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えー、こんにちは。番外編、どうかごゆるりと。
…もっと夫婦の営みをねっとり書きたかったです。はい。
白昼 鳴動演奏者
―――ポッケ農場―――
「おい、馬鹿」
「あぁ…?ってなんだ。おっさんじゃねえか」
春にしてはまだ雪の残る牧場の端。
この地方では一般的なマフモフ一式を身に着けて寝転がる男に声を掛けたのは、大和・極装備の端から覗く浅黒い肌が特徴のガタイのいい男だった。
「なんだじゃねえだろ!今日は狩りに行く予定だったろ!?」
「あーそーだっけー?」
「おいこら…!」
荒々しくマフモフ装備の男に蹴りを入れる男。
が、
「あッ…ぶね!!いきなり何すんだ!!」
衝撃を吸収するように足を受け止め、後方に飛び退くマフモフ男。
「避けんじゃねぇ!」
「折れるわッ!!」
「折っとけ!つか折れろ!」
そしてギャーギャーと騒ぎ始める二人。
「―――むっちゃん?グラッドくんは見つかったの?」
ふと後ろの方からよく通りそうな声が響いた。
二人揃ってそちらを見れば、ダマスク装備の綺麗な女性が一人。
浅黒い男ほどではないが、こちらの女性も中々に背が高い。
その高身長が、無表情と相まって、見た目だけでは少し高圧的な印象を得る。
まぁ口調を聴くと、一気に印象が反転するが。
「アリシア!お前もこいつになんか言ってやってくれ」
「げ、アリーシャさんも来てたんだっけか…」
浅黒い男にそう言われ、無表情に近いと言っても過言ではない笑みを貼り付けた女性は、細めていた赤い瞳を少し開きつつ、ゆっくりと口を開いた。
「怒るよ?」
「すぐ行きますッ!!」
それは鶴の一声であった。
■
いつも通り静かなポッケ村集会場。
仲良く食事をする夫婦を尻目に、とりあえず着たリオソウルZの着心地を確認しつつクエストの手続きをしていく。
…横でニヤニヤしながらこちらを見るギルドマネージャーは何のつもりなのだろうか。
「あらあら、グラッドちゃんがやる気なんて珍しいわねぇ~」
――どうやら挑発の模様。
遠回しに嫌味でも言っておくか。
「ちゃんはやめい。まぁ年齢差的には仕方ないかもしれんガッ!?」
「減らず口は縫い付けてやろうかしら?」
「…その前に千切られそうで怖いわー。流石の力ですねぇお・姉・さ・ま(笑)」
俊敏という言葉すら生温い程の速度で放たれたローキックの被害箇所をさすりつつ、もう一言加えておく。
ギルドマネージャーのこめかみに青筋が浮かぶのが見えたが、いつもの事だ。
と、カウンターに申請の終わったクエスト用紙が置かれた。
「今日は…あぁ、ティガレックスに頭ごと齧られたいのですか。しかも二頭とは中々猟奇的なご趣味を御持ちのようで」
受付嬢の淡々とした挑発と共に。
「…そう言う事ばっか言ってると意味も無く消臭玉ぶつけんぞ」
「フッ、その程度で私が怯むとでも?」
「百合姫の前でな」
―――豪剣の百合姫。
昔馴染みであり、ユクモ村の専属ハンター“だった”女の事だ。
今では古龍を討ち取っては転々と各地を渡り歩いているらしい。
……ま、功績とは別でギルドからは注目されてるけど。
何が問題かと言えば、その性格にある。
性格が悪いとか、性根が腐っているとかではない。
受付嬢を食っては(性的に)内部情報を抜き出していくのだ。
しかもそのテクは凄まじい物らしい。
現に目の前の受付嬢ですら――――
「誠にすみませんでしたァ!ヤる以外何でもするんで今のお言葉を記憶から抹消して頂けないでしょうか!?どうか、どうか百合姫様の前だけではッ…!!」
「…プライドの欠片も無い手のひら返しが胸に沁み渡るわー」
この有様である。
各集会場の受付嬢も大体そうらしい。
この様に今までファンだった男ハンターたちの血涙はどれ程だろうか。
……俺にとってはどうでもいい話だが。
「おーいまだかー?早くしないとアリシアがお前のアイテムボックスから色々引き摺り出して食うってさー!」
「はーやーくー」
「ちょ、アリーシャさん、それは洒落にならないですって!」
いつの間にか飯を食べ終えていた二人に返答し、クエスト用紙をカウンターから引っ手繰る。
と、ギルドマネージャーが良い笑顔で手を振ってくれている。
「逝ってらっしゃい」
「おい待て、不吉なニュアンスだったぞ」
「気のせいよ。…あ、ほら、もたついてるからあなたのアイテムボックスが…」
「は?」
怪訝に思いつつ後ろを振り向けば、妻の方が体半分をアイテムボックスの中に突っ込んでいる。
普通の人間だったら傷だらけになる筈だが、竜人族である彼女は何でもないらしい。
「わぁぁぁぁぁ!?ちょ、おっさん、止めろよ!!」
「ごめん無理」
「諦めのお早い事で!!ほら、アリーシャさん、準備できましたし行きますよ!」
その言葉にアイテムボックスから顔を離すアリーシャさん。
…が、口から紫色の何かを飛び出させている。
「ふぇめてごれだけば…」
「無理して口に詰め込まなくても…『ガ…ガリッ、バキバキバキ…』って何食ってるんすか!?」
ゴッキュ。
「イカしたクチバシ?はいごちそうさまー。味はイカして無いのね。…けっぷ」
「可愛らしくしても無駄というかマジで何食ってんすか!」
竜人族特有の四本指で口を拭う様を唖然として見る。
――未だこの人の事が良く分からない。
クチバシ食うとか竜人族でもおかしすぎる。
「ま、ほら行くぞ」
「俺の素材がぁ…」
「遅いのが悪いのよ?」
「…そっすね」
いつか俺自体がこの人に食われる(物理)んじゃないだろうか?
そんな事を思いながら雪山へと出発するのだった。
■
……やっべ
「すみません、ホットドリンク貰えないですか?」
「はいトウガラシ」
「…だけ、です…?」
「他に欲しい物とかあるの?」
「いや、せめてにが虫でも…」
「あれ不味いから持って来て無いよー」
「…そっすか」
雪山のキャンプからエリア6へと行く道中、エリア4。
そんな会話が氷の洞窟に響く。
前回長引いた狩りが原因でホットドリンクの手持ちが無くなっていたことを失念していた。
「んー暖かくはなった…ような…」
貰ったトウガラシを咀嚼しつつ、何とも言えない顔をする。
確かに体は温まった。が、一時的だ。
「足りない?」
「あーいえ。大丈夫です」
これ以上頼るのは申し訳ない。貰ったトウガラシを有り難く噛みしめることとしよう。
「そういやおっさんはどこに?」
「むっちゃん?んー…多分ガルと一緒に別ルートで向かったんじゃないかなぁ?」
「…ガル…?」
「えっと、奇面族の子。オトモみたいなものなのかなぁ。まだ見た事無かった?」
「無いですね」
「そっかそっか。じゃあ仲良くしてあげてね」
「え、えぇ…っと、でおっさんには何か考えが?」
「考えなしに馬鹿する人じゃないよー」
「…ですよねー」
◇
「うぉぉぉおッ!来た来た来た!!って錦魚じゃねえか!!今晩の肴はこれに決まりだな!おい、ガルガムも食うだろ!?じゃあもう一匹だな!」
「…狩りに行かないと奥さんに怒られますよ?なにエリア1で釣りしてるんですか。それもわざわざお二人に見つからないよう一旦行くふりまでして…」
「いいんだよ!轟竜二匹なら二人でも十分だろうし、終わった後肴が無くても怒るからな!」
「また噛み傷が増えるんですね。知ってます」
■
人妻と話すのは妙な緊張を得ると感じつつ、滑らないように気をつけて歩く。
……特殊竜人族だったっけ。
隣を歩くアリーシャさんの顔をちらと見つつ、そんなことを思い出した。
おっさんから話を聞く限り、彼女は“竜の本質”が少し強いらしい。
彼女の体の各所にもその特徴があるそうだ。
最も目立つ場所ではモンスターのように丈夫な髪と、獣のような瞳。
ふと、アリーシャさんがこちらに向いて、目が合った。
まぁ、薄目の彼女だと目があった“気がした”、というのが正しい気もするが。
「さっきからこっち見てるけどどうかした?」
「あぁ、いえ、何でもないです」
「…惚れちゃっても私はむっちゃん一筋だよ」
「知ってますし、おっさんに殺されますよ。俺が」
おっさんの嫁の溺愛っぷりは知っている。
手を出すとかただの自殺行為に等しい。
……まあ、まずアリーシャさんの力に勝てないんだけどね。
俺の使う武器は躁虫棍。対してアリーシャさんの愛用武器はランス。
日々必要とされる筋肉量が違うし、地力の桁が違う。
しかし本当に不可解なのは、
……どうしてそんなに華奢なのかねぇ…
ダマスクという仰々しい装備に身を包んでいるが、地肌を見たことがあるものは全員が驚くだろう。
腹筋は割れておらず、付いた水が滑るほどにきめ細かな白い肌。
四肢はハンターという事を忘れさせるように細く、美しい。
どうしたらそんな力が出るのか不思議なものだ。
……ってことをおっさんに言ったらどこで見やがったってボコボコにされるんだろうな…
正解は以前ジンオウS装備の時に見えただけ。
と、エリア6に出る大穴まで来た。
「あ、ほら、出ますよ。準備は宜しいですか?」
「あまり狩ったこと無いからなんかあったらよろしくねー」
「えぇ、はい。了解しました」
「さて、むっちゃんはもう来てるかな」
「さぁ…?でもいてくれたら楽ですね」
そんな緊張感の無い会話を交わしつつ、エリア6に足を踏み入れた。
今回の目的はティガレックス二頭。
そこまで時間も掛からないだろ―――――
―――ヴルァアアアアア!!
思考が止まった。
そこにいたのは黄色と黒の体色が特徴のアイツではなく、“各所に鮮やかな青色が入った彼女”だった。
「…荒鉤爪とか聞いてねぇ!」
「…あれがティガレックス…の希少種?随分綺麗な色して――」
「違います!“二つ名”です!!」
「あらら…?じゃあ今回のクエストは――――」
「乱入扱い、下手すると二匹のうちの一匹ですね」
「…ちょっときついわね」
ハンターズギルドが発見したという“二つ名”。
その異常な危険度は、発見と同時にすぐさま警戒線が張られるほどだった。
現在は各所にてそこそこの実力を持つハンターに、クエスト形式として一匹ずつ割り振られている。
内容は討伐、狩猟ではなく、特殊扱い。
発見、把握が主として、可能であれば捕獲。やむを得なければ討伐。
……が、討伐は元より瀕死にするのが無理なんだよなぁ…
なんて、とんでもない速さでこちらに向かってきた荒鉤爪を見ながら考える。
とりあえず直線状から回避、どうしようかと思えば、破岩槍ブラキディオスを構え、ガード姿勢に入ったアリーシャさんが目に入る。
「ガードより躱した方が―――!」
「そぉい」
ギィンッ!!
真正面から荒鉤爪の突進を受け止め、凄まじい金属音が鳴った。
その突撃力に半歩程後ろに押し出されるが、足に力を込めたのか、“荒鉤爪の突進を止める”。
「…はぁ!?」
いや、よく見てみれば彼女の足が雪にめり込んでいる。
しかしそれでも目の前の光景が信用できない。
力が強い事は知っていたが、まさかこれ程とは―――
「ねーグラッドくん?」
「え、あ、はい!?」
こちらに間延びした声が掛かる。
「攻撃お願いしていい?ちょっと手が離せなくて…」
「…分かりました」
指示に従い、天雷宝棍【麒麟帝】に手を掛け、荒鉤爪の側面に走り寄る。
今は現状に驚いている場合じゃない。
「……」
已むをえなく素早く棍を叩き付ける。
次の攻撃、横切り、切り上げのコンボに繋げようとして―――
「危ない!!」
「――――ッ!」
荒鉤爪がこちらを攻撃対象として見たらしい。
アリーシャさんを下から掬い上げるように後方へ飛ばし、左前脚を軸として全身をとんでもない速度で回転。
ギギッ―――
氷でスキール音がするほどのそれを食らっていたらどうなっていただろうかと、空中で冷や汗を掻く。
そう、空中で。
……あっぶねぇ…
瞬時に空へと逃げたのは正解だったようだ。
落下軌道に入る寸前、印弾を頭に撃ち込んでおく。
今のでこちらの位置がバレたが、上空への攻撃手段はもたないはz――――
「ガッ――――!?」
それは本当に直感だった。
一瞬、視界の下で力んだように見えた荒鉤爪に、勝手に体が動いた。
それのおかげだったのかもしれない。
「――――かはっ、ぁふ…ゲホ、ゲホ!」
呼吸が出来なくなって吹っ飛ばされる程度で済んでよかった。
何を食らったのかは分からない。
認知できたのは吹っ飛ばされる瞬間に右側にガードするような形で構えた棍に凄まじい衝撃が走ったことだけである。
呼吸を整え、何とか立ち上がり、回復薬を飲む。
それにより痛みがいくらか収まり、体を動かすのに支障がない程度となった。
「大丈夫?」
「あー大丈夫です。というか荒鉤爪は?」
「逃げたー」
「…そうですか」
まあでなければアリーシャさんもこちらには来れないだろう。
しかし、
「…アイツがいるとか…どうしたんだ一体…?」
「なんか変な言い方だね。訳アリ?」
「そんな感じで」
「そっか」
ズ
「っ」
ランスを雪に覆われた岩肌に突き刺す音に、思わず身を震わせた。
アリーシャさんの顔を見れば、これ以上ない程の笑顔である。
「…むっちゃんはどこだろう?」
「あー」
怒ってる。
そう思わざるを得ないほどに彼女の笑顔は怖かった。
顔はいつもの無表情からかけ離れたいい笑顔だ。
が、それが一番怖かった。
「…違う方の轟竜を狩ってるんじゃないですかね」
「ううん、音がしない」
……そういやあのおっさん狩猟笛の使い手だったか。
竜人族は五感も優れているんだった、と思いつつ、おっさんが本当にどこにいるのか分からなくなった。
荒鉤爪も現れた事だしクエストをどうしようか話したいので俺も会いたいのだが…
一体何処にいるのだろうか。
◇
「おいガルガム、お前も集中してないで餌分けてくれよ」
「嫌です。黄金ダンゴ使い切ったならそこら辺で素材集めて調合してください」
「…お面の改造素材として欲しがっていた海皇龍の豪鎧毛で手を打とうじゃないか」
「仕方ないですね。全部差し上げましょう」
「相変わらずの即断、カッコいいぜ」
「そりゃどうも。ほら、さっさと釣り上げないとクエストが終了してしまいますよ」
「やっべ、早めにノルマ達成しちゃおうぜー」
「そうですね」
■
ガッ―――ガッ―――ガッ―――
……これおっさん死ぬんじゃねえかな。
八つ当たりとばかりにランスをガスガスと岩肌に突き刺していくアリーシャさんを見ながら冷や汗が頬を伝う。
そりゃランスだから岩肌位になら先端程度刺さるかもしれない。
……が、付け根まで埋まるとかありえないだろ普通。
しかも特に力を込めているようには見えない。
サクサクと刺さっていくランスがもはや現実離れして見える。
更によくよく見ればアリーシャさんのランスは先が“尖っていない”。
いや、尖ってはいるのだが、三又に分かれているのだ。
それがもうサックサクと…
ガッ―――ガッ―――
「すみませんアリーシャさん、そろそろ岩肌が号泣してしまうのでおやめ頂けるとありがたいのですが」
「…そうね。もうそろそろ可哀想よね」
自制心の効く大人でよかった、と思うが岩肌を見る限り、最早号泣どころではない気もする。
――――ズダンッ
グルアァァァ!!
「お、っと?」
「あらら?」
またあの鳴き声が後ろから聞こえてきた。
どうやら荒鉤爪がこちらに追撃を――――
「…お前で安心したよ」
目に入ったのは、よく見る黄色と黒の入り混じった“いつもの”竜だった。
荒鉤爪ではなく、轟竜。
「うん、むっちゃんにイラッとしたし、ちゃっちゃと斃しちゃおっか」
「そっすね」
さらっと八つ当たりを零したことにツッコまないようにしつつ、躁虫棍を構える。
アリーシャさんが隣で武器を構えた瞬間に震えあがるほどの怒気が発せられた時には、俺いらないだろ、とも思う。
……あぁ、可哀想に…
この状態のアリーシャさんの攻撃を食らう轟竜に憐みを覚えつつ、戦闘を開始した。
◇
「あら、奥さんがこちらに走って来てますね」
「…え?」
ガルガムのその言葉に雪山の方へ振り向いた。
しかし妻の姿なんて見えない。
文句を言おうと振り向けば、
「……」
「……よぉ、どした」
拳ほどの隙間もないぐらいの距離にアリシアの顔があった。
表情は満面の笑顔だ。
「むっちゃん?」
ギッ
空気が軋んだと錯覚してしまう程の圧迫感に息が詰まる。
アリシアの背後で息を潜める音が聞こえた。
ガルガム、完全にステルスモードである。
「何をしていたのかな?ねぇ」
……どうも何かあったらしい。
口から黒い粒子が漏れ出ているのを確認しつつ、そう察する。
「……アリシアとグラッドならティガ二頭ぐらい俺がいなくても大丈夫だろ?」
「二つ名、荒鉤爪が出たの。グラッドくんが一撃見舞われたわ」
「…!」
そりゃアリシアも怒る。
彼女からすれば大切な後輩が傷つけられ、守る側の俺が現場にすらいなかったのだ。
「…で、むっちゃんはガルちゃんと釣りをしていたと。ははは」
細められていた目が開かれた。
真っ赤な獣瞳が、こちらを突き刺さんばかりのオーラを伝えてきて。
―――ブチ切れている。
空気が軋む軋まないとかの話ではない。
例えるならば、それは死という現実を突き付けられるようなものだ。
「…すまなかった」
「罰は…ドコニスル?」
「――!あー…ごめん、喧嘩は少し後でいいか?」
「…は?」
ダァン!
「コイツが離脱するまでだ」
「……うん、それなら仕方ないね。またかー」
グ、ルガァァぁッ!!
エリア1が小さく思える巨躯、鮮やかな青が目立つ各所。
二つ名“荒鉤爪”だ。
距離にして15歩程。静かにこちらを見据えているのは様子見だろうか。
しかし敵意が無いとは決して言えない。
それは目を見ればわかる事だ。
「おいおい、追撃か?グラッドはどうしたぁ?」
「まだ上じゃない?…むっちゃんのせいで」
「悪かったって。…それよりいい加減目を閉じろアリシア。“貧血になるぞ”」
「そうよねー」
アリシアが目を閉じ、口から漏れていた粒子が目に見えないほどに薄れる。
威嚇から動こうとしない荒鉤爪を目で捉えつつ、愛用武器、冥笛エンフォーラルを構えた。
さて、
「アリシア、こいつはどんな奴?」
「グラッドくんに不意打ちを当てられる実力。で、力は私より強い、かな」
「…ヤバくね?」
「でもアイツらに比べたらー?」
「まだマシかもしれないな。分からんが」
担当二つ名の二匹を思い出して、顔を顰める。
……アイツらは…ダメだろ。もう何か色々と。
本当にもう、碌な思い出がない。
「さて、行こうか」
「いつも通り?」
「当たり前。で、先手必勝。OK?」
「オ――――ッケ!!」
足が見えないほどの速度で10歩の距離を詰めて突きを繰り出すアリシア。
その踏み込んだ足の勢いによって、ぬかるんだ泥が跳ねる。
「さって俺は俺の仕事をしなくては、っと」
戦闘の流れを目で追いつつ、準備ともいえる音を奏でる。
うねるような見た目の各所にある穴とピストンを押さえ、それを二度繰り返すと、演奏へと移る。
……移動速度アップっと。
頭の中で効力を復唱しながら、身を回して突き上げるように同じ音をかき鳴らす。
……で、攻撃が弾かれなくなった。
準備は終わった。
前転回避を数回繰り返し、荒鉤爪の左側面にたどり着く。
「よっと」
前面でアリシアが気を引いていてくれるからこそ、楽に場作りができる。
左から右へ振り、その勢いのまま∞の軌道を描くようにして違う音を奏でる。
次は柄で鋭く突きを繰り出し、最後にもう一度左下から上へと突き上げた。
空気が笛の中を通り、綺麗な音が鳴る。
いつ考えても面白いのは、狩猟“笛”なのに唄口が存在しない事。
振り回すことで空気を中へ通し、音を鳴らすのだ。
演奏するときは、別空気溜めに溜まった空気を一気に排出することで再度同じ音を出す。
穴やピストン、弁などの内部構造が1mmでも理想と違えば、出る音が変わってしまう。
加工職人の腕の素晴らしさは、狩りに行くたびに実感させられるものだ。
…そして叩き付けても変形しない素材の強度にも。
「―――むっちゃん、一時回避!右ッ!!」
「応!!」
突如掛けられた声に反射的に応答、行動に移したのは数瞬後だった。
声の内容は右方向への回避を促す内容。
アリシアから見た右方向という事は、背後への回避。
「オ―――ッラァ!!」
狩猟笛を力任せに下から勢いよく振り上げた。
その勢いに、冥笛は背後の地面まで到達、身体が後ろに反る。
タイミングよく全力で地を蹴れば、狩猟笛を起点とした円を描くように後方への回避となる。
―――しかしその回避が隙となった。
円を描く際の、背を見せた数瞬。
その時に、強烈な衝撃が背中を走ったのだ。
「はぅ…!」
「ぐ―――ッ!?」
背後からアリシアの声が聞こえたが、疑問に思っている暇など無い。
行幸だったのは、武器を鍛え抜かれた握力で離さなかった事だ。
「―――な…めんなぁ゛ッ!!」
狩猟笛が俺よりも重たかったおかげか、吹き飛ばされる事は無かった。
ただ足を付くのが押されたことによって早まっただけ。
ならばその勢いを利用させてもらおう。
目の前には岩を飛ばし終えた姿勢の荒鉤爪。
それは本当に力任せの行動。
右足を軸にして全速力で回転、狩猟笛を叩きつけ――――
「――――おいおい、マジかよ」
ガヅッ!!!
“それ”に気付いたのは、奴の頭に全力の一撃が入った瞬間だった。
手応えに酔う暇なんてとてもじゃないが無い。
跳ね上がるように破裂した大地を回避するには、余りにも時間が無さすぎた。
■
「…洒落にならねえって…」
眼下に見えるエリア1の戦況を見て、思わずそう呟いた。
岩を飛ばした荒鉤爪が、地に付けた前足をそのまま押し込むようにしただけ。
たったそれだけで前足を中心に“大地が炸裂した”。
昔、何度か見たことのある攻撃法。
本当に危なくなったときや、強者との戦闘にしか使わない。
「……それだけおっさんが強かったって事かい?…“姉さん”」
そっと呟いた言葉は、誰にも聞こえなかっただろう。
きっと自分の事も忘れてしまった荒鉤爪に思いを馳せ、静かにため息を吐いた。
意識を切り替えるように指を噛むと麒麟帝を構え、雪山の斜面を滑り下りる。
落ちるような速度のまま棍の柄を斜面に勢いよく突き、飛び跳ねた。
落下先は荒鉤爪の頭上。
「…そぉ―――らぁ!」
ガガッ
そこそこ硬い感触が手に伝わった。
振り下ろした麒麟帝が荒鉤爪の頭に当たったのだ。
◇
……おおぅ。
意識が覚醒したのはグラッドが空から降ってきた時だった。
意識が無かったのは吹き飛ばされてほんの数秒だろう。
……何とか間に合ったな、防御力強化。
最後に振り回した冥笛が鳴らした旋律の効果、防御力強化。
狙ってやった、と言うのでは少し語弊があるが、旋律を揃えたのは手筈通りだった。
「アリシアー無事かー?」
「んーギッリギリで無事じゃない」
「うわ、横にいたのかよ」
呼びかけたら真横から返事が返ってきたのだ。それは驚く。
しかし…
「おい、動けるか?」
「……“本気になれば”」
その言葉から下した判断に迷いは無かった。
「グラッドー!一旦退却してるわ!!」
「分かったよ!」
「悪いな!!」
モドリ玉をポーチから取り出すと、地面に叩き付ける。
一時的にキャンプへと退却だ。
痛む節々に顔を顰めた時にはもう、キャンプの近くだった。
「いっつつつ…ありゃ二つ名だけあるな……」
「―――そうね。大丈夫だった?」
「お前と同じだよ。ていうかアリシアも寝とけ」
設置されているベッドまで歩いて飛び込むようにダイブ。
そしてその二秒後ぐらいに俺の隣に嫁がダイブしてきた。
埃が舞うが、気にするような性格ではない。
寝転がったまま一息つく。
「荒鉤爪、だったよね?あれ私たちじゃ無理ね。相性悪い」
「やっぱそう思うよな」
何と表現するべきか。
パワーでごり押すタイプの俺らにとって、ほんの数瞬の隙を突くような奴は相性が悪すぎる。
何手も先を読んで行動、しかもそれら全てがとてつもない膂力で行われるのだ。
それが中途半端な強さならば勝てた。
が、二つ名レベルとなるとごり押しは無理すぎる。
「あーやっぱあいつらが一番楽しいよな」
「だよねー」
担当二つ名の二匹を思い出して口角が上がった。
ギルドから命じられた最初は、悪くて辛勝、最悪でも瀕死までは持ち込めると思っていた。
が、初めて黒ずんだ甲殻の王と、紫に染まった甲殻の姫に出会った直後にその考えは180度変わる。
“勝てない”
そう思ってしまった。
何百何千、下手をすれば万にも届くかもしれない屍を作り上げた俺たち二人が、そう同時に思ってしまったのだ。
一撃目は雄の、たった一つの火球。
いつも通りアリシアがガード、そこから戦況を立てていく。
―――筈だった。
その戦闘において二撃目は無かった。
盾に当たった瞬間に火球が爆発。ガードしていたとはいえ、近場にいたアリシアは超常的な威力の爆発によって気絶。“実体のある爆風”を食らった俺は吹き飛ばされた後、その場で気絶した。
そして気が付けば、タンジアの港に運ばれる途中だった。
「あの時はマジで笑えたよな」
「懐かしいわ。もう身体が動かないーってね」
それが八か月前。
次の月、鍛えて鍛えて挑戦したら前回よりも善戦したものの、惨敗。
次の月も次の月も次の月も―――――
今に至るまで惨敗の積み重ね。
だからこそ、
「あいつらに夢中になっちまうんだよなぁ」
「ねー」
技術なんてない。ただひたすらに力をぶつけ合うだけ。
たったそれだけが俺らを“昔”に戻してくれる。
名声や、地位を確立する前、ひたすらに強さを求めた昔へと――――
「あぁ―――つっかれたぁ」
グラッドがキャンプへと戻ってきた。
大きな傷は無いようだが、細かな掠り傷と切り傷は無数に見える。
「お、どうだったよ、荒鉤爪。狩った?」
「逃げられた。まぁこちらとしては助かったってのが本音だな」
「おいおい、弱気でどうすんだ」
「あんたなら二つ名について良く分かってるだろうがよ…」
「まあなー」
「ま、この子のおかげで楽できたし」
「子とは失礼ですね。気にしませんが」
ひょっこり顔を出したのは、すっかり忘れていたガルガム。
「あ、なんだお前、グラッドの手伝いしてたのか」
「……忘れてやがりましたね」
「いやだって戦闘から逃げたんじゃ――――」
「奥さーん、貴女の旦那さんが釣り上げた魚を避難させておいたので酒の肴に如何でしょうか?あ、そこにいるのは魚を釣るだけ釣って放置し、二つ名との戦闘を始め、努力が無駄にならないよう頑張って魚を保管したのにお礼の一つも無い嶽陸さんじゃないですか。今ならこの魚を特別価格で売ってあげましょう。晩御飯に如何でしょうか?」
「ぐ、このヤロ…」
しかしこの会話で力が一気に抜けた。
何だかんだでグラッドがやられてキャンプに戻ってきたら、敵討ちにでも乗り出そうと考えていたのだ。
ベッドから立ち上がると、空を見上げる。
「フゥ―――……で、クエスト、どうなったんだ?」
「……一応クリア。一匹はアリーシャさんが斃して、もう一匹は荒鉤爪に殺されてた」
「縄張り争い、か?」
「いや違う。恐らく荒鉤爪の逆鱗に触れたのさ」
「荒鉤爪の逆鱗なんてあるのか?」
「比喩だ比喩。さ、帰ろうぜ」
―――縄張り争いではなく同種を殺す竜。
ほんの少し気になる事があったが、今考える事でもない気がする。
「アリシアー帰るz…」
「グギギギ…」
帰宅しようと振り返って声を掛ければ、歯軋りをしながら寝ている嫁がいた。
頭防具を外し、それはもう凄い体勢である。
「……え、これ寝てる!?ふざけてるだけかと思ってた……」
「お前はアリシアの寝相を見るのって初めてか?」
「まぁ…」
「いつもこんな感じだ。さて、抱えて帰るか…」
起こすという選択肢は無い。
何故か?“彼女の寝起きはお腹が減っているから”だ。
食欲に忠実なこの嫁は、いざとなったらそこら辺の土でも食いかねない。
決して馬鹿にしている訳ではない。
アリシアの身体が特殊だからこそ、ありえない事ではないのだ。
…別に食べさせればいいのでは?と思う人もいるかもしれない。
しかしよくよく考えてほしい。
自分の愛する人がその辺の雑草や土を食べ始めたらどう思うのか、を。
……それはあまり好ましく無い光景の筈だ。
「え、おいおっさん、奥さん起こせばいいんじゃ…」
しかしそれを知らないグラッドは首を傾げた。
確かに普通はそう思うだろう。
こちらとしても起こす方が楽なので、一応聞いてみる。
「…グラッド、今アリシアに飯は準備できるか?」
「え?いや、こんがり肉は1つ持ってっけど」
「じゃー起こせんな。お前のポーチごと食われるかもしれんし」
「ははは、まさか」
「……」
「……マジか」
アリシアの咬筋力と消化力は良く知っている。
硬い皮や筋繊維を噛み切り、骨をも砕く咬筋力。
土や草木、果てには石すらも消化、分解する消化力。
それらが夫婦喧嘩で身に沁みて分かっていた。
脇腹、肩、二の腕――――
怒った嫁に噛み千切られて
それらは痛々しい傷跡となって、未だ消える事は無い。
「ま、どうせ起きないだろうからさっさと村に戻ろうぜ」
「……疲れたら交代してやんよ」
「――――まさかテメェ…アリシアに手を出すつもりか!させん、させんぞ!」
「素直に優しさを受け取れよ!」
グラッドとふざけながら帰路へ着く。
気が付けば日は天頂より傾き、山に姿を隠そうとしていた。
もうじき夜がやって来る。
◇
―――――――
……ん?何だ今の…
すっかり日も落ち、星空と半月は空で自らを主張している。
その遥か下で俺とグラッドは、雪解け水でぬかるんだ山道を歩き続けていた。
グラッドは荒鉤爪との戦闘疲労、俺はアリシアを抱えている疲労で、口を開くことは無くなっていた。
――それは静かだったからこそ、聞き取れたものかもしれない。
ポッケ村まであと少しという距離まで来たとき、ふと風に混じって僅かな異音が耳に入ったのだ。
狩猟笛を用いて音を扱っているせいなのか、耳は聡い。
―――――――
再度同じ異音が聞こえた。
確実に聞き間違いではない。
「おいグラッド」
久々に口を開いた気がする。
呼びかけに対してのグラッドはといえば、足を止めずに振り向かず、ゆっくりと口を開いただけであった。
「あぁ?疲れたか?」
「舐めんな。それより…何か異音が聞こえる」
その言葉にグラッドが耳を澄ます。
「…聞こえんが」
「正確には音と言うより超音波とかに近い気がする。かなり遠いと思うが…」
「いや、なんでそんなんが聞こえてんだよ」
「狩猟笛を使い続けたからか耳が聡くなった」
「…武器に体が馴染んだのか」
「そうかもな。で、変な音波に身覚えとかあるか?」
僅かに開く間。
「無い。全くと言っていいほどに無いな」
「…そう、か」
……嘘っぽいが…
嘘だとしてもそこまで重大な物ではないらしい。
ポッケ村や他村に危機が迫るような物であれば、隠すようなことはしない筈だ。
「じゃあ気にするもんでもねえか。帰ろうぜ」
「…ふと思ったがあんたの奥さんの
「鼾で超音波?ハハハ、………ま、まさかな…?ち、違うよな?な?」
「いや、なんでそんなに不安になってんだよ…」
……いやマジで何しでかすか分からんのよ、うちの嫁。
なんて言えるはずも無く、また歩を進める。
「…んぁ…ふぅ……」
…アリシアが時々艶やかな吐息を吐くのはどうにかならないのだろうか。
グラッドにはばれないようにひっそりとアリシアの口を押えながら、俗にお姫様だっこと言われる抱き方に変える。
「おぉ、熱い熱い」
「いや、もう右腕疲れた」
「…そりゃあんな運び方してりゃあな…」
今までの運び方は右腕で脇腹に固定するものだった。
利き腕だからと多少の無理は出来たのだが、いい加減限界も来る。
いつもだったらおぶってやるのだが、今日は諸事情により不可だ。
それから5分ほど――――
「やっと着いた…疲れた体だといつもの二倍は歩いた気がする…」
「同感だ。…宿って空いてっかな」
ポッケ村に着いたと同時に、溜め息が漏れ出た。
そしてそこから急な斜面を見て絶望する。
「もはや自宅に帰りたくねぇ…ギルドで寝ようかな……」
「あーせめてアリシアはどうにかしなければ…」
村に着いたという安心感にどっと疲労感が増してきた。
膝が笑い、どことなく視界も歪んでいる気がする。
一旦アリシアを地に下ろし、長く息を吐いた。
今日はもう、何もしたくない気分だ。
■
脚から力を抜き、その場に座り込む。
おっさんに何と言われても構わない。
もはやここで寝てもいいか、という考えすら頭に浮かぶ。
「グラッド」
ふと声が掛けられた。
声のした方を向けば、ポッケ村名物の巨大純マカライト原石と焚火が視界に入る。
この時間に村長はいない。それなのに火が焚いてあるという事は――――
「やっぱお前か。ネコート」
特徴的なコートに身を包むアイルー、ネコートがそこにいた。
「――――“彼女”とは会えたのか?」
「あー…その話は後でしよう。ほれ、客人だ」
今その話をする気にはなれない。
とりあえずおっさんをぶっきらぼうに紹介しておく。
「む、私が出掛けていた内に客人が来ていたとは。貴公は…」
「タンジアの港を中心にハンターを生業としている最上嶽陸と申す」
おっさんが簡潔な自己紹介を済ます。
その名に、ネコートが目を見開いた。
「タンジアの最上殿…貴方の武勇伝はお聞きしておりますとも」
「あれ、知られていましたか」
「ギルドでも有名ですよ。今日は…アリーシャ様はご一緒ではないのですね」
「…そこの球体がうちの嫁です」
おっさんが指さしたのは、足元に転がる青と金の混じった球体型の謎物体。
しかしよくよく見てみれば、柔軟な身体を駆使して丸まったアリシアさんであった。
「…彼女は何をしてらっしゃるのです?」
「寝相です」
「最上殿、真剣に答えて頂けないだろうか」
「寝相です…」
「……最上殿」
「寝相なんです……」
途中からどこか残念そうな顔をし始めたおっさんに、ネコートはこれ以上訊いても仕方ないと思ったのだろう。ゆっくりと焚火の元へと歩き出した。
いつもの場所に立つと、こちらを向いて口を開く。
「しかし最上殿はなぜここに来たのだ?」
いつも無表情に近いネコートにしては珍しく、その顔はいつもよりも険しい。
「……観光ついでにグラッドに会いに来ただけですよ」
「嘘は良くない」
おっさんの言葉に食いつくように即答するネコート。
「現在タンジアは近場の島上空に古龍出現で大騒ぎ。最上殿、タンジアを代表するハンターとも言える貴公がそんな緊迫した状況の中、こんな場所で何をしているのだ?」
「………」
ネコートの言葉に、おっさんが顔を顰めた。
こちらとしては古龍の事なんてまったくの初耳だ。
……突然手紙が来たから変だとは思っていたが…
「ネコート殿」
おっさんが静かに口を開いた。
きっと、そんなこともほっといてこの村に来たぐらいだ。
それ相応の理由があるのだろう。
「……え、古龍とかマジで?」
思わず素が出たおっさんの一言に、俺とネコートは揃って目が点になった。
◇
生まれて29年、ハンター始めて早10年。
最上嶽陸は非常に焦っていた。
……え?え?何それ何それ…!?古龍出現!?聞いてねえよ!!
ここに来た理由は、アリシアがポッケ村に行きたいと言い始めたからだ。
ここ最近(一週間前)はモンスターが沈静化、俺らが出るまでも無いクエストばかりで珍しく暇だったことが発端だった。
『むっちゃーん、トレジィが新しい味覚を発見したって!行こうよ!!』
……どうせ暇だしいいか。
そう思ってグラッドへの手紙を送り、タンジアを出発したのが一週間前。
乗り物に弱いアリシアを気遣ってなるべく乗り物を使わないように移動し、ポッケ村へと着いたのが昨日の真夜中。
タンジアがそんなことになっているなんて、全く知らなかった。
「ネコート殿、状況をお教え願いたい」
「―――本当に知らなかったのか。対象は近場の島上空を浮遊、最新の情報だと百合姫がクエスト失敗。現場でヴァミストが目撃されているらしいが真偽の程は定かでは無い」
「…ヴァミスト?」
「む、知らないか?ある意味で有名なハンターなのだが…」
「いや、それよりあの百合姫がクエスト失敗…?」
「あぁ、紛れも無い事実だ」
百合姫とは彼女が新米だった頃からの知り合いだ。
一時は弟子として接していたこともあった。
当然彼女の実力は知っているし、若くして古龍対処の熟練者であることも知っていた。
……それがまさか失敗…
「アイツが三回も不覚を取った古龍、か…」
「…最上殿、言っておくが百合姫はリタイアで失敗だ」
「アイツがクエストリタイア?そんな馬鹿な…」
アイツほどの実力者がリタイアをするなど一体何が…
「それが非常に言い辛いのだが…戦闘中に生理が来てしまったらしい」
……それは仕方ねぇな。
そんな納得をしつつ、溜め息を吐いた。
「モンスターの名前を教えて頂きたいのだが」
「そのモンスターの名は“ヤマツカミ”。そちらの地方では初の目撃となるな」
……ヤマツカミ、か。
まだ一度も狩ったことのない古龍だ。
見た目だけなら何かの文献で見たことがある。
巨大な身体は植物に覆われ、軟体生物のような見た目だった筈。
「フルニアが食いついた理由は希少性、か」
「…あの娘の古龍好きには困り果てたものだ」
げんなりとした顔でそう呟くネコート。
何があったのかは何となく予想できる。
いつも通りギルドの“情報”を使ってクエストの受注交渉したのだろう。
で、リタイアっと…
「…ネコート殿、正直に答えてもらいたい」
「何だ」
「……スッとしてるか?」
「無論。たまには痛い目を見た方がよかろう」
……フルニアよ、交渉(脅迫)もそこそこにしておけよ。
なんて後輩の心配をしつつ、アリシアを起こす。
「アリシア!飯の時間だ!!」
「何らって!?」
言葉に反応して球体から人間へと
若干呂律が回っていないが、それもまたよし。
「ご飯…は、どこ?」
涎を垂らして辺りを見回すアリシア。
どうもまだ視界のピントが合っていないらしい。
肩当てを軽く拳で叩くと、話し掛ける。
「俺とグラッドをグラッドの家まで運んだら食えるさ」
「えー…仕方ないなぁ。って、むっちゃんむっちゃん、グラッド君立ったまま寝てる」
「は?」
耳をすませば、確かに寝息が聞こえる。
先程から会話に入って来ないと思ったが、まさか寝ているとは。
ネコートが溜め息を吐く。
「グラッドは置いておくといい。用があるのはアイルーキッチンだろう?」
「わーおいしそー…」
「アリシア、アリシア、そちらはネコート殿。以前お世話になっただろ?食べちゃダメだ」
まだ少し寝惚けているアリシアの頭をポンポンと叩くと、注意する。
と、ネコートが首を傾げた。
「以前?何かした記憶は無いが…」
「ネコート殿、煉黒龍という名に聞き覚えは」
「―――それはギルドでも秘匿されている情報の筈だが…」
「ん―――?あぁ、あの時の猫ちゃんかぁ。久しぶりだね」
5秒ほどの間が開く。
「あの時のハンターは貴公らだったのか…!?」
「俺はネコート殿とほぼ初対話ですがね」
「いや、懐かしい。あれからもう3年となるのか」
「お忘れの無いようで」
「あれは決して忘れられるものじゃない。今でも鮮明に覚えている」
―――三年前、タンジアの港近海にて海が紅く染まる現象が発生した。
始めはただの異常気象とされ、ギルドが調査に乗り出す事となった。
そしてその調査結果は異常気象などではなく、一匹の古龍の出現報告。
其の龍の名は煉黒龍。
厄災の化身として遥か昔に恐れられていた龍である。
ギルドはその龍の出現を知るとすぐさま紅く染まった海を“天災の前触れ”とし、タンジアの港と近隣村に避難警報と情報操作を用いてその龍を秘匿。
緊急秘匿クエストとしてギルドナイトとハンターを集めて討伐隊を組み、討伐へと乗り出した。
結果は惨敗。
歩いて戻った者は存在せず、確認できたのは“炭”だった。
「……当時はギルドも頭を抱えていたな」
―――そんな中、ギルド本部に目深にフードを被ったハンターが“三人”現れた。
笛を背負った男は力強く呟いた。
「その龍の元へ連れて行ってはもらえないだろうか?」
槍を背負った女は眠そうに口を開いた。
「困ってるんだよね?」
片手剣を背にした性別の分からない三人目はヘラヘラ笑いながらこう言った。
「そんな事よりおうどん食べたい」
ギルドの上層部は、その三人がどこでそのことを知ったのか?などと気にしている暇は無かった。
討伐、撃退なんて始めから期待していない。
ほんの少し、ほんの少し考える時間を引き延ばす捨て駒に使えれば。
そんな考えで、煉黒龍の元へとその三人を送り出すことにした。
近づきすぎると攻撃を食らう可能性があるため、接近方法は飛行船から近くの小島に飛び降りるという強引な物だった。
その際飛行船に乗っていたのはハンター三人と、飛行船の運転士。そして戦況連絡役のネコートだった。
「目を疑った。伝説と渡り合うハンターなんて信じられなかった」
「勝てませんでしたよ。アレには」
「それでもタンジアを、最悪の状況を回避できたのは貴公らのおかげだ」
―――三人と職員を送り出して丸一日、諦めていたギルドは突如入ったネコートの報告に耳を疑った。
『煉黒龍の撃退に成功、ハンターは全員が行方不明』
詳しく話を聞けば、煉黒龍は痛手を負った為に海の底で再度眠りについたと言う。
その報告に、ギルドは歓喜した。
何も起こらなかったと近隣の避難警報を解き、煉黒龍が眠りについた場所は要観察区域として、閉鎖した………
「あの後、貴公らは死亡した扱いになってひそかに英雄として語り継がれているぞ」
「うわ、恥ずかし」
こちらとしては苦々しい顔しかできない。
何故か?それは、
……アリシアが変に食い意地張って煉黒龍の一部食べて倒れたんで、キャンプにて看病してたとか言えねー…
恐らくネコート側では、撃退間際の大噴火によって見えなかったのだろう。
が、ネコートはそれが気になるらしく、こちらに訊いてきた。
「しかし生きているという事は…どこで何をしていたんだ?」
正直に言うのは、アリシアの体質の話になるので避けたい。
「……き、気が付いたら剣ニャン丸の船でした」
とっさに思い付いた嘘を口から出す。
半分は嘘ではない。
アリシアが全快した後に、船が近くを通りかかったから泳いで近づいたら引き上げてくれた親切な船だと記憶している。
「そうであったか。…積もる話もあるが、また今度でも良いだろう」
「あ、その件、本部への報告は控えて頂けますか?」
「何故だ?」
「…俺らと、もう一人いたのを覚えていますか?」
「あの奇妙な武器を使う者か。それがどうかしたのか?」
「……アイツは闇に手を染めました。二度と戻る事はないでしょう」
―――思い出すのは、血に染まった手を舐める奴の姿。
三日月のように裂けた口の端から零れる赤い液体。
いつも目元だけ隠れた変形デスギア装備が脳裏に染みついて離れない。
「そう、か。それは非常に残念だ」
「…それに俺らはこれ以上目立つ事を望まない。今のままが一番なんです」
「ならば了解した。私の胸の内に秘めておこう」
「感謝します」
「…では本題に。最上殿、浮岳龍の件は如何する」
「すぐに、と言いたいところですが」
空腹に我慢できなくなったのか、口慰みにとポーチからこんがり肉を取り出しては口に詰め込んでいくアリシアを見る。
「コイツ、乗り物ダメなんですよ…」
アリシアは極端と言う程に乗り物に弱い。
どの乗り物に乗ってもあり得ないぐらい吐く。
煉黒龍の際も最初の三十分はまともに立てず、キャンプで倒れていたぐらいだ。
ネコートは本部への報告に忙しくてアリシアが外へ吐いてることに気付かなかっただろうが…
……まぁ一応訊いては見るか。
「アリシアー」
「ふぁい、ごふぁん?」
「いや、もし気球に乗るんだったらその代わりにどんなことをして欲しい?」
「【ゴキュ】いやもう何もしなくていいから乗りたくない。選択肢でいうなら前提として no or denial じゃないと選ぶ気すらしないぐらい乗りたくない」
「全力のお答えありがとう」
このやり取りにネコートがため息を吐き、再度口にこんがり肉を詰め込み始めたアリシアに向き合う。
「アリーシャ殿、少しお言葉を宜しいか」
「んー?」
「ハンターたるもの、その程度は我慢すべきものではないのか?」
「…うん、私もいっくらでも吐いていいなら我慢するよ」
「なら――――」
「ただね、吐けないんだよ。危なすぎて」
「は…?」
―――普通の人間が胃の中身を吐いたとしよう。
基本的には消化しきれていない食物と、僅かばかりの胃液が混ざった吐瀉物がでてくる。
これに害があるとすれば特有の悪臭と、生理的嫌悪感ぐらいだろう。
しかしアリシアの吐瀉物は何故か無臭。それに加えて強酸性だった。
乗り物内で吐いたとすれば、率直に言って足場に穴が開く。
かといって外に吐けば、真下にあった草木は枯れ、生物がいたならば皮はおろか肉、骨まで溶け、重傷を負う。
以前は海の上だから気軽に吐かせた。
しかしポッケ村からタンジアの港へと行くとなると、どうしても様々な陸地の上を通らなければならない。
が、安全を考えて回り道をし、海の上を通るぐらいだったら最短距離を走った方が早い。
その事を噛み砕いて伝えるアリシア。
「…そうか、生態系破壊阻止のために乗らせる訳にはいかないな。何も知らずに済まなかった」
「いいのいいの。まぁ私もそれで修理代払うの嫌だしね」
「ならば溶けない物質は何かないのか?」
「えーっと…むっちゃーん?」
「あぁ、はいはい。溶けない事が今のところ確認できたのは煉黒龍の甲殻と…あれだ。俺ら担当の二つ名の鱗なら溶けませんでした」
その言葉にネコートは顔を顰めた。
恐らく溶けない物で袋か何かを作ろうと考えたのだろうが、入手が容易な素材ではない。
「…ならばヤマツカミをどうすればいいのか…」
「タンジアで他に狩れそうなハンターとかいないんですか?アイツらなら…」
「タンジア近くの実力者たちは揃いも揃って連絡がつかん」
「…まぁそうでしょうね……」
あそこのハンターたちは一度休みが入ると、そのまま長く休む奴らばかり。
……丁度今の俺らのように。
獰猛なモンスターが多いあの地域でモンスターの沈静化なんて滅多にない。
久々の休みに、どこか遠出でもしているのだろう。それもタンジアの状況が入って来ない場所まで。
「休みを取るのは構わないのだが、場が無くなれば休みどころか仕事自体も無くなってしまうという事が分かっているんだか…」
「あははは…酔っ払いばかりなもので」
「まあいい。ならばこの件は別のハンターに…」
「あれ?俺そのクエスト行きますよ?」
「え?」
何故か首を傾げるネコート。
どこかで話がかみ合わなくなったらしい。
「いや、俺一人でなら行けますし」
「あぁ、成程」
その考えを失念していた。という風に相槌を打つ。
「しかし一人では危険すぎる。せめてもう一人…」
「んー…タンジアのアイツらはいないし…あ、じゃあコイツ連れてきます」
そこで指さしたのは、未だに寝ているグラッドだった。
■
今朝目が醒めたのは、良く分からない硬い何かの上だった。
訳が分からぬまま体を起こせば、綺麗な女性がこちらの顔を覗き込んでいる。
……ここまでなら良かった。まだ良かったかもしれない。
しかし次のその女性が放った言葉で、俺は絶望する。
「嶽陸さーん?お連れの方が目を覚ましましたよー」
……あの野郎、何かしやがったな…!?
寝起きの目を擦りつつ、そう断定した。
ならばここは―――――
認めたくない。ここがどこかの港っぽいだなんて思ってはいけないし、考えてもいけない。
…ついでに言うと少女の短いスカートの奥に水色と白の縞パンが見えていると思ってはいけないし、考えてもいけない。罪悪感半端ない。
寝よう。もう一度寝れば違う夢が見られる筈。
開き直りにも近い笑顔でもう一度目を閉じ―――――
キィイイ――――ッ!!
「ぐおぉあ!!?」
耳元で鳴った高周波によって無理矢理叩き起こされた。
耳元で音爆弾を破裂させたにも等しい音だ。無視など出来はしない。
「やぁおはようグラッド君!気分はどうだい!?」
「最悪の気分だよこの野郎ッ!!」
痛む耳を押さえつつ、頭の後ろで狩猟笛を構えた人間に怒鳴る。
「もー嶽陸さん、高周波をここで鳴らしちゃダメですよ」
少女の優しさに心が震え―――
「うげぇ―――」
「ほらーギルドマスターの年中悪酔いが悪化したー」
「やっべ、あー……。ドンマイ」
「大丈夫ですよー。嶽陸さんが譜面そろえてる時にこうなる事が読めてたので、あのテーブルの上には例のクエスト用紙しか置いてませんもの」
「何ッ!?おい待て待て、あのびちゃびちゃなのそれか…?」
「えぇ、勿論ですよぉ」
「うおおぉお!ギルドマスタァァァ―――!!それ以上はダメだぁぁぁ!!」
話を聞いて分かった。
この少女も結局はアレだ、いい性格をしてやがる。
「――――おいおっさん」
「今忙しいがなんだ馬鹿」
「おい脳筋」
「言い換えんじゃねえよ馬鹿野郎!」
「…ここどこだか教えて貰っていいか?」
「タンジアの港だ。ちなみに夢じゃないぞ!」
「畜生ッ…!唯一の希望をつぶしやがった!!」
何でここに連れてこられたのかはまだ理解していない。
が、ここはタンジアの港である事は確かなようだ。帰りたい。
「朝起きたらタンジアの港とか訳分かんねえし!?」
「お前昨日何聞いてたんだよ。ほら、さっさとヤマツカミ討伐に行くぞ」
「はぁ!?何も聞いてねえしヤマツカミって何だよ!!?」
「え、知らないのか?巨大でその姿は空に浮かぶ山のようだって言われてるアレだ。あとは―――――アレだな」
「知ってるしそうじゃねぇし考えて喋れよ!」
……朝から騒いで既に喉が痛い。畜生が。
今の話からすると、何故かヤマツカミを狩りに行くらしい。
「ていうかアリーシャさんはどうしたんだよ」
「……今頃どこかで探し食いしているんじゃないか?」
□
「トレジィ!これ、これ何!?美味しい!?」
「ほぉ…珍しい。極上ドングリじゃないか!炙ると美味いぞー」
「ガル!」
「肉焼きセットGで焼けますかね…?」
「どうなのトレジィ!?」
「落ち着け落ち着け。そうだなぁ…もう5、6個集めて来い。集めて来るまでにはこれを少し改造しておこう」
「流石!じゃあ行くよガル!!」
「分かりました。頑張りましょう」
■
……探し食い?
聞いたことのない単語だが、話を聞く限りここにはいないようだ。
「…で、ヤマツカミって何?」
「だから巨大でその姿は空に浮かぶ山の――――」
「それは知ってるって。俺が言ってんのはクエストの話」
「お前昨日の夜何聞いてたんだよ」
「昨日の夜?ネコートとあんたが話し始めた辺りから記憶が無いな」
……本当に何となくだが、ギルド、炭、闇、といった単語なら耳に入った気がする。
が、別に言うべきことでもないし、言わなくてもいいことだと思ったので黙っておく。
「あぁ、そういやお前寝てたな。じゃあ簡単に説明してやるよ」
「頼む」
「タンジアにヤマツカミが現れて、アリシアが時間的に無理そうだから代役としてお前を抱えてこっち来た。嘘は言ってない。OK?」
「――――オーケーオーケー。まずお前の頭をどうにかすべきだってことが良く分かった」
まずヤマツカミが現れた。これはまあ説明は必要ない。
俺も見るのは初めてだが、古龍の出現なんてそんなものだと諦めて理解している。
アリーシャさんが来れないっていうのも何か理由があっての事だろう。
が、そこからどうして俺を連れて来る結果になるのだ?
「いやだってネコート殿が代役にコイツなんてどうだ?みたいな目で俺を見たから…」
……心を読むんじゃない。
「いや、知りたかっただろ?」
だから心を読むんじゃない。
しかしそのおかげでだれが原因か分かった。
……あんのネコォトがぁぁ!!
ふつふつと怒りが湧き、三秒で0になる。
何故ならいくら怒っても意味が無い事を知っているから。
どう頑張ってもあの半目アイルーを泣き目に合わせられる気がしない。
「おい、半目アイルーとか……的確だなッ!」
「おっさんうるせえ」
そして心を読むな。何度目だ。
そしてうるせえって言われた…などとほざくおっさんに可愛さなんて感じない。むしろ引くわ。
「あ、そろそろ出発するから準備しとけー」
「…分かったよ」
何を言っても仕方ない。ここは大人しく従う他ないのだ。
とりあえず装備を整えようと―――――
「いや、まず装備とかどうすんの」
「……お前その装備で行くのか?」
「いや、流石に無理じゃねぇかな…?ってか何だこれ」
まず防具。リオソウルZ腕無し。膝無し。
腕無しは昨日の帰宅中に邪魔だからと外したから分かる。が、膝無しはおかしい。
しかし言葉通り、膝の部分が無いのだ。
脛当ては脛当てで固定されているために落ちる事は無いが、見事に膝だけが無い。
そして武器。
これに至ってはもはや“無い”。
「おっさん。連れてきても武器が無けりゃ意味もねぇって……」
「ふぅむ、疲れはダメだな…ちなみにお前を運んだのは俺ではなく、ここまで乗せてくれた気球の持ち主だぞ」
「…武器とか盗んだのか?」
「まさか。ただ俺が積み忘れただけ」
「……じゃあ俺の膝は?」
「荒鉤爪の時じゃないか?気付かなかったが」
こんな装備で狩れる訳が無い。むしろ狩られるわ。
「んーその装備でいける?」
「死ねる」
「大丈夫。いけるいける」
「攻撃方法が打撃しかねぇって頭おかしいだろ」
「テメェは全てのハンマー使いと狩猟笛使いに喧嘩を売った」
「そうじゃねぇ」
なんてふざけつつ、
「で?マジどうすんの?このままだとタンジアの観光しかできねぇよ?」
「タンジアと言えばビール!!美味しいですよ!!」
「おいおいキャシー嬢、宣伝もその辺にしておけ。エリナー!回収!回収ー!!」
営業スマイル前回の少女をハンマー持った女性に連れて行ってもらう。
……いや、バーカバーカって言われて落ち込むなよ。
「さてグラッド。脚と腕があればいいのか?」
「あーまぁ」
「じゃあ俺ので…」
「……仕方ねぇな。今回は我慢しよう」
「…えっ」
挙動不審になるおっさん。何だ気持ち悪い。
「それだけは無理、とか拒否られると思っててさ」
「んな贅沢言ってられるようなもんでもないだろ」
「……そう言うと思ってたよ。とか言ってお前に渡すはずだったのに…」
そうぶつぶつ言っておっさんが指さしたのは、無造作に置かれた防具一式と、一本の操虫棍だった。
「素材余ってたからよ、お前にあげようと思ってな。ここに着いた早朝に鍛冶屋に武器と防具の生産頼んでたんだ」
「マジか!?」
「あぁ、武器はまだしも、リオソウルZだと全身装備しててもここじゃ足りないしな」
「足りない…?」
「単純に防具としての性能が、だ」
いつになく渋い顔をするおっさん。
「よくいるんだよ。実力が伴ってきて、ここに来るハンター」
悲しみと、どこか寂しげな表情が頭に残る。
アリーシャさんの居ないところで出る素。
俺がまだ新米ハンターだった頃に何度か見たことのある表情だ。
「あの頃のお前には言わなかったけどな?ここのG級クエストに初見で行ったハンター、結構消えるんだ」
「…そりゃ初耳でもねぇな」
結構有名な話だ。
他の集会場で実力をつけたフリーハンターが一部の集会場で受けたクエストを境に行方を眩ましたり、重傷を負った話などよく聞く。
特に多いのが大老殿とタンジアの高HR指定G級クエスト、通称“高難度クエスト”。
それらはギルドでも頭を抱えるような案件が、クエストと言う形でゴロゴロ転がっているものの総称でもある。
…その上、超難関クエストと言うのもあるらしいが、噂だ。信憑性は薄い。
結局高難度だろうが超難関だろうが、どっちにしろそんなクエストは受けたくない。
「高難度クエスト、だろ?」
「さすが。そう、それなんだなー」
そう言って見せてきたのは、ずっと手に持っていて、やっと乾いた一枚のクエスト用紙。
――――緊急クエスト 高難度 生を喰らいて浮かぶ岳―――――
目的地 塔
成功条件 ヤマツカミの討伐、又は撃退
失敗条件 報酬金が0になる、又は死亡
特殊条件 ギルドマスターからの受注許可、又は同地位の者からの許可
制限時間 無制限
報酬金 53500z
契約金 5350z
主なモンスター 不明
「さて、その高難度クエストだ。喜べ」
「わ、わーい…」
とりあえず遺書を書くことは決定した。
まだ死にたくねぇ。
◇
……こいつなら大丈夫だと思いたいが…
クエスト用紙を見て顔を引き攣らせたグラッドを見つつ、そう思う。
―――アリシアに出会う前、新米だった頃から可愛がってたハンターの一人、グラッド。
力はあまり無い方だったが、技術面に優れていた事は今でも覚えている。
何よりもずば抜けていたのが、どんな不意打ちも躱し、危険が迫れば誰よりも早く察知する直感。
そんなお前に向いていると、与えたのは操虫棍だった。
今では棍を使いこなし、功績を積み重ね続けている。
子供が巣立っていく、というのは10も離れていないので何かおかしいが、本当にそんな気分だ。
だからこそ、
……このクエストで成長しろよ、グラッド。
「ほら、さっさと着替えろ。わざわざお前の為に作ってやったんだから」
「おーう。ありがとな」
――実を言えば、この装備一式は余りもので作られた物では無い。
いや、正確には余りものではあるのだが、決していらない物で作った訳ではないのだ。
防具に使った素材は蛇王龍のもの。
決して入手が容易な素材ではない。
以前、千剣山に出現した幼竜の素材であるが、性能は成龍と変わりないそうだ。
情報源は大長老。信用性は抜群である。
対して武器に使った素材は黒き幻獣のもの。
こちらは二重の意味で入手が容易では無かった。
まず一つ目、会えない。
遭遇率が低すぎるため、団長に頼み込んで未知の樹海に連れて行ってもらい、古龍の追跡も趣味としているフルニアを頼って樹海に籠ること二週間でやっと見つかった。
そして二つ目、強すぎ。
氷が地面から突き出すわ、周囲の気温が一気に低下して防具の関節部が凍り付いて動けないわで大混乱。
しかもフルニアですら話を何となく知っている程度だったので、対策も立てられない。
結果的には勝てたが、奥地に入り込みすぎて帰るのに更に2週間。
ギルドに屍を回収されないので、二人でひっそりと剥ぎ取りまくったのは秘密だ。
……あー…贈り物っていうのも照れくさいもんだな。
武器を忘れたのに気付いた辺りで、丁度いいかと考えたのだが、直前になって照れくさくなってしまった。
咄嗟に嘘を吐いたのはいいが、それはそれで少し悲しい気が……
「…見たこと無い武器と防具だなこれ」
「ん?あ、あぁ、まあ珍しいモンスターの素材で作られてるからな」
「――――なんか…ホントにいいのか?もしかして無理してんじゃ…」
勘の良い奴め。
さすが直感が鋭いだけあるという事か。
「んなこた気にしなくていいんだよ。後輩は大人しく先輩の言う事聞いとけ。ほら、早く着ろ」
「……装備の名前だけ聞いてもいいか?」
「防具がリベリオンX一式。頭防具だけは顔が出るようにしておいた。武器は碧紫の氷矛露だ。大切にしろよ?」
「あぁ。勿論だ」
「じゃあ、お前が着替え次第出発、っとっと、俺も笛変えてこなくちゃいけねぇか。先に飯食っといてくれ」
目元のゴルトリコーダーに気付いてそう言い残すと、一旦自宅に帰る。
自宅といっても船なので、帰るというより帰船と言うのが正しいのかもしれないが。
タンジアの港の端に留め置いてある家に乗船する。
三部屋しかないこの船を買った当初は狭く感じたものだが、今では手ごろに思う。
あの頃の三部屋の扱いはそれぞれの自室と風呂場なっていたが、今では共同寝室とリビング&キッチン、風呂場となっている。
自室に入ると床に転がしっぱなしの笛の数々を手に取り、どれがいいのか考えてみる。
―――――これらもそろそろ片付けねぇとアリシアが怒るな。
なんて思いながら。
「よっし、じゃあこれにするか!古龍だし多分効くだろ!!」
グラッドではないが、直感で手に取ったのは狼牙琴【異獄】。
ジンオウガ亜種の笛だ。
どこか孤独を感じさせる音色が特徴的。
「……よし。行ってきます!」
誰もいないのにそう言ってしまうのは癖だからだ。
響くだけで返ってこない言葉に寂しさを覚えながら、家を出る。
集会場に帰れば、
「うわ、グラッドさんってそんなこともしてたんですかぁ!?」
「ん、そんな意外か?」
「えぇ、そりゃもう!で、で、その後はどうなったんです!?」
「それはアレだ。横回転しながらこう…勢いに任せてな?」
「……何してんだお前ら」
「「あ、おかえり」」
意気投合して騒ぐ二人がそこに。
「何ってぇ、グラッドさんのポッケ村で起きた事を訊いてたんですよぉ…うぇっへっへっへっ」
「おい、キャシー嬢酔ってんな!?誰だ短時間でこんなになるまで酒飲ましたの!!?」
「おっさん、そこにいるギルドマスターが犯人だ」
「またアンタかぁぁぁッ!受付嬢に酒飲ます事何回目だゴラァ!!」
「…嶽陸よ」
「……あ?」
いつになく真面目な顔をしたギルドマスターに、思わず閉口する。
「いやぁ、酒って素晴らしいよな!!ひゃっひゃっひゃっ」
「一瞬でも素面になってから言え!あーエリナ!!」
「…そうですね。ギルドマスター、そこまでです」
クエストカウンターに座るギルドマスターの背後に白い影。
通称銅鑼ねぇちゃん。本名をエリナ。
ギルドマスターを(物理で)黙らせられる女である。
ゴッ―――
「――――よしグラッド。行こうか」
鈍い音に目を逸らしつつ、口を開いた。
■
俺は平然としているおっさんと受付嬢に恐怖した。
「いつもこんな感じなのか…?」
「アイツらがいないだけ静かだぞ」
「前言ってた…?」
「そうそう、俺とかアリシアと同期のタンジアハンターだな」
おっさんの同期。
タンジアの港第一線で活躍し続ける現役ハンター達の事だ。
……まぁ、全員見たこと無いけど…
おっさんの話によると、ギルドの呼び出しも聞かないし、タンジアまで来ない限りはほとんど見ることは無いらしい。
朝起きては酒を飲む。狩りに行っては酒を飲む。夜寝る前に酒を飲む―――
一級のハンターであると同時に、生粋の酒好きの集団。
その二面性にギルドも困り果てているとのこと。
「…そういえばその同期が見当たらないけどどこ行った?」
「俺らと同じだ。全員モンスターの沈静化に合わせてバカンス中」
「全員揃って考えることは同じか………」
「ま、ひっさびさの沈静化だったからな。今思えばヤマツカミ接近の前触れだったとも思えるが…」
誰だって無理をしてまで仕事はしたくない。
しかしタンジアのクエストボードはいつだって満杯だ。
実力を信用されるという事は、裏返しに、縛る事ともなり得る。
……大変なんだろうなぁ。
「でもおっさんは戻ったんだな」
「…多分アイツらはまだこのことに気付いてないだけだ。気付けば飛んででも戻って来る」
「休みたいんじゃないのか?」
「世話になったからには必ず返すものがあるだろ?みんなギルドマスターには世話になってんだ」
……誰だこのイケメン。こんなおっさん知らねぇ。
「あ、そうだ!」
「なんだ酔っ払い
返すものとは一体何だったのか。
起き上がったギルドマスターは笑顔で向き合うおっさんに意識を向けた。
しかし脳への衝撃によってまだ意識が朦朧としているらしい。焦点が合っていない。
「ワシそんな名前じゃったか…?」
どうやら記憶も朦朧としているらしい。
本当に返すものとは何だったのか。
「えぇ、そうですよ。銅鑼ねぇちゃんの私も言うのですから間違いございません」
「酔っ払い耄碌!受付嬢の私も保証します!!」
「そうだったな!ハッハッハッ」
これ以上ない見事な連帯感。
もはやギルドマスターとは何なのか?
そんな疑念を抱きつつ、酷いいじめを見た。
―――突如ギルドマスターが頭を押さえる。
「ぅ…」
「「ぅ…?」」
「痛たた…ワシは一体何を……」
「ギルドマスター!意識が戻ったんですね!?」
「何だって!?大丈夫かギルドマスター!!」
……もうこいつらギルドマスターに恨みか何か抱いてるだろ。
余りにも話が進まないので無理矢理進めるしかないようだ。
割り込むように会話に切り込む。
「ギルドマスター、先程こちらに呼びかけていたような…?」
おっさんとキャシーがもうちょっと遊ばせろよ…!みたいな目で見て来るが無視しておこう。
「んー?呼びかけたかのう?」
「もうr…じゃなくてギルドマスター!意識が朦朧としていたので口が開いてしまっただけかもしれません!」
「そうかの…?」
「「そうですよッ!」」
……仲良いなあんたら。
しかしギルドマスターは何かを思い出してしまったらしい。
「あぁ!そうじゃった!!そうじゃった!!思い出したぞ!!実はn」
「エリナッ」
ゴッ
本日二度目の鈍い音が鳴った。
「―――――危なかったな…」
「えぇ、すごく危なかったわ…」
危ない?――――既に事後である。
しかし完全に気を失ってしまったらしいギルドマスターは、とても話せそうにない。
「おい、何か言おうとしてたぞ」
「いやダメだ。思い出してしまった時点でもう一度リセットが必要だ」
「誰か言語の修正が出来る医者をここに連れて来てくれ」
「医者はアル重の対応に追われ逃げていきました」
「ガッデム!」
「っと?」
ふとおっさんが顔を外に向けた。
「船…?」
「あ?」
同じ方向を向けば、一つの舟が港に着いていた。
唯一乗っている人は、静かにこちらに顔を向けてい――――
「…誰だあの不審者」
「…誰ですかねあの不審者」
その人の装備が何よりも特徴的だった。
ドーベル脚と首まで隠れる大きさの麻袋を被っただけ。言ってしまえば下着丸出しにつけ加えて覆面(麻袋)とかなりインパクトの強い見た目だ。
受付嬢のキャシーもその人物を見知らぬらしい。
ということはおっさんの知り合いか――――――
「…いや、マジで誰だあの不審人物」
「いやいや、アンタがその反応はおかしいだろ!!」
……おっさんも知らないとかマジで誰なんだあれ?
と、不審人物に動きがあった。
「えー…すんませーん、ネコートさんからの依頼なんですが身に覚えのある方いらっしゃいますー?」
僅かに篭った声が響く。
……え、ネコート?
「おいおっさん?」
「えと…あー…?」
困惑の表情を浮かべるおっさん。
身に覚えは一切無いらしい。
ということは、
「ネコートが勝手に手配したか」
「…らしいな。でも移動手段を確保できたのは良かった。このままだったら泳g……いや、さっさと行くか」
「―――――――そうだな」
不穏な動詞への突っ込みに耐えたのは自分でも褒めてやりたい。
これ以上話を引き延ばしても良くは無い。
おっさんが声を張り上げる。
「あー、多分俺らだ!ネコート殿からなんて言われた!?」
「最上殿とそのくっつき虫を連れて指定位置まで送れ、とのことですー!」
「誰がくっつき虫だゴラァ!!」
◇
「で、不審人物くんは何で麻袋被ってんの?」
海上をゆっくりと進む船の上、気になったことを率直に訊いてみた。
グラッドは寝ている。訊くなら今しかない。
「あーこれですか?これはアレです。ちょっと見せられるもんじゃないので」
「超絶イケメン的な?」
「そうだったらよかったんですけどねー。簡単に言ってしまえば傷です。首から少し長い傷が走っていて…」
そう言って麻袋の端を指に引っ掛けてほんの少し上げる。
そこから僅かに見えたのは首の右寄りから上へと走っていく“赤い線”だった。
幅は12センチ程度、まるでそこだけが抜き取られたかのように僅かな段差をもって凹凸の無い綺麗な一本の線が引かれているのだ。
不審人物が麻袋から指を外す。
「まぁ、こんな傷なので見られていると自分が気にしちゃうんですよ」
「…なんか悪かったな」
「いえいえ、ハンターの皆さんみたいに傷程度、と堂々と出来る精神力が欲しいものです」
……おいおい、その傷はハンターどころか、竜人族ですら致命傷の筈なんだがな。
外面は笑って済ませているが、内心は不信感と、得体の知れない何かに対する恐怖で埋め尽くされている。
今の傷は深さ、広さ共に尋常じゃないものだった。
一体どうして生きていられるのか―――――
「そう言えば今日は風が全く無いですねー」
「―――え?あ、あぁ、そうだな」
言われて気づく。そう言えば全くと言っていいほど風が無いのだ。
それが妙に気持ち悪い。
「…指定された場所にそろそろ着きます。グラッドさんを起こしてください」
「……もしかしてあの島か?」
「正解です。では、頑張ってください」
とりあえずグラッドを起こし、船から降りる。
上陸した島の第一印象は、静寂。
木々が生い茂って、見れる範囲だけでも広大な森と判断できるにも関わらず、生き物の気配が極端に少ない。
まるでどのモンスターも自分の気配を殺しているようだ。
タンジア近海にこんな島があったのかと、そう思う。
しかしここ一帯は方向的に厄海に近い。
近づいたことは少ない為、気付かなかったのは仕方がないのかもしれない。
「……変なとこだな。ここ」
「まったくもって同感だ。っと…?」
振り向いた時には、もう船は無い。
不審に思うが、気にするほどでもないだろう。
「で?どこ向かうんだ?」
「そりゃあお前、決まってんだろ?」
グラッドの質問に、迷いなく森から突き出すように生えた一本の塔を指さす。
「あそこだよ」
塔を挟んで逆側にソレがいるのか、時々塔の側面から飛び出て見える緑の触手に、顔が引き攣るのを抑えきれない。
緊急クエスト 【高難度 生を喰らいて浮かぶ岳】
――――クエストを開始します。
◇
「で、やっと着いたわけだが…」
意外に遠かった道のりに一息吐いて、塔を見上げる。
「高くね?」
「高いな」
正直疲れてなくても歩きたくない。そんな高さだ。
とりあえず内部に侵入しようとしてみれば、入口と思われる場所は瓦礫で塞がれていた。
力でどうにかしようと試みるが、押しても引いても持ち上げようとしてみても、動く気配すらない。
「おっさーん、いけそうかー?」
「ぐ、ぬぬぬ…はぁあ…無理、無理だこれ。お前もやるか?」
「非力だから無理。アリーシャさんならいけたんじゃね?」
「…いや、多分崩落が悪化するな。この感じだと」
瓦礫を強くノックしてみる。
コッコッ
硬く、響かない音。
奥が空洞ではないか、瓦礫が非常に厚いということだ。
ここからの侵入は無理と考える他ない。
「他にどっかから入れねぇ?」
「じゃあ探してみるわ」
そう言ってグラッドは“壁に立った”。
その行動に僅かばかりの驚きを得る。
「あれ?お前壁立ちできたっけ?」
「いや、補助無しじゃなきゃ若干無理。ほら」
そう言って自らの背に張り付いた虫を見せる。
「あー俺猟虫の事良く分かんねぇからボックスにあった餌あげまくったんだけど良かった?」
「…いや、むしろ妙に馴染んでて逆に怖い」
「え?マジで?」
「餌配合適当だから訊いても無駄だと思うが…どんな餌あげたんだ?」
「売っても金になんねぇからってボックスに余ってたもんぶち込んだだけ」
「だろうと思った。さて、じゃあ探してくるわー」
そう言って壁を走り登っていくグラッドを見送りつつ、こう思う。
……アイツまでもが順調に人間辞めつつあるな。うん。
後輩、その中でも教え子だった奴らは皆、どこかおかしい。
そのうち、グラッド“までもが”立てなくとも、補助無しで直角の壁ぐらいなら駆け上がれるようになるだろう。
ハンターを始めたばかりの頃、妙な知識を教えたのが悪かったのか。
――――――精神がまだまともである最上嶽陸は、これ以上異常者が増えることをへの責任を懸念した後に胃が痛くなり始めたので、考えることをやめた。
■
……割れ目は無い、かな?
塔の各所を螺旋状に駆け上がりつつ、側面を確認していく。
しかし内部に侵入できそうなほどの切れ目は無い。
各所に細かな罅はあるのだが…
塔の半分まで登ったあたりで、おっさんに呼びかける。
「おっさーん!入れそうなとこ作っていいかァ!?」
「仕方ねぇ!一旦入れ!!」
「おう!!」
まずは操虫棍の柄で塔の各所を叩いていく。
「ここ…が一番響くか」
音の響き方で、最も響く位置を見つけた。
穴を空けるため、壁に貼り付けて特殊小タル爆弾を仕掛ける。
調合はギルド非公認の違法式。
小タル爆弾の火薬に光る粘菌を組み合わせたものだ。
爆風を指向性にすることが可能で、粘着式という使い勝手の良い爆弾である。
が、そんな爆弾が違法になったのはそれなりに理由があった。
起爆性が洒落にならないのだ。
途中作業の火薬を光る粘菌に浸ける作業の際、火薬に反応した粘菌の一部が揮発し、火が無くとも一定の温度を超えると空気中で火が点き、爆発する。
その温度は5℃以上。
つまり揮発した粘菌は、平温でも爆発してしまう。
体温、何かの摩擦熱、呼吸―――――
非公式として禁止されるのも当たり前だ。
―――ちなみに粘菌を含んだ火薬の方は揮発したものと異なり、プニプニとした感触が気持ちいいスライム状となって火が点かない限り爆発することはなくなる。
「着火…っと」
シュ―――――ドッ
小さな鈍い音を立てて特殊小タル爆弾が爆発した。
爆発指向はタルの下側。こちらには爆風すら来ない。
ここで不思議なのは、タルが指定方向を除いて全く壊れない事。
どうして壊れないのかいつ見ても不思議だ。
「…よし、貫通!」
くっついたタルを下に落とすと、塔の側面に焦げ跡と小さな穴があった。
後はこの穴に普通の小タル爆弾を仕掛けるだけだ。
―――着火。
シュ―――――
「おっさん!ここまで来れるか!?」
「…あー手登りになるな!ちょっと遅れる!!」
「りょーかい!先に行ってるわ!!」
ドッ!!
猟虫でおっさんが飛べればいいのだが、重量的に無理がある。
パラパラと降り注ぐ破片を回避しつつ、中に乗り込もうと――――
ビシッ!
拡がった穴を中心に、大きな亀裂が走る。
この広がり方は―――――
「あ、やべっ、おっさーん!!マジ逃げろ!!」
「だー!手荒にやりやがってこの野郎!!」
ズ…ズズ……
かなり大きく側面が剥がれ落ち、落下していく。
……やっちったー…ま、おっさんなら無事だろ。
信用はしている。後で来ると言ったならば必ず来る筈だ。
「…ごっめ!!」
そう言い残すと、大きく風穴の空いた塔に侵入を開始した。
■
……うォォォッ!あぶッ!あっぶねッ!!
落下してくる瓦礫を回避するために全力で塔から離れる。
ずぅ、ん―――――
背後で大きな音と共に、砂埃が舞い上がった。
「はぁ…はぁ…気を付けてくれよ頼むから…」
振り返ってみれば、大量の瓦礫が積み重なっている。
そのまま流れるように視線を上げれば、大きく穴の開いた塔。
……登り方も工夫しなくちゃあいけねぇな。こりゃ。
先程の衝撃で所々の側面が割れやすくなっている。
気を付けて登らなければ、頭から落ちてしまうだろう。
瓦礫の崩落が収まった辺りで、塔の根元へと戻る。
「どっから行こうか…」
手を伸ばし、側面の割れ目に手を掛けてぶら下がってみる。
……いける、か。
予想以上の安定感。
これを経てた技術者は相当な腕の持ち主だろう。
安定してるなら、とそのままどんどん登っていく。
「ぬぅ…おっも…!」
引っ提げた狩猟笛の重みに身体を支える腕が悲鳴を上げるが、こんなところで休む訳にもいかない。
目測なので曖昧だが、地上から既に15メートルは超えているだろう。
穴までの残り15メートル程度は一気に登ってしまった方が楽な気がする。
「……ぃよっと」
足を掛け、指を掛け、ひたすらに登り続ける。
―――――そうして穴まで残り5メートル程になった時、
「ハーロー、もがみん」
「うぉわ!?」
突然横から声を掛けられた。
驚いて一瞬体が硬直し、一回深呼吸。何も言わず、声の方向も振り向かず、急いで5メートルを這いあがると大きくため息を吐いた。
「頼むから驚かすなよ…死ぬから」
声の主は知っていた。
タンジアのクエストをこなして尚生き残る“ニャンター”だ。
俺が登り切ってから3秒後、トワイライトが姿を現した。
彼女と狩りに同行するのは初めてなので、飲み場で着ているインナーとは違う気味の悪い装備に少し驚きを得る。
どこか禍々しさを感じさせる蒼黒さを基調とした色合いに、女性の顔と棺桶を組み合わせたような見た目。
いつもの可愛らしさとは正反対の印象だ。
「んふふ…もがみんが死ぬところって逆に見たいニャー」
「簡単に死ぬぞ?俺は」
「その冗談に笑った」
「笑うな。てかなんでお前がここにいんだよ」
「なんでだと思う?」
「えーっと…久々に故郷帰りしたら友人がみんな結婚してて耐えられなくなった?」
「なんでそんな考えが浮かぶ…それは去年だニャ」
……去年そうだったのかよ。
溜め息を吐くトワイライト。装備の見た目に反してそのしぐさは可愛い。
が、決して忘れてはならない。
このトワイライトもあの酔っ払いの中の一員という事を…
「まぁその話は置いといていいニャ」
「いいのか」
「いいのよ、別に。超簡単に言うと助けに来たよ」
「…酒は断ったか?」
「それはボクのアイデンティティを無くすことになっちゃうニャー…」
「酔っ払いネコめ」
「ありがと」
「……お、おう」
さて、助けに来たらしい。
タンジアの一員が来てくれるのはとても心強い。確かに心強い。
が、どいつもこいつもタンジアの狩人は揃いも揃って癖のある奴らばかりだ。
……トワイライトの癖はどんなだったか…
正直、一緒に飲むことはあったが、共に狩りに行った事は無いので知らない。
「ていうかギルマスに遅れて行くって言っといたんだけど…」
「―――――聞いてないぞ」
「あんの酔っ払い!」
……あの時言おうとしてのはそれか…
実を言えば心当たりありまくりである。
「で、ヤマツカミでしょ?僕初めてなんだよねー。見るの」
「俺もだよ」
「……てかあれ?あーちゃんは?」
「アリシアなら食べ歩き中だ」
「納得納得、そんな感じね。はいはい。じゃあ行こうかー」
「おい待てって」
「はーやーくー!!」
心強い(?)助っ人に、少し安心感が増した。
元気よく走り出したトワイライトを追いかけ、螺旋状の階段を駆ける。
とりあえず上を見上げると、その光景に絶望の一言が自然と漏れた。
「なっげ…」
「頑張っていくニャー。んぐ…んぐ…」
……あいつ…酒を飲みながら走ってやがる…!?
顔を覆う防具でも口元は穴が開いているらしい。
ビンに入った酒を何本もポーチから取り出し、飲んではしまっていくのを見て、軽く引く。
一番怖いのは、30本を数えるぐらいになってもまだまだ出てくることだ。
と、トワイライトがこちらの視線に気が付いた。
「んぁ、もがみんも飲む?」
「何系?」
「果物酒」
「…具体的に」
「熱帯イチゴ酒。甘いよ」
「遠慮しとく」
梅なら好きなので頂いたが…甘味が強いイチゴは遠慮して置こう。
…ちなみにタンジアのハンター達は皆それぞれ酒の好みが違う。
例を挙げてみれば、アリシアはワインが最も好きだ。が、俺は芋や米を使った清酒が一番好きである。
トワイライトは果実酒を好んで飲むし、酔っ払いの中には安い酒をずっと飲むのが好きな奴もいる。
好みが違う人と一緒に飲んでみると、何だかんだで面白いことが知れるのだ。
今まで知らなかった肴、食い合わせなど、更に深みに入れる。
が、それぞれが苦手な酒も当然ある。
アリシアはビールが苦手だし、俺は甘みの強い果実酒が好きではない。
「ん、そう。じゃあ清酒は?」
「それは貰うわ」
「だと思ったニャー。ほい!」
「あんがとよ!」
放り投げられたビンをキャッチ、キャップを開けて一気に煽る。
清酒特有の辛みに似た味が喉に広がって―――――
「…安酒だろ。これ」
「バレた?美味しくない外れ酒だったのよそれ」
「押し付けやがって…まぁ飲むけどよ」
喉に来る辛みが強い。
これではアルコールの混じったただの水といっても過言ではない気もするのだが…
まぁ、清酒は嫌いではないから気にしない。
「なんかいる?」
「塩味か脂っこいの」
「んー…どっちがいい?」
目の前で掲げられたのは、サシミウオの塩漬けと燻製モスジャーキー。
どちらも酒が進みそうな一品だ。
選ぶのは、
「サシミウオの塩漬け」
「あいよ」
魚派である俺に死角は無かった。
……うぁー…うめぇ。
塩っ辛いぐらいが丁度いい。
噛むごとに感じられる小骨の感触が楽しく思えた。
「あい、もう一本」
「ありがてぇ」
再度投げられたビンをキャッチし、キャップを開けると今度は軽く口に含む。
「―――今度のは…」
「さっきとは違う酒ニャ。そっちは当たりの方」
喉に来る辛みが淡く、まろやかのものに変わった。
この味はサシミウオが一層進む。
「さて、グラッドはどうなってるんだか」
「誰よそれ?」
「ん?教え子だ」
そういえばトワイライトはグラッドと初対面である。
このニャンターに出会ったアイツはどんな反応をするのか楽しみだ。
「ってかマジ長ぇ」
結構上ったはずなのにまだまだ続く螺旋階段に溜め息が漏れ出る。
……先に上行ったグラッドは無事かね…?
まだ激震や、轟音などの戦闘の副産物は発生していない。
合流できればいいのだが…
◇
最上の願いは露知らず、壁を駆けのぼる男が一人、虫の羽音に耳を傾けていた。
「…ここまでだな。休んでくれ」
猟虫の羽音の乱れが大きくなっている。
時々休憩は入れていたのだが、もうそろそろ限界らしい。
近くの階段に降りると、ポーチから餌を取り出して猟虫にあげ、一息つく。
……もうすぐか。
屋上とおぼしき扉跡は目前。
ここでグラッドはどうしようか迷っていた。
先に行くべきか、待つべきか―――――
猟虫の疲労はあと5分程度、しっかり休ませれば元気になる。
どうしたものか…
……行ってみるか。
最優先されたのは好奇心だった。
螺旋階段を自らの足で登っていく。
いつもと違う防具だからなのか、妙に足音や、鎧同士の擦り合う音が耳に入って来て、少し身が引き締まる。
ただの扉型の穴となった外への出入り口をくぐり、塔を出た。
そこは開けた、元々は部屋だったであろう、朽ちた足場だった。
元々あった屋根は崩れてしまったのか、日光が降り注ぎ、思わず目を細める。
不思議な事だが、雨風に晒され、長い時間を経たであろう石レンガに懐かしみを覚えた。
……この先に…
塔にはまだ上があるらしい。
足場の奥、そこにもう一度塔に入れる扉型の穴が見える。
今度こそ屋上へと繋がるものだろう。
「…いよっし!行くかぁ!!」
不安を吹き飛ばすように声を張り上げた。
穴を抜け、内側面に張り付くような横幅の狭い螺旋階段を進む。
階段より内側にはヤマツカミ以外に何があるのか、石レンガでもない、得体の知れないもので壁が作られていた。
気になって軽くノックしてみるが――――
ト、ト…
音が薄い。というより全く反響しない。
厚さの予測も出来ないし、材質も不明。
ただの壁にこれほど気味悪がったのは初めてかもしれない。
そのまま歩き、丁度塔の周を一周したぐらいの頃、壁と同じ、謎の材質で出来たアーチが一つ。
そこをくぐると、異質な空間がそこにあった。
どう表現するべきか―――
あえて言い表すならば、壁や足場、屋根が大きく“欠落”している。
屋根は当然のように無く、壁は各所に大きく穴が開いるし、足場は部屋の中心が大きく抜け、壁に接する端の方しか残っていない。
ピ、ギィィイ――――!!
そして何より目を引くのは、部屋の中心の大穴によって身体の下半分が床に埋まったように見えるヤマツカミ。
始めて見たが、古龍独特の威圧感によって一発で分かった。
「ッ!?―――ぶな!」
ズゥン…
いきなり振り下ろされた太い触手を全力で躱す。
決して速くは無いが、食らったらただでは済まなさそうだ。
……こりゃ貰った装備じゃなかったらやばかったな。
高難度クエスト半端ねぇ。
たどり着いた結論はこれだ。
とりあえず氷矛露を構える。
「――――オッラァ!!」
一呼吸で意識切り替え、右腕一本で突きを繰り出した。
そのまま左上へと力を逸らし、勢いに流れた棍を右手首を左手で掴むことによって無理矢理右下への斬撃に変える。
右側面まで振り切ると棍を手首の回転によって逆手に構え直し。
叩き下ろされる太い触手をサイドステップで回避、それによって傾いた体の捻じれを生かし、氷矛露を全力で振り上げる。
ア゛ァゥ―――!!
「ッ!!?」
ヤマツカミが突如口を開けた。
瞬間的に攻撃の手を止め、横に2、3回転がって緊急回避。
転がりながら素早く武器をしまってすぐに走れるようにする。
「…?」
が、特に何が起こるわけでもない。
威嚇行動だったのだろうか?
ならばと側面を攻撃しようとして―――
「うぉ!?」
視界の本当に端。そこに謎の光が見え、思わず横に転がる。
その転がった数瞬で、光の正体を確認した。
……大雷光虫?
雷光虫の変異体の集合体、大雷光虫。
先程まではいなかった筈だが…どこから出現したのだろう?
立ち上がると、虫は面倒になりかねないので、早めに散らしておく。
何回か武器を振るえば散る筈だ。
……ここで麻痺ると洒落になれん。
無防備状態でヤマツカミの攻撃を食らう事は絶対に避けなければなれない。
力尽きる事は無いだろうが、確実に一時撤退を余儀なくされる。
と、一回武器を振るったあたりで大雷光虫の挙動がおかしくなった。
まるで苦しんでるような感じだ。
……?
ふと嫌な予感がした。
攻撃の手を止め、クロスガード。そのままバックステップを――――
ボッ
「―――!?」
予想外の出来事に、思わず身を固めた。
大雷光虫が爆発したのだ。
……んだこりゃ!?
爆風による被害はなんとか最小限にとどめる。
が、驚きによって動きを止めたことが失敗だった。
「ッ―――!!?」
横腹に激痛、あまりの衝撃に横隔膜が痙攣。
吹き飛ばされた先で蹲る。
「ケ、カ――――」
呼吸が出来ない。
触手を受けた場所が悪かった。
空気を絞り出された肺が戻ってくれない。
……これはマズ―――
モドリ玉をポーチから取り出し、体勢的に叩き付けるのは不可能なので、地に置いた後、拳で割る。
「――――ゲフ、ゲッフ!!…あーゲフ、やっべ。これ一人じゃあ無理だわ」
一息つけたのは、階段を上がる前の朽ちた足場だった。
寝転がった楽な体制のまま、呼吸を落ち着ける。
この装備でこのダメージは予想外すぎた。
不意打ちに近いというのもあったが、一撃が重たすぎる。
おっさんが来るまで大の字で休憩確定。
「あなたがグラたん?」
「ハァ…ハァ…え?」
突如頭の上から声を掛けられ、思わず聞き返す。
この時の俺の頭には、どうしてここに人がいるのかなどと言う疑問は無かった。
首を動かすのも億劫な為、相手の姿は見ない。
「へー、良い装備ね。氷矛露かぁ…初めて見るなぁ」
「あー…装備はおっさんからの貰いもんだ。っていうかグラタンってなんだ。食いもんじゃないぞ。俺は」
「甘いの嫌いなくせにもがみん激甘…ちなみにグラタンはボクも好き」
「聞いてねぇ!」
「まぁそのおっさんならあと少しで来るだろうから待ってるといいニャ」
「ニャ…?っておい、待てよ!」
ここから立ち去る足音が聞こえ、呼び掛けるが、返答は無い。
……何だったんだ?
そしてここで至極当然の疑問が浮かぶ。
……っていうか何でおっさんと俺以外がこの塔にいる?
おっさんの事も知っているようだし…何者だろうか?
だが確かめに動くのもキツイ。
おっさんを待つのが最善だろう。
――――ゥ―――ッ!!
かなり大きい音が遠くから聞こえてきた。
先程、何回か聞いた音、ヤマツカミの鳴き声だ。
まさか先程の人は一人でヤマツカミの元へ向かったのだろうか…?
……はは、そんな馬鹿な…
しかし鳴き声と同時に何度か足場が振動する。
……え?マジで言ってる…?
◇
「やっとついた…」
階段を上り切り、最期の酒入りビンを煽る。
トワイライトは遅いからと走っていき、残された俺は一人階段を上り続けた。
途中階段が崩れたり、酒ビンを落として一つ無駄にするというトラブルが起きたこともあったが、やっとここまでついた。
さて、一旦休むk―――――
「おい、おっさん!!」
……どうも休めそうにない。そして膝痛い。
大の字に寝転がったグラッドの方に寄る。
見た感じだとヤマツカミと軽くやり合ったらしい。
腕には何かの煤、左胸の近くは何かが激しく擦れた跡が残っている。
「なんだお前、特攻したのか。男前だなおい」
「うっせえ。それよりヤマツカミの方に―――」
――――ギィイイ――――
ズズ…ゴゴゴゴ……
「おいおい、何だ何だ?」
「ヤマツカミだ。いま誰かと戦闘してる」
十中八九トワイライトだろう。
まさかソロで先走るとは…
……死なないとは思うが、どうだろうな。
「そいつ、あんたの知り合い?」
「ん?説明とかされなかったのか?」
「グラタンが好きだって言ってたぞ」
「聞いてねえ」
「俺のセリフだよ!」
どうやら説明すらしてないようだ。
「動けっか?」
「たっぷり休んだ。動けるに決まってんだろ」
「じゃー行くぞ」
手を差し伸べ、グラッドを立たせる。
もう一度塔に入ることの出来る扉型の穴を抜け、階段を進む。
……何だこの壁…
そこで、階段の内側にある壁に少し興味を惹かれた。
変わった材質だ。まるで何かのモンスターの素材を溶解して練り固めたかのような―――
「…おっさんも気になるか?それ」
「え?あ、あぁ。近しい物をどっかで見た気もするがな」
どこだかの遺跡の柱がそれに近い材質だった気がする。
ズゥン、ズゥン…ゴゴゴゴ…
振動が大きくなってきた。
トワイライトもかなり善戦中らしい。
「そういやアンタの知り合いについてなんも聞いてないんだが」
「実際に見てみりゃ分かるよ」
「…なんか隠してね?」
隠してますよ。反応が楽しみなので。
なんて言う訳も無く、無言のまま足を進める。
「おい、だんまりか」
「…アーチ?」
「あ、その先はヤマツカミとの戦闘場だ。っていうか話を逸らすな」
……行ってみるか。
グラッドが何か騒いでいるが、気にせずにアーチを通り抜ける。
そこは何かの広場だったらしい。
ほとんどが崩壊、崩落してしまっているが、床の残り具合から、塔の内側一面の床だったことが窺える。
今はヤマツカミの後ろ側に出たらしい。
触手を向こう側にブンブン振っているのが良く見える。
初めてヤマツカミを見たが、後ろ側だったせいなのか、心に浮かんだ事は結構大きいんだな…という程度だった。
「ふんニャァ!」
「っと、トワイライトォ!無事かぁ!?」
「早く加勢して欲しいかニャー!!」
……よし、余裕そうだな。
まだまだ旋律を揃えてる時間がありそうである。
グラッドに指で散開を指示。
位置としてはトワイライトがヤマツカミ正面、グラッドが右後ろ、俺が左後ろとなる。
……まずは始めに、と。
狼牙琴を左から右に振り、勢いをそのままに地へと叩き付ける。
ヤマツカミの肉質の柔らかさに驚きつつ、笛柄を蹴り上げて演奏。
奏で終わると振り上げ、後ろに下がると同じ音でもう一度演奏。
……移動速度強化と弾かれないっと。
弾かれないのは無駄な気もするが、保険としてしておく。
――――さて、始めますか。
右から左に振り上げるのは先程と同じ。
そこから頭上まで振り上げ、肩という
ピギィイイイ―――
どうやら他に敵が来たことを理解したらしい。
浮かんだ体を回転させ、グラッドの方を向いた。
それによって触手からの猛攻が止んだトワイライトがこちらに寄って来る。
「もがみん、遅い」
「膝が痛いんだよ」
「年か…」
「や、止めろ…(震え声)」
まだまだ現役だ。…現役だ、よ?
ズゥン…ズゥン…
グラッドの方で荒ぶる触手を見つつ、トワイライトから情報を貰う。
「主な攻撃法は触手の叩き付け。爆発する大雷光虫がたまに口から出て来るよ」
雷光虫をも攻撃法として使うらしい。
気になったので詳しく聞いてみる。
「―――まるでジンオウガだな」
「使い方は根本的に違うけどね」
道具として使うか、使役するかの違いは大きい。
利用するだけと共生は全く違うのだから。
「あ、こっち向くかも」
「……結構キモい見た目してんのな」
グラッドへの猛攻を終えたのか、ヤマツカミが浮いた体を半回転。こちらに正面を向ける。
顔を初めて拝んだが、どことなくタコやイカを膨らました感じだと薄っすら思う。
ビタンッ
他の触手と比べると短く細い、顔横の触手が足場に叩き付けられた。
何とか躱すことは可能だったが、回避後、床の揺れに脚が
……と、と。
「あばば…」
身長的に見えないが、トワイライトも同じ方向に回避したらしい。真下から声が聞こえてきた。
……あれ?動いてねぇ。
ヤマツカミが短い触手を叩き付けた体制のまま、動きを止めている。
ならば今が攻撃のチャンス。
笛を下から振り上げ、関節に無理の生じないように動き、そのまま後ろへのステップで体を一回転。
離れた一歩分を踏み込み、更に右回りで一回転。
空気は十分溜まった。
演奏を始め――――
ヤマツカミが短い触手を上げ、大きく口を開く。
ガチンガチンと歯を打ち合わせ始めた。
大雷光虫を出すのか、と思いきやそうではなさそうだ。
「…なんかヤバくね?」
「ボクもそう思うよ?」
武器をしまい、予感に任せて全力で口の前から離れる。
ピギ、ギィイイイ――――
バキ、バキベキ…
ヤマツカミの強力な吸い込みによって、脆くなっていた壁が剥離し始めた。
「なんだありゃ…!?」
「ただ吸い込んでいるだけ、かな?吸引力ヤバいけど」
「んなレベルじゃねぇぞアレ!!」
あんなのに吸われたら確実にただでは済まないだろう。
吸い込みからの歯の噛み砕きがとにかくヤバい。
一発で満身創痍になりかねん。
―――ヤマツカミが動き始めた。
どうしてもこちらを吸い込みたいらしい。
「走れぇぇぇ!!」
「言われなくともそうするニャァァァ!!」
端しか残らない床を全力で走る。
動き的には円を描く感じになるだろうか。
―――半周回った辺りでグラッドが逃げ回るのに加わった。
「何してんだお前!?」
「砥石使ってたんだよ!!」
「今はそんな事言ってる場合じゃないニャー!逃げることに集中!!」
「その声…ってアイルー!?」
「紹介しよう!トワイライトだ!!」
「今じゃなくていいだろそれ!!?」
「話してると舌噛むにょッ!?」
「「噛んだのはお前だぁ!!」」
騒ぎつつ、全力で走る。
そうして一周した位だろうか。
ようやく吸い込みが終わった。
「ハァ…ハァ…おわ…った、か?」
「だいぶ酷いことになったな。こりゃ」
辺りを見回して、燦々たる光景に顔が引き攣る。
塔の壁は殆どが剥離し、原型を残していない。
更に少なかった床はいくつかが吸われてしまい、綺麗な円が、点線に近くなっている。
次に吸い込みが来たときは、ジャンプしながら進まなければいけ無さそうだ。
トワイライトが割れた足場から下を覗き込む。
「あ、これここの階の下にも床あるのね」
「いや、そうじゃないと構造的に説明できないだろ」
「いやもがみん、もしも落ちたとき床なかったら死んじゃうじゃん。確認確認」
「…アイルーって高い所から落ちても大丈夫じゃなかったっけ?」
「酔ってるから足元不安定」
「飲み過ぎだ馬鹿…」
そんな会話を呆然として眺めるグラッド。
どうやら脳が疲れてしまったらしい。
「……おっさんのオトモ?」
「グラたん、ボクはオトモじゃない。れっきとしたハンターだ。っと、触手来てる」
「あっぶね」
右横から迫ってきた触手をトワイライト以外が屈んで躱す。
ちなみに俺は大和・極の頭装備が引っ掛かるといけないので、顔を下に向けて回避とする。
立ち上がると同時、今度は左から下段へと攻撃が来た。
跳躍力に劣るトワイライトの装備のとっかかりを右手で引っ掛け、そのまま全力で飛ぶ。
「お…ッラァ!!」
後ろからグラッドの声が聞こえた。
パキパキ…
何かが凍る音から察するに、氷矛露で攻撃したのだろう。
操虫棍使いにとっての下段攻撃は、相手がわざわざ隙を作ってくれるようなもの。
そこら辺を見極めるのは流石と言える。
「もがみん、揺れて胃袋が…うぷ…」
「お前その装備で吐くと惨事だぞ!?」
こちらは相変わらずの酔っ払い具合。
「うぉえ…ニャゴグにすんじゃなかったぁ…」
「その装備ニャゴグっていうのか」
「あ、ごめ、ちょ、ホント無理…」
「おい待て!ここで出すな!!もうちょい我慢しろ!あと三秒!!」
「うぇぷ…3…2…」
「うおぉぉぉぉおお!!」
全力を持ってトワイライトを全力で床の割れ目から下に叩き落とした。
……どうにでもなれぇ―――!!
「おっさん何してんだ―――!?」
「アイツの望んだことだ!気にすんじゃねぇ!!」
―――ぃよし!狩りを始めるか!
ここに来てやっとスタート位置に立った気がするのは何故だろうか。
◆
「あーマジヤバい。胃袋とか何から何まで全部出た気がするわ」
壁に付いたモザイク必須のキラキラに目を逸らしつつ、立ち上がる。
本っ―――――――当にギリギリだった。
もがみんに投げられて下に落下し始めると同時、素早く頭防具を脱ぎ、リバース。
その際、着地地点にキラキラが落ちないよう体を
正に無駄に洗練された無駄のない無駄な動き。
……うーん、結構高いんだなぁ。
落ちてきた上の階を見上げてそう思う。
落ちてくる間は全力で動き続けていたので記憶が薄い。まさかこんなに落ちていようとは。
例えるならば、生身の人間が落ちたら足が折れてしまうぐらいだろうか。
まぁハンターは高所からの落下に慣れているので、足が少しジーンとするか、転がって衝撃を吸収するだろう。
……う゛ぇ―――っと、ここからどうしよ。
ちょっと漏れ出た何かを気にしないようにしつつ、辺りを見回す。
落ちたはいいものの、戻り方がまったく分からない。
ここの空間は階段の内側なのだろう。謎の材質で出来た壁は、取っ掛かりや
……え、これどうするの?
ふと耳に笛の音色が入ってきた。
体の底から湧き上がるようなこれは―――
「攻撃力強化は今役立たないのニャ…」
戻る手段としては、取っ掛かりや罅を使って登っていくしかないようだ。
壁の各所にはキラキラが飛び散っており、それに当たらないようなルートを今のうちに確認しておく。
―――大体のルートは決まった。
……まずは~ここだっ。
とりあえず上に行って二人に言う事は、そこから落ちないように言う事だと決めた。
何故かって?キラキラヤバいです(笑)
……あ、まだ気持ち悪さが収まっtヴォエ―――っと、セーフセーフ。
さて、セーフとはどこまでがセーフなのでしょう(真理)
◇
攻撃力強化を演奏し、ヤマツカミ戦は勢いに乗っていた。
触手の振り下ろし、横薙ぎ、叩き付け――――
俺はそれらをすべて躱して隙を突いては音色を揃えながら攻撃し、グラッドはタイミングを計って飛び跳ねては攻撃をする。
振り下ろされた触手を回避、隙を狙って武器を取り出す勢いで左叩き、4を反転したような動きで笛を振り上げて関節に無理の生じないよう回転、一歩詰めて再度左横殴り―――
触手の上段横薙ぎを屈んで回避、通り過ぎたのを確認すると同時、別空気溜めの弁を開く動きをして演奏を開始。
―――体力回復微―――
演奏が終わると同時に体と笛を遠心力任せに一回転、掲げるようにして再度演奏。
―――体力回復微―――
ここで短い触手を叩き付けそうな気がしたので、側面方向に前転回避。
この際に丸くなることを意識しないと頭の角が引っ掛かる。
『ねぇ、その角って必要なの?』
ふとアリシアにいつも言われている事を思い出した。
いつも返す言葉は同じ。
「ちょっと予測とちが―――う!!」
違うそうじゃない。つまりは男のロマンとかそんな感じで、というかそれよりもここで想定外。叩き付けてきたのは前面の長い触手二本を合わせた4本だった。
回避距離が足りずに、僅かに防具を掠る。
……ギリギリセーフ、だな!
起き上がりざまに長い触手へと横殴り。
振り上げて回転、4を描いて叩き下ろし。
ギ、イィイイ――――!!
ここでヤマツカミの目の色が赤から黄へと変わった。
刺すような威圧感が一転、重々しいものへと変化する。
押し潰されるような錯覚に、普段から酷使し続けた胃と肝臓の辺りが痛みだす。
……おえっぷ、やっべ。俺も酒戻しそう…
トワイライトのようになるのは嫌なので、必死になって我慢してみた。
結果だけ話すと3秒ももたず、隙間から下に落とすこととなるが。
「おぉおいおっさん!?」
「ぇぷ…安心しろ!ちょっと酔いが悪い感じになっただけだから!!」
「てめぇいつの間に飲んでやがった!!」
「―――――い―――や――!?」
トワイライトの悲鳴が下から聞こえた気がする。気のせいか。いや気のせいだ。
しかし意外と出てきて自分でも驚いた。
明らかに食べた記憶の無い物まで出た気がするが、これも気のせいだろう。
□
「そう言えば昨日嶽陸さんが仮眠している横で何かしてましたが何してたんですか?」
「あ、見てたの?」
「ゴソゴソしてたので何かな…と。夫婦間の火遊びでしたら無視したんですがね」
「んーそういえばご無沙汰だなぁ…クエスト処理が落ち着いたら久々にいいかもね」
「すみません、訊いてないです」
「でさ、えっと…?」
「仮眠中の嶽陸さんの横で」
「ああ、それそれ。ガルはさ、むっちゃんが寝てる時に口に何か入れるとどうなるか知ってる?」
「いえ、睡眠時間は邪魔しないようにしているので」
「そっかそっか。でね、むっちゃんってば寝てるはずなのに口に何か入ると噛んで飲み込むんだよ。しかも感想付きで!あははっは!!」
「感想付き?」
「ヒー…ヒー…!いやもうね!?寝言で『う、ん…これ甘い…ぞ…』とか『うぇ、にっが……』とか言うの!!もうね!大爆笑よ!!?アッハハハ!!」
「では昨日はそれで遊んでたと」
「そうそう。あーもう思い出しても面白い。それにしても見つからないね」
「あ、奥さん、足の下足の下、ドテカボチャの
「ホントだ!ナイスガル!!トーレージィ―――!!見つけた――!!」
◇
……いや、マジでピンクキャビアとか食った記憶ないぞ。
薄っすらと残る後味に首を傾げるが、細かい事を気にしてると人生損ばかりだ。気にしてはいけない。
そして恐らく目の色はヤマツカミが怒ったサインだろう。
様々なモンスターの興奮する姿を見てきたが、ヤマツカミは結構分かり易い。
威圧感に、武器を持つ手に力を入れる。
さて、ここからが古龍狩りの本番。
古龍は怒ってからが一番の勝負所だ。
「来るぞッ!」
「わぁってんよ!!」
ビッ
素早く短い触手が叩き付けられた。
ギリギリでそれをかわし、短い触手の根元を狙って攻撃ようと武器を抜く。
が、それすらもする間を与えないらしい。
それを狙ったかのようなタイミングで太い触手が来た。
……躱せ―――ないッ!
回避が不可能だと判断。体の中心に直撃しないよう、斜に構えて全身に力を入れる。
ビ、タンッ
重い一撃が全身に響いた。
視界が揺れ、吹き飛ばされる。
「ッふ……!」
狩りを三者目線で見た人の言う“良い一撃”なんて上から目線はただの驕り。
内臓を吐いてしまいそうになるソレは、凶悪と言う他ない。
何とかまだ大丈夫の範囲に入れど、正直言って3発食らえば一回休みになりそうだ。
「ゴヒュ…グラッドォ!散開、だ!!」
「応ッ!!」
潰れた肺を一呼吸で無理矢理復帰させ、指示を出す。
前面に固まっていてもヤマツカミの攻撃が集中するだけだ。
ならばどうするか?
……相手の嫌がるように立ち回れ!!
俺が狩りを教えるとき、基礎として言う事。
相手の思うように動いても、自分の不利にしかならない。
敵の嫌がるように、そして自分の有利なように。
教え子たちにはそうやって教えた。
…フルニアがあんな風に育ってしまったのはそれが原因かもしれない。
まぁ元からかなり“良い性格”はしていたが。
素早く右側面に回り、ヤマツカミの意識を散らす。
ほんの一瞬、ヤマツカミが迷ったように硬直した。
その隙に、思わず口端を歪める。
……甘い。まだハンターとの戦闘がすくねぇなぁ?おい。
こうして散った際、モンスターの反応は戦闘の経験が顕著に出る。
戦闘リズムに隙という小さな雑音が出来たのなら、
「大技で更にリズムを掻き乱せ…!!」
声を張り上げ笛を全力で振り回す。
そうやって別空気溜めに空気を素早く溜めれば、
――――ドッ
いつもは引っ込んだままの、空気抜きピストンが跳ね上がった。
本来は溜まりすぎた空気で弁が破壊されることを防ぐためのものだが、俺にとってそれは、一つの武器になる。
声に反応したヤマツカミがこちらを向いたのを確認し、目と目の間の下に武器を押し当てた。
「音激――――震ッ!!」
固いピストンを一気に押し込み、弁を開放。
急激に流れた空気は笛の胴を通り、ベルまで到達。
狩猟笛の管を過度の空気が通って鳴る音にならない音が、強い振動となってヤマツカミの脳へと響く。
ピガ―――ガ―――――
濁った鳴き声を口から漏らし、ヤマツカミが下へと墜落した。
「相変わらず捉えんのうめぇな!」
「みんな同じ共通弱点だからよ!!」
グラッドの称賛を素直に受け取り、足場からヤマツカミを見下ろす。
ヤマツカミに起きているのは
強い振動によって揺れた脳が、すべての感覚を曖昧にしているのだ。
人にこれを行うと、頭蓋骨に脳が何度も叩き付けられ、脳出血によって死亡する。
脳の近くに直接笛を押し当てて振動を起こすという事は、そういう事だ。
しかしモンスターの脳と骨格は、人と大きく違う。
最も脳に近い部分で強振動を起こしても脳が頭蓋に叩き付けられないし、死亡もしない。
全て脳震盪で済んでしまうのだ。
しかし逆に考えれば、脳震盪はほぼ確実に引き起こせる。
気絶や眩暈とは違う、生きてきて初であろうその感覚は、モンスターのリズムを崩すには十分だ。
「…あ、これ背中に降りれんだっけ」
ふと文献に書いてあった一節を思い出した。
『墜ちたヤマツカミの背中は、這えば乗れない事も無い。そして剥ぎ取ることも出来た』
と、いうことは、
「おいおっさん!?」
グラッドの声は気にせず、足場から飛び降りてヤマツカミの背へと着地する。
着地時、予想よりずっと硬くて少し驚いた。
更に背をよく見てみれば、表皮が一切見えないほどに
……剥ぎ取れるって書いてあったけど、さ。
正直言って表皮まで剥ぎ取りナイフが通るか不安な厚さだ。
かといって立ち上がって攻撃するのも、足場が滑って危ない。
なら―――と、苔を剥ぎ取ってみる。
……苔、だ。うん。苔だよ。苔。
見た感じただの苔です本当にありがとうございました。
ここでヤマツカミが脳震盪から復帰した。
細かに揺れながら上昇していくので、当然バランスを崩して落ちる。
そこまで高くは無かったので、受身をとり―――――
ゴッ
「いってぇ!!」
塔の壁に頭用装備の角が当たり、衝撃が走る。
首を丸める事を失念していた。
あまりの痛みに目の前で火花が散ったかのようにチカチカと光る。
……あー…マズ、い…な。
予想外の衝撃がいい箇所に直撃だ。上手く立ち上がる事が出来ない。
三半規管がまともに機能してくれていないのだろう、平面の筈の床が歪んで見えてしまう。
なんとか這いずって壁に背を当て、目を閉じた。
モンスターの脳震盪を狙う俺が、脳震盪で一旦休みとは――――
……やす、む…か。
上の二人の実力は信用している。
最近は仮眠ばかりでまともに寝れてない。
ここでしっかり休むのも、悪くない。
■
「グラたん!もがみんが寝てるよ!!」
「はぁ!?状況が分からん!」
足場の割れ目から下を覗き込んだトワイライトの篭った声に思わず反応した。が、
ピギィイイィイ―――!!
怒りで我を忘れているのか、はたまた初めての脳震盪に混乱しているのか、荒ぶる触手に顔を引き攣らせる。
どうも下を確認する暇はないようだ。
「だー!アンタどうにかできねぇのか!?」
「―――あ、ちょっと待ってね。……んぐ…んぐ…」
……コイツここで、この場で酒を飲んでやがる!?
驚いた。
荒ぶる触手を目の前にして酒を飲むなど、正気の沙汰ではない。
「―――くっそ!!」
叩き下ろされる触手一つ一つを目で“マーク”する。
最も近い触手から一番二番と番号を付けていき、通るであろう軌跡を予測。
……一番右斜め、二番左横薙ぎ、三番真上振り下ろし、四番左斜め―――――
前転回避ではなく、細かいステップと棍を使って跳ねて回避。
踊るような足捌きでステップ、横薙ぎを躱すためのジャンプも身の振り方を意識する。
無駄を削り、防具の飾りですらも体の一部として――――
「わぁ…まるで華麗なダンスね。洗練された動きが見てて楽しいニャー」
「んでそんな余裕なんだよアンタ!?」
体を動かしながら、褒めてきたトワイライトの方へ叫ぶ。
そう、トワイライトは余裕さを感じさせた。
酒を飲みながら荒ぶる触手を紙一重で躱し、笑っているのだ。
決してアイルーを見下していたわけではない。
今はアイルーキッチンで世話になっているアイルーがいる。
そのアイルーがまだオトモだった頃、何度も何度も助けられた。
死にかけたときはモンスターを怯まして時間を稼いでくれたし、回復笛で救われたことは数え切れない。
それでも、俺がアイルーに負けるとは思っていなかった。
身体能力も、狩人としての腕も――――――
しかし、トワイライトを見て思った。
この一匹の“
身体能力は分からないが、腕は俺よりずっと上。
だが、それに対して感じたことは
純粋な敬意。
一撃食らえば一旦休み確定の攻撃の雨の中で生まれたたった一つの感情。
……すっげぇんだな。タンジアの現役ハンターって。
そしてゆっくりと変わる感情。
“追い
小さな小さなその背中を追いかけ、抜かしたい。
ならば、どうするか?
……変わっていけばいい。今、ここで!
細かなステップの中、触手に引っ掛からないよう武器を抜く。
触手の流れに逆らわないよう、同じ方向に棍を振れば、後は簡単。
パキ…パキパキ、パキ。
回避が攻撃と直結する。
ならばアレを使うなら今が一番いい。
棍を勢いよく振って先端を鳴らし、
「ッラァ!!」
操虫棍の柄頭、印弾を排出する機構を足場に叩き付けた。
それによって蟲を集め、周囲へ纏う。
“蟲纏い”
青白く光る虫が、体を照らす。
「へー、面白い事が出来るんだね」
「…まぁ、そうですか、ね!!」
ヤマツカミもだいぶ落ち着きを取り戻したのか、数より質を。
暴れるように触手を振るっていたのをやめ、太い一本の触手を鋭く振り下ろしてきた。
よく見極めて僅かにサイドステップ、氷矛露を振るう。
それに加えて、
ザザザ―――
……よし、偉いぞ。
纏った蟲が自らに危害を加えられ、自動で反撃してくれる。
回避がそのまま攻撃に、それも更に強力になった。
でもまだ出来る。まだまだ先へ。
タンジアでも通用するほどにまで――――
登ろうか
◆
……んー…グラたんは底が無いのかね。
攻撃のキレは元より、手数すら増やし始めた男に笑う。
流石はもがみんに教えられただけある。
今では触手を一回躱すと同時に二撃を叩き込み、蟲で追い打ち。
連撃ですらも落ち着いて見切っている。
本当に底無しの技術と度胸。
どこかで命を捨てた事すらあるのかと疑ってしまう程だ。
「ならボクも負けてられないね。最後の一杯、こーこま―――――――」
残った一杯の酒を煽り、口につけたビンを外し、
「で」
手からビンを離して武器を抜いた。
二股に分かれた槍のような見た目の武器、束縛のハルスキャット。
先端間際には鋭い金属が埋め込まれており、突くと刺すが同時に行われる。
ブーメランを右手に、ハルスキャットは左手に。
……食らえぃ
ブーメランを投げ、ハルスキャットを両手持ちに変えた。
始めに突進、突き刺すと同時に右下に切り裂き、体を回して横一線を描く。
不気味に青く光る装備一式が、その色を主張し始めた。
帰ってきたブーメランを二回転目突入時にキャッチ、線を二本に増やす。
「まだまだぁ!!」
ハルスキャットで横一閃。
後は金属で深く、深く引っ掻くように連撃。
ピギ、ィイ――――
ヤマツカミの意識がグラたんからこちらに向いた。
標的への狙いを集中させるのは、例外を除いて好ましくない。
グラたんへと指示を飛ばす。
「じゃー散開!ボクは側面左!!」
「逆側周りで了解だ!!」
……うん、従ってくれるみたいだな。
はねっ返りは少ないらしい。とても良い子だ。
振り下ろされる触手を左方向へスライディング回避。
防具が地面に擦れて今更ながらにちょっともったいないような。
しかしそれよりも、
「…?なんか、変な気が…する?」
少し毛が湿っぽく、重く感じる。
元々密封性の高い防具なので、よくある事なのだが、いつもより粘質な気がするのだ。
まるで防具の隙間から水気の強い空気が入ってしまったような…
この高さだ。いつの間にか雲の中にでもはいってしまったのだろうか。
しかし視界は良く晴れ、空はいつの間にか曇っていれど、見通しは決して悪くない。
ではこの違和は一体何―――――
「あっぶなぁ!?」
頭を狙ったとしか思えない高さで一文字に振るわれた触手を地に腹を付けてギリギリで躱す。
そしてそこから立ち上がれない。
……わー風車みたーい。
ヤマツカミが触手を脱力させ、回転し始めた。
遠心力で振り回される触手が、地から20センチを高速で通り続ける。
全方向への攻撃に、安全な場所は空か、触手と足場の僅かな間だけだ。
……危ない危ない。アイルーじゃなければ即死だった…
なんてふざけつつ、回転が収まるのを待つ。
酒があればこの隙に飲むのだが、ビンが無い。
一応
それより、さっきよりも毛がペタペタする。
少し気持ち悪くなったので、身震いして我慢。
……密封性によるものでも無さそうだけ…ど。
装備一式を作成した故郷唯一の武具作成職人である彼女の腕は信用している。
空気がよく通るように各所には小さく穴をあけ、換気は完璧。
だからこそ息苦しさも無く長時間動けるのだ。
「ぬぅ…」
装備を脱いで湿気をとりたい衝動に駆られるが、今はそれどころではない。
かといってここを離脱すれば、彼一人にここを任せる事となる。
……はやく復帰しろもがみん…!!
下階でお休み中の同期に思いを込め、武器を構えた。
ヤマツカミに疲労の色は――――まだ見えない。
■
ヤマツカミの回転が止まったので地上に降り立つ。
下の隙間は屈んでも触手が当たりそうなほど狭かったので空に逃げたが、正解だったようだ。
動体視力にはそこそこ自信がある。
触手が通った瞬間に地上に降り、間を開けずに再度ジャンプの繰り返し。
その際、掠った触手には纏った蟲が自動反撃。
それでも疲労、苦痛の色すら見せないヤマツカミには、そろそろこちらの心がぽっきりいきそうだ。
「おっさんは無事か…?」
あまりにも忙しすぎて気にしている余裕がなかったが、トワイライトの言葉が耳に残っている。
『もがみんが寝てる』
こんな場所で睡眠をとるなんて言うのは有り得ない。
気絶、またはそれに近い状態になっているという事だ。
……何があったのか知らんが、早く復帰してくれねぇかな。
おっさんという一戦力は、その場をがらりと変える。
笛のアシストと独特の立ち回りは、全体を動きやすくするのだ。
聞いた話では、俺らのような新米ハンターを助けるために身に着けたものらしい。
あのおっさんがまだソロだった、弟子も嫁もいなかった頃はもっと違う動き方だったらしいが、見た事は無い。
と、トワイライトがこちらに走ってきた。
「ニャー…ベタベタするぅ…」
「固まっていいのか?」
「さっきみたいに回られても攻撃できなくて困るから」
「確かに」
ピギギ、ギ
ヤマツカミがこちらを向いた。
目の色は赤。興奮状態ではないらしい。
鋭く細い触手が叩き下ろされた。
……なんかヤベェ。
ふと、嫌な予感がした。
反撃を考えず、迷わずに触手の軌道から全力で逃げる。
この隙に攻撃しようとしていたのだろう、その二本の触手の間にいるトワイライトにも警告の言葉を掛けておく。
「おいアンタ!そっから今すぐに離れろ!!何かヤバい!!」
「…了解ニャ」
少し怪訝そうな声だったが、一応は従ってくれるらしい。
俺と同じ方へと逃げて来る。
ヤマツカミが触手を足場に付けたまま、こちらを向いた。
ギ、ギィ…ギ…
スキール音というには多少ぎこちない音を立ててこちらに迫ってくる細い触手を二度飛び越え、こちらに顔を向けさせないように躍起になる。
今、顔の前に行くと、“録でもない事が起こる気がする”のだ。
この予感は絶対と言っていいほどに当たる。
これはギルドマスターさえもが認めた直感だ。信じていい。
……少し湿っぽい、な。
雨でも降るのだろうか。
空気が肌に張り付くような感じがする。
と、いきなり目の前に細い触手が迫ってきた。
どうやらヤマツカミが一回転してきたらしい。
「な、んッ!?」
「フニァ!?」
油断していた。
突然すぎて回避できない。
ダメージは最小限に。
インパクトの瞬間、自ら後ろにバックステッp―――――
「ガッ―――フ!!」
「ニ゛ッ!」
バックステップで威力を減らしたとはいえ、直撃。
しかも変に当たり所が最悪だ。
呼吸が一気に持って行かれ、肺が潰れたように吸うことが出来ない。
しかもここで気付く。
今俺の居る場所は、ヤマツカミの顔前。
最悪のポジショニングだ。
……にげな、きゃ…
ヤマツカミが口を開け、こちらに息を吹きかけた。
生臭く、湿っぽい空気に思わず顔を顰める。
ガチン!
ヤマツカミが勢いよく口を閉じた。
綺麗な形の歯が打ち合っていい音が耳に入る。
―――それと同時に、視界が真っ白に染まった。
◇
「…ぐ、ぅ…?」
目が覚めたのは、一つの音が起因だった。
一瞬ここがどこだか分からず、眉を
……えっと、何だったか?
まだ頭がボーっとして、考えるのが辛い。
背負う狼牙琴の重みに体が引かれ、壁に手を付く。
――――――
ふと、耳に何かの声が入ってきた。
どこかで聞き覚えのある、そんな声だ。
「うぉ、っと…」
突き動かされるように立ち上がる。
眠っていた所為なのか、軋む体が重い。
カラカラ……
細かい石のような破片が空から降ってきた。
それが何なのか分からず、上を見上げ、
「!!」
思い出した。
ここがどこで、何のために何をしていたのか。
……ヤマツカミ、だ。
そう、一匹の龍をどうにかする。それが今すべきこと。
壁のとっかかりを掴み、上へ登る。
まだ体は硬いままだが、これぐらい造作も無い。
ある程度まで登ったら、上階の割れた足場を掴み、戦場に復帰した。
「もがみん!生きてた!!」
「殺すな馬鹿野郎!!ってメスだったな!ごめんな!!」
寄ってきたトワイライトにただいま的な挨拶をしつつ、ヤマツカミを見据える。
「そこはどうでもよくない?」
「…トワイライト、お前知り合いにオスだと思ってたって言われたらどうする?」
「急性アルコール中毒にする」
「やっぱそこ大事じゃん?」
「……そうだね」
分かってくれたようだ。
ちなみに俺は以前、とある事から
その頃はまだ初心者ハンターで19だったが、決して女と間違われるような顔つきでは無かった。
結論から言うと急性アル中患者が一人増加し、今はいないタンジアの医者の苦労を増やした。
ピッギィイ―――
ヤマツカミの振り下ろす触手を最小限の動きで回避して会話を続ける。
「ってかグラッドはどうした」
「…力尽きて一時離脱した」
……は?
「吸われでもしたのか?」
「爆発に巻き込まれた。意識はあったけど動けそうになかったから虫に運んでって貰ったよ」
「爆発…大雷光虫か?」
「ううん、ボクも良く分かってない。でもヤマツカミが歯を鳴らした瞬間に爆発したんだ」
……俺も良く分からんな。
状況説明だけでは想像し難い。
そういえば、ヤマツカミは何かのガスを用いて飛んでいる。
もしかしたらそのガスを放出し、爆発させたのかもしれない。
「あとどれぐらいで復帰できそうだった?」
「うーん5…いや、3分は必要かも」
「そんなに酷いのか」
「結構。火傷より爆風の衝撃が大きかったからっとっと」
ピギィイィイィイ――――
ヤマツカミがその太い触手を連続で振り下ろしてきた。
会話を遮られたが、聞きたいことは聞けた。
「じゃあ敵討ちと行こうか。なぁ、トワイライト」
「グラたんって死んだの?」
「殺すなよ!生きてんだろ!?」
「多分」
「フワフワした予測しやがって…」
そう言いながらも武器を抜く。
トワイライトの方も戦意は十分なようだ。寧ろ前よりずっと迫力が増している。
「なんか怒ってる?」
「…もがみんの後輩はボクの後輩でもあるから」
「……先輩面しやがってからに」
「うーるさい」
しかしトワイライトの反応にどこか嬉しく思う。
……愛されてんなぁ、あの野郎。
教え子が褒められて悪い気のする先生は普通いない。
さて、では可愛い可愛い教え子を虐めてくれた龍に仕返しを始めよう。
「準備は?」
「いつでもオーケー。もしもここに酒があるならば―――」
互いに武器をヤマツカミの顔に向け、タンジアお決まりの言葉を高らかに吼える。
「「コイツを肴に飲み明かす!!」」
▲
最上は攻撃されないうちに、ヤマツカミの視界外にいち早く潜り込んだ。
“ダッキング”
回避方法の一つで、双剣使いが好んで用いる斜め前方に姿勢を低くして潜り込む技法。
体の大きいヤマツカミの死角は目の位置的に体の正面、それもかなり近付かれた位置。
素早いダッキングで潜り込むのは非常に安易である。
対してトワイライトは揺動。
目立つ装備を用いて体を素早く動かし、残像のラインを作り出す。
ヤマツカミの意識を一瞬引き付ければ十分。
その一瞬のうちに、最上は死角範囲に潜り込むのだから。
ヤマツカミは、最上を見失ったことに僅かばかりに動揺し、動きを止めた。
そしてこの硬直は、熟練のハンター達の前で晒すには大きすぎる隙となる。
―――、――、――――、―――
変わった音色が一帯に響いた。
ヤマツカミがそちらに意識を向ければ、トワイライトが外れた視線を察知して攻撃を加える。
更にここで最上が追い打ちをかける。
先程の音色はオルケスタソウル。
全旋律効果を自らに付与させるものだ。
発動したのは【自分強化】【攻撃力強化 大】【体力回復 小】【回復速度 大】の四つ。
攻撃を食らっても殴り続けることが可能になったことにより、攻めだけを考えた猛連撃がヤマツカミの体力を削っていく。
ヤマツカミにとって、ここまで体力を削られたのは生まれて初めてであった。
見えぬ攻撃と、意識外から穿たれる攻撃。
それらに対しての恐怖に、最早形振りを構っている余裕なんて無い。
半ばパニックに陥ったヤマツカミのしたことと言えば、自らの出来る最大の攻撃、吸い込み。
口を開け、思い切り息を吸おうとし――――
が、ギッ!
口の中に痛みが、激痛が走った。
何が起こったのかは分からない。しかしここでようやく理解した。
顔下には敵がいる、と。
しかし冷静さなど欠片も無い。
当然落ち着いた攻撃などできるはずも無く、ただ恐怖に任せて触手を振り回しただけの、攻撃とも言い切れないような攻撃を繰り出すだけ。
それらは熟練のハンター達に対しての攻撃として、あまりにも足りなすぎた。
最上は最小限の動き、触手が掠ろうが構わないというような立ち回りで連撃を尚も続ける。
トワイライトはグラッドの動きを参考に、回避しながら攻撃する技術を真似ていた。
しかし手数はグラッドよりも多い、回避一回につき4発。
最上が笛を鳴らす。
音色はよく聞くあの音色。
【攻撃力強化 大】
そして二度目が掻き鳴らされる。
【更に攻撃力強化】
猛連撃は、止まらない。
■
「―――つつつ…」
沁みるような痛みに目が覚めた。
力尽きてしまったことを咀嚼するように実感し、溜息を吐く。
上半身を起こしてみれば、ふと腕防具が外され、消毒液を綿に染み込ませて傷口に当てられているのが目に入り、首を傾げる。
……誰が?
アイルーに運んでもらったとは思うのだが、こんなサービスは無い筈。
トワイライトかと考えたが、何となく違う気もする。
ズ…ン……ズズ…
塔からの振動が伝わってきた。
意識を失っていたのがどれほどか分からないが、早めに復帰したい。
「あいててて…」
立ち上がってみると、見えない部分も火傷してしまっているらしい。結構な痛みが全身を走る。
と、防具の中にいくつかの異物感を感じて、隙間から出してみる。
落ちてきたのは、
……氷結晶、か?
ひんやりとした結晶。
拾い上げてみると、皮膚片や血が付着しているのが目に入る。
恐らく火傷したての時に傷口に当てたのだろう。
しかしこんなところに氷結晶とは…どこからか持って来ない限り無い。
「…ありがたく受け取っとくか」
誰が治療してくれたなど、今考えても無駄だ。
ポーチから回復薬を一本取り出し、氷結晶を砕いて入れ、蓋をする。後は、
ガシャガシャガシャガシャ――――
結構な速さでシェイクする。
疲れたらシェイクをやめ、頭からかぶる。
「カァ――気持ちいい…」
全身の痛みがかなり引いた。
火傷は治っていないが、全身の冷却と一時的な痛み止めとして使える。
これなら当分体を動かしても問題なさそうだ。
「よし、行くか」
氷矛露を携え、走り始める。
朽ちた広場を抜け、階段を駆け上り、アーチを潜り抜け――――
戦場に飛び込む。
「あれ!?おっさんが復活してる!!」
「だから勝手に殺すな馬鹿野郎!!そして遅ぇんだよ!!」
「悪いなッラァ!!」
そして勢いのまま、ヤマツカミに一撃を叩き込んだ。
◇
……元気そうじゃぁねえか。
全旋律効果も切れ、体勢を立て直そうとしたときに飛び込んできた後輩に、思わず口端を上げる。
今のうちにと、回復薬グレートをがぶがぶ飲んでおく。
回復と防御を捨てた動きだったため、何度か吹いてもらったトワイライトの真・回復笛をもってしても体力はギリギリのラインだった。
「ふんぬぁ!!」
「…頑張ってんなぁ」
グラッドも随分と顔つきが変わった気がする。
さて、俺たちも休んではいられない。
「もう一息いきますか!」
「…あーうんうん、頑張ろ頑張ろ」
「……お前変な酒飲んだろ」
足取りのおぼつかなくなっているトワイライトに半目を向ける。
明らかに様子がおかしい。
防具のせいで顔は見えないが、動きが何と言うか…フラフラなのだ。
と、トワイライトがポーチから半分ぐらい液体の入った瓶を取り出した。
それ取り上げ、蓋を開けて匂いを嗅いでみる。
「…消毒用エタノールだろコレ!」
「緊急用アルコール!うぇっへっへっへ…」
「おいマジで大丈夫か!?」
「うん、大丈夫大丈夫。さーいってみよー」
もう不安しかない。
そう言えばコイツの悪い癖はあれだ。アルコールの禁断症状が突然やって来ることだ。
フラフラとヤマツカミの側面に寄っていくトワイライト。
「だーどうなろうが知ったこっちゃねえ!グラッド!今そっちに行く!!」
アイツはこんなところで死ぬようなアイルーじゃない。
そう割り切ると、ヤマツカミの顔前で攻撃をするグラッドの元へ走る。
振り下ろされる触手を潜り抜け、
「おら、さっさと終わらすぞ!」
「分かってるわ、んなもん!!」
走った勢いをそのままに、下から全力で狼牙琴を振り上げた。
鈍い音と共に、少し濁った笛の音が鳴る。
……湿気が強くなってきたな。
湿気によって狩猟笛の内部に少し露が溜まってしまったらしい。
ならばと、笛をぶん回す。
―――ドッ
空気抜きピストンが跳ね上がった。
……あんまり連発はしちゃいけねえけど。
ピストンに掌を当て、
「音激震ッ!!」
ヤマツカミの開けた口、おおよそ歯茎の当たりで空気を炸裂させた。
かなり高域な音が響く。
「やるなら言えよ!」
「あ、ごめん」
隣、グラッドが文句を言ってくるが、適当に返しておきゃ満足だろう。うん、満足しとけ。
対してヤマツカミは―――――
ギィイイィ!!
怯まない。
目の色を確認すれば、赤ではなく黄。興奮状態だ。
触手が叩き下ろされる。
それは先程から今までの戦闘の中で、最も速く、もっとも鋭い。
……まぁだこんなのが放てるか…!
掠っただけでその部分が持って行かれかねないその迫力に、サイドステップでは巻き込まれると判断。飛び込むように前転回避。
ゴッ―――
「おいおいマジか…」
背後で鈍い音が響き、足場が鳴動する。
何が起きたか?
触手の威力で、吸い込みでも壊れなかった足場が部分的に崩落したのだ。
少なかった足場がさらに減り、狩りの範囲が尚狭まる。
ジャンプ攻撃で上に逃げていたのか、グラッドが真横に着地した。
「―――なんか、余裕なくなってんな」
「追い詰められればなんだってそうなる」
生物は皆、死に際が最も強い。
火事場の馬鹿力とはよく言ったものだ。
自壊すら厭わぬ行動は、敵に回すと最も怖い。
ヤマツカミの黄色い目はこちらを見据え、静かな威圧感を放っている。
我を忘れている訳ではないようだが、決して落ち着いている訳でも無いらしい。
様子から察するに恐らく、ヤマツカミの体力は二割を切っている。
「ラストスパートだ。死ぬなよ」
「抜かせ年寄り」
「…後で叩き潰す」
「後でがあれば、な」
互いに武器を構え、目の前に浮く龍に向き合う。
――――ポッ――――ポッ―――――
雨が降り始め、足場を濡らす。
…もうそろそろ膝の方も限界なので、早く終わってほしい。
■
……ラストスパートと言えども、さ。
雨によって体が冷えていくのを実感しながら、目の前の岳を見た。
ビッ――ビッ―――
風を切って振り下ろされる触手に、顔が引き攣る。
……ラストと思えなくなっちまうな。この勢い。
何とか紙一重で躱―――
「しちゃダメだこれ!」
直前で悪手だと判断、前転回避に切り替える。
ズッ!ズ……
先程よりもしっかりした足場だったのか、触手が当たっても割れて落ちる事は無い。
が、鈍い音を立てて振動するのを見て、紙一重ではなく、しっかり回避したことが正解だったと実感する。
もし装備の一部が掠った時、無事で済む確信が持てなかった。
……これマジでヤバいぞ…
下手すると当たり所次第で一撃死になりかねない。
遺書は一応書いてきたが、まだ死にたくはないし、絶対に死ねない。
やらなければいけない事がまだ沢山ある。
……やりたくない…やりたくないけど…
秘策を出すタイミングとしては最適だ。
ポーチから一つの丸薬を取り出し、飲み込む。
――――金剛身――――
「ふんぬぁッ―――」
とりあえず速攻で身を折った。
金剛身は、丸薬によって全身が硬くなり、防御能力は極度に上昇する。
が、それは逆に、副作用として“全身の至る所”が硬くなってしまう事を指す。
……いったたたた!!痛い!今回ポジションがかなりヤバい!!
分かる人には分かる痛みに顔を引き攣らせた。
リベリオンXの脚パーツは、柔らかい素材で機動性を確保するのではなく、硬い素材を使って関節部を多くし、機動性を確保するタイプだ。
…ただ純粋に痛い。
が、しかしそんなものに負けていられない。
棒が痛いだけ。玉じゃないだけまだマシだ。
「ぅ――ぬぅらぁ!!」
ポジションを直すことは諦めた。
棍をぶん回してヤマツカミを切り刻む。
いくら触手が襲ってこようが関係ない。
この硬化した体は、どれだけ攻撃を食らっても屈する事は無いのだから。
この状態で触手が当たる感覚を表現するなら、軽く手で叩かれるような感覚。
痛みなんてとてもじゃないが、感じない。
「おぉおおおお!!」
回避なんて考えず、ただひたすらに腕を動かす。
脚は
切り刻む中、氷矛露の印弾を出す柄の端に猟虫を付ける。
「行って来い…!エキスハンターッ!!」
俺のポリシー的に猟虫を使うのは少し抵抗があるが、致し方ない。
棍を全力で振り、虫をその力によってすっ飛ばす。
触手の隙間を縫い、ヤマツカミの顔にヒット。
「戻ってこい!!」
手を伸ばして回転しながら帰還する虫をキャッチ。
とってきたエキスの恩恵を貰う。
……よぉし、無事だな…!
虫の無傷を確認し、内心ほっとする。
そしてエキスによって力がみなぎってきた。
金剛身の効果も切れた事だし、丁度いい。
……硬さよし、ポジもよし!
確認作業が終わると同時、棍を使って飛び跳ねる。
体が軽い。疲れていたはずの腕が、脚が、全身が思ったように、自由に動く。
滞空している間に、二発、三発と叩き込み、着地。そして間を開けずに再度飛ぶ。
当然触手が襲ってくるが、疲労感すらなくなった今なら最高の動きが出来る。
全身全霊をもって目と直感を行使し、全ての軌道を把握。
触手を蹴って、宙を自由自在に飛び回る。
そしてその際、反撃は忘れない。
「フッ――フッ――――ハァ!!」
棍を使って踊るような感覚に、集中力が増していく。
―――、―――、――、――。
おっさんの笛の音が鳴り響いた。
【攻撃力強化】
その音は、俺のテンションを跳ね上げる。
「――――――」
ふと口から漏れ出たのは、とある唄。
発音できない。声ではなく、音で奏でる子守唄だ。
幼い頃、雪山の奥地で姉の寝息と、“母と慕った竜”の鼓動と共に聞き馴染んだ唄。
俺の最も好きな、心の唄。
「―――――、――」
ドッ…
大雷光虫が背後で爆発する音が聞こえてきた。
しかし俺からすれば露知らず。苔を裂いて皮膚を断ち、口内を割れば、触手を切る。
―――、――、―――、――。
【回復速度 大】
音色によって全身の痛みが徐々に消えていく。
……流石おっさん。
回復を捨てて無理をしていた俺を考えての音色だろう。
視野が広いと言うのは、羨ましいものだ。
―――そろそろ、エキスの効果が切れる。
ちょっとした副作用を考慮し、地に足を付けた。
「おっさん、交代頼んだ!」
「頑張ったじゃねぇか。褒めてやるよ」
最も攻撃の集中する場所、顔前。
このおっさんなら真正面から止めを刺してくれるだろう。そう確信してこの場をから身を引く。
ハイタッチして、おっさんと交代。
「…ぐ」
エキスの効果が切れたことによって高揚感が収まり、気怠さに襲われる。
こちらも限界に近いのでそろそろ終わってくれても良い頃なのだが―――
俺の目では、あとどれぐらいでこの龍が沈むのか分からない。
……随分と雨が強くなってきたな。
晴れる兆しはまるで見えず。
……あ、洗濯物干しっぱだけど向こうは大丈夫か?
◇
雨の中、笛に水が入りすぎて音が濁らないように注意しながら立ち回る。
ある程度なら排水できるのだが、一気に入ってしまうと音が一時的に出なくなってしまう。なにかの拍子に別空気溜めなんかに入ると最悪だ。
……触手も元気が無くなってきて、る…か?
グラッドの攻撃を見る限り、こちらの攻撃と合わせてヤマツカミの体力を一割以下まで持って行けたと思うのだが、まったくもってそんな気配が見られない。
「あっぶね!」
ボンッ
後ろを飛んでいた大雷光中に爆発寸前で気付き、ギリギリで回避。
……しぶとすぎんだよ古龍ってのは…!
内心で悪態をつきながら狼牙琴を構える。
と、ここでヤマツカミが大きく口を開けた。
新しく大雷光虫を吐き出すのかと思えば、ガチンガチンと歯を鳴らし始める。
これはマズイ。
「おい!吸い込みが来るッ!!」
「ここに来てまだそんな悪足掻きを…!」
武器をしまい、走る準備をする。
吸われて咀嚼なんてされたら重症以上確定。
ズ、ズズ――ズズズ―――――!!
空気がヤマツカミの方へ流れていく。
強力な吸い込みが始まった。
始めの時はしっかりしていた足場も、触手の攻撃でガタガタになってしまったせいか、僅かな振動の後、剥離していく。
「逃げるぞ!」
「言われなくてもッ!」
グラッドと並び、全力で走る。
吸い込み最中は上手く方向転換できないのか、ゆっくりとした挙動となるため、逃げるのは容易い。
欠けた円状の足場を飛び跳ね、飛び越し、駆け抜ける。
途中、飛び跳ねて着地した足場がガタガタ不安定だった時は全身から冷や汗が吹き出した。
そして半周を回った辺りで、
「おい馬鹿!何でそんなとこで寝てんだよぉぉぉぉ!!?」
トワイライトが呑気に寝ているのを発見した。
顔は見えてなくても、安定した呼吸音と、横たわっているのですぐに寝ているという事が分かった。
起こす暇なんてないので、右腕でトワイライトの装備を引っ掛け、止まらずに救出する。
…ちょっと狙いが逸れて彼女の後ろ足辺りを引っ掛けたことによって頭が足場に思いっきり擦ってる気もするが、気のせいだ。気のせい気のせい。
「何か重い!さっきより重いぞこのメス!」
「黙って走れおっさん!疲れてんだよ!そして失礼だ!!」
「じゃあお前がコイツを持てよぉぉぉ!!」
「俺は疲れてんだよぉぉぉ!!」
「あぁ!?お前さっき元気ドリンコ飲んでるの見たぞ!!」
「―――うるせぇ!黙って走れよこの野郎!!」
騒ぐが、走る速度は緩めない。
振動によって壁が崩壊し、足場に雪崩れ込もうが、グラッドは棍を使って飛び越え、俺は無理矢理よじ登る。
そうして少ない足場を駆け続けた。
しかし、足場を一周して尚、吸い込みは終わらなかった。
緊張感の中での障害物競争による息切れによって声も出ない。
強い雨によって、視界が悪くなってきた。
こんな中でもう一周とは…
しかし、足は止めることが出来ない。
「―――おっ、さん」
「――あ?」
グラッドがにこやかに笑いかけてきた。
明らかに不穏なその笑顔に、顔を顰める。
そしてこの次の行動は、俺の予想の斜め上をいった。
ボゥン
「―――ダメだ。とりあえず逃げるz」
トワイライトを俺から引っ手繰り、モドリ玉で逃げたのだ。
「…このヤロォォォォォ!!」
独り残された俺は、走りながら吼える。
まさか逃げるとは思わなかったのだ。
そして俺の頭には、これからどうするかといういくつかの案が浮かぶ。
①ヤマツカミの体力が尽きるまで走る
②一撃で止めがさせることを信じて攻撃する
③吸い込み?耐えてやるよ
……③は無い。②は多分まだ。①はもう限界。あ、これ食らうやつだ。
焦りなのか、俺の頭には、④グラッドと同じくポーチにあるモドリ玉でキャンプに戻る。という選択肢は浮かばなかった。
そして⑤足場から落ちて下階に避難する。という選択肢も。
「ならやってやんよ!!」
吸い込みが横に迫る中、薄情な後輩を頭に浮かべてボコボコにした後、立ち止まった。
右足を軸に、笛を思い切りぶん回す。
この後の事は考えない。
「いっそこれで死ねぇぇぇ!!」
ズッ―――
鈍い音と、いい感触が手に伝わってくる。
しかしこの渾身の一撃をもってしても、ヤマツカミは怯まなかった。
……くっそ…!!
悪態を吐こうが、結末は変わらない。
吸い込まれて咀嚼される結果を受け入れ――――
「―――うえっぷ。あ、ヤバい出そう出そう」
「――トワイライト、なんでお前まだここに!?」
吸い込み寸前、攻撃の残身中の俺の足元で蠢くものが一匹。
酔っ払いアイルー、トワイライト。
彼女は顔装備の口部分から何かを零しつつ、首を傾げた。
「何でって…今はそうじゃないでしょ。―――“獅子舞”」
―――それは本当に一瞬。
俺の目で追えたのは、彼女が四つん這いで足場を強く踏み込んだ瞬間だけだった。
ギ――ギ、ギギギ、ギ
直後に、何かを引っ掻くような音が鳴り、青い光が複雑なラインを引く。
そしてその音が止むと同時、
ピ、ギギ、ギ…ギ…
断末魔を上げ、徐々に高度を下げていくヤマツカミ。
残ったのは、雨の中で異様な存在感を放つ彼女の装備が放つ、青い残光だった。
いつの間にそこにいたのか、こちらの足に背を預けてため息を吐く彼女。
「後一撃でヤマツカミも限界だった。諦めずに攻撃するが吉ってね」
「…助けてくれてありがとよ」
「なんのなんの。…ちょっと疲れた。休まして」
「はいよ」
腕を組んで、彼女の休憩を阻害しないように仁王立ち。
膝はかなり痛くなってきているが、助けられた身としては、これぐらい安い。
ゆっくり、ゆっくりと息を吐いて実感する。
ヤマツカミを討伐したのだ、と。
……そういや俺もモドリ玉持ってるんだよな。
ここに来てようやく思考が正常に回り始める。
「おいおっさん!無事か!?トワイライトさんが消えて!!ってかヤマツカミが死んでる!?」
「おーう落ち着け落ち着け。それを斃した奴なら今ここで寝てる」
飛び込んできて騒ぎ始めたグラッドを宥め、手招きで呼ぶ。
寄ってきたのを確認すると、ひそひそと呟いた。
「…すまん、疲れたらしくて本気寝してる。死体確認と同時に剥ぎ取っとけ」
「了解。あんたの分も剥ぎ取っとこうか?」
「あー、ならトワイライトの分まで頼めるか?」
「…俺の剥ぎ取り技術に期待するなよ」
「俺らより上手いくせに何を言う」
剥ぎ取りナイフを腰から抜き、ヒラヒラと振るグラッドに苦笑する。
狩りの面では技術に特化したような男だ。
狩猟中の回避、見切り技術は元より、剥ぎ取り、分解面でもあの男に死角はない。
……おいおい、落ち着いて寝てなさいよ。
眠ながら咳き込むトワイライトに何とも言えない顔をしてため息を吐く。
グラッドは足場から降り、階下へ剥ぎ取りに向かった。
今になって、色々な事に頭が働く。
家に干してある下着は取り込んでいたかとか、今頃アリシアは何をしているのかとか。
どっと疲れが噴き出してくる。
「ちょっと失礼」
「…ニャ」
立っているのもそろそろ限界に近い。
トワイライトを起こさないようそっと抱き上げ、座り込む。
足の組み方は
組んだ足の窪みにトワイライトを寝かせ、ゆっくりと息を吐いた。
……あー終わったー…
後はグラッドに任せよう。
そう思うと、トワイライトの硬い頭装備を撫でた。
ゴロゴロゴロ……
直接触れてはいないのだが、喉が鳴っている。
何か良い夢でも見ているのだろうか?
……帰ったらゆっくり酒を飲もうな。
雨が降っているのだが、どうも眠たい。
先程休んだばかりだが、もう少し休もう。
そう思いながら、目を閉じた。
■
……えっと、刃の通りやすい方向はっと。
斃れたヤマツカミの表皮を触りながら、剥ぎ取り方を考える。
苔は厚く、皮は薄い。そして血とは別に皮膚近くを流れる黒い体液。
結構工夫しないと同じものしか剥ぎ取ることが出来無さそうだ。
まずは苔を手で強く払い、皮膚にナイフを突き立てる。
こうなってみて気付くことだが、黒い体液の粘度がかなり高い。
切り口からドロドロと流れては、ナイフの進みを阻害する。
雨が多少の助けとなるが、それでも剥ぎ取り辛い。
とりあえず三人分のビンにこの体液を入れておく。
浮岳龍の体液×3
露出した指で触った感覚だと、薄めれば何かの潤滑油などに使用できそうだ。
ある程度体液の流れが止まったので、結構な勢いを持って皮の裂け易そうな方にナイフを流す。
刃先がすぐに肉まで到達したことを考えれば、皮はかなり薄い。
切り裂いた皮もしっかりと取っておく。
浮岳龍の皮×3
と、少し変な臭いがした。
警戒するほどではないが、少し心にとどめておく。
そして次にどう取り掛かろうかと悩む。
正直肉や、目などは素材として使えそうにない。
だったら、と触手を剥ぎ取りにかかる。
苔やそれらにくっついた古びた枝を取り除いて硬い表面の皮を剥ぎ、ついでにと薄く伸びていたヒレも剥ぐ。
神龍苔×3
太古の龍木×4
浮岳龍の皮×2
浮岳龍のヒレ×3
あと使えそうなものは、
……これ使えそうだな。
背中に生えていた植物をいくつか見定めして、蔦に絡まったかなり丈夫そうで、そこそこ大きい枝を三本引き抜いた。
神龍木×3
―――ここで謎の異臭が増す。
何かがまずいと判断したので、急いで上階へと上がる。
上がり切ったころには、下階は僅かに白い霧のようなものが掛かっていた。
……ガスか何かか?
異臭からして、あまり体に良いものでは無さそうだ。
剥ぎ取りに戻るのは、得策ではない。
ということで剥ぎ取りと死体確認の報告をおっさんに伝えようとして、止めた。
……まったく、風邪ひくぞ。
トワイライトを抱くようにして、船を漕いでいる。
熟睡と言う訳ではないだろうが、疲労が溜まっているのは致し方ない事だ。
とはいえ、今は春。比較的暖かい気候とは言え、当たりすぎれば体に障る。
起こさないようにゆっくりと近付き、気付かれない程度に薄めたホットドリンクを鎧の上から掛ける。
これで過度に体が冷えるのを防げるだろう。
「…帰る支度をするか」
ポーチから緊急用のギルドへの信号弾を撃ち上げた。
本来は危険なモンスターの乱入や、未確認古龍の出現報告に使う物だが、古龍観測隊なら意図を察してくれるだろう。
信号弾は空に上がった後に音も無く炸裂し、雲の中で淡く光った。
……後はどうにでもなんだろ。
自分も疲れてきたので、その場に座り込む。
どうも雨の勢いは、変わらない。
しかしその雨が体に当たる感覚と、鎧に当たる音にどこか心地よさを感じた。
―――高難度 生を喰らいて浮かぶ岳―――
◆クエストクリア◆
◇
「おかえりなさい!!どんな感じでした!?」
「落ち着けキャシー嬢。おいエリナー、回収しとけー」
「わー!聞いただけなのに!聞いただけなのに!!馬鹿!馬鹿ー!!」
帰ると同時に騒がしくなる夕日に照らされた集会場。
しかし相も変わらずいつもの
どこまでバカンスに出かけているのかは知らないが、情報の入って来ない場所にいるのは確からしい。
抱えたままのトワイライトを床に置き、エリナに指示を出す。
「…トワイライトの介抱を頼む」
「何か怪我でもしたんですか…?」
心配そうな表情をするエリナに、苦々しい顔をして一言。
「いつもの悪酔い」
「………またですか」
この集会場に医者はいない。
そのせいか、いつしか心優しい彼女が酔っ払いの介抱に回るようになっていた。
彼女の溢れ出る母性に負ける酔っ払いは、多い。
……だからこそ、この集会場にフルニアを寄せ付けねぇんだよな。
彼女までもがアイツの手籠めにされると、酔っ払いのアルコール度数が増える。
「で、グラッド、お前どうする?」
「…え?あ、あぁ…」
帰る時に乗った古龍観測隊の気球で熟睡していた所為か、まだボーっとしているらしい。
「シャキッとしろシャキッと。で?」
「んー来たからにはもう少しここに残る」
「へぇ、早く帰りたいとか言うと思ったが」
「自宅には家事完璧な可愛い奴がいるんでね。安心して留守番させられる」
……羨ましいな。
素直な感想を心の中で呟いた。
うちに留守番を安心して任せられる奴はほぼほぼいない。
家事は料理以外できて大人しくしてるけど、お腹が空くとアイテムボックスから素材を漁って食べだす嫁。
家事は何でもできるけど、家事よりお面を危険な方法で改造するのを優先する奇面族の青年。
どっちにしろ、あまり家を任せたくはない。
「アイツも最近は料理が楽しくてしょうがないらしくてな」
「あのアイルー可愛いよなもっふもふで」
「…それ気にしてるらしいぞ」
「そうか。可愛いのになぁ…」
「俺もそう思うよ」
「だよな。じゃ、俺は家で寝る」
「…今日はありがとな」
「おうよ。ゆっくり楽しんでいけ。明日の夜まで残るんだったら酒でも奢ってやる」
そう言い残し、集会場を立ち去る。
船場に着き、ため息を吐いた。
……死ぬほど寝たい。
扉代わりの暖簾をくぐり、中に入れば、
「おかえりー」
「…あれ?なんでいんの?」
緑がかった黒い髪を革ひもで一つに纏め、下半身用の下着のみを身に着けた状態でくつろぐアリシアがそこにいた。
表情はいつも通り無表情に近いが、どこかほんわかとした印象を得る。
いつもは包帯などで隠されている脇腹と太腿の辺りに違和感なく生えた赤黒い鱗が目に入るが、最近はもう何も思わなくなった。
そして家とは言え、少しは胸に何か巻いてもいいと思うが、以前言ってみたところ、『…私のっておっぱいって言う程大きくないし隠さなくてもよくない?』などと言われた。
「いっぱい食べたし帰ってきちゃった」
「あぁ、どうだった?」
武器を置き、防具を脱ぎながら話す。
「美味しい物いっぱい食べれた」
「それは良かったよ」
「お土産は台所にいっぱい置いてあるよ。むっちゃんも食べてみてね」
「お、ありがとな。ガルガムはどうした?」
「向こうでトレジィからいろいろ学ぶって」
「そうか。勤勉な奴だなぁ…」
いつものインナースタイルになったので、港に引き留めていた縄を外し、波に家を任せた。
波の流れは、港を大回りするようにして流れているため、早朝頃にはまたここに戻って来る。
ゆっくりと進みだしたのを確認し、リビングのソファーに寝転がった。
吹き抜けの窓から入ってくる風が、汗で湿った体を冷やす。
少しわき腹や、肩など、風に当たりやすい、痛々しく跡を残す彼女の“捕食傷”が僅かに違和感を伝えて来るが、それにももう慣れた。
「クエストお疲れさま。新しい傷は?」
「自分で届く範囲しか怪我してないから大丈夫」
「そっかそっか。…してたら血とかちょっと頂きたかったのに。うーんちょっと残念」
「こら」
こちらに寄って来て背中を指で撫でるアリシア。
指の心地よいくすぐったさに、目を細めた。
しかしこのまま寝るには少し不潔すぎる。
「さて、汗臭いし風呂入ってくる」
「…ちょっとむっちゃんの匂い嗅いでいい?」
「……捕食されそうな錯覚に襲われるからヤダ」
「えーいいじゃん。ちょっとだけちょっとだけ」
「いつもそう言って噛むでしょ。我慢」
この嫁は食欲に忠実。
更に本質は竜に近い為、捕食欲が強い。
良く分からないが、俺の汗の臭いは彼女の中でお腹が空くスイッチらしい。
……あんまりいい匂いじゃない筈なんだがな。
そう思いながら脱衣所に移動し―――
「なんで着いてくるんだよ…」
「一緒にお風呂入る事に変な事でも?」
「……噛むなよ」
なんて言いながらインナーを脱ぐ。
……おい、涎垂れてんぞ。
目は開いていないので興奮状態とまではいかないが、どうも危ない気がする。
当然のように下着を脱いで一緒に風呂場へと入って来るが、一体どうしたものか。
そしていつの間に陰毛を剃ったのか、珍しく整えられた下腹部少しギョッとする。
毛質が剛毛なアリシアは、髪の毛や体毛を剃る事を面倒くさがるのだが、一体どういう心情の変化か。
「よっこいせっと」
ポンプで風呂に濾過済みの水を入れる。
濾過素材は海綿質の皮。海水は綺麗な浄水となる。
正直言って風呂を沸かしたいとも思わないので、ここではいつも水風呂だ。
寒くなってきたなら、ホットドリンクを飲んでから入ればいい。
そして水が溜まるまでに体を洗ってしまおうと、体を洗うスペースに座る。
「あ、背中流すよー」
「じゃあ頼むわ」
ユクモ村のお土産であるタオルで泡まみれになっていく背中。
以前どこかで手に入れた液体石鹸だが、汚れを落とす力は本物だ。
「~♪」
「……あれ、アリシアさん?」
「なぁに?」
「すみません、手が怪しい動きをしているのですが」
背中を洗ってもらうはずだが、こちらの下半身にまで手が回ってきている。
「…ダメ?」
「そうきたか…」
ダメな訳が無い。
しかし、疲れた体で長時間はキツイ。ならどうするか…
そこからの動きは速かった。
桶を手に取って水で泡を流し、流れるような動きでポンプを止め、嫁を抱き、体を拭くのも面倒なので拭かぬまま風呂場を出て寝室に直行。
ベットに嫁を投げ込み、首を鳴らす。
「もぅ…ベットが濡れちゃうって」
「安心しろ。体を拭こうがどうせ明日にはそこで干すことになる」
そう言ってゆっくりとベッドに乗った。
「いやぁ…ひっさびさだね。今日はむっちゃんが上?」
「どうせ途中で力尽きてアリシア任せになるって」
「ならそれまで楽しませてもらうよー」
嫁の余裕の笑顔が眩しい。
激しくするのはこちらが持たない。ゆっくりとさせてもらおう。
触れるか触れないかぐらいで唇を付けた。
アリシアの吐息が熱くなっているのが良く分かる。
「ふふ…いいね。こういうゆったりしたのも…嫌いじゃないよ、と」
「あんまり興奮しすぎて齧るなよー…?」
「がんば…る、よ…んっ」
「…あまり涎は垂らすなよ?時々危ないから」
アリシアの性感帯は脇腹や、太腿にある鱗。
撫でるより、軽く引っ掻くぐらいが気持ち良いらしい。
引っ掛からないような動きでカリカリと引っ掻くと、ぴくぴくと足が痙攣したように動く。
いつもの涼しげな表情が蕩けたものへと変わり、それがこちらを更に興奮させる。
「お腹に硬いものが当たってるぅ…」
「何か問題でも?」
「あぅ…焦らさない、で…“ソレ”欲しいのに……」
「全く、ホントに前戯を必要としないよなぁ…」
アリシアの秘部に指で触れてみれば、これ以上ないぐらいに濡れていた。
少し触れただけなのに、離す際、ヌチ…と粘質な音が耳に入って来る。
どうせこれ以上性感帯を弄っても、彼女は満足しないだろう。
……前戯で時間稼ぎしたかったけど、無理だな。
体制を変え、割れ目に亀頭をあてがう。
せめてここぐらいゆっくりと―――
なんて思えば、アリシアの脚に後ろからがっちりホールドされ、一気に膣へと根元まで飲み込まれた。
「―――んんんッ、はぁ!」
「ぐ、一気かよ…」
膣圧は“まだ”弱いものの、精を搾り取ろうとする膣壁のうねりが激しすぎる。
そんな場所に男根を一気に突っ込まされた身としては、快楽や悦楽を超え、軽く鳥肌が立ってしまう。
正直言ってこのままピストンをするなど、無理に近い。
しかしそんなこと、アリシアはお構いなし。
脚を器用に使って接合部を動かし、ズチュズチュと淫靡な音を部屋に響かせ、蕩けた顔で嬌声を漏らす。
しかしその顔と性格、嫌いじゃない。
これが彼女の本性の一面、捕食欲の一環。
……ならこっちも引き締めてやってやるよ。
腹に力を入れ、彼女の脚の動きだけでは届かなかった膣の奥まで男根を“入れる”のではなく、強く“押し込む”。
かなり下がってきていた子宮口と思しき場所まで鈴口が届けば、引き抜くのではなく、更に押し込むようにゆっくり腰を動かした。
それによってこちらをホールドしていた脚が、大きく跳ねる。
「がぅぁ!?」
「あんまり余裕ないんでな。遠慮は、しない」
そしてピストンなどもしない。
子宮口へ鈴口を当てたまま。押し込む角度を変えるだけ。
たったそれだけで、アリシアが背を弓なりにして獣のように喘ぐ。
……ぬ、ぁ…キッツ。
膣内が一気に締まってきた。
しかし膣壁の動きは、決して異物を外へ出そうとするものでは無い。
奥へ奥へと、決して逃がそうとしないような動き。
ほんの少し抜こうと腰を引けば、締め付けて来るヒダがカリや、裏筋を細かく刺激し、思わず動きを止める。
……ヤバいな。
毎度の事だが、余裕が無い。
攻める側に回っても、この問題点はどうしようもなかった。
膣自体が男根全体を離すまいと強く締め付け、刺激してくるので、動かなくても絞られる。
ならばいっそ―――捨て身になればいい。
「ぬぁ…!」
「―――……ぅ?」
ズロロロという擬音の尽きそうな感じで無理矢理引き抜く。
あまりの快感に身を震わせるが、腹に力を入れて射精はしない。
アリシアの驚いたような顔が見えるが、ここで終わりと思わないでほしい。
亀頭を入り口にあてがい、一気に貫く。
「――――ッ!?は、ぅ、あぅ…!」
「ぐ、圧強すぎ…」
ひと際大きく体を跳ねさせ、口をパクパクとするアリシア。
しかし嫁の表情を楽しむほど余裕はない。
本当に、限界が近い。
「ふぅうぅぅぅぅ…」
「くぉ――!?」
ここにきて追い打ちが来た。
アリシア側も腹に力を入れたのか、更に膣内が締まったのだ。
痛みにも似た圧迫感が、射精感を強く促す。
が、負けない。こんなものには屈さない。
変に意地を張って、半狂乱で腰を動かす。
射精感?知らんなそんなもの。
「が、ァう…!!」
そうした中、こちらの首に腕を回され、頭を引き寄せられた。
“目が開いている”。
真っ赤な獣瞳は、夕日が沈み、薄暗くなった部屋の中でもよく目立つ。
しかしこの体勢は“マズイ”。
「いっ゛!」
噛まれたのは、左肩。それも鎖骨より背中寄りの部位。
咬筋力の入り具合から、噛み千切るつもりではないようだが、鋭く尖った犬歯が刺さっているのは分かる。
汗とは別の液体が皮膚を伝う感覚。
そこで流石に、限界が来た。
「…ぁ!」
「ふぁぅ―――!?」
一気に収縮する膣内。
射精からくる脱力感に、アリシアにのしかかるようにしてぐったりとする。
一滴も残さず搾り取ろうと蠢く膣壁。
搾り取ってもなお、精を欲するらしい。
俺はその快感と脱力感から、アリシアは絶頂の余韻から、しばしの沈黙が流れる。
「…むっちゃん?」
「もう無理。動きたくない」
ベッド脇にあるランタンに手を伸ばし、明かりを点けた。
チャナガブルの素材で作られたランタンなので、目に痛くない青白い光で、部屋が照らされる。
まず目に入ってきたのは、指に俺の血を付けて、それを舐めるアリシア。
「…なんというか猟奇的」
「血が美味しくてね。肉ごといきたくなっちゃう」
「まったく…」
とりあえず膣の収縮の終わったので、引き抜こうと―――
「逃がさないよ?」
「…えっ」
脚が再度俺をホールド。そしてそのまま回転。
正常位だったのが、騎乗位へと変化する。
「むっちゃんは動かなくてもいいよ。後は任せてねー」
「……死なない程度でお願いします」
早くもドチュドチュと音を立てながら腰を動かし始めたアリシアに、不安しか感じない。
◇
……ぁー生きてた生きてた。
早朝、ベッドの上で目を覚ました俺は、上半身を起こしつつ、窓の外を見た。
昨晩の記憶は曖昧だが、起きれたという事は生きているという事だ。
肩や首など、各所に包帯が巻いてあるが、二重の意味で彼女の仕業だろう。
……結構痛いな。
噛み跡はしばらく残りそうなので、包帯には当分お世話になる筈。
アリシアを起こさないよう、ベッドを抜けて風呂場まで行き、浄水を頭からかぶる。
朝の目覚ましには、この冷たさがちょうどいい。
「ふぅ…」
包帯に水が染み込み、少し痛みが増すが、気にするほどでもない。
黒のインナーを着て寝室の戻ってベッドをよくよく見てみると、各所に赤い跡が残っている。
……うぉわ。
夜の営みをした次の朝のよくある光景。
前回はちょっと肉片が残っていたが、今回は血の跡だけで済んでいるだけマシなのか。
「…今日は洗濯日和だな」
今日の空はアリシアが起き次第、このベッドを洗って干しておけば、夜までには乾いていそうな晴天だ。
「…ぅ、ん」
窓の光がアリシアの顔に差し込み、眩しさに目を覚ました。
「おはよう。ほら、さっさと起きろ。シーツ洗うから」
「えー…あーうー…」
「寝惚けんなって」
「じゃあだっこー」
「まったく…よっと」
邪魔なので、荷物を運ぶみたいにアリシアを肩に掛ける。
「違う!私が望んでいたのはこうじゃないの!」
「やかましい。ほら、ソファーにでも座ってろ。水に浸けてくるから」
「はーい…」
肩から降ろせば、おぼつかない足取りでリビングに向かって行った。
全裸のままだが、食事前にはどうにかなっているだろう。
さて、今日は何をしようか。
グラッドと騒ぐのもいいし、アリシアとゆっくりするのも悪くない。
「あ、アリシアー!もうそろそろ港に着くから縄掛けといてー!!」
「――分かったー!」
……そういえばヤマツカミの報告書をまだ出してないな。
嫌な事が頭を掠めるが、忘れよう。
今日という日はまだ、始まったばかりだ。
キャラ紹介(外見)
グラッド 21歳
・身長170ちょっと・細身・ぼさぼさの青みがかった黒短髪・八重歯・黄瞳
最上嶽陸(もがみ たけむつ) 36歳
・身長180ちょっと・筋肉質・オールバック黒髪・浅黒い日焼け肌・妻帯者
アリーシャ
・身長170ちょっと・貧乳・黒緑の固い毛質・ポニーテール・各所に赤黒い鱗
眼精疲労にお気をつけをッ!