ですが、この世界のスズメ役は轟竜が務めるそうですよ。
……皆様!耳栓の準備をッ!!
嘘です。ではでは朝焼けの十夜、ごゆるりと
○○○
目が覚めたのは、温もりからだった。
意識が覚醒し切らないまま、下に感じる温もりを何となくフニフニと抱くように揉む。
硬くも無く、どちらかと言えば柔らかいようなソレ。
「んん……?」
いつも寝ていた草の寝床とは、また違う。
確かめるために寝惚けたまま、ゆっくりと目を開ければ―――
「グルルルルゥ……ガゥラララ……」
まだ薄暗い周囲に、寝息を立てて眠る白の顔が鼻の先に。
―――何故白が私の下にいるのだろうか。
記憶を遡る事10秒ほど。
「ル゛ァア゛アアアアアア!!?」
「グァ、カッ…!!?」
壮大な咆哮と共に、朝日射す森林に大放電の光が満ちた。
●●●
「…ん、まだ少し匂うか」
「うるさい。黙って」
「お前もまだ匂いが残ってんなぁ…」
「むん!」
「ゴハッ!」
現在、私たちは交尾後の匂いで追われることを防ぐため、事に及んだ場から少し離れた木に鱗などを擦り付けて匂いを消している最中だ。
白の話によると、交尾後は疲労を狙ってか、襲われやすくなるらしい。
作業の最中、白に思い出したくもない事を想起させられ、脇腹にパンチを見舞う。
「―――ったく…面倒なのに追われたくないから頼むぞ!」
「うるさい!分かってる!!」
視界が羞恥のあまり歪むが、早朝の不調から来る眩暈だと信じたい。
得た知識では、交尾は
番とはつまり――――白と私がアレだ。
ちなみに涙を流すのは人だけじゃない。竜だって泣く。
……まぁこれを涙とは認めないけどね!!
なんて思いながら、匂い消しを進めていく。
木に擦り辛い腹は、背の低い草で擦れば匂い消しの役となる。
風に運ばれてきた昨晩の跡となる匂いに身を震わせながら、交尾という事実を忘れたい願いを乗せ、念入りに体中の匂いを上乗せしていく。
―――匂い消しが終わった頃には、もうすっかり太陽が顔を出していた。
いつもなら暖かいと感じるような日の下で、すっかり気まずくなった私たちは、顔を合わせる事も無く歩みを進めていた。
一応進行に支障の無いよう、割れた爪には最低限の処置をしてもらった。
「金」
「…口を閉じて」
「俺が嫌なら別について来なくてもいいんだが?」
……何を今更!
白の言葉に思わず言葉を返してしまいそうになるが、グッと堪える。
自分でついて来いと言ったならば、責任を持ってほしいものだ。
―――なんて思いながら、本心の言葉は違う。
悪態を吐きながら白に殺意も向けられず、のこのこと後を追う自分がここにいる。
“その感情”を自覚してしまえばなんて言う事は無い。
ただ、離れたくない。それだけの話。
「まぁ、いいんだけどさ」
「……」
バチッ
「ッ!」
雷を渡した雷光虫を白の鼻先に数匹飛ばして威嚇する。
色の混じった毛を逆立てて反応した白に笑いが込み上げるが、我慢我慢。
何か言いたいのか顔をこちらに向けて来るが、顔を逸らして目を見ないようにしておく。
「雷は苦手だって言ってんだろうが」
「知ってる」
「ハァ…」
会話を続ける中、ふと鼻が不思議な匂いを嗅ぎ取った。
刺激臭にも満たない、多くのものが混ざり合った不思議な香り。
最も近いのは…血、だろうか。
「っと、聞こえてきたな。そろそろ見える」
「…一体何の話をしているの?」
「これから向かう場所への通過点。“海”の事だ」
耳の良い白には何かが聞こえるらしいが、私には風が揺らす葉と、竜の遠くで吼える声しか聞こえない。
海。言葉と特徴だけは聞いたことがある。
川を更に広げた感じで、言い表し方としては大きく深い水溜り。
……変な匂い。嫌いではないけど…
見たこともない為、正直言って良く分からないというのが心情。
纏わり付くような、ザラついた風を角で切るようにして進む。
「ん、見えたな」
「木の隙間に見えるアレが?」
「おう。少しの間遊んできてもいいぞ」
「…雷とか大丈夫かな」
「あー…虫は逃がしておいた方がいいな。勝手に逃げるかもしれんが」
いつの間にか海への好奇心に、白への羞恥を忘れていた。
昨日よりは制御しやすくなった蓄電殻を完全に閉じ、体を震わせる。
甲殻の隙間や、全身に生える毛から金色の光が漏れ出ていく。
光の正体は雷光虫なので、逃げていく、と表現するのが正しい気もするが。
―――体中から完全に虫がいなくなると、大きく伸びをした。
「うぅん、毛がゴワゴワしてきた……」
「それなら後で元に戻す。時間が来たら行くから、それまで時間を潰してろ」
「はいはい。…置いてかないでよ?」
「何でだよ…」
一応念押しておく。
ザザ―――ザ――ザザザ――――
さて、白が訳の分からない動きで森の奥へと飛んで行った。
……木を蹴って加速してんのかな。
白を目で追えなかったことに悔しさを覚えつつ、海の方へ振り向いた。
少し進めば、湿り気のある砂が、乾いた細かな砂に変わ――――
ジュッ
「あづあぁぁ!?」
足裏の燃えるような熱さに驚いた。
そう、驚いただけで別に痛くは無い。
火を当てられていても、熱いんだなー程度の他人事で済むのだから。
無駄に吼えてしまった事が、少し恥ずかしい。
……。
何とも言えないような気分で、今度はゆっくりと足を進める。
目の前に広がる光景は、ただひたすらに青。
これが、海。
「…動いてる?」
奥に、手前に。
これが渡り竜から聞いていた波というものか。
打ち際に近寄ってみて、海を舐めてみる。
「ペッ、美味しくないなぁ…」
いつも食べていた血肉とは全然違う。
決して美味しいとは言えない、しょっぱいような、辛いような。
バシャバシャと、行ったり来たりする水を脚で遊ぶ。
普通の水よりも、少し毛に絡むのが面白い。
……むむ、む?
ちょっとずつ奥に進んでみる。
こんな時期だが、あんまり冷たくは無い。
半身が水に浸かった辺りで、一息。
「ここは以前の巣と違って随分と暑いなぁ…」
渓流と違って涼しげな風も無い。
岩場も、霧も無いから、日の光が直で当たっているせいだろうか。
岸辺に寝転がり、波によって鱗や甲殻に当たって来る水の感覚を楽しむ。
揺られるような心地良さが、どこか昔を思い出させ―――
「ッ!!」
水を散らし、跳ね上がるように立ち上がった。
乱れた視界で見下ろせば、僅かに前足が震えている。
……“ ”
バクバクと乱れる呼吸に、目を回したような感覚。
思考がまともな言葉にならない。
四肢から力が抜け、倒れ込むように先程と同じ体勢に戻る。
先程まで好奇心の矛先だった波が、今は怖い。
情けない、声にもならない声を出し、前足を使って這うように波から離れる。
どのぐらい、砂浜で気を失うように寝転がっていただろう。
背後で何かが置かれたような音と共に、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
「おい、飯を持って来てやったがどうした」
「……白」
首を回して後ろを見る。
見えたのは、特徴的な長い首の根元から上の無いガーグァと、声の主、白。
こちらの腹の動きから何かがあったことを察したのだろう。
白がこちらの顔を覗き込んできた。
逆光で顔全体が見えにくい筈なのに、紫色の瞳だけが良く見える。
「戦闘でもしたか?随分と息が乱れているが」
「…ちょっとこっち来て」
「何だよ」
白がこちらのすぐ横まで来てくれたので、立ち上がる。
俊敏さをもって彼の首と右肩近くに右前脚をいれ、上に乗った。
「…おい?」
「ごめん、ちょっとこのままにさせて」
全身が微かに震えているのに気が付いたのだろう。グフ―――、と大仰に息を吐いた後、何も言わなくなった。
太陽の下で密着してしばらく―――
「暑い」
「そう?白って体がちょっと冷たいんだよねー」
「俺はその逆だ!お前が熱いんだよ!!」
腕で顔をぐいぐい押され、無理矢理どかされる。
「ったく、さっさとそれ食っとけ。食い終わったらしばらくここから離れる」
「離れるの?」
「少し面倒なのが近くにいたからな。出発は見つかり辛い夜になる」
「…あまり海の近くにはいたくないなぁ」
「なんだ?海竜にでもやられたのか」
「べっつにィ」
「……今、お前を物凄く切りたくなった」
……怖ッ。
しかし軽口で幾分か気分もリセットされた。
白の持って来てくれたガーグァを、有り難く食べるとしよう。
「早くしろー」
「急かすなぁ」
翼を爪で摘まみ上げて、捻るように攀じ切る。
後は羽の生える方向に逆らうように爪を動かせば、羽毛が無くなり、薄い皮と肉になる。
頭は、食べるには硬すぎるので、元から無い方が処理が楽。
後はゆっくりと食べさせてもらおう。
前足で押さえ、繊維質を千切るようにしてガーグァを食べていく。
死んでからまだ浅いせいか、血の味に苦みが少ない。
―――最後には内臓を残して、食べ終わり。
「…何でソレを残すんだ?」
「いや、なんて言うか…苦すぎて」
「ふぅん…ならちょっと貰ってもいいか?」
「好きなの?」
「その中の幾つかはな」
そう言って白は、残っていた内臓の中から幾つかを啄み、美味しそうに瞳を細めた。
私には理解出来ないが、好みは竜それぞれという事だろう。
残った内臓は、森の土に埋めた。
「じゃーここから離れるぞ」
白の指示に従って、森の中へと入っていく。
いつの間にか白に対する羞恥心も無くなっていて。
太陽は、もう登らない時間帯。
海を渡るために、見えなくなるのを待つばかり。