※この作品はR-18です。

金雷公は白疾風と幸せになるそうです   作:指ホチキス

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注意

タグ:モンハン・性的描写・オリ主・残酷な表現・R18・原作ごちゃ混ぜ・文字数75000文字・独自解釈・ちょっとキャラ崩壊


お久しぶりで御座います。
所々文脈のおかしなところがあるかもしれません。
誤字脱字報告はいつだって受け付けておりますよ。
いつになくテンション任せで書いたので、突然のグロ描写アリです。

ではでは、“一気読み推奨”ですよ。


間話
白昼 獣宿し初心者


馬乗りになった誰かの豊満な胸が、自らの視界で揺れる。

濃厚なほどに充満する、雌雄の香り。

 

……

 

歪む視界に、揺れる体。

何かが聞こえるが、籠っているようで上手く聞き取れない。

自らの腰辺りで、上下運動を繰り返す裸の女。

 

――突然、脱力感と、うねるような快感に襲われる。

運動をやめ、自らの胸に体を預けて来る女。

汗の湿りを地肌で感じる。

 

……

 

何かを耳元で囁かれたが、やはりうまく聞き取れない。

手を握られ、温もりを感じる。

あぁ、なんて暖かいのだろう。

 

……そう言えば、この髪…

 

この短さに、この色。見覚えがある。

そう、そうだ。

これは雑貨屋のお姉さん――――

 

 

     ●●●

 

 

タオルケットを吹き飛ばして跳び起きた。

いや、それ以外に表現方法が無かったとしか言いようがないのが大変心苦しいが、本当にそうなのだ。仕方がない。

波の音がやけに大きく聞こえる。

 

頬がひどく火照り、朝だから、という理由だけでなく膨らんだ下半身に、何故か気まずさを得る。

 

……溜まってんのかね?

 

疲れているのか、露出度の高い服で歩く、村の女性に中(あ)てられてか。

とりあえず夢精はしていないようなので一安心。

ベッドに手を付いて立ち上がろうと―――

 

むにっ

 

ベッドの布地とは違う柔らかい感触に、即座に目を瞑る。

寝起きで働かないことに加えて妙に痛む頭を使い、ゆっくりと現状を確認する。

ここはモガの村、ギルドの指示で移転して昨日で三日、昨晩は引っ越し疲れから一人でもそもそと飯を食って、ベッドでゆっくりしてた筈―――

つまり、ベッドに寝ているのは自分一人。つまりこの柔らかさは、枕か何かだ。

そう断定すると、バッと目を開いて自らの寝ていたベッドを確認する。

 

 

―――裸の女性が、すやすやと寝息を立てて寝ていた。

 

 

タオルケットは跳び起きた際に吹き飛ばしたため、体には何も掛かっていない。呼吸で揺れる形の良い乳房が目に映るが、それに興奮することはできず、だらだらと流れる冷や汗、引き攣る頬。

記憶を遡れ。光よりも早く思考を掛け巡らし、言い訳を考えろ。

 

 

「ご主じーん!おは、よ…う……」

 

 

入口から颯爽と入ってきたメスのオトモ、玉響(たまゆら)と目が合った。

そしてゆっくりと俺の隣に目が移る。

―――言い訳は、浮かばなかった。

とりあえず何とか誤魔化そうと口を開く。

 

 

「えっと、これはその…」

 

 

しかし話を聞いてるとは思えない、俯いたままゆらゆらと近付いてくる玉響の姿に閉口する。

遂にはベッド脇まで近づいてきて、ぼそぼそと言葉を紡ぎ出した。

 

 

「…主人」

「えぁ、え…?」

 

 

罵倒されるかと思い、グッと目を瞑る。

 

 

「―――よぉし!これでこそ酒を盛った甲斐があったというもの!」

「…は?」

 

 

覚悟をした直後に掛けられた言葉は、あまりにも予想外な称賛の言葉だった。

 

 

     ●●●

 

 

肉焼きセットの肉を取り付ける棒に玉響の足を括り付け、手をパンパンと叩く。

最高の作業を終えた…という風に爽やかな笑顔を作ると、ゆっくりと立ち上がり、その姿を見下ろした。

へらへらと笑う玉響に青筋が浮かんだ気がするが、気合で抑え込む。

 

 

「いやいや、男らしくない主人を男らしくしようとしただけだって」

 

 

とりあえず事情は聴いた。

艶な噂の一つすら立たない主人のために一つスキャンダルを。との事らしい。

……16の少年に艶な噂があったらおかしいとは思わないのだろうか。

してそのことを言ったら『繁殖できるなら繁殖すべき!これ生物の常識ッ!!』などと抜かしやがった。馬鹿野郎。

 

 

「以上が遺言?家族に向けて言う事とかは?」

 

 

とりあえず聞けることは聞いてやろうと、火打石をカンカンと叩きながら優しく語り掛けた。

すると真顔になった玉響が、心の底から捻りだしたように言葉を紡ぐ。

 

 

「…ごめん母さん、腹違いのわっちを育ててくれてありがとう……!」

「お前そんな家庭環境複雑だったの!?」

 

 

初耳だ。

5年ぐらい一緒にいるが、今まで聞いたことが無い。

…まぁ、自ら話すようなことでもないが。

 

 

「で、まぁ…冗談はこの辺にしておいて」

「…あれ?主人、ちょっと火花が下の発火部に入って―――!?」

 

 

『熱い!熱いニャ!!』などと跳ねながら騒ぐ玉響を尻目に、ベッドに向かい合った。

 

 

「その…本当にすみませんでした!」

 

 

土下座から入るトークスタイル。頭を地に擦りつけるようにすると尚グッドである。

そう、心の底から謝った。『背中が焦げてる!?』などと騒ぐバカの最たる被害者である、“雑貨屋のお姉さん”に。

―――謝罪から無言のまま三秒ほど、頭の上で嘆息する気配。

 

 

「いいのよ?別に。私も楽しませて貰った節があるしね」

 

 

母性を感じさせる慈愛に満ちた言葉に、思わず涙腺が緩んだ。

一体誰が酒の勢い任せで体の関係を迫った男を許すというのだろう。全てを許す神か?いいえ、お姉さんです。

既に服を着ている彼女は、パンツしか穿いていないこちらの頭を優しく踏むと、楽しそうなトーンでこちらに話しかける。

 

 

「だから、被害者である私が決めた罰はこれ。これで許す!」

「アリガトウゴザイマス!」

 

 

…会話として何か違う気もするが、間違ってはいないだろう。

頭から足を離した彼女は、ベッドの上で足を組み替えると、俺のその様子にケラケラと笑う。

 

 

「なんか喜んでるように見えるけど?」

「いえ、そんなことは」

「ホントに?」

「―――――本当です」

 

 

嘘である。

自覚する特殊性癖は無いが、美人に踏まれて悪い気はしない。

 

 

「そういえばえっと…すみません、お名前なんでしたっけ?」

「テーリア。そういえば昨日の夜以外まともに話したことも無かったっけ」

 

 

……ただの顔見知りを誘うって酔っ払いすぎだろ。

 

まず昨晩の記憶が無いので、飲み過ぎなのは当たり前である。

ちなみに原因である玉響いわく、強い酒を目が据わるまで飲ませ続けたらしい。

まったく、主人を急性アルコール中毒で殺すつもりか。

 

 

「いや、ほんとすみません…」

「あはは、もういいって。ほらほら、グジグジしている暇があったらモガの森を調査してきなさい。昨日村長にも言われていたでしょう?ならGO!」

「――はい、行ってきます」

 

 

言われるがままにハリケーンを引っ手繰って転がるように部屋から飛び出すと、村長の息子さんに挨拶をし、孤島へつながる長い板橋を全力で駆け抜ける。

良く分からない、複雑に絡まったむしゃくしゃした気分をどうにかしたかった。

 

……童貞を卒業したはいいが、酔って記憶が無いなんて…

 

橋を駆ける途中、防具を身に着けていない事に気付くが気にするほどでもない。

朝は強い竜に遭遇することが無いと聞いている。

気分が晴れるまでモガの森の中で過ごそうと決めると、足の動きを速めた。

こうしてモガの村民としての生活、四日目が始まった。

 

 

「―――『被害者である私』?よく言うよ」

「…だって可愛いんだもの。唾を付けたって悪くないでしょう?」

「はいはい。“依頼者殿”の言う通りですー」

「―――二重で、素直じゃないねぇ。貴方だって―――」

「さぁて、わっちも主人を追いかけますかねぇ」

 

 

イルメラの部屋に残された、黒毛の焦げを気にする獣人族と、にんまりと、性悪な笑顔を顔に張り付けた女性。

主人の居なくなった自室で交わされた会話は、黒い雰囲気を撒きながら空気に溶けていった。

 

 

     ●●●

 

 

―――モガの村。

村の大半が海上に造られた、構造自体が稀有な村。

治安は極めて平和であり、恵まれた自然に囲まれた、資源豊かな村である。

 

……だが、その平和という認識は、徐々に薄まり始めていた。

 

主な原因は二つ。

地震と、襲撃である。

時折起こる地震もさることながら、一か月前、警戒網の隙間を縫うようにして現れた白疾風の襲撃は、村民の不安を大きく煽った。

 

それらに対する村民たちの要望はただ一つ。

“ハンターが必要”

それだけであった。

 

村長は村民の願いを聞き入れ、ギルドにハンターを要請した。

ギルドにコネのある村長の申請は即座に受理され、迅速な対応がなされる。

結果、申請から一月と経たぬ異例の速度でハンターが村にやってきた。

訓練所を卒業後、ぐんぐんと力をつけていた新人で、ギルド期待の若手ハンター。

 

その名を、“イルメラ・チガーノフ”。

 

人柄もよく、適応力も高い彼は、モガの村民にすぐさま気に入られ、快く歓迎されることとなる。

そう、彼は気に入られた。気に入られてしまった。

今まで若々しい男のいなかった、モガの村民に―――

 

 

     ●●●

 

 

「村長、唾つけちゃいました」

「ほう、それはよかっ早すぎやせんか!?」

 

 

モガの村、船着き場入り口付近。

そこで雑貨屋を営む女性と、近くに座っていた村長が話していた。

会話開始早々に発せられた大声に、看板娘と剣ニャン丸が何事かと視線を向けて来るが、何でもないと手を振って伝える。

 

まず驚き半分、苦笑半分という心情で頬を掻き、雑貨屋の女性、テーリアの言葉を反芻。

 

 

「唾を付けたってーと」

「お酒飲まして酔ったところをしっぽり…」

 

 

周りに聞かれない程度まで声のトーンを落とし、ひそひそと話す。

 

 

「…で、同意は得たんか?」

「えぇ、呂律の回らない同意を」

「そりゃおめぇさん、同意って言うのかぁ…?」

「でも良かったですよ?」

 

 

さてさて、一体どうしたものか。

ギルドから派遣されて、まだ五日と経っていないのに村の女性と関係を持つとは、

 

 

「なかなか見どころのある若者じゃないか」

「…でも素面だとむっつりって感じでして」

「ほうほう、酒乱とな」

「うーん、ちょっと違うような」

「と言うと?」

「断れない系の酔い方?」

 

 

成程成程。断れないとは、面白い酔い方だ。

恐らく勢いに流されるタイプだろう。

まだまだ彼の事を良く知らないだけに、どんな情報でも面白く感じてしまう。

 

 

「で、そのイルメラ君は?」

「モガの森に探索に行きましたよ」

「うんむ、それは助かるなぁ」

 

 

資源を持ち帰って来てくれるのはありがたいし、森の異変などをいち早く察知できる点でも、森を探索してくれることは助かる。

そんな会話の流れで、ふと彼が村に来たときのことを思い出した。

 

『あー、すみません。乗ってた船が波に流されたので孤島の方から来たんですが、道中絡まれちゃって…。あ、いります?』

 

なんて呑気な事を言いながら、ロアルドロスの爪、たてがみ、尻尾を担いできたのだ。

ギルドからの紹介文では半年前に訓練所を卒業した新人と言っていたが、何とも良物件を寄越してくれたものである。

ロアルドロスを無傷で追い払えるようなハンターは、新人と言わない。

 

 

「おぅい息子よ」

「おう、何だ!」

 

 

いつも通り荷物の上に乗って備品確認をしている息子に声を掛け、一応確認しておく。

 

 

「今日のモガの森はどんな調子じゃ?」

「あー…森自体は穏やかで強い大型も確認されてないが、ちょっと不安定かもしれない。ってとこだ」

「不安定?」

「今朝ちょっと調査に入ったんだが、どうも肌がピリピリするんだ。何かがいるかもしれない」

「うんむ…大丈夫なのか?」

 

 

…若干の沈黙。

 

 

「大丈夫だ!」

 

 

全くあてにならなそうな言葉に、ため息を吐いた。

村の少子化を解消してくれるかもしれない人物だ。

大怪我などしないでくれればありがたいのだが…

 

 

「…疲れたところにお酒を勧めるのも悪くないわね」

 

 

―――どうやら、イルメラ君に休憩は無いらしい。

上位級の竜が目を覚まし始める夜までには村に帰ってくるよう言っているので心配ないが、彼の体力面には心配が残る。

 

「頼むから日の沈まんうちにおっぱじめないでくれよ?」

「…善処するわ」

 

信用ならない返答に、再度溜め息を吐く。

村の子ども達に悪影響が出なければいいのだが。

 

―――本人の居ないところで様々な策略が練られるが、当の本人はその何一つにすら気付く事は無い。

 

 

     ●●●

 

 

「へ…へ……へィらっしゃぁッ!」

「どうした主人、唐突に客集めか?」

 

 

雑草茂るエリア6。アオキノコを採取しながら唾を飛沫させた俺に、玉響が首を傾げる。

肌着姿だから冷えたのだろうか。まともな防具もそろそろ作成した方がいいのかな…などとと考えつつ、オトモのボケに応答する。

 

 

「ちげぇよバカ。くしゃみだ、くしゃみ」

「今のがくしゃみって…今のが…ブッフォ…!」

「そんなんでツボるなよ…」

 

 

笑いの沸点が低すぎるオトモに辟易しつつ、アオキノコをもう一本引き抜いた。

上手く引き抜けず、柄が折れたようになってしまったが、必要なのは傘の部分なので気にせずポーチに捻り込む。

 

 

「いや、だって…『へィらっしゃぁッ!』…『へィらっしゃぁッ』……!!」

「…窒息してろ」

 

 

妙に上手い声マネに苛立ちを得るが、容赦なく蹴り飛ばすほど険悪な仲では無い為、必要ないニトロダケを投げつけた。

しかしニトロダケが当たって尚、腹を抱えて笑い転げる玉響。

何をしても無駄だと悟ると、騒がしく転がる玉響を放置して次のエリアへ向かことにした。

 

かなり開けたエリア5。前通った時と同じようにジャギィが騒いでいるが、斃してもキリが無いだけに、攻撃しようとすら思えない。

さてさて、お目当てのものは…

 

 

「無い、かぁ…」

 

 

折り畳み式の虫網をやる気満々で構えていたのだが、今日は虫が集まっていなかった。

近くにあった骨を拾い上げ、付いた砂をはたいて落とす。

だいぶ時間が経っているのか、軽い力でポキンと折れそうなそれを、全力でジャギィに向けて投げる。

 

ギィッ!?

 

八つ当たりの対象となったジャギィが驚きの声をあげるが、こちらを認識して仲間を呼ばれるより先に脱兎のごとく駆けだした。

 

 

「おい主人!これわっちがやったと思われ…えぇい邪魔だコラ!」

 

 

背後から騒がしい鳴き声が聞こえてくるが、今は逃げることで忙しい。

全てを無視し、次のエリアへ向かうのだった。

 

 

「ちょ…ドスが!ドスいのが来やがった!主人!おい聞こえてるだろ!おいこr」

 

 

     ●●●

 

 

滝が特徴的なエリア2。

足元を流れる水がキラキラと陽光を反射し、かなり眩しく感じる。

とりあえず何かないか探そうと、辺りを見回した時だった。

 

……何か変な匂いがするな。

 

ふと、鼻が異臭を嗅ぎ取る。

刺激臭や悪臭ではないのだが、決して良い匂いとも言えない。

 

 

「…?」

 

 

匂いは風に流されすぐに消えてしまったが、警戒を込めてもう一度注意深く周囲を見回す。が、何もいない。

原因を探すのが面倒になり、諦めの溜息を一つ。

何か資源として使えるものは無いかとそこら辺を探すことにした。

 

錯乱する骨、長く伸びた草、地から角を露出させた石。

それら全てが資源となり得る可能性を秘めているため、一つ一つ採取していく。

時々知らない物が手に入る事もあり、これは何だと村長の息子さんに聞くのも新鮮で面白い。

 

 

―――結局5分ほどかけ、見つかった物を色々とポーチに押し込んだ。

ツタの葉にネンチャク草、セッチャクロアリや竜骨【小】などなど、本当に用途多岐な資源が手に入る。

村長の息子が最近の地震でガタがきていた民家の補修に使いたいなどと言っていたし、全て渡してしまうが吉だろう。

信用を素材で買っている気分になるが、別に悪い事ではない。

 

……雑貨屋のお姉さんの件で、信用を得ないと強姦魔扱いされかねないし…

 

なんて真相を知らないが故の悩みを胸に、大きく伸びをした。

このエリアの資源は大体採り尽した。そろそろ次のエリアに移動しようと―――

 

 

「主人!お土産だァッ!」

「…おい玉響今まで何してあっぶねぇ!!?」

 

 

聞き慣れた声に振り向くと同時、顔面に迫る“何か”を反射的に避けた。

背後で水音を立てる何かを確認するより先に、主人への謀反を起こした玉響へ怒鳴る。

 

 

「なぁにしやがる!」

「オトモを囮扱いする主人が悪い!」

「…あぁ、そりゃ悪かった。お前の事だしあれぐらいの群れなら逃げられるだろとか思ってたんだよ」

「…ドスが来て囲まれた挙句、匂いを嗅がれ、攻撃されるでも無く目の先で鼻で笑われたわっちの気持ちを主人は分かるのか!?」

「お前本当に何者だよ!?」

 

 

でも鼻で笑われる匂いとはどんな匂いなのか気になるので、玉響を持ち上げる。

その行動にセクハラ!セクハラ反対!などと玉響が騒ぐが、アイルーのメスに欲情するほど欲求不満ではない。

耳の合間に鼻を押し当て、匂いを嗅いでみる。

すると尻尾をピンと立て、一度ビクンと震えた後、

 

 

「フニャァァン…」

 

 

などと蕩けた声を出す玉響。

雄を呼び寄せかねない艶っぽい鳴き声に、思わず手を離す。

 

 

「おいやめろ!本気でセクハラしてるみたいになってるから!」

 

 

―――ちなみに玉響の頭からは、ほんのりとした潮とミルクの香りと共に、濃厚な血の匂いがした。

多分、鼻で笑った連中に報復したのだろう。

薄っすらと生えた草の上で、荒い息を繰り返す玉響を見下ろし、ため息を吐いた。

 

見た目が可愛いらしいことは認めよう。

だが、その可愛さを差し引いて尚余りある性格が、最たる問題となる。

可愛らしい“ニャ”語尾も無い男っぽい言葉遣いに、興味と好奇心に全てを賭ける行動理念。

5年も共に暮らしていると、腐れ縁のようになってしまう。

 

何の気なしに空を見上げると、思ったことを口からそのまま零した。

 

 

「…乳臭かったのかね?」

「っらっしゃぁ!」

「ブッ!?」

 

 

失礼な発言のお返しにと、顔に変なヒラヒラしたものを投げつけられた。

慌てて手に取ってみると、少し小さいものの、それは見たことのある…

 

 

「王者のエリマキ…?」

「屍骸はちっさいのに持ってかれたけど、少しの素材と交易品は確保できたんだ」

 

 

鱗と爪を見せびらかしながらそう言う玉響の顔は、どこか誇らしげだった。

いつもは気だるげに、『ほら、ブーメラン投げとけばいいんだろ?』的な雰囲気で狩りに望むためにあまり実感出来ないが、ハッキリ言って防具無し、武器もアイアンネコソードとそこまで性能の良いものではないのにも関わらず、容易く狗竜を斃す玉響は強すぎる。

コイツを見ているとハンターとして立つ瀬が無くなりそうで、悲しくなってくるぐらいだ。

 

……それで手伝ってくれれば、最高なんだけどなぁ。

 

 

「いつもそのやる気を出せよ」

「…その敵に禍根があるなら考える」

「はいはい。じゃあ今度お前のマタタビを敵対した奴の口に投げ込むわ」

「結果だけ言うと、禍根が主人に向くな」

「…今の案は無しにしよう」

「賢明な判断だ」

 

 

玉響から渡された狗竜の素材をポーチにしまいつつ、くだらない会話で時間を潰す。

狗竜の素材でポーチのスペースにも余裕も無くなり始めたので、とりあえず、今日はこの辺で撤退することにした。

結構色々な物も手に入ったし、村長の息子さんも喜んでくれることだろう。

玉響に声を掛け、エリア1に移動しようと――――

 

 

「主人ッ!」

「―――」

 

 

耳に入って来る玉響の金切り声。

何事かと振り返ると同時、

 

―――気が付けば、地を転がっていた。

 

 

「??」

 

 

呂律が回らない。立ち上がることも出来ない。

歪んだ視界が、何が起きたのかという認識を阻害する。

 

―――

―――!

 

篭ったような声が、二つ聞こえてきた。

聞き慣れた玉響の声は分かるが、もう片方の声は分からない。

一体何が…

 

視界の端で、輪郭のぼやけた灰色の何かが動き回る。

 

―――――!?

 

玉響の驚愕したような声。

こうして何が起きたのか、把握すらできぬまま―――

 

パァンッ!!

 

何かの破裂音と共に、俺は意識を失った。

 

 

     ●●●

 

 

「―――遅いな」

「やっぱりそう思いますか?」

 

 

夕暮れ時。

海が朱に染まり、村の全域を眩しく照らすが、開いていた雑貨を片付けるテーリアと、村長の表情は暗かった。

イルメラがモガの森に入り、既に12時間近くが経過している。

夜までに帰って来ると思っていたのだが、彼が長橋をわたって来る気配の一つすらないため、そろそろ心配になってきたのだ。

 

 

「村長、ちゃんと夜は危険って言ったんですよね?」

「あぁ、念を押して言った。まだ君には早い。とな」

「まさかその言い草に思春期特有の反抗心が…」

「おいおい、命を賭けるハンターがバカな行動はするまいて」

 

 

しかし彼が帰ってこないことも事実。

探しに行こうとも、夜になり始めた今では村長の息子ですらもモガの森に入る事は躊躇する。

昼と夜では、危険度の桁が違うのだ。

夜になってしまえば、助けに行けるような人物は村にいない。

例え上位ハンターの彼と言えど、まだ少し身に余るだろう。

私は手慰みに雑貨である回復薬のコルク栓を外したりはめたりしながら、どうしようかと考える。

 

―――三日間と少し。この短期間で私の見る限り、彼は無茶や無謀からは遠い人間だ。

自分の出来ることは理解しているし、物分かりもよい。

出来ない事は素直に口に出し、分からない事は分からないという。

 

……お酒に酔ってすらもそれは変わらなかったなぁ…

 

呂律の回らない口調で『ふいません…どうふれふぁ……?』なんて、挿入の際に言ったのだ。

あの時は、思わず噴き出してしまった。

 

その事を思い出して口端が緩むが、今はそんな事態ではないとすぐに表情を固める。

 

 

「…まずい、日が落ちる。」

「捜索は…」

「既に倅(せがれ)が行った。軽く見回って来るとの事らしい。やはり長時間の散策は危険だからな」

「見つかりますかね?」

「……こう言うのも悪いが、見つかる可能性は低いと、そうワシは思っている」

 

 

村長のその言葉に、私は思わず身を乗り出した。

彼は、私の家族でも、恋人でも無い。

だが、一晩身を交えた仲ではある。その現実は受け入れたくない。

自分でも若干ヒステリックが入っている気もするが、あくまでも冷静に。

 

 

「村長は、彼が…死んだと?」

「カッハハハハ!いや、それは無いだろう」

「…では、見つからないとはどういう意味ですか?」

 

 

顎に蓄えた白髭を弄りながら、村長は哂(わら)う。

 

 

「彼は必ず生きている」

「なら」

「まぁ待て、そう結論を急くな。聡明な彼の事だ。彼が帰らない理由は、たぶん二つの内どちらかだろう」

 

 

使い古された、老人とは思えない力強い指を二本立て、村長は口を開く。

 

 

「一つ目は、彼には“帰れない理由が出来た”というところだろう。ポーチを盗られた、時間すら関係なくなるほどの何かを見つけた、探し物が出来た、といったことが挙げられる」

「二つ目は…?」

「…二つ目はなんらかのトラブルによって“帰れない状況に陥った”。これについては、モンスターの襲撃、不意の負傷、避難せざるを得ないモンスターとの邂逅などが挙げられるだろう」

「……後者だと、本当に捜索しないと危険なんじゃ…」

「そうかもしれない、な……?」

「―――村長?」

 

 

会話の途中。

ふと何気なしに海へ顔を向けた村長の表情が、疑問、警戒、そして安堵へと見る見る内に変わっていくのを見て、私は眉を顰めた。

 

 

「カッハハハハ、どうやらイルメラ君は強運らしい」

「――――ッ!?」

 

 

その言葉を理解するより先に、肌が泡立つ。

村長と同じように海の方を向けば、夕日に照らされた朱の海が淀んで見えた。

海の方から感じられる圧倒的な威圧感に、腹が重くなる。

 

 

「村長…!一体何が…!?」

「おうおう、そんなに怖い顔をしなくていい。この村に危害を及ぼすつもりはないだろうからな。おーい、子ども達を農場の方へ連れていけー!威圧に中てられてるぞー!」

 

 

慌てて村の子ども達を農場へ避難させる親の姿を目端に、私は歯を強く食い縛った。

徐々に近付く死の気配に、冷や汗が流れる。

すると、珍しくアイシャがクエスト受付テーブルから出てきて、私たちの隣に並んだ。

目を細め、不思議そうな表情で海を見つめるアイシャに、私は疑問を零す。

 

 

「アイシャも威圧感の正体が気になる?」

「あ、こらテーリア、彼女を竜みたいに扱ったら旦那さんが怒るよ?」

 

 

……は?彼女?

 

どうやらこの威圧感の正体は人間…それも女性らしい。

 

 

「アイシャの知り合いなの?」

「…顔見知りというか何というか。あぁそうだ、とりあえず“何かご飯を作らなくちゃ”」

「こんな時に何お気楽な事言ってるんだか…」

「でも重要よ?超優しいから雑貨もいっぱい買ってくれるかもね。…主にお酒。おーい、アイルーちゃー…キャァアア!?気絶してる!?」

 

 

超優しい人物がこれほどの威圧感を放つものなのか。

恐怖と興味が半々になった心情で、海を見つめる。

 

騒がしくなる船着き場周辺。

 

威圧感の接近と比例するように、夜も近付いてきた。

あと3分もしないうちに日が沈むことを予期しながら、私はイルメラ君のことを考える。

 

……どうか無事で。

 

―――ふとこちらを見て笑う村長に苛立ちを覚え、薬草をぶつけた。

 

 

     ●●●

 

 

酷く痛む頭に、意識が覚醒した。

薄暗い為に状況が把握できないが、今は寝転がっているらしい。

 

 

「―――いってぇ…」

「…やぁ主人、ようやっと目が覚めたかい?」

 

 

充満する土の匂いに、聞き慣れた声。

 

 

「よぉ玉響。元気か?」

「重症」

「…マジで?」

「嘘だ。本当は細かい切り傷が沢山」

 

 

額にぺたりと何かが置かれる感覚。

妙にフワフワしていることから、玉響の手だと察する。

起き上がる事も気怠いので、寝転がったまま気になる事を訊いてみる。

 

 

「ここは…?」

「エリア2の巨木の下。なんとか撤退したんだ」

「その話は後で訊くとして…出ても大丈夫か?」

「そーっと顔を出して見ればわかる。このエリアから帰るのは無理そうだ」

 

 

玉響の挑発的な物言いに、無理矢理でも帰ってやろうと意気込む。

ゆっくり立ち上がると、何となく現状が把握できた。

今まで複雑に絡まった巨木の根の下、寝転がれる程度に掘られた土の上で寝ていたらしい。

 

根の隙間から、エリア2を覗き込む。

――視界に入ったのは、互いに体を擦り付け合っている蒼火竜と桜火竜。

つがいだろうか?随分と仲の良いものだ。

 

 

「…待て待て待て…あれ亜種じゃん…!?」

「言ったろ?あれに目をつけられたら帰れない」

「というか夜…!?ヤバいじゃん!亜種モンスターとか勝てねぇよ…!!」

「落ち着けクソ主人。現状を教えてやろう」

 

 

     ●●●

 

 

把握した。玉響の説明によって現状全てを把握した。

で、結論。

 

 

「良く生きてるな」

 

 

どうも、俺の背後から白疾風が襲撃してきたらしい。

話を聞くと、音も気配もなく、突然空から降り立ったそうだ。

そして警告の声すら間に合わず、顎に翼刃を喰らって吹き飛んだ俺はそのまま気絶した――――と。

 

 

「わっちから見た感じだと、マジで『あ、死んだ』って思うぐらいの吹き飛び方だった」

「記憶にねぇなぁ…」

「そりゃそうだ」

 

 

その後、白疾風は俺から興味を失ったように玉響へと標的を変え、一撃を見舞うと、金色の閃光と同時に姿を消した。

…で、その閃光は雷か何かだったらしく、玉響は感電。

何とか俺を引き摺って根の下まで運ぶと力尽きた、とのことで。

 

――ここモガの森では、力尽きた際にキャンプまで運んでくれるアイルーがいない。

一応、いることにはいるのだが、その分見返りを払わねばならぬので、今回は玉響の独断でアイルーを呼ばなかったようだ。

 

 

「…俺に白疾風任せるって、ギルドバカなんじゃねぇの?」

「まぁ、お前でいいだろ的に押し付けられた主人では無理そうだよな」

 

 

一撃でダウンだ。防具を着けていたとしても、多分結果は同じである。

 

 

「んで主人、どうする?回り道して帰るか?」

「それがいいなぁ。見つかったらヤバいし、まずは安全なエリアに移動したいな」

「ここにいるという選択肢は無いんだな?」

「…ま、怖いもの見たさってあるだろ?」

「命を賭けるハンターの言葉ではないなぁ」

「お?お前は反対か?」

 

 

すると額をポスポスと叩かれた。

気持ちいいぐらいの強さに、玉響の上機嫌さが窺える。

 

 

「いんや、同意。寧ろ移動経路は確保済み。エリア5までなら移動できる」

「さっすが」

「よし、行くか」

 

 

―――こうして、ハンターとしてあまりにも勝手で、危険な散歩が始まった。

何が出現するのか分からない、何が起きるか分からないという不明瞭な状況は、堅実な狩りを行う普段と違い、以外にもスリリングで、楽しいものだと気付く。

まるで、幼い頃の冒険遊びを彷彿とさせる感情は、懐かしさと同時に、興奮を際立たせる。

命が消えかねないこの現状に、笑ってしまう自分がそこにいた。

 

……白疾風に遭遇しませんように。

 

願いを込めて玉響の尻尾をふんわりと握り、迷路のような根の隙間を抜ける。

 

開けたところまで出れば、エリア5まであと少し。

美しい月と綺麗な星空が、いつもと違って見える。

 

 

「――何か興奮してきたわ」

「発情期か」

「ははっ。…そりゃ二か月前のお前だ」

「アレはわっちではない。劣化分身だ」

「なんだソレ」

 

 

他愛も無い言葉を交わし、エリア5に到着。

夜だからなのか、鳥竜種、バギィもいつもより強く見える。

 

 

「おい主人」

「…なんか今日は饒舌だな。で、どうした?」

「夜とは舌を滑らかにしてくれるものだ。して、あのバギィ。あれ上位と大差ないぞ」

「えっ」

「…これはわっちの考察なのだが、この森、夜になると強き者どもが目を覚ますらしいな」

 

 

玉響とバギィを交互に見て、今の言葉を頭の中で復唱。

 

―――さて、装備すら着けていない現状で、強き者ども(上位のモンスター)を相手取ったらどうなるか。

 

答えは、大型に遭遇した場合、死亡確定である。

 

……まぁ、小型でも死にそうな感じはするけど。

 

 

「…逃げるぞ」

「賢明な判断だな」

 

 

こちらに気付いたバギィが威嚇してくるが、すべて無視してエリア6へ駆け抜ける。

鳥竜種の巣であるエリア6に入るのは嫌だが、逃げるためには致し方ない。

 

―――最善として、巨木の根に戻ればいいのだが、正常な判断すら出来ぬため、そんな案は浮かばなかった。

 

散歩という気楽な考えは、すぐに恐怖の鬼ごっこへと変貌した。

玉響を右脇に抱え、走る。

 

 

「後ろはどんな感じだ!?」

「バギィが威嚇して…マズイ!ドスバギィが来たぞ…ッ!!」

「くそがァ…!!」

 

 

昼と違って、大型との遭遇率も跳ね上がっているようだ。

背後から聞こえる重みのある足音が、恐怖心を煽る。

 

 

「主人!合図で左右どちらかに前転回避…今ッ!」

「急に!?」

 

 

しかし従う。

慌てて飛び退くように身を投げ出し、回転。

今の今までいた場所に睡眠毒液がびちゃりと音を立てて地面で撥ねるのを確認し、再度足を動かす。

ついでにいい案が浮かび、腰に巻いたポーチを手で玉響の顔横に合わせた。

 

 

「…玉響!ポーチからネンチャク草と石ころを取り出して素材玉作ってくれ!」

「ぬ…手が届かん」

「みじけぇ腕だなオイ!」

「違う!留め具が向こう側にあるんだよ!」

「バランス崩れかねないからお前に任せていいか…!?」

「いいだろう!」

「掴め!」

「応!」

 

 

ポーチの留め金を外し、玉響にポーチを持たせる。

さて、後は追いつかれないように走るだけ。

 

草の生えた地を抜け、滑らかな岩が地から顔を出すエリア7。

夜は旧文化の住居が美しく見えるが、今は見惚れている場合ではない。

後ろから聞こえる足音が気のせいだと願って玉響に声を掛けた。

 

 

「まだついてきてるか…!?」

「…勿論。そして悪いニュースだ。多分キングサイズ」

「マジで無理ッ…!」

 

 

苔の生えた岩で滑らないように注意しつつ、体力の限界を超えて走る。

 

 

「主人、手を!」

「ハァ……ッ!」

 

 

息も切れ切れに、玉響の前へと左手を差し出した。

掌に置かれた“それ”を見て笑う。

 

……ったく、優秀すぎだろ。

 

既に、光蟲が貼り付けてあった。

全てを先読みするオトモに、さすが以外の言葉が見当たらない。

 

 

「玉響、目を!…ラァ!」

 

 

警告を発し、光蟲を指で潰して背後に手早く放る。

 

カッ―――

 

ドスバギィの目の前で、網膜を刺激する閃光が炸裂した。

 

 

ギィ!?

 

 

光が収まったので振り向けば、目を回しているドスバギィと、配下のバギィが。

 

……うわ、マジでキングサイズ!?

 

軽く見上げるほどに大きなドスバギィに驚きを得つつ、足音を立てないようにエリア3へ。

―――玉響が何やら身震いをしたが、気にする事でもないだろう。

腰をかがめ、低くなった天井をくぐり…

 

エリア3へ、到着した。

 

すると、未だ抱えている玉響が足をバタバタとさせ、毛を逆立てる。

 

 

「主人…!今すぐに戻れ…!!」

「は?いや、帰るんだぞ?」

「いいから早くしろ…!今ならまだドスバギィが目を回している。エリア8、飛竜の巣へ“逃げろ”!」

「逃げる…?」

 

 

そして、俺はようやくそれを察知した。

震える手、体が重たくなったと錯覚してしまう程の重圧。

“エリア1からこちらに、何かが来る”。

近くにいるというだけで震えが止まらないそれは、決して出会ってはいけない“死の気配”。

 

 

「な、ん…!?」

「早く逃げるニャ…!!」

 

 

久々にニャ語尾を聞いた気がするが、それだけ焦っているという事だろう。

動かぬ足を叩いて気合を入れ、エリア7へ駆け戻る。

 

 

 

――――1分後、エリア3にはダマスクX装備の女性が立っていた。

 

 

「……」

 

 

すんすんと、匂いを嗅ぐように鼻を数度動かした後、首を傾げる。

 

 

「血の匂い…というか動いてる?んん、話が違うぞ…?」

 

 

口慰みか、ポーチからこんがり肉を取り出し、齧りついた。

“赤い獣瞳”が、思案するように上を向く。

 

 

「まぁ、追いかければいいかぁ」

 

 

固い黒緑の髪を手で弄びながら、女性はエリア7へと歩き出した。

…途中、背負ったランスが低い石天井にぶつかり、苛立ちから岩天井をグーパンしたのは、彼女のみが知る事である。

 

 

     ●●●

 

 

ズズズ…

 

 

「地響き…?」

「エリア3の方からだ。主人、急げ…!」

「おうよ」

 

 

ドスバギィたちも先程の気配を察知したからなのか、鳥竜種の一匹すら見えなくなったエリア7。

岩の段差を乗り越え、飛竜の巣であるエリア8へ急ぐ。

 

 

「――ッ!?主人、こっちに来てるぞ…!!」

「マジかよ…!?」

 

 

狭い岩の隙間を抜け、エリア8までもう少し―――

 

 

「げ、主人。気付かれないようにしないと」

「…まさか亜種カップルが戻ってる?」

「まぁそうなんだが…」

 

 

キャゥ―――

 

 

「?今の鳴き声…」

「なぁ主人、竜に露出癖ってあるのかな?」

「…突然どうした?」

「いや、ならば助かると、そういう事だ」

 

 

そうこうしているうちにエリア8に到着。

 

 

キュイ―――!

ガァ、ギッ!

 

 

……やっべ。

 

目の前で繰り広げられる行為に、思わず身を固めた。

蒼火竜と桜火竜が交尾中であった。

雄が雌に体を預けるような背後位で、ピストンを繰り返すつがいに、思わず息を呑む。

 

声を押し殺す仕草すら見せず、何も気にしない。

荒々しい交尾は、竜としての本質を表しているようで。

 

肉棒を伝って、桜火竜の愛液が地に染みを作っていく。

艶やかなその行為に、目を奪われた。

 

ふと脛辺りを叩かれ、我に返る。

 

 

「……おい主人、走り抜けるぞ」

「…そうだな」

 

 

交尾を続ける二匹に気付かれるわけにはいかない。

全速力で走り抜けると、崖から下へ飛び降りた。

 

 

ガゥ、ギャウ―――!

 

 

頭上から聞こえてくる嬌声で、気付かれなかった事が分かる。

 

……なんて言うか…お幸せに。って俺らの敵を増やすことに…?アレ?

 

世界の心理に一瞬触れたが、水に叩き付けられ、すぐに思考が真っ白になる。

エリア全てが海中であるエリア11。

余計な事を考えていた所為で腹からダイブしてしまい、あまりの痛みに水中で蹲った。

 

首根っこを掴まれ浮上すると、玉響が心配そうな目でこちらを見ている。

 

 

「腹からいったな。無事か?」

「痛い」

「知ってる」

 

 

しばらくすれば徐々に痛みも収まり始め、泳げる程度まで回復した。

時期も時期なので、ポーチからホットドリンクを取り出し、煽る。

好みからピリ辛に調整しているのだが、結構美味い。

 

 

「お前もいるか?」

「わっちが辛いの苦手なのは知っているだろう?」

「…まぁ、な」

 

 

さて、

 

 

「ここからどうしようか」

「帰ることが目的だろう?」

「…そうだよな。行くか」

「―――そう言えば主人、ドキドキノコと素材玉でモドリ玉は作れないのか?」

「ごめん、ドキドキノコを持ってない」

「…そっか」

 

 

泳いでエリア10まで移動すると岸に上がり、大きく深呼吸。

 

―――ここら辺から、玉響の口数が少なくなり始める。

 

 

「玉響…?」

「――あぁ、いや…あの気配が感じられないな、と」

「何か辛そうだが大丈夫か?」

「…体が冷えただけさ」

「ならいいけど。ほれ、目ぇ瞑れ」

 

 

水で薄めたホットドリンクを体にかけてやる。

 

 

「グ、ギ―――ッ…あり、がと」

 

 

すると、唸り声に近い苦悶の声を上げた後、礼を素っ気なく言い、フラフラと歩き出す玉響。

――ここで違和を無視するほど、ダメな主人になったつもりはない。

 

 

「…おいこら、服脱げ」

「セクハラに付き合ってる暇はない。後にしてくれ」

「うるせぇ。脱げ」

「ちょおぅ、やぁぁ…」

 

 

脇に手を入れ、無理矢理抱えた。

玉響もじたばたと暴れるが、いつものように力強く無く、どこかひ弱である。

両腕を掴み、毛と同じ色のインナーを引ん剝いた。

インナーを脱がした玉響の体を見て、息を呑む。

 

腹巻のように巻かれた白い布包帯の背中側が、赤く染まっていた。

 

 

「外すぞ」

「初めてなんだ。痛くしないでほしい」

「うるせぇ。ふざけてる暇があったら歯を食いしばってろ」

「ギィ―――ッ!」

 

 

包帯を手早く外し、傷を確認する。

 

体を横一直線に走る、一文字の傷。

明らかに軽傷という表現では済まない傷である。

そしてマズイ。出血は止まっているが、傷は閉じていないのだ。

回復薬グレートを躊躇なく掛けると、新しい包帯をきつく巻く。

玉響が痛みに身を捩るが、気にせずに処置を続ける。

 

 

「…細かい切り傷なんて言った奴は誰だっけ?」

「さぁ…?」

 

 

処置が終わると胡坐をかき、玉響を太腿の上に寝かせた。

海水に湿る浜に寝かせるより、こちらの方が良いと判断した結果である。

 

 

「ごめん…」

 

 

主人としての情けなさに、涙が出る。

 

 

「不意打ちを喰らうのは仕方がないこと。そんな顔をしてはかっこ良い顔が台無しだぞ」

 

 

顔面にパンチを喰らうが、蓄積したダメージで体がうまく動かないのか威力が無い。

玉響もその事に気付いたのか、今度は手では無く、勢いのついた尻尾でビンタされる。

 

 

「しっかりしろ。わっちが逃げなかったのは、この傷のせいではない」

「…」

「まぁ、何だ。主人に懐くのはオトモの仕事だからな…」

「―――帰るぞ」

「…なら背負ってくれるか?楽でいい」

「ん」

 

 

首に手を回させて背負うと、包帯を用いて落ちないよう体に固定する。

過度に揺れないことを確認し、モガの村に向け、足を動かし始めた。

 

玉響の小さな寝息が、首にかかる。

 

……早く!

 

スタミナなんて関係ない。

全速力で駆け抜ける事を誓い、水しぶきを上げて走る。

 

 

瞳は赤くほとばしり、周囲には黒いオーラが漂う。

その形相は、まるで獣のようであった。

 

 

     ●●●

 

 

「…あぁまったく。竜の精液の匂いってどうしてあんなにも強いの…?」

 

 

形の良い眉を吊り上げて憤慨する女性が一人、エリア11で浮かんでいた。

起伏の少ない体が夜風にさらされ、身を震わせる。

 

 

 

「―――うん、逃げるように動かれてるよねぇ…これ」

 

 

空気に乗った匂いを嗅ぎ、女性は独り言をぼそぼそと呟いた。

暗い中でも自己主張をする赤い竜瞳をゆっくりと閉じると、眉尻を下げてため息を一つ。

 

 

「竜除けに威嚇してたけど、初見さんにはちょっと怖かったかぁ」

 

 

エリア8に戻る蔦を掴むと、ランスの重さなど感じさせない速度で走るように駆け上る。

 

 

「…先回りのためとはいえ、またあの空間に行くの…?」

 

 

自らの行動に、自分で疑問と嫌悪の感情を零すと、女性はエリア8に舞い戻った。

 

 

「―――まぐわい中に、ごめんなさいね」

 

 

彼女の挨拶に、交尾中だった亜種二匹は、硬直する。

賢い彼らは気付いたのだ。逆らったら“喰われる”と。

 

 

「失礼しました。お楽しみ中、ごめんなさい…」

 

 

言葉だけの謝罪を一つ。

エリア5へ飛び降りた彼女は鼻腔に残る雌雄の香りに一つ、舌打ちをした。

 

 

     ●●●

 

 

開けたエリア5へと到達。

村への長橋まで、あと少し。

 

 

「今は構ってる暇がねぇんだよ…!!」

 

 

エリア2への道を塞ぐ見たことも無いモンスターを前に、俺は本気で殺意を向けた。

上位相手に自殺行為だとは理解している。

だが、玉響を助けたいというただ一つの感情が、全ての理性を破棄させていた。

こちらに気付いたその竜が大きく吠えるが、そんなことに構っていられない。

 

 

「邪魔を、するなァッ!!」

「そうそう、邪魔をするのは良くないぞぉ」

「―――ッ!?」

 

 

肩にポンと手を置かれ、驚きのあまりにそちらを振り向く。

見たことも無い豪奢な装備を身に着けた、無表情の美しい女性がそこにいた。

薄い目が、こちらを見つめる。

 

 

「―――やぁ、キミがイルメラ君?」

 

 

見た目とは正反対の、明るい口調で質問された。

どうやら女性はこちらの事を知っているらしい。

よくよく見てみれば、耳は尖り、手の指が四本。

 

……竜人族の女性が、どうして?

 

疑問が疑問を呼び、混乱する。

しかし質問には一応返答。

 

 

「えっと…はぁ…」

「ん?あらら、オトモちゃんがケガしてる。えぇっと…」

「ッ」

 

 

ブォン―――

 

―――油断していた。

女性を恨むわけではないが、運が悪かった。

会話で気が散った俺の頭の上に、竜の刃に似た尻尾が迫る。

 

思い浮かんだのは、今までの短い人生。

そして次に浮かんだのは、玉響の事。

 

……せめて、玉響は――――

 

玉響をかばうように覆い被さり、歯を食いしばる。

そして俺は両断され―――

 

 

「おっと」

 

ガヅ!!

 

「……は?」

 

 

女性が何の気なしに、振り下ろされた尻尾を“掴んだ”。

鈍い音が鳴るほどの勢い全てを豪奢な防具に包まれた腕で受け止めた女性だが、表情は何一つとして変わらない。

 

そして、女性の雰囲気が一変した。

 

薄い目が開き、瞳孔の細い真っ赤な瞳が空気に晒される。

 

 

「退(の)け」

 

 

肌が泡立つほどの威圧感に、体の震えが止まらない。

 

一目散に逃げていく竜を見送ると、女性は瞳を閉じた。

こちらに手を差し伸べると、申し訳なさそうに頬を掻く。

 

 

「オトモちゃんにはごめんなさいね。負担が強かったでしょう」

「…あの気配は」

「あはは…後で説明してあげる。さ、キャンプに行こ」

 

 

手を引かれ、エリア2から行けるキャンプまで連れていかれる。

――何も聞かされぬまま現実離れした光景を見た俺は、放心状態であった。

 

 

     ●●●

 

 

ベッドに玉響を寝かせ、女性が謎の粉を包帯に振りかける。

そして焚火に向かって呆然と座る俺に向かって、一つの小瓶を渡してきた。

 

 

「元気ドリンコ。飲んで落ち着くと良いよ」

「ありがとう…ございます……」

「…さて、体も温まってきたから自己紹介から始めよっか。じゃあ…私からね」

 

 

焚火に肉焼きセットを取り付け、生肉を焼き始めた女性は、柔和な口調で話を進めていく。

焚火を中心として向かい側へ座った女性は、髪の毛を握って絞ると、口を開いた。

 

 

「まずは初めまして。私の名前はアリーシャ。竜人族のハンターだよ」

「アリーシャ、さん…」

「そ。まぁ…名前だけでも憶えてね。ここに来た理由は、モガの村に遊びに来たら村長に『丁度良かった!』的に話をされて、見返りの代わりに君を保護するため。目を開くと体質で威圧感が発せられちゃうから、竜除けにそのまま行動してたんだけど…逆効果だったよ」

「…威圧感については、まぁ…」

「でも生きてて良かった。…無事では無かったけど」

 

 

ほい焼けたー。と言って肉を手渡される。

お腹が減ってたので、一口齧り付くと、ようやく今を実感し始めた。

 

村の皆を心配させたこと、玉響に無理をさせてしまった事、そして、アリーシャさんにまで迷惑を掛けてしまった事。

何より、自分の命を捨てるように行動していたこと―――

 

 

「……」

「随分張り詰めた表情だねぇ。そういえば君の自己紹介、聞いてもいいかな?」

「えっと、はい。イルメラ・チガーノフ。歳は16で、最近モガの村に派遣されたハンターです」

「ん、じゃあ質問。ハンターになったのはいつ?ハンターランクは?」

「ハンターになったのは約半年前。ランクは4です」

「お、半年で4とは優秀だねぇ」

 

 

ポーチから生肉を取り出して再度焼き始めたアリーシャさんは、無表情のままケタケタと笑いながら、周囲に落ちていた廃材を焚火に投げ込んだ。

パチパチと音を立てて火の勢いが増し、囲んで座る二人の顔を明るく照らす。

 

 

「…さて、じゃあ何があったのか。教えてくれる?」

「?」

「ん、夜になっても帰らなかった理由。重症のオトモの為に怒る人間が、わざわざ長居するっていうのもおかしな話だからね」

「…玉響の傷に気が付いたのは、アリーシャさんの威圧感から逃げてる時でした」

「―――いや、本当にごめんね?」

「あぁ、いえ。そう意味では無く…玉響自身が先程まで傷を隠していたんです」

「へぇ。主人にまで傷を隠すとは、随分と変わったオトモねぇ。とと、や・け・た・か・な~♪」

 

 

火にくべた肉を確認するときの妙なリズムで口ずさむメロディが、少し可笑しい。

焼けた焼けた、と楽しそうなアリーシャさんが、こちらの顔を見て、初めて不思議そうな顔をする。

 

 

「どうかした?」

「あぁ、いえ。随分楽しそうに食べるんだなぁ…と」

「うーん、まぁ、普通より捕食欲が強いからじゃない?」

「ほしょ…え?」

「あぁ、えっと…食べることが好きなの」

 

 

旦那さんに食べ過ぎって良く怒られるんだ、なんて不服そうにつぶやくが、表情がない為に違和感しかない。

 

……というかこの人既婚なんだ。

 

失礼な話だが、ちょっと意外だった。

竜人族があまり配偶者を求めないという話を聞いたことがあるのも一因だろう。

 

 

「で、オトモちゃんの傷は何の傷?」

「二つ名、白疾風の襲撃の際に食らったものだと思います」

 

 

俺のその不明瞭な物言いに、アリーシャさんが肉を齧りながら疑問を零す。

 

 

「見てなかったの?」

「…お恥ずかしながら、白疾風からの不意打ちを喰らってダウンしていました。村に帰れなかったのは夜まで覚醒できなかったせいです」

「――防具無しで不意打ち喰らって無傷って凄いね」

「偶然です。おそらく虫けらには興味が無かったのかと」

「卑下しすぎじゃあ…」

「でも玉響は強かった故に重症です。俺がもっと強ければ良かったんですけどね…」

「―――主人は強いと思うんだがな」

 

 

聞き慣れた声に、思わず振り向いた。

ベッドから立ち上がろうとはしないものの、上半身を起こしてこちらを見る玉響の姿が確認できて、心の底から安堵の吐息を吐く。

 

 

「あぁ、おはよう。この粉を飲むと良いよ」

「えっと、貴女は…」

「ん、私はアリーシャ。モガの村長から頼まれて迎えに来たの」

 

 

白緑(びゃくろく)色の粉を手渡されると同時にサシミウオ食べる?と訊かれ、無言で頷く玉響。

その様子にアリーシャさんは満足したように頷いた。

しかし、その表情はどこか晴れないように見える。――無表情だが。

 

 

「…モガの森も随分と生態が荒れたなぁ。ついに斬竜が出るなんて」

「斬…竜?」

「ほら、さっきの尻尾が剣みたいな竜。本来どこだかの遺跡群周辺に生息してた獣竜種なんだけど、とある竜が大暴れして住処を追い出されちゃったらしくてね」

「それでわざわざ住処を探してこんなところまできた、と」

「多分そう」

 

 

そして最後にアリーシャさんは、こうなったのは自業自得だけど。なんて、呆れたようなトーンで呟き、肉を齧った。

一体何のことか分からないが、斬竜の事であることは何となく理解した。

 

 

「――さぁて、そろそろ帰らないとね。オトモちゃん…はまだ無理させられないね」

「なら主人、運んでくれないか?」

「はいよ」

 

 

背の傷に手が当たらないように注意しつつ、赤ん坊を抱えるように抱く。

居心地悪そうに身を捩って調整されたが、不平は無いようなのでこのまま運ぶことにした。

 

 

「じゃあ村長によろしくね。私は…少し掃除してから戻るって言っておいて」

「掃除、ですか」

「散らかった物は、片付けなくちゃいけないからね」

 

 

見たことも無いランスの柄を手慰みに撫でたアリーシャさんが、初めて笑顔になる。

 

しかしその笑顔には、優しさの一欠片すら感じられなかった。

 

寧ろ柔和な口調が、違和という表現で拭えないほどの不気味さを生み出している。

 

 

「……お先に失礼しますね」

「えぇ、ちゃんと謝っておくように」

「はい。では…」

 

 

そそくさとキャンプ地点を抜け、懐かしきエリア1を通り、長橋へ足を踏み入れた。

背後から感じられるは、先程まで怯えていたあの威圧感。

 

……掃除、ね。

 

正体が分かるだけ怖くないが、足が震えることは相も変わらず。

騒いだら殺されるとでも思っているのか、異常なほど静寂したモガの森に、俺と玉響は揃って顔を引き攣らせた。

 

頭の辞書の掃除という単語が、惨殺という単語に変わる日はそう遠くないのかもしれない。

 

 

     ●●●

 

 

「―――おぉ、帰ったか。心配したぞ」

 

 

芯の根よりそう思っていたであろう声に、思わず涙が滲んだ 。

寝てしまった玉響を落とさないように一礼し、震える声で謝罪する。

 

 

「村長、本当に申し訳ありませんでした…」

「うんむ、生きて帰っただけよかった。理由は明日訊くから、今日は休むといい」

「…はい」

「―――あぁ、そうだ。イルメラ君、怖いねえちゃんを見なかったか?」

 

 

重い足を引き摺って家路につく直前。

後ろから掛けられた声に、足を止めた。

何のことか考え、思い当たる節を言ってみる。

 

 

「?アリーシャさんの事でしょうか」

「うんむ、会っていたか。さて、彼女は何処に?」

「私を助けてくれた後、“掃除をする”と言って残りました」

 

 

その言葉に村長は苦い顔で何か納得するように頷いた後、煙管を吹かしてため息を吐いた。

 

 

「…彼女の目を見たか?」

「いつの事を言っているのか分かりませんが…私が村の帰路についた時は、既に開いていたと思います」

「その様子なら目の事を知っているのぅ。では“彼女の目を直視した”か?」

「……はい」

「…そう、か。あぁ、引き留めて悪かった。ゆっくり休んでくれ。」

「失礼します」

 

 

そそくさとその場を離れ、自宅(一室)へ帰る。

久方ぶりの家が、酷く懐かしいものに思えた。

 

 

「あぁ、ただいま―――」

 

 

木製の扉を開けると同時、全ての疲れを吐き出すように言葉を零した。

 

 

     ●●●

 

 

「村長」

「…予想の30倍ぐらい早かったな」

 

 

イルメラ君が自宅に帰ったのを、扉の開閉音で確認して三秒後。

ふらりと現れた血に塗れるダマスク装備の女にため息を吐いた。

 

 

「嶽陸くんがいないからと言って、あまりにも目を開きすぎじゃあないか?」

「…貧血対策をしているから本気を出せるんだよ」

 

 

隣にどさりと座った女、アリーシャの血生臭さに、軽く距離をとる。

そんなこちらの動きに、無表情のまま顔を向けられた。

 

 

「お?なんだ?喧嘩売ってる?」

「血が付くのが嫌なんだよ。お前の女部分はどこへ行った」

「むっちゃんにしか見せない部分があるんだよ」

「…可哀想に」

「どういう意味だコラ」

 

 

目を開きかけたアリーシャに、拳骨を一つ。

血の付いた拳を板に擦り付けて落としつつ、ため息を吐いた。

 

 

「夜はやめろ。子供たちに悪い」

「…そうだね」

 

 

珍しく申し訳なさそうにするアリーシャに、少し驚きを得る。

表情は変わらないが、口調と声音で何となく分かるのだ。

知り合ってから40年以上。嶽陸と結ばれて以降はタンジアの自宅で生活し始めたために会う事は無くなったが、長い間見た癖などは中々忘れないものだ。

 

 

「水浴びして来い。話はそれからだ」

「一緒に入る?」

「カァ―――ババアに興味はねぇ。さっさと行け」

「あはは、冗談の返しとしては新しいね。…いつか必ずぶっ殺す」

 

 

満面の笑顔で立ち上がったアリーシャだが、鼻を数度鳴らしたと思うとこちらの顔を見た。

 

 

「…イルメラ君、苦労してんだね」

「何の話だ?」

「彼の雄と、誰かの雌の匂いがする」

「…あぁ、そうだな」

 

 

鼻が良すぎるというのは如何なものだろうか。

想像がついた彼の家での出来事に、溜め息を一つ。

 

……過労にだけは気を付けてくれ…

 

腹上死なんて洒落にならない単語が頭をよぎるが、明日彼の顔を拝めるのかはテーリア次第であろう。

 

浄水を使うのは勿体無いと思ったのか、装備を桟橋において海へ無造作に飛び込み、うお、冷た!?なんて分かり切ったことを零すアリーシャの姿を見つつ、煙管を一服。

手慰みに触れた前髪が、潮風の当たりすぎで硬くなっていた。

 

 

     ●●●

 

 

「あぁ、ただいま―――」

「ん、おかえり」

「おう。…え?」

 

 

返ってくるはずの無い返事に、思わず硬直する。

視線をゆっくり動かせば、ベッドの上で全裸待機するテーリアさんの姿が。

仰向けで寝転がっているため、ハリのある形の良い胸が重力に負けて面白い形になっている。

健康的に焼けた肌と合いまった煽情的な姿に不覚にも下半身が反応するが、まずは抱えた玉響をどうにかしなければ。

跳ね上がる鼓動と熱くなる顔に自覚しながらも、なんとか平静を装う。

すると、上半身だけ起こし、手招きされた。

 

 

「…カモン?」

 

 

目を逸らし、玉響を寝かせる場所を探す。

アリーシャさんの持っていた薬の効き目が凄すぎるのか、既に傷は癒着し始めている。

ゆっくりさせればすぐにでも元気になってくれるだろう。

テーリアさんをチラ見しながらパタパタと手を振る。

 

 

「いえその、カモンじゃなくてですね」

「釣れないねぇ。っとと、玉響ちゃんが怪我してたか」

 

 

アチャーという風に頬を掻くが、慌てふためいた様子はない。

ベッドから身を離し、こちらに駆け寄って来た。

 

……バルンバルーン!?

 

間違えて怪我をしないようにハリケーンを壁に掛けつつ、ゆさゆさと揺れる乳房に思わず擬音が思い浮かぶ。

そんなこちらを気にせず、こちらの抱える玉響の耳元に顔を寄せたテーリアさんが何かを呟いた。

 

 

「……“いつも通りだ”」

「うおっと」

 

 

身を捩って腕から逃れた玉響が、四足歩行でふらふらと走り、窓から出ていく。

海側にしか窓がない為に、海に飛び込むのかと思い静止の声を上げかけるが、窓の上側を掴んで真上に飛び、壁を掛ける音が聞こえてきて閉口する。

怪我の事についてこちらから何一つ言わせぬ迅速な動きに、溜め息を一つ。

 

 

「大丈夫かアイツ」

「ん、私の家に多種多様な薬草があるから適当に練って薬湯にでも使っていいけどどうする?って言ったんだけど、まさか動けるとは…」

「あ、あぁ…そうだったんですか。なら良かったです」

「よし。じゃあほらほら、始めましょうか」

 

 

ぐいと手を引っ張られ、ベッドに押し倒された。

女性特有の甘い香りが鼻腔を刺激し、痛いほどに下半身が膨らむ。

ハンターであるこちらが目を丸くするほどの速度で馬乗りされると、下着の横に指を滑り込まされた。

 

 

「えぇと、その…水浴びをしたいんですが」

「…汗の匂いなら歓迎だけど」

「歓迎なんですか!?」

「ほら、男ならぐずぐず言わずにキャストオフ!!」

「きゃあああぁぁ…」

 

 

強引に下着をずり下ろされ、夜という事を考慮された上での性別を突破した悲鳴が響き渡る。

べちんと音を立てて勢いよく腹に当たった陰茎に、テーリアさんが鼻から息を漏らした。

 

 

「うわ硬っ」

「いや、そりゃあですね…」

「何?疲れてるのに興奮した?」

「…」

 

 

乳首を捏ね繰り回され、返答に困る。

別段、乳首が弱いなどではないので、ただただくすぐったい。

 

 

「ま、今日は一晩運動してゆっくり寝よう」

「その運動で全体力持っていかれるんですが…」

「いいじゃない。疲れた体で寝るのも悪くないって」

「おおぅ…」

 

 

ゆっくりと腰だけを動かされ、素股が始まった。

小さく粘質な音が立ち、熱くすら感じる膣ヒダが竿を刺激する。

 

 

「熱い」

「こちらのセリフですよ」

「ん…あ、ここ気持ちいい」

 

 

目の前で動きを速めるテーリアさんを見て、意外に冷静な自分がいて驚く。

そして、

 

……あぁ、これ疲れすぎてよくわかってないだけか。

 

なんて、自分の中で納得した。

疲労もある程度まで達すると、理解力が低下するらしい。

 

 

「ふ、ん…ふぁ…」

「おとと、大丈夫ですか?」

 

 

快楽に苛まれつつも、余裕はある。

胸に倒れ込んできたテーリアさんを腕で支えた。

 

 

「随分余裕じゃない…!」

「いや、疲れちゃって頭が処理しきれてないだけです」

「ん、その割に下半身は元気ね」

「そりゃ…暴れん坊ですから」

「的確な表現、ねッ」

 

 

汗ばんだ胸が、薄い胸板の上で動く。

柔らかなもち肌と、硬くなった先端の感触が結構気持ちいい。

 

 

「ん…」

 

 

なんて楽しんでいると、唇を奪われた。

歯の合間を通って入ってきた舌を受け入れ、口内をなぞられる感触を受け入れる。

 

舌、口蓋、歯、歯茎――――

 

甘ったるい唾液を塗り込まれ、頭が働かなくなり始めた。

いや、頭が働かなくなったのは、確実にキスのせいでは無いだろう。

 

 

「…んちゅ、と」

 

 

小さな音を立てて唇が離れる。

いつの間にか右手で握っていた陶器の小瓶をこちらに見せびらかすように振ると、中から水音がした。

 

 

「媚薬、って知ってる?」

「……」

「キャッ!?」

 

 

言葉に返答するより先に、手首を掴んで立場を逆転する。

小瓶を取りあげ、中の液体を手に馴染ませると、驚きのあまり目を白黒させる彼女の体に塗り込んでいく。

正常位の為、彼女はこちらの手に媚薬が馴染まされていることが見えていない。

程よい大きさの胸を強く掴み、捏ね繰り回す。

 

―――既に思考は、正常では無かった。

 

 

「あ、ふぁ…ちょ、急にはげ、しぃいいい!?」

 

 

桃色の先端を摘まみ、指の腹で潰し、引っ張る。

手加減などしない。頭の中を占めるは、彼女の体の事だ。

彼女の大陰唇をなぞるように肉棒を擦りつけ、大きく水音を立てる。

陰核に当たるごとに彼女が身を捩らせるが、逃がしはしない。

 

 

「はぅ、ぁ!?無理無理無理!こんな激しいの知らな、い゛ッ!!」

 

 

ビクンとひと際波打つ体。どうやら一度目の絶頂を迎えたらしい。

だが、休ませる訳が無い。

望むなら、ヤれるだけヤってやる。

 

――シーツを濡らすほどの膣壺に、肉棒を一気に挿入した。

既に子宮は降りていて、鈴口が子宮口へ直撃する。

 

記憶の中では、これが初めての挿入だった。

 

 

「が、ァ――――ッ!!?」

 

 

獣のような声をあげ、腰が跳ね上がった。

びしゃびしゃと彼女の潮が腹に当たるが、そんなことは気にせず、肉棒をゆっくりと抜く。

それと同時に既に蕩け切った膣からは堤防を壊したかのように愛液が流れ落ちる。

形の良い尻を伝い、シーツに溜まりを作るほどのそれに、なお一層下半身は愚直に反応を示した。

 

 

「ぅ、あ…休まして……!」

「…そう言わないで下さいよ」

 

 

カリが抜けるか抜けないかのところで抜くのを止め、彼女の頬を手で包む。

熱いぐらいの熱が掌に伝わり、少し驚いた。

互いの全身は上気し、触れ合った部分は温もりを超えて火傷しそうなほどに感じる。

彼女の口に指を入れ、口端を軽く引き伸ばす。

 

 

「…綺麗な顔ですね」

「ひょんなことは…ギィッ……!!」

 

 

返答を聞かないうちに、今度はゆっくりと膣壁をかき分けて挿入した。

口に入れた指を強く噛まれるが、痛みには慣れている。

ゆったりとして、それでいて刺激的な快感に身を震わせた。

 

 

「あ、あぅあ…!?」

 

 

酸素を求めるかのように口を開け、天を仰ぐ彼女。

が、何の躊躇い無くピストンを始める。

ごつごつと鈴口が硬いものに当たる感覚。

だがそれだけではもの足らず、彼女の胸に口を当て、まるで幼児にでもなったかのように一心不乱に吸い上げる。

母乳は出ない。それでも、不思議な安心感があった。

 

 

「あ、んんッ!!」

 

 

何度目かもわからない、膣が締まる感覚。

ここでゆっくりとした動きに変えた。

攻め方を変える目的もあるが、ただ単に疲れたというのも大きい。

 

 

「ふぅ…」

「―――」

 

 

彼女の顔を覗き込む。

緩んだ頬に、蕩けた目。どうやら気分は最高らしい。

根元まで飲み込ませると、ピストンを一時的に止め、彼女の頭横に手を置いて口づけをする。

弛緩した唇の端からは唾液が流れ、重力に従って耳の方へ一本線を描いていた。

 

 

「…喋れますか?」

「ぅん…あっ……」

 

 

……会話は無理かな。

 

頷こうとしているのか、僅かに動く首。

媚薬を塗り込んだ所為か、全身が性感帯のようになっているらしい。

腹を軽く触るだけで、びくりと体が跳ね、艶やかな息が漏れる。

膣痙攣だけが心配だが、言葉しか知らないので、実際はどうなるのか良く分かっていない。

 

彼女の両脇下に手を回し、ぐっと抱き寄せる。

彼女の顔横に顔を寄せ、甘い香りを堪能しながらゆっくりと肉棒の先端を膣口に合わせた。

一向に収まろうとしない肉棒は、撓(しな)りすらしない。

腕に力を入れ、脱力した彼女を持ち上げる。

 

正常位から、対面座位へと体位変更のお時間だ。

 

 

「はぅ゛―――ッ!?」

「くぉお…これヤバッ……!」

 

 

彼女の自重によって、膣内に飲み込まれた肉棒が子宮口を押し上げた。

千切られるのではないかと言う程に締まる膣壁に、射精感を促される。

 

―――彼女が、首に抱き着いてきた。

 

 

「ぎ…あぁ、もうさいっこう――――ッ!!」

「喋れたんですか!?」

「えぇ、何とかね!ほうら逆転よ!!」

 

 

そのまま後ろに体重を掛けられ、騎乗位へ戻った。

腰の動きを止め、体の上で深呼吸。

 

 

「ふぅ――…一時休憩。危なかったぁ…」

 

 

休憩とは言いつつも無造作に腰を上下され、限界を迎えかける。

 

 

「く、ぬ…さっきまで媚薬で乱れまくってた筈なんです、が…?」

「―――解毒薬の効力を舐めてはいけない」

 

 

媚薬と同じようにどこからか取り出した薄青の液体入りビンを、目の前でちゃぽちゃぽと揺らされた。

 

 

「いつ飲んで…」

「ん?“遅行性のを始めから”。人生経験は君よりほんの少しだけ長いのよ?」

 

 

全て、予想の半中外だったという事か。

ピストンに捩りを入れ始めた彼女に負けじと、腹に力を入れる。

 

 

「――お?限界?」

「まだ、まだぁ…!」

 

 

彼女の太腿を掴み、ブリッジの要領で思い切り腰を跳ね上げた。

何度目かも分からぬ子宮口との邂逅に、彼女の余裕が消える。

 

 

「ん、ひッ」

「おうおう、いい顔ですねぇ」

 

 

今度はこちらが余裕ぶるものの、膣内の蠢きが増したことによって、限界は近い。

と、今さっきの一発で絶頂を迎えたのか、彼女が胸に体を預けてきた。

先程と一転して絶頂してしまった事が恥ずかしいのか、耳が紅く染まっている。

 

 

「…動いていいですか?」

 

 

無言のまま首を振られた。

どうやら絶頂のし過ぎで体力的に限界が近いらしい。

 

……まぁ、答えは聞いてないけど。

 

―――口端を歪め、腰を一気に押し上げた。

 

 

「あ、ひぃん!?」

 

 

油断していたところの不意を突いたせいか、首に回された腕に力が篭る。

頸動脈は締められていないが、少し苦しい。

ここまでくると、さっさと果てて寝ようとする考えが頭を占める。

 

……もう、十分だよね。

 

ピストンの速度を上げ、昇って来る射精感を受け入れる。

 

 

「で―――」

「フン!」

「あぁ、ちょ!?」

 

 

中で出すのはマズイと外で出そうとしたら、器用に足を絡まされ、抜けなくされた。

整った顔立ちでニッコリ微笑まれ、宣告される。

 

 

「―――さぁ、注いでね」

「…マジですかぁ……!!」

 

 

きゅっと引き締まった膣内に、限界を迎えた。

体に電流のように流れた快感に耐えるように、彼女に強く抱き着く。

膣内で白濁液を勢いよく射精(だ)している事が、自分でもよく分かる。

 

 

「くぉおお…」

 

 

恍惚とした吐息が耳元で聞こえ、身を震わせた。

これである意味、童貞卒業だ。

今思えば彼女がかなりリードしてくれたおかげで、童貞っぽいがっつきは抑えられたのではないだろうか。

 

 

―――そうしてどれ程そのまま抱き合っていただろうか。

 

 

「ふぅ、失礼するね」

「お」

 

 

彼女が胸に手を付き、まだ硬いままの肉棒を引き抜いた。

ぬぽんと小気味のいい音を立てて抜けた肉棒が、ゆらゆらと揺れる。

 

勃ってはいるものの、媚薬で収まらないだけだ。

疲労感で、続ける意思は一片も無い。

 

 

「はい解毒薬」

「どーも」

 

 

渡された即効性であろう解毒薬を一気飲みし、ベッドに寝転がる。

 

 

「あぁ…お疲れさま」

「疲れました」

「ごめんごめん」

 

 

隣に寝転がってきたテーリアさんに抱き着かれ、息を止める。

今更だが、こうしてみると気恥ずかしい。

 

 

「―――心配、したんだよ?」

「…すみませんでした」

 

 

ぎゅっと胸で顔を抑え込まれ、タップ(降参)する。

 

 

「何があったのか知らないけど、心臓に悪いから本当に気を付けてね」

「はい。ただ…なんでそこまで自分に…?」

「ん、ばかちん」

 

 

些細な疑問を口から零すと、こつんと頭を叩かれた。

彼女の腕の中で、彼女の声を聴く。

 

 

「同じ村民を心配するのは普通でしょ?」

「…そう、ですね」

 

 

……本当に、暖かい村だ。

 

彼女の温もりに包まれ、瞼が重たくなってきた。

その事に気付いたのか、彼女が明かりを消した。

 

 

「お休み。ゆっくりと眠ろう」

「…はい」

 

 

彼女に深く抱き着き、ベッドの下にあったタオルケットを掛ける。

――ベッドの寝心地は、彼女の温もりと彼女の潮で、暖かくて冷たかった。

 

息が安定する。

彼女に子ども扱いされるように頭を撫でられたが、悪い気はしなかった。

そして、意識にぼんやりと霧がかかり始める。

 

 

「…お休み」

 

 

彼女の優しく呟いた言葉は、聞き取ることが出来なかった。

 

 

     ●●●

 

 

「…」

 

 

水面に浮かび、月を眺めるアリーシャは、珍しく笑顔以外の表情を作っていた。

己は桟橋の上から座ってそれを眺めていて、何となく昔を思い出す。

―――時折イルメラ君の家から聞こえる獣のような声が思考を掻き乱してくるが、明日生きていればいいかと結論した。

この声は彼女にも聞こえているだろうが、彼女が気にした様子はない。

寧ろ、普段と真逆の愁いを帯びた表情から、イルメラ君の方へ意識を向けていない事が窺える。

 

 

「お前さんがそんな顔をするとは」

「…“昔々、天空山のどこかに、喰(ジキ)と星(セイ)と呼ばれる竜がいました”」

 

 

何の気なしに呟いたであろうそのフレーズは、覚えがある。

残された絵巻物と伝承をもとに造られた、一つの童話。

 

 

「月夜物語、だったか。あれ実話なんだってな」

「えぇ。発祥はシナト村。大昔に起きた実話を読みやすいようにアレンジしたって」

「流石に長生きなだけあって博識だな」

 

 

いつの間にかいつもの無表情に戻って、年より扱いはやめてよ、と水を掛けて来るが、ひょいと躱して煙管を吹かす。

月夜物語。

それは人間視点ではない、天空山に生息していた二匹の竜を描く、一風変わった童話。

主に竜を狩る側のギルドとしてはグレーゾーンらしいが、教養としては良いらしく、渋い顔をして発行を認可しているらしい。

 

 

「――あれの二匹のモデル、知ってる?」

「さぁ…?史実自体が曖昧だからな」

「たった300年前に天空山で暮らしていた詳細不明の竜と飛竜種がモデルらしいよ」

「たったって…」

「でも数字に表してみると意外に最近だよね」

「…300、か。考えてみれば確かにそうだな」

 

 

桟橋に手を付いて海から上がってきたアリーシャが、手を差し出してきた。

 

 

「浄水無い?」

「…そこのホースから出るぞ」

 

 

ありがとうと素っ気なく礼を言われ、体に付着した海水と、着用していたダマスク一式を荒々しく浄水で洗っていくアリーシャを見る。

本気で殴れば折れるのではないかと思う程華奢な四肢に、美しくくびれた腰。

彼女がインナーとして常用する黒ビキニが、彼女のプロポーションをなお引き立てていた。

ちなみに珍しく身だしなみをちゃんとしているらしい。…主にムダ毛。

かなり失礼だが、ビキニからムダ毛がはみ出ていない物かと無意識に目で追ってしまった。

いやらしい意味ではない。違和感からだ。

 

 

「じろじろ見てどうした」

「ん…あぁ、いや。まだ気にしてるのか、と思ってな」

 

 

慌てて誤魔化し、指で示したのは、彼女の腹と太腿に巻かれた包帯。

その下にあるものが、傷でない事は知っている。

すると何の躊躇いなく包帯をずらし、下にあるソレを見せてきた。

 

 

「いや、癖。家では外してるよ」

「…本当にそれだけか?」

「……セクハラ?」

「なんでだよ」

 

 

彼女の言葉を冗談だと笑うが、この時は知らなかった。

まさか彼女の包帯の下にあるソレが、彼女の性感帯だなんて―――

 

 

「…まぁ、いいけどね」

 

 

彼女から会話を断ち切ると、包帯の緩みを直し、大きく伸びをする。

次にダマスク一式をそれぞれ水気を切り易い向きで置くと、こちらの隣に座って来た。

 

 

「これで臭いは大丈夫?」

「あぁ、多分大丈夫なんじゃないか?」

「適当ねぇ…」

「そんなもんだ。…と、まぁ、落ち着いたところであれだ」

 

 

懐から包みを取り出し、三つの握り飯を出すとゆっくりと口を開く。

 

 

「久々に村に来た目的はなんだ?」

「……」

「先のような、わざわざ飯を食いに来た、ってのじゃ納得はしねぇぞ」

 

 

彼女が村に入った時、来た理由は村の特産品である“モガの海ブドウを食べに来た”と言っていた。

しかし今の時期は、収穫期で無い。

テーリアやアイシャは勘違いで納得していたが、彼女がそんなことを忘れている訳が無いのだ。

 

 

「…モガの森、もとい孤島に知りたいことがあっただけ」

「それは言える事か?」

「いんや。言えない」

「……嶽陸くんがいないことと関連があってのこと、か…否、この話はやめよう」

 

 

言葉途中。

嶽陸くんの名を出した辺りから急速に機嫌が悪化するのを感じ取り、話を打ち切った。

 

 

「――ごめんね」

「うんむ、踏み込み過ぎた。こちらこそ済まなかったな」

 

 

ゆっくりと立ち上がったアリーシャが、深く深く息を吸い、鼻から噴く。

 

 

「まぁ、用事は済んだし今日は寝る。明日帰るからお土産準備しといてよ」

「太々しい客人だな」

「…きちんとお金は払うからさ。昔の馴染みってことで」

「おう。…あぁ、宿はねぇからイルメラ君宅の隣の空き家を使ってくれ。家具はそのままだ」

「……いやいや、隣家からの雌雄の匂いで眠れないんだけど」

「知らん。野宿という手もあるぞ」

「―――あ、じゃあ海綿体余ってる?」

「ん…まぁ、丁度持っているが…何に使うつもりだ?」

「鼻栓」

 

 

納得した。

 

 

「んあ、そうだ。村長としての貴方に聞きたいんだけどいい?」

「…なんだよ。そろそろワシも帰りたいんだが」

「じゃあ率直に。“彼”と彼が乗る船、借りてって良い?」

「長期間はやめてくれ」

「ありがとう。早朝、彼の家に突撃するわ」

 

 

ダマスク一式を無造作に引っ手繰ってイルメラ君宅の隣の空き家へ向かうアリーシャを尻目に、ため息を吐いた。

 

アリーシャが彼を借りていくという事は、彼をタンジアの港へ連れて行くという事だ。

元々新顔であるイルメラ君を紹介しようと思っていたところだったので、タイミングとしては丁度いい。

―――が、あの魔境に彼を任せるには、ちと不安が残る。

 

……内臓に効く漢方薬を調合しておこうか。

 

老いた体で彼女の威圧感を受けたせいか、妙に目が冴えている。

眠くなるまで彼の為に調合しようかと決め、立ち上がった。

 

……まったく、孫みたいなものだからなぁ。

 

やはり年なのか、若い子は可愛がりたくなる。

―――頼むから急性アルコール中毒には気を付けてほしい。

 

少し冷えてきて、ぶるりと体を震わせる。

足早に家に戻ると、ボックスから薬草を取り出すのだった。

 

 

     ●○●

 

 

―――早朝5時。

紫雲が映える空の元、モガの村はひっそりと活動を始めていた。

村の漁師組は漁船の支度を整えて各々の仕事を始め、村長の息子はモガの森の様子を見に行く。

そして村長は、寝癖の酷い昔馴染みが隣の家へ乗り込むのを、呆れたように眺めていた――――

 

 

     ○○○

 

 

「やぁ、おっはよう!!」

「うぉおう!?」

 

 

気持ちよく寝ていたところに大声を掛けられ、昨日と同じように跳び起き―――

 

 

「っと」

「…お熱いねぇ」

 

 

テーリアさんが首に腕を回して寝ていたため、起き上がれずに首だけを起こした形となった。

だが声の主の姿は見えずとも、とりあえず誰かは分かる。

 

 

「えぇと、アリーシャさん?」

「おはよう」

「お、おはようございます…」

 

 

全く起きないテーリアさんの腕を解き、ようやっと上半身を起こした。

まだ重い瞼を擦って目を凝らすと、癖が強いのか、前髪などがぼっさぼさのアリーシャさんが、黒ビキニ姿で仁王立ちしていた。

 

 

「どうしたんですか。まだ早朝ですよ?」

「うん。2日分の宿泊支度をしてくれる?」

「…え?」

「いや、村長から許可をとったから、君を連れて修行しようかな…と思ってさ」

 

 

頭の中で言葉を復唱。

どうやら修行に連れて行ってくれるらしい。

 

 

「急ですね」

「…嫌?」

「いえ、すぐに支度を始めますのでお待ちください」

 

 

そして、そこでようやく気が付いた。

 

 

「…すみません。外でお待ちいただけますか?」

「?別にこちらは気にしないけど」

「こちらは気にするんですよ!」

 

 

タオルケットで二人の下半身が隠れているが、両者揃って全裸のままなのだ。

露出癖は無いので、当然、見られたら恥ずかしい。

と、さすがにアリーシャさんも先程の発言は冗談だったらしく、外へ出て行ってくれた。

水浴びは面倒なので、ベッドから立ち上がり、アイテムボックスから湿った未熟な海綿体を取り出して、体を擦り拭いていく。

 

大体の体の汚れが落ちたと思った辺りで、海パンをモチーフとしたインナーを身に着けた。

さて、

 

 

「…起きていますよね?」

「……バレた?」

「寝息が不自然でしたよ」

 

 

ベッドの上でぱちりと目を開いた彼女に、溜め息を一つ。

 

 

「話は聞いて―――」

「二日」

「いましたか」

 

 

ベッド下に置いてあったらしい服を無造作に掴んでベッドの上で着始めた彼女が、ベッドをぽふぽふと数度叩いた。

―――明らかにカピカピになったそれの感触に、思い切り眉を顰める。

服を着終えるなり、シーツを勢いよく剥がした。

 

 

「洗っとく」

「…お願いします」

 

 

申し訳なさに頭を下げ、荷物整理に戻る。

下着類と換えの武器を皮鞄に詰め込み、回復薬等の消耗品をポーチに仕舞う。

そして最後に防具の金具を外してたたみ、鞄へ押し込んだ。

試しに持ち上げてみて、大体の重さを測る。

 

……ぬ、ん…

 

結構力を入れる程度。

重さは30キロほどだろうか。

 

と、テーリアさんが急に青色のビンを投げつけてきた。

落とさないようにキャッチすると、彼女と目が合う。

 

 

「家の事については任せて」

「…何から何まですみません」

「ん?違うでしょ?」

「―――ありがとうございます」

「良し」

 

 

彼女が笑顔で手を振ってくれたので、鞄を背負い、扉に手を掛けた。

 

 

「行ってきます」

「いってらしゃいお父さん?」

 

 

バタン!

 

彼女の衝撃的な一言に、勢いよく扉を閉めた。

言葉の意味を考え、顔に熱が昇ると同時、ちょっとした焦りで汗が滲む。

 

……お、落ち着け落ち着け。

 

思い切り深呼吸。

潮の香りで、肺が満たされた。

 

逃避気味に、紫色の空が非常に綺麗なのを見て、たまには早起きも悪くないな…なんて思う。

 

 

「――やあ主人。おはよう」

「…よぉ」

 

 

話し掛けてくれた声の主に、疲れ切った顔のまま振り向く。

いつも通りの、玉響がそこにいた。

傷はそこそこふさがっているらしく、動きに痛みが感じられない。

 

 

「“ゆっくり寝れたかい?”」

「分かって言ってるだろ、それ」

「…何の話か分からないな」

「……まぁ、どうだっていいんだけどさ」

 

 

アリーシャさんが海上移動用の小型船の整備をしているのを見つつ、腰を下ろして玉響の頭に手を置いた。

 

 

「で、来るのか?どうせ話は聞いてんだろ?」

「ん。わっちは行かない」

「…そうか」

 

 

正直に言えば、少し寂しい。

しかし強制しては体に障る。

着いてきてくれとは言えず、静かに玉響の言葉を肯定した。

 

 

「そう残念そうな顔をするな。ほら、村長からの手土産だ」

 

 

布袋を手渡され、なんだろうかと中を確認する。

入っていたのは、10個ほどの白い丸薬だった。

 

 

「肝臓によく効くからって、村長が作ってくれたそうだ」

「村長が…」

 

 

モガの森の入り口の方で煙管を吹かす村長に一礼。

気にするなとでも言いたげに手を振られるが、そういう訳にもいかない。

本当に温かなこの村に感激である。

 

 

「…あぁ、そうだ」

「?」

「タンジアの港にトワイライトっていうニャンターがいる」

「へぇ、タンジアにニャンターね」

 

 

訓練所時代から、タンジアの噂はよく耳にする。

とんでもなく強いハンターが在住するとか、ギルドが困ったクエストは大体そこに回されるとか、調子に乗ったハンターが消息を眩ましたとか―――

自分の中では、ちょっとしたミステリースポットとなっていたり。

 

決して舐めている訳ではないが、ハンターよりかは武器や防具の性能が劣るニャンターが、そんなタンジアの港にいるなんて意外だった。

 

――して、何故タンジアの港の話になるのだろうか?

 

 

「?なんで不思議そうな顔を?」

「いや、急にタンジアの話題が出てきたからさ」

「…は?急も何も、主人はこれからそこへ行くのだろう?」

「……え?」

 

 

話がかみ合わなくなり、玉響が大きくため息を吐いた。

アリーシャさんの方を指さし、真剣なまなざしをで見つめて来る。

 

 

「主人、彼女が誰だか知らないのか?」

「アリーシャさん、だろ?」

「あぁ、そうだな。タンジアの港を拠点とする“G級特別許可証所持の現役G3ハンター”のアリーシャさんだな」

「……G…3…」

 

 

桁違いのハンターランクに、冷や汗が流れる。

G級、それもG3のハンターなんて、本当に数えるほどしかいない。

G級特別許可証所持なんて、その中のトップクラスだ。

ハッキリ言って、直接口をきいていいのか不安になるほどの勲章である。

 

 

「『狩りに生きる』で最上さんと一緒に特集されていた時期もあったっけ」

「…G……3…」

「あ、これ聞こえてない奴だ」

「おーい、準備できた?」

「すみませんアリーシャさん、この馬鹿を引き摺って頂けませんか?」

「…?昨日のまぐわいで腰が砕けちゃった?」

「いえ、アリーシャさんの素性に驚いているだけですよ」

 

 

そんなことかぁ…と言い、こちらの脇の下に腕を入れられ、びくりと体が跳ねる。

そのままズルズルと引き摺られ、船に乗せられた。

 

 

「え、あ?」

「よし、行くぞぉ。あの酒場へ」

「では主人をお願いします。あと私の“義姉”にも宜しく伝えておいてください」

「…もしかしてトワイライトの?」

「えぇ」

「ん、承った。じゃあ君の主人を借りてくね」

 

 

手を振る玉響を見て、アリーシャさんが一礼。

船のエンジンを始動させると、彼女は船から飛び降りた。

 

 

「さて、出発進行。あ、ほらほら舵とらないと座礁するよ?」

「おぉおおおお!?」

 

 

基礎が木でできているとはいえ、エンジンやスクリューがあるのでなかなかな速度で走り始める。

放心なんてしてられない。慌ててハンドルを掴み、海を進む。

―――何故アリーシャさんが船に乗らず、括り付けるための縄を掴んで海の中に身を晒しているのかを疑問に思う暇も無い。

もはや変な笑いが込み上げてくる。

 

 

「あ、ちょい右に行かないと危ない」

「あぁもう!了解です…!!」

 

 

無自覚の内に口調が元に戻るが、気にするほどの余裕はない。

顔に直撃する風に、涙が流れた。

 

 

 

「――おぉお、あっぶねぇなあ。彼、運転経験は?」

「0」

「大丈夫なんか、ソレ?」

「さぁ…」

 

 

イルメラの乗った船を見つつ、玉響と赤艙船の船長が船着き場に立っていた。

面白そうに船長が目を細めるが、船に乗らず、速度ゆえに海面を跳ねて笑うアリーシャを見ると、不思議そうに顔を歪める。

 

 

「…彼女は何を?」

「乗り物酔いが酷いので船には乗らないと」

「ハハッ、そりゃ面白れぇ。…いや、だとしたらこの村までどうやって来たんだ…?」

「……話でしか聞いないけど、泳いできたって」

「…昔の村長みてぇだな」

 

 

知らない頃の話題が出てきて、玉響が眉を顰めた。

 

 

「その話、聞きたい」

「お?興味あんのか?まあ俺も親父から聞いたクチなんだがよ―――」

 

 

受付テーブルの隣、食事場の椅子に座ると、注文をして、話をし始める。

船長の話に耳を傾ける玉響の目は、童話を聞く少女のように純粋な目だった。

 

 

     ○○○

 

 

すっかり日も昇り、太陽に照らされるタンジアの港。

陽気な雰囲気の装飾とは相反し、集会場の雰囲気は燦々たるものだった。

 

 

「今何本目だっけぇ…?」

「…わっかんね」

 

 

集会所の中心、受付テーブルの目の前に、積み重なった酒ビンと散乱するジョッキ。

テーブルと椅子の意義を否定するようにタイル床へ並んで寝転がった水着姿の男女が、日中から酒に溺れていた。

 

寝転がったまま無造作に酒ビンを口につけ、ラッパ飲み。

 

 

「ゲフ!オェフゴフッ!!」

 

 

酒が鼻から逆流し、その酒を飛沫させながら咽た男の名はクロニカ・シャハナー。

 

 

「ねぇちょっと、こっちに飛沫飛ばさないでよ汚い!!」

 

 

何となく右手で掴んでいた酒ビンをクロニカの額へ叩き付けた女が、レァム・シャーミウマである。

 

バリン!

 

硬質な音を通り越した破砕音が港に響き、透明なビンの欠片が飛び散る。

しかしクロニカはピクリとも動かず、一滴の血すら流れずに赤くなった額に手を当てると、ぼんやりと言葉を零した。

 

 

「いってぇ…二日酔いが悪化したわ」

「一週間酔いとかの間違いじゃなくて?」

「あぁ、そうかもしんねぇ。な」

 

 

クロニカの傷だらけの手が、レァムの胸の上に乗った。

小さくも無く、大きくも無い。

まさに美乳という表現が正しいその胸の感触を揉んで楽しんでいた。

その所業に喘ぐでも無く、酒を煽ったレァムが、どうしようかと反応に困った表情で口を開く。

 

 

「…セクハラ」

「なら嫌がれよ。マグロは嫌いだし」

「キャーへんたーい(棒)」

「…ぐぉっふ!!?」

 

 

気の抜ける口調とは裏腹に、寝転がったまま器用に脇腹へとトゥキックを決められ、クロニカが悶絶する。

 

―――しかしこの状況に突っ込む人物は、誰もいない。

 

受付嬢は姉妹揃って書類の整理をしながら遊んでいるし、銅鑼ねぇちゃんであるエリナは、「あの角度のトゥキック…良い一撃」などと呟くだけ。ギルドマスターに至ってはおつまみを齧る現状だ。

 

さて、

 

 

「愉快な仲間たちでしょ?」

「…愉快、ですか」

 

 

表情筋が硬直するほどの体験直後に見せられた予想の直角上を行く光景に、顔を引き攣らせるしかなかった。

 

……これがタンジアの港…

 

酷い。何というかミステリースポットという印象が場末の酒場に変わったぐらい酷い。

 

 

「ただーいまー」

 

 

そこへ真正面から入っていくアリーシャさんを見る。

まず反応したのは、受付嬢だった。

 

 

「あ、おかえりなさいアリーシャさん。最上さんはガルくんと一緒にクエストに行っていますよ」

「ん、知ってる知ってる。ブラキディオス二頭だっけ?」

 

 

……ブラキディオス二頭!?

 

雑談の時点でレベルが違う。

上位のリオレウスでさえ強敵だというのに、ブラキディオス二頭なんて自分だったら粉々になる筈だ。

と、受付嬢がこちらに気付いた。

 

 

「…あら?お子さんですか?」

「んー欲しいって希望はあったりするんだけどね」

「すみません、訊いてないです」

 

 

受付テーブルを乗り越え、こちらに駆け寄ってきた受付嬢に若干距離をとる。

身長差的に少し見下ろす感じだが、怖いものは怖い。

 

 

「あらあら?警戒されちゃってます?」

「レァムとクロニカを見たらそうなるって」

「あははは……ではでは、警戒を解くためにも自己紹介しましょうかね。タンジアの港で受付嬢をやっているキャシーです。気軽にキャシー嬢って呼んでね」

「あぁ、はい。んで、えぇと…モガの村の専属ハンターに就任しました、イルメラ・チガーノフです」

 

 

その言葉にバッとアリーシャさんの方を振り向くキャシー嬢。

 

 

「モガの村の専属ハンター…!?」

「ほら、気にしてたでしょ?」

 

 

えぇ、そりゃ気にもなりますよ。などと言い、今度はこちらに振り向いた。

 

 

「訓練所でのお話は聞いていますよ!何だか教官の予想を超える結果を出したとか!!」

「…訓練でリオレイアを出すって、訓練生を殺す気かって話ですよね」

「おおお!本物だ!!」

 

 

本物だー本物だーと体をペタペタ障られ、少し身を捩る。

が、突っぱねる訳にもいかない。

なぜなら

 

 

「あ、はいはい身体検査終了でーす。やっぱり男の子って身長大きいねぇ。アリーシャさんと同じぐらいかな?」

「ねぇキャシーちゃん、私が男の子みたいってこと?それ」

 

 

無表情ながらに少ししょんぼりとした口調で話し掛けるアリーシャさんだが、キャシー嬢は聞く耳を持たなかった。

しかし速い。とんでもなく速い。

身体検査、それも主に採寸なのだが、体をペタペタ触られたぐらいでそれが完了してしまったのだ。

受付嬢全員がこのスペック持ちだというのなら、訓練場に一人ぐらいいてほしかった。

 

……無駄に長いからな。あそこの採寸。

 

訓練用装備を作成するために採寸するのだが、長蛇の列に、もたもたとした採寸係のお兄さん方。

必死に働くお兄さん方を悪く言いたくないが、ちょっと回転率が悪かったのは事実。

 

 

「今後困らないように鍛冶職人の顧客リストに載せておきますねー」

「ありがとうございます!」

 

 

こういった現場の良さが実感できるのが、本当にいい。

と、床に寝転がった男女がこちらに気付いた。

 

 

「お、アリシアおかえり。どこ行ってたの?」

「知り合いんとこー」

「…お土産とかある?」

「おつまみがいっぱい。あそこの塩辛は超美味しいからね」

 

 

ほい、と小さな陶器の壺を渡すと、レァムという女性が立ち上がった。

して、ようやっとこちらに気付く。

 

 

「…アンタ子どもいたっけ?」

「んー欲しいって希望はあったりするんだけどね」

「ごめん、訊いてないわ」

 

 

ちょいちょいと手招きされたので、そちらへ行く。

向き合ってみれば、女性にしては普通ぐらいの身長だと気付いた。

アリーシャさんの背が大きいからなのか、並んでいると小さく見えてしまうのだ。

しかし見ただけでは、強さ、実力が全く計れない事から、相当の実力である事が分かる。

後ろにて革紐で結われたショートカットの黒髪が、日の光を受けて茶色い艶を出していた。

 

 

「おぉ、若いね。ハンター歴は半年だっけ」

「はい」

「ん…君は将来有望!ということで一杯どう?」

「えっと…」

 

 

ぐいと酒ビンを押し付けられ、どうしようかと戸惑う。

するとアリーシャさんがレァムさんの額を叩いた。

柔らかな髪が、フワフワと揺れる。

 

 

「こら、ここに来たのは遊びに来たわけじゃないんだから」

「あー?何、港へ紹介しに来たとかじゃないの?」

「違う違う。狩り技を習得させようと思ったのよ」

 

 

その言葉にぐいと酒ビンを煽り、眉を顰める。

 

 

「その子何使い?」

「双剣」

「クロニカと同じかぁ…連れてく?」

「いんや、一応連れていくけど私以外教えられないかなぁ…」

「何それ?怪力の秘密?」

「“獣宿し”」

 

 

パリン

 

ビンを落とす音が港に響いた。

 

 

「……新人を殺すつもり?」

「まさか。彼に素質があっただけよ」

「…本当に?」

「ん。多分Ⅲまで行ける」

「本当に!?超凄いじゃん!頑張ってねイルメラ君!!」

 

 

訳の分からないまま話が進められ、最終的にバシバシと肩を叩かれて話が終わった。

とりあえず死ぬという単語が出てきた時点で怖すぎる。

 

 

「えっと、死ぬって…」

「ん?あぁ、ダメな人たちの話。君は大丈夫だから安心してね」

 

 

そして未だに悶絶するクロニカと呼ばれた男性の方へ駆け寄るアリーシャさん。

 

 

「おーい、起きろぉ」

「あーちょい待ち。いいとこ入ってるわ。さすがレァム」

「セクハラの代償としては優しいでしょ?」

「まぁな」

 

 

脇腹を押さえてむくりと起き上がった男は、童顔の青年。

身長は俺より少し小さい。170ぴったりぐらいだろうか。

黒の短髪をオールバックにしているせいなのか、少し怖い。

 

 

「あ、コイツ27歳だから」

「27ッ!?」

「おうおう、童顔なの気にしてんだからやめろよ」

 

 

酒臭い顔を近付けられ、思わず一歩下がる。

 

 

「ん?あぁ、ごめんな。近眼だから顔が見えねえのよ。眼鏡もどこ置いたか分かんねぇし…」

「あ、そういう事でしたか…てっきり目ぇつけられたのかと…」

「んな新人イビリはしねぇって。あ、俺クロニカな。年上だろうけど呼び捨てで構わんから」

「ありがとうございます!あ、自分の名前はイルメラ・チガーノフです」

「うーん、固い!ぎんっぎんにそそり立った倅のように口調が固いぞ!!」

「最低の下ネタですね!?」

「フンッ」

 

 

裂帛の声と共に背後から垂直に股間を蹴り上げられ、肺から漏れ出た声を残し、クロニカが膝から崩れ落ちた。

加害者は当然のごとくレァムさんである。

 

 

「女性の前での発言には気を付ける事ね」

「…おっぱ「むんっ!!」

 

 

無造作に蹴り飛ばされ、クロニカが床を滑って吹き飛んだ。

ピクリとも動かない彼を見て、血の気が引く。

しかしアリーシャさんが気にした様子はない。平然と受付嬢に呼びかけていた。

 

 

「キャシーちゃん、近海島の採取ツアーの受注処理お願い」

「えーと、近海島は現在環境が不安定で、危険度から鑑みるにG級の採取ツアーしかなくてですね…」

「…ギルドマスター?」

「ぬ、G3ハンターが二人着いて行くのだろう?なら安心じゃろて」

「――では受注処理しておきますね。お好きなタイミングで出発してくださーい!」

 

 

さて、会話の中で、聞き逃してはいけない単語があった。

 

……G3が二人!?

 

一人はアリーシャさん。もう一人は、着いてきてくれる筈だが現在動けないクロニカか、その代役として着いてきてくれるかもしれないレァムさんのどちらかだが―――

 

 

「あぁ、そうだイルメラ君、ここの集会場でよく見かける集団は基本G3だと思っていいから、あんまり畏まらないでね」

 

 

―――そのどちらもG3だった模様。

G級って世界に数えるほどしかいないのではなかったのかと混乱してしまう程のインフレっぷりである。

 

しかし高難度なクエストを取り扱うこの集会場では、それが普通なのかとむしろ納得できてしまうのが不思議なところだ。

だが、こうして実際に会ってみると、訓練所で聞かされていたG級ハンターの印象とはだいぶ違う。

『我が強く、モンスターを屠り続けた鬼人のような存在』

訓練所で聞いた話を纏めるとこんな感じだった。

が、

 

 

「やっべー…玉逝ったわ。玉逝っちゃったわ」

「やめてくれる?アンタが言うと卑猥に聞こえるのよ」

「あ、ねぇレァム、お土産として渡しておいてなんだけど、塩辛頂いていい?」

「ん、私の分も取っておいてね」

「はーい」

 

 

こうした会話を見ていると、訓練所時代の俺らと何ら変わりない事が分かる。

G級とは言え、結局は人なのだ。

 

 

「…あ、そうだそうだ。はいコレ」

 

 

口に塩辛を含んだまま、赤い液体の入ったビンを渡され、普通に戸惑う。

粘度は低い。完全に液体だ。

 

 

「明日ぐらいに使う用だから、間違えて飲まないでね」

「…はい」

 

 

良く分からないまま、ポーチに仕舞いこむ。

 

 

「じゃあ再度船に乗って出発しようか。クロニカ、運転宜しく」

「はいよー」

 

 

とりあえず、二回目の運転はせずに済むようなので、胸を撫で下ろし――――

 

 

「さぁて、荒ぶって行くかぁ」

 

 

クロニカの言葉を聞く限り、安心することは出来無さそうだった。

 

 

採取クエスト【近海島の採取ツアー】

 

――――クエストを開始します。

 

 

     ○○○

 

 

 

「おぇぷ…ごめんちょっと無理」

「すみません、自分もちょっと…」

 

 

近海島に上陸して一歩目。

景色を見るより先にアリーシャさんと俺は砂浜へ倒れ込んだ。

船を岩場に括り付けたクロニカがこちらを覗き込んでくる。

 

 

「なんだ?イルメラも乗り物酔いするタイプか?」

「乗り物酔いというか何というか…」

 

 

とりあえず船体の揺れがおかしかったとだけ言っておこう。

朝と同じように船に引き摺って貰った筈のアリーシャさんでさえも酔ってしまう程だ。

生まれて初めて船で酔ったかもしれない。

 

 

「まぁ、いいけどよ。先行って場を整えとくから後で来い」

「――――」

「…肯定と受け取っておくわ」

 

 

込み上がって来るものを必死に飲み込む仕草に察してくれたようだ。

のそのそと奥へ歩いていくクロニカの背が見えなくなると遠慮なく砂浜にぶちまけた。

朝は何も食べていないおかげで胃液しか出なかったので、良かったと言えば良かった。

 

……いやまぁ、良くないけど。というか…

 

―――そして今更気が付いたのだが、いつの間にかアリーシャさんの姿が無い。

流石G3。回復力も復帰力も桁違いということか。

 

……ぉえっぷ。

 

頑張って立ち上がると、クロニカの向かった方向へ歩き始める。

して、見上げて気付いた。この近海島は、ちょっとした丘のような島らしい。

 

島面積は分からないが、モガの森のエリア5よりは広そうだ。

しかし長居しそうなら、こんがり肉の一つでも持ってくればよかったかもしれない。

 

……ぅ

 

意識したせいかお腹が減ったが、どうせ今は何も喉を通りそうになかった。

 

 

     ○○○

 

 

「んーこんぐらいならいいかな…?」

 

 

砂浜から歩いて少し。

結構開けた場所でハンターナイフで背の高い草を刈っているクロニカを見つけ、声を掛ける。

 

 

「来ました…」

「おーう。じゃあはい、これを持て」

 

 

早速という風に渡されたのは、双剣に似せた大きさの木刀。

布で巻かれただけの柄を掴むと、予想以上に重い。

いつも扱うハリケーンほどではないが、木にしてはかなり扱いやすそうだ。

 

 

「それ訓練用の木刀な。ユクモの堅木を粗削りしたものだけど手に馴染むだろ?」

「意外に重くて驚きました」

「あー俺さ、固いの苦手でな。すまんが敬語とか取っ払ってくれや」

「ですが」

「悪い。俺からの命令だと思って受け入れてくれ」

「…分かった」

 

 

渋々口調を改めた。

アリーシャさんなどと話すときに混同してしまわないように気を付けなければ。

 

 

「オッケ。んじゃ、かるーくお前の型を見せてくんね?」

「型…?」

「分かり易く言うと切り方を見せてくれ」

「いつもので?」

「あぁ、いつも通りが一番いい」

 

 

双剣を構え、剣を振るう。

右、左、右右左――――

 

 

「……」

 

 

クロニカが座りながらジッ…とこちらを見る。

見られながら素振りをするのは苦手だが、これも強くなるための作業だと思い、一心に両手を動かした。

 

そして、一通り技を出し終える。

動きを止めたこちらを見て、クロニカが立ち上がった。

 

 

「ぅおし、じゃあ鬼人化行くぞ」

 

 

鬼人化。

対象に攻撃を加え続け、気が昂ると入ってしまう集中状態。

主に視野と判断能力が上昇する。

 

筋力の活性化によって普段では出来ないような動きが出来るようになったりする。

 

しかし、気を昂らせなければ入れるものではない。

結局のところ、周囲に何も無ければ入れないと断言してもよい。

 

 

「…え、いやでも切るものが―――」

「ん?俺に打ち込め。動きの癖も同時に見てやっから」

 

 

とんでもない提案に目を丸めた。

木刀とは言え、ハンターの力で攻撃されればかなり腫れるだろう。

 

 

「でも」

「安心しとけ。まだお前にゃ負けねぇよ」

 

 

自信満々に胸を張るクロニカ。

いつの間にか両手にはこちらと同じ木刀が握られている。

しかし剣の持ち方が変だ。

両剣とも逆手に持っている。

 

 

「さ、カモン」

 

 

童顔を緩めて優しく呼びかけてきた。

新人だからと舐めれられているのならば遠慮なく打ち込ませて頂こう。

 

 

「じゃあ」

「おう」

 

 

真正面に立ち、腰を落とす。

 

初速を重視し、手首のスナップを効かせて斜め上から無造作に右を繰り出した。

 

ガッ

 

木刀同士が当たる音が響く。

“流された”。

 

 

「うん、かなりいい。ほら、さっさと鬼人化できるまで昂れ」

「ぐ、ぬ…」

 

 

左を加え、速度を重視して技の型をなぞる。

が、一撃たりとも当たりはしない。

 

斜め上から振り下ろせば下へ。

斜め下から振り上げれば下へ。

左から叩き込めば下へ。

右から叩き込めば上へ。

 

果てには、型を無視して突きを繰り出せど、剣に挟み込まれて人の肉に沈み込むような感覚を残し、クロニカには届かない。

 

 

「……鬼人化ァ!」

「ギッ!!」

 

 

掛け声に合わせて咄嗟に理性のトリガーを外す。

疲労感が全て消え去り、立ち昇る“赤黒いオーラ”と、“瞳に怪しく宿る深紅の色”。

まるで精神が研ぎ澄まされたような感覚に、いつもとは違うといった違和感を得る。

 

 

「ストップ!!」

 

ゴッ

 

「いっづぉぁ!?」

 

 

そしてそこで静止の声がかかった。

振り下ろされた木刀が脳天を直撃し、思わず蹲る。

すると頭上から呆れたような溜め息が聞こえてきた。

 

 

「おーい、鬼人化っつたのに“獣宿し”する馬鹿がいるかぁ。あっぶねぇぞオイ」

「え?いや…」

「ん?っていうかお前、獣宿し出来んのか!?」

「――――クロニカ、話はちゃんと訊くべきだと思うんだぁ…」

 

 

蹲っているので地面しか見えていないが、視界の端に蒼黒い何かが映った。

 

 

「来るの遅すぎね?」

「誰のせいなのか、自分の胸に手を当てて考えてみると良いよ」

「……俺、貧乳だったわ」

「まぁたそうやって論点をずらす……」

 

 

口調と、声音に聞覚えがある。

立ち上がってみれば、自分と同じぐらいの長身。アリーシャさんだった。

 

 

「ん、まぁ…ちゃんと見てくれてたみたいだしいっか。彼の型は?」

「ストライカー基礎のギルド」

「で?」

「んー…イルメラ、ちょっと我慢しろよ」

「え…あいだだだだ!?」

 

 

腕を掴まれて後ろに捻られ、苦痛に声をあげる。

 

 

「やっぱ肩関節が硬いな。訓練所で怪我とかしたか?」

「いてて…一回だけ脱臼した事が」

「ん、オッケ」

 

 

腕が開放され、肩を確認するように数度回す。

 

 

「おいアリーシャ、獣宿し使えるとか聞いてないんだが」

「言った。というより彼を連れてきた目的はそれの習得&制御」

「マジで?…まぁいいや。彼、借りてていいだろ?」

「イルメラ君?」

「大丈夫です」

「よし。じゃあ私は近海の見回りでもしてる。クロニカ、午前中は頼んだよ」

「壊さない程度に努力する」

「…変な癖をつけないようにね」

 

 

“壊さないように努力する”。

クロニカの言葉の意味が測れず、冷や汗が流れた。

ちょいちょいとクロニカに手招きされ、恐る恐る近付く。

 

 

「よし、イルメラ」

「はい」

「…敬語が抜けきってねぇな。ま、その程度ならいいか。で、まずお前に言うべきことがある」

「……?」

「まずあれだ。ストライカースタイル全部忘れろ」

「うぇ!?」

 

 

今まで積み上げてきたもの全てを無かったことにしろと言われ、思わず目を剥いた。

 

 

     ●○●

 

 

「ふぁーぁ。ねんむい…」

 

 

海に身を任せてゆらゆらと浮かび、青い空を見上げる。

早起きは慣れているが、朝からテンションを上げたせいか、少し疲れていた。

昨日目を開きすぎたということも、多少影響しているだろう。

万が一眠ってしまった時に沈んでしまわないよう、装備一式は陸地に置いてきた。

 

……獣宿しの素質ねぇ…

 

物珍しさ半分、心配半分に連れてきてしまったが、彼がどうなるかは正しく導くしかないだろう。

 

―――獣宿しという狩技は、素質を持つ者にしか扱えない。

 

大昔からハンターの“我”を表面化させる技はいくつかあった。

むっちゃんの故郷では、仁・義・礼・智・信・勇・忠・孝・悌・和なんて心得があるらしい。

以前、むっちゃんの知り合いで、人としての正道を行くその心得を狩技として表面化出来る太刀使いと狩りに行ったことがある。

 

……うんまぁ、あれはダメだ。

 

単純な強さを求め続けるとああなるとでも表現しようか。

正道を表面化させたなど、嘘っぱちだと疑った。

 

我を表面化させるということは、自らを大きすぎる力に委ねるに等しい。

理性を忘れ、獣に戻り、闘争心のままに標的を屠る。

獣宿しを使う人間は、人でありながら人ならざる存在。

 

……とすると、あの存在もまた獣宿しの一部と言えるか。

 

脳裏をちらついたのは、黒き鱗を知り、黒き甲殻に触れ、邪悪なる瞳に魅入られ、禁忌に足を踏み入れたかつての仲間。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

顔の上側をほぼ全て覆い隠す変形デスギアの隙間からこちらを覗き込む狂気の瞳を思い出し、思考を打ち切った。

心臓の鼓動を確認するように胸に手を置けば、動悸が激しい。

 

……忘れろ私。

 

誤魔化すように考えたのは、彼の事。

昔から関わりあるゆえに知っている事だが、ギルドでは俗称、蔑称として、獣宿し、またはそれに準ずる狩技を使い、制御しきれぬ者は、“獣人”とも呼ばれている。

16の少年が背負うには、あまりにも重すぎる肩書きだ。

 

だからこそ、彼には正しい力を教えたい。

 

見上げた先で、薄い白雲がゆっくりと空を流れていく。

 

 

「……クロニカが師匠か」

 

 

タンジア屈指の馬鹿が教える側に立つのは不安でしかない。

しかし実力はある。型にはまらぬ人間ではあるが、タンジアの港で仕事を続けるだけのことはあるのだ。

 

……私もたまには修行なんて人間らしいことをするのもいいのかもな。

 

考えれば考えるほど人間に対する親愛が募る。

竜人族は、どこまで行っても人間と同じにはなれない。

 

……帰ってき次第むっちゃんに抱いてもらお。

 

人の温もりを求めるのは、人に憧れるからなのか。

そんなことを考えたが、想い人との情交を汚されるように思い、顔が歪む。

 

……私が彼に惚れたのは、そんな感情からじゃない。

 

苛立ちから、海面を裏拳で叩いた。

快音が響き、手の甲に小さな痛みが生じる。

 

 

「…早く帰ってこないかなぁ」

 

 

クエストに行ってしまった夫を想い、言葉を零す。

事後、疲れたこちらを彼の力強い腕で包み込まれるように抱かれるのが、何よりも好きだった。

 

……あぁ、人肌恋しい。

 

血色の良い唇を尖らせると、ゆっくりと海の中へ沈んでいく。

 

彼の事を考えたせいで火照ってきた体を、落ち着くためにも鎮めたかった。

 

 

     ○○○

 

 

「お、そんな感じ」

「ムッズ…」

 

 

マンツーマンで新たな動き方を教わったが、中々に難しく、いつまでたっても上達した気がしない。

今までは腕をコンパクトに振って削ぎ落とすように剣を動かしていたのだが、クロニカの教える双剣の扱い方は、まったく違う。

関節を行使し、細かく切り刻むような動き方だ。

 

手本として見せてくれる動きを覚え、自らの頭で咀嚼し、体を動かす。

しかし上手く出来ない。

クロニカは普段逆手で双剣を使っているらしいので、普通に持ち替えたとしても動きの根本が違うというのか。

 

 

「…んぁー、呑み込みが早くて助かるわ」

「これで早い!?」

 

 

だが本人曰く、動きの呑み込みは早いらしいのだ。

まったくもって分からん。

 

 

「いやー俺は要領が悪いせいでよ、教わった技も全部自分好みに改変しちまうから」

「…それは天性の才能じゃないか?」

 

 

聞いた話によると、クロニカも師と呼べる人物から技を教えて貰ったらしい。

しかしどうしても上手く出来ず、最終的にその技をベースとした新しい動きにたどり着いたそうだ。

ある意味、師をも超えたという事ではないだろうか。

 

そこの動きは体の捩りを入れてだな…などと教授されつつ、訓練は進んでいく。

 

 

―――そうこうして、ようやく大雑把な動きの流れを覚えきった辺りで、クロニカの疲れた発言により、休憩が入った。

 

昼食だと携帯食料を大量に渡され、思わず顔を顰める。

携帯食料の味はハッキリ言って苦手だ。

するとこちらの表情を見たからか、クロニカが笑いながら肩を叩いてきた。

 

 

「安心しとけ。その携帯食料は俺の手製だ」

「クロニカの?」

「おうよ。ケルビの肉を燻製にした、超自信作だよ。食ってみ?」

 

 

鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。

いつもの携帯食料が発する生臭さは無く、燻製特有の香ばしい匂いが鼻腔を刺激した。

その臭いに空腹も刺激され、唾液がにじみ出る。

 

 

「毒なんてねぇって」

 

 

疑心暗鬼のこちらが面白いのか、笑いながらこちらに渡してきた携帯食料をおいしそうに頬張るクロニカ。

それを見て最早我慢できなくなり、口にそれを含んだ。

 

……

 

癖の無い、ケルビらしい肉の味と、燻製特有の香りの組み合わせが、疲れを忘れさせるほどに美味しい。

噛めば噛むほど味が出てきて、噛むことをやめられない。

 

――気が付けば、ペースト状になってもまだ噛んでいた。

 

次のを食べようと飲み込めば、鼻を通る肉の香り。

これはヤバい。いくらでもいける。

と、透明な液体が入っているビンを差し出された。

 

 

「良い食べっぷりじゃねぇか。酒どうだ?」

「…いえ、あまり強くないので」

「ん、流石に訓練に影響でたらまずいか」

 

 

コルクを指で抜き、ぐいと一気に煽るクロニカ。

無理矢理勧められないようなので、一安心して再度肉を頬張る。

 

 

「―――そういやお前、スタイル全否定をすんなり受け入れたよな。なんでだ?」

 

 

心底不思議そうな言葉を投げかけられ、飲み込んだ肉と共に言葉が詰まった。

落ち着くように胸を数度叩くと、思ったことをそのまま口から零す。

 

 

「依存するほどでも無かったので…ですかね」

「…そうか」

 

 

こちらの言葉を飲み込むような言葉の後、ぽこっと軽い拳骨が飛んできた。

 

 

「んじゃ認識を改めろ。あれらの技は、お前が胸を張って誇れるものだった」

「…」

「お前の身に着けた技は、同期の中では最強で、誰にも負けない技だった」

「そこまでじゃ…」

「いいかイルメラ。誇りをもってハンターを全(まっと)うしとけ」

 

 

クロニカの目は、本気だった。

こげ茶の瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えている。

 

“誇りをもってハンターを全うしろ”

 

言われたことの意味を、ゆっくりと考える。

 

 

「誇りをもって…」

「あぁ、誰もお前の個性を否定する権利なんかない。言われたからって積み上げた物をパッと手放す奴は大馬鹿だ」

「…」

「人に流されるのも悪くない。人に揉まれるのも悪くない。でもそこに我が無ければ、代わりはいくらでも用意出来ちまう」

 

 

クロニカは、考え込むこちらの顔を見て、口端を歪めて笑った。

 

 

「ま、要するに、言われるがままってのは間違いだってことだ」

「…はい」

 

 

強さや、称号などの飾りでは無く、心から実感した。

自分と同年代に見えても、クロニカはれっきとした年上なのだ。

最後の燻製肉を口に放り込む。

 

 

「さぁて、そろそろ技の確認行ってみようか。流れは大雑把に覚えたな?」

「何となく」

「それでいい。これはな、実験みたいなもんだ」

「実験?」

「おう。この言葉の意味はそのうち分かる」

 

 

じゃあ今度はこっちな、と渡されたのは、先程とは違う二対の木刀短剣。

持ってみると、今度は先程より重い。

ずっと振るっていると、腕がまともに動かなくなりそうだ。

 

 

「うおーし。それでまた俺を打ってみようか」

「でも重…」

「ほれ、やってみろ」

「…」

 

 

とりあえず、先程やっていた通りに剣を振る。

関節を駆使し、クロニカへ細かい連撃を。

しかし相も変わらず全て弾かれてしまう。が、ふと気付いた。

 

 

「…腕が軽い?」

「よし、一旦ストップ」

 

 

静止の声が掛かり、動きを止める。

 

 

「お前は今、自分の動きの中で違和感を得たか?」

「…?まったく」

「……呑み込みが早すぎってのも困りもんだな。じゃあほら。鬼人化しろ」

「いや、うまく出来るかどうか…」

「“お前はイルメラ。人間だ。”さぁ、やってみ?」

「…」

 

 

声を聞こうともしないクロニカに押され、渋々集中する。

しかしどれ程経っても気が昂らない。

なんというか…賢者タイムとでも例えるべきか。

良く分からないテンションの状態が、ずっと続くのだ。

 

 

「あ、出来たな」

「――は?」

「いや、鬼人化」

 

 

言われたことの意味が分からず、呆然とする。

 

……鬼人化?は?ん?

 

―――多分、表情が不思議を体現していたのだろう。

クロニカまで不思議を体現したような表情になり、口を開く。

 

 

「何がおかしいんだ?」

「え?鬼人化?」

「ん?鬼人化がおかしいのか?おかしいのはお前の頭じゃないか?」

 

 

煽られるが、訳が分からず、反応も出来ない。

 

 

「赤いオーラ纏ってんじゃねぇか。なんだお前、鬼人化もしたこと無いひよっ子か?おい」

 

 

腕をよく見てみれば、体から湯気のように赤いオーラが漂っている。

しかし、“俺の知っている鬼人化はこうじゃない”。

 

 

「いや、オーラってこんなに“薄かったっけ”?」

「…あ?」

 

 

何言ってんだお前とでも続きそうな言葉が飛んできた。

しかし、今までの鬼人化とは、何もかも違う。

これはまるで鬼人化とは別の何かのような…

 

 

「…おい、お前が言う鬼人化の特徴を挙げてみろ」

「え」

「いいから」

「う…んと、オーラの色がもうちょっと濃くて、もっとテンションが跳ね上がる感じで―――」

「……」

「あと視野も広がるし体も軽くなって…」

「じゃあ翌日に関節が痛んだり、頭痛がする事は無かったか?」

 

 

双剣を後方へ投げ、座り込んだクロニカが、こちらの頭を指さして確認するように呟く。

顎に手を当てると、じっくりと思い出してみた。

訓練所時代、卒業後の野良ハンター時代…

 

そして気づいた。

鬼人化後には、必ずと言っていいほどクロニカが口にした事に悩まされている。

 

 

「あっ…た。うん、翌日は頭痛に悩まされたりした日もあった!」

「よぉし。原因解明だ。まず全身の力を抜け。結論だけ言うとお前が頭おかしい」

 

 

――さらっと出た結論に、納得が出来ない。

脱力して赤いオーラが消えると、すぐさま目を細める。

 

 

「理由は」

「そう突っかかってくんな。馬鹿って言ってるわけじゃねぇんだ」

 

 

こちらの追及をはぐらかし、今度は土質の地面に枝で文字を書き始めた。

読んでみれば、並べて書かれた『鬼人化』と『獣宿し』という文字。

 

 

「あくまでも推理だ。修行には関係ねぇから耳半分で聞いてりゃいい」

 

 

『獣宿し』と『鬼人化』の間に≧と書き加えられる。

 

 

「獣宿しは、鬼人化のほぼ上位互換なんだってよ。俺は素質がねぇから知らんが、制御できる人間からの言葉だ。信用していい」

 

 

そして次は、『獣宿し』の下に、文字が連ねられていく。

 

 

「お前は…多分紅蓮だな」

 

 

・体からオーラが立ち昇る

・目が血走り、表情が強張る

・全身に過度の疲労

・ハイテンション

 

 

「なぁイルメラ、お前の鬼人化ってこれが当てはまるだろ?」

「目とハイテンションのところだけ分からないけど…まぁ合ってる、かな」

「…OK。よく聞けよ?お前の言ってる鬼人化な、獣宿しなんだよ」

 

 

……は?

 

疑問に思うより先に、今度は『鬼人化』の下に文字が連ねられ始めた。

 

・薄っすらとオーラを纏う

・全身の筋肉が活性化

・全身の疲労軽減

・澄み渡る思考

 

 

「俺が今書いたこれが、『鬼人化』の特徴だ」

「あ、れ…?」

「良かったな、今のうちに気付けて。お前が『鬼人化』だと思い込んでいたものは、『獣宿し』なんだよ」

 

 

クロニカの言葉に衝撃を受ける。

訓練所時代、教官から褒められたことはあれど、鬼人化について指摘されたことは一度もなかった。

 

 

「あ、ついでに『獣宿し』について教えてやるよ」

 

 

下に連ねられていた文字群を手でかき消し、軽い口調とは真逆の真剣な顔で新しく文字を書き始めた。

 

・禁忌扱いの過去

・精神汚染、自我の崩壊

・発狂、自害、廃人化

 

 

「イルメラ。俺はお前に死んでほしくないから言うぞ。“獣宿しはリスクを伴う”」

「……」

「素質がある奴は何人かいた。でもな、“獣宿しを使える人間は一人しか知らない”んだよ」

 

 

指折りをして、寂しそうにつぶやいたその顔は、童顔であることが嘘のように老けて見えた。

 

 

「…獣宿しの力は強い。その力を正しく使えば負ける事など無い程に」

「負ける事など無い程、に…」

「だから間違えるな。“俺にお前を切らせるな”」

 

 

―――最後の言葉は、身が震えるほどに重みのある言葉だった。

言葉の真意は分からない。

直接的な意味合い、比喩、はたまた忠告なのか。

推し量れぬその言葉は、胸に重くのしかかるような気がした。

 

 

「―――さて、じゃあ鬼人化初心者の訓練をしてみようか」

「ハンターランク4で初心者レッスンかぁ」

「…おかしな話だよな」

「まったくだ」

 

 

ゲラゲラと笑い、クロニカが立ち上がる。

 

 

「基礎は出来てんだ。すぐ終わる」

「あぁ、よろしく」

「…いいね。タメ口が染みついてきてる」

 

 

さて、鬼人化してみ?と言われ、鬼人化してみる。

まだ拭えぬ違和感があるが、そのうち慣れるだろう。

新しい技を知れるのが、ハンター歴の浅い自分からすると一番の楽しみだ。

 

双剣を構え、大きく深呼吸。

 

 

「じゃあその状態での技の確認からなー」

「応!」

 

 

     ●○●

 

 

……変な気配がしたけど大丈夫かな。

 

イルメラ君とクロニカがいるはずの島の中心部に顔を向け、大きくあくびをした。

枝に直接刺した焼き魚を齧りつつ、砂浜を素足で歩く。

 

―――暇だからと島の回りを見回り始めたのだが、意外に見つかるものが多くて驚いた。

 

ガギ、メ、キメキ…!

 

魚を食べ終え、串代わりに用いていた枝を食み始める。

繊維質がせん断される音を歯で感じつつ、砂浜に流れ着いたであろう“腕”を拾った。

 

……女、それも若いな。

 

狩りに失敗したハンターのものだろう。

誰のものかはもう断定できないほど肉が崩れたそれを、まじまじと観察した。

骨は太く、僅かに残る変色した肌はこの腕の持ち主が色白だったことを窺わせる。

そしてよくよく見てみれば、断面の骨が少し溶けていた。

 

……これも毒。

 

強力な毒によって、皮膚が焼け、肉が溶け、骨すらも溶かされたらしい。

この腕の持ち主は、拷問よりも酷い激痛に苛まれたことだろう。

 

どうやってこの浜にたどり着いたのか気になるが、知る方法も無い。

 

……“これで4つめ”っと。

 

砂浜より少し中心側。

土質の地を足で掘ると、腕を埋めた。

 

今日は随分と“漂流物”が多い。

 

近くで集団討伐でもあったのだろうか。

ギルドに所属するこちらが聞いていないので、本当にそうだったならば違法クエストである事は明白だ。

まったく、これ程の大打撃を受けるようなモンスターを狩るならば、こちらの仕事を少しは手伝ってほしいものである。

 

なんて考えていれば、また出た。

 

……うぉわ。美味しくなさそう。

 

反応が不謹慎すぎる気もするが、口に出さなければいい。

今度は肩甲骨から腕丸ごとである。

こちらは先程よりも腐敗が激しく、嫌な臭いを発していた。

 

ひょいと四本指で掴み上げれば、ボロボロの肉が骨からずり落ちてしまう。

肩甲骨から肩にかけては所々骨が溶けており、先程よりも多く毒を喰らったことが察せられる。

 

……こっちは男。年齢不詳っと。

 

5回目となると、だんだん埋めるのも面倒になってくる。

 

ハッキリ言うと、哀れだからとか、可哀想だから、なんて理由で埋めている訳ではない。

見ていると不快だし、植物の栄養分程度にはなるだろうと思って埋めてるだけ。

 

薄情とか、冷たいとかではない。

違法ハンターには碌な思い出がない為、何も思えないだけなのだ。

 

もしもタンジアの仲間の骨を埋めることになったら、こんなに冷静でいられないだろうし、その骨を離したくない筈だ。

こんなに淡白でいられるのは、違法ハンターの骨だと自分の中で決めつけてしまっているからだと思う。

 

……まぁ、埋めるけどね。

 

生物の肉は、手っ取り早く栄養がとれる。

肥料の乏しいこの島では、こういった漂流物が肥料の代わりとなるのだ。

―――毒もまぁ、海水で洗われて安全だろう。きっと。

 

 

「くぁ…ん」

 

 

大きくあくびをし、海で汚れた手を洗う。

―――そろそろイルメラ君の状況も見てみたくなったし、島の中心地へ向かう事にした。

 

船置き場まで戻ると、放置していた装備を船の荷物置きに押し込み、彼らの元へ向かう。

途中、口慰みに木々から枝をもぐと、口に含んでいく。

青臭さは最早慣れた。繊維質を断ち切る歯ごたえが良い。

 

島の中心部に近づけば、鈍い音が聞こえてきた。

覚えのある、変な気配と濃い気配を感じる。

 

開けた場所に足を踏み入れれば、二人がいた。

 

 

「…何してんの?」

「何してるように見えるよ?」

「虐め」

 

 

木刀で打たれたような、血を滲ませた痣を顔に残して仰向けに倒れたイルメラ君に、二本の木刀を相も変わらず逆手に持ち、大きく伸びをするクロニカ。

 

 

「おいおい、どこか虐めに見えるんだよ」

「『激写!G級ハンターが新人イビリ!!』」

「『月刊狩人に生きる』のゴシップコーナーみたいな感じで言うなよ!違うからな!?」

 

 

 

以前『G級ハンターのクロニカ、同じG級のレァムと睦事!?』という題ですっぽ抜かれた記憶を甦らせてか、顔を引き攣らせる馬鹿。

……ちなみにほとんどの人がゴシック記事だからと気にしなかったが、二人曰く事実らしい。

ゴシック記事もたまには真実が書かれるようだ。非常に意外である。

 

 

「ぅ…あれ、アリーシャさん?」

「お、やあ、おはよう」

 

 

薄っすらと瞼を上げたイルメラ君と目が合った。

彼のゆっくりとした立ち方から、全身の至る所に痣があるであろうことが察せられる。

 

 

「ぐ…」

「…あぁ、無理して立たなくてもいいよ?」

 

 

しかし彼の中では寝転がっているのも失礼と思ったのか、最終的には胡坐(あぐら)で妥協した。

 

 

「…で、結局何してたの?」

「鬼人化の練習」

「……彼に必要?」

「そうそう、その事なんだけどさ。コイツ鬼人化を今日までしたことが無かったらしくてさ」

 

 

……んっ?

 

馬鹿は言語を放棄したらしい。

HR4の双剣使いが鬼人化をしたことが無い訳が無かろうに。

 

……うーん、無い無いで頭が混乱してきた。

 

重複する言葉で脳がやられた。とりあえず良く分からないから聞き返しておく。

 

 

「で?なんて言った?」

「…アリーシャ、お前途中から言語放棄したような顔してたぞ」

「私は鏡だったのかな?」

「誰が言語放棄顔だ!」

 

 

なんてくだらない事を言っていると、馬鹿が双剣を乱雑に手放した。

 

 

「で、まぁ聞けよ。コイツさ、今まで鬼人化の代わりに獣宿ししてやがったんだよ」

「…精神は?」

「正常。獣宿しっつっても話を聞く限り、本来の四分の一以下っぽいし」

 

 

……鬼人化の代わりに獣宿し、ね。

 

そう言えば彼は、オトモを背負ってディノバルドと向かい合った時、獣宿しに近い状態になっていた。

彼を連れて来ようと思ったのはそれを見てだったが―――

もしかしたらあの時、激情によって獣宿しの質が変化したのかもしれない。

 

……でも獣宿しと鬼人化を間違えるって…危ないなぁ。

 

訓練所の教官は何も言わなかったのか。もし会ったら叱責してやりたいレベルだ。

もしも訓練中にイルメラ君が発狂していたら、訓練生が危なかっただろうに。

 

しかし、未熟とは言え自らの意志で獣宿しをしていたのだ。

彼の才能は、私の想像よりはるか上にあるのかもしれない。

 

 

「そ、か。うん、正常ならいいんだ。で、今日はどんな感じ?」

「呑み込みが早い。獣宿しに最適な型を教えたんだが、自分なりのアレンジも嵌ってていいと思う」

「すごいね」

「若いっていいなぁ…」

 

 

何を年寄りじみたことを。と思ったが、クロニカの年齢は人間の中でもそこそこだ。

若い世代をみて、何か思うものもあるのかもしれない。

 

……そういえばむっちゃんってなんでおっさんって呼ばれてるんだろう?

 

突然湧いた疑問に、思考が移り変わる。

確か以前、生意気な女弟子云々と言っていた気がするが、記憶が曖昧すぎて思い出せない。

 

 

「…今日ってどこまでやるんだ?」

「―――ん?いや、もうそろそろ普通に帰るよ?」

 

 

思考を遮られるように言葉を挟まれ、普通に返答する。

イルメラ君がこんな状態では、これ以上の修行は無理だろう。

まぁ、新たな型(と鬼人化)を覚えただけでも、進行は予想よりかなり早い。

 

明日は獣宿しの制御を主として時間を使えばいいだろう。

 

 

「おーいイルメラ君、立てるかな?」

「…ふんぬぉぉおおお!!」

 

 

腹の底から捻りだしたような声をあげ、何とかといった風情で立ち上がってくれた。

 

……無理しなくてよかったのに。

 

でも立ってくれたならと、手を貸す。

すると、それに割り込むようにして硬い表情のクロニカがイルメラ君に肩を貸した。

 

 

「…アリーシャ、俺が代わる」

「ん?なら頼むけど…」

「…」

 

 

無言で船の方へ進みだした二人の背を見て、聞こえないようにため息を吐いた。

 

……相変わらず鼻の良い事で。

 

恐らく体に死臭が残っていたのだろう。

人間の腐敗した部位をあれだけ触った後だ。水で流した程度では落ちてくれなかったらしい。

 

多分クロニカは、私の印象を下げないために動いてくれたのだろう。

死臭なんてものを漂わせる女は、碌な存在に思えないだろうから。

 

 

「ゴメンクロニカ!ちょっと体が汚れてたから海で洗ってくる!!」

「おーう」

 

 

気の抜けた返事でひらひらと手を振ってくれたので、船とは少し離れた海岸へ向かう。

 

―――そして、また見つけた。

 

 

「こりゃギルドマスターに報告もんだなぁ…」

 

 

酷いものである。

海岸に、“右腕と左足の無い人間が流れ着いていた”。

全身傷だらけで、欠損した手足の断面は腐敗し、僅かに溶けている。

これ程の傷だ。最期の時は安らかと真逆だっただろう。

 

 

「」

「!」

 

 

屍だと思っていた男の僅かな身動ぎに、思わずびっくりして尻もちをついてしまった。不覚。

海水に大怪我で浸かって、まさか生きているとは。

しかし命の灯も、残り僅かなことは確かなようだ。

 

とりあえず、最期の話し相手ぐらいにはなってあげよう。

 

 

「こんにちは」

「―――」

 

 

喉がやられているらしい。

声は出ず、僅かにアクセントのある呼吸音が耳に入っただけだった。

しかしニュアンスは何となく伝わる。

どうやらまだ生きていることに驚いているようだ。

 

 

「…聞いてあげるよ。何か言いたいことは?」

「―――――」

 

 

……何かに怯えてる?

 

そして何かを忠告するような呼吸の後、男は糸が切れたように動かなくなった。

 

訳が分からず、男を見たまま、しばらく立ち尽くしていた。

波の音が、耳に積もっていく。

 

 

「…アリーシャ?」

「ぅ、わ」

 

 

前振り無く後ろから掛けられた声に、体を強張らせた。

振り向けば、みるみるうちに顔を歪めていくクロニカの姿が。

 

 

「酷い顔だな」

「…イルメラ君は?」

「船で寝てる」

 

 

そして、海岸に打ち上げられた男にクロニカの目が移った。

 

 

「猛毒…いや、劇毒か」

 

 

クロニカの見立ては、私とまるっきり同じもの。

しかし、私たちの知る劇毒とは少し症状が違う。

 

 

「でも劇毒はこんな酷くならないと思うんだよね」

「溶解、腐食、変質…」

 

 

何かを考えるように頭を掻くクロニカ。

そして三秒後に、彼は相槌を打つ。

 

 

「分からん!帰るぞ!!」

「だろうと思った」

 

 

悩むぐらいなら考えない方がいい。

自らを馬鹿と自称し、偽るクロニカの名言だ。

 

流石にこのサイズを埋めるのは面倒なので、草木に隠すようにして放置する。

この時期とはいえ、温暖なこの島の事だ。きっと一週間後にはどうにかなっているに違いない。

 

……死体に慣れるって良い気分はしないなぁ。

 

長い間生きていると、様々な感情が鈍る。

仲間が死んだときに、怒りの感情すら鈍ってしまっていたらどうしようと悩むのは、長寿の性なのか。

 

 

「…香水とか持って来てねぇのか?」

「ん。別に身なりを整える必要はなかったからね」

「死臭は苦手なんだがな」

「私もだよ」

「……そうか」

 

 

……だから馬鹿を自称するって思われるんだよ。

 

嘘を隠すことが出来ないクロニカに、そんなことを思う。

確かに馬鹿だが、この男はあまりにも聡すぎる。

特に、嘘と言葉の裏の意味を察知する能力に長けているのだ。

 

私の、死臭が苦手だという言葉が嘘だという事も分かってしまった筈。

 

まったく、だからこの馬鹿は苦手なのだ。

 

 

「うし、帰んぞ。臭いは海で落とせ」

「多分落ちるよね」

「大方落ちんだろ」

 

 

ほいと渡されたロープに、笑いが込み上げる。

むっちゃん考案のこの策が好きな自分がいるのだ。

 

 

「あまり荒い運転はして欲しくないなぁ」

「それはアレだな。運だ」

「運じゃないよ!?」

 

 

寝ているイルメラ君が腰を痛める未来が予想できる。

痣だらけの彼の事も考えてほしいものだ―――――

 

 

    ○○○

 

 

「ただいまー」

「クロニカ、この体制はちょっと…」

「るせぇ。怪我人は黙って担がれろ」

「誰のせいで悪化したと!?」

 

 

日も沈んだタンジアの港にたどり着いたはいいものの、既に俺は満身創痍だった。

―――肉体的にも、精神的にも。

 

 

「おかえりなさブフッ、アハハハ!!クロニカさんお嫁さん出来たんですか!?」

「うーん、キャシーちゃんちょっとうるさ…アッハッハッハッ!!」

 

 

お姫様抱っこをされて港に帰ってきた俺の顔は既に、茹蛸のようだっただろう。

腹を抱えて笑い転がるレァムさんとキャシー嬢の姿に、既に泣きたくなってきた。

 

―――寝起きは本当に酷いものだった。

異常に揺れる船、強打した腰、襲い掛かる吐き気、動くに動けない痣の痛み。

今度は吐かなかったものの、港に着く頃は虫の息。

港に着いた後、そこを発見され、動けないなら仕方ない、と抱えられることとなる。

 

…そこまでは良かった。

 

 

「ぬ、負うとお前の方が身長高いせいでキツイな」

 

 

その一言で、今がある。

 

 

「キャシー嬢…はダメだな。エリナ、コイツの介抱任せた」

「承りました」

「じゃあ後は頼んだ」

「ぐぉうふ!?」

 

 

手荒くではないが突然腕から落とされ、受身をとり損ねた。

そしてうつ伏せのこちらの上で何やら会話が始まった。

 

 

「怪我人を手荒く扱うのは好ましくありませんね」

 

 

咎めるような口調の女性の声。

恐らくエリナと呼ばれた女性だろう。

 

 

「ん、すまね。…で、だ。急ぎなんだがギルドマスターは?」

「現在ギルド本部からの定期報告書に目を通しています」

「えぇっと…どこにいるのか教えてくれね?」

「現在鍛冶屋の方へ出向いていますね。何やら気になる情報があったとか」

「ありがと。じゃあ後は頼んだ」

 

 

そして、未だに続く笑い声に紛れる足音の遠ざかる音。

 

 

「立てますか?」

「え、あ、何とか…」

「ではそのままで大丈夫です。少々お待ちください」

 

 

カウンターに救急箱を取りに戻る、白い制服を身にまとう女性の姿が見えた。

見覚えがある。確か銅鑼の前でハンマーを持って立っていた女性。

なんて思い出していると、顔横に何かが大量に置かれた。

見える限りで回復薬と思しきものが入ったビンが三本に、包帯が1本、2本、3本…

 

……え、そんなに酷いの?

 

見るだけで不安になる量に、顔が引き攣る。

 

 

「すみません、消毒はアルコール系しか余ってませんのでお許しください」

「へ?…ッ―――!!?」

 

 

反応するより先に、背中に激痛が走った。

歯を食い縛るものの、我慢などできやしない。

 

 

「あー…足とか痙攣してますが、大丈夫ですか?」

「」

「ダメそうですね。了解です」

 

 

てきぱきと作業口調で体に包帯が巻き付けられ、気が付けば処置が終わっていた。

しかし痛い事に変わりはなく、立ち上がる事すらままならない。

 

 

「…キャシーちゃん、そっち持って」

「ちょっと待ってくださいね…っと」

 

 

結局、首と足を持たれ、酒場の端まで運ばれると、なにやら柔らかい場所に寝かされた。

もうこの港の事が分からな過ぎてトラウマになりそうだ。

 

 

「はーい、上半身を起こしますね」

「ぅおお…?」

 

 

キリキリという音と共に、寝ていた何かの上半身側が起きた。

 

……なんだろう、この重傷患者感。

 

まるで医療関係機関で治療されているような感じに思え、良く分からない心情になる。

 

 

「いやぁ、重傷患者用の移動型簡素担架だけど、使う時あったね」

「久々に準備した…」

 

 

どうやら本当に重傷患者用のものらしい。

 

 

「さて、これならゆっくり話が出来るわね」

「え、あ、はい」

 

 

わざわざ担架の前まで椅子を持って来て酒を飲み始めたレァムさんに、引き気味の返答をする。

と、面白そうだからとばかりにキャシー嬢まで椅子を持参してきた。

 

 

「何話してるんですか?」

「ん、今話そうと思ってたところよ」

「じゃあ何から話します?」

「そう言えば考えてなかったわね…」

 

 

そうして本人を前にしてワイワイと騒ぐ女性二人に、戸惑いを隠せない。

女性に囲まれる経験が無かったわけではないが、なんというか…

 

……親族全員で実家に帰ったときみたいな?

 

そう、良く分からない人たちに自分を話題にされるこの微妙な気持ち。

例えるならば、そんな感じだろう。

 

 

「えーと、イルメラ…氏?」

「イルメラで大丈夫ですよ」

 

 

突如レァムさんに声を掛けられ、違和感から呼び名を訂正する。

 

 

「あ、面倒だからアンタでいいや」

「…構いませんが」

 

 

もうあれだ。レァムさんはマイペースぶりがヤバい。

空になったビンを椅子の横に置くと、キャシー嬢に話し掛け始めた。

 

 

「キャシーちゃん、お酒追加」

「いつもの焼酎で?」

「彼の為にも少し弱めのが良い」

「了解です!」

 

 

椅子から立ち上がり、食事場の方まで走っていくキャシー嬢を見送ると、レァムさんの顔がこちらを向いた。

 

 

「さて、では酔いの回らないうちにいろいろ話しちゃおうか」

「……」

「今日はお疲れさま。傷から察するにクロニカと打ち合いでもしたんでしょ」

「強かったです。桁違いに」

「あはは、まぁ、経験の量が違うからね」

 

 

こうして話してみると、不思議な人だと思う。

人を集めやすそうな美貌に、儚さすら感じさせるほどに希薄な気配。

しかしそれとは真逆の、酒好きと話し易さというギャップ。

男は、こういう人に惹かれるものだろう。

 

……まぁ、テーリアさん一筋の俺には関係ないか。

 

一夜体を交えただけで心を置くというのは些か馬鹿な気もするが、それ以外に選択肢が無いのだ。

そしてそれは、間違っていないとどこか確信していた。

 

 

「ん…そういえばさ、アンタって契った相手とかいるの?」

「…突然ですね」

「なんかさ、若い子が来るってこと自体が久々だったからさ。年上からすると下世話な事ばかり気になっちゃうのよ」

 

 

彼女の顔が、何かを思い出したように陰る。

その表情のあまりの艶やかさに、堪らず目線を逸らした。

 

 

「で?どうなの?」

「…いますよ。一人だけ」

「一人、ね」

 

 

馬鹿にされる訳でも無し。言葉の意味ままに呟かれたその言葉は、不思議と悲しみを含んで聞こえた。

 

 

「その人、好き?」

「…娶りたいと思う程には」

「男らしい言葉」

 

 

もう夜だからか、普段口にしないような事まで口走ってしまった。

疲れから頭が働くなってきているのだろう。

それとも、この港に充満する酒の香りに中てられたか。

 

 

「…私の回りには馬鹿しかいなくてね」

 

 

彼女の言葉が、酷く耳に纏わりつく。

淫靡で、艶やかで。聞いているだけで誘っていると錯覚してしまう程甘い声音。

 

 

「あの頃に戻りたいと何度願ったものか」

 

 

ただの言葉で心が揺らぐ。

ダメだ。この声をこれ以上聞いていると傾いてしまう。

 

 

「…キャシー嬢が戻ってきませんね」

 

 

なので咄嗟に話を切り替えると、彼女から意識を逸らすことにした。

 

 

「…確かに遅いなぁ。ちょっと失礼」

「えぇ」

 

 

席を立つ彼女の背を見て、不思議と寂しいと思ってしまう自分がいた。

なんて事は無い。単純に独りが寂しいのだ。

 

 

「こんばんは」

 

 

そんなことを俯きながら考えていると、また声が掛けられた。

顔をあげれば、人間ではないシルエット。

 

 

「こんばんは」

 

 

先程までレァムさんがいた椅子に座る淡い赤橙色のアイルーに、軽く会釈した。

 

 

「あーちゃんから話は聞いたよ。獣宿しが出来るんだって?」

 

 

随分フレンドリーなアイルーだ。

ここにいるという事は、誰かのオトモだろうか?

あーちゃんというのが誰を指しているのか分からないが、言葉を返さないのも失礼だろう。

 

 

「残念ながら、出来るだけです」

「うんうん、まぁ、応援してるよ。妹を守ってね。いるめーくん」

「…妹?」

「さて、仕事に行かなくちゃ。一回でも顔を見れてよかったよ。バイバイ」

 

 

タッタと駆け出したアイルーの背中をぼんやりと目で追う。

私の妹と、そう言っていた。

 

……玉響の…?

 

アイツに姉がいることは何となく知っていた。

でも、今のがアイツの姉…なのだろうか。

なんとなくイメージと違うというか、変な感じがする。

 

 

「…変な顔」

「うわ!?」

 

 

いつの間にか椅子に座っていたレァムさんに声を掛けられ、跳ね上がる。

どうも彼女は気配が希薄すぎて、直視していないと気付けないのだ。

 

 

「トワイライトと話してたの?」

「トワイ…ライト……」

「あ、自己紹介されなかった?彼女は私たちの仲間のトワイライト。ニャンターよ」

「ということはやっぱり」

「G3」

 

 

もうG級という存在が良く分からなくなってきた。

一部の村では崇敬されるほどの存在だというのに、この港ではG級は基本という風にハンターが闊歩するのだ。

怖い。もうなんかこの港が怖い。

 

……玉響の姉ってG級ハンターなのか。

 

ついぞ感覚が麻痺し、しみじみとそんなことを思うようになってきてしまった。

 

 

「ん、まあ気まぐれな奴だからね。酒好きなのは知ってるんだけど」

 

 

クエスト出発の笛の音を遠くに、彼女がこちらへ木製のコップを差し出した。

受け取ってみると、八分目まで酒が入っている。

 

 

「キャシーちゃんは呼ばれてどっか行っちゃって二人だけど、お疲れさまってことで乾杯。あ、動かなくていいよー」

「…乾杯」

 

 

こちらのコップに自分のジョッキを当てた彼女が、儚げに微笑んだ。

 

 

「お酒を飲んで寝るのが一番いい」

「…頂きます」

 

 

あまり酒は得意でないものの、断るのは流石に悪い。

コップに口を付け、少し口に含む。

 

……あれ?

 

思ったよりも飲みやすい。

酒特有の喉に感じる熱さが感じられず、微炭酸で甘い。

 

 

「これは…」

「トワイライトが残してったお酒。アイツ甘いのが好きだから、お酒の苦手な君にどうかなと思ったけど」

「すごく美味しいです」

 

 

この酒だったら結構いけそうな気がする。

そう思い、まるで清涼飲料のように飲み進めていく。

 

そうして俺は、かなり早いペースで酔いつぶれる事となった。

 

 

     ●●●

 

 

……あら。

 

船を漕ぐ彼を前に、ジョッキをタイル床に置いた。

彼のコップを倒れないような場所に置き、大丈夫かと尋ねてみる。

 

 

「…ぅ」

 

 

かなり酔っているようだ。

トワイライトの酒を結構なペースで飲んでいたが、アイツの酒だ。飲みやすくても、度は高い。

 

……んーどうしよっか。

 

ここまで酒に弱いのは、ちょっと予想外だった。

流石に病人を外で寝かせる訳にもいかず、どうしたものかと思案する。

 

……って、アリーシャに訊けばいいのか。

 

彼を連れてきた張本人に訊けば、彼をどうするのかが分かる筈だ――――

 

 

「考えてなかった」

「アンタって思い付きで動くとこあるよね」

 

 

長い生で知った己の経験を思考の主とする竜人族にしては、かなり抜けたところのあるアリーシャを前に、大きくため息を吐いた。

 

 

「私の家は今酷い有様だし…イルメラ君、どこに泊めようかな」

「宿は?」

「…現在満室との事です」

「そう。情報ありがと」

 

 

わざわざ情報を教えてくれたエリナにお礼を一つ。

 

 

「野宿はさせられないよね」

「まぁ、怪我人だし。―――どっかの馬鹿が虐めたせいで」

「事実だから擁護できないなぁ」

 

 

なんて会話を交わしつつ、彼の寝床が無い事が分かった。

さて、

 

 

「じゃあ彼の宿泊先は私の家でいいか」

「いいんじゃない?」

「……」

 

 

私の言葉にアリーシャは適当に頷き、エリナは顔を赤くして俯いた。

まぁ、エリナの反応に対しては否定しない。

ハンターになる以前の職の性か、時折無性に人肌恋しくなる。

 

たまたま今日が、その日だったのだ。

 

クロニカでも良かったのだが、若いほうがいい。

ということで、先程声の艶を増して誘ってみたのだが、顔を赤くして目線を逸らされてしまった。

あんな反応をされては、交わってみたいと思ってしまうのが私の本能。

娶りたい相手が一人いると言っていたが、つまみ食いぐらい許してほしい。

 

……さて、怪我を悪化させない程度に頑張るかな。

 

どうヤってみようかと思案してみると、アリーシャが私の手に謎の丸薬を握らせた。

 

 

「むっちゃんに使うつもりだったけど、あげる」

「…?なにこれ」

「狂走エキス&ケルビの角&活力剤配合の精力剤。いにしえの秘薬に似た効果もあるから痛み止めにも使えるよ」

「……借りはご飯で返す」

「そのうちよろしくね」

 

 

さて、今月の仕事で入ったお金が消し飛ぶ未来が確定した。

しかし、一時の欲望に大金をはたくというのもいいではないか。

私はそういった場面を前職で何度も見てきた。

あの光景は、忘れられない。

 

……イルメラ・チガーノフ、指名はいりました。

 

前職で毎日のように効いていたフレーズを心の中で唱えると、寝てしまったイルメラ君を抱え、タンジアの港裏にある自宅に帰る事にした。

 

 

     ●●●

 

 

……重かった…

 

彼をベッドに寝かさるとほぼ同時に、ベットへと倒れ込んだ。

男一人を抱える重労働は、腰と腕に来る。

アリーシャに頼めばよかったと後悔するも、ここまで来ては後の祭り。

隣で寝息を立てる男の顔を、まじまじと見る。

 

 

「私の疲れも知らないで…」

 

 

げっそりと呟きつつ、彼の口に丸薬を放り込んだ。

ついでに嫌がらせと鼻をつまめば、手で払い除けられた。

その動作がちょっと可愛いと思ったので、もう一度。

…払い除けられる。

もう一度。

…払い除けられる

 

……私何してるんだろう。

 

変にはまってしまった自分に突っ込みを入れつつ、本番に入る。

彼を仰向けの姿勢に調整し、海パンと短パン両用のズボンを剥ぐ。

 

……おぉお!?

 

どんな夢を見ているのか知らないが、外気に当てられて半勃ちになったそれのサイズに、ちょっと驚く。

 

……優しい顔して、なかなか凶暴だな。

 

そろそろと手を伸ばし、軽く握ってみた。

肌より熱めの特有の温度に、軽く冷えた掌がじんわりと温まる。

 

 

「…ん」

 

 

くすぐったさか、身動ぎした彼がそれ以上動かないように腰を押さえ、鈴口に唇を当てた。

亀頭、カリ、竿と徐々に飲み込んでいき、喉奥まで銜え込む。

独特の匂いが鼻腔を刺激し、体の“雌”が反応していく。

ゆっくりと、捻りを入れてストロークを開始。

 

 

「ぅうあ」

「…」

 

 

彼が無意識に快楽から逃れようと腰を引くが、私が腰を押さえているせいで逃げられない。

徐々にストロークを速めていくと、硬さが増し、だんだんと唾液では無い味が感じられるようになってきた。

甘いような、無味のような。不思議な味が舌に纏わりついてくる。

じゅぽじゅぽと淫らな音が狭い部屋に響き、まるで耳から犯されているような錯覚にすら陥る。

 

 

「んふぁ…」

 

 

口は休めず、腰を押さえていた右手は自らの秘部へ。

既に下着で押さえきれなくなった愛液が、指から手の甲へ伝い、そのまま重力に従って床にぽたぽたと垂れてしまう。

指で塞いでも塞いでも、奥から溢れて来るのだ。

 

 

「…!」

 

 

そして何の脈絡も無く、口内に射精された。

粘り気のある苦みを含む液体が口内を汚し、喉奥までも染めていく。

射精が終わると搾り取るように尿道に残る精液を吸い、味わうように舌で口内を舐めとると、ゆっくりと飲み込んだ。

 

……もう無理。

 

腹から昇って来る精液の匂いに中てられてか、我慢できなくなり、彼に跨って素股の体勢で腰を動かし始める。

一向に萎える事を知らぬ彼の肉棒の熱さが、気持ちよい部分を抉ってゆく。

 

 

「ん、ふぅ…」

 

 

身が震えるほどの快感に、思わず艶やかな声が口から漏れた。

秘部の大陰唇と陰核が熱いものに擦れ、もう既に絶頂に近い。

 

そして、それは起きてしまった。

 

彼が快感からか、軽く腰を浮かしたのだ。

丁度腰を戻すタイミングだったせいで、彼の肉棒が一気に奥まで入ってしまう。

 

 

「ひ――――ぁッ!?」

 

 

不意に来た雷に打たれたような快感から背が仰け反り、意識外で太腿が痙攣。

下りていた子宮口が強く押し潰されたような感覚に、視界で火花が散る。

 

 

「あ、う、あ…!!」

 

 

……無理無理無理!!

 

押し広げられた過敏な膣内では、彼の脈動すら快感になっている。

その余りの出来事に、どうしようかと思考が停止した。

彼の胸に体を預け、動かないように腿で彼の足を閉じて固定する。

 

しかしここで、理性が本能に負けた。

膣壁で感じる彼の鼓動に、腰を動かし、快楽に溺れたいという感情が頭を占める。

 

 

 

「んあ…く、ふぅ……!」

 

 

気が付けば絶頂すらも気にせず、甘い声を響かせて腰を動かしていた。

膣壁を押し分ける肉棒の熱さに、愛液を掻き出そうとするカリ。

久方ぶりの雄に、心の底から酔いしれる。

 

 

「ぅくぉ…」

「ん、な゛…!?」

 

 

と、下の彼が突然こちらを抱きかかえ、ぐるんと体位が反転。

騎乗位が正常位へと変化した。

まさか起きたのか、と思ったが、彼の目を見る限りそんな感じでもないらしい。

寝返りに似たようなものだろう。

 

 

「……」

「んん…?起きて…るような?」

 

 

酔っているから、意識が曖昧なのだろうか。

蕩けた表情の彼を見て、下半身がキュンと締まる。

庇護欲を掻き立てられるような…そんな感じ。

 

……もう歳かな…

 

嫌な実感をしつつ、どうしようかと考える。

正常位では私のペースで腰を動かしづらいし…

 

 

「ぁ、はぅん!?」

 

 

なんて考えていると、奥まで彼の肉棒が貫いた。

何かを理解されるより先に、真っ白になる思考。

 

……起き、て!?

 

起きている。否、まだ意識は朦朧としているらしい。

動きがぎこちないし、どこか上の空だ。

しかし、ピストンはしている。

 

……雄の本能かなぁ…

 

漏れる雌の声とは別に、余裕のない思考でそんなことを考えた。

 

 

「……」

「う、んぁ…!?」

 

 

ふと彼が何かを呟いたような気がして、耳を澄ませる。

だが耳に入って来るのはパンパンと肉同士の当たる音に、粘質な音。小声など聞こえるはずも無い。

ここでぎこちない腰の動きが速まった。

遠慮なく奥へと突き込んでくる動きに、背が跳ね、潮を吹いてしまう。

しかし動きが止まる事も無い。

 

 

「―――ッ!!」

 

 

酸素が足りない。呼吸が出来ない。

積み重なる絶頂は思考を放棄させ、気持ちいいでは足りないほどの快楽が頭を埋める。

 

……はげ、し!

 

が、これはこれで嫌いじゃない。むしろ激しいプレイは好きの部類に入る。

 

“愛の言葉に埋もれる情交より、獣のような交尾がしたい”

 

以前、肉食加害者系人妻がそんな言葉を言っていたのを思い出す。

結局のところ、人もまた獣らしい。

無心で腰を振る彼の頭を抱き、一気に腹に力を入れた。

膣壁が締まる事によって、彼の雄をより明確に感じる。

彼の体が震え、根元が膨らんだ。

 

 

「――――――ッ!」

 

 

奥まで届いた瞬間。熱い精液が子宮へと注がれた。

彼を抱く腕に力が入り、ひと際大きく身が跳ねる。

焼けるような熱さに感じるのに、痛み全てが快感に置き換わってしまったようだ。

 

そのまましばらく。

流石に限界だったのか、胸に体重を預けてきた彼の重みで我に返った。

 

 

「――く、はぁ…」

 

 

恍惚と息を漏らし、まずは早まる鼓動を落ち着ける。

 

……やーっちゃった、やっちゃった。

 

ちょうど顔横にある長身の彼の顔を見て、罪悪感が胸にのしかかる。

心の底から彼の未来の嫁に謝罪すると、彼の体を抱えて横に一回転。騎乗位へと移行。

 

……んっ。

 

ぬぽんと綺麗な音を立て、彼の肉棒を抜く。

ベッドから降り、まだ痙攣収まらぬ腿を叩いて大きく伸びをした。

 

 

「おーお、結構出したねぇ」

 

 

逆流する精液を指で掬いつつ、事前に準備しておいた濡れタオルを手に取る。

湯につけただけあって、まだ暖かい。

 

……失礼しますーっと。

 

私の愛液やら潮やら唾液でべとべとになった彼の体を綺麗に吹き、何事も無かったかのように海パンを穿かせる。

そして彼を床のカーペットに寝かすと、ベッドのシーツを風呂に浸し、新しいシーツに変え、彼を何事も無かったかのようにベッドで寝かす。

これで証拠隠滅完了。

 

……私は彼を介抱するために家で寝かせただけ。OKOK、大丈夫だね。

 

自己完結すると、彼を拭いたタオルとは別のタオルで自分の体を拭いていく。

そして逆流する精液を拭いた辺りで、ある事実を思い出して硬直した。

 

……あれ、安全日じゃ…?

 

勢いに任せてヤってしまったが、先週あたりから排卵日…

 

……ま、まだだ。まだ焦る時間じゃない…

 

慌てて風呂場に駆け込み、シャワーで膣内を洗う。

つまみ食いまではいいが、婚約予定の人間との子供は流石にマズイ。

限界まで洗い、しばし風呂場で放心。

 

 

「へっぷし」

 

 

くしゃみを一つ。

 

……ま、大丈夫でしょ。

 

いつもの楽観的観測で片付け、今度はパッパと体を拭いていく。

水分を拭きとると、体裁として下着だけ身に着ける。

何の色気も無い白のサラシとスパッツ型のパンツだが、彼の為にもそっちの方がいいだろう。

彼の隣に寝転がると、タオルケットを掛ける。

二人分の体温ですぐに温まったタオルケットに潜ると、目を閉じた。

 

 

「…テーリア、さん」

 

 

やっと聞き取れた彼の小声に大きくため息を一つ。

無意識化でも想われるほどに大切にされてるであろう、彼の口から漏れた女の名に嫉妬を覚えたのは、私が醜いからだろうか。

 

―――思考を逸らして眠ったのは、それからすぐの事であった。

 

 

     ○○○

 

 

「やぁ、おっはよう!!」

「うぉおう!?」

 

 

気持ちよく寝ていたところに大声を掛けられ、既視感を得つつ跳ね起きた。

 

 

「クエストの時間だよ!」

「えぇ…あ、いや。っていうかここどこ…」

「アリーシャうるさい…」

 

 

横から聞こえてきた声の方を向けば、下着姿で寝転がるレァムさんが。

 

―――――おうふ。

 

言い訳が出来ないこの状態をどうにかしたい。

また酒の勢いに任せたというのかこの馬鹿は…!

 

 

「んあ、ちなみにここは私の家。君が寝ちゃったから泊めるためだけに連れてきた」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます」

 

 

判決、無罪(ノットギルティ)。

なんとか他方の女性に手を出すことはしなかったらしい。

内心で自分を褒めちぎりつつ、もそもそと立ち上がる。

 

 

「えーっと…?」

「クエストクエスト」

「あ、はい。レァムさん、ありがとうございました」

「あいよー。あ、そうそう。荷物はキャシーちゃんが預かってくれてるから」

「了解です」

 

 

一晩泊めて頂いたことに対して一礼。

レァムさんの家から連れられるようにして港へ向かう。

 

 

「おはようございます。良くお休みいただけましたか?」

「おはよう…ございます」

 

 

何故か卑しく思える笑みを浮かべたキャシー嬢に挨拶を一つ。

二日目のタンジアの港へ足を踏み入れた。

すると一歩目で背中に重さがのしかかる。

まさかプレッシャー!?などとふざけて考えるが、実際の重さだ。なにかが背中に乗っているらしい。

 

 

「ヒョッヒョ、はじめましてかな?イルメラ君よ」

 

 

―――ハッキリ言おう。純粋な酒の香りがする。

酒臭いとかじゃない。酒そのものの匂いがした。

いつの間に乗ったのか分からないが、とりあえずご挨拶。

 

 

「はじめまして。イルメラ・チガーノフです」

「お、礼儀正しいのぅ」

「ギルドマスター、遂にボケましたか」

「……ん?」

 

 

ギルドマスター?

昨日おつまみを齧ってたあの?

 

 

「あれ、イルメラ君、はじめましてじゃなかったかの?」

「…昨日お会いしましたね」

「んーそうじゃったか。ふぅむ…記憶にないのぉ」

「あ、イルメラ君、ボケ老人は放っておいてこっちにおいで」

 

 

ちょいちょいと手招きされ、受付カウンターへ向かう。

その途中でギルドマスターが背中から降りてどこかへ行ってしまったが、気にする事は無いはずだ。

クエストカウンター前に行くと、クリップで留められた二枚のクエスト用紙を渡される。

 

 

――――採取クエスト 孤島の採取ツアー―――――

 

目的地 孤島

成功条件 同伴者からの許可

失敗条件 報酬金が0になる、又は死亡 

特殊条件 なし

制限時間 無制限

報酬金 12z

契約金 0z

主なモンスター ジャギィ、エピオス

 

 

――――狩猟クエスト 獣の証明―――――

 

目的地 孤島

成功条件 ラギアクルス亜種の狩猟

失敗条件 報酬金が0になる、又は死亡 

特殊条件 ギルドマスターからの受注許可、又は同地位の者からの許可

制限時間 無制限

報酬金 24000z

契約金 2400z

主なモンスター ジャギィ、エピオス

 

 

「今日のクエストはこの二つ」

「…ラギアクルス…亜種……」

 

 

ごくりと唾を飲み込んだ。

HR4が白海竜に挑戦?そんなことは無理に決まっている。

が、アリーシャさんは相も変わらず無表情のまま。

 

 

「装備は見繕っておいた。さぁ、行ってみようか」

 

 

装備一式が入っていると思われる重そうな麻袋を軽々抱え、港に来た、例のトラウマ船に積み込んだ。

個人の意見が尊重されないのは、訓練場と同じらしい。

 

 

採取クエスト【孤島の採取ツアー】

 

――――クエストを開始します。

 

 

     ○○○

 

 

孤島のエリア1。

上陸したのが孤島の逆側からだったので、モガの村には一度も寄れていない。

その村の見えるエリア1でまず言われたのが、とりあえず座れ、との事だった。

こちらのペッコU一式とは桁違いのダマスクX装備というガチ防具を身に着けたアリーシャさんを前に、昨日と同じように木刀で打ち合いになったらどうしようと冷や汗が流れるが、そうでもないらしい。

 

 

「獣宿しについて簡単に教えるからちゃんと聞いてね」

「はい」

 

 

今日の始まりは座学。

アリーシャさん曰く、「知識は身に着けておいて損はない」らしい。

長き時を生きる竜人族らしい言葉だと、心の底からそう思った。

 

 

「さて、じゃあまず基礎知識から。獣宿しって本当は使っちゃいけない技なんだよね」

「え」

「本来、ハンターは体のリミッターを外して活動してる」

 

 

竜人特有の四本指が、一本、一本と目の前で折られていく。

 

 

「そのリミッターも、せいぜい外せる限界は四つまで。むしろ四つも外した時点で体にかかる負担は酷いもの…なんだけど」

 

 

今度は、両手。合わせて八本の指が目の前で立てられた。

 

 

「時々、リミッターの限界が無い人がいるんだよね」

 

 

指が次々と折られていき、逆手に入った五本目のところで指が折られず、揺れる。

 

 

「偶然なのか、限界の無い人の限界もさっきのに足して四つでさ」

「限界の無い人の限界?」

「矛盾してるでしょ?でも間違っては無いんだよね」

 

 

アリーシャさんが頭を指さし、指で輪を描く。

 

 

「例えばリミッターの三つ目を外すと、周囲の動きがゆっくりに見える。究極の集中状態とか言われてるかな?」

「一度なったことがあります」

 

 

周囲全てがゆっくりに見えたことはある。

訓練所で、訓練という名目で火竜を狩る時。

火球に当たる直前、死を覚悟した瞬間にそれは起きた。

音が消え、自分以外のすべての時間が遅くなったようになったのだ。

 

恐らくあれが究極の集中状態なのだろう。

 

 

「流石。でもね、八つ目を外すと世界が静止して見える」

「静止…!?」

「そ。加速する思考に、瞬発する肉体。“刹那の最”って呼ばれる状態があるんだけど」

 

 

パン

手拍子の音が響く。

 

 

「今の音が聞こえるだけの瞬間に、人間の体は限界を迎える」

「…?」

「つまり、八つ目のリミッターは外すと体が崩壊するってこと。骨の損傷、筋肉の断絶、脳の出血―――まぁ、手っ取り早く言えば死亡。他にも事例はあるけど、精神汚染とか碌なもんじゃない」

 

 

『人間の体には限界がある』

そういえば訓練所時代に、誰かが同じことを話していた。

超えられぬ壁を超える方法は存在しない。

そういった結論が出たとか言っていたような…

 

 

「で、獣宿しはその番外編的な感じ。リミッターでいえば六つ目あたりを外すことに当たるかな」

 

 

目の前で折られた六本目の指で、我に返る。

 

 

「長い時間保つことは体の負担が凄いから、同じようにある程度の制約は掛かるけど…」

「え、制約とかあるんですか?」

「そりゃあるよー。リミッターの五つ目で一回限界超えてるんだから。…まぁ、常時その状態を保てる人間も知ってるけどさ。ファルミニア・ソレインっていう私の旦那さんの弟子はそういうタイプだったかな?」

 

 

知っている名前が出てきて顔が引き攣った。

一回訓練場に来たことがあるG級ハンターだ。

教官とは知り合いらしく、俺達より一つ上の代に教えに来たらしいだが、遠目から見ても体捌きが異常だったことを覚えている。

 

……しかしそれより旦那さんが一番スゲェな。

 

そのハンターの師匠なんて、遠すぎて見えない。

―――いや、そのハンターの奥さんならここにいるのだが。

 

 

「獣宿しは性質上、精神が歪み、肉体に変調をきたす。最悪、発狂する」

「…聞きました」

「素質の無い人間は、引き出した獣に精神が喰われる。ってことだね」

「獣…ですか?」

「そ。言葉通り、内に秘める獣を宿す。獣は自分の裏だと思ってもいい。どこまでも野心的で、狡猾で、ひたすらに強く、凶悪。そんな存在だとでも思えばいいよ」

「随分とまた…」

「怖いでしょう?だから普通の人は手を出さない。素質がある人も、それを知らずに死んでいく。それじゃあ勿体無いから、私は君を連れてきた」

 

 

アリーシャさんが、土に埋まっていた石を拾って遠くに投げる。

 

 

「“人為的に不可能な限界をきっかけで外す”。君にはそれを習得して貰いたいの」

「きっかけ…」

「そ。まぁほとんどできてるから、行き過ぎない調整を覚えるだけの簡単な作業だけどね。ほら、渡した赤い液体のやつ持ってる?」

「これ…ですか?」

 

 

先日渡された、ビン入りの赤い液体をポーチから取り出した。

すると「ほい、飲んで!」と言われ、戸惑いつつも飲み干す。

 

 

「?」

「よし、飲んだね。じゃあ私の目を見て獣宿ししてみようか」

 

 

―――初めて、アリーシャさんが無表情を崩す。

笑顔…なのだが、背後にまとう気配は笑顔と思えない。

 

形容不可の何かが、こちらを食おうとしているような。

 

 

「さ、訓練を開始しよう」

 

 

ゆっくりと開かれた瞼に隠されていた赤い瞳の威圧が、真正面からこちらを貫いた。

肌が泡立ち、目の前にいる規格外から全力を持って逃げようと、足が震える。

しかし、恐怖の中にもう一つ。別の感情が渦巻いた。

 

―――あれ?

 

気が付けば、アリーシャさんに殴りかかっていた。

 

 

「そぉい」

 

 

気の抜けた掛け声とともに顔面に衝撃が走り、冗談抜きで10メートル吹き飛ばされる。

殴られたと理解したのは、地に転がって10秒後ぐらいだった。

 

 

「あ、ごめん。ビンタ痛かったでしょ」

 

 

―――前言撤回。殴った訳ではないらしい。

しかしそれでもビンタで10メートル吹き飛んだのは、人生初の経験であった。

目を閉じたアリーシャさんが、こんがり肉を齧りながらこちらへ歩み寄って来る。

 

 

「な、にが…?」

「んー獣宿しに失敗しちゃったね。君の中の理性が反転しただけだから安心して」

 

 

何を安心すればいいと言うのか。

言ってることが分からな過ぎて怖い。

 

 

「んあ、何言ってんだかわからないって顔してるね。簡単に言えば無意識化で興奮しすぎただけ」

 

 

あ、めっちゃわかりやすい。

 

 

「さて、もう一度。落ち着いて私の目を見てね」

 

 

再度、威圧感が寝転がった俺に向けられる。

怖い。が、先程と同じように黒い感情が顔を出した。

 

潰し裂き千切り殴打し刺し貫き穿ち砕き。

壊す壊す壊す壊す壊す殺す。

一欠片も残さぬほど蹂躙し、存在という概念すら残さぬほどに消滅させたい。

 

 

「そぉい」

 

 

気が付けば、二発目のビンタを喰らっていた。

 

 

「あれぇ?そんなに難しい?」

 

 

赤い何かを食べるアリーシャさんを霞む視界で見上げ、苛立ちより、不思議が頭を埋める。

 

 

「くぉお…何があったんだか分からぬぁあ……」

「うーん、表情を見せれば分かるかなぁ。でも惜しいんだよね。もう一回」

 

 

三回目の威圧感。

今度は恐怖すらなく、激しい感情が頭を埋める。

 

しかし今度は、真っ赤。

燃えるような闘争心。

 

 

「あ、そのまま制御してみて」

「せい…ぎ、お?」

「具体的に言えないけど、理性を保つ的な感じで!」

 

 

……ちゅう、しょう…的すぎませんかね……!?

 

けれど一応やってみる。

殴りかかろうとせず、必死に耐え、まるですべてを悟ったように―――

 

……あ、これオナ禁のやつだ。

 

なんてくだらない事を思い出せば、闘争心が萎えた。

 

 

「あ、失敗」

「…すみません」

 

 

今度はビンタされなかったが、今までで一番残念な失敗である。

バリバリと硬質な音を立てて青色の何かを貪るアリーシャさんがニッコリ笑って頬を摘まんできた。

―――海竜の鱗を噛み砕いている気がするが、気のせいの筈。

そう。煎餅とは比べ物にならないほど物凄い硬質な何かを砕く音がするが、気のせい気のせい。疲れているんだ。

 

 

「ほれほれ、もう一回。いつもの感じを思い出してやってみよう」

「ぐ、ぬ」

 

 

四度目の威圧感。

いつもの感じを思い出して…

鬼人化を超える高揚感、激昂すれすれの、燃えるような激情。

理性は最低限。他は捨てて…

 

 

「よしOK。その状態を保って…これで型をうってみて」

「は、い」

 

 

極力近づかないようにしているのか、こちらの足元に投げられた双木刀を広い、昨日教わった型を宙でなぞる。

関節を多く使い、コンパクトに、コンパクトに。

ひとしきり終わった辺りで、アリーシャさんが手を叩く。

 

 

「これなら大丈夫。はい脱力~」

「…ふぅ」

 

 

言われるがままに脱力し、高揚感が消えた。

息は全く切れていない。

クロニカから教わった型は、ブシドーとエリアルを混ぜてギルドにぶち込んだ形で良く分からないが、疲れにくいところが利点だ。

 

 

「うん。じゃあクエストを開始しようか」

「え゛」

「私は手を出さないから安心してね。じゃあスタート!」

 

 

ブォオオオ!!

 

どこかからか取り出された角笛が孤島のエリア1に響き渡る。

突然すぎて訳が分からないが、そういう事らしい。

 

 

狩猟クエスト【獣の証明】

 

――――クエストが開始されました。

 

 

     ○○○

 

 

……むーりーむーりー

 

愛用するハリケーンを肩に担ぎ、エリア5を駆ける。

エリア3からエリア7への道は何だか崩落しているらしく、回り道をするしかなかった。

 

……白海竜?ハハッ、上位のハンターでも優秀組が相手取るって苦戦するレベルじゃねぇか。

 

込み上げてくる笑い。

『危なくなったら何とかしてあげる。だからリタイア権を剥奪しとくよ』

アリーシャさんに言われた言葉の意味を考えた。

何とかしてあげる。何とかしてあげる…

抽象的すぎてどうなるのかが分からないだけ怖い。

 

エリア7にいるらしい白海竜のクエスト依頼者は、なんとアリーシャさん本人だった。

 

一昨日のモガの森の散策で見つけたらしく、狩るのが面倒だからこちらに回したらしいのだが…

ハッキリ言ってHR4には荷が重すぎる。

 

走って走って一分後。

いたよ。いやがりましたよ。

到着したエリア7。

反射した日光で照らされた岩場の中、一匹の竜がいた。

 

 

「…変な感じだな」

 

 

本来なら怯えて逃げてもおかしくない筈。

が、まったくもって緊張感が無い。

先程のアリーシャさんの威圧感を間近で受けすぎたせいで、感覚が完全に麻痺してしまっている。

ヘラヘラできるぐらいに余裕があるし、恐怖で動きが鈍らない。

いいような、悪いような状態だ。

 

……お。

 

なんて気楽にいると、こちらに気付かれた。

白海竜の雰囲気が、見る見るうちに警戒から敵対へと変わる。

 

 

「さぁ、始めようかぁ」

 

 

ハリケーンを構え、手先で弄びつつ呼吸を整えた。

薬の効果が切れていないのか、些細な事で気が昂る。

 

―――既に体の各所からは、紅蓮のオーラが立ち上り始めていた。

一気に駆け寄り、竜が牽制で吠えるより先に顎下に刃を叩き付ける。

 

こぉん

 

硬質な音が鳴り、刃が通らない。が、想定外ではない。

顎下から首へと流すように小さな鎌のような刃を動かし、腹を切る。

 

そのたった一発の感触で、気の昂りが最高潮に達した。

目は血走り、表情は強張る。

筋肉は鬼人化の時とは比べ物にならないほどに活性化し、燃え上がるような殺意が心の中で渦巻いていた。

 

鬼人化だと思って獣宿しをしていたあの頃の感覚とは比べ物にならない。

これが本当の獣宿し――――

 

 

「ッらぁ!」

 

 

腹を切り裂いた腕をそのまま後ろに回し、そのまま斜めロール。

もう片方の刃を腹に当てる。

そして、それは起きた。

 

“斬撃の感触が、二回”。

 

武器を振るった自分でもその異常さに思わず納刀して距離をとる。

 

……なんだ今の?

 

今までで初めての感覚だ。

いつも通りに剣を動かしていただけ。

一体何が起きたというのだろう?

 

 

シュィイイ!!

 

 

――悩んでいる暇はないらしい。

口から吐き出された帯電性の固形物を慌てて横回避。

とんでもない音を立てて縦方向へ爆散したのを確認しつつ、次の固形物も同様に躱す。

先程の感覚を考えるのは後でいい。ジグザグに走って狙いをつけさせないようにして再度接近。

右剣の袈裟切りから抜刀。また手応えが二回来た。

 

……マジでなんだこれ。

 

袈裟切りの勢いのままに体を流して裏拳の要領で左剣を切り下ろし、体を無理矢理傾けることによって右剣の切り上げへと派生する。

コンパクトに、腕は小さく関節を駆使して切り裂け。

 

ヴ

 

―――もしそれを表現するとすれば、全身の毛が逆立ったというべきか。

瞬間的に跳ね上がった警戒心が、白海竜の体を蹴って緊急回避させた。

尻もちに似た体勢のまま白海竜との距離をとった瞬間。

 

パンッ

 

青雷が白海竜の周りを包むようにしてドーム状に放電した。

『この中に入るな。焼き切るぞ』とでも言いたげな奴の目は、まさに双界の覇者の風格を漂わせる。

しかし、その威圧に反応したのは、己の獣だった。

真っ黒なオーラが表情を覆い隠すほどに立ち昇り、腕には染みついたように紅蓮の筋が走る。

 

 

「あーやべ、これ賢者タイムじゃん」

 

 

先程の高揚感が一転。異常なほどに片付けられた思考の中で、くだらない言葉を零した。

雷が収まると同時、クロニカから矯正された鬼人化発動。

変なテンションのまま、脇腹に潜り込む。

 

だが奴も気安く懐に潜らせてはくれないらしい。

右前脚を軸に勢いよく回転。その巨体がかなりの速度で迫る。

バックステップで体を躱して―――

 

 

「あ、ぶ……い゛ッだァ!?」

 

 

予想外に撓(しな)ってきた尻尾に弾き飛ばされた。

どれだけ薄けれど、面として叩かれては痛い。そんなことは経験上知っていた。

が、この硬さと質感はちょっと予想外。

 

……海竜と比べ物になりゃしねぇ!!

 

亜種になるだけでこれほど違うものなのだろうか。

ごっそり削られた頬がズキズキと痛む。

走って距離をとると、遠慮なく回復薬グレートを煽った。

勿体無いなど惜しんでいては、命の保証が無い。

痛みが引くと、すぐに抜刀。

こちらに真正面を向ける白海竜に向けて走り出す。

 

 

シャァアアァ…シィッ!

 

 

噛みつこうと斜め上から迫る顔をダックインで回避。

腹に右剣で袈裟切って返す手で横切り、その勢いを利用して右剣も同じように横切り。

そのまま回転。斜めロールで踊るように切り裂く。

 

そして、ようやくわかったことがある。

一発の斬撃で二回の手応えが来る理由。

それは、新しい型によるものでもあり、獣宿しによって異常なほど鋭敏化した手先の感覚によるものでもあった。

関節を重視したこの型は手首の動きすらも意識するものであり、刃先を当てた後、次の動作に移行するためのちょっと手首を逸らす動作によって、二本目の傷を作る。

そういった仕組みで、一発の斬撃で二回の手応えを感じるようになったのだ。

 

 

「ぬ、んッ!」

 

 

斜めロールより着地すると同時。そのまま右足を軸に回転しながら白海竜の側面を滑るように移動する。

当然、刃を振るいながら。

ギギ、キキキキンッ

殆どが弾かれるものの、何回か鱗を割って皮膚を裂いた感触があった。

しかし本当に困ったことに、鱗と甲殻が硬すぎてまともに刃が通らない。

 

 

「あぁくっそ!」

 

 

獣宿し中のせいか、少しの苛立ちでも増幅してしまう。

目の前が真っ赤になるほどの激情に、全身の筋肉が膨張。

鎌のような刃を鱗の先に引っ掛け、力づくで回転。苛立ちの原因を引っぺがす。

 

 

ッ!?シィ゛ィイイアアアッ!!!

「―――」

 

 

流石にその行為は許しがたかったのか、白海竜が吠えた。

近距離の大音量に、双剣を地に落として反射的に耳を塞ぐ。

 

……やっべ。

 

とりあえず咆哮が収まり次第武器を拾い上げることを決意し、遠くに武器を蹴りやる。

すぐその場で拾い上げるほど、白海竜を舐めてはいない。

隙を突かれて大打撃を喰らうならば、様子を見るためにも一旦距離を置くのが普通。

耳を塞ぎながら固い地をスライドするハリケーンを追うようにして走り、一定の距離を置いたら手を放して武器を手にとった。

 

見るからにブチ切れていることが分かるほどに口端から雷を走らせる白海竜を見据え、武器を構える。

さぁ、一気に接近して―――

 

パン

 

 

「うぉあっぶぶぶ!?」

 

 

つんのめるようにして急停止。慌てて背後に身を投げた。

 

バチ…バチバチバチ!!!

 

響く雷鳴。

ドーム状に白海竜の周りを囲む雷が、破裂音を発して接近を阻む。

そして器用な事に、白海竜がこちらに向かって固形物を吐き出した。

 

落ち着いて紙一重で回避。

どうしようかと戸惑っていれば、背後から轟音が聞こえ、謎の衝撃に突き飛ばされるようにして白海竜のほうへ投げ飛ばされる。

 

何が起きたと疑問に思う暇すらない。

雷狼竜をも超えるという放電に全身で突っ込み、鋭い痛みが走ったと思うと、目の前が真っ暗になった。

 

 

     ●○●

 

 

……あらら、流石に力尽きずにクリアはきついかぁ。

 

放電を受け、糸が切れたように倒れるイルメラ君を確認すると、白海竜が追撃をしないうちに引っ手繰ってエリア8へ駆ける。

エリア7の秘境と呼ばれる場所によじ登って見ていたのだが、意外に善戦していて驚いた。

おかげで白海竜に勝てず、『残念だったねー…まだまだ時間はあるし、もうちょっと制御できるようになろっか』という予定がガラガラと音を立てて崩れていく。

久々に教える側に回って楽しかったのだが、いささか優秀すぎたようだ。

とりあえず寝転がらせて心音から確認。―――良し。

次に呼吸確認。―――心肺機能確認良し。

最後に外傷確認。―――各所に火傷が見られるものの、雷耐性の優秀なペッコUなだけある。目立つほどの外傷は無し。

ただ気絶しただけらしいので、回復薬グレートを体に掛けてから起こす。

 

 

「おーい。朝だよー」

「……うぉっ…く」

 

 

が、身動ぎをするだけで目を覚まさない。

彼の頬を軽くはたきつつ、再度呼び掛ける。

 

 

「おーい」

 

パァン

 

「ブッ…!?」

 

 

予想以上に手のスナップが効いてしまい、良い音が鳴ってイルメラ君が転がった。

 

……逃げよ。

 

意識が無かった子を起こしただけ。私、何も、悪くない。

ではそろそろ観察官としての責務に戻る事にしよう。

エリア8から走り去ると、また秘境と呼ばれる場所によじ登る。

 

 

「ふぁ…あ。どれぐらいで終わるかなー」

 

 

眼下にて警戒を続ける白海竜を観察しつつ大きく欠伸。

自宅のようにくつろぎつつ、邪魔の入らない特等席で狩猟風景を見る。

これ以上の贅沢は、中々無い。

 

 

     ○○○

 

 

「いってぇ…」

 

 

頬が熱い。

この威力…

どうやらアリーシャさんにビンタされたようだ。

自分の不甲斐無さゆえか、ちょっと悔しい。

 

……ってあれ、キャンプじゃない…?

 

上半身を起こしてみると、いつもと違う事に気付く。

ここは確か…飛竜の巣?

ネコタクが運んでくれたわけではないらしく、いつもの請求報告も無い。

何があったのか分からないが、ネコタク分の費用が浮いたと思えばいいだろう。

 

全身の引き攣りが気になるが、痛みは無い。

武器を振るう事に違和の無い事を確認しつつ、立ち上がった。

再度対面する前に、色々確認しておこう。

ハリケーンは―――念のために研いでおく。

防具の留め金は―――しっかり留まっている。

ポーチ内は―――ダメだ。回復薬のビンがいくつか割れている。だが幸運な事に、グレートは全て無事だ。

手を切らないように破片を別ポケットに突っ込み、準備万端。

 

第二ラウンド開始である。

 

 

     ○●○

 

 

シュ、ジッ!?

 

 

白海竜は突如走った激痛に、思考が追いつかなかった。

痛みの発生源は下顎。

しかし何故激痛が走ったのかが分からない。

さっきまでは何もいなかった。何かが近寄ればすぐに気付いた筈。

では一体何が起きたのか。

白黒する視界の中に、“そいつ”はいた。

 

近くにいるのに霧のような存在感。

揺らげば見えなくなってしまうのではないかと思ってしまう程のそれは、酷く歪んだ顔をしていた。

 

再度走る痛み。

首元が熱く疼き、酷く痛む。

あぁ煩わしい。何一つとして不自由なく暮らしてきた自分がこの程度に苛立ちを覚えるとは。

体をぐるんと回し、奴を顔前に捉える。

休む暇など与えない。奴を狙うのではなく、周囲を囲むように雷球を吐き出した。

逃げることは許さない。ここまで苛立たせてくれたからには、それ相応の仕返しを――――

 

鈍い音と、揺さぶられた思考。

 

痛みを理解したのは、それより数秒後であった。

顔横に何かを喰らった。何を。分からない。奴は。どこへ行った。――見えない。―――分からない。

 

 

―――ッ

 

 

首元から尻尾の方にかけて痛みが走る。

鱗が一気に剥がれされた不快極まりないその痛みに、怒りが湧く。

吠えることはしない。これ程激昂すると、もはや敵の消滅以外に行動を起こす気が無い。

 

全身の血管が音を立てて弾けそうなほどに力を入れ、背電殻に溜めた雷を指向性一直線にして口から吐き出す。

更に着弾後に指向性の雷を一直線状に放出させる塊を吐き出し、奴の逃げ道を塞いだ。

油断はしない。全力をもって、叩き潰させてもらう。

―――動きを止めている奴を捉えた。

視認すると同時。頭の中で何かが弾ける。

純粋なる殺意をもって、雷を纏った突進を行う。

 

聞き慣れた空気の弾ける音と共に地を滑るようにして、奴を狙う。

角を突き上げるように。奴の体に風穴を開けるほどの勢いで―――

突撃した。

 

 

     ○○○

 

 

助走しなければ飛び越えられない指向性の雷によって逃げ道を塞がれた。雷を纏われたことで、カウンターという手も潰された。

なら突撃を喰らう?否、こんなところでやられるわけにもいかない。

ならばどうする?獣宿しで引き伸びた体感時間の中で、足りない頭をフル回転させて考える。

 

……あ。

 

案が思い付いた。が、失敗すれば武器を失うリスクを持つ。

しかし、悩むような性格ではない。

右剣の取っ手に巻かれた革を手早く外すと、右剣の皮の隙間にねじ込んで固定。

迫る白海竜の右角に向かって右剣を投げると同時、自らは全力で左へ飛ぶ。

 

皮を介していても多少は雷を通してくれるらしい。掌に来た痛みにびっくりするが、剣は放さなかった。

鎌型の右剣が角に引っ掛かり、全力で飛んだ体が白海竜の動きにつられるようにして持っていかれる。

しかし流石に帯電する体に触れるほど馬鹿ではない。

獣宿しのおかげで繊細な動きが可能になった手首を細かく動かして角から剣を外すと、白海竜の通過したばかりの地へ着地する。

掌が痺れる以外、無事であった。

 

対してこちらに振り向いた白海竜は、白い筈の甲殻を薄く紅に染めるほどにブチ切れている。

……あ゛ー…

 

脳へ命令するより先に、体が勝手に動いた。

奴が何かをするより先にその考えを叩き潰せ。

錯乱させ、混乱させ、考えさせるな。

 

 

「“血風独楽”」

 

 

体を捩って力を込め、右足で踏み込む。

捩りを戻す回転力をそのままに。双剣を両方に構え、独楽のように瞬発した。

右回り。腹を切って右側面を通って尻尾の方へと向かい、鱗と甲殻を剥がす。

一回転し終えると動きを止め、体の捩りを利用して逆回転。

頭の方へ戻るようにして左回り。鱗と甲殻を叩き割る。

白海竜が牽制の為に放電しようと首をもたげるが、遅い。

先程と同じようにして体の捩りを利用した、最後の一回転。

右回り。右前足に一回転全てを向け、切断するぐらいの気概で刃を当てる。

右剣の一発目は鱗を剥がし、手首の動きで作り出した二発目では肉を切り、左剣の三発目で一層深く肉を切り、手首の四発目は骨に到達。

半ば切断までの傷を作り出し、回転を止めた。

 

流石の白海竜もその傷の痛みには動きを止めるしかないらしい。

硬直したその隙を見逃さず、尚も追撃を加え―――

 

 

「い゛ッ!?」

 

 

半ば切断した前足で腹を殴られ、肋骨が数本いかれたと思う程の激痛と共に吹き飛ばされた。

追撃にと帯電性固形物を吐き出され、痛みに悶絶する暇すらなく回避。

胃から遅れてせり上がってきた液体をぶちまけると、口を拭う。

 

……パンチ出来んのかよ!!

 

まさかあんなに短く、尚且つ千切れかけの前足で殴られるとは思っていなかった。

脇腹が痛い。折れてはいなくとも、罅は確実に入るほどの威力だった。

殴られないだろうと高を括っていた過去の自分に内心で悪態を吐きつつ、回復薬グレートを二本一気飲み。よろよろとハリケーンを構える。

 

まったく、右腕は千切れかけで全身は傷だらけ。体の鱗や甲殻はボロボロだというのに、目だけは死んでいない。

『首を叩き切られてもお前だけは噛みついて殺す』

そう言いたげな唸り声を発して殺気を増した白海竜を前に、膨れ上がったのは闘争心。

朝の弱気な発言はどこへやら。

表情を歪め、立ち昇るオーラは純粋な紅へ。

 

 

「…負けねぇ」

 

 

たった一言が、心情の全てを表していた。

足はふらついていようとも。背は痛みに曲がっていようとも。

双剣使いの命である、腕だけは絶対に下げない。

 

 

シィイイイ…ッ!!

 

 

背電殻が明滅し、口元から漏れ出る雷は青から白へ。

向こうも、限界など既に超えているらしい。

竜は死に際が最も危険である。

その事は、身に沁みて分かっていた。

 

何が来る?帯電性固形物?放電して突進?指向性の雷?それとも――――

 

先行する思考を打ち切り、考えるより見ることに集中する。

相手の初動を捉え、動きを読むのだ。

さぁ、何が来るのか。

 

―――そして、白海竜が動いた。

体をガララアジャラのように巻き、これ以上ない程に発光する背電殻。

漏れ出る雷の音がこちらにまで聞こえてくるほどの発電量に、冷や汗が流れる。

ダメだ。隙だらけだが、この隙を突くことは出来ない。

 

シィッ!

 

まず一発目は固形物。

余裕はあるが、紙一重では無く、大きく回避。

 

ヴァ、リ゛イイッ!!

 

…どうやらその選択は正解だったようだ。

先程とは比べ物にならないほどの大きさで爆発を起こし、地を僅かに揺らすほどの威力に、顔が引き攣ってしまう。

そして、二発目三発目。

逃げ道を防ぐように左右に放たれたそれを動かずにいることで回避。

が、ここまでは奴の思惑通り。

 

……さぁ、来るぞ…!

 

何が来る?さっきと同じように突し、ん……?

向かって右へ突進していった白海竜に首を傾げる。

既に目がやられているのかと思ったが、次に白海竜が行った行動に、すぐさま認識を改める。

 

……違う。違うしマズい!

 

岩を蹴って雷を突き抜け、こちらの背後に回られた。

そして既に放電準備は整っているらしい。

 

ヴ

 

放電寸前の、漏れ出た雷が宙を走る音が耳に届いた。

 

……ここまでか。

 

覚悟を決め、歯を食いしばる。

内臓機能が死ななければ、今後生きることが出来るが…

普通と大きく異なる白雷を思い出し、不安がグンと跳ね上がった。

どうなることやら――――

 

 

「はーい、そこまででーす」

 

グァン!!

 

 

固い何かに金属の何かを勢いよくぶつけたような激突音。

恐る恐る目を開けてみると、見たことも無いランスを持った残身のアリーシャさんがいた。

そして、顔の側面に焦げた跡を残して息を引き取っている白海竜も。

 

 

「いやぁ、善戦したねぇ。クエストクリアだよー」

「……」

 

 

大きく息を吐いて脱力。その場に座り込んだ。

ジッとアリーシャさんを見ると、無表情のまま口だけで笑われる。

 

 

「納得できない?」

「えぇ、まぁ」

「だよねぇ。自分でもあそこで割り込むのはどうかと思うし」

 

 

ランスを地に突き刺し、懐から白緑色の袋を取り出したアリーシャさんは、細い目を僅かに弓にして何かの紙を渡してきた。

 

 

「これ、は?」

「このクエストの副賞だよ。HR昇格のお知らせ。帰ったら正式にHR6だからね」

「!?」

 

 

現在のHRは4。それが6ということは、飛び級!?

 

 

「え、でも」

「先に言っておくね。白海竜ってHR6のハンターが苦戦するモンスターだから」

 

 

つまり白海竜に苦戦する実力であることが確認できたので、HR6に昇格という事だろうか。

うーん、嬉しいような嬉しくないような。

 

 

「まぁ、明らかにHR4の実力じゃないから昇格、って言うのが正解かな?」

 

 

前言撤回。G3のハンターにそう言って頂けて、普通に嬉しい。

 

 

「ん、私が倒したとかは別にして、剥ぎ取ってていいよ。先にモガの村で待ってる」

 

 

そう言って歩き出したアリーシャさんの背中を眺め、ゆっくりと息を吐く。

 

……まだまだだったなぁ…俺。

 

剥ぎ取る元気も無いので、その場に寝転がった。

反省点がいっぱいだが、獣宿し初心者にしては、良く戦えたのではないのだろうか。

前向き思考もそこそこに、とりあえずお風呂に浸かりたい気分だ。

 

 

―――狩猟クエスト 獣の証明―――

 

◆クエストクリア◆

 

 

     ●○●

 

 

気が付けば昼を過ぎて夕刻。

 

 

「おぉ、帰ったか。話は聞いたぞ」

「…なんだかお久しぶりな気がしますね」

 

 

積もる話でもあるのだろう。

真っ先に村長の元へ向かったイルメラ君を目で追いつつ、食事場に足を運んだ。

クエストカウンターが隣にあったこともちょうどいい。

料理長に色々頼みつつ、受付嬢に話しかけた。

 

 

「アイシャちゃん、頼み事があるのだけど」

「おかえりなさい…って言うのは変ですね。いらっしゃいませアリーシャさん。ご用件は何ですか?」

「この紙をギルドに送っておいてくれないかしら。手続きが苦手で…」

「いいですよー…ってイルメラ君がHR6に昇格!?」

 

 

ふおー!?などと奇声を発して申請書を見るアイシャちゃんに苦笑してしまう。

 

 

「そんなに変?」

「変というか…上位の最高ランクに半年でのし上がっちゃうって凄いなぁ…って」

「あはは。そうよねぇ」

 

 

飛び出してきたオトモから脛に水平チョップを喰らう彼を見て、どこか懐かしく思う。

どこの馬鹿もカッハハハなんて笑いながら、狩りに着いて来たものだ。

 

 

「お待ちどおさまニャー」

「あらら、豪華」

 

 

テーブルに置かれた豪勢な料理に、年甲斐にもなくテンションが上がってしまう。

誇らしげに胸を張る料理長が、整えられたヒゲをぴんと張って口を開いた。

 

 

「食材のある限り、注文は受け付けるニャ」

「あら本当?それじゃあね―――」

 

 

……むっちゃんが帰ってくるまで、ここにいるのも悪くないかもなぁ…

 

やはりこの村は居心地がいい。

目を白黒させる料理長を前に、そんなことを思うのだった。

 

 

     ○○○

 

 

「ただいまー」

 

 

……

 

久々に家に帰って来て真っ先に感じるのは、誰もいないな、という安心感だった。

懐かしきベッドに倒れ込み、手足をばたつかせる。

鼻を刺激したのは、いい香りだった。

 

……そういえばテーリアさんが洗ってくれたんだっけ。

 

彼女の溌剌とした顔を思い出し、小さくため息が出る。

今日は村で姿が見えなかったし、体調でも悪いのだろうか。

改めてお礼の一つでもしたかったのだが…

疲れすぎて辛いし、結局は明日でいいかと風呂場へ向かう。

脱衣所で服を脱いで、タオルも持った。

とりあえず汗を流してひと眠りー

 

 

「カモン?」

 

 

―――と、そう考えていた時期が私にもありました。

バスタブに浸かるテーリアさんを前にして、思わず笑ってしまう。

 

 

「やっぱりいましたか」

「おかえりー」

「ただいま」

 

 

シャワーを出して体を洗いつつ、彼女に話しかける。

 

 

「自分がいない間、何かありました?」

「んー私が半額セールやったぐらい?」

「なんで自分がいない時にするんですかー」

「セールは私の気分次第だからよ」

「はは、成程」

 

 

体を洗い終わると、バスタブを前にしてどうしようかと悩んだ。

向かい合えばギリギリ二人は入れそうだが…

 

 

「ん、入るんでしょ?いいよ」

「あ、どうも」

 

 

割とすんなり受け入れられ、ギッツギツだが湯船に浸かる。

テーリアさんがどれだけの時間入っていたのか分からないが、湯は結構温かい。

 

 

「…どれだけ入ってたんですか?」

「ん?んーこのお湯が冷めてないから…15分ぐらいかなぁ」

「……そうですか」

「そんなストーカーみたいにずっといた訳じゃないってぇ」

 

 

ケラケラと笑われ、深く考えすぎだと自らを恥じる。

…できれば、『待ちきれなくて思いっきり枕吸引したけど』という小声が突発性難聴だと嬉しいのだが。

 

 

「まぁ、お疲れさま。どうだった?」

「…悔しかったこともありましたよ」

「へぇ…まぁ、お姉さんが慰めてあげようか?」

 

 

内腿を足の指が這う。

くすぐったさに身を捩るが、これだけ狭い湯船だと逃げ場も無い。

疲労でやる気のない主人とは違い、ちょっとした刺激でも愚直な反応を示す下半身に溜め息が出る。

器用に湯舟の中で方向を変えてこちらの足の間に座ったテーリアさんに体重をかけられ、逃げられないようにされた。

柔らかなお尻を用いて誘惑する彼女の腰を抱いて固定すると、今度は甘ったるい声で話し掛けられる。

 

 

「ん~?お尻を押し上げる感触がするぞ?」

「…楽しんでますね?」

「まっさかー」

 

 

楽しげにそう零す彼女の姿は、そうとしか思えない。

 

 

「よっ…んんん、とぉ」

「ふぉぉお!?」

 

 

いきなり彼女に男根が握られたと思うと、そのままにゅるんと熱い何かに入り込んだ。

この感触は知っている。

 

 

「…また器用な事をしますね」

「いや、なんか待てなかった」

「風呂上がりに誘ってくださいよ…」

「いや、なんか待てなかった」

「それさっきも聞きました」

 

 

ケタケタと笑うアリーシャさんの胸を手慰みに揉みつつ、鼻から息を噴き出した。

既にじっとりと濡れていた雌裂は熱く、蠢く膣壁は何もしていないのに淫靡に絡みついてくる。

 

 

「ね、ね、動いていい?」

「…ご自由にどうぞ」

「ふぅううう…ん、しょっと。っふ、っほ」

「ぅ」

 

 

湯舟のお湯を多く零さないように考慮した、細かく捩りを入れたピストンに、恍惚と息を漏らした。

肉ひだにカリが細かく刺激され、もどかしい快感が断続して積み重なっていく。

 

――――そのまま30秒ほど。

 

 

「……ごめん、お風呂でやるのは間違いだった」

「うん…」

 

 

そこまで気持ちよくなかったのか、挿入っていることを気にせず立ち上がった彼女は、そのまま脱衣所へ出ていく。

後を追うように風呂を出て脱衣所に着いて行くと、体を拭く時間すらくれず、腰を掴まれて寝室まで連れていかれた。

勢いに任せて彼女をベッドに押し倒すと、雌裂に亀頭をあてがい、彼女の顔を見る。

 

 

「ベッドが濡れますね」

「私が…せんた、くしてあげるから気にしないで…とっとぉ」

 

 

上気した煽情的な肌を晒す彼女に、寸止めで止められたこちらが我慢できるはずも無い。

ゆっくりでは無く、一気に貫くと言う程の気概で根元まで押し込んだ。

 

 

「ひぃッ―――――!?」

 

 

大きな声が出ると予想していたので、彼女の口を塞ぐ。

まだ日も落ちきらぬ夕だ。流石にちょっと気にする。

ふと指の間から漏れ出る唾液が酷く淫靡に思え、生唾を飲み込んだ。

すると彼女がそんなこちらの心情に気が付いたのか、指を舐められる。

汚れを落とすような念入りさに加え、尚且つ、淫らに、見ている者の劣情を膨らませるように。

涙目な事から、背徳感が快感に加わり、下半身が愚直な反応を示す。

 

 

「ひ、ぅ」

 

 

膣内でもそれを感じたのか、彼女の体がピクリと跳ねた。

彼女の口から手を外し、少し大きめの胸を鷲掴みながら腰のグラインドを開始する。

 

 

「ん…ふぅ……やっぱ、ベッドだよね…!!」

「余裕ですね…!?」

 

 

射精さないように腰に力を入れるこちらと違ってどこか余裕そうな彼女にツッコみを入れた。

 

 

「反転のお時間ですっと」

「おぉう…!?」

 

 

蟹鋏(かにばさみ)をされて体位反転。

彼女の優勢な騎乗位へと転位する。

捩りを入れ、湯船の時とは違う大きいグラインドが、一気に余裕をなくさせた。

歯を食いしばって、彼女の方を先に絶頂させようと踏ん張る。

 

 

「むむ、耐えるね。でももう限界じゃあないのかな…?」

「何でそんなに余裕なんですかねぇ?っしょい」

「お゛!?」

 

 

喘ぐでも無く、余裕を見せて笑う彼女を上に、こちらからも反撃してみようと腰を上げた。

腰を下ろしたタイミングだったためか、子宮口と思しき硬い何かに鈴口が思い切りぶつかり、テーリアさんが鼻から息を漏らして背を仰け反らせる。

一気に収縮する膣内に、ぎりぎりで射精せずに耐えた。

腹にかかる暖かい何かと水音。

 

 

「…ごめん、こっち見ないで」

「お気になさらず」

 

 

先程の余裕は何処へやら。

羞恥に顔を染める彼女が、体を倒して胸に顔を預けてきた。

 

 

「…疲れたんで一発出して寝ていいですかね?」

「―――激しくしないでね」

「はっは。どの口が」

 

 

ベッドの上で転位、抱き着いたままの正常位に変わる。

疲れたから早期決着を目指して、一気にペースを上げた。

 

 

「ちょ、ままま!激しッ!?」

「いてて、舌噛まないで下さいよ!?」

 

 

首に回された手に力が篭る。

なんだか覚えのある体位だが、そのまま進行。

遠慮なくピストンを繰り返し、嬌声を出さないように我慢する彼女の反応を楽しむ。

 

まぁ、普通に限界は近いのだが。

 

首に回された腕のせいで抱き合って寝たような体勢のまま、一定のリズムで淫靡な音が響く。

そして唐突に限界が来た。

 

 

「あ、出ます」

「突然――――ッ!?」

 

 

射精感に身を任してその体勢のまま、ゆっくりと息を吐く。

対して息も切れ切れの彼女は、大きく深呼吸をしていた。

外に出すという判断は無かったのか、と今更ながらに思うが、疲れすぎていて頭が回っていなかったのだ。仕方がない。

射精し終えたので抜こうとしてみれば、かなりの締まりで尿道に残っていたのでさえ搾り取られる。

 

 

「…寝ます」

「体は勝手に拭いとくね」

「……お願いします」

 

 

疲労感の限界だった。

彼女の横に寝転がり、全裸のままに目を瞑る。

 

―――30も数えない内に、意識は混濁していった。

 

 

     ●○●

 

 

「…元気ねぇ」

「少子化に貢献してくれるなら、良いと思うんじゃがのぉ」

「下世話な老人…」

「どっちが」

「……老人以外は否定出来ないなぁ」

 

 

日が見えなくなって5分ほど。

嗅ぎ覚えのある匂いに口端を歪めつつ、隣に座る初老の男性を見た。

 

 

「彼、どうだったよ?」

「凄い。来年にはG級に足を突っ込んでてもおかしくない」

「…若すぎる、と心配するのはおかしいだろうか?」

「おかしくはない、かな。まだ経験が浅いし、心配な面も多々ある事も事実だしね」

 

 

ステーキを口に押し込みつつ、私は未来を思い描く。

 

 

「この村にG級、か」

「遠い未来じゃないよ。きっと」

「…そうかもな」

「っと、そうだ。玉響ちゃんはいる?」

「あ、あぁ、彼女なら農場の方にいるんじゃないか?」

「ん、ありがと。じゃあまた今日も泊まってくから色々宜しく」

「またか…」

 

 

苦々しげに呟かれるが、断られないのが長年の付き合いというべきか。

 

 

「昨日と同じとこで寝かせてもらうよ?」

「勝手にしろ」

 

 

代金をカウンターに置き、疲れて柱に寄りかかる料理長にお礼を一つ。

ひらひらと手を振りつつ農場へ向かう。

 

 

「…あ、こんにちは」

「こん…ばんは、じゃない?」

「そうかもしれませんね」

 

 

農場に入ると同時、こちらに気付いた玉響ちゃんが駆け寄ってきた。

ふさふさの黒毛が暗さに同調して、松明の明かりがあっても少し見え辛い。

ポーチから黒い巾着袋を取り出すと、彼女に握らせる。

 

 

「トワイライトからこれを渡せって預かったからさ」

「トワイから…?」

「そ。まぁ、それだけが目的だったから、私はこれで」

「有難う御座いました。…主人は……」

「家で、二人で寝てると思う。鼻の良い君なら、家に近づくと気付くだろうね」

「…またか」

「ま、イルメラ君をしっかり支えてあげてね。まだ彼の力はあんまり安定してないから」

「…分かりました」

「じゃ、この辺で。怪我をしっかり治すんだよー」

「はい」

 

 

することはしたので、今度は宿泊先に向かう。

一昨日寝たベッドに飛び込み、息を吐き出す。

 

 

「あー疲れた。寝よ」

 

 

―――突然無性に旦那の肉棒が恋しくなったが、指で慰めておこう。

隣から漂ってくる雌雄の匂いに顔を引き攣らせつつ、下を脱ぐのだった。

 

 

     ○○○

 

 

「ふぁ、ぁ」

「ん…」

 

 

心地良い微睡みに、思考が溶ける。

ぼんやりと身を起こせば、彼女の顔がそこに。

 

……思えば、派遣されて一週間経ってないんだよなぁ。

 

色々な事があった濃厚な一週間を思い出しつつ、ベッドから立ち上がる。

海側から入って来る日差しに、目を細めた。

 

コンコン

 

 

「おはよう主人。よく眠れたかい?」

「よぉ。で、それは皮肉で言ってるな?」

「ははは、何の話だか」

「ったく…」

 

 

引き笑いをする黒毛のオトモを抱き上げ、背中に顔を埋める。

 

 

「あ、アリーシャさんが滞在してるらしいぞ」

「…そうか」

 

 

玉響の報告に、色々な報告が頭の中を飛び交う。

 

まだまだ、濃厚な日々は続きそうだった。

 

 

    ◆◇特典◇◆

 

 

童話 月夜物語  出典 シナト村より発見された文献より

→漢字変換済み、一部内容変更。

 

 

昔々、天空山のどこかに、喰(ジキ)と星(セイ)と呼ばれる竜がいました。

二匹は非常に賢く、人を襲う事がありませんでした。

人を襲わないその二匹は、周りの人たちから不思議に思われていました。

 

ある時、二匹が住んでいた巣に一人の女の子が転がり込んできました。

誤って崖から落ちてしまった女の子は、二匹を見て泣き出しました。

しかし、逃げることはできませんでした。

崖から落ちてしまった女の子の足は、骨折していたのです。

女の子は、痛さと怖さでわんわん泣きました。

しかし喰と星は人を襲いません。泣く女の子を見て、彼らは困り果ててしまいました。

 

女の子が泣き疲れた頃。

星は、彼女を草でできたベッドに寝かし、足を木の棒と背の高い草で固定しました。

喰は、彼女がお腹を空かしているだろうと、簡単に食べられる木の実をたくさん取ってきました。

怪我が悪化するので村に帰すことはできませんでしたが、二匹は、女の子を助けたかったのです。

 

女の子は、二匹が助けてくれることに気付きました。

村に帰るために、足を治そうと頑張ります。

大人しくして、時々喰や星と遊ぶ。

女の子は、二匹と仲良くなりました。

 

しかし、女の子がもうそろそろ歩けるようになりそうな時、天空山が黒い霧に包まれました。

女の子はたちまち体の調子が悪くなり、体調を崩してしまいます。

二匹は困り果ててしまいました。

 

そして、遂に女の子は息を引き取ってしまいます。

二匹は悲しみ、怒りました。

そして彼らは原因を知りました。

天空山に来た、一匹の竜が原因だったのです。

 

二匹は、あまりの怒りにその一匹を殺してしまいました。

 

すると天空山から黒い霧が無くなり、元の綺麗な天空山に戻りました。

 

そして次の日の朝、星空のような衣に身を包み、燃えるような色の鱗で作られた首飾りをした女の子が、村の入り口に横たわっていました。

彼女は目を覚ましませんでしたが、彼女の顔は満面の笑顔でした。




キャラ紹介(外見)

イルメラ・チガーノフ 16歳
・身長170ちょっと・標準体型・黒短髪・一途・獣宿しの素質あり

玉響(たまゆら)
・黒毛・♀・オトモ

トワイライト
・黄昏色(明るい橙)・♀・玉響の義姉・酒好き・ニャンタ―

本当に眼精疲労にはお気をつけ下さい。
…そろそろ外伝の文字数のハードルを下げねば(使命感)
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