顔などを隠して、自慢の肉体を――ッ!
……どこかでプロレスと混じった気がします。
ではでは、真夜中の八夜です。どうぞ。
その音に気付いたのは、まだ日も昇らない時間だった。
一瞬にして意識が覚醒、すぐさま身構える。
その動作によって寄り添っていた金までもが目を覚ました。
「………おい金」
「…おはよう。と、言うのには早いよね。何かあった?」
寝惚けている訳ではなさそうだが、全力で動くにはまだ少し“足りない”。
逃げるのは不可能。
そう判断すると、五感を研ぎ澄ませた。
「面倒なのが来る。…あ、いやこれもう遅いわ」
「…は?」
「雷纏っとけ。逃げ切れるか分からんぞ、これ」
「……あ、出来た出来た」
辺りが金色の雷に照らさる。
……おいおい、いけるかこれ。
放電すらままならない金をどう役立てようか考えつつ、薄っすらと見える紫皮を月下に晒す竜を見据えた。
ここまで接近されたからには逃げる事など不可能に近い。
「コイツの吐く息には絶対に当たるな!」
「いや訳分かんないんだけど―――!?」
……説明してる暇もねえな。
その竜が発する不気味な音を聞きつつ、意識を切り替えた。
斃す事などは考えない。頭に浮かんだプランは全て、この霞龍からどうやって逃げるか、だ。
○○○
……訳が分からない―――っ!!
始めて見るその姿に、私は寝起きから混乱する事となる。
「ねぇ、ちょっとこの竜は何?なんで透けてんの―――!?」
「…金、死にたくなければ一旦落ち着いて、もう一度よく聞け」
「聞く!死にたくないから聞く!!」
「あいつ、強い、頑張って、逃げる。いいな?」
指示は簡潔だった。
非情に分かり易く、目的を瞬時に理解する。
……でも逃げるの?
見た感じではこの龍に強さを感じない。
威圧感や迫力、そう言ったものが存在しないかのように欠如しているからだ。
正直、頑張れば勝てる気がする。
だが、
「いいか?戦おうとは思うな。隙が出来たら逃げるぞ」
竜の指示は逃走を第一としたものだ。
まるで戦いたくは無いとでもいうように…
「戦わないの?」
「碌なことにならないからな。確実に」
「……ふぅん」
そんなに強いの…?
「ほら、来るぞ!」
「ッ!?」
パァンッ!
空気のはじける音が響く。
私はそれが物体が音速を超え、空気に激突した音だなんてまだ知らなかった。
音が鳴ったと同時に、前足に鋭い痛みが走る。
「金!!」
やばいやばい―――!
一瞬にして油断が消え去る。
“この竜は確実に格上の存在”だ。
それがたった一発の攻撃によって分からされた。
「くぅう……あぁ!」
……眠気覚ましには良い一撃だ――ッた!
必死に強がって、痛みを我慢。
逃げられなければ死が待っている。
今ここで立ち止まる訳にはいかない。
「金!大放電、出来るか!?」
「無理矢理でもやってやる…!」
雷光虫の好む雷を生成、周囲にばら撒く。
1秒もしないうちに、空気中を伝播した雷によって周囲にいた雷光虫と、背に潜んでいた雷光虫がざわめき出した。
後は蓄電殻を一気に緩めて――――――
ヂ――――ッ
始めはただの放電だった。
しかし集まっていた雷光虫が金雷に反応。
雷光虫体内の増幅器官によって雷が倍、倍、倍―――――
ガァン…
放電音に混じって硬い音が鳴る。
「隙が出来た!逃げるぞ!!」
竜の声に体が反応、走り出そうと―――
「―――ッ」
それは激痛。非常に熱い何かを押し当てられているような激痛。
攻撃を食らった前足から血が流れている。
“爪が足りない”。
いつもと違うのはそれだった。
足を止めたこちらに、竜が急かす。
「早く!」
「足が――」
「…くっそ!」
大放電が終わり、纏っていた金雷が収まる。
それに加えて月が雲に隠れ、辺りが暗闇に染まった。
ギギッ―――
そして硬質な音が鳴ったのは、次の瞬間だった。
音のした方向は、あの見たことも無い龍の方から。
振り向けば暗闇の中、一筋の青い残光があった。
何があったのか分からないまま呆然とする事3秒ほど、竜の落ち着いた声がすぐ横から聞こえてきた。
「――――もうゆっくりでいい。この場から離れるぞ」
「え?」
「…痛いならじっとしていろ。少しの距離だが飛んで運ぶ。いいな?」
「あの龍は――――」
「…逃げた。早く離れるぞ」
この場でもう一度寝ればいいのでは?とも思ったが、追撃を警戒するのは当然。
腹に巻かれる尻尾を抵抗せずに受け入れ、生まれて二度目の空を体験する。
雲も晴れ、また月が顔を出した。
「…今更だけど重くない?」
「んー飛べるし重くは無い…のか?」
「疑問形…」
見上げてみれば、表情の読み取れない竜の顔が目に入る。
「…そういえばさ」
「んだよ」
「私は金でしょ?あなたは?」
「…は?」
「いや、なんて呼べば良いのか聞いてない。竜だとなんか…」
「寂しいってか?」
「うん、そんな感じ」
竜の顔が思慮に耽るように僅かに歪む。
「空…」
「?ごめん、聞こえなかった」
「ん、あぁ…じゃあお前と同じ、適当な色にしよう。えーっと」
「紅なんてどう?」
「…俺その色と関係なさそうな躰だって自覚してるが…」
「夕日の色が貴方の毛に反射していたのを思い出してね」
「せめて白か、紺とかを希望する」
「白…白か。良いわね白って!じゃあ貴方白ね!」
おう、という素っ気ない返事が返ってきた。
名前を呼んだ事なんて初めてかもしれない。
群れた過去の名は覚えがなく、誰かと関わったことすら記憶に薄い。
白からは色々な物を貰った。
……何だろうなぁ…こういうの?
表現出来ない感情が胸の中に生まれる。
負の感情は数え切れないほど抱いた。
しかし嬉しさや、楽しさといった正の感情を抱いたことは、負に比べるとずっとずっと少なかった。
だからこそ、この感覚が自分でも良く分からない。
……渡り竜なら教えてくれたのかもなぁ…
白以外の唯一の知り合いである竜の事を思い出す。
様々な知識を教えてくれた竜とはまた会えるのだろうか?
……そういえば一応私も渡り竜だよね。
なんてくだらないことを考えながら、白に身を任せる。
どうしてこんなにも警戒しないのか。
それは自分でも分からなかった。
ただその訳の分からぬ感情を自覚してから白の顔を見るたび、無性に秘部が熱くなる。
その快感に、思わず身を震わせた。
……何なんだろうな、これ?
●●●
……あーホント何なんだ…
発情した雌特有の匂いに昂る感情を抑えつつ、霞龍を“斃してしまった”事を後悔していた。
金が前足に霞龍からの攻撃を食らったことは分かっていた。
しかし甲殻ではなく、爪に食らっていたのは予想外だった。
正直、霞龍を本気で殺しにかかったのは本当に後悔している。
気絶で済ませば、こんなに悩むことも無かったのだから。
始めは大放電で怯んだ隙に、角を翼刃で叩き付けて脳を揺らし、まともに動けない隙に全力で逃げる作戦だった。
しかし金が動けず、加えて翼刃の当たり応えが良くなかったことで、本当に已むを得なく、“潰れていない左翼刃”を全力で振るった。
屍は確認していないが、恐らく首が半ばまで断裂しているだろう。
聞こえた硬質な音は、空気の刃と堅牢な首の骨がぶつかり合った音。
つまり骨に達するほどの深い傷を負った、という事だ。
―――しかし金にも言った“録でもないこと”を起こすのは霞龍ではない。
……古龍を倒せば、ハンターが調査に来る。
しかもかなり強いのが、だ。
出来るだけ早く離れたい理由はそれだ。
それにしても――――――
……なんで金の発情に俺が反応してんだよ…?
金が発情しかけているのに気が付いたのは昨日の夜だった。
発情出血で出る血の独特な臭いは、師の元で幾度か嗅いだことがある。
しかし、近種である師に発情せず、別種である金に発情するのは、いったいどういう事だろう?
―――更に雌の匂いが強くなった。
……うーあー
今すぐに地へと降り、金を犯したい衝動に駆られるが、今すべきことではないと、必死に耐える。
そのうち翼の動かし方まで意識が回らなくなってきた。
ゆっくりと高度を落とし、森をもう少しで抜けるところで、地に降りる。
「ありがとね」
「――――――あぁ」
金の声に何とか返答できたが、言葉の大半が頭に入ってこない。
深呼吸は匂いが入ってくるから逆効果。
落ち着くためには、この場をいったん離れるしかない。
「――――少し離れる」
「…帰ってくるよね?」
「―――――――――おぅ」
匂いに囲まれるような錯覚に陥り、段々と頭まで回らなくなってきた。
金の言葉に適当な言葉を返し、その場を離れようと―――
「あ、白が前やってたあの…傷に塗るヤツ、私の爪にやってくれない?」
金が不意にこちらの背に触れた。
その瞬間――――
カッ
「―――えぁ?」
金の顎を潰れた翼刃で軽く叩き、上手く力を入らないようにさせた。
怪我をしていない右前脚を押さえつけると、ゆっくりと上に乗った。
「え、あ…ぅ…白?」
「……」
呂律の回らない金を見下ろし、腰を押し付ける。
遂に雄としての堪忍袋が切れたらしい。
ここまできたらやめる事など頭に無く、本能に身を任せる事しか出来そうに無かった。