※この作品はR-18です。

てぃーちんぐゆんゆん   作:ルイ提督

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存在理由

 

 

「揺れて貴方の……ふんふーんふーんー♪」

 

 うろ覚えの歌を歌いながら私はカゴに入ったシーツをばさりと広げ、物干し竿へかけて行く。空は爛々と輝く太陽に雲一つない青空。最早、私のルーチンワークとなってしまった洗濯にとても適したお天気だ。

 

「はぁ、なんだか毎日シーツを洗ってる気がするわ。あの子達も飽きないわね……」

 

 シーツのしわを伸ばしつつ、私はそう独り言ちる。別にホテルや旅館のように本当に毎日シーツを取り換えているわけではない。確かにカズマの家の家族は人数が多いが、それだけが理由ではない事を私は理解している。いくら洗濯してもあの淫靡な匂いは決して取れはしないからだ。カズマ達のような人間には分からなくても、女神である私にはそれが否応なしに分かってしまうのだ。

 そんな時、ふと洗濯カゴに入った一枚の白いシャツが目に入った。そう、これは洗濯したての何の変哲もない下着だが、女神の私には違ったものに見える。これはカズマが長年着用している白いシャツ。彼の面倒くさがりな性格のせいか、洗濯せずに何日も放置されたことを数えきれないくらい経験したのだろう。普通の洗濯では取れない黄ばみが随所についている。それに加え、彼がこれを着ながら彼女達を抱いた回数も数えきれないほどだろう。

 

「本当に汚いわね」

 

 ともかく、黄ばみは無視することは出来ない。そう思った私はゴクリとツバの飲み込み、そっとその黄ばみに口をそっと近づけて――

 

「あのーアクアさん?」

 

「わひゃあ!? 何よ! 私は何も疚しい事はしてないわよ! ほら、この黄ばみ……黄ばみを取ろうとしただけなの!」

 

「え? あ、はい……よくわかりませんが私は郵便を届けに来ただけですよ」

 

「そ、それなら安心ね……ってゆいゆいさんじゃない。めぐみんなら二階にいるわよ」

 

「別にめぐみんに用はないですよ。私も仕事中ですから」

 

 ゆいゆいさんはクスリと笑いながら私の手に封筒や手紙を手渡してくる。彼女はめぐみんの母親だが、浪費家の旦那のために日々様々な仕事をしているらしい。郵便配達員もその一つだそうだ。

 

「それと、この手紙に関しては受け取りのサインをお願いします」

 

「はいはい、承知しましたっと……なんだかこのやりとりも毎日してる気がするわね」

 

「そうですね。実際、毎日のように配達物を渡してますし、わざわざ受領印が必要な手紙が本当に毎日カズマさんに届いてますから」

 

「ふーん、そういえばこの見るからに高そうな封筒は毎日見てる気がするわ」

 

「かなり高度な認識阻害や封印も施されてるみたいです。きっとカズマさん以外には見られたく無いのでしょうね」

 

 恐らくはカズマの仕事関係の手紙だろう。私はゆいゆいさんの受領証にサインしつつ、封筒を懐に入れる。それを見届けたゆいゆいさんは、十数年前と全く変わらない美貌に笑みを浮かべつつ、小さくお礼を言って次の配達先へと駆けて行った。私は彼女に手を振って見送り、次の洗濯物へと手をつける。まだまだ干すべき服はいっぱいあるのだ。

 

「ふう、まあこんなものね」

 

 風に吹かれてそよぐ洗濯物に満足しつつ、私は額に浮いた汗を拭う。お天道様はまだまだ直上に位置している。カゴを片付け、箒とはたきを装備した私は屋敷へと勢いよく突撃した。 とはいっても屋敷内にはこれといって目立った汚れはない。それもこれも、毎日掃除している私のおかげなのだと自慢に思う。そうして数少ない汚れををサーチ&デストロイしているとカズマの書斎の方から話し声が聞こえる事を私の耳がキャッチした。

 

「うーむ相変わらずここは強敵ね」

 

 当たり前のように聞き耳を立てつつ、私は周辺の掃き掃除を実行する。メイドとは家庭の事情通だと私は日本のテレビドラマで学んでいる。自分のため、家族のために情報収集は実に理にかなった行動なのだ。

 

『カズマさん……本当に……――』

 

『いいんだ………どのみち――……』

 

『私は反対です――……家族……――彼女も……』

 

『俺は――……――……後腐れがない』

 

 カズマの書斎は商談や、えっちな事でも使うことが多い部屋だ。そのせいか防音性は屋敷で一番、女神の耳を持ってしても聞ける話し声は断片的でしかない。ただ、話が穏やかなものではない事は理解できる。巻き込まれないためにも立ち去ってしまう事にする。実はこの手の企みごとに関する密会は屋敷で毎日のように繰り広げられている。下手に関わると面倒なことになると経験上理解しているからだ。

 

「えと……抜き足差し足忍び足っと……」

 

「ようアクア、俺に何か用事か?」

 

「……っ!? カズマ、部屋の中にいたはずなのに!?」

 

「ああ、何となくアクアの気配がしたからな」

 

「ねえ、カズマさんって私に想像以上に執着してない? ちょっと嬉しいよりかは気持ち悪さを感じるんですけど……」

 

 若干引いてしまった私をカズマはニコリと笑いながら見てくる。余計に得体の知れない肌寒さを感じていると、彼は私の顔をじーっと覗き込んできた。

 

「なあ、もしかして今の話を聞いたか?」

 

「聞いてないわよ。全く、何を話してるか知らないけどあまり悪い事はしちゃダメよ」

 

「へいへい……」

 

「後、また手紙が来てたわ。はいこれ!」

 

 私が懐から出した手紙をカズマは一瞬躊躇するような苦笑いを浮かべた後、そっと受けとった。それから役目を終えてさっさと逃げようとする私をカズマは腕を引いて引き留める。そして、囁くような声で耳打ちをしてきた。

 

「アクア、お前は今から俺の部屋の掃除をしてろ」

 

「別にいいけど、何よ急に?」

 

「俺の部屋で待ってたら……いい事あるかもな」

 

「っ!?」

 

 カズマは私の頭を一撫でした後、再び書斎の中へ消えていった。残された私はカズマの言葉の意味を理解するのに手間取っていた。単に部屋を掃除しろという事であろうか、それとも言葉通り私に何かご褒美でもあるのだろうか。

 

「いい事って何よ……」

 

 思わず頬が紅潮してしまう。別に期待しているわけではないが、カズマが“ご褒美”と称するものはこれまで幾度となく覗き見たことがある。ゆんゆんやエリス対して行っていた甘い愛撫、ダクネスやあるえに行っていた過激な凌辱プレイ、クリスの義賊ごっこやめぐみんの爆裂マラソンへの参加。えっちぃお願いから個人的な趣味のお誘いまで、今回なら受け入れてくれそうだ。

 

「お、落ち着くのよ私。女神である私があんな元ヒキニートの言葉で一喜一憂するなんてありえないことなのよ」

 

 そうは言っても私の思考は随分と乱れてしまっている。残念な事に私もカズマに対して随分とイカレてしまっている事を自覚させられる。こうなってしまえば私などあのずる賢いカズマにいいように使われてしまう。むしろ、それもいいんじゃないかと思ってしまう自分に悲しくなる。しかし、メイドとしての“仕事”を頼まれたのであれば仕方ないだろう。私はそわそわとする体を落ち着かせつつカズマの私室へと向かった。

 だが、高揚した気分は部屋に入った瞬間に吹き飛んでしまう。部屋内は汚れなく、清潔感もあるが私はこの部屋にこびりつく匂いはあまり好きではなかった。

 

「んっ……昨日の相手はダクネスね。全くなんで私がこんな事……」

 

 匂いが染みついているシーツやカバーを剥ぎ取り、新しく清潔なものへ交換する。様々なものが“飛び散っている”床や棚を拭いていく。一通り掃除した私はすっかり綺麗になった部屋に満足しながらベッドへと腰かける。部屋で待っていろという事なので暇を持て余した私は部屋を物色する事にした。しかし、この部屋は端的に言ってしまえば“ヤリ部屋”だ。カズマの私物はあまりなく、女性陣が持ち寄った私物に美容品やアロマ用品、簡易的なロックのかかった引き出しの中には子供には見せられないものなどが入っていた。私はそんな物品の中から一冊の文庫本を手に取って読み始める。面白いわけではないが、投げ出すほどはつまらなくないSF物短編集を私は読み進める。そして、半分ほど読み終えたところ、部屋に軽いノックをした後に入ってきたカズマを見て私は本を元あった位置へ放り出した。

 

「待たせたなアクア」

 

「別にそれほど待ってないわよ」

 

「そうかい。まあ、大人しく待ってくれてた女神様にはご褒美だ。ほら、お前好みの酒とつまみを持ってきたぞ」

 

「お酒! ご褒美ってこれの事なの?」

 

「そういう事だ。俺にも“暇”が出来てな。丁度いい機会だからこの俺がアクアを労ってやろうていうこった」

 

「その上から目線はムカつくんですけどー」

 

 ドヤ顔を決めているカズマはムカつくが、彼が引いてきた台車の上には高級酒から私が好む安酒、それらを冷やす氷に数々のつまみを前に私の思考も蕩けてしまった。しかし、私の第六感は何かしらの嫌な予感を告げているのだ。

 

「ふーん、まぁ私を労おうなんて良い心がけじゃないの。でも急にどうしたのよ? パターン的に私がこのお酒に口をつけたら最後、ろくでもない事をやらせる気なんでしょう。それくらい分かってるんだから」

 

「信用ねえな。でも俺がアクアに日頃の感謝を伝えたいっていうのは本当だ。アクアに感謝の気持ちを伝えるのに一番分かりやすいのは酒しか思いつかなかったからな。そのついでと言っちゃなんだが、今この時間からしばらくのあいだアクアのお願いは“なんでも”聞いてやる。だから、少しは嬉しそうにしてくれよ」

 

 カズマは苦笑しながら私の頭をそっと撫でて来た。まるで自分の子供と接するような態度に少し思う所はあるが、胸がトクンと高鳴った事を嫌でも自覚してしまう。残念ながら今の私はゆんゆん並みにちょろくなってしまったようだ。

 

「今、なんでもって言ったわよね……」

 

「ああ、なんでも聞くぜアクア様」

 

「それなら私と一緒にお酒を飲みましょう。後、様付けも気取った態度もダメ。私はいつものカズマと飲みたいの」

 

「そんなお願いでいいのか? お前の事だから足でも舐めろとか言うと思ったんだがな」

 

「そのお願いは後にとっておくわ。とにかく、はやく私にお酒をついでちょうだいな! しゅわしゅわはきっちり7対3でいれるのよ!」

 

「へいへい」

 

 カズマは私のお願い通りにしゅわしゅわの瓶の栓をきゅぽんと開け、用意されていたグラスに注ぎ、お互いにそのグラスを手に取った。後はお決まりの言葉を言うだけだ。

 

「という事で、アクアに日頃の感謝を込めて……乾杯!」

 

「んへへ……何だか分からないけど……乾杯!」

 

 お互いに杯を交わし、グラスをグビリと傾ける。口に広がるのはスッキリとした辛さにほのかな甘み、喉を通る炭酸の刺激が私に“幸せ”という感情を呼び起こしてくれた。一足先に気持ちよさそうにぷはっと息を吐くカズマを私は横目に眺める。色々と言いたいことや思うところはあるけれど、やっぱりカズマと飲むお酒は美味しいのだ。

 

「ふふっ、じゃあ命令よカズマ。私に何か面白い話を聞かせなさいな」

 

「いきなりの無茶ぶりだな。そうだな……それじゃあカイズの初恋の相手の話でもするか!」

 

「あら、あの子も随分とおませさんなのね。でも想像してみたら何だか可愛いわね」

 

「いや、カイズは本当に俺の子にしては良く出来た子でな。あんな小さいのに将来の夢であるクルセイダー目指して学問も運動も頑張ってるんだよ。だから、この前エリス教のテンプル騎士団の所へ一緒に見学へ行ったら、『僕の守りたい人はエリス教じゃなくてアクシズ教なんだ』とか言い始めてな。あの日はダクネス交えて緊急家族会議を開くはめになってなあ……」

 

「ふーん、あの子も見る目あるじゃない。やっぱり、エリス教よりアクシズ教よね!」

 

 グラスを片手に私はおつまみに手をつける。そして、満面の笑みを浮かべて自分の子供について語る彼の様子を見守った。端的に言ってしまえば自慢話、いや惚気話に相槌を打ちながらしっかりと聞く。お酒を飲んでいるせいで聞いた話の一部は耳から滑り落ちてしまうが、出会った時は社会経験の浅いヒキニートだった彼が子供についての自慢話をしている事に感慨深いものがある。女神である私と人間である彼との間には到底埋める事の出来ない年月の差がある。

 しかし、今のカズマの顔つきは我が子を大切にする父親のものだ。あの生意気だったカズマと月日は十数年しか経っていない。でも、私は自然と彼を“年上の男性”として接している。出会った時は年下扱いしていたのに、いつからかこうなってしまった。その事に何とも言えない感動と胸の高鳴りを覚えるが、一方で心の奥底では表に出せない感情が渦を巻いていた。だからであろうか、私は饒舌に話す彼の頬にそっと手を這わせていた。

 

「急にどうしたアクア? 俺の柔肌が気になるのか?」

 

「別に……ただ全然柔肌じゃないわよ。肌はガサガサだし、少しねばっこい油でテカってるし……」

 

「おいやめろ」

 

「それに小じわが出き始めてる。でも良い顔つきになったわね……」

 

「俺は良いが、ゆんゆん達には肌の事で突っ込むなよ。巡り巡って何故か俺が怒られるはめになるからな」

 

 困った表情を浮かべるカズマの顔を私はなで続ける。彼と同じ苦楽を共にしてきたと思っていたのに、彼の顔は私が知らない苦しみと幸せの年月を刻んでいる。そのもやもやを振り切るように顔をふるわせ、私は目を閉じて彼の肩に頭を預ける。彼の暖かみと匂いは昔から私が知るものと全く同じであった。

 

「ねえカズマ、貴方は幸せなの?」

 

「どうだろうなぁ……確かに幸せだと思うけど、同じくらい苦悩してる事は確かだ。でも、それって当たり前の事じゃないかと思い始めたんだ。人生楽ありゃ苦もあるってのはよく言ったもんだ。むしろ、苦悩しているからこそ束の間の幸せを感じられるんだ。例えば、お前と酒を飲む事は俺にとっての幸せの一つだな」

 

「ふふっ、ありがと。でもその程度の口説き文句じゃこのアクア様は落とせないわよ!」

 

「口説き文句じゃないんだがな」

 

 カズマは朗らかな微笑みを浮かべながらお高いお酒をグビリグビリと飲んで行く。私もグラスに残っているお酒を口に流し込み、食べかけのおつまみを彼の口へ放り込む。そして、新しいお酒を注ぎながら彼の新たな“自慢話”に耳を傾ける。ゆんゆん達との他愛もない日常話、子供達に関する苦労話……どちらも落ちのないごく普通の家族の話。でも、自然と笑みがこぼれ幸せな気分にしてくれる。そんな話を私達は互いに飽きもせずお酒片手に語りつくした。気づけば窓から見えるお日様の位置もかなり下がってきた。そういえば本来なら夕飯の買い出しに向かう予定であった。ここは一度切り上げる事を告げ、ベッドから降りた私をカズマは腕を掴んで引き留めた。

 

「いいんだアクア。夕飯なんていらないんだ」

 

「何言ってるのよ。アンタはいらなくても子供達はお腹をすかしているはずよ」

 

「残念ながら子供達は今日からクリスと“天界見学ツアー”に出かけていない。ついでに、ゆんゆん達もせっかくだからこの機会にと皆で“息抜き旅行”とやらに出かけちまったよ。俺とお前抜きでな」

 

「ええっ!? 私は聞いてないわよそんなの!」

 

「聞いたら聞いたでお前はどっちかについて行こうとするだろ? だから俺がこうやって足止めしてるわけだ」

 

「何よそれ……」

 

 あたりめをもそもそ食べているカズマを見ながら私は胸中に広がる疎外感を抑え込む。ゆんゆん達も子供達も、私に一言も告げずに何やら気になる旅行に出かけたのだ。しかもカズマは私を引き留めるためにここにいるらしい。そう考えると、少し悲しい気持ちになった。

 

「何を勘違いしているか知らないが、これは俺からの提案でもあったんだよ。アイツらは1週間ほど家を留守にするらしい。だからこの期間はアクアもメイドなんて仕事は休め。ついでにこの期間中もアクアのお願いは“なんでも”聞いてやる」

 

「っ!?」

 

「もちろん、俺が出来る範囲のお願いだ。無茶ぶりはよせよ」

 

 まるで日常会話のような雰囲気だかカズマはすんごい言葉を口にしていた。彼は一週間も私のお願いを“なんでも”聞くと言ったのだ。しかも、この屋敷にはカズマと私だけしかいない。思わず、ゴクリとツバを飲み込んでいた。

 

「随分と安請け合いしたものね。その……ヘンなお願いしちゃうかもしれないわよ」

 

「アクアが本当にそれを望んでいるなら構わんさ」

 

 ニヒルに笑いながらそんな事をのたまう彼に自然と女神が抱いてはいけないような欲望が胸中で渦巻く。しかし、それを表に出すのもさとられるのも癪であった。だから、私は生意気な顔のカズマをそっと抱き寄せる。不可抗力ながら私の胸に顔を埋める形となった彼の顔にはお酒によるものではない赤みがさしている気がした。

 

「いきなりどうしたアクア?」

 

「ふふっ、私がこうしたかっただけよ。それと、昔じゃ考えられないくらい頑張ってるカズマを労ってあげてるの」

 

「そうかい。でも俺はお前のお願いを……」

 

「いいの。私のお願いは明日でも聞けるでしょ。それより、カズマの方が疲れた顔してる。家族のために毎日東奔西走して、おまけに私とのお酒にも付き合ってくれた。いい機会だからアンタもゆっくりと休みなさいな」

 

「俺は……」

 

何だかもの言いたげなカズマの頭を私はそっと撫でる。赤子をあやすような私の態度を少し不満げにしていたが、抵抗してこない時点で彼の思いは察せられた。

 

「ありがとねカズマ」

 

「…………」

 

 大人しくなったカズマは素直に私の愛撫を受け入れる。そして、どれくらいの時間が経ったのであろうか。気が付けばカズマはすうすうと気持ち良さげな寝息を立てていた。彼の安心しきった子供のような寝顔は久々に見た気がする。私は彼の頬を一撫でしてからベッドに横たえ布団をかぶせた。それから周囲の酒類などの片づけを行なってから私はお風呂場にて体を温めることにした。

 温かい湯船の中で私は今日の事を反芻する。そして明日から始まる日々に色々な妄想が膨らんでしまった。危うくのぼせかけた私は脱衣所で体を冷ましながら、冷静になった思考で改めて今の状況を把握した。カズマが説明してくれたこの夢のような状況は理解は出来るが何かの違和感が思考のすみにあるような気がした。何の確証もない“女神の勘”であるが、私が今こうしている間にも私の把握しきれない場所で進行している。そんな焦燥感に似た何かを燻らせつつ、私はいつもとは違ってしんとした静寂に包まれた屋敷内を歩く。

 そんな時、カズマの書斎の扉から光が漏れている事に気が付いた。部屋を覗くと机の上のランプが淡い光を発していた。恐らく消し忘れたのだろうと自然な足取りで部屋に入り、ランプのスイッチを切ろうとした時、私は机のうえにある手紙に気が付いた。それを無意識のうちに手に取り封が開けられている事を確認して、ふと中身が無性に気になった。仕事関係であろうか、それとも誰かからの恋文かもしれない。ワクワクとした思いと軽い気持ちに流されて中身を取り出す。中には一枚の写真と数枚の便箋が入っていた。

 

「何でこんな写真が入っているのかしら……?」

 

 思わず疑問が口に出る。写真に写っていたのは私と手を繋いだありさちゃんの写真であった。恐らく、一週間前に私とありさちゃんで買い物に出かけた時の姿を隠し撮りしたものであろう。頭の中に浮かぶ?マークに首を傾げつつ、便箋の中身を開き……この手紙を見てしまった事を遅まきながら後悔した。

 

「何よこれ……」

 

 手紙の内容を頭の中が拒否するというのは初めての経験であった。教養がありそうな美しい文字で書かれた5枚の便箋の内容は、その美しい文字に反するような呪詛の塊であった。内容に関しては理解する事を脳内が拒むため判然としないが、それがこの添付された写真に写った私とありさちゃんへの恨み、嫉妬、羨望、殺意に満ちていたことは嫌でも理解させられた。それから、残念な事に私の女神としての力が机の引き出しから手紙と同様の“邪念”を放っている事に気が付いた。やめとけばいいのに、私の手は自然と引き出しを開けていた。そこには、束になった私達“家族”の写真と多量の手紙が入っていた。

 

「ひぃっ!? 本当に何なのよこれ!」

 

 見なくても分かるほどの“邪念”を受けて私は思わず腰が抜けてしまった。急いで引き出しを戻した私は這うように書斎を抜け出した。そして、彼の部屋にたどり着いた私は思わず涙がこぼれる。気持ちよさそうにベッド眠るカズマの姿を見て安心してしまったのだ。気が付けば布団に潜り込んで彼に抱き着いてしまっていた。

 

「んぉっ!? どうしたアクア……泣いてるのか?」

 

「ばっ、馬鹿ね! 泣いてなんか……うぇっ……かじゅま~!」

 

「おう泣くな泣くな。よく分からねえが……俺は傍にいるからアクア」

 

 止まらない涙を流す私を抱き寄せ、背中をぽんぽんと叩いてくる。先ほどとは立場が逆転してしまったが得体の知れない恐怖を前に安心できる彼からの抱擁はありがたいものであった。色々と言いたい事や聞きたい事はあるが、あの手紙の正体を知るのが怖い私はひたすら泣きじゃくる他なかった。そんな私をカズマは何も聞かずに慰めてくれた。

 そのまま眠ってしまったのだろう。気が付けば周囲は朝日に包まれて明るくなっていた。横には気持ちよさそうに寝息をたてるカズマがいる。私は欠伸をしながら起き上がると、簡単な朝食を作りにキッチンへと向かった。朝食を作りながら考えるのはやはり昨晩の手紙についてだ。差出人は私には見当がつかないが恐らくエリス達は知っているのだろう。タイミング的にも彼女達が不在というのが気になる。もしかして旅行というのも嘘なのであろうか。

 

「考えすぎかしら……」

 

 沸騰する味噌汁を眺めながら独り言ちる。あの手紙はカズマにとっての商売敵によるものの可能性がある。カズマはめぐみんと一緒にかなり危険な取引を行う事もあるという。また、商人というのはある種の恨みを買いやすい職業だ。だが、そういう輩に対してカズマは容赦ないし、どちらかというと自ら手を下す傾向にあるのは長い付き合いで知っている。今回の件は正に私の杞憂と思いたいところだ。そんな時、目をこすりながらもリラックスした表情のカズマがリビングに現れた。彼は私の方を見ると小さく嘆息した。

 

「うーい……何やってんだアクア……飯なら俺が作るってのに……」

 

「別に私が好きで作ってるからいいの。それより席につきなさいな。あつあつの出来立てよ」

 

「くそっ……お前のメイド根性は相当根深くなってるみたいだな」

 

「何今更な事を言ってるのよ。ほら食べて! しっかり食べて私においしいですアクア様って褒め称えて!」

 

「わかった……わかったから押すなっての!」

 

 私が強引に席につかせたカズマは並べられた朝食をもそもそと食べ始めた。同じく席についた私は味噌汁に口をつける。今日のは中々いい出来のようだ。

 

「どう? どうどう!? どうなのカズマ!? おいしい?」

 

「ああ、うまいけど絶賛するレベルじゃなく普通にうまいというか何というか……つーかお前が作る味噌汁はどこか懐かしい味がすんだよな。なんだろうなこの感覚……」

 

「ふふっ、答えは自分で見つけるのよ。食べたくなったらいつでも作ってあげるから」

 

 首をかしげるカズマを見てこちらも思わずにやけてしまう。今となっては懐かしいゆんゆんからの拒絶事件で私は半年ほど家出をしたことがある。その際に日本のカズマの実家にお世話になったのだ。その時、私は彼の母親が作る“家庭の味”を何とか伝授してもらおうと努力した。とはいっても流石カズマの母親というだけあってかなり大雑把な人であった。この味噌汁も液体タイプの味噌を目分量で入れて乾燥タイプの具をぶちこむだけのもの。この正しい意味での“適当に作った味噌汁”を会得するのにかなり苦労したものだ。

 

「ところでカズマ、このあとはどうするつもり? どうせアンタも仕事が休みなんでしょう?」

 

「そりゃあ大事な大事なアクア様に奉仕するんだから仕事なんかやるわけねえだろ。それよりお前の予定はどうなんだ? 買い物でも何でも付き合うぞ」

 

「そう言われても特に用事はないんですけど……」

 

「なら試しにお前がメイド仕事以外でどんな息抜きをしているか教えてくれ」

 

 コーヒーを飲んで一息ついたカズマがそんな事を言ってきた。同じくコーヒーを飲みながら普段の私がどんな事をしているかを思い出す。炊事、家事、洗濯、カズマの気まぐれに付き合ったり、ゆんゆんに誘われての庭いじり、めぐみんやダクネスが引き起こした面倒事の後始末、子供達に乞われて遊び相手になったり、紅魔の里の人達の悩みを聞いてあげたり、アクシズ教の教会に顔を出してみたり、エリス含めカズマの妻たちからの愚痴、相談……

 

「…………」

 

「おい嘘だろ……」

 

「ち、ちがうわよ! 私はにとってこの平和な日々が息抜きみたいなものなのよ! だから私に息抜きなんて必要ないの!」

 

「嘘をつけドアホ! こんな複雑極まる家庭であらゆる意味で因縁の相手だったゆんゆん達相手にメイドなんて下働きやってるんだぞ! ストレスがたまらないなんてあるわけねえだろ!」

 

「アンタがそれを言っちゃうの!?」

 

 そりゃあ普通に生活してればどんな環境であろうと多少のストレスは出てくるものだ。それを表に出さないのが大人というもの。特に今の私の立場上、外に向けたものならともかく、内に向けた不平不満は決して言わないようにしているのだ。そんな事を言ってもどうしようもないと思っているし、言う相手だってせいぜいカズマくらいしかいないのだ。

 

「とにかくお前の部屋に行くぞ」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

カズマにズルズルと引っぱられて辿り着いたのは私の部屋だ。カズマは部屋にあった椅子にどっかりと座り、私はベッドへ投げ込まれた。それから疲れたように一回ため息を吐いた後、私の方をじっと見つめて来た。

 

「あれだ、流石に寝る前くらいは自由な時間を過ごしているはずだろ。普段はどうしてるんだ?」

 

「普段の……私……」

 

 私は本当に普段何をしているのだろうか。目を細めてゆっくりと思い出す。個人的には心地良い疲労感と共に部屋に入った私は、まずは日課の絵日記でその日の出来事についてまとめる。その他披露する可能性の高い芸事の仕込みを行なってベッドに転がる。それから……

 

「そうね、息抜きなら読書をしてるわ」

 

「お前からそんなつまらない息抜きの名が出るとは夢にも思わなかったぜ」

 

「私だって本くらい読むわよ! ほら最近読んでるのはこの“ルバイヤート”はイスラム教のスゴイ人がお酒片手に書いた本で……」

 

「アクアのくせに文字だけの本を読んでいるのか!?」

 

「アンタ本当に失礼ね!」

 

 私が差し出した本を見てカズマは驚愕していた。彼の中の私はどれだけアホに見られているのだろうか。まあ昔は漫画本しか読んでいなかったので否定できない部分があるのは残念ながら事実だったりする。

 

「というかこの本って日本語書かれてるじゃないか! 出版社もなんか聞いた事あるやつだぞ!?」

 

「あのね、私は昔みたいに能力制限されてないし天界にだっていけるのよ。地球のものを持ってくるなんて簡単に出来るわ」

 

「マジかよ……俺が読む事を諦めてた漫画の続刊も手に入るか?」

 

 少し真剣な様子でこちらを見てくるカズマに私は思わず得意げな顔をしてしまう。制限がなくなったという事は物資や装備品に関しても天界から持ち出せるようになった事を意味しているのだ。

 

「ちょっとまって……ほら、私のスマホ貸すから好きな物を頼みなさいな。プライム会員だから送料は気にしなくていいわよ」

 

「天界にもア〇ゾンがあるのか……つーかこのスマホくれ」

 

「一応スマホ型の私専用神器だからダメ。というかそれ持ったらカズマがスマホ太郎になっちゃうからやめときなさい」

 

「スマホはともかく太郎呼びはどっから来たんだ!?」

 

 頭に疑問符を浮かべながらもカズマがスマホを嬉々としていじりだした。その光景を見て思わず頬が緩んでしまった。年をとってしまったけれど、こういう子供じみた部分を感じられるのは少し嬉しいものであった。

 

「スマホがあるなら息抜きは出来そうだな。これってもしかしてネット使えたりするのか?」

 

「似たようなものはあるけど大分情報が偏ってるわよ。管轄世界の特殊な死亡事故を扱ったニュースとか、天使達が潜入して収集した下界の情報、他の神が管理する世界での創生と滅亡に関する実験報告とかあるわ」

 

「聞きたくない情報だったな。特に最後が……」

 

「天界での仕事に役立つ情報である事は確かよ。後は暇を持て余した神とか配下の天使が地球と変わらないような映像配信サービスとか通販をやってたりするわね」

 

「へえ……なんかもういいや……欲しいものはカート入れといたから決済よろしく……」

 

 テンションが下がって暗い表情をしながらスマホを私に突き返す。それから私のベッドに寝そべってそのまま寝息を立て始めてしまった。私はそんな彼に毛布をそっとかけてから読書を行なう事にした。いつもの静かな部屋で一人行う読書も良いものだが、こうして誰かが傍にいる中での読書も非常に良いものであった。 カズマは時折目を開けては私にちょっかいをかけ、今後の予定をぽつりぽつりと話し合う。そして、カズマが完全に起き上がった頃には『一緒に行きたい場所がある』と言って私は彼に連れられて自宅を後にしていた。

 辿り着いたのは最近紅魔の里に形成され始めた歓楽街にある建物であった。その建物はシンプルで一見何の変哲もないものに見えたが、入口に立っている警備員が重武装でしかもかなり高レベルな人間で固めていた。そんな物々しい雰囲気の入り口をカズマは顔パスで入り、しばらく地下への階段を進むとそこには私にとって胸躍る光景が広がっていた。煌びやかなネオンで包まれているのに漂うアングラ感、誰もが血走った目でお金をやりとりする悪魔の施設“カジノ”であった。

 

「ここは紅魔の里公営の“違法カジノ”だ。違法感ある方がカッコイイって理由で合法なのに違法カジノを名乗る変な施設だ」

 

「ふーん、でも少し納得出来ちゃう部分があって悔しいわね……」

 

「お前もそう思うか」

 

 二人で苦笑しながらも私はカズマから施設の説明を受ける。どうやらここはカズマも経営に一枚噛んでいるカジノらしい。ルーレットやカードゲームだけでなく、麻雀などを含めた世界中の賭博ゲームを揃えているらしい。もちろん、目的は巡礼者と言う名の観光客からお金をかすめ取るためであり、一方で人が増えた事で自然発生した本物の“違法カジノ”を取り締まるためのものらしい。

 私がカズマの説明を聞いて思わずうずうずし始めてしまった時、周囲に人が集まり始めて一斉に膝をついてこうべを垂れたり土下座をし始めてしまった。彼らの顔は私にとってもはや馴染み深くなって見覚えのあるものだ。彼らは紅魔の里に移り住んだり、教会騎士として赴任してきたエリス教徒の人達であった。

 

「まさかここにアクア様がお越しになるとは……」

 

「こんな施設で享楽に耽る私達をお許しください……」

 

「ごめんなさいごめんなさい……」

 

 一斉に懺悔し始めた彼らを前にして少なからず面倒臭いものを感じたが、そんな思いは脇に捨て彼らの懺悔に応える事にした。それが女神アクアとしての役割だと感じたからだ。

 

「皆さん、私は賭博のみならず人間にとって楽しみや嬉しさを感じさせてくれる“娯楽”を否定するつもりはありません。もちろん、体に害がなく日々の日常生活に支障が出ないものであるという前提はありますが……“娯楽”は人の人生を豊かにしてくれるものです」

 

私の演説を周囲は静かに聞き入っている。一方でカズマは私の方を見て何やら嘔吐をしているようなジェスチャーをしていた。本当に失礼な人である。

 

「むしろこのような場はある種の試練の場であるのです。貴方達はこれら娯楽によって人生を豊かに出来ますが、それに溺れてしまうというのはあってはならない事。何事も理性を保ち、節度を守って楽しむ事が大切です。あのエリスも私と同じ考えのはずです……という事で散りなさい貴方達! 私だってカジノで遊びたいの!」

 

 演説を聞いてむせび泣くもの達のお尻を叩いて私は周囲のエリス教徒を追い払う。後に残ったカズマは私の方を見て相変わらず変な顔をしていた。

 

「なんでアクアがエリス教徒達に慕われてるんだよ。つーかアイツらがお前を見る目がいくらか狂信的なものに見えたぞ?」

 

「前から言ってるように私はエリスの先輩だから彼らには受けがいいの。それに今のエリス教徒達は里での顔馴染みよ。私の魅力に堕ちてる人はいるだろうし、そのうち“転ぶ”かもしれない大切な子達ね」

 

「アクアのくせに意外としたたかなんだな。まあ、アイツらもお前に許されたっていう事に理由に堕落してるだけな気がするがな」

 

「彼らもカズマにだけは言われたくないと思ってるわよ」

 

「バカいえアクア、俺ほど勤勉で尚且つ里に貢献してる人間は他にいないし、節度だってきちんと守ってる偉大なるカズマさんなんだぞ?」

 

 煙草を咥え、偉そうにしているカズマの首にチョップを叩き込む。確かに今のカズマは非常に勤勉なのは否定できないが、今までの女性関係を考慮すると節度を守れる人間とは程遠い存在だからだ。

 

「アクアの言った事は俺も否定しないさ。なんだかんだで賭博行為ってのは楽しいものだからな。それに好き放題に散財することもストレス解消につながることがある。という事で……この200万エリスをお前にやる。好きに楽しんで来い」

 

「えっ……でも……こういうのはダメだと思うの……!」

 

「無理するなって……口角が上がってるし表情も女神と思えないほど悪い笑顔が浮かんでるぞ」

 

「はうっ!? 違うのよこれは!」

 

「いいから遊んで来い! 俺は俺でやる事あるしな。ちなみにその金は俺にとってはあぶく銭だし端金だ。何も考えず使い切ってしまえ! まあ最低限の節度は守って楽しめよ」

 

 私に金貨が詰まった袋を投げ渡した後、カズマは周囲のスタッフと一緒にどこかへ行ってしまった。残されたは私はこれから始まる享楽への期待感と一抹の寂しさを感じた。そのまま足は自然とルーレットへと向かっていた。技術や難しい確率論を考えなくていいので気軽に出来るのだ。いくらかの金貨をチップに変えた私は、何も考えずに10万エリスを24~36のダズンベッドへ突っ込んだ。くるくると回る円盤と小さな球を見ながら、私は周囲の様子を伺う。周囲にいる誰もが球が転がっているというしょうもない光景に熱中している事が何だか滑稽に思えたからだ。そして、球は28の数字へ転がり込んで止まった。私は一気に3倍に増えたチップを受け取り、今度は10万エリス分のチップを数字の15への一点賭けへ使う。再び回転し始めたルーレットの球はしばらくしてから数字の30へと落ち着いた。ディーラーに奪われるチップを眺めながら私は次の掛けを始める。まだ楽しい楽しい賭け事は始まったばかりだからだ。

それから幾ばくかの時間が過ぎたころ私は重い足取りでカズマの元へ向かった。彼はブラックジャックなどのカードゲームができるエリアの一角にいた。煙草を吹かしているカズマの周りには何故か生気を失ったように倒れ伏す人が多くいた。恐らくカズマに負けた人達であろう。このカジノでの彼の役割が何となく理解出来た瞬間であった。

 

「ようアクア楽しんでるか? 俺は賭場荒らし狩りがようやく終わったところだ」

 

「そう……こっちもまあまあ楽しんでいるわ。お金は50万も減っちゃったけどね……」

 

「ん?」

 

 何やら訝し気な顔をしながらカズマが私の顔を覗き込む。それから私の額をさすったり、頬をぐにぐにと弄ってきた。私がその行為を軽く手で払うと彼は小さくため息をついた。

 

「お前は本当にアクアなのか……? 博打で全財産失うのが女神アクアのアイデンティティだろ?」

 

「いい加減ぶっ飛ばすわよカズマ。流石の私も“節度”というものをわきまえているわ。まあ50万も負けてるから口を大きくしては言えないけどね。それよりアンタの用事が終わったなら一緒に楽しみましょう? アンタが傍にいた方がその……安心できるのよ」

 

「っ……! ああ、分かったよアクア」

 

「ふふっ、やけに素直じゃない」

 

「言っただろ。俺はお前の言う事は何でも聞くってな」

 

 近寄ってきたカズマの腕を取り、私は再び享楽の場へと歩き出す。その後はカズマと一緒にブラックジャックやポーカー、果ては麻雀やチンチロをも楽しんだ。一人で楽しんでいた時よりも数倍早くお金はとけて行く。カズマは大笑いしていたが、やはり私は素直に喜ぶ事は出来なかった。そして負けがこんで元金が約半分になった所で何だか体が震えて来た。たった数時間の娯楽のために私は100万エリスという大金を無くしてしまったのだ。今はかなり余裕のある生活をしているが、借金生活も経験している身だ。この金額の重さは十分に理解している。

 カズマはそんな私を見て苦笑した後、私から残金を奪い取って全てチップに変えてしまった。チップの束を渡された私は彼に連れられて先ほども楽しんだルーレットエリアに連れてこられた。

 

「よしアクア、一発勝負だ。次のルーレットで有り金全部賭けろ」

 

「ちょっ、待ちなさいよ! 賭けるにしてもルーレットなんて一番運否天賦に頼るものじゃない! もっと私のスキルを活かせるカードゲームとか……!」

 

「いいからさっさと賭けろ。どんなゲームだろうと勝負の結果がどうなるか俺は事前に分かってるんだよ」

 

 興味なさそうな顔で煙草を吹かす彼に流石の私もカチンと来る。半ばヤケクソ気味にチップの束を黒の2倍賭けに叩きつける。どうせ彼から貰ったあぶく銭だ。私は失うものなんて何もないのだ。

 しかし、ルーレット上で回り始めた球体を眺めていると後悔と憂鬱な気分が押し寄せて来た。カズマに挑発されるがままに私は大金を賭け事に費やしてしまった。私は“私”を良く理解している。この後どうなるかなんて火を見るより明らかであった。だから私は目を閉じた。脳裏によぎる光景を現実で見たくなかったからだ。

 

「おっ、黒に入った。やったなアクア。お前の勝ちだ」

 

「えっ……!? 本当だ……私が勝ってる……」

 

 周囲で勝ち負けに関する喜びと悔しさの声の中、私の前には2倍に増えたチップの束があった。喜びより先に驚きの方が大きかった。この手の勝負では必ずと言っていいほど負けて来た経験があるからだ。

 

「おうおう、良かったなアクア。つーわけでその金はそのままお前の臨時ボーナスだ。さてそろそろ帰るか。うるさすぎて耳が悪くなりそうだ」

 

煙草を灰皿に押し付けて席を立つ彼の後を私はチップを回収して慌てて追いかける。その背中を眺めながら彼の気遣いを理解する。恐らく私を楽しませる一環として先程のような事をしたのだろう。その不器用な優しさが少し嬉しかった。

 

「ふふっ、ありがとカズマ。でも、あんなイカサマみたいな勝ち方はあんまり好きじゃないわ。ギャンブルってのはこう……狂気の沙汰ほど面白いっていうか……」

 

「急に何を言い出すんだ。ルーレットにイカサマもクソもあるか」

 

「照れなくてもいいのよカズマ。アンタが運営側だってネタバラシしてたじゃない。私が結果を見るのが怖くて目を瞑ってる間にちょちょいと……周りの人は皆仕掛け人でしょ?」

 

「誓って言うが俺は何もしてない。あれはお前が掴んだ勝利だよ」

 

 疲れた顔でそう言う彼の顔に嘘の気配はない。そして、女神の勘が彼は嘘を言っていないと告げている。つまりはあの勝利は仕組まれたものではないという事だ。本来は喜ぶべき事なのだろうが、何故か寒気と得体の知れない気持ち悪さを感じずにはいられなかった。

 

「ねえ、なんで私が勝ったか理由が分かる? いつもの私なら絶対負けてたでしょう……なんだか気持ち悪くて……」

 

「そんな思考に陥るアクアの方が捻くれてるとおもうがな。まあ、俺はお前が勝つって分かってたぜ。なんせ、今のアクアは“女神”だからな」

 

「今って何よ今って……今も昔も私は気高く麗しい水の女神様なんですけど!」

 

「アホが、今のお前は本当に“女神”なんだよ。運気を落とし、ある意味でのお約束に繋がる強欲や傲慢もない。昔のお前は俺の……やべっ……何を言おうとしてんだ俺は……年とって俺自身も病んじまったか、ゆんゆん達にとやかく言う資格ねえな」

 

「ちょっ……待ちなさいよカズマ!」

 

 頭を抱えて足早に歩きだすカズマの腕を取り、一緒に家路へとつく。心の中に小さなしこりが残っている気がするが、久しぶりにギャンブルというものを楽しめた気がする。実は彼が家庭を持ってからはこの手の遊びからは手を引いていたのだ。

 

「ねえねえカズマ、また暇なときに一緒に行きましょ! 今度はもっと大勝ちしてみせるんだから!」

 

「ああ、暇な時にな」

 

 くすりと笑った彼の顔は隠し切れない喜びが混じっていた。その事実がたまらなく嬉しかった。私自身は心の何処かで彼に見捨てられてしまうのではないかという不安を持っている。でも、この表情を見る限りではまだ私を必要としてくれているようだ。

 その後はカズマから貰った臨時ボーナスでいつもよりワンランク上の食事処に行ってみたり、お高いお酒を何も考えずに大人買いした。そして、またしても自宅にて酒盛りをしてしまった。そのまま楽しくお酒を嗜み、今現在はお風呂に入って気持ち良く温まっていた。

肩までしっかり湯船に沈めつつ、ほうっと息を吐く。そして、ここ数日の事を思い出していた。ひょんな事からカズマと二人っきりになったわけだが、想像以上に私はこの現状を楽しんでいるようだ。それに、普段より体が軽くなったように感じている。何故かはこの私でも理解できる。一言で言うと、精神的に楽であったからだ。後先考えずにカズマと接する、遊びに身をやつす、お酒を好きなだけ飲む。思えば今までの私は無意識にこれらの事柄を避けていた。ゆんゆん達と余計な軋轢を作りたくない、子供達に尊敬されるようなお姉ちゃんでありたい。そんな思いが根底にある事は否定できない。だからこそ、今の状況は正に肩の荷も下りたと言った所だろうか。

 

 

「でも、今は私とカズマの二人だけ……」

 

 

 思わず体がぶるりと震える。改めてこの状況の危険性を肌身に感じる。普段は抑え込んでいる欲望が溢れてしまいそうなのだ。しかも彼は私のお願いを何でも聞いてくれるとの事らしい。入浴によるものとは違う火照りがじわりと体を包み込む。そういえば私も随分と“ご無沙汰”だ。私がカズマとその……愛を深める事は滅多にない。ゆんゆん達の情事に偶然居合わせたり、巻き込まれたりした時にえっちぃ事をされたりしたが本当に稀な事だ。それに、たいていは居合わせた女性達によって止められ途中で終わってしまう。あまり認めたくないがお預け状態と言うのが長く続いているのだ。

 

「ま、まあ性欲魔人のカズマさんだし、ゆんゆん達がいなくて困ってるわよね……」

 

 勢いよく湯船を出た私は体をしっかりと拭き、少し派手な下着とお気に入りのパジャマを身にまとう。鏡にうつる私は神の領域にある美貌を持つ女神だ。恐らく、少し優しくするだけであの男は私に獣の如く襲い掛かる事だろう。

 

「はぁ、全くしょうがないわよねぇ……でもいつも頑張ってるしね……」

 

 この私が様々な事を抑え込んでいるように、今のカズマも我慢をしている。そんな彼を癒すために女神として……女として人肌脱ぐ事にやぶさかではないのだ。身支度を整えた私は彼がいるであろう寝室へと足早に体を運ぶ。そして、寝室の扉の前で大きく深呼吸をしてからノックをしようとして――

 

『ねえねえ助手君、目的は達したんだしあたし達は帰ってもいいー? さよりちゃん達はまだまだ遊びたりないみたいだけど、レイカが飽きたみたいでさ』

 

『もう少し待てって、それにまだ絶対安全とは言えない状況だろ』

 

『さっき女神本体の情報を聞いたでしょ? これから何か起こるなんてありえないでしょ! もう、あたし達とは縁もゆかりないんだから』

 

 この瞬間だけは女神としての知覚機能が疎ましく思った。扉の中からは聞き慣れた声がうっすらとだが聞こえてしまった。今さらなにも知らないと装って部屋に入る勇気はない。すっかり冷めてしまった体をさすりながら私は扉を離れて自分の部屋へと赴く

 自室では静かな暗闇と暗闇の中でも存在を主張する大きなダンボール箱があった。何気なくその箱を開き、納得がいく。中には漫画本がたくさん詰まっていた。恐らくカズマがこの前頼んだ漫画本だろう

 

「まったく、嫌がらせみたいなチョイスね。私が代金払うからって好き勝手頼んじゃって……」

 

 私にとっても見慣れたタイトルの漫画本を手に取り、ベッドへと転がって読み進める。独りでに笑ったり、悲しんだりしながら本を楽しむ。さっきまで思考を支配していたどんよりとした気持ちが少しだけ晴れた気がした。それから夜もふける時間帯になった時、ノックもなしにカズマが部屋に入ってきた。彼は部屋に散らばる漫画本を見てニヤリと笑い、いくつかを手に取って私の横へ寝転がる。その姿を見て私も毒気が抜かれるというか……少し呆れてしまった。

 

「もう、こち亀全巻頼むのは流石に嫌がらせに近いわよ」

 

「いいだろ別に、終わるわけないと思ってたこち亀が終わってたんだぞ? 改めて読みたくなってな……」

 

「ベルセルクは……?」

 

「流石に終わってるだろうと思ってたのに終わってなかったからな」

 

「ふふっ、理解出来るところが悔しいわね」

 

 漫画を読みながら時折囁くような小さな声で会話を楽しむ。そのまま自然と微睡んでいく。思考の隅でだらけすぎではないかと思うが、まぁこれも悪くない。そっと彼の体に抱き着き目を閉じる。もし、私のお願いを聞いてくれたならどんな展開になるか……そんな妄想に身を預けた。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 翌朝、私は強い衝撃を受けて身を起こした。隣には同じく目を擦るカズマがいる。そして、目の前には背負ったバックパックから溢れんばかりの物騒な代物を持ったレイカちゃんがいた。

 

「お父さん、何を呑気に寝てるの!? カチコミに行くんでしょカチコミに!」

 

「レイカちゃん……何を言ってるの……?」

 

「大丈夫だよアクアお姉ちゃん、実はお母さんの物置から色々と持ってきたの! はい、アクアお姉ちゃんにはこのランサーアサルトライフルをあげる!」

 

 目の前に無造作に置かれたのはチェーンソーが銃剣代わりについた自動小銃であった。理解が追い付かないが、エリスの物置にあったという点は納得だ。あの子はああ見えて結構なオタクなのだ。

 

「はい、お父さんにはこのサミュエルコルトのリボルバーをあげる! あらゆる存在を一発で撃ち殺せるんだって!」

 

「おいレイカ落ち着け。そんな物騒なものはいらねえっての」

 

「ふふっ、そしてあたしはこのストームブリンガーで……」

 

「教育的指導チョップ!」

 

「あうっ!?」

 

 カズマの手刀で黙らされたレイカちゃんを抱き上げ、彼は別の部屋へと消えていった。30分後、やけに表情の緩んだカズマと彼にしがみつく涙目のレイカちゃんが再び私の前に現れた。

 

「悪いなアクア、コイツ俺が恋しくてクリスの所から抜け出してきたみたいだ。ちょっとコイツ連れて外で遊んでくるわ」

 

「別にお父さんが恋しくて来たわけじゃないから! 単純に暇だったの!」

 

「はいはい……アクア、お前も一緒に行くか?」

 

 そう提案してきたカズマに私は苦笑しながら久々に家を掃除したいから一緒に行けないと答えを返す。目の前のカズマの表情はこの数日の中で一番明るく、喜びと嬉しさに満ちていた。ここまで来るとこちらも嬉しくなってしまうものだ。

 

 

でも、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ悔しかった。

 

 

 その後、彼は娘と手を繋いで外へ出かけてしまった。残された私は宣言通り家の掃除に身をやつした。たかが数日ではつもる埃も汚れもほとんどない。でも、掃除は無心になれる。だからこそ私はこの行為が気に入っていた。

ひと段落した私は再び自室で漫画を読んでいた。窓の外はとっくにお昼時を過ぎていたがカズマ達が帰ってくる気配はない。何かつまもうとリビングへ降りた時、あまり会いたくないと思っていた人物がカップラーメンを啜っていた。

 

「いやー悪いねアクア先輩、ウチの娘が聞き分けなくてさ。結構心配して迎えに来たんだけど……助手君と一緒なら問題ないよね。はい、お詫びとしてアクア先輩にもカップメンあげる!」

 

「あんがと……」

 

「くふっ、何だか表情が固いよアクア先輩?」

 

 私は目の前のいらつく後輩を無視して日本からの持ち込み品であろうカップ麺にお湯を注ぐ。そのまま無言で過ごしていると、クリスが大きなため息を吐いた。

 

「よくないなぁ……こういうのは……」

 

「え……?」

 

「こういう助手君と二人っきりていう状況は良くないよ。良くない……余計な事かんがえちゃうもんねぇ」

 

「…………」

 

 閉口する私の前で彼女は残ったスープを啜っていた。それから一息ついてから彼女は私の方を憎らし気に睨んでいた。

 

「アクア先輩、あまり調子に乗らないでくださいね?」

 

「な、なによ! 私は別に……!」

 

「この状況は様々な偶然が重なって起きてる事なんだよ。別に助手君が望んでいるからじゃない。だから変な気起こさないでね?」

 

「っ……!」

 

「アクア先輩には“このまま”で居て貰わないと困るんだよねぇ」

 

 向かいの席を立ったクリスは私の背後へ回り込む。クスクスとした笑い声が耳につく。いますぐこちらを立ち去りたい気分であったが、なけなしのプライドがそうさせてはくれなかった。

 

「これって嫌がらせで言ってるわけじゃないんだよ。今のあたしたちの関係を壊したくないならね……」

 

「アンタが何を言っているのか分からないわよ!」

 

「なら、教えてあげちゃおうかな。一から優しく」

 

 隣の椅子へ腰かけたクリスが私の顔をじっと覗き込む。私はその顔から逃れるように目を離した。

 

「まず始めにぶっちゃけるけど、あたしはレイカ以外の助手君の子供が大嫌いなんだ。正直言って内臓ぶちまけて殺したい」

 

「なっ!?」

 

「安心してアクア先輩。そうは思っても絶対にそんな事しないからさ。それに、これは“あたし”がそう思ってるだけ。“わたし”は女神としての本能に引きずられて嘘偽りなくレイカ以外の子供も愛してるけどね」

 

 そう言って嗤うクリスに私は思わず怒気が溢れる。前々から思っていたのだが、このクリスという分霊体は色々と欠陥がありすぎる。何というか、エリスのダメな部分をより濃く受け継いでいるし、何より非常に“人間的”なのだ。

 

「でもね、この思いはあたしだけじゃないと思うんだよね。多分、ゆんゆんもダクネスも、めぐみんもあるえもそう思ってる。度合いに差はあれど、似たような事を思っているのは確かだね」

 

「私は信じないわ……」

 

「その思いは尊重するけど、一つの事実としてあたし達は自分の子供は自分の元から離さない。自分以外の母親に触れられるのも嫌だし、預けるなんて事も論外。自分の子供が他人の母親に懐くなんて母親当人としてはたまったものではないからね。でも、一方で他の子供から頼られるのは大好きなんだ。相手方の母親より、自分が優れている気分になれるからね。何より自分の子供が他の女に懐くのが気に食わない」

 

「随分と認識が歪んでいる気がするわ」

 

「でも、この家の母親たちは自分の子供には厳しく、他の子供に非常に甘い。この歪んだ関係をよく思っていない助手君にアクア先輩は非常に頼られてるよね? 彼は子供全員に分け隔てなく厳しく甘い。そんな事が出来るのは全員の父親である彼と、全員の“姉”である先輩だけなんだよね」

 

「…………」

 

「もし、アクア先輩が子供達に姉ではなく母親として接していたら……もうこの家には居られなかっただろうね」

 

 否定したい……否定したいがこのクリスが言っている事は一部否定できない部分がある。正直言ってカズマ家において親としての“しつけ”については非常に歪んだ事になっているのだ。端的に言えば母親達は自分の子供しか叱れない。そして、自分の子供を自分以外の女性に預ける事を非常に躊躇っている。よっぽどの緊急時以外はそのような事はしないのだ。

 だからこそ私がいる。私が“しつけ”の一部を受け持っているし、彼女達が子供を預けるのを躊躇わないのは私しかいないからだ。

 

「悔しいけどさ、今の薄氷の上の関係はアクア先輩なしでは成り立たないんだよ。積み重なった関係性と利害の一致って部分で隠されてるけど、まだまだあたし達は心の奥底で憎み合ってる。だからこそ、アクア先輩はゆんゆん達に非常に頼られてるの」

 

「私が頼られてる……」

 

「もちろんだよアクア先輩。でも、同じくらい“下”に見られてるけどね。人間って誰しもが安心したい生き物だからさ、しょうがないよね」

 

「……どういう意味?」

 

「分からないならいいよ。とにかく、アクア先輩はこのままでいて欲しいんだよ。心の底から本当に……アクア先輩は皆の“緩衝地帯”なんだから……」

 

彼女が言っている事はあまり理解出来なかった。いや、理解したくなかった。それに、彼女が何と言おうと私だって信じている事があるのだ。だから私はめげないし挫けない。彼女の暴言程度で怯んでいる暇はないのだ。

 

「ん……ちょっと待ちなさいよ。アンタの言葉通りならこの状況はおかしいわよ。だって、アンタが子供達を預かってるじゃない。アンタの理論でいくならそれは私の役割なんでしょう?」

 

「だから最初にいったでしょ、偶然の結果だってね。それにあたしのポジションも少し特殊でね。まあ緊急時はアクア先輩の代役になるかもしれない。それくらいだよ。彼女達も、“あたし”と“わたし”が一筋縄では行かない関係だって気づいているからねぇ」

 

クリスは一通り笑った後、私に大きめのビニール袋を渡してどこかへと去っていった。袋の中には『残りの時間を楽しんでね』というメモ書きと手持ち花火セットが入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日の夜、遊びから帰ってきたカズマ達と私は庭先で夏の風物詩と言える手持ち花火を楽しんでいた。両手に花火を持ってはしゃぐレイカちゃんをカズマは嬉しそうに眺め、私はそんな彼を見つめていた。

 

「どうしたアクア、なんか暗いな!」

 

「夜中だからそう見えるだけよ」

 

「それもそうか! おっ、レイカ! 今度はコイツだ!」

 

「ちょっとテンションおかしくないお父さん!? ちょっ、花火振り回しながらこっち来ないでよ!」

 

「いや、俺自身懐かしくてなあ……」

 

 わーきゃー騒ぎながら遊ぶ親子を尻目に私も花火に火を灯す。一瞬のきらめき残して消えるそれが、少しだけ羨ましかった。

 

 

 それから手持ち花火が全てなくなった頃、私達三人は黙々と線香花火を消化していた。大きくなる線香花火に小さく感嘆の声を漏らし、地に落ちてため息を吐く。その繰り返しでった。

 

「ねえねえカズマさん……レイカちゃん」

 

「おう、どしたアクア?」

 

「私と一緒にいて楽しい?」

 

 思わずそんな事を聞いてしまった。後悔に埋め尽くされる思考の私に、小さな体がぎゅっと抱き着いてくる。そこには満面の笑みのレイカちゃんがいた。

 

 

「あたしはアクアお姉ちゃん一緒にいて楽しいよ!」

 

「ふふっ、そうなの……」

 

溢れてしまう笑顔を隠すのは不可能であった。そして、カズマと言えば私の方をじっと見つめていた。

 

「なあ、アクア」

 

「な、なによ……」

 

「俺はお前が一緒じゃないと楽しめねえよ」

 

そう言って照れ臭そうに頭を掻く彼の姿だけで色々と“充分”であった。

 

 

 

 

そして最後の線香花火が地に落ち、周囲は闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間だった。

 

 

私は何故かカズマに蹴り倒されていた。

 

 

抗議の声を上げようとして私は異常に気付く。カズマはレイカちゃんを抱きしめながら地面に転がっていた。それだけなら別に良いのだが、彼の背中はえぐられるように肉が削げていた。

 

「カ、カズマ!? 一体何が!?」

 

「アクア! レイカ連れて家の中に逃げろ! あそこは“聖域”だ!」

 

「でもカズマが……!」

 

「いいから行け!」

 

 レイカちゃんを押し飛ばすように私に預ける。私は混乱しすぎてわけが分からなかったが、その足は家へと向かっていた。でも、腕の中の小さな存在はそれを良しとしなかった。

 

「お父さん……お父さん!」

 

「ちょっとレイカちゃん! 暴れないで!」

 

「アクアお姉ちゃんのバカ! お父さんってばとっても弱いんだよ! あたしが助けなきゃ!」

 

想像以上の力で私の腕を振り払った彼女は血だまりに沈むカズマに駆け寄った。しかし、その姿も一瞬で掻き消える。

 

 

 

 

残されたのは耳障りな鎖の音。

 

 

 

 

そして、月夜に浮かぶ見知らぬ“メイド服の女の姿”だけであった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リゼロの更新が再開したぞ!

やべえ俺もやらなきゃ!


え? リゼロの更新が止まった!?
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