近くで必死に俺の名前を呼ぶ声がする。消えかけていた意識が少しずつ鮮明になり、そんな朦朧とした意識を刈り取る激痛も引いていく。うっすらと見える視界には半狂乱になって泣き叫ぶアクアの姿があった
「大丈夫なのカズマ!? 痛くない? ちゃんと私の事が分かる!?」
「うるせえアクア……少し黙れ……」
「気が付いたのカズマ! 死ななくて良かった……!」
うるさいアクアから目を背けつつ、俺は先程まで腕の中に存在していた小さな温もりがどこにもいない事を認めたくないという気持ちでいっぱいだった。そのうちアクアもレイカがいない状況を理解して俺に泣きつき始めるが、むしろ俺が誰かに泣きつきたい気分であった。今回の事件は一言で言えば油断をしてしまったという所だ。
自分自身の不甲斐なさを嘆きつつ、内面で荒れ狂い過ぎた感情のおかげで逆に冷静に思考する事が出来た。ここで初めて俺の右手の近くに、くしゃりと丸められた紙片がある事に気が付いた。その紙片を広げてみると見慣れた文字で文章が書かれていた。
『会ってお話しがしたいです。愛しのお兄様』
紙片を投げ捨て、この襲撃の下手人が俺にとって予想通りの人物であった事に内心怒りを通り越して呆れが出てくる。おかげで頭の中にちらついていた最悪の事態は避けられたのではと思ったが、やはりそんな油断が出来る相手ではないと考え直した。
そして、こうなってしまっては目の前で泣くアクアに事情を説明しないという選択肢はなくなってしまった。今回の件を彼女に秘密にしたのはやむを得ない事情がある。また、自分がやった事に対して後ろめたさがあるため、出来れば彼女には話したくなかった。恐らく俺達がやろうとした事にアクアは反対の立場を取り事態を混乱させる事が目に見えていたからだ
ともかく、今必要なのは情報収集だ。泣きじゃくるアクアから彼女の見た最後の光景を何とか聞き出し、同時にエリスに帰還の“祈り”を捧げてから重い体を引きずりながら家の中へと入った。
それから数分のうちに見慣れたメンツが集まってきた。不安そうな表情を浮かべるゆんゆんとダクネス、不機嫌そうなめぐみんとある意味予想通りな顔色であった。しかし、肝心のエリスとクリスは顔面蒼白で一言も発さず佇んでいた。エリスとクリスは明らかに“異常”であるが、状況が状況なだけに俺は情報共有を優先する。
ゆんゆんからは当初予定していた作戦が滞りなく行われた報告を聞き、俺は件の人物、もしくは関係者からの襲撃を受けてレイカを誘拐されてしまった事を伝えた。俺は奴から受け取った紙片をゆんゆん達に見せ、彼女達と同じく頭を悩ませる。そんな間にも必死に抑えてはいるがじりじりと迫る焦りと不安に俺は押しつぶされそうであった。逃げの煙草に手が伸びそうになるのを抑え、ない頭を振り絞って解決への糸口を模索した。
「ちょっと待ちなさいよアンタ達……」
「どうしたアクア? 何かあの襲撃者についての情報を知っているのか?」
「確証は持てないわ。でも、貴方達は心当たりがあるのよね?」
「ああ、残念ながらある。ぶっちゃけて言うと首謀者はすでに分かってる。ベルゼルグ王国第一王女”ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス”……それが奴の名だ」
「アイリス……あのこが……」
寂しげな表情を浮かべ、僅かに唇を噛むアクアの姿に少し驚く。彼女の事だから理解できずに泣く、そんなはずはないと怒るといった反応を予想していたのだが、事実はその逆であったようだ。
「あんまり驚かないんだな?」
「馬鹿にしないで。これでもアンタの家族を守るために交友関係の把握は怠っていないの。商人関係の商売敵の線が濃厚だと考えていたけど、あの手紙を見た限りはアンタへの個人的な恋慕とゆんゆん達への嫉妬に満ちていたわ。あまり考えたくなかったのだけど、脳裏ではあのコの事が浮かんだわ。消去法だけど あのコなら何かやる事もあるかもって……」
ため息をつくアクアの肩を俺はそっと撫でた。ここまで俺の家族のために尽くしてくれる彼女に感謝の思いと得体の知れない不快感を覚えながら再び長考する事になる。この際、アクアがあの手紙を読んでいた事はひとまず置いておき、状況の整理とアクアへのこれまでの経緯の説明をする事になった。
事の発端は十数年前、ゆんゆんとの結婚前に俺はアイリスから好意を伝えられた。しかし、その時は一応ゆんゆん一筋だった俺は彼女の思いは受け取れないと伝えた。その後、ゆんゆんとの結婚式に招待状を出したが彼女は来なかった。しかし、彼女からのお祝いの手紙は受け取っていた。そこには結婚式に事情により参加出来ない事への謝辞と屈託のない祝福のメッセージが込められていた。
それからは彼女からの手紙が約半年に1回の頻度で届けられた。手紙には彼女の近況や王城への愚痴を記されており、俺自身笑顔を浮かべながら返信を書いていた。そんな手紙に変化が訪れるのはダクネスが俺と籍を入れてからの事であった。俺への手紙に誘惑の言葉……端的に言えば俺と結婚したいという旨が書かれていた。当初は冗談と受け取った俺は少しアイリスを茶化すような返信を送ったが、内容は次第に重くなっていった。王族と結婚する事のメリットに関するものや、ゆんゆんとダクネスで重婚してるため一人増えても今更だという諭すようなもの、俺に対する思いは今でも変わらないという愛の言葉、もう昔の少女だった頃とは違うといって彼女の自撮り写真を送ってきたこともあった。かなりの美女になっていたアイリスの写真を見て色々と傾きかけた俺だが、流石にしっかりと拒絶の意思を伝えていた。
次に手紙の内容が変化したのはカイズがしっかりと会話を交わせるほど成長した時期だった。この頃になると手紙が来る頻度は1月に一回ほどになっていた。内容は当初の微笑ましいものから打って変わり、ダクネス達に対する妬みの言葉、これだけ愛の言葉を送っても反応してくれない俺への怒り、事実上アイリスと俺たちの接触させないように工作しているダスティネス派に属する貴族達への暴言などばかりであった。流石に返信するのも辟易していた俺は代筆をあるえに頼んでしまった。当初はしっかりとあるえが書いた返信を検閲していたが、そのうち全て任せるようになってしまった。結果的にこれがまずかったようだ。
あるえ曰く、次に手紙の内容が変化したのは俺がめぐみんやあるえと籍を入れたあたりらしい。この時、あるえ自身も辟易して1週間に1回来る手紙に対し、二か月に一度の返信をしていたようだ。そうしているうちについに代筆がアイリスにばれてしまい、それを知ったあるえは今までの仕返しとばかりに彼女に対する暴言と煽り、果ては俺とあるえがにゃんにゃかしている写真を送り付けたらしい。そしてついに手紙は1日に1通届くようになり、あるえが俺に泣きついた事で返信も途絶えた。
「とまあこんな感じだ。何か質問は?」
「アンタ、何人の女をコマせば気が済むのよ……」
「ふざけんな。今回に関しては俺達は完全に被害者だ。確かに昔はアイリスとも仲が良かったが、手紙のやり取りだけで十数年は会ってもいない。今年の年賀状は流石に送らなくてもいいかと考えつつも、去年も送ってきてるし仕方ないから送るかってお互い惰性で続けてる小学校や中学時代の友人……以下の関係だ。むしろ何故俺が執着されてるのか理解に苦しむ。王族じゃなかったら手っ取り早く始末出来るんだけどな」
「っ……!」
俺の言葉にビクリとするアクアにイラつきながらも俺自身必死に冷静になろうとする。今は1分1秒が惜しいのだ。
「待ちなさいカズマ。それだけじゃ今の状況は説明がつかないわ。なんでアイリスちゃんが犯人って確証が持てるの? エリス達はいったい何を……まさかアイリスちゃんを……」
「流石にお前が考えてるような事はしない。でも、ここ最近になってアイリスが俺の子供たちと接触していた事が分かってな。軽く会話する程度だったらしいが流石にこれ以上は見過ごせない。簡単なのは彼女を始末することだが立場上難しい。だから、彼女の俺達に関する”記憶”を抹消する事にした。以前の薬とは違ってエリスが直接脳を弄って……とにかく二度と思い出せないようにな」
アクアは呆けたような表情を浮かべた後、深く考え込むように下を向きじっと俺を睨みつけてきた。博愛精神に目覚めた彼女にとっては忌避すべき行為だったかもしれないが、こちらとしては何が起こるか不鮮明なので早めに処理したい案件だったのだ。
「役割としてはエリス達が襲撃と記憶除去担当、俺は襲撃が事前にバレた時に真っ先に狙われる可能性が高い。だからお前と一緒に過ごしながらある種の囮役だ。クリスと子供たちは万が一に備えて天界に疎開させてもらった」
「ふん、私は囮役だったわけね。なるほど、ここ数日の事も色々と納得がいったわ」
「こうなった以上はもう何も言い訳はしねえよ。俺とお前なら襲撃者も制圧する自信があったからな」
「実際にはそうはならなかったけどね」
腕を組みながら呆れたように呟くアクアに俺は睨み返した。そんな時、小さな嗚咽が聞こえてきた。どうやらクリスがついに泣き出してしまったらしい。最悪の雰囲気になっているこの場において、彼女の涙は非常に重苦しいものであった。
「ご……ごめんね……あたしが油断してレイカを……」
「泣くな、俺自身も油断してた。お前は悪くないさ」
「ごめんね……ごめんね……」
彼女を抱きしめてやりながら俺は自身を戒める。彼女からアイリスの記憶の抹消成功の報告を聞いた俺は、もう大丈夫だろうと油断してレイカを受け入れてしまった。本来ならば、安全をより確かめてから受け入れるべきだったのだ。そんな時、アクアが俺の方へ足を一歩進めてきた。
「なるほどね。事情は大体わかったわ。とにかく、アンタは今回の襲撃者はアイリスちゃんだって思ってるみたいだけど、多分彼女ではないわ……というより”本物”ではないと言った所かしら」
「もっと分かりやすく話せ」
「焦らないの。そうね……あの襲撃者の分かっている特徴はメイド服にボブカットにした黄金の頭髪……何より一番の特徴は……恐らく彼女は人間じゃないわ」
「何……?」
「確かに人の形はしていたけど、生気やアイリスちゃんの魂の輝きは感じられなかった。でも彼女の憎悪と彼女以外の怨念も感じられたわ。ああいう存在には少し心当たりがあるの。そうでしょうエリス?」
アクアの見つめる先で、エリスは久方ぶりに表情を取り戻す。彼女は考え込むように指先を軽く噛んだ後、ハッとした表情でアクアに視線を返す。どうやら、エリスにも心当たりがあったようだ。
「まだ特定は出来ませんが、どういったものかについては納得行きました。前提として、私はアイリスさんの記憶を”生活に支障が出ない程度”抹消し、一部を偽の記憶で補完しました。その後の様子も観察して彼女の記憶の復活もなく、魂の分裂、他者への憑依がない事を確認しています。でも、現実としてアイリスさんらしき人物が襲撃に関わっている。なるほど……悪霊やそれに憑依された人間といった類という可能性はありますね」
「そういう事! まあ悪霊というよりは怨念集合体といった所かしら。こういう悪霊は死んじゃった当人の魂はとっくに天に旅立っているのに、その人の無念や恨み、後悔の念が現世に残って悪さをしちゃうっていうパターンね」
「おいおいアクア、確かにアイリスの記憶は消したけど別に死んだわけじゃないんだぞ。なんで悪霊になるんだよ」
「馬鹿ねカズマ、確かにアイリスちゃんの肉体は死んでないけど、アンタの記憶を持って十数年かけて人格形成されてきた”アイリスちゃん”は死んだも同然よ。記憶は消せても思いは残留思念という形でしばらく残るの。エリスはそれも懸念事項に入れて”焼却”したと思うけど……多分何か見逃してるわ」
アクアにアイリスの記憶を消したことに突かれ、ほんの少しの良心の呵責に苦しむがすぐに割り切ることにする。流石に狂ったアイリスと今の家族とどっちを選ぶかなんて考えるまでもないのだ。それからアクアとエリスは小さく言葉を交わした後、めぐみんを手招きして呼び寄せた。
「ねえめぐみん、こういった怨念はその人の愛着がある品とか、肉体の一部が付着した物品に宿りやすいの。例えば愛用していたアクセサリーとか大事にしていた宝物、毛髪がついた服や血の付いたハンカチなんかが対象になるわ。アイリスちゃんの物品の処理は貴方がしたみたいだけど、何か見逃しはない? 良いものを見つけて懐に入れちゃったとか……」
「ちょっ!? 待ってくださいよ! 何気に凄い失礼ですねアナタ達! 確かにカッコイイなって思った短剣とか、欲しいなって思った魔道具もありましたけど全部まとめて爆裂魔法で塵一つ残らないように処理しましたよ」
「本当に? 少し拝借してお店に売ったりなんかしてないの?」
「そういうアホなやらかしは私じゃなくてアクアの担当です! 誓って言いますけど処理すべきものは全て爆裂しました。それを言うならエリスだって怪しいですよ! 父王が残してほしいと頼んだ品は彼女の担当だったじゃないですか」
「めぐみんさん、それは余計な心配というものです。私が預かった品は全て完璧に浄化して返却しています。誓って言いますが見逃しはありません」
お互いに薄い胸を張って反目しあう二人の間に今まで沈黙を保っていたダクネスが割り込む。そしてため息をついてからめぐみんの頭を片手で掴んだ。
「めぐみん、本当に盗んでないんだな? 嘘をついたらアイアンクローの刑だ」
「ダクネスまで…信じてくださいよ!」
「ん……本当に嘘はついてないようだな。それならば私から一つの可能性の話を示したい」
ダクネスはゆんゆんの顔をチラリと伺った後めぐみんから手を放し、自分の片耳からイヤリングを取り外してそっとテーブルの上に置く。それから全員の注目が集まった所で、その金色に輝くイヤリングを一撫でした。
「今だからこそ言うが、私は以前カズマにねだりにねだって結婚指輪を買って貰ったんだ。でも、ゆんゆんがいる手前、堂々とつけるわけにはいかなかった。だから、普段は同じくカズマから貰ったイヤリングをつけて気を紛らわしていたんだ」
ダクネスの告白に俺は少し冷や汗をかいた。実はゆんゆんに内緒でダクネスやエリスにはいくつか渡している品があるのだ。その中にはゆんゆんに言いづらい品が含まれているのは確かだ。
「このイヤリングにはかなり愛着があるが、ジュエリーボックスで眠っている指輪はもっと大切だ。推測でしかないが、アイリス様も一番愛着のある品をどこかに隠したという可能性はないだろうか」
「なるほどね。そういえばアイリスちゃんってカズマに玩具の指輪を貰ってた気がするわ。あれはちゃんと浄化したの?」
問いかけたアクアに対し他の女性陣は一斉に顔を背けた。これは実に分かりやすい反応だ。おそらく、アイリスに対してろくでもない事をしたのだろう。しかも、死体蹴りに等しい何かをやってそうだ。
気不味い雰囲気の中、ゆんゆんが何やら自信ありげな顔でダクネスと同じように自分の身につけていた指輪をテーブルの上に置いた。再び皆の視線がテーブルに集まった所で、彼女はゆっくりと口を開いた。
「私もダクネスさんの推測が正しい気がします。私が彼から貰った指輪は銀製なんですが、それ故に普段から身に付けているとお手入れの必要が出てきます。これが玩具の指輪となると、お手入れどころか壊れちゃう気がするんです。だから指輪を壊さないように普段使いはせずにどこかに大切に保管しているかもしれませんね」
ダ
ダクネスとゆんゆんの推論を聞いた後、話し合いの中で今回の事件のに対して大雑把ながら結論を出す事ができた。一つは記憶を失う前のアイリスの意志を宿した怨霊や憑依されて意識を乗っ取られた人間がいること。二つめは怨霊の発生源となりうる品が浄化されずにどこかに存在しているという事だ。今後の方針がこれにより定められた。
つまりはアイリス(怨霊)を見つけて浄化し、レイカを取り戻す。ただそれだけだ。
「ねえエリス、アイリスちゃんの心残りがカズマヘの恨みだけならわざわざレイカちゃんを拐ったりしないし、カズマや私の事も妥協なくあの時点で殺してると思うの。それにあんなメモ書きも残してる事だし、彼女の心残りが達成されるまではレイカちゃんは無事なはずよ。ほら、泣き止みなさいな」
「ごめんなさいアクア先輩……私が不甲斐なくて……私の事はどうでもいいんです。でもレイカはまだ小さい子供なのに……」
アクアがエリスを慰める声を聞きながら、俺は武器やアイテムの準備をした。その他のメンバーも現在はそれぞれの準備をしに散らばっている。それから再びリビングに集結した時、改めて今後の動向について話し合ったのだがここで一つの問題が起きた。誰が”子供達”を守るために残るかで諍いが起きてしまったのだ。
「まさかここでお前らに反対されるとはな……何が不満なんだ? 現状としてはアイリス捜索には人手がいる。だからといってこちらの守りを手薄にするわけにはいかない。そういう意味ではエリスこそ適任だ。アクアに任せっきりにするのは正直言って安心出来ないし、エリスの精神状態を考えると引き続き子供達と一緒に天界にいてもらうのが一番だ」
「その私達の信頼を裏切って痛い目見たのは当のエリスさん本人でしょう? カズマさんには悪いですけど、私は任せるならアクアさんの方がいいですし、エリスさんに任せるなら私もさよりとありさの安全を優先して残ります」
「カズマには悪いが今回の事はゆんゆんの指摘するようにエリス様にも非がある。本来なら安全が完全に確保されるまで天界への疎開を続行する手筈だったのに、それを独断で破ってこんな事態になったのは彼女の責任だ。自分本位で悪いが私も子を持つ母親なんだ。カイズに二次被害が及ぶのは避けたい。無論、エリス様の事も心配だ」
そう言って頑なな姿勢をとるゆんゆんとダクネスを説得するのは非常に骨が折れる。今回の件は客観的に見てもエリスの独断行動に多少の非があるためゆんゆん達を責めるわけにはいかないのだ。そんな俺の表情が見えていたからだろうか。ゆんゆんが小さく”ごめんなさい”という言葉をかけてきた。
「カズマさんには悪いと思っていますし、この状況でこんな性格の悪い事を言う私自身が嫌になってます。でも、子供たちが心配ですし、エリスさんに任せっきりにするのは怖いんです! だから、ごめんなさい……」
「すまない……昔みたいにバカをやるわけにはいかない状況なんだ。それにこんな事は非常に言い辛いのだが、カズマとアクアが一緒なら今回の事件も無事解決するはずだ。根拠はないが、私はそう思っている。むしろ、私がお前達の足を引っ張りかねない。アイリス様からはかなり恨みを買っている自覚もあるしな」
そう言い残してリビングを去る二人に俺は何も声をかけられなかった。残されたエリスは相変わらず泣いていた。それを慰めるアクアの間に入り、そっとエリスの頭を撫でる。胸の中でじわりじわりと得体の知れない感情が広がっている事を俺は無視する事にした。
「エリス、安心しろ。全部俺が何とかしてやる。今までの敵に比べたら正直言って小物に等しいしな。レイカも絶対に取り戻す。だから泣くな」
「カズマさん……今からでもゆんゆんに謝ってきます……だからアクアさんに残ってもらった方が……」
「いつも超然としてるお前が、ゆんゆんに言い負かされて泣いてるんだぞ? 悪いが今のお前を戦いに出すのは俺自身が許さない。その点、アクアなら気軽に切り捨てられるし、囮役も得意だしな」
「ちょっと、今聞き捨てならない事が聞こえた気がするんですけどー」
「気にすんな。そうしても大丈夫だって思えるくらい信用はしてるんだよ」
左手でふくれっ面のアクアを撫でつつ、右手でエリスの涙を拭う。今回の件は各自思うところがあるようだが、根本的な原因は俺にある。もう少し早めに対処していれば結果は変わっていただろうし、アイリスが精神的病んでしまってからの俺の対応は決して良いものとは言えないからだ。
「”ブレッシング”……カズマさんお気をつけて」
「任せろ。だから安心してここで待ってろ」
「信じてますよカズマさん……」
それから子供達にために残ることを決めたゆんゆん、ダクネス、エリスに別れを告げてから玄関を出る。後ろをついて歩くアクアは久しぶりにメイド服ではなく、懐かしの青を基調とした羽衣を身に纏っていた。その姿を見た俺は、何故か内心かなり喜んでいる事を自覚してしまった。玄関先には紅魔族ローブの上にボロボロの外套を着こんだめぐみんが佇んでいた。彼女は背中にいつもの長杖をさし、腰には俺が作った短剣、左手ではバックラーといつか見た軽戦士スタイルであった。突っ込むと長くなりそうなので俺はとりあえず付いてきてくれためぐみんに小さく感謝を述べた。
「ふふっ、カズマも相当に参っているようですね。でも、私もアクアもいるので大丈夫ですよ。それより、ゆんゆんやダクネス達の事は悪く思わないでください。私は失うものもないですし、未来の私の子供のためにやらねばならない事ですからね」
「ああ、感謝してる。しかし、めぐみんからゆんゆんを擁護する言葉を出るとはな」
「当然です。ゆんゆん達は明言を避けましたが、状況的にはエリスがやった事はアクアへの嫌がらせ以外の何物でもありません。そんな事をするエリスを完全に信用できるわけないです。もし、レイカちゃんが”駄目”だった場合、最悪他の子供に何するか分からないあの女に自分の子供を任せるなんて無理ですよ」
「めぐみん、冗談でもそんな事は言うな」
「私は謝りませんよ? 事実ですから」
そう吐き捨てためぐみんはぎゅっと俺にしがみついてきた。同じく、アクアも俺の背中に抱き着いてくる。色々と言いたいことはあるが、最優先事項はレイカの奪還だ。俺はテレポートの魔法を発動させ、周囲が見慣れた紅魔の里から王城前の転送スポットに切り替わった事を確認する。
王城前でありながら紅魔の里とは比べ物にならないほどの人口密度と喧騒にげんなりしつつ、事前に父王から受け取っていた徽章と書類を門番に見せて合法的に王城へ登城した。それから事前に合流拠点として指定していた王城内の図書室へとたどり着いた。図書室内は現在父王の好意により貸し切りなので、室内には二つの人影しか存在していなかった。一人は俺達よりほんの少し早く出立していたクリスだ。彼女は山のように積まれた書類に切羽詰まった表情で目を通していたため、俺はもう一つの人影へ話しかけた。
「よう、あんまり元気なさそうだなあるえ」
「ああ、カズマ君……やっと来てくれたのかい? 悪いけど今は休憩中さ。ここまで私の作品のファンがいた事にたいしては素直に嬉しかったけど、やっぱり貴族の相手は疲れるよ」
そう言って机に突っ伏していたあるえの首筋を俺は優しく揉んでやった。彼女は気持ちよさそうに艶やかな吐息をつき、俺の手を掴んでしな垂れかかってきた。背後でアクアのため息やめぐみんの舌打ちが聞こえるが無視してあるえの頭を撫でた。彼女への労いも必要なのだ。
「それであるえ、記憶喪失後のアイリスの様子はどうだった?」
「できる限り監視はしたけど、おかしな様子はなかったよ。それにどうやら記憶喪失前から私のファンだったみたいでね。おかげで一応は食客扱いの私としても想定以上に彼女とお話出来たんだけど、君の話は出てこなかったし、その話題を何度かふったけど帰ってきたのは”昔少し会った事がある男” ”ミツルギ様の仲間の一人でこの世界の英雄”って多少の尊敬の念は見てとれたけどそれ以上の感情はなさそうだったね。記憶消去は成功さ。それより、君達の方が大変だったみたいだね。大まかにはクリスさんから聞いたけど……これ以上私から言える事はないよ」
「そうか、ありがとなあるえ。後は俺達に任せてくれ」
「うんうん、お任せするよ。もちろん、腕っぷしが必要な時はまた頼ってよ。私だって立派な上級魔法使いなんだからね」
くすりと笑うあるえをもう一度撫でて労いつつ、俺は近場の椅子に腰を下ろす。記憶消去後の監視役として残ってくれていたあるえからの情報は期待していたより少ないものであった。しかし、これでアイリスが記憶を取り戻して今回の事件を引き起こしたという線は潰えたと言っていい。それならば、よりアクア達の推論が正しい可能性が出てきたのだ。
「クリスの方は何か進展があったっか?」
「残念だけどまだないよ。一応アクア先輩が作った犯人の似顔絵と特徴を元に王城の使用人やアイリスの関係者を調べてるけど、今のところは進展なし。不甲斐なくてゴメンね……」
「落ち込むな。クリスは十分よくやってるよ。俺達も手伝うさ」
「助手君達には他にやってほしい事があるから遠慮させてもらうよ。詳細は疲れてダウンしてるあるえにもう一回聞いてみてよ」
力のない笑顔を浮かべながらクリスは資料の束をあさり始める。その姿に胸を痛めつつ、この状況を早く打破するためにあるえへと向きなおる。彼女は軽く伸びをしてから少し眠そうな目を頬を叩いて直し、お気に入りの眼帯を整える。そして少し得意気な表情で俺の手を引いてきた。
「実はこれから私のちょっとした講演会とサイン会を開く予定でね。自分で言うのも少し恥ずかしいけど、たくさんの王城関係者や貴族が来るだろうし、あの王女様も来ると思うんだ。まあゲストとして参加しつつ人探しと……カズマ君達に会って王女様がどんな反応するかが見たいのさ。一応は本来の目的である記憶消去がちゃんと出来てるかの確認を皆でしたいしね」
「なるほどな。しかしあるえの講演会か……本当に人が集まるのか?」
「失礼しちゃうなカズマ君……里では君に並ぶほどの資産家になるくらいのお金を本だけで稼いでるんだよ? ちなみに講演会の題材は『恋愛マスターあるえさんが教える意中の男の落とし方』さ。純粋な私のファン以外にもたくさんの人が来ると思うよ」
「恋愛マスターってお前なあ……」
少し呆れてしまった俺は同意を求めるようにアクアとめぐみんに顔を向ける。しかし、俺の予想と違って彼女たちは納得しているような表情であった。
「私はあまり認めたくないですが、昔のカズマならともかく妻帯して面倒になったカズマを落とせたのはあるえの策略による影響が大きいのは確かですから」
「あるえちゃんには色々言いたい事があるけど、”先生”のおかげで今の関係があるのだから私も否定は出来ないわよ」
思ったより好意的な頷きを返すアクアとめぐみんを見てあるえは照れ臭そうにはにかみながらも自慢の胸をはって意気揚々と歩き出した。彼女に引きずられながら頭に浮かぶのはアイリスの事だ。彼女とどう接すればいいのか正直言って分からない。彼女の記憶を消した事への申し訳なさもあるが、同じくらいの怒りが胸中にある。とりあえず、刀で切りかかる事はしないように自分自身に言い聞かせた。
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『という事で私と同程度の容姿があると自信がある方にはこれらの方法が有用だけど、世の中はそれほど簡単じゃない。私の夫はそれはもう競争率が高くて……というか既婚者だし……ライバルのお嫁さんは里の権力者の娘で、愛人みたいな人はあのダスティネス家のお嬢様で……この経験はあのどんとこいシリーズの着想を……』
少し広めのホールの客席にはぎっちりと人が集まり、皆の前で偉そうに演説するあるえの話に聞き入っている。観客のほとんどは女性で占められ、その誰もが血走った目で聞き入っていた。ゲスト席に座っているアクアとめぐみんも少し得意気なのが少しイラっとくる。俺自身含め恋愛でこじれた事は確かだが、それも非常に狭いコミュニティでの出来事であり恋愛経験は浅いと言える。そんな彼女たちが偉そうにしている姿が非常に気恥ずかしかった。
『それじゃあゲストとして私の愛しのカズマ君と一緒になっている女性達の話を聞いてみようか。カズマ君は優しくてかっこいいのは説明不要だけど、魔王を打倒した英雄の一員でかなりのお金持ちだから悪い虫もいっぱい寄ってくる。そんな”悪い虫”でも何故彼女たちが選ばれたのか聞いてみようじゃないか。はい、たのんだよめぐみん』
『害虫筆頭のあるえから悪い虫呼ばわりは癪ですが……私が選ばれたのは”諦めいない強さと自分を曲げない”という事で……』
あるえに受け取った音声拡張の魔道具……マイクでべらべらと喋りだしためぐみんを見て思わず頭を抱える。もう心を無にするしかない。これはレイカとエリスのためだ。
『ふふーん! 私は彼の奥さんってわけじゃないけど、女神としてアドバイスしてあげるわ。ズバリ、その人にとって”かけがえのない人”になることが重要よ! このような繋がりは死後も魂との結びつきを……』
『ふーむなるほどなるほど……やっぱり正真正銘の女神が言う事には深いものがあるねぇ……それじゃあ次のゲスト……カズマ君からも恋愛アドバイスを聞こうじゃないか』
あるえからマイクを受け取った俺は思考が停止する。しかし、どこか期待をこめた目で見てくるあるえ達とっ観客席からのどろっとした気持ち悪い視線を浴びて観念する事にした。
『それじゃあ一言だけ……”男女の関係に情けは不要”』
『なんだか実に含蓄のある言葉だねぇ……という事で今日の講演はここまでだよ。この後の午後の部ではサイン会もあるからよろしくね~」
観客からの盛大な拍手と共に俺はあるえ達と一緒にステージを降りる。なんとも言えない虚無感が身を包むが、次のサイン会こそ本命だ。自分の頬を軽く打ち身を引き締める事にした。アクアに目配せをすると彼女は小さく首を横に振る。あの会場には犯人やそれに繋がる可能性のある人物はいなかったようだ。こうなったら、記憶を無くしたとはいえアイリス以外からの手がかりは得られそうになかった。
そして、講演会の後に開かれたサイン会には多数の女性で賑わっていた。あるえとの握手に喜びの声をあげるもの、感涙するもの、中には失神する人もいた。あるえのカルトめいた人気に改めて彼女が人気作家である事を実感させた。
それから、サイン会場に最後の客が現れる。艶やかなブロンドの髪と無自覚に放つ気品と美しさで自然と彼女を王族として自覚してしまう女性。俺が最後に見た姿から身長は一回り伸び、肉体も少女から女のものへと変わっている。まだ幼さの残る瞳は歓喜に震えたようにあるえを見つめていた。思わずアクアの背へ隠れてしまった自分に、横にいためぐみんが軽く蹴りを入れてきた。
「やあやあ、王女様にも読んでもらってるなんて恐れ多い事だよ」
「そんな事ないです! 私はあるえ先生の大ファンで……是非サインをお願いします!」
「ふふっ、ありがとね。なるほどサインする本は『どんとこい刷り込み陰湿王女』……最新作も読んでくれてるのかい?」
「もちろんです! でも本当はあの本にサインして欲しかったんですけど今は持ってなくて……もちろん先生の本の内容は全て把握してますよ! 許されない事なのに主人公の天使に私も感情移入しちゃって……」
「ふーむ……作家冥利に尽きるね」
嬉々としてあるえと会話するアイリスの姿を俺達はじっと見つめる。彼女の視界の中にはあるえだけでなく、俺やアクアの姿も入っているはずだ。しかし、目立った反応は全くない。文字通り、眼中にないのであろう。その事が彼女は記憶を失っているのだと実感させてくれた。
その後、あるえと笑顔で会話と固い握手を交わしたアイリスは満足気な表情で部屋を退出しようとした。そんな彼女の前に俺はそっと立ちふさがる。自らの胸中は思いのほか冷め切っているようであった。
「申し訳ない王女様。一点だけ質問をよろしいでしょうか」
「貴方は……英雄の一人……あるえさんの旦那さんのカズマさん……でしたっけ?」
「ええそうです。それで質問は……この少女に見覚えはないでしょうか? 王都の学園にも通っているのですが現在行方不明なんです。もしかしたら王都に住む人ならしっているのではないかと藁をも掴む思いで聞いてまわっているのですが……」
俺が手渡したレイカの写真をアイリスはじっと見つめる。それから非常に申し訳なさそうな顔で首をそっと横にふった。
「ごめんなさい。残念ながらこの少女には全く見覚えがないです。もしかして……娘さんなんですか?」
「そういう事です。あるえとの娘じゃないですけどね」
「なるほど……あまり言いたくはないのですが貴方のろくでもない噂は結構聞いているんです。単なる迷子じゃなくて事件性があるものかもしれませんね。でも、娘さんには罪はありませんし、あるえ先生の力になれるなら私も力を貸します。少しお父様に此度の件を掛け合ってみますね」
そう言って優雅な一礼を俺にしてアイリスは部屋を後にしようとする。緊張から解放された俺は正直落胆していた。結局アイリスからは何の情報も得られなかった。それが意味するのはここでレイカの居場所についての情報が途絶えた事を意味しているのだ。
「カズマ、落ち込まないでください。かくなる上は実力行使です……あるえ!」
「あいよ……”スリープ”!」
「っ!? あるえ先生何を……あびゃっ!?」
「流石武闘派王女ですね。あるえの魔法に耐えましたよ?」
「躊躇ないめぐみんの方が流石だよ。改めて……”スリープ”」
思考の海から帰った次の瞬間には、アイリスが床に転がって頭から血を流していた。一瞬の出来事であったが、あるえの魔法に抵抗したアイリスがめぐみんに杖で殴打されたのだ。抵抗力を失った彼女は血を流しながらすやすやと眠りについている。唖然とする俺を前にアクアがそっと治療を開始した。
「勘違いしないでくださいねカズマ。これはアクアの発案したものですから」
「あ……ああ……本当なのかアクア?」
「残念ながらね。正直言って神技についてはエリスより私の方が上よ。あの子が記憶を消した以上あまり期待は出来ないけど、残る情報はアイリスちゃんの頭の中にしかないの。こういう事はあまりしたくないけど……えいっ!」
ずぶりという何とも言えない不快な音と共にアクアの手のひらがアイリスの脳天に飲み込まれた。睡眠状態でありながらも悲鳴をあげて体をバタつかせるアイリスをめぐみんとあるえは慣れた様子でその手足を押さえつけていた。
「大丈夫ですよカズマ。エリスが脳みそを弄った時はもっと暴れてましたから」
「なんだか私自身もあまり見たくない光景だけど、心配しなくていいさ。だからカズマ君も足を押さえてくれるかい?」
「……分かった」
暴れるアイリスの足を押さえ、しばらくはアイリスの悲鳴とアクアのため息の音を聞く。そして、10分が経過して流石に静止させようと考え始めた時、アクアがアイリスの脳天から手を引き抜いた。期待を込めた俺の視線を、彼女は真顔で受け止めていた。
「ごめんねカズマ。少しやる事が出来たから私はしばらくここを離れるわ」
「何も収穫がなかったのか?」
「そういう事にしてちょうだい。私はしばらくしたらここに戻るから、貴方達はクリス達と待っていて……くれぐれも先走った事はしないで」
「おいアクア、そんな答えで俺が納得すると思うか?」
「お願いカズマ……お願いだから……」
アクアの瞳に浮かぶ感情の色を理解した俺はしかたなく追及の手を止める。彼女は身を引き締めるように息を吐いた後、そっと俺の額に口づけを施した。
「”ブレッシング”……無茶はしないでね」
「お前こそな」
それからアクアは俺達にもう一度謝った後、彼女が出現させた光柱の中に消える。後に残された俺達は押し黙るほかなかった。
「アクアさんは天界に帰ったのかい? ずいぶん急だねぇ……」
「推測ですが、私達にすら言えない”何か”を発見したのかもしれませんね」
「そういう事だ。めぐみん、あるえ、この事はクリスには内緒だ。アクアがそう目で伝えてきたからな」
「カズマ、さりげなくとんでもない事言ってませんか?」
胡乱げな目つきなめぐみんの視線から逃れ、こちらの息がかかった使用人を呼び寄せて今だ眠りについているアイリスを引き渡す。アクアの動きは正直言って分からない。しかし、事態がややこしい事になりそうなのは確かであった。
その後、戻った俺達にクリスはやはりアクアの所在を聞いてきた。その質問に『何も分からなかったのでアクアは天界に何か捜索に使えそうな神器を探しに行った』と伝えた。いくらか苦しい言い訳であったが、彼女自身あまり余裕がないのだろう。素直に納得し、再び資料に目を通し始めた。
それから手持ち無沙汰になった俺達はクリスの手伝いをしようとした時、あるえがそんな俺を手で制した。
「あの場では言えなかったけど、実はアイリス王女と話して少し気になる点があったんだけど聞いてくれるかい?」
「もったいぶるな……言え」
「ちょっ……怖い顔しないでよカズマ君。実はアイリス王女が私のファンだって事は彼女の私物を焼いて浄化する時に知ったんだけど、確かに彼女は私の既刊は全部所持していた。でも、あの本……禁書になっちゃった私の商業作家としての処女作『ありうべからざる選択』は持っていなかったんだよね」
「えーっと……つまり?」
「アイリス王女は禁書を持ってないのに、内容は知っていたんだ。誰かに本の内容を聞いたって可能性もあるけど、あの王女は本当に私の熱心なファンだったから、今思い返せばあの禁書を持ってないわけがないって思うんだよ。実際、今日のサイン会に来たほとんどの人があの禁書を所持して尚且つそれにサインが欲しいと頼んで来たしね」
片目を瞑り、少し自慢気な表情をするあるえを俺はじっと見つめ返す。つまりはアイリスの記憶と所持している物品に矛盾があるようだ。傍らで話を聞いていたクリスもこの話を聞いて手を止める。彼女にも何か心当たりがあるのかしきりに頷きながら話し始めた。
「なるほどねえ、王女の記憶を弄ったのはエリス……あたしなんだけど読んだ本についての記憶はあまり弄ってないんだ。しょうもない記憶と判断して雑に処理したことを反省しなきゃだよ助手君。でも、本で得た知識とか、それによって得られた感情の記憶は人格形成にも関わるから変に弄ると廃人になるから仕方のない事でもあるんだ。記憶操作はとても繊細で複雑だから、今回の記憶消去は王女とカズマ君との”エピソード記憶”を消した以外はあまり大きく変えてないの。あるえの本の記憶にしても、今回のサイン会みたいに消去後の監視を円滑にするためにあえて残してた……というかあるえが残してくれってお願いしてきたから」
「私の敵だけど、ファンは無碍には出来ないからね。とまあクリスの話を聞いて更に確信できたよ。アイリス王女は私の処女作を持ってた。でも、所持品にはない。これはその矛盾する物品に秘密が隠されてるっていうお約束の展開な気がするよ!」
盛り上がる二人を前にして頭の片隅にいる冷静な自分が随分話が飛躍しているなと突っ込むが、他に有用な情報もないため藁をも掴む思いでアイリスが所持していたであろう禁書の捜索をする事にした。王城内の地図を前に捜索場所を話し合っていた時、今まで大人しかっためぐみんがスッと立ち上がった。
「私は闇雲に探すのは意味がないと思います。だから……あそこに入って少し捜索に役立ちそうな本でも探しませんか?」
ワクワクとした表情で彼女が指さした方向には『禁書庫 関係者以外立ち入り禁止!』と書かれた扉があった。一瞬、めぐみんをひっぱたいてやろうかと考えたが、”禁書庫”というワードを前に俺は頭の隅にあることわざがチラついた。
「めぐみんお手柄だ。アレだ”木を隠すなら森の中”って奴だ」
「単に私は禁書庫という場所に惹かれただけですが、そう言われると本当にあの禁書があそこにあるかもしれませんね。……」
お互い頷きを返して俺達は図書室内に存在していた禁書庫に踏み入れる。幸いにも禁書庫の扉にかけられた封印処置はクリスにも解除出来るものであった。扉を開けるのと同時に走り出しためぐみんは素早く本棚にある禁書に手を伸ばしたが、その手をピタリと止めて顔をしかめた。
「なんですかこれ『王城レイプ! 肉便器と化したベルゼルグ王女』……エロ本じゃないですかこれ……」
「これは……『エリス教の腐敗と他宗教への弾圧の歴史』……実に不愉快な本だね助手君」
一気に萎えているめぐみんと若干イラついているクリスを前に俺は近くにある本を手に取って嘆息する。『ベルゼルグ王族の功罪~対魔王軍の最前線、近隣諸国への侵略』……読まなくてもベルゼルグ王国にとっては都合の悪そうなものである事は理解できた。禁書庫の扉の封印処置がクリスがちょちょいと解ける程度のものであった事にも納得がいった。
「どうやら俺やめぐみんが無意識のうちにイメージしてた危険な魔導書だらけな禁書庫というより、国や国教であるエリス教会にとって都合の悪い禁書を収集してるみたいだな」
「禁書である事に間違いはないですが、何だか納得行きませんね」
「そう言うなめぐみん、おかげで期待値が高まった。あの本もエリス教に禁書指定された本だからな」
幸いにも禁書庫の広さは我が家のリビング程しかない小さなものだ。人海戦術でさっさと見つけ出そうとした時、部屋の温度が一気に下がり思わず身震いする。そして自分の吐く息が白くなっているのに気がついた。
「これは……何かやばい罠でも起動させたか?」
「落ち着いて助手君どうやらこの部屋に幽霊がいるみたい。急激な温度低下はその証拠。それにEMF探知機もすごい反応してるしね」
「……ツッコまないからな」
謎の赤く光る機械式探知機をピーピー鳴らしてるクリスのそばに俺達は自然とより集まる。そしてクリスはそんな俺達の回りを囲むように何か白い粉をまきはじめた。
「それは……?」
「ただの塩だよ。でも、幽霊みたいな存在に対しては簡易的な結界になるの。ほら、助手君の故郷にも清めの塩とか、盛り塩とかあるでしょ? 塩は古来から古今東西問わず不浄の存在に対して使われる対心霊アイテムなんだから」
流石は女神の分身だけあって幽霊対策はよく知っているようだ。それから息を潜めて数十秒後、白い貫頭衣のような衣服を透けた身体にまとったいかにもな幽霊が現れた。くすんだ金色の頭髪に隠れて顔は見えないが、どうやら少女の幽霊である事は分かった。彼女はひたひたと不気味な足音を響かせて俺達の目の前で足を止めた。
「クリスどうすればいい?」
「とりあえず落ち着いて。塩の結界が有る限りいきなり襲われたりとかはしないから」
小さくそう告げたクリスの声を聞いて、先ほどから俺の身体にしがみついていためぐみんとあるえがほっとため息をついた。
「まったく幽霊ごときが驚かせてくれますね」
「ほんとほんと……まぁ結界があるなら安心だねぇ!」
「おい、そういうフラグになる発言は……ん?」
禁書庫内にピシピシとした音が響く。それは幽霊の背後にある窓からのものだ。窓は急激に霜を張りつかせて凍りつき、次の瞬間には砕け散っていた。窓の外から入り込む強風は俺達の身体をこごえさせた。
「クリス、流石にそろそろ何とかしないとマズイんじゃないか?」
「ごめんね助手君、あたしは女神本体ほどの除霊能力はないの。さっきみたいな除霊具を使っていくらかの対策はできるけど」
「それは知ってる。だからこそ……ってなんか塩の結界崩れてません?」
「そりゃあ窓からこんな強風が吹いてるからねえ」
なるほど……
「逃げるぞ……って早いなお前ら!」
「いいからカズマも手伝ってください! 扉がビクともしないんです!」
「ああっ! 私こういうのダメなんだよ! ゴーストは余裕だけど幽霊は勘弁してくれるかい!」
いつの間にか俺から離れためぐみんとあるえが図書室への扉にしがみついてバンバンと叩いている。どうやら幽霊がたいてい持ってる扉封じスキルが発動したらしい。
「おい、その扉は幽霊が俺達の眼前に来るまで開かないから諦めろ」
「カズマはこんな時に何を意味不明な事言ってるんですか! こうなったらもう爆裂魔法で……あうっ!?」
「だからなんでお前はすぐに自爆思考になるんだ!」
馬鹿をやろうとしためぐみんをチョップで黙らせ、俺は再び例の少女霊と対峙する。だが、ゆっくりとした足取りでこちらに近づく彼女を止める手段を俺は持っていなかった。
「どうすればいいクリス……ゴースト系は魔法が有効だが……」
「待って助手君、こちらに害をなす悪霊はもっと邪悪な気配を出すはずなんだけどこのコはそんな気配がないの。意思疎通が可能かもしれないから攻撃はまだだめ。でも万が一に備えて刀は構えといて。霊は鉄が苦手だから一時的に遠ざけるくらいは出来るから」
クリスの言葉に頷きを返し、ちゅんちゅん丸を抜刀する。刀を向けられてなお霊の動きは止まらない。そのままこちらにに向けて腕を広げてしがみつこうとした所で俺は刀を大きく振りかぶる。しかし、その刀を彼女の眼前で止めてしまった。理由は単純、彼女が何者なのかを理解してしまったからだ。
「アイリス……?」
『…………』
ようやく見えるようになった彼女の顔は間違いなくアイリスのものであった。現在の彼女ではなく、十年程前の少女の顔をしているが、アイリスである事は不思議と確信が持てた。
『分からない……貴方が誰なのか分からない……でも嬉しい……嬉しい嬉しい嬉しい!』
「お、おおう……」
『私が誰なのか……なんでここにいるのか……分からない事だらけだけど……貴方に抱きしめてもらいたいの』
喋りだしたアイリスらしき幽霊に気圧され、俺は横目でクリスに助けを求める。しかしクリスは無言で頷きを返すだけであった。どうやら幽霊に従えという事らしい。若干の緊張はありながらも、俺は幽霊に対して腕を広げて見せる。彼女はそんな俺にそっと抱き着き顔をこすりつけてくる。尋常じゃない冷たさと体に走る怖気を感じるが、何だか俺の子供たちと触れ合う時のような暖かな気持ちになれた。
『ありがとう……なんだかお兄様の事思い出しちゃいました』
「そうか……」
『ふふっ、私が小さなときもお兄様がこうやって……あっ……どうやらここまでみたいですね……」
「他に何かして欲しい事はあるか?」
『私はこれで十分です……でも私の奥底は違うみたい……気を付けて……記憶にない愛しの人……」
そう言ってアイリスらしき幽霊は満面の笑みを浮かべた後、煙ように霧散して消えてしまった。そして、禁書庫内に充満していた冷気と重苦しさもいつの間にか消えていた。全員が安堵のため息をついた後、視線は再びクリスの元に集中した。
「あれは一体なんだったんだクリス?」
「今の一連の流れで大体分かったよ。どうやらあれはここに染みついてた残留思念がアイリス王女の生霊に憑依したものだったみたいだね。記憶を失ってもここに思い入れがある事を魂が記憶していてここに生霊を飛ばしてたんだろうね」
扉の前でへたりこんでいためぐみんとあるえも立ち上がってお尻についた埃を払う。彼女たちの表情はあまりよいものではなかった。
「今更ながら罪悪感が出てきましたね。アクアの言っていたアイリスを”殺した”って表現もあながち間違いではないみたいですね」
「同感だね。やっぱり彼女を”受け入れた”方が楽だった気がするよ」
俺達はひとまず自分達の無事を確認した後、再び禁書庫内の捜索に手をつける。しかし、捜索をする必要がない程の変化を目にする事になった。なんと、本棚の一角が横にずれて新たな扉が出現していたのだ。それから、ずれた本棚の近くには例のあるえの禁書が落ちていた。
「どうやら禁書庫に仕掛けがあったみたいだね。ここまで来るとなんか笑えてくるね助手君……」
「この仕掛けは男のロマンだけど、この世界に来てから何度か目にしてるから正直言って興醒めだ。それに、この隠し扉に刻まれた刻印には嫌な思い出しかないな」
「天使避け……神魔避けの刻印だね。あたしに見逃しがあった事はこれで確定だね」
黒ずんだ血で書かれた刻印はこの中の物を表に出したくない事を意味している。おれはそっと扉を押し開けて……飛び込んできた光景を前に閉口する他なかった。
「おおう……これは趣味が……良いかもねぇ……」
「いや、趣味が悪いですよこれは……」
「ふーむ……」
少し目を輝かせるクリス、嫌そうな顔をするめぐみん、何か考え込むように首をかしげるあるえ。三者三様の反応見せながら俺はどっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
扉の先にはワンルームほどの広さの部屋があり、中央にはアンティークの机と椅子が置かれ、その周囲にはゴミのように雑多な品が転がっていた。ここまでは別におかしな点はないのだが、問題は壁や天井にびっしりと張られた俺の写真だ。しかも、一緒に写っているゆんゆんなどにはご丁寧に黒塗りになっている。毎度思うのだが、めぐみん達のように俺に固執する女は何故ここまで重いのか詳しく説明して欲しい気分であった。
呆れかえる俺をよそにめぐみん達はすぐに部屋を物色し始める。俺もとりあえず近くの品を漁り始めたが、なんだかどこかで見た事あるようなコップやスプーンなどの食器が転がっているのに気づいた。しかし、それをどこで見たものなのか頭を悩ませていると、クリスがコップを一つ取って匂いを嗅ぎはめた。
「ふんふん……助手君の匂いがするねえ……」
「やっぱ俺が関連してるのか」
「そりゃあねえ……ちなみにこれは里のレストランの食器だね。恐らく助手君達が去った後に店に交渉して買い取ったんだね。あたしも昔よくやってたよ」
「おいこら……全く、なんだかあの店に対しての俺の評判もガタ落ちだよ」
「でも我が家にある君の私物には手をつけてないみたいだね。パンツを盗んでるめぐみんほどの大胆さはないみたいだね」
「だからそういう嘘を言うのはやめてくださいクリス! ほら、件のパンツはここに転がって……すんすん……洗濯済みたいですから風で飛ばされたのを回収したのでしょうか。なるほど、確かに脱ぎたてを盗むほどの度胸はないみたいですね」
変な納得をしているめぐみんに嘆息してから俺は再び物品を漁る。しかし、出てくるのは先ほどのようなゴミばかり。ここで何らかの手がかりを見つけなければアイリスやレイカの居場所につながる手がかりが潰えてしまう。そんな時、あるえが数枚の紙をこちらに渡してきた。
「カズマくんこれ……何か地図みたいのがあったよ」
「でかした! しかしここはどこの地図で……うーん? うーむ……」
手渡された地図には書き込みや文字の類はどこにもなく、何処の地図であるかも分からない。しかし、記憶の奥底で謎の既視感を覚えたのだ。めぐみん達にも地図を見せたのだが、やはりどこのものかは分からない。そして、この他にはゴミしか見つからなかったため調査は行き詰まる事になった。
クリスが掃除用バケツに散らばるゴミを突っ込み、炎で浄化させるのを見ながら俺は項垂れる。結局、新しい情報は謎の地図の他はない。これからどうすればいいのか、ストレスと無力感に包まれていた。そんな俺を、あるえがそっと撫でてくる。それだけで少しだけ気持ちが軽くなった。
「カズマ君、落ち込んでる所に悪いけど……質問に答えてくれる?」
「ああ、どうした」
「例えばの話だよ……もしゆんゆん含めた私達が君に失恋したとしよう。そうなった時……こうやって盗撮写真を集めたり、君から貰った物に執着したり、君が使った物をかき集めちゃう可能性が一番高いのは誰だと思う?」
「……全員だろ」
「そういう身も蓋もない事は事実でも言わないの。ほら、”一番”やりそうなのは誰?」
「…………」
真っ先に頭の中に思い浮かんだのはエリスとアクアだ。二人とも前科があるので当然とも言えるが、彼女達は違うと脳内が判断を下す。変な話なのだが、エリスやアクアは冗談抜きに俺に好意を持ちすぎて純粋な気持ちでこういう事をやらかすのである。以前、天界でエリスと愛を深めた後、彼女の私室でコレクションの一部を見せて貰った事がある。俺が開発した発明品やゴミに捨てた物品を律義に集め、整理整頓された部屋に飾っていた彼女にドン引きしたのは確かだが、そこには何処か明るい雰囲気を漂っており、満面の笑みで物品の説明をするエリスを見て呆れながらも愛おしいと肯定的に受け取っていた。
同様な事はアクアにもあった。元々物持ちの良い彼女はいまだに俺があげた財布を使っているし、ずいぶんと昔に渡したポーション瓶も大切にしている。彼女も俺が残したメモ書きを回収して保管していたりと何処かおかしい所はあるが、アクアのそれと違い、この部屋にはそれとは違う粘っこい負のオーラが充満していた。
次にめぐみん、ダクネス、あるえだが彼女達はアクアとエリスと比べて優先度が落ちる事を俺は過去の出来事から学んでいる。彼女たちはこんな物品より先に俺自身を手に入れようとかなり大胆な行動に出るからだ。そうなると残りは一人しかいない。
「あまり言いたくはないが……ゆんゆんだな」
「うんうん、私もそう思うんだよね。ゆんゆんが君から貰った指輪に対して持ってる執着は知ってるからね。触れようとしただけで魔法ぶっぱなしてくるし……」
「確かに、こんな写真を集めて一人で悦に浸るような友達が一人もいなさそうな所とか、今回みたいに変な手紙を送り付けたり裏でカズマの物品集めるような陰湿さはゆんゆん特有のものですね」
「おう、俺の愛する奥さんをディスるのはやめろ」
注意はしたものの、当てはまる部分があるのは事実だ。もちろん、頭のおかしさはめぐみん達の方が上であるし、エリスと比べて純情な部分もある。だが、ゆんゆんの”重さ”は彼女達の中では一番だ。何より、彼女はとても”粘っこい”のだ。彼女をヤリ捨てせずに妻に選んだのはそういう事情が少しでもないとは決して断言は出来ない。
「寝てるカズマに自分でつけた噛み後の瘡蓋を、恍惚とした表情で舌でそぎ落としていたゆんゆんには正直身震いしたね。しかも、真昼間のリビングで」
「カズマの散髪をした後、裏庭で広い集めた髪を燃やしてハイになってたゆんゆんには流石に爆裂魔法打ち込んでやろうか迷いましたね。後、カズマがいない時にヒス起こした時は冗談じゃなく怖いですし、平気で陰湿な嫌がらせしてきますよ」
「それは……ちょっと可愛いな!」
「助手君……?」
そういうとこは少し引くが愛らしさを感じるのは何故だろう。ともかく、あるえの質問にはゆんゆんと答えるのが正確だろう。負のイメージが強いのは確かだが、ある意味めぐみん達とは違ってそれだけ理性的でなおかつ小心者なのだ。
「カズマ君の答えも聞けて確信が持てたよ……今回の件はゆんゆんに相談すれば何かヒントが得られると思うんだ。アイリス王女って何だかゆんゆんみたいに重くて陰湿で友達いなさそう……というよりは独特の”孤独”を感じるんだよね」
そう得意げに答えたあるえに俺達は押し黙る。しかし、これといって手がかりがない以上はその僅かな可能性にもすがるしかない。俺がクリスに目配せをすると彼女は懐から輝く水晶玉を取り出した。普段は彼女がしょうもない事に使用しているらしいが、遠隔地への通信手段としても使える便利な神器なのだ。
「んーあーあー……こちらクリス。聞こえてる……どうぞ」
『わっ!? こ、こちらゆんゆん聞こえてます……どうぞ』
「むっ……本体はどうしたのゆんゆん?」
『それが泣きつかれて眠っちゃったみたいで……』
水晶玉に写る光景には苦笑するゆんゆんと、その膝に頭を預けて眠るエリスの姿があった。その姿に俺だけでなくクリス達も少しあっけに取られる。エリスのこれほどまでに弱弱しい姿は中々に珍しいものであるし、どちらかというとエリスに苦手意識を持っているゆんゆんにしては優しい対応だからだ。
『それで何か手がかりでも見つけたのですか?』
「うーん、そういうわけでもないんだけど……あるえに代わるね」
「はいはいっと……ゆんゆん、少しリラックスしてくれるかい? 別に悪い知らせじゃないんだ。ただ、これからアイリス王女に関して見つけた痕跡を説明するね」
『ん……分かりました』
頷きを返してゆんゆんに、あるえはアイリス王女の情報を淡々と伝達する。そして、全ての情報を言い終えた後、あるえは少し額に汗をかきながらゆんゆんに質問した。
「もし、ゆんゆんが”アイリス王女”と同じ境遇に置かれたとしたら……君はどんな事をする?」
『それは……もしかして私に何か疑いの目を向けてるんですか?』
「そういう事じゃない。ただ、アイリス王女と君は似てる部分がある。そう感じた事はないかい?」
『本当に嫌な質問です……カズマさん達と一緒に行かなかった理由の一つなんですよ……彼女の事は何だか自分自身を見ているようで嫌だったんです。もしめぐみん達に競り負けたら私もこうなってたんじゃないかって気がして……』
うつむくゆんゆんの姿はあるえの言葉を肯定している事を意味していた。あるえはそんなゆんゆんに優し気な表情を見せつつ、もう一度質問をした。
「ゆんゆん、君は…どんな事をする?」
『ふふっ、確かにアイリスさんと同じような事をしちゃうかもしれませんね。私は友達も少ないし、明確に好意を持った男性もカズマさんしかいませんから。だから、きっと辛くなったらカズマさんを頼っちゃうかもしれません』
「そう、辛いから手紙を出し続けた。振り向いてほしくて、気づいて欲しくて……でも返信はどれもつれないものばかり。次はどうする……?」
『そうですね……手紙は出し続けちゃいそうですし、カズマさんに一目会いたくて彼の傍に行っちゃうと思います。でも声をかける勇気はないんです。手紙で酷い事言っちゃったし、そんな事してしまった私自身への罪悪感は自覚してます。だから遠目で見て……彼の姿を見るだけで心が軽くなるかもしれません。ほんの少しだけですけどね……』
虚ろな目をしつつ、ゆんゆんは目に涙を貯めていた。そんな彼女を見てニヤリと笑っているあるえには戦慄するほかなかった。彼女のこの催眠じみた会話術は一体どこで身に着けたのであろうか。流石は里一番の巨乳だ
「ゆんゆんは健気だねえ。よし、それじゃあ彼の写真集めて、それで飽き足らず彼ゆかりの品を集めた。それからどうしたの?」
『多分、一時的には良い思いも出来たでしょう。でも、隠し撮りした写真じゃカズマさんは決して……私には下手な手段に出る勇気もなければ、それを抑える理性もある。それに周りは敵だらけで、きっとカズマさんに愛されてる人も狡猾に私に対しての対策と制裁をしてくるでしょう。だから、私は”妄想”に逃げるんです』
「妄想……?」
ここで初めてあるえが顔をしかめる。そして、ゆんゆんは恍惚とした表情でその妄想を語りだした。
『愛しのカズマさんが私に微笑んでくれる世界、誰にもその愛を邪魔されない世界……そんな世界を夢見るんです。現実は辛く厳しい。だから、私はずっと彼との逢瀬を夢見るんです。でも、そんな妄想には限界がある。だから形作って”本物”にするんです。その世界を……』
「…………」
『そういえばアイリス王女もあるえの本のファンなんですよね。私も貴方の本が好きなんですけど……特にあの禁書になっちゃった奴は怖いくらいに私の妄想と似てて不思議な気分を味わいましたね……」
冷や汗をたらすあるえを前に、俺自身も頭の中に何かかすめるものがいくつもあった。もう少しで、その何かが頭から出そうであった。だから、俺は固まるあるえをどかし、ゆんゆんに質問を投げかけた。
「ゆんゆん、お前がどうしようもなく追いつめられた時の逃避先はどこだ?」
『ふふっ、多分あの本と同じく、理想郷を求めて自分でダンジョンを作っちゃうかもしれません。大変だけど、きっと作りながら楽しい夢に浸れるでしょうね」
「ダンジョン……?」
『そうです。でも、一日に僅かな時間を見つけて、尚且つ秘匿しながら作業するのは大変です。ですから、ある程度は勝手を知っていて……ダンジョンの下地があって、誰も来ないような場所に私の理想郷を作るんです」
「もしも……もしもの話だぞ? お前がダンジョンを作るなら、”どこ”に作る?
嫌な汗が俺の顔に噴き出る。そして、恍惚とした表情のゆんゆんは少し顔を俯かせて思案した後、俺の方を見て微笑みを浮かべた。
「そういえば、あそこが丁度いい気がします。ほら、ダンジョンの下地もありますし誰も来そうにないですし……王都からも近いじゃありませんか」
「王都から近い……?」
「覚えてませんか? 昔、貴方とクリスさんと行ったじゃないですか。あの”放棄されたダンジョン”に」
「それだ……それだそれだそれだ! アイリスにもあのダンジョンの話をした事あるしな!」
頭の中にチラついていた既視感がゆんゆんの言葉で鮮明に浮き出てくる。そう、あそこに違いない! 何故なら、さっき見つけた謎の地図はあの放棄されたダンジョンのものだからだ。今から約十年前、俺はあの地図を目にしていたのだ。
「おい準備しろお前ら! さっさとレイカを取り戻すぞ!」
『カズマさん!? 急にどうしたんですか!?』
水晶越しにゆんゆんの驚いた声が聞こえるが俺達はさっさと荷物をまとめてから王城を抜け出していた。目指すは過去に訪れた事のある放棄されたダンジョンだ。あのクリスの神器回収に付き合った時に攻略した場所である。商会でもお世話になっているファイアドレイク達を陰から召喚し、それに飛び乗って道を急ぐ。そうして1時間もしないうちに俺は件のダンジョンへとたどり着いた。
石を積んで作られた入り口には、コケや植物達が生い茂っている。だが、人が入れるほどの隙間は健在であった。すぐさま突入しようとした俺だが、それは入り口の前に立っていた人物を前に歩みは止まった。
「ゆんゆん……ダクネス……」
「ふふっ、実はこのダンジョン、さっきみたいな少し思うところがあってテレポート場所に登録していたんです。まあ、その存在もすっかり忘れかけてたんですけどね」
「戦力が必要なんだろう? それなら盾役の私が出ないでどうする。カズマ、助太刀するぞ」
苦笑するゆんゆんとダクネスに俺は少し涙が出そうになった。しかし、あれだけ頑なに同行を拒んでいた彼女達が何故こちらに来たのか疑問であった。つまりは、彼女達は子供たちをアクアではなくエリスに預けているのだ。
「そんな顔しないでくださいカズマさん、クリスさん。私だってさっきは大人げない事を言ったのは自覚しています。それにエリスさんのあんな姿を見たら私だって思うところがあります。彼女がレイカちゃんを愛している事はよーく知ってますし、こんな時に意地を張っていた私の方が馬鹿だったんです。だから……一緒にレイカちゃんを助けましょうクリスさん!」
「え……あぅ……ゆんゆん……」
「助かる。正直言ってお前の戦力は喉から手が出るほど欲しかったんだ」
ゆんゆんは俺に微笑みを返してから、クリスの両手をとって力強く発破をかけた。対するクリスは困惑するような表情を浮かべていたが、次第にそれも崩れていき、最後には顔から色んな汁を出しながら大泣きしていた。
「ありがとう……ありがどね゛え゛えええええ! ゆんゆんっ……ゆんゆんゆんゆん!」
「ちょっ!? 泣かないでくださいよ……私も悪かったですから……」
「ううぅ~! ふぐっ……ごめんね……今までいっぱいイジワルして……ごべんねえぇ~ごめんなひゃいいいっ!」
「もうっほんとに……今回だけですからね! 今までの事も許すつもりはないです! だからほら、いつもみたいにクールに……」
「わああああああっ! ふわあああああっあああああああああ!」
「うわっ!? 涙と鼻水をこすりつけないでくださいよ……まったくしょうがいなんですから……」
泣きながらゆんゆんに抱き着くクリスを俺達は物珍しそうに見つめる。俺はダクネスに視線を飛ばすと、彼女も呆れたように息をついた。
「ゆんゆんとエリス様はあまり仲が良いとは言えないからな。万が一の喧嘩になった時に備えて私も残ったのだが……落ち込むエリス様を見てられなくてゆんゆんが世話を焼きだしてな」
「なるほどな……まあゆんゆんはちょろいからな」
「そういう事だ。お前たちに同行するって言い出したのもゆんゆんだ。エリス様も今のクリスみたいにわんわん泣き出してな……まあゆんゆんや私の信頼を今更裏切る事はしないはずさ」
微笑むダクネスと軽く再開のハイタッチを交わしつつ、俺は装備を整える。それから、苔むしたダンジョンへと足を踏み入れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ダンジョン内は十数年前とほとんど変わりはなかった。道中現れる雑魚敵はゆんゆんとあるえの魔法で吹き飛ばし、問題なく最深部へとたどり着く。そして、あのドラゴンゾンビのいたボス部屋の一画に見慣れた刻印があるのを発見したのだ。
「神魔避けの刻印……どうやらここがアイリスのダンジョンへの入り口みたいだな」
「うわっ……自分が言うのも少し変ですが……ここまで私の考えと一致してるとちょっと怖いです」
「ふふん、やっぱりアイリス王女はゆんゆんと思考が似てたみたいだね」
「今更ながら凄いお手柄だ。さんきゅーあるえ」
「お礼はまた今度してくれるかい?」
「当たり前だ」
はにかむあるえの頭を撫でつつ、俺は石壁を押し開く。その先には怪しく光る苔が石壁で出来た通路が見える。そして、俺達はその通路へとそっと足を踏み入れた。しかし、すぐさまかなり広い大部屋に行き着く。そして、そこには魔物達がひしめいていた。
『ほお……あの王女の言うとおりだ。忘れもしないあの勇者パーティじゃないか……』
『魔王軍で死にぞこない……残党狩りにやってきた王女にも見逃されて服従の契約を結ばされ……だからこそ俺達はお前達を殺す……そしてお前達は俺達を殺せええええええええ!』
目の前にいる魔軍はゴブリン、コボルト、鬼族、アンデッドの混成部隊。滅茶苦茶めんどそうな敵がいきなり出現したのだ。正直言って、今の自分を焦りすぎだと内心馬鹿にしたい気分であった。ダンジョンを攻略するなら、今は何処かに行ってしまったアクアの帰りを待つべきであった。しかし、この場にいる全員がレイカ救出に躍起になってそれを失念している。だが、今更引くに引けない。この奥には、レイカが待っているからだ。そうして刀を構える俺に流れた冷や汗を、隣にいたゆんゆんが優しくふいてくれた。
「大丈夫です……ここは私と……めぐみんに任せて先に行ってください!」
「そういう事ですカズマ! ここは任せて先に行け! 私も後で行きますから!」
「死亡フラグ……いや生存フラグだ! ここは頼んだ!」
「はい、お願いしますカズマさん! それと……エリスさんからの贈り物です。ダンジョン攻略に役立つはずだって……」
そう言ってゆんゆんが俺に木製の杖を投げ渡してきた。見たこともない杖であったが、クリスがそれを見て感心するように目を輝かせた。
「助手君、それって”一時しのぎの杖”だよ!」
「なるほど! てりゃっ!」
クリスの説明ですぐに納得のいった俺は正面にいたゴブリンに杖を振る。杖先から出た魔法弾はゴブリンに当たりその姿はどこかに消え去った。
『むっ……総員突撃!』
『ヒャッハーッ! ここは通さねえぜ!』
一気に突撃してきた魔軍を前に俺は気配察知スキルを研ぎ澄ませる。そして遠くに光る敵性反応を感知してその方向へ走り出した。
「あるえ! 俺が走る方向に極大魔法!」
「りょうかい……地獄の炎よ荒れ狂え! ”インフェルノ”!」
『ほぎゃあああああああっ!?』
あるえの獄炎魔法は俺の指示通り進行方向の敵を焼き尽くした。そして駆け出した俺達に追いすがる魔物を、ゆんゆんとめぐみんが食い止める。正直言って不安だが、今は彼女達を信じるほかなかった。
「”カースドライトニング”! ここは絶対通しません!」
「”エクスプロージョン”……は使えないので”千刃天翔”! まったく、この私に前衛をさせるとは……」
背後では魔物達の悲鳴とゆんゆんの魔法が炸裂する音が響く。そして、ゆんゆんに近づく魔物をめぐみんが全て切り伏せていた。案外大丈夫かもしれないと安堵しながら、俺はようやく次の階層への階段にたどりつく。そして、階段の前で固まっていたゴブリンを蹴り飛ばした。
「おいカズマ、その杖は一体なんなんだ?」
「今は急いでるから後にしろ! 巻きで行きたいんだよ! ググレカス!」
「ひっひどい!? しかし、いい罵倒だカズマ……あう!?」
顔を赤くするダクネスを先に階段下に蹴り落とし、安全を確認した後に駆け降りる。興奮状態のダクネスを引きづりつつ次の階層へと足を踏み入れる。しかし、その先にはさっきと同じような大部屋が広がっていた。
目の前にひしめく魔物はロックゴーレムや巨大ミミズ、鋼土竜の地味なメンツがほとんどだ。どうやら、このダンジョンを掘っていた魔物達のようだ。彼らは奇声をあげながらこちらに突撃してくる。会話をする知能もないらしい。とりあえず俺は近くにいたダクネスに一時しのぎの杖を振る。姿が消え去った彼女を気配察知スキルで探し出し、赤い光点が動いてるのを見て思わず舌打ちした。
「くそ、そういえばアイツは麻痺無効だった! でも大体の位置は分かった。 頼めるか? クリス、あるえ!」
「りょーかい! 先行っちゃって助手君! 娘を頼んだよ!」
「ふふっこういうのもお約束の展開だよね。 ”クリエイトアースゴーレム”! ”ライトオブセイバー”!」
『もひょおおおおおおおおおっ!?』
俺の進行方向に巨大な光剣を振り下ろしたあるえにサムズアップし、彼女の周りの雑魚を片付けるクリスに目で感謝を伝える。それから追いすがってくる魔物に中級魔法を浴びせつつ、階段付近で右往左往していたダクネスを回収した。
「カズマ、流石に先を急ぎすぎじゃないか! 私達だけではアイリス王女には勝てないぞ!」
「そんな事は百も承知だ! でも、レイカの無事さえ確認できれば俺はいくらでも遅延戦術を取れる自信がある……だから行くぞ!」
「全く……久しぶりに見たぞ。お前が心の底からカッコイイと思える顔が……あうっ!?」
何だか微笑んでいるダクネスを階段下に蹴り落とし、階下の安全を確認する。そして、顔を真っ赤にしながらこちらに掴みかかってくる彼女を回避して俺は次のフロアへと足を踏み入れた。そこはまたしても大部屋にモンスターが詰まったフロアであった。しかもそのほとんどが都合良く服だけ溶かしてくるスライムやデッドリーポズンスライムであり、中央には巨大な触手生物と、それに腰掛ける女性は血のように赤い瞳を持つ明らかに強そうな人外がいた。
「カ、カズマ! これはやばいぞ! 負けたら全身の穴という穴を犯されるほど醜悪なモンスターでいっぱいだ!」
「分かってる。明らかにそれを狙った部屋だな。ダクネス……任せていいか?」
俺の言葉を聞いたダクネスは赤らめていた頬を引き締め、少し泣きそうな顔でこちらを見る。弱弱しい態度になったダクネスの頭を、俺はそっと撫でた。
「なあカズマ、もし私がこの後に大変な事になっても……お前は私を愛してくれるか?」
「当たり前だ。というかお前が本気出せばアイツらに犯されることなく足止めするなんて余裕だろ? だから……頼むぞダクネス!」
「了解だ! ここは私に任せて先に行けカズマ!」
俺の言葉聞いたダクネスは再び紅潮し、大剣を抜き放った。そして、俺は近くのスライムに一時しのぎの杖を使って階段へと走り出した。
「レイカ待ってろよ! 必ず俺が助け出してやるからな!」
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『ふーん、女性を残して先に行っちゃうなんてヒドイ男だねぇ』
「ああ、ヒドイ男だ。だからこそ、私の最愛の男なんだ」
『ふふっ、まあどっちも年増で非処女非童貞だし、血を吸う価値はないね。 触手くん、ぐちゅぐちゅに犯しちゃって!」
周りは都合良く服だけ溶かしてくるスライムに囲まれ、触手は私へと群がる。確かに私の心は汚れているが、この身は愛するカズマのものだ。アイツにかっこつけてしまったが、正直言って私にはなす術がなかった。
「くっ……殺せ!」
『ふひひふ! その心意気は結構! でもこの触手君に言葉は通じないよ……ってなになに……”その心意気あっぱれ。というか見たところ経産婦だよね? 俺は既婚女性寝盗って子供を悲しませる趣味ないんだよね。それよりさっきから俺の上にいる生意気な吸血鬼のメスガキ犯すわ”……ってコラ!? 敵は私じゃなくて……んほおおおおおおおおおっ!? お尻はらめえええええええええっ!?』
目の前でお尻の穴に触手を突っ込まれた女吸血鬼を見つつ、私は剣を取り落とした。
「くっ……犯せ! ここまで来て犯されず帰れるか! おいこらそこのスライム! 私を犯せ!」
『いや、経産婦の人妻に手を出す趣味ないし……そもそもここにいるスライムは皆地下に逃れたガチホモ穴兄弟ですから……』
「スライムごときが喋るな! この下等生物が!」
『理不尽!?』
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「すまないダクネス……俺はお前を必ず取り戻す! 触手より俺のモノの方がいいって後で思い知らせてやるからな!」
男泣きをしつつ、何故かギンギンに反応する股間を抑えつつ俺は階段下へと足を踏み入れる。そして、たどり着いたのはまたしても大きな空間のみで周囲に壁しかない大部屋。だが、ここが最深部である事は理解出来た。
大部屋の中央には鎖に繋がれて項垂れているレイカの姿がある。その姿を見て俺の中の不安が吹き飛んでいく。ただただ、無事でよかった。それだけだ。
「無事かレイカ!」
「お父さん!? なんでここに……なんで……!」
「助けに来たに決まってんだろ! 俺はお前の父親だからな!」
「お父さん……お父さんっ……!」
顔をくしゃくしゃにして泣くレイカに俺はすぐさま駆け寄りたかった。しかし、それが簡単には行かない事は分かっていた。暗闇から、メイド服を着た金髪ショートカットの女性が現れる。彼女の顔を注視するが、その顔は全く見覚えのないものであった。しかし、彼女の薬指でくすんだ輝きを放つ指輪には見覚えがある。あれは、俺がアイリスに渡したものだ。
「お久しぶりですお兄様。少し突貫でしたけど、結構難しめに作ったダンジョンをこんな短時間で突破してくるなんて……流石はお兄様です!」
「御託は結構だ! 俺はお前を倒す! そしてレイカを取り戻す!」
「そう焦らないでください。私がこんな姿になった理由とか気になりませんか?」
「そんなのはレイカを助けた後に聞けばいい。それとも、俺にレイカを返して会話だけで今回の事を終わらせる気があるなら話を聞いてもいいぞ」
「ふふっ、そんな事……あるわけないです♪ 戦いましょうお兄様」
そう言ってアイリスと名乗る女性は懐からじゃらりと鎖付きの鉄球……所謂モーニングスターと呼称される武器を取り出した。対する俺は愛刀を抜き放つ。この勝負、勝てるかどうかは分からない。しかし、レイカのためにも、俺を先に行かせてくれたゆんゆん達のためにも負けるわけには行かなかった!
「アイリス、覚悟おおおおお!」
「ふふっ、来てくださいお兄様! 私といっぱい遊びましょう!」
「うおおおおおおっ! 喰らえっ! 超必殺――」
次話に続く!
打ち切りじゃないから安心してね☆