奪って泣かせてしまっている。もしや、その事に対する対策をしてきたのかと少し戦々恐々としていたのだが、アクアの様子を見るにその線はないらしい。その事に少し安堵していた私にちっこい奴……カイズ君が駆け寄ってくる。彼は茶系の黒髪と綺麗な碧眼を持ち、ダクネスの良いところとカズマのマシなパーツを掛け合わせて誕生した将来が楽しみなショタだ。
「めぐみんお姉様、こんにちはであります!」
「ええ、こんにちは。この年齢できちんと挨拶ができるなんて、やっぱり貴方も早熟ですね……」
「そうじゅく……という言葉はよく分かりませんが、きちんとしないとお母様がうるさいのであります!」
「ふふっ、そうなのですか……」
カイズ君の発言に私は苦笑する。彼は教育ママと化したダクネスの英才教育のおかげで言葉遣いや所作が馬鹿丁寧なのだが、行動に関してはまだまだ三歳児。見ていて微笑ましいタイプの子供だった。
「ねえめぐみん、暇なら私達と一緒にじゃりめちゃんのお手入れでもする? この子、お風呂嫌いだから結構汚いのよね」
「たまにダニもついているのであります! ほら、こんなに大きいのですよ!」
「うひぃ!? なんてもモノを持っているんですかアナタは! 変な病気をうつされる前に捨てなさい!」
「ああっ!?」
私はカイズ君が笑顔で見せつけてきた手をぶっ叩き、彼が握っていた血を吸って大きく膨らんだダニを地面に叩き落として、思いっきり踏みつぶす。破裂して赤黒い血を飛び散らしたダニを彼は悲しそうな目で見つめていた。
「まったく、どうして子供ってのは虫とかが大好きなんですかね。理解できませんよ」
「そういうものなのよ。アンタも子供が出来れば分かるわ」
「アクアだって子供作ってないくせに何を偉そうにしてるんですか!」
「ふふっ、バカねぇめぐみん! 女神にとっては人間全てが……って痛い痛い!? なんで叩くのよ!?」
「イラついたからです!」
少しドヤ顔だったアクアの脇腹を叩きつつ、私は改めて周囲を見渡す。カズマはありさちゃんを抱いたうえにレイカちゃんを肩車してご満悦な表情をし、カイズ君は私が踏みつぶしたダニを真剣な表情をしながら棒でつついていた。そして、さよりちゃんは初心者殺しを穏やかな顔で撫でている。
その光景を見て、私は何とも言えない疎外感に苛まれる。私はアクアを捨て置いて家の中へ侵入した。ここにいるよりかは、ゆんゆん達の方がまだマシな気がしたからだ。だが、その認識も間違っていたらしい。台所で3人仲良く笑顔で料理している姿を見て、私は心が折れる。この世界は私に厳しすぎる。そんなことをつい思ってしまった。
そんな私の出現に気づいたゆんゆんとダクネスがこちらに朗らかな微笑みを浮かべながら近寄ってくる。最初はギスギスした関係であったのに、今ではこの二人は大の仲良しなのだ。
「あっ、めぐみん! ちょうどいい時に来たわね。ねぇ見て見て! 結構上手く出来てると思わない?」
「今日は“きゃらべん”という奴をアクアに教わってな。アクアのものと比べるのもおこがましい出来ではあるが、私自身は結構上手く出来てると思うのだが……」
彼女たちは私にお弁当を突き出してくる。そのお弁当はご飯の上に様々な具材を乗せて、何かの絵を表現したものであった。何かを期待するかのようにこちらを見る二人に、私はげんなりした。
「ゆんゆん、この犬は中々良く表現出来てると思いますよ」
「ち、違うわよ! これはじゃりめなの! そんな事も分からないの!?」
「……ダクネスは……んー……なんでしょうこれ……ゼル帝……?」
「なんで鶏になるんだ! どこをどうみても天使だろうが!」
まったく……
「なんだこんなもん!」
「あああああああああっ!?」
「なっ……なにをするんだ! このバカ!」
二人の弁当を床に叩きつけて私はいくらかスッキリする。彼女たちが青筋を浮かべてキレているが、最早どうでもいい。こうして、にじり寄ってくる彼女たちの前で目を閉じて覚悟を決めていると、私にとって耳障りな声が入ってくる。出来婚腹黒女であるエリスだ。
「何をやっているんですか貴方達は。それに、めぐみんさん。食べ物を粗末にするのはいけませんよ?」
「そんな事は百も承知です! だが私は謝らない!」
「はぁ……とにかく、お弁当は作り直しましょうか。これがなければピクニックも味気ないものになりますしね。貴方も手伝ってくださいよ?」
「うるさいです! もう、こんな催しぶっ壊して……おぶう˝っ!?」
視界が赤に染まり、暗転する。最後に見たものは、無表情で杖をこちらに振り下ろそうとするゆんゆんと、それを取り押さえるダクネスとエリスの姿であった。
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ズキズキとした頭の痛みに耐えながら、私は気持ちのいいゆんゆんの膝枕から身を起こす。先ほどまでは紅魔の里にいたはずなのに、周囲の光景は見慣れた草原になっていた。ここは、ゆんゆんお気に入りのピクニックスポットの一つである。どうやら、私は意識をなくしたまま連れてこられたようだ。
「起きたのめぐみん? ごめんね……ついカッとなって叩いちゃったけど、まさかアレがボンッってなるとは思わなくて……」
「ひっ!? まさかそれ程の大怪我だったのですか!?」
「エリスさんが治療してくれましたから大丈夫です……多分!」
「多分って何ですか多分って……」
冷や汗を垂らしながら謝るゆんゆんを見て、私は力なくレジャーシートに崩れ落ちる。そして、同じく腑抜けた表情で寝ていたカズマの方へ体を転がらせた。カズマはそんな私を軽く受け止めてくれた。少しだけ役得だ。
「カズマカズマ、毎週のようにピクニックに付き合わされて飽きは来ないのですか? 私は正直言って飽きましたよ」
「そうかい。俺はゆっくり出来るから嫌いじゃないんだがな。それに、子供達も喜んでるし別にいいじゃないか」
「めぐみん、カズマさんの言う通りよ。家は毎日大騒ぎですから、大自然の中で穏やかに過ごすっていうのは実は貴重な時間なんです。何より、子供達の方も週末のピクニックを楽しみにしているんですよ? まぁ、それは見れば分かるでしょうけどね」
ゆんゆんはクスリと笑いながら草原の方に目をうつす。そこには思い思いに過ごす母親と子供の姿があった。その表情はもちろん笑顔だ。私は何だかばつが悪くなって押し黙るしかなかった。そして、ぽつぽつと談笑するゆんゆんとカズマの間に挟まれて居心地の悪い状態で過ごしていると、ダクネスとカイズ君がこちらに駆け寄ってきた。
「お父様! 大きいバッタがいたのであります! 捕まえたいのであります!」
「という事だカズマ。素早くて私達だけでは捕まえられなくてな。奴の捕獲に協力してくれ」
「まったく、しょうがねえなあ……うし、のろまなダクネスは置いてさっさといくぞカイズ!」
「了解であります!」
「のろまとか言うな! こ、こら待て二人とも!」
風のように走り去った3人を私は無表情で見つめる。ゆんゆんはというと、相変わらずの微笑みを浮かべていた。私は再び転がってゆんゆんの膝を枕にした。
「いいのですか、カズマを盗られちゃいましたよ?」
「何を言っているのめぐみん。こんな事で盗ったも盗られたもないじゃない。むしろ、微笑ましいと思わない?」
「今の私にそんな事を思う余裕はありませんよ」
「ふーん……ねぇ、めぐみん。貴方は……」
私達の間に沈黙が降りて空気が重くなった時、空気の読めない女神とありさちゃんが駆け寄ってきた。ゆんゆんは途中で言葉を止め、重い空気はアクアの登場で一気に霧散する。そして、ありさちゃんが相変わらずの眠たげな表情で、ゆんゆんに色とりどりの花で作られた花輪を渡してきた。
「お母さん……これ上げる……」
「ふふっ、ありがとう! これをありさが作ったの? 綺麗に出来てるじゃない」
「んっ……アクアお姉ちゃんに教えてもらった……」
「良く出来てるでしょう? この子ったら手先はかなり器用みたいなのよ!」
「そうなんですか? やっぱり貴方はカズマさん似の……んんっ!?」
突然、ゆんゆんが受けとった花輪を見て素っ頓狂な声をあげる。それから、若干目をギラつかせながらありさちゃんの両肩を掴んで抱き寄せた。
「あ、ありさ! この花輪についている紫色の花……ねじ花をどこで見つけたの!?」
「あっち……いっぱい生えてた……」
「え、偉いわありさ! さあお母さんと一緒にこれを取りに行きましょう! 去年採取した奴は増やすのを失敗したのよ! アクアさんその場所に案内してください!」
「はいはーい! ねぇ、めぐみんも来る? あっちにある花畑は中々綺麗なのよ?」
笑顔で誘いをかけてくるアクアに私は仏頂面で断りの返事をする。ゆんゆんとアクアはそんな私に苦笑を返しつつ、件の花畑へと向かった。おかげで、広々としたレジャーシートは私の独占状態となってしまった。
「ケッ、何がお花畑ですか……」
捨て台詞を吐きながら私は立ち上がる。こんなところで一人で過ごすのは色々な意味でやっていられなかったからだ。しかし、カズマもゆんゆんもここにはいない。仕方なく周囲をきょろきょろと見渡すと、大きな岩の近くで本を読んでいるぼっちを発見する。私はため息をつきながらも彼女に近寄る事にした。
「おい、そこのぼっち。家族と遊びに来て読書って……陰気な子ですね……」
「ぼ、ぼぼぼっちじゃないです! なんですか急に!? 私にはじゃりめとゼル帝がいますから!」
「言ってて悲しくないですか? その言い訳」
「うぐっ!?」
冷や汗を垂らし、目を潤ませながら本を取り落とす彼女に、じゃりめとゼル帝が身を寄せて慰める。その姿を私が生暖かい目で見つめていると、彼女は何を勘違いしたのか、私に期待の視線を向け始めた。
「あの……もし良かったら……」
「いやです」
「ちょっ!? まだ何も言ってないじゃないですか!」
「言わなくても分かります。“私と遊んでくれるのですか?”とでも言おうとしたのでしょう?」
「バカ言わないでください! わ、わたしはそんな子供みたいな事言いませんから!」
涙目でプンスコ怒るさよりちゃんを見て、私は得体のしれない満足感を得る。この子は、本当に昔のゆんゆんそっくりだ。何というか、虐めるのが楽しいタイプである。そして、さよりちゃんは私の虐めに不貞腐れて、そっぽを向いて読書を再開してしまう。しかし、時節周囲をキョロキョロと伺う彼女の姿を見て、流石の私も憐れに思ってしまった。
「先ほどから何をチラチラ見ているのですか?」
「別にチラチラ見ていたりなんかしてないです! ただ、皆が何をしてるか気になるというか……!」
「へー」
どもりながら喋る彼女の視線の先には、レイカちゃんとバトミントンで遊んでいるエリスの姿があった。私が顎をしゃくって行ってこいと指示を出すと、さよりちゃんは縮こまりながら読書に逃げた。
「何を躊躇しているのです? 私も混ぜてと一言いえば終わる簡単な話じゃないですか?」
「か、かんたん……!? でも、でもでも! 親子で仲良くしている所を邪魔しちゃ悪いというか……!」
「あーもう! じれったいですね!」
私はいやいやと首を振るさよりちゃんを引きずり、エリス達の前に突き飛ばす。エリスたちは突然の私の凶行にキョトンとしていたが、どこか期待するような目でチラチラ見てくるさよりちゃんを見て生暖かい微笑みを浮かべた。
「さより、一緒にバトミントンをしませんか?」
「エリスお母さん……でも、ラケットは二本しかないから私は別に……」
「そんな事を気にしていたのですか」
エリスはクスリと笑ってから指を軽く鳴らすと、彼女が握っていたラケットが一本から二本へと増える……というか分裂した。そして、ラケットを手渡されたさよりちゃんに、ダメ押しとばかりにレイカちゃんが抱き着いた
「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう?」
「っ……! しょ、しょうがないわね! レイカがそう言うなら……うん……私も混ぜて貰って良い?」
「大歓迎だよお姉ちゃん! それじゃあ……えいっ!」
「もう始めるの!? わわっ……んしょっ!」
やっとこさバトミントンで遊び始めたさよりを見て、私とエリスは一緒にため息をつく。たったこれだけの事にとても苦労させられた気がしたのだ。
「全く、エリスが最初から誘っていれば苦労しなかったのですよ?」
「いえ、私だって最初は誘いましたよ? でも、断られちゃいましてね。何だかあの子は成長してから素直じゃなくなったというか、余計に拗らせちゃいましたね……」
「ええ、昔は遊んでほしい時は素直に遊んでと言える子でしたからね。でも、ゆんゆんのぼっち遺伝子の宿命には逆らえなかったようです」
「ゆんゆんさんも含めてですが、ぼっちというよりは高い知能とかなり思慮深い事が裏目に出て彼女達を孤独へと追いやっている気がします。本当に難儀なものですね……」
こうして真面目にさよりちゃんの将来を心配している私達の元にバトミントンの羽が打ち付けられる。そして、レイカが指をくいくいとしながら挑発をしてきた。どうやら、私達もやれという事らしい。
「お母さん! めぐみんお姉ちゃん! あたし達姉妹と勝負よ! いくよお姉ちゃん!」
「う、うん……めぐみんお姉ちゃんなんかには負けない!」
「私なんかってどういう意味ですか!? いいでしょう! 売られた喧嘩は買うのが紅魔族ですからね! いきますよエリス!」
「ふふっ、了解ですめぐみんさん」
私はレイカちゃんに全力のスマッシュを打ちつつ、何だか私自身もかなり腑抜けてしまった事を実感する。
まぁ、それもいいかと心の片隅で思っている自分は色々と終っている気がした。
そして、バトミントン対決から半刻ほど経過した頃、私達全員が最初のレジャーシートへと集まっていた。子供達には、それぞれの母親が作った“きゃら弁”とやらが手渡されている。弁当の蓋を開けてわーきゃー騒ぐ子供達と、それを笑顔で見守る両親の姿を見て私は胸がズキリと痛む。やっぱり、来なきゃよかった……そんな事を思ってしまった。
「犬……かわいい……」
「ふふっ、そうねありさ。ちなみに、お姉ちゃんはカモネギよ」
「ほぉ~良く出来てるじゃないか。俺はトカゲだぞ!」
「どうして三人とも微妙に外すんですか! これはじゃりめとゼル帝とドラゴンです!」
拗ねたように言いながらも、どこか嬉しそうなゆんゆん。
「お母様! お父様のお弁当はドラゴンでカッコイイです! 僕のお弁当はちょうちょなのに……」
「そ、それは蝶じゃなくて天使だぞ? 分からないか? ほら、ここが顔で、ここが羽で……」
「でも……うーん……あっ……! て、天使にしか見えないのであります! 凄い凄い!」
「そうか!? 私は不器用でこういうものは不得意なのだが、今回は上手く出来ている気がするんだ!」
三歳児の息子に気を遣われている事に気づかず、無邪気に微笑むダクネス。
「ねぇお母さん、なんで悪魔の絵にしたの? ちょっと食べるのには気が進まないような……」
「いいですか、レイカ。悪魔なんてバラバラに引き裂いてしまえと常日頃から思っている事が、女神として大切なんですよ」
「なるほど! じゃあこの薄汚い羽根をもぎ取って……!」
「ふふっ、その調子ですよレイカ」
母子ともに不敵な笑みをうかべているエリス。
彼女達の姿を見て、私は形容しがたい孤独感に苛まれる。それから、私が持ってきたお弁当の中身を覗き見て更に気分が落ち込んだ。そんな私の隣にいたアクアは、ゆんゆん達の様子を笑顔で見守ってから自分のお弁当の包みを機嫌よさそうに紐解いている。このままでは私が色々なダメージを受け続けるため、アクアを含めた母親勢に一つの提案をした。
それは、お弁当をシャッフルして交換するというもの。それを快く受け入れたゆんゆん達は楽しそうにお弁当交換をし始めた。アクアの鼻歌と共にお弁当を横にいる人へ渡していく。そして、アクアの歌が終わった事でルーレットタイムは終わった。自分の手の中にあるお弁当が、私が作ったものでないことを確認して思わずガッツポーズをしてしまった。作戦成功である。そんな私の思惑を知らない彼女達は、笑顔でお弁当の蓋を開けた。
「うわっ! お弁当の具だけでカズマさんをこんなにもリアルに再現するなんて! 凄いを越えてちょっと不気味化ですよエリスさん……」
「むっ、ひどい事を言うのですねゆんゆんさん。まぁ、実は私も作ってから少し不気味だと思っちゃったんですよね。さて、私のお弁当は……わあ! 可愛いくまさんですね!」
「んっ、お世辞だとしても嬉しい言葉だな。ちなみに、私のお弁当はサボテンが描かれてるな。恐らくコイツはゆんゆんだろう。うむ、やはり私より良く出来ている……」
「うんうん! 皆私の教えた通りに出来てるわね! あんた達も含めて家族が喜んでくれるのは嬉しいものね!」
「はっ! なーにがきゃら弁ですか! どうせ食べるお弁当に装飾なんて……!」
私の言葉は聞き流され、彼女達はクスクスと談笑を続けられる。どうやら、ナチュラルに無視されたらしい。なんだろう……目頭から熱いものが……
「さーて私のお弁当は……ってなんでお弁当の中にツナ缶が入ってるのよ!? しかもツナ缶だけでご飯もおかずもないんですけど! なんで私ばっかこんな目にあうのよおおおおお」
どうやらアクアが私のお弁当の犠牲者になったようだ。でも、これも仕方のない事。寝坊したから弁当なんて作ってられなかったのだ。私は大泣きするアクアを横目に、お弁当の蓋を少しワクワクしながら開ける。そして、お弁当の中身を見た私は思わず息を呑んでしまった。
「アクア、このきゃらべんとやらは貴方が作ったのでしょう? このきゃらべんのモチーフは何ですか?」
「あっ! 私が作ったなんてよく分かったわね! ふふんっ! それは“家族”をテーマに作ったの! ねっ、良く出来てるでしょう?」
「ええ、良く出来てます……本当に……」
アクアの作ったきゃらべんには、可愛くデフォルメされたカズマの家族が描かれていた。嬉しい事にその中には私の姿もあった。どうやら、アクアには私も家族の一員であると思われているようだ。不覚にも、私は先程とは別の感情がこみ上げて目頭が熱くなる。
こんな事ですら嬉しいと感じてしまうほど今の私はダメダメだった。そんな私に、アクアは笑顔を鬼に変えて掴みかかってくる。どうやら、弁当交換の意図に気づいてしまったようだ。
「というかこのツナ缶弁当作ったのアンタでしょ! 返して! 私が一生懸命作ったお弁当を返しなさいよ!」
「嫌ですよ。そのツナ缶だって、私が苦労して手に入れた奴なんですよ? 価値としてはこのお弁当と同じです」
「この半額シールが苦労した証だっていうの!? しかも、賞味期限切れてるじゃないこれ!」
「あっ、どうりで安かったんですね……まったく、しょうがないですね。アクアには私のお弁当を分けてあげます」
「本当!? ありがとうめぐみん……って元々私のなんだけどね」
若干ぷんぷんしながら落ち着いたアクアに、私は弁当の一部を取り分けて彼女の弁当へと移す。本当は全て自分で食べたいのだが、デフォルメされているとはいえ、自分で食べるのは少し箸が進まない気がしたのだ。
「はいアクア、これくらいで十分ですか?」
「うん……ってなんで首の部分だけなの!? しょうもない嫌がらせはやめなさいよ!」
「うるさいですね。ほら、これもあげますよ!」
「ねぇ、どうしてこの部分なの!? しかも、さよりちゃんのも混じってて……もしかしてアンタ……」
何やら戦慄しているアクアを放置して、私は食事を開始することにした。さて、どれから食べてやろうか。首のないエリスか、首のないダクネスか、それともカズマかゼル帝でも……
ふと、デフォルメされたゆんゆんが目に入る。ウインクした姿が不覚にも可愛く思えたため、アクア行きを逃れていたのだ。私はそんなデフォルメゆんゆんの顔の中心にお箸を突き立て、ねじるように箸を動かす。そして、無残にも爆散したゆんゆんの顔面を見てクスリときてしまった。
「現実でもこうなれば……あいたぁ!?」
「お前は何バカな事をしてるんだ」
「いいじゃないですかダクネス。それに、このお弁当ってこうやって楽しむものでしょう?」
「それは、絶対に違うと思うのだがな……はぁ……」
少し歯切れの悪いダクネスの視線の先では、私と同じようにきゃらべんを楽しんでいる者がいた。
「ふふっ、次はどこを食べようかな……腕……足……やっぱ首かな……? んっ、やっぱり本物の方が美味しいですね」
「……うわっ」
「お、お母さん……それどういう意味?」
「おい、ゆんゆん! 子供達の前で妙な発言はやめろ! まったく……!」
ゆんゆんの意味深な発言に呆れるカズマと困惑する娘達。
「いいですかレイカ、ここからは応用編です。堕天使は堕ちたとはいえ、元は天使。頭部に穴を開けて特殊な金属棒……今回はフォークで代用しますが、このあたりに差し込んでグリっとやれば耐え難い苦痛を与えられます。これが古来から使われている天使の拷問方法ですよ」
「ふーん、元は天使といえども悪である事は変わりないもんね。メモメモっと!」
「ちなみに、これを応用すれば天使の記憶改築と洗脳が可能です。末端とはいえ消すのは面倒なので……」
何やら親子して物騒な事を話し合っているエリス。
これらに比べれば、私がした事なんて可愛いものだ。だから、私はちょっとした楽しみを続行する事にした。ふふっ……次は腕を引きちぎって……!
「めぐみんお姉様! 食べ物で遊ぶのは良くないのでありますよ!」
「むぅ……しょうがないですね……」
「おおっ! よく言ったカイズ! 流石は私の自慢の息子だ!」
「あだだっ!? お母様! 苦しいから抱きしめるのはやめ……むぎゅっ!」
流石に三歳児に怒られては立つ瀬がない。私はぐちゃったゆんゆんを箸で頬張り、普通に食べる事にする。私にとっても見慣れた場所であるが、野外で食べるお弁当というのは何故か美味しく感じられるものだ。ゆんゆんのピクニックが好きだという思いも、少しだけ理解できる気がした。
こうして、騒がしい昼食は終わった。それからは、レジャーシートで昼寝を始めたり、再び草原へと遊びに行ったりと思い思いに過ごしていた。私もゆんゆんと一緒に昼寝をしたり、さよりちゃんやカイズをからかってほのぼのと楽しんだ。そうしていると、何だか全てがどうでも良くなってきて……
「ああっ!? また一日を無駄に過ごしてしまいました!」
「うおっ!? 急にどうしたんだめぐみん?」
「どうしたもこうしたもありませんよ! ちくしょうめ!」
「めぐみんったら荒れてるわね~」
私はのほほんとした顔で枝豆を摘まんでいるカズマとアクアに何とも言えない視線を向けた。結局、ピクニックは夕方まで続き、カズマ家に帰ってからは夕食もご馳走になってしまった。
そして、お風呂まで頂いた後はそのまま晩酌まで共にしている。ある意味充実しているのだが、カズマを堕とすという本来の目的にはカスリもしていない事に歯がゆい思いをしているのだ。
そんな晩酌を始めてからしばらく経過した時、2階から寝間着を来たゆんゆん、ダクネス、エリスが降りてくる。そして、酒を呷っていた私を見て彼女達は少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「ねえ、めぐみん。もう夜も遅いし家に帰った方が良いんじゃない? ひょいさぶろーさんも心配するよ?」
「ゆんゆん、私も今年で24歳ですよ? そんな心配は無用です。それより、貴方達もどうですか? このアクアが買ってきたお酒は中々美味しいですよ」
「お酒は今日はいらないかなって……元々そんなに飲めないし……」
「んっ、今日は私も遠慮しておこう。それとめぐみん、お酒の飲みすぎはあまり良くないぞ!」
なんだか挙動不審で歯切れの悪い二人に私は首を傾げてしまう。そして、そんなゆんゆん達から逃れるように私とアクアの間に避難してきたカズマは、額からだらだらと冷や汗を流していた。そんな光景を黙って見ていたエリスが、ため息をついてから私の前に進み出た。
「めぐみんさん、ゆんゆんさん達が遠慮しているようなので私がはっきりと言ってあげます。今日はもう帰ってはくれませんか?」
「えっ……でもまだお酒が……」
「察してください」
呆れたように言われて流石の私も深く傷つく。どうしたものかと少し狼狽えていると、エリスが苦笑しながらも、優しく言い聞かせるように言葉を発した。
「めぐみんさん、レジャーというものは子供に楽しんで貰う事、思い出を作る事、私達親も含めて“家族全員”で楽しむのが目的です。ですが、子供が大きくなった親達にとっては別の思惑も少しあるのです」
「…………」
「普段は寝つきが悪かったり、怖い夢を見た、喉が渇いた、お手洗いに行きたいと深夜に子供達が起きてくるなんてよくある事です。でも、今日はいっぱい遊びましたからね。おかげすぐに寝付きましたし、ぐっすりと深い眠りについています」
子供達の寝顔でも思い出しているのだろうか、エリスは苦笑を穏やかな表情に変えてクスクスと笑っている。そのエリスの表情に私はドス黒い感情を抱いてしまうが、必死に抑え込む。下手な行動は私を余計に追い込むだけで利がないからだ。
「そして、カズマさんは明日もお休みです。だから今夜は……もう分かりますよね?」
「うっ、分かりません! 分かりませんとも!」
「はぁ、往生際が悪いですね。つまり、今夜はカズマさんと夜の営みを楽しむ日でもあるんです。レジャーの隠された目的は子供を楽しく“疲れさせる”事。そのおかげで、普段より少し激しめ致しても子供はぐっすり眠って気づかない。ねぇ、楽しみでしょうカズマさん?」
上気した顔でそう言い放ったエリスから、カズマは目を背ける。そして、私の背中に隠れてビクビクと返事をしていた。
「きょ、今日は俺も疲れたかなーって! ほらっ、カイズに付き合って年甲斐もなく走り回ったからよ……!」
「おい、お前は弁当を食べた後は昼寝をしていただろ? それなら大丈夫だ! 本当はお前もシたくてしょうがないのだろう?」
「ダクネスさんの言う通りですよカズマさん。それに、三人と“一緒”にする機会は中々ないのですからね。ほら、妻である私が良いって言っているのですよ?」
私の背中に隠れたカズマの両腕をゆんゆんとダクネスがぎゅっと掴む。そして、上気した微笑みを浮かべた彼女達に、カズマは連れ去られてしまった。
「ふふっ、今日こそ負けないぞカズマ!」
「そうですねダクネス。三人で頑張れば主導権を取れる可能性もありますからね!」
「なっ……馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!」
「その意気ですよカズマさん。私達を楽しませてくださいね? んっ……」
「こらゆんゆん! いきなり首は……ちょっ……待って! 助けて……めぐみーん! あああああっ!」
三人に引きずられて奥の部屋へと消えたカズマ達を私は唇を噛み締めながら見送る。防音仕様の部屋にこもった彼らの声はもう聞こえない。しかし、黄色い声をあげながらカズマの服を脱がせにかかっている事は嫌でも想像出来た。
「アクア、今から突入しても大丈夫ですかね?」
「それ以前の問題よ。あの部屋はエリスの手がかかった特別製よ。彼女達以外の侵入は出来ないわ」
「はぁ……アクア……このままお酒に付き合ってください……」
「もちろんよ。私だってそんな気分だしね」
アクアは苦笑しながらグラスのお酒をちびりと飲む。私はテーブルに突っ伏してアクアの姿をぼーっと見ていた。私と同じく仲間外れにされている彼女はどんな思いを抱いているのだろうか。ふと、そんな事が気になった。そして、私がアクアに問いかけようと口を開いた時、悲しいお酒の席に乱入者が現れた。
「ありゃ、まだいたのめぐみん。それに、アクア先輩もいいの? 明日も早いけど……」
「別にいいわよ。少しの夜更かしくらいどうって事ないわ」
「それもそうだね! じゃあ私も宴会に混ぜてよ! あっ、私はしゅわしゅわね!」
「はいはい」
突然現れたクリスに、アクアはグラスにしゅわしゅわを注いで手渡す。それを一気に飲み干した彼女は、ぷはーっと気持ちよさそうに息を吐いた。それからは、アクアとクリスと共に他愛のない話をする。その中でアクアとクリスの勤務形態についての話もした。アクアは日中の見守りと家事などメイド業をしており、クリスは護衛と夜間の子供達の対応と見守りをしているそうだ。
「いいのですかクリス、今の貴方はいわば夜勤者でしょう? お酒なんか飲んで……」
「大丈夫、大丈夫! 夜勤って言っても、大抵の日は何も起きないよ。まぁ、親の情事なんて子供達も見たくないだろうしね。そのためのちょっとした見張り兼子守り役があたしなんだ。もちろんアクア先輩と違ってお給金もないよ!」
「そういえば、貴方もエリスなんですし、現在の部屋の状況が分かるはずでしょう?」
「いやいや、そんな趣味の悪い事をする理由が分からないよ。それに、残念ながら本体との同期は切ってる。感覚共有なんてしたらあたしのみっともない姿をレイカ達に見せちゃうかもだしね!」
そう言いながら、クリスはあたりめを美味しそうにはみはみしていた。その余裕そうな態度にむっとするが、どうしようもないので私もつまみに手を伸ばして力なく咀嚼するしかなかった。
「はぁ、なんでこうなってしまったのでしょうか……本来ならダクネスの次は私の番だと思っていたのに、どこぞの出来婚女神のせいで予定が大幅に狂ってしまいましたね」
「その心外な呼び方はやめてよ! でも、助手君がめぐみんよりあたしを選んだ事実は変わらないの! 文句があるなら……!」
「やめなさいな二人とも。今の私は静かにお酒を飲みたい気分なの」
上がりかけたボルテージがアクアの声で不思議と収まる。そういえば、お酒を飲んでいる時はいつもバカ笑いしているアクアが今日は静かだ。何か変なものでも拾い食いしてしまったのだろうか。
「どうしたのですかアクア。何だか元気がなさそうですけど?」
「別にいつも通りよ。ただ自分自身が不甲斐なくて仕方ないの。私の目的は“皆で一緒に暮らす事”って言っていたでしょう? でも、めぐみんはカズマと一緒になれていない。その事が悔しくてね……」
「ほう、そんな事思われているのですか! 私にとってそんな心配をされている事自体が恥ずかしいですよ。まったく、正直言って余計なお世話です。カズマは私自身が堕とします。アクアの支援なんていりません!」
私の言葉を受けてアクアは縮こまる。本当に全くもって腹立たしい。自分の不甲斐なさが原因でこのお気楽女神に憂いを与えるなんてごめんだ。アクアにはいつも笑っていて欲しい。それは私だけでなく、皆が思っている事だ。
「とは言っても、今のカズマが強敵である事は確かです。クリス、あの男を振り向かせる方法を何か知りませんか?」
「ええ、そこであたしに聞くの? まぁ、いいけどさ。とりあえず、助手君がめぐみんを迎え入れる事は恐らく当分はないよ。ゆんゆんがプレッシャーをかけてるし、子供も増えてかなり保守的になってるからねぇ」
「子供……ですか……」
カズマはああ見えて案外子煩悩だ。私がどんなアプローチをしても彼は苦笑して対応してくる。しかも、一日のうちのほとんどを子供と一緒に過ごしているため、アプローチをすること自体も最近は出来なくなっているのだ。
「これも因果応報という奴でしょうか……」
私は深くため息をつく。今から三年前、あの時もカズマは保守的になっていた。でも、彼が私やダクネスに気がある事は分かっていた。しかし、下手にアプローチをするとカズマに心無い言葉を浴びせられて振られてしまう。心にダメージを負いたくなかった当時の私は、ダクネスに媚薬を渡して彼女に犠牲になってもらおうと考えたのだ。
カズマがダクネスに手をだして欲望に素直になってもらえば、私も後に続きやすいと考えたのである。しかし、そんな私の楽観的な思惑に乗ったダクネスは結果的に心を壊してしまった。あの時はダクネスへの申し訳なさと、自分への罪悪感で死にそうであった。
しかし、ダクネスがカズマに受け入れられた遠因は私の働きだと言えるので、謝ったりはしていない。むしろ、感謝して欲しいとまで当時は思っていた。
そして、ダクネスを受け入れた事で目論見通りカズマのガードが緩くなった。そこで私は猛アピールをして、カズマもそんな私に揺らいでいた。
後ちょっと私も結婚! と思った時にエリスが妊娠した。あれには流石の私も泣きわめくしかなかった。カズマはゆんゆんにこってりと絞られ、それに懲りたのかカズマのガードは再びガチガチになってしまった。
何より、カズマが私のアプローチを受けている裏でエリスに手を出していたという事実がとてもじゃないが受け入れられなかった。
あの日以来、私自身も以前ほどのアクティブさがなくなってしまった。ふと、自分は何をしているのだろうと我に帰ることもある。
「アクア、もっとそのお酒をよこすのです……今日はもう何も考えたくありません……」
「今日だけよ。本当はお酒に逃げるなんてイケナイ事なんだからね」
「アクアが言っても説得力ないですよ」
私はアクアから受け取った酒をチビチビと舐める。いつもより静かな酒盛りは私の荒んだ心を少しだけ癒してくれた。
それから、どれくらいの時間が経過したのだろうか。気が付けばアクアはテーブルに突っ伏してピクりとも動かなくなり、クリスも酒瓶を抱いてソファーで気持ちよさそうに眠っていた。私も、垂れてしまった涎がテーブルに小さな水たまりを作っているのを見て、今まで寝ていた事を自然と悟ってしまった。
「よぉ、起きたかめぐみん」
「ふぉあぁっ!? い、いたのですかカズマ!?」
「ああ、お前の寝顔をたっぷり眺めさせててもらったさ。まぁ、白目むいてたから若干キモかったけどな」
「女性の寝顔を見てキモいとは失礼な! というか、キモいといったら今の貴方も中々のモノですよ! 全身キスマークだらけでまだら模様になってますよ!」
「おう、やっぱキモイか。まぁ仕方ないさ。アイツらはヘロヘロに疲れさせてもゾンビのように起き上がってくるからな。ある程度の反撃は受けちまうんだよ」
カズマはドヤ顔でそう語りながら、クリスの飲みかけのお酒が入ったグラスを手に取って呷る。そして気持ちよさそうに伸びをする彼を私はしばらく見つめる。そんな私の視線に気づいた彼はヘラヘラと笑いながら私の向かいの席へと腰を下ろした。
「どうしためぐみん? さかってるなら俺の新たな指技で処理してやろうか?」
「さ、さかってなどいませんよ! それに、今はそんな気分じゃないんです!」
「ほーん。ならまた今度だなー」
私の拒絶をさらっと流して酒を飲む彼にとてもイラついた。だが、こんな事で怒っていてはまた話が有耶無耶になってしまう。私はしっかりと彼に向き合い、聞くべき事を問いただす事にした。
「カズマ、いつになったら私は貴方と一緒になれるのですか?」
私の問いかけに、カズマはぴくりと体を止める。それから、砕けた雰囲気だった彼の態度が固くなり、場に流れる空気も重いものになった。カズマの視線は、私の顔をしっかりと射抜いている。私も、そんなカズマから視線が外せなくなった。
「めぐみん、俺の事を諦めていないのか?」
「当たり前です。私は絶対に貴方の事を諦めませんから」
「そう言われても、今の俺にお前を受け入れる余地がない。元々、俺はゆんゆん一人を幸せにするだけで手一杯だったんだ。それが、気が付けばダクネスとエリスも加わってた。だから、俺はアイツらと子供達を幸せにする事に“全て”を費やしている」
「そんな事……知ってます……」
「いいや、お前は分かってない。とにかく、今の俺は色々と手一杯だ。むしろ、こんな俺を冷静になって客観的に見てほしい。俺は三人も妻がいて、しかも子持ちだ。おまけにエリスの件で分かるように俺は浮気もする。こんなクズと一緒になるなんて、正気の沙汰じゃない」
真剣な表情をしたカズマはどこか私に言い聞かせるように言葉を続ける。その事が悔しくて私は反論しようとするが、上手く言葉が出てこない。むしろ、私の頭の中の冷静な部分が、本当にカズマはクズだと判断を下していた。
「今のめぐみんは俺に執着してるだけで周りが見えていない。俺より良い男はたくさんいるし、結婚するだけが幸せじゃない。お前の好きな爆裂道を究める選択肢だってある。年齢もまだまだ若いし、少し将来を長期的な視野で考えて行動したらどうだ? 少なくとも、俺なんかに執着する事がお前の幸せにはならないと理解できるはずだ。まぁ、それでも俺がいいって言うなら5年後くらいに貰ってやるよ」
「カズマ……」
彼の言葉を受けて、私は現在の状況を客観的に見つめなおす。そんな自分の思いの再確認を始めて数十分が経過した時、私はある事に気づいてしまった。いや、気づかないようにしていたという方が正しい。
「私って、なんで貴方みたいなクズ男に今でも執着しているのでしょうか?」
そんな私の心無い一言にカズマは――
「やっと気づいたか!」
満面の笑みを返していた。そして、彼の微笑みに歓喜と慈愛が含まれている事に気づく。その表情は、私にとって見慣れたもの。それこそ、今日のピクニックの時にもそんな表情をいっぱいしていて……
「っ……!」
何もかもが嫌になって私は駆け出す。カズマはそんな私に声をかける事もしなかった。そして、近くの神社の境内で力尽きて涙を流す。
私はようやく理解することが出来た。
でも、理解出来たからこそ、私は悔しくて悲しくてたまらなかった。
「カズマ、私はもう立派な大人なんですよ……?」
それでも、私は涙を拭いて立ち上がる。落ち込んでいても何の意味もないからだ。むしろ、どさくさに紛れてとんでもない言質を取った事に狂喜した。
「あの男は私の“拘り”を甘く見ているようですね」
我が名はめぐみん! 絶対に諦めない精神を持つ女!
「ふへへっ……後5年の辛抱ですね……」
抱き合わせ予定だったあるえ編はこの話と雰囲気変わって完全エロ回なので
手直し、書き足しをして改めて投稿予定
なので、次の更新は3日~1週間後くらいだと思います(多分)
【ありさ】
カズマとゆんゆんの第二子。ついにゆんゆんの意見が通って紅魔族っぽくない普通の名前がつけられたダウナー系幼女。