「くっそ!あと3分あれば!!」
瀕死の迅竜を追ってタイムアップしたハンターが一人、強制送還されるガーグァ車の中でボヤいていた。
その様子にため息を吐くアイルー。
「仕方ないニャ。ご主人がチキンプレイを繰り返すのが問題ニャ」
「うっせぇ!!あんなん近づける訳ねぇだろ!?」
ギャーギャーと騒がしくなるガーグァ車の中、突然の遠雷に皆がピタリと口を閉じた。
後ろを見たハンターが体を軽く硬直させる。
「っ、ジンオウガ…いや、ありゃ最近噂のだな。こっちに気付くなよ……」
遥か後方、山の中腹辺りにそれはいた。
満月を背景に雷を纏う特徴的なシルエット。
しかし見覚えのあるジンオウガとは明らかに違う点が多々あった。
遠目でも分かる巨大化した角。
そして纏う雷が薄緑ではなく、金色。
間違いない。最近噂になっている金雷公とかいうモンスターだ。
アイテムの尽きたこちらに勝ち目などない。しかも、
「多分キングサイズ、少なめに見積もってもビッグかよ……ひーおっそろしい…早く行こう」
ハンターがガーグァの手綱を素早く二度振るう。
ガグゥ!!
ガーグァがスピードを上げた。
荷車が軋んだ悲鳴を上げるが気にしない。
「さぁて、村長にどう報告しようか」
「金雷公のことニャ?」
「うんにゃ、失敗の方」
ドカッと腰を下ろした主人に、アイルーはクスクスと笑った。
前夜 渓流の集落で噂のその竜は
――――ユクモ村――――
それは湯治を観光の主とし、冬場などは温泉目当てで来訪するハンターたちで賑わうとても平和な村。
少し前では嵐纏う古龍、アマツマガツチを倒したと、村出身のハンターが表彰された事で話題になったことが記憶に新しい。
現在はそんなハンターのおかげか、辺境に位置するユクモ村の長年の問題であったハンター不足も改善され、その分一層客足が増えた。
しかし近頃、原種ではない。だが亜種でも希少種でもない。そんな危険なモンスターがユクモ村の周辺にいる、という噂が流れ始め、いつしか村長の耳にも多々入るようになっていた。
村長はその話が曖昧であるがゆえに心当たりはあるものの、違うであろうと若干の不安を抱えたまま、ギルドへと途中報告の書類を纏めていた。
●●●
「はぁ…」
本来の用途とは異なって、足湯に肩まで浸かるアイルーを遠目に、手に持った書類を横に置く。
いつも座っている長椅子に落ちてきた紅葉の葉を拾い上げ、現実逃避気味に指先で遊んでみれば、
「ため息なんて珍しいですね。どうかしました?」
突然横から聞こえてきた声に慌てて居住まいを正す。
「あぁ、ハンター様。これはこれはお見苦しい所を……」
「いえ、こちらこそ驚かしてしまったようですみません」
苦笑いをするハンターに軽く赤面するが、こちらの非だ。どうしようもない。
私はその場しのぎと話題を逸らす事にした。
「クエストはお終わりになられたのですか?」
「なんとか…イビルジョーが出てきた時には驚きましたが」
「恐暴竜が出たのですか…?それはそれは大変でしたでしょう。温泉でゆっくりとおくつろぎ下さいな」
「ではお言葉に甘えます。今日の湯は…」
「番台さんが頑張ってくれたので青ですわ」
「いよっしゃ…!では失礼します!!」
勢いよく階段を上っていく若手ハンターを尻目にもう一度書類へと視線を落とす。
…噂の竜は十中八九二つ名、金雷公でしょう。たまたま渓流を横断していただけならいいのですが……
ギルドでも最近まで認知されていなかったという二つ名モンスター。
それぞれが原種とは違う特徴的な部位を持つ。との報告がされているらしい。
現在は一部のハンターと、それぞれの村の村長に直接伝えられている。
この村では村長と、二人のハンターがそのことを知っていた。
一人は現在は出張中の、英雄と呼ばれた元専属ハンター。もう一人は期待されている中堅ハンターだ。
…ギルドが秘匿していた、という噂もありますが真偽の程は……
と、風が頬を撫でた。
「あっ」
急いで紙の束に手を置くが僅かに間に合わず、一枚が宙へ舞った。
慌てて立ち上がろうとした時、その紙がちょうど村へと帰ってきたその中堅ハンターの顔に張り付いたのを見る。
「ぬお!?とっとっ?」
「ハ、ハンター様!申し訳ありませんが急ぎでそれをこちらに御持ち下さい…!」
「え、あ、はい…!」
紙を持ってこちらに小走りで走ってくるハンターに心から頭を下げる。
「申し訳ありませんハンター様、あまり公に出来ない情報が多いもので…」
「いや、日々お疲れ様です。どうぞ」
紙を渡したハンターが足湯にいるアイルー達に断りを入れ、足を浸す。
「…金雷公を見ました」
「っ!?それは……」
ハンターの静かな言葉に、思わず食い気味な反応をしてしまう。
咳ばらいを一つ、ハンターに聞き直す。
「それは……“本物でしたか?”」
噂が流れ始めた頃、愉快犯か勘違いか、虚偽の報告が何度か上がっていたのだ。
ほぼ全てが原種との見間違いだったが。
その目撃した金雷公は本物か。その意を込めて言ったのだが、
「信じてないならば構わないんです。ただ話だけでも聞いてもらえませんか?」
「い、いえ。決して信じていないという訳では……」
少し誤解させてしまったようだ。
訂正しようと口を開いたその時、
「金色の雷纏う巨大な体躯に天を指す巨大な角、俺が見たのはそれでした」
「……!?」
ハンターのその言葉が、こちらの喉から出ようとした声を止めた。
今まであった虚偽の報告のように、あやふやな特徴ではない。
このハンターの言ったことはギルドの報告と合致している。
更にはこれだけ長期の噂が流れた後にはっきりと目撃証言が出たのだ。
つまりはどういうことか。
“渓流で金雷公の姿が明確に確認された”と、そういうことである。
「……ご報告ありがとうございます」
「えぇ、お気になさらず」
その言葉と同時、ハンターが足湯から上がり、こちらに一枚の紙を差し出した。
「これは……?」
「情報と引き換えです」
何かと見てみればクエスト失敗の手続き用紙だった。
ため息を一つ、
「今回だけですよ」
「…ありがとうございます」
自室へ戻っていくハンターを目端に置きつつ、懐からペンを取り出すと報告書に一文書き足した。
“渓流、金雷公出現アリ”、と。